第十三章 生を渇望する者
「第三団と第六団を追加で出撃!現在交戦中の第四団を後退させて住人の避難へ当てろ!」
「申し上げます!北部からも敵を確認!数は三十ということです!」
「更に申し上げます!第四団!半壊!半壊!」
目まぐるしく動く戦況、初め二十人ほどで攻めてきた盗賊達は夜間警備をしていた第四団で、くいとめられていた。
だが、次の指示が通る前に団長が戦局を見誤ったのだろ、団隊の半壊した知らせが入ってくる。
「ええい!第五団は第四団の後退援護をし、共に後退後一緒に住人の避難へ当たれ!第一団と第二団は北部からの敵を迎え撃つぞ!」
『おおおおぉぉぉ!』
これでいい。
勇ましい声と共に第三団、第五団、第六団の騎士達が出撃していく。
指揮高いまま盗賊達を鎮圧すれば全てが終わる。
そう思い、ついで出撃する自身の第一団と共に出る第二団へ激を飛ばす。
「相手は村に教団の騎士に喧嘩を売った愚か者たちだ!第四団で散った者の無念を晴らすため!共に闘い!平和を!命を!守り抜くぞ!」
『おおおおぉぉぉ!』
こちらもまた指揮が高い。
皆が誇りを持ち、平和を愛している証拠だ。
このまま出撃を、と思っていると伝令の騎士が入ってきた。
「報告します!先ほど出陣した第五団!第四団の後退援護に成功!このまま避難指示へ移るそうです。また、西部に敵増援!数は十だそうです。」
「次いで報告します!住人は村の東部へと避難を進めていますが、東部の街道に見慣れぬ明かりを確認しました!」
「ちっ!東部にも人を回した方がよさそうだな・・・。だが、これ以上分割するわけには・・・。しょうがない!第四団は誰が残っている?」
「副団長と騎士が三名です!」
やはり、団長はやられていたか。
苦肉だが、これしか策はないようだな。
「そうか!第一団と第二団の騎士達よ!指示を変えるぞ!双方より副団長は選抜した騎士二名をつれて第四団と合流し住人より先の東部へ向かえ!そこで人々の盾となり剣となれ!また第五団へ通達!住人の避難が終わり次第、北部へと向かう様にしろと!」
「了解!」
「盗賊達はすぐそこまで来ている!早急に選抜!迅速に出陣だ!」
『おおおおぉぉぉ!』
なんとか一段落だ。
片付くまでこれ以上ややこしくなってくれないで欲しいと思いつつ出撃をし。
団隊を率いて、目的の場所である北部街道へと進軍していくのだった。
西部や南部と違い東部と北部は石畳で舗装された街道。
その上を金属と石がぶつかりあう音が鳴り響き、敵が確認された場所へと進んでいく。
夜の闇で互いに姿は見えず、星明かりだけが動く影を教えてくれる。
相手との距離を測りながら全員が抜刀すると、鋼が抜ける音に応えるように火球がこちらへと飛んできた。
「来たか・・、構え!」
だが、事前に聞いていた報告により。
「展開!」
敵の正体はわかっている。
ルーンを刻み込み、対魔法防御を上げていた盾で。
「反射!」
放たれた火球はあちらへと返っていくが、影は身を翻して反射されたものを避け。
着弾点には炎が舞い降りて火溜まりが出来る。
それは明かりとなって闇を照らし影から姿を浮かび上がらせた。
「お前らは・・・。」
「ルーンを刻んだ盾とは、教団の連中は物持ちがいいんだな。」
目に映し出された敵は手配書にあった¨消えない炎¨の連中で間違いないだろう。
そして、今喋っているのは盗賊団二番格の男。
「住人の平和を脅かすものと戦うのならこれぐらい当然だろう。」
「気に入らないねぇ。その言い方・・・。いくぞお前達!身ぐるみ剥いで皆殺しだ!」
『うおおぉぉ!』
「来たな!みな、この一線守り通すぞ!」
『おおおぉぉ!』
双方の猛び声が響き合い、地面と鉄がぶつかり合う音と地を駆け抜ける音が風に運ばれていく。
あちらの数が三十に対してこちらの数は十四。
数の面で圧倒的に不利なのは仕方ない。
戦闘に入ると、一対二や一対三で当たらなければならず第五団の救援がくるまで部隊が持つかが心配なところだ。
戦術的に相手の数より多くの数を用いて戦うという兵法の初歩すら外して戦っているのだから。
刃が混じり合う音、鉄と鉄がぶつかり合う音が響き合う中で、私は四人の男の相手をしている。
中には突撃命令を出した、男。
二番格のあいつも混じっていた。
「俺達四人相手に引けを取らないとは、やるじゃないか。」
「ハァ!ハァ!褒められても嬉しくないな。」
「つれないねぇ・・・。お前達!相手は息絶え絶えだ!一気にたたむぞ!」
『おう!』
流石に一人で捌いていくのはしんどく、体力が削られていく。
こんな状態を見逃す事もせず、有利と踏んだ奴らはたたみかけてくるが。
「ぎゃぁ!?」
勝利を確信した時が一番の隙となる。
先走って一足早く飛び出してきた男の脇腹を貫き、振り抜いて肉を裂き仕留めたのを確認し。
残った者たちとの距離を取り体勢を立て直す。
「ちっ、殺しきるまでに気を抜くからこうなるんだよ。」
毒づきながら亡骸を蹴り、こちらを睨みつけ。
「一人殺していい気になるなよ?俺がいく!お前らは隙あらば奴を刺せ!」
「お、おう!」
一人居なくなり、少し動揺したのか連携が緩んできた。
これはこちらにとって有利になる。
気にかける範囲が狭くなるうえ、こいつを仕留めることができれば盗賊団全体の指揮は落ち、総崩れになるはずだ。
戦局が有利になる考えを巡らせていると、二番格の男が攻撃を仕掛けて剣を振り下ろしてきた。
刃を盾でいなし、反撃をしようとすると斬撃の後に蹴りを混ぜて放ってくるため。
