第十章 純粋な微笑み 後編
「ハラの元へ向かえるのはエルフィールだけだからな。」
朝食をとっている時に昨日の騒動で言い忘れていた事を皆に伝える。
納得した顔の三人と別の事を考えている一人がこちらを見てうなずく。
「守り樹だから誰これ構わず連れていける訳じゃないんだな。」
「なら私達はここで待ってればいいのか。」
「そういうことになる。」
「それならミラとエルがまた二人っきりなのね。羨ましいわ。」
「アルヒミア、別に遊びに行くわけじゃないんだよ?」
「そうだぞ。まったくドワーフはこれだから・・・。」
「ふぉふぉふぉ、若いのう御主らは。」
こんなに騒がしい朝食は始めてだ。
エルフとしてこれはあまり喜ばしくない状態なのだが、私はこの騒がしさを楽しいと感じ始めていた。
そして誰も咎めることなく朝食の時間は過ぎていく。
「この集落に男性エルフが多いのはハラの加護があるからじゃな。」
「加護?」
「そうじゃ、卵の殻の様な加護じゃが。それが女性化を防いでおるんじゃ。」
「なるほど、それで男性が多かったのか。」
「納得いったわ。」
食事も終わり、私とエルフィールが出かける準備をしていると長老とアルヒミア達がお茶を飲みながら話をしている。
「いいんですかお爺様。簡単に守り樹の事を話したりして。」
「大したことじゃないだろう。構わんよ。」
「ミラ、準備ができたぞ。」
長老がいとも簡単に守り樹のことを話しているので懸念を訴えていると、彼の支度が整ったようだ。
「お爺様がそう判断するのでしたらいいですが・・・。」
構わないというのならいいのだが、長老といえどエルフの秘密を口軽く話して欲しくないのだがな。
「わかったエルフィール。では、お爺様行ってまいります。」
「気を付けての。」
「いってらっしゃい。旦那様。」
「気を付けてね。エルさん。」
「いいわねぇ。やっぱり羨ましいわ。」
「まだ言ってる。」
アルヒミアの言葉を無視して、私は彼を連れてハラへと向かうため集落を後にした。
出発して北西へと進んでいき、森の中を歩いていく。
その中でリガスとアルヒミアの言葉を思い出し、エルフィールを変に意識してしまう。
エルフが人間に惹かれるなんて、あってはならないことなんだと自分に言い聞かせるがどうしても頭から離れない。
否定と理想が入り乱れボーッと考えながら歩いていると、私の肩に彼の手が乗り軽く叩かれた。
「ミラ。ミラ!」
「ひゃい!?ど、ど、ど、どうしたんだ!?エルフィール!」
「ボーッとして歩いているが方角は合っているのか?」
「ほ、方角は大丈夫だ!大丈夫だ!」
急に触れられ、心拍数が上がり顔も紅くなる。
どうしてしまったんだ私は・・・。
こんな恥ずかしい状態であることを気付かれたくない一心で歩測も速くなっていき。
いつのまにか結構な速度でハラへと向かっていっていた。
日が真上に昇るころ、ようやくハラのいる所へ辿り着き私は辺りを見渡す。
広場になっているわけでもなく生い茂る樹が多く、周りを取り囲むわけでもない。
他の樹よりも太い幹を持つ樹、それを見つけて目の前に立つ。
「それがハラ・・・。」
「ああ、祀られてるわけでもなく特別な状態にもなっておらず。だがこの樹がアグノスの大森林の中核であることは間違いない。では、ハラを呼び覚ますぞ?」
「頼む。」
一呼吸をして心を落ち着かせて、幹に触れてハラに語りかける。
「−・・・ ・・・ −− −−・−・・・ −・・−− ・−・−・ −−−・− ・− ・−・ −・・ −・・ −・−−− ・・−・− −− −・・・− −・−・−・・ −・・・− −・ −・・− −・−−−。『はらよ じゆんすいな ほほえみよ めざたまえ。』」
すると巨木が淡く光り輝き脈を打つ音が木魂し鳴り響く。
「さあ、後はエルフィール次第だ。」
「ありがとう、ミラ。」
辺りに響いた脈打つ音が消えると木々の枝が揺れるようにその音が声となって聞こえてきた。
「久しき目覚め、起こしたのはそなたか?」
「はい、私が目覚めさせました。」
緊張が走る、一言一言を選びハラと話す。
「ふむ、エルフの子よ。何用ぞ?」
「私ではなく、用があるのはこの男です。」
「・・・エルフが人間を連れてきたか。珍しいこともあるものだ。して、御主・・・。何用ぞ?」
「貴殿の一枝をいただきたい。」
「一枝をか・・・。久方の目覚めで欲されたのが一枝とは、拍子抜けだの。」
「それをいただくのが目的なので。」
