連載小説
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第十二章 折れた心、折れた誇り 後編
 *諸注意*

 *第十二章には生々しい表現や気分を害する表現があります。*
 
 *読まれる際は注意してください。*

 *また、図鑑世界にはない知識と技術がでてきますが。*

 *エルフィール側のものとしてみてください。*

 *以上、朱色の羽でした。*






 沈黙と風に揺れる旗だけがその場にはあった。
 縋る思いで辿り着いた村で俺達を迎えてくれたのは、焼け焦げ崩れかけた家々と琴切れ地面にうつ伏せているいる人々。
 炭化した木々の臭いと酸化してく鉄の臭い。
 そして、焼かれ腐敗していく肉の臭いが鼻を突き。
 慣れている俺でさえも一瞬戻しそうになるほどだ。
 他の四人は口に手を当て、込み上げてくるものを必死に抑えている。
 気を失っているユニコーンの娘でさえ、咳込むほど臭いが酷い。

 「な、何なのよ。これは・・・。」

 「ひ、酷い有様だな。」

 「ちょっと待ってろ。村の状況を調べるついでに臭いを和らげる。」

 八方へと風を流し、臭いを足より地面に限りなく近くまで留めて鼻に届かないように調整して辺りの様子を調べていく。

 「あっ、少し楽になった。」

 「便利だな。その力・・・。」

 「応用は効くからな。っと、とりあえず生存者はいるようだ。そこで話を聞こう。家の一つでも借りられれば見つけものだろうな。」

 「そうだな。」

 「今更引き返せないものね。」

 流れを調整しつつ、生存者のいる方へと俺達は向かっていった。
 野晒しとなった亡骸を踏まないように進んでいく中で感じる違和感。
 それは単純なもので、倒れているものは男性のみ。
 老人から大人、青白い肌の見なれぬ人種。
 後は鎧を纏ったものばかりで女性や子供のものとみられる亡骸は一つもない。
 避難をして村の中にはいないのかと思って歩いていると、大きな建物が見えてきた。

 「ここだな。生存者がいるのは。」

 「病院・・・、かしら?」

 「いや、恐らく大人数収容できる施設がここしかなかったのだろう。一時的な野戦病院といったところだな。」

 「詳しいのだな、スパスィは。」

 「元憲兵署で働いていたからな。戦闘や野外戦の経験があるだけさ。」

 「なるほど。」

 ミラとスパスィの会話を耳に入れながら建物へと近づき、入口に着くと外にも聞こえるほどの苦悶の声が漂ってくるのが分かる。
 痛い、苦しい、死にたい、熱い、疼く・・・。
 と、途切れることがない。

 「話せるものは誰もいないのか?」

 皆を外に待たせて一歩中へと入り話が出来る者はと探すが、いるのは寝床や椅子を並べた上に寝かせられている怪我人のみ。
 これでは情報を得ることはできないなと、出ていこうとすると。
 刃を抜く音と、怒声が響いてくる。
 悪い予感がした為に急いで戻ると、そこには教団の紋章が刻まれた盾と剣をもった男達とルヴィニ達を庇うように対峙しているスパスィとミラの姿があった。

 「卑しい魔物め!疲弊した村を襲うなど神も恐れぬ奴!」

 「待て!話を聞け!お前達を襲いに来たわけではない!」

 「そんな言葉に騙されるか!」

 傷ついた身体に鞭を打ち、威嚇をする男達。
 止めに入らなければと、彼女達の前に躍り出ていく。

 「待ってもらおうか。」

 「誰だお前は!」

 「旦那様!」

 「エルフィール!」

 「この娘達のまとめ役だ。双方とも武器を収めてもらいたい。」

 俺の言葉に後ろの二人は剣と弓を収めるが、男達はしまう気配がない。
 聞く耳をもたないとはどこぞで会った聖騎士と同じ部類の奴か。

 「魔に魅入られた者の言葉などを聞けるか!この身果てようとも魔には屈しないぞ!」

 「そうだ!」

 「満身創痍で相手の力量も分からない状態なのに無理はするな。傷に障るぞ。」

 「うるさい!」

 今にも斬りかかってくる勢いがこちらにひしひしと伝わってきた。
 一度組み伏せないと話を聞いてくれないか。
 そう思っていると。

 「待つんだ・・・。お前達・・・。」

 建物の中から全身に火傷を負い、包帯に巻かれた男の姿を現し。
 壁を手摺りに息絶え絶えであちらへ顔を向けている。

 「エニモ様!」

 「あ、争っては駄目だ・・・。魔物を引き連れた者・・・。な、何が望みだ・・・?ここには食糧もなく・・・。傷つき、死にかけたものしかいない・・・。こんな所を襲っても得はないぞ・・・。」