呼吸が乱されて、防ぐだけで精一杯な状態となり手を出す糸口を見失ってしまう。
これが奴の本気か。
加えて目の前の攻撃ばかりに気を取られていると残っている二人が隙あらば攻撃をしてくるので気にかける範囲が狭くなるどころか神経を研ぎ澄まさなければいけない結果になってしまった。
「くそっ!」
「算段と違ったようだな!だから言ったろう?いい気になるなと!」
斬撃、蹴撃、隠撃、自身の身に届かないようにするので手一杯だが、耐えていく内にようやく突破口を発見する。
隠撃が放たれる瞬間が分かったのだ。
奴の攻撃が繰り出した後生まれる隙を埋めるかの様に、後ろの二人は隠撃を放ってくるので、そこを突けばいい。
後どれくらい動けるかはわからないだろう。
ここで賭けに出るのは無謀なことかもしれないが、このままではじり貧で押し負けるのは目に見えている。
腹を括り、敵の隠撃を警戒し斬撃を防ぎ、蹴撃をいなしていき。
崩れ行く橋を渡るかの如く、慎重に先に見える勝利へと足を進めていく。
「どうした?あまりにも想像とかけ離れていたから・・・。戦意が枯れたかな?」
下衆な笑いを浮かべ、とどめを刺すべく相手の攻撃は大振りとなり。
その隙を埋める隠撃も精度が落ちてきた。
「枯れた割にしぶといねぇ・・・。死ねよ!」
中々くたばらない私に苛立ち、手数は増えたがその分荒く捌き易くなっている。
またどの攻撃の後を補えばいいのか後ろの男達も判別しきれなくなり。
「ぎゃぁ!?」
刹那の判断で、刃が一つの命を斬り裂いた。
顔の鼻から上をはね飛ばし、人であった者の塊から勢いよく鮮血が吹き出す。
「ちっ、またやられたのか。こいつも役に立たねえなぁ。」
紅く染まる頬を拭い、冷静さを取り戻していく二番手の男。
こちらから先に片付けておくべきだったと悔やんでいる内に、懐まで一気に詰め寄られ。
「まだ二人も残ってるだろうが!悦に浸ってんじゃねぇよ!」
再び始まる猛攻。
先程までの激しさはないが、流石に一対二の状況。
しかも、二人倒せたことで気力に穴が開いたのか思うように力が出せない。
「へばったか!大人しくそうして死んでれば楽になったろうがよ!」
蹴りを入れられ、重い蹴撃が重心を崩して盾を構えたまま尻もちをついてしまう。
「ぐっ!?」
「手間掛けさせやがって・・・。楽に死ねると思うなよ?」
奴の言葉と共に、兜の隙間から紅蓮の明かりと離れていても焼けつくような熱風が入ってくる。
これが奴らが¨消えない炎¨と呼ばれる所以・・・。
火の魔法を扱うことに長けており、襲うもの全てを焼き尽くして奪い去っていくのだ。
「みな・・・。」
「焼け死ね!」
目の前に飛び込んでくる灼熱。
纏わりつくように紅いものが身体を覆い、溶かすような熱が侵食してきた。
「ぎゃぁぁぁ!?」
痛みや熱さではない刺されるような感覚が全身に襲いかかり断末魔を上げながら地面をのた打ち回っていく。
だがそれは自分を苦しめるだけで、焼かれ高温となった鎧は肉を焦がす結果となる。
「いい気味だ。そこで果てるまで肉を焼かれてもがいてな。」
何か声がしたようだが、聞きとることができず。
紅い熱と炎に焼かれる中で目線の先に映ったモノは、守れていたはず村が落ちていく光景。
赤く、紅く、朱色へ、深紅へと染まっていく絶望。
力無き自分が不甲斐無く。
痛みを熱さを忘れて咆哮を漏らすが、それは虚しく木魂していき。
悪夢を漂う意識が夢現から覚める手助けとしかならなかった。
「ゆ、夢・・・。いや、現実か・・・。」
目を開き、煤に色づけられた天井が現実を教えてくれるが、身体には違和感がある。
感じていたものがない、刺すような痛みも内部から燃え上がる程の熱も今の身にはない。
代わりに肌が張り、動かしにくい感覚が腕や足にあり。
身体を思うようにならないのだ。
「痛みはないが、動かすのはつらい・・・。だが、なんとかるな。」
ぎこちなく手を顔の位置まで移動させて、火傷の跡を見ようとするが傷はなく。
それどころか古傷さえもなくなっていた。
「誰がこれほどの治癒を・・・。援護の救援部隊が来てくれたのか・・・?」
救援は要請したが、支部の人間がこれほどの治癒術師を送ってくれるとは思えず。
仮に部隊がいるなら、私の目覚めに対して即事情を聞くために待機してるはずだ。
礼を言わなくてはと思い、治癒を行った術者を探すべく身体を起こして寝床を後にし、外へと出ていった。
床を軋ませて、壁を手摺りに集会場を出ると、昨日まで散乱していた亡骸は無くなっており。
風が更地となり、跡形もなくなった家屋があった場所へと吹いている。
「村人の亡骸、皆のものが・・・。これは一体・・・。」
治癒をしてくれた者、消えた亡骸、片付けられた家屋。
何がどうなっているのか知りたく、誰かいないかと集会場の中や通りを見まわすがいたのは床に伏せている包帯を巻かれ眠っている仲間と誰もいない広間、そして表通りだけ。
消えてしまったのかと、村の外れまで来ると僅かな煙と小さな声が聞こえてきた。
「あっちにいるのか?」
現状を教えてくれる者を求めて、私はそちらへと向かっていく。
魔に魅入られた者と会話した後までは覚えているが、それからどうなったのだろうか。
色々と考えていく内に声のした所へと到着する。
そこには亡骸を埋葬している人々おり、部下達やあの魔に魅入られた男。
魔物の姿がそこにはあった。
「彼らが・・・、なぜ?」
ここにいることに、疑問があるわけではない。
なぜあのような行為をしているのかわからないのだ。
油断を誘っているのか?
