化物同士の茶会事件
「……この葡萄、はずれかな……」
早朝。
一つ摘まんだ黒みを帯びた山葡萄の実は、口中に強烈な酸味を広げる。
口直しにと口に放りこんだ椎の実が、甘いのではないかと錯覚するほどだ。
「うーん……、さすがにこれをお礼に渡すのは無理」
お礼、というのも勿論アイリにだ。
先日は散々っぱら世話になったうえに、ケガの治療までしてもらった借りがある。
口だけでお礼を言ってそれで済ませるには、さすがに居心地が悪い。
せっかくまともな友達ができたのなら、可能な限り対等な立場でいたいし……。
「そもそも、どうゆう物をプレゼントすれば喜ぶ?」
ガールフレンドはおろか、友達も親も物心ついたころからいなかった身としては、世間一般のごく普通の友達に対して友愛の印としての贈り物なんて何がいいのか分からない。
おまけに、アイリは魔物だ。
僕が食べ物を貰えれば喜ぶからと言って、アイリが食べ物をもらって喜ぶとは限らない。
そもそも、アイリが人間の食べ物が口に合うかも分からない。
「…………まぁ、とりあえずアイリのとこに行こうかな」
よくよく考えてみれば、別に、急を要する話じゃない。
ただの自分に対するけじめの問題だ。
ともすれば、ゆっくりと考えてからの方が僕のためである。
「さて、こっちだっけ」
アイリが住処といった洞窟は。
ほとんどうろ覚えだけど、おおよその方角くらいは見当がつけれる。
彼女が魔物なせいか、嫌悪感を抱いてないせいかその心を聞き取りやすい。
ある程度まで近づけば、ちゃんとした位置まで割り出せる自信はある。
「なんか、すっごいストーカーっぽい……」
自己嫌悪に小さくため息を零して、もうほとんど痛みの引いた右足を進める。
そしてすぐに、自己嫌悪なんて忘れてアイリに会うことに心が弾んだ。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「悪いわね、急に貴重な蜜なんか頼んじゃって」
「いいのいいのぉ。わたしもお薬ちょっとわけてもらったし〜」
もふもふと土色の柔らかそうな手に覆われた手を振り、唯一の親友は朗らかに笑った。
それにしても……何かあったのかしら?
こんな朝早くに呼んだにしては、寝起きの悪い彼女にしては受け答えがやけにはっきりしていて、おまけに無性に機嫌が良さそうに見えることに違和感があるけど……。
そんな怪訝な考えが読めたのか、彼女はニコーっと幸せそうに微笑む。
「アイリちゃん、わたしはいまとっても幸せなのです」
「ふぅん。なに、男でもできたの?」
なんて、そんなわけがない。
この辺りは反魔物領でも警戒されている場所で、安易に人が近づくような場所ではない。
あったとしても、テル……子供が迷い込むくらいだろう。
「ま、そんなわけな―――「そのとぉりっ!」
…………………は?
「やぁね? もぉ運命的な出会いでねぇ、とってもキュートでねぇ!」
「ちょっ、ちょちょ、え、何? ジェミニ、アンタ本当に男できたの!?」
嬉しそうに語り始めようとするジェミニを止めて、自分でも慌てていることが分かるほど裏返った声が口から飛び出た。
しかし、キュートとは何だ。その辺も詳しく聞きたい。
「うんっ! アイリちゃんのおかげで!」
「アタシのおかげ!?」
更に意味不明になった。
ジェミニに何かのお膳立てをしたつもりはない。
というか、お膳立てする前に、その膳を自分で食べてしまうはずだ。
そして、二度あることは三度あるようで、ジェミニの次の発言に更に仰天することになった。
「え? ほら、きのうアイリちゃんが石にしたあの子だよ?」
「あの馬鹿ガキかよっ!」
思わず突っ込む。
遠慮容赦のない発言に、しまったと慌てて口を塞ぐが後の祭りだ。
「アイリちゃん、そういうこという口はどのお口?」
「ななな、何も言ってない! アタシ、何も言ってない!」
自分の好きな男をバカにされて黙ってられるほど、ジェミニは温厚なキャラではない。
口調こそ温和なものの、普段であれば問答無用で頬を抓りあげられたはずだ。
現に、今も彼女の手がわきわきと動いている……。
「っていうか……、どこが運命的なのよ。びーびー泣いてる子供の石像ひろうって……」
彼女の万力の如き握力は身をもって知っているため、露骨に話題をそらす。
実際、いまジェミニがしたいのは彼氏自慢のはずだ。
「えぇ〜? 運命的だよぉ?」
「どの辺りがよ」
「アルラウネのみつがその子にたっぷり塗られてて♥」