 こいつなら話は通じるかもしてないな。

 「エニモさん。俺達は食料を奪いに来たわけでもなければ。村人を襲いにきたわけでもない。病人を見つけたから、雨風を凌げる場所で休ませたいだけなんだ。」

 「嘘をつけ!我々を騙して襲うつもりだろう!」

 「外野は黙ってろ!今はこの人と話してるんだ!」

 怒声と怒気を放ち、五月蠅い奴を黙らせ話を続けていく。

 「あんた達を傷つけるつもりは微塵もない。どこか休める場所を貸してくれないか。」

 「その話に証拠はない・・・。悪いが村を出ていってくれるのが最良なんだ・・・。」

 「・・・。エニモさんは魔物娘が人を襲う理由を知っているのか?」

 「教団での教義と話で聞いているだけだ。」

 「聞いたことが真実だという証拠を自分の目でみたことはあるのか?見ていないのなら、証拠がないことはそちらも同じになる。信じてくれ。俺達の事を。」

 「エニモ様!惑わされてはいけません!」

 「そうです!罠に決まってます!」

 「決めるのはあんた次第だ。」

 目を閉じ、思考を巡らせるエニモさん。
 場所を得られるか否かはこの男に委ねられた。

 「・・・、信じよう。君の事を・・・。」

 「エニモ様!」

 「この魔に魅入られた者達を受け入れても拒んでもここの人間は長くない。私も含めてな。教団に出した救援も間に合いそうにないだろう。お前達は傷の浅いもの動けるものを連れて、コリダロスを目指すといい。途中で救援の部隊が拾ってくれるはずだ。」

 死を覚悟した目。
 だがその中でも、生あるものを助かる見込みのあるものを逃そうとする心配り。
 俺の知っている教団とはまた別の一面がそこにあった。

 「できません!貴方様を。傷ついた人々を見捨てることなど!自分達だけが助かるのは嫌です!」

 「そうです!どこまでもお供します!」

 「お前達・・・。」

 何か目の前で熱い展開が進んでいる。
 話しに入り辛い雰囲気だな、こっちは早くユニコーンの娘を安静にしたいのに。
 そう思い、後ろの四人をみると。
 空いた口が塞がらないミラとどこか呆れているスパスィとアルヒミア。
 そして号泣して手拭きで涙を押さえているルヴィニと様々な反応をしていた。

 「なあ、良い雰囲気の所悪いが。信じてくれたのなら何処か安静にできる場所を紹介して欲しいのだが・・・。」

 「ああ・・・。悪かった。この建物の裏手に数軒ほど無事な家屋がある。そこを使うといい。」

 「分かった感謝する。」

 頭を下げてその場を離れ。
 教えられた場所へと向かっていく。

 「まずは一段落か・・・。」

 「だが、時間制限付きだ。教団の部隊がこちらへと来ている。」

 「ふぅ・・・。それまでには村を出ていくさ。」

 一息つき、当面の問題は片付いた事に安堵するが。

 「そうね。長く居過ぎて教団の救援部隊が来た時には・・・。」

 「僕達は絶対に攻撃されるね。」

 片付いたら片付いたで別の問題が出てくる。
 場所の次は時間制限か、頭が痛くなってくるわ。

 「猶予はある。出来る限りの手を尽くして彼女を回復させよう。」

 「そうだな。」

 荷車を引き、角を曲がるとそこには崩れた家々の中に混じって無傷の家屋があった。

 「これは無事という水準じゃないぞ。」

 「意図して傷つけられていないと見るのがしっくりくるな。」

 違和感と不気味さが漂う家へと近づいていき、いわくでもあるのかと調べると。
 謎はあっけなく解けてしまう。
 壁に手を触れると膜の様な力の層が家全体を覆っていたのだ。
 つまりこれは・・・。

 「ルーン強化された家屋か。」

 こんな所になぜ大層なものがあるのか分らないが今はありがたい。
 扉を開けて中に入ると、塵や埃一つ落ちていない少し豪華な玄関が俺達を迎えてくれた。

 「どうやら貴族の避暑用に建てられた物のようだな。」

 「無駄なことするわよね。御金持って、今は助かってるからいいけど。」

 入口を見ていると、スパスィに声をかけられる。

 「旦那様、アルヒミア。見るのはいいが彼女を運ばせてくれないか?」

 「悪い悪い。アルヒミア、寝室の確認をしてきてくれ。俺は手伝いに行くから。」

 「わかったわ。」

 アルヒミアに奥の確認を任せて、ユニコーンの娘を運ぶために外へと戻っていく。
 それから彼女を寝室の寝床へと移し、ミラお手製の薬をもう一度飲ませた後。
 様子を見ることになった。

