半人前だからできること
「私にやらせてください!」
私が申し出ると二人は驚いた表情を浮かべた。顔を見合わせ、それから何やら話し込んでいる。二人はきっと母に用があったのだと思う。だから、心臓がドキドキする。やっぱり見た目の幼い私には任せてもらえないだろうか。結婚式とは一生に一度の大きなイベントであり、また、大事な儀式である。遠路遥々やってきたのは、母ならば絶対に成功させてくれると確信しての事だろう。
二人は暫く話あった後、こちらに向き直った。
待っている間はものの数分だったのだけれど、口の中がカラカラに乾いて唇はくっついてしまう。駄目なら、また誰かに当らなくてはいけない。お願い、私にやらせて。そんな祈るような気持ちで二人を見つめていると二人はニッコリと微笑んだ。
「「では、お願いしますね。 可愛いシー・ビショップのお嬢さん」」
彼らの言葉を聞いた私は天にも舞う気持ちだった。
・・・
「今日はよろしくお願いします。 クレス・クロライドさん。ミレイユ・サルファーさん」
「こちらこそ、よろしく。 ケニー」
「ふふ、お願いしますね」
しっかりと二人と握手を交わす。
クレスの豆だらけの無骨で暖かい手と、ネレイスのミレイユのヒンヤリと冷たい滑らかな手。対照的な手だったが、どちらも優しい雰囲気をたたえている。
「まぁ、そんなこと言っても・・・ この苗字はすぐに使わなくなっちゃうんだけどね」
「家族になるからね」
二人はこっちが恥ずかしくなるくらいに熱々なところを晒すので、見せられている方は思わず苦笑をしてしまう。けれど、二人は本当に仲が良さそうだ。きっと他人を愛するというのはこういう事なのだろう。この二人の結婚式の立会いができるのだと思うと、このうえなく誇らしい気分になる。
地域や場所などで多少の慣習は異なることはあるにしても、大まかなアウトラインはどんな式でも一緒だ。既に手順などは前もって打ち合わせをしているし、企画に対してオッケーを貰っている。今は手順の最終確認と細部の打ち合わせだ。
見落としなどが無い事を何度も確認し、手順に関する疑問点を徹底的に排除する。
二人は私のプランを気に入ってくれたらしく、満面の笑みを浮かべてくれた。
「とっても素敵な式になりそうね」
「さすが、ブラウニーさんの娘さんだ」
「ありがとうございます」
褒められて深く頭を下げる。
ブラウニーとは自慢の母の名だ。
彼女の祝福を受けたカップルは永遠の愛を得るという噂が絶えず、遠方より結婚式には母の祝福をもらおうと訪れる。母は私の理想像であると同時に、私の越えなくてはいけない壁だと思っている。
「ふふ、可愛いわね。 私も子供の目標になれるような母親にならないと」
超えなくてはいけない母の姿を脳裏に描き、超えるためにもこの式は絶対に成功させてみせようと小さく気合いを入れていると、クスリと笑われてしまった。私も恥ずかしい所を見られてしまい、照れ隠しに頬を掻くので精一杯だった。
「そろそろお時間ですね。 では、準備をお願いしますね」
半ば強引に話を区切り、少し早いが結婚式の準備をしてもらうことにする。笑われたくないという部分もあったけれど、私も結婚式場の最終チェックが残っているので嘘ではないだろう。
もう一度だけ周囲を見渡して見落としが無い事を確認し、式の手順を確認する。
祝福の言葉は何度も練習したし手順だって何度も見直しをした。だから、きっと大丈夫だと思う。一般的な教会をベースにしつつも水生の魔物のための水路を用意してあるので移動に困る事はありえない。そう自分に言い聞かせて少しでも落ちつかせようとするが、一向に気分は静まらない。
あと十分もしない内に参列者が入って来て式は始まる。重い樫の扉が開き、ぞろぞろと来賓のお客さんが入って来た。新郎新婦のおめでたい姿を一目見ようと集まってくれた方々だ。
あぁ、緊張する。
落ち着かない様子で二人を待つ沢山の観客を前にして、思わず気圧されてしまいそうになる。それに、初めての結婚式の司祭なのだ。口の中がカラカラに乾いて、心臓が早鐘のように鳴って体中に過剰なほど血液を送り出す。
荘厳なパイプオルガンの音がチャペルに響く。
それが合図だったかのように、全員が口を閉じて期待に満ち溢れた瞳をむけてくる。私も気持ちを切り替えて式に臨む。いざ式が始まると、幼い頃から脇に抱えて持っていたずっしりとした石版の重みが私を安心させた。
深く呼吸をして、肺に一杯の新鮮な空気を送り込む。まだ緊張のせいで耳鳴りがしているような気がするが、それでも幾分落ち着いた。チャペルの中に併設されている水路を通り祭壇に向かう。
