第二話 ジュリアの生態
「きゃっ」
「おっと」
これでジュリアが転んだのは17回目だ。すぐに受け止めてるからケガはしてないけどさ。
「…ねえジュリア。そんなによくこけるのも日光のせいなのかい?」
「そ、そうに決まっているでしょう。太陽で身体能力が下がってるせいですわ。そうじゃなかったらわたくしがこんなにこけるわけないじゃないですか」
その割には焦ってない?なんか怪しいなー。
「まあいいや。行くよジュリア…ってあれ?」
隣を見てもジュリアの姿はどこにもいなかった。さっきまで一緒にいたはずなんだけど。
「ロキー!どこに行ったんですのー?!」
後ろから声がしたから向かってみると、路地裏の深くで涙目になったジュリアを見つけた。あの一瞬でどうやってこんな所に迷い込んだんだろう。
「…ジュリア。もしかして君ってかなり天然入ってない?」
ボクが聞くとジュリアはうっと息をつまらせた。
「…な、何か悪いんですの?」
ジュリアは恥ずかしそうに言った。
「別に悪いなんて言ってないさ。ドジっ子っていうのも需要あるだろうし、個人的にも萌えるからね」
「も、萌えるって…。全然フォローになってませんわよ」
言葉とは裏腹にジュリアの顔はニヤけていた。思ったよりわかりやすい性格をしてるみたいだね。
ドジでダメな女の子が可愛いかどうかはひとまず置いておくことにしよう。それよりも問題はジュリアから目を離したら危なっかしすぎるってことだ。もし教会領とか反魔物領とかにさまよい出てたら今ごろ討伐されてただろうね。放っておいたらそんな所まで行っちゃう可能性がなくもないかもしれないけどね。はあ。少し恥ずかしいけどこれしかないか。
「ほら」
ボクが手を差し出したらジュリアはきょとんとした顔をする。
「なんなんですの?」
「手を繋ごうって言ってるんだよ。はぐれちゃったりしたら危ないだろ」
ジュリアは顔を赤くしてボクの手をじっと見た。そんな反応されると何か照れるね。
「し、仕方ありませんわね。これ以上ロキに迷子になられたりしたら困りますもの」
ジュリアはためらいがちにボクの手を取った。迷子になったのはジュリアの方だってことはあえて言うことでもないよね。
「はいはい。それじゃ行くよ」
「はい」
ジュリアはボクの手をしっかりと握って歩き出した。
「これが人間の町の昼の姿なんですの?夜よりもにぎわってますわね」
ジュリアはしみじみとして言った。
「今まで昼に町に来たことはなかったのかい?」
「さすがに力が使えない状態で人が多い所に1人で行く気にはなりませんでしたの」
ふーん。意外と考えてるんだ。
「今何か失礼なことを考えましたわね」
ジュリアは拗ねたようににらみつけてきた。そんな目で見られてもかわいいだけだよ。
「キュー」
…ずいぶんかわいい声で鳴く腹の虫だね。
「もしかしてお腹空いてるの?」
「な、何か文句ありますの?起きてから何も食べてないんだから仕方ないでしょう」
そう言えばもう昼時だったね。楽なクエストだったけどさすがに何か食べといた方がいいかもね。
「どうする?どこか人目につかない所に行こうか?」
さすがに周りに人がいるのに吸血するわけにもいかないよね。いくらここが親魔物領とは言っても絵面的にまずい。
「心配することはないですわ。別にあそこでいいですもの」
そう言ってジュリアが指差したのは小さいレストランだった。味がいい上に安くてボリュームもあるから冒険者たちには大人気だ。ボクも情報交換とかクエストで組む冒険者との待ち合わせとかによく使わせてもらっている。
「ヴァンパイアの食料って人間の血じゃなかった?」
正確には人間の精だったはずだ。どうやら精液と同じように血液にも精が含まれているらしいよ。そんなこと言われてもあまりピンと来ないけどさ。
「生きたり力を使うために最小限必要なのが血ってだけで普通の食べ物も食べますわよ。そうじゃなかったら人間がいない魔界ではどうするって言うんですの?」
「他のヴァンパイアの召使いの人間からもらったりするんじゃないの?」
普通ヴァンパイアは気にいった人間を召使いにして住みかに連れ帰るんじゃなかった?ジュリアみたいにパートナーになろうなんて言わないはずだ。
「ヴァンパイアは意外と独占欲強いんですの。手を出したりしたらどうなるかわかったものじゃありませんわ。それに他のヴァンパイアの未来の夫に手を出すほど落ちぶれてませんもの」
どうやらヴァンパイアの世界にも複雑な事情があるみたいだ。ジュリアといて初めてわかることは本当に多い。
「つまりボクが他のヴァンパイアに襲われることはないってわけか」
「―――っ。と、とにかく行きますわよ」
ジュリアは顔を朱色に染めながらボクの手を引っ張った。
「ようロキ。今日はどんな魔物を連れてきたんだ?」
何度か来てすっかり顔見知りになったマスターが聞いてきた。
「その言い方だとボクが毎回違う女の子連れてきてるみたいじゃないか」
「だって実際その通りじゃねえか」
残念ながら否定はできない。なぜか解決してもらったお礼とか、クエスト達成記念とかで一緒に食事することが多いのは事実だからだね。
「…ロキ。この店でおすすめな物はなんですの?」
ジュリアは軽く不機嫌そうな声で言った。
「どれもおいしいから迷うね。とりあえずニンニクが入ってないのはこの辺りだったと思うけど」
ほとんどうろ覚えだけどね。料理のレシピを完璧に知ってるのはマスターくらいしかいないと思う。
「お嬢ちゃんニンニク嫌いなのかい?」
「この娘はヴァンパイアだからね。ここで間違って食べちゃったりしたらまずいんだよ」
ヴァンパイアはニンニクの匂いを嗅いだだけで理性的な判断ができなくなる。もし口に入れたりしたら原種のサキュバス並みに淫乱になっちゃうらしい。
「確かにまずいな。真っ昼間からそんな所見せ付けられたら仕事に手がつけられなくなっちまう」
マスターが笑いながら言うとジュリアは顔を真っ赤にして手をバタバタさせた。
「な、なんてハレンチな…ひゃん」
ジュリアの手がコップに当たったせいで水がこぼれた。ジュリアが感じたような声を上げたのはその水が手にかかったからだ。ヴァンパイアは真水が肌に触れるだけで大きな快感が走るものらしい。
「大丈夫かいジュリア」
ボクはジュリアの手袋を取ってから水をタオルで拭いてあげた。
「ハア…、ハア…。ありがとうございますロキ」
ジュリアは快感が収まったのか身悶えるのをやめた。ボクはそれを確認した後手袋に指をつきだして呪文を唱えた。するとすぐに手袋からゆげが上がった。しっかり乾いたのを確認してからジュリアに手渡す。
「あなた魔法を使えたんですの?」
ジュリアは意外そうに言った。
「単に本で覚えただけだよ。それより気をつけてよねジュリア。かかったのが手だけよかったようなものの正面からかかってたらこんなものじゃすまなかったよ」
「そうそう。公開ストリップショーになっちまう所だったぜ」
マスターの冗談にジュリアはまた顔を赤らめた。かなり純情な子みたいだね。
「そ、そんなことより早く何か注文しましょう」
ジュリアは慌てて話題を変えてきた。
「それもそうだね。ボクはレアステーキとパンとミニサラダ。飲み物はブラックコーヒーにするよ。ジュリアは?」
「わたくしはカルボナーラとグリルチキンとジャンボチョコパフェ。飲み物はココアでお願いしますわ」
ジュリアはさらりと言ってのけた。
「本当にそんなに食べられるの?」
ここの料理のボリュームは半端じゃないよ。報酬が入ったし、値段も手ごろだからサイフにダメージはあまりないけどさ。
「これでも抑えたくらいですわ。食べ過ぎたら後々困りますもの」
ちゃんとサイフの事情を考えてくれてるみたいだ。これで抑えてるってどれだけ食べるんだよ。
「わかった。すぐできるから待ってな」
それからしばらくすると料理が運ばれてきた。ジュリアは運ばれて来た料理を見ても余裕な表情をしている。
「それじゃいただきますわ」
そう言ってジュリアはフォークを持った。
「…いただきます」
ボクも硬直から立ち直ってナイフとフォークを持った。それを尻目にジュリアは素早く優雅に食べ進めていく。この細くて小さい体のどこにこんなに入るんだろう。日光で身体能力は普通の少女並みだけど、胃袋は明らかに化け物だね。しかもこれでまだ本気を出してない所がすごい。あっと言う間にカルボナーラとグリルチキンはジュリアのお腹の中に消えてしまった。
「…本当によく食うな。ヴァンパイアってみんなああなのか?」
マスターは幸せそうにジャンボチョコパフェを食べるジュリアを見ながら聞いてきた。ちなみにボクはジュリアより量が少なかったからもう食べ終えている。
「多分ジュリアが特殊なだけじゃない?太陽に勝ちたいなんて言うヴァンパイア他にいないだろうしね」
少なくとも太陽光は胃には作用しないみたいだね。もし弱体化してこれならジュリアのお腹は魔王すら余裕で超えてることになっちゃうよ。
「なあ。ジュリアちゃん連れて行ったら食べ放題の店一軒は潰せるんじゃねえか?」
「その前に出入り禁止になっちゃうよ。それよりも何分以内に完食したら賞金もらえるってやつに挑戦させてみたらいいんじゃない?材料費けっこうかかる上に賞金とったら結構店に打撃与えられるんじゃないかな」
ジュリアはボクとマスターが怪しい相談をしている間にもうっとりとして食べ進めていく。もしかしてかなり甘党なのかな。
「やっぱり甘いものはいいですわ。しばらく町を見たらケーキバイキングにでも連れて行ってくれませんこと?」
パフェを食べ終わったジュリアはそんなことを言い出した。あんなでかいパフェ食べてまだ足りないの?ジュリアは間違いなく甘党だね。
「わかったよ。まだ報酬は残ってるからね」
「ありがとうございます!」
ジュリアは満面の笑みを浮かべながら言った。思ったより扱いやすい性格をしてるみたいだ。
「しかしまさかヴァンパイアをこの目で拝めるとは思わなかった。しかも日光に弱いのが気に食わないって言うヴァンパイアがいるなんて聞いたこともねえ。さすがロキ。魔物キラーの名はダテじゃねえな」
マスターは心底感心したように言った。
「その呼び名あまり好きじゃないんだよね。この異名をエサにして教会から勘違いしたバカを送りこむやつらがいて本当に困ってるんだ」
もちろん速攻で縛り上げて門番に突き出してるから問題ないけどね。間違って町の魔物を傷つけるかと思うと気が気じゃないんだけど。
「でもお前が捕らえた中には親魔物領の領主が賞金首に定めてるやつもいるんだろ?賞金も入る上に教会の横暴を止められて一石二鳥じゃねえのか?」
「ボクだけよくても誰かが傷つくのは見たくない。全く。教会を内部から自滅させる陰謀にボクを巻き込まないでくれると助かるんだけど」
本当にやっかいな計画に巻き込まれたよ。教会の力が下がるのは大歓迎だけどそれならもっと適任がいると思うんだけど。
「そのやつらって教会でかなり上の地位ってことだけはわかりますわ。でもなんで誰もなにか怪しいと思わないんですの?」
「教会のやつらに魔物をオトすなんていう発想があるわけねえ。あいつら魔物を討伐する対象としか見てねえんだ。だから魔物キラーって聞いたら魔物を何人も殺してるやつだとしか思わねえんだよ」
教会の連中の考えは全く理解できない。ボクからすればあんなやつらは神の名前を出しておけば殺戮が正当化されるって考えてる狂人の集まりでしかない。
「それに疑いを持ったとしても何もできるわけじゃないからね。誰かに伝えた時点で葬り去られるだけさ」
「すさまじい権力ですわね。教会を内側から破滅させようと考えてるのは一体何者なんですの?」
ジュリアはわからないようで首をひねっている。
「まあそのうちイヤでもわかるよ。マスターお勘定」
「まいどありー!」
ボクが立ち上がって手を引くとジュリアは納得がいかないという顔をしながらも素直についてきた。
それからしばらく町をうろついて、約束通りケーキバイキングを食べに行った。ここでもやっぱりジュリアの食べっぷりはすごかった。あの値段であそこまで食べられてお店の人も涙目だった。しばらくの間遠慮してあげた方がいいかもね。本当にすごい食欲だね。1回反魔物勢力の軍に送り込んで兵糧攻めでもさせてみるか?まあ冗談だけど。さすがにそこまで危ない目にはあわせられないからね。
「少し疲れましたわ。今日はもう帰ることにしましょう」
そりゃあれだけはしゃいでたら疲れるだろうね。特にぬいぐるみとかアクセサリーを見た時の目の輝きはすごかった。かわいい物に目がないみたいだ。
「そうしようか。宿はこっちだよ」
ボクはジュリアの手を引いて案内する。それからしばらく歩くとボクが借りてる宿についた。ボクたちは鍵を開けて部屋に入った。
「案外片付いていますのね。男性の部屋ってもっと散らかってるイメージがありましたわ」
つまりジュリアのお父さんとか家にいた召使いとかの部屋は片付いてなかったってことだね。まあ普通男の部屋ってのはそういうものなのかもしれない。
「それにしても本が多いですわね。一体何冊あるんですの?」
「さあ。数えたことないよ」
ボクはそう言いながらコートをかけた。するとジャラジャラという金属音が聞こえてきた。
「な、なんですの今の音?」
「ああ。ボクは暗器使いだからね」
ぼくは袖から短剣を取り出した。
「そうだったんですの。てっきり武器は腰に差してる二本の剣と背中の長剣だけだと思ってましたわ」
「一応メインはこのフェンリルとヨルムンガルドだよ。背中に差してるヘルはよっぽどじゃない限り使わないけど」
ボクがそう言うとジュリアは不思議そうな顔をする。
「何か使いたくない理由でもありますの?」
「この剣は強力すぎるからね。あまり力を振りかざしたくないんだよ。ボクがこいつを使うのはどうしても守りたいものがあるとか、譲れない強い思いがある時だけだ」
「一体どんな力があるんですの?」
ジュリアは興味を持ったように剣を見た。
「使う時があったら見せてあげるよ。できればそんなことがなければいいけどね」
これを使うってことはよっぽどせっぱつまった状況だからね。できればそんなことがないように祈りたい。
「そうですわね。なにごとも平和が一番ですものね」
ジュリアはそう言いながら持っていたバッグを開けた。中には魔界のお菓子や飲み物、服、それにコウモリみたいな羽がついたクマのぬいぐるみが入っていた。