 「とりあえず後は様子見だな。半日もあれば症状は軽くなるはずだ。」

 「そっか、それで僕達はこれからどうしようか?」

 「無暗に動かない方がいいわね。変に難癖つけられて追い出されたらたまったものじゃないわ。」

 「アルヒミアの言う通りだな。」

 「だが、恩を売っておくこともできるぞ。」

 「恩を・・・。」

 「売る・・・?」

 突拍子もない俺の発言に皆が困惑する。
 今から話すこの案は言わば賭けの様なものだから。



 陽が傾き夕闇が迫る中、俺達は行動を開始していく。
 ミラを家に残し、スパスィとルヴィニは村の外へ。
 俺とアルヒミアは先程の建物へと向かって進む。

 「上手くいくかしらね。」

 「まあ、なるようになるさ。」

 なみなみと水の入った巨大な樽を持ち、敷き詰めるように瓶の入った木箱から硝子同士がぶつかる音を鳴らしながら入口まで向かう。

 「な、なんだお前は・・・。まだ用があるというのか?」

 「ああ・・・。」

 「まさか・・・。」

 「襲いにきたか、とか言うなよ?逆だ。休息できる場所を提供してくれた礼をしにきた。」

 「礼だと?魔に魅入られたものが、我々に?」

 「そうだ。」

 「・・・。」

 警戒をするようにこちらを見る男達。
 まあ、当然の反応だな。
 こちらも同じ立場なら同様の反応をするだろう。

 「何をしようというのだ・・・。」

 「治療だ。こちらには薬と技術がある。そちらに足りないものを補えるだろう。」

 「・・・。」

 沈黙し、何かを考え込んでいる。
 迷っているようだ。
 そして、静かに口が開かれ。

 「エニモ様を、傷ついた者を救って欲しい。」

 「お前達が家屋へと向かった後、エニモ様が倒れられたんだ。高熱も出ていて、明日の朝まですらもつか分らない。頼む。」

 「わかった。まずエニモさんと傷の深い人からいこう。何人いるんだ?」

 「火傷の重傷はエニモ様を含めて十八名いる。後、四肢のうち一つでも欠けているものは二十四名ほどだ。こっちの方へ。」

 中へと入っていき、重症の人間がいる方へと案内してもらう。
 部屋に着くとそこは死を待つ者と現状に絶望し生気を失った者が寝かされている一種の地獄だった。
 呻き声、叫び声、泣き声、負の声が途切れることがない。

 「薬の量が追い付かなくてな。今朝そこを尽きたんだ。動けるもので探しにいったのだが・・・。」

 「効能があるものが見つからなかったと。」

 「そうだ。」

 部屋の一番奥へと着き、汁でグショグショとなった包帯に巻かれた男が息を荒くして寝かされていた。
 エニモさんだ。

 「酷い状態だな。」

 「物資もほとんどが奪われたか焼かれてしまってな。もう替えの包帯すらないんだよ・・・。」

 藁にも縋る様な思いなのだろうな。
 昔を、思い出したくないものを浮かばせる光景だ。

 「よくここまでもったわね。」

 「皆の気力さ。だが、気力だけでは治らないものもあるんだ。」

 乾いた笑いを男は漏らす。

 「その気力を無駄にしない為にも治療へ移ろうか。」

 「頼む。」

 巨大な樽を床に置き、中へ術具の硝子玉を投げ入れる。
 準備はこれでいい。

 「今から治療していくが、一つ約束がある。」

 「なんだ?」

 「何があっても俺を信じて手を出さないことだ。」

 「・・・。わかった。」

 男への確認を済ませると、目を閉じて詠唱を始めていく。

 「七 属 召 喚 心 流 権 化・・・。」

 言葉と共に置かれた樽が、中に入れていた水が震え始める。
 鳴り出す音に緊張と不安が男から滲み漏れ。
 アルヒミアの方は少しワクワクしているようだ。

 「火 闘 流 争 水 静 流 流・・・。」

 そんな二人を尻目に片腕を真横に伸ばし、手を広げて媒体に思い描く形を伝える為に詠唱を続けていき。

 「風 混 流 染 土 無 流 動・・・。」

 液体を外へと導いていく。

 「光 照 流 陽 闇 侵 流 心・・・。」

 無重力へと解き放たれたように水は伸び縮みを繰り返して形を変えながら宙を漂う。

 「水が、浮いている・・・。」

 「明りに照らされて幻想的ね。」

 目の前で起きている光景に違う反応を見せる二人。
 次第に液体はその身を割る様に増え。

 「闘 静 混 無 照 侵 争 流 染 動 陽 心・・・。」

 一つの塊が二つへ、二つの塊が四つへとなり。
 三十ニへとなった時点で動きを止め、火傷を負った者の元へ水球を移動させて。
 人数分以外を樽の上へと戻していき。

 「魂現 招来!」

 術式基盤を完成させ出来上がった水球が彼等を包み込むように吸い上げて覆っていく。
 これで第一段階目は終了で、第二段階へ移っていける。

 「水の中に身体が全部浸っているが大丈夫なのか?」

 「分からないわ。アタイだってエルがこんなことできるって知らなかったから。彼を信じるしかないわね。」

 そうだから信じてくれと言ったのだ。
 初見で見るものは大抵が拘束されているとか、攻撃されていると思ってしまう。

 「おい、治療できる者が来たそうだな・・・。き、貴様ら!何をしている!」

 こんな風に。
 しかし、まずい時に来たな。
 俺は詠唱を止めるて説明することはできないし、万が一にでも水球を壊そうと触れてしまうとその時点で術式が壊れてしまう。
 中の人間に悪影響が出るのは避けなければと考えていると。

 「こいつが治療をしてくれる者だ。そして、今その最中なんだよ。」

 「これが治療?馬鹿も休み休み言え!こんなことで治る訳が・・・。」

 「黙ってなさい。彼が集中できないでしょ!」

 「何!?魔物の分際で口応えする気か!」

 「そうよ。」

 このままだと一悶着ありそうだが、止めに入れるほどの余裕はない。
 更に詠唱を続け、術を発動させていく。

 「流れるものよ 全てに存在するものよ 我が源を糧とし 我が声に従え・・・。」

 球状になった液体が泡を立て始める。
 水の変化に気づき口論を止める二人とじっと凝視する男。

 「介し流れ込め 介し包み込め・・・。」

 包みこまれている者の口から気泡が、肺に残っていたであろうもの息が漏れだし。
 それを合図に、服がはだけ体液で染まった包帯が解けれていき焼かれ爛れた皮膚や黒ずんだ肌が露わになった。

 「エニモ様・・・。」

 「くっ・・・。」

 尊敬する者の無残な姿が男達の眼に映る。
 だが、それだけでは終わらない。
 水分が傷ついた細胞の下へと浸透していき、液体で膨れ上がった醜い姿へとなっていく。

 「うっ・・・。」

 目を背けるもの。

 「・・・。」

 現実を、治療を見続ける者。

 「大丈夫よね。エル・・・。」

 不安を感じるものをそれぞれだ。
 そして、ふやけきった火傷部分の肌は身体から離れて浮き上がり。
 筋繊維と抉れた肉、そして脂肪だけとなった人乃形だけが水の中にある。

 「苦しみを背負うのではなく 安らぎを与えるように・・・。」

 詠唱も終盤となり、剥き出しとなった人乃形の抉れた部分は増殖した肉で塞がり、臍の部分から新しい皮膚が包み込むように再生して身体全体に広がっていく。
 腹から胸へ、肩から腕へ、腰から脚へ、最後は顔を覆うようにと人の成りへと戻り、体内の様子を液体を通して確認し。

 「慈悲を 慈愛を 二つの救いを抱き・・・。」

 熱風で焼かれた内部器官、口内、鼻内、食道、肺の治癒具合を見て。

 「母なる海を行き 父なる大地を歩め!」

 術式を完成させる。
 抉られた傷も、身体内部の器官が負った火傷も同時に治癒しておいたのだ。
 詠唱を終えると、水球は中にいた人間を寝床の上に吐き出して霧散をし。
 樽の中へと戻っていった。

 「エニモ様!」

 「皆!」

 側に近寄っていく男二人。
 治療が終わった者は何事もなかったかのように寝息をたて静かに眠っている。

 「急速に治癒したから馴染むまでは眠ったままだ。気力がある者は早く目覚めるだろうがしばらくそっとしておいてやってくれ。次もあるからな。」

 「あ、ああ。わかった。」

 「貴様・・・。何者なんだ。」

 「ただの旅人さ。次は二手に分かれようか。アルヒミア、瓶の中身だが緑色の張り札以外を置いて軽傷者の所へ持って行ってくれ。」

 「わかったわ。ほら、貴方達動けるのならこれ飲んで手伝いなさい。ここ以外の人に配っていくから。」

 「・・・、わかった。手伝わせてもらおう。」

 「・・・、仕方ないな。」

 少し隙間ができた様だが、来た時と同じように硝子が当たる音を鳴らしてアルヒミアは部屋を出ていく。

 「さて、次は四肢破損者か。こっちは・・・。」

 火傷を負った者とは反対側に寝かされている者達。
 肩を斬り落とされた者、手がない者、脚を失っている者が痛みに呻き。
 幻に苦しんでいた。

 「うなされてるな・・・。すぐに楽になるから待ってろよ。」

 まずは痛みを緩和させていくことから始める。
 アルヒミアが置いていった瓶をとり、蓋を開けて中身を布へと染み込ませていき。
 一人一人の局部に巻かれた包帯を解いて、切断された部分の周りへと塗り込んでいく。
 血や、体液で染まる布を取り替えながら薬を全員の患部へと塗布していった。
 しばらくすると彼等から聞こえていた呻き声が消え静かな呼吸音だけが耳に入ってくる。

 「効き始めたか。ミラやスパスィのいう通りに緩和成分を含んだ薬草も入れておいて正解だったな。」

 手を合わせ、打ち合う音を鳴らして手の中から無数の木片を出す。
 ハラから貰った枝を少し切り、小さな欠片状態にしたものだ。
 それを樽の上に浮いている水球へと投げ込み、再び詠唱を開始ししていく。
 同じ言葉を紡ぎ、腕を真横に伸ばして手を広げ媒体に思い描くものを伝える。
 水は木片を内包しつつ、一つから二つ。
 二つから四つへと数を増やしていき、人数分まで割れると患部に向かい移動して傷口を包み込み。
 各部位を形成していった。
 肩から指先を、腕から手を、腿から爪先まで液体の塊が形を作り上げると、浮いていた木片を動かし骨があったであろう位置にまで動かし。
 そこから欠片に力を流し込んで複製と接合を繰り返して木製の骨を生成する。
 失った土台を戻した後は神経を疑似物で紡いでいき、筋繊維を再生し張り巡らせて肉と脂肪を元の身体の方から培養して増やして。
 最後は皮も作りだし覆わせて元と遜色ない状態に戻していく。
 最後の言葉を唱え、水を樽へと戻した時。
 急激に脱力感が身体を襲い膝が折れそうになる。
 だが、あと一歩の所で踏み止まり、床に着くことだけは防ぐ事が出来た。

 「力の使いすぎか?いや、そんなことは・・・。」

 一時的なだろうと思い姿勢を戻すと、アルヒミア達の声が聞こえてきた。
 どうやら薬を渡し終えたようだ。

 「エル、全員に飲ませてきたわ。」

 「ありがとう。こちらも今終わった所だ。四肢を治癒したものも身体が馴染む為に眠りについている。そっとしといてやってくれ。」

 「そうかわかった。」

 「何かあったら来るといい。俺達は明かりのついた家屋にいるから。」

 治療を終えたので樽を持ち、帰路に着こうとすると。

 「待ってくれ。」

 男に呼び止められた。
 何かあるのかと思っていると、頭を下げられ。

 「お前・・・。いや貴方のお陰で消えかけた多くの命が救われた。ありがとう。」

 「不思議な奴だな。貴様は・・・。エニモ様や仲間、村人を救ってくれて助かったぞ。」

 主神を崇拝し、教義のことしか考えないものかと思ってた騎士達から礼が来たのだ。
 これだけでも恩を売った価値はあるだろう。

 「場所を提供してくれた礼といっただろ?気にしないでくれ。アルヒミア、行こうか。」

 「ええ。」

 荷物を抱え、アルヒミアと一緒に建物から出ていく。
 相変わらず鼻を突くような臭いが立ち込めているが、気分は少し良かった。

 「さて、一手打ったがどうなることか・・・。」

 「保険って所だからあまり気にかけない方がいいわよね。後はあの娘が早く回復してくれるかってことよね。」

 ユニコーンの娘が回復しきれなかった時の切り札を手にするために一手打ったが効果があるかはわからない。
 悪い方へといかない事を祈りつつ、ミラが待つ家へと帰っていった。


 ???の視点


 暗い暗い森の中でワタクシは逃げて、走って、息を荒げている。
 なぜこの様な目に?
 疑問に感じながらも脚を動かして逃げていく。
 すると突然、足元に火が灯りそれが紅蓮の炎となって辺りを包んでいった。
 身を焦がすことを嫌い、立ち止まると得物を求めるかの様に渦を巻き炎がワタクシに襲いかかってくる。
 熱が内部から身体を焼き視界がぼやけて紅蓮の絨毯へ倒れ込む。
 このまま死ぬのだなとそんな考えが頭に過った時、黒い雫が降り注ぎ紅を飲み込んでいった。
 助かったのかと思い、再び闇の中へ駆けだそうとすると禍々しい色をした手が一本、また一本と腕を、脚を、首をと掴んでくる。
 そう、これから。
 これから逃げていたのだ。
 無数に伸びてくる自分を埋め尽くしていき、視界は塞がれ最後の抵抗の様に口から言葉が漏れていく。

 「嫌ああぁぁっ!」

 声を荒げて叫び続け、気がつくとまた暗黒が広がる森の中に立ち尽くしていた。
 これで何度目になるのだろうか。
 ワタクシの悪夢に終りが来ない。
 また逃げなければあの禍々しい色をした手の群れに捕まり痛みしかない凌辱が始まる。
 地を這う音が、獲物を見つけ追ってくる圧が再び耳と肌へ恐怖を届けに来た。
 頭で考えるよりも身体は反応し、黒い大地を蹴って走り。
 おぞましい感覚から距離をとろうと駆けていく。
 だが、いくら離れようとも、いくら拒絶しようとも足元に火が灯り。
 炎に焼かれ、黒い雨で冷やされて手の群れに掴まれ犯され。
 気がつくと森の中に立っている。
 どれほどの時間が立ったのだろう。
 このままここでも壊れてしまうのだろうか。
 再び身体を掴まれ、無数の手がワタクシを覆いつくそうとしている時。
 色の違う手が一本紛れていることに気が付く。
 他と違い鮮やかな藍紫のものが差し出されるように伸びていた。
 それが何なのかはわからない。
 だが、無意識のうちに押さえ付けられながらも色の違う手を取りに腕が動いていき、辱められようとも苦痛を与えられようとも構わずに手を近づける。
 そして、互いの手が触れあった時また視界を覆われてしまう。
 しかし、今度は叫ぶこともなく、再び暗黒が広がる森林の中で立ち尽くしていることもなかった。

 気がつくと薄皮一枚外で自然と光を感じることができ。
 ゆっくりと目を開けると、最初に目に映ったのは木の壁と火灯。
 窓から覗く黒に光る星を散りばめた光景。
 なぜこんな所にいるのだろうか、記憶を手繰ろうとすると悪寒が全身を駆け巡り止めようのない嘔吐感が襲ってくる。
 咽び、口を押さえて身体を起こすと横から誰かが声をかけてきた。

 「おい、大丈夫か?」

 近づいて身体を支えてくれるがそれでも込み上げてくるものを止めることができない。
 我慢ができずに寝ていた場所に吐き出して楽になることを選んでしまう。
 口から酸味を帯びた液体がとめどなく出てくる。
 胃の中には何も入っていない、だが何かを排除するかのように胃液を垂れ流し続けた。

