頭の痛い上京
「おはようございます、シスター・メイ。」
「おはようございます、シアンルドール=ウェルステラ枢機卿。」
さすがは教団本部。礼儀正しく、心が綺麗な者たちばかりである。
シスターは毎日欠かさず祈りを捧げながら、恵まれない者達への施しを忘れない。
教団騎士は正義感溢れ、守るべきものへの忠誠を忘れない。
神父は人としてのあるべき道を説きながら、神に他者の赦しを請う。
誰もが心清らかだ。
誰もが教えに忠実で、人としてあるべき姿を模索し、慎ましく生きている。
親魔派はやたらと教団を目の敵にするが、その教団のほとんどはこういう人たちだ。
それは我が領民も同じ。
だが、その上の連中は・・・・
「ウェルステラ枢機卿か。まあ、一杯どうだね。」
・・・頭の痛い時間のはじまりだ。
「マインツ大司教、本日はどのようなご用件でしょうか。」
「ああ、苦情だよ苦情。また貴公のウェルステラ聖槌軍は負けたそうだな。」
目の前で昼間から酒を食らっているこの男はマインツ大司教。
序列は枢機卿である私の方が上だが、教団中央部にいるこの男の方が権勢を握っているので、私の方が自然に敬語となる。
しかし、この男・・・また太った。そろそろ椅子が潰れる頃じゃないか?
「面目ありませぬ。報告書はお読みになりましたか?」
「ああ、読んだ。貴公の4300の軍は壊滅、敵方の損害は3000。ちと、投入した人数に対して損害が少ないんじゃないのか。」
その報告書は嘘である。我が聖槌軍が壊滅したのは本当だが、敵方の損害は0というのが正解だ。
ちなみに、死者数の欄も正しくは「敵味方双方0名」である。
「我が領地は貧しいが故、傭兵を雇うにもクズしか集まらないもので。」
「傭兵にせよ、もう少し数を揃えることはできぬものかね。あと、貴公直率のシス・フレイム聖騎士団。あれを投入すればどうかね。」
「我が聖騎士団は200の少数精鋭。もし投入して失敗すれば、枢機卿直率の聖騎士団すら投入して失敗したとして、教団の権威に関わります。」
「・・・そうなれば、貴方の責任も問われます。」
この手合いの連中に『責任』という言葉は抜群の効果だ。
「むう・・・そもそも貴公が不甲斐ないからいかんのだ。貴公は・・・・」
もう聞き流すことにしよう。こんな酔っ払いに付き合うのも、領民のためだ。
こんなくだらない話ですら、私には聞く義務がある。聞いていかないと機嫌を損ない、嫌がらせを受けるからだ。
その嫌がらせの的には、我が領民も入っている。
「・・・・・・。」
こちらはもっと呆れた。
こんな真昼間から女と励むとは、どういう神経だろう。
「あッ♪あッ♪・・・い、イグウウゥゥゥゥゥ!!」
「ホッホッホ、イってる姿もかわいいのぅ、ライラ。」
まあ、かえって好都合だろう。
私はその場で、持ってきた書類に変な書類を混ぜた。
そして、行為の邪魔をするようにおもむろに咳払いをする。
「・・・・コホン。」
「な・・・・」
「あ・・・・」
しばしの沈黙。
「ボーダン枢機卿、お取り込み中でしたら、扉にその旨の札をかけておいてください。」
「うぇ、うぇ、ウェルステラ枢機卿!!空気読まんか貴様ッ!!」
すぐに私を追い出そうとするボーダン枢機卿。
しかし、先に女をイかせて自らは射精していないところを見ると、そろそろこの男も高まってきたところだろう。
実に好都合だ。
私はベッドに小机を持っていき、その上に書類を置いた。
「これにハンコを貰わないと、私出て行けません。」
物凄い形相でハンコをひったくったボーダン枢機卿は、敏腕事務官顔負けの速度で書類にハンコを押していく。
・・・・もちろん、私が混ぜた書類にも、だ。
「押し終わったぞ、さあ出てけッ!!」
「失礼します。札は私が掛けておくので、どうぞごゆっくり。」
臭うその部屋を退出し、扉を閉じる。
『取り込み中』の札を私が掛ける頃には、部屋の中から再開の声が響いた。
「ああン、枢機卿のおちんぽ、小さくなっちゃった・・・」
「まったく、あの貧乏貴族め!安心しろ、すぐに大きくしてやるからな。」
「ああン、素敵〜♪」
「さあ、ワシのについたそなたの愛液を舐めるのじゃ。精一杯綺麗にするんじゃぞ。」
・・・・・・。
確かに取り込み中だが、もう少し声を小さくしないと筒抜けである。
変態な上に間抜けだ。
「はぁ・・・・。」
デブチン国王、ジジイ教皇・・・・今日の挨拶巡りは疲れた。
手持ちの賄賂を全て配り終えた時、言い知れぬ安堵感が湧き上がったものだ。
領内に残してきたラキは今頃、これ幸いと私の政治体系のことを探っているだろう。
まあ、あの天使に見られて困るものは無い。数少ない『教団内の』同志なのだから。
神殿のベンチでくつろぐ一時。今日もお疲れ様、私。
「これはこれは、ウェルステラ枢機卿。」
「君は・・・・教団騎士団の者か。名は何という。」
「は、ピッツバーグと申します。」
「ピッツバーグか。硬くならなくてもいい、私の隣に座れ。」
硬くならなくてもいいと言ったのに、ピッツバーグは一礼してから私の隣に座った。
「ピッツバーグ。君は『強い者』と言われれば、どんなイメージを浮かべる?」
「は。どんな強い魔物もいとも簡単に切り伏せ、この世から魔を打ち払うべく突き進む・・・・勇者、と呼ばれる存在でしょうな。」
「それだと私はあまり強大でない魔物にも勝てないぞ。私は『弱い者』かな?」
「め、滅相も・・・・」
少々からかい過ぎたか。小さくなる教団騎士を横目に、私は苦笑いをする。
「教団騎士とて、ただ闇雲に剣を振り回せばいいというものではない。自らの信念に従い、背に守るべきものを背負い、その守るべきものを傷つける存在に剣を振るう。それが私の理想の教団騎士だ。」
「・・・・・。」
「ピッツバーグ。君に『守るべきもの』はあるか?」
彼はしばし沈黙し、答えた。
「・・・・神の教え、です。我々教団騎士は神を守るために存在します。」
「そうか。君のその答えが『女房』だの『息子』だのという回答になるまで、まだ時間が必要かな。」
「そ、それは・・・・!」
「ははは、年配の教団騎士はそう答える奴が多いんだ。気にするな。」
ちなみに、この質問をされた2メートルの大男が『近所の3歳になるガキ』を挙げた時は大笑いしたものだ。ギャップに。
「ところで、我がウェルステラ聖槌軍を知っているか?」
「それはもう。行くところ全戦全敗の・・・・ハッ!!」
「はは、構わんよ。君達武人の間ではそうも言われるだろう。」
「・・・・・・。(モゴモゴ)」
「彼らはね、守るべきものを持たない。ひとたび戦いに出れば常に逃亡の機会を伺うし、占領地に置けば略奪、強姦などやりたい放題。」
「せ、聖軍がそんな・・・・」
「聖軍と言えども傭兵だ、それも一番質の悪い、な。君達がしょっ引いて来る盗賊と何ら変わりはない連中だよ。」
ピッツバーグの方を見ると、ショックを受けた様子だ。こいつが今の教団の体質を知ったら絶望から自殺するだろうな。
「だから、弱いんだ。魔軍と言えば、略奪、殺戮の限りを尽くす集団だった。それならば押し寄せる魔軍に対し、背後に女子供を背負い立つ男たちを投入すれば、負けることはないだろう。」
戦意というものはそこから生まれてくる。
「しかし、今や我が聖槌軍がその有様だ。加えてファルローゼンの魔軍は、ファルローゼンに何か大事なものを残してきたかのような戦いぶりだ。・・・・事実、我々がどんなに痛めつけても、連中はファルローゼンの防衛戦線に上がってくる。聖軍は一旦逃亡すれば終わりだ。」
痛めつけてなどいないが、公式にはそうなっている。
私の話は武人であるピッツバーグには理解できたようで・・・・震えている。
「もし君に『守るべきもの』が無ければ、戦いに赴くべきではない。そんな兵士、役立たずなのはこの私がよーく知っている。君には何のために剣を振るうのか、常に考えてほしい。」
「・・・心に・・・刻みます。」
「ははは、さて、魔領との最前線である我が領地に戻る時間かな。私にとって守るべきもの、それは私の領民だ。お互い強くなろう、ピッツバーグ。」
そう言って、席を立った私は彼に手を振った。
ピッツバーグは黙々と、こちらに深い一礼を続けていた。
硬くならなくてもいいと言ったのに。
「シアン卿!お疲れ様っす!」
11日の旅を経て我が城に戻った私を歓待したのは、『敗戦』してきたオドアケルだった。
相変わらず無骨で古傷だらけな顔立ちだが、その傷は増えていない。
黒々と・・・いや、黒光りする髪と無精ヒゲを見て、もう少し風呂や身だしなみに気を遣えといつも思う。
「そっちもお疲れ様。死人は出ていないな?」
「くはは、おかげ様で出てません!豚どもに礼拝巡りするシアン卿よりは気が楽ですわい!」
「ああ、ホント豚だったよ・・・・。」
既に執政官からの引継ぎは済んでいる。
こういう時、私とオドアケルは私の部屋で飲み交わす事が多い。勿論結界付きで。
いつもと唯一違うこと・・・・。
その愚痴大会の最中に、彼女が乱入してきたことだった。
「あら、シアン卿。帰ってきてたのね。わたしのところに寄らないからわからなかったわ。」
「うわああ!!ててて天使様!!おはようございます!!」
いやオドアケル、もう夜だ。
「あー、安心していいぞオドアケル。彼女は事情を全て知っている。」
「なんと・・・シアン卿、よもや天使様まで味方に引き入れてしまうとは。オレは卿を見直しましたわい。」
「いや、彼女が最初から私達の味方だった、それだけだ。」
天使なんて高貴な生き物を見たこと無いのだろう。オドアケルはラキをまじまじと見ている。
「さて、こっちの収穫から報告しようか。まず、中央のボーダン枢機卿から資金援助をいただいた。金額はこれだ。」
「あのボーダンから?どうやったの?」
教団事情に疎いオドアケルはともかく、ラキには驚きだったようだ。
奴が励んでいる最中にハンコを押した書類には、これが含まれていたのだが・・・・手口をばらしたらオドアケルのアゴが外れないか心配だ。
「あとは説教ばりだったが、うちの3重帳簿や魔領へのパイプは相変わらずばれていない模様。以上。」
「さすがシアン卿だ、じゃ次はオレだな。聖槌軍は谷に入ったところ予定通り全滅。オレと督戦隊以外は全員ファルローゼンにお持ち帰りされましたわい。」
「予定通り、だな。ムコが来たと後でファルローゼンから礼金が来る。聖槌軍の編成要請は今しばらく無いだろう。」
「くはは!財布にお小遣いが入りますな!」
「ああ、これで灌漑設備を3ヶ所増設、風水車を6ヶ所増設、あとは技術開発にも投資できるな。もちろん、教団の帳簿からは外すよ。」
最後の台詞はラキ宛てである。
教団から『ウェルステラ枢機卿領は生産能力がある』と見られては困るのだ。
「夢の灌漑設備の増設だ、収穫の時期が楽しみでならんな。ははは!」
「聖槌軍もファルローゼンで魔物娘の実態に驚きつつも、今頃は幸せ絶頂でしょうな。くはは、羨ましい連中よ!」
「どの口で言うか。さて、ラキ様。私がいない間、我が領内をどこまで調べる事ができましたかな?」
見過ごしてるぞという目でラキを見る。
ラキも見過ごされる事は予想していたようだ。
「中央に来ていた報告書の3倍は豊かな土地ね。生産設備も充実し、法整備もしっかりしている。ただ領民は教団領にありがちな保守的な人間ね。」
そう、我が領民は保守的な人間で構成されている。
当然魔物など受け入れられるはずもなく、魔物に触ったというだけでその人は村八分な有様だ。
魔物との共存などほど遠い。
「それと、この城の離れにあるあの部屋は・・・・」
「ああ、招待部屋のことですね。」
私の城の離れにある、金箔と漆張りの部屋。通称招待部屋。
壁も天井も全て樹脂加工した金箔で、床は漆の重ね塗りだ。
「中央からのクソ視察官に満足して帰っていただくための設備です。何なら、神殿からあの部屋にラキ様の部屋を移してもいいんですが。」
「そんな、やめておくわ。落ち着かないし。」
ちなみに以前オドアケルをあの部屋に放り込んでみたところ、10分で『絞首刑になってもいいから出してくれ』と懇願された。
以来、これに大ウケした私が気まぐれで目に付いた者を、あの部屋で寝るよう指示している。誰の感想も『生きた心地がしない』そうだ。
「あの部屋に悠然と泊まれる視察官、ある意味凄いわね・・・」
「くはははは!違ぇねえ!!」
「とりあえず、ラキ様にもこちらの機密書類や何かは全て閲覧許可を出します。明日からもっと調べていただいて結構です。」
「随分オープンなのね?」
「数少ない協力者ですから。」
そう言って私がワインに口をつけた瞬間、鳥窓の金属が擦れる音。
「あいつからの手紙か。どれどれ?」
その手紙を読んだ私の表情は、一瞬で険しいものになる。
他の2人の顔も怪訝なものになった。
「・・・・・まったく、少しは休ませてほしいものだ。」
ぼやきたくなる私の気持ちも、少しはわかってほしい。
私は手紙の中に書かれた『敵』に対して、そう思った。
「おはようございます、シアンルドール=ウェルステラ枢機卿。」
さすがは教団本部。礼儀正しく、心が綺麗な者たちばかりである。
シスターは毎日欠かさず祈りを捧げながら、恵まれない者達への施しを忘れない。
教団騎士は正義感溢れ、守るべきものへの忠誠を忘れない。
神父は人としてのあるべき道を説きながら、神に他者の赦しを請う。
誰もが心清らかだ。
誰もが教えに忠実で、人としてあるべき姿を模索し、慎ましく生きている。
親魔派はやたらと教団を目の敵にするが、その教団のほとんどはこういう人たちだ。
それは我が領民も同じ。
だが、その上の連中は・・・・
「ウェルステラ枢機卿か。まあ、一杯どうだね。」
・・・頭の痛い時間のはじまりだ。
「マインツ大司教、本日はどのようなご用件でしょうか。」
「ああ、苦情だよ苦情。また貴公のウェルステラ聖槌軍は負けたそうだな。」
目の前で昼間から酒を食らっているこの男はマインツ大司教。
序列は枢機卿である私の方が上だが、教団中央部にいるこの男の方が権勢を握っているので、私の方が自然に敬語となる。
しかし、この男・・・また太った。そろそろ椅子が潰れる頃じゃないか?
「面目ありませぬ。報告書はお読みになりましたか?」
「ああ、読んだ。貴公の4300の軍は壊滅、敵方の損害は3000。ちと、投入した人数に対して損害が少ないんじゃないのか。」
その報告書は嘘である。我が聖槌軍が壊滅したのは本当だが、敵方の損害は0というのが正解だ。
ちなみに、死者数の欄も正しくは「敵味方双方0名」である。
「我が領地は貧しいが故、傭兵を雇うにもクズしか集まらないもので。」
「傭兵にせよ、もう少し数を揃えることはできぬものかね。あと、貴公直率のシス・フレイム聖騎士団。あれを投入すればどうかね。」
「我が聖騎士団は200の少数精鋭。もし投入して失敗すれば、枢機卿直率の聖騎士団すら投入して失敗したとして、教団の権威に関わります。」
「・・・そうなれば、貴方の責任も問われます。」
この手合いの連中に『責任』という言葉は抜群の効果だ。
「むう・・・そもそも貴公が不甲斐ないからいかんのだ。貴公は・・・・」
もう聞き流すことにしよう。こんな酔っ払いに付き合うのも、領民のためだ。
こんなくだらない話ですら、私には聞く義務がある。聞いていかないと機嫌を損ない、嫌がらせを受けるからだ。
その嫌がらせの的には、我が領民も入っている。
「・・・・・・。」
こちらはもっと呆れた。
こんな真昼間から女と励むとは、どういう神経だろう。
「あッ♪あッ♪・・・い、イグウウゥゥゥゥゥ!!」
「ホッホッホ、イってる姿もかわいいのぅ、ライラ。」
まあ、かえって好都合だろう。
私はその場で、持ってきた書類に変な書類を混ぜた。
そして、行為の邪魔をするようにおもむろに咳払いをする。
「・・・・コホン。」
「な・・・・」
「あ・・・・」
しばしの沈黙。
「ボーダン枢機卿、お取り込み中でしたら、扉にその旨の札をかけておいてください。」
「うぇ、うぇ、ウェルステラ枢機卿!!空気読まんか貴様ッ!!」
すぐに私を追い出そうとするボーダン枢機卿。
しかし、先に女をイかせて自らは射精していないところを見ると、そろそろこの男も高まってきたところだろう。
実に好都合だ。
私はベッドに小机を持っていき、その上に書類を置いた。
「これにハンコを貰わないと、私出て行けません。」
物凄い形相でハンコをひったくったボーダン枢機卿は、敏腕事務官顔負けの速度で書類にハンコを押していく。
・・・・もちろん、私が混ぜた書類にも、だ。
「押し終わったぞ、さあ出てけッ!!」
「失礼します。札は私が掛けておくので、どうぞごゆっくり。」
臭うその部屋を退出し、扉を閉じる。
『取り込み中』の札を私が掛ける頃には、部屋の中から再開の声が響いた。
「ああン、枢機卿のおちんぽ、小さくなっちゃった・・・」
「まったく、あの貧乏貴族め!安心しろ、すぐに大きくしてやるからな。」
「ああン、素敵〜♪」
「さあ、ワシのについたそなたの愛液を舐めるのじゃ。精一杯綺麗にするんじゃぞ。」
・・・・・・。
確かに取り込み中だが、もう少し声を小さくしないと筒抜けである。
変態な上に間抜けだ。
「はぁ・・・・。」
デブチン国王、ジジイ教皇・・・・今日の挨拶巡りは疲れた。
手持ちの賄賂を全て配り終えた時、言い知れぬ安堵感が湧き上がったものだ。
領内に残してきたラキは今頃、これ幸いと私の政治体系のことを探っているだろう。
まあ、あの天使に見られて困るものは無い。数少ない『教団内の』同志なのだから。
神殿のベンチでくつろぐ一時。今日もお疲れ様、私。
「これはこれは、ウェルステラ枢機卿。」
「君は・・・・教団騎士団の者か。名は何という。」
「は、ピッツバーグと申します。」
「ピッツバーグか。硬くならなくてもいい、私の隣に座れ。」
硬くならなくてもいいと言ったのに、ピッツバーグは一礼してから私の隣に座った。
「ピッツバーグ。君は『強い者』と言われれば、どんなイメージを浮かべる?」
「は。どんな強い魔物もいとも簡単に切り伏せ、この世から魔を打ち払うべく突き進む・・・・勇者、と呼ばれる存在でしょうな。」
「それだと私はあまり強大でない魔物にも勝てないぞ。私は『弱い者』かな?」
「め、滅相も・・・・」
少々からかい過ぎたか。小さくなる教団騎士を横目に、私は苦笑いをする。
「教団騎士とて、ただ闇雲に剣を振り回せばいいというものではない。自らの信念に従い、背に守るべきものを背負い、その守るべきものを傷つける存在に剣を振るう。それが私の理想の教団騎士だ。」
「・・・・・。」
「ピッツバーグ。君に『守るべきもの』はあるか?」
彼はしばし沈黙し、答えた。
「・・・・神の教え、です。我々教団騎士は神を守るために存在します。」
「そうか。君のその答えが『女房』だの『息子』だのという回答になるまで、まだ時間が必要かな。」
「そ、それは・・・・!」
「ははは、年配の教団騎士はそう答える奴が多いんだ。気にするな。」
ちなみに、この質問をされた2メートルの大男が『近所の3歳になるガキ』を挙げた時は大笑いしたものだ。ギャップに。
「ところで、我がウェルステラ聖槌軍を知っているか?」
「それはもう。行くところ全戦全敗の・・・・ハッ!!」
「はは、構わんよ。君達武人の間ではそうも言われるだろう。」
「・・・・・・。(モゴモゴ)」
「彼らはね、守るべきものを持たない。ひとたび戦いに出れば常に逃亡の機会を伺うし、占領地に置けば略奪、強姦などやりたい放題。」
「せ、聖軍がそんな・・・・」
「聖軍と言えども傭兵だ、それも一番質の悪い、な。君達がしょっ引いて来る盗賊と何ら変わりはない連中だよ。」
ピッツバーグの方を見ると、ショックを受けた様子だ。こいつが今の教団の体質を知ったら絶望から自殺するだろうな。
「だから、弱いんだ。魔軍と言えば、略奪、殺戮の限りを尽くす集団だった。それならば押し寄せる魔軍に対し、背後に女子供を背負い立つ男たちを投入すれば、負けることはないだろう。」
戦意というものはそこから生まれてくる。
「しかし、今や我が聖槌軍がその有様だ。加えてファルローゼンの魔軍は、ファルローゼンに何か大事なものを残してきたかのような戦いぶりだ。・・・・事実、我々がどんなに痛めつけても、連中はファルローゼンの防衛戦線に上がってくる。聖軍は一旦逃亡すれば終わりだ。」
痛めつけてなどいないが、公式にはそうなっている。
私の話は武人であるピッツバーグには理解できたようで・・・・震えている。
「もし君に『守るべきもの』が無ければ、戦いに赴くべきではない。そんな兵士、役立たずなのはこの私がよーく知っている。君には何のために剣を振るうのか、常に考えてほしい。」
「・・・心に・・・刻みます。」
「ははは、さて、魔領との最前線である我が領地に戻る時間かな。私にとって守るべきもの、それは私の領民だ。お互い強くなろう、ピッツバーグ。」
そう言って、席を立った私は彼に手を振った。
ピッツバーグは黙々と、こちらに深い一礼を続けていた。
硬くならなくてもいいと言ったのに。
「シアン卿!お疲れ様っす!」
11日の旅を経て我が城に戻った私を歓待したのは、『敗戦』してきたオドアケルだった。
相変わらず無骨で古傷だらけな顔立ちだが、その傷は増えていない。
黒々と・・・いや、黒光りする髪と無精ヒゲを見て、もう少し風呂や身だしなみに気を遣えといつも思う。
「そっちもお疲れ様。死人は出ていないな?」
「くはは、おかげ様で出てません!豚どもