読切小説
[TOP]
泳ぎたいんです!
夏真っ盛り

カカーッ!とクソ暑い日差しが容赦なく照らす

「あつぅ〜いぃ〜」

藁を寄せ集める作業の途中で、ハツネは鍬を支えにだらけていた

ピンク色の作業服に藁が引っ付いている

茶色いロングヘアーは今はくるくるお団子にしてある

「先輩、仕事してくださいよ」

後輩のホルスタウロスちゃんが口を尖らせる

彼女も汗だくだ

「でも暑いよ〜…今日の気温見た?38℃だってよ、38℃」

「知ってますよ、うちの牛も馬も日陰にいます」

木の下にどっしり座っているのがそうだ

尻尾をぷりぷり振って、この時期多くなってきた蚊を払っている

「ダメだぁ〜…牛さんが遊ばないなら私も仕事しない〜」

「ちゃんとしてくださいって、水でも飲んだらどうですか」

腰にぶら下げてる水筒を指差すが、ハツネは取ろうとしない

「もう空っぽだよう…」

「計画性ないなぁ…」

子供みたいな先輩に、ため息が出る

「う〜…早くお昼休みにならないかなぁ」

「あと一時間ですよ」

「帰りたい」

「ちょっと、先輩!」

ぷるるるる…

「ん…」

ポケットに入れていたスマホが震えた

手に取り、画面を見て

「もしもしひー君?何?」

「早っ」

画面を見ると同時に応答していた

『ハツネさん、今大丈夫ですか?』

「全然大丈夫だよ」

「大丈夫じゃないですよ、仕事してください」

うるさい後輩ちゃんは無視して

『僕の方は今日から夏休みなんですけど』

「ふーん、へー、そー、私はお休みなんてないよー」

牧場という仕事上、牛馬の管理があるので、滅多に休みがない

こういう時は○学生が羨ましい

『じゃあ、次のお休みはいつですか?』

「え〜…この時期のお休みはあんまりお外出たくないよ?えっちだったらホテルでしよ?」

『いえ、そうではなくて…プールに行きませんか?もう開いているので、涼みに行きましょう』

「………………」

『…ハツネさん?』

「行く」

『ん?え?』

スパッとし過ぎていて、よく聞こえなかった

「喜んで行かせていただきます」

『え?あ、ああ…じゃあ、お休みわかったら連絡してください』

「はい、では、また今夜にでも連絡させていただきます」

ぷつ、と通話終了

「…あれ、先輩、話終わったんですか」

途中から自分の仕事をしていた後輩ちゃんが近づいてきた

しかし、返事はない

「…?先輩?」

くりん、と振り向いた顔は

「はっはーぁ!負け犬共!ひれ伏せ!私はプールに行く!」

ムカつく顔だった

「えっ、プール?」

「ぐふふー!ぐふふー!皆は牧場で汗だく、私はプールでさっぱり、ふふふ、勝者の響きが、敗者の嘆きが私を取り囲む…」

テンションの上がり様がすごく気色悪い

「いや、羨ましいし、文句はないですけど、先輩…」

「んー?何かな、敗者その1ちゃん?」

※勘違いしていただきたくないのですが、ハツネさんはテンションが上がりすぎておかしくなっているだけです

「泳げるんですか?」

「………………………………………え?泳ぐの?」

「泳がないんですか?」

「…………いや、水遊び…え…?」

「……プール行ったら泳ぐでしょう?」

「……………」

「……………」


────────────────


数日後

市民プール

夏休みに入ったばかりとはいえ、人々は海やらスパリゾートなどに出ており、規模の小さい市民プールにはあまり人がいない

来ているのは親子連れくらいだ

そんな中で

眩しい黄色のビキニに包まれたハツネさんの姿が

100センチを越えるバストを無理矢理押し込んだ感じのトップス、谷間がすごい

むっちりしたお尻に食い込み気味のパンツ

背後には、紺色にヤシの木がプリントされた水着を履いたヒロタカがいる

「…ハツネさん、すごいです」

「えっ、ホント?よかった、けっこう気合い入れたんだ」

「ただ、その割には怖がってますよね」

「え?なんで?」

「プールに来ておいて、浮き輪とシュノーケル、ゴーグルにフィンまで完備してると、そうとしか思えません」

完全装備です

「だ、だって!溺れたらどうするの!?なんとかしてくれるの!?ドザえもん!」

「縁起悪いですよ、あと、そんな名前の未来から来たロボットは強制送還です」

とはいえ、どうしてこうなったのか聞かなければ

「ハツネさん、泳げないんですか」

まあ、まずはそういう予想が立つ

「ち、違うよ!?プールの授業はサボってたとかじゃないよ!?あ、あれ、なんていうか、もう…完璧だから!完璧だったから!幼稚園の時点で!」

「はい、よくわかりました」

つまり、プールなどに入るのを頑なに拒んでいた、と

「あっ!し、信じてないね!?わ、私はお姉さんなんだからね!あそこの男の子よりは泳げるよ!勝てるよ!」

びしっ!と離れた所の親子連れの子供を指差した

あまり慣れてないのか、お父さんに付き添われているが、なんとか平泳ぎの形は出来ている

というか、大人の女性が幼稚園児くらいの男の子に、勝てる、って…

「み、見ててよ!泳いであげるから!」

「…泳げるなら」

かちーん

年下彼氏に馬鹿にされて、我慢なんかできるわけがない

「ほりゃー!」

どばーん

入水も下手くそ

シュノーケル、浮き輪は外れ、飛んでった

「ふにゃー!助けてー!ひーくーん!」

溺れ…溺…れ…?