「よかろう。昨晩の礼もあるからのう。持っていくがよい。」
何かが断たれるような音が鳴ると、頭上から人一人ほどの大きさがある太い丸太の様な枝が落ちてきた。
「こんなに大きなものを、ありがとう。」
「気にするでない、大森林の命が最小限の損失で助かったのじゃ。これでも安い方じゃな。」
「昨晩の・・・、知っておられたのですか?」
それはそうだろう、中核にして全てを知るのがこのハラなのだから。
「当り前じゃ。この大森林はワタクシ自身でもあるのだからな。さて、そなたらの用が済んだのならまた元に戻るとするかのう。言葉を解すのは、案外しんどいもんじゃて。」
そういうと、ハラは再び光り輝いて脈打ち始め。
音が消える頃には喋らない巨木へと戻っていた。
「終わったか。」
「なんとかな。」
「で、その枝はどうやって運ぶんだ?二人で担ぐのか?」
「いや、こうする。」
エルフィールは軽々と枝を持ち上げると、垂直に立たせ手の平に乗せると淡い光と共にそれは手の中に収まっていく。
私は目の前で何が起きたか分らずに彼の手を掴み、触れてみてどうなったのかを調べるが何もわからない。
「一体どうなってるんだ。それは・・・。」
「秘密だ。」
教えてくれる気はないようで、一言だけ言って彼は笑っている。
その意地が悪い行動に少し腹が立ったのでエルフィールの手から腕にかけて両腕とも丹念に触っていき調べていくがやはり何も見つからなかった。
もう少し調べようとしたが、自分のしていることに気が付いて慌てて手を離す。
「もういいのか?」
「あ、ああ。どこへやったかも気になるが早く戻らないとな。」
彼に背を向けて歩きだしていく。
今の自分を水に映したら顔が真っ赤になっているに違いないだろう。
また恥ずかしい思いをしながら皆がいる元へと帰って行った。
集落へ着く頃には日が傾き始めており、辺りが暗くなり始めている。
「旦那様。おかえりなさい。」
「ああ、ただいま。」
「ミラ様。御帰りなさいませ。」
門の前ではスパスィと若いエルフが番をしており。
更に中へ戻っていくと。
「この素材をこうしてね。こう編んでいくと強い弦ができるのよ。」
「はぁ・・・、あの触手にこんな使い道が。ドワーフと軽蔑して見ていて済まなかった。これほど素晴らしい技術をもっているとは・・・。」
「いいのよ。それが昔からある種族の溝ってものなんだから。」
アルヒミアが信じられない事に工房の職人と、何を作りながら話し合っている。
そして・・・。
「凄い、刃が鏡みたいになってますよ。研ぎ直してもらってありがとうございます。」
「こういうのが僕の仕事だから。喜んでくれてうれしい。」
「あの・・・、うちのこれも刃毀れがしちゃって。」
「わかった。すぐに直してあげる。」
ルヴィニが集落中の刃物の修理をしていた。
「ミラ、エルフィール殿。戻ったか。」
「はい、唯今戻りました。しかし、お爺様。これは・・・。」
出迎えてくれた長老に帰還報告をして、自分達が見た現状を尋ねる。
「皆がな、只いるだけでは悪いからと自分達に出来る事を買って出てくれたのじゃ。」
「それで集落のあちらこちらにいたのか。」
「そういうことじゃな。それで、ハラにはちゃんと会えたのかの?」
「はい、彼も目的もちゃんと果たせました。」
「ふむ、よかったの。二人とも疲れておるじゃろうから儂の家で休むとよい。エルフィール殿に渡したいものもあるしの。」
「すいません。ありがとうございます。」
「私もお爺様のお言葉に甘えて・・・。」
長老の家に招かれ、しばらく休んでいると集落中の手伝いをしていた三人が戻ってきた。
皆一様に微笑んでおり、何だか楽しそうだ。
「皆、御疲れ様。」
「ありがとう旦那様。」
「ふぅ、そっちも御帰り。エル。」
「エルさんも御帰りなさい。僕、久しぶりに鍛冶関係の仕事をしたよ。」
スパスィ、ルヴィニ、アルヒミアの三人はエルフィールの周りに集まると自分達のしてきたことを報告しながら身体を擦り寄せたりして戯れ始める。
一瞬、私も輪の中へと考えがよぎったが頭を振り。
その様な考えを振り払う。
なんでこんな事を考えるんだ私は・・・。
「仲がいいのう御主らは。さて、皆が戻ってきたところで我等が恩人エルフィール殿に渡したいものがある。」
「先程も言われてましたが、そのものとは?」
「・・・ミラ。御主のエルフとしての力と知識をエルフィール殿に渡したい。彼の旅にどうこうしてくれんか?」
「私がですか?」
なぜ私に白羽の矢が立つのだ?
自分より優秀なエルフはたくさんいるはずだが・・・。
「なぜ、という顔をしとるの。今回森に生きる全ての命が救われた。アグノスはハラの一枝を礼に渡した。我らエルフも同等のものを礼として差し出すのが森の通り。旅には知識が必要となる我等の知識は役に立つはずじゃ。」
一息置いて、長老は話を続ける。
「集落の中には優秀なものもおるが、ミラ。御主はエルフィール殿と短い間じゃが交流があった。見知ったものがいった方が、気遣いが軽くて済むじゃろう。だからじゃよ。」
「理由はわかりました。」
「それで、受け取ってくれますかな?エルフィール殿。」
「ミラさえよければ。謹んでお受けします。」
「旦那様・・・。」
「エル・・・。」
「エルさん・・・。」
エルフィールの言葉で三人の顔が曇る。
「そんな目で見るな。もう一人や二人人数が増えても変わらんだろう。」
「それは・・・。」
「そうだけど・・・。」
「ねぇ・・・。」
なんなんだこの反応は・・・。
私が旅仲間に加わる事がそんなに不満か?
「私達の時と反応が違うぞ・・・。」
「エルはこういう女性が好みなの?」
「うぅ・・・。僕の事嫌い?」
不満というより嫉妬してるようだな。
「待て待て、嫌いじゃない。理由は後で話す。とりあえず落ち着いてくれ。で、ミラ。君はどうなんだ?」
「私か・・・。」
どうなのだろう。
もやもやした気持ちではなにも考えつかない。
それなら一緒に旅に出てこの気持ちを確かめてもいいのかもしれないな。
エルフの集落から出て、エルフィールの事をもっと知ろう。
「その命をお受けします。お爺様。」
「そうかそうか。では、エルフィール殿、よろしくお願いしますぞ。」
「はい。」
約三名不満気な顔をしているが、私も彼等の仲間になれた。
とりあえず、今はこの気持ちを確かめる事が大事だな。
エルフィール視点
「で、旦那様。理由とやらを聞かせてもらおうか。」
エルフの集落を後にした俺達は、大森林を東の方へ向かって歩いていた。
「昨日は話してくれなかったから、今は話せるわよね。」
「聞きたい。その理由を・・・。」
なんだ三人とも、怖いぐらいの怒気を発しているんだが・・・。
ちゃんと話して理解してくれるのか?
「じゃ、礼を断わらなかった理由だが。俺の知っているエルフの作法だと長老が出した知識という礼は彼等が差し出せる最上のものなんだ。それを断るということはとても無礼な振る舞いなんだよ。」
「そうだな。エルフの知識が外に出るということは滅多になく。それにエルフィールが言った作法は間違いじゃない。」
こちらでもこの作法であっていたか、礼を欠くことは避けないといけないからな。
古代エルフが通じた時点で、作法も同じと思ったが間違いじゃなかったようだ。
「次にミラに同行の賛否を聞いたのは、本人の意思を確認するためだ。」
「確認?」
「ああ、いくら礼でとはいえ来たくもない者を無理やり同行させるわけにはいかないだろう。」
ここまで説明して彼女達から怒気が薄れていく。
どうして俺がこんな目にあわないといけないんだ?
礼儀を説明せずに承諾したことは悪いと思うが・・・。
「まあ、そうだな。」
「聞けばもっともな理由よね。」
「うぅ・・・。ごめん、エルさん。」
「まあ、いいさ。説明する時間がなかったからな。」
三者三様な反応をしているスパスィ達をかまっているとバツが悪そうな顔でミラが尋ねてくる。
「イチャつくのはかまわんが我々はどこへ向かっているんだ?」
「おっと、すまない。今向かっているのは一昨日の焼け跡だな。」
「焼け跡?そんな所へ向かってどうするんだ?」
「気になることはあってな。」
『気になること?』
火事と聞いた時にすぐに範囲と火元を確認したのだが、腑に落ちない点がいくつかあった。
一点が大森林の中、少し入ったところから出火していたこと。
もう一点が、術式を発動する時に火の周りを駆けているものが一つと火元より手前で群れている人間がいたこと。
二つを合わせると、火の側にいたものを人間が襲っていたことになる。
距離は離れていたので一日経ってもまだ逃げ続けている可能性はあるかもしれない。
それを確認するべく、近くへと行ってみることにしたのだ。
「という訳なんだが四人はどう思う?」
「ふむ、あの風の流れで調べる奴はやったのか?」
「やったんだが、生き物の気配が多くなりすぎて特定できなくなったんだよ。」
「そうか、あの時は火事の時だったから。」
「生き物は逃げて、簡単に発見できたのね。」
「でも、火は消えちゃったから。」
「動物や魔物娘が行動し始めて特定しにくくなったのか。」
「ああ、それであの時は色々あって手が回らなかったからここに来たんだが・・・。」
焼け跡に到着して辺りを見回す。
見事に黒く焼けた木や草が灰になっているものしか残っておらず、何かないかと皆で探し始める。
火元まで調べながら歩いてきたが、手がかりは残っていない。
ふと一本の木に視線がいき、よくよく見てみるとどこかが変だ。
「・・・、これは。」
「エルフィールなにかあったか?」
「エルさん?」
異変を見つけたのは漆黒よりも黒く焼け、炭化したところがある所。
「人為的な力で焼かれた後だな・・・。」
「人為的?」
「あっ、アルヒミア。スパスィ、エルさんが何か見つけたよ。」
全員が集まり、炭化した気をさらに調べようとすると。
「嫌あああぁぁぁ!」
絶望に染まったような叫び声が今着た方角とは別の方角から木霊して聞こえてきた。
朝食をとっている時に昨日の騒動で言い忘れていた事を皆に伝える。
納得した顔の三人と別の事を考えている一人がこちらを見てうなずく。
「守り樹だから誰これ構わず連れていける訳じゃないんだな。」
「なら私達はここで待ってればいいのか。」
「そういうことになる。」
「それならミラとエルがまた二人っきりなのね。羨ましいわ。」
「アルヒミア、別に遊びに行くわけじゃないんだよ?」
「そうだぞ。まったくドワーフはこれだから・・・。」
「ふぉふぉふぉ、若いのう御主らは。」
こんなに騒がしい朝食は始めてだ。
エルフとしてこれはあまり喜ばしくない状態なのだが、私はこの騒がしさを楽しいと感じ始めていた。
そして誰も咎めることなく朝食の時間は過ぎていく。
「この集落に男性エルフが多いのはハラの加護があるからじゃな。」
「加護?」
「そうじゃ、卵の殻の様な加護じゃが。それが女性化を防いでおるんじゃ。」
「なるほど、それで男性が多かったのか。」
「納得いったわ。」
食事も終わり、私とエルフィールが出かける準備をしていると長老とアルヒミア達がお茶を飲みながら話をしている。
「いいんですかお爺様。簡単に守り樹の事を話したりして。」
「大したことじゃないだろう。構わんよ。」
「ミラ、準備ができたぞ。」
長老がいとも簡単に守り樹のことを話しているので懸念を訴えていると、彼の支度が整ったようだ。
「お爺様がそう判断するのでしたらいいですが・・・。」
構わないというのならいいのだが、長老といえどエルフの秘密を口軽く話して欲しくないのだがな。
「わかったエルフィール。では、お爺様行ってまいります。」
「気を付けての。」
