連載小説
[TOP][目次]
頭の痛い上京
「おはようございます、シスター・メイ。」
「おはようございます、シアンルドール=ウェルステラ枢機卿。」

さすがは教団本部。礼儀正しく、心が綺麗な者たちばかりである。
シスターは毎日欠かさず祈りを捧げながら、恵まれない者達への施しを忘れない。
教団騎士は正義感溢れ、守るべきものへの忠誠を忘れない。
神父は人としてのあるべき道を説きながら、神に他者の赦しを請う。

誰もが心清らかだ。
誰もが教えに忠実で、人としてあるべき姿を模索し、慎ましく生きている。
親魔派はやたらと教団を目の敵にするが、その教団のほとんどはこういう人たちだ。
それは我が領民も同じ。

だが、その上の連中は・・・・

「ウェルステラ枢機卿か。まあ、一杯どうだね。」

・・・頭の痛い時間のはじまりだ。





「マインツ大司教、本日はどのようなご用件でしょうか。」
「ああ、苦情だよ苦情。また貴公のウェルステラ聖槌軍は負けたそうだな。」

目の前で昼間から酒を食らっているこの男はマインツ大司教。
序列は枢機卿である私の方が上だが、教団中央部にいるこの男の方が権勢を握っているので、私の方が自然に敬語となる。
しかし、この男・・・また太った。そろそろ椅子が潰れる頃じゃないか?

「面目ありませぬ。報告書はお読みになりましたか?」
「ああ、読んだ。貴公の4300の軍は壊滅、敵方の損害は3000。ちと、投入した人数に対して損害が少ないんじゃないのか。」

その報告書は嘘である。我が聖槌軍が壊滅したのは本当だが、敵方の損害は0というのが正解だ。
ちなみに、死者数の欄も正しくは「敵味方双方0名」である。

「我が領地は貧しいが故、傭兵を雇うにもクズしか集まらないもので。」
「傭兵にせよ、もう少し数を揃えることはできぬものかね。あと、貴公直率のシス・フレイム聖騎士団。あれを投入すればどうかね。」
「我が聖騎士団は200の少数精鋭。もし投入して失敗すれば、枢機卿直率の聖騎士団すら投入して失敗したとして、教団の権威に関わります。」

「・・・そうなれば、貴方の責任も問われます。」

この手合いの連中に『責任』という言葉は抜群の効果だ。

「むう・・・そもそも貴公が不甲斐ないからいかんのだ。貴公は・・・・」

もう聞き流すことにしよう。こんな酔っ払いに付き合うのも、領民のためだ。
こんなくだらない話ですら、私には聞く義務がある。聞いていかないと機嫌を損ない、嫌がらせを受けるからだ。
その嫌がらせの的には、我が領民も入っている。





「・・・・・・。」

こちらはもっと呆れた。
こんな真昼間から女と励むとは、どういう神経だろう。

「あッ♪あッ♪・・・い、イグウウゥゥゥゥゥ!!」
「ホッホッホ、イってる姿もかわいいのぅ、ライラ。」

まあ、かえって好都合だろう。
私はその場で、持ってきた書類に変な書類を混ぜた。
そして、行為の邪魔をするようにおもむろに咳払いをする。

「・・・・コホン。」
「な・・・・」
「あ・・・・」

しばしの沈黙。

「ボーダン枢機卿、お取り込み中でしたら、扉にその旨の札をかけておいてください。」
「うぇ、うぇ、ウェルステラ枢機卿!!空気読まんか貴様ッ!!」

すぐに私を追い出そうとするボーダン枢機卿。
しかし、先に女をイかせて自らは射精していないところを見ると、そろそろこの男も高まってきたところだろう。
実に好都合だ。

私はベッドに小机を持っていき、その上に書類を置いた。

「これにハンコを貰わないと、私出て行けません。」

物凄い形相でハンコをひったくったボーダン枢機卿は、敏腕事務官顔負けの速度で書類にハンコを押していく。
・・・・もちろん、私が混ぜた書類にも、だ。

「押し終わったぞ、さあ出てけッ!!」
「失礼します。札は私が掛けておくので、どうぞごゆっくり。」

臭うその部屋を退出し、扉を閉じる。
『取り込み中』の札を私が掛ける頃には、部屋の中から再開の声が響いた。

「ああン、枢機卿のおちんぽ、小さくなっちゃった・・・」
「まったく、あの貧乏貴族め!安心しろ、すぐに大きくしてやるからな。」
「ああン、素敵〜♪」
「さあ、ワシのについたそなたの愛液を舐めるのじゃ。精一杯綺麗にするんじゃぞ。」

・・・・・・。
確かに取り込み中だが、もう少し声を小さくしないと筒抜けである。
変態な上に間抜けだ。





「はぁ・・・・。」

デブチン国王、ジジイ教皇・・・・今日の挨拶巡りは疲れた。
手持ちの賄賂を全て配り終えた時、言い知れぬ安堵感が湧き上がったものだ。
領内に残してきたラキは今頃、これ幸いと私の政治体系のことを探っているだろう。
まあ、あの天使に見られて困るものは無い。数少ない『教団内の』同志なのだから。

