やっちまった食事風景 in イルの家
穏やかな陽気の中、北の塔を目指し歩く二人組み。一人は少しよれた茶色の皮のコートを着た細身の青年。顔はどこか幼さが残り、わずかに垂れ目の瞳が優しそうな印象を与える。連れは少女で、背は拳一つ分ぐらい低い。定期的に人や物が通るために踏み固められてできた道を仲良く歩く姿はとても微笑ましいのだが、一点だけおかしな点があった。
つれている少女の頭には可愛らしい花があった。花飾り自体は珍しくないのだが、頭につけている花は飾りにしては随分と巨大だ。よく見れば、肌の色も薄緑色をしていて髪の毛の代わりに葉っぱがある。
マンドラゴラ
そう、彼女は魔物だ。
ファフでは魔物と交流があるので珍しい光景ではないのだが、神の教えを守り魔物を敵視する敬虔な正教徒が彼らを見れば魔物に誘惑されている光景に見えるだろう。ただ、彼自身はマンドラゴラに襲われる心配はしていないし、彼女が一緒に居てくれるお陰で他の魔物に襲われないと感謝していた。
信頼している理由は簡単で、彼は薬師で、マンドラゴラはその助手であり患者、そして、効用を引き出すべき材料だからだ。
青年は立ち止まって振り返る。半歩遅れて歩いていた魔物もそれに気が付いて立ち止まった。
「イル、北の塔まで一緒に来てくれるのは助かるけど、本当に良いのかい?
遠いし、休みなんだから部屋で待っていても良かったんだよ?」
「ううん、僕も一緒に行きたいんだ」
恥ずかしそうに笑ってイルと呼ばれたマンドラゴラは答えた。
・・・
「それなら、僕も一緒に行けば良いじゃん」
転移用の魔方陣がメンテナンス中で北の塔まで歩いて行くから、一週間弱ほど診療所を閉める事を告げるとイルはそう答えた。俺は往診用のバッグに道具を詰める手を止めてイルをみた。
「でも、イルは定休だろ?」
薬師は急な仕事が多く、深夜に急患が運び込まれる事がある。
イルが最初に来た時はまだ子供(今でも子供っぽいんだけど・・・)だったので、仕事とは言え毎回付き合わせるのは少し酷だ。健やかなる成長のためには、十分な休息が必要なのだ。誰かが瀕死で担ぎこまれ、手が足りない時以外は時間外には労働させない事にしている。
そう決めておかないと、真面目なイルは成長に使った体力が戻らないまま働く事になってしまう。
「じゃあ、ディアンは北の塔の行く途中で魔物に襲われても良いの?」
「うっ・・・」
イルは異を唱え、俺は言葉を失った。
そう、今回の旅路の最大の難関はそこだ。北の塔まで歩いて二日かかる。それは即ち、どう頑張ってもどこかで一晩は野宿をしなくてはならない。ファフの周囲で野宿、これがどれほど恐ろしい事か・・・
ファフの周囲で野宿をした商人がいた
真面目な商人で、俺もよく買い物をさせてもらっていた
次の日だった、その商人の商品ラインナップが一新されていた
おもに・・・大人の薬と玩具に・・・
ファフの周囲で野宿した正教徒がいた
正教徒ではあったが魔物を敵視していなかったし、誰からも好かれる優しい子だった
次の日だった、その子は心機一転した。
・・・快楽至上主義になっていた
etc.
ファフの周囲は人生の転機がゴロゴロと転がっているのだ。ファフの周囲には知り合いが多いから、人生の転機の転機とまでは行かないだろうが三日、四日ほど遅刻する事は確定する。
遅刻なんてすれば、北の塔の主たるクロム=ブルームは「クククッ・・・遅刻の言い訳を聞いて置こうかのぅ」なんて言いながら、これ以上ない程の笑みを浮かべて一部始終を詳細に説明させるために自白剤を飲ませるだろう。
そして、空白の数日を説明させると、サバトの魔女達はわざとらしく会議を開くのだ。時折、蔑むような視線や新しい玩具を見つけた好奇な視線、何かをたくらむような視線が向けられる。その視線(一部の人にはご褒美) に耐えた後に、悲しげな声でクロム=ブルームは言うのだ。「我々は、ディアンの事を許そう。しかし、約束を違えたのにも関わらず、咎めがないのでは互いに信頼できぬ。心苦しいのだが、罰を与えさせてもらうぞ」と。
後はお察しの通り。
帰るの何日だろうなぁ・・・
「け、結界を張れば多分大丈夫だと思うんだけど」
「クロム様なら、結界をご丁寧に壊しにくると思うよ・・・」
正論だ、あの淫獣ならやりかねない・・・
「それに僕が一緒に行けば、僕の家に招待できるから野宿もしなくて大丈夫だよ」
・・・
正直に言わせてもらうと、イルの花に触れてしまって後は関係が少し気まずかった。謝ったら一応は許してくれたのだが、それでもやはり、傷つけてしまったのではという罪悪感が拭いきれないていなかった。
だから、イルが自分から一緒に来てくれると言った時は嬉しかった。
「本当にイルと一緒だと魔物に襲われないね
どうして?」
「どうしてだと思う?」
ふ、と頭に浮かんだ疑問を告げると、イルは謎々でもするように応えた。
「え、なんだろう・・・」
イルの突然の質問返しに俺は思案を巡らせる。
やはり、マンドラゴラの能力だろうか。
成熟したマンドラゴラは花の香りをコントロールし、アロマテラピーの要領で周囲の感情をある程度操作できるそうだ。香油の中には昆虫が嫌がる匂いなどがあるから、それで魔物を追い払っているのかもしれない。
「じゃあ、僕の匂いはいつもと違う?」
「いや、変わらないかな?」
「じゃ、外れだね
良かったね、僕がマンドラゴラでさ
スフィンクスだったら、食べられちゃってるよ?」
ニコニコと上機嫌でイルは言った。
確かに、スフィンクスじゃなくて良かった。
彼女を以前、問診したら。「質問するのは私の役目だニャ」なんて言われて問診が楽しい楽しいクイズタイムになった。「私は何所で何をして怪我したでしょうか」なんて一体誰が答えられるだろう。間違えると押し倒されるし・・・
診療になりやしない
「分かった?」
しばらく考えてみたのだけれど、それらしい理由が分からない。
降参、と手を軽く掲げてみせるとイルは無邪気に笑った。
「それはね、僕がディアンのパートナーだって思われているからだよ」
「パートナー?」
うん、とイルは頷いた。
曰く、基本的に魔物というのは快楽至上主義ではあるが、それでも守るべきルールというものが存在する。例えば「人間を必要以上に傷つけない」とか「ダンジョン内で倒れた冒険者は所持金を奪って、搾りつくして良い」などと言ったものだ。
特にファフの周囲ではそのルールは厳密で、人間と魔物が共存している。あらかじめ襲う側のルールを明確にして、人間に伝えておく事で無用な諍いを避けようという意識があるようだ。
「へぇ、知らなかったな」
「人間みたいに国境がある訳じゃないから、地域によって全然意識が違うんだ。
それに不文律が多いからね・・・人間の方にはあまり伝わっていないのかも」
それでもファフ周囲で通用する法律の草案というのは、現在、クロムが作っているらしい。
「それでね、パートナーがいる相手を襲っちゃいけないっていう決まりがあるんだよ
誰かの所有物である人間には手を出してはいけないってね。」
「じゃあ、俺はイルの所有物扱いかよ・・・」
「そういう意味じゃないって!」
からかうとイルは言葉を詰まらせた。顔を赤くし、アワアワと狼狽する。
その仕草が可愛らしくて笑ってしまうと、唇を尖らせてイルは上目遣いに大きな瞳で睨んできた。迫力はあまりない。どちらかと言えば、瞳が潤んでいるので保護欲を掻き立て、抱き締めてあげたい衝動に駆られる怒り方だ。
「冗談だよ」
「も〜〜〜、からかわないでよ」