「いってらっしゃい。旦那様。」
「気を付けてね。エルさん。」
「いいわねぇ。やっぱり羨ましいわ。」
「まだ言ってる。」
アルヒミアの言葉を無視して、私は彼を連れてハラへと向かうため集落を後にした。
出発して北西へと進んでいき、森の中を歩いていく。
その中でリガスとアルヒミアの言葉を思い出し、エルフィールを変に意識してしまう。
エルフが人間に惹かれるなんて、あってはならないことなんだと自分に言い聞かせるがどうしても頭から離れない。
否定と理想が入り乱れボーッと考えながら歩いていると、私の肩に彼の手が乗り軽く叩かれた。
「ミラ。ミラ!」
「ひゃい!?ど、ど、ど、どうしたんだ!?エルフィール!」
「ボーッとして歩いているが方角は合っているのか?」
「ほ、方角は大丈夫だ!大丈夫だ!」
急に触れられ、心拍数が上がり顔も紅くなる。
どうしてしまったんだ私は・・・。
こんな恥ずかしい状態であることを気付かれたくない一心で歩測も速くなっていき。
いつのまにか結構な速度でハラへと向かっていっていた。
日が真上に昇るころ、ようやくハラのいる所へ辿り着き私は辺りを見渡す。
広場になっているわけでもなく生い茂る樹が多く、周りを取り囲むわけでもない。
他の樹よりも太い幹を持つ樹、それを見つけて目の前に立つ。
「それがハラ・・・。」
「ああ、祀られてるわけでもなく特別な状態にもなっておらず。だがこの樹がアグノスの大森林の中核であることは間違いない。では、ハラを呼び覚ますぞ?」
「頼む。」
一呼吸をして心を落ち着かせて、幹に触れてハラに語りかける。
「−・・・ ・・・ −− −−・−・・・ −・・−− ・−・−・ −−−・− ・− ・−・ −・・ −・・ −・−−− ・・−・− −− −・・・− −・−・−・・ −・・・− −・ −・・− −・−−−。『はらよ じゆんすいな ほほえみよ めざたまえ。』」
すると巨木が淡く光り輝き脈を打つ音が木魂し鳴り響く。
「さあ、後はエルフィール次第だ。」
「ありがとう、ミラ。」
辺りに響いた脈打つ音が消えると木々の枝が揺れるようにその音が声となって聞こえてきた。
「久しき目覚め、起こしたのはそなたか?」
「はい、私が目覚めさせました。」
緊張が走る、一言一言を選びハラと話す。
「ふむ、エルフの子よ。何用ぞ?」
「私ではなく、用があるのはこの男です。」
「・・・エルフが人間を連れてきたか。珍しいこともあるものだ。して、御主・・・。何用ぞ?」
「貴殿の一枝をいただきたい。」
「一枝をか・・・。久方の目覚めで欲されたのが一枝とは、拍子抜けだの。」
「それをいただくのが目的なので。」
「よかろう。昨晩の礼もあるからのう。持っていくがよい。」
何かが断たれるような音が鳴ると、頭上から人一人ほどの大きさがある太い丸太の様な枝が落ちてきた。
「こんなに大きなものを、ありがとう。」
「気にするでない、大森林の命が最小限の損失で助かったのじゃ。これでも安い方じゃな。」
「昨晩の・・・、知っておられたのですか?」
それはそうだろう、中核にして全てを知るのがこのハラなのだから。
「当り前じゃ。この大森林はワタクシ自身でもあるのだからな。さて、そなたらの用が済んだのならまた元に戻るとするかのう。言葉を解すのは、案外しんどいもんじゃて。」
そういうと、ハラは再び光り輝いて脈打ち始め。
音が消える頃には喋らない巨木へと戻っていた。
「終わったか。」
「なんとかな。」
「で、その枝はどうやって運ぶんだ?二人で担ぐのか?」
「いや、こうする。」
エルフィールは軽々と枝を持ち上げると、垂直に立たせ手の平に乗せると淡い光と共にそれは手の中に収まっていく。
私は目の前で何が起きたか分らずに彼の手を掴み、触れてみてどうなったのかを調べるが何もわからない。
「一体どうなってるんだ。それは・・・。」
「秘密だ。」
教えてくれる気はないようで、一言だけ言って彼は笑っている。
その意地が悪い行動に少し腹が立ったのでエルフィールの手から腕にかけて両腕とも丹念に触っていき調べていくがやはり何も見つからなかった。
