No.04 増幅
「「はああああああああ!!」」
レンジェと夢乃は襲い掛かってくる触手を刀剣で切り刻んでいく。その二人に守られながらシンヤは右手に数枚の青く光る札を作り上げた。
「いけっ!」
投げつけた札は触手の女性に向かうが、その途中で他の触手の犠牲によって防がれてしまう。
「ちぃ!」
「どうした? 先刻までは勢いがあったというのに」
(くっ!・・・動くための術が枷に・・・)
シンヤの骨折は薬によって痛みは治まっていた。だが、完治はしていないので、術を使って折れた骨を固定していた。それにより、彼は通常時の力を出せない状態になっている。
「はっ! せいっ!」
「ふっ! せやっ!」
刀剣を振り続けるレンジェと夢乃。それでも女から飛び出してくる触手は途切れる様子が無く、次々と新たな触手が襲い掛かってくる。
(これじゃ、きりがない・・・)
(ええい! 汚らわしいものをいくつも出しおって・・・それも姫様の御前で!)
「なかなかの剣筋を持っているようだな・・・戦国の世を思い出す・・・」
余裕の表情で触手を出現させる女。自身の身体の一部を切られているにも拘らず、不気味な笑みを浮かべ続けている。不意に触手の攻撃を止め、三人の様子を伺い始めた。
「「「?」」」
「ほれ、来るがよい・・・」
女が何もせず突っ立ったまま挑発の言葉を口にする。相手のその様子に三人は警戒した。
(何なの?・・・罠でも仕掛けているつもり?)
(この無粋な輩め、何を狙っている?)
(・・・・・・罠かもしれんが・・・チャンスでもある)
シンヤは彼女たちに小声で話す。
「俺が術で一気に決める・・・間合いを詰めるための援護を頼む・・・」
「シンヤさん?」
「シンヤ殿?」
「万が一を考えて、俺が接近したら離れろ・・・」
「・・・分かったわ」
「・・・承知」
レンジェと夢乃は彼の策に乗ることを承諾した。シンヤは左手を右脇に当てながら右手に青い光を集束させる。彼の右側にレンジェ、左側に夢乃が刀剣を構えて女を見つめた。
「ほほぅ・・・そう来るか・・・・・・いいだろう・・・」
「その余裕で・・・後悔するなよ!」
シンヤの叫びと同時に、三人は女に向かって走り出す。迎え撃つかのように女も多数の触手を背後から出した。それらをレンジェと夢乃が剣で切り刻んでいく。あと2、3歩のところで彼女たちは後方へ下がり、控えていたシンヤが飛び出した。
「はああああああ!!」
「ふふ・・・」
歪み笑う表情で何もしない女の首へ、シンヤは光る右手で握り掴む。それでも動じない女に、彼は床へ青色に輝く五芒星の魔法陣を作り上げた。
「終わりだ! 消え去れええええええええええ!!」
キィィィィィ・・・バシュウウウウウウウウウウウウウウウウ!!
「うわっ!?」
「姫様!」
眩しい光からレンジェを庇う夢乃。女とシンヤが青から白へと変わる光に包まれ、部屋中が真っ白に照らされた。光が徐々に治まり、レンジェと夢乃は瞑っていた目を開ける。
「「・・・!?」」
「・・・・・・なっ!?・・・ばかな!?」
そこに居たのは驚愕するシンヤと、彼に首を掴まれた状態で未だに笑う女の姿だった。
「ふふふふ・・・後悔するのはお前の方だ・・・」
「!?」
背中の多数の触手の内、数本が纏まって一束の大き目の触手が出来上がる。それは目の前のシンヤへ突っ込むように体当たりして、ドアのある側面の壁に押さえ付けた。
「がはぁぁぁ!!」
「シンヤさん!」
「シンヤ殿!」
「これが娘子たちの力か・・・・・・さて、次は・・・」
