連載小説
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出会い
「うわ・・・ きったねぇー・・・ こんな所に住んでるのかよ、信じらんねぇ」
 いきなり現れた少女を見て、椅子から転げ落ちる。
 その拍子にガタンと大きな音を立てて椅子が倒れ、綿埃を巻き上げた。ぶつかって怪我はしなかったが、代わりにティッシュ箱が下敷きになって潰れ、ゴミ袋のゴミが辺りにブチ撒けた。
「・・・うへぇ。 オレだってそんな所に頭なんか突っ込みたいと思わないゼ? あれか? そういう趣味のヤツか? だったら隠しておいたほうがいい。 少なくとも初対面のヤツにはな。 清潔感がないとか、印象最悪だから」
「う、う、うるさい!! だ、だ、黙れ!!! ど、ど、ど、どこから・・・は、入ってきやがった!! ふ、ふ、ふ、不法侵入で・・・け、警察に訴えるぞ!!!」
「はぁ? おいおい、そりゃ笑えないゼ? 引きこもりの人とまともに会話できないオタニートが、警察にキチンと事情説明できんのかよ。 ケケ、大体よ。 警察だって、お前みたいな無職とオレみたいな女の子の発言どっち信じる? オタクでニートはマスコミに人権が無視される人種だゼ? オレがちょっと警察に泣きついたら、お前はめでたく誘拐犯の仲間入りするんじゃねぇの?」
 獰猛な笑みを浮かべながら迫られて、恐くなって視線を逸らす。

 えぇ・・・そうですよ。
 所詮、俺はオタクでニートですよ。人と喋るのなんて週一回のコンビニで店員と会計時にされる一方的な会話だけですよ。友達いませんよ。半年前に大学辞めて以来、親を騙して生活費もらっていますよ。

「ふふ・・・ふふふふふふ・・・」
「おーい、戻って来い。 トリップしてんじゃねーぞー?」

 社会の最底辺ですよ。えぇ、ゴミですよ。いらない子ですよ。ゴミ袋被って集積所に座って回収待っていた方が遥かに社会のためになりますよ。あぁ、でも有害過ぎて回収してくれないかもしれないな。やべぇ、本当に死にたくなってきた。今すぐ、樹海で首吊って来ようかしら。きっと誰も気がつかないのだろうな。でも、その方が幸せかもしれないね。俺の存在なんて誰も知らないほうが良いに決まっているし、俺も知られない方が良い。

「うるせぇ、早まるな。 馬鹿野郎」

 首吊り用のロープを持ち出した所で、綺麗に彼女の膝が顔面にクリーンヒットした。鼻が折れたのではないかと思うほどの強烈な飛び膝蹴りに縦方向に半回転して襖に突っ込んだ。腐りかけていた襖をぶち抜き、ゲームやらDVDやら何やらで溢れかえっていた押入れの中身が雪崩の如く降り注ぐ。
「良いか? 根暗引き篭もり野郎! オレはウジウジしている野郎が大ッ嫌いなんだ! 外で元気良く肉体労働しろとか鬼みてぇな事を言うつもりは毛頭ねぇけど、せめて世間様に顔向けできる程度には生きてみせやがれ!」
 少女は目の前に立つと痛みで悶えている俺を見下しながらビシリと指して宣言した。
 初めて会った少女に汚物扱いされた挙句、漫画みたいな飛び膝蹴りを喰らう。おまけに、根暗呼ばわり。
「そ、そんな事・・・言ったって・・・し、仕方ないじゃない・・・どうせ、才能ないんだし・・・」
「黙れ、ゴミ虫。 社会の寄生虫。 才能なんて微塵もなくたって努力しているヤツなんざ、ゴマンといるんだよ。 努力もしねぇで戯言ばっかり言ってると、金玉握りつぶすぞコラ!!!」

