連載小説
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第三話 魔物の教官
 ボクの朝はまず武器磨きから始まる。数多くある武器の一つ一つを手入れしていく。武器っていうのは戦うための魂みたいなものだ。大切に使わないともしもの時に困ることもあるからね。武器が武器だけにあまり壊れるとも思えないけど雑に扱うことはできない。

 それからボクは着替えて食堂に向かった。まだ時間が早いから誰もいない。
「ちょっと厨房貸してもらえる?」
 ボクは食堂のおばちゃんにそう聞いた。
「またあの子たちかい。あんたも大変だねえ」
「1人増えたけどね。まあ別に疲れないし、おいしいって言ってもらえるのはうれしいしね」
 ボクの言葉に食堂のおばちゃんは笑い出した。
「なかなか言うじゃないか。いいよ。どうせいつものことだからね」
「ありがと」
 ボクはお礼を言って厨房に向かった。さて、今日のお弁当は何にしようかな。

 いつもならすぐに朝食をとって出かける所だ。でも昨日から奇妙な同居人が増えたからね。ボクはスースーと寝息を立てているピンクの棺のフタを軽く叩いた。
「おーいジュリア。朝だよー」
 そう。この棺に入っているのが同居人のヴァンパイアのジュリアだ。色がピンクなのはジュリアの趣味だろうね。普段は呪文で小さくして持ち歩いているらしい。どうやらベッドよりも棺の中の方が落ち着くみたいだ。さすがヴァンパイアって所かな。
「むにゃ、むにゃ。あと5世紀だけ」
 どれだけ寝るつもりなの?普通にボク死んでるんだけど。…仕方ない。あれだけは使いたくなかったんだけどね。ボクは棺を開けて水筒の水をほんの一滴だけ額に落とした。
「ひゃうん!」
 ジュリアはすごい勢いで飛び起きた。ヴァンパイアは水に触れただけで強い快感が走るからね。
「おはようジュリア」
「お、おはようございますロキ。…ってそうじゃありませんわ。もっといい起こし方はなかったんですの?!」
 ジュリアは顔を真っ赤にしながら言った。うーん。ちょっとやりすぎだったかもね。
「ごめんごめん。ちょっとジュリアを鍛えてあげようと思ってね」
「鍛える?」
 ジュリアはきょとんとした顔をする。
「うん。日光で身体能力が下がるのは仕方ない。でもトレーニングをしたり、武術を覚えたりすれば力が上がるんじゃないかと思ってね」
 少なくとも昼間に仕える力は上がるはずだ。いくら何でも日光で昼間の経験値までリセットされるなんてことはないだろう。
「いいですわね。何かそれっぽくなってきましたわ!」
 ジュリアはかなり張り切っている。うん。いい傾向だね。
「それじゃ動きやすい服に着替えてくれるかな。あ、それと赤はやめといてね」
 ボクは出て行く前に慌てて付け足した。もし赤いものなんか着てたら大変なことになるからね。
「?わかりましたわ」
 ジュリアはわけがわからないという顔をしながらも素直にうなずいた。横目でそれを確認したボクはドアの前に立ってジュリアを待つことにした。

「お待たせしました。ど、どうですか?」
 ジュリアは黒地に銀のコウモリが描いてあるヘソを出したシャツの上に白い上着を羽織って、下にはピンクのホットパンツをはいている。足にはコウモリの羽がついた運動用っぽいくつを履いている。髪もバレッタで後ろにまとめている。
「いいんじゃないかな。かわいいし似合ってると思うよ」
「か、かわいいって…。べ、別にうれしくなんてありませんからね」
 ジュリアはそう言ってそっぽを向いた。本当にわかりやすいね。
「それじゃご飯食べてから行くよ」
「はい」
 軽く朝食をとった後ボクとジュリアは宿を出た。

 ボクたちはベントルージェ領の外れの森に来ていた。この森には魔界とつながっているんじゃないかって言うくらい多種多用な魔物が出てくる。何度来ても不気味な空気が漂ってるね。
「…一体どこまで行くんですの?」
 ジュリアはボクの腕にしがみついている。やっぱり怖いのかな。心配しなくても魔物しか出ないんだけど。なんか腕から柔らかい感触が伝わってくるのは役得ってやつなのかな。
「そろそろ着くよ。もうみんないるだろうしね」
「みんな?」
 ジュリアが不思議そうな顔をしている間に目的地の広い空き地に出た。

「遅いぞ師匠。何やってるんだよ」
 ボクたちが空き地に着くと待っていたワーウルフのライカが待ちくたびれたように言った。ジュリアは慌ててボクから体を離した。
「ごめん。道案内してたら遅くなっちゃってね」
 ジュリアは何も言えずにただ目を丸くしていた。そりゃいきなりこんな光景
を見たら驚くだろうな。
「今日はみんなに新しい仲間を紹介するよ」
 ボクの言葉にジュリアは我に返った。
「ヴァンパイアのジュリアですわ。よろしくお願いします。…ところでこれは何の集まりなんですの?面子を見れば大体想像がつきますけど」
 そりゃそうだろうね。リザードマン、アマゾネス、ワーウルフ、ミノタウロス、エルフ、ダークエルフ、デュラハン、ケンタウロスなんていう魔物の中でも武闘派がそろってたら誰だってわかるだろうさ。
「その通り。私たちは人呼んでロキ門下生。みんな師匠に武芸を習っている仲間だ」
 アマゾネスのレイラが胸を張って言った。彼女が言う通りなぜかこの集まりはロキ門下生とか言われてる。集まり自体勝手にできたようなものだし今更気にしないけどさ。
「やっぱりそうでしたの。それにしてもアマゾネスが男の人を師匠と慕っている所なんて初めて見ましたわ」
 だろうね。アマゾネスの社会では戦うのは女で、男は家庭を守って戦いに疲れた妻をいたわるものだ。倒すべき目標と定めることはあっても、師として慕うなんてことは普通ありえないんじゃないかな。
「種族的に考えたらおかしいのだろうな。しかし師匠には男や女と言ったものをはるかに超越するほどの器の大きさを感じたのだ」
 器の大きさねえ。そんなこと言われても全然ピンとこないんだけど。
「それにしてもなぜ貴族であるヴァンパイアがこのような所にいるのだ?それもこのような朝っぱらに」
 デュラハンのフェリサがいぶかしそうに聞いた。同じ魔界出身だからこそよけい変に感じるんだろうね。
「わたくし太陽に勝ちたいんですの。それを話したらロキが鍛えたら太陽の下でも力をもっと出せるんじゃないかってことで連れて来てくれたんですわ」
 みんな感心したような顔で聞いていた。ジュリアの努力しようとする姿に素直に敬意をはらっているようだ。やっぱりいい娘たちだね。
「ふーん。ヴァンパイアって貴族で温室育ちだと思ってたけどあんたみたいに骨があるやつもいるんだな」
「その自分に負けないようにする姿勢は素直に尊敬する」
 ミノタウロスのイーオとケンタウロスのテキルがうなずきながら言った。2人ともジュリアを認めたみたいだね。
「いい心がけだ。我らはやる気がある者は誰でも歓迎する」
 リザードマンのティエラもジュリアに好感を持ってくれたようだ。
「褒め言葉として受け取っておきますわ。…それにしてもなんでエルフとダークエルフが一緒にいるんですの?普通かなり仲が悪いはずでしょう?」
 ジュリアはエルフのルビとダークエルフのサフィアを見ながら首をかしげた。それが普通の反応だろうね。エルフはダークエルフを魔王に好んでついた淫乱な種族、ダークエルフの方はエルフを頭が固い融通が利かない種族だと見て激しく嫌ってるからね。なんか激しく争ってるし。
「確かに私はダークエルフは嫌いだ。でもサフィアは私の大切な仲間だからな」
「私もエルフはいけすかない連中だと思ってるわよ。でもルビのことは好きよ」
「「ねー」」
 要するに2人には種族を超えた絆があるってことだ。一応昔互いを目の敵にしている2人を仲裁したことがある。確か
『種族だけで判断しちゃダメだよ。いがみ合うにしてももっとお互いのことを知ってからにしてくれる?それでも気に入らないならボクは何も言わないから』
 とか言ったと思う。さすがにここまで打ち解けるとは思ってなかったけどね。性格とかが正反対でもウマが合うこともあるみたいだ。

