掃除
身体が痛い。 関節が痛いとか表面が痛いとか、そういうレベルでなくて。全身が痛い。痛すぎて、どこが痛いのかさえ分からない。丸一日は気を失っていたらしく、東の空に日が昇っている。
ガサゴソと本棚を漁り手当たり次第に本を読んでいたルビアが、コチラが目を覚ました事に気がついた。手に持っていた本を放り投げて歩み寄ると
「片付けるぞ」
と仰った。 全く労わる気は無いらしい。
「い、今・・・ですか?」
「お前は頭まで軽いのか? 今やらなくて、いつやるって言うんだ。 昨日の夜は我慢したけどな・・・ ゴミ屋敷なんて、長くは住みたくねぇんだよ。 多少汚いのは認めるけどな・・・このままだと流石に気分悪くなる。 人間が住む場所じゃねぇよ。 せめて、清潔な布団で眠りたいからな」
目の前にドサリとゴミのタップリと詰まったゴミ袋を降ろす。
「あ、あの身体・・・」
立ち上がろうとするとミシミシと節々が悲鳴を上げた。とてもじゃないが、立ち上がれる状態じゃない。
「自業自得だろうが。 知るかボケ。 こんだけゴミが多いと、キビキビ動いても夜中までに終わるか怪しいぞ? ほら、いつまでも寝てねぇで、さっさと起きやがれ。 社会の殻潰し」
ムンズと頭を掴み、握力任せに持ち上げる。
俺の方が身長でかくて重いはずなのに元神様の魔物とはいえルビアの細腕でよく持ち上がるな、とか、このアングルだと上目遣いっぽくてルビアはツンデレ属性っぽそうだからちょっとグッとくる。 ・・・などと考えている余裕なんてものは勿論なくて
「壊れる、頭がぁ・・・!!! 壊れ・・・壊れちゃうぅ!!! お、お願いです!!! 放して、放してください!!! マジ、洒落になってねぇって!!! 死ぬ!!! 死んじまう!!! 自分で、自分で立ちますからぁ!!!」
凶悪な鍵爪に頭蓋骨が破壊される恐怖を感じていた。
・・・
「で、お前がグースカ寝ている間に。 いらねぇゴミはまとめておいたから」
「あ、ありがとう・・・ご、ございます」
「じゃ、捨てに行くぞ」
頭がまだ鈍い痛みを訴える。
そこへ馬鹿でかいゴミ袋。勝手に部屋を掃除したというが、必要なものまで捨てられたのではないかと若干不安になる。ただ中身を確認したいと言ったら、本気でブチ殺されそうなので言わない。
「大丈夫だ。 オレだって、物の価値は分かってる。 ゴミっつーのは、お前みたいに使えねえヤツの事を言うんだろ?」
・・・この元神様はなんで一言多いんだろう。
実はコイツが悪魔扱いされる理由は、その口の悪さではなかろうか? あまりにも口と性格が悪すぎて、他の神様もついにルビアにブチ切れて悪魔にしたのだと思う。 俺も友達はいないが、コイツの場合は友達を持ったことすらなさそうだ。
「残念だったな、この引きこもり野郎。 お前よりダチは多いし、モテてたぜ? 会えば飯とか一緒に食いに行く。 お前みたいな女と手を繋ぐどころか、まともに喋れねぇような童貞君とはちげぇんだよ」
イチイチ癪に障るやつだな・・・ でも、まぁ・・・ ここで俺が大人の対応をしてやらないといけない。
一呼吸置いて、頭の中を整理する。
「はいはい、分かりました。 アバズレのビッチですね。 何人の人間がお前の上を通り過ぎてったんですか? 両手で足りますか? 両足も必要ですか?」
言った瞬間に、ルビアの額にビキリと音を立てて血管が走った。針で突いたら真っ赤な噴水ができそうである。
「オレが両手にゴミ袋持ってて良かったな・・・ 両手が空だったら地面にめり込むまでぶん殴ってた所だゼ? っつぅか、空中コンボだけじゃ物足りなかったのか? オイ。 後でじっくりと話し合おうゼ?」
ルビアが振り返る。
本来なら感じる事さえままならないオーラというヤツが今なら簡単に目視できそうだ。例えるなら、影みたいに黒いヤツ。抑圧された空間が陽炎のように揺らめいていた。目だけが全く笑っていない笑いというのも初めてみた。
今、手を出さないのは折角片付けたゴミが再び散乱するのを恐れたためだろう。殺気と言って差し支えないほどの鋭利な刃物のようなオーラがさっきからブッ刺さりまくっているからな。
後で〆る、と低い声で言ったのは聞こえなかったことにしよう。うん。その方が良いに決まっている。
「・・・おい、開かねぇぞ?」
ルビアが不機嫌そうに言った。
このアパートは古くて建てつけが悪い。地震か何かで枠が歪んだらしく、開けるのにコツがいる。足元にゴミ袋を下ろしガチャガチャと乱暴にノブを捻るが一向に開く気配がない。
ルビアの代わりに開けてやっても良いのだが、反省の無い口の悪い生意気な小娘に手を貸してやるほど俺はお人よしではない。後ろで早くしろよ、と雰囲気を醸し出してプレッシャーを掛けてみる。もしもの話だがルビアのヤツが開けてくれと頼んできたら、大人の俺は仕方なく開けてやるだけの心の広さを持っている訳だが。
「ち・・・なんで開かねぇんだよ。 ぶっ壊れてんじゃねぇのか? 畜生め・・・」
押したり引いたり。挙句の果てにスライドさせようとしてみたりしたが、一向に開く気配がない。予想より長い間格闘していたが、ついにルビアが動いた。
俺の目の前に立つと足を止めた。
どう出る? 出方によっては、力を貸してやらないでもないぞ?
