読切小説
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魔物と人間の狭間
 容姿端麗、才色兼備、文武両道。ここまでくればその才能を妬む人も居そうな物だが、性格は明朗快活で公明正大。当然人望も厚く、悪く言う者もいない。近所でも「よくできた子」などと評判である。
 だが……

「よう、少年! 元気無いな、どうした? 元気なのは息子だけか?」

 唯一の欠点は彼女が朝から元気良く下ネタを飛ばしてくる所だろう。周囲の人間的には多少の完璧じゃない方が取っ付きやすくて良いなどと言うが、正直なところそういう問題ではないだろう。

「鈴鹿姉ちゃん、朝から開口一番に下ネタ飛ばされたら、そりゃ萎えるよ」
「朝から萎えているのか仕方ない。私が一肌脱いで勃たせてやろう。案ずるな、怖い事など一つもないからな! ………ゴフッ」

 服を脱ぎながら伸びてきた痴女の魔の手を踏み込むようにして僅かに体勢を低くして避け、そのまま突き上げる様にがら空きになった鳩尾に寸勁を叩き込む。実践を通した反復練習によって洗練された一撃を喰らって盛大に吹き飛び、地面でバタバタとのたうちながら苦しんでいた。

「………くっ。 このサキュバスの誘惑にも動じないとは、腕を上げたな」
「姉ちゃんが毎回襲ってくるからね……」

 そう彼女こと鈴鹿はサキュバスである。それも、人間から魔物化したわけではない生粋のサキュバスだ。
 そんなサキュバスだが、幼稚園の時から家が隣同士であり、小中高と同じ学校に通い、家族同士での付き合いもある。そんな自分が無事に生きているのは、一重に彼女が良識ある魔物だからだろう。
 どちらかというと残念美人、と言った方が良いかもしれない。

「備えあれば憂いなし。 魔物の多く住む魔都で生きていくならば、必要な技術だろう?」
「大丈夫、姉ちゃんしか襲ってこない」

 もっとも現代のサキュバスは男を吸い殺す様な事もしなければ、魔物化もしない。そんなことを無理にすれば、すぐにアヌビスが飛んできて引っ張っていくだろう。

「……貞操を守りたければ、強くなれ」
「姉ちゃんが襲わなければ万事解決だ」

 何が悲しくて高校に行ってまで、サキュバスの奇襲に対する実践経験を積まなくてはならないのだろうか。周囲には「綺麗な姉ちゃんと幼馴染で、その上一緒に居られるなんて羨ましい」とは言われるが、実際問題そんなに良い事はない。
 鈴鹿はこちらを遊び感覚で襲っているだけで意味はなく、強いて言うなら反応が面白いから悪戯してやろうという程度の玩具で遊ぶ感覚だ。
「いや、本当の所、私とてお前の事を襲いたくはない。月に一度、私の中のサキュバスとしての本能が疼いてしまって、私自身にはどうしようもなくなってしまうのだ、その時は無意識に最も近くの男であるお前を選んで……」

「姉ちゃん」
「ん?」

 虚を突かれたように、くりんとした澄んだ目で見つめてくる。ちょいちょい、と手招きすると子猫の様に素直にそれに従った。息を大きく吸う。そして、耳に向かって一言。

「バーカ」

 サキュバスは耳を押さえて悶えた。
 一体いつの話だ。
 魔物と人が暮らすようになったのは何世紀も昔の話である。魔物が人を襲う本能も随分と薄れているし、本能を抑える薬などは近くのコンビニでも普通に市販されている。言い訳にするにしては、あまりにも酷過ぎる。
 拗ねたような表情を浮かべている辺り全く持って反省していないようだ。

「良いではないか、智彦。 こうしてお前の事をからかえるのも後一年ないのだぞ? 高校を卒業して大学に行ったら、帰って来た時ぐらいしか遊べないからな」
「んじゃあ、後一年我慢すれば良いね」
「そうとも! しかし、その前に一発位本番を……サブミッションはやめてぇ!!!」

 掴みかかろうと伸びてきたサキュバスの手首を掴み、小手を返して間接を決める。大して痛くはないのだろうが、べしべしと太ももを叩いて解放を求めた。
「全く、登校中だって言うのに、油断も隙もありゃしない……」


