ネコマタまた
のどかな昼下がり、空は青く雲ひとつない。こんなにポカポカの陽気だとついつい高い所に上ってお昼寝をしてしまいたくなる。
町に繰り出し、適当な家を見繕ってベランダに向かってジャンプする。そこから、更に跳躍の勢いに乗ったまま手すりに足を掛けて屋根へと駆け上がる。トンっと屋根の上に飛び乗った。
先客には小鳥が居たが、自分の姿を見ると大慌てで羽を羽ばたかせて逃げ出した。
「にゃはは…… 別に取って食ったりしたりしないにゃあよ?」
誰に言うでもなく驚かせてしまった事を詫びてみる。もっとも、相手が居たところで所詮は相手は小鳥だ。人語が分かるはずもないので、結果は変わらないだろう。
する事も無いので、ぐぅーっと四つんばいになって全身を伸ばして、ゴロンと横になってみる。
「風が気持ち良いにゃー……」
屋根というだけあって風を遮る物は何も無い。心地よい風が吹きぬけ、太陽の光を浴びて暖かくなった屋根は絶好の昼寝スペースだろう。一人で寝るには少しばかり物寂しい気もしたが、そこは贅沢ということにしておこう。
「にゃふ……」
「おーいおーい」
あごを屋根に乗せて目を閉じると、下の方から誰かの声がした。
折角昼寝をしようと思ったところなのに、その邪魔をするとはどういう了見だろう。片目だけ開けて声のするほうを見てみると、二十歳位の青年が大声を出しながら両手をこちらに向かって振っていた。
「そこに居る子ー! そんな屋根の上に居ると危ないよー!」
「にゃんだ、そんなことか」
そんなものこっちの勝手だろう。落ちたところで誰に迷惑を掛けるわけでも無いし、ましてや猫又の私はヤワな人間とは違うので屋根から落ちるなんてヘマはしない。なにより、私はここで眠ると決めたのだ。
無視を決め込んで再び眠ろうとしてみるが、青年はなかなか頑張る。何度も大きな声でこちらに向かって話しかけてくる。まったく、眠ろうとしている相手の近くで大声を出すとは非常識にもほどがある。顔でも引っかいて黙らせてやろうかとも思ったが、わざわざ降りてやるのも億劫であるし、そして、すぐ暴力に訴えるのは優美さに欠ける。ここは、魔物としての余裕を哀れな人の子に見せ付けてやり、寛大な心で矮小な人間に接してやるべきだろう。
ポケットから布切れを取り出して、唾で濡らして耳に詰め込む。そうすると随分と世界が静かになり、後には柔らかい日差しと穏やかな風だけが残った。
やれやれ、多少は邪魔が入ったがこれで落ち着いて昼寝をすることができる。再び屋根の上に大の字になって目を閉じ、意識を手放した……
「おい、起きろ」
「にゃー… 引っかかれたくなかったら、さっさとあっちに行くにゃー」
だが、その安息はすぐに破られた。
目を開けてみれば、そこには先ほど下で私に向かって叫んでいた青年の顔が目の前にあった。周囲を見渡すと、梯子が屋根に立てかけられているのが見えた。わざわざ、私を起こすためだけに梯子を持ってきたらしい。そんなにも私の昼寝を妨げたいのだろうか。折角、引っかくのを止めてやったというのに、この男は引っかかれたいのだろうか。
「昼寝をしようとしていた所に声を掛けたのは謝る」
「分かってるにゃら、とっとと失せるにゃ。 今ならまだ見逃してやるにゃ」
虫の居所も悪かったので、これ見よがしに鋭い爪を見せ付けてやると何故か青年は呆れたように溜息をついた。
「あのな、俺だって嫌がらせで起こしに来たわけじゃないんだよ」
「なら、なんなのにゃ」
「ここの向かいの建物、なんだか分かるか?」
「建物?」
コクリと頷く青年の言う先を見ると、そこにあったのは何の変哲もない小さな建物だった。
「あのボロ屋がどうしたって言うにゃ?」
「アホ、良く見ろ。 あの中に机と椅子があるのが見えんのか?」
再び建物を見ると、窓から机と椅子が規則正しく並んでいるのが見えた。目を凝らせば筆記用具や紙などの小道具も確認できた。
で、それがどうしたというのだろう。まさか、寝ている間にあの机と椅子が襲ってくるとでも言うのだろうか。だとしたら大変だ。今すぐ昼寝をして英気を養わなければ瞬く間に敗れてしまうだろう。