小さな拳を振り上げてポコポコと背中を叩く。
くすぐったくて堪えきれず再び笑ってしまうと、プイッと視線を逸らしてイルが拗ねた。
そうなったイルは少しだけ我侭なお姫様になる。絶対に自分から謝らないし、こちらから謝るのをじっと待っている。土の中にいてジッと耐えていた位なので、根競べでは俺に勝ち目がない事は重々承知なのだ。
一体、そんな知識をどこで手に入れたのだろうか・・・
出所はそう多くはないけど・・・
「はぁ・・・」
小さく溜め息をつくとイルが少しだけ反応した。
あくまでも根競べは我慢できるだけであって、積極的にしたいものではないらしい。俺が謝罪の素振りを見せると、イルはそわそわと落ち着かない様子で必死になって笑みを堪えている。
「イル」
「なに?」
一生懸命不機嫌を装っているが、瞳が期待に満ち溢れているせいでなんともユニークな表情だ。
「今晩のご飯は何の予定?」
全く関係のない事を尋ねるとイルの表情から笑みは消え、目を大きく見開いてパチパチと瞬きをする。それから言葉の意味を咀嚼して理解すると、ハーピーが豆鉄砲を食らったような表情から段々とイルの頬が膨らんできた。
「もう、知らない!!!」
「ごめんごめん、悪かったって」
プンプンという擬音が似合う怒り方をする。
なだめようと手を伸ばすと、ヒョイとその手をかわされた。ベッと舌を出して背中を見せて背を向けて走りだしてしまう。突然の行動に慌てたのは俺の方だ。追いかける。幸い、イルの足はあまり速くないので追いついた。
走った距離は50mほど。手を伸ばす。急にイルが立ち止まった。俺は急に止まれずにイルの事を抱き寄せる形になる。
「これで、おあいこだね」
腕の中でイルはケラケラと笑っていた。
担がれたのは俺の方か・・・
やれやれ、と肩を竦めてみせる。
無邪気に子供のようにイルは笑う。
イルと一緒にいるのは楽しいし、彼女が助手として俺の傍にいてくれると助かる。
でも、イルは人ではなく魔物だ。
もちろん、差別的な意味を含めるつもりはない。強いていうなら区別だ。
魔物には、人を襲いたいという衝動がある。
魔王が代替わりして、融和政策を取ったとしてもそれは変わらない。
「ねぇ、ディアン」
「うん?」
ひとしきり笑った後、イルは俺の顔を覗き込んだ。
不安気な瞳が俺を見る。
「なにか考え事?」
「いや、大した事じゃないよ」
イルに無闇に心配かけさせても仕方ない。
アレサが言うには、イルには思いの人がいるといっていた。
いずれ、イルは一人前の魔物になる。きっとイルの見つけたパートナーというのは、素敵な人物だろう。俺も、イルが幸せになる事を祈っている。
俺が役に立ったのならそれで良い。
イルが自分の元を去って行ってしまう事は仕方のないことだ。
俺にソレを止める権利はないし、止めてはいけない。
「そっか」
イルはニッコリと笑みを浮かべた。
「さ、行こう」
手を差し出すとイルは少しばかり驚いたようだ。わずかに躊躇ってからオズオズと手を握る。小さな手だ。滑らかで柔らかい肌を通してほのかな体温が伝わってくる。
・・・
ディアンが手を出してきた。手を繋ごうという意思表示だという事に気が付くまで、少し時間が掛かった。
不意打ちだ!
非難したくなったけど、慌てて言葉を飲み込む。こんな所でチャンスをフイにしたくない。できるだけ、さりげなく服の裾で吹き出た汗を拭う。ディアンの手に触れる。ディアンの手は職人みたいにゴツゴツしている訳ではなくて、指もリズエより細い。
けれど、その手はどんな職業の人にも負けないくらい立派な手だと思う。
僕も傍でディアンを支えたい。
いつしか、僕の憧れは夢になった。
そのために僕も一生懸命勉強した。ディアンのサポートはできるようになったし、ディアンも段々と一人の仕事を任せてくれるようになった。でも、どこかディアンは一線を越えてくれない。
脈はある。
アレサは言った。僕が押し倒してしまえばハッピーエンドになる、とも言っていた。
でも、襲ったらディアンは決して僕の事を許してくれない。ディアンはどんな人でも魔物でも治せるから、中立じゃないといけないと考えているみたいだし、そのために魔物が町の治安を乱すような事は絶対にやらない。
ディアンはやっぱり人間なんだ。
ディアンは人間で、僕は魔物。
王宮で働いていたからか、それとも、元敬虔な正教徒だったからか・・・それとも、別な理由なのか・・・それは良く分からない。
でも、ディアンにどんな事があってもこの気持ちは変わらない自信がある。
ディアンの気持ちは汲む
けど、僕は僕のままディアンに立ち向かおうと思う
・・・
「ねぇ、ディアン
どうして、僕の事を治療してくれようと思ったの?」
「どうしたの急に?」
ディアンはキョトンとした表情で僕を見た。
まるで、イルが診療して欲しいと言ったから診療したとでも言うような表情だ。
「僕は無一文だったじゃん
大して知りもしない魔物を助手にしても良いと思った訳じゃないでしょ?」
「理由・・・ねぇ・・・」
僕を診療してくれる特別な理由でもあったのではないかと、ちょっぴり期待してみる。
ディアンは少し困ったような表情を浮かべて空を仰いだ。
「イルが困っていたからとしか言いようがないんだけど・・・」
「なんだよ、それ」
「あ・・・じゃあ・・・えっと・・・イルが可愛かったから・・・」
「うわぁ・・・」
ガックリと肩を落として露骨に僕が顔を顰めると、ディアンは本気で困った表情をした。サキュバスみたいに言葉巧みに誘えとは毛頭言うつもりもないけれど、もう少し気の利いた事を言えないのかよ・・・
そんな言葉はグレンでさえ言わないよ。
「気を使ってくれたから
一応、及第点にしておくけどさ・・・」
「それはどうも」
本当にお情けの及第点
でも、僕は安心した。
何の打算もなく困っているからという理由だけで誰かを助けるという優しい所に僕は惚れてしまったんだから。僕にも分け隔てなく接してくれる事は嬉しかった。
落ちこぼれの魔物のパートナーには、ギリギリ及第点が調度良いんだ。及第点なんだけど満点だよ、と少しだけ強くディアンの手を握る。
「僕の家はもうすぐだから
今晩はウチに泊まって、明日の早朝に出れば十分間に合うよ」
・・・
日が暮れて山が燃えているような透明な赤から、ビロードのような滑らかな黒へと移り変わってゆく。西の空は気の早い1番星が自己主張をしていて。それから少し遅れて星達が空に登り始めてきた。
池の畔でイルは足を止めると、こちらに振り返って笑った。
「着いたよ」
「ここ?」
「うん」
立派でしょ?とイルは胸をそらした。
目の前にあるのは、一本の木だ。例えるのなら御神木とでも言えば良いだろうか。思わず見上げずにはいられない圧倒的な存在感。まるで大地に命を吹き込んだようだ。けれど、見るもの全てを圧倒するような存在感を持ちながら、決して威圧的ではない。むしろ、優しく抱かれているような安心感がある。
「この木はね、樹齢300年の大木なんだ
300年ってどれくらい長いか想像つく?」
俺が首を振ると「僕も分からないや」と笑った。
「30で子供を生まれても、曾々々々々々々孫の代になっちゃうんだって
エレム先生が言ってたよ」
「そうなんだ」
エレム先生とは俺の所に来る前にイルが面倒を見てもらっていたドリアードだ。面倒見が良いので、魔物達からはエレム先生と呼ばれていて、俺も面識がある。
「・・・で、イル
残念だけど、俺は木登り苦手だよ?」
「登らないでよ!!!」
かなり必死な感じで叫んだ。
じゃあ、玄関はどこなの?