………

「おーっす、長峰」
「よう、智彦。今日も鈴鹿先輩と一緒か?」
「一緒っていうか、あっちがくっついて来ただけだけどな」

 教室に辿り着いたのはホームルームが始まる五分前だった。机に鞄を降ろし、一息いれながら椅子に座って、悪友の方に向き直る。あっちは何が楽しいのかニヤニヤとした下品な笑いを浮かべていた。

「くっついて来たって随分余裕じゃねぇか」
「余裕って何がだよ」

 これは絶対に何かよからぬ事を考えている。
 あまり期待せず教室に来る途中で買った缶ジュースの蓋を開け、口を付ける。

「鈴鹿先輩に告白しなくて良いのか?」

 予想外の一言に思わずジュースを吹きかけた。お蔭で、一瞬クラス中が静まり視線が俺に向かって集まった。

「いきなり何を言い出すんだ、この、馬鹿!」
「だってそうだろ? 鈴鹿先輩、今年で卒業するんだぜ? 告白するなら今しかないだろが!」

 しれっと長峰は言い返してきたが、ここで下手に回答すれば後から周囲の報復が怖い。ここは落ち着いて言葉を選んで返答しなくてはならない。

「そうじゃねぇ、なんで俺が告白しなきゃいけねぇんだよ」

 多少は仲良く見えるかもしれないが、ただ単に家族ぐるみの付き合いがあって、家がたまたま隣同士だったというだけだ。実際、自分と鈴鹿はただの幼馴染であって、それ以上でも以下でもない。
 よりにもよって、なんで鈴鹿に告白しなければいけないのだろうか。八月の暑さで頭が湧いたのか。

「はぁ!? お前の方が頭湧いているんじゃねぇのか!? だって、鈴鹿先輩だぞ!? 学校で断トツ一位、サキュバスって事を差し引いても普通にテレビに出られるレベルの可愛さ!! それが今年で卒業するの!! 告白しないとか、お前の方が腐ってんだろ!!!」

 なるほど、確かに駅前でナンパするだけの事はある。
 どうやら長峰の脳みそは頭の中で育てている花の肥料になったようだ。

「やれやれ、告白したいならすれば良いだろ? 良いじゃないか、俺が居ない方が確率も上がるだろ」
「いや、もうして振られた」

 即答かよ。
 自分の友人関係について少々見直す必要があると思うと、少し頭痛がしてきた。

「頼むよ、来週は鈴鹿先輩の誕生日なんだろ? 絶対、学校の男子がこぞって告白するって。 それならお前が鈴鹿先輩と付き合ってくれるのが一番良いんだって」

 何を思ったのか長峰は唐突にこちらの手を取るといつになく真剣なまなざしでこちらをみてきた。もっとも、同性に手を握られても気持ち悪いだけである。すぐに振り払ってやった。

「仮に……万が一、俺が告白して付き合ったとして、お前に何一つメリットないだろ」
「そうでもない。鈴鹿先輩に可愛い子紹介してもらえる」

 こいつ………最低だ。
 真剣にそう思う。誰かを紹介しなくてはならないとしても、こいつだけは絶対に紹介しないことにししょう。

「裏切り者ぉ!」
「よーし、ホームルームを始めるぞ、席につけ」

 長峰が恨み言を吐こうとした時、タイミングよく先生が入ってきて強制的に終了した。

………

 放課後。
 授業中に濃密な怨嗟の篭った瞳でこちらを見ていた長峰から逃れるようにして、教室を後にする。視線で人を殺せるというのなら、あれは間違いなく人を殺せる視線だった。首に鎌を押し付けられているような気がして、授業に何一つ集中できなかった。あれに前世があるのなら、あの魔眼は間違いなくラミアの類だろう。

「智彦先輩」
「うわっ」

 不意に後ろから声を掛けられて驚いて振り向く。まさか、長峰が追いかけてきたのではないかと思って身構えてしまったが、そんなことはなかった。そもそも、あいつは同級生だ。

「なんだ、影山か。驚かせないでくれよ」
「ごめんなさい………」
「あ、いや。こっちこそごめん」

 影から這い出る様に現れたドッペルゲンガーは心底申し訳なさそうに呟いた。別に影山が悪い訳ではないし、視線に少々過敏になっていたこちらが悪いのだ。そう考えると今の発言はちょっとひどかったかもしれない。

