連載小説
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No.05 療養
 触手の女による襲撃から翌日。



 昨夜の騒動によって、屋敷内は慌ただしくなっていた。被害を受けた者は魔物娘だけで7名。幸い命に別状はなく、身体、精神ともに洗浄された。大半は屈辱を受けたことにショックを受けていたが、レンジェの慈悲深い介抱で落ち着きを取り戻す。


 一番容態が酷いシンヤは、襲撃の夜からずっと意識不明の状態が続いていた。医者の魔女によると、『肋骨が内蔵を傷付ける寸前で、精神力を使い果たしている』と診断された。薬や治癒魔法で手当てされたが、未だに意識は回復せず、眠りについたままである。


 そんな彼の傍にレンジェは付き添い続けた。彼女はベッドで眠る彼の身体を濡れたタオルで拭き、魔女の出す薬を飲ませるなどの世話をする。





 襲撃事件から二日後の朝。まだ、目覚めないシンヤの寝るベットの右横に、レンジェは椅子に座りながらうつ伏せで寝ていた。彼女たちの居る部屋のドアから稲荷の紺がワゴンを押して入って来る。

「・・・・・・ん・・・」
「あら、お目覚めになりましたか?」

 紺はワゴンをベットの付近まで移動させて、用意していたコーヒーをカップに注ぎ始めた。彼女はそれを目覚めたばかりのレンジェに手渡す。

「おはようございます、紺さん。それと、ありがとうございます」
「ふふ、これもお勤めですから・・・まだ、起きないようですね」
「ええ・・・だけど、回復はしてきているようです」
「おろ? 骨折は時間が掛かるはずですが・・・もうくっつかれたのですか?」

 レンジェはコーヒーを一口飲み、首を縦に振ってあることを話した。

「昨日、アイラが魔法で診断したら、骨が元の位置に戻っていました。普通なら薬の効果があっても、激しく動き回れば2、3日は掛かると予測していたのに・・・」
「それを覆すほど速く回復したと?」
「あの娘も信じられないと言っていました」
「ほほぅ・・・随分恵まれた身体を持っていますね。歳は若いようですが・・・」

 紺は疑問を口にしながら朝食のトーストが乗ったトレーを持ち運び、レンジェの右側にあるテーブルに乗せる。

「まだ、ちょっとドタバタしておりますので・・・」
「大丈夫ですよ。でも、そろそろ白ごはんに味噌汁と焼き鮭が欲しいですね」
「冷凍庫に届いたばかりの鮭がありますので、今日あたり捌いておきます」
「お願いします♪」

 彼女たちが話をしていると、青年が呻き声を上げた。

「・・・っ・・・・・・・・・ぅぅ・・・?」
「「!」」

 一日以上眠り続けていた青年がようやく目を覚ます。彼は首だけ動かしてレンジェ達の方へ目を向けた。

「おはようございます、シンヤさん」
「おはよう、白いお姫さん・・・その様子だと、奴を・・・」
「残念ですが・・・取り逃がしました。傷を負わせることは出来ましたが・・・」

 彼女の言ったことにシンヤは表情を変えず、間を置いてしゃべり続ける。

「・・・そうか・・・・・・操られた者たちは大丈夫か?」
「はい、みんな無事です」
「あれくらいなら、私でも浄化できますのでご心配なく・・・」
「君は?」
「失礼しました。私は稲荷の紺と申します。何か食べたいお料理がありましたらお作りしますよ?」
「稲荷・・・・・・いや、今はあるもので十分だ。特別欲しいものはない」
「あら、そうですか?・・・では、レンジェ殿と同じものを用意しましたので、どうぞ♪」

 狐の女性はそう言って、もう一つの朝食セットをワゴンから取り出す。まだ、動けない青年を察してか、レンジェがそのトレーを受け取って自身の膝の上に置いた。

「では、私はこれで失礼します。後はお二人でごゆっくり♪」
「こ、紺さん!」
「?」
「ふふふ♪」

 頬を赤らめるレンジェを見て、紺は微笑みながら部屋から退出する。残されたレンジェはシンヤの方へ目を向けた。

「どうした?」
「な、何でもないです・・・」
「・・・・・・では、腹ごしらえといきますか」
「あっ、起き上がらないでください!」
「?」
「もう一日安静にしてください。下手に動くと、戻った骨がまた・・・」
「それもそうだな・・・俺の手元に・・・」
「私が食べさせてあげます」

 彼女がそう言うと、焼き立ての食パンにバターを塗って、それを一欠けら千切って青年の口へ運ぶ。彼は変わらぬ表情で差し出されたパンを頬張った。

「・・・・・・うまい・・・」
「♪」



 一方、レンジェとシンヤの居る部屋から少し離れた部屋。メロンぐらいの大きさのある水晶玉の周りに、紺、セシウ、夢乃、ヴィーラが集まっていた。彼女たちは、水晶玉を通してレンジェ達の様子を監視する。

「私の物見の式神・・・ばれていないようですね」
「流石、稲荷ですね。これで領主様の探知に引っ掛からないとは・・・」
「紺殿の狐火たちでは察知されますからね」
「レンジェ様はリリムのお一人だ。近くに魔物が居ればすぐにばれてしまう」

 彼女たちはただ覗き見をしているつもりではない。夢乃の証言による、襲撃事件で見せたシンヤの力がリリムの力を強化させたこと。これは彼自身が何者で、どんな力を持っているのか、早急に知る必要があったからだ。事の次第では、彼が敵か味方か、あるいは魔物にとって害となるか否か、を左右する。

「レンジェ様をお一人にしてよかったのだろうか・・・」
「大丈夫よ、セシウ殿。今日初めて彼と対話した限りでは、それほど危なさそうな雰囲気はありませんでしたよ?」
「だといいが・・・」
(気になるといったら・・・稲荷である私を見ても、平然としていたぐらいかしら?)

 ヴィーラと夢乃は水晶玉に映る二人の姿を凝視していた。

「おお、今度はスープを飲ませていますね」
「いいふ・・・いやいや、ちゃんと介抱してらっしゃるようです」
「ヴィーラ殿?」
「なんでもありません」



 シンヤは全く動けないため、寝たきりの状態で過ごすことになった。彼は付き添うレンジェに多少気遣うが、彼女の献身的な介抱に気まずい表情をしてしまう。

「ふぅ・・・あまりいい気持ちではないな」
「何がでしょうか?」
「何も出来ない状態の俺が、身の回りの世話を会ったばかりの女性にさせることだ」
「あら、私はこれでも楽しめていますよ?」
「・・・何にだ?」
「シンヤさんの身体を拝見できましたから♪」
「・・・」

 無邪気に答えるレンジェに、青年は無表情で小さなため息をつく。対するサキュバスの姫君はにこやかな顔をしていた。

「そうだ・・・シンヤさん」
「なんだ?」
「色々とお聞きしたいのですが・・・」
「身体が動かせるようになってからでいいか?」
「あ、はい・・・勿論です」
「その方がお互い都合がいいだろう・・・」

 二人はその会話で真面目な顔になる。





 翌日、屋敷のある広間。レンジェを中心に、彼女の周りへセシウ、ヴィーラ、夢乃、紺が立っていた。彼女たちは動けるようになったシンヤと対面し、彼の話に耳を傾ける。

「そうだな・・・まずは俺について話そう」
「シンヤさんは何者ですか?」
「ただの高校生・・・だった存在だな」
「だった?」

 彼の言葉にレンジェが首を傾げる。

「言い伝えによると、俺は物の怪を滅ぼす術を受け継いだ者らしい」
「それが・・・姫様に与えた力なのか?」
「そうだ。陰陽師という言葉を知っているか?」
「陰陽道に長けた術者のことですね」
「紺殿、知っているのですか?」
「ええ、私自身もそれについて心得がありますから」

 紺の発言に驚く夢乃。それに構わず、紺は話し続ける。

「道理で・・・見覚えのある力だと思いましたわ」
「もしや、他に陰の力で穢された者を浄化したのは、稲荷である君が?」
「それくらいできますよ・・・ただ、少し手間が掛かりますが・・・」
「それでも大したものだ。一部とはいえ、奴の力を浄化できたというのは・・・」
「あいつは何者なのだ? 無論、お前にとっても何者なのだ?・・・」
「・・・」

