読切小説
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とある境内にて
 何一つ変わらず、何一つ新しい事の無いはずの日常。
 今日も当たり前のように友人と境内で遊ぶ約束してきた。
 「さて、今日は何をしようか」そんな他愛のない事に真剣に頭を悩ませる幸せな日々。境内の階段を上ると、そこにはいつもの悪友の稲荷が居た。軽く手を挙げて挨拶する。どうやらまだ誰も来ていないようだ。
 退屈そうに稲荷は狛犬の座る台座に腰掛けて、足をぶらつかせていた。足を動かす度にその絹糸の様な真っ白な髪の毛がしなやかに揺れる。太陽に照らされた彼女の姿に思わず目を細める。彼女は世にも珍しい雪狐の稲荷なのだ。
 その可憐な稲荷は白百合という。
 もちろん、それは上面だけである。そもそも、可憐な少女は魔除の像の台座に座ったりしない。一皮剥けばその下に潜んでいる獰猛な牙がむき出しになるだろう。どちらかといえば、白百合ではなく鬼百合の方が似合ってそうである。
 まったく神社に住まう稲荷がそんな無礼なことをやっても良いのか、と訊ねたくなってしまうが、相手が白百合では仕方ない。「ガーゴイル相手なら考えるが、こやつはただの石像だ」などと反論してくるのが目に浮かぶ。物心が付いた頃からの付き合いがある和弥に言わせれば、この稲荷は素直ではないし注意すればムキになるだけ、との事である。
 誰も着ていないのに二人で先に準備するわけにも行かない。だからと言って、このまま二人で待ちぼうけと言うのも阿呆みたいだ。

「何をして待ってようか?」

 自然、口から零れる。
 無論深い意味など無い言葉だ。どちらかといえばただの子供同士の世間話に近い。何かすべきことが見つかればそれでよし。もし見つからなければ、何か適当な話題でも探しながら時間を潰そうという提案だ。
 稲荷はニッと唇の端を上げて笑った。
 どうやら何か案があるようだ。元より白百合は悪戯狐、退屈とは無縁な生き物である。

「驚かせよう」

 彼女は応えた。
 なるほど簡潔だけれど名案だ、少年は頷く。
 折角やるのならやはり徹底的に。悪戯も準備しないといけない。隠れる場所と道具を準備する必要がありそうだ。

「和弥、こっちだ」

 そう言うが早いか、白魚のような手を手の平の中に滑り込ませて駆け出した。簡単に言うが、稲荷の「駆ける」というのは人の「駆ける」とは訳が違う。不意を突かれたとはいえ、引っ張られるような体勢になる。
 当たり前といえば当たり前。
 しかし、人と稲荷は比べるべくもないと頭では分かっていても、男が女に振り回されているのはなんとも情けない気がする。ましてやもう少し互いに幼く、白百合の妖気も未熟だった頃には駆け足では勝っていたとあっては易々と認めることなどできやしない。
 勝てずとも、負けるものか。
 地を蹴って向かうは社。白百合はこちらが全力疾走しているのを見ながら涼しい顔を浮かべ僅かに歩を早めた。
 石段を蹴って中に飛び込む。飛び込んだのは同時だ。しかし、コチラは頭から転がり込んだのに対し、白百合は軽やかに宙返りをして床に降り立った。
 白百合は仰向けでゼェゼェと息を切らし肩で呼吸をしている様子を満足気に覗き込むと、ニィと口の端を上げて鋭い犬歯を閃かせた。

「ま、引き分けって事にしておいてやるよ」
「白百合・・・」
「ん〜?」

 口ではそう言っているが尻尾が左右にワサワサと機嫌良さげに動いているあたり、どう考えても自分が勝っていたと思っているのだろう。その証拠に名前を呼んだだけでニンマリとした笑みを顔に貼り付けながら顔を近づけた。
 面倒臭い奴だ
 シッシと虫を追うように手を動かすとケタケタと笑いながら顔を引いた。もう呆れて物も言えず、溜め息を吐くぐらいしかやる事がない。

「まぁ良いや、そろそろ起きろよ。 いつまでもそんな所で寝転がってないでさ」
「わかってるよ」
「わかってねぇじゃん。そんな悪い子には何が起きても知らねぇからな?」
「お前が言うな」

 強がりを言ってみるものの身体はいう事を聞いてくれない。それはそうだ、あれだけの全力疾走の後では身体がだるくてしかたない。白百合は軽く肩をすくめた後、クルリと背を向けて入り口の方へ歩き出した。

