バフォ様のお茶目さん
今回のサバトの酒の肴は俺たちの様だった。
浴びる様に酒を飲み、食べ物を喰い散らかし、祝福に満ちた野次を飛ばす。イルは大規模な集会などが少し苦手な様で、時折こちらを見るのだが、そのせいで余計に“ラブラブ”などと囃し立てられている。ちょっぴり恥ずかしいようだったが満更でもなさそうだ。
もっとも人一倍他人に気を使うクロムが嫌がる事を黙認するなどありえない話ではあったのだが。
「さて、今宵はもう遅い。 ヌシも泊まって行くが良かろう。 さもなくば、何かの間違いで魔物達が襲ってくるかもしれんからな」
「それ・・・断ったら、絶対けしかける気満々ですよね?」
「さぁのぉ」
とりあえず、クロムのお言葉に甘える形で北の塔に泊まる事にする。曰く、アレサやファフの一般人が来た時などのために最上階には宿泊施設があるそうだ。
「ここ・・・一応は、ダンジョンですよね?」
「そうじゃ」
「露店が開かれたり、バザーやったり、サバトを開いたり、探検ツアー企画したりと・・・随分、楽しそうですけど・・・」
「無闇に人を襲い迷惑を掛けるより良かろう? 儂らとて望まぬ相手と番(つがい)になるより、望む相手と共に居たいのは必然。 相手を見極めるためには、積極的に人と交流する機会を増やすのは通りじゃろう?」
「・・・まぁ、確かに」
当たり前と言えば、至極当たり前の事だ。
魔物が襲うと言っても、人間の肉を食べて胃袋を満たす訳ではないので相手を吟味する。もちろん、人間だって拒否権はある訳で意中の人が居れば断ることもあるし、相手を良く知らなければ、そうそう長く続くものでもないだろう。
不幸になるための結婚なんてものは、誰もする訳がない。
「本能に従順ではあるが、一時の感情に身を任せて全てを無に返すような事はせん。 それぐらいの思慮分別は弁えておるし、魔王の最終的な目標が“人間という種の根絶”ではなく“人間と魔物の共存”である以上、相互の理解は必要不可欠じゃ」
「敵意が無いなら争う必要もないし、楽しくやろう・・・という事ですか」
「そういう事じゃ。 魔物と人が短時間に友好的になり過ぎると性別が偏る問題があるようじゃが・・・ジパングのように古くから魔物と付き合いのある前例がある以上、それほど危険視する必要はないじゃろ。 問題が起きるようなら魔王と相談すれば良い」
「人間の場合、人間からインキュバスになるので、人間の歴史に終止符が打たれるのではと危惧する輩もいるようですが・・・」
かくいう、自分もインキュバスになる事には色々抵抗があったりする。イルの事は好きだし、困らせるつもりもない。けれども、感覚としてインキュバスになる事に抵抗があるのだ。イルもそのところは理解してくれている。
「まぁ、分からなくもないがの・・・ しかし、人間と魔物では寿命が違い過ぎる。 人魚の血を使って寿命を延ばしても、やはり人魚達の負担が大きいからの。 より長く共にありたいと思うならば、譲ってもらわなければならない一線じゃ。 もちろん、人間の歴史を軽んずるつもりはない。 儂らの中にも、人間と争っていたという過去を持っている以上、素直に人間を認められぬ者もいるのじゃよ」
「・・・」
歴史を持っているのは、何も人間だけではない。
人には人の歴史があるように、魔物には魔物の歴史がある。魔王が代替わりして友好的になった地域によっては貴重な歴史的資料が発見されたものの、先代魔王の時代の遺物であり人間と魔物の間の国民感情に悪影響を与えかねないとして途方に暮れているという話がある。
“今の人間(魔物)にどうしようもない事だ”と主張する事は、たとえ事実であっても不可能であるし、仮に認めたとしても理性ではなく感情として納得がいかない問題だろう。
「まぁ、ヌシらが人間を辞めてインキュバスになる事は感覚的に、“転校する時の新しいクラスへの不安”みたいなものじゃ。 慣れればなんとでもなるもんじゃよ」
「おい、ワード一枚分のシリアスムードを返せ」
「何を言っておる、これ以上は作者の気力がもたんそうじゃ。 伏線を伏せたからさっさと、このシリアス雰囲気をなんとかしたいそうじゃ。」
「おい、今までで一回でも伏線あったかよ」
「なにを言うておる!!! 行き当たりばったりで作っておる小説にそんな上等なものなどあるはずなかろう!!! だいたい、当初はシリアスな話の予定だったものの、一話目の半分も行かない内に精神的に辛くなって止めたのじゃ!!!」
「メチャクチャじゃないか!!!」
「当たり前じゃろ、あのロリコンは“キャラ設定集すら作らず”にシリアス作ろうなどと悪ふざけも良い所な事を抜かしておったからの・・・ お陰で儂のキャラクターが崩壊しておる。 大体、感想読んでモブキャラをサブキャラに格上げしおったしの・・・ 最近出てないが・・・」
「あー・・・もしかして、あの伏線を伏せたっていうのも?」
「それ以上言うでない!!! 言わなければ読者も“もしかしたら”と思うじゃろうが!!! 後で、超展開した時に、ちょこちょこっと使って“実は伏線でした♪”とか言い訳を言うかもしれんじゃろ!!!」
「読者舐め過ぎだろうが!!!」
「まぁ、多少は許してやってほしい・・・ 一応、羞恥心と駄文を書いている自覚はあるらしく、知り合いにSSは書いていると言ったものの、どこで書いておるかは言っておらんそうじゃ!!!」
「無責任だなぁ・・・」
はぁ・・・シリアス書こうと考えていたとか、ほざいているけど・・・あの妖精使いは三十秒と真面目に物事を考えられたためしがあるのか?
大体、それ以前に他人の作品に出さしてもらっているんだから、恩返しが先じゃないのか?