さらにもう一本の大き目の触手を作り、女はレンジェ達へ目を向ける。こちらに狙いを定めたと直観した夢乃は、レンジェの前に立って剣を構えた。
「姫様には指一本触れさせん!!」
「夢乃! 駄目よ! 下がって!」
「邪魔だ」
太目の触手が真っ直ぐ夢乃へ向かう。それは途中で分裂して背後へ回り込み、それぞれが彼女の背中で再度合体して体当たりをした。その奇襲に彼女は対応できず、そのまま天井へと押さえ付けられる。
「あぐっ!?」
「夢乃!」
「ふふふふ・・・」
不敵な笑いをこぼす女はさらに太目の触手を背後に二束作り上げた。そんな彼女を見て、レンジェは今まで経験したことのない怒りが膨れ上がる。
「あなた・・・よくも私の友人達を・・・」
「心配せずとも・・・すぐにそなたを喰らってや・・・」
「そう・・・そんなに・・・」
「む?」
「そんなに痛い思いをしたいの!?」
レンジェの怒りの言葉と同時に、彼女の影から黒い触手が出現した。それはリリムであるレンジェの魔力そのもので出来た触手で、実体を持った影である。レンジェの触手が女の身体とその触手へと巻き付いた。
「ほう・・・これは、これは・・・」
「覚悟しなさい。これであなたは・・・」
「そなたから来てくれるとは・・・」
「えっ?」
女が口にした言葉に理解できず、呆気にとられるレンジェ。次の瞬間、彼女の身体の感覚に違和感が訪れる。それはまるで身体の力が吸い取られるような感覚。それは彼女にとって凄まじく耐え難い嫌悪感だった。
「な、なにこれ・・・あ、ああ・・・ああああああああああああ!!」
「ひ、姫さ、ま!?」
「貴様! な、何を!?」
レンジェの容態にシンヤが女へ問い叫ぶ。彼女は恍惚とした表情で答えた。
「この姫君の力が自ら我に触れてきたのだ。喰ってくれと言わんばかりに・・・」
「まさか!?」
「おのれ! 姫様の、力を!?」
よく見ると、女の身体や触手に巻き付いたレンジェの触手が、赤い光を帯びて女に吸収されていく様子が目に見えた。そうしている間にもレンジェは身体を抱えて座り込んでしまう。
「あああああああ!!」
「美味・・・美味よのぉ! これほど美味な力は久方ぶりよ! それ! もっと寄越せ!」
「ぐああっ!? ああっ!! やめ、あああああああああ!!」
「姫様ああああああ!!」
吸い取られる苦しみで悲痛な叫びを上げるレンジェ。触手で押さえつけられる夢乃とシンヤは何とか拘束から逃れようと必死にもがく。
(このままでは・・・・・・ん?・・・)
この時、彼はあることを思い出す。
初めて出会った魔物という種族。
魔力というこの世界に存在する力。
その魔力に秀でたリリムという存在。
(やってみるか?・・・いや! やらなくては彼女が危ない!)
彼は動かせる右手に大振りの鉈を出現させて、自身を押さえ付ける触手を一気に切り落とした。
「む? ふん、無駄なあがきを・・・」
女は少数の触手をシンヤに向かわせる。彼はそれを素早くかわし、苦しむリリムの元へ走った。レンジェの元へ辿り着いた彼は、彼女の頭を両手でやさしく掴んだ。
「あああああああ・・・」
「先に言っておく。すまない」
「ああああ・・・ふみゅ!?」
「えっ!?」
「む?」
レンジェは激しい嫌悪感に襲われながら、目の前の出来事に目をパチクリさせた。
目の前にやってきたシンヤ。
彼は謝罪の言葉を口にした後、レンジェの唇を優しく奪った。
彼は目を瞑って己の唇を彼女の唇へぴったりくっ付けている。
(シンヤ・・・さん・・・・・・あれ・・・?)
さらなる異常がレンジェの身体に訪れた。
(気分が・・・気持ちいい・・・・・・それに・・・力が湧いてくる?)