 「ごぼっ!げぇぼ!ごほっ!ごほっ!」

 「苦しいのなら出せばいい。楽になる。」

 背中を擦られて、落ち着くまでの間優しい手が離れることはなく。
 空になり、液体すらでなくなったところでようやく衝動は止まってくれ楽になる。

 「止まったようだな。これで口を濯ぐといい。」

 目の前に差し出されたコップを受け取り、中に入っていた水で口の中を洗う。

 「水は飲めるようだな。すまないが立てるか?寝床が汚れてしまっては心地よく眠れないだろう。こっちへ移るといい。」

 言われるがままに立ち上がろうとするが、身体に力が入らずに上手くいかない。
 そんなワタクシに手を差し伸べてくれる。
 そこで初めて相手の顔が見えた。
 長い耳、色白な肌、緑を基調とした服。
 彼女はエルフ・・・。

 「手を貸そう、そうゆっくりだ。」

 彼女がここにいるということは、今いるのはエルフの集落なのだろうか。
 状況はよく分からないが、彼女がワタクシにとって危険でないというのは解った。
 支えられて別の寝床へ移してもらい、寝汗を拭かれ、また横にさせられる。
 一言礼を言いたかったが。

 「・・・、・・・。」

 口が動くだけで声が出ない。
 掠れたものすら喉の奥から出てきてくれないのだ。

 「無理をしなくていい。」

 そうワタクシにいってくれ、背中をまた擦ってくれる。
 何かから解放された気分になり力が抜けていく。
 エルフの娘に感謝していると。

 「戻ったぞ。」

 と、声が聞こえてその後に続いて。

 「旦那様。そっちも終わったのか。」

 別の声が聞こえてくる。
 最初に聞いたものは聞き覚えのない声だけれども、その声が男の発する音が身体に悪寒を走らせて黒い何かが脳裏に蘇ってきた。

 「帰ってきたようだな。君が目覚めたことを知らせてくるよ。」

 彼女は立ち上がり部屋の外へといってしまい、一人になってしまう。

 「エルフィール、彼女が目覚めたよ。おいおい、スパスィとルヴィニ。頬に土と砂が付いてるぞ。」

 「仕方ないだろう。穴掘りをしていたんだから。」

 「うぅ・・・。鼻がまだ臭さを感じるよ。」

 「予想より早いが目が覚めたか、様子を見に行かないとな。」

 「二人とも着替えはあるんでしょ?お風呂使えるか見てくるから待ってて。」

 色々な声が聞こえてくるが、頭に入ってこなかった。
 あるのはおびえと恐怖。
 そしていいようのない震え。
 床を踏む音がゆっくりと聞こえてきて、こちらへと向かってくる。
 そして・・・。

 「目が覚めたみたいだな。むっ?震えているが大丈夫か?」

 部屋へと入ってきて何かを言いながら近づいてくるが、ワタクシの耳は言葉を受け付けてない。
 入ってくるのは足音だけ、その一歩一歩が思い出したくないものを、思い出してはいけないものを浮かび上がらせていく。
 胸を揉みしだかれ、服や腰布を剥がされて咥えたくないものを口の中に押し込まれる。
 精を吐き出され、処女まで奪われて。
 慰み者となり、精液まみれにされた揚句にユニコーンの命ともいえる角まで奪われたのだ。
 消えた未来、やってくる絶望。
 行き場のない怒りと込み上げてくる悔しさが限界を迎えて、気がつけば・・・。

 「どうした?うぉ!?」

 床に叩きつける音ともに、男を押し倒して馬乗りとなり手の平を振り下ろしていた。

 「エルフィール!?」

 「どうした!?」

 「エルさん!」

 「凄い音がしたけどどうしたの?」

 音を聞き付けたのか部屋にエルフの娘以外の声が入ってくる。
 だが、張った音はその場に何度も何度も木霊していき。
 力の限り、何かをぶつけるように手の平を男の顔に打ち続けていった。

 「おい!やめるんだ!」

 「旦那様!お前!助けてくれた人になんてことを!」

 「ちょっと貴女!やめなさいよ!」

 「やめて!お願い!」

 周りが何かを言っているが止めることなんてできない。
 ワタクシの、ワタクシの身体が勝手に動いているのだから。
 心では分かっている。
 関係ない男性だとも、でも体が動いてしまうのだ。
 無理にでもやめさせようと、彼女達が近づいてくるが。

 「く、来るな・・・。」

 男が何かを呟く。

 「やらせてやれ・・・。」

 もう一言いうと、動きが止まり近づかなくなる。

 『でも!』

 「いいから・・・、やらせてやれ。」

 手の動きは彼女達が止まっても続いていき。
 打ち込んでいくうちに段々と感覚はなくなっていくが、それでも彼を傷つける行為は激しさを増し。
 顔への打撃に飽き足らず、首へと手が添えられ締めるように体重をかけていった。

 「・・・。」

 なぜこの人はされるがままにワタクシをされているのだろうか。
 反抗することも可能なはずなのに・・・。
 そう考えていると視界がぼやけてくる。
 気がつくと目尻から涙が零れ落ちていき、息を吐くようにその状態で声なき声を漏らしていた。

 「・・・。・・・。・・・。」

 次第に力は抜けていき、男の胸に顔を埋める格好になり。
 そのまま泣き崩れていく。
 全てを吐き出すように、全てを流し去る様に。

 「落ち着いたか。」

 一頻り泣いたところで大きな手がワタクシの頬に触れる。
 先ほどとは違う暖かく慈愛に満ちたような声と少し腫れている顔。
 彼の言葉に頷き。

 「そうか、ならどいてもらえると助かるんだが。」

 促されることで、馬乗りになっていたことを思い出して跨っていた身体の上から下りていく。
 すると、周りにいた女性たちが男の元へと集まり張った手跡と首に残っている締め付けた跡を心配そうに見つめ声をかけていた。