「これより結婚式を執り行います! 新婦の入場です」
高らかに宣誓する。
告げると一斉に入り口に視線が向けられた。
ゆっくりと軋みを上げて重量感のある扉が開かれると、美しく着飾った新婦が父親に手を引かれて入場した。深い海のような透き通ったコバルトブルーの肌に、花びらのようなウェディングドレスは良く映える。あまりの美しさに思わず観客が息を止めたのが分かる。
私も一瞬自分の役目を忘れてしまいそうになった。
静々と二人でヴァージンロードを歩む。半ばまで歩むと二人は足を止めた。
二人の前には、正装をしたクレスが立っている。クレスがそっと手を差し出すと、ミレイユは一瞬だけ手を取るのをためらった。父親は静かに手を解き、そっと愛娘の肩に手を添える。
けれど、至上の幸福を約束された満面の笑みを浮かべる父親の瞳の奥に身の一部を失うような寂しげな色を見つけそれで全てを悟ったようだ。小さく頷いて、今度は迷い無く手を伸ばし差し出された手を掴む。
父親と新郎は一度だけ視線を合わせる
父親は問い、新郎は頷く。
交わされた言葉は何一つ無い。
だが、伝わることもある。
新たなる二人組みは振り返らずに道を歩み始める。父親は黙ってその背中を見つめている。
・・・さて、私の仕事はここからだ。
一人の参列者としてこの式に臨んでいるわけではない。
二人が祭壇の前に来たことを確認する。
参加者の黙祷を捧げ、私は二人のために祈る。
僅かな間を静寂がチャペルを包み、二人の明るい未来への祈りが内を満たした。
「すこやかなときも そうでないときも
この人を愛し 敬い なぐさめ 助け
命の限り かたく節操を守り
ともに生きることを誓いますか」
祭壇に向かうクレスとミレイユに問う。二人は微笑んだ。答えるまでもなく二人の胸の内は既に決まっているのだろう。私も二人に笑みを返す。
貴方達の答えを聞かせて下さい。
「誓います」「誓います」
声をそろえて宣誓した。
「では、指輪を交換し、誓約書にサインを」
互いに互いの左手の薬指にリングを通してサインをした。二人の感情が最高潮に達したのか、力強い抱擁を交わし泣きながら深いキスをする。こうしてクレスとミレイユは神の名の下に新たな関係を築いたのだ。
感動的な光景である。
あまりにも尊い二人の姿を見て、思わず涙ぐむ。
「この・・・ぐす・・・男女が、夫婦であることを・・・宣言します」
零れ落ちそうになる涙を何度も瞬きしながら必死に堪え、何度も練習した言葉を紡ぐ。けれど、辛うじて私の精一杯だった。あまりにも二人の門出が嬉しすぎて、もう、私には賛美歌を歌う余裕なんてどこにもなかった。
司祭だから絶対に泣いてはいけないのに、嬉しくて後から後から涙が零れてしまう。こうなってしまったら私は駄目だ。どうしようもない子供みたいに泣き声をあげてしまう。祝祷を述べなくてはいけないのに、私のせいで二人の式が台無しになってしまう。
会場には賛美歌が流れ、参列者が声を揃えて歌い始める。
「ケニーちゃん」
参列者が捧げる歌に紛れ、泣いている私にそっと耳打ちをする。驚いて顔を上げると、化粧が涙で崩れるのも気にせずに泣きながらミレイユが笑みを浮かべていた。ミレイユの細い腕が絡みつくと、力強く私を抱き頬にキスをした。呆然とする私の頭を今度はクレスがワシャワシャと撫でた。
音楽が、新郎新婦の退場のものに切り替わる。
参列者が立ち上がり、惜しみない拍手とともに二人を送り出す。
私はただ、二人の姿を泣きながら見送ることしかできずにいた。
・・・
「母さん・・・ やっぱり、母さんみたいに上手くできなかったよ・・・」
誰一人居なくなった式場には、母さんと私の二人きりだ。
先ほどまで満員だった分、物音一つしないこの部屋はまるで懺悔室のようだった。
「そうね、まるでお遊戯を見ているみたいだった」
やっぱり。
私は母さんのようにはなれないのだろうか。今まで一生懸命練習してきたつもりだったけれど、ちっとも上手くできなかった。それどころか、一生で一番大事な式を台無しにしてしまった。申し訳ない気持ちで一杯になり、取り返しのつかない事をしてしまったと、悔いる気持ちがただ胸の内に残る。
私は司祭に向いていないのかもしれない。
ポスン、と母が肩に手を置いた
「ふふ、だから貴女は半人前なの」
「え?」
「あの二人の表情は見てなかったの?」
にっこりと笑って私の顔を覗きこむ。
あの二人はどんな表情を浮かべていただろうか。
式を台無しにされて怒っていた? それとも、悲しんでいた?