だが、そんな気配は感じられない。
むしろ献身的な立ち振る舞をしている。
警戒をするべきか、友好的に接するべきかを考えていると部下の一人が私に気付いてこちらへと近づき。
それに合わせ複数の人間がこちらへと向かってきた。
「エニモ様!よかった気が付かれたのですね。」
「ああ、今さっきな。これはいったいどうなってるんだ?」
「はい、それが・・・。」
彼らの話を聞いていく。
自身に何が起きたのか、動けた人間が何を見たのか。
それを纏め、掻い摘んで話してくれ。
あの魔に魅入られた男と仲間である魔物に我々は助けられ、現在は村の後処理を手伝ってくれるという事だ。
「では、我々は魔物に命を救われたことになるのか・・・。」
「はい・・・。」
生き延びたこと事態は幸運なことだが、彼らに助けられたということが他の教団関係者に知られてしまうと話はややこしいことになる。
助けてくれと頼んで救われた訳ではないが、結果として魔物の手を借りたことには変わりはない。
このままでは魔との繋がりがあるのではないかと、疑われてしまうだろう。
どうするべきかと考えていると。
「どうするべきか、それは真実を隠し墓まで持ちこむか。真実を受け入れ教団を離れるか。二つに一つだろう。」
突然割り込んでくる声、その方向へ顔を向けると件の男が近くに立ちこちらを見ていた。
「俺達は昼過ぎにはこの村を出る。隠す場合は諫言令でも出して口止めしておけばいい。誰も、疑われて身を危険に晒したくはないだろうからな。」
「君は・・・、いつのまに。」
「なに、ちょっと目にとまってな。容態を確認しようと近づくと話が聞こえてきたから、お節介がてら助言をってわけさ。」
「・・・。」
「黙っていれば誰もが救われる。そう誰もがね。話す話さないは自由。よく考えてみるといい。」
彼はそういうと踵を返して、作業をしている場所へと戻っていこうとする。
「待ってくれ。」
「ん?どうした。」
「皆を、村人を救ってくれたことに感謝する。名を、名前を教えてくれないか?」
「・・・、エルフィールだ。」
「エルフィール。・・・、ありがとう。」
「気にするな、こちらは礼をしたまでさ。」
手の平をひらひらを左右に振りながら、エルフィールは私達から離れて行った。
エルフィールの視点
視線の先、そこには昨晩治療を施した男がいる。
彼らの会話を話を流れに乗せて拾い、聞きとりながら最後の亡骸に土をかけていく。
「・・・、で片付けてしまう・・・。・・・、恩を忘れ・・・。教団へなん・・・。」
「迷いが出ているか。他の連中もそろそろ起きれる状態だろうからな・・・。」
身体付きといい、精神といい安定し始めると回復が早い。
同じ騎士でもこちらはどこぞの聖騎士とはわけが違うようだ。
しかし、自己に余裕が出てくると思考は余計な事を考えやすくなる。
疑う訳ではないが現に彼らの中には迷いが見え、会話を聞く限り義を通すか保身に走るかで揺れていた。
「少し早めに出ていくか・・・。」
ならばこちらは先手を打てばいい。
幸い彼女も処置ができる状態になっている。
作業を終了し、手伝ってくれた騎士達に礼を言ってスパスィ達を呼び集めてミラの元へと戻っていった。
「いいのか?旦那様。」
「何がだ?」
「恩を仇で返されるかもしれないってことよ。」
「あれはユニコーンの娘が目を覚ますまでの時間を稼ぐ切り札。気がついた今となっては大した札じゃないさ。」
「そうなの?」
「そう、一つの結果に長く捕らわれるのはあまりいいことじゃない。少しさっぱりしている方がいいんだ。」
「そんなものか。」
「そんなものだよ。」
これは経験から来るもの。
生まれ育った場所や旅をした世界で学んだこと。
揺れて、ぶれている時ほど人の心は怖いものはない。
何かの弾みで、詰み上げていたものは崩れてしまう。
だったら速くそれから離れていけばいい、この村であの騎士団と身が朽ちるまで共にいるわけではないのだから。
先手を取ってこちらがいなくなれば、彼らは彼らでどうにかするはずだ。
援軍の救援部隊が来る前にこの村を出るべく、急ぎ家屋へと戻っていった。
「ふむ・・・、腫れは引いたか。声は・・・、出せるかな?」
喉を触り、口内を見て彼女に尋ねる。
「ええ・・・、なんとか・・・。」
掠れた音が耳に届く、だが綺麗な声だ。
「じゃ、名前を聞こうか。」
「ア、アスミィ・・・。パルセノス・・・。」
「アスミィか。では問おう、君は何を望み。何を求める?」
出した問いにアスミィは目を閉じて考え。
ぽつりと呟く。
欲するように。
願うように。
「ワタクシというものが残るのならば・・・。この身を捨てて違うワタクシへと生まれ変わりたい・・・。」
「わかった。では、それに応えよう。」
彼女の首へそっと手を伸ばして筋に触れ。
脈を指で強く押さえて、意識の流れを一時的に断つ。
「エル!?」
「エルさん!?」
「大丈夫。ただ意識を断っただけさ。処置に支障を出さないようにね。さて、始めようか。」
崩れる身体を腕でそっと抱き抱え、彼女を優しく寝床へと横たえ、準備をしていく。
硝子玉、ハラの木片を取り出して指の間に出して挟み上げていき。
後は術式を組んでいくだけだ。
印を手で組み、詠唱を始める。
アスミィを望むものにするために。
「・・・。・・・。」
複雑に動き交わる手、部屋の中に力の流れが生まれ、渦を巻きながら円を作り始めていき。
俺と彼女の周りを仕切る狭い領域が出来あがっていく。
外からの干渉を拒み、内から漏れだす力を逃さないために。
一人残された孤独の世界に・・・。
骨格となる円ができ、内部には古代神語、ルーン文字、凡字と浮かび上がり。
字は鳥の形へと形成され、ひと羽ばたきをして枠の中に収まる。
結び、零し最初の方陣は完成した。
不安を抱き進む者よ。
詠唱を進めると、鳥が一鳴きして再度動きだし枠から外れてアスミィの中へと侵入していった。
ここからが本番・・・。
瞳に映る光を支えに・・・。
彼女へと鳥が入り、しばらくすると狭く隔離された円の中に高い鳴き声が通り。
身体の中から力無く項垂れているユニコーンの姿が出てくる。
術式により目視できるようになったもの。
器から字の鳥によって掴み出されたアスミィの魂だ。
深淵の闇に身を震わせた・・・。
出てきた姿は薄く、今にも消え去りそうな程に淡い。
だが、一部だけ鮮明にして濃く。
はっきりと見える漆黒の部位があった。
あれが変質した彼女の魔力であり、外から入ってきた力を濁らせ身体へ留めることを許さない原因のもの。
光は言った大丈夫だと・・・。
ハラの木片を印を組み上げる合い間に漆黒の部位へと投げて近くへ浮遊しているさせる。
そこから処置は加速していき。
樹の欠片は術式に呼応するようにアスミィの魂へと触れて原因となる力を吸い取っていく。
木片は次第に色を変え、まるで肩代わりをするように徐々に黒みがかったものになり。
希望を捨てるなと・・・。
漆黒の欠片が出来あがる頃には、彼女の魂は一息吹けば散ってしまうぐらいに脆く、刹那の時にも消えてしまうぐらい弱っていた。
いや、もう消えていても散っていてもおかしくはないだろう。
力が無くなった、維持できなくなった魂は消滅するのが常だが俺が無理矢理力を流し込み器の形を維持しているだけに過ぎないのだから。
さあ、振り返ってごらん・・・。
だが、この状態に一秒でも長くしておくわけにはいかない。
何かの弾みで変化が起きしてしまうかもしれないし、魂にも負担がかかり維持が難しくなるからだ。
迅速に、だが道を外すことなく確実に。
それが今すべきこと、次へと一つ一つ進めていこう。
余分なもの、残っているもの、留まっているものを完璧に抜き去り、今度は身体を変えていかなければならない。
現状で元に魂を戻しても、白紙のままでは何もできず。
身も魂も衰えるだけでしかないからな。
本来は生まれる時より親より譲られる力が構造を作り、生きる糧を代謝する術の情報を与えてくれるのだが俺がそれを初期化してしまった。
だから新しく組み直す必要がある。
無論、それに馴染める身体も必要なわけなのだがね。
もう一方の指に挟んだ硝子玉を角があった箇所へと投げ、同様に浮遊させて留めておく。
「・・・。・・・。」
手で組む印を複雑に交じ合わせていくと、玉は形を変えていき。
文字の刻まれた硝子の角となり、額にある折れた角の部分へと解け合わさり一つとなる。
これで足がかりができた。
術具の構造を移し替えて前に使い残っている魔力の配給線など覆っているものを上書きして新しいものに変えなければ。
触れる懐かしさがあるはず・・・。
塗り替え、押し出し、彼女の身体から配給線と構造。
それと残存していた力を排除していき新しいものを上書きして敷いて変化をさせる。
理を、生物としての理を曲げる作業のなんと虚しいことか。
しかし、こうしなければアスミィは救えない。
残りの方法も変化を望まない限り、理を曲げることに違いないのだ。
それは優しさ・・・。
組んでいた印を手から指に移し、複雑にしていき。
白紙の魂に、上書きされた身体に新たなものを張り巡らせていく。
魂は新たな力を受け入れやすくする回路を身体には徐々に吸収し負担が掛らないようにする構造を組んで処置は最後の段階へと移る。
慈しみ、愛だから・・・。
完成へと近づき、魂と身体に対する出来る限りのことはした。
後は・・・。
繋ぎ。
注ぎ。
馴染ませるだけ。
闇を払い 見てご覧・・・。
魂を掴み、絶えず支えてくれていた字の鳥は再び一鳴きするとアスミィの魂を連れて身体の中へ、あるべき場所へと還しに行き。
「・・・。・・・。」
また一鳴き。
これで彼の鳥があるべき場所へ着いたことがわかった。
ささやかだが望むものは・・・。
仕上げは、術式の組み換えだ。
字の鳥をそのまま二つを結び繋げる機構へとしていく。
印を切り、二、三と指で空を切ると哭声と共に彼女の身体が淡く光、無事に処置が終わったことを示してくれ。
いつも側にある・・・。
詠唱は終わった。
彼女の生を維持してくれる為の力の取り込みは、当分の間術式が補ってくれるだろう。
後は、目を覚まして馴染んだと自覚してくれれば術式は消えて以前と変わりない生活が送れる。
方陣の輪が消えると、外で見ていたスパスィ達が近づいて。
「旦那様御疲れ様。」
「エルフィール、凄いな君は・・・。」
「エルさん。大丈夫?」
「エル。無理しないでよ?」
ねぎらいの言葉をかけてくれた。
しかし、これほどの事を目の当たりにしているのに少しも接し方が変わらないとは・・・。
俺も恵まれているな。
「大丈夫だ。ありがとう。終わってすぐだが、ここを立つぞ。いつ来るかわからないものが背後にある。全員の安全を優先しないと・・・。」
そう、これで終わりではない。
彼らが動くかもしれないし、教団の援軍とやらがすぐそこに迫っているかもしれないのだから。
「大丈夫だ。後はこの子、アスミィを運ぶだけだからな。」
「そうか、ならすまないが外の空気を吸ってくるよ。後の事を任せていいかい?」
「ええ、任せて。エルは外で休んでるといいわ。」
「そうだよ。休んでて。」
「悪い・・・。」
一旦、アスミィの事を彼女達に任せて外へと出て一息入れる。
だが、ただ外に出るわけではない。
「ふぅ・・・。」
「丁度よいところに出てきてくれたな。」
どうやらこちらが気配に気づいて出てきたとは思ってないようだ。
さて、どう転ぶか・・・。
「どうした?」
「なに、ちょっとした知らせをもった来たんだよ。」
殺気もなければ、淀みもなく。
佇んでいるだけ。
付き添いできた騎士からも何も感じられず、丸腰状態だ。
辺りに伏兵が潜んでいるというわけでもない。
警戒は解かずに、話を聞いておくか。
「知らせ?」
「そう、君達がこれからどちらへ行くかはしらないが気を付けて欲しいことがある。」
「なにをだ?」
「この付近一帯を根城にしている賊が。名を¨消えない炎¨という盗賊団がいる。充分に注意をして欲しい。」
「冒険者組合傭兵組合で指名手配の中にいた連中か。」
「そうだ、こちらの教団も布教している町や村を狙われて手を焼いている。ここの村も奴らに・・・。」
「・・・。」
「過ぎたことだな・・・。後、病人がいるんだったな。小隊用の輸送馬車をもってきた。使って欲しい。」
彼の指さす先を見ると、中型の馬車と牽引用の馬があった。
「いいのか?これほどのものをもらっても。」
「なに、釣りさ。」
「釣りか・・・。」
残っていた家屋といい、馬車や馬といい。
略奪されたり、破壊されていてもおかしくないもが残ってる事には疑問が残るが。
今はありがたいな。
「旦那様、荷車をこちらへ・・・。お前達、どうした用事か?」
「いや、大丈夫。あるものを渡しに来ただけだからな。じゃ、私達は戻るとするよ。」
「そうか。」
「スパスィ、彼からあれをもらった。アスミィをこちらの馬車へ運ぼう。」
「馬車・・・。」
去っていく男達の背を見つめ、スパスィの頭を撫でながら呟く。
「彼らも忘恩の徒には成りきれなかったか・・・。」
「人とはそんなものだろう。」
「だが、次にこれが通用するとは考えないことだな。」
「先程言った通りにか?」
「そうだ。さあ、早いところ村を後にしようか時間が惜しい。」
「ああ・・・。」
その後、アスミィを乗せ荷を積み込むと全員が馬車へと乗り込み村を出ていく。
石畳に残る紅い染み、ここでも戦闘が行われたのだろう。
焼け焦げた跡と染みが惨状と物語っている。
「ここにも血の跡が・・・。」
「ひと雨でも降らない限り消えないさ。この惨状の跡は・・・。」
「ところで旦那様、彼らは何の用事できたんだ?」
「この馬車を受け渡すだけではないだろう、外から声が聞こえたのとスパスィが出るまでには若干時間がある。」
「なに、この先に盗賊が出ると教えてくれただけさ。」
「盗賊?大丈夫なのこの先。」
「大丈夫、そうそう出くわすものでもないさ。それに次の目的地の進路上にいるわけではいだろうからな。」
「確かにそうだけど、出会わないわよね?」
「僕も少し心配・・・。」