まさかこの木の下で生活していたからとか?
「そんな訳ないでしょ!!!
・・・あ、そっか。ディアンは知らないのか」
そうだよねー、魔物じゃないんだから当たり前かぁー
なんて、言いながらイルは笑顔になった。
「ちょっと待っててね」
そう言ってイルは俺を下げて木の前に立った。
「ただいま」
イルが軽く手を掲げ、そっと木の幹に触れると淡い光が灯った。風もないのに大木の葉が擦れあって、木が意思をもって歓迎するようにザワザワと音を立てる。
イルの手から光が弾けたかと思うと、木の幹に子供が通れる程の巨大なウロが出現した。
「男の人を連れてくるのは初めてだ」
イルは振り向いて少しだけ恥ずかしそう笑った。
・・・
ファフでの魔物の生活環境というのは何度か見た事があるが、実際の魔物の生活環境というのは、あまり見た事がない。基本的に外で魔物の「プライベートに立ち入る=ロクな結果にならない」という等式が成り立つからだ。
だから、イルの家に行くというのは少しばかり楽しみであった。
「おぉ」
ウロを潜ると思わず感嘆の声を漏らした。それを聞いてイルは満足気な表情を浮かべる。
木のウロは転移ゲートになっていたらしく住み心地の良さそうな居住空間となっていた。イルの家は調度「木の中にある秘密基地」と表現すればしっくり来るだろうか。天井には光苔が敷き詰められて柔らかい光を落として、巨大なウロを家具だけ残して内側からくりぬいて作ったようだ。
木の中にいるためか、熱くもなく寒くもなく心地良い温度で適度な湿り気がある。
「素敵な家だね」
「住んでみたい・・・?」
オズオズと尋ねるイルに頷いてみせると耳まで真っ赤にした。
「イル、台所を借りたいんだけど?」
一応携帯食料は常備しているのだけれど、アレはあまり美味しいものではないし、食事が作れる場所で食べる必要もない。食べられそうな物は用意してあるし、折角なら調理して美味しい物を一緒に食べたい。
そう思って尋ねると、イルは、ふるふると首を横に振った。どうして?と首を傾げると困ったような笑みを浮かべた。
「調理は僕がするよ」
「今日は俺が食事当番だろ?」
「だって、ここは僕の家だ
僕が主人で、ディアンはお客さんだよ?僕がもてなさなくっちゃ」
「でも・・・」
「良いから!」
俺の鞄からタオルを押し付けると、強引に風呂場にむけて俺の背中を押した。
脱衣所まで俺を押し込むと、「じゃ、ごゆっくり」と、さっさとカーテンを閉めてしまう。
あ、あの・・・石鹸を取らせてください
・・・
「上がったよ」
「こっちも夕飯できたよ」
髪を拭きながら風呂から上がった事を告げると、調度イルも夕飯を作り終えた所だったらしい。香辛料の香りが鼻腔をくすぐり食欲を誘う。夕飯はカレーらしい。イル作るカレーはアレサでさえ舌を巻く腕前で、香辛料を使って奏でる繊細なハーモニーはプロ顔負けだ。しかし、その真骨頂はそこではなく、米の甘みを引き立てる絶妙な辛味だ。
一口・・・そう、たった一口含んだだけで、もう病みつきになる。
香辛料の香りの後にくる、鮮烈なカレーの辛味。咀嚼する度に米と野菜が踊る。皿一杯にあったとしても嚥下するのがもったいないと感じてしまうほどの至高の一品なのだ。
やばい、もう唾が口の中に・・・
グー・・・
間の抜けた音が部屋に響く、テーブルにカレーを運んでいたイルは驚いた様にこちらをみた。ポカン、と呆けた様な表情を浮かべる。犯人は言うまでもない。俺だ。クスクスとイルは楽しそうに笑い始めて、俺は少しだけ苦笑いを浮かべる。
「じゃ、食べよっか」
ちょん、とイルは椅子に座ると俺に早く座るように促した。
・・・
美味しい物を食べるのは楽しいが、それが気の合う相手ならその楽しさは倍増する。それなら会話が弾むのも当然だ。
「ねぇ、知ってる?」
「・・・うん、どうしたの?」
カレーの装ってあった皿を早くも半分にしながら尋ねかえす。イルは嗜好品として食事をしているので、食べる量はそれほど多くない。一緒に食事をしようと思ったら、イルの食事のペースは遅く、俺の食事のペースは若干速くなる。
クルクルと手でスプーンを回しながらイルは続けた。
「香辛料って元々は媚薬だったんだってね」
「そうなの?」
尋ね返すと、うん、とイルは頷いた。
「だとすると、カレーには媚薬をふんだんに使った料理って事で、その大量の香辛料を使ったカレーを一番最初に作った人は実はサキュバスだったんじゃないかな、って思うんだ」
ブッと俺は危うく媚薬を噴出しそうになった。
食事中になんて会話をし始めるんだこの子は・・・
「イル・・・あのねぇ」
「うん?・・・あ、そっか辛味が痛覚って事を考えると、ダークエルフとかアルラウネとかの方が無難だよね!
それにサキュバスが薬草の研究ってあんまり結びつかないし」
「そうじゃなくて・・・」
「んじゃあ、なんだよ」
「食事中に・・・それもカレーを食べている時に振る会話じゃないでしょ?」
「え〜・・・ウドン食べている時に寄生虫の話を振ってくるようなヒトに言われても説得力ないよぉ」
「別に、サナダムシとウドンは関係ないだろ?」
「だって、気持ち悪いじゃん・・・
細長くて、白いんだよ?」
いや・・・まったく別物だろ、あの二つは・・・俺が首を傾げると、無理無理、とイルはスプーンを左右に振って拒絶した。
「薬師の食事会の時、お陰で食べれなかったもん」
そういえば、残していたなぁ・・・ウドン。
お腹すいてないのかと思ったけど、そういう理由だったのか・・・
「でも、イルだって魔物の食事会の時に何人に跨ったかとかの話してたじゃん
どう考えても、食事の雰囲気ではないだろ、あの雰囲気では」
「アレぐらい普通でしょ」
「大体質問もおかしいだろ“ディアンって処女?”ってなんだよ」
「いや、そのままだって
(アッー・自主規制)されたか、否かって話だよ」
「おかしいおかしい、魔物の食事会っていつもあんな感じなの?」
「う〜〜〜ん、どうだろ
ディアンが居たから、遠慮してた部分はあると思うよ
どちらかって言うと、雰囲気的には女の子で食べる時かなぁ・・・あ、もちろん人間の栄養摂取の意味でね?」
「分かってるよ!!!」
「それと、魔物だけで(人間的な)食事をしてると、時々、食事会(読み・乱交パーティー)になっちゃうもん」
「おかしいだろ!!!」
「もちろん、女の子どうしでね」
「おい!!!」
「あ、ディアン。デザートいる?」
「ん・・・あぁ、もらおうかな」
大分、お腹一杯だからな・・・
「うん、デザートは僕だ」
「直球!?」
むしろ頭直撃のデッドボール、スリーアウトチェンジ、九回裏サヨナラコールド負け!?
「え、なになに、どうしたの?