「それで、どうしたの?」
「その、放課後、空いていますか?」
「放課後?」

 特に部活に所属している訳でもないので、放課後に特に予定はない。強いて言うなら帰り道に寄り道でもしながら帰ろうかと考えていた位だ。

「本当? よかった」

 少しだけ安堵したように笑みを零した。
 性格が引っ込み思案なので表情が読みにくいけれど、時折見せる物憂げな表情は一部の男子の間で結構な人気があったりする。守ってあげたくなる気持ちになるらしいが、確かに間近で見ると結構可愛いかもしれない。

「あの、鈴鹿先輩への誕生日プレゼントを選ぶのを手伝えるかな……と思って、声掛けたんですけど」

 どうやら朝の長峰とのやりとりを聞いていたらしい。教室が近いとはいえ、我ながら随分と恥ずかしい所を後輩に見られたものだと苦笑する。
勘違いとはいえ、気さくな後輩の心遣いはありがたい。でも、幼稚園から始まり今まで誕生日プレゼントを送っていなかった身としては、今回誕生日プレゼントを贈るのは少しばっかり今更感がある。

「いや、俺は贈らないから良いよ」
「智彦先輩から誕生日プレゼントもらったら鈴鹿先輩は喜ぶと思いますよ? 私だったら絶対嬉しいです」
「でもさ……」
「長い付き合いですし……卒業までに一回位、どうですか?」

 そういえば、影山は随分と鈴鹿に懐いていた。鈴鹿が引っ込み思案で家に引きこもりがちだった彼女を少し強引にひっぱり出して遊びに行ったのだ。それがきっかけで影山にも友達ができて、少しずつ自分からありのままの自分で外に出るようになった。影山にとっては鈴鹿みたいに明るくてアクティブな人は憧れるのだろう。
そう考えれば、彼女自身が鈴鹿に恩返ししたいという部分もあるのだろう。
仕方ない。本当に今更な気もするけれど、少しぐらいは恩返ししないといけないだろう。

「……分かった。 じゃ、手伝ってもらえる?」
「はい!」

………

 プレゼントをいざ贈ろうと思ってみたが確かに案外難しい。男子同士なら適当に面白そうな物でも贈っておけば良いのだが、仮にも相手が女性となると皆目見当がつかない。無難にアクセサリーの類を贈れば良さそうな気もするが、そのアクセサリーもどこに売っていて何が喜ぶのかも分からない。

「やっぱり、影山に来て貰って正解だったかもね」
「先輩にそう言って貰えると嬉しいです」

 電車に揺られて隣町まで足を伸ばす。買い物は自転車で通える範囲で済ませてしまうし、友達と遊びに行く時も近場だ。わざわざ隣町まで行こうと考えた事はなかった。

「影山は隣町にはよく来るの?」
「プレゼントを選ぶのを手伝う時とかに時々来ますね」

 気になって訊ねてみると影山はにっこりと笑って微笑んだ。

「プレゼント用の店が多いんだ…」
「はい。隣町はよくカップルがパートナーに贈るプレゼントとかを選びに来るんですよ。勿論、女の子同士で誕生日プレゼントを贈る人もいますけどね」

 そう言って影山は自慢げに解説し始める。
 もしかしてカップルが多かったりするのだろうか。だとしたら男が居るというのは少し恥ずかしいかもしれない。男子禁制だとしたら、その周囲の奇異の視線に耐えられる自信は無い。
 こちらの動揺を察したのか、影山はこちらを向くとクスリと小さな笑みを零した。

「大丈夫ですよ。彼女に内緒でプレゼントを買いに来る男の人も結構いますからね」
「そうなの?」
「えぇ、女の人はサプライズが好きですしね……さ、行きましょう」

 電車から降りて改札口へと向かう。平日の放課後だけあって制服姿のカップルも多く、アイスクリームを食べながら和気藹々と語り合っている姿がそこかしこに見えた。

「………本当に、大丈夫?」
「だ、大丈夫です! わ、私達もカップルに見えると思いますから!」
「え、あ、はい……?」

 影山にしても今日は予想以上カップルの数が多かったのか、顔を真っ赤にして何やら訳の分からない事を言い始めた。

「な、な、なんでもありません! 気にしないで下さい!」

 主導であるはずの影山が焦っているのを見ると、こちらも釣られて焦ってしまう。すると駅前で互いが互いに刺激してテンパってしまう結果となり、駅から出てきた人達からの視線が痛い。

