連載小説
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ダブルトラップ
「全く、御主らは何回交わったら気が済むんじゃ・・・確かに媚薬が強すぎたのは認めるが・・・」
 クロムに言われて、二人して顔を背ける。
 クロムが使った媚薬は、酒と一緒に飲むと吸収が促進され効果が倍増してしまうタイプのものだった。当初の予定では人の部屋で発情してしまい、理性と背徳の狭間を彷徨うシチュエーションを予定していたらしい。かなり悪趣味ではあるが、魔物的な感覚では食事に媚薬を混ぜるというのは良くある悪戯らしい。
 俺達だって結婚すると宣言している訳だし、北の塔公認のカップルな訳だ。魔物的には、これ以上ないほどの格好の標的だったのだろう。クロムの部屋にある布団を駄目にしたのだから、ある意味(いや、かなり理不尽ではあるが)お互い様とも言えなくも無い。

「しかし、儂とて水晶玉に3つも4つも動画が撮れたら流石に引くわい・・・」
「撮ってんじゃねぇよ!!!」
「撮ったの!?」
「ホレ、これじゃ。 愛の結晶じゃな」
 顔が熱い、イルに至っては殆ど涙目だ。
「まぁ、その・・・なんじゃ・・・酒の肴にはなったかもしれんが・・・それ以上の事はしておらんから安心せい!!!」
 剣幕に気圧されたかのように僅かに狼狽したようだが、最後の最後で開き直って良い笑顔を向けた。泣きついてきたイルを慰めながら、クロムを睨みつける。
「儂とて途中でイカンとは思ったがのう・・・魔女達がどうしてもというてな・・・ 全員イルの事を心配しておったのじゃよ。 イルは臆病じゃが、素直で優しい子じゃ。 それゆえに危うく、恋路には障害の多いものになるだろうと思ったのじゃよ・・・ 本当に、本当に・・・心配しておったのじゃ。 ディアンのような誠実な人間とツガイになれて、本当に・・・」
 クロムは、笑いを納めてしみじみと語りだした。目頭を押さえて、鼻をすする。
「悪ふざけは過ぎたかも知れぬ。 配慮が足らなかったのも事実じゃ・・・許して欲しい」
 クロムは深々と頭を下げた。
 突然の陳謝に俺とイルは狼狽する。幾らファフでは魔物と人間が共存していると言っても、やはり北の塔の主が人間なんかに頭を下げるのは問題だ。

「く、クロムさん顔を上げて下さい!」
「そ、そうだよ! 僕達もそんなに怒っている訳じゃないし・・・」
「ほら、他の魔物がきちゃったらどうするんですか!」
「構わぬ」
「お願いですから・・・」

 こちらだって魔物と暮らしていれば、悪戯には慣れる。反感を覚えないかと問われれば否だが、そんな事でイチイチ目くじら立てていては関係が立ち行かない。慌てて身体を起こさせようとするが、腰から直角になった姿勢のまま動かない。そして噂をすればなんとやら、コツコツと廊下の床を叩く音がした。おまけにそれが近づいてくる。
 それが廊下の角までやってきて、もう駄目かと思った所で・・・







 角から出てきた「ドッキリ大成功!!!」と書かれた看板を持った魔女に殴りかからなかったのは褒めて欲しい。

・・・

「いや、これで本当に終わりじゃて・・・」
「本当ですか?」
「本当?」
「本当に終わりじゃよ。 “ドッキリ大成功!”の看板が出たらドッキリは終わりと決まっておるじゃろう・・・ほれ、さっきの水晶とて、サキュバスのプレイ集じゃ。 中身を確認してみるか?」
「いや・・・いい」
 疑心暗鬼直前になりながらも、何か嫌な予感がしたので首を振る。
「そう、怒るでない・・・ 悪かったとは思っておる」
「「そんな、俺(僕)達、全然怒ってないですよ」」
「ひ、ひどい、棒読みじゃな・・・ そ、そうじゃ! 朝食でも食べていかんか?」
「遠慮しておきますよ」
「そうそう。 それに・・・また媚薬を盛られたら堪らないですから〜」
「悪かった・・・ヌシら・・・謝る」
 クロムは心底申し訳なさそうな表情を浮かべる。
 誠意の篭った対応に、「これぐらいで良いだろ?」と俺たちは互いに目配せをする。
 もっとも、最初から大して怒ってはいなかったのだ。
 恥ずかしい感覚が無いか、と訊かれれば勿論ある。それでも・・・なんていうか、魔物の巣窟に足を踏み込んだのは俺達だし・・・ 魔物と人に感覚の違いがあるのは百も承知だ。
 クロムと硬く手を握る。
 ちゃんと謝罪もしたのだから、次はしないという事で許すことにしよう。
「うむ・・・仲直りの印に、朝食を食べて行ってくれるかの?」
「えぇ、喜んで」
「うん! お願いしても良いですか?」