 ジュリアがみんなと自己紹介をすませた後、ボクたちはいつも通り特訓を始めることにした。
「それじゃまず空き地を5周走ろうか」
「え、でもいつもは10週だろ?」
 ライカが不思議そうに聞いた。
「朝の状態のジュリアにはきついだろ。本当はもっと減らすべきなのかもしれないけど区切りがよくないからね」
 ボクの言葉にみんな納得したようにうなずいて5周走った。走り終わった後ジュリアの息はかなり上がっていた。
「つ、疲れましたわ。やっぱり朝だときついですわね」
「そのうち慣れるさ。それじゃ腕立て、腹筋、背筋10回ずつね」
 これも普段の半分だ。ジュリアは苦戦していたけど他のみんなはかなり余裕だった。まあウォーミングアップみたいなものだからね。
「それじゃあひとまずストレッチしようか」
 みんないつもの通りストレッチした。ジュリアも見よう見まねでやっていた。
「これでひとまず基礎トレーニングは終了だよ。普段ならこのまま個人でやる所だけどまずジュリアの実力を見ておかないとね」
「実力と言われましても困るんですが。見ての通りわたくしは力を出せない状況ですし」
 ジュリアが困ったような顔を浮かべた。

「心配ないよ。魔が地上に満ちた時、世界は常闇に包まれた…『常闇の結界』」
 ボクが詠唱して呪文を唱えると空き地を闇が包み込んで日光を遮断した。
「!力が戻ってますわ。まさか昼夜を逆転させでもしたんですの?」
「そんなことしたら迷惑だからやらないよ。空き地に太陽光を通さない闇属性の結界を張っただけだよ」
 ジュリアに説明しながらそこらに落ちていた木の棒を拾って構えた。
「ルールは魔法禁止で相手の体に攻撃を当てたら勝ちだよ。ついでにボクはこの棒しか使わない」
 ボクの言葉にジュリアは眉をピクリとさせた。
「…後悔しますわよ」
「させられるんならさせていいよ」
 ボクの言葉にジュリアは地面を蹴ってこっちに向かってきた。やっぱりスピードはあるね。そしてその勢いのままパンチを繰り出してきた。
「おっと」
 ボクは紙一重でよけた。
「なっ?!」
 ジュリアは驚きで目を見開いた。そしてムキになって駄々っ子みたいに腕を振り回した。ボクはそれも最小限の動きで避けた。
「はい、隙ありっと」
 ボクはパンチでがら空きになった胴を木の棒で軽くたたいた。勝負ありだ。ジュリアは悔しさで顔を歪めた。

