連載小説
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第4話 使い魔の触手がテンタクルになったから一緒に朝食をとる
 窓から差し込む日差しで目を覚ます。
 一日というのは有限であり、目覚めてから早く起きるほど時間を有効に使える。そんなことは頭ではわかってはいるのだけれど、体温の残った布団というのは抗いがたい誘惑であり、気を抜くとついウトウトと転た寝をしてしまいそうになってしまう。
 ともかく再びナイトメアから夢の国に招待を受ける前に起き上がらなければなるまい。さもなくば、休日の午前中を無為にすごしてしまうなどという贅沢な時間の使い方をしてしまうことになってしまうだろう。
「・・・・・・」
 しかしながら、私には布団から出るのにもう一つ別の障害がある。下半身の辺りに違和感を覚えて僅かに布団をめくると、案の定それはいた。
 私のお腹を抱き枕がわりにして、幸せそうに呆けたような表情で時おりヨダレをすすりあげながら眠っている私の大切な使い魔、兼、甘えん坊な義理の妹。
 そう・・・・・・私が起床するためには、身体に絡み付いているクロの触手を引き剥がさなければならないのだ。
 クロの抱擁から腕を引き抜き、自由になった手で背中に回されている触手をほどく。捕獲するために強く巻き付いている訳ではなく、単純に甘えて絡み付けているだけなので比較的簡単に剥がすことはできた。
 動けるだけの隙間ができたのであとは身体を引き抜くだけである。
「んむぅ・・・・・・」
 布団に両手をついてテンタクルの拘束から逃れようとすると、ちょうど寝ぼけたクロがもぞもぞと動いて寝返りを打った。その拍子にほどかれて手持ち無沙汰になっていた触手は安寧を求めて再び私へと巻き付いてきて、クロは私の身体に顔を埋めてくる。
「・・・・・・」
 身体は半分以上は引き抜いていたし、先程と同じことをすれば問題ない。既に両手は自由になっているので、むしろ楽なくらいだ。それでも面倒ならクロのことを起こしたって構わない。
 でも、問題なのはそこではない。
「そこに顔を埋められると恥ずかしいんだけど・・・・・・ クロ・・・・・・」
「・・・・・・んぁ?」
 クロがうつ伏せになって顔を埋めているのは、なにを隠そう下腹部なのである。