とりあえず、これ以上迷走したらこの話にすら収集つかなくなる
メタ発言もほどほどにしておかないとな・・・
先ほどまでの頭を振って考えを打ち消し、キリキリと胃が痛むのを感じつつ、なんとか話の突破口を探す。しかし、シリアスムードで話をしていた俺には突然お気楽モードにシフトしろと言われても、頭がついていかない。当然、軽い話なんか出てくるはずがない。
「ま、そんな冗談はさておき。 ヌシの部屋はそこじゃ」
「ん?」
そういって目の前にあるのは豪華な扉だ。
クロムが押すと煌びやかな装飾が施された重そうな樫の扉が軋みの音一つ立てずに滑らかに開き、広い面積を高級そうな調度品によって埋められた部屋がその姿を現した。
王室並みの豪華さだ。
「好きにくつろぐが良い」
サラリとクロムは言ったが、俺はほとんど無言のままだった。まともな神経を持っている人間なら、いきなりこんな部屋に連れて来られて好きに使って良いといわれたところで困るだろう。
「しかも、一人部屋だし・・・」
「む? 不満か?」
一体なにをしろと言うのだ。広すぎる部屋では、逆に落ち着かない。
おそらく、クロムは広い部屋に慣れているので気にならないのだろう。もしかしたら、好意で準備してくれたのかもしれない。でも、正直に言えばグレードを一つ落として欲しい。
俺が少し入るのに躊躇っていると、クロムは何かに気が付いたようにポンと手を叩いた。
「成程な、部屋が広すぎて落ち着かぬ、と。 そういう訳じゃな? それは失敬、儂も配慮が足らなかったの」
クロムはククッと笑みを浮かべた。
「後でイルも呼んでやろう。 存分にイチャつくが良い」
「おい!!!」
「なんじゃ? 違うのかや? おヌシ・・・イルだけでは飽き足らぬと!? 仕方ない、後で魔女達も呼んできて・・・」
「何を言ってやがる」
「ならば儂か!?」
「少し・・・頭冷やそうか」
「冗談じゃ、そう怒るでない。 禿げるぞ?」
「・・・」
怒る気力も失せてガックリすると、まぁまぁと鎌の背で俺の肩を叩きながらクロムは俺を宥めた。
一体誰のせいでこんなに疲れているんだか・・・
「ところで、イルはどうしたんですか?」
「フフフ、男子禁制のドキッ魔物だらけの二次会じゃ、二次会。 ヌシも来るか? 特別に歓迎してやるぞ?」
「・・・いや、やめておきます。 襲われますから」
・・・
「では、北の塔の住人の新しい門出に乾杯!!!」
「「「カンパーーーイ!!!」」」
クロムが音頭を取って杯を高く上げると、全員がそれに倣う。その後は、みんなして僕の所に高く上げた杯をぶつけに来た。頭を撫でられたり、肩を組まれたり、お尻を叩かれたりと手荒な祝福を受ける。
ちょっぴり乱暴だけど、それがすごく温かくて心地良い。
「おいぃ、リズエェ、あたしの酒が飲めないってぇのかよぉー」
「お前は酒に酔い過ぎだ! 大体酒と言うのは、適度に飲むものであってだなぁ、決して泥酔するためのものでないわけで・・・」
「あーうるせぇ、うるせぇ。 おめぇーは、そんな事ばっか言ってるから彼氏の一人もできねーんだよ。 硬い事ばっかいってねぇで、たまには羽目を外してみろ、そしたら案外彼氏ができっかもしんねーぞ?」
「な!? それとコレとは話が別だろう!!!」
あっちの方ではリザードマンのリズエとアカオニの仁尾が言い合いをしている。傍目にはヒヤヒヤするのだが、本当は仲が良いのは周りのみんなも分かっていて安心して傍観を決め込んでいる。
ちなみに、言い合いでは仁尾が勝つのもお決まりのパターン。それもそのはずで、リズエは仁尾の話を聞いて理論立てて反論しているのに対して、仁尾はリズエの小難しい話なんか全くもって聞く気がないのだ。
なし崩し的にリズエはお酒を飲むのだけど、いつの間にか言い合いから飲み比べに変わり、最終的には二人仲良く眠ってしまう。
ふと部屋の隅に目を見やればダークプリーストのストナがスライムのルフと談笑していた。
「やっぱり、皮を剥いて食べますよね」
「だよね〜 そんでもって、中の白いのが美味しいんだよ〜 」
「太くて大きいのだと、得した気分になりますよね」
「うんうん、ストナはやっぱり話が分かるよね〜」
そこそこ自重しているみたいだけど、あの二人がバナナの話をしているだけなのに、猥談に聞こえてしまうのはなんでなんだろう・・・
少しぼんやりと眺めていると、不意に後ろから抱きつかれた。
思わず小さな悲鳴を上げると、後ろでケタケタと可愛らしい笑い声を立てた。
「臆病だなぁ、イルは。 可愛い可愛い」
「なんだよフウ! いつの間に帰って来たのさ? コカトレスからはいつ帰ってきたの?」
「さっきだよ?」
あっけらかんとして、フウは笑った。
ちなみにコカトレスとは、世界各地からコカトリスが集まって開催される“真の俊足のコカトリス”を決める世界大会だ。ちなみに、上位入賞者であれば尊敬されるものの婚期が遅れるという、名誉と非情な現実が隣り合わせの大会である。
そして、フウはファフのエーススプリンターとして大会に行ったのだ。
「でも、イルがディアンと番(つがい)になれて良かった。 ベルゼブブに引っこ抜かれてから、みーんな、心配していたんだよ?」
あぁ、そうだ。
力だって弱くて、誘惑もできる体じゃなくて、オマケに、何の取り柄もなかった。男の人を襲うどころか、自力で生活できるかも心配されていた。けれど、今は薬師の助手として働いているし、それなりに仕事も任せられるようになってきた。
みんなみたいに男の人を襲って自分の物にする、なんて事はできないけれど。なんとかディアンにくっつきながら生活する事はできるようになった。
「それを聞いて安心したよ。 イルのことをエレム先生も褒めてた」
「先生が?」
「うん。 人と魔物が互いに共存できる道を見つけられるって信じてたんだって」
「僕は何もしてないよ?」
イマイチ言っている事が分からない。
僕はクロムさんの様に北の塔をまとめあげている訳でもないし、リズエの様に門番として町の役に立っている訳でも、ストナのように孤児達の面倒を見ているわけでもない。
今までディアンが一人で薬師の仕事をこなしていたのだから、薬師の助手なんてものは彼女達の貢献度に比べれば微々たるものだ。
単に、僕はディアンの傍で手伝いをしていただけの事なのだ。
「それで良いんだよ」
フウは応えた。
「共存なんだもん。 どっちか一方が頑張るんじゃなくて、一緒に頑張るのが大切なんだ。 イルだって助手していると“薬草の目利きが上手い”って褒められるでしょ?」
「それは・・・だって僕は植物の魔物だもん、当たり前。 全然すごくないよ・・・ ディアンの方がすごい・・・」
「ううん、違うよイル。 それで良いんだよ。 当たり前だと事を生かせる事がすごいんだ」
「どういうこと?」
フウは少しだけ胸を逸らした。
それから、お姉さんみたいに僕に言い聞かせる様に言葉をつむぐ。
「魔物と人は本来違うものなんだ。 それはイルが社会に入って習慣とか常識とかで色々食い違う事もあったから分かると思う。 差別とかじゃなくて、それは仕方ない事なんだ。 本当に大切なのは違うということを認める事なの。 自分だけが我慢するのもいけないし、相手に強要しても共存できないの。 相手と自分の違いを認めて、無理なく自分達の良い所を生かす事が魔物と人との共存なんだと思うし、イルにはそれができてるから自信を持って良いと思うよ?」
あくまでも僕にとっては、面倒を見てもらう内に好きになって、魔物として襲ってしまっただけなのだ。本能的に行動しただけで、強制とか共存とか難しい事は分からない。
「どうせフウもエレムの受け売りじゃ。 難しく考える必要はない。 要は自然体で付き合える事が一番じゃという事だ」
