第一話 しっかり困惑!留学生!
校舎内
もう莉王は鳴きそうでした
注意、『鳴き』そうですからね、お間違いなく
「ふしゃー!かかかっ!」
あ、鳴いた
視界に入るありとあらゆるものを警戒し、威嚇する
掲示板、階段、コンセント
とりあえず、片っ端から警戒です
でも、捕まる時はあっという間
ひょい、と何かに抱え上げられ、一気に天井付近まで持ち上げられた
「みゅー!」
可愛い悲鳴を残して、莉王は拘束された
「あら、ちっちゃいのね」
耳元で囁かれ、悪寒が走る
「みゅ、みゅー!」
じたばた、と暴れるが、二重三重の…いや
六本の昆虫の脚での拘束は解けない
アラクネ、腰から下は蜘蛛の腹、つまり二つの腹を持つ種族だ
多眼であり、メインの目の上に複数の眼がまたある
「先生、留学生を放してあげてください」
また変な言葉
迎えに来てくれた人…マンドラゴラのピニャーリがたしなめる
「非常勤講師は暇なのよ、遊び相手が欲しいわ」
「生徒を糸巻きにするのが遊びですか?」
「あら、お腹は定期的に糸を出さないとパンパンになっちゃうのよ、おっぱいと同じでね」
「はいはい、既婚者子持ちの遠回しな嫌味はいいですから、その子は放してください、人間と魔物のかすがいとなってくれる大切な留学生です、恐いイメージを持たれてはいけません」
「…私、恐いかしら」
「いえ、別に私はそうは思いませんが、人間は先生と似た姿の生物を恐怖することがあると聞きます」
「そ、じゃあ、ごめんなさい、ぼうや」
するする、と床が近づき、下ろされた
「みゅー……」
相当驚いたので、意気消沈
よその家に来た猫みたいです
バイバイ、と手を振ってくれたので、莉王も返しておきましたが、恐る恐るでした
「では、行きましょう」
「みゅ」
ピニャーリの先導の下、てけてけ歩いていたのですが
「なんだいピニャーリさん、そのちんまいのが留学生かい?」
この数十分間で既に驚かなくなった変な言語が真横から聞こえた
しかし、そこは廊下の壁のはずですが
「ドガンバルさん、お疲れ様です」
ピニャーリは壁に向かって会釈した
これには困惑していると、にゅう、と壁の一部が何かの顔らしきものになった
目鼻口があるが、石材?土?の壁だからか、そのどれもがゴツゴツしている印象を受ける
「…みゅ」
睨む、というほどではないが、やはり気になるので凝視する
「やあ、小さな留学生くん、こんにちは」
おや、日本語
「みゅみゅ!」
「あれ、日本語じゃなかったかな、じゃあ、ミュミュミュミュ、ミュミュー」
あ、わかんなくなった
「いえ、日本語でいいのですよ、ドガンバルさん」
ピニャーリが教えてくれたが、莉王がちゃんと日本語で、いや、人の言語で答えなかったのが悪いですね
「そうかい?いやあ、せっかく日本語を覚えたのに、無駄になっちゃったかと思ったよ」
ゴーレム、石や土が生命を持ったとされる魔物である
本作では、建物の一部であったり、場合によっては建物丸ごと一体のゴーレムであることがある、とします
知能は高く、移動しにくい代わりに、書物で勉強することが多いのが特徴
「なにはともあれ、ようこそ、ディヴィエラ学園へ」
「みゅ!」
したっ!と右手を元気に挙げてご挨拶
用務員だというドガンバルさんに別れを告げ(大袈裟)、莉王は
どでかい扉の前へ
今までの廊下の規模も、触れはしなかったがなかなか広く、天井は5メートルくらいはあった
教室や部屋の入り口も大きかったが、ここはその倍くらいの大きさ
開けるのすら一苦労しそうな重厚な扉のお部屋です
「………………」
言葉を失った
「ここが学園長室です、無礼を怒るような方ではありませんが、お行儀よくお願いします」
「みゅ」
さて、莉王だってもう半分覚悟しています
今さら何が出てきたって文句は言いません、驚きもしません
ただ、割りとガチで怖いではなく恐い存在だったらどうしよう、と思ってもいます
ピニャーリが扉のそばにあるボタンを押すと、ガコン、と扉の蝶番が開いた
自動ドアか
ピニャーリが先行し、一言
「学園長、留学生の日村莉王様がいらっしゃいました」