「二人とも心配性だな。」
「いや、普通少しは心配するものだろう。それとエルフィール、私からも一つ聞いていいか?」
「どうした?」
「君は・・・、君は一体何者なんだ?」
「何者って、最初あった時にいっただろう。世界中を旅するただの男さ。」
「・・・。ただの男が古代エルフ語を解し、高度な技術や魔法をいとも簡単に用いれるはずがないだろう。」
「そうね、アタイ達はエルについて知らない事が多すぎるわ。」
いままで、誰にも聞かれなかったから答えなかったが。
やはり疑問には思っていたか・・・。
頭を掻ながら、一息吐き。
「だろうな、俺は自分の事を仲間に話していない。俺のこと知りたいか?」
「それは・・・。」
「もちろん!」
『愛する人のことだから!』
「ははは・・・、どこから話すかな。」
異世界から来たこと、知識を求めて旅をしていること、流導師として理の法則に干渉出来ること、何から話そうかと考えていると。
こちらを見据える視線に気づく。
話をするのはどうやら後になりそうだ。
???の視点
「二番手!少し先に馬車が通ってますぜ!」
「これはこれは、俺達の売り物がまた増えるか。取引に行くまえに商品が増えるとは幸先がいいじゃないか。」
「今回は得意先ですから、またいい金額で買ってくれそうですからね。物が多いに越したことはないですぜ。」
「ああ、野郎ども!この先にある馬車!落して身ぐるみを剥いじまうぞ!」
『おおおぉぉ!』
「申し上げます!北部からも敵を確認!数は三十ということです!」
「更に申し上げます!第四団!半壊!半壊!」
目まぐるしく動く戦況、初め二十人ほどで攻めてきた盗賊達は夜間警備をしていた第四団で、くいとめられていた。
だが、次の指示が通る前に団長が戦局を見誤ったのだろ、団隊の半壊した知らせが入ってくる。
「ええい!第五団は第四団の後退援護をし、共に後退後一緒に住人の避難へ当たれ!第一団と第二団は北部からの敵を迎え撃つぞ!」
『おおおおぉぉぉ!』
これでいい。
勇ましい声と共に第三団、第五団、第六団の騎士達が出撃していく。
指揮高いまま盗賊達を鎮圧すれば全てが終わる。
そう思い、ついで出撃する自身の第一団と共に出る第二団へ激を飛ばす。
「相手は村に教団の騎士に喧嘩を売った愚か者たちだ!第四団で散った者の無念を晴らすため!共に闘い!平和を!命を!守り抜くぞ!」
『おおおおぉぉぉ!』
こちらもまた指揮が高い。
皆が誇りを持ち、平和を愛している証拠だ。
このまま出撃を、と思っていると伝令の騎士が入ってきた。
「報告します!先ほど出陣した第五団!第四団の後退援護に成功!このまま避難指示へ移るそうです。また、西部に敵増援!数は十だそうです。」
「次いで報告します!住人は村の東部へと避難を進めていますが、東部の街道に見慣れぬ明かりを確認しました!」
「ちっ!東部にも人を回した方がよさそうだな・・・。だが、これ以上分割するわけには・・・。しょうがない!第四団は誰が残っている?」
「副団長と騎士が三名です!」
やはり、団長はやられていたか。
苦肉だが、これしか策はないようだな。
「そうか!第一団と第二団の騎士達よ!指示を変えるぞ!双方より副団長は選抜した騎士二名をつれて第四団と合流し住人より先の東部へ向かえ!そこで人々の盾となり剣となれ!また第五団へ通達!住人の避難が終わり次第、北部へと向かう様にしろと!」
「了解!」
「盗賊達はすぐそこまで来ている!早急に選抜!迅速に出陣だ!」
『おおおおぉぉぉ!』
なんとか一段落だ。
片付くまでこれ以上ややこしくなってくれないで欲しいと思いつつ出撃をし。
団隊を率いて、目的の場所である北部街道へと進軍していくのだった。
西部や南部と違い東部と北部は石畳で舗装された街道。
その上を金属と石がぶつかりあう音が鳴り響き、敵が確認された場所へと進んでいく。
夜の闇で互いに姿は見えず、星明かりだけが動く影を教えてくれる。
相手との距離を測りながら全員が抜刀すると、鋼が抜ける音に応えるように火球がこちらへと飛んできた。
「来たか・・、構え!」
だが、事前に聞いていた報告により。
「展開!」
敵の正体はわかっている。
ルーンを刻み込み、対魔法防御を上げていた盾で。
「反射!」
放たれた火球はあちらへと返っていくが、影は身を翻して反射されたものを避け。
着弾点には炎が舞い降りて火溜まりが出来る。
それは明かりとなって闇を照らし影から姿を浮かび上がらせた。
「お前らは・・・。」
「ルーンを刻んだ盾とは、教団の連中は物持ちがいいんだな。」
目に映し出された敵は手配書にあった¨消えない炎¨の連中で間違いないだろう。
そして、今喋っているのは盗賊団二番格の男。
「住人の平和を脅かすものと戦うのならこれぐらい当然だろう。」
「気に入らないねぇ。その言い方・・・。いくぞお前達!身ぐるみ剥いで皆殺しだ!」
『うおおぉぉ!』
「来たな!みな、この一線守り通すぞ!」
『おおおぉぉ!』
双方の猛び声が響き合い、地面と鉄がぶつかり合う音と地を駆け抜ける音が風に運ばれていく。
あちらの数が三十に対してこちらの数は十四。
数の面で圧倒的に不利なのは仕方ない。
戦闘に入ると、一対二や一対三で当たらなければならず第五団の救援がくるまで部隊が持つかが心配なところだ。
戦術的に相手の数より多くの数を用いて戦うという兵法の初歩すら外して戦っているのだから。
刃が混じり合う音、鉄と鉄がぶつかり合う音が響き合う中で、私は四人の男の相手をしている。
中には突撃命令を出した、男。
二番格のあいつも混じっていた。
「俺達四人相手に引けを取らないとは、やるじゃないか。」
「ハァ!ハァ!褒められても嬉しくないな。」
「つれないねぇ・・・。お前達!相手は息絶え絶えだ!一気にたたむぞ!」
『おう!』
流石に一人で捌いていくのはしんどく、体力が削られていく。
こんな状態を見逃す事もせず、有利と踏んだ奴らはたたみかけてくるが。
「ぎゃぁ!?」
勝利を確信した時が一番の隙となる。
先走って一足早く飛び出してきた男の脇腹を貫き、振り抜いて肉を裂き仕留めたのを確認し。
残った者たちとの距離を取り体勢を立て直す。
「ちっ、殺しきるまでに気を抜くからこうなるんだよ。」
毒づきながら亡骸を蹴り、こちらを睨みつけ。
「一人殺していい気になるなよ?俺がいく!お前らは隙あらば奴を刺せ!」
「お、おう!」
一人居なくなり、少し動揺したのか連携が緩んできた。
これはこちらにとって有利になる。
気にかける範囲が狭くなるうえ、こいつを仕留めることができれば盗賊団全体の指揮は落ち、総崩れになるはずだ。
戦局が有利になる考えを巡らせていると、二番格の男が攻撃を仕掛けて剣を振り下ろしてきた。
刃を盾でいなし、反撃をしようとすると斬撃の後に蹴りを混ぜて放ってくるため。
呼吸が乱されて、防ぐだけで精一杯な状態となり手を出す糸口を見失ってしまう。
これが奴の本気か。
加えて目の前の攻撃ばかりに気を取られていると残っている二人が隙あらば攻撃をしてくるので気にかける範囲が狭くなるどころか神経を研ぎ澄まさなければいけない結果になってしまった。
「くそっ!」
「算段と違ったようだな!だから言ったろう?いい気になるなと!」
斬撃、蹴撃、隠撃、自身の身に届かないようにするので手一杯だが、耐えていく内にようやく突破口を発見する。
隠撃が放たれる瞬間が分かったのだ。
奴の攻撃が繰り出した後生まれる隙を埋めるかの様に、後ろの二人は隠撃を放ってくるので、そこを突けばいい。
後どれくらい動けるかはわからないだろう。
ここで賭けに出るのは無謀なことかもしれないが、このままではじり貧で押し負けるのは目に見えている。
腹を括り、敵の隠撃を警戒し斬撃を防ぎ、蹴撃をいなしていき。
崩れ行く橋を渡るかの如く、慎重に先に見える勝利へと足を進めていく。
「どうした?あまりにも想像とかけ離れていたから・・・。戦意が枯れたかな?」
下衆な笑いを浮かべ、とどめを刺すべく相手の攻撃は大振りとなり。
その隙を埋める隠撃も精度が落ちてきた。
「枯れた割にしぶといねぇ・・・。死ねよ!」
中々くたばらない私に苛立ち、手数は増えたがその分荒く捌き易くなっている。
またどの攻撃の後を補えばいいのか後ろの男達も判別しきれなくなり。
「ぎゃぁ!?」
刹那の判断で、刃が一つの命を斬り裂いた。
顔の鼻から上をはね飛ばし、人であった者の塊から勢いよく鮮血が吹き出す。
「ちっ、またやられたのか。こいつも役に立たねえなぁ。」
紅く染まる頬を拭い、冷静さを取り戻していく二番手の男。
こちらから先に片付けておくべきだったと悔やんでいる内に、懐まで一気に詰め寄られ。
「まだ二人も残ってるだろうが!悦に浸ってんじゃねぇよ!」
再び始まる猛攻。
先程までの激しさはないが、流石に一対二の状況。
しかも、二人倒せたことで気力に穴が開いたのか思うように力が出せない。
「へばったか!大人しくそうして死んでれば楽になったろうがよ!」
蹴りを入れられ、重い蹴撃が重心を崩して盾を構えたまま尻もちをついてしまう。
「ぐっ!?」
「手間掛けさせやがって・・・。楽に死ねると思うなよ?」
奴の言葉と共に、兜の隙間から紅蓮の明かりと離れていても焼けつくような熱風が入ってくる。
これが奴らが¨消えない炎¨と呼ばれる所以・・・。
火の魔法を扱うことに長けており、襲うもの全てを焼き尽くして奪い去っていくのだ。
「みな・・・。」
「焼け死ね!」
目の前に飛び込んでくる灼熱。
纏わりつくように紅いものが身体を覆い、溶かすような熱が侵食してきた。
「ぎゃぁぁぁ!?」
痛みや熱さではない刺されるような感覚が全身に襲いかかり断末魔を上げながら地面をのた打ち回っていく。
だがそれは自分を苦しめるだけで、焼かれ高温となった鎧は肉を焦がす結果となる。
「いい気味だ。そこで果てるまで肉を焼かれてもがいてな。」
何か声がしたようだが、聞きとることができず。
紅い熱と炎に焼かれる中で目線の先に映ったモノは、守れていたはず村が落ちていく光景。
赤く、紅く、朱色へ、深紅へと染まっていく絶望。
力無き自分が不甲斐無く。
痛みを熱さを忘れて咆哮を漏らすが、それは虚しく木魂していき。
悪夢を漂う意識が夢現から覚める手助けとしかならなかった。
「ゆ、夢・・・。いや、現実か・・・。」
目を開き、煤に色づけられた天井が現実を教えてくれるが、身体には違和感がある。
感じていたものがない、刺すような痛みも内部から燃え上がる程の熱も今の身にはない。
代わりに肌が張り、動かしにくい感覚が腕や足にあり。
身体を思うようにならないのだ。
「痛みはないが、動かすのはつらい・・・。だが、なんとかるな。」
ぎこちなく手を顔の位置まで移動させて、火傷の跡を見ようとするが傷はなく。
それどころか古傷さえもなくなっていた。
「誰がこれほどの治癒を・・・。援護の救援部隊が来てくれたのか・・・?」
救援は要請したが、支部の人間がこれほどの治癒術師を送ってくれるとは思えず。
仮に部隊がいるなら、私の目覚めに対して即事情を聞くために待機してるはずだ。
礼を言わなくてはと思い、治癒を行った術者を探すべく身体を起こして寝床を後にし、外へと出ていった。
床を軋ませて、壁を手摺りに集会場を出ると、昨日まで散乱していた亡骸は無くなっており。
風が更地となり、跡形もなくなった家屋があった場所へと吹いている。
「村人の亡骸、皆のものが・・・。これは一体・・・。」
治癒をしてくれた者、消えた亡骸、片付けられた家屋。
何がどうなっているのか知りたく、誰かいないかと集会場の中や通りを見まわすがいたのは床に伏せている包帯を巻かれ眠っている仲間と誰もいない広間、そして表通りだけ。
消えてしまったのかと、村の外れまで来ると僅かな煙と小さな声が聞こえてきた。
「あっちにいるのか?」
現状を教えてくれる者を求めて、私はそちらへと向かっていく。
魔に魅入られた者と会話した後までは覚えているが、それからどうなったのだろうか。
色々と考えていく内に声のした所へと到着する。
そこには亡骸を埋葬している人々おり、部下達やあの魔に魅入られた男。
魔物の姿がそこにはあった。
「彼らが・・・、なぜ?」
ここにいることに、疑問があるわけではない。
なぜあのような行為をしているのかわからないのだ。
油断を誘っているのか?
だが、そんな気配は感じられない。
むしろ献身的な立ち振る舞をしている。
警戒をするべきか、友好的に接するべきかを考えていると部下の一人が私に気付いてこちらへと近づき。
それに合わせ複数の人間がこちらへと向かってきた。
「エニモ様!よかった気が付かれたのですね。」
「ああ、今さっきな。これはいったいどうなってるんだ?」
「はい、それが・・・。」
彼らの話を聞いていく。
自身に何が起きたのか、動けた人間が何を見たのか。
それを纏め、掻い摘んで話してくれ。
あの魔に魅入られた男と仲間である魔物に我々は助けられ、現在は村の後処理を手伝ってくれるという事だ。
「では、我々は魔物に命を救われたことになるのか・・・。」
「はい・・・。」
生き延びたこと事態は幸運なことだが、彼らに助けられたということが他の教団関係者に知られてしまうと話はややこしいことになる。
助けてくれと頼んで救われた訳ではないが、結果として魔物の手を借りたことには変わりはない。
このままでは魔との繋がりがあるのではないかと、疑われてしまうだろう。
どうするべきかと考えていると。
「どうするべきか、それは真実を隠し墓まで持ちこむか。真実を受け入れ教団を離れるか。二つに一つだろう。」
突然割り込んでくる声、その方向へ顔を向けると件の男が近くに立ちこちらを見ていた。
「俺達は昼過ぎにはこの村を出る。隠す場合は諫言令でも出して口止めしておけばいい。誰も、疑われて身を危険に晒したくはないだろうからな。」
「君は・・・、いつのまに。」
「なに、ちょっと目にとまってな。容態を確認しようと近づくと話が聞こえてきたから、お節介がてら助言をってわけさ。」