「あはは、ばれたー」
「やれやれ・・・それより、御主等ら、酒は飲まぬのか?」
僕が悩んでいると、クロムさんがこちらに来た。
手にワインの入ったボトルを持ち、健康そうな頬に僅かに朱色が差しているところを見ると、少しだけ酔っているようだ。後ろの方で、魔女達が死屍累々の山を築いているのは、気にしない事にしよう。
多分、クロムさんと飲み比べを申し込んだんだろう。
「んー・・・ちょっぴり飲んでみようかな? イルもちょっと飲んでみる?」
「え・・・ どうしようかな・・・」
ディアンは夜に一人か、付き合いで飲むぐらいしかお酒を飲まなかった。それも嗜む程度でしか飲まない。ついでに言えば、遠慮して僕の前では飲酒する事はなかった。
当然、僕も飲酒の経験はない。せいぜい緊急時に消毒用アルコールの代わりに使った蒸留酒の余りを指先に付けて、ちょこーっと舐めてみた事があるだけだ。
「経験が無いのなら、この際に飲んでみるのも一興じゃ。 もちろん、無理には勧められんがの」
「・・・じゃあ、少しだけ飲んでみるよ」
「うむ。 初めからキツイ酒を飲む訳にもいかんからの・・・ こっちの色物をから始めるのがよかろう」
・・・
妙に広いダブルベッドの上で一人横になりながらボンヤリとする。寝る前にすべき事はやったので寝ても良いのだが、いつもよりも時間が早い。
いつも忙しかったのでノンビリするのも悪くないかなと考え直す。しかし、読書をしようと思ったが生憎と本は持ってきていない。仕方なしに少しボンヤリと考え事でもしてみる。
イルの事
王国の事
魔物の事
人間の事
患者の事
治療の事
ファフの事
様々な事柄が浮かんでは消える。もっとも、とりとめのない事を考えるのは嫌いではないし、そんな事を考えている内に気が付けば眠ってしまっているものだ。
カタンと不意に扉の方で音がしたので、片目を開けて確認する。北の塔はクロムによって管理されているので侵入者は来るはずもないし、魔物も今は飲みに夢中のはずだ。誰か魔物が襲いに来たのかとも思ったが、酒のノリがあったとしても襲われるのは下の階にいる北の塔に侵入した招かれざる捕虜達だろう。
扉の所にいたのはイルだった。
苦しそうに息をしながら扉に身を預けている。俺は慌てて跳ね起きイルに駆け寄った。
体を支えてやると、安堵した表情を浮かべて身を預けた。少しだけ酒の匂いがする。
「お酒、飲んだの?」
「うん・・・でも、少しだよ。 一杯だけ、でも酔っ払っちゃった」
コツンと拳を乗せると、イルは苦笑を浮かべた。
とりあえず、顔色は悪くないし無理な飲み方をした訳でもなさそうだ。初めて酒を飲んで、慣れていないために感覚が分からなかったのだろう。
「気分は?」
「悪くないよ・・・少し、視界が揺れる感じかな・・・」
やれやれと溜め息をついて、近くのベッドまで運んで座らせる。酔い醒ましの薬と水差しを与えると、小さく礼を言って錠剤を口に含み水差しの水を飲み干した。成長に影響が出るといけないと思い、酒に触れさせない生活を送っていたが、少しぐらい経験させた方が良かったかもしれない。
「そんなに心配しなくても平気だよ。 クロムさんも無理に飲ませてきた訳じゃないもん」
「それなら大丈夫か」
少し休めばすぐに調子も戻る。
大して心配はいらないと分かっていても、突然体調が悪そうな相手が現れれば驚くし、調子が悪い相手を見れば不安になる。
「お人よしぃ〜」
「う、うるさい」
イルにまで言われて、恥ずかしくなってソッポを向く。仕方ないだろう、コイツは職業病なのだ。病気にならないように予防するのが上の薬師。病気の前兆を読み取って対処するのが中の薬師。病気が発症してから対処するのが下の薬師。手遅れになってから対処するのが最低の薬師。心配過ぎるぐらいで調度いい。
ましてや、儲けようと思ったら種族によって使える薬も対処方法も変わる上、正教徒に目をつけられる危険のある魔物なんて診ようとなんて思わない。薬師というのは、より腕が良くなり、患者の幅が増えるほど儲からなくなる不思議な職業なのだ。お人よしでなければ勤まらない。
「でも、大丈夫だよ。 僕はディアンのお人よしな所が好きなんだもん」
「ちょ・・・おま・・・寝てろ!!」
キャハハ、なんて笑いながらイルは毛布を被った。きっと、酒のせいで気分が高揚しているのだろう。そうでなければ、こんな恥ずかしい事をイルは言わない。全く、耳まで熱い。酒を飲んでもいないのに、顔が熱くなるなんて・・・
イルは顔を半分だけ出して、クリクリとした瞳でこちらを観察している。どうやら、俺が動揺したので随分とご機嫌なようだ。耳を澄ませばイルの鼻歌でも聞こえてきそうだ。
もちろん、そんな表情をされたらこちらとしても許さざるを得ない。
本当に要らない事ばっかり覚えてくるんだな・・・イルは・・・
ソッと頭に手をやると、心地良さそうに目を細めた。
「イル」
「なぁに?」
「・・・酔ってるだろ」
「もう酔ってないよぉ」
「嘘は無し、無理するな」
「無理してないよ」
唇を尖らせて抗議するが、全く持って信用にならない。
顔は赤く、呼吸も早い。これ以上ない程分かりやすく酔っているというシグナルが出ているのだ。酔ってない、と認める方がおかしいだろう。
「酔ってないよ? 少し変な気分だけど、意識もはっきりしてるし・・・心臓がドキドキするのはお酒を飲んだからで・・・単なる生理現象だよ・・・」
「駄目だ。 イルは酒に慣れてないんだろ? 素人判断で、物事を判断するんじゃない。 気持ち悪くなってからだと遅いんだよ。 水を持ってきてやるから、そこでじっとしてろ」
空っぽになった水差しを取って立ち上がろうとすると、とっさにイルが俺の服を掴んだ。
驚いて振り向くとと、イルは静かに首を横に振った。
「行かないでよ・・・ディアンが行っちゃうと・・・すごく寂しい・・・」
「・・・ただ水を汲みに行くだけなんだ? すぐ帰ってくるよ」
「お水は・・・後で良いや・・・だから、一緒にいて・・・」
イルがこんなに我侭を言うのも珍しい。なにか変だ。涙に潤んだ大きな瞳でこちらを見上げる。呼吸も先ほどよりも浅く荒い。
「・・・もどしそう?」
イルは小さく首を振った。
「気持ち悪くは・・・ない。 ドキドキしてすごく苦しい・・・ねぇ、ディアン・・・苦しい時は服をずらすんだよね? ずらしても・・・良い?」
「大丈夫?」
コクリと頷いて起き上がると、どこかおぼつかない手付きでボタンを外す。
ボタンを外すだけかと思いきや、上着を全て脱ぎ去り、惜しげも無く下着姿を俺に晒した。
「・・・別に下着にならなくても良いんだぞ?」
「ねぇ・・・僕の体に変な所なぁい? 」
言われて観察する。
息が乱れているのも、火照っているのも酒を飲んだからだろう。それ以外におかしな所はなさそうだ。
「僕のココ・・・びしょ濡れだよね」
そういって、ソロソロと下着が見えるように足を開いた。見て分かるほど濡れており、女の子の香りが一面に広がる。完璧に発情していた。もちろん普通に考えて魔物が酒で発情するなんて事はありえない。興奮するためには、何かしらの理由があるのが普通。
性的な欲求を刺激する言動があったか? あるいは刺激か。
酒で理性が弱っている所に、ベッドに寝かせたのが引き金かとも思ったがそれはない。多少の調子が悪くても、ベッドで寝かせて発情することは無かった。確かにイルの事を求め少しは関係が変わったが、その程度で節操を無くすことが無いのは俺が一番良くしっている。
ならば何か。
導かれる候補はそう多くない。 誰かが外力を掛けたのだ。
ならば誰が、何のために?