神殿のベンチでくつろぐ一時。今日もお疲れ様、私。

「これはこれは、ウェルステラ枢機卿。」
「君は・・・・教団騎士団の者か。名は何という。」
「は、ピッツバーグと申します。」
「ピッツバーグか。硬くならなくてもいい、私の隣に座れ。」

硬くならなくてもいいと言ったのに、ピッツバーグは一礼してから私の隣に座った。

「ピッツバーグ。君は『強い者』と言われれば、どんなイメージを浮かべる?」
「は。どんな強い魔物もいとも簡単に切り伏せ、この世から魔を打ち払うべく突き進む・・・・勇者、と呼ばれる存在でしょうな。」
「それだと私はあまり強大でない魔物にも勝てないぞ。私は『弱い者』かな?」
「め、滅相も・・・・」

少々からかい過ぎたか。小さくなる教団騎士を横目に、私は苦笑いをする。

「教団騎士とて、ただ闇雲に剣を振り回せばいいというものではない。自らの信念に従い、背に守るべきものを背負い、その守るべきものを傷つける存在に剣を振るう。それが私の理想の教団騎士だ。」
「・・・・・。」
「ピッツバーグ。君に『守るべきもの』はあるか?」

彼はしばし沈黙し、答えた。

「・・・・神の教え、です。我々教団騎士は神を守るために存在します。」
「そうか。君のその答えが『女房』だの『息子』だのという回答になるまで、まだ時間が必要かな。」
「そ、それは・・・・!」
「ははは、年配の教団騎士はそう答える奴が多いんだ。気にするな。」

ちなみに、この質問をされた2メートルの大男が『近所の3歳になるガキ』を挙げた時は大笑いしたものだ。ギャップに。

「ところで、我がウェルステラ聖槌軍を知っているか?」
「それはもう。行くところ全戦全敗の・・・・ハッ!!」
「はは、構わんよ。君達武人の間ではそうも言われるだろう。」
「・・・・・・。(モゴモゴ)」

「彼らはね、守るべきものを持たない。ひとたび戦いに出れば常に逃亡の機会を伺うし、占領地に置けば略奪、強姦などやりたい放題。」
「せ、聖軍がそんな・・・・」
「聖軍と言えども傭兵だ、それも一番質の悪い、な。君達がしょっ引いて来る盗賊と何ら変わりはない連中だよ。」

ピッツバーグの方を見ると、ショックを受けた様子だ。こいつが今の教団の体質を知ったら絶望から自殺するだろうな。

「だから、弱いんだ。魔軍と言えば、略奪、殺戮の限りを尽くす集団だった。それならば押し寄せる魔軍に対し、背後に女子供を背負い立つ男たちを投入すれば、負けることはないだろう。」

戦意というものはそこから生まれてくる。

「しかし、今や我が聖槌軍がその有様だ。加えてファルローゼンの魔軍は、ファルローゼンに何か大事なものを残してきたかのような戦いぶりだ。・・・・事実、我々がどんなに痛めつけても、連中はファルローゼンの防衛戦線に上がってくる。聖軍は一旦逃亡すれば終わりだ。」

痛めつけてなどいないが、公式にはそうなっている。
私の話は武人であるピッツバーグには理解できたようで・・・・震えている。

「もし君に『守るべきもの』が無ければ、戦いに赴くべきではない。そんな兵士、役立たずなのはこの私がよーく知っている。君には何のために剣を振るうのか、常に考えてほしい。」
「・・・心に・・・刻みます。」
「ははは、さて、魔領との最前線である我が領地に戻る時間かな。私にとって守るべきもの、それは私の領民だ。お互い強くなろう、ピッツバーグ。」

そう言って、席を立った私は彼に手を振った。
ピッツバーグは黙々と、こちらに深い一礼を続けていた。
硬くならなくてもいいと言ったのに。









「シアン卿!お疲れ様っす!」

11日の旅を経て我が城に戻った私を歓待したのは、『敗戦』してきたオドアケルだった。
相変わらず無骨で古傷だらけな顔立ちだが、その傷は増えていない。
黒々と・・・いや、黒光りする髪と無精ヒゲを見て、もう少し風呂や身だしなみに気を遣えといつも思う。

「そっちもお疲れ様。死人は出ていないな?」
「くはは、おかげ様で出てません!豚どもに礼拝巡りするシアン卿よりは気が楽ですわい!」
「ああ、ホント豚だったよ・・・・。」

既に執政官からの引継ぎは済んでいる。
こういう時、私とオドアケルは私の部屋で飲み交わす事が多い。勿論結界付きで。

いつもと唯一違うこと・・・・。
その愚痴大会の最中に、彼女が乱入してきたことだった。

「あら、シアン卿。帰ってきてたのね。わたしのところに寄らないからわからなかったわ。」
「うわああ!!ててて天使様!!おはようございます!!」

いやオドアケル、もう夜だ。

「あー、安心していいぞオドアケル。彼女は事情を全て知っている。」
「なんと・・・シアン卿、よもや天使様まで味方に引き入れてしまうとは。オレは卿を見直しましたわい。」
「いや、彼女が最初から私達の味方だった、それだけだ。」