「・・・。」
「黙っていれば誰もが救われる。そう誰もがね。話す話さないは自由。よく考えてみるといい。」
彼はそういうと踵を返して、作業をしている場所へと戻っていこうとする。
「待ってくれ。」
「ん?どうした。」
「皆を、村人を救ってくれたことに感謝する。名を、名前を教えてくれないか?」
「・・・、エルフィールだ。」
「エルフィール。・・・、ありがとう。」
「気にするな、こちらは礼をしたまでさ。」
手の平をひらひらを左右に振りながら、エルフィールは私達から離れて行った。
エルフィールの視点
視線の先、そこには昨晩治療を施した男がいる。
彼らの会話を話を流れに乗せて拾い、聞きとりながら最後の亡骸に土をかけていく。
「・・・、で片付けてしまう・・・。・・・、恩を忘れ・・・。教団へなん・・・。」
「迷いが出ているか。他の連中もそろそろ起きれる状態だろうからな・・・。」
身体付きといい、精神といい安定し始めると回復が早い。
同じ騎士でもこちらはどこぞの聖騎士とはわけが違うようだ。
しかし、自己に余裕が出てくると思考は余計な事を考えやすくなる。
疑う訳ではないが現に彼らの中には迷いが見え、会話を聞く限り義を通すか保身に走るかで揺れていた。
「少し早めに出ていくか・・・。」
ならばこちらは先手を打てばいい。
幸い彼女も処置ができる状態になっている。
作業を終了し、手伝ってくれた騎士達に礼を言ってスパスィ達を呼び集めてミラの元へと戻っていった。
「いいのか?旦那様。」
「何がだ?」
「恩を仇で返されるかもしれないってことよ。」
「あれはユニコーンの娘が目を覚ますまでの時間を稼ぐ切り札。気がついた今となっては大した札じゃないさ。」
「そうなの?」
「そう、一つの結果に長く捕らわれるのはあまりいいことじゃない。少しさっぱりしている方がいいんだ。」
「そんなものか。」
「そんなものだよ。」
これは経験から来るもの。
生まれ育った場所や旅をした世界で学んだこと。
揺れて、ぶれている時ほど人の心は怖いものはない。
何かの弾みで、詰み上げていたものは崩れてしまう。
だったら速くそれから離れていけばいい、この村であの騎士団と身が朽ちるまで共にいるわけではないのだから。
先手を取ってこちらがいなくなれば、彼らは彼らでどうにかするはずだ。
援軍の救援部隊が来る前にこの村を出るべく、急ぎ家屋へと戻っていった。
「ふむ・・・、腫れは引いたか。声は・・・、出せるかな?」
喉を触り、口内を見て彼女に尋ねる。
「ええ・・・、なんとか・・・。」
掠れた音が耳に届く、だが綺麗な声だ。
「じゃ、名前を聞こうか。」
「ア、アスミィ・・・。パルセノス・・・。」
「アスミィか。では問おう、君は何を望み。何を求める?」
出した問いにアスミィは目を閉じて考え。
ぽつりと呟く。
欲するように。
願うように。
「ワタクシというものが残るのならば・・・。この身を捨てて違うワタクシへと生まれ変わりたい・・・。」
「わかった。では、それに応えよう。」
彼女の首へそっと手を伸ばして筋に触れ。
脈を指で強く押さえて、意識の流れを一時的に断つ。
「エル!?」
「エルさん!?」
「大丈夫。ただ意識を断っただけさ。処置に支障を出さないようにね。さて、始めようか。」
崩れる身体を腕でそっと抱き抱え、彼女を優しく寝床へと横たえ、準備をしていく。
硝子玉、ハラの木片を取り出して指の間に出して挟み上げていき。
後は術式を組んでいくだけだ。
印を手で組み、詠唱を始める。
アスミィを望むものにするために。
「・・・。・・・。」
複雑に動き交わる手、部屋の中に力の流れが生まれ、渦を巻きながら円を作り始めていき。
俺と彼女の周りを仕切る狭い領域が出来あがっていく。
外からの干渉を拒み、内から漏れだす力を逃さないために。
一人残された孤独の世界に・・・。
骨格となる円ができ、内部には古代神語、ルーン文字、凡字と浮かび上がり。
字は鳥の形へと形成され、ひと羽ばたきをして枠の中に収まる。
結び、零し最初の方陣は完成した。
不安を抱き進む者よ。
詠唱を進めると、鳥が一鳴きして再度動きだし枠から外れてアスミィの中へと侵入していった。
ここからが本番・・・。
瞳に映る光を支えに・・・。
彼女へと鳥が入り、しばらくすると狭く隔離された円の中に高い鳴き声が通り。
身体の中から力無く項垂れているユニコーンの姿が出てくる。
術式により目視できるようになったもの。
器から字の鳥によって掴み出されたアスミィの魂だ。
深淵の闇に身を震わせた・・・。
出てきた姿は薄く、今にも消え去りそうな程に淡い。
だが、一部だけ鮮明にして濃く。
はっきりと見える漆黒の部位があった。
あれが変質した彼女の魔力であり、外から入ってきた力を濁らせ身体へ留めることを許さない原因のもの。
光は言った大丈夫だと・・・。
ハラの木片を印を組み上げる合い間に漆黒の部位へと投げて近くへ浮遊しているさせる。
そこから処置は加速していき。
樹の欠片は術式に呼応するようにアスミィの魂へと触れて原因となる力を吸い取っていく。
木片は次第に色を変え、まるで肩代わりをするように徐々に黒みがかったものになり。
希望を捨てるなと・・・。
漆黒の欠片が出来あがる頃には、彼女の魂は一息吹けば散ってしまうぐらいに脆く、刹那の時にも消えてしまうぐらい弱っていた。
いや、もう消えていても散っていてもおかしくはないだろう。
力が無くなった、維持できなくなった魂は消滅するのが常だが俺が無理矢理力を流し込み器の形を維持しているだけに過ぎないのだから。
さあ、振り返ってごらん・・・。
だが、この状態に一秒でも長くしておくわけにはいかない。
何かの弾みで変化が起きしてしまうかもしれないし、魂にも負担がかかり維持が難しくなるからだ。
迅速に、だが道を外すことなく確実に。
それが今すべきこと、次へと一つ一つ進めていこう。
余分なもの、残っているもの、留まっているものを完璧に抜き去り、今度は身体を変えていかなければならない。
現状で元に魂を戻しても、白紙のままでは何もできず。
身も魂も衰えるだけでしかないからな。
本来は生まれる時より親より譲られる力が構造を作り、生きる糧を代謝する術の情報を与えてくれるのだが俺がそれを初期化してしまった。
だから新しく組み直す必要がある。
無論、それに馴染める身体も必要なわけなのだがね。
もう一方の指に挟んだ硝子玉を角があった箇所へと投げ、同様に浮遊させて留めておく。
「・・・。・・・。」
手で組む印を複雑に交じ合わせていくと、玉は形を変えていき。
文字の刻まれた硝子の角となり、額にある折れた角の部分へと解け合わさり一つとなる。
これで足がかりができた。
術具の構造を移し替えて前に使い残っている魔力の配給線など覆っているものを上書きして新しいものに変えなければ。
触れる懐かしさがあるはず・・・。
塗り替え、押し出し、彼女の身体から配給線と構造。