ばちゃばちゃ、と大暴れして、完全にパニック

「もうダメ!あたしは死んじゃう!死ぬ前に…死ぬ前にひー君との赤ちゃん欲しかった!結婚したかった!」

「…………………」

「あと、うちの牧場の牛のマイケルをステーキにしたかった!あれA5だから!今度品評会出すから!」

「…………………」

「それから!それから…」

「ハツネさん、そこ、幼児用プールです」

「え」

ふと、止まってみると、お尻が沈んでいるくらいで、どう考えたって溺れない

立っても、すねの真ん中くらいまでの深さしかない

「………………………ハツネさん」

「……………み、見ないで…今の私を…見ないで…」

顔が真っ赤だった


──────────────


「泳げないどころか、水に入るのも恐いんですか」

「はい…」

ようやく認めた

浮き輪とシュノーケルは、近くの親子連れが拾ってくれた

「最初から恐いわけじゃないんだけど…小さい頃…お家のビニールプールで滑って沈んで…それから…」

「なるほど、トラウマですか」

幼い頃の記憶が、今まで水に浸かるのを拒否してきたのか

そういえば、マラソンをする、と言った時に風呂場に入ったが、湯は張っていなかったし、あまり自分にもシャワーを当てていなかった

「だとしたら、悪いことをしましたね、今日のデートは別の所へ…」

「い、いや!いいよ!ここで!」

え?とヒロタカは訝った

泳げないのにプールにいて、何になるのか

しかし、ハツネは手をぎゅっと握りしめた

「今日…私は泳げるようになる!」

「…………え、本気ですか」

「本気です!」

目は本気だ

下半身はガクブルだ

「将来、ひー君と結婚して赤ちゃんできた時、お母さんが泳げないとか恥ずかしいもん」

「はあ…」

ずいぶん恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言えたものだ

まあ、えっちの度に中に出しているし、可能性がないわけではないか

「というわけで、ひー君お願いします」

「………僕ですか?」

「うん、泳げるでしょ」

「泳げますが…」

○学生に教わるって…いいのか…?と思う

「…では、学校の先生の真似事をします、まずは、水に浸かる所から」

「あっ、お腹痛くなってきた」

こうやってプールの授業サボってたんだな

「泳げるようになるんじゃないんですか?」

「はっ!つい昔のクセが…!」

どうやら、この性根から叩き直さなければならないようだ

少し骨が折れそうだが、幸い時間はある、たっぷり教え込もう

「改めて、水に浸かってください」

25メートルプールの隅で、はしごを指差す

「溶けないよね?」

「何がですか?ハツネさんがですか?安心してください、ここの水は塩素とは違う…イオン?オゾン?消毒ですから」

「…う、うっしゃああああ!」

だぱーん、と垂直で入水

「…下手だなぁ…」

「な、なんか言った!?」

ぷかあ、と巨乳が浮き袋になって浮いてきた

「下手だなぁ」

「ご、ごまかさないとは…えーそーですよ!私は下手ですよ!」

「今逆ギレされても…」

しかし、普通の子供の方がどう考えても上手い

この年齢でここまでだと、彼女のプライドを疑う

「まあとりあえず、浸かるまでは出来ましたね、僕も入ります」

ちゃぷん、とヒロタカもin

「さて、まずは腕から離れてください」

瞬時に肩に抱きついたハツネの額を軽く叩く

「溺れる!」

「溺れませんよ、足ついてるでしょ」

「いーや溺れる!これは絶対溺れる!」

「今溺れてない人が何を言ってるんですか」

「だって!これこのままほっとかれたらやばいよ!」

「大丈夫です、ハツネさんは胸がある限り溺れませんよ」

超浮き袋

「ほら、顔まで浸かって」

「…濡れるのはイヤ」

また子供みたいなことを

「それくらいなんですか、何か近いことを思い出してください」

「…う、うん、ひー君に精子かけてもらったことを…」

「それ以外で」

「それ以外で?うーんうーん…」