天使なんて高貴な生き物を見たこと無いのだろう。オドアケルはラキをまじまじと見ている。

「さて、こっちの収穫から報告しようか。まず、中央のボーダン枢機卿から資金援助をいただいた。金額はこれだ。」
「あのボーダンから?どうやったの?」

教団事情に疎いオドアケルはともかく、ラキには驚きだったようだ。
奴が励んでいる最中にハンコを押した書類には、これが含まれていたのだが・・・・手口をばらしたらオドアケルのアゴが外れないか心配だ。

「あとは説教ばりだったが、うちの3重帳簿や魔領へのパイプは相変わらずばれていない模様。以上。」
「さすがシアン卿だ、じゃ次はオレだな。聖槌軍は谷に入ったところ予定通り全滅。オレと督戦隊以外は全員ファルローゼンにお持ち帰りされましたわい。」
「予定通り、だな。ムコが来たと後でファルローゼンから礼金が来る。聖槌軍の編成要請は今しばらく無いだろう。」
「くはは!財布にお小遣いが入りますな!」
「ああ、これで灌漑設備を3ヶ所増設、風水車を6ヶ所増設、あとは技術開発にも投資できるな。もちろん、教団の帳簿からは外すよ。」

最後の台詞はラキ宛てである。
教団から『ウェルステラ枢機卿領は生産能力がある』と見られては困るのだ。

「夢の灌漑設備の増設だ、収穫の時期が楽しみでならんな。ははは!」
「聖槌軍もファルローゼンで魔物娘の実態に驚きつつも、今頃は幸せ絶頂でしょうな。くはは、羨ましい連中よ!」
「どの口で言うか。さて、ラキ様。私がいない間、我が領内をどこまで調べる事ができましたかな?」

見過ごしてるぞという目でラキを見る。
ラキも見過ごされる事は予想していたようだ。

「中央に来ていた報告書の3倍は豊かな土地ね。生産設備も充実し、法整備もしっかりしている。ただ領民は教団領にありがちな保守的な人間ね。」

そう、我が領民は保守的な人間で構成されている。
当然魔物など受け入れられるはずもなく、魔物に触ったというだけでその人は村八分な有様だ。
魔物との共存などほど遠い。

「それと、この城の離れにあるあの部屋は・・・・」
「ああ、招待部屋のことですね。」

私の城の離れにある、金箔と漆張りの部屋。通称招待部屋。
壁も天井も全て樹脂加工した金箔で、床は漆の重ね塗りだ。

「中央からのクソ視察官に満足して帰っていただくための設備です。何なら、神殿からあの部屋にラキ様の部屋を移してもいいんですが。」
「そんな、やめておくわ。落ち着かないし。」

ちなみに以前オドアケルをあの部屋に放り込んでみたところ、10分で『絞首刑になってもいいから出してくれ』と懇願された。
以来、これに大ウケした私が気まぐれで目に付いた者を、あの部屋で寝るよう指示している。誰の感想も『生きた心地がしない』そうだ。

「あの部屋に悠然と泊まれる視察官、ある意味凄いわね・・・」
「くはははは!違ぇねえ!!」
「とりあえず、ラキ様にもこちらの機密書類や何かは全て閲覧許可を出します。明日からもっと調べていただいて結構です。」
「随分オープンなのね?」
「数少ない協力者ですから。」

そう言って私がワインに口をつけた瞬間、鳥窓の金属が擦れる音。

「あいつからの手紙か。どれどれ?」

その手紙を読んだ私の表情は、一瞬で険しいものになる。
他の2人の顔も怪訝なものになった。

「・・・・・まったく、少しは休ませてほしいものだ。」

ぼやきたくなる私の気持ちも、少しはわかってほしい。
私は手紙の中に書かれた『敵』に対して、そう思った。
11/05/18 13:25更新 / 見習い教団魔導士
戻る 次へ

■作者メッセージ
【登場人物紹介】

オドアケル=ウォーマート少将

シアン卿配下、42歳の軍人。無骨な顔立ちと、42になってもなお黒光りするくしゃ髪とヒゲを持った、典型的な武人。
その考え方から親魔派とかねてから内通していたが、シアン卿の元に来た時に見破られる。
死を覚悟した彼だが、同志が来たと大喜びされ側近にされるという無茶苦茶な待遇を受け、非常に面食らったという。
今ではシアン卿の考え方に同意し、腹心として軍事面で奔走している。

彼は『督戦隊』という子飼いの部下を持ち、傭兵を前面に立たせ督戦隊を一番後ろに置く陣容を取る。
こうすることで、味方の脱走を監視するとともに、逃げ帰った味方に炸裂弾を射かけ隊列に戻しているのである。
他にも幻覚剤を臆病な傭兵に投与して錯乱状態で特攻させたりと色々非道だが、戦いで手段を選ばないシアン卿からは一切咎められていない。
自身の戦闘と言えば剣や長柄槍を用いた白兵戦が得意で、雑兵時代からの叩き上げのため彼の身体は古傷だらけという。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33