内心ニヤニヤと考えていたが、ルビアの取った行動は違った。
扉に向き合う。扉までの距離は僅かに数歩。まさか、と思う。そのまさかだった。勢いの良い踏み込み。ここが一階でよかった。間違いなく階下の人に迷惑が掛かる。そのまま跳躍。土埃の如く綿埃が舞う。身体に捻りを加えて体勢を作った。縮めた足の力の解放。
地鳴りのような音が響き、床が揺れる。力の解放を受けた扉はグラリと枠から外れた。反動を受けたルビアは空中で更に回転し、フワリと猫の様に着地する。輝かしい外の光が隙間から差し込む。
人類の夜明け。
枠から外れた扉はそのまま重力に引かれて倒れ、金属特有の大きな音を立てた。俺たちの前に壁は無い。あるのは枠。それもくぐられるのを待つだけだ。
ふん、とルビアは笑みを浮かべた。
「行くぞ?」
爽やかな笑み。もしここでストレスを発散していなかったら、自分にぶつけるつもりだったのではないだろうか。そして、それ以前に言うべき事がある。
「どうするんだよ! 扉なんかぶち抜いて! お前・・・壊して。 これ・・・こんなことしたら・・・」
「良いだろ? これで建て付けの悪い扉なんか開閉しなくても済む。 丁度良いぐらいの開放感だろ? 引きこもりキモオタニート」
「そうじゃねぇ!! 扉をぶち壊してどうするんだよ!!! 泥棒入りたい放題じゃねぇか!!!」
「ガタガタうるせぇな。 テメェが素直に扉あけなかったのがワリィんだろ」
当然だろう、とでも言いたげな表情でルビアは言った。理不尽極まりない理由で責任転嫁も良いところではあるが、胸の奥底でルビアが謝ることを期待していた部分もある。
「ケ・・・大体、好き放題言いやがるけどな。 防犯ってのは、防ぐべき犯罪があって初めて意味を持つんだゼ? ここに金目のもんでもあるのかよ? 財産はねぇ、人と関わらねぇから恨みもねぇ。 その前に周囲が関わりたくねぇから避けられる。 犯罪に巻き込まれる理由なんてねぇじゃねぇか。 頭使えよ。 社会の脂肪」
「ぐぅ・・・お前、全く反省してねぇな?」
「ったく、何度も言ってやるよ。 オレ、悪くねぇ。 ワリィのお前。 謝る必要なんてチットもねぇ。 Do you understand?」
「殺す!!! コイツ、殺す!!! ゆとり世代もビックリの傍若無人だなぁ、オイ。 本気出した社会の最底辺舐めんな!!!」
ゴミ袋を放り投げ、ルビアに殴りかかる。今までは甘んじて受け入れていたが、俺だって高校までは空手習っていた。全国大会とは言わなくても、地方大会なら優勝した経験もある。
それに、俺の師匠は虎を素手で殴り殺すと有名だったんだ。
「っるせぇ!!! こちとらドラゴンとドンパチやってんだよ!!! 魔界、舐めんなぁ!!!」
リビングまで一発で蹴り飛ばされて気を失った。
・・・
埃っぽい。目を覚ますと床の上に寝かされていた。
「起きたか。 いつまで寝てんだ、ねぼすけ。 お前が寝ている間にゴミを捨てるの大変だったんだぞ、カス。 これだからニートは困るんだよ」
ブツブツとソファに寝転がったまま呟いた。
鳩尾の辺りに鈍い痛みを感じつつ起き上がる。あたりを見渡せば確かに綺麗になっていた。
「ドアは?」
一番気になったことを訊ねてみる。見る影もないだろうと覚悟していたのだが、やっぱり聞いておきたかった。必要なら修理道具を買ってくる必要があるだろう。正直、コンビニ以外の店に行きたくはないが、仕方あるまい。