「そのぬいぐるみは何?」
「ベアデビルですわ。魔界で流行ってるんですの」
確かにかわいいとは思う。でもなんでそんなもの持ち歩いてるんだろう。
「ジュリアってぬいぐるみを抱いてないと眠れないタイプ?」
ボクが聞くとジュリアは激しく動揺した。
「ど、どうしてわかったんですの?」
やっぱりそうか。ジュリアのかわいいもの好きは筋金入りみたいだ。
「さあね。あ、そろそろ日が沈むみたいだよ」
気がついたら辺りは夕焼け色に染まっていた
「これが夕焼けなんですのね。なんかわたくしたちの時間が始まったって感じでいいですわ」
やっぱり夕焼けを見るのは初めてなんだ。ヴァンパイアの活動時間は日が沈んだ後だからね。そしてしばらくすると太陽は完全に沈み、あたりは夜になった。
「ようやく夜になりましたわね。やっとわたくしの本来の力を発揮できますわ」
ジュリアは本当に楽しそうな声で言った。
「日光で力が抑えられてたからね。今どんな気分なの?」
「最高ですわ。拘束から解き放たれたような解放感がありますの。昼から夜にうつるのを経験したのは初めてですが、なんだかくせになってしまいそうですわ」
そういうジュリアの体からは魔力がほとばしっていた。これがヴァンパイアの本当の姿ってわけか。
「ふーん。やっぱりそういうのあるんだ」
正直あまりピンとこない。やっぱりヴァンパイアにしかわからない感覚なんだろう。
それから宿で夕食をとった後ボクたちは部屋に戻った。ジュリアはなぜかそわそわと落ち着かない様子でボクの顔をチラチラと見てきた。
「それでは吸血させてもらいますわ。準備はよろしいんですか?」
ジュリアは恥ずかしそうにうつむきながら言った。なんかかわいいね。
「遠慮しなくていいよ。ボクは大丈夫だから」
ボクは武器をきちんと外してから首を差し出した。自分でもこの反応は変だと思うけどジュリアもムリヤリするよりは気が楽だろうからね。
「そ、それでは始めますわ」
ジュリアは牙をむきだしてボクの首をガブッと噛みついてきた。
「うっ」
反射的に声を上げたが痛みはなかった。牙から少量の魔力を流し込んでいるからかもね。
「はぁん…ちゅうぅぅぅ…んっ」
ジュリアはゴクゴクとのどを鳴らしてボクの血を吸っている。首から血を吸われているというのにボクは全く痛みを感じない。それどころか強い快楽を感じる。これがヴァンパイアの吸血ってわけか。
「は、あ」
それにしてもこの魔力の流れは一体なんなんだ?魔力が体に入ってくるのはまだわかる。ヴァンパイアは血を飲む時に少量の魔力を体に流し込む。痛みじゃなくて強い快楽を感じるのはそのせいだ。でもなんか首の表面にも魔力を感じるんだけど。まるでなんかの刻印をしているような動きをしてるね。
しばらく飲んだ後ジュリアは満足したのか牙を引き抜いた。ボクは血を吸われた脱力感と快楽で頭がフラフラした。
「よ、よかったですわロキ。はあ、わたくしこんなにいい血生まれて初めて飲みましたわ」
ジュリアは興奮して息を荒げながら言った。
「血に良し悪しとかあるの?」
「あ、はん、もちろんですわ。ここまで…はあ…良質の精が…はあ…詰まっているなんて…。味も…あん…甘みとコクがあって…んっ…本当に最高でしたわ」
ジュリアの頬は上気して赤くなっている。吐息にもどこか甘いものが混じっているように感じられる。そして目は快楽で涙が流れていた。
「あ、やぁん。そ、そんな…だめぇ」
ヴァンパイアが吸血する時の魔力はヴァンパイアにも快楽を与える。それに血液はヴァンパイアの食料であると同時に媚薬でもある。だからヴァンパイアは吸血の後に性的欲求を感じるということだ。
「ひゃん、が、我慢しないと…。で、でも、んっ、あぁん。抑えられそうに…、はぁん」
ジュリアはかなり辛そうだ。なんとかしてあげたいけどヴァンパイアにとって人間と交わることは汚らわしいことらしい。本人の意思はどうあれ太陽に負けたくないというくらいプライドが高いジュリアは激しく後悔するだろう。ここはあれを試してみるか。
「ちょっとごめんねジュリア」
ボクはジュリアの額に指をつきつけて呪文を唱えた。
「はぅ。…はあ、…はあ」
ジュリアの息はだいぶ落ち着いてきた。自信はなかったけど成功してよかった。
「気分はどうジュリア?」
「だ、だいぶ楽になりましたわ。でも一体何をしたんですの?」
ジュリアは戸惑ったような顔を浮かべる。
「強い性欲や快楽を緩和する呪文だよ。本に載ってたから一応覚えてたんだ」
正直使う機会があるとは思わなかったけどね。普通は襲われることに変わりないし、そういうことならちゃんと解消してあげたほうがいいからね。まるで性的欲求を持ちながら交わるのを許せないヴァンパイアのためにあるって言っていいかもね。この呪文を開発した人はそこまで予想してたのかな?