決まっている。
クロムが、楽しむために。
おそらくは、酒に媚薬を混ぜた。遅効性の強力なタイプのものを調合したのだろう。魔女達が作る媚薬は強烈で、文字通り全身性感帯になり相手を求めずにはいられなくなる。
「ディアン・・・切ないよぉ・・・」
甘える声で言い寄ってくる。
非常時よりわずかに高くなった体温を感じつつも、狼狽する。
「・・・イル」
「分かってェるよ・・・クロムさんの、ハァ、部屋だもん・・・ 汚しちゃ、ハァ、いけない・・・事くらい・・・でもォ・・・ハァ・・・我慢・・・できないよぉ・・・」
(おい、ちょっと待てクロム。 ここ、お前の部屋かよ・・・)
イルは魔物として欲求に負けて快楽に溺れたいという欲求と社会的なルールを守らなくてはならないという理性の間で戦っていた。俺に体を寄せ、内股を擦り合わせて耐える。
「駄目・・・ハァ・・・なのに・・・体が・・・ハァ・・・いうこと・・・きいてくれないんだよぉ・・・」
内股を擦り合わせた程度の快感で、媚薬によって興奮した身体が満足するはずがない。快楽とも呼べないような快楽を与えられる分むしろ逆効果だ。より強烈な快楽を身体が求めてくる。
しかし、真面目なイルには俺との約束を必死に守ろうとして、泣きそうな表情でコチラに助けを求める。
助けられた方も堪ったものではない。
腰砕けとなって、涙目になりながら媚びるよう上目遣いに俺を見上げている。おまけに、魔物の本能がそうさせるのか、頭の花からは催淫効果のある甘い香りを放っているのだ。どう考えてもイルが求めているようにしか見えない。
「でぃあん・・・さみゅ・・・ハァ・・・しぃよぉ・・・しぇつ・・・ハァ・・・にゃいよぉ・・・」
だんだんと呂律が回らなくなり、俺の身体に秘所を擦りつけるようになってきた。
「ごみぇにゃひゃい・・・んくぅ・・・ごみぇにゃひゃい・・・あぁう・・・」
約束を守れない不甲斐なさと、いけないと分かりつつも快楽を求めてしまう背徳感による高揚。二つがごちゃまぜになりながら、涙をポロポロと流して謝りながら、俺の身体で快楽を求め始めた。
こっちだって、我慢できるはずが無い
僅かに残った良心が俺を咎めたが、イルを押し倒す。
「ひぃひゃん? ・・・ん・・・ク、チュ・・・ニチャ・・・」
突然の行動に驚いたような表情を浮かべるが、
唇を重ね、舌を絡め何度も何度も唾液を交換する。互いの乾きを癒すかのように、あくまで貪欲に絡み合う。
「悪いのは、クロムなんだ・・・イルに媚薬なんか・・・飲ませるから・・・大丈夫、鎮めてあげる」
全て、クロムのせいなのだ。
バフォメットが酒に混ぜて媚薬を飲ませたから。クロムは分かってやっていたに違いない。だから、イルが求めてしまうのも仕方ない。
イルも頷く。
脆弱な論理武装。それは、既に言い訳。しかし、論理など自分が納得しさえすれば良いのもまた事実だ。
「・・・わぁ」
イルの下着を剥ぎ取り、俺も裸になる。
臨戦態勢となっているものを見て、イルは思わず歓喜の声を漏らした。
「僕で・・・欲情して・・・くれてるんだ・・・」
「馬鹿、当たり前だろ・・・」
ふにゃりと歪んだ笑顔がいやらしい。
「・・・濡れてるし・・・挿れて・・・良いよな?」
イルは黙って首肯すると、脚を開いて受け入れやすい姿勢を作った。
今までに無いほど膨張したソレをイルのソコに宛がうとビクリと身体を震わせた。欲求が満たされる事への歓喜と、経験の少ないソコが受け入れるという怯え。ぎゅぅ、と腕にしがみつくイルを抱き寄せて一気に貫く。
「・・・!!!」
不慣れなイルの身体には少し刺激が強すぎたらしく、挿入しただけで飛んでしまったらしい。声にならない叫び声をあげる。
「・・・っひゃぁあ! ・・・にゃあぁ! ・・・っふぅ! にゃああん!!!」
軽く動いただけなのに媚薬によって高められたイルは感じているようだ。
(・・・とは言え、俺だって余裕は無いんだけどな)
そう思いつつ乱暴に腰を動かし始める。
・・・
お腹の中で熱い物が動いている。全身を駆け巡る快楽に翻弄されながらも、それを感覚だけは決して手放さない。目の前が白くなる程の強烈な快楽のせいでほとんど働かなかったものの、「僕で気持ち良くなって」くれたという確かな実感が多幸感として押し寄せる。
もっと気持ちよくなって欲しい、もっと気持ちよくなりたい。
一緒にいる事を感じて欲しい、一緒に感じたい。
より深く愛したい、より深く愛されたい。
ディアンを独占したい、ディアンに独占されたい。
ディアンを犯したい、ディアンに犯されたい。
魔物として、異性として、パートナーとして様々な思いが駆け巡る。
首に腕を回し、腰に蔦を絡めてより互いを密着させる。
一人では果てたくない。ディアンを感じていないと、どこかに行ってしまう。それがたまらなく恐い。それでなくとも挿れられただけで、気をやってしまったのだ。自分だけが気持ちよくなる事は許されない。
けれど、もう限界。
そう考えた瞬間、不意に一際強く突き上げられ溶岩のように熱い物が中に放たれる。イルも快感に抵抗する間もなく果てた。
全身を緊張させ、ディアンの身体を力一杯抱き締めて大きな声で名前を呼ぶ。
一緒にイったんだ・・・
前もって示し合わせた訳でもなく、その余裕も無かった。でも、一緒に絶頂を迎えられた。
もちろん単なる偶然であったが、イルにとってはそんな事はどうでも良い事だ。偶然であれ、示し合わせたのであれ、一緒に同じ事を感じた事は「嬉しい」の一言に尽きるのだ。
「ふ・・・ふぇ・・・?」
ゆっくりと、お腹の中で熱いものが、再びゆっくりと動き始める。それは全く萎える気配がなく、「むしろ大きくなっているのでは?」と思ってしまうほど張り詰めていた。
わずかな恐怖と混乱を抱きながら、イルはディアンを見上げる。
そこには、わずかに嗜虐的な笑みを浮かべた顔があった。自分にしか見せないであろう笑みを見て、背筋に凍るような戦慄が走る。しかし、嫌悪感はなかったし、むしろ少々乱暴に求められる事を期待している自分がいた。
「苛められたい?」
「ひょんな事・・・にゃ、ひゃん!」
「こんなに強く抓られて、感じている変態なのに・・・」
「違っ、これは・・・ムグッ! ・・・チュ・・・クチュ」
