出張・誰でも健康診断！！！
「それで・・・遅刻した訳じゃな・・・」
ニヤニヤとバフォメットは笑いながら、正座している俺をみている。
「夜の営みを延々朝まで続けて遅刻ねぇ・・・」
「おまけに朝には一緒に洗いっこだって」
「そこで、そのままもう一回なんて・・・ヤラシイ」
「真面目な人だと思ってたのにねぇ・・・」
言いたい放題言っているのは、魔女達だ。ただ、全て事実なので反論できない。
ちなみにイルは隣の部屋で
「これで一人前だね！おめでとう！」
「良い人を捕まえたね！」
「うん、ありがとう」
「イルちゃん、優しいから襲えるかどうかずーっと心配してたんだよ？」
「へへっ、心配かけてごめんね」
「あ〜あ、イルちゃんに先越されちゃうなんて〜
私も早くパートナーを見つけないと・・・」
「大丈夫だよ、僕が見つけられたんだから絶対に見つけられるって」
「これでディアンもサバトに入信してくれるかな♪」
「むぅ、僕そこまで、ちっちゃくないやい！少しはあるもん！」
「でも、Ａでしょ？」
「それでも前よりちょっとは大きくなったんだ！ ・・・並み以下、だけどさ・・・」
「じゃあ、やっぱり仲間だ！」
「むぅ・・・分かったよ、認めるよぉ・・・」
「でも、イルはディアンに処女をあげちゃったのか・・・イルの処女は私がもらうはずだったのにな・・・」
「うん、それは認めない」
・・・なんだこの扱いの差は？
隣の部屋では目茶苦茶、御祝いムードなんですけど
「それはヌシよ・・・ヌシが腑抜けた男だからじゃよ。一生懸命誘っている幼女をガン無視しておったのだからな。」
「・・・。」
すごく耳が痛いです。
サバトの教えがどーのだとか、幼女の素晴らしさがこーのだとかは置いておいても、イルの事を傷つけていたのだっから、反論する余地はない。
「まったく・・・ワシらは、ずっと無償で動いていたのじゃ
そして、挙げ句の果てに幸せに繋がって大遅刻
仮に老婆心で行動していたとしても、そりゃ、文句の一つでも言ってやりたくなるじゃろ」
まぁ・・・確かに・・・
恩を仇・・・とまでは言わないが不義理な行動をされれば腹が立つのも当たり前だよな
「って、何か裏で手を回していたのかよ！」
「当たり前じゃ！ まさか、北の塔への直通魔法陣が本気でメンテナンス中とでも思っておったのか？」
やれやれ、本当にお人好しじゃの、と溜め息をついた。
ま さ か ・ ・ ・
「どこぞの妖精使いのタワケが作った術式不明の魔法陣ならまだしも、北の塔の主たるワシが作った魔法陣じゃぞ？ だいたい、バフォメットの中には旅館と妖精の国を直通で繋ぐルートを作った猛者もいるというのに・・・ この程度の距離でちょくちょく検査が必要になる粗末な魔法陣など作れば、バフォメットの名が廃るというものよ」
フン、と自慢気に背を逸らして絶壁とも言える胸を主張した。
イルに人を襲うように仕向けたのはお前か・・・
「クク、なんじゃ？
ヌシは告白のされ方一つで、付き合う付き合わないを決める程、ケツの穴の小さい人間なのかや？」
「いや・・・そういう訳じゃないけどさ・・・」
腹が立ったかと尋ねられれば否だ。
俺はイルの事が好きだったし、イルも俺の事を好いてくれていた。なら、それはそれで結果オーライって言っても良い。でも、襲うんじゃなくて、やっぱり普通に告白して欲しかったのも事実だ。
「ヌシ、意外と乙女じゃな」
「うるさい」
カラカラとバフォメットは笑った。
「しかしの、人と魔物の共存を目指すなら、人の価値観を押し付けるだけじゃなく魔物の価値観も受け入れてもらわなくてはならぬ。
一方的な価値の押し付けるは共存ではなく、隷属じゃ」
「それは・・・分かってる」
王国にいた頃に嫌という程見てきた。正教の教えを押し付けて、魔物と上手く付き合いながらやっていた地方をことごとく破壊した。
医療専門とはいえ、俺はそれに関わっていた。二度と同じ過ちを繰り返さぬように誓い、今まで行動してきた。
共存関係を築くために、俺は、今まで魔物達とそれ以上の関係を築かないように自分を律してきたというのに・・・
「阿呆じゃの、人間とはいつも同じ過ちを犯しおる。相反する種とて、互いに了解しておるのなら何の問題がある？
種族なぞ誰が決めたか分からぬ瑣末な問題なんぞを気にするより、ヌシらの想いを気にした方が有意義じゃ