先程味わわされた吸収される嫌悪感は消失し、代わりに魔物娘として魔力を得る際の快楽が徐々にやってくる。それと同時に彼女の触手に帯びていた赤い光がピンク色の光へと変化した。
「ぬ!? ぐあぁ! こ、これは!?」
その光を吸収してしまった女がいきなり苦しみ出す。次第にその光はレンジェの身体へ集まりだした。女の触手が慌ててレンジェの触手を振り払おうとする。だが、その黒い触手はビクともせず、触手の女はもがき苦しんでいた。
ここでようやく口付けをやめたシンヤは、レンジェの右横へ倒れながらあることを告げる。
「あとは、任せる・・・奴を・・・」
ドサッ
「シンヤさん!」
意識を失っていった彼の言葉を聞いて、レンジェはゆっくりとその場から立ち上がった。彼女の目がピンク色に輝くと、黒い触手が紫色の触手を一気に引き千切る。夢乃を押さえていた触手も千切られ、落下した彼女を黒い触手が受け止めた。
「きゃ!?」
触手は夢乃をレンジェの左横へ丁寧に下ろす。夢乃はレンジェの様子にただ驚いていた。
「ひ、姫・・・様?」
「ば、ばかな!? 我の蔓を、いとも簡単に・・・」
全ての黒い触手がレンジェの影へと戻っていき、彼女は魔刀を具現化させる。その剣はいつも以上にピンク色で輝いていた。
「覚悟は出来ていますか?」
「なっ、何なのだ!? そなたは一体・・・」
「私は、魔王の娘であるリリムの一人です」
(魔王? リリム? いや、それより! 何故、あやつの力が混じり合ったのだ!?)
レンジェは相手を威嚇するかのように、自身の辺り一帯へ凄まじい覇気を撒き散らす。それは触手の女だけでなく、間近で見ていた夢乃すら震え上がらせた。
(これが・・・あの姫様!?)
「くっ・・・我が、震えるだと!? 否! 力が啜れないなら、その雪肌を喰ろうてやる!!」
女は怖気づくも必死に堪えて、多数の触手を伸ばす。触手が届く直前で、レンジェの周りにピンク色の光の壁が出現した。触手がそれに触れた瞬間、まるで熱された鉄に触れたように触手が焼け焦げていく。
ジュウゥゥ! ジュウジュウゥゥ! ジュウゥゥ!
「ちぃ!」
女は使い物にならなくなった触手を切り捨てて、再度新しい触手を相手に向かわせた。
「むっ!?」
今まで俊敏に動いていた女の触手が少し鈍い動きで向かって行った。それは女自身も信じがたいことだったらしく、歯を噛みしめるほど顔を歪ませる。
(まさか!? さっきの力を啜ったせいか!? 上手く動かぬ!)
そんな緩慢な触手の動きに、レンジェは刀剣で素早く切り刻んでいく。その動きは先程の動きより速くなっていた。彼女は剣を振り回しながら女へと走り向かって行く。
「よ、寄るな!」
「ふっ!!」
一気に詰め寄ったレンジェは、女が必死に出した肩からの触手を切り裂いて、刀剣を上段から大きく振りかぶった。女は対応が遅れて後ろへ飛ぶ際、剣の切っ先が彼女の左目から斜めに顔が薄く切られる。
「があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
苦痛の叫びを上げて着地し、触手の女は左手で切られた顔半分を押さえた。血を流すその表情は怒りに歪んだ顔をしている。
「おのれ! 我に傷を負わせるとは!!」
「あなたはあの娘たちに一生残る傷を与えた。その罰としてはまだ足りませんよ?」
「ふふふ・・・ははははははは!! よかろう!! 我としてもまだ満足に戯れていない!!じっくりと時を過ごしながら嬲り殺してやろうぞ!!」
ガシャアアアアアアアアアン!!
女はそう言うと、後方にあったガラス張りの窓を突き破っていった。レンジェが慌てて窓の外へ覗きに向かうが、すでに女は闇夜へと姿を眩ましていた。
「逃したわ・・・」
脅威が闇へ逃げ去った後、レンジェは倒れているシンヤと右肩を抱える夢乃のもとへ走り向かう。
「夢乃、怪我は!?」
「少し身体を打ち付けられただけです。それより・・・」
「シンヤさん!」
彼女は彼の上半身を優しく抱えた。静かに呼吸をする彼の様子に二人はホッとする。
「意識を失っただけのようです」
「姫様・・・あの、お身体に支障は?」
「彼のおかげですこぶる快調ですよ。それこそもう一試合したいくらい♪」
「ですが・・・」
「冗談ですよ・・・探知魔法によると、あれは遠くへ逃げたようです。夢乃、ヴィーラを」
「承知」
レンジェの指示で夢乃は倒れていた秘書を背中に背負った。怪我人を運んで書斎から出て行く二人。その際、レンジェは両手で抱えているシンヤを見て頬を赤らめる。
(・・・・・・口付け・・・されました・・・)
レンジェと夢乃は襲い掛かってくる触手を刀剣で切り刻んでいく。その二人に守られながらシンヤは右手に数枚の青く光る札を作り上げた。
「いけっ!」
投げつけた札は触手の女性に向かうが、その途中で他の触手の犠牲によって防がれてしまう。
「ちぃ!」
「どうした? 先刻までは勢いがあったというのに」
(くっ!・・・動くための術が枷に・・・)
シンヤの骨折は薬によって痛みは治まっていた。だが、完治はしていないので、術を使って折れた骨を固定していた。それにより、彼は通常時の力を出せない状態になっている。
「はっ! せいっ!」
「ふっ! せやっ!」
刀剣を振り続けるレンジェと夢乃。それでも女から飛び出してくる触手は途切れる様子が無く、次々と新たな触手が襲い掛かってくる。
(これじゃ、きりがない・・・)
(ええい! 汚らわしいものをいくつも出しおって・・・それも姫様の御前で!)
「なかなかの剣筋を持っているようだな・・・戦国の世を思い出す・・・」
余裕の表情で触手を出現させる女。自身の身体の一部を切られているにも拘らず、不気味な笑みを浮かべ続けている。不意に触手の攻撃を止め、三人の様子を伺い始めた。
「「「?」」」
「ほれ、来るがよい・・・」
女が何もせず突っ立ったまま挑発の言葉を口にする。相手のその様子に三人は警戒した。
(何なの?・・・罠でも仕掛けているつもり?)
(この無粋な輩め、何を狙っている?)
(・・・・・・罠かもしれんが・・・チャンスでもある)
シンヤは彼女たちに小声で話す。
「俺が術で一気に決める・・・間合いを詰めるための援護を頼む・・・」
「シンヤさん?」
「シンヤ殿?」
「万が一を考えて、俺が接近したら離れろ・・・」
「・・・分かったわ」
「・・・承知」
レンジェと夢乃は彼の策に乗ることを承諾した。シンヤは左手を右脇に当てながら右手に青い光を集束させる。彼の右側にレンジェ、左側に夢乃が刀剣を構えて女を見つめた。
「ほほぅ・・・そう来るか・・・・・・いいだろう・・・」
「その余裕で・・・後悔するなよ!」
シンヤの叫びと同時に、三人は女に向かって走り出す。迎え撃つかのように女も多数の触手を背後から出した。それらをレンジェと夢乃が剣で切り刻んでいく。あと2、3歩のところで彼女たちは後方へ下がり、控えていたシンヤが飛び出した。
「はああああああ!!」
「ふふ・・・」
歪み笑う表情で何もしない女の首へ、シンヤは光る右手で握り掴む。それでも動じない女に、彼は床へ青色に輝く五芒星の魔法陣を作り上げた。
「終わりだ! 消え去れええええええええええ!!」
キィィィィィ・・・バシュウウウウウウウウウウウウウウウウ!!
「うわっ!?」
「姫様!」
眩しい光からレンジェを庇う夢乃。女とシンヤが青から白へと変わる光に包まれ、部屋中が真っ白に照らされた。光が徐々に治まり、レンジェと夢乃は瞑っていた目を開ける。
「「・・・!?」」
「・・・・・・なっ!?・・・ばかな!?」
そこに居たのは驚愕するシンヤと、彼に首を掴まれた状態で未だに笑う女の姿だった。
「ふふふふ・・・後悔するのはお前の方だ・・・」
「!?」
背中の多数の触手の内、数本が纏まって一束の大き目の触手が出来上がる。それは目の前のシンヤへ突っ込むように体当たりして、ドアのある側面の壁に押さえ付けた。
「がはぁぁぁ!!」
「シンヤさん!」
「シンヤ殿!」
「これが娘子たちの力か・・・・・・さて、次は・・・」
さらにもう一本の大き目の触手を作り、女はレンジェ達へ目を向ける。こちらに狙いを定めたと直観した夢乃は、レンジェの前に立って剣を構えた。
「姫様には指一本触れさせん!!」
「夢乃! 駄目よ! 下がって!」
「邪魔だ」
太目の触手が真っ直ぐ夢乃へ向かう。それは途中で分裂して背後へ回り込み、それぞれが彼女の背中で再度合体して体当たりをした。その奇襲に彼女は対応できず、そのまま天井へと押さえ付けられる。
「あぐっ!?」
「夢乃!」
「ふふふふ・・・」