「…負けましたわ。でもなんでわたくしの攻撃が通じなかったんですの?」
 ジュリアは呆然としている。まさか闇の中で負けるとは思ってなかったんだろう。
「ボクの動体視力やスピードが客観的に見て常人をはるかに超えてるのもあるんだろうけど、一番の問題はジュリアの動きが単調で読みやすかったからかな」
 ジュリアは落ち込んでいるのか顔をうつむけた。ここはフォローいれとくか。
「まあ仕方ないんじゃない?ジュリアは武術とかならったことないんじゃない?本来戦うこともないだろうし、ほとんど魔法ですませればいい話だし、そもそも怪力を振り回してたら勝てるだろうしね」
 攻撃が当たれば勝てるのにわざわざ武術を鍛えることもないだろうしね。だからほとんど戦い方を知らなかったってわけだ。
「ヴァンパイアに自らの未熟さを体感させるとはさすが師匠ですね」
 ティエラが尊敬の眼差しで見てきた。そんな目で見られても照れるんだけど。
「当然だろ。あたしたちが師匠と認めた男だぞ」
 イーオの言葉にみんなうなずいた。うれしいけどかなりのプレッシャーだね。この娘たちの師匠として恥じないようにこれからもがんばらないとね。
「まあ戦い方を知らないから変なクセがないのはいいことだよ。完全にボク色に染め上げるのも悪くないかもね」
「な、ななななんですかその卑猥な言い方は」
 ジュリアは手をバタバタさせた。なかなかからかいがいがあるね。

「まあジュリアは武器持ってないしとりあえず最低限の護身術だけにしておくか。それじゃみんな武器を出して」
 ボクの言葉に素手で戦うライカ以外は武器を取り出した。使っている武器はティエラとレイラとフェリサが剣、イーオが斧、サフィアが鞭、ルビとテキルが弓矢だ。
「剣はともかくロキが斧と鞭と弓矢を教えることができるんですの?」
 ジュリアは疑いの目でボクを見てきた。
「一通りの武器は仕えるよ。仕えない武器を持っていても意味ないからね」
 ボクはそう言いつつ斧と鞭と弓矢を取り出した。
「ど、どこに隠してましたの?!」
 それは秘密だよ。タネがわかっちゃったらおもしろくないじゃん。
「それじゃボクはジュリアを教えてるから何かあったら言ってね」
 ボクはジュリアを手取り足取り教えながらみんなの様子を横目で見た。ライカはボクが布と綿で作った等身大の人形に体術の練習をしていた。人形を投げてから寝技につなげる流れがかなりあざやかだ。さすがワーウルフってところだね。
「もうちょっと脇しめてくれる?」
「は、はいですの」
 ティエラとレイラは互いに打ち合っていた。生まれながらの戦士だけあってすごい気迫だね。ティエラは2人の対戦を見ながら素振りをしている。対戦してない人は素振りっていうローテーションができてるんだろう。
「肩に力が入りすぎだよ。もうちょっと力抜いた方がいいんじゃない?」
「わ、わかりましたわ」
 イーオは切り株を斧で切り付けていた。腰が入った力強い攻撃だね。これならミノタウロスのパワーも生きると思うよ。あんな重い斧をよくあそこまで使いこなせるね。
「姿勢が斜めになってるよ。もうちょっと背筋を伸ばしてもらえるかな」
「わ、わかりました。こうですわね」
 ルビとテキルはボクが作った木の的を矢で撃っていた。さすがに全く外れないね。するとテキルは走りながら並んでいる的を撃ち始めた。確かジパングにヤブサメっていう馬に乗りながら的を狙う鍛錬とか儀式とかがあったような気がする。テキルの場合自分で走ってるけどね。
「もうちょっと腰を使った方がいいよ」
「は、はい。腰ですね」
 サフィアは鞭でボクが作った人形を叩いていた。あれなんか武術っていうよりSMっぽく見えるのは気のせいなのかな?なんかすごく言葉責めしてるのが聞こえてくるよ。
「うん。よくできたね。えらいえらい」
 ボクが撫でるとジュリアは幸せそうな顔をした。
「ふにゃあ。…はっ。子供扱いしないで下さい」
 ジュリアはそう言いつつもボクの手を振り払うことはなかった。

