地図と湖畔と女の子 <後編>
少年は駆け出し、助走をつけて彼女めがけて跳んだ。
軽く少年の身長の3倍はある高さがあったが軽がると達し、
その腹部に衝掌を叩き込んだ。
その衝撃で意識の無い彼女の体がスライムから弾き飛ばされる。
それまでの数秒の間に少年は詠唱を完了し、発動した。
「フリーズッ!!」
先ほどまで獲物を捕らえていた触手が凍りつき、
それを蹴りつけて彼女を脇に抱える。
凍った触手に手をかけ回った反動で他の触手を蹴り壊し、
降り注ぐ破片を渡り、岸に降り立った。
スライムは突然の攻撃に動揺していたようだが、
少年が地に降り立った頃にはすでに回復している。
魔法から逃れた触手が次々と彼らに殺到する。
足を狙うものは跳んで避け、目前に迫るものはかがんでかわし、
腹部に来たものはあらかじめ抜いておいた剣で叩き斬る。
そしてどうにか逃れて彼女を木の幹に持たせかける。
スペルを口走り数秒で詠唱完了、即座に発動する。
「シールドッ!!」
半透明で薄く虹色に光る膜が彼女を包み込む。
保障で2重に張ったためにそれだけ魔力の消費が激しい。
俺の魔力が尽きる前に全て終わらせねば...
少年は未練なく彼女の前を離れ、また湖へと向かう。
彼女を助け出したとき、アレの中央に玉のようなものが浮いていた。
あれがおそらく...
またも助走をつけ、前かがみになり加速。
激しいスライムの攻撃をかわし、跳躍した。
触手が彼を襲うがあまりの速さに全て外れる。
スライムの体はほぼ水に近く、いとも簡単に彼の体を飲み込んだ。
だが、彼の勢いを打ち消しきれず貫通してしまう。
そして彼の手にはコアが握られていた。
スライムの体はコアを失ったとたん端から崩れていきしぶきを上げて落下した。
細かく振動するそれを握りつぶすと蠢いていた破片が完全に静まった。
スライムの消滅によって湖は再度沈黙した。
...かのように見えたが、少年の周囲にさっきとは比べ物にならないほどの数の触手が次から次へと立ち上がった。
とっさに水中へ潜る...と、そこには数え切れないほどのコアが蠢き、
微かながら目視できる多数の触手がざわめいていた。
冗談じゃないッ
とにかくも水面に上がり岸を目指す。
その間にも触手は立ち上がり続け彼を襲う。
とても間に合わない。
そう判断した彼はスペルを口にせず術式を発動した。
「テレポートッ」
岸までわずかな距離だったためギリギリ届いたが、
スペルの拘束が無いため魔力が分散し必要以上に浪費してしまった。
シールドの維持分の魔力の消費も続いている。
一瞬めまいが起こったがどうにか気を保った。
絶対に...負けられない。
少年は背に迫った触手を横に跳んでかわし、
ありったけの魔力をかき集めスペルを唱え始める。
氷魔法のスペルにさらに追加詠唱する。
が、唱えることに集中したためどうしても見かわしがおろそかになってしまう。
触手は度々少年の身体を襲い、傷つけた...が、とうとう詠唱が完了した。
彼は湖に向かって大きく跳躍し、眼下にざわめく触手どもに反撃した。
「アイスバインドッ」
彼の足元から徐々に氷結し始め、その広がりは加速する。
感覚を研ぎ澄ませ、触手を伝ってコアを手当たり次第に凍らせてゆく。
そしてその全てが凍ったとき、少年の目の前には巨大な氷の樹が育っていた。
頭痛がしたが無視してすかさず魔力を解き放ちさらに術式を発動する。
「チェインッ サンダーボルトッ」
次の瞬間、遥か上空に稲光が見え、青く輝く稲妻が氷の樹に落ちた。
青白いパルスを発しながら高圧電流が樹を駆け巡り、その全てをすさまじい爆音とともに破壊する。
氷の破片が飛び散り、湖へ落ちる。
彼は膝をついた。
終わったのだ。
明らかに手ごたえがあった。
俺はこの強大な敵に勝ったのだ。
頭が割れそうだ...