・・・・・・

 いつも私の部屋には鍵をかけていないし、クロにも部屋の出入りはノックさえしてもらえば基本的に自由にさせている。クロの部屋にも寝台はあるけれど、寒くなると私の布団の中に潜り込んでくることは度々あった。
 特にテンタクルになってからは触手だったときに使っていた寝台・・・・・・っといってもそんなに上等なものではなくて、ただの布団を敷き詰めた籠なんだけど・・・・・・が使えなくなってしまったので、暫くは私と同じ布団で寝ることにしている。もちろん、一緒に寝る格好の口実を得たクロは大喜びである。
 私もクロと一緒に寝ること自体は嫌いではないのだが、布団が狭くなるし、触手が絡み付いてくるので少し寝苦しい。一時的なものなら気にならないけれど、毎日となると若干考えるものがある。
 すぐとは言わなくても、お互いのためにもクロ用の寝台を買うことは確定事項だろう。また出費が増えるかと思うと少し気が重いが、必要なことなので仕方ない。
「あさごはんー あさごはんー♪」
 いったいどうしようかと思って視線を泳がせると、上機嫌に節を付けながら机を拭いているクロが目に入った。そのご機嫌な様子を見ていると、サラダとヨーグルトを盛り付けながら思案していた自分が馬鹿馬鹿しい気さえしてくる。
 思い立ったが吉日、善は急げというし、できるだけ早くと考えて先伸ばしにしておくのもよろしくない。こんなときでもなければ買い換える機会なんてそうそうないだ。どうせ寝台を買うことになるのなら、私の布団も古くなってきたことだし思いきって二人掛けの寝台に買い換えてしまうことにしよう。家具は少ない方が家を広く使えるし、二人で寝た方が暖かい。
「クロ、取り皿と飲み物出して。そしたら朝ご飯にしよう」
「はーい」
 そんな風に考え直して彼女に声を掛けると、彼女は素直に答えてくれた。
 どうせなるようにしかならないのだ。それなら彼女を見習って今を楽しんだ方が幾分建設的だろう。悪いようにはなるまい。
「はやくはやくー」
「はいはい、ちょっと待って」
 椅子に座ってソワソワとしているクロに苦笑しつつ、前掛けを外して席につく。
 触手であったときは食べ物にあまり興味がなかったようだけれど、テンタクルになってからは一緒に食事をするようになった。身体が変化してから、今までのように光合成と水で必要とする栄養を賄いきれなくなったというのもあるのだろうけど、それ以上に食事という行為そのものを楽しんでいる節があるようだ。
「それじゃ、いただきます」
「いただきまーす」
 私が手を合わせて料理に手をつけると、クロも私の真似をして触手を使って食べ物を口に運び始めた。今までも食事の時にはクロが傍らに居てくれたけれど、こうして一緒に同じものを食べられるのは今まで以上に食事が華やいで見えるのは気のせいだろうか。心なしかいつもの朝食が美味しく感じられる。
 触手を使って驚くほど器用に食事を摂る彼女に感心していると、私の視線に気づいたのか食事をしていた手を止めると首を傾げて不思議そうな表情を浮かべた。
「どうしたのー?」
「ううん、美味しそうに食べるなって思っただけ」
「んー・・・ あ! シーラ、たべるー?」
「あはは、大丈夫だよ」
 半分に千切ったパンを満面の笑みで差し出してくれたが、まだ私の皿の上には食べかけのパンがあるし、机の皿にも残っている。クロの分をもらって食べられるほどはお腹がすいていない。気持ちだけ受け取って辞退するとクロは触手を引っ込めて少しだけがっかりした表情を浮かべた。
「さ、クロも遠慮せずに食べてよ。足りなかったら私の分も食べて良いからさ」
「いいのー?」
「もちろん。だって、クロは身体を変化させるのに栄養たくさん使ったでしょう?」
「わかったー 食べるー わーい」
 気を使ってくれたお礼にお代わりを勧めると、クロは咲き誇る花のように表情を輝かせて手にしたパンを頬張ると嬉しそうに次のパンへと触手を伸ばした。
 食欲自体は人間と同程度か少ない程度。魔物にしては随分少ないのは、やっぱり彼女が植物系の魔物に属するからで、植物系魔物にしては食欲旺盛なのは触手という運動が活発な種族だからだろう。
 その証拠に肉よりも野菜を好んで食べているし、とりわけ加工した穀物の類を積極的に食べている。
 いずれにせよ、育ち盛りの身体の健やかな成長のためには食事が欠かすことができないし、一生懸命ご飯を作った身としては美味しそうに食べてくれるのは嬉しい。いっぱい食べるという感じではないのが少し残念だけど、その分だけ美味しいご飯を作って食べてもらうことにしよう。
 折角だし、今度は豆料理というのにも挑戦してみようか。クロのことだからきっと気に入ってくれるに違いない。 
「今日は服が出来上がっているはずだからトリスの所で受け取るついでに、近くの雑貨屋に行こうと思うんだけど、クロは他に見たいところある?」
「雑貨屋さんのあとー?」
 生活に必要なものは揃えてみたが、クロだって欲しいものはあるだろし、私の気がつかなかった必要なものもあるだろう。そういったものは本人に直接訊かなければ解らない。
 朝食の後、お茶を淹れてのんびりしながら尋ねてみるとクロは何か思い当たる節があったのかマグカップに伸ばした触手を止めて視線を天井に泳がせた。
「行きたいところでもいいー?」
「ん、どこか行きたいところあるの?」
「ちょっと遠いところー」
「遠いところ?」
 クロは何か言いたげな表情のまま落ち着かない様子でモジモジと触手を動かしている。
 いつもは甘えん坊なクセに妙な所で遠慮する奴だ。言ってもらわないことには検討もできないし、むしろ聞き分けが良いクロの場合は積極的にお願い事は言ってもらった方が私も助かる。 
「触手の森ー」
「あぁ、触手の森ね」
 続きを促すとクロは小さく頷いて行き先を口にした。
 触手の森とは町から一日ほど歩いた場所にある文字通り触手が密集して生えている場所で、クロの生まれ故郷だ。使い魔になってからしばらく帰っていなかっていなかったようだし、クロだって自分がテンタクルになったことくらい報告したいのだろう。
「良いよ」
「いいのー?」
「もちろん」
 私が二つ返事で頷くと、クロはパッと笑みを咲かせた。
 彼女が小さな触手の苗だった時期から一緒に居るのでつい忘れてしまうけれど、彼女にも当然ながら生みの親は居るし、生家というべき故郷があるのだ。町での生活に不自由させないことばっかりに気をとられてしまって、使い魔にも家族が居るなんて当たり前で大事なことを失念してしまっていた。これでは主失格と言われてしまっても仕方がない。
 ちょうど良い機会だから、長めの休暇を与えるのも良いかもしれない。実家でゆっくりと身体を休めてもらえばテンタクルの身体にも慣れるだろうし、私以上に的確な助言がもらえるだろう。
「ちっがーう。私はシーラと森に行きたいのー」
「私と?」
「あたりまえでしょー? 一緒に行ってくれないなんて言わないよねー?」
 パタパタと触手を振り回しながら唇を尖らせて頬を膨らませたのを見て「折角の家族の再会なのだから、ゆっくりしてきたら良いのに」という言葉を慌てて飲み込んだのだが、一瞬でも口にしようと考えたことを察したのか「まさか、ちょうど良いから置いてこようなんて思ってないよね」とでも言うようにクロはジットリとした湿り気を帯びた視線を送ってきた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・わかった。わかりましたよ。一緒に行きます」
「やったー」
 最初こそ素知らぬフリをして切り抜けようとしてみたが、クロの触手のように絡み付く視線に耐えきれない。白旗をあげて降参すると、クロはへにゃっと笑って無邪気に喜んだ。
 模様替えの間はクロの部屋が使えなくなると思うので、クロがいないうちに家具の移動を済ませたかったのだが、仕方ないから戻ってきてから一緒にやることにしよう。その間、家具の位置が落ち着くまでの間はクロは私の部屋で避難生活である。避難生活に関しては喜びこそすれ嫌がることはないだろう。
 強いて言うなら、私の部屋に家具を持ち込もうとしないか不安なくらいか。
「代わりに、しばらく家と店を空けることになるから日を改めてってことで良い?
 準備もあるから、ちょっと先になっちゃうけど」
「うん、へーきだよ」
 クロは一緒に行けることが楽しみらしく、落ち着きなく触手をくねらせながらやや上の空のまま答えた。まだ予定のひとつも立てていないのに随分と気の早いことではあるが、全身で喜びを表現してくれるのであれば少なくとも悪い気はしない。