僕、変な事言った?」
「いや、だって、その・・・」
あまりに突然すぎるというかなんというか・・・
「前回は、突然だったから僕もビックリしちゃったけど、今回は遠慮しなくて良いって
・・・はい、ストロー」
どんな特殊なプレーを俺に強要しているんだよ!!!
「いや、だって蜜を吸うのに必要でしょ?
そのまま舐められたら流石に僕も恥ずかしいし・・・」
「なんで自分をデザートにしたんだよ・・・」
「だって、時間的にも材料的にもデザートを用意できなかったんだもん
それに・・・ディアンなら食べられても良いかな、なんて・・・」
イル・・・いつの間にそんな必殺技を覚えたの?
(以下、デザートタイム)
ソロソロとイルが俺の上に乗る。調度、椅子の上で抱き合う形になる。
「ねぇ・・・僕、重くない?」
「全然」
答えると、イルはものすごく密やかに安堵の息をついた。小柄な上に華奢な体つきだし、おまけにあるべき脂肪もほとんどない。だから、同世代の中でもかなり軽い方に属する。イルの方はその事を結構気にしているようだ。
「ディアンもやっぱり胸が大きい方が良い?」
「いや・・・」
じぃっと、俺の目を上目遣いに見る。大きな瞳は潤んでいて今にも泣きそうだ。弱々しい子犬の瞳を真っ直ぐ見る勇気なんか俺にはなくて、思わず顔を背ける。そんな目で見ないで欲しい。
「じゃあ、答えてよ」
イルは、不安げにキュと俺の服を握った。子犬の瞳のまま俺を追い詰める。逃げようと首を捻るが、椅子に座った状態・・・ましてや俺の上にイルが乗っている状態では、逃げられる範囲なんて限られている。最初から、逃げ切れる道理などありはしない。
これは、早々に観念した方が傷は小さくて済みそうだ。
「俺は・・・胸の大きさは気にしていないよ・・・?
そりゃ・・・胸が大きいのも悪くはないとは思わなくはないけど・・・
胸は個人差があるし・・・それに、無理に豊胸手術とかするのは賛成できない・・・
だから・・・その・・・小さくても、気にする必要はないよ・・・?」
「なんだよ、フォローになってないし、そんな風に慰められても全然嬉しくない」
少し怒ったようにイルは頬を膨らませる。頬を掻くとポスンと俺の胸に顔を埋めた。
「馬鹿」
「ゴメン」
「謝らないでよ」
乙女心は複雑だ。俺の胸から顔を上げると、イルは嬉しいという感情を無理矢理押さえ込んで不機嫌な顔を作っている。
「ねぇ、僕の事・・・食べてよ・・・」
「・・・分かった」
イルは、そっと俺の背中に手を回して俯いた。このアングルだと、イルの花が丸見えだ。
「ひゃ・・・ぅん!」
花弁に触れると、イルは小さく悶え、思わず手を離してしまう。
「大丈夫?痛かった?」
「あ・・・いや、その見えなかったからビックリしただけ・・・
痛くは・・・ないよ?」
熱っぽく潤んだ視線を俺に送ってきた。その姿がなんともイヤらしくて、ゾクリとしてしまう。続けて、とイルは促し俺はそれに従う。触るよ、と前置きをしてからイルの花弁に触れ、そのまま軽く押し広げる。フワリとイルの花と女の子の入り混じった甘い匂いが鼻腔を刺激し、目の前がクラクラする。俺が眩暈を覚えていると、イルの方もなんとか快楽の喘ぎ声をかみ殺している最中だった。
「挿れて・・・大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ・・・」
互いに平常状態を装えるまでの休憩時間を取ってから尋ねるとイルは羞恥に顔を染めながら頷いた。更に花弁を押し広げ挿入しやすくすると、イルは耐え切れず小さく喘いだ。
「あ・・・」
「どうしたの?」
いざ、挿入しようとするとイルは小さく声を上げた。
「その・・・僕・・・初めてだから・・・」
「分かった、極力痛くしないようにするけど・・・痛かったら言ってね」
「・・・うん」
赤くなった顔を隠すように、イルは顔を俺の胸に押し付けた。見えないのに顔が赤くなっていると思ったのは、耳が燃えるように赤くなっていたからだ。それがすごく可愛らしい。
力を抜いてリラックスして、と耳元で囁くと律儀に深呼吸をする。そこでやっと蜜ツボに挿入を開始した。
「あぅ・・・あぁ・・・ん・・・あ♪」
異物を受け入れる苦痛と敏感な部分を刺激される快楽、その矛盾した感覚が押し寄せる状態に戸惑いつつ、イルは艶っぽい悲鳴を上げて耐える。
「結構、蜜あるんだね・・・」
「は・・・恥ずかしい事言わ・・・ひゃん!」
「ん、美味し」
イルが抗議の声を上げるよりも早く蜜を啜り上げると、突然の不意打ちにピクリとイルは小さく身体を震わせた。蜜を吸われる事には快楽が伴うらしい。腰が抜けたよう全身を緩ませたまま俺を見つめる。
俺は一口だけ飲み込んだイルの甘みの余韻を楽しみながらソレを見つめる。
「もっと、飲んで良いの?」
「そんな事・・・訊かないでよ・・・」
快楽を感じてしまった事を恥じるように顔を背けながら、イルは蚊の鳴く声で続けた。
「遠慮しないで・・・好きなだけ・・・飲んで良いよ・・・」
「ありがと」
もう一度、口をつける。
「キャッ!!!」
今度は悪戯も込めて、さっきより少し乱暴にワザと音を立てて吸う。
悲鳴と共にイルは大きく背中をそらせる。背中に手を回しておかなかったら、危うく椅子から転げ落ちるところだった。ピクピクとイルは身体を小さく痙攣させたまま、俺に体重を預けて肩で呼吸している。
「・・・なに、する・・・ん、だよぉ」
対岸まで行ってきたイルはこちらに視線を戻すと、息も絶え絶えに抗議する。口先では抗議しているが、どこか緩んだ口元はどこか物欲しげだ。涙で濡れた瞳は扇情的ですらある。
「僕・・・自分でも・・・蜜・・・飲んだ、事、ないんだよ・・・?」
「それは勿体ない、すごく美味しいんだよ?」
「ングゥ!?」
強引にイルの整った顔をこちらに向かせ、すかさず唇を塞ぐ。そのまま口内に残っていたイルの蜜を口移しで流し込む。あまりの突然の事にイルは驚いて拒絶したが、その拒絶もすぐに力のないものに変わる。
素直になったイルは自身の蜜を受け入れると、今度は足りなくなったのか俺から酸素を奪う勢いで吸引を開始する。しばらく不毛な戦いを繰り広げると、どちらともなく名残惜しげに唇を離した。
「すごく・・・甘い・・・」
「でしょ?」
「もう・・・一回・・・お願い・・・」
「分かった」
・・・食事中ですが何か?