魔物に襲われるだろうなとは思ってたけど、あの子にいったい何があった。
思わず微妙な顔になり、続けようとするジェミニを手で制した。
「な、なかなか興味深い話だけど、それはまたの機会にしてくれない?」
「えぇ〜、なんでなんでぇ〜? ここからがいい話なのにぃ」
「その、そろそろアタシに客が来る予定なのよ。だから、その……」
惚気話は悪くないけど、そろそろ異常なまでに朝に強い少年が訪れる頃合いなのだ。
できることなら、ジェミニには会わせたくない。
……アタシより胸が大きいし。
「んん〜? ひょっとして、アンリちゃんもぉ?」
「な、何がアタシもなのよ。別に何でもいいでしょっ、ほら、行った行った!」
「あはははぁ、アンリちゃんお顔まっか〜♪」
「うう、うっさい! はよ行け!」
なかば追い出すように怒鳴ると、ジェミニはきゃーなんてわざとらしく両手をあげてパタパタ逃げた。
それを追いかけて、洞窟の入り口まで来ると彼女はくるりと振り返って手を振った。
「あはっ、今日のアンリちゃんが元気だった理由がわかったよん♪ その子によろしくねぇ〜!」
「うっさいうっさいバカバカバカ! も、もう二度と来んな!」
石化の魔力を込めて睨みつけるが、ジェミニはくるりと視線を外す。
普段こそのんびりしているものの、逃げ足だけはロクでもなく速い。
「……まったく」
既に小さくなった背中を見送り、ジェミニにもらった壺の中身をのぞく。
キラキラと朝日に眩しい、蜂蜜のような琥珀色の液体がたぷんと揺れる。
いかに子供っぽくないテルミでも、きっとこれなら喜ぶはずだ。
無邪気に笑う彼の様子を想像したら、少しだけジェミニへのむかっ腹は収まった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「相変わらずアンタ朝早いわねぇ……。まぁ、おはよ、テルミ」
(あぁ良かった、別に迷ったりはしなかったみたいね……)
相変わらずはこっちの台詞である。
彼女の言動と心の声の差に苦笑を漏らしかけ、慌てて表情を引きしめる。
「お、おはようございます、アイリさん」
「……あぁ、そういやアンタ心が読めるんだったね」
努力むなしくも察された。
しかし、前と変わらずアイリはそう気にした様子もなく、どこからともなく小さなティーカップを二つ取り出す。
「待ってて、お茶だしたげるから」
そんなことを言いつつも手際よくダークレッドの紅茶を注ぎ、本当にどこで手に入れているのか謎なことにクッキーまで取り出す。
瞬く間に、薄暗い洞窟の中に華やかなお茶会場ができてしまった。
「ちなみに、文句があるなら別に飲まなくていいわよ?」
(まぁ飲まないとアタシが悲しむけどな!)
心の声がふてぶてしくなった!?
「も、文句なんてそんな滅相も……!」
予想外の柔軟な適応にドギマギさせられる。
というか、ここまで一転してふてぶてしく思えるなんてすご……。
「そんならしくない言葉遣いも止めていいのよ? イチイチ敬語なんか使われたら肩こるわ」
(というか止めないとアタシが困る!)
「わ、分かった……」
結論、魔物すごい。なんというか、度量と機転がすごい。
ここまできっちりスイッチを切り替えるようにメンタルを操る人なんて初めてだ。
スッと、ほのかに湯気をたてるカップを差しだされ、慌てて受けとる。
温度に気を遣ってくれたらしく、そんなに熱くはなかった。
「まぁ、その辺にでも座りなさい。ほら、そこの岩のでっぱりとか、椅子になるでしょ」
「アイリは座らない……?」
「ふん、アタシは座る必要なんてないもの」
そう言って、自慢げに下半身の大蛇をくねらせる。
遠慮するな、と心もふてぶてしく告げている。
「ま、気楽に駄弁りましょうよ。アタシもそのつもりで呼んだんだし」
(変に急いて脅かしてもアレだし……って、危なっ! 読まれてるんだった!)
「その、ごめん。これ、あまり便利でもなくて、切ったりできないから……」
これ、とは勿論、口に出すのも恥ずかしい読心能力のことだ。
さながらオンになりっぱなしのような盗聴魔法のようで、ひたすらに周囲の心の声を聴きつける。
なんとか操れないものかと思っていた時期もあったが、そう簡単に上手くはいかなかった。
「……こほん。しっかしまぁ、随分と破格なスキルねぇ。一方的なリアルタイムテレパスなんて、アタシだって聞いたことないわよ」
「り、りあ……?」
「リアルタイムは置いて、平たく言えばテレパシーよ」
……て、てれぱしー?