痛覚を感じるギリギリの強さで乳首を抓り上げられて悶絶し、抗議をする口は唇で封じられた。一方的過ぎる行為にイルは僅かな反感を覚えながらも、それを遥かに勝る楽しさを感じてしまっていた。唇を離すとディアンはいつもの優しい笑みに戻っていた。
「・・・一緒に気持ち良くなろうな」
「・・・うん」
二人の長い夜が始まった。
・・・
・・
・
「さて、良い動画が撮れたし、コレを肴に三次会でもやるかの。 ・・・いかん、濡れてきおった」
水晶玉を片手に部屋の様子を録画していた、クロムはウキウキとした表情で宴会場に戻っていった。
浴びる様に酒を飲み、食べ物を喰い散らかし、祝福に満ちた野次を飛ばす。イルは大規模な集会などが少し苦手な様で、時折こちらを見るのだが、そのせいで余計に“ラブラブ”などと囃し立てられている。ちょっぴり恥ずかしいようだったが満更でもなさそうだ。
もっとも人一倍他人に気を使うクロムが嫌がる事を黙認するなどありえない話ではあったのだが。
「さて、今宵はもう遅い。 ヌシも泊まって行くが良かろう。 さもなくば、何かの間違いで魔物達が襲ってくるかもしれんからな」
「それ・・・断ったら、絶対けしかける気満々ですよね?」
「さぁのぉ」
とりあえず、クロムのお言葉に甘える形で北の塔に泊まる事にする。曰く、アレサやファフの一般人が来た時などのために最上階には宿泊施設があるそうだ。
「ここ・・・一応は、ダンジョンですよね?」
「そうじゃ」
「露店が開かれたり、バザーやったり、サバトを開いたり、探検ツアー企画したりと・・・随分、楽しそうですけど・・・」
「無闇に人を襲い迷惑を掛けるより良かろう? 儂らとて望まぬ相手と番(つがい)になるより、望む相手と共に居たいのは必然。 相手を見極めるためには、積極的に人と交流する機会を増やすのは通りじゃろう?」
「・・・まぁ、確かに」
当たり前と言えば、至極当たり前の事だ。
魔物が襲うと言っても、人間の肉を食べて胃袋を満たす訳ではないので相手を吟味する。もちろん、人間だって拒否権はある訳で意中の人が居れば断ることもあるし、相手を良く知らなければ、そうそう長く続くものでもないだろう。
不幸になるための結婚なんてものは、誰もする訳がない。
「本能に従順ではあるが、一時の感情に身を任せて全てを無に返すような事はせん。 それぐらいの思慮分別は弁えておるし、魔王の最終的な目標が“人間という種の根絶”ではなく“人間と魔物の共存”である以上、相互の理解は必要不可欠じゃ」
「敵意が無いなら争う必要もないし、楽しくやろう・・・という事ですか」
「そういう事じゃ。 魔物と人が短時間に友好的になり過ぎると性別が偏る問題があるようじゃが・・・ジパングのように古くから魔物と付き合いのある前例がある以上、それほど危険視する必要はないじゃろ。 問題が起きるようなら魔王と相談すれば良い」
「人間の場合、人間からインキュバスになるので、人間の歴史に終止符が打たれるのではと危惧する輩もいるようですが・・・」
かくいう、自分もインキュバスになる事には色々抵抗があったりする。イルの事は好きだし、困らせるつもりもない。けれども、感覚としてインキュバスになる事に抵抗があるのだ。イルもそのところは理解してくれている。
「まぁ、分からなくもないがの・・・ しかし、人間と魔物では寿命が違い過ぎる。 人魚の血を使って寿命を延ばしても、やはり人魚達の負担が大きいからの。 より長く共にありたいと思うならば、譲ってもらわなければならない一線じゃ。 もちろん、人間の歴史を軽んずるつもりはない。 儂らの中にも、人間と争っていたという過去を持っている以上、素直に人間を認められぬ者もいるのじゃよ」
「・・・」
歴史を持っているのは、何も人間だけではない。
人には人の歴史があるように、魔物には魔物の歴史がある。魔王が代替わりして友好的になった地域によっては貴重な歴史的資料が発見されたものの、先代魔王の時代の遺物であり人間と魔物の間の国民感情に悪影響を与えかねないとして途方に暮れているという話がある。
“今の人間(魔物)にどうしようもない事だ”と主張する事は、たとえ事実であっても不可能であるし、仮に認めたとしても理性ではなく感情として納得がいかない問題だろう。
「まぁ、ヌシらが人間を辞めてインキュバスになる事は感覚的に、“転校する時の新しいクラスへの不安”みたいなものじゃ。 慣れればなんとでもなるもんじゃよ」
「おい、ワード一枚分のシリアスムードを返せ」
「何を言っておる、これ以上は作者の気力がもたんそうじゃ。 伏線を伏せたからさっさと、このシリアス雰囲気をなんとかしたいそうじゃ。」
「おい、今までで一回でも伏線あったかよ」
「なにを言うておる!!! 行き当たりばったりで作っておる小説にそんな上等なものなどあるはずなかろう!!! だいたい、当初はシリアスな話の予定だったものの、一話目の半分も行かない内に精神的に辛くなって止めたのじゃ!!!」
「メチャクチャじゃないか!!!」
「当たり前じゃろ、あのロリコンは“キャラ設定集すら作らず”にシリアス作ろうなどと悪ふざけも良い所な事を抜かしておったからの・・・ お陰で儂のキャラクターが崩壊しておる。 大体、感想読んでモブキャラをサブキャラに格上げしおったしの・・・ 最近出てないが・・・」
「あー・・・もしかして、あの伏線を伏せたっていうのも?」
「それ以上言うでない!!! 言わなければ読者も“もしかしたら”と思うじゃろうが!!! 後で、超展開した時に、ちょこちょこっと使って“実は伏線でした♪”とか言い訳を言うかもしれんじゃろ!!!」
「読者舐め過ぎだろうが!!!」
「まぁ、多少は許してやってほしい・・・ 一応、羞恥心と駄文を書いている自覚はあるらしく、知り合いにSSは書いていると言ったものの、どこで書いておるかは言っておらんそうじゃ!!!」
「無責任だなぁ・・・」
はぁ・・・シリアス書こうと考えていたとか、ほざいているけど・・・あの妖精使いは三十秒と真面目に物事を考えられたためしがあるのか?
大体、それ以前に他人の作品に出さしてもらっているんだから、恩返しが先じゃないのか?