「師匠。ちょっと組み手してくれないか?」
 ライカが不機嫌そうにボクを見た。少しジュリアに構いすぎだったかもしれないね。
「うん。いいよ。ジュリアは今の感覚で続けてくれる?」
「わかりましたわ」
 ライカはボクに飛び掛ってきた。ボクは足をかけて飛び掛ってきた勢いを利用して投げた。
「きゃう」
 そのまま押さえ込んで振り払えない体勢に持っていく。別にやましい目的じゃなくてライカの参考になればいいと思っただけだよ。
「まだまだ修行が足りないよライカ」
「きゅううん」
 ライカは顔を赤くしながらも反抗しようとしなかった。打ち負かしたからボクを主とみなしてるからかな。

「師匠。手が空いている私と手合わせ願えますか?」
 フェリサが剣を構えながら言った。
「ずるいぞフェリサ」
「抜け駆けは許さない」
 ティエラとレイラがすごい気迫でフェリサに詰め寄った。…はあ。しかたないね。
「…だったら3人で来れば?」
 普通だったら間違いなくバカにするのかとか起こられるセリフなんだろうね。
「おお。その手がありましたか」
「さすが師匠。言うことが違いますね」
 2人は逆に張り切っている。彼女たちの中のボクの評価は一体どうなってるんだろう。
「はあ。それじゃかかって来ていいよ」
 ボクは腰からフェンリルとヨルムンガルドを抜いた。フェンリルが刃の片方がギザギザになっている剣で、ヨルムンガルドはいくつか切れ目が入った剣だ。
「はああ!」
 向かってくるフェリサの剣をフェンリルで受け止める。
「とう!」
「やああ!」
 ティエラとレイラがかかってくるのを長く伸びたヨルムンガルドで受け止める。要するに蛇腹剣っていうやつだ。
「はっ、やあ、とう」
 3人の攻撃を2本の剣でさばいていく。さすがにすごい腕だけど受け流し方を間違えなければどうにかなる。でもさすがに少し疲れたからここらへんで終わりにするか。
「はっ」
 ボクはフェンリルの柄の部分を3人の腕に叩き込んだ。
「くっ」
「つっ」
「あっ」
 3人は剣を取り落とした。手がしびれて力が入らない所を叩いたから仕方ないだろう。
「参りました。さすが師匠ですね」
「とても勉強になりました師匠」
「私たち3人ともまだまだ未熟だと言うことがわかりました師匠」
 慕ってくれるのはうれしいけどやっぱり戦士として有名な魔物にここまで尊敬の眼差しを向けられると軽くプレッシャーがかかるね。さすがにもう慣れたけどさ。

 それからイーオの新技開発(主に技のネーミングだけど)に協力したり、ルビに弓の指南を行ったり、テキルの上に乗って走りながら矢を的に当てる見本(体は馬だけど乗ってるわけじゃないから参考になるかはわからない)を見せたり、サフィアに鞭の扱い(言葉責めの語彙を増やしてただけかもしれない)を教えたり、ジュリアに体の急所とかツボとかを教えたりした。
「今日はこれぐらいにするか。お弁当用意してきたから食べていいよ」
 ボクは置いていたカバンからバスケットを取り出した。
「さすが師匠。用意いいぜ」
 ライカはそう言って勢いよくバスケットのフタを開けた。中には数種類のサンドイッチがかなりの量入っている。
「おいしそうですわね。これロキが作ったんですの?」
「当然だ。師匠は反則なまでに強いだけでなくちゃんと男としての役割も心得ておられるのだぞ」
 アマゾネス的論理から言うと男は家を守るものだからね。なんか反則なまでにって言葉が気にかかるけどね。
「いや、師匠のスピードと動体視力と反射神経は完全に反則レベルでしょう」
「しかも魔法まで使いこなせるってどれだけ規格外なんですか」
 ティエラとフェリサは冷静に分析した。
「まあパワーはあまりないけどな」
 イーオが言う通りパワーはそこまでない。それを補うために技術やトリックを磨き上げた。それでやり過ぎてここまで強い魔物に弟子入りされることになったんだけどね。
「まあともかく食べていいよ」
 ボクがそう言うと一斉に手を伸ばした。その中で一番早くサンドイッチを奪ったのはジュリアだった。
「すごい反応速度だな」
「日光で動きが鈍ってるんのにあそこまでやるか」
 みんな驚いて叫んでいた。
「別にどうってこともない。単にジュリアが食い意地が張ってるだけだよ」
 ボクも何とかサンドイッチを確保しながら言った。気を抜いてるとすぐになくなるだろうね。
「ハムハム…食い意地なんて…ゴクン、ムグムグ…張って…ゴクン、モグモグ…いませんわよ…ゴクン」
 その割にはそれ言ってる間に3個は食べてるよね。本当にどれだけ食べるんだろう。
「もうどうでもいいや。早く食べないとなくなるぜ」
 みんなすごい速度で食べ始めた。ボクが用意したサンドイッチはあっという間になくなってしまった。ここまでおいしそうに食べてもらえるとうれしいね。