「……アンタ、あんだけ豊富な語彙もってる割にこんなことも知らないの?」
(ま、まだちゃんと子供なのね……、安心したわ……)
「か、偏った本しか読んでなくて……」
基本的に読む本は、植物図鑑が一番おおかった。
食べれる草と毒草の区別がつかなくて、ここまで育つのに4回死にかけた。
身をもって覚えたため、今では図鑑の感想一覧までそらんじれる。
「えぇっと……、改めて説明すると難しいわね。まぁ、読心術の会話バージョン? 身振り手振りも関係なくて、言葉もなしに直に心を伝達する……って、余計めんどくなったわね……」
「あ、精神感応?」
「それこそ何だよ!!」
どうにかして制御できないかと、この能力を調べたときに見た説明とまんまである。
何だ何だ、てれぱしーって精神感応のことか。
「…………まぁ、納得してるなら別にいいわよ」
(すっごく納得いかないけど)
「あ、はは……、ごめん」
ぶすっと子供のように頬を膨らませるアイリに申し訳程度に詫びる。
しかし、アイリは何でこんな奇特な能力に詳しいのか?
口調から察するに、それなりに特殊なものらしいけど……。
「別にテレパシー自体は特殊じゃないわよ」
ドキリ。
口に出していなかった思考を読んだかのようなアイリの台詞に、心臓が跳ねた。
「テレパシーで合意の思念を送受信するのは基本なの。特殊なのは、送信もしてない思考を総受信するテルミのテレパシーもどきよ」
ち・な・み・に、と彼女は指を振って付け加えた。
「アンタは顔が口ほどにモノ言ってるから、分かり易すぎんのよ」
「そ、そんなに……?」
「えぇ、死ぬっほど」
(まぁ、多分テルミだから読めるんだろうけど……)
そ、そんなに顔に出てるのかー……。
せいぜいニヒルに無関心を装ってるつもりだったけど、アイリがそうまでいうならそうなのだろう。
今度から、表情も多少は気にかけよう。
「まぁ、いずれにせよアンタのその盗聴テレパスは一種の才能よ。場が場だったなら、イジメられっ子じゃなくて英雄にでもなってたかもね」
英雄。
化物じゃなくて……英雄。
そうだったら良かった、なんて普通は考えるのだろう。
しかし、胸に何かがもやもやとわだかまり、イジメられっ子を甘んじて受け入れている。
「……悪いわね、変なこと言っちゃって。それよりせっかく淹れたお茶が冷めるわよ」
(またこいつは、小難しいこと考えてるんでしょうねぇ……)
また顔に出てたのだろうか。
とりとめもない悩みを遮るようなアイリの声に、手に持っていたカップを思い出す。
もう湯気も出ていないカップに口をつけると、猫舌にはちょうどいい温度で、何よりも甘かった。
「…………?」
甘いのは好きだ。とりわけ、蜂蜜のような甘味は。
しかし、これは蜂蜜の甘みではない。
芳醇と言う形容がこれほど似合うものもなく、それでいてしつこくない。
うん、素直にいえば美味い。
「アイリ、この紅茶、何が入ってる?」
「ふふん。よく気付いたわね」
(えへへ、気付いてもらえてよかっ……)
「こ、こんな美味しい紅茶はじめて飲んだから!」
あ、アイリは自爆の名人だなぁ……。
声を大きくしたのがわざとらしすぎたのか、アイリの頬が少しだけ朱に染まる。
防ぎようがないとはいえ、警戒心がなさすぎるのも困りものかもしれない……。
「……こ、こほん。ま、まぁ、ちょっとだけ隠し味に蜜を入れてるのよ」
「へぇ。蜂蜜じゃないみたいだけど、たぶん花の蜜?」
「お、概ね正解よ……」
? 歯切れが悪い?
その理由は、尋ねるまでもなく聞こえた。
(あ、アルラウネも一応……花だけど、魔物の蜜って言っちゃうと抵抗あるわよね……)
……魔物の蜜? この甘みが?
通りでまるで舌に覚えがないわけだ。
納得して頷くと、アイリは『やっちまった!』みたいな表情になっていた。
「べべっ、別に体に害とかはないわよ!? アタシの故郷ではアンタみたいな子供も普通に食べたりしてるんだから! ホントよ!?」
「ね、念を押さなくても分かるって……」
ついでに食べ過ぎると媚薬効果もあるということも。
それを聞かされると、何故に媚薬効果があるのかと疑うが、それはさておきだ。
「それよりも、ちょっと聞いていい?」
「なっ……、何よ……」
(そんな変なもん飲めるかとか言わないでしょうね……)
「アイリがわざわざ用意してくれたのにそんなこと言わないし! そっちじゃなくて、アイリの故郷のこと聞きたいんだけど……」
アイリの故郷。即ち、魔物のふるさと。
ということは、アイリみたいな魔物がいっぱいいるところ。
媚薬とかそういうのはさておいて、そっちの方が断然気になった。
「な、何よ、そっちのことぉ? うんうん、何でも聞きなさいよ!」
(良かったぁ、ちゃんと飲んでくれるんだぁ……♪)
う゛……、こういう女の子の心の声きいちゃうと、なんか悪い気がするなぁ……。
それが原因で、村の子に叩かれた覚えもあるし……。
って、表情表情! 察されたらめんどうだし!