「………い、行こう!」
「は、はい!」

 これ以上ここに居るのは色んな意味で辛い。道行く人の視線から逃れる様に、近くのショッピングモールへと逃げ込む。

「はぁ、俺達、何やっているんだろうね……?」
「そう、ですね……」

 二人で内設されている椅子に座っていると少しだけ冷静になれた。どちらともなく苦笑し始める。駅前から走ったせいで、少し熱くなってしまった。ちょっと休もうと併設されている席に着くと安堵から苦笑が込み上げてきた。

「アイスでも食べようか? 影山は何が良い? 御馳走するよ」
「私は遠慮しておきますよ……悪いですし……」
「でも、プレゼント探すのを手伝ってもらうんだからさ。タダって言うのも悪いよ」

 見栄もあるし、先輩なのだから奢らせて欲しいと告げると影山は困った様な笑みを浮かべた。

「そうですか? じゃあ、ストロベリーをお願いします」
「分かった、ちょっと待ってて」

 影山は膝を揃えたまま、コクンと僅かに顎を引いて頷いた。相変わらず大人しい後輩だ。個人的にはもう少し図々しい位でも良い気がする。影山の謙虚な性格は確かに美徳であるけれど、なんでもかんでも背負いすぎてしまう気がする。
 どこかの淫乱サキュバスみたいになれ、とは言うつもりはないけれど、他人に好意に甘えて何かをねだる位の計算高さはあっても良いと思う。

「はい、ストロベリーアイスと何に致しましょう?」

 アイスクリーム屋のカウンターに行くと飛び切りのスマイルと共に、店員の刑部狸が出迎えてくれた。注文していないのに、ストロベリーアイスを確定している辺り、先程のやりとりに聞いていたに違いない。

「えっと、バニラ下さい。ストロベリーの方にはチョコレートスプレーを乗せて」
「ダメですよ、お客さん。そういう時は相手だけじゃなくて自分の方にもトッピングを乗せないと!相手が申し訳なくなっちゃうじゃないですか!特に、あのドッペルゲンガーみたいに自分に自信が無い子には、そういう所に気を使ってあげないとすぐに引け目を感じてしまいます!」
「じゃあ……バニラの方にもお願いします」

 言われてみればそうかもしれない。先ほどの会話が聞かれていた事は癪であるが、人間関係を大事にする刑部狸のアドバイスは的確である。乗っておいて損はないだろう。

「甘い、甘いですね……ここはトッピングに違いをつけるが吉ですよ。相手の興味を引き、話題の種の一つにしてしまいましょう。話題が弾んで、ちょっと交換してみようとなったら儲けもの。一粒で二度美味しいじゃあありませんか。ここは変り種のレモンの甘漬けなんていかがです?」
「あー……じゃあそれで」

 交換はどうでも良いけれど、話題となると少し気にした方が良いかもしれない。面と向かって話をするとなると、少しくらい話題性のある物を用意した方が良いだろう。
 というか、この店員は何か盛大に勘違いしている気がするのは……
「あ、媚薬はサービスしておきます?」
「要りません」

 気のせいじゃなかった。
 間違いない。勘違いしている。

「大丈夫ですよ、お客さん。 私だって誰彼かまわず勧めている訳ではありません。 一線を越えられなさそうな、初心な方だからこそ声を掛けているのです。 お客さんは誠実そうですし、あの子も引っ込み思案。 二人が一緒になれば、幸せ街道を一直線で走り抜けられる。 しかし、その最初の一歩を踏み出す事ができないからこそ、おすすめしているのです。 媚薬を使う事に良心が痛む? いやいや、この媚薬は恋の処方箋でございます。 言わば、恋の若芽のための栄養剤でございます。 恐れる事は何一つございません。 この刑部狸の鑑識眼に掛けて、必ずや二人の仲が上手く行くこと保証いたしましょう」
「あの、お会計、お願いします」
「今の熱弁聞いてませんでした? お客さん?」

 熱弁してくれたところ申し訳ないけれど、単なる先輩と気の利く後輩だ。きっと素敵な彼氏を見つけると思う。ここで変な事をやって間違いを起こされてしまった方が一生後悔するだろう。