不敵な笑いをこぼす女はさらに太目の触手を背後に二束作り上げた。そんな彼女を見て、レンジェは今まで経験したことのない怒りが膨れ上がる。
「あなた・・・よくも私の友人達を・・・」
「心配せずとも・・・すぐにそなたを喰らってや・・・」
「そう・・・そんなに・・・」
「む?」
「そんなに痛い思いをしたいの!?」
レンジェの怒りの言葉と同時に、彼女の影から黒い触手が出現した。それはリリムであるレンジェの魔力そのもので出来た触手で、実体を持った影である。レンジェの触手が女の身体とその触手へと巻き付いた。
「ほう・・・これは、これは・・・」
「覚悟しなさい。これであなたは・・・」
「そなたから来てくれるとは・・・」
「えっ?」
女が口にした言葉に理解できず、呆気にとられるレンジェ。次の瞬間、彼女の身体の感覚に違和感が訪れる。それはまるで身体の力が吸い取られるような感覚。それは彼女にとって凄まじく耐え難い嫌悪感だった。
「な、なにこれ・・・あ、ああ・・・ああああああああああああ!!」
「ひ、姫さ、ま!?」
「貴様! な、何を!?」
レンジェの容態にシンヤが女へ問い叫ぶ。彼女は恍惚とした表情で答えた。
「この姫君の力が自ら我に触れてきたのだ。喰ってくれと言わんばかりに・・・」
「まさか!?」
「おのれ! 姫様の、力を!?」
よく見ると、女の身体や触手に巻き付いたレンジェの触手が、赤い光を帯びて女に吸収されていく様子が目に見えた。そうしている間にもレンジェは身体を抱えて座り込んでしまう。
「あああああああ!!」
「美味・・・美味よのぉ! これほど美味な力は久方ぶりよ! それ! もっと寄越せ!」
「ぐああっ!? ああっ!! やめ、あああああああああ!!」
「姫様ああああああ!!」
吸い取られる苦しみで悲痛な叫びを上げるレンジェ。触手で押さえつけられる夢乃とシンヤは何とか拘束から逃れようと必死にもがく。
(このままでは・・・・・・ん?・・・)
この時、彼はあることを思い出す。
初めて出会った魔物という種族。
魔力というこの世界に存在する力。
その魔力に秀でたリリムという存在。
(やってみるか?・・・いや! やらなくては彼女が危ない!)
彼は動かせる右手に大振りの鉈を出現させて、自身を押さえ付ける触手を一気に切り落とした。
「む? ふん、無駄なあがきを・・・」
女は少数の触手をシンヤに向かわせる。彼はそれを素早くかわし、苦しむリリムの元へ走った。レンジェの元へ辿り着いた彼は、彼女の頭を両手でやさしく掴んだ。
「あああああああ・・・」
「先に言っておく。すまない」
「ああああ・・・ふみゅ!?」
「えっ!?」
「む?」
レンジェは激しい嫌悪感に襲われながら、目の前の出来事に目をパチクリさせた。
目の前にやってきたシンヤ。
彼は謝罪の言葉を口にした後、レンジェの唇を優しく奪った。
彼は目を瞑って己の唇を彼女の唇へぴったりくっ付けている。
(シンヤ・・・さん・・・・・・あれ・・・?)
さらなる異常がレンジェの身体に訪れた。
(気分が・・・気持ちいい・・・・・・それに・・・力が湧いてくる?)