いや、どちらでもない。心底嬉しそうに笑っていた。自分達の大切な式にも関わらず、打ち合わせの手順を破ってでも感謝の気持ちを伝えてくれた。
「あの式は確かに滅茶苦茶だったわ
祝辞だってキチンと言えてないし、閉式の言葉だって言えていないから、式も終わらせてない。 色んな同僚を見てきたけど、途中で泣き出してしまう司祭は初めてね」
けれど、今まで見た中で一番祝福していた結婚式だと思う
・・・
「ケニーさん! こんな所にいらしていたんですか」
ミレイユが結婚式場に駆け込んできた。今は披露宴の最中のはず、花嫁が抜け出してくるとは一体どういう了見だろうか。呆然としていると、ミレイユはウェディングドレスのまま走りにくそうに駆け寄り、私の手を取った。
「早く来て下さい。 披露宴が始まってしまいますよ?」
「え、でも・・・ 私は」
「部外者だから出席できません、なぁんて、水臭いこと言わないで下さいね? 無理言って席を増やしてもらってしまいましたから」
引っ張られる。
振り向くと、母さんはニコニコと微笑んでいた。行ってらっしゃいとでも言いたげに緩やかに手を振りながら・・・
私が申し出ると二人は驚いた表情を浮かべた。顔を見合わせ、それから何やら話し込んでいる。二人はきっと母に用があったのだと思う。だから、心臓がドキドキする。やっぱり見た目の幼い私には任せてもらえないだろうか。結婚式とは一生に一度の大きなイベントであり、また、大事な儀式である。遠路遥々やってきたのは、母ならば絶対に成功させてくれると確信しての事だろう。
二人は暫く話あった後、こちらに向き直った。
待っている間はものの数分だったのだけれど、口の中がカラカラに乾いて唇はくっついてしまう。駄目なら、また誰かに当らなくてはいけない。お願い、私にやらせて。そんな祈るような気持ちで二人を見つめていると二人はニッコリと微笑んだ。
「「では、お願いしますね。 可愛いシー・ビショップのお嬢さん」」
彼らの言葉を聞いた私は天にも舞う気持ちだった。
・・・
「今日はよろしくお願いします。 クレス・クロライドさん。ミレイユ・サルファーさん」
「こちらこそ、よろしく。 ケニー」
「ふふ、お願いしますね」
しっかりと二人と握手を交わす。
クレスの豆だらけの無骨で暖かい手と、ネレイスのミレイユのヒンヤリと冷たい滑らかな手。対照的な手だったが、どちらも優しい雰囲気をたたえている。
「まぁ、そんなこと言っても・・・ この苗字はすぐに使わなくなっちゃうんだけどね」
「家族になるからね」
二人はこっちが恥ずかしくなるくらいに熱々なところを晒すので、見せられている方は思わず苦笑をしてしまう。けれど、二人は本当に仲が良さそうだ。きっと他人を愛するというのはこういう事なのだろう。この二人の結婚式の立会いができるのだと思うと、このうえなく誇らしい気分になる。
地域や場所などで多少の慣習は異なることはあるにしても、大まかなアウトラインはどんな式でも一緒だ。既に手順などは前もって打ち合わせをしているし、企画に対してオッケーを貰っている。今は手順の最終確認と細部の打ち合わせだ。
見落としなどが無い事を何度も確認し、手順に関する疑問点を徹底的に排除する。
二人は私のプランを気に入ってくれたらしく、満面の笑みを浮かべてくれた。
「とっても素敵な式になりそうね」
「さすが、ブラウニーさんの娘さんだ」
「ありがとうございます」
褒められて深く頭を下げる。
ブラウニーとは自慢の母の名だ。
彼女の祝福を受けたカップルは永遠の愛を得るという噂が絶えず、遠方より結婚式には母の祝福をもらおうと訪れる。母は私の理想像であると同時に、私の越えなくてはいけない壁だと思っている。
「ふふ、可愛いわね。 私も子供の目標になれるような母親にならないと」
超えなくてはいけない母の姿を脳裏に描き、超えるためにもこの式は絶対に成功させてみせようと小さく気合いを入れていると、クスリと笑われてしまった。私も恥ずかしい所を見られてしまい、照れ隠しに頬を掻くので精一杯だった。
「そろそろお時間ですね。 では、準備をお願いしますね」
半ば強引に話を区切り、少し早いが結婚式の準備をしてもらうことにする。笑われたくないという部分もあったけれど、私も結婚式場の最終チェックが残っているので嘘ではないだろう。
もう一度だけ周囲を見渡して見落としが無い事を確認し、式の手順を確認する。
祝福の言葉は何度も練習したし手順だって何度も見直しをした。だから、きっと大丈夫だと思う。一般的な教会をベースにしつつも水生の魔物のための水路を用意してあるので移動に困る事はありえない。そう自分に言い聞かせて少しでも落ちつかせようとするが、一向に気分は静まらない。
あと十分もしない内に参列者が入って来て式は始まる。重い樫の扉が開き、ぞろぞろと来賓のお客さんが入って来た。新郎新婦のおめでたい姿を一目見ようと集まってくれた方々だ。
あぁ、緊張する。
落ち着かない様子で二人を待つ沢山の観客を前にして、思わず気圧されてしまいそうになる。それに、初めての結婚式の司祭なのだ。口の中がカラカラに乾いて、心臓が早鐘のように鳴って体中に過剰なほど血液を送り出す。
荘厳なパイプオルガンの音がチャペルに響く。
それが合図だったかのように、全員が口を閉じて期待に満ち溢れた瞳をむけてくる。私も気持ちを切り替えて式に臨む。いざ式が始まると、幼い頃から脇に抱えて持っていたずっしりとした石版の重みが私を安心させた。
深く呼吸をして、肺に一杯の新鮮な空気を送り込む。まだ緊張のせいで耳鳴りがしているような気がするが、それでも幾分落ち着いた。チャペルの中に併設されている水路を通り祭壇に向かう。
「これより結婚式を執り行います! 新婦の入場です」
高らかに宣誓する。
告げると一斉に入り口に視線が向けられた。
ゆっくりと軋みを上げて重量感のある扉が開かれると、美しく着飾った新婦が父親に手を引かれて入場した。深い海のような透き通ったコバルトブルーの肌に、花びらのようなウェディングドレスは良く映える。あまりの美しさに思わず観客が息を止めたのが分かる。
私も一瞬自分の役目を忘れてしまいそうになった。
静々と二人でヴァージンロードを歩む。半ばまで歩むと二人は足を止めた。
二人の前には、正装をしたクレスが立っている。クレスがそっと手を差し出すと、ミレイユは一瞬だけ手を取るのをためらった。父親は静かに手を解き、そっと愛娘の肩に手を添える。
けれど、至上の幸福を約束された満面の笑みを浮かべる父親の瞳の奥に身の一部を失うような寂しげな色を見つけそれで全てを悟ったようだ。小さく頷いて、今度は迷い無く手を伸ばし差し出された手を掴む。
父親と新郎は一度だけ視線を合わせる
父親は問い、新郎は頷く。
交わされた言葉は何一つ無い。
だが、伝わることもある。
新たなる二人組みは振り返らずに道を歩み始める。父親は黙ってその背中を見つめている。
・・・さて、私の仕事はここからだ。
一人の参列者としてこの式に臨んでいるわけではない。
二人が祭壇の前に来たことを確認する。
参加者の黙祷を捧げ、私は二人のために祈る。
僅かな間を静寂がチャペルを包み、二人の明るい未来への祈りが内を満たした。
「すこやかなときも そうでないときも
この人を愛し 敬い なぐさめ 助け
命の限り かたく節操を守り
ともに生きることを誓いますか」
祭壇に向かうクレスとミレイユに問う。二人は微笑んだ。答えるまでもなく二人の胸の内は既に決まっているのだろう。私も二人に笑みを返す。
貴方達の答えを聞かせて下さい。
「誓います」「誓います」