 それから適当に雑談した後解散してボクはジュリアと一緒に部屋に戻った。
「それじゃ体を鍛えた後は魔力をうまく使える特訓をしようか」
「いいですわよ。一体何をしますの?」
 ジュリアはなんだか張り切っている。正直ヴァンパイアが太陽の中で魔力をうまく使えるようになるかはわからないけど一応考えてみた。でもこれ言っちゃっていいのかよくわからない。
「…吸血」
 ボクがボソリとつぶやいたらジュリアは目を丸くした。
「吸血?それと魔法がどう関係あるんですの?それにお母様に太陽が出てる時に血を吸っちゃダメだって言われてますわ」
「君のお母さんがそう言ったんだ。それならボクの考えは間違ってないかもね」
 ボクがそう言うとジュリアは意味がわからないのか頭をひねっていた。
「ヴァンパイアは吸血の時に少量の魔力を流し込んでるんだよね」
「そうですわね。もうそれは無意識のうちにやってると思いますわ」
 やっぱりそうなんだ。それならボクの仮説は間違ってないと思う。
「夜はそうだろうね。だったら魔力がうまく使えない昼はどうかな?」
 ボクの言葉にジュリアはハッとした顔になった。
「なるほど。だからお母様はあそこまで口をすっぱくして太陽が出てる時に吸血してはいけないっと言っていたんですのね」
 多分ヴァンパイアが夜にしか現れないのはそういう理由もあるんだろう。弱体化するから強引に吸血に持っていくことはできないし、もし受け入れてもらえたとしても相手に苦痛を与えてしまうかもしれない。ほとんどのヴァンパイアは夜の吸血分だけで十分なのにわざわざそんなリスクをおかして朝に出る必要はないと感じてるんだろう。それでも太陽に負けたくないって言うジュリアはよっぽど負けず嫌いなんだろうね。

「だから逆に言えば吸血の時に魔力をうまく調整できれば日光があっても魔法を操れるようになるってことじゃないかな?」
 ボクはそう言って首を差し出してジュリアを促した。
「本当にいいんですの?魔力の調整ができなくて痛いかもしれませんわよ」
 ジュリアは心配そうな顔でボクを見てきた。
「痛いのが怖くて冒険者をやってられるわけないじゃん。それにボクはジュリアのパートナーだよ。君ががんばってるのに協力するのは当然だろ」
 うつむいていたジュリアは覚悟を決めたのか顔を上げた。
「いいですわ。そんなに痛い目にあいたいなら望み通りにしてあげましょう」
 照れ隠しのように言った後ボクの首に噛み付いた。
「痛っ」
 首に激しい激痛が走った。魔力がうまく扱えてないからだろう
「ふぉ、ふぉめんなはい。むうう。ちゅううう」
 ジュリアが必死にがんばっていると少しずつ痛みが和らいできた。でも快楽はあまり感じない。
「ふんぬうう、…じゅるるる」
 ジュリアが力をこめているとだんだん流しこまれる魔力が多くなった。しだいに快楽が痛みを逆転してきた。
「はあああ、ちうううう」
 ジュリアはさらに魔力を高めてきた。…いや、これ流し込む魔力多すぎだよね?なんか前吸血された時と比べて明らかに快感が段違いだと思うんだけど。
「むむむむむ、ちゅるる」
 な、なんかジュリアムキになりすぎじゃない?さすがにこれは、…多すぎるんじゃないの?
「んっ、ゴクッ、ゴクッ、ふにゅう」
 ジュリアは満足したのか口を離した。