「それは無粋な事を致しました。土足で二人の領域を荒らしてしまった無礼をお許しください。では、改めて正しき道を歩みますように微力ながらお手伝いをさせて頂きます」
「……あ、ありがとうございます」

 会計の代金を支払い、アイスと共に手渡されたクーポン券を貰いながら苦笑を返す。営業スマイル以外のなんだかよく分からない意味深な笑顔を背で受けながら、アイスを両手に持ち元来た道を戻っていく。

「あ。ありがとうございます。 ……トッピングなんてして下さらなくても良かったのに」
「店員に勧められてさ。 気にしないで」
「御馳走になります」

………
……


「先輩、御馳走様でした」
「いやいや、安くてごめんね」
「いいえ、気遣ってくれたのが、嬉しいんですよ」

 先ほどの店員のお陰で話題には事欠かなかった。もっとも、その件の店員の話題性が強すぎて、全く持って他の話題には触れなかったのだが。
 アイスクリームを食べ終えてからは、のんびりとショッピングモールを冷やかし始める。

「んで……誕生日プレゼントには、何を贈れば良いの?やっぱり服とか?」
「服は本人の趣味もありますし、サイズの問題もあるので難しいですよ?」

 いつも誰かのプレゼントを選ぶ時には声が掛かるというだけあって、説得力のある適格なアドバイスをくれる。贈るとしたらやっぱり小物だろうか、と思案していると影山は不意に立ち止まってこちらを向き、微笑んだ。

「私ならお手伝いできるんですけどね」
「どういう事?」
「私の種族、忘れちゃったんですか?」

 思わず訊ね返すと、拗ねたような表情を浮かべながらこちらを見上げて来た。
 影山の種族、それもドッペルゲンガーだ。ドッペルゲンガーと言えば、特定の相手の容姿を完全に模する事ができる能力を持っている。

「それだけじゃないですよ? 姿形だけじゃなくて趣味嗜好まで把握できますからね!」

 腰に手を当てて、どうだと言わんばかりに得意げな表情を浮かべる。確かにプレゼントを贈る側からすれば、前もって相手の情報を入手できる影山の能力はこれ以上無いほどに頼もしい物である。

「じゃあ、早速だけど影山、服屋に……」
「でも、鈴鹿さんへのプレゼントは服にはしません」

 服屋に行こうとすると、影山はクルリと背を向けて別の店へと向かい始めた。慌てて足を止めて影山に追いつく。

「なんで?」
「そう言う物なんです。 ………とにかく、女の子にはいろんな事情があるんです! そう簡単に女の子に服をプレゼントしちゃだめなんですよ!」

 どうもそういう物らしい。女心というのは正直分からないので、ここは手伝ってくれている影山のいう事を聞いておいた方がいいのだろう。
相談の結果、プレゼントを小物に絞り、机の上などに置いておける物にしようという事で店内を見回る事にした。
 自分の能力を駆使して誰かの役に立てるのが嬉しいのか、終始楽しげであり退屈する事は無かった。しかし、残念な事にショッピングモール自体の品ぞろえはアクセサリーが中心であったため、ここで鈴鹿が気に入りそうな小物は手に入らなそうという結論に至った。

「先輩の力になれなくて申し訳ないです…… 行く前に先にジャンルを決めておけばこういう事にならなかったんですけど……」
「気にしないで。 凄く参考になったから」

 シュンと子犬の様に気を落している後輩を慰める。事実、一人ではここまで見る事はできなかったし、贈り物も何を選んで良いのか皆目見当がつかなかった。そういう意味では影山のアドバイスは非常に貴重だった。

「もし先輩のお時間がよろしいようでしたら、明日もお手伝いできますけど? 明日は今日みたいな事にならないと思います!」

 ぎゅっと両の拳を握って、訴えてくる。プレゼントを選んできた影山としてもプレゼントを選んできたプライドがあるのか、瞳の奥にはメラメラと闘志が燃えていた。
 ありがたい申し出ではあるけれど、影山にも自分の時間が必要だろう。そもそも、先輩として後輩に頼るというのも気が引ける。