 「これぐらいは大丈夫だ。それよりも・・・。」

 彼は立ちあがるとゆっくりとこちらへ近づいてきて。

 「君の状態を見るが大丈夫か?」

 身体の状態を見たいといってくる。
 この人は大丈夫だと根拠のない確信があり、出したくても声は出せないので頷いて答える。

 「では、口を少し開けて舌を出してくれ。」

 言われるがまま口を開け、舌を出すと喉の奥を見られ。
 口を閉じた後は首の周りを触って何かを確かめているようだ。

 「アルヒミア、さっきの薬の余りがあるから包帯と一緒に持ってきてくれ。」

 「わかったわ。」

 「それで、喉と首を診ていたが何か分かったのか?エルフィール。」

 エルフィールと呼ばれた彼は少し厳しい顔になりエルフの娘が出した問いに言葉を漏らす。

 「声が枯れているのは高熱で喉が腫れているのと声を出して酷使したからだな。心の傷もあるが、あれだけぶつけて泣けば声に影響しないだろう。」

 声は戻ってくるらしい。
 でも、それを素直に喜べなかった。

 「もう暫く休めば声は回復するさ。後、ユニコーンの・・・。」

 「エル。薬と包帯を持ってきたわ。」

 彼の声を遮る様にアルヒミアと呼ばれたドワーフの娘が戻ってくる。

 「ありがとうアルヒミア。さて、話の続きは手を治してからにしようか。後、スパスィ、ルヴィニ、ミラの誰か。彼女に着替えを貸してやってくれ。さすがにこの恰好のままというのわけにもいかないだろう。」

 そういうとエルフィールはワタクシの手を取り、聞きなれない言葉を呟くと。
 水がどこからともなく沸き上がり、内出血をし腫れた手を包み込む。
 暖かく、気持ちがいい感覚が染み込んでいき痛みが引いていくと元の状態へと戻っていった。

 「・・・。」

 「さてこれで包帯を巻いてっと。よし、次は服だが・・・。」

 覆っていた水球が霧散し、そこに包帯が巻かれる。
 そして、耳に入る服という単語。
 よくよく考えてみると、今は全裸。
 胸も秘所も曝け出していたことになり、意識がそれに向くと急に恥ずかしくなっていき。
 一瞬で顔が真っ赤になって茫然としてしまう。
 その傍らで・・・。

 「彼女に貸せる服か、大きさ的に私かスパスィ。ルヴィニのものになるが・・・。」

 「羽織るだけなら僕やミラのでいいけど。着るとなるとスパスィのじゃないと胸が・・・。」

 「可愛いとかお洒落な服はないが、大きさが合わなければ意味がないからな。」

 ミラと呼ばれたエルフ、ルヴィニと呼ばれたサイクロプス、スパスィと呼ばれたリザードマンの娘がワタクシの胸を見ながら服の話をしている。
 自ら誇れる胸が変な所で障害になるとは思わなかった。
 そんなに大きなものかと乳房を手で触っていると。
 スパスィが部屋を出ていき。

 「じゃ、俺は何か小腹を満たすものと汗を流せる準備をしてくるよ。」

 エルフィールも同様に部屋を後にして他の所へいってしまう。
 彼の後姿を見送っていると、再び胸に視線を感じる。

 「しかし、大きいわね。これだけ大きいとエルに色々出来るのに。うらやましいわ。」

 「僕も小さくないけど、これには敵わないよ・・・。どうしたらそんなに大きくなるんだろう。」

 「こら、あまりじろじろ見てやるな。彼女に失礼だろ?」

 「そうよね。ごめんなさい。」

 「ごめんね。」

 「・・・。」

 ミラの制止で胸への視線が止む。
 あまりにも直視してくるので腕で覆い隠そうと思ったが、その必要はなさそうだ。
 手を使い必要な部分だけに添えているとスパスィが戻ってきた。

 「旅用ではなく、普段着になるが。二着ほど持ってきた。好きな方を着てくれ。」

 彼女が持って来たのは白く襞が付いたブラウスと大きめの薄緑をしたシャツだ。

 「相変わらず飾りの少ない純粋な服を着てるわね。」

 「生憎とお洒落には興味がなくてね。動き易いのが丁度いいんだよ。」

 アルヒミアの言う通り飾り気の少ないものだけれどワタクシも似たようなものを着ているから。
 普段着ているものに近いブラウスの方をスパスィから貸してもらうことにした。
 服を着て後は布を腰に巻けばいいわと思っていると、エルフィールが部屋の外から顔を覗かせ。

 「着替え終わったかな?それじゃ簡単な食事としよう。一皿ずつ取ってくれ。」

 中に入っても大丈夫な事を確認すると彼はお盆を持って入ってきた。
 その上には器に入ったスープがある。

 「彼女にも食べやすく、栄養が付くものをということでスープを作ったよ。」

 一人一人に匙と器が渡され、手元に置かれていく。
 そこから鼻をくすぐる香りが湧きあがる。
 暖かいスープを目の前にして、ワタクシの中にある何かが溢れ出し。
 気がつくとまた目尻から熱いものが流れ出していた。