 セシウの言葉に、シンヤは少し目を瞑り、しばらくして目を開けた。

「奴が・・・この世界へ来る前に俺と戦っていた相手“妖”だ」
「あいつが・・・アヤカシ・・・」
「奴は古の時代で生まれた存在。他のものから力を吸い取り、己が力にし、吸い取ったものを支配する物の怪。人間だろうが、物の怪だろうが、迷わず自らの支配下に置く」
「セシウやヴィーラを襲った理由は配下にするため?」
「単純な話だ。奴は力に敏感で、常に欲している」
「力・・・あの時、姫様の力を吸い取ったのも・・・」
「あのまま吸われ続ければ、奴の傀儡にされていた」

 青年の言ったことに、魔物である5人の背筋に悪寒が走る。

「リリムである領主様の力すら吸い取るとは・・・」
「では、シンヤ殿が姫様にしたあれは一体何なのだ?」
「〜っ!?」
「・・・」

 顔を赤らめるレンジェ。対するシンヤは表情を変えず口を開く。

「奴が吸い取れるのなら・・・こちらは力を増幅できると考えた。結果・・・まさか成功するとは、俺自身もびっくりだ」
「そんな力を持っているとは・・・」
「あら、セシウ殿・・・私たちは魔物ですよ? 精を力に変えることは当たり前でしょ♪」
「こ、紺!? ごほんっ!」

 咳き込むセシウの横に居たレンジェは、赤面しながら尋ねた。

「し、シンヤさんの扱っていた術は・・・どんなものなのでしょうか?」
「よく扱うのがこれだな」
キィィィィ・・・
「「「「「!?」」」」」

 彼がそう言って右手に青い光を輝かせる。それは段々と形を作り、輝きを失うと、それは一羽の雀となって現れた。5人はその光景に目を丸くする。光から作られた雀は彼の手から飛び立ち、夢乃の頭へと留まった。

「わっ!?」
「ほぉ・・・見事な式神ですな」
「これが式神・・・料理長、あなたの狐火と似ていますね」
「ええ、ヴィーラ殿。あの娘たちも私の魔力で産み落としたものですから・・・ただ、此処まで綺麗に作り上げた式神は見たことがないですね」
「見たものをそっくりそのまま創り上げる術“万物の式神”生物だけでなく、物なども簡単に扱える程度なら創れる」

 シンヤは説明しながら左手に黒い傘を出現させて展開した。傘が開いて数秒立つと消失し、今度は大きいシャベルを右手に創り上げる。それを片手で振り回し、またそれを消失させ、夢乃の頭に居た雀も消えた。

「便利な式神ですね」
「紺さんにも出来る術なのでは?」
「いえ・・・あれほど万能な術は出来ないどころか、見たことがないです」
「「「えっ?」」」
「それって・・・」
「彼女の言う通りだ。この術は他の陰陽師でも類を見ない能力だと伝えられていた」

 意外な答えに紺以外の4人が驚いた。ここで夢乃がある質問をする。

「シンヤ殿、セシウ殿やヴィーラ殿へ使った術に関して知りたいのだが・・・」
「あれは陰の気を祓う結界だ。それを使えば、小物程度の悪鬼や物の怪などを簡単に滅ぼすことが出来る。無論、植え付けられた陰の気も残らず消し去る」
「ほ〜・・・ん? では、何故あの輩には効かなかったのだ?」
「・・・・・・恐らくだが、ここの魔物たちの力を取り込んだことで、消し去れないくらい力が増した可能性がある」
「あの娘たちの力でそんなに・・・・・・・・・?・・・」

 レンジェは今までのことを思い返し、ある疑問が頭に浮かび上がった。

(じゃあ、どうして私には効かなかったのでしょうか?・・・それに浄化されたセシウたちも無事だった・・・)
「何にせよ・・・あいつをこのまま放って置くわけにはいかない」
「すでに手配はしております。特徴や服装などの詳細を記した洋紙を町中に配布しました。ギルドにも手配書を渡し、接触しないよう注意を呼び掛けております」
「いい判断だ。助かる」

 ヴィーラの素早い対応に、青年は礼の言葉を口にする。

「世話になりっぱなしで申し訳なかった。そろそろ俺も奴を探しに向かうとしよう」
「あっ、ちょ、ちょっと待ってください!」
「?」
「え、え―と、そ、その・・・」

 慌てたレンジェが彼を呼び止めるが、その理由がなかなか言い出せなかった。それを見ていたヴィーラが仕方なさそうに青年へ問い掛ける。

「一つ聞きますが、この世界の魔物がどういう存在かご存知でしょうか?」
「簡潔に聞いたぐらいだが・・・何か問題でもあるのか?」
「魔物に害はないことについては?」
「それも簡潔に聞いた」
「実は厳密にはそうとは言い切れません」
「んぅ?」

 納得が出来ず、眉を寄せるシンヤ。そんな彼へ秘書の吸血鬼が丁寧に説明し始める。

「魔物娘といえども、彼女たちは人間を襲うことがあります。ある目的のために」
「どんな目的だ?」
「人間の持つ精です。それ無しで生きていくことは出来ません。よって、精をより多く持つ人間の男性を襲い、肉体を使って精を求めます」
「・・・・・・つまり・・・性行為をする訳か?」
「その通りです。ですが、精を取り入れれば問題はありません。後は子孫繁栄のため、伴侶になってもらうぐらいです」
「それが・・・魔物か・・・」

 ヴィーラの説明で青年は納得した表情になる。

「つまり、この魔物の多い地域であなたが活動するには、多少厄介事が付き纏う可能性があります」
「命を奪われる危険はないが、確かに厄介なことだ」
「あなたは魔王の娘であるレンジェ様の危機を救って下された。その恩返しには及びませんが、最大限あなたに協力して差し上げたい。ですので、情報収集はこちらにお任せを」
「・・・分かった」
「それと、屋敷から出る際は事情を知っている我々と一緒に行動してもらいます。それなら他の魔物に襲われずに済みますので・・・」
「面倒にならないなら、そうさせてもらおうか・・・」

 シンヤの承諾する言葉でレンジェが安堵する。その様子を見て、ヴィーラはある話を持ちかけた。

「では、領主様。我々は用事がありますので、しばらく彼の付き添いをお願いします」
「えっ、ヴィーラ?」
「では、行きましょうか」
「ちょ、ちょっと待て! この男をレンジェ様にま・・・むぐっ!?」
「は〜い♪ では、セシウ殿、夢乃殿行きましょう」
「えっ? 紺殿!? 待ってください!」
「むぐぅぅぅぅ!!」
「そんな、み、皆さん!」
「・・・?」

 レンジェとシンヤを残し、大広間から立ち去る4人の魔物たち。残された二人の内、レンジェがさらに顔を赤らめてしまう。

「え〜と・・・」
「・・・」
「し、シンヤさん」
「なんだ?」
「と、取りあえず・・・お茶にしませんか?」
「・・・いただこう」



 二人は最近出来たばかりの茶室へと向かう。まだ、不慣れではある茶道の作法でお持て成しするレンジェ。シンヤもある程度は慣れているらしく、丁寧に対応していた。

「うん、美味しかった」
「ありがとうございます♪」
「抹茶をいただくのは久しぶりだな・・・」
「シンヤさんも飲んだことがあるのですか?」
「ちょっと昔にな・・・」

 落ち着いたところで、二人は話し始める。

「シンヤさん、ご家族は?」
「離婚した母と一緒だったが・・・居なくなった」
「あ・・・す、すみません」
「構わない。そんなことで気にする暇はなかったからな」
「・・・どういうこと、ですか?」

 何やら不穏な家族関係にレンジェは気まずさを感じてしまう。

「・・・世に仇なす存在“妖”を滅ぼすことが先決だったからな。居なくなった身内なぞ探すだけ時間の無駄だ」
「で、でも・・・血の繋がったご家族でしょう?」
「確かにそうだが、探している間に何人もの犠牲者が出てしまう。すでに十数人が行方不明になっていたらしいが・・・」
「・・・」

 レンジェは彼の境遇にも驚いたが、それすら霞んでしまうほどの強い信念にもっと驚いた。それほど“妖”という存在がかなり危険だということを彼は知っているのだ。

「シンヤさんはどうやってご自身の能力や“妖”についてお知りになったのですか?」
「・・・・・・・・・祖父から直接聞いた。能力が使えたのをきっかけに、後は古い書物で調査し、実際に奴の悪行を見た」
「ご自身に何かあったらと、お考えになられたのですか?」
「その時は、そこまでの存在だったということだ。命を懸ける覚悟がなければやっていない」

 シンヤのその発言は嘘には見えなかった。彼の目は行く先を真っ直ぐ見つめる強い意志が宿っている。対面して見つめるレンジェはその目に魅かれてしまう。

「凄いですね・・・まるで、ジパングで聞く武士道みたいです」
「確かにそうだな・・・今の時代ではあまり見なかったが・・・」
「そちらの世界にもあったのですね・・・」
「代わりに軟弱な奴らや自己中心的な奴らが居たが・・・まぁ、どうでもいい」
「?」
「今度はこちらが聞いていいか?」
「はい」
「もう少し詳しく教えて欲しい・・・君達魔物や魔王とその娘である君も・・・」



「あらあら、不憫に見えて、しっかりした青年じゃありませんか♪」
「ふむ・・・態度が少し妙ですが、礼儀はちゃんとしているようですね」
「・・・・・・ん?・・・セシウ殿、どうしました?」
「・・・・・・レンジェ様に何かあったら・・・只じゃおかないぞ、あの男・・・」

 4人はまたも二人への覗き見・・・もとい、監視を続けていた。





 しばらくして、お茶を堪能した二人は屋敷を出て、街の中を散策することにした。周りを見渡すと、洋風な建物に紛れて和風な家屋がいくつか存在した。

「茶屋に・・・うどん屋、呉服屋、小間物屋・・・芝居小屋まで?」
「ジパングから取り寄せたお店ですよ。どれも気に入っています♪」
「まるで江戸に来たような光景だな・・・」

 町の住人たちもよく見たら、着物を着た人々がちらほらと見かけた。ちょんまげをした侍、綺麗な和服を着た女性、羽織を着た武士まで歩いている。彼が周りをキョロキョロしている間に、レンジェはある看板の項目へ目を通していた。

「あっ、今日は桂 孔雀さんの『貧乏神』がありますね。見に行きます?」
「物の怪が落語を聞きに行くなんて、初めて聞いたぞ」
「何事も笑えば、嫌なことも忘れられますよ♪」
(こりゃ、確かに夢乃が言った通りだな・・・手強い・・・)

 シンヤが頭を悩ませている隙に、彼女はある店に入っていく。彼が遅れて入った店は、和服を中心とした呉服屋だった。様々な色合いの着物が飾られ、それらをレンジェは見て回る。彼女が壁に飾られた着物を見ていると、店の奥から蜘蛛の糸柄の着物を着た女性が姿を現した。

「あら、姫さん」
「こんにちは、糸美さん」
「あらら、遂に殿方を見つけられたのですか?」
「あっ、ちょっと違います・・・襲撃事件で助けてもらった方です」
「なんと!?」

 驚きの顔する着物の女性。よく見ると、彼女の下半身は黒と黄色の縞模様を持つ蜘蛛の身体と八本足。彼女は“ジョロウグモ”と言われるジパング出身のクモの魔物。しかし、それを目の当たりにしたシンヤは表情を変えず、軽くお辞儀をした。

「玉川 シンヤだ」
「玉川殿ですね? いや〜お若いし、気の良さそうな人ですなぁ」
「未成年だからな・・・・・・蜘蛛の化身か・・・?」
「ああ、申し遅れました。この呉服屋の主人で糸美と申します」
「ジョロウグモというジパングの魔物ですよ」
「ああ・・・」

 レンジェの紹介で青年は納得の声を上げる。

「一瞬、土蜘蛛が出たのかと思った・・・」
「土蜘蛛?」
「土中の蜘蛛や気の荒いウシオニでもありませんよ。私たちはお淑やかな女郎です」
「気を悪くしたなら、すまなかった・・・」
「別に気にしていませんよ? 玉川殿」
(土蜘蛛・・・)