とりあえず、これ以上迷走したらこの話にすら収集つかなくなる
メタ発言もほどほどにしておかないとな・・・
先ほどまでの頭を振って考えを打ち消し、キリキリと胃が痛むのを感じつつ、なんとか話の突破口を探す。しかし、シリアスムードで話をしていた俺には突然お気楽モードにシフトしろと言われても、頭がついていかない。当然、軽い話なんか出てくるはずがない。
「ま、そんな冗談はさておき。 ヌシの部屋はそこじゃ」
「ん?」
そういって目の前にあるのは豪華な扉だ。
クロムが押すと煌びやかな装飾が施された重そうな樫の扉が軋みの音一つ立てずに滑らかに開き、広い面積を高級そうな調度品によって埋められた部屋がその姿を現した。
王室並みの豪華さだ。
「好きにくつろぐが良い」
サラリとクロムは言ったが、俺はほとんど無言のままだった。まともな神経を持っている人間なら、いきなりこんな部屋に連れて来られて好きに使って良いといわれたところで困るだろう。
「しかも、一人部屋だし・・・」
「む? 不満か?」
一体なにをしろと言うのだ。広すぎる部屋では、逆に落ち着かない。
おそらく、クロムは広い部屋に慣れているので気にならないのだろう。もしかしたら、好意で準備してくれたのかもしれない。でも、正直に言えばグレードを一つ落として欲しい。
俺が少し入るのに躊躇っていると、クロムは何かに気が付いたようにポンと手を叩いた。
「成程な、部屋が広すぎて落ち着かぬ、と。 そういう訳じゃな? それは失敬、儂も配慮が足らなかったの」
クロムはククッと笑みを浮かべた。
「後でイルも呼んでやろう。 存分にイチャつくが良い」
「おい!!!」
「なんじゃ? 違うのかや? おヌシ・・・イルだけでは飽き足らぬと!? 仕方ない、後で魔女達も呼んできて・・・」
「何を言ってやがる」
「ならば儂か!?」
「少し・・・頭冷やそうか」
「冗談じゃ、そう怒るでない。 禿げるぞ?」
「・・・」
怒る気力も失せてガックリすると、まぁまぁと鎌の背で俺の肩を叩きながらクロムは俺を宥めた。
一体誰のせいでこんなに疲れているんだか・・・
「ところで、イルはどうしたんですか?」
「フフフ、男子禁制のドキッ魔物だらけの二次会じゃ、二次会。 ヌシも来るか? 特別に歓迎してやるぞ?」
「・・・いや、やめておきます。 襲われますから」
・・・
「では、北の塔の住人の新しい門出に乾杯!!!」
「「「カンパーーーイ!!!」」」
クロムが音頭を取って杯を高く上げると、全員がそれに倣う。その後は、みんなして僕の所に高く上げた杯をぶつけに来た。頭を撫でられたり、肩を組まれたり、お尻を叩かれたりと手荒な祝福を受ける。
ちょっぴり乱暴だけど、それがすごく温かくて心地良い。
「おいぃ、リズエェ、あたしの酒が飲めないってぇのかよぉー」
「お前は酒に酔い過ぎだ! 大体酒と言うのは、適度に飲むものであってだなぁ、決して泥酔するためのものでないわけで・・・」
「あーうるせぇ、うるせぇ。 おめぇーは、そんな事ばっか言ってるから彼氏の一人もできねーんだよ。 硬い事ばっかいってねぇで、たまには羽目を外してみろ、そしたら案外彼氏ができっかもしんねーぞ?」
「な!? それとコレとは話が別だろう!!!」
あっちの方ではリザードマンのリズエとアカオニの仁尾が言い合いをしている。傍目にはヒヤヒヤするのだが、本当は仲が良いのは周りのみんなも分かっていて安心して傍観を決め込んでいる。
ちなみに、言い合いでは仁尾が勝つのもお決まりのパターン。それもそのはずで、リズエは仁尾の話を聞いて理論立てて反論しているのに対して、仁尾はリズエの小難しい話なんか全くもって聞く気がないのだ。
なし崩し的にリズエはお酒を飲むのだけど、いつの間にか言い合いから飲み比べに変わり、最終的には二人仲良く眠ってしまう。
ふと部屋の隅に目を見やればダークプリーストのストナがスライムのルフと談笑していた。
「やっぱり、皮を剥いて食べますよね」
「だよね〜 そんでもって、中の白いのが美味しいんだよ〜 」
「太くて大きいのだと、得した気分になりますよね」
「うんうん、ストナはやっぱり話が分かるよね〜」
そこそこ自重しているみたいだけど、あの二人がバナナの話をしているだけなのに、猥談に聞こえてしまうのはなんでなんだろう・・・
少しぼんやりと眺めていると、不意に後ろから抱きつかれた。
思わず小さな悲鳴を上げると、後ろでケタケタと可愛らしい笑い声を立てた。
「臆病だなぁ、イルは。 可愛い可愛い」
「なんだよフウ! いつの間に帰って来たのさ? コカトレスからはいつ帰ってきたの?」
「さっきだよ?」
あっけらかんとして、フウは笑った。
ちなみにコカトレスとは、世界各地からコカトリスが集まって開催される“真の俊足のコカトリス”を決める世界大会だ。ちなみに、上位入賞者であれば尊敬されるものの婚期が遅れるという、名誉と非情な現実が隣り合わせの大会である。
そして、フウはファフのエーススプリンターとして大会に行ったのだ。
「でも、イルがディアンと番(つがい)になれて良かった。 ベルゼブブに引っこ抜かれてから、みーんな、心配していたんだよ?」
あぁ、そうだ。
力だって弱くて、誘惑もできる体じゃなくて、オマケに、何の取り柄もなかった。男の人を襲うどころか、自力で生活できるかも心配されていた。けれど、今は薬師の助手として働いているし、それなりに仕事も任せられるようになってきた。
みんなみたいに男の人を襲って自分の物にする、なんて事はできないけれど。なんとかディアンにくっつきながら生活する事はできるようになった。
「それを聞いて安心したよ。 イルのことをエレム先生も褒めてた」
「先生が?」
「うん。 人と魔物が互いに共存できる道を見つけられるって信じてたんだって」
「僕は何もしてないよ?」
イマイチ言っている事が分からない。
僕はクロムさんの様に北の塔をまとめあげている訳でもないし、リズエの様に門番として町の役に立っている訳でも、ストナのように孤児達の面倒を見ているわけでもない。
今までディアンが一人で薬師の仕事をこなしていたのだから、薬師の助手なんてものは彼女達の貢献度に比べれば微々たるものだ。
単に、僕はディアンの傍で手伝いをしていただけの事なのだ。
「それで良いんだよ」
フウは応えた。
「共存なんだもん。 どっちか一方が頑張るんじゃなくて、一緒に頑張るのが大切なんだ。 イルだって助手していると“薬草の目利きが上手い”って褒められるでしょ?」
「それは・・・だって僕は植物の魔物だもん、当たり前。 全然すごくないよ・・・ ディアンの方がすごい・・・」
「ううん、違うよイル。 それで良いんだよ。 当たり前だと事を生かせる事がすごいんだ」
「どういうこと?」
フウは少しだけ胸を逸らした。
それから、お姉さんみたいに僕に言い聞かせる様に言葉をつむぐ。
「魔物と人は本来違うものなんだ。 それはイルが社会に入って習慣とか常識とかで色々食い違う事もあったから分かると思う。 差別とかじゃなくて、それは仕方ない事なんだ。 本当に大切なのは違うということを認める事なの。 自分だけが我慢するのもいけないし、相手に強要しても共存できないの。 相手と自分の違いを認めて、無理なく自分達の良い所を生かす事が魔物と人との共存なんだと思うし、イルにはそれができてるから自信を持って良いと思うよ?」
あくまでも僕にとっては、面倒を見てもらう内に好きになって、魔物として襲ってしまっただけなのだ。本能的に行動しただけで、強制とか共存とか難しい事は分からない。
「どうせフウもエレムの受け売りじゃ。 難しく考える必要はない。 要は自然体で付き合える事が一番じゃという事だ」
