連載小説
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歌手育成中
いつもの通り、社長室

ソファーに座ったレニーはいつも以上に目が据わっていた

窓側に設営された特設ステージ

激しいダンスも出来そうな広い台のそばには、アンプ、スピーカー、音響機器が勢揃い

そしてその中央にいる人物、鈴木

「私の歌を聴けー!」

「嫌だ」

ばっさり切り捨てた

「なんだ、ノリが悪いな」

「おまえ前回もノリがどうのこうの言ってるけど、ノったところで私に得があるか?」

「あるかもしれない」

「望み薄か…あと、37にもなって、現代女性アイドルグループみたいな衣装着て、なんなんだ?」

「似合うか?似合わないか?」

「いや、私そこまで目が悪くないから」

「そうか、俺もそう思う」

「ちょっと待った、それどっちの意味だ?婉曲表現した私も悪いけど、どっちの意味だ?」

「まあまあ、まずは座らせてくれ」

鈴木は明言を避けた

「ああ…おい!やめろ!深く座って足を開くな!見せパン履いてんじゃねーよ!気持ち悪いなー!もー!」

「本格志向だからな」

「やーめーろってもー!マジで寒気すんだよもー!」

「わかったわかった、脱ぐから」

「ったくもー、頼むよ…おい!見せパンの下は見せちゃいけないパンツだろうが!見せんなよちくしょー!」

「はっはっはっ、何を今さら」

「うるせー!悪いか!37で乙女心持ってて悪いか!」

「いや、それは乙女心じゃないだろ」

「ってか見せパン脱いだだけで終わんなよ!衣装脱げっつってんだよ!気に入ってんのかそれ!」

「シャツとパンツになるがいいのか」

「魔界村に近い状態!?」

とりあえず、まだマシということで、見せパンは改めて履くことに

「こんな『まだマシ』嫌だ…」

「文句を言うな、受け入れろ」

「くそー…」

不平たらたら

なんでわざわざ呼ばれてきたのに、こんな不愉快な物を見せられなきゃならんのだ

「…そうだよ、なんでそんな格好してんだよ」

「おお、よくぞ聞いてくれた、実はな」

「いや、理由聞いたところで許すわけないんだけどな」

「俺、銀河の妖精になろうと思うんだ」

「えーと、色々言いたいことはあるんだけど、とりあえずまとめて、なんで?」

「おいおい、何故何故連発するな、話が終わんないぞ」

「これじゃ終われないよバカ」

「うーん…理由か、理由は…」

「アニメ見たとかじゃないよな」

「いや、以前から歌手になりたい、というのはあったんだ」

「あれ?そうだったか?3つん時から付き合いあるけど、そんなん初耳だぞ」

「言わなかっただけだ、男が歌手になる、なんて言いにくいだろう」

「んー、まあ、たしかにな」

「歌や曲は人類大発明の二つだ、魅力を感じ、自らも歌い手になりたいと思うのは当然だな」

「つっつも銀河の妖精はなあ…」

「いや、まあニュアンスは、うたのおにいさんだな」

今日は比較的まともな部分が多い

共感できるところがあるからか、すんなり受け入れた

「(ぱち)そうだな、私も昔は歌手になりたいって思ってたな(ぱち)」

「はっはっはっ、おまえには無理だ」

「な、なんだよ、いいじゃないか、下手なのは自覚してるよ、物好きだよ物好き」

正直、歌唱力には自信がない

アイドルの曲を聴くのは好きなんだが

「いや、なんかおまえは昔からアイドルという器じゃなかった」

「むう」

「きらきら星(JASRACに申請してるわけない)を歌ってたはずなのに、いつのまにか演歌歌ってたし」

「…?」

「きんるあぁぁぁぁ、きんるぁぁぁぁ、ひぃんかぁんるぅん〜…っそらぁのぉ、ほぉすぃゆぉぉ」

「そんな覚えはさすがにない!」

「あれ?よっちゃんだったかな?」