先程味わわされた吸収される嫌悪感は消失し、代わりに魔物娘として魔力を得る際の快楽が徐々にやってくる。それと同時に彼女の触手に帯びていた赤い光がピンク色の光へと変化した。
「ぬ!? ぐあぁ! こ、これは!?」
その光を吸収してしまった女がいきなり苦しみ出す。次第にその光はレンジェの身体へ集まりだした。女の触手が慌ててレンジェの触手を振り払おうとする。だが、その黒い触手はビクともせず、触手の女はもがき苦しんでいた。
ここでようやく口付けをやめたシンヤは、レンジェの右横へ倒れながらあることを告げる。
「あとは、任せる・・・奴を・・・」
ドサッ
「シンヤさん!」
意識を失っていった彼の言葉を聞いて、レンジェはゆっくりとその場から立ち上がった。彼女の目がピンク色に輝くと、黒い触手が紫色の触手を一気に引き千切る。夢乃を押さえていた触手も千切られ、落下した彼女を黒い触手が受け止めた。
「きゃ!?」
触手は夢乃をレンジェの左横へ丁寧に下ろす。夢乃はレンジェの様子にただ驚いていた。
「ひ、姫・・・様?」
「ば、ばかな!? 我の蔓を、いとも簡単に・・・」
全ての黒い触手がレンジェの影へと戻っていき、彼女は魔刀を具現化させる。その剣はいつも以上にピンク色で輝いていた。
「覚悟は出来ていますか?」
「なっ、何なのだ!? そなたは一体・・・」
「私は、魔王の娘であるリリムの一人です」
(魔王? リリム? いや、それより! 何故、あやつの力が混じり合ったのだ!?)
レンジェは相手を威嚇するかのように、自身の辺り一帯へ凄まじい覇気を撒き散らす。それは触手の女だけでなく、間近で見ていた夢乃すら震え上がらせた。
(これが・・・あの姫様!?)
「くっ・・・我が、震えるだと!? 否! 力が啜れないなら、その雪肌を喰ろうてやる!!」
女は怖気づくも必死に堪えて、多数の触手を伸ばす。触手が届く直前で、レンジェの周りにピンク色の光の壁が出現した。触手がそれに触れた瞬間、まるで熱された鉄に触れたように触手が焼け焦げていく。
ジュウゥゥ! ジュウジュウゥゥ! ジュウゥゥ!
「ちぃ!」
女は使い物にならなくなった触手を切り捨てて、再度新しい触手を相手に向かわせた。
「むっ!?」
今まで俊敏に動いていた女の触手が少し鈍い動きで向かって行った。それは女自身も信じがたいことだったらしく、歯を噛みしめるほど顔を歪ませる。
(まさか!? さっきの力を啜ったせいか!? 上手く動かぬ!)
そんな緩慢な触手の動きに、レンジェは刀剣で素早く切り刻んでいく。その動きは先程の動きより速くなっていた。彼女は剣を振り回しながら女へと走り向かって行く。
「よ、寄るな!」
「ふっ!!」
一気に詰め寄ったレンジェは、女が必死に出した肩からの触手を切り裂いて、刀剣を上段から大きく振りかぶった。女は対応が遅れて後ろへ飛ぶ際、剣の切っ先が彼女の左目から斜めに顔が薄く切られる。
「があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
苦痛の叫びを上げて着地し、触手の女は左手で切られた顔半分を押さえた。血を流すその表情は怒りに歪んだ顔をしている。
「おのれ! 我に傷を負わせるとは!!」
「あなたはあの娘たちに一生残る傷を与えた。その罰としてはまだ足りませんよ?」
「ふふふ・・・ははははははは!! よかろう!! 我としてもまだ満足に戯れていない!!じっくりと時を過ごしながら嬲り殺してやろうぞ!!」
ガシャアアアアアアアアアン!!
女はそう言うと、後方にあったガラス張りの窓を突き破っていった。レンジェが慌てて窓の外へ覗きに向かうが、すでに女は闇夜へと姿を眩ましていた。
「逃したわ・・・」
脅威が闇へ逃げ去った後、レンジェは倒れているシンヤと右肩を抱える夢乃のもとへ走り向かう。
「夢乃、怪我は!?」
「少し身体を打ち付けられただけです。それより・・・」
「シンヤさん!」
彼女は彼の上半身を優しく抱えた。静かに呼吸をする彼の様子に二人はホッとする。
「意識を失っただけのようです」
「姫様・・・あの、お身体に支障は?」
「彼のおかげですこぶる快調ですよ。それこそもう一試合したいくらい♪」
「ですが・・・」
「冗談ですよ・・・探知魔法によると、あれは遠くへ逃げたようです。夢乃、ヴィーラを」
「承知」
レンジェの指示で夢乃は倒れていた秘書を背中に背負った。怪我人を運んで書斎から出て行く二人。その際、レンジェは両手で抱えているシンヤを見て頬を赤らめる。
(・・・・・・口付け・・・されました・・・)
12/04/29 18:11更新 / 『エックス』
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