互いに好いておるのに、一方的に断る方が、よっぽど自分の考えを押し付けておるのではないか？」
でも、と言いかけて、喉から出かけた言葉は何の形にもならなかった。それを言われてもなお、否定する事はイルへの想いを否定する事になるし、イルの好意を断る事になる。俺には、イルから笑顔を奪う事なんてできなかった。
「お人よし、じゃな」
「クロムが、えげつないだけです」
「何を言う、ワシは哀れな子羊を導いておるだけじゃ」
「そうやって、いつも自分の意見を人に押し付けてきたんですか？」
「何せ魔界の上位種じゃからの」
意見は押し通さんと気が済まんのじゃ、とバフォメットはあっさりと答えた。はぁ、と溜め息をつく。どうやら、俺はこの魔物の意見を認めなければならないようだ。がっくりと肩を落とす。一緒に荷物も落としてしまったように軽くなった。
「さて、ヌシの処遇は後に考えるとするかの
今宵はサバトじゃから、先に健康診断をしてもらわにゃいかん
一人ならまだしも今回はパートナーがいるのじゃから大丈夫じゃろ？」
「えぇ、もちろん」
・・・
仕事は一人でやるよりも二人の方が断然早い。それが阿吽の呼吸なら、その早さは倍以上になる。
一応はサバトの健康診断ではあるので魔女達が優先だが、その後には健康が気になる魔物も任意で受けられるようにしている。
魔女一人目
「お願いしまーす」
「はい、こちらこそ
・・・身長、体重ともに問題なさそうだね、強いていうなら、血糖値が少し高いね。お菓子の類は食べるのを注意した方が良い。」
「んー・・・お菓子はそんなに食べてませんよぉ？」
「そう？
おかしいな・・・よっぽど食べないと魔女は血糖値が上がらないはずなんだけど・・・
覚えている範囲で良いから食事に何を食べた？」
「うーん・・・昨日はバームクーヘンに蜂蜜をたっぷりかけたのを主食にキャンディーとチョコレートが副食でしょ？
この前は、ドーナツとロリポップを主食にコーンフレーク(チョコ味)が副菜で・・・」
「その食生活はおかしい！」
「え？そうでもないよ
証拠に女の子の体の半分は甘いものって歌で歌ってるじゃない！」
「嘘だっ！」
・・・
魔女二人目
「そうだね・・・健康に問題はなさそうだよ。何か心配ごとは？」
「私の体は成長してますか？」
「うーん・・・そうだね。数値はあまり伸びてないみたいだけど・・・」
このあたりは魔物によって価値観が大きく異なるので適度にボカしてそれとなく伝える。互いに了承しているとはいえ、無用な揉め事を積極的に引き起こす必要はない。それが魔物と共存するための知恵だ。
人間なら成長していないとガッカリするのだが、案の定魔女は顔を綻ばせて喜んだ。危ない危ない。
「あ、後もう一つ良いですか？」
「え？あぁ、どうぞ」
苦笑を納めて居住まいを正す。
「彼、ロリコンなんですけど・・・
最近、巨乳に興味を持ちはじめたみたいなんです・・・やっぱり男の人って大き
い方が良いんですかね？」
「まぁ・・・それは人の感性の違いはありますからなんとも・・・」
サバトにはロリ系が多く、絶壁と言われるような胸の持ち主も少なくない。もちろん「貧乳はステータスだ希少価値だ！」というので、あまり引け目を感じる事はないだろう。だからこそ巨乳属は気になる所ともなりうるのだ。
「まぁ・・・感性は人それぞれですよ。気になるようでしたら一時的に体質を変える薬がありますし、クロムのサバトはサキュバスやホルスタウロスにも開いている位です。それくらいなら気にしないでしょう。どうしても気になるようなら、彼女に相談してみるのも良いと思いますよ。」
「そう、ですか。」
「それに、ロリコンは不治の病です。本人はまだ認めてなくても周囲が認めたら、ロリコンも同然ですからね・・・」
「なるほど！」
そうして、なぜか俺とイルを交互に見比べて頷いた。
・・・
クロム
「はい、じゃあ聴診器を当てますのでマントを脱いで下さい」
「ヌシ、このワシに（マントを）脱げと申すか？」
「誤解のある言い方は止して下さい。イル、お前も笑ってるんじゃないの」
「まぁ、軽い冗談じゃ」
「はぁ・・・」
「そこまで呆れんでも良かろう、脱げば良いんじゃろ？脱げば！ほれ！」
つるーん、ときて、ぺたん