「・・・直したよ」
「え?」
「っるせぇ、何度も言わせんな。 直したってんだろうが、馬鹿」
「マジで?」
「ったりめぇだろ? てめぇは、オレを疑うってのかよ。 ったく、信じられねぇゼ。 お前は、直さなくても実害ねぇかもしれねぇけど、オレは嫌なの。 女の居る部屋に鍵が掛かってねぇとか、ありえねぇだろ。 常識で考えろ。 脳足りん」
視線を移せば、ドアが綺麗に嵌っている。
そういえば、横暴とはいえど確かにルビアは女だった。まかり間違ってもルビアが襲われると思えないが、社会的な常識というものは案外兼ね備えているのかもしれない。横暴で暴力的な点さえ目を瞑れば、年頃の女の子なのかもな。神様に祭り上げられ、そして、あるときを境に悪魔とされて切り捨てられて必要とされなくなった。
そう考えれば、ルビアの攻撃的な部分にも納得がいくかもしれない。それは、社会の最底辺になっている俺だから共感できることだ。
ブツブツと文句を言いながらベッドの上に腰を降ろして、あたかも当然という風情で横になった。
「寝る。 明日は今日出来なかった分を終わらせる。 てめぇは、オレの倍は働かせるからな。 覚悟しておけ」
バサリ、と毛布に包まってルビアは横になった。ボロ布であったが、洗ったらしく少しだけ綺麗になっていた。
はぁ、と小さく溜め息をついた。相手は女だし、ベッドを譲るのは仕方ないだろう。仕方無しにソファに横になる。ルビアのお情けで残されたタオルケットを被って寝る事にしよう。すこしだけ、自分の臭いと違う心地良い匂いがした。
「・・・おい、てめぇ」
「うん?」
「オレがデレたとか考えてたら、マジきめぇからな? 殺すぞ? っつぅか、手をあげるのすら汚らわしい。 自力で死ね。 今すぐにだ」
・・・幻想だった。
ガサゴソと本棚を漁り手当たり次第に本を読んでいたルビアが、コチラが目を覚ました事に気がついた。手に持っていた本を放り投げて歩み寄ると
「片付けるぞ」
と仰った。 全く労わる気は無いらしい。
「い、今・・・ですか?」
「お前は頭まで軽いのか? 今やらなくて、いつやるって言うんだ。 昨日の夜は我慢したけどな・・・ ゴミ屋敷なんて、長くは住みたくねぇんだよ。 多少汚いのは認めるけどな・・・このままだと流石に気分悪くなる。 人間が住む場所じゃねぇよ。 せめて、清潔な布団で眠りたいからな」
目の前にドサリとゴミのタップリと詰まったゴミ袋を降ろす。
「あ、あの身体・・・」
立ち上がろうとするとミシミシと節々が悲鳴を上げた。とてもじゃないが、立ち上がれる状態じゃない。
「自業自得だろうが。 知るかボケ。 こんだけゴミが多いと、キビキビ動いても夜中までに終わるか怪しいぞ? ほら、いつまでも寝てねぇで、さっさと起きやがれ。 社会の殻潰し」
ムンズと頭を掴み、握力任せに持ち上げる。
俺の方が身長でかくて重いはずなのに元神様の魔物とはいえルビアの細腕でよく持ち上がるな、とか、このアングルだと上目遣いっぽくてルビアはツンデレ属性っぽそうだからちょっとグッとくる。 ・・・などと考えている余裕なんてものは勿論なくて
「壊れる、頭がぁ・・・!!! 壊れ・・・壊れちゃうぅ!!! お、お願いです!!! 放して、放してください!!! マジ、洒落になってねぇって!!! 死ぬ!!! 死んじまう!!! 自分で、自分で立ちますからぁ!!!」