「私の事は気にしないで下さい、大丈夫でから! ううん、今回の失敗を返上したいので、こちらからお願いします!」

 答えあぐねていると、影山の方がぺこりと頭を下げた。こうされてしまっては頼まないわけにはいかない。

「そういう事なら、お願いしても良いかな?」
「はい! こちらこそお願いします!」

………

「よかったですね! 鈴鹿先輩の気に入りそうな物が見つかって」

 誕生日プレゼントを会計していると、影山はそう言って笑った。
 あれから気に入ってもらえそうな物はなかなか見つからず、次の日も、その次の日も付き合って貰ってしまった。結局、誕生日まで随分と時間があったにも関らず、見つかったのは誕生日の前日だ。もしも自分一人で探さなくてはならなかったとしたら、おそらく納得のいくものを選ぶ事はできなかっただろう。

「ありがとうな、影山」
「いいえ、私も楽しかったですから、気にしないで下さい」

 クスリと笑いながら首を振る。
 何日も手伝ってもらったにも関らず、そんな笑みで言われてしまっては先輩として立つ瀬が無い。今度ご飯にでも連れて行って御馳走してやらなくてはならないだろう。

「先輩、期待していますね」
「おい、期待すんなよ……俺、影山が喜びそうな場所とか知らないからな?」

 それでも、長峰にでも訊けば一つか二つ位は教えてもらえるだろう。万年一人遊びの遊び人でも、アイツなら女の子の喜びそうな場所をそれなりに知っているはずだ。
 そんなことを考えていると思考を先回りしたのか、ツッと指の先で鳩尾の辺りを突きながら影山は僅かに悪戯っぽい笑みを含んで見上げていた。

「そういうのは先輩が自分で探してくれるから意味があるんです」
「なにそれ……」

 誕生日プレゼントを選ぶのを手伝って貰うのは良いのに、付き合って貰った御礼の御飯を選ぶのは手伝って貰ってはいけないのか。曰く「誰かの手を借りてばっかり居ては、いつまで経っても女の子を喜ばせられない」との事だが、なんだか理不尽な気がしてならない。

「日程から場所まで、全部先輩にお任せ致しますから」
「そんな無茶な……」

 ニコニコと隣で笑みを浮かべている後輩が今は少しだけ悪魔に見える。もっとも、元来の性質は魔物なのだからあながち間違っていないのかもしれない。
 店員にプレゼントの代金を払い、店を後にする。

「そうですね……私、美味しいパスタが食べたいです。特にカルボナーラが良いです」
「あー……分かったよ」

 そこまで限定してもらえれば、インターネットを使えばなんとかなりそうだ。
 ある程度店が絞れれば、それを提示してどこに行きたいかを選んでもらって、日程調整をすればいいだろう。

「じゃ、俺、こっちだから」
「はい。先輩、気を付けて」
「付き合ってくれて、ありがとうな」

 分かれ道で帰る前に挨拶を交わし、それぞれの帰路に着く。

「……先輩!」
「ん?」
「パスタ、楽しみにしていますから!」

 可愛らしい後輩のおねだりに、分かったよ、と苦笑しながら片手を上げる。
 どうやら本腰入れて探さないとならないようだ。

「はぁ……影山ってあんなキャラだったっけ?」

………

「姉ちゃん」
「おぉ、少年。 どうした?」
「誕生日だろ? 姉ちゃん今年で卒業して大学に行くし……プレゼント、用意した」
「おぉ! プレゼント!? なんだ?」

 誕生日のせいか機嫌が良かったのだが、プレゼントと聞くと子供の様に目を輝かせて喜んだ。プレゼントと聞くだけでこんなに喜んでくれるのであれば、もう少し早く用意してやっても良かったかもしれない。
 僅かに罪悪感を覚えながらも鞄を開けて、店で誕生日用に包装してもらった小包を手渡す。開けても良いか、と訊きながらも指は既にセロハンテープを外す準備を終えている。もし、ここで家に帰ってから開けてと言ったところで最早止まるまい。頷いて続きを促した。
 破らない様に注意しながら、それでも少しでも早く中身が見たいのか真剣な顔つきで包装紙と格闘している。