「んなわけないだろ」
「なにするにゃ!」
コツンと頭を小突かれた。
仕返しに引っかいてやろうと思って腕を振るったが、青年はひょいと一歩引いて手の届かない安全圏へと逃れた。
「あれはな、学校だよ。 子供達がいろんなこと学ぶ場所なの。 んでもって、これから授業が始まる」
「……で?」
「お前がこんな所で昼寝していると丸見えなんだよ」
「……あ」
一生懸命勉強しているのに窓の外から見える所で、昼寝をしているのが見えたら確かに集中できないだろう。少しばかり配慮が足りなかったかもしれない。
「そういう大事なことはサッサと言うにゃよ?」
「お前が聞かなかったのが悪いんだろうが!」
全く、いちいちウルサイ男だにゃ。
そんなんだから、独身になってるにゃ。しぶしぶと立ち上がる。本当は屋根の上で寝たかったのだが、そんなことを言われてしまっては仕方が無い。
代わりに男に寝床を要求すると、やや呆れたように自分の部屋を使って良いと言ってきた。
独身にしてはなかなか出来た男である。
………
「にゃー いるかにゃー?」
「なんだよ……また来たのかよ」
「なんでそんな言い方するにゃ? レディに対して失礼だにゃ」
「あのな。 レディは人の家に勝手に上がりこんで食料を漁ったり、満腹になって寝こけたりしない」
「そりゃ、レディの扱い方がなって無いから、こっちが勝手にやるしかなくなるにゃ」
「全く…… これだから、猫って奴は……」
私は向かいが授業がある日は屋根で昼寝をするのを止め、こいつの部屋に遊びにいくことにした。
こいつはいつまで経っても独身で通しそうなので、ついでに手間賃の代わりに女心という奴を教えてやることにする。
「覗いているだけじゃねぇか!」
「そんなこと言ったって、お前も覗いているじゃにゃいか」
「……ふん」
向かいには教師の授業を窓から覗く赤いスライムが居る。
まぁ、今ならあの子の気持ちも分からなくないかもしれない。
町に繰り出し、適当な家を見繕ってベランダに向かってジャンプする。そこから、更に跳躍の勢いに乗ったまま手すりに足を掛けて屋根へと駆け上がる。トンっと屋根の上に飛び乗った。
先客には小鳥が居たが、自分の姿を見ると大慌てで羽を羽ばたかせて逃げ出した。
「にゃはは…… 別に取って食ったりしたりしないにゃあよ?」
誰に言うでもなく驚かせてしまった事を詫びてみる。もっとも、相手が居たところで所詮は相手は小鳥だ。人語が分かるはずもないので、結果は変わらないだろう。
する事も無いので、ぐぅーっと四つんばいになって全身を伸ばして、ゴロンと横になってみる。
「風が気持ち良いにゃー……」
屋根というだけあって風を遮る物は何も無い。心地よい風が吹きぬけ、太陽の光を浴びて暖かくなった屋根は絶好の昼寝スペースだろう。一人で寝るには少しばかり物寂しい気もしたが、そこは贅沢ということにしておこう。
「にゃふ……」
「おーいおーい」
あごを屋根に乗せて目を閉じると、下の方から誰かの声がした。
折角昼寝をしようと思ったところなのに、その邪魔をするとはどういう了見だろう。片目だけ開けて声のするほうを見てみると、二十歳位の青年が大声を出しながら両手をこちらに向かって振っていた。
「そこに居る子ー! そんな屋根の上に居ると危ないよー!」
「にゃんだ、そんなことか」
そんなものこっちの勝手だろう。落ちたところで誰に迷惑を掛けるわけでも無いし、ましてや猫又の私はヤワな人間とは違うので屋根から落ちるなんてヘマはしない。なにより、私はここで眠ると決めたのだ。
無視を決め込んで再び眠ろうとしてみるが、青年はなかなか頑張る。何度も大きな声でこちらに向かって話しかけてくる。まったく、眠ろうとしている相手の近くで大声を出すとは非常識にもほどがある。顔でも引っかいて黙らせてやろうかとも思ったが、わざわざ降りてやるのも億劫であるし、そして、すぐ暴力に訴えるのは優美さに欠ける。ここは、魔物としての余裕を哀れな人の子に見せ付けてやり、寛大な心で矮小な人間に接してやるべきだろう。