少年はそのまま顔が汚れるのも厭わず地に伏せ失神した。
彼女は鼓膜が破れてしまいそうな音で目を覚ました。
ぼんやりと前方を見ると、巨大な氷の柱が一瞬にして吹き飛んでいた。
「一体...何が起こって...?」
目をこすって再度見てみるがやはりそれはぼやけたままだ。
近づいてみてみようと立ち上がろうとすると、頭に微かな抵抗を感じて何かがはじけるような音がした。
途端に視界がはっきりとし、空が黒く閉じ、湖に氷の破片が降っているのを確認できた...が、
はっきりしても何が起こっているのかさっぱりだ。
と、同時に胃の中がざわめき、思わず口を押さえたが堪えきれず吐いた。
口から出てきたそれは水色でわずかにピクピクと動いている。
「何...これ...」
そして思い出した。
水浴びをしていたら背後を取られて、気がついたら視界が水色で、
彼が走ってくるのを見て手を伸ばしたけど届かなくて...
そうだ!彼は!?
辺りを見回すが、彼の姿は見えない。
もしかして...死んじゃったんじゃ?
嫌な考えが脳裏をよぎるがぶんぶんと首を振る。
そんなことないッ 彼は私が認めた戦士、そう簡単に死ぬはずが無いっ!
でも...
この氷とか雷とかが私を襲った怪物が放ったものだとしたら...
涙目になってぶんぶんと頭を振る。
イヤだっ イヤだよぅ どうか生きていて...
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら涙を無理やり擦り取る、と、視界の端に何かが映った気がした。
あれは...彼の服っ!
色合いといい、大きさといい、彼の服に似た色の物体が転がっている。
そしてその近くには水色の物体が...
まさか...彼!?
近くのあれには気付いていないみたいだ...
今度は私が助けなくてはッ
いつの間にかいつもの調子をとり戻し、剣を手にそちらへ走り出す。
自分が裸であることも忘れて。
水色のそれは少女の形をしていた。
ゆっくりと布に包まれた物体をつついてみる。
ちょっとあったかい。これ何かな。
丸っこくて泥だらけの何かに触ってみる。
ふさふさしてる。でもちょっとケバだってるなぁ。
次は肌色をつついてみる。
ぷにぷに。やわらかいけどちょっと固いなぁ。
布きれをめくってみる。
うわぁ...傷だらけだよぅ。大丈夫かなぁ。
もう少し布きれをめくってみようとしたその時、きらっと光るものが目の前を通り過ぎた。何だろう?
ふと振り返ってみると顔が恐いお姉さんが立ってた。
どうしたんだろう。何で怒ってるのかな。
ボクが布きれをもう少しめくろうとすると今度はボクを指差してぶわーってよく分からないことを言った。
ちょっと首をかしげたらまた目の前をきらっと光るものが通り過ぎた。
きれいだな。触ってみたいな。
でもボクが近付くたびにお姉さんは後ろに下がっていく。
どうして?触りたいんだよ。きらきらきれいな棒。だから下がらないで?
でもやっぱりお姉さんは後ろに下がる。
何で?どうして?
ボクはまた首をかしげた。
俺は...まだ生きているのか?
頭痛がかなり酷いが、なんとか意識を保てた。
気つけに湖に頭からつっこみ、頭を上げ前方を見ると妙な光景が目に入った。
今にも剣を放り出して泣きそうになっている全裸のトカゲ戦士と、
トカゲ戦士よりひとまわり小さな水色のスライムの少女がにらみ合って?いる。少女の方は頭を傾けて不思議そうな顔つきをしている。
見たところスライムの少女が勝っている...んだろうか?
重たい頭を無理に持ち上げて立ち上がると二人そろってこちらを凝視した。
『あっ 目が覚めたんだね おはよう』
『ブラックっ 助けてくれ スライムが...』
なんとなくそう言っているような気がした。
見事なまでにセリフがかみ合っていないが。
俺はまだ痛む頭をさすって言った。
「とりあえず服を着てくれ」
2人はにらみ合っていた。全裸で。
顔を真っ赤にしたトカゲの娘と、ほわんほわんした雰囲気のスライムの子は服を着て少年の前に座った。
湖のほとりの木陰だ。
少年は無表情で、彼女らに言った。
「で、何があった?」
「いや その このスライムがブラックを襲おうとしているのを見て」
「○×▲※◇ #□◎$ £ ☆ミ」
彼女らはほぼ同時に話し始めた。
見事にカブり、スライムのほうに関しては何を言っているかすら分からない。
とにかくトカゲの彼女にいきさつを聞いて、
少年はぶつぶつと文句を言いつつも詠唱し、発動した。
「トランスレイト」
特に何も起きずにぽかんとしている彼女らをスルーして再度問いかける。
「名前は?」
「申し後れてすまない。アカルドの娘、ラーナだ」
先に言ってやったぞ と得意げにトカゲ娘、もといラーナが先に名乗った。
呆れて彼女を見やり、スライムの子を見る。
「名前? なぁに?それ」
予想外の返答だった。
だがなんとなく察しがついた気がした。
「名前とはな、その人を確実に識別するための呼び名であり...」
さも得意げに語りだすラーナを遮り、スライムの子に言う。
「さっき生まれたのか?」
問いかけに疑問符を浮かべる彼女。
しかし未熟な体つきやたどたどしい言葉を聞くとやはりそうなのだろう。
おそらくこの子は....
俺が倒した巨大なスライムの子だ。
おそらくあのスライムは俺に倒されることを悟りこの子を後に残したのだろう。
まだ幼く、言葉もままならない。でもこの子は置いていこう。
何より敵の子だし、スライムだ。
心配ではあるが、親がアレならきっとうまくやっていくだろう。
スライムはある程度力を持つまでは水から離れられない。
どちらにせよ連れて行くのは不可能だ。
ラーナに意見を聞こうとしたがまだ偉そうに語っている。
連れて行っても足手まといになるだけ...。
「ラーナ、行くぞ」
声を掛けて歩き出す。
「こっ この子はどうするんだ?」
ラーナが駆け寄ってきて言う。
「置いていく」
「しかしっ まだ幼いぞ?」
「置いていった方があの子のためになる」
「でもっ...」
ラーナはじっと見つめてきた。
目をそらさずに見つめ返してやるとはぁとため息をつき、
「分かったよ。置いていく」
ぐずぐずと子に話しかけたりしていたが、催促すると名残惜しそうに見つめて、またため息をつき歩き出した。
次の目的地は、街だ。
軽く少年の身長の3倍はある高さがあったが軽がると達し、
その腹部に衝掌を叩き込んだ。
その衝撃で意識の無い彼女の体がスライムから弾き飛ばされる。
それまでの数秒の間に少年は詠唱を完了し、発動した。
「フリーズッ!!」
先ほどまで獲物を捕らえていた触手が凍りつき、
それを蹴りつけて彼女を脇に抱える。
凍った触手に手をかけ回った反動で他の触手を蹴り壊し、
降り注ぐ破片を渡り、岸に降り立った。
スライムは突然の攻撃に動揺していたようだが、
少年が地に降り立った頃にはすでに回復している。
魔法から逃れた触手が次々と彼らに殺到する。
足を狙うものは跳んで避け、目前に迫るものはかがんでかわし、
腹部に来たものはあらかじめ抜いておいた剣で叩き斬る。
そしてどうにか逃れて彼女を木の幹に持たせかける。
スペルを口走り数秒で詠唱完了、即座に発動する。
「シールドッ!!」
半透明で薄く虹色に光る膜が彼女を包み込む。
保障で2重に張ったためにそれだけ魔力の消費が激しい。
俺の魔力が尽きる前に全て終わらせねば...
少年は未練なく彼女の前を離れ、また湖へと向かう。
彼女を助け出したとき、アレの中央に玉のようなものが浮いていた。
あれがおそらく...