「えぇ……っと、ど、どんなところ?」
「どんなところ、って言われると説明しづらいわねぇ……。まぁ、こことは比べるまでもなく賑やかなところよ。テルミからすれば、一昔前のレスカティエくらいよ」
「へぇ……、賑やか……賑やかかぁ……」
なまじ心の声が聞こえる身としては、人の多い都市部は少し気後れしてしまう。
人が多いぶん、きっと罵声や怨嗟は増えるのだろうな……。
……………………いや、ちょっと待った。
「……そこって、アイリみたいな優しい魔物、いっぱいいる?」
ここと違って、そこが必ずしも悪条件とは限らない。
アイリみたいな、このテレパシーをものともしないような人がいるなら。
そんな希望を抱いた質問は、的外れな回答を返された。
「は…………?」
(あ、アタシが……優しい?)
……………………いや、こっちが、は? だ。
思いやりに疎い僕でも、こんな子供にここまで親身になれるアイリが優しくないなんてことはないと、はっきりと理解している。
もしもアイリが優しくないのなら、この世は渡るまでもなく鬼ばかりだろう。
「バッ……! べ、別に優しくなんかないわよ!! こんなのフツーよフツー!」
(そ、そう思われてるんだ……、アタシ……)
それ以外にどう印象づけろと。
「……え、えっとそれよりも何だっけ!? 優しい魔物!? えぇ、いっぱいいるわよ!?」
(や、やだ……いまアタシどんな顔してるか分かんない……!)
……い、いっぱいって、どの位いっぱいなのだろうか……。
レスカティエみたいな大都市でいっぱいなのだろうから、いっぱいなんだろう……。
…………いいな、そこ。
「なんか、良さそうなとこ……」
「ま、まぁ悪いところじゃないのは確かね! 機会があればテルミをウチに呼びたいくらいよ!」
(それであわよくばパパとママに紹介して……、アタシもジェミニみたいに……!)
……い、家に呼ぶのって両親に紹介とかするもんなの?
というか、アイリ僕が心読めるの忘れかけてない……?
「そうね、是非きなさいよ! もっと美味しいお菓子とか振舞ったげるわよ!」
(それでそれで、ちょっと遅くまで遊んで、ウチに泊まってもらったりとか……!?)
「ああ、あの、アイリ!? 僕テレパシー! 心の声、駄々漏れで聞こえる!」
とくに僕が別の意味で聞きたくない声が物凄く!
半ばわざとではないかと思うほどに興奮していたアイリはぴたりと止まり、心もあっと固まる。
そして、さっき以上に爆発した。
「ぎゃぁあああ!? ちょっ、アンタ何で止めないのよぉおお!!」
「い、いやアイリが勝手に暴走したし……! 僕に言われても困る!」
「うう、うっさいバカ! このオオバカヤロー!!」
(ああああああ、アタシのばかぁぁあああ!!!)
ば、バカバカ忙しいな……アイリ。
なんか、こうしてみると本当に、アイリも普通の女の子と変わらないなぁ。
魔物とか、人間とか、あんまり考えない方がいいのかも……。
「あはは……、まぁ、その、ドンマイ」
「ぐっ……! その余裕ムカつくわぁ……!」
(心読めるとかズルいわコンチクショー!!)
そういうニュアンスでズルいって言われたの初めてだ……。
なんて感心してる内に、アイリもそれなりに怒りを収めたらしい。
ぶすーっと頬を膨らませながら、おまけにジト目だが……。
「き、機嫌なおして……、今度なにかお詫びにあげるから……」
「物で釣るなっ! ……でも、まぁ、いいものだったら許してやるわ」
(……ちょっとだけ、楽しみにさせてもらっとくからね!)
「ご、ご期待に沿えるよう、頑張る……」
……お礼に渡そうと思っていたプレゼントにかこつけたはいいけど、ハードルが少しだけ上がった。
ていうか……、こういうときって何あげれば喜ぶんだろ?