・・・マントの下に何も着てない痴女がそこにいた。まごうこと無き全裸。一糸纏う事のない生まれたままの姿。いや、マントを羽織っているので正確には裸ではないのだが、微妙に着ているという事実は西洋人形の最高傑作みたいになって、かえってエロい。しかも、バフォメット特有の強気な表情と幼児体型という事も相まって、効果を十分に理解しつつも動揺する姿が見たくて裸体をさらす悪戯っ娘というなかなかマニアックなシチュエーションでなかなかの高ポイントだ・・・って俺は何を解説してるんだ！！！
「なんで服を着てねぇんだよ！」
「ヌシが脱げ脱げ言うからではないか」
「そこまで脱げとは言ってねぇ！常識で考えろ！」
「これが魔物の常識じゃ（キリッ）」
「嘘だっ！！！」
「無論じゃ！！！
ワシとてそう易々と脱ぎてうないわ！」
「じゃあ、脱ぐなぁ！」
「出番を増やし、人間をからかうためなら致し方あるまい！ワシとて悪魔に魂を売る覚悟がある！」
「・・・確か、クロム様って悪魔より上位だよね」
冷静な突っ込みである。
クロムの方も興が削がれたらしく、渋々と服を着た。ナイス、イル。こうして俺はクロムの診察を再開する。聴診器を当て、イルは必要事項を書き込む。まぁ、怒鳴り過ぎて若干動悸が激しい気もするが許容範囲だろう。
「問題無いとは思いますが、念のため触診します。よろしいですか？」
「む、良かろう」
触診は分かる医者がやれば精密検査並に精度の高いデータが得られる医療行為ではあるが、直接患者の体に触れなくてはならない。信頼関係があって、やましい事はないと言っても、やはり相手によっては抵抗があるものだ。
許可が降りて一安心。
最も、魔物で許可が降りないのは、せいぜいエルフとかの辺りだろう。
「では脱ぐから待っておれ」
「しつけぇよ！」
「何を言う！触診すると申すから、ワシが女子（おなご）の柔肌をサービスして
やろうというのに不満か！
もしやヌシ、新党おっぱいの回しものか！」
「うるせぇ！医療行為を卑猥な行為にするんじゃねぇ！」
「そうか、ヌシは着衣プレイの方が好みなのじゃな？」
「少しは黙らねぇか、ロリババァ！
痴呆になりやがったか！」
「ワシはまだ159のピチピチじゃわい！」
「人間の感覚なら老衰だろうが！」
「ちなみに単位はセンチじゃ。」
「身長かよ！」
「たわけ、センチメンタルじゃ」
「余計に訳分かんねぇよ！」
「センチメンタルって・・・感傷的って意味だから・・・
涙もろさの単位？」
「そうじゃ、ちなみに“フランダースのワーウルフ”を読んで涙を流すのが、１センチメンタルじゃ」
あー・・・頭痛い・・・
「クロムさん、嘘を教えないで下さい」
「イルとて、冗談だと分かっておるじゃろ」
「嘘なの！？」
分かってなかった！！！
「イルには教えないといけない事がたくさんあるなぁ・・・」
「主に寝屋の作法じゃな？」
「つまみ出しますよ？」
「何をじゃ？ ナニをか？」
「クロムさん！！！」
顔を真っ赤にしてイルは突然立ち上がった。不意を突かれた用にユルリとクロムの顔がイルの方へ移動する。
（あぁー・・・イルが叱ってくれるのが嬉しい。もう、突っ込む気力ないもん・・・）
「ディアンのは摘める程小さくなかったもん！！！」
「ブッ！」
「そこぉ!?」
もう・・・好きにして・・・
「まぁ、冗談じゃ。そろそろディアンの事をからかうのは止めておいてやるかの」
ククッと笑って、マントを翻してクロムは立ち上がった。先ほどまでの茶目っ気タップリの雰囲気はなく、凛とした空気をその身に纏っている。
「さて、ヌシらの仲も確認できたしの。ワシは安心じゃ」
「「はぁ･･･」」
「ディアン、この子はヌシにやるのが惜しい位に素直で忍耐強い良い子じゃ
しかし、それに甘えて今回の件のようにヤキモキさせる事がないようにな
さもなくば、ワシらが出張ってしまうかもしれん」
「・・・肝に銘じておきます」
「イル、こやつは薬師としての腕は良いが、真面目過ぎ部分がある。恋愛に関しては特にじゃろう、しかし、気の利かないのも許してやれ。」
「はい！」
「それと、時にはパートナーだけでなく魔物として接してやるのじゃぞ？」
「・・・うん！！！」
「ではの! ヌシらの幸せを祈っておるぞ！」
颯爽とクロムは診療所を後にした。小さくて大きな背中を見送って俺はやれやれと頭を振る。