「あはは、ばれたー」
「やれやれ・・・それより、御主等ら、酒は飲まぬのか?」
僕が悩んでいると、クロムさんがこちらに来た。
手にワインの入ったボトルを持ち、健康そうな頬に僅かに朱色が差しているところを見ると、少しだけ酔っているようだ。後ろの方で、魔女達が死屍累々の山を築いているのは、気にしない事にしよう。
多分、クロムさんと飲み比べを申し込んだんだろう。
「んー・・・ちょっぴり飲んでみようかな? イルもちょっと飲んでみる?」
「え・・・ どうしようかな・・・」
ディアンは夜に一人か、付き合いで飲むぐらいしかお酒を飲まなかった。それも嗜む程度でしか飲まない。ついでに言えば、遠慮して僕の前では飲酒する事はなかった。
当然、僕も飲酒の経験はない。せいぜい緊急時に消毒用アルコールの代わりに使った蒸留酒の余りを指先に付けて、ちょこーっと舐めてみた事があるだけだ。
「経験が無いのなら、この際に飲んでみるのも一興じゃ。 もちろん、無理には勧められんがの」
「・・・じゃあ、少しだけ飲んでみるよ」
「うむ。 初めからキツイ酒を飲む訳にもいかんからの・・・ こっちの色物をから始めるのがよかろう」
・・・
妙に広いダブルベッドの上で一人横になりながらボンヤリとする。寝る前にすべき事はやったので寝ても良いのだが、いつもよりも時間が早い。
いつも忙しかったのでノンビリするのも悪くないかなと考え直す。しかし、読書をしようと思ったが生憎と本は持ってきていない。仕方なしに少しボンヤリと考え事でもしてみる。
イルの事
王国の事
魔物の事
人間の事
患者の事
治療の事
ファフの事
様々な事柄が浮かんでは消える。もっとも、とりとめのない事を考えるのは嫌いではないし、そんな事を考えている内に気が付けば眠ってしまっているものだ。
カタンと不意に扉の方で音がしたので、片目を開けて確認する。北の塔はクロムによって管理されているので侵入者は来るはずもないし、魔物も今は飲みに夢中のはずだ。誰か魔物が襲いに来たのかとも思ったが、酒のノリがあったとしても襲われるのは下の階にいる北の塔に侵入した招かれざる捕虜達だろう。
扉の所にいたのはイルだった。
苦しそうに息をしながら扉に身を預けている。俺は慌てて跳ね起きイルに駆け寄った。
体を支えてやると、安堵した表情を浮かべて身を預けた。少しだけ酒の匂いがする。
「お酒、飲んだの?」
「うん・・・でも、少しだよ。 一杯だけ、でも酔っ払っちゃった」
コツンと拳を乗せると、イルは苦笑を浮かべた。
とりあえず、顔色は悪くないし無理な飲み方をした訳でもなさそうだ。初めて酒を飲んで、慣れていないために感覚が分からなかったのだろう。
「気分は?」
「悪くないよ・・・少し、視界が揺れる感じかな・・・」
やれやれと溜め息をついて、近くのベッドまで運んで座らせる。酔い醒ましの薬と水差しを与えると、小さく礼を言って錠剤を口に含み水差しの水を飲み干した。成長に影響が出るといけないと思い、酒に触れさせない生活を送っていたが、少しぐらい経験させた方が良かったかもしれない。
「そんなに心配しなくても平気だよ。 クロムさんも無理に飲ませてきた訳じゃないもん」
「それなら大丈夫か」
少し休めばすぐに調子も戻る。
大して心配はいらないと分かっていても、突然体調が悪そうな相手が現れれば驚くし、調子が悪い相手を見れば不安になる。
「お人よしぃ〜」
「う、うるさい」
イルにまで言われて、恥ずかしくなってソッポを向く。仕方ないだろう、コイツは職業病なのだ。病気にならないように予防するのが上の薬師。病気の前兆を読み取って対処するのが中の薬師。病気が発症してから対処するのが下の薬師。手遅れになってから対処するのが最低の薬師。心配過ぎるぐらいで調度いい。
ましてや、儲けようと思ったら種族によって使える薬も対処方法も変わる上、正教徒に目をつけられる危険のある魔物なんて診ようとなんて思わない。薬師というのは、より腕が良くなり、患者の幅が増えるほど儲からなくなる不思議な職業なのだ。お人よしでなければ勤まらない。
「でも、大丈夫だよ。 僕はディアンのお人よしな所が好きなんだもん」
「ちょ・・・おま・・・寝てろ!!」
キャハハ、なんて笑いながらイルは毛布を被った。きっと、酒のせいで気分が高揚しているのだろう。そうでなければ、こんな恥ずかしい事をイルは言わない。全く、耳まで熱い。酒を飲んでもいないのに、顔が熱くなるなんて・・・
イルは顔を半分だけ出して、クリクリとした瞳でこちらを観察している。どうやら、俺が動揺したので随分とご機嫌なようだ。耳を澄ませばイルの鼻歌でも聞こえてきそうだ。
もちろん、そんな表情をされたらこちらとしても許さざるを得ない。
本当に要らない事ばっかり覚えてくるんだな・・・イルは・・・
ソッと頭に手をやると、心地良さそうに目を細めた。
「イル」
「なぁに?」
「・・・酔ってるだろ」
「もう酔ってないよぉ」
「嘘は無し、無理するな」
「無理してないよ」
唇を尖らせて抗議するが、全く持って信用にならない。
顔は赤く、呼吸も早い。これ以上ない程分かりやすく酔っているというシグナルが出ているのだ。酔ってない、と認める方がおかしいだろう。
「酔ってないよ? 少し変な気分だけど、意識もはっきりしてるし・・・心臓がドキドキするのはお酒を飲んだからで・・・単なる生理現象だよ・・・」
「駄目だ。 イルは酒に慣れてないんだろ? 素人判断で、物事を判断するんじゃない。 気持ち悪くなってからだと遅いんだよ。 水を持ってきてやるから、そこでじっとしてろ」
空っぽになった水差しを取って立ち上がろうとすると、とっさにイルが俺の服を掴んだ。
驚いて振り向くとと、イルは静かに首を横に振った。
「行かないでよ・・・ディアンが行っちゃうと・・・すごく寂しい・・・」
「・・・ただ水を汲みに行くだけなんだ? すぐ帰ってくるよ」
「お水は・・・後で良いや・・・だから、一緒にいて・・・」
イルがこんなに我侭を言うのも珍しい。なにか変だ。涙に潤んだ大きな瞳でこちらを見上げる。呼吸も先ほどよりも浅く荒い。
「・・・もどしそう?」
イルは小さく首を振った。
「気持ち悪くは・・・ない。 ドキドキしてすごく苦しい・・・ねぇ、ディアン・・・苦しい時は服をずらすんだよね? ずらしても・・・良い?」
「大丈夫?」
コクリと頷いて起き上がると、どこかおぼつかない手付きでボタンを外す。
ボタンを外すだけかと思いきや、上着を全て脱ぎ去り、惜しげも無く下着姿を俺に晒した。
「・・・別に下着にならなくても良いんだぞ?」
「ねぇ・・・僕の体に変な所なぁい? 」
言われて観察する。
息が乱れているのも、火照っているのも酒を飲んだからだろう。それ以外におかしな所はなさそうだ。
「僕のココ・・・びしょ濡れだよね」
そういって、ソロソロと下着が見えるように足を開いた。見て分かるほど濡れており、女の子の香りが一面に広がる。完璧に発情していた。もちろん普通に考えて魔物が酒で発情するなんて事はありえない。興奮するためには、何かしらの理由があるのが普通。
性的な欲求を刺激する言動があったか? あるいは刺激か。
酒で理性が弱っている所に、ベッドに寝かせたのが引き金かとも思ったがそれはない。多少の調子が悪くても、ベッドで寝かせて発情することは無かった。確かにイルの事を求め少しは関係が変わったが、その程度で節操を無くすことが無いのは俺が一番良くしっている。
ならば何か。
導かれる候補はそう多くない。 誰かが外力を掛けたのだ。
ならば誰が、何のために?