またも助走をつけ、前かがみになり加速。
激しいスライムの攻撃をかわし、跳躍した。
触手が彼を襲うがあまりの速さに全て外れる。
スライムの体はほぼ水に近く、いとも簡単に彼の体を飲み込んだ。
だが、彼の勢いを打ち消しきれず貫通してしまう。
そして彼の手にはコアが握られていた。
スライムの体はコアを失ったとたん端から崩れていきしぶきを上げて落下した。
細かく振動するそれを握りつぶすと蠢いていた破片が完全に静まった。
スライムの消滅によって湖は再度沈黙した。
...かのように見えたが、少年の周囲にさっきとは比べ物にならないほどの数の触手が次から次へと立ち上がった。
とっさに水中へ潜る...と、そこには数え切れないほどのコアが蠢き、
微かながら目視できる多数の触手がざわめいていた。
冗談じゃないッ
とにかくも水面に上がり岸を目指す。
その間にも触手は立ち上がり続け彼を襲う。
とても間に合わない。
そう判断した彼はスペルを口にせず術式を発動した。
「テレポートッ」
岸までわずかな距離だったためギリギリ届いたが、
スペルの拘束が無いため魔力が分散し必要以上に浪費してしまった。
シールドの維持分の魔力の消費も続いている。
一瞬めまいが起こったがどうにか気を保った。
絶対に...負けられない。
少年は背に迫った触手を横に跳んでかわし、
ありったけの魔力をかき集めスペルを唱え始める。
氷魔法のスペルにさらに追加詠唱する。
が、唱えることに集中したためどうしても見かわしがおろそかになってしまう。
触手は度々少年の身体を襲い、傷つけた...が、とうとう詠唱が完了した。
彼は湖に向かって大きく跳躍し、眼下にざわめく触手どもに反撃した。
「アイスバインドッ」
彼の足元から徐々に氷結し始め、その広がりは加速する。
感覚を研ぎ澄ませ、触手を伝ってコアを手当たり次第に凍らせてゆく。
そしてその全てが凍ったとき、少年の目の前には巨大な氷の樹が育っていた。
頭痛がしたが無視してすかさず魔力を解き放ちさらに術式を発動する。
「チェインッ サンダーボルトッ」
次の瞬間、遥か上空に稲光が見え、青く輝く稲妻が氷の樹に落ちた。
青白いパルスを発しながら高圧電流が樹を駆け巡り、その全てをすさまじい爆音とともに破壊する。
氷の破片が飛び散り、湖へ落ちる。
彼は膝をついた。
終わったのだ。
明らかに手ごたえがあった。
俺はこの強大な敵に勝ったのだ。
頭が割れそうだ...
少年はそのまま顔が汚れるのも厭わず地に伏せ失神した。
彼女は鼓膜が破れてしまいそうな音で目を覚ました。
ぼんやりと前方を見ると、巨大な氷の柱が一瞬にして吹き飛んでいた。
「一体...何が起こって...?」
目をこすって再度見てみるがやはりそれはぼやけたままだ。
近づいてみてみようと立ち上がろうとすると、頭に微かな抵抗を感じて何かがはじけるような音がした。
途端に視界がはっきりとし、空が黒く閉じ、湖に氷の破片が降っているのを確認できた...が、
はっきりしても何が起こっているのかさっぱりだ。
と、同時に胃の中がざわめき、思わず口を押さえたが堪えきれず吐いた。
口から出てきたそれは水色でわずかにピクピクと動いている。
「何...これ...」
そして思い出した。
水浴びをしていたら背後を取られて、気がついたら視界が水色で、
彼が走ってくるのを見て手を伸ばしたけど届かなくて...
そうだ!彼は!?
辺りを見回すが、彼の姿は見えない。
もしかして...死んじゃったんじゃ?
嫌な考えが脳裏をよぎるがぶんぶんと首を振る。
そんなことないッ 彼は私が認めた戦士、そう簡単に死ぬはずが無いっ!
でも...
この氷とか雷とかが私を襲った怪物が放ったものだとしたら...
涙目になってぶんぶんと頭を振る。
イヤだっ イヤだよぅ どうか生きていて...
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら涙を無理やり擦り取る、と、視界の端に何かが映った気がした。
あれは...彼の服っ!
色合いといい、大きさといい、彼の服に似た色の物体が転がっている。
そしてその近くには水色の物体が...
まさか...彼!?
近くのあれには気付いていないみたいだ...
今度は私が助けなくてはッ
いつの間にかいつもの調子をとり戻し、剣を手にそちらへ走り出す。
自分が裸であることも忘れて。
水色のそれは少女の形をしていた。
ゆっくりと布に包まれた物体をつついてみる。
ちょっとあったかい。これ何かな。
丸っこくて泥だらけの何かに触ってみる。
ふさふさしてる。でもちょっとケバだってるなぁ。
次は肌色をつついてみる。
ぷにぷに。やわらかいけどちょっと固いなぁ。
布きれをめくってみる。
うわぁ...傷だらけだよぅ。大丈夫かなぁ。
もう少し布きれをめくってみようとしたその時、きらっと光るものが目の前を通り過ぎた。何だろう?