何を言ってるかわからないが、エサの時間です、とか言われてないだろうか
「うん、入ってきてください」
さて、第三者の声があった
ピニャーリの手が中を示したので、入室を許可されたらしい
「みゅ、失礼します」
あ、この回初めて、まともな日本語を言いました
部屋の中は扉の大きさにマッチしており、とても広い
奥行きなんか見えないくらいだ
しかし、学園長のものらしき机は割りと近くにポツンとある
座っているのは…人、男性だ
「やあ、日村莉王君、こんにちは」
立ち上がり、握手を求めてきた手も、もちろん人間の皮膚が張り付いたそれ
「みゅ!こんにちは!」
握手をして、元気よくご挨拶
「うん、長旅の後、直行で学園に来てもらうのは悪いと思いましたが、元気そうでなによりです」
にこ、と笑った顔も、人間
灰色のスーツをぴしりと着こなす、柔らかい物腰のダンディ
歳は四、五十代かもしれないが、しわが少なく、若い印象を受ける
「挨拶が遅れたましね、私はディヴィエラ・カウルサントスのマスター、つまり学園長のギルヴァン・シャズ・ロッターホーン、よろしくお願いします」
「日村莉王です、よろしくお願いします!」
尻尾(ないけど)をふりんふりん、挨拶を済ませると、ギルヴァンは居住まいを正した
「さて、既にわかっているかと思いますが、ここは魔界…君が住んでいた世界とは、まったく異なる場所です」
それはなんとなくわかっていた
魔界、とまでは想像が至らなかったが、異質な世界であることは確実
「入学前に送らせてもらった資料には、そこはあえて明記しなかった、このことは謝罪させいただきたい、申し訳ありません」
ギルヴァンと一緒に、彼の横に立ったピニャーリも頭を下げた
どうやら謝罪の文化は人間と同じらしい
「みゅ、もういいけど、どうしてないしょにしてたの?」
さすが我らが莉王様、心が広い
会話と説明を成立させるため頭を上げたギルヴァンは頷いた
「実は、大昔から人間と魔物の交流はあったんですよ、世界各地の宗教は、開祖や伝記を記した者と出会った魔物が深く関係しています、また、数ある悪魔とされる存在が我々であることも事実としてあります」
「我々?」
その口ぶりだと
「…うん、私も魔物です、ピニャーリなどの他の者より人間に近い姿をしているが、私の正体はかなり大きくて、紙に文字を書くには不便なんです、そのため、力を収縮して、さらに前足を自在に動かすために四肢や骨格を霊長類ヒト科に合わせている…少し難しいかな」
「わかるよ!」
さすが飲み込みが早い
聞くに、本来の姿は四足歩行の生物らしい
それならゲームや漫画の概念で考えられる
魔物や動物が人型に変化…細かいメカニズムはわかりませんが、納得はできる
「ありがとう、やはり君で良かった…人魔修好通商条約の締結…人と魔物が手を取り合い、交流するための条約であり、世界を変える一大改革です」
「…世界を変える?」
なんだか途方もないスケールのよう
ギルヴァンは続ける
「人と魔物が相容れなかったのは、その風貌にあります、人は人以外の生物…容姿の異なる生物をペットにしたり保護したりしている…同一視が難しいのだと言われています」
なるほど、人は動物を同格と見ることができない…ペットは家族、とする人もちゃんといるが、それは言葉の上で人と動物の理想的な関係を示すのに最も適しているからだ
それはそのまま、動物を魔物と置き換えても成立してしまう
「すぐに受け入れろ、というわけではないが、段階を踏んで接していけば、いつか共存ではなく、同じ戸籍に人と魔物の名前が並んでいる未来も実現できるはずなんです」
「魔界では、ごく一部の人間…ローマ法皇やアメリカ合衆国大統領、霊的な力を持つインドネシアの部族などと交流を持っていましたが、数年前からさらに幅広く、大々的に交流しようと、人間の留学生を誘致していたのです、破格の待遇は、候補者に事前に魔界のことを通達しない償いと取っていただいて結構です」
ピニャーリが補足し、莉王にも事情はわかった
魔界のグローバル化…それも、人間との、だ
「もちろん、君にはこの留学を拒否する権利が生まれています、事実上書類には不行き届きがあったわけですからね」
ギルヴァンは確認するように、改めて莉王と目を合わせた
「…君は、この学園に通うことを承諾してくれますか?」
「はーい」
軽い
体重も声も
もっと毅然とした態度を予測していた学園長とその補佐は面食らっていた
「あ、いや、もっと悩んでいいんですよ?恨みつらみを言っていいし…」
「お悩みなんてないよ?」
「あれ?精査した結果なのですか?」
「うん、別に食べられちゃうわけじゃないみたいだし…」
「いや、それは食べはしないけど…本当にいいのかい?」
「いいよ」
「本当に?」
なんかドラクエで『いいえ』を繰り返しているみたいです
何度か似たようなやりとりをした後
「では、ディヴィエラ・カウルサントスのマスターの名の下に…日村莉王を本カウルサントスの生徒と認めます」
これが正式な入学のご挨拶なんだとか
「わーい、モンスターの学校の子なのー!」
おやおや、そんなにはしゃいで走り回っちゃってまあ
「も、モンスター?わかるかい、ピニャーリ君」
「い、いえ、私もそのような日本語は存じません」
魔物にはちょっとわからないようです
「ま、まあいいか、生徒になったんだから、先生方にもご挨拶しましょう、職員室に行きましょうか」
ギルヴァンが立ち上がり、莉王のすぐそばに来て、手を出した
「みゅ」
きゅ、とちっちゃい手で握り
「あ、やっぱり腰が痛いからやめましょうか」
「みゅ…」
体格差がありすぎます
ピニャーリも追従し、三人は廊下を歩き、特別授業棟一階にある職員室へ
その部屋を示すプレートがあるようだが、魔物の言葉なのでわからない
から、とギルヴァンが引き戸を開けると、ちょっとした異臭がした
生物の臭いであるのは確かだが、莉王にとってはストレスの溜まる臭いだ
「ぶゅ〜…」
「皆さん、お待たせしました、少し話が延びてしまったもので」
ギルヴァンが魔物の言葉…だろう、今まで聞いた意味不明の言語と同じイントネーションだ…で声を張る
やはりそこは職員室のようで、大小様々な魔物がいる
さっきのアラクネの女性もいる、教員だったのか
「彼が日村莉王、本校に留学してきた日本人です、魔物の言葉を知らないから、皆日本語で話しかけること、いいですね」
はーい
はいっ
ぬーん
わかりました
ばっほん
なんかすごい特徴のある返事が聞こえた
みんながジロジロ興味深そうに見るので、莉王はすっかり
「わーい!色んな人がいるのー!」
元気です
まあ人ではないのですが
「ばっほんばっほん、ばほ?」
ずーりずり、と汚いツギハギの布をまとった、でっかいタケノコみたいな魔物が近づいてきた
「みゅ?」
「ばほー!ぶほ、ばっほん!」
「みゅ!みゅみゅみゅみゅ!」
どっちもお互いが言ってることがわかんないっぽいです
「ドゥトラ先生、種族語なんですから、無理なさらないで」
ギルヴァンにたしなめられ、ドゥトラ先生は、ばほ…、としょんぼりした
「みゅみゅ、ばほばほ先生はなんの教科を教えてくれるの?」
もう愛称ができました
「ばっほほ」
答えてくれましたが、なにがなにやら
「コンピューターリテラシーの授業です、人間から伝わったはいいものの、使いこなせる魔物の少ない文明の産物ですから」
ピニャーリはばほばほ語(莉王命名)がわかるらしく、訳してくれた
というか、少なくともこの人はパソコンが使えるのか
あんなデフォルメおばけみたいな手なのに
「ぬーん…やはり日村君には魔界の言語はわかりにくいようだぬ、それが学生生活の妨げになるかもしれないぬーん…」
ぬーん、とぶよぶよした青いスライムが人語を喋った
教員の机の上にべったりへばりついている
返事の時点では明らかに種族語とやらだったのに
「学園長、先月の職員会議で言ってたことが最善の策ぬーん」
「うむ…リュピンヌラ先生の言う通りでしょう」
ギルヴァンは少し考える仕草をして、職員室を見回した
「アマガキ先生はどこですか?」
その先生が何か重要らしいが、名乗り出ない
不在か?
「リンゴちゃんなら緊張しすぎてトイレ行ってるわ」
と、天井付近にいた、さっきのアラクネの先生が、吊り下がっている自分のデスクに肘をつきながら教えてくれた
そういや、最近よくトイレに立つよな
今日出勤してからも、今ので四回目だぞ
責任重大だからなぁ、気持ちはわかるけど
ばっほほ
他の先生方もアマガキ?リンゴ?先生を心配している様子
「そうですか…気負うのも無理はない、日村君のホームステイ先ですからね」
「みゆ?ホームステイ?」
そういえば、本来なら留学の遥か前に決められるはずのホームステイ先がなかなか決まらなかった
それもそのはずか、父が電話を掛けたあらゆる国の大使館は、すべて人間世界の機関だからだ
そんな時、学園側から電話があり
「ホームステイ先は都合によりまだ決定していません、入学までには日村莉王君が安全、快適に暮らせるホストを決めるよう尽力致しますので、どうかもう少々お待ちください」
と伝えてきたのである
そのホームステイ先は決まったようだが…
もしや…
莉王の頭に、ある可能性が浮かぶ
たたた…、と駆け足の音が聞こえる
がらっ!と真後ろの引き戸が開き
「ごめんなさい!トイレにいっ…ふきゃあ!」
どしーん!と莉王と衝突したのである
「みゅー!」
衝突してきた人…いや人じゃないだろうけど、わかりやすいように…は、体勢を崩してすってんころりん
前のめりに倒れて、うつ伏せに莉王を下敷きにしました
「ぎみゃー!」
「うぅ…ったぁ…」
いや、痛いでしょうが、さらに痛い思いをした子が下にいます
しかし、莉王にそんなダメージはない
顔面にはぷにぷにのスライムがめり込んで、あ、いや、スライムに顔がめり込んでいたのです
「危なかったぬーん、ドゥトラ先生が私を日村君の顔の下に投げ込んで助かったぬーん」
「ばほほ!」
リュピンヌラ先生、ばほばほ先生ファインプレー
で、本来なら真上から来るはずの重みですが
こちらもむにゅむにゅの何かがずっしり乗っかっているので、そんなに痛くありませんでした
「ぶみー…」
しかし、下敷きは下敷き、スライムの中では息もできません
「はっ!ご、ごめんなさい!」
わたわた、と加害者は立ち上がった
それでようやく、莉王もスライムから顔を上げることができた
くりん、と振り向くと、誰が、どんな人なのかわかった
ふんわりした赤と金髪のロングヘアー
健康的な、白にほんのり黄色がかった肌、欧米人のような顔つき
青い瞳が、特にスポーツ用でもなんでもない眼鏡の奥にある
服装はスーツだが、ある特定の部位が窮屈そうである
それは、ばいんばいんでぷるんぷるんなおっきいおっぱい
Yシャツのボタンが悲鳴を上げているであろう胸囲の、いや驚異のバストはまるで人のそれ
「リンゴ・アマガキ先生、落ち着きましたか?」
この人がそうなのか
ギルヴァンが莉王を立たせてやると、リンゴは慌ててペコペコ
「ごめんなさい…どうしても緊張しちゃって…」
ふにゃふにゃ困った顔がプリティーな先生だ
莉王はリュピンヌラ先生を抱えて、リンゴを見上げた
その視線に、リンゴも気づいた
「え、えーと…学園長、この子は…」
カクカクとした動きでギルヴァンを見た
「ええ、留学生の日村莉王君です」
「…!」
なんか大ショックを受けた模様
で、即土下座
やっぱり人間の文化っぽい
「もも、申し訳ありません!りり、留学生様にお怪我をさせてしまい…えーとうーんと」
日本語で丁寧に勢いよく謝ろうとしてくれているが
「…みゅ!」
莉王の目的は背中に乗ること!(何故かは知らない)
ぴょん、と一足ジャンプ、リンゴの背中にお座りです
「きゃあ!?う、う?怒ってます?」
まあ、そりゃあわかんないでしょうね
「ううん、お姉さんは悪い人じゃないからいいの」
「えっ!あ、ありがとうございます…」
なんだか許されたんだか攻撃されたんだかわかりません
「うん、二人が打ち解けたところで、日村君にもお伝えしましょう」
ギルヴァンは改めて、鏡餅みたいになってる二人を向く
「日村莉王君は、リンゴ・アマガキ先生のお家に住んでいただきます」
「あっ、すいません、またトイレ…」
締まらない先生ですこと
次回へ続く!