 「泣いているのか?辛い事があったからな。いいんだぞ、好きなだけ泣いても。」

 ふわりと頭に乗せられた手。
 優しく撫でられあやされている感じが心地よく、心が安らぐようだった。



 その後、泣きやんで落ち着くと食事となり。
 皆がスープを口へと運んでいく。
 柔らかく煮込まれた野菜とスープが空になっていた胃を満たしてくれる。
 ゆっくりと味を噛み締めて食べていき、食事が終わるとエルフィールがお湯を準備していたようでスパスィは汗を流しに行き。
 アルヒミア達は順番を待ちながら彼の話を聞いていた。

 「さて、続きを話そうか君の身体がどういう状態で、これからどうしていくのかをね。」

 軽い緊張が走る。
 彼はどうかは知らないが他の魔物娘達は知ってるはずだ。
 男性に複数犯されているこの状態を・・・。
 だから声が戻ってくると聞いた時でも素直に喜べなかった。
 話せたところで穢れは戻せない。
 忘れてしまいたいものを、現実をなぜ思い出さなければいけないのか。
 俯き、声を耳に入れないような態度をとっていると。
 ルヴィニに頬を叩かれ、張った音が部屋に響く。

 「・・・!?」

 『ル、ルヴィニ!?』

 「駄目だよ、目を背けたら。貴女は心が壊れそうになる衝動を全部エルさんにぶつけたんだよ。彼の話は目を見て最後まで聞いてあげないと。」

 怖かった。
 話を聞いて、どうなってしまうのかということがわかるのが・・・。
 だから目を背けて自分を守ろうとしてしまった。
 でも、彼女の言葉を聞いてワタクシがワタクシでいられている理由を思い出す。
 エルフィールに、彼に心の闇を暴力という形でぶつけて衝動を払ったのだから。
 痛む頬を押さえて彼と向き合う。
 嘆いてはいけない、自分と向き合い乗り越えなければ・・・。

 「じゃ、まずは彼女の身体についてになるが・・・。」

 説明が始まり先程診てわかったことらしいが、体内に魔力は殆ど残っておらず。
 根底に何か塊の様なものが残っているらしい。
 その塊は穢れた力というよりは、別の力や新しく入った精が注ぎ込まれた場合に侵食し。
 体内に留めることをさせずに発散させてしまうものらしいのだ。

 「次に身体の事がわかった上でどうしていくかだが・・・。」

 一つ目は肉体と魂の再生。
 失ってしまった角や処女膜を元に戻して、体内の魔力が通る道を洗浄。
 穢れを知った魂を改竄して魔力と肉体を結びつけるという方法。
 一見完璧な案だけれど、それに伴う危険は大きい。
 体内の洗浄中には絶命をしかねないほどの苦痛が走り、魂を改竄したとしても精神が弱いと同じような衝撃を受けた時に改竄の上書きが剥がれて元に戻ってしまうのだ。

 二つ目は構造の改変。
 純潔を失い、魔力を失ってしまうという構造機関に改竄を入れて魔力が維持できる条件を変えてしまうという方法。
 根柢の塊に侵食された力でも生命維持が可能な状態にするらしいが危険がない代わりに身体にどのような影響を及ぼすのかがわからないらしい。

 三つ目は組織の理替え。
 今のユニコーンの姿を器としてまったく別のものに構造を入れ替えるという方法。
 記憶、精神、魂までは変えないので心配はないらしいが、ワタクシ自身が術具というものに変化させて外部から力を入れて身体の維持を出来るようにするとのことだ。
 もちろん、歳を重ねて死ぬことも可能で今まで通り食事もでき、愛する者と肌も重ねられ子供も作ることも可能らしい。
 ただ、ユニコーンの特技である治癒付与や魔法は使用条件が付き。
 自力で治癒付与や魔法に使う力が生成できない為、人間や魔物娘から力を注いでもらわなければ使用不可能だそうだ。
 また、丸々構造を入れ替えるので新しく入ってくる力が身体に馴染むまで時間がかかり、その間動けなくなるという。

 「そのままの状態でいるのも一つの決断だ。じっくりと考えてくれ。」

 目の前に出された三つの案。
 元に近い状態に戻りたいが命の危険がある。
 ならばユニコーンの器だけを残して生きるのもいいかもしれない。

 「処置は明日の昼。村を出る前に行うから、それまでに決めておいてくれよ。」

 彼の与えてくれた希望にどうこたえるを考えながら、夜は更けていった。
12/01/27 19:40更新 / 朱色の羽
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■作者メッセージ
 第十二章でございます。
 二転三転しまして、遅めの更新となりました。

 一万五千字越え、長くなった本章をお読み下さり。
 感謝の限りです。

 今回は独自のものがでてくることが多い回となりました。
 医療術にしろ、ユニコーンの娘の処置術にしろ。
 冒頭でも書いた通り、彼側の技術と思っていただけるとありがたいです。

 襲われた村で何があったのか、ユニコーンの娘はどのような選択肢を取るのか。
 第十三章をお待ちください。

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 つ、疲れた・・・。

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