それと残存していた力を排除していき新しいものを上書きして敷いて変化をさせる。
理を、生物としての理を曲げる作業のなんと虚しいことか。
しかし、こうしなければアスミィは救えない。
残りの方法も変化を望まない限り、理を曲げることに違いないのだ。
それは優しさ・・・。
組んでいた印を手から指に移し、複雑にしていき。
白紙の魂に、上書きされた身体に新たなものを張り巡らせていく。
魂は新たな力を受け入れやすくする回路を身体には徐々に吸収し負担が掛らないようにする構造を組んで処置は最後の段階へと移る。
慈しみ、愛だから・・・。
完成へと近づき、魂と身体に対する出来る限りのことはした。
後は・・・。
繋ぎ。
注ぎ。
馴染ませるだけ。
闇を払い 見てご覧・・・。
魂を掴み、絶えず支えてくれていた字の鳥は再び一鳴きするとアスミィの魂を連れて身体の中へ、あるべき場所へと還しに行き。
「・・・。・・・。」
また一鳴き。
これで彼の鳥があるべき場所へ着いたことがわかった。
ささやかだが望むものは・・・。
仕上げは、術式の組み換えだ。
字の鳥をそのまま二つを結び繋げる機構へとしていく。
印を切り、二、三と指で空を切ると哭声と共に彼女の身体が淡く光、無事に処置が終わったことを示してくれ。
いつも側にある・・・。
詠唱は終わった。
彼女の生を維持してくれる為の力の取り込みは、当分の間術式が補ってくれるだろう。
後は、目を覚まして馴染んだと自覚してくれれば術式は消えて以前と変わりない生活が送れる。
方陣の輪が消えると、外で見ていたスパスィ達が近づいて。
「旦那様御疲れ様。」
「エルフィール、凄いな君は・・・。」
「エルさん。大丈夫?」
「エル。無理しないでよ?」
ねぎらいの言葉をかけてくれた。
しかし、これほどの事を目の当たりにしているのに少しも接し方が変わらないとは・・・。
俺も恵まれているな。
「大丈夫だ。ありがとう。終わってすぐだが、ここを立つぞ。いつ来るかわからないものが背後にある。全員の安全を優先しないと・・・。」
そう、これで終わりではない。
彼らが動くかもしれないし、教団の援軍とやらがすぐそこに迫っているかもしれないのだから。
「大丈夫だ。後はこの子、アスミィを運ぶだけだからな。」
「そうか、ならすまないが外の空気を吸ってくるよ。後の事を任せていいかい?」
「ええ、任せて。エルは外で休んでるといいわ。」
「そうだよ。休んでて。」
「悪い・・・。」
一旦、アスミィの事を彼女達に任せて外へと出て一息入れる。
だが、ただ外に出るわけではない。
「ふぅ・・・。」
「丁度よいところに出てきてくれたな。」
どうやらこちらが気配に気づいて出てきたとは思ってないようだ。
さて、どう転ぶか・・・。
「どうした?」
「なに、ちょっとした知らせをもった来たんだよ。」
殺気もなければ、淀みもなく。
佇んでいるだけ。
付き添いできた騎士からも何も感じられず、丸腰状態だ。
辺りに伏兵が潜んでいるというわけでもない。
警戒は解かずに、話を聞いておくか。
「知らせ?」
「そう、君達がこれからどちらへ行くかはしらないが気を付けて欲しいことがある。」
「なにをだ?」
「この付近一帯を根城にしている賊が。名を¨消えない炎¨という盗賊団がいる。充分に注意をして欲しい。」
「冒険者組合傭兵組合で指名手配の中にいた連中か。」
「そうだ、こちらの教団も布教している町や村を狙われて手を焼いている。ここの村も奴らに・・・。」
「・・・。」
「過ぎたことだな・・・。後、病人がいるんだったな。小隊用の輸送馬車をもってきた。使って欲しい。」
彼の指さす先を見ると、中型の馬車と牽引用の馬があった。
「いいのか?これほどのものをもらっても。」
「なに、釣りさ。」
「釣りか・・・。」
残っていた家屋といい、馬車や馬といい。
略奪されたり、破壊されていてもおかしくないもが残ってる事には疑問が残るが。
今はありがたいな。
「旦那様、荷車をこちらへ・・・。お前達、どうした用事か?」
「いや、大丈夫。あるものを渡しに来ただけだからな。じゃ、私達は戻るとするよ。」
「そうか。」
「スパスィ、彼からあれをもらった。アスミィをこちらの馬車へ運ぼう。」
「馬車・・・。」
去っていく男達の背を見つめ、スパスィの頭を撫でながら呟く。
「彼らも忘恩の徒には成りきれなかったか・・・。」
「人とはそんなものだろう。」
「だが、次にこれが通用するとは考えないことだな。」
「先程言った通りにか?」
「そうだ。さあ、早いところ村を後にしようか時間が惜しい。」
「ああ・・・。」
その後、アスミィを乗せ荷を積み込むと全員が馬車へと乗り込み村を出ていく。
石畳に残る紅い染み、ここでも戦闘が行われたのだろう。
焼け焦げた跡と染みが惨状と物語っている。
「ここにも血の跡が・・・。」
「ひと雨でも降らない限り消えないさ。この惨状の跡は・・・。」
「ところで旦那様、彼らは何の用事できたんだ?」
「この馬車を受け渡すだけではないだろう、外から声が聞こえたのとスパスィが出るまでには若干時間がある。」
「なに、この先に盗賊が出ると教えてくれただけさ。」
「盗賊?大丈夫なのこの先。」
「大丈夫、そうそう出くわすものでもないさ。それに次の目的地の進路上にいるわけではいだろうからな。」
「確かにそうだけど、出会わないわよね?」
「僕も少し心配・・・。」
「二人とも心配性だな。」
「いや、普通少しは心配するものだろう。それとエルフィール、私からも一つ聞いていいか?」
「どうした?」
「君は・・・、君は一体何者なんだ?」
「何者って、最初あった時にいっただろう。世界中を旅するただの男さ。」
「・・・。ただの男が古代エルフ語を解し、高度な技術や魔法をいとも簡単に用いれるはずがないだろう。」
「そうね、アタイ達はエルについて知らない事が多すぎるわ。」
いままで、誰にも聞かれなかったから答えなかったが。
やはり疑問には思っていたか・・・。
頭を掻ながら、一息吐き。
「だろうな、俺は自分の事を仲間に話していない。俺のこと知りたいか?」
「それは・・・。」
「もちろん!」
『愛する人のことだから!』
「ははは・・・、どこから話すかな。」
異世界から来たこと、知識を求めて旅をしていること、流導師として理の法則に干渉出来ること、何から話そうかと考えていると。
こちらを見据える視線に気づく。
話をするのはどうやら後になりそうだ。
???の視点
「二番手!少し先に馬車が通ってますぜ!」
「これはこれは、俺達の売り物がまた増えるか。取引に行くまえに商品が増えるとは幸先がいいじゃないか。」
「今回は得意先ですから、またいい金額で買ってくれそうですからね。物が多いに越したことはないですぜ。」
「ああ、野郎ども!この先にある馬車!落して身ぐるみを剥いじまうぞ!」
『おおおぉぉ!』
12/01/01 14:01更新 / 朱色の羽
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