ポケットから布切れを取り出して、唾で濡らして耳に詰め込む。そうすると随分と世界が静かになり、後には柔らかい日差しと穏やかな風だけが残った。
やれやれ、多少は邪魔が入ったがこれで落ち着いて昼寝をすることができる。再び屋根の上に大の字になって目を閉じ、意識を手放した……
「おい、起きろ」
「にゃー… 引っかかれたくなかったら、さっさとあっちに行くにゃー」
だが、その安息はすぐに破られた。
目を開けてみれば、そこには先ほど下で私に向かって叫んでいた青年の顔が目の前にあった。周囲を見渡すと、梯子が屋根に立てかけられているのが見えた。わざわざ、私を起こすためだけに梯子を持ってきたらしい。そんなにも私の昼寝を妨げたいのだろうか。折角、引っかくのを止めてやったというのに、この男は引っかかれたいのだろうか。
「昼寝をしようとしていた所に声を掛けたのは謝る」
「分かってるにゃら、とっとと失せるにゃ。 今ならまだ見逃してやるにゃ」
虫の居所も悪かったので、これ見よがしに鋭い爪を見せ付けてやると何故か青年は呆れたように溜息をついた。
「あのな、俺だって嫌がらせで起こしに来たわけじゃないんだよ」
「なら、なんなのにゃ」
「ここの向かいの建物、なんだか分かるか?」
「建物?」
コクリと頷く青年の言う先を見ると、そこにあったのは何の変哲もない小さな建物だった。
「あのボロ屋がどうしたって言うにゃ?」
「アホ、良く見ろ。 あの中に机と椅子があるのが見えんのか?」
再び建物を見ると、窓から机と椅子が規則正しく並んでいるのが見えた。目を凝らせば筆記用具や紙などの小道具も確認できた。
で、それがどうしたというのだろう。まさか、寝ている間にあの机と椅子が襲ってくるとでも言うのだろうか。だとしたら大変だ。今すぐ昼寝をして英気を養わなければ瞬く間に敗れてしまうだろう。
「んなわけないだろ」
「なにするにゃ!」
コツンと頭を小突かれた。
仕返しに引っかいてやろうと思って腕を振るったが、青年はひょいと一歩引いて手の届かない安全圏へと逃れた。
「あれはな、学校だよ。 子供達がいろんなこと学ぶ場所なの。 んでもって、これから授業が始まる」
「……で?」
「お前がこんな所で昼寝していると丸見えなんだよ」
「……あ」
一生懸命勉強しているのに窓の外から見える所で、昼寝をしているのが見えたら確かに集中できないだろう。少しばかり配慮が足りなかったかもしれない。
「そういう大事なことはサッサと言うにゃよ?」
「お前が聞かなかったのが悪いんだろうが!」
全く、いちいちウルサイ男だにゃ。
そんなんだから、独身になってるにゃ。しぶしぶと立ち上がる。本当は屋根の上で寝たかったのだが、そんなことを言われてしまっては仕方が無い。
代わりに男に寝床を要求すると、やや呆れたように自分の部屋を使って良いと言ってきた。
独身にしてはなかなか出来た男である。
………
「にゃー いるかにゃー?」
「なんだよ……また来たのかよ」
「なんでそんな言い方するにゃ? レディに対して失礼だにゃ」
「あのな。 レディは人の家に勝手に上がりこんで食料を漁ったり、満腹になって寝こけたりしない」
「そりゃ、レディの扱い方がなって無いから、こっちが勝手にやるしかなくなるにゃ」
「全く…… これだから、猫って奴は……」
私は向かいが授業がある日は屋根で昼寝をするのを止め、こいつの部屋に遊びにいくことにした。
こいつはいつまで経っても独身で通しそうなので、ついでに手間賃の代わりに女心という奴を教えてやることにする。
「覗いているだけじゃねぇか!」
「そんなこと言ったって、お前も覗いているじゃにゃいか」
「……ふん」
向かいには教師の授業を窓から覗く赤いスライムが居る。
まぁ、今ならあの子の気持ちも分からなくないかもしれない。
12/10/14 02:31更新 / 佐藤 敏夫
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