「ね、ねぇアイリ。その、どんなものが欲しいとか聞いていい?」
「ちょ、せっかくなんだからサプライズ感だしなさいよ! そこはアンタに任せるわ!」
そ、そういうものなのか……。更にハードルが上がったし……。
せめてヒントくらいは欲しかったけど……、うぅん……がんばろ。
そんな風に考えているのがやっぱり顔に表れていたのか、アイリは呆れたようにため息を零す。
「はいはい、そんなのは後で考えなさい。せっかくウチに来てるんだから、もうちょっと話しましょ」
(……できれば、次はテルミの話が聞きたいけど)
「えっと、じゃあ……、僕が前に食べたキノコで死にかけた話を……」
「アンタ一体なにしてんの!?」
オーバーリアクションに叫ぶアイリに、くすりと笑いが零れた。
こんな他愛もない話も久しぶりだけど、こんなに楽しいのも久しぶりだ。
アンタ馬鹿ねぇ、と呆れたように笑うアイリに、僕は思った。
ずっと、こんな時間が続きますように。
そんな僕の願いはかなったようで、彼女とのこんな関係は、今年の冬まで続いた。
早朝。
一つ摘まんだ黒みを帯びた山葡萄の実は、口中に強烈な酸味を広げる。
口直しにと口に放りこんだ椎の実が、甘いのではないかと錯覚するほどだ。
「うーん……、さすがにこれをお礼に渡すのは無理」
お礼、というのも勿論アイリにだ。
先日は散々っぱら世話になったうえに、ケガの治療までしてもらった借りがある。
口だけでお礼を言ってそれで済ませるには、さすがに居心地が悪い。
せっかくまともな友達ができたのなら、可能な限り対等な立場でいたいし……。
「そもそも、どうゆう物をプレゼントすれば喜ぶ?」
ガールフレンドはおろか、友達も親も物心ついたころからいなかった身としては、世間一般のごく普通の友達に対して友愛の印としての贈り物なんて何がいいのか分からない。
おまけに、アイリは魔物だ。
僕が食べ物を貰えれば喜ぶからと言って、アイリが食べ物をもらって喜ぶとは限らない。
そもそも、アイリが人間の食べ物が口に合うかも分からない。
「…………まぁ、とりあえずアイリのとこに行こうかな」
よくよく考えてみれば、別に、急を要する話じゃない。
ただの自分に対するけじめの問題だ。
ともすれば、ゆっくりと考えてからの方が僕のためである。
「さて、こっちだっけ」
アイリが住処といった洞窟は。
ほとんどうろ覚えだけど、おおよその方角くらいは見当がつけれる。
彼女が魔物なせいか、嫌悪感を抱いてないせいかその心を聞き取りやすい。
ある程度まで近づけば、ちゃんとした位置まで割り出せる自信はある。
「なんか、すっごいストーカーっぽい……」
自己嫌悪に小さくため息を零して、もうほとんど痛みの引いた右足を進める。
そしてすぐに、自己嫌悪なんて忘れてアイリに会うことに心が弾んだ。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「悪いわね、急に貴重な蜜なんか頼んじゃって」
「いいのいいのぉ。わたしもお薬ちょっとわけてもらったし〜」
もふもふと土色の柔らかそうな手に覆われた手を振り、唯一の親友は朗らかに笑った。
それにしても……何かあったのかしら?
こんな朝早くに呼んだにしては、寝起きの悪い彼女にしては受け答えがやけにはっきりしていて、おまけに無性に機嫌が良さそうに見えることに違和感があるけど……。
そんな怪訝な考えが読めたのか、彼女はニコーっと幸せそうに微笑む。
「アイリちゃん、わたしはいまとっても幸せなのです」
「ふぅん。なに、男でもできたの?」
なんて、そんなわけがない。
この辺りは反魔物領でも警戒されている場所で、安易に人が近づくような場所ではない。
あったとしても、テル……子供が迷い込むくらいだろう。
「ま、そんなわけな―――「そのとぉりっ!」
…………………は?
「やぁね? もぉ運命的な出会いでねぇ、とってもキュートでねぇ!」
「ちょっ、ちょちょ、え、何? ジェミニ、アンタ本当に男できたの!?」
嬉しそうに語り始めようとするジェミニを止めて、自分でも慌てていることが分かるほど裏返った声が口から飛び出た。
しかし、キュートとは何だ。その辺も詳しく聞きたい。
「うんっ! アイリちゃんのおかげで!」
「アタシのおかげ!?」
更に意味不明になった。
ジェミニに何かのお膳立てをしたつもりはない。
というか、お膳立てする前に、その膳を自分で食べてしまうはずだ。
そして、二度あることは三度あるようで、ジェミニの次の発言に更に仰天することになった。
「え? ほら、きのうアイリちゃんが石にしたあの子だよ?」
「あの馬鹿ガキかよっ!」
思わず突っ込む。
遠慮容赦のない発言に、しまったと慌てて口を塞ぐが後の祭りだ。
「アイリちゃん、そういうこという口はどのお口?」
「ななな、何も言ってない! アタシ、何も言ってない!」
自分の好きな男をバカにされて黙ってられるほど、ジェミニは温厚なキャラではない。
口調こそ温和なものの、普段であれば問答無用で頬を抓りあげられたはずだ。
現に、今も彼女の手がわきわきと動いている……。
「っていうか……、どこが運命的なのよ。びーびー泣いてる子供の石像ひろうって……」
彼女の万力の如き握力は身をもって知っているため、露骨に話題をそらす。
実際、いまジェミニがしたいのは彼氏自慢のはずだ。
「えぇ〜? 運命的だよぉ?」
「どの辺りがよ」
「アルラウネのみつがその子にたっぷり塗られてて♥」
魔物に襲われるだろうなとは思ってたけど、あの子にいったい何があった。