 さて・・・・・・ そうと決まれば、そろそろ動き始めるか。

 手の中でぬるくなってしまったお茶を飲み干して、空になったマグカップを台所に持っていこうとするとクロが少し申し訳なさそうな表情でこちらを見上げていた。
「どうしたの?」
「シーラは良いの?」
「なにが? クロが一緒に行きたいって言ったんでしょ?」
「ううん、そうじゃなくて・・・・・・ シーラ、触手の森、やじゃない?」
 それを聞いた私はようやくクロが迷った理由を理解する。
 要は、クロは私を魔物の流儀に無理矢理付き合わせていないか心配しているのだ。
 この辺りに住まう魔物は人と共に暮らすため、当時の恐怖政治を敷いていた大昔の魔王の支配下から離反して独自の道を歩んだ経緯を持つ。そのため、程度の差こそあれ現代においてもやや魔王の影響を受けにくい節があるのだ。実力者であるドラゴンなどは特に顕著で、いまだに竜の姿が主であり魔物娘の姿が変身後の姿である者も少なくない。
 しかしながら、町の外に出ると少しだけ話が変わってくる。
 というのも、町は人の領分として魔物が人に合わせて暮らしているが、山は魔物の領分として人が魔物の流儀に従うのがしきたりである。もちろんまがりなりにも共存する道を選んでいる以上は、それこそ知性に乏しく他の生き物を肉としか認識しない魔物(魔法を使う肉食獣というのが一番近い)でもなければ、いきなり命を奪われるなんてことはないし、話も通じる。そういう意味では心配ないのだが、多少手荒い歓迎を受けるのは事実で、歓迎の仕方が町と比べると魔王の影響を受けていることは間違いない。
 もう少しだけ具体的に言うなら、少しばかり開放的で人並み以上に積極的ということである。
 クロは、そんな魔物の積極的な部分に合わせさせているとしたら心苦しい、といっているのだ。
「ちょーっぷ」
「みゃ!?」
 こつん、と手刀を降り下ろす。
 私のなんの脈絡もない攻撃に驚いたクロは驚いた声を上げ、それから抗議の視線を送ってきた。
「なにするの、シーラ。私はシーラのことを心配して・・・・・・」
「クロが心配することじゃないの。気を遣ってくれるのは嬉しいけど、心配ばっかりしてたらキリないよ」
「・・・・・・むぅ、自分のことは棚にあげて」
 くしゃくしゃと頭を撫でると手のひらの下から不満げな表情で見上げてきたが、私はあえて笑顔で無視することにした。
17/09/03 00:31更新 / 佐藤 敏夫
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■作者メッセージ
可愛いと誉められて慕われるのであれば小娘の姿もそう悪くない。
竜の姿は少々強面ゆえに些か距離をおかれるでな。
・・・・・・しかし、この股下が寒いのはなんとかならんか

っというのはこの地を治めるドラゴンの弁である。

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