「記憶を捏造するな!私が面白おかしい幼稚園児だったとか思われるだろ!」

「でも歌は下手だったろう」

「あぁ、よっちゃんに比べりゃインパクト薄いけどな」

「(ぱち)そうだな(ぱち)」

「ちなみにその格好で演歌調で歌ったおまえと比べてもインパクト薄い」

「そうか?」

「おまえ、やっぱ本格的にその衣装気に入ってるな」

鈴木の並々ならぬこだわりがわかったところで

「で…歌手になりたいのはわかったよ、おまえも歌がそこそこ上手いのはわかってる」

「うん、そうか?」

「そこ疑問に持つなよ…、じゃなくて、おまえの歌唱力はホント『そこそこ』なんだって」

「どういうことだ?」

「いや、どういうこともなにも…下手じゃないけど突出して上手いってわけじゃない、っていうことだよ」

「なんだと、『大きなのっぽの古時計』で81点取ったことあるぞ」

「ほら、それだよ、そこそこ上手いけど、すげー!ってほどじゃないだろ」

しかもカラオケ採点だから信憑性が低い

「なんだ、バカにして、SMAPのリー」

「待て、言いたいことはわかるけど、人と比べるな、自分の特徴だけで勝負する世界だからな」

「いや、SMAPのリーダーだって歌手やれてるんだからな、って言いたかったんだ」

「わかったっつったじゃん、そして紛れもなくそれなんだよ、なに意外そうな顔してんだよ、ムカつくな」

「しかし、事実だぞ、グループやツインボーカルなら相当特徴があっても問題ない」

「うーん、たしかに、でも、グループでやるつもりか?」

「いや、二人だな」

「へえ、候補がいるのか」

「うん」

「誰だ?私が知っている奴?」

「うん」

「誰だろう?歌が上手い奴…」

「うん」

「何見てんだよ」

「うん」

「いや、嘘だろ…やめろよ…」

「ううん」

「…特徴になるくらい下手枠が私かよ!」

「おまえしかいないだろう」

「しかなくはないだろう!知り合いも友達もたくさんいるだろ!」

「(ぱち)よし、アイドルになろう(ぱち)、と言って『おう、やろうぜ!』って言う友達がいると思うか?37歳に」

「私もそうだよ!(ぱち)おう、やろうぜ!(ぱち)なんて言わないよ!…さっきからなんだよ、ぱちぱちぱちぱち」

「ボイスレコーダー」

「は?声のチェック用に持ってんのか?」

「聴くか?」

「いや、いらないけど」

ぱち

「いらないっつったのに…」

……………

………

『私も昔は歌手になりたいって思ってたもんな』

『そうだな、よし、アイドルになろう』

『おう、やろうぜ!』

………

……………

「はっはっはっ、固まってるぞ」

「いや…あの…何?コレ…」

「拒否した場合はこれ使って裁判起こす」

「そんな大々的な脅迫!?ってか裁判でこんな証拠が致命傷になるかよ!」

「ちぇー」

「ちぇーじゃない!いちいち私を巻き込むな!」

「呼ばれりゃ社長室に来る以上、おまえが巻き込まれに来ているよな」

「…否めない」

「…まあ、おまえの言い分もわかる、一回一人で勝負してみよう」

「なにコンビがソロ挑戦みたいなこと言ってんだよ、一回じゃねーよ、これから先ずっと一人でやれよ」

「おいおい、解散か?」

「組んでねーよ」

「わかったわかった、あ、そうだ」

「なんだよ」

「アルバム」

「は?」

「アルバム聴いてくれ」

「何言ってんの?」

「出すから」

「何を?どこから?なんで?」

「アルバムを、自費で、自己満足で」

「うわぁ…ダメだぁ」

「ほら、これだ」

こと、とCDを置いた

「うわぁ、ホントだよ」

「全16曲中16曲が新曲な」

「うん…だろうな…」

「さて、聴いてみるか」

ポータブルプレイヤーを取り出し、CDをセット

「音質は期待するなよ」