思わず微妙な顔になり、続けようとするジェミニを手で制した。
「な、なかなか興味深い話だけど、それはまたの機会にしてくれない?」
「えぇ〜、なんでなんでぇ〜? ここからがいい話なのにぃ」
「その、そろそろアタシに客が来る予定なのよ。だから、その……」
惚気話は悪くないけど、そろそろ異常なまでに朝に強い少年が訪れる頃合いなのだ。
できることなら、ジェミニには会わせたくない。
……アタシより胸が大きいし。
「んん〜? ひょっとして、アンリちゃんもぉ?」
「な、何がアタシもなのよ。別に何でもいいでしょっ、ほら、行った行った!」
「あはははぁ、アンリちゃんお顔まっか〜♪」
「うう、うっさい! はよ行け!」
なかば追い出すように怒鳴ると、ジェミニはきゃーなんてわざとらしく両手をあげてパタパタ逃げた。
それを追いかけて、洞窟の入り口まで来ると彼女はくるりと振り返って手を振った。
「あはっ、今日のアンリちゃんが元気だった理由がわかったよん♪ その子によろしくねぇ〜!」
「うっさいうっさいバカバカバカ! も、もう二度と来んな!」
石化の魔力を込めて睨みつけるが、ジェミニはくるりと視線を外す。
普段こそのんびりしているものの、逃げ足だけはロクでもなく速い。
「……まったく」
既に小さくなった背中を見送り、ジェミニにもらった壺の中身をのぞく。
キラキラと朝日に眩しい、蜂蜜のような琥珀色の液体がたぷんと揺れる。
いかに子供っぽくないテルミでも、きっとこれなら喜ぶはずだ。
無邪気に笑う彼の様子を想像したら、少しだけジェミニへのむかっ腹は収まった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「相変わらずアンタ朝早いわねぇ……。まぁ、おはよ、テルミ」
(あぁ良かった、別に迷ったりはしなかったみたいね……)
相変わらずはこっちの台詞である。
彼女の言動と心の声の差に苦笑を漏らしかけ、慌てて表情を引きしめる。
「お、おはようございます、アイリさん」
「……あぁ、そういやアンタ心が読めるんだったね」
努力むなしくも察された。
しかし、前と変わらずアイリはそう気にした様子もなく、どこからともなく小さなティーカップを二つ取り出す。
「待ってて、お茶だしたげるから」
そんなことを言いつつも手際よくダークレッドの紅茶を注ぎ、本当にどこで手に入れているのか謎なことにクッキーまで取り出す。
瞬く間に、薄暗い洞窟の中に華やかなお茶会場ができてしまった。
「ちなみに、文句があるなら別に飲まなくていいわよ?」
(まぁ飲まないとアタシが悲しむけどな!)
心の声がふてぶてしくなった!?
「も、文句なんてそんな滅相も……!」
予想外の柔軟な適応にドギマギさせられる。
というか、ここまで一転してふてぶてしく思えるなんてすご……。
「そんならしくない言葉遣いも止めていいのよ? イチイチ敬語なんか使われたら肩こるわ」
(というか止めないとアタシが困る!)
「わ、分かった……」
結論、魔物すごい。なんというか、度量と機転がすごい。
ここまできっちりスイッチを切り替えるようにメンタルを操る人なんて初めてだ。
スッと、ほのかに湯気をたてるカップを差しだされ、慌てて受けとる。
温度に気を遣ってくれたらしく、そんなに熱くはなかった。
「まぁ、その辺にでも座りなさい。ほら、そこの岩のでっぱりとか、椅子になるでしょ」
「アイリは座らない……?」
「ふん、アタシは座る必要なんてないもの」
そう言って、自慢げに下半身の大蛇をくねらせる。
遠慮するな、と心もふてぶてしく告げている。
「ま、気楽に駄弁りましょうよ。アタシもそのつもりで呼んだんだし」
(変に急いて脅かしてもアレだし……って、危なっ! 読まれてるんだった!)
「その、ごめん。これ、あまり便利でもなくて、切ったりできないから……」
これ、とは勿論、口に出すのも恥ずかしい読心能力のことだ。
さながらオンになりっぱなしのような盗聴魔法のようで、ひたすらに周囲の心の声を聴きつける。
なんとか操れないものかと思っていた時期もあったが、そう簡単に上手くはいかなかった。
「……こほん。しっかしまぁ、随分と破格なスキルねぇ。一方的なリアルタイムテレパスなんて、アタシだって聞いたことないわよ」
「り、りあ……?」
「リアルタイムは置いて、平たく言えばテレパシーよ」
……て、てれぱしー?
「……アンタ、あんだけ豊富な語彙もってる割にこんなことも知らないの?」
(ま、まだちゃんと子供なのね……、安心したわ……)
「か、偏った本しか読んでなくて……」
基本的に読む本は、植物図鑑が一番おおかった。
食べれる草と毒草の区別がつかなくて、ここまで育つのに4回死にかけた。
身をもって覚えたため、今では図鑑の感想一覧までそらんじれる。
「えぇっと……、改めて説明すると難しいわね。まぁ、読心術の会話バージョン? 身振り手振りも関係なくて、言葉もなしに直に心を伝達する……って、余計めんどくなったわね……」
「あ、精神感応?」
「それこそ何だよ!!」
どうにかして制御できないかと、この能力を調べたときに見た説明とまんまである。
何だ何だ、てれぱしーって精神感応のことか。
「…………まぁ、納得してるなら別にいいわよ」
(すっごく納得いかないけど)
「あ、はは……、ごめん」
ぶすっと子供のように頬を膨らませるアイリに申し訳程度に詫びる。
しかし、アイリは何でこんな奇特な能力に詳しいのか?
