連載小説
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プロローグなのです
飛行機に揺らされること二十二時間

バスに揺らされること一時間

フェリーに揺らされること三時間

時差なんていうものが狂いに狂いまくった小さい体

「みゅっみゅみゅー、みゅっみゅーみゅ」

真夜中なのに元気です

日村莉王、我らが主人公です

窓の外の月明かりに照らされる水面を眺めてはしゃいでます

「坊や、旅行かい?」

隣の席のおじさんが柔らかい笑顔で話しかけてきた

彼は振り返りながら、頭を横に振る

「日本から留学に来たの」

「留学!へえぇ、しかもずいぶん遠い所から来たんだね」

「うん、でも、飛行機もバスも楽しかったの」

実際に生えているわけではないが、尻尾をふりふりしている

「そうかい、ならきっと、留学先でも良い生活が送れるよ」

「みゅみゅ、ありがとうなの!おじさん」

ちゃんと人にお礼が言えましたね、えらいえらい

ピンポンパンポーン

おや、船内放送のようですよ

『ご乗船ありがとうございます、当フェリーは間もなく『竜の水のみ場』へ到着いたします、皆様、着岸の衝撃に備え、シートベルトをご装着ください』

ようやくフェリーともお別れですね

そうなると、急に寂しさがこみ上げてきます

言われた通りにシートベルトをすると、数分後、大きな揺れと共に、着岸が完了した

荷物を取り、ちまちまとフェリーを後にする

桟橋への通路がいやに楽しく感じるちびっこ

だってそこは

まったくの異世界なのだから

フェリーの窓から見えていた月というのは、朱を帯びており、不気味な光を放っている

水は黒く濁っていて、とても『水のみ場』とは思えない

ふと、腕時計を見ると、デジタルなのだが、文字化けしてしまっている

携帯電話、たまごっち、デジモンペンデュラムも、電子機器はすべて故障しています

「みゅみゅみゅ、ちょっと困ったの」

現代っ子と十五年くらい前の子供だったら大パニックの現象に、ずいぶんクレバーな反応ですね

さて、赤い夜の中、桟橋から土の上へとやってきました

そこで

「……………みゅ」

プラカードを持った、礼装の美人さんがいた

へったくそな日本語で

『ひむらりおさん、おいでませめんそーれ』

何の意志があってこうなったんだか、いまいちわかんなくなりました

と、美人さんの方が気づきました

カツ、カツ、と近寄ると、丁寧にお辞儀してくれた

白いスーツに白い鼓笛隊のような背の高い帽子を被っている

ちょっぴりミスマッチな気もする

「お待ちしておりました、日村莉王様」

「みゅ!」

右手を挙げてお返事です

「日本から遠路はるばる、お疲れ様です、と言いたいところですが、もうしばらく移動となります、何卒ご承知を」

頷くと、視界の外からリムジンがフェードイン

なっがーい車体が公道(?)に居座っています

成田空港の建設に反対したいのでしょうか

「では、歩きましょう」

あ、リムジンは別の人のだったんですね

ちょっと残念

歩き出した女性の後ろについて、ちょこちょこ歩く莉王

「時に日村莉王様、お送りしました資料はお読みに?」

「読んだの、誤字脱字が多かったけど」

「それは申し訳ありません、日本語は難しく、扱える魔物も少ないので…」

「ふぅん、そうなの」

さほど興味もなさげに相槌を打ち、そばを飛ぶホタルのような発光体を目で追う

学校案内の書類についての質問に答えていくうち、大きな門が見えてきた

近づけば、その巨大さがさらにわかる

高さ10メートルはありそうな鉄製の格子門

間から向こうを覗くに、生徒はおらず、始業の時間は過ぎているのだと推測できる

と、門のそばの機械に、女性が近づき、いくらか操作する

ピピー、という地味な音の後、ややあって、門が重々しく動き始めた

女性が振り返り、莉王と視線を合わせる