声をそろえて宣誓した。
「では、指輪を交換し、誓約書にサインを」
互いに互いの左手の薬指にリングを通してサインをした。二人の感情が最高潮に達したのか、力強い抱擁を交わし泣きながら深いキスをする。こうしてクレスとミレイユは神の名の下に新たな関係を築いたのだ。
感動的な光景である。
あまりにも尊い二人の姿を見て、思わず涙ぐむ。
「この・・・ぐす・・・男女が、夫婦であることを・・・宣言します」
零れ落ちそうになる涙を何度も瞬きしながら必死に堪え、何度も練習した言葉を紡ぐ。けれど、辛うじて私の精一杯だった。あまりにも二人の門出が嬉しすぎて、もう、私には賛美歌を歌う余裕なんてどこにもなかった。
司祭だから絶対に泣いてはいけないのに、嬉しくて後から後から涙が零れてしまう。こうなってしまったら私は駄目だ。どうしようもない子供みたいに泣き声をあげてしまう。祝祷を述べなくてはいけないのに、私のせいで二人の式が台無しになってしまう。
会場には賛美歌が流れ、参列者が声を揃えて歌い始める。
「ケニーちゃん」
参列者が捧げる歌に紛れ、泣いている私にそっと耳打ちをする。驚いて顔を上げると、化粧が涙で崩れるのも気にせずに泣きながらミレイユが笑みを浮かべていた。ミレイユの細い腕が絡みつくと、力強く私を抱き頬にキスをした。呆然とする私の頭を今度はクレスがワシャワシャと撫でた。
音楽が、新郎新婦の退場のものに切り替わる。
参列者が立ち上がり、惜しみない拍手とともに二人を送り出す。
私はただ、二人の姿を泣きながら見送ることしかできずにいた。
・・・
「母さん・・・ やっぱり、母さんみたいに上手くできなかったよ・・・」
誰一人居なくなった式場には、母さんと私の二人きりだ。
先ほどまで満員だった分、物音一つしないこの部屋はまるで懺悔室のようだった。
「そうね、まるでお遊戯を見ているみたいだった」
やっぱり。
私は母さんのようにはなれないのだろうか。今まで一生懸命練習してきたつもりだったけれど、ちっとも上手くできなかった。それどころか、一生で一番大事な式を台無しにしてしまった。申し訳ない気持ちで一杯になり、取り返しのつかない事をしてしまったと、悔いる気持ちがただ胸の内に残る。
私は司祭に向いていないのかもしれない。
ポスン、と母が肩に手を置いた
「ふふ、だから貴女は半人前なの」
「え?」
「あの二人の表情は見てなかったの?」
にっこりと笑って私の顔を覗きこむ。
あの二人はどんな表情を浮かべていただろうか。
式を台無しにされて怒っていた? それとも、悲しんでいた?
いや、どちらでもない。心底嬉しそうに笑っていた。自分達の大切な式にも関わらず、打ち合わせの手順を破ってでも感謝の気持ちを伝えてくれた。
「あの式は確かに滅茶苦茶だったわ
祝辞だってキチンと言えてないし、閉式の言葉だって言えていないから、式も終わらせてない。 色んな同僚を見てきたけど、途中で泣き出してしまう司祭は初めてね」
けれど、今まで見た中で一番祝福していた結婚式だと思う
・・・
「ケニーさん! こんな所にいらしていたんですか」
ミレイユが結婚式場に駆け込んできた。今は披露宴の最中のはず、花嫁が抜け出してくるとは一体どういう了見だろうか。呆然としていると、ミレイユはウェディングドレスのまま走りにくそうに駆け寄り、私の手を取った。
「早く来て下さい。 披露宴が始まってしまいますよ?」
「え、でも・・・ 私は」
「部外者だから出席できません、なぁんて、水臭いこと言わないで下さいね? 無理言って席を増やしてもらってしまいましたから」
引っ張られる。
振り向くと、母さんはニコニコと微笑んでいた。行ってらっしゃいとでも言いたげに緩やかに手を振りながら・・・
11/04/02 01:15更新 / 佐藤 敏夫