・・・

 なんとか二人分のスペースを確保して向かい合うと少女はルビアと名乗った。
 吊りあがった目と尖った耳。一目で感想を言うならツンデレだろうか。
「お前の顔が変形して声が出るまでブン殴ってやろうか? この蛆虫野郎」
 う、生まれてきてゴメンナサイ。
「ふん・・・で? お前の名前は? 一応、こんなゴミ屋敷でもお前が主なんだし、こっちから名乗ったんだ。 お前も名乗れよ」
「圭太・・・ 松原 圭太です・・・ あの、こちらからも質問よろしいでしょうか?」
 一応、ホームなのに思わず下手にでてしまう。ちなみに、ルビアは椅子に足を組んで座っており、俺は床に綿の潰れた座布団をひいて正座である。言いたい事はたくさんあったが、とても言えない。というより恐い。
「うん、良いよ。 言ってみろ」
「ルビアさん・・・人、じゃないですよね?」
「ったりめぇだろ。 こんな羽を生やした人間がどこに居るんだ」
 背中からは毒々しい色をした羽をはやし、両腕は昆虫のような硬質の外皮によって覆われていて細い。そしておまけに頭からは触覚が二本生えている。
 もしこんな格好をしている生物がいるとしたら人間に似た別種の生き物か、あるいは、本気の使い方を間違えた残念な人たちだろう。
「まぁな、今じゃ人に化ける事が多いからな。 知らなくても仕方ねぇ。 オレはベルゼブブだよ。 ベルゼブブ。 流石に名前ぐらいは知ってんだろ?」
「わ、わ・・・分かり、ません」
 一瞬、そう答えたら蹴りが飛んでくるのではないかと構えたが、飛んでこなかった。
 代わりに思いっきり睨まれた後、これ見よがしに大きな溜め息をついて背もたれに身体を預けた。
「まぁな、しゃあねぇよ。 オレだって、お前が無知で怒るほど理不尽じゃねぇよ・・・ 大体知っているって言ったって、どうせゲームか小説ぐらいでしか知らないだろうからな。 良いぜ。 この際だ。 説明してやるよ」
 ルビアが話した説明を要約するとこんな感じになる。

 ・ベルゼブブ
   蝿の王とも呼ばれる悪魔の一種で、暴食を司る。
   お前の家が汚すぎて蝿が集まり、それを媒介にして偶然召喚された。
   行く当てもないから、お前のところに居座る。  ←今ココ