「…さて、ここがあなたの新たな学舎です、日村莉王様」

女性のしつこい名前の連呼に飽き飽きした頃だったので、返事もしません

恭しくお辞儀をした、その右手は、門の中心…いや、学舎と呼ばれた建物を指していた

「ディヴィエラ・カウルサントス…日本語では、ディヴィエラ学園ですね」

「みゅみゅ、びびえら…」

「ディヴィエラ、です」

上手く発音できない莉王は、今度練習しよう、だとか思いながら、ぽてぽて歩いて門をくぐった

瞬間

バッサバッサ

「…みゅ?」

羽音ですね、カラスでもいるのでしょうか

空を見上げると

何やら妙な影が

鳥が翼を広げて飛んでいる…だけではない

翼以外の体のパーツが、ひどく見慣れた形のような…

というか、人体である

人体に鳥の翼が生えている

「みゅ、みゅー!?」

文字通りびっくり仰天の莉王は、尻餅をついてしまう

その時、地面を打った音をきっかけにしたかのように、亜人が彼の前に降り立った

見てくれは人間の男性がベースで、本来その腕に当たる部分は根本から翼になっている

また、腰から下は鶏のようなふさふさ具合と、鱗びっしりのモミジが大地を掴んでいた

「なんだなんだぁ?見慣れない格好の奴がいるぞ」

バッサバッサ、ともうひとつ羽音が聞こえてくる

こちらは体が女性で、他は男の子の方と変わらない

「ちっちゃい魔物だね、…精霊?ドワーフかな」

「ドワーフだったらもっと老けてるだろ」

「じゃあ何だろね?」

「そりゃあ…何だろう?」

首を傾げ合う亜人二人だが、莉王にはその存在自体が何が何やらさっぱりです

ただでさえ言葉がわからないから、なんかごちゃごちゃ言ってるようにしか聞こえないのに

と、莉王をここまで案内してくれた女性が、二人の肩を叩いた

「あなた達、もうすぐ始業のベルが鳴るわよ、早く教室に行きなさい」

女性も、わけのわからない言語で何かをしゃべった

すると、亜人の二人組は顔を見合わせ、慌てながら飛び去っていき、校舎の向こう側へ消えた

女性は嘆息を吐き、莉王に向き直った

「では行きましょう、日村莉王様、まずは校長室、それから…」

「みゅみゅみゅみゅみゅ!」

ぺすぺすぺす、と女性を叩き、質問があることを示す

「はあ、なんでしょう?」

ぽかん、としている

「今のは鳥さん…」

「鳥ではなく、ハーピーです、始業まで時間を潰すつもりで空を舞っていたのでしょう」

あぁ、なるほど、とはならない

「は、はーぴー…」

莉王の後頭部に漫画汗が垂れる

その後ろから、びゅーん!と風がやってきて、莉王の体を少し浮かした

「ごめんなさーい!急いでるんですー!」

人間の『上半身』が謝る

バカラッバカラッ、と『下半身』は四足で駆けている

案内の女性がまたため息をついた

「失礼しました、ケンタウロス系の亜人は自身の脚の速さにかまけて、長寝をしても大丈夫、と腹をくくっているため、よく遅刻するのです」

そうは言う、そうは言うが

「こ、これっていったい…」

莉王がオロオロしていると、目の前に帽子が転がった

案内の女性が被っていた帽子だ

「あ、これまた失礼、今の風で飛んだようです」

そう言って、莉王の視界に入ってくる

で、びっくり

頭からどでかい花が生えている

赤いスミレが上を向いたような花の回りに、緑の葉っぱが円になって開いている

いや…よく見たら頭皮と一体化している

『体の一部』なのだ、間違いなく

「…みゅ…」

茫然自失の莉王

女性は帽子を被り直し、莉王に微笑みかけた

「では、少々無駄足を食らいましたが、参りましょう」

どうやら

莉王は、多大な勘違いをしていたようだ

この現実は未来にも続いている

自分の留学先は

あまりにも非現実だった
13/05/11 01:07更新 / フルジフォン
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