もう莉王は鳴きそうでした
注意、『鳴き』そうですからね、お間違いなく
「ふしゃー!かかかっ!」
あ、鳴いた
視界に入るありとあらゆるものを警戒し、威嚇する
掲示板、階段、コンセント
とりあえず、片っ端から警戒です
でも、捕まる時はあっという間
ひょい、と何かに抱え上げられ、一気に天井付近まで持ち上げられた
「みゅー!」
可愛い悲鳴を残して、莉王は拘束された
「あら、ちっちゃいのね」
耳元で囁かれ、悪寒が走る
「みゅ、みゅー!」
じたばた、と暴れるが、二重三重の…いや
六本の昆虫の脚での拘束は解けない
アラクネ、腰から下は蜘蛛の腹、つまり二つの腹を持つ種族だ
多眼であり、メインの目の上に複数の眼がまたある
「先生、留学生を放してあげてください」
また変な言葉
迎えに来てくれた人…マンドラゴラのピニャーリがたしなめる
「非常勤講師は暇なのよ、遊び相手が欲しいわ」
「生徒を糸巻きにするのが遊びですか?」
「あら、お腹は定期的に糸を出さないとパンパンになっちゃうのよ、おっぱいと同じでね」
「はいはい、既婚者子持ちの遠回しな嫌味はいいですから、その子は放してください、人間と魔物のかすがいとなってくれる大切な留学生です、恐いイメージを持たれてはいけません」
「…私、恐いかしら」
「いえ、別に私はそうは思いませんが、人間は先生と似た姿の生物を恐怖することがあると聞きます」
「そ、じゃあ、ごめんなさい、ぼうや」
するする、と床が近づき、下ろされた
「みゅー……」
相当驚いたので、意気消沈
よその家に来た猫みたいです
バイバイ、と手を振ってくれたので、莉王も返しておきましたが、恐る恐るでした
「では、行きましょう」
「みゅ」
ピニャーリの先導の下、てけてけ歩いていたのですが
「なんだいピニャーリさん、そのちんまいのが留学生かい?」
この数十分間で既に驚かなくなった変な言語が真横から聞こえた
しかし、そこは廊下の壁のはずですが
「ドガンバルさん、お疲れ様です」
ピニャーリは壁に向かって会釈した
これには困惑していると、にゅう、と壁の一部が何かの顔らしきものになった
目鼻口があるが、石材?土?の壁だからか、そのどれもがゴツゴツしている印象を受ける
「…みゅ」
睨む、というほどではないが、やはり気になるので凝視する
「やあ、小さな留学生くん、こんにちは」
おや、日本語
「みゅみゅ!」
「あれ、日本語じゃなかったかな、じゃあ、ミュミュミュミュ、ミュミュー」
あ、わかんなくなった
「いえ、日本語でいいのですよ、ドガンバルさん」
ピニャーリが教えてくれたが、莉王がちゃんと日本語で、いや、人の言語で答えなかったのが悪いですね
「そうかい?いやあ、せっかく日本語を覚えたのに、無駄になっちゃったかと思ったよ」
ゴーレム、石や土が生命を持ったとされる魔物である
本作では、建物の一部であったり、場合によっては建物丸ごと一体のゴーレムであることがある、とします
知能は高く、移動しにくい代わりに、書物で勉強することが多いのが特徴
「なにはともあれ、ようこそ、ディヴィエラ学園へ」
「みゅ!」
したっ!と右手を元気に挙げてご挨拶
用務員だというドガンバルさんに別れを告げ(大袈裟)、莉王は
どでかい扉の前へ
今までの廊下の規模も、触れはしなかったがなかなか広く、天井は5メートルくらいはあった
教室や部屋の入り口も大きかったが、ここはその倍くらいの大きさ
開けるのすら一苦労しそうな重厚な扉のお部屋です
「………………」
言葉を失った
「ここが学園長室です、無礼を怒るような方ではありませんが、お行儀よくお願いします」
「みゅ」
さて、莉王だってもう半分覚悟しています
今さら何が出てきたって文句は言いません、驚きもしません
ただ、割りとガチで怖いではなく恐い存在だったらどうしよう、と思ってもいます
ピニャーリが扉のそばにあるボタンを押すと、ガコン、と扉の蝶番が開いた
自動ドアか
ピニャーリが先行し、一言
「学園長、留学生の日村莉王様がいらっしゃいました」