「いや、何も期待してないから安心してくれ」

『どうしーてもー、期待ーしてしーまうー、夜ーのー道ー、空を見るとー、あのー月がー、もっと近ーくにー、あればーいいのにーとー』

「…うん…そこそこ」

「いきなりそんな評価か」

「だって…期待しちゃったら低評価になっちゃうぞ」

「なんだ、せっかく作ったのに」

「あと、一番変だと思ったのが」

「ん?」

「なんでアカペラなんだ」

「ダメか?」

「いやダメじゃないけど…これじゃスタジオ借りて、マイクに向かって歌ったの録音したのをまんま聴かせるだけだからな」

「ダメか?」

「うん、よし、わかってないようだから言ってやる、そういうコンセプトじゃない限り、ダメだ」

「ちぇー、ダメか」

「だから、ちぇー、じゃない!なんでそんなとこだけガキっぽいんだ」

「じゃああと全部ダメなタイプだ」

「…あぁ、うん、そう…」

既に期待はゼロ

「あーあ、もういいから、なんかやるならやるで、一人で勝手にやってくれ」

レニーはもう関わりたくないようで、さじを投げた

「むう、そうだな、あまり協力は得られそうにないし、やるだけやって、ダメなら諦めよう」

「…なんだよ、今回は潔いじゃないか」

「そういう時もある、っていうわけだ、今日は悪かったな、帰りたいなら…うん、すぐ帰るのはやめよう、傷つくから」


───────────


三ヶ月後

経堂にあるレニーの自宅

休日なので、ラフな格好でゴロゴロしている

「…最近鈴木のやつを見ないな、仕事はやってるみたいだけど、心配だな」

普段喋りまくるせいで、独り暮らしの独り言が多い

「一昨日も正午には上がってたし、なんなんだろう?」

社長が早引け出来る会社というのもおかしいが、社員はみんな出来る連中なので、正直社長がいようがいまいがあまり関係ない

で、携帯電話は繋がらない

社会人なら休日とはいえ連絡がつくようにしておいてほしい

「ったく、しょーがない奴だな…」

電話をソファーの上に適当に投げ、すぐそばに自分も腰を下ろす

そろそろ夕方…天気予報でも見るか、とテレビの電源を点ける

『…んなー!おうたのじかんだよー!』

子供向け番組が出た

そういえば、昨日連れ込んだ男の子が見たがったから、見せてやったんだった

結局出来ず終いで、ストレスが溜まっていたが

しかし、そのせいで衝撃的な事実が判明した

今、コールをした男性は、このコーナーの雰囲気を見るに、いわゆるうたのおにいさんだろう

そして、そのニュアンスをどこかで聞いた覚えがあった

『ぱーくぱくぱく、ごはんをたべよ♪おーなかいっぱい、ごはんをたべよ♪』

そして、このおにいさんをよーく知っている気がする

「…すず…き…?」

いや、まあニュアンスはうたのおにいさんだな

「…あ、あー!言ってたわー!銀河の妖精じゃなくてうたのおにいさん言ってたわー!」

すっごい良い笑顔で、現代女性アイドルグループみたいな衣装を着て

「で、それもやんのかよ!」


─────────────


放送終了から二時間後

LINE電話が来た

「もしもし?」

『ど…だ………ぶ………れ………』

「東京で回線ぶっちぶちかよ…」



おしまい
13/12/22 02:37更新 / フルジフォン
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■作者メッセージ
今回はレニーにあまり叫ばせませんでした

もう、なんつーか、鈴木すげえな、って感じです

多才とかそういうレベルじゃないです

これからも鈴木には期待しましょう

あ、期待しちゃったら低評価になっちゃうんでした

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