口調から察するに、それなりに特殊なものらしいけど……。
「別にテレパシー自体は特殊じゃないわよ」
ドキリ。
口に出していなかった思考を読んだかのようなアイリの台詞に、心臓が跳ねた。
「テレパシーで合意の思念を送受信するのは基本なの。特殊なのは、送信もしてない思考を総受信するテルミのテレパシーもどきよ」
ち・な・み・に、と彼女は指を振って付け加えた。
「アンタは顔が口ほどにモノ言ってるから、分かり易すぎんのよ」
「そ、そんなに……?」
「えぇ、死ぬっほど」
(まぁ、多分テルミだから読めるんだろうけど……)
そ、そんなに顔に出てるのかー……。
せいぜいニヒルに無関心を装ってるつもりだったけど、アイリがそうまでいうならそうなのだろう。
今度から、表情も多少は気にかけよう。
「まぁ、いずれにせよアンタのその盗聴テレパスは一種の才能よ。場が場だったなら、イジメられっ子じゃなくて英雄にでもなってたかもね」
英雄。
化物じゃなくて……英雄。
そうだったら良かった、なんて普通は考えるのだろう。
しかし、胸に何かがもやもやとわだかまり、イジメられっ子を甘んじて受け入れている。
「……悪いわね、変なこと言っちゃって。それよりせっかく淹れたお茶が冷めるわよ」
(またこいつは、小難しいこと考えてるんでしょうねぇ……)
また顔に出てたのだろうか。
とりとめもない悩みを遮るようなアイリの声に、手に持っていたカップを思い出す。
もう湯気も出ていないカップに口をつけると、猫舌にはちょうどいい温度で、何よりも甘かった。
「…………?」
甘いのは好きだ。とりわけ、蜂蜜のような甘味は。
しかし、これは蜂蜜の甘みではない。
芳醇と言う形容がこれほど似合うものもなく、それでいてしつこくない。
うん、素直にいえば美味い。
「アイリ、この紅茶、何が入ってる?」
「ふふん。よく気付いたわね」
(えへへ、気付いてもらえてよかっ……)
「こ、こんな美味しい紅茶はじめて飲んだから!」
あ、アイリは自爆の名人だなぁ……。
声を大きくしたのがわざとらしすぎたのか、アイリの頬が少しだけ朱に染まる。
防ぎようがないとはいえ、警戒心がなさすぎるのも困りものかもしれない……。
「……こ、こほん。ま、まぁ、ちょっとだけ隠し味に蜜を入れてるのよ」
「へぇ。蜂蜜じゃないみたいだけど、たぶん花の蜜?」
「お、概ね正解よ……」
? 歯切れが悪い?
その理由は、尋ねるまでもなく聞こえた。
(あ、アルラウネも一応……花だけど、魔物の蜜って言っちゃうと抵抗あるわよね……)
……魔物の蜜? この甘みが?
通りでまるで舌に覚えがないわけだ。
納得して頷くと、アイリは『やっちまった!』みたいな表情になっていた。
「べべっ、別に体に害とかはないわよ!? アタシの故郷ではアンタみたいな子供も普通に食べたりしてるんだから! ホントよ!?」
「ね、念を押さなくても分かるって……」
ついでに食べ過ぎると媚薬効果もあるということも。
それを聞かされると、何故に媚薬効果があるのかと疑うが、それはさておきだ。
「それよりも、ちょっと聞いていい?」
「なっ……、何よ……」
(そんな変なもん飲めるかとか言わないでしょうね……)
「アイリがわざわざ用意してくれたのにそんなこと言わないし! そっちじゃなくて、アイリの故郷のこと聞きたいんだけど……」
アイリの故郷。即ち、魔物のふるさと。
ということは、アイリみたいな魔物がいっぱいいるところ。
媚薬とかそういうのはさておいて、そっちの方が断然気になった。
「な、何よ、そっちのことぉ? うんうん、何でも聞きなさいよ!」
(良かったぁ、ちゃんと飲んでくれるんだぁ……♪)
う゛……、こういう女の子の心の声きいちゃうと、なんか悪い気がするなぁ……。
それが原因で、村の子に叩かれた覚えもあるし……。
って、表情表情! 察されたらめんどうだし!