もう少し調べようとしたが、自分のしていることに気が付いて慌てて手を離す。
「もういいのか?」
「あ、ああ。どこへやったかも気になるが早く戻らないとな。」
彼に背を向けて歩きだしていく。
今の自分を水に映したら顔が真っ赤になっているに違いないだろう。
また恥ずかしい思いをしながら皆がいる元へと帰って行った。
集落へ着く頃には日が傾き始めており、辺りが暗くなり始めている。
「旦那様。おかえりなさい。」
「ああ、ただいま。」
「ミラ様。御帰りなさいませ。」
門の前ではスパスィと若いエルフが番をしており。
更に中へ戻っていくと。
「この素材をこうしてね。こう編んでいくと強い弦ができるのよ。」
「はぁ・・・、あの触手にこんな使い道が。ドワーフと軽蔑して見ていて済まなかった。これほど素晴らしい技術をもっているとは・・・。」
「いいのよ。それが昔からある種族の溝ってものなんだから。」
アルヒミアが信じられない事に工房の職人と、何を作りながら話し合っている。
そして・・・。
「凄い、刃が鏡みたいになってますよ。研ぎ直してもらってありがとうございます。」
「こういうのが僕の仕事だから。喜んでくれてうれしい。」
「あの・・・、うちのこれも刃毀れがしちゃって。」
「わかった。すぐに直してあげる。」
ルヴィニが集落中の刃物の修理をしていた。
「ミラ、エルフィール殿。戻ったか。」
「はい、唯今戻りました。しかし、お爺様。これは・・・。」
出迎えてくれた長老に帰還報告をして、自分達が見た現状を尋ねる。
「皆がな、只いるだけでは悪いからと自分達に出来る事を買って出てくれたのじゃ。」
「それで集落のあちらこちらにいたのか。」
「そういうことじゃな。それで、ハラにはちゃんと会えたのかの?」
「はい、彼も目的もちゃんと果たせました。」
「ふむ、よかったの。二人とも疲れておるじゃろうから儂の家で休むとよい。エルフィール殿に渡したいものもあるしの。」
「すいません。ありがとうございます。」
「私もお爺様のお言葉に甘えて・・・。」
長老の家に招かれ、しばらく休んでいると集落中の手伝いをしていた三人が戻ってきた。
皆一様に微笑んでおり、何だか楽しそうだ。
「皆、御疲れ様。」
「ありがとう旦那様。」
「ふぅ、そっちも御帰り。エル。」
「エルさんも御帰りなさい。僕、久しぶりに鍛冶関係の仕事をしたよ。」
スパスィ、ルヴィニ、アルヒミアの三人はエルフィールの周りに集まると自分達のしてきたことを報告しながら身体を擦り寄せたりして戯れ始める。
一瞬、私も輪の中へと考えがよぎったが頭を振り。
その様な考えを振り払う。
なんでこんな事を考えるんだ私は・・・。
「仲がいいのう御主らは。さて、皆が戻ってきたところで我等が恩人エルフィール殿に渡したいものがある。」
「先程も言われてましたが、そのものとは?」
「・・・ミラ。御主のエルフとしての力と知識をエルフィール殿に渡したい。彼の旅にどうこうしてくれんか?」
「私がですか?」
なぜ私に白羽の矢が立つのだ?
自分より優秀なエルフはたくさんいるはずだが・・・。
「なぜ、という顔をしとるの。今回森に生きる全ての命が救われた。アグノスはハラの一枝を礼に渡した。我らエルフも同等のものを礼として差し出すのが森の通り。旅には知識が必要となる我等の知識は役に立つはずじゃ。」
一息置いて、長老は話を続ける。
「集落の中には優秀なものもおるが、ミラ。御主はエルフィール殿と短い間じゃが交流があった。見知ったものがいった方が、気遣いが軽くて済むじゃろう。だからじゃよ。」
「理由はわかりました。」
「それで、受け取ってくれますかな?エルフィール殿。」
「ミラさえよければ。謹んでお受けします。」
「旦那様・・・。」
「エル・・・。」
「エルさん・・・。」
エルフィールの言葉で三人の顔が曇る。
「そんな目で見るな。もう一人や二人人数が増えても変わらんだろう。」
「それは・・・。」
「そうだけど・・・。」
「ねぇ・・・。」
なんなんだこの反応は・・・。
私が旅仲間に加わる事がそんなに不満か?