 彼の言った言葉の理由が理解できずにいるレンジェ。そんな彼女に糸美が話し掛けてきた。

「そうそう、姫さん。上質な絹が届いたので、白無垢を作ってみたの。ちょっと見てくれますか?」
「え? ええ・・・」

 糸美は店の奥にある上等な箪笥から、畳紙に包まれた和服を取り出す。それを店内にある和服掛けへ吊るした。それは見事な白い和服で、レンジェの雪肌に匹敵するほどの白さである。

「綺麗・・・」
「ジパングで結婚する際に、花嫁が着る和服です。まだ、これしか出来ていないですが、打掛なども作る予定です」
「糸美さん、打掛の色は?」
「まだ、決まっておりませんが、近い内に作り上げます。後は、種族に合うように作らないと・・・」
「種族に合うように?」
「サキュバスなどでしたら、翼や尻尾がありますので・・・」
「なるほど・・・」

 疑問が解けたシンヤは、和服に見とれるレンジェに目を向けた。その様子はまるで結婚に憧れる一人の女性にしか見えなかった。

「玉川殿、姫さんの晴れ姿でしたら、私が綺麗に仕上げて差し上げますよ」
「ちょ、ちょっと! 糸美さん!」
「ん?・・・もう、嫁入り先が決まったのか?」
「いえ、そういう意味で言ったのではなくて・・・」
「し、シンヤさん・・・」
ぐぅぅぅぅ・・・
「「え?」」
「む・・・」

 突如、青年の腹の音によって、レンジェ達は目が点になってしまう。たまらず、糸美が吹き出し、あることを教えた。

「ふふふふ♪・・・ちょうど、近くに美味しいそば屋がありますので、そちらへ行って見てはいかがですか?」
「そうだな・・・久々に食べてみるか・・・」
「でしたら、早速行きましょう!」

 レンジェはシンヤの手を引いて、呉服屋を後にする。



 そば屋に入った二人は適当なテーブルへ座り、ざるそば二人前を注文した。しばらくして、青肌で白い短髪の女性が長方形のお盆にざるそばを乗せて持ってくる。

「どうぞ、召し上がってください」
「ありがとう♪」
「うむ、うまそうだな・・・彼女も魔物か?」
「ええ、ジパング出身の雪女です」
「驚いたな・・・言い伝えで聞いた物の怪もいるとは・・・」
「ここの店で使われている水は彼女の力で出来たものらしいです」
「おお・・・どれ、いただこうか」

 二人は割りばしを割り、そばをつゆにつけて食べ始めた。

「ずるるるる・・・ん、うまい」
「ジパングの麺料理はどれも美味しいです♪」
「髪の毛も美味しいのか?」
「え?・・・あっ!? やだっ・・・私ったら・・・」

 レンジェは気付かずに咥えていた自身の髪の一本を慌てて取り出す。その仕草にシンヤはクスッと笑った。

「もう・・・シンヤさん・・・」
「これでも早めに言ったつもりだが・・・」
「いえ、そうではなくて・・・もういいです・・・」
「?」
(恥ずかしいから笑ってほしくなかった・・・なんて言っても無駄ですよね・・・)





 木々の間を歩く複数の足音。それらはカチャカチャと金属音を鳴らして、同じ方向へと進んでいた。

 足音の主である人影は全部で6つ。

 左右に居る4人は屈強そうな身体をした男性で、頭以外、立派な銀の鎧を付けた騎士たちだ。見るからに腕が立ちそうな重装備の戦士である。

 真ん中に居る二人の内、1人は白い軽装の鎧を着た青年。金髪のショートで両刃の剣を腰に付けていた。まだ、若々しい顔をした少年のようで、澄んだ青色の目をしている。

 そして、青年の右隣には、修道女の服を着た少女が一人。黒いヴェールに隠れた金髪のストレートで茶色の目をした清純そうな顔。彼女の手には、縦長20cmぐらいでクロスした部分に青い水晶が入った十字架が握られていた。



(今日こそ・・・あのリリムに勝つ!)
12/05/05 19:13更新 / 『エックス』
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