・・・

「ところで、ヌシたちはいつ、どんな式を挙げるんじゃ?」
「あぁ・・・ あんまり考えて無かったな・・・ どんなのが良い?」
「うーん・・・ で、でも・・・恥ずかしいから、小さいところで良いんだけど・・・」

 クロムの言葉にイルは少しだけ答えた。恥ずかしそうに笑いながらも、どこか憧れるような表情を浮かべている。

「遠慮しないで言ってご覧? 一生の記念なんだからさ」
「え、でもぉ・・・」
「儂も聞きたいのぉ。 イルの事じゃ、きっと可愛らしい結婚式を挙げたいと思っておるじゃろうからな」

 恥らうイルに二人で言ってみるように促すと、少しずつ語り始めた

「ん、んとね・・・ やるのは教会が良いな・・・ 綺麗な衣装を作ってもらって、ディアンと一緒に着るの。 式の進行は神父さんにやってもらうんだけど・・・そこは、二人いてね。 僕達の代表の司祭様とディアン達の代表の司祭様にやってもらいたいんだぁ。 それで、それで、誓いのキスをしてもらうんだ。 司祭様たちに魔物と人がもっと仲良く暮らせますように祝福してもらって二人で教会の外に出るの。 そこで幸せな気分ライスシャワーを浴びたいかな・・・」
「ほぅ」
「良いね、すごくイルらしい」
「ならば、儂も手伝わせてもらえんかの?」
「「クロムさんが?」」
「無論じゃ」

 ぽん、と薄い胸を叩いて仰け反る。

「“共存共栄”は我がサバトの信念じゃ」
「意外とマトモで立派な信念掲げてたんですね」
「僕、ずっと“悪戯上等”だと思ってた」
「ちょ!!! お、オヌシら、儂のサバトをなんだと思ってたのじゃ!?」
「え? うーん 魔物のお得意さん? あと魔物との窓口」
「僕は、困った時の相談所、かな?」
「ちょ、おま・・・!!! ヌシらなぁ、サバトの存在意義と言うのは快楽を極め、人生を有意義にかつ楽しく過ごすための尊い教えを広める集団であってだなぁ・・・」
「その結果が乱交パーティーと」
「ねぇ・・・ちょっと、ディアン。 まだ、朝だよぉ〜」

 そんな、賑やかな食事を楽しんだ。

・・・

「ただいま」
「ただいま! リズエ」
「ん・・・お帰り」

 小さな詰め所の奥に設置されている転移陣から出てくると、リズエが迎えてくれた。二人の姿をみると、僅かに額を押さえて苦笑を浮かべた。

「少し、飲みすぎてしまったようだ・・・」
「二日酔いの薬ならあるよ?」
「リザードマンは戦士なんだから、いつでも闘える準備をしておかないと駄目って口癖みたいに言ってたのに」
「まさか、イルに叱られる日が来るとはな・・・」

 片目を閉じて口の端を持ち上げる。頭痛の種が増えたとでも言いたげだ。
 鞄から、薬包紙に包んである錠剤を取り出してリズエに渡す。リズエは礼を言ってソレを口に含み水で流し込んだ。
 苦い。両目を閉じて眉間に皺を寄せる。二日酔いの気分は一発で治るのだが、強烈に苦い。
「くぅ・・・ きっくぅ〜・・・」
 べぇ、っとリズエは舌を出した。プライドの高いリザードマンでも悶える苦さだ。ちなみに苦味に薬効はない。全く。
「なんで入れたんだよ」
「それは飲みにくくするためだろ?」
「嫌がらせかよ」
「まぁ、半分あたりだし・・・ 半分はずれだね」
「なんでもかんでも薬に頼るのはよくないんだ。 二日酔いっていうのはアルコールの飲みすぎで起こす言わば自業自得。 お酒の飲みすぎは身体壊すでしょ? 便利な物があるからって、薬に頼って肝臓の負担を増やしちゃったら逆効果になるもの。 そのための苦味なの」
「へぇ」
「よく出来たね、イル」
「えへへ・・・」
「それと、リズエ。 他にも何か頭痛の種でもあるんじゃないのかい?」

 リズエの悩みのタネは分からなくもない。可愛い妹だったはずのイルがいつの間にか男を連れている訳だし、リズエはまだ相手を決めていない。リズエのご両親はリズエが相手を決めかねている事に随分と愚痴をこぼしていたし、おまけに気に掛けていたはずのイルが先に結婚したことで危機感は確信に変わったらしい。