「それって何かいけない魔術書かなんかじゃありませんの?!…ま、まあ一応感謝はしておきますわ」
ジュリアはそっぽを向きながら礼を言った。ひねくれてるのか素直なのかいまいちよくわからない子だね。
「ん?」
部屋にある鏡を向いたらボクの首筋に何か書かれてるのが見えた気がした。ボクは慌てて首を見た。
「…何これ?」
そこには牙の跡と一緒に禍々しい感じのコウモリの羽の紋章の上にジュリアと刻まれていた。その周りのハートと文字の後ろのベアデビルとの対比がかなりシュールだ。あの時首に感じた魔力はこれを刻むためのものだったのか。
「い、いわゆる所有者の刻印っていうやつですわ。これで他のヴァンパイアがあなたの血を吸うことはなくなりましたわ」
これで正式にジュリアに認められたってわけか。うれしいとは思うけどこれを誰かに見られるのは正直恥ずかしい。これは首に巻く物とそれに仕込む武器が必要だね。ボクはそんなことを考えながらベッドに倒れこんだ。
つづく
「おっと」
これでジュリアが転んだのは17回目だ。すぐに受け止めてるからケガはしてないけどさ。
「…ねえジュリア。そんなによくこけるのも日光のせいなのかい?」
「そ、そうに決まっているでしょう。太陽で身体能力が下がってるせいですわ。そうじゃなかったらわたくしがこんなにこけるわけないじゃないですか」
その割には焦ってない?なんか怪しいなー。
「まあいいや。行くよジュリア…ってあれ?」
隣を見てもジュリアの姿はどこにもいなかった。さっきまで一緒にいたはずなんだけど。
「ロキー!どこに行ったんですのー?!」
後ろから声がしたから向かってみると、路地裏の深くで涙目になったジュリアを見つけた。あの一瞬でどうやってこんな所に迷い込んだんだろう。
「…ジュリア。もしかして君ってかなり天然入ってない?」
ボクが聞くとジュリアはうっと息をつまらせた。
「…な、何か悪いんですの?」
ジュリアは恥ずかしそうに言った。
「別に悪いなんて言ってないさ。ドジっ子っていうのも需要あるだろうし、個人的にも萌えるからね」
「も、萌えるって…。全然フォローになってませんわよ」
言葉とは裏腹にジュリアの顔はニヤけていた。思ったよりわかりやすい性格をしてるみたいだね。
ドジでダメな女の子が可愛いかどうかはひとまず置いておくことにしよう。それよりも問題はジュリアから目を離したら危なっかしすぎるってことだ。もし教会領とか反魔物領とかにさまよい出てたら今ごろ討伐されてただろうね。放っておいたらそんな所まで行っちゃう可能性がなくもないかもしれないけどね。はあ。少し恥ずかしいけどこれしかないか。
「ほら」
ボクが手を差し出したらジュリアはきょとんとした顔をする。
「なんなんですの?」
「手を繋ごうって言ってるんだよ。はぐれちゃったりしたら危ないだろ」
ジュリアは顔を赤くしてボクの手をじっと見た。そんな反応されると何か照れるね。
「し、仕方ありませんわね。これ以上ロキに迷子になられたりしたら困りますもの」
ジュリアはためらいがちにボクの手を取った。迷子になったのはジュリアの方だってことはあえて言うことでもないよね。
「はいはい。それじゃ行くよ」
「はい」
ジュリアはボクの手をしっかりと握って歩き出した。
「これが人間の町の昼の姿なんですの?夜よりもにぎわってますわね」
ジュリアはしみじみとして言った。
「今まで昼に町に来たことはなかったのかい?」
「さすがに力が使えない状態で人が多い所に1人で行く気にはなりませんでしたの」
ふーん。意外と考えてるんだ。
「今何か失礼なことを考えましたわね」
ジュリアは拗ねたようににらみつけてきた。そんな目で見られてもかわいいだけだよ。
「キュー」
…ずいぶんかわいい声で鳴く腹の虫だね。
「もしかしてお腹空いてるの?」
「な、何か文句ありますの?起きてから何も食べてないんだから仕方ないでしょう」
そう言えばもう昼時だったね。楽なクエストだったけどさすがに何か食べといた方がいいかもね。
「どうする?どこか人目につかない所に行こうか?」
さすがに周りに人がいるのに吸血するわけにもいかないよね。いくらここが親魔物領とは言っても絵面的にまずい。
「心配することはないですわ。別にあそこでいいですもの」
そう言ってジュリアが指差したのは小さいレストランだった。味がいい上に安くてボリュームもあるから冒険者たちには大人気だ。ボクも情報交換とかクエストで組む冒険者との待ち合わせとかによく使わせてもらっている。
「ヴァンパイアの食料って人間の血じゃなかった?」
正確には人間の精だったはずだ。どうやら精液と同じように血液にも精が含まれているらしいよ。そんなこと言われてもあまりピンと来ないけどさ。
「生きたり力を使うために最小限必要なのが血ってだけで普通の食べ物も食べますわよ。そうじゃなかったら人間がいない魔界ではどうするって言うんですの?」
「他のヴァンパイアの召使いの人間からもらったりするんじゃないの?」
普通ヴァンパイアは気にいった人間を召使いにして住みかに連れ帰るんじゃなかった?ジュリアみたいにパートナーになろうなんて言わないはずだ。
「ヴァンパイアは意外と独占欲強いんですの。手を出したりしたらどうなるかわかったものじゃありませんわ。それに他のヴァンパイアの未来の夫に手を出すほど落ちぶれてませんもの」