「私達の時と反応が違うぞ・・・。」
「エルはこういう女性が好みなの?」
「うぅ・・・。僕の事嫌い?」
不満というより嫉妬してるようだな。
「待て待て、嫌いじゃない。理由は後で話す。とりあえず落ち着いてくれ。で、ミラ。君はどうなんだ?」
「私か・・・。」
どうなのだろう。
もやもやした気持ちではなにも考えつかない。
それなら一緒に旅に出てこの気持ちを確かめてもいいのかもしれないな。
エルフの集落から出て、エルフィールの事をもっと知ろう。
「その命をお受けします。お爺様。」
「そうかそうか。では、エルフィール殿、よろしくお願いしますぞ。」
「はい。」
約三名不満気な顔をしているが、私も彼等の仲間になれた。
とりあえず、今はこの気持ちを確かめる事が大事だな。
エルフィール視点
「で、旦那様。理由とやらを聞かせてもらおうか。」
エルフの集落を後にした俺達は、大森林を東の方へ向かって歩いていた。
「昨日は話してくれなかったから、今は話せるわよね。」
「聞きたい。その理由を・・・。」
なんだ三人とも、怖いぐらいの怒気を発しているんだが・・・。
ちゃんと話して理解してくれるのか?
「じゃ、礼を断わらなかった理由だが。俺の知っているエルフの作法だと長老が出した知識という礼は彼等が差し出せる最上のものなんだ。それを断るということはとても無礼な振る舞いなんだよ。」
「そうだな。エルフの知識が外に出るということは滅多になく。それにエルフィールが言った作法は間違いじゃない。」
こちらでもこの作法であっていたか、礼を欠くことは避けないといけないからな。
古代エルフが通じた時点で、作法も同じと思ったが間違いじゃなかったようだ。
「次にミラに同行の賛否を聞いたのは、本人の意思を確認するためだ。」
「確認?」
「ああ、いくら礼でとはいえ来たくもない者を無理やり同行させるわけにはいかないだろう。」
ここまで説明して彼女達から怒気が薄れていく。
どうして俺がこんな目にあわないといけないんだ?
礼儀を説明せずに承諾したことは悪いと思うが・・・。
「まあ、そうだな。」
「聞けばもっともな理由よね。」
「うぅ・・・。ごめん、エルさん。」
「まあ、いいさ。説明する時間がなかったからな。」
三者三様な反応をしているスパスィ達をかまっているとバツが悪そうな顔でミラが尋ねてくる。
「イチャつくのはかまわんが我々はどこへ向かっているんだ?」
「おっと、すまない。今向かっているのは一昨日の焼け跡だな。」
「焼け跡?そんな所へ向かってどうするんだ?」
「気になることはあってな。」
『気になること?』
火事と聞いた時にすぐに範囲と火元を確認したのだが、腑に落ちない点がいくつかあった。
一点が大森林の中、少し入ったところから出火していたこと。
もう一点が、術式を発動する時に火の周りを駆けているものが一つと火元より手前で群れている人間がいたこと。
二つを合わせると、火の側にいたものを人間が襲っていたことになる。
距離は離れていたので一日経ってもまだ逃げ続けている可能性はあるかもしれない。
それを確認するべく、近くへと行ってみることにしたのだ。
「という訳なんだが四人はどう思う?」
「ふむ、あの風の流れで調べる奴はやったのか?」
「やったんだが、生き物の気配が多くなりすぎて特定できなくなったんだよ。」
「そうか、あの時は火事の時だったから。」
「生き物は逃げて、簡単に発見できたのね。」
「でも、火は消えちゃったから。」
「動物や魔物娘が行動し始めて特定しにくくなったのか。」
「ああ、それであの時は色々あって手が回らなかったからここに来たんだが・・・。」
焼け跡に到着して辺りを見回す。
見事に黒く焼けた木や草が灰になっているものしか残っておらず、何かないかと皆で探し始める。
火元まで調べながら歩いてきたが、手がかりは残っていない。
ふと一本の木に視線がいき、よくよく見てみるとどこかが変だ。
「・・・、これは。」
「エルフィールなにかあったか?」
「エルさん?」
異変を見つけたのは漆黒よりも黒く焼け、炭化したところがある所。
「人為的な力で焼かれた後だな・・・。」
「人為的?」
「あっ、アルヒミア。スパスィ、エルさんが何か見つけたよ。」
全員が集まり、炭化した気をさらに調べようとすると。
「嫌あああぁぁぁ!」
絶望に染まったような叫び声が今着た方角とは別の方角から木霊して聞こえてきた。
12/01/27 17:48更新 / 朱色の羽
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