「・・・」
「・・・」
デザートを食べ終えると、二人の間は猛烈に気まずくなった。
二人の身体は蜜でベタベタとなり、もう一度風呂に入る未来を示していた。というより、我ながら、あの状況下でよく手を出さなかったものだ。
「・・・ディアン」
「・・・はい」
「・・・先にお風呂入って」
「・・・了解」
正面に向かいつつも互いに、目を逸らしながらの会話。
「・・・後から、僕が入るから
・・・ディアンはベッドで寝てて」
「・・・イルは・・・どうするの?」
「・・・下を立てたまま言わないでよ」
「・・・悪い・・・でも、健全な男子の生理現象なんだ」
「・・・僕は、寝袋で寝るよ
・・・そのほうが、寝やすいでしょ?」
「・・・それなら・・・イルがベットで寝た方が」
「・・・だから、下を大きくしたまま」
「・・・そんなに、すぐに戻らないんだって」
「・・・い、いいからディアンはベット!僕は寝袋!寝てなかったら怒るからね!」
「・・・わ、わかったよ!」
俺は逃げるように風呂場に向かった。
つれている少女の頭には可愛らしい花があった。花飾り自体は珍しくないのだが、頭につけている花は飾りにしては随分と巨大だ。よく見れば、肌の色も薄緑色をしていて髪の毛の代わりに葉っぱがある。
マンドラゴラ
そう、彼女は魔物だ。
ファフでは魔物と交流があるので珍しい光景ではないのだが、神の教えを守り魔物を敵視する敬虔な正教徒が彼らを見れば魔物に誘惑されている光景に見えるだろう。ただ、彼自身はマンドラゴラに襲われる心配はしていないし、彼女が一緒に居てくれるお陰で他の魔物に襲われないと感謝していた。
信頼している理由は簡単で、彼は薬師で、マンドラゴラはその助手であり患者、そして、効用を引き出すべき材料だからだ。
青年は立ち止まって振り返る。半歩遅れて歩いていた魔物もそれに気が付いて立ち止まった。
「イル、北の塔まで一緒に来てくれるのは助かるけど、本当に良いのかい?
遠いし、休みなんだから部屋で待っていても良かったんだよ?」
「ううん、僕も一緒に行きたいんだ」
恥ずかしそうに笑ってイルと呼ばれたマンドラゴラは答えた。
・・・
「それなら、僕も一緒に行けば良いじゃん」
転移用の魔方陣がメンテナンス中で北の塔まで歩いて行くから、一週間弱ほど診療所を閉める事を告げるとイルはそう答えた。俺は往診用のバッグに道具を詰める手を止めてイルをみた。
「でも、イルは定休だろ?」
薬師は急な仕事が多く、深夜に急患が運び込まれる事がある。
イルが最初に来た時はまだ子供(今でも子供っぽいんだけど・・・)だったので、仕事とは言え毎回付き合わせるのは少し酷だ。健やかなる成長のためには、十分な休息が必要なのだ。誰かが瀕死で担ぎこまれ、手が足りない時以外は時間外には労働させない事にしている。
そう決めておかないと、真面目なイルは成長に使った体力が戻らないまま働く事になってしまう。
「じゃあ、ディアンは北の塔の行く途中で魔物に襲われても良いの?」
「うっ・・・」
イルは異を唱え、俺は言葉を失った。
そう、今回の旅路の最大の難関はそこだ。北の塔まで歩いて二日かかる。それは即ち、どう頑張ってもどこかで一晩は野宿をしなくてはならない。ファフの周囲で野宿、これがどれほど恐ろしい事か・・・
ファフの周囲で野宿をした商人がいた
真面目な商人で、俺もよく買い物をさせてもらっていた
次の日だった、その商人の商品ラインナップが一新されていた
おもに・・・大人の薬と玩具に・・・
ファフの周囲で野宿した正教徒がいた
正教徒ではあったが魔物を敵視していなかったし、誰からも好かれる優しい子だった
次の日だった、その子は心機一転した。
・・・快楽至上主義になっていた
etc.
ファフの周囲は人生の転機がゴロゴロと転がっているのだ。ファフの周囲には知り合いが多いから、人生の転機の転機とまでは行かないだろうが三日、四日ほど遅刻する事は確定する。
遅刻なんてすれば、北の塔の主たるクロム=ブルームは「クククッ・・・遅刻の言い訳を聞いて置こうかのぅ」なんて言いながら、これ以上ない程の笑みを浮かべて一部始終を詳細に説明させるために自白剤を飲ませるだろう。
そして、空白の数日を説明させると、サバトの魔女達はわざとらしく会議を開くのだ。時折、蔑むような視線や新しい玩具を見つけた好奇な視線、何かをたくらむような視線が向けられる。その視線(一部の人にはご褒美) に耐えた後に、悲しげな声でクロム=ブルームは言うのだ。「我々は、ディアンの事を許そう。しかし、約束を違えたのにも関わらず、咎めがないのでは互いに信頼できぬ。心苦しいのだが、罰を与えさせてもらうぞ」と。
後はお察しの通り。
帰るの何日だろうなぁ・・・
「け、結界を張れば多分大丈夫だと思うんだけど」
「クロム様なら、結界をご丁寧に壊しにくると思うよ・・・」
正論だ、あの淫獣ならやりかねない・・・
「それに僕が一緒に行けば、僕の家に招待できるから野宿もしなくて大丈夫だよ」
・・・
正直に言わせてもらうと、イルの花に触れてしまって後は関係が少し気まずかった。謝ったら一応は許してくれたのだが、それでもやはり、傷つけてしまったのではという罪悪感が拭いきれないていなかった。
だから、イルが自分から一緒に来てくれると言った時は嬉しかった。
「本当にイルと一緒だと魔物に襲われないね
どうして?」
「どうしてだと思う?」
ふ、と頭に浮かんだ疑問を告げると、イルは謎々でもするように応えた。
「え、なんだろう・・・」
イルの突然の質問返しに俺は思案を巡らせる。
やはり、マンドラゴラの能力だろうか。
成熟したマンドラゴラは花の香りをコントロールし、アロマテラピーの要領で周囲の感情をある程度操作できるそうだ。香油の中には昆虫が嫌がる匂いなどがあるから、それで魔物を追い払っているのかもしれない。
「じゃあ、僕の匂いはいつもと違う?」
「いや、変わらないかな?」
「じゃ、外れだね
良かったね、僕がマンドラゴラでさ
スフィンクスだったら、食べられちゃってるよ?」
ニコニコと上機嫌でイルは言った。
確かに、スフィンクスじゃなくて良かった。
彼女を以前、問診したら。「質問するのは私の役目だニャ」なんて言われて問診が楽しい楽しいクイズタイムになった。「私は何所で何をして怪我したでしょうか」なんて一体誰が答えられるだろう。間違えると押し倒されるし・・・
診療になりやしない
「分かった?」
しばらく考えてみたのだけれど、それらしい理由が分からない。
降参、と手を軽く掲げてみせるとイルは無邪気に笑った。
「それはね、僕がディアンのパートナーだって思われているからだよ」
「パートナー?」
うん、とイルは頷いた。
曰く、基本的に魔物というのは快楽至上主義ではあるが、それでも守るべきルールというものが存在する。例えば「人間を必要以上に傷つけない」とか「ダンジョン内で倒れた冒険者は所持金を奪って、搾りつくして良い」などと言ったものだ。
特にファフの周囲ではそのルールは厳密で、人間と魔物が共存している。あらかじめ襲う側のルールを明確にして、人間に伝えておく事で無用な諍いを避けようという意識があるようだ。
「へぇ、知らなかったな」
「人間みたいに国境がある訳じゃないから、地域によって全然意識が違うんだ。
それに不文律が多いからね・・・人間の方にはあまり伝わっていないのかも」
それでもファフ周囲で通用する法律の草案というのは、現在、クロムが作っているらしい。
「それでね、パートナーがいる相手を襲っちゃいけないっていう決まりがあるんだよ
誰かの所有物である人間には手を出してはいけないってね。」
「じゃあ、俺はイルの所有物扱いかよ・・・」
「そういう意味じゃないって!」
からかうとイルは言葉を詰まらせた。顔を赤くし、アワアワと狼狽する。
その仕草が可愛らしくて笑ってしまうと、唇を尖らせてイルは上目遣いに大きな瞳で睨んできた。迫力はあまりない。どちらかと言えば、瞳が潤んでいるので保護欲を掻き立て、抱き締めてあげたい衝動に駆られる怒り方だ。
「冗談だよ」
「も〜〜〜、からかわないでよ」
小さな拳を振り上げてポコポコと背中を叩く。
くすぐったくて堪えきれず再び笑ってしまうと、プイッと視線を逸らしてイルが拗ねた。
そうなったイルは少しだけ我侭なお姫様になる。絶対に自分から謝らないし、こちらから謝るのをじっと待っている。土の中にいてジッと耐えていた位なので、根競べでは俺に勝ち目がない事は重々承知なのだ。
一体、そんな知識をどこで手に入れたのだろうか・・・
出所はそう多くはないけど・・・
「はぁ・・・」
小さく溜め息をつくとイルが少しだけ反応した。
あくまでも根競べは我慢できるだけであって、積極的にしたいものではないらしい。俺が謝罪の素振りを見せると、イルはそわそわと落ち着かない様子で必死になって笑みを堪えている。
「イル」
「なに?」
一生懸命不機嫌を装っているが、瞳が期待に満ち溢れているせいでなんともユニークな表情だ。
「今晩のご飯は何の予定?」
全く関係のない事を尋ねるとイルの表情から笑みは消え、目を大きく見開いてパチパチと瞬きをする。それから言葉の意味を咀嚼して理解すると、ハーピーが豆鉄砲を食らったような表情から段々とイルの頬が膨らんできた。
「もう、知らない!!!」
「ごめんごめん、悪かったって」
プンプンという擬音が似合う怒り方をする。
なだめようと手を伸ばすと、ヒョイとその手をかわされた。ベッと舌を出して背中を見せて背を向けて走りだしてしまう。突然の行動に慌てたのは俺の方だ。追いかける。幸い、イルの足はあまり速くないので追いついた。
走った距離は50mほど。手を伸ばす。急にイルが立ち止まった。俺は急に止まれずにイルの事を抱き寄せる形になる。
「これで、おあいこだね」
腕の中でイルはケラケラと笑っていた。
担がれたのは俺の方か・・・
やれやれ、と肩を竦めてみせる。
無邪気に子供のようにイルは笑う。
イルと一緒にいるのは楽しいし、彼女が助手として俺の傍にいてくれると助かる。
でも、イルは人ではなく魔物だ。
もちろん、差別的な意味を含めるつもりはない。強いていうなら区別だ。
魔物には、人を襲いたいという衝動がある。
魔王が代替わりして、融和政策を取ったとしてもそれは変わらない。
「ねぇ、ディアン」
「うん?」
ひとしきり笑った後、イルは俺の顔を覗き込んだ。
不安気な瞳が俺を見る。
「なにか考え事?」
「いや、大した事じゃないよ」
イルに無闇に心配かけさせても仕方ない。
アレサが言うには、イルには思いの人がいるといっていた。
いずれ、イルは一人前の魔物になる。きっとイルの見つけたパートナーというのは、素敵な人物だろう。俺も、イルが幸せになる事を祈っている。
俺が役に立ったのならそれで良い。
イルが自分の元を去って行ってしまう事は仕方のないことだ。
俺にソレを止める権利はないし、止めてはいけない。
「そっか」
イルはニッコリと笑みを浮かべた。
「さ、行こう」
手を差し出すとイルは少しばかり驚いたようだ。わずかに躊躇ってからオズオズと手を握る。小さな手だ。滑らかで柔らかい肌を通してほのかな体温が伝わってくる。
・・・
ディアンが手を出してきた。手を繋ごうという意思表示だという事に気が付くまで、少し時間が掛かった。
不意打ちだ!
非難したくなったけど、慌てて言葉を飲み込む。こんな所でチャンスをフイにしたくない。できるだけ、さりげなく服の裾で吹き出た汗を拭う。ディアンの手に触れる。ディアンの手は職人みたいにゴツゴツしている訳ではなくて、指もリズエより細い。
けれど、その手はどんな職業の人にも負けないくらい立派な手だと思う。
僕も傍でディアンを支えたい。
いつしか、僕の憧れは夢になった。
そのために僕も一生懸命勉強した。ディアンのサポートはできるようになったし、ディアンも段々と一人の仕事を任せてくれるようになった。でも、どこかディアンは一線を越えてくれない。
脈はある。
アレサは言った。僕が押し倒してしまえばハッピーエンドになる、とも言っていた。
でも、襲ったらディアンは決して僕の事を許してくれない。ディアンはどんな人でも魔物でも治せるから、中立じゃないといけないと考えているみたいだし、そのために魔物が町の治安を乱すような事は絶対にやらない。
ディアンはやっぱり人間なんだ。
ディアンは人間で、僕は魔物。
王宮で働いていたからか、それとも、元敬虔な正教徒だったからか・・・それとも、別な理由なのか・・・それは良く分からない。
でも、ディアンにどんな事があってもこの気持ちは変わらない自信がある。
ディアンの気持ちは汲む
けど、僕は僕のままディアンに立ち向かおうと思う
・・・
「ねぇ、ディアン
どうして、僕の事を治療してくれようと思ったの?」
「どうしたの急に?」
ディアンはキョトンとした表情で僕を見た。
まるで、イルが診療して欲しいと言ったから診療したとでも言うような表情だ。
「僕は無一文だったじゃん
大して知りもしない魔物を助手にしても良いと思った訳じゃないでしょ?」
「理由・・・ねぇ・・・」
僕を診療してくれる特別な理由でもあったのではないかと、ちょっぴり期待してみる。
ディアンは少し困ったような表情を浮かべて空を仰いだ。
「イルが困っていたからとしか言いようがないんだけど・・・」
「なんだよ、それ」
「あ・・・じゃあ・・・えっと・・・イルが可愛かったから・・・」
「うわぁ・・・」
ガックリと肩を落として露骨に僕が顔を顰めると、ディアンは本気で困った表情をした。サキュバスみたいに言葉巧みに誘えとは毛頭言うつもりもないけれど、もう少し気の利いた事を言えないのかよ・・・
そんな言葉はグレンでさえ言わないよ。
「気を使ってくれたから
一応、及第点にしておくけどさ・・・」
「それはどうも」
本当にお情けの及第点
でも、僕は安心した。
何の打算もなく困っているからという理由だけで誰かを助けるという優しい所に僕は惚れてしまったんだから。僕にも分け隔てなく接してくれる事は嬉しかった。
落ちこぼれの魔物のパートナーには、ギリギリ及第点が調度良いんだ。及第点なんだけど満点だよ、と少しだけ強くディアンの手を握る。
「僕の家はもうすぐだから
今晩はウチに泊まって、明日の早朝に出れば十分間に合うよ」
・・・
日が暮れて山が燃えているような透明な赤から、ビロードのような滑らかな黒へと移り変わってゆく。西の空は気の早い1番星が自己主張をしていて。それから少し遅れて星達が空に登り始めてきた。
池の畔でイルは足を止めると、こちらに振り返って笑った。
「着いたよ」
「ここ?」
「うん」
立派でしょ?とイルは胸をそらした。
目の前にあるのは、一本の木だ。例えるのなら御神木とでも言えば良いだろうか。思わず見上げずにはいられない圧倒的な存在感。まるで大地に命を吹き込んだようだ。けれど、見るもの全てを圧倒するような存在感を持ちながら、決して威圧的ではない。むしろ、優しく抱かれているような安心感がある。
「この木はね、樹齢300年の大木なんだ
300年ってどれくらい長いか想像つく?」
俺が首を振ると「僕も分からないや」と笑った。
「30で子供を生まれても、曾々々々々々々孫の代になっちゃうんだって
エレム先生が言ってたよ」
「そうなんだ」
エレム先生とは俺の所に来る前にイルが面倒を見てもらっていたドリアードだ。面倒見が良いので、魔物達からはエレム先生と呼ばれていて、俺も面識がある。
「・・・で、イル
残念だけど、俺は木登り苦手だよ?」
「登らないでよ!!!」
かなり必死な感じで叫んだ。
じゃあ、玄関はどこなの?