何を言ってるかわからないが、エサの時間です、とか言われてないだろうか
「うん、入ってきてください」
さて、第三者の声があった
ピニャーリの手が中を示したので、入室を許可されたらしい
「みゅ、失礼します」
あ、この回初めて、まともな日本語を言いました
部屋の中は扉の大きさにマッチしており、とても広い
奥行きなんか見えないくらいだ
しかし、学園長のものらしき机は割りと近くにポツンとある
座っているのは…人、男性だ
「やあ、日村莉王君、こんにちは」
立ち上がり、握手を求めてきた手も、もちろん人間の皮膚が張り付いたそれ
「みゅ!こんにちは!」
握手をして、元気よくご挨拶
「うん、長旅の後、直行で学園に来てもらうのは悪いと思いましたが、元気そうでなによりです」
にこ、と笑った顔も、人間
灰色のスーツをぴしりと着こなす、柔らかい物腰のダンディ
歳は四、五十代かもしれないが、しわが少なく、若い印象を受ける
「挨拶が遅れたましね、私はディヴィエラ・カウルサントスのマスター、つまり学園長のギルヴァン・シャズ・ロッターホーン、よろしくお願いします」
「日村莉王です、よろしくお願いします!」
尻尾(ないけど)をふりんふりん、挨拶を済ませると、ギルヴァンは居住まいを正した
「さて、既にわかっているかと思いますが、ここは魔界…君が住んでいた世界とは、まったく異なる場所です」
それはなんとなくわかっていた
魔界、とまでは想像が至らなかったが、異質な世界であることは確実
「入学前に送らせてもらった資料には、そこはあえて明記しなかった、このことは謝罪させいただきたい、申し訳ありません」
ギルヴァンと一緒に、彼の横に立ったピニャーリも頭を下げた
どうやら謝罪の文化は人間と同じらしい
「みゅ、もういいけど、どうしてないしょにしてたの?」
さすが我らが莉王様、心が広い
会話と説明を成立させるため頭を上げたギルヴァンは頷いた
「実は、大昔から人間と魔物の交流はあったんですよ、世界各地の宗教は、開祖や伝記を記した者と出会った魔物が深く関係しています、また、数ある悪魔とされる存在が我々であることも事実としてあります」
「我々?」
その口ぶりだと
「…うん、私も魔物です、ピニャーリなどの他の者より人間に近い姿をしているが、私の正体はかなり大きくて、紙に文字を書くには不便なんです、そのため、力を収縮して、さらに前足を自在に動かすために四肢や骨格を霊長類ヒト科に合わせている…少し難しいかな」
「わかるよ!」
さすが飲み込みが早い
聞くに、本来の姿は四足歩行の生物らしい
それならゲームや漫画の概念で考えられる
魔物や動物が人型に変化…細かいメカニズムはわかりませんが、納得はできる
「ありがとう、やはり君で良かった…人魔修好通商条約の締結…人と魔物が手を取り合い、交流するための条約であり、世界を変える一大改革です」
「…世界を変える?」
なんだか途方もないスケールのよう
ギルヴァンは続ける
「人と魔物が相容れなかったのは、その風貌にあります、人は人以外の生物…容姿の異なる生物をペットにしたり保護したりしている…同一視が難しいのだと言われています」
なるほど、人は動物を同格と見ることができない…ペットは家族、とする人もちゃんといるが、それは言葉の上で人と動物の理想的な関係を示すのに最も適しているからだ
それはそのまま、動物を魔物と置き換えても成立してしまう
「すぐに受け入れろ、というわけではないが、段階を踏んで接していけば、いつか共存ではなく、同じ戸籍に人と魔物の名前が並んでいる未来も実現できるはずなんです」
「魔界では、ごく一部の人間…ローマ法皇やアメリカ合衆国大統領、霊的な力を持つインドネシアの部族などと交流を持っていましたが、数年前からさらに幅広く、大々的に交流しようと、人間の留学生を誘致していたのです、破格の待遇は、候補者に事前に魔界のことを通達しない償いと取っていただいて結構です」
ピニャーリが補足し、莉王にも事情はわかった
魔界のグローバル化…それも、人間との、だ