凶悪な鍵爪に頭蓋骨が破壊される恐怖を感じていた。
・・・
「で、お前がグースカ寝ている間に。 いらねぇゴミはまとめておいたから」
「あ、ありがとう・・・ご、ございます」
「じゃ、捨てに行くぞ」
頭がまだ鈍い痛みを訴える。
そこへ馬鹿でかいゴミ袋。勝手に部屋を掃除したというが、必要なものまで捨てられたのではないかと若干不安になる。ただ中身を確認したいと言ったら、本気でブチ殺されそうなので言わない。
「大丈夫だ。 オレだって、物の価値は分かってる。 ゴミっつーのは、お前みたいに使えねえヤツの事を言うんだろ?」
・・・この元神様はなんで一言多いんだろう。
実はコイツが悪魔扱いされる理由は、その口の悪さではなかろうか? あまりにも口と性格が悪すぎて、他の神様もついにルビアにブチ切れて悪魔にしたのだと思う。 俺も友達はいないが、コイツの場合は友達を持ったことすらなさそうだ。
「残念だったな、この引きこもり野郎。 お前よりダチは多いし、モテてたぜ? 会えば飯とか一緒に食いに行く。 お前みたいな女と手を繋ぐどころか、まともに喋れねぇような童貞君とはちげぇんだよ」
イチイチ癪に障るやつだな・・・ でも、まぁ・・・ ここで俺が大人の対応をしてやらないといけない。
一呼吸置いて、頭の中を整理する。
「はいはい、分かりました。 アバズレのビッチですね。 何人の人間がお前の上を通り過ぎてったんですか? 両手で足りますか? 両足も必要ですか?」
言った瞬間に、ルビアの額にビキリと音を立てて血管が走った。針で突いたら真っ赤な噴水ができそうである。
「オレが両手にゴミ袋持ってて良かったな・・・ 両手が空だったら地面にめり込むまでぶん殴ってた所だゼ? っつぅか、空中コンボだけじゃ物足りなかったのか? オイ。 後でじっくりと話し合おうゼ?」
ルビアが振り返る。
本来なら感じる事さえままならないオーラというヤツが今なら簡単に目視できそうだ。例えるなら、影みたいに黒いヤツ。抑圧された空間が陽炎のように揺らめいていた。目だけが全く笑っていない笑いというのも初めてみた。
今、手を出さないのは折角片付けたゴミが再び散乱するのを恐れたためだろう。殺気と言って差し支えないほどの鋭利な刃物のようなオーラがさっきからブッ刺さりまくっているからな。
後で〆る、と低い声で言ったのは聞こえなかったことにしよう。うん。その方が良いに決まっている。
「・・・おい、開かねぇぞ?」
ルビアが不機嫌そうに言った。
このアパートは古くて建てつけが悪い。地震か何かで枠が歪んだらしく、開けるのにコツがいる。足元にゴミ袋を下ろしガチャガチャと乱暴にノブを捻るが一向に開く気配がない。
ルビアの代わりに開けてやっても良いのだが、反省の無い口の悪い生意気な小娘に手を貸してやるほど俺はお人よしではない。後ろで早くしろよ、と雰囲気を醸し出してプレッシャーを掛けてみる。もしもの話だがルビアのヤツが開けてくれと頼んできたら、大人の俺は仕方なく開けてやるだけの心の広さを持っている訳だが。
「ち・・・なんで開かねぇんだよ。 ぶっ壊れてんじゃねぇのか? 畜生め・・・」
押したり引いたり。挙句の果てにスライドさせようとしてみたりしたが、一向に開く気配がない。予想より長い間格闘していたが、ついにルビアが動いた。
俺の目の前に立つと足を止めた。
どう出る? 出方によっては、力を貸してやらないでもないぞ?