「今日、両親が来るってさ・・・ 殺されなきゃ良いけど・・・」
「できれば切断面は綺麗な方が良い。 適切な応急処置をして迅速な対応ができればピッタリと繋がるから安心してくれ。 切り傷にもよるけど、処置が適切で一時間以内であればどんな場合でも元通りに繋げてみせる。 生理食塩水を置いておくから腕か脚が飛ばされた時には使ってくれ。 決して水で洗おうとするなよ?」
「お前が言うと洒落に聞こえないんだが」
「あ、幾らディアンが有能だからって首が飛ばされたらどうしようもないからね? 首がなくなっても、ディアンが処置できるのは、ゾンビとスケルトンと・・・あとはデュラハンだけだから。 良い?」
「お前ら、一体何なんだ? 喧嘩を売っているのなら、折角だし今なら買ってやるぞ?」
「「なんで!? 俺(僕)達は、リズエの事を心配しているだけなのに!!!」」
「その心配の方向が間違っているんだろうがぁ!!! 」

 がちゃ、腰に差した剣を掴んだので慌てて二人で小屋の外に出る。振り返ってみればリズエの口元は笑っていた。冗談だ。
 じゃあ、もう大丈夫。小言は言われるかもしれないが説明して分からない両親ではない。いざとなれば男の一人や二人ぐらい・・・いや、二人はマズイな。とりあえず男を紹介してやろう。

 手を振るリズエに二人で手を振り返して帰路についた。



・・・


「ねぇ、ディアン」
「どうした?」
「うぅん。 なんでもないよ」

 なんとなく、ディアンの名前を呼んでみる。大した意味もないし、単なる気まぐれだ。それでもディアンはキチンと反応してくれるし笑顔を返してくれる。

「イル」
「なぁに?」
「なんでもない」
「むぅ・・・」

 今度はディアンに悪戯されて僕は唇を尖らせる。くいっとディアンの袖を引っ張る。不思議そうな表情をしたけど、僕の口元に無防備に耳を近づける。

「ワッ!」
「ギャ!!!」

 ちょっとだけ大きな声を出すと、ディアンは耳を押さえた。きっとカーーーンってしてる。なんか可愛い。ホッペタにキス。

「イルぅー・・・」
「ウフフ、僕、魔物だもん。 油断しちゃだめだよ♪」
「あぁ、もぅ・・・ 駄目だろ? こんな事しちゃ・・・」
「はーい」

 恥ずかしいのが半分、嬉しいのが半分。少し困った苦笑い。ディアンの得意な表情で僕の大好きな表情だ。照れているのか、僕の方を見てくれない。魔物に弱味をみせちゃいけないんだぞ?
 もっともっとディアンの弱い所が見たくて顔を覗き込む。
 ディアンは僕から逃れようと顔を背けた。回り込もうとすると背中をみせた。大きな背中にぴょんっと抱きついてみる。ディアンは男でも体つきは結構貧相だ。小柄な僕が飛びつくだけで二、三歩よろめいた。

「あぁ、もう! 離せ! 話せ!」
「キャー 振り落とされるー♪」

 バタバタと暴れるディアンにしっかりと蔓で固定する。楽しい、楽しい。ディアンも顔少し緩んでいる。

「えへへ・・・」
「えへへ、じゃない」
「キャ♪」

 コツンと頭を叩かれて軽く後ろから首を絞められたので、タップする。
 なんでもない普通。当たり前で特別な事なんて何一つない。身体を預けると、ディアンが僕を抱き上げた。身体を預けると少しだけ薬草と汗の匂いがする。嫌いじゃない。

「なんだよ、くすぐったいなぁ・・・」
「僕の匂い擦り付けてるんだよ♪」
「あぁ、そりゃどうも・・・」

 香水代わりに僕の匂いを擦り付ける。
 服装に気を使わないディアンは、きっとそんな事気がつかないんだろうな。折角僕が付けた匂いも気がつかないまま洗っちゃう。ちっとも取り合ってくれないんだ。
 でも、気がつかなくても良いと思っている。それは、気付いてくれたら嬉しいけど、気がつかなくても良いんだ。ディアンが気付く頃には僕の匂いで一杯にしておくからさ。僕の匂いを骨まで染み込ませておくもん。

「ん?」
「うふふ。 ディアン大好きって言っただけだよ」
「阿呆」

 短く言って降ろされた。手をつないで家に向かう。
 あーあ。 もっと抱っこしてもらいたかったのになぁ・・・
 表情を盗み見れば優しい顔。大好きな表情だ。頼めばやってくれそうだけど、恥ずかしいから言わない。
 晩御飯、今日はディアンの大好きなカレーにしてあげよう。



・・・



「全く・・・ちょろいもんじゃな」
「というか・・・ドッキリに見せかけておいて、本当に録画しておいたんですか・・・」
「当然じゃろ? 人の部屋のベットをグチャグチャにしておったのじゃ・・・ 少しぐらい悪戯してもバチは当たらんじゃろ」
「天罰、って訳ですか・・・」
10/11/12 20:58更新 / 佐藤 敏夫
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■作者メッセージ
久しぶりに書いたら山なし オチなし キャラ崩壊
しかも短め orz
どうしよう 次は頑張ろう

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