「もちろん、君にはこの留学を拒否する権利が生まれています、事実上書類には不行き届きがあったわけですからね」
ギルヴァンは確認するように、改めて莉王と目を合わせた
「…君は、この学園に通うことを承諾してくれますか?」
「はーい」
軽い
体重も声も
もっと毅然とした態度を予測していた学園長とその補佐は面食らっていた
「あ、いや、もっと悩んでいいんですよ?恨みつらみを言っていいし…」
「お悩みなんてないよ?」
「あれ?精査した結果なのですか?」
「うん、別に食べられちゃうわけじゃないみたいだし…」
「いや、それは食べはしないけど…本当にいいのかい?」
「いいよ」
「本当に?」
なんかドラクエで『いいえ』を繰り返しているみたいです
何度か似たようなやりとりをした後
「では、ディヴィエラ・カウルサントスのマスターの名の下に…日村莉王を本カウルサントスの生徒と認めます」
これが正式な入学のご挨拶なんだとか
「わーい、モンスターの学校の子なのー!」
おやおや、そんなにはしゃいで走り回っちゃってまあ
「も、モンスター?わかるかい、ピニャーリ君」
「い、いえ、私もそのような日本語は存じません」
魔物にはちょっとわからないようです
「ま、まあいいか、生徒になったんだから、先生方にもご挨拶しましょう、職員室に行きましょうか」
ギルヴァンが立ち上がり、莉王のすぐそばに来て、手を出した
「みゅ」
きゅ、とちっちゃい手で握り
「あ、やっぱり腰が痛いからやめましょうか」
「みゅ…」
体格差がありすぎます
ピニャーリも追従し、三人は廊下を歩き、特別授業棟一階にある職員室へ
その部屋を示すプレートがあるようだが、魔物の言葉なのでわからない
から、とギルヴァンが引き戸を開けると、ちょっとした異臭がした
生物の臭いであるのは確かだが、莉王にとってはストレスの溜まる臭いだ
「ぶゅ〜…」
「皆さん、お待たせしました、少し話が延びてしまったもので」
ギルヴァンが魔物の言葉…だろう、今まで聞いた意味不明の言語と同じイントネーションだ…で声を張る
やはりそこは職員室のようで、大小様々な魔物がいる
さっきのアラクネの女性もいる、教員だったのか
「彼が日村莉王、本校に留学してきた日本人です、魔物の言葉を知らないから、皆日本語で話しかけること、いいですね」
はーい
はいっ
ぬーん
わかりました
ばっほん
なんかすごい特徴のある返事が聞こえた
みんながジロジロ興味深そうに見るので、莉王はすっかり
「わーい!色んな人がいるのー!」
元気です
まあ人ではないのですが
「ばっほんばっほん、ばほ?」
ずーりずり、と汚いツギハギの布をまとった、でっかいタケノコみたいな魔物が近づいてきた
「みゅ?」
「ばほー!ぶほ、ばっほん!」
「みゅ!みゅみゅみゅみゅ!」
どっちもお互いが言ってることがわかんないっぽいです
「ドゥトラ先生、種族語なんですから、無理なさらないで」
ギルヴァンにたしなめられ、ドゥトラ先生は、ばほ…、としょんぼりした
「みゅみゅ、ばほばほ先生はなんの教科を教えてくれるの?」
もう愛称ができました
「ばっほほ」
答えてくれましたが、なにがなにやら
「コンピューターリテラシーの授業です、人間から伝わったはいいものの、使いこなせる魔物の少ない文明の産物ですから」
ピニャーリはばほばほ語(莉王命名)がわかるらしく、訳してくれた
というか、少なくともこの人はパソコンが使えるのか
あんなデフォルメおばけみたいな手なのに
「ぬーん…やはり日村君には魔界の言語はわかりにくいようだぬ、それが学生生活の妨げになるかもしれないぬーん…」
ぬーん、とぶよぶよした青いスライムが人語を喋った
教員の机の上にべったりへばりついている
返事の時点では明らかに種族語とやらだったのに
「学園長、先月の職員会議で言ってたことが最善の策ぬーん」
「うむ…リュピンヌラ先生の言う通りでしょう」
ギルヴァンは少し考える仕草をして、職員室を見回した
「アマガキ先生はどこですか?」
その先生が何か重要らしいが、名乗り出ない
不在か?