ふと振り返ってみると顔が恐いお姉さんが立ってた。
どうしたんだろう。何で怒ってるのかな。
ボクが布きれをもう少しめくろうとすると今度はボクを指差してぶわーってよく分からないことを言った。
ちょっと首をかしげたらまた目の前をきらっと光るものが通り過ぎた。
きれいだな。触ってみたいな。
でもボクが近付くたびにお姉さんは後ろに下がっていく。
どうして?触りたいんだよ。きらきらきれいな棒。だから下がらないで?
でもやっぱりお姉さんは後ろに下がる。
何で?どうして?
ボクはまた首をかしげた。
俺は...まだ生きているのか?
頭痛がかなり酷いが、なんとか意識を保てた。
気つけに湖に頭からつっこみ、頭を上げ前方を見ると妙な光景が目に入った。
今にも剣を放り出して泣きそうになっている全裸のトカゲ戦士と、
トカゲ戦士よりひとまわり小さな水色のスライムの少女がにらみ合って?いる。少女の方は頭を傾けて不思議そうな顔つきをしている。
見たところスライムの少女が勝っている...んだろうか?
重たい頭を無理に持ち上げて立ち上がると二人そろってこちらを凝視した。
『あっ 目が覚めたんだね おはよう』
『ブラックっ 助けてくれ スライムが...』
なんとなくそう言っているような気がした。
見事なまでにセリフがかみ合っていないが。
俺はまだ痛む頭をさすって言った。
「とりあえず服を着てくれ」
2人はにらみ合っていた。全裸で。
顔を真っ赤にしたトカゲの娘と、ほわんほわんした雰囲気のスライムの子は服を着て少年の前に座った。
湖のほとりの木陰だ。
少年は無表情で、彼女らに言った。
「で、何があった?」
「いや その このスライムがブラックを襲おうとしているのを見て」
「○×▲※◇ #□◎$ £ ☆ミ」
彼女らはほぼ同時に話し始めた。
見事にカブり、スライムのほうに関しては何を言っているかすら分からない。
とにかくトカゲの彼女にいきさつを聞いて、
少年はぶつぶつと文句を言いつつも詠唱し、発動した。
「トランスレイト」
特に何も起きずにぽかんとしている彼女らをスルーして再度問いかける。
「名前は?」
「申し後れてすまない。アカルドの娘、ラーナだ」
先に言ってやったぞ と得意げにトカゲ娘、もといラーナが先に名乗った。
呆れて彼女を見やり、スライムの子を見る。
「名前? なぁに?それ」
予想外の返答だった。
だがなんとなく察しがついた気がした。
「名前とはな、その人を確実に識別するための呼び名であり...」
さも得意げに語りだすラーナを遮り、スライムの子に言う。
「さっき生まれたのか?」
問いかけに疑問符を浮かべる彼女。
しかし未熟な体つきやたどたどしい言葉を聞くとやはりそうなのだろう。
おそらくこの子は....
俺が倒した巨大なスライムの子だ。
おそらくあのスライムは俺に倒されることを悟りこの子を後に残したのだろう。
まだ幼く、言葉もままならない。でもこの子は置いていこう。
何より敵の子だし、スライムだ。
心配ではあるが、親がアレならきっとうまくやっていくだろう。
スライムはある程度力を持つまでは水から離れられない。
どちらにせよ連れて行くのは不可能だ。
ラーナに意見を聞こうとしたがまだ偉そうに語っている。
連れて行っても足手まといになるだけ...。
「ラーナ、行くぞ」
声を掛けて歩き出す。
「こっ この子はどうするんだ?」
ラーナが駆け寄ってきて言う。
「置いていく」
「しかしっ まだ幼いぞ?」
「置いていった方があの子のためになる」
「でもっ...」
ラーナはじっと見つめてきた。
目をそらさずに見つめ返してやるとはぁとため息をつき、
「分かったよ。置いていく」
ぐずぐずと子に話しかけたりしていたが、催促すると名残惜しそうに見つめて、またため息をつき歩き出した。
次の目的地は、街だ。
10/09/18 20:12更新 / 緑青
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