 トンッ

 唐突にそんな音がして視界が闇に落ちた。
 外と内を区切る障子を閉めただけであり、外からの陽光が僅かに入り込んでいるので視界はすぐに戻ってくる。
 仕方ないけれど起きるか。疲れた身体に鞭打って起き上がろうとしたところで違和感に気がついた。手が動かない。それだけではない頭の先からつま先まで、ピクリとも動かすことができない。

「まさか、こんなに簡単に掛かるとはね・・・」
「白百合?」

 暗がりに浮かぶ白百合の姿はまるで幽鬼のようだ。嗜虐的な表情を浮かべコチラを見下ろしている。身動きが取れないこちらの様子を嘲笑いながら隣に座り込み、そっとヒンヤリとした手が首筋を撫でた。

「言ったろ? 驚かせるって」
「それって・・・」
「馬鹿だなぁ、お前は。 誰が他の奴を驚かせるって言った?」




 お前に決まっているだろ?




 弓のように引き絞られた金色の双眸で見据えながら囁く。長年の経験から言えば、白百合の悪戯の度合いは対象の人数に反比例する。つまり、この状況は死刑宣告と変わりない。
 少なくとも悪戯に妖気を使っている以上、あとは天に身を任せるしかない。

「和弥、昔からお前には気に食わないところがあってなぁ・・・ 私は随分と腹立だしい思いをしたものだよ」

 白百合は覆いかぶさるように顔を近づける。
 なんでしょうか、とは言えなかった。言ったら間違いなく後戻りはできない。最悪の場合は首筋に白百合の尖った牙が食い込むことになるだろう。身動きできない以上それは洒落にならない。

「だから、これは復讐だな」

 ザラついた舌で頬を這う。塩辛いな、と呟く彼女のその姿は獣を思わせた。恐怖で目を逸らしそうになるが、目を逸らした瞬間に喉笛を噛み千切られる。だから、視線を逸らすことができなかった。
 ただ阿呆みたいに彼女の姿を見つめる様子が可笑しかったのか、目を細めクツクツと嗤う。
 許して欲しい?
 彼女は視線だけで問う。その仕草は恐怖を通り越していっそ艶やかだ。白百合は命乞いを見て喜悦に目を細めた。
 良いよ、と白百合は頷いた。
 されど、相変わらず金縛りは解けず、その瞳には嗜虐的な光は些かも衰えていない。

「お前のせいで胸が苦しくなり、お前がどこかに行くたびに寂しくなる。 先祖よりこの土地を守ってきた誇り高き稲荷がたかが人間如きに心捕らわれたのだ。 この屈辱と怒り、お前には理解できるか?」

 獣の熱い吐息が頬を撫でる。元より選択肢などなかったらしい。

「古来よりな、神の怒りを静めるのは贄だよ。 だからな・・・」



 我が贄になれ



 潤んだ瞳で甘えるように嘆願する。
 掛かる吐息は獣の吐息、クラクラするのは死を目前としたからか。ならば、ここで少しでも命を永らえようとして、頷いてしまうのも仕方あるまい。
 白百合は微笑んだ。
 表情は名に相応しい可憐な白い花。

「これよりお前は私の・・・私だけの贄だ。 努々後悔するなよ?」

 甘く、告白するように呟いた。
 それから上から退くと、そっと手を差し出した。金縛りは無い。羽のように軽い身体は今にも空を歩んでいけそうだ。一人で立ち上がるのも問題無かったが、折角手を貸してくれたのだから甘えることにしよう。

「強引だったか?」

 身体を起こし、向かい合って座る。すると、何処か申し訳なさそうに耳を垂らして上目遣いに訊ねてきた。尻尾は力なく床に伏していて、その姿はまるで怒られることに怯える子犬を思わせた。
 滅多な事では反省しない白百合だ。少なくとも自分の目の前では反省したことはない。

 そして、その姿がありえないほど可愛らしく・・・



 本当に心臓が止まるかと思った
11/08/20 00:52更新 / 佐藤 敏夫

■作者メッセージ
アドリブの思いつきで筆の赴くままにチャットで15分の間に書いた稲荷さんをSSにしてみた。最初はエロを絡める予定だったのだけどエロは無くなりました。

何故か?

師(読・エロい人)曰く
「張り合うなッッッ! 持ち味を活かせッッッ!!!!!」
との事


エロ期待した方々
エロ魔物娘図鑑だけど、俺のSSのエロ率が異様に低いのは仕様です(オイ

ゴメンなさい
あんまり反省してないけど許してね?

それでも読んでくれている方々に感謝を!!!

追伸
アドバイス下さった宿利京祐さん、ありがとうございます

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