「おぉ!」

 ついに包装紙を剥ぎ取り、プレゼントと対面する。
 シンプルなペン立て
 木で作られたそれは派手さは無いが、質素な木目が綺麗だ。サキュバス相手だったら、もう少し派手な物を選んだ方が良い気もしたが、あまり派手な物を送っても困るだろうということでこれに落ち着いたのだ。
 ただ、苦労して選んだ甲斐はあったらしい。
 よっぽど気に入ったのか、鈴鹿は鞄を放り出してペン立てを胸に抱きこみ、本当に良い笑顔を浮かべている。周囲の目も気にせず喜ぶ姿は、思わずこちらまで頬が緩んでしまう。

「嬉しいな…… こんな素敵なプレゼントを用意してもらえるなんて」
「まぁ、あっちに行って飽きたら捨ててくれれば良いよ。そんなに高いものでもないし」
「とんでもない! 後生大切にするよ」

 あまりの喜びようになんとなく気恥ずかしくなくて言ってしまったが、有り得ないとでも言うように鈴鹿は目を丸くして答えた。そのせいで、余計に顔が熱くなってしまう。

「ふふっ……それこそ、お前だと思って大切に、な?」
「おい、馬鹿を言うな」
「冗談だ」
「全く…」

 鈴鹿は意味深に呟き、思わず突っ込みを入れるとカラカラと笑った。
 ただ、体に染みついた習慣のお陰で少しだけ冷静になれた。

「それにしても良いものだな…… こんなに良い物を貰ったのは初めてだ」
「姉ちゃんなら、こんなプレゼント一杯貰ってるだろ?」
 隣で見ていても鈴鹿は異常なほどにモテる。それこそ、玄関先で告白されているのを見たのは一度や二度ではなく、人払いのルーンを刻んでいた時期もあったほどだ。それなら、ペン立てなんて目ではないくらいの高価なプレゼントだって貰っていただろう。
 けれど、鈴鹿は苦笑交じりに微笑み首を横に振った。

「プレゼントを贈られた事はあるよ、だが……受け取った事はあまりない」

 静かにそう答えた。
 その答えは自分にとってあまりにも意外で、言葉を失うにはあまりにも容易だった。

「だってそうだろう? 私はサキュバスさ、つまり淫魔だ。 幾ら魔力を抑えた所で男を惹きつけてしまう。 そうやって近づいてきた人間というのは、私という個人ではなくサキュバスという種族に魅了されただけの話なのだから」
「あ……」

 言われて気が付いた。
 時代が流れ、人と魔物が共存できる世界というのができた。しかし、男を惹きつけてしまうサキュバスという本質は変わらない。それは意識的であろうと、無意識的であろうと関係が無い。
 サキュバスがモテる、というのは確かに正しい。だが、それは本当に鈴鹿の事を評価した上で好意を寄せてくれているかと言えば疑問が残る。
 私は臆病なんだ、と鈴鹿は苦笑する。
 だが、それは違う。鈴鹿が臆病な訳ではない。誰もが自分の内側に自分で積み上げてきた物を認めて欲しいのだ。それは、生まれ持って出てきた才能や出自に寄らない、本質の自己の部分だ。

「だから、こういう素直な気持ちの篭った贈り物というのが私は何よりも嬉しいんだよ」

 柔らかく心底愛おしそうな瞳で素朴なペン立てを見つめながら呟いた。
 サキュバスだろうがなんだろうが、乙女的な部分はあるのかもしれない。

「少年、今、内心馬鹿にしただろ」
「なんでそうなるんだよ」
「見てれば分かる」

 なんとなく気恥ずかしくなったのか、鈴鹿は僅かに頬を赤くしながら濡れ衣を着せてきた。乙女だとは思ったが、少なくとも馬鹿にしたつもりはない。襲い掛かってくるのではないかと内心身構えたが、持っているペン立てを気にして睨み付けるだけで終わった。
 何事も無かったので、ホッと胸をなでおろす。

「ところで、智彦。 このペン立ては影山と一緒に選んだのか?」
「え、なんでわかった?」

 しまったと思った時には既に遅い。唐突な質問に思わず頷いてしまうと、先程の視線とは違うじっとりと湿り気を帯びた絡みつく視線が投げかけられた。

「軽くカマをかけてやるつもりだったのだが、こうもあっさり引っかかるとは……」

 やれやれ、と頭に手をやり首を振って溜息をつく。今にも捨てられそうな雰囲気ではあったが、ペン立ては一応は鈴鹿の鞄の中にしまって貰えた。
 確かに今の話の流れであれば、自分で選んだと嘘はついておくものだろう。こうなってしまえば残るのは罪悪感しかない。