どうやらヴァンパイアの世界にも複雑な事情があるみたいだ。ジュリアといて初めてわかることは本当に多い。
「つまりボクが他のヴァンパイアに襲われることはないってわけか」
「―――っ。と、とにかく行きますわよ」
ジュリアは顔を朱色に染めながらボクの手を引っ張った。
「ようロキ。今日はどんな魔物を連れてきたんだ?」
何度か来てすっかり顔見知りになったマスターが聞いてきた。
「その言い方だとボクが毎回違う女の子連れてきてるみたいじゃないか」
「だって実際その通りじゃねえか」
残念ながら否定はできない。なぜか解決してもらったお礼とか、クエスト達成記念とかで一緒に食事することが多いのは事実だからだね。
「…ロキ。この店でおすすめな物はなんですの?」
ジュリアは軽く不機嫌そうな声で言った。
「どれもおいしいから迷うね。とりあえずニンニクが入ってないのはこの辺りだったと思うけど」
ほとんどうろ覚えだけどね。料理のレシピを完璧に知ってるのはマスターくらいしかいないと思う。
「お嬢ちゃんニンニク嫌いなのかい?」
「この娘はヴァンパイアだからね。ここで間違って食べちゃったりしたらまずいんだよ」
ヴァンパイアはニンニクの匂いを嗅いだだけで理性的な判断ができなくなる。もし口に入れたりしたら原種のサキュバス並みに淫乱になっちゃうらしい。
「確かにまずいな。真っ昼間からそんな所見せ付けられたら仕事に手がつけられなくなっちまう」
マスターが笑いながら言うとジュリアは顔を真っ赤にして手をバタバタさせた。
「な、なんてハレンチな…ひゃん」
ジュリアの手がコップに当たったせいで水がこぼれた。ジュリアが感じたような声を上げたのはその水が手にかかったからだ。ヴァンパイアは真水が肌に触れるだけで大きな快感が走るものらしい。
「大丈夫かいジュリア」
ボクはジュリアの手袋を取ってから水をタオルで拭いてあげた。
「ハア…、ハア…。ありがとうございますロキ」
ジュリアは快感が収まったのか身悶えるのをやめた。ボクはそれを確認した後手袋に指をつきだして呪文を唱えた。するとすぐに手袋からゆげが上がった。しっかり乾いたのを確認してからジュリアに手渡す。
「あなた魔法を使えたんですの?」
ジュリアは意外そうに言った。
「単に本で覚えただけだよ。それより気をつけてよねジュリア。かかったのが手だけよかったようなものの正面からかかってたらこんなものじゃすまなかったよ」
「そうそう。公開ストリップショーになっちまう所だったぜ」
マスターの冗談にジュリアはまた顔を赤らめた。かなり純情な子みたいだね。
「そ、そんなことより早く何か注文しましょう」
ジュリアは慌てて話題を変えてきた。
「それもそうだね。ボクはレアステーキとパンとミニサラダ。飲み物はブラックコーヒーにするよ。ジュリアは?」
「わたくしはカルボナーラとグリルチキンとジャンボチョコパフェ。飲み物はココアでお願いしますわ」
ジュリアはさらりと言ってのけた。
「本当にそんなに食べられるの?」
ここの料理のボリュームは半端じゃないよ。報酬が入ったし、値段も手ごろだからサイフにダメージはあまりないけどさ。
「これでも抑えたくらいですわ。食べ過ぎたら後々困りますもの」
ちゃんとサイフの事情を考えてくれてるみたいだ。これで抑えてるってどれだけ食べるんだよ。
「わかった。すぐできるから待ってな」
それからしばらくすると料理が運ばれてきた。ジュリアは運ばれて来た料理を見ても余裕な表情をしている。
「それじゃいただきますわ」
そう言ってジュリアはフォークを持った。
「…いただきます」
ボクも硬直から立ち直ってナイフとフォークを持った。それを尻目にジュリアは素早く優雅に食べ進めていく。この細くて小さい体のどこにこんなに入るんだろう。日光で身体能力は普通の少女並みだけど、胃袋は明らかに化け物だね。しかもこれでまだ本気を出してない所がすごい。あっと言う間にカルボナーラとグリルチキンはジュリアのお腹の中に消えてしまった。
「…本当によく食うな。ヴァンパイアってみんなああなのか?」
マスターは幸せそうにジャンボチョコパフェを食べるジュリアを見ながら聞いてきた。ちなみにボクはジュリアより量が少なかったからもう食べ終えている。
「多分ジュリアが特殊なだけじゃない?太陽に勝ちたいなんて言うヴァンパイア他にいないだろうしね」
少なくとも太陽光は胃には作用しないみたいだね。もし弱体化してこれならジュリアのお腹は魔王すら余裕で超えてることになっちゃうよ。
「なあ。ジュリアちゃん連れて行ったら食べ放題の店一軒は潰せるんじゃねえか?」
「その前に出入り禁止になっちゃうよ。それよりも何分以内に完食したら賞金もらえるってやつに挑戦させてみたらいいんじゃない?材料費けっこうかかる上に賞金とったら結構店に打撃与えられるんじゃないかな」
ジュリアはボクとマスターが怪しい相談をしている間にもうっとりとして食べ進めていく。もしかしてかなり甘党なのかな。
「やっぱり甘いものはいいですわ。しばらく町を見たらケーキバイキングにでも連れて行ってくれませんこと?」
パフェを食べ終わったジュリアはそんなことを言い出した。あんなでかいパフェ食べてまだ足りないの?ジュリアは間違いなく甘党だね。
「わかったよ。まだ報酬は残ってるからね」