「はあ、はあ、どうでしたか?」
 ジュリアは目をトロンとさせながら聞いてくる。
「最初は痛かったけど、後は結構気持ちよかった。…ちょっと後半に魔力を注ぎすぎだったと思うよ」
「ひゅうん…申し訳ありません…はにゃん。みゅう…通りで…やん…いつもより…んっ…快楽が強いん…はあん…ですのね…きゃん」
 ジュリアは息を乱れさせながら言った。
「まあ初めてだったんだから仕方ないよ。使う魔力を強められただけでも進歩じゃない?」
 それにしてもジュリアどうしようか。これ快楽抑制呪文だけで収まるのかな?それにボクも夜よりかなり理性が削られてるんだけど。…あれをやってみるか。できるかどうか知らないけど。ボクは右手をジュリアの額、左手を窓の外に向けた。
「だまされてるとも知らない哀れな教会の騎士どもよ。降り注ぐ快楽をその身に受けて悶絶してる間に親魔物派に斬られて神の下に召されるといい」
 ボクが詠唱するとジュリアの快楽が魔力で球状になって左手に集まった。
「『快楽転移』」
 左手から放たれた快楽が窓の外からどこかに飛んで行った。
「はあ、ふう、何ですの今の呪文。と言うより今のは呪文の詠唱だったんですの?」
 落ち着いたジュリアはボクに質問を投げかけてきた。
「今のは快楽転移呪文って言ってね。他者と自分の快楽を集めて指定した相手のもとにぶつける呪文だよ」
「どこでそんな呪文見つけたんですの?!つまりわたくしたちの快楽は親魔物派と交戦中の教会の騎士団に当たったわけですわね。…敵ながら同情しますわ」
 ジュリアはそう言いつつ笑いをこらえきれてなかった。
「これで少しは魔力を操れるようになったんじゃない?ちょっと簡単な呪文やってみてよ」
 ジュリアは緊張しているのか深呼吸をした。
「わかりましたわ。…『炎の球』」
 ジュリアがそう言うと指に炎が止まった。
「…で、出ましたわ。今まで何もできませんでしたのに」
 ジュリアは自分でも信じられないと言う顔をした。
「やったじゃないかジュリア」
 ボクが頭を撫でるとジュリアは体の力を抜いた。
「にゃあ。…だから子供扱いしないでください」
 ジュリアは顔を赤くして頬をふくらませつつも手を振り払おうとはしなかった。
「それじゃもういいから火を消してくれる?」
「はい。…ふんっ、ふんっ。…あれ?」
 ジュリアが何度やっても火は消えなかった。それどころか炎が少し大きくなってないか。どうやらまだ出したり強めたりは出来るけど弱めたり消したりはできないみたいだ。何度かやるうちに調整するしかないね。
「仕方ないね。『氷の風』」
 ボクが氷呪文をぶつけると炎は掻き消えた。
「すいませんロキ。よけいな手間をかけましたわ」
 ジュリアの顔は暗くなってしまった。
「まあ出せるようになっただけでも進歩だよ。これから2人でなんとかしていけばいいさ」
 ボクがそう言うとジュリアは顔を輝かせた。立ち直り早いね。
「はい!」 
 そういうジュリアの満面の笑みはとてもかわいかった。

       つづく 
10/01/19 16:08更新 / グリンデルバルド
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■作者メッセージ
修行の回みたいなものです。主人公がチートすぎるかもしれません。気が向いたらロキ門下生の個別の話も書いてみたいと思います。

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