「もっとも、嘘を吐いた所でこんなに良い物をお前一人で選べるとは思わんがな」
「うるさい」

 ニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべながら、こちらを見てくる。
 やはり、こいつはサキュバスだ。人の心を弄ぶ悪魔だった。

「そうフテるな少年、こっちへ来い」
「だまれ」
「良いから」
「やめ……」

 手を振ってサキュバスを振り払おうとする。けれど、その手は間をずらされてあっさりと避けられた。軽やかに間合いに入る。顔が近づいて……

 何か柔らかい物が頬に触れた

 触れたのは、ほんの一瞬だ。あとは何事もなかったかのように、サキュバスはあっさりと身を翻す。

「誰かに手伝ってもらったとしてもな、嬉しい物は嬉しいんだよ。少年」

 そう言い残し、顔を赤くしたサキュバスは逃げる様に飛び去って行った。
 ポツンと一人残される。
 段々と思考が戻って来ると、何をされたのかがようやく理解できるようになる。そっと頬に触れてみる。まだ温もりが少しだけ残っていた。

「バーーーカ!!!」

 とりあえず、叫んでおいた。


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ハラハラと桜が散る。
咲く間は短く、また地に落ちて傷つけばすぐに黒ずんでしまう。
だからこそ、私はこの脆く儚い花が懸命に命を主張しているようで堪らなく好きである。
この美しい花に囲まれて命の代替わりの時期に卒業できる事を嬉しく思う。
来年からは一人暮らしだ。
これから、どういう生活が待っているか今から楽しみである。

「鈴鹿先輩」

不意に後ろから懐かしい声を掛けられた。

「卒業、おめでとうございます」
「おぉ、影山か。 ありがとう」

自分に自身がなく、誰かの姿を借り、俯きがちだった出会ったころの頼りない後輩の姿はない。おそらくは、自分の能力を社会に生かす方法の一端を掴んだのだろう。ありのままの姿でも、真正面からこちらを見ている。
随分と立派な魔物に成長したものだ。これなら安心してこの学校を任せて卒業する事ができる。良い後輩に恵まれたものだ。
自然と頬がほころんでしまう。

「影山も勉強頑張れよ? 才能はあるんだから、自信をもって努力すれば……」
「先輩、そういう周りくどい話は無しにして、単刀直入に本題に入りましょう」

後輩の唐突な提案に何の話だろう、はて、と首を傾げた。
けれど、影山は真っ直ぐな視線が揺らぐことがなくこちらを見据えている。

「智彦先輩にパスタの店を教えたの、鈴鹿先輩ですよね?」

一言、そういった。
なるほど、そういう事か。

「気に入ったか?」

笑いを堪えながら答える。
案の定、僅かに怒った表情を浮かべた。それはそうだ、自分の標的に横から手を出されて怒らない魔物はいない。だが、それを正面から糾弾するほど、影山も幼稚ではない。
標的は、まだ誰のものでもないのだから。

「絶対、鈴鹿先輩に負けませんから!」

一人の恋する者として、或いは、一匹の人を食らう魔物として
高らかに宣戦布告した。

そうとも私たちは魔物だ。
魔物同士はこうでなくてはならない。

「あぁ、やれるもんならやってみるが良い。 私も負けるつもりはないからな」

魔物は相変わらず人を食らい、己の勢力を伸ばすために日夜鎬を削っている。
けれど、世界は平和です。
12/10/05 18:54更新 / 佐藤 敏夫

■作者メッセージ
初めての人、初めまして
お久しぶりの人、お久しぶりです

安定のエロ無し佐藤です。


「よっしゃ、サキュバス! ど淫乱! 濃厚エロwktk!」

という感じで来たサキュバス好きに

「なんだ、エロ無しかよ……」

と、させておいて不意打ち&クロスカウンターで

「やべ、サキュバス可愛い……」

と悶えさせたい
というコンセプトの元に書きました。

着想三十秒
製作時間四日か五日(実質的に)

ちなみに、後日談は書くつもりはないです
各々想像してください(オイ

あと、最近ツイッターやってます WhiteSeasoning

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33