流石は魔界のカリスマだ。
本当に勝てない。最初から最後までクロムの世話になりっぱなしだ。
イルの方に視線をやると、イルも困ったような笑みを浮かべていた。イルも似たような事を考えているんだろう。俺たちは軽く肩を竦めてみせる。
いずれにしろ、すべき事は感謝な事には代わりはない。
・・・
後ろ手で診療室の扉を閉めた後にクロムは、わずかに溜め息をついた。何故だろう、と考えてみたが、それはすぐに見つかった。呆れるくらい簡単で思わず笑ってしまった。
少し妬いている訳だ
勿論、クロムは他人の彼氏に手を出すのはご法度と考えているし、好意を寄せている事を認めたとしても、惚れているかと言われれば答えはノーだろう。あくまで、良い友人であり、尊敬すべき薬師であり、弄りがいのある可愛い子羊だ。
「まぁ、言い訳じゃがの・・・」
誰に言うでもなく、呟いた。
いずれにしろ、ディアンの事をサバトとはまた別種の憩いの場として認めていたのは確かだ。塔の連中が自分を頼り、慕い、喜んでついてきてくれるのは嬉しいし、やりがいのある役職であると思う。
実は・・・恥ずかしい話だが、バフォメットの中でも自分は才能に恵まれた訳ではないのだ。魔力では周囲の魔物を含めて頭一つ突き抜けている自負はあるし、武芸だって本職であるリザードマンやアマゾネスにも、体格で不利ではあるが技巧では遅れをとる事はない。けれど、魔女達が寝静まった後に眠い目を擦りながら、隠れて魔術の勉強をしていた事は一度や二度ではなし、武芸に精を出したのは模擬決闘で他のバフォメットに魔術でボコボコにやられたからという情けない理由だ。
塔の主として任命された時、秘かに戦慄した。才能がないのは身に染みて知っていたし、重すぎる肩書きに喘いでいた。必死になって主としての仕事を学んだし、上に立つものとして相応しい能力を身に付けようと一心不乱に打ち込んだ。そして、なんとか体面を保っていた。
そんな折に、ジャイアントアントの女王が病に倒れた。
町の医者がサジを投げ、アルラウネも黙って首を振った。そして、ジャイアントアント達は一縷の期待を込めて自分の元を訪れた。担ぎこまれた時は本当に酷い状態だった。
知っている回復魔法は全て使い、薬の調合の投与もした。けれど、延命措置しかできなかった。日に日に弱っていく女王を見ながら、己の無力さを噛締めながら処置をしている所に、あの男はフラリと現れた。
カルテと女王の様子を見て、分かったと頷くと、代わりに治療を始めた。
最早、天才と言われるレベルの優れた医療技術を持っていたのは確かだ。
けれど、それ以上にディアンは他人を頼るのが上手かった。
ゴブリン達に交渉して鉱石を譲ってもらい、アルラウネに薬草の場所を尋ね、ホーネットやハニービーから栄養価の高い蜜を分けてもらい、自身は医療行為に専念した。
才能ある者が、他に頼る姿を見たとき、“自分も他を頼って良いんだよ”と言われているようだった。それからだろう、肩の荷物が軽くなったのを感じ、塔の運営が潤滑にすすむようになったのは・・・
「クロム様 どうしました？ 診療が遅れるのは想定内とはいえ、早くサバトの準備をしませんと間に合いませんよ？」
扉を背にボンヤリと考え事をしていると、魔女の一人が声を掛けてきて我に返る。
「うむ、分かっておる。各々指示した通りの準備はしておろうな？」
「もっちろんで〜〜〜す!!!」
魔女はニパーと笑みを浮かべて、Ｖサインとともに応えた。十全、と頷くと魔女は褒めて欲しそうな表情を浮かべたので、ワシャワシャと頭を撫でてやる。“髪が乱れるぅ〜”などと言っているが嬉しそうなのは隠せていない。可愛いやつめ。
「では、先に行っておれ。儂も最後の仕上げを終えたら向かう。
今宵のサバトは、久方ぶりの客人（読・うまいサカナ）だからの、決して粗相のない（読・大いに楽しむ）ようにな」
「はぁ〜い!!! じゃ、お先に失礼しま〜〜〜す」
会場にスキップでもしそうなぐらい上機嫌で向かう魔女の背中を見送り、小さく肩をすくめる。
（最後の仕上げを一人でやろうとするなど・・・まだまだ儂も半人前じゃの・・・）
まだ、イルのように上手く誰かに甘えることはできないけれど
今はこれで良いだろう
あぁ・・・甘えられるイルが羨ましい・・・