決まっている。
クロムが、楽しむために。
おそらくは、酒に媚薬を混ぜた。遅効性の強力なタイプのものを調合したのだろう。魔女達が作る媚薬は強烈で、文字通り全身性感帯になり相手を求めずにはいられなくなる。
「ディアン・・・切ないよぉ・・・」
甘える声で言い寄ってくる。
非常時よりわずかに高くなった体温を感じつつも、狼狽する。
「・・・イル」
「分かってェるよ・・・クロムさんの、ハァ、部屋だもん・・・ 汚しちゃ、ハァ、いけない・・・事くらい・・・でもォ・・・ハァ・・・我慢・・・できないよぉ・・・」
(おい、ちょっと待てクロム。 ここ、お前の部屋かよ・・・)
イルは魔物として欲求に負けて快楽に溺れたいという欲求と社会的なルールを守らなくてはならないという理性の間で戦っていた。俺に体を寄せ、内股を擦り合わせて耐える。
「駄目・・・ハァ・・・なのに・・・体が・・・ハァ・・・いうこと・・・きいてくれないんだよぉ・・・」
内股を擦り合わせた程度の快感で、媚薬によって興奮した身体が満足するはずがない。快楽とも呼べないような快楽を与えられる分むしろ逆効果だ。より強烈な快楽を身体が求めてくる。
しかし、真面目なイルには俺との約束を必死に守ろうとして、泣きそうな表情でコチラに助けを求める。
助けられた方も堪ったものではない。
腰砕けとなって、涙目になりながら媚びるよう上目遣いに俺を見上げている。おまけに、魔物の本能がそうさせるのか、頭の花からは催淫効果のある甘い香りを放っているのだ。どう考えてもイルが求めているようにしか見えない。
「でぃあん・・・さみゅ・・・ハァ・・・しぃよぉ・・・しぇつ・・・ハァ・・・にゃいよぉ・・・」
だんだんと呂律が回らなくなり、俺の身体に秘所を擦りつけるようになってきた。
「ごみぇにゃひゃい・・・んくぅ・・・ごみぇにゃひゃい・・・あぁう・・・」
約束を守れない不甲斐なさと、いけないと分かりつつも快楽を求めてしまう背徳感による高揚。二つがごちゃまぜになりながら、涙をポロポロと流して謝りながら、俺の身体で快楽を求め始めた。
こっちだって、我慢できるはずが無い
僅かに残った良心が俺を咎めたが、イルを押し倒す。
「ひぃひゃん? ・・・ん・・・ク、チュ・・・ニチャ・・・」
突然の行動に驚いたような表情を浮かべるが、
唇を重ね、舌を絡め何度も何度も唾液を交換する。互いの乾きを癒すかのように、あくまで貪欲に絡み合う。
「悪いのは、クロムなんだ・・・イルに媚薬なんか・・・飲ませるから・・・大丈夫、鎮めてあげる」
全て、クロムのせいなのだ。
バフォメットが酒に混ぜて媚薬を飲ませたから。クロムは分かってやっていたに違いない。だから、イルが求めてしまうのも仕方ない。
イルも頷く。
脆弱な論理武装。それは、既に言い訳。しかし、論理など自分が納得しさえすれば良いのもまた事実だ。
「・・・わぁ」
イルの下着を剥ぎ取り、俺も裸になる。
臨戦態勢となっているものを見て、イルは思わず歓喜の声を漏らした。
「僕で・・・欲情して・・・くれてるんだ・・・」
「馬鹿、当たり前だろ・・・」
ふにゃりと歪んだ笑顔がいやらしい。
「・・・濡れてるし・・・挿れて・・・良いよな?」
イルは黙って首肯すると、脚を開いて受け入れやすい姿勢を作った。
今までに無いほど膨張したソレをイルのソコに宛がうとビクリと身体を震わせた。欲求が満たされる事への歓喜と、経験の少ないソコが受け入れるという怯え。ぎゅぅ、と腕にしがみつくイルを抱き寄せて一気に貫く。
「・・・!!!」
不慣れなイルの身体には少し刺激が強すぎたらしく、挿入しただけで飛んでしまったらしい。声にならない叫び声をあげる。
「・・・っひゃぁあ! ・・・にゃあぁ! ・・・っふぅ! にゃああん!!!」
軽く動いただけなのに媚薬によって高められたイルは感じているようだ。
(・・・とは言え、俺だって余裕は無いんだけどな)
そう思いつつ乱暴に腰を動かし始める。
・・・
お腹の中で熱い物が動いている。全身を駆け巡る快楽に翻弄されながらも、それを感覚だけは決して手放さない。目の前が白くなる程の強烈な快楽のせいでほとんど働かなかったものの、「僕で気持ち良くなって」くれたという確かな実感が多幸感として押し寄せる。
もっと気持ちよくなって欲しい、もっと気持ちよくなりたい。
一緒にいる事を感じて欲しい、一緒に感じたい。
より深く愛したい、より深く愛されたい。
ディアンを独占したい、ディアンに独占されたい。
ディアンを犯したい、ディアンに犯されたい。
魔物として、異性として、パートナーとして様々な思いが駆け巡る。
首に腕を回し、腰に蔦を絡めてより互いを密着させる。
一人では果てたくない。ディアンを感じていないと、どこかに行ってしまう。それがたまらなく恐い。それでなくとも挿れられただけで、気をやってしまったのだ。自分だけが気持ちよくなる事は許されない。
けれど、もう限界。
そう考えた瞬間、不意に一際強く突き上げられ溶岩のように熱い物が中に放たれる。イルも快感に抵抗する間もなく果てた。
全身を緊張させ、ディアンの身体を力一杯抱き締めて大きな声で名前を呼ぶ。
一緒にイったんだ・・・
前もって示し合わせた訳でもなく、その余裕も無かった。でも、一緒に絶頂を迎えられた。
もちろん単なる偶然であったが、イルにとってはそんな事はどうでも良い事だ。偶然であれ、示し合わせたのであれ、一緒に同じ事を感じた事は「嬉しい」の一言に尽きるのだ。
「ふ・・・ふぇ・・・?」
ゆっくりと、お腹の中で熱いものが、再びゆっくりと動き始める。それは全く萎える気配がなく、「むしろ大きくなっているのでは?」と思ってしまうほど張り詰めていた。
わずかな恐怖と混乱を抱きながら、イルはディアンを見上げる。
そこには、わずかに嗜虐的な笑みを浮かべた顔があった。自分にしか見せないであろう笑みを見て、背筋に凍るような戦慄が走る。しかし、嫌悪感はなかったし、むしろ少々乱暴に求められる事を期待している自分がいた。
「苛められたい?」
「ひょんな事・・・にゃ、ひゃん!」
「こんなに強く抓られて、感じている変態なのに・・・」
「違っ、これは・・・ムグッ! ・・・チュ・・・クチュ」
痛覚を感じるギリギリの強さで乳首を抓り上げられて悶絶し、抗議をする口は唇で封じられた。一方的過ぎる行為にイルは僅かな反感を覚えながらも、それを遥かに勝る楽しさを感じてしまっていた。唇を離すとディアンはいつもの優しい笑みに戻っていた。
「・・・一緒に気持ち良くなろうな」
「・・・うん」
二人の長い夜が始まった。
・・・
・・
・
「さて、良い動画が撮れたし、コレを肴に三次会でもやるかの。 ・・・いかん、濡れてきおった」
水晶玉を片手に部屋の様子を録画していた、クロムはウキウキとした表情で宴会場に戻っていった。
10/08/29 20:04更新 / 佐藤 敏夫
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