「ありがとうございます!」
ジュリアは満面の笑みを浮かべながら言った。思ったより扱いやすい性格をしてるみたいだ。
「しかしまさかヴァンパイアをこの目で拝めるとは思わなかった。しかも日光に弱いのが気に食わないって言うヴァンパイアがいるなんて聞いたこともねえ。さすがロキ。魔物キラーの名はダテじゃねえな」
マスターは心底感心したように言った。
「その呼び名あまり好きじゃないんだよね。この異名をエサにして教会から勘違いしたバカを送りこむやつらがいて本当に困ってるんだ」
もちろん速攻で縛り上げて門番に突き出してるから問題ないけどね。間違って町の魔物を傷つけるかと思うと気が気じゃないんだけど。
「でもお前が捕らえた中には親魔物領の領主が賞金首に定めてるやつもいるんだろ?賞金も入る上に教会の横暴を止められて一石二鳥じゃねえのか?」
「ボクだけよくても誰かが傷つくのは見たくない。全く。教会を内部から自滅させる陰謀にボクを巻き込まないでくれると助かるんだけど」
本当にやっかいな計画に巻き込まれたよ。教会の力が下がるのは大歓迎だけどそれならもっと適任がいると思うんだけど。
「そのやつらって教会でかなり上の地位ってことだけはわかりますわ。でもなんで誰もなにか怪しいと思わないんですの?」
「教会のやつらに魔物をオトすなんていう発想があるわけねえ。あいつら魔物を討伐する対象としか見てねえんだ。だから魔物キラーって聞いたら魔物を何人も殺してるやつだとしか思わねえんだよ」
教会の連中の考えは全く理解できない。ボクからすればあんなやつらは神の名前を出しておけば殺戮が正当化されるって考えてる狂人の集まりでしかない。
「それに疑いを持ったとしても何もできるわけじゃないからね。誰かに伝えた時点で葬り去られるだけさ」
「すさまじい権力ですわね。教会を内側から破滅させようと考えてるのは一体何者なんですの?」
ジュリアはわからないようで首をひねっている。
「まあそのうちイヤでもわかるよ。マスターお勘定」
「まいどありー!」
ボクが立ち上がって手を引くとジュリアは納得がいかないという顔をしながらも素直についてきた。
それからしばらく町をうろついて、約束通りケーキバイキングを食べに行った。ここでもやっぱりジュリアの食べっぷりはすごかった。あの値段であそこまで食べられてお店の人も涙目だった。しばらくの間遠慮してあげた方がいいかもね。本当にすごい食欲だね。1回反魔物勢力の軍に送り込んで兵糧攻めでもさせてみるか?まあ冗談だけど。さすがにそこまで危ない目にはあわせられないからね。
「少し疲れましたわ。今日はもう帰ることにしましょう」
そりゃあれだけはしゃいでたら疲れるだろうね。特にぬいぐるみとかアクセサリーを見た時の目の輝きはすごかった。かわいい物に目がないみたいだ。
「そうしようか。宿はこっちだよ」
ボクはジュリアの手を引いて案内する。それからしばらく歩くとボクが借りてる宿についた。ボクたちは鍵を開けて部屋に入った。
「案外片付いていますのね。男性の部屋ってもっと散らかってるイメージがありましたわ」
つまりジュリアのお父さんとか家にいた召使いとかの部屋は片付いてなかったってことだね。まあ普通男の部屋ってのはそういうものなのかもしれない。
「それにしても本が多いですわね。一体何冊あるんですの?」
「さあ。数えたことないよ」
ボクはそう言いながらコートをかけた。するとジャラジャラという金属音が聞こえてきた。
「な、なんですの今の音?」
「ああ。ボクは暗器使いだからね」
ぼくは袖から短剣を取り出した。
「そうだったんですの。てっきり武器は腰に差してる二本の剣と背中の長剣だけだと思ってましたわ」
「一応メインはこのフェンリルとヨルムンガルドだよ。背中に差してるヘルはよっぽどじゃない限り使わないけど」
ボクがそう言うとジュリアは不思議そうな顔をする。
「何か使いたくない理由でもありますの?」
「この剣は強力すぎるからね。あまり力を振りかざしたくないんだよ。ボクがこいつを使うのはどうしても守りたいものがあるとか、譲れない強い思いがある時だけだ」
「一体どんな力があるんですの?」
ジュリアは興味を持ったように剣を見た。
「使う時があったら見せてあげるよ。できればそんなことがなければいいけどね」
これを使うってことはよっぽどせっぱつまった状況だからね。できればそんなことがないように祈りたい。
「そうですわね。なにごとも平和が一番ですものね」
ジュリアはそう言いながら持っていたバッグを開けた。中には魔界のお菓子や飲み物、服、それにコウモリみたいな羽がついたクマのぬいぐるみが入っていた。
「そのぬいぐるみは何?」
「ベアデビルですわ。魔界で流行ってるんですの」
確かにかわいいとは思う。でもなんでそんなもの持ち歩いてるんだろう。
「ジュリアってぬいぐるみを抱いてないと眠れないタイプ?」
ボクが聞くとジュリアは激しく動揺した。
「ど、どうしてわかったんですの?」
やっぱりそうか。ジュリアのかわいいもの好きは筋金入りみたいだ。
「さあね。あ、そろそろ日が沈むみたいだよ」
気がついたら辺りは夕焼け色に染まっていた
「これが夕焼けなんですのね。なんかわたくしたちの時間が始まったって感じでいいですわ」