まさかこの木の下で生活していたからとか?
「そんな訳ないでしょ!!!
・・・あ、そっか。ディアンは知らないのか」
そうだよねー、魔物じゃないんだから当たり前かぁー
なんて、言いながらイルは笑顔になった。
「ちょっと待っててね」
そう言ってイルは俺を下げて木の前に立った。
「ただいま」
イルが軽く手を掲げ、そっと木の幹に触れると淡い光が灯った。風もないのに大木の葉が擦れあって、木が意思をもって歓迎するようにザワザワと音を立てる。
イルの手から光が弾けたかと思うと、木の幹に子供が通れる程の巨大なウロが出現した。
「男の人を連れてくるのは初めてだ」
イルは振り向いて少しだけ恥ずかしそう笑った。
・・・
ファフでの魔物の生活環境というのは何度か見た事があるが、実際の魔物の生活環境というのは、あまり見た事がない。基本的に外で魔物の「プライベートに立ち入る=ロクな結果にならない」という等式が成り立つからだ。
だから、イルの家に行くというのは少しばかり楽しみであった。
「おぉ」
ウロを潜ると思わず感嘆の声を漏らした。それを聞いてイルは満足気な表情を浮かべる。
木のウロは転移ゲートになっていたらしく住み心地の良さそうな居住空間となっていた。イルの家は調度「木の中にある秘密基地」と表現すればしっくり来るだろうか。天井には光苔が敷き詰められて柔らかい光を落として、巨大なウロを家具だけ残して内側からくりぬいて作ったようだ。
木の中にいるためか、熱くもなく寒くもなく心地良い温度で適度な湿り気がある。
「素敵な家だね」
「住んでみたい・・・?」
オズオズと尋ねるイルに頷いてみせると耳まで真っ赤にした。
「イル、台所を借りたいんだけど?」
一応携帯食料は常備しているのだけれど、アレはあまり美味しいものではないし、食事が作れる場所で食べる必要もない。食べられそうな物は用意してあるし、折角なら調理して美味しい物を一緒に食べたい。
そう思って尋ねると、イルは、ふるふると首を横に振った。どうして?と首を傾げると困ったような笑みを浮かべた。
「調理は僕がするよ」
「今日は俺が食事当番だろ?」
「だって、ここは僕の家だ
僕が主人で、ディアンはお客さんだよ?僕がもてなさなくっちゃ」
「でも・・・」
「良いから!」
俺の鞄からタオルを押し付けると、強引に風呂場にむけて俺の背中を押した。
脱衣所まで俺を押し込むと、「じゃ、ごゆっくり」と、さっさとカーテンを閉めてしまう。
あ、あの・・・石鹸を取らせてください
・・・
「上がったよ」
「こっちも夕飯できたよ」
髪を拭きながら風呂から上がった事を告げると、調度イルも夕飯を作り終えた所だったらしい。香辛料の香りが鼻腔をくすぐり食欲を誘う。夕飯はカレーらしい。イル作るカレーはアレサでさえ舌を巻く腕前で、香辛料を使って奏でる繊細なハーモニーはプロ顔負けだ。しかし、その真骨頂はそこではなく、米の甘みを引き立てる絶妙な辛味だ。
一口・・・そう、たった一口含んだだけで、もう病みつきになる。
香辛料の香りの後にくる、鮮烈なカレーの辛味。咀嚼する度に米と野菜が踊る。皿一杯にあったとしても嚥下するのがもったいないと感じてしまうほどの至高の一品なのだ。
やばい、もう唾が口の中に・・・
グー・・・
間の抜けた音が部屋に響く、テーブルにカレーを運んでいたイルは驚いた様にこちらをみた。ポカン、と呆けた様な表情を浮かべる。犯人は言うまでもない。俺だ。クスクスとイルは楽しそうに笑い始めて、俺は少しだけ苦笑いを浮かべる。
「じゃ、食べよっか」
ちょん、とイルは椅子に座ると俺に早く座るように促した。
・・・
美味しい物を食べるのは楽しいが、それが気の合う相手ならその楽しさは倍増する。それなら会話が弾むのも当然だ。
「ねぇ、知ってる?」
「・・・うん、どうしたの?」
カレーの装ってあった皿を早くも半分にしながら尋ねかえす。イルは嗜好品として食事をしているので、食べる量はそれほど多くない。一緒に食事をしようと思ったら、イルの食事のペースは遅く、俺の食事のペースは若干速くなる。
クルクルと手でスプーンを回しながらイルは続けた。
「香辛料って元々は媚薬だったんだってね」
「そうなの?」
尋ね返すと、うん、とイルは頷いた。
「だとすると、カレーには媚薬をふんだんに使った料理って事で、その大量の香辛料を使ったカレーを一番最初に作った人は実はサキュバスだったんじゃないかな、って思うんだ」
ブッと俺は危うく媚薬を噴出しそうになった。
食事中になんて会話をし始めるんだこの子は・・・
「イル・・・あのねぇ」
「うん?・・・あ、そっか辛味が痛覚って事を考えると、ダークエルフとかアルラウネとかの方が無難だよね!
それにサキュバスが薬草の研究ってあんまり結びつかないし」
「そうじゃなくて・・・」
「んじゃあ、なんだよ」
「食事中に・・・それもカレーを食べている時に振る会話じゃないでしょ?」
「え〜・・・ウドン食べている時に寄生虫の話を振ってくるようなヒトに言われても説得力ないよぉ」
「別に、サナダムシとウドンは関係ないだろ?」
「だって、気持ち悪いじゃん・・・
細長くて、白いんだよ?」
いや・・・まったく別物だろ、あの二つは・・・俺が首を傾げると、無理無理、とイルはスプーンを左右に振って拒絶した。
「薬師の食事会の時、お陰で食べれなかったもん」
そういえば、残していたなぁ・・・ウドン。
お腹すいてないのかと思ったけど、そういう理由だったのか・・・
「でも、イルだって魔物の食事会の時に何人に跨ったかとかの話してたじゃん
どう考えても、食事の雰囲気ではないだろ、あの雰囲気では」
「アレぐらい普通でしょ」
「大体質問もおかしいだろ“ディアンって処女?”ってなんだよ」
「いや、そのままだって
(アッー・自主規制)されたか、否かって話だよ」
「おかしいおかしい、魔物の食事会っていつもあんな感じなの?」
「う〜〜〜ん、どうだろ
ディアンが居たから、遠慮してた部分はあると思うよ
どちらかって言うと、雰囲気的には女の子で食べる時かなぁ・・・あ、もちろん人間の栄養摂取の意味でね?」
「分かってるよ!!!」
「それと、魔物だけで(人間的な)食事をしてると、時々、食事会(読み・乱交パーティー)になっちゃうもん」
「おかしいだろ!!!」
「もちろん、女の子どうしでね」
「おい!!!」
「あ、ディアン。デザートいる?」
「ん・・・あぁ、もらおうかな」
大分、お腹一杯だからな・・・
「うん、デザートは僕だ」
「直球!?」
むしろ頭直撃のデッドボール、スリーアウトチェンジ、九回裏サヨナラコールド負け!?
「え、なになに、どうしたの?
僕、変な事言った?」
「いや、だって、その・・・」
あまりに突然すぎるというかなんというか・・・
「前回は、突然だったから僕もビックリしちゃったけど、今回は遠慮しなくて良いって
・・・はい、ストロー」
どんな特殊なプレーを俺に強要しているんだよ!!!
「いや、だって蜜を吸うのに必要でしょ?