「リンゴちゃんなら緊張しすぎてトイレ行ってるわ」
と、天井付近にいた、さっきのアラクネの先生が、吊り下がっている自分のデスクに肘をつきながら教えてくれた
そういや、最近よくトイレに立つよな
今日出勤してからも、今ので四回目だぞ
責任重大だからなぁ、気持ちはわかるけど
ばっほほ
他の先生方もアマガキ?リンゴ?先生を心配している様子
「そうですか…気負うのも無理はない、日村君のホームステイ先ですからね」
「みゆ?ホームステイ?」
そういえば、本来なら留学の遥か前に決められるはずのホームステイ先がなかなか決まらなかった
それもそのはずか、父が電話を掛けたあらゆる国の大使館は、すべて人間世界の機関だからだ
そんな時、学園側から電話があり
「ホームステイ先は都合によりまだ決定していません、入学までには日村莉王君が安全、快適に暮らせるホストを決めるよう尽力致しますので、どうかもう少々お待ちください」
と伝えてきたのである
そのホームステイ先は決まったようだが…
もしや…
莉王の頭に、ある可能性が浮かぶ
たたた…、と駆け足の音が聞こえる
がらっ!と真後ろの引き戸が開き
「ごめんなさい!トイレにいっ…ふきゃあ!」
どしーん!と莉王と衝突したのである
「みゅー!」
衝突してきた人…いや人じゃないだろうけど、わかりやすいように…は、体勢を崩してすってんころりん
前のめりに倒れて、うつ伏せに莉王を下敷きにしました
「ぎみゃー!」
「うぅ…ったぁ…」
いや、痛いでしょうが、さらに痛い思いをした子が下にいます
しかし、莉王にそんなダメージはない
顔面にはぷにぷにのスライムがめり込んで、あ、いや、スライムに顔がめり込んでいたのです
「危なかったぬーん、ドゥトラ先生が私を日村君の顔の下に投げ込んで助かったぬーん」
「ばほほ!」
リュピンヌラ先生、ばほばほ先生ファインプレー
で、本来なら真上から来るはずの重みですが
こちらもむにゅむにゅの何かがずっしり乗っかっているので、そんなに痛くありませんでした
「ぶみー…」
しかし、下敷きは下敷き、スライムの中では息もできません
「はっ!ご、ごめんなさい!」
わたわた、と加害者は立ち上がった
それでようやく、莉王もスライムから顔を上げることができた
くりん、と振り向くと、誰が、どんな人なのかわかった
ふんわりした赤と金髪のロングヘアー
健康的な、白にほんのり黄色がかった肌、欧米人のような顔つき
青い瞳が、特にスポーツ用でもなんでもない眼鏡の奥にある
服装はスーツだが、ある特定の部位が窮屈そうである
それは、ばいんばいんでぷるんぷるんなおっきいおっぱい
Yシャツのボタンが悲鳴を上げているであろう胸囲の、いや驚異のバストはまるで人のそれ
「リンゴ・アマガキ先生、落ち着きましたか?」
この人がそうなのか
ギルヴァンが莉王を立たせてやると、リンゴは慌ててペコペコ
「ごめんなさい…どうしても緊張しちゃって…」
ふにゃふにゃ困った顔がプリティーな先生だ
莉王はリュピンヌラ先生を抱えて、リンゴを見上げた
その視線に、リンゴも気づいた
「え、えーと…学園長、この子は…」
カクカクとした動きでギルヴァンを見た
「ええ、留学生の日村莉王君です」
「…!」
なんか大ショックを受けた模様
で、即土下座
やっぱり人間の文化っぽい
「もも、申し訳ありません!りり、留学生様にお怪我をさせてしまい…えーとうーんと」
日本語で丁寧に勢いよく謝ろうとしてくれているが
「…みゅ!」
莉王の目的は背中に乗ること!(何故かは知らない)
ぴょん、と一足ジャンプ、リンゴの背中にお座りです
「きゃあ!?う、う?怒ってます?」
まあ、そりゃあわかんないでしょうね
「ううん、お姉さんは悪い人じゃないからいいの」
「えっ!あ、ありがとうございます…」
なんだか許されたんだか攻撃されたんだかわかりません
「うん、二人が打ち解けたところで、日村君にもお伝えしましょう」
ギルヴァンは改めて、鏡餅みたいになってる二人を向く
「日村莉王君は、リンゴ・アマガキ先生のお家に住んでいただきます」
「あっ、すいません、またトイレ…」
締まらない先生ですこと
次回へ続く!
13/12/18 09:41更新 / フルジフォン
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