内心ニヤニヤと考えていたが、ルビアの取った行動は違った。
扉に向き合う。扉までの距離は僅かに数歩。まさか、と思う。そのまさかだった。勢いの良い踏み込み。ここが一階でよかった。間違いなく階下の人に迷惑が掛かる。そのまま跳躍。土埃の如く綿埃が舞う。身体に捻りを加えて体勢を作った。縮めた足の力の解放。
地鳴りのような音が響き、床が揺れる。力の解放を受けた扉はグラリと枠から外れた。反動を受けたルビアは空中で更に回転し、フワリと猫の様に着地する。輝かしい外の光が隙間から差し込む。
人類の夜明け。
枠から外れた扉はそのまま重力に引かれて倒れ、金属特有の大きな音を立てた。俺たちの前に壁は無い。あるのは枠。それもくぐられるのを待つだけだ。
ふん、とルビアは笑みを浮かべた。
「行くぞ?」
爽やかな笑み。もしここでストレスを発散していなかったら、自分にぶつけるつもりだったのではないだろうか。そして、それ以前に言うべき事がある。
「どうするんだよ! 扉なんかぶち抜いて! お前・・・壊して。 これ・・・こんなことしたら・・・」
「良いだろ? これで建て付けの悪い扉なんか開閉しなくても済む。 丁度良いぐらいの開放感だろ? 引きこもりキモオタニート」
「そうじゃねぇ!! 扉をぶち壊してどうするんだよ!!! 泥棒入りたい放題じゃねぇか!!!」
「ガタガタうるせぇな。 テメェが素直に扉あけなかったのがワリィんだろ」
当然だろう、とでも言いたげな表情でルビアは言った。理不尽極まりない理由で責任転嫁も良いところではあるが、胸の奥底でルビアが謝ることを期待していた部分もある。
「ケ・・・大体、好き放題言いやがるけどな。 防犯ってのは、防ぐべき犯罪があって初めて意味を持つんだゼ? ここに金目のもんでもあるのかよ? 財産はねぇ、人と関わらねぇから恨みもねぇ。 その前に周囲が関わりたくねぇから避けられる。 犯罪に巻き込まれる理由なんてねぇじゃねぇか。 頭使えよ。 社会の脂肪」
「ぐぅ・・・お前、全く反省してねぇな?」
「ったく、何度も言ってやるよ。 オレ、悪くねぇ。 ワリィのお前。 謝る必要なんてチットもねぇ。 Do you understand?」
「殺す!!! コイツ、殺す!!! ゆとり世代もビックリの傍若無人だなぁ、オイ。 本気出した社会の最底辺舐めんな!!!」
ゴミ袋を放り投げ、ルビアに殴りかかる。今までは甘んじて受け入れていたが、俺だって高校までは空手習っていた。全国大会とは言わなくても、地方大会なら優勝した経験もある。
それに、俺の師匠は虎を素手で殴り殺すと有名だったんだ。
「っるせぇ!!! こちとらドラゴンとドンパチやってんだよ!!! 魔界、舐めんなぁ!!!」
リビングまで一発で蹴り飛ばされて気を失った。
・・・
埃っぽい。目を覚ますと床の上に寝かされていた。
「起きたか。 いつまで寝てんだ、ねぼすけ。 お前が寝ている間にゴミを捨てるの大変だったんだぞ、カス。 これだからニートは困るんだよ」
ブツブツとソファに寝転がったまま呟いた。
鳩尾の辺りに鈍い痛みを感じつつ起き上がる。あたりを見渡せば確かに綺麗になっていた。
「ドアは?」
一番気になったことを訊ねてみる。見る影もないだろうと覚悟していたのだが、やっぱり聞いておきたかった。必要なら修理道具を買ってくる必要があるだろう。正直、コンビニ以外の店に行きたくはないが、仕方あるまい。
「・・・直したよ」
「え?」
「っるせぇ、何度も言わせんな。 直したってんだろうが、馬鹿」
「マジで?」
「ったりめぇだろ? てめぇは、オレを疑うってのかよ。 ったく、信じられねぇゼ。 お前は、直さなくても実害ねぇかもしれねぇけど、オレは嫌なの。 女の居る部屋に鍵が掛かってねぇとか、ありえねぇだろ。 常識で考えろ。 脳足りん」
視線を移せば、ドアが綺麗に嵌っている。
そういえば、横暴とはいえど確かにルビアは女だった。まかり間違ってもルビアが襲われると思えないが、社会的な常識というものは案外兼ね備えているのかもしれない。横暴で暴力的な点さえ目を瞑れば、年頃の女の子なのかもな。神様に祭り上げられ、そして、あるときを境に悪魔とされて切り捨てられて必要とされなくなった。
そう考えれば、ルビアの攻撃的な部分にも納得がいくかもしれない。それは、社会の最底辺になっている俺だから共感できることだ。
ブツブツと文句を言いながらベッドの上に腰を降ろして、あたかも当然という風情で横になった。
「寝る。 明日は今日出来なかった分を終わらせる。 てめぇは、オレの倍は働かせるからな。 覚悟しておけ」
バサリ、と毛布に包まってルビアは横になった。ボロ布であったが、洗ったらしく少しだけ綺麗になっていた。
はぁ、と小さく溜め息をついた。相手は女だし、ベッドを譲るのは仕方ないだろう。仕方無しにソファに横になる。ルビアのお情けで残されたタオルケットを被って寝る事にしよう。すこしだけ、自分の臭いと違う心地良い匂いがした。
「・・・おい、てめぇ」
「うん?」
「オレがデレたとか考えてたら、マジきめぇからな? 殺すぞ? っつぅか、手をあげるのすら汚らわしい。 自力で死ね。 今すぐにだ」
・・・幻想だった。
10/10/29 00:42更新 / 佐藤 敏夫
戻る
次へ