やっぱり夕焼けを見るのは初めてなんだ。ヴァンパイアの活動時間は日が沈んだ後だからね。そしてしばらくすると太陽は完全に沈み、あたりは夜になった。
「ようやく夜になりましたわね。やっとわたくしの本来の力を発揮できますわ」
ジュリアは本当に楽しそうな声で言った。
「日光で力が抑えられてたからね。今どんな気分なの?」
「最高ですわ。拘束から解き放たれたような解放感がありますの。昼から夜にうつるのを経験したのは初めてですが、なんだかくせになってしまいそうですわ」
そういうジュリアの体からは魔力がほとばしっていた。これがヴァンパイアの本当の姿ってわけか。
「ふーん。やっぱりそういうのあるんだ」
正直あまりピンとこない。やっぱりヴァンパイアにしかわからない感覚なんだろう。
それから宿で夕食をとった後ボクたちは部屋に戻った。ジュリアはなぜかそわそわと落ち着かない様子でボクの顔をチラチラと見てきた。
「それでは吸血させてもらいますわ。準備はよろしいんですか?」
ジュリアは恥ずかしそうにうつむきながら言った。なんかかわいいね。
「遠慮しなくていいよ。ボクは大丈夫だから」
ボクは武器をきちんと外してから首を差し出した。自分でもこの反応は変だと思うけどジュリアもムリヤリするよりは気が楽だろうからね。
「そ、それでは始めますわ」
ジュリアは牙をむきだしてボクの首をガブッと噛みついてきた。
「うっ」
反射的に声を上げたが痛みはなかった。牙から少量の魔力を流し込んでいるからかもね。
「はぁん…ちゅうぅぅぅ…んっ」
ジュリアはゴクゴクとのどを鳴らしてボクの血を吸っている。首から血を吸われているというのにボクは全く痛みを感じない。それどころか強い快楽を感じる。これがヴァンパイアの吸血ってわけか。
「は、あ」
それにしてもこの魔力の流れは一体なんなんだ?魔力が体に入ってくるのはまだわかる。ヴァンパイアは血を飲む時に少量の魔力を体に流し込む。痛みじゃなくて強い快楽を感じるのはそのせいだ。でもなんか首の表面にも魔力を感じるんだけど。まるでなんかの刻印をしているような動きをしてるね。
しばらく飲んだ後ジュリアは満足したのか牙を引き抜いた。ボクは血を吸われた脱力感と快楽で頭がフラフラした。
「よ、よかったですわロキ。はあ、わたくしこんなにいい血生まれて初めて飲みましたわ」
ジュリアは興奮して息を荒げながら言った。
「血に良し悪しとかあるの?」
「あ、はん、もちろんですわ。ここまで…はあ…良質の精が…はあ…詰まっているなんて…。味も…あん…甘みとコクがあって…んっ…本当に最高でしたわ」
ジュリアの頬は上気して赤くなっている。吐息にもどこか甘いものが混じっているように感じられる。そして目は快楽で涙が流れていた。
「あ、やぁん。そ、そんな…だめぇ」
ヴァンパイアが吸血する時の魔力はヴァンパイアにも快楽を与える。それに血液はヴァンパイアの食料であると同時に媚薬でもある。だからヴァンパイアは吸血の後に性的欲求を感じるということだ。
「ひゃん、が、我慢しないと…。で、でも、んっ、あぁん。抑えられそうに…、はぁん」
ジュリアはかなり辛そうだ。なんとかしてあげたいけどヴァンパイアにとって人間と交わることは汚らわしいことらしい。本人の意思はどうあれ太陽に負けたくないというくらいプライドが高いジュリアは激しく後悔するだろう。ここはあれを試してみるか。
「ちょっとごめんねジュリア」
ボクはジュリアの額に指をつきつけて呪文を唱えた。
「はぅ。…はあ、…はあ」
ジュリアの息はだいぶ落ち着いてきた。自信はなかったけど成功してよかった。
「気分はどうジュリア?」
「だ、だいぶ楽になりましたわ。でも一体何をしたんですの?」
ジュリアは戸惑ったような顔を浮かべる。
「強い性欲や快楽を緩和する呪文だよ。本に載ってたから一応覚えてたんだ」
正直使う機会があるとは思わなかったけどね。普通は襲われることに変わりないし、そういうことならちゃんと解消してあげたほうがいいからね。まるで性的欲求を持ちながら交わるのを許せないヴァンパイアのためにあるって言っていいかもね。この呪文を開発した人はそこまで予想してたのかな?
「それって何かいけない魔術書かなんかじゃありませんの?!…ま、まあ一応感謝はしておきますわ」
ジュリアはそっぽを向きながら礼を言った。ひねくれてるのか素直なのかいまいちよくわからない子だね。
「ん?」
部屋にある鏡を向いたらボクの首筋に何か書かれてるのが見えた気がした。ボクは慌てて首を見た。
「…何これ?」
そこには牙の跡と一緒に禍々しい感じのコウモリの羽の紋章の上にジュリアと刻まれていた。その周りのハートと文字の後ろのベアデビルとの対比がかなりシュールだ。あの時首に感じた魔力はこれを刻むためのものだったのか。
「い、いわゆる所有者の刻印っていうやつですわ。これで他のヴァンパイアがあなたの血を吸うことはなくなりましたわ」
これで正式にジュリアに認められたってわけか。うれしいとは思うけどこれを誰かに見られるのは正直恥ずかしい。これは首に巻く物とそれに仕込む武器が必要だね。ボクはそんなことを考えながらベッドに倒れこんだ。
つづく
10/01/11 13:23更新 / グリンデルバルド
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