「・・・え?」
「なんか文句あんのかよ」
 驚愕する俺に、ルビアは物凄い睨み方をした。
「な、な、な、ないです!!! 問題ないです!!!」
 人間の目を見ることさえ恐い俺は慌てて首を振る。後悔先に立たず。ルビアは、勝ち誇った笑みを浮かべた。よく考えれば良い。ここで勇気を振り絞って断れば、殴られようが蹴られようがソレっきりなのだ。この場を穏便に済ませた所で、その後はこの状態がいつまで続くか分からないのだ。例えるなら火の輪をくぐるか、それとも樹海の森を通るかの違い。
 喉元さえ過ぎれば何とかなる分、火の輪をくぐる方が100倍はマシだ。
「何か失礼な事でも考えたか?」
「め、滅相もございません」
「ん。 じゃ、許す」
 なんで、こんな引きこもりの所に悪魔なんて来るんだよ・・・
 大体来るなら、もっとボンキュボンのお姉さんだろうが。なんだよ、蝿娘って・・・ ギャルゲーだって、こんなヒドイ設定使わないぜ?
 ・・・これから、生活費とかどうするんだよ。
 マジで、金欠でどうしようもねぇのに・・・
 ・・・ん?
 生活費?
 そうか、その手があったか。追っ払う方法があるじゃないか。いかに悪魔といえども人間界に来たばっかりなら、この方法でなんとかなる。多分そうだ。そうに違いない。
「・・・あ、あの? もう一つよろしいですか?」
「なんだよ。 言ってみろ」
「・・・生活費、どうしますかね? 俺も、見ての通り・・・なんで。 金、ないですよ?」
 さぁ、どうだ。金だぞ、金。俺だって、中学までの理科の知識はあるから知ってるぜ?世の中には質量保存の法則があって、金塊なんて核融合でもしなくちゃ出せないんだよ。それにテメェは見た目中学だからな。マトモな所で働かせてくれるわけがねぇ。ほら、さっさと失せな、糞餓鬼。残念だったな、ヒャッハー!
「あー・・・大丈夫、問題ねぇ。 今はねぇけど、すぐに向こうからやってくるから。 だってオレ、元々豊穣の女神だし」
 ひゃっ・・・はー・・・?
 ほう・・・じょうの・・・女神?
 ・・・どういう事ですか?
「元々はフェニキアの至高神で恵みの雨を降らせるバアルだぞ? オレの名前の語源だって“バアル=ゼブル”。 ヘブライ語で“神の王”とか“天国の王”って意味だ。 それがユダヤ教とかキリスト教とか広まってくる内に、蝿の王を意味する“ベルゼブブ”に変わり、オレも悪魔扱いされるようになった。 まぁ、集団を手っ取り早くまとめる方法っていうと、外部に敵を作る事だからな。 良いとか悪いとか言うつもりはない。 でも、恵みを与えていたオレから言わせると宗教ってのは、物質によって満たすことの出来ない人々の精神的な安らぎだと思うんだよな。 だから、そこで他人の精神的な拠り所である宗教を否定するのはおかしいと思う。 戦争なんていうのは、もってのほかな? 本末転倒も甚だしい。 一番不幸になるのは、常に弱者、子供達だからな。 ・・・って、聞いてるのか? このゴミ野郎!」
 神様のありがたい講義。それを瞼を閉じて頷きながら拝聴させて頂いていたら、思いっきり足で顎を蹴り上げられた。
「ってぇ!!! なんだよ!!!」
「人の話は聞かねぇか!!! 元とは言え神だぞ!!! ブッ飛ばすぞ!!!」
「ウルセェよ!!! 手が出てんじゃねぇか!!!」
「足だ、馬鹿野郎!!! 手と足の区別もできねぇのか? 頭の中身入ってんのかよ!!!」
「はぁ、お前も適当な屁理屈ばっかこいてんじゃねぇぞ、この蝿餓鬼が!!! 見た目も中坊なら中身も中坊じゃねぇか!!! この露出狂コスプレマニア!!!」
「ちゅ、中坊・・・ それに、コ・・・コスプレ、マニア・・・だと? な、なんたる屈辱・・・ 至高の存在とまで言われた、オレが・・・ 凡俗の民、いや、軽蔑の対象にさえ、なりかねん・・・ 存在と、同系列に扱われるなんて・・・ 貴様、泣いて地面に額を擦りつけるなら・・・ 今の内だぞ? オレが自分自身を抑えられるのも、今だけだ」
「はん。 中坊ってのを撤回してやるよ。 中二病だったね。 サーセンw 中ニ病コスプレマニアとかマジ受ける。 鎮まれ自分、とか邪気眼センスですよ。 か み さ ま♪ ププッ」
「・・・殺す!!! ぜってぇ、ぶっ殺す!!! てめぇは、今、禁忌を犯したぁ!!! もう、後戻りはできねぇからなぁ!!!」

 次の瞬間には、ブツンという音がしてルビアの姿が消えた。鳩尾にブローを一発貰い身体が浮き上がり、更にエリアルコンボで嵌められる。生身のまま、地面に落ちないという貴重な体験をする羽目になった。



 これが俺とルビアの出会い。
 所謂、最悪にハッピーな出会い方だったと思う。
10/10/23 01:01更新 / 佐藤 敏夫
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■作者メッセージ
罵詈雑言の嵐
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