なかなか思い浮かばない様子

「じゃあ連想でもいいですよ、イメージを繋げてください」

「わかった、汗まみれ汗まみれ…マラソン…お風呂…ひー君…えっち…バック…中出し…」

「ハツネさん、気づいてないみたいですが、声大きいです、あとお風呂から遠ざかっていってます」

「あ、ごめん、でも、なんかイケる気がする!」

「文字気を付けてくださいね」

下手したら出禁くらいます

「よーし、やったるわい!」

ちゃぷん

おお、なんとか頭の先まで浸かりました

浮上

「ぶばふぉあっ!」

吐水

「げっほ!ごっほ!がっは!水飲んじゃった!」

「…すごくかかったんですけど…」

「ごべっほ!はっほ!ごめっ!ごめほはほっ!」

謝りたい意思は見えました

「もう…ダイエットの時の積極性はどこに行ったんですか」

「あ、あの時はひー君に嫌われたくなかったから…」

なるほど、必要性に駆られたのか

むむ、ならば…

「わかりました、では、今度は泳げるようにならなければ、僕ハツネさんのこと嫌いになっちゃいますから」

こう言ってやれば、泳ぐのに必死になるのではなかろうか

気になるハツネの反応は

何故か勝ち誇った顔

「ふふん、ひー君の思惑なんかお見通しなんだからね!私を慌てさせて無理矢理泳がそうっていう魂胆でしょ!」

「…………………」

「まだまだ○学生レベルの策をモロに受けるほどおバカじゃないよ!付き合ってあげるほど生やさしくないし!」

ふーん!と鼻息が荒いハツネ

どこにそんな要素があったかわからないが、本人的に、してやったり、なのだろう、調子に乗ってる

あと、生やさしくない、とは何だろうか

「そうですか、じゃあ同じレベルの人とお付き合いしたらどうですか?」

「…?ひー君?それってどういう…」

「○学生レベルとは付き合ってあげないんですよね?なら、僕ではハツネさんのお付き合い相手としては釣り合ってないことになります」

「そ、それは…違う意味…」

わなわな、と震えて、右手を伸ばしかけている

その手を払いのけて、冷たい目と言葉で突き放す

「さようなら、ハツネさん、楽しかったです」

ぷい、と背を向けると、がーん!という効果音が聞こえた気がした

「ふっ…うっ…えぇ…ぶえぇぇぇぇぇ!」

泣いた

「ごべんばばいぃ…ちょーしのっでましだあぁぁぁ…」

すっごい泣いてる

「ちゃんと泳ぐからぁ…お別れするなんていわないでぇ…ぶみゃあぁぁぁぁ!」

可愛くておもしろい

「はいはい、わかりました、じゃあばた足からで」

「むびゃあぁぁぁ!」

「あっ、泣き止まない」

あっさりと手のひらを返したのが効果無し

こいつは困った

「…仕方ない、ちょっと監視員さんから離れて…」

めっちゃ泣いてるハツネの手を引いて、プールの隅っこに

「…ハツネさん」

「ぶみぃいぃぃぃぃ!」

「はい、静かにしましょう」

ちゅ

「んみゅっ!?」

不意打ちのキスに、すっとんきょうな短い悲鳴が漏れる

いとおしいが、長いキスではないが、一秒くらいで唇は離れた

「…僕もいじわるでしたが、号泣して泣き止まないというのも大人としてどうかと思います」

「…嘘?…お別れしない?」

驚いて涙が止まったのか、もう鼻をすする音しか泣いてる要素はない

「はい、はっぱをかけるつもりでしたが、効果を間違えたようです」

「…びーぐぅぅぅん!」

また泣いた、で、がばちょ、とヒロタカの頭部に抱きついた(身長上の都合で)

しかし、今度は嬉しい方で感情が昂って泣いているのだ

「はいはい、すみませんでした、胸どけてください」

超浮き袋が邪魔だった




(まだ続く)
13/12/10 07:24更新 / フルジフォン

■作者メッセージ
今回は小刻み更新

せめて平泳ぎくらいは出来なきゃならない

というか、ハツネさん泣きすぎです

次回の更新をお楽しみください

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33