「えぇ……っと、ど、どんなところ?」
「どんなところ、って言われると説明しづらいわねぇ……。まぁ、こことは比べるまでもなく賑やかなところよ。テルミからすれば、一昔前のレスカティエくらいよ」
「へぇ……、賑やか……賑やかかぁ……」
なまじ心の声が聞こえる身としては、人の多い都市部は少し気後れしてしまう。
人が多いぶん、きっと罵声や怨嗟は増えるのだろうな……。
……………………いや、ちょっと待った。
「……そこって、アイリみたいな優しい魔物、いっぱいいる?」
ここと違って、そこが必ずしも悪条件とは限らない。
アイリみたいな、このテレパシーをものともしないような人がいるなら。
そんな希望を抱いた質問は、的外れな回答を返された。
「は…………?」
(あ、アタシが……優しい?)
……………………いや、こっちが、は? だ。
思いやりに疎い僕でも、こんな子供にここまで親身になれるアイリが優しくないなんてことはないと、はっきりと理解している。
もしもアイリが優しくないのなら、この世は渡るまでもなく鬼ばかりだろう。
「バッ……! べ、別に優しくなんかないわよ!! こんなのフツーよフツー!」
(そ、そう思われてるんだ……、アタシ……)
それ以外にどう印象づけろと。
「……え、えっとそれよりも何だっけ!? 優しい魔物!? えぇ、いっぱいいるわよ!?」
(や、やだ……いまアタシどんな顔してるか分かんない……!)
……い、いっぱいって、どの位いっぱいなのだろうか……。
レスカティエみたいな大都市でいっぱいなのだろうから、いっぱいなんだろう……。
…………いいな、そこ。
「なんか、良さそうなとこ……」
「ま、まぁ悪いところじゃないのは確かね! 機会があればテルミをウチに呼びたいくらいよ!」
(それであわよくばパパとママに紹介して……、アタシもジェミニみたいに……!)
……い、家に呼ぶのって両親に紹介とかするもんなの?
というか、アイリ僕が心読めるの忘れかけてない……?
「そうね、是非きなさいよ! もっと美味しいお菓子とか振舞ったげるわよ!」
(それでそれで、ちょっと遅くまで遊んで、ウチに泊まってもらったりとか……!?)
「ああ、あの、アイリ!? 僕テレパシー! 心の声、駄々漏れで聞こえる!」
とくに僕が別の意味で聞きたくない声が物凄く!
半ばわざとではないかと思うほどに興奮していたアイリはぴたりと止まり、心もあっと固まる。
そして、さっき以上に爆発した。
「ぎゃぁあああ!? ちょっ、アンタ何で止めないのよぉおお!!」
「い、いやアイリが勝手に暴走したし……! 僕に言われても困る!」
「うう、うっさいバカ! このオオバカヤロー!!」
(ああああああ、アタシのばかぁぁあああ!!!)
ば、バカバカ忙しいな……アイリ。
なんか、こうしてみると本当に、アイリも普通の女の子と変わらないなぁ。
魔物とか、人間とか、あんまり考えない方がいいのかも……。
「あはは……、まぁ、その、ドンマイ」
「ぐっ……! その余裕ムカつくわぁ……!」
(心読めるとかズルいわコンチクショー!!)
そういうニュアンスでズルいって言われたの初めてだ……。
なんて感心してる内に、アイリもそれなりに怒りを収めたらしい。
ぶすーっと頬を膨らませながら、おまけにジト目だが……。
「き、機嫌なおして……、今度なにかお詫びにあげるから……」
「物で釣るなっ! ……でも、まぁ、いいものだったら許してやるわ」
(……ちょっとだけ、楽しみにさせてもらっとくからね!)
「ご、ご期待に沿えるよう、頑張る……」
……お礼に渡そうと思っていたプレゼントにかこつけたはいいけど、ハードルが少しだけ上がった。
ていうか……、こういうときって何あげれば喜ぶんだろ?
「ね、ねぇアイリ。その、どんなものが欲しいとか聞いていい?」
「ちょ、せっかくなんだからサプライズ感だしなさいよ! そこはアンタに任せるわ!」
そ、そういうものなのか……。更にハードルが上がったし……。
せめてヒントくらいは欲しかったけど……、うぅん……がんばろ。
そんな風に考えているのがやっぱり顔に表れていたのか、アイリは呆れたようにため息を零す。
「はいはい、そんなのは後で考えなさい。せっかくウチに来てるんだから、もうちょっと話しましょ」
(……できれば、次はテルミの話が聞きたいけど)
「えっと、じゃあ……、僕が前に食べたキノコで死にかけた話を……」
「アンタ一体なにしてんの!?」
オーバーリアクションに叫ぶアイリに、くすりと笑いが零れた。
こんな他愛もない話も久しぶりだけど、こんなに楽しいのも久しぶりだ。
アンタ馬鹿ねぇ、と呆れたように笑うアイリに、僕は思った。
ずっと、こんな時間が続きますように。
そんな僕の願いはかなったようで、彼女とのこんな関係は、今年の冬まで続いた。
13/10/08 21:40更新 / カタパルト
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