そのまま舐められたら流石に僕も恥ずかしいし・・・」
「なんで自分をデザートにしたんだよ・・・」
「だって、時間的にも材料的にもデザートを用意できなかったんだもん
それに・・・ディアンなら食べられても良いかな、なんて・・・」
イル・・・いつの間にそんな必殺技を覚えたの?
(以下、デザートタイム)
ソロソロとイルが俺の上に乗る。調度、椅子の上で抱き合う形になる。
「ねぇ・・・僕、重くない?」
「全然」
答えると、イルはものすごく密やかに安堵の息をついた。小柄な上に華奢な体つきだし、おまけにあるべき脂肪もほとんどない。だから、同世代の中でもかなり軽い方に属する。イルの方はその事を結構気にしているようだ。
「ディアンもやっぱり胸が大きい方が良い?」
「いや・・・」
じぃっと、俺の目を上目遣いに見る。大きな瞳は潤んでいて今にも泣きそうだ。弱々しい子犬の瞳を真っ直ぐ見る勇気なんか俺にはなくて、思わず顔を背ける。そんな目で見ないで欲しい。
「じゃあ、答えてよ」
イルは、不安げにキュと俺の服を握った。子犬の瞳のまま俺を追い詰める。逃げようと首を捻るが、椅子に座った状態・・・ましてや俺の上にイルが乗っている状態では、逃げられる範囲なんて限られている。最初から、逃げ切れる道理などありはしない。
これは、早々に観念した方が傷は小さくて済みそうだ。
「俺は・・・胸の大きさは気にしていないよ・・・?
そりゃ・・・胸が大きいのも悪くはないとは思わなくはないけど・・・
胸は個人差があるし・・・それに、無理に豊胸手術とかするのは賛成できない・・・
だから・・・その・・・小さくても、気にする必要はないよ・・・?」
「なんだよ、フォローになってないし、そんな風に慰められても全然嬉しくない」
少し怒ったようにイルは頬を膨らませる。頬を掻くとポスンと俺の胸に顔を埋めた。
「馬鹿」
「ゴメン」
「謝らないでよ」
乙女心は複雑だ。俺の胸から顔を上げると、イルは嬉しいという感情を無理矢理押さえ込んで不機嫌な顔を作っている。
「ねぇ、僕の事・・・食べてよ・・・」
「・・・分かった」
イルは、そっと俺の背中に手を回して俯いた。このアングルだと、イルの花が丸見えだ。
「ひゃ・・・ぅん!」
花弁に触れると、イルは小さく悶え、思わず手を離してしまう。
「大丈夫?痛かった?」
「あ・・・いや、その見えなかったからビックリしただけ・・・
痛くは・・・ないよ?」
熱っぽく潤んだ視線を俺に送ってきた。その姿がなんともイヤらしくて、ゾクリとしてしまう。続けて、とイルは促し俺はそれに従う。触るよ、と前置きをしてからイルの花弁に触れ、そのまま軽く押し広げる。フワリとイルの花と女の子の入り混じった甘い匂いが鼻腔を刺激し、目の前がクラクラする。俺が眩暈を覚えていると、イルの方もなんとか快楽の喘ぎ声をかみ殺している最中だった。
「挿れて・・・大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ・・・」
互いに平常状態を装えるまでの休憩時間を取ってから尋ねるとイルは羞恥に顔を染めながら頷いた。更に花弁を押し広げ挿入しやすくすると、イルは耐え切れず小さく喘いだ。
「あ・・・」
「どうしたの?」
いざ、挿入しようとするとイルは小さく声を上げた。
「その・・・僕・・・初めてだから・・・」
「分かった、極力痛くしないようにするけど・・・痛かったら言ってね」
「・・・うん」
赤くなった顔を隠すように、イルは顔を俺の胸に押し付けた。見えないのに顔が赤くなっていると思ったのは、耳が燃えるように赤くなっていたからだ。それがすごく可愛らしい。
力を抜いてリラックスして、と耳元で囁くと律儀に深呼吸をする。そこでやっと蜜ツボに挿入を開始した。
「あぅ・・・あぁ・・・ん・・・あ♪」
異物を受け入れる苦痛と敏感な部分を刺激される快楽、その矛盾した感覚が押し寄せる状態に戸惑いつつ、イルは艶っぽい悲鳴を上げて耐える。
「結構、蜜あるんだね・・・」
「は・・・恥ずかしい事言わ・・・ひゃん!」
「ん、美味し」
イルが抗議の声を上げるよりも早く蜜を啜り上げると、突然の不意打ちにピクリとイルは小さく身体を震わせた。蜜を吸われる事には快楽が伴うらしい。腰が抜けたよう全身を緩ませたまま俺を見つめる。
俺は一口だけ飲み込んだイルの甘みの余韻を楽しみながらソレを見つめる。
「もっと、飲んで良いの?」
「そんな事・・・訊かないでよ・・・」
快楽を感じてしまった事を恥じるように顔を背けながら、イルは蚊の鳴く声で続けた。
「遠慮しないで・・・好きなだけ・・・飲んで良いよ・・・」
「ありがと」
もう一度、口をつける。
「キャッ!!!」
今度は悪戯も込めて、さっきより少し乱暴にワザと音を立てて吸う。
悲鳴と共にイルは大きく背中をそらせる。背中に手を回しておかなかったら、危うく椅子から転げ落ちるところだった。ピクピクとイルは身体を小さく痙攣させたまま、俺に体重を預けて肩で呼吸している。
「・・・なに、する・・・ん、だよぉ」
対岸まで行ってきたイルはこちらに視線を戻すと、息も絶え絶えに抗議する。口先では抗議しているが、どこか緩んだ口元はどこか物欲しげだ。涙で濡れた瞳は扇情的ですらある。
「僕・・・自分でも・・・蜜・・・飲んだ、事、ないんだよ・・・?」
「それは勿体ない、すごく美味しいんだよ?」
「ングゥ!?」
強引にイルの整った顔をこちらに向かせ、すかさず唇を塞ぐ。そのまま口内に残っていたイルの蜜を口移しで流し込む。あまりの突然の事にイルは驚いて拒絶したが、その拒絶もすぐに力のないものに変わる。
素直になったイルは自身の蜜を受け入れると、今度は足りなくなったのか俺から酸素を奪う勢いで吸引を開始する。しばらく不毛な戦いを繰り広げると、どちらともなく名残惜しげに唇を離した。
「すごく・・・甘い・・・」
「でしょ?」
「もう・・・一回・・・お願い・・・」
「分かった」
・・・食事中ですが何か?
「・・・」
「・・・」
デザートを食べ終えると、二人の間は猛烈に気まずくなった。
二人の身体は蜜でベタベタとなり、もう一度風呂に入る未来を示していた。というより、我ながら、あの状況下でよく手を出さなかったものだ。
「・・・ディアン」
「・・・はい」
「・・・先にお風呂入って」
「・・・了解」
正面に向かいつつも互いに、目を逸らしながらの会話。
「・・・後から、僕が入るから
・・・ディアンはベッドで寝てて」
「・・・イルは・・・どうするの?」
「・・・下を立てたまま言わないでよ」
「・・・悪い・・・でも、健全な男子の生理現象なんだ」
「・・・僕は、寝袋で寝るよ
・・・そのほうが、寝やすいでしょ?」
「・・・それなら・・・イルがベットで寝た方が」
「・・・だから、下を大きくしたまま」
「・・・そんなに、すぐに戻らないんだって」
「・・・い、いいからディアンはベット!僕は寝袋!寝てなかったら怒るからね!」
「・・・わ、わかったよ!」
俺は逃げるように風呂場に向かった。
10/05/18 21:48更新 / 佐藤 敏夫
戻る
次へ