ニヤニヤとバフォメットは笑いながら、正座している俺をみている。
「夜の営みを延々朝まで続けて遅刻ねぇ・・・」
「おまけに朝には一緒に洗いっこだって」
「そこで、そのままもう一回なんて・・・ヤラシイ」
「真面目な人だと思ってたのにねぇ・・・」
言いたい放題言っているのは、魔女達だ。ただ、全て事実なので反論できない。
ちなみにイルは隣の部屋で
「これで一人前だね！おめでとう！」
「良い人を捕まえたね！」
「うん、ありがとう」
「イルちゃん、優しいから襲えるかどうかずーっと心配してたんだよ？」
「へへっ、心配かけてごめんね」
「あ〜あ、イルちゃんに先越されちゃうなんて〜
私も早くパートナーを見つけないと・・・」
「大丈夫だよ、僕が見つけられたんだから絶対に見つけられるって」
「これでディアンもサバトに入信してくれるかな♪」
「むぅ、僕そこまで、ちっちゃくないやい！少しはあるもん！」
「でも、Ａでしょ？」
「それでも前よりちょっとは大きくなったんだ！ ・・・並み以下、だけどさ・・・」
「じゃあ、やっぱり仲間だ！」
「むぅ・・・分かったよ、認めるよぉ・・・」
「でも、イルはディアンに処女をあげちゃったのか・・・イルの処女は私がもらうはずだったのにな・・・」
「うん、それは認めない」
・・・なんだこの扱いの差は？
隣の部屋では目茶苦茶、御祝いムードなんですけど
「それはヌシよ・・・ヌシが腑抜けた男だからじゃよ。一生懸命誘っている幼女をガン無視しておったのだからな。」
「・・・。」
すごく耳が痛いです。
サバトの教えがどーのだとか、幼女の素晴らしさがこーのだとかは置いておいても、イルの事を傷つけていたのだっから、反論する余地はない。
「まったく・・・ワシらは、ずっと無償で動いていたのじゃ
そして、挙げ句の果てに幸せに繋がって大遅刻
仮に老婆心で行動していたとしても、そりゃ、文句の一つでも言ってやりたくなるじゃろ」
まぁ・・・確かに・・・
恩を仇・・・とまでは言わないが不義理な行動をされれば腹が立つのも当たり前だよな
「って、何か裏で手を回していたのかよ！」
「当たり前じゃ！ まさか、北の塔への直通魔法陣が本気でメンテナンス中とでも思っておったのか？」
やれやれ、本当にお人好しじゃの、と溜め息をついた。
ま さ か ・ ・ ・
「どこぞの妖精使いのタワケが作った術式不明の魔法陣ならまだしも、北の塔の主たるワシが作った魔法陣じゃぞ？ だいたい、バフォメットの中には旅館と妖精の国を直通で繋ぐルートを作った猛者もいるというのに・・・ この程度の距離でちょくちょく検査が必要になる粗末な魔法陣など作れば、バフォメットの名が廃るというものよ」
フン、と自慢気に背を逸らして絶壁とも言える胸を主張した。
イルに人を襲うように仕向けたのはお前か・・・
「クク、なんじゃ？
ヌシは告白のされ方一つで、付き合う付き合わないを決める程、ケツの穴の小さい人間なのかや？」
「いや・・・そういう訳じゃないけどさ・・・」
腹が立ったかと尋ねられれば否だ。
俺はイルの事が好きだったし、イルも俺の事を好いてくれていた。なら、それはそれで結果オーライって言っても良い。でも、襲うんじゃなくて、やっぱり普通に告白して欲しかったのも事実だ。
「ヌシ、意外と乙女じゃな」
「うるさい」
カラカラとバフォメットは笑った。
「しかしの、人と魔物の共存を目指すなら、人の価値観を押し付けるだけじゃなく魔物の価値観も受け入れてもらわなくてはならぬ。
一方的な価値の押し付けるは共存ではなく、隷属じゃ」
「それは・・・分かってる」
王国にいた頃に嫌という程見てきた。正教の教えを押し付けて、魔物と上手く付き合いながらやっていた地方をことごとく破壊した。
医療専門とはいえ、俺はそれに関わっていた。二度と同じ過ちを繰り返さぬように誓い、今まで行動してきた。
共存関係を築くために、俺は、今まで魔物達とそれ以上の関係を築かないように自分を律してきたというのに・・・
「阿呆じゃの、人間とはいつも同じ過ちを犯しおる。相反する種とて、互いに了解しておるのなら何の問題がある？
種族なぞ誰が決めたか分からぬ瑣末な問題なんぞを気にするより、ヌシらの想いを気にした方が有意義じゃ
互いに好いておるのに、一方的に断る方が、よっぽど自分の考えを押し付けておるのではないか？」
でも、と言いかけて、喉から出かけた言葉は何の形にもならなかった。それを言われてもなお、否定する事はイルへの想いを否定する事になるし、イルの好意を断る事になる。俺には、イルから笑顔を奪う事なんてできなかった。
「お人よし、じゃな」
「クロムが、えげつないだけです」
「何を言う、ワシは哀れな子羊を導いておるだけじゃ」
「そうやって、いつも自分の意見を人に押し付けてきたんですか？」
「何せ魔界の上位種じゃからの」
意見は押し通さんと気が済まんのじゃ、とバフォメットはあっさりと答えた。はぁ、と溜め息をつく。どうやら、俺はこの魔物の意見を認めなければならないようだ。がっくりと肩を落とす。一緒に荷物も落としてしまったように軽くなった。
「さて、ヌシの処遇は後に考えるとするかの
今宵はサバトじゃから、先に健康診断をしてもらわにゃいかん
一人ならまだしも今回はパートナーがいるのじゃから大丈夫じゃろ？」
「えぇ、もちろん」
・・・
仕事は一人でやるよりも二人の方が断然早い。それが阿吽の呼吸なら、その早さは倍以上になる。
一応はサバトの健康診断ではあるので魔女達が優先だが、その後には健康が気になる魔物も任意で受けられるようにしている。
魔女一人目
「お願いしまーす」
「はい、こちらこそ
・・・身長、体重ともに問題なさそうだね、強いていうなら、血糖値が少し高いね。お菓子の類は食べるのを注意した方が良い。」
「んー・・・お菓子はそんなに食べてませんよぉ？」
「そう？
おかしいな・・・よっぽど食べないと魔女は血糖値が上がらないはずなんだけど・・・
覚えている範囲で良いから食事に何を食べた？」
「うーん・・・昨日はバームクーヘンに蜂蜜をたっぷりかけたのを主食にキャンディーとチョコレートが副食でしょ？
この前は、ドーナツとロリポップを主食にコーンフレーク(チョコ味)が副菜で・・・」
「その食生活はおかしい！」
「え？そうでもないよ
証拠に女の子の体の半分は甘いものって歌で歌ってるじゃない！」
「嘘だっ！」
・・・
魔女二人目
「そうだね・・・健康に問題はなさそうだよ。何か心配ごとは？」
「私の体は成長してますか？」
「うーん・・・そうだね。数値はあまり伸びてないみたいだけど・・・」
このあたりは魔物によって価値観が大きく異なるので適度にボカしてそれとなく伝える。互いに了承しているとはいえ、無用な揉め事を積極的に引き起こす必要はない。それが魔物と共存するための知恵だ。
人間なら成長していないとガッカリするのだが、案の定魔女は顔を綻ばせて喜んだ。危ない危ない。
「あ、後もう一つ良いですか？」
「え？あぁ、どうぞ」
苦笑を納めて居住まいを正す。
「彼、ロリコンなんですけど・・・
最近、巨乳に興味を持ちはじめたみたいなんです・・・やっぱり男の人って大き
い方が良いんですかね？」
「まぁ・・・それは人の感性の違いはありますからなんとも・・・」
サバトにはロリ系が多く、絶壁と言われるような胸の持ち主も少なくない。もちろん「貧乳はステータスだ希少価値だ！」というので、あまり引け目を感じる事はないだろう。だからこそ巨乳属は気になる所ともなりうるのだ。
「まぁ・・・感性は人それぞれですよ。気になるようでしたら一時的に体質を変える薬がありますし、クロムのサバトはサキュバスやホルスタウロスにも開いている位です。それくらいなら気にしないでしょう。どうしても気になるようなら、彼女に相談してみるのも良いと思いますよ。」
「そう、ですか。」
「それに、ロリコンは不治の病です。本人はまだ認めてなくても周囲が認めたら、ロリコンも同然ですからね・・・」
「なるほど！」
そうして、なぜか俺とイルを交互に見比べて頷いた。
・・・
クロム
「はい、じゃあ聴診器を当てますのでマントを脱いで下さい」
「ヌシ、このワシに（マントを）脱げと申すか？」
「誤解のある言い方は止して下さい。イル、お前も笑ってるんじゃないの」
「まぁ、軽い冗談じゃ」
「はぁ・・・」
「そこまで呆れんでも良かろう、脱げば良いんじゃろ？脱げば！ほれ！」
つるーん、ときて、ぺたん
・・・マントの下に何も着てない痴女がそこにいた。まごうこと無き全裸。一糸纏う事のない生まれたままの姿。いや、マントを羽織っているので正確には裸ではないのだが、微妙に着ているという事実は西洋人形の最高傑作みたいになって、かえってエロい。しかも、バフォメット特有の強気な表情と幼児体型という事も相まって、効果を十分に理解しつつも動揺する姿が見たくて裸体をさらす悪戯っ娘というなかなかマニアックなシチュエーションでなかなかの高ポイントだ・・・って俺は何を解説してるんだ！！！
「なんで服を着てねぇんだよ！」
「ヌシが脱げ脱げ言うからではないか」
「そこまで脱げとは言ってねぇ！常識で考えろ！」
「これが魔物の常識じゃ（キリッ）」
「嘘だっ！！！」
「無論じゃ！！！
ワシとてそう易々と脱ぎてうないわ！」
「じゃあ、脱ぐなぁ！」
「出番を増やし、人間をからかうためなら致し方あるまい！ワシとて悪魔に魂を売る覚悟がある！」
「・・・確か、クロム様って悪魔より上位だよね」
冷静な突っ込みである。
クロムの方も興が削がれたらしく、渋々と服を着た。ナイス、イル。こうして俺はクロムの診察を再開する。聴診器を当て、イルは必要事項を書き込む。まぁ、怒鳴り過ぎて若干動悸が激しい気もするが許容範囲だろう。
「問題無いとは思いますが、念のため触診します。よろしいですか？」
「む、良かろう」
触診は分かる医者がやれば精密検査並に精度の高いデータが得られる医療行為ではあるが、直接患者の体に触れなくてはならない。信頼関係があって、やましい事はないと言っても、やはり相手によっては抵抗があるものだ。
許可が降りて一安心。
最も、魔物で許可が降りないのは、せいぜいエルフとかの辺りだろう。
「では脱ぐから待っておれ」
「しつけぇよ！」
「何を言う！触診すると申すから、ワシが女子（おなご）の柔肌をサービスして
やろうというのに不満か！
もしやヌシ、新党おっぱいの回しものか！」
「うるせぇ！医療行為を卑猥な行為にするんじゃねぇ！」
「そうか、ヌシは着衣プレイの方が好みなのじゃな？」
「少しは黙らねぇか、ロリババァ！
痴呆になりやがったか！」
「ワシはまだ159のピチピチじゃわい！」
「人間の感覚なら老衰だろうが！」
「ちなみに単位はセンチじゃ。」
「身長かよ！」
「たわけ、センチメンタルじゃ」
「余計に訳分かんねぇよ！」
「センチメンタルって・・・感傷的って意味だから・・・
涙もろさの単位？」
「そうじゃ、ちなみに“フランダースのワーウルフ”を読んで涙を流すのが、１センチメンタルじゃ」
あー・・・頭痛い・・・
「クロムさん、嘘を教えないで下さい」
「イルとて、冗談だと分かっておるじゃろ」
「嘘なの！？」
分かってなかった！！！
「イルには教えないといけない事がたくさんあるなぁ・・・」
「主に寝屋の作法じゃな？」
「つまみ出しますよ？」
「何をじゃ？ ナニをか？」
「クロムさん！！！」
顔を真っ赤にしてイルは突然立ち上がった。不意を突かれた用にユルリとクロムの顔がイルの方へ移動する。
（あぁー・・・イルが叱ってくれるのが嬉しい。もう、突っ込む気力ないもん・・・）
「ディアンのは摘める程小さくなかったもん！！！」
「ブッ！」
「そこぉ!?」
もう・・・好きにして・・・
「まぁ、冗談じゃ。そろそろディアンの事をからかうのは止めておいてやるかの」
ククッと笑って、マントを翻してクロムは立ち上がった。先ほどまでの茶目っ気タップリの雰囲気はなく、凛とした空気をその身に纏っている。
「さて、ヌシらの仲も確認できたしの。ワシは安心じゃ」
「「はぁ･･･」」
「ディアン、この子はヌシにやるのが惜しい位に素直で忍耐強い良い子じゃ
しかし、それに甘えて今回の件のようにヤキモキさせる事がないようにな
さもなくば、ワシらが出張ってしまうかもしれん」
「・・・肝に銘じておきます」
「イル、こやつは薬師としての腕は良いが、真面目過ぎ部分がある。恋愛に関しては特にじゃろう、しかし、気の利かないのも許してやれ。」
「はい！」
「それと、時にはパートナーだけでなく魔物として接してやるのじゃぞ？」
「・・・うん！！！」
「ではの! ヌシらの幸せを祈っておるぞ！」
颯爽とクロムは診療所を後にした。小さくて大きな背中を見送って俺はやれやれと頭を振る。
流石は魔界のカリスマだ。
本当に勝てない。最初から最後までクロムの世話になりっぱなしだ。
イルの方に視線をやると、イルも困ったような笑みを浮かべていた。イルも似たような事を考えているんだろう。俺たちは軽く肩を竦めてみせる。
いずれにしろ、すべき事は感謝な事には代わりはない。
・・・
後ろ手で診療室の扉を閉めた後にクロムは、わずかに溜め息をついた。何故だろう、と考えてみたが、それはすぐに見つかった。呆れるくらい簡単で思わず笑ってしまった。
少し妬いている訳だ
勿論、クロムは他人の彼氏に手を出すのはご法度と考えているし、好意を寄せている事を認めたとしても、惚れているかと言われれば答えはノーだろう。あくまで、良い友人であり、尊敬すべき薬師であり、弄りがいのある可愛い子羊だ。
「まぁ、言い訳じゃがの・・・」
誰に言うでもなく、呟いた。
いずれにしろ、ディアンの事をサバトとはまた別種の憩いの場として認めていたのは確かだ。塔の連中が自分を頼り、慕い、喜んでついてきてくれるのは嬉しいし、やりがいのある役職であると思う。
実は・・・恥ずかしい話だが、バフォメットの中でも自分は才能に恵まれた訳ではないのだ。魔力では周囲の魔物を含めて頭一つ突き抜けている自負はあるし、武芸だって本職であるリザードマンやアマゾネスにも、体格で不利ではあるが技巧では遅れをとる事はない。けれど、魔女達が寝静まった後に眠い目を擦りながら、隠れて魔術の勉強をしていた事は一度や二度ではなし、武芸に精を出したのは模擬決闘で他のバフォメットに魔術でボコボコにやられたからという情けない理由だ。
塔の主として任命された時、秘かに戦慄した。才能がないのは身に染みて知っていたし、重すぎる肩書きに喘いでいた。必死になって主としての仕事を学んだし、上に立つものとして相応しい能力を身に付けようと一心不乱に打ち込んだ。そして、なんとか体面を保っていた。
そんな折に、ジャイアントアントの女王が病に倒れた。
町の医者がサジを投げ、アルラウネも黙って首を振った。そして、ジャイアントアント達は一縷の期待を込めて自分の元を訪れた。担ぎこまれた時は本当に酷い状態だった。
知っている回復魔法は全て使い、薬の調合の投与もした。けれど、延命措置しかできなかった。日に日に弱っていく女王を見ながら、己の無力さを噛締めながら処置をしている所に、あの男はフラリと現れた。
カルテと女王の様子を見て、分かったと頷くと、代わりに治療を始めた。
最早、天才と言われるレベルの優れた医療技術を持っていたのは確かだ。
けれど、それ以上にディアンは他人を頼るのが上手かった。
ゴブリン達に交渉して鉱石を譲ってもらい、アルラウネに薬草の場所を尋ね、ホーネットやハニービーから栄養価の高い蜜を分けてもらい、自身は医療行為に専念した。
才能ある者が、他に頼る姿を見たとき、“自分も他を頼って良いんだよ”と言われているようだった。それからだろう、肩の荷物が軽くなったのを感じ、塔の運営が潤滑にすすむようになったのは・・・
「クロム様 どうしました？ 診療が遅れるのは想定内とはいえ、早くサバトの準備をしませんと間に合いませんよ？」
扉を背にボンヤリと考え事をしていると、魔女の一人が声を掛けてきて我に返る。
「うむ、分かっておる。各々指示した通りの準備はしておろうな？」
「もっちろんで〜〜〜す!!!」
魔女はニパーと笑みを浮かべて、Ｖサインとともに応えた。十全、と頷くと魔女は褒めて欲しそうな表情を浮かべたので、ワシャワシャと頭を撫でてやる。“髪が乱れるぅ〜”などと言っているが嬉しそうなのは隠せていない。可愛いやつめ。
「では、先に行っておれ。儂も最後の仕上げを終えたら向かう。
今宵のサバトは、久方ぶりの客人（読・うまいサカナ）だからの、決して粗相のない（読・大いに楽しむ）ようにな」
「はぁ〜い!!! じゃ、お先に失礼しま〜〜〜す」
会場にスキップでもしそうなぐらい上機嫌で向かう魔女の背中を見送り、小さく肩をすくめる。
（最後の仕上げを一人でやろうとするなど・・・まだまだ儂も半人前じゃの・・・）
まだ、イルのように上手く誰かに甘えることはできないけれど
今はこれで良いだろう
あぁ・・・甘えられるイルが羨ましい・・・
10/08/07 19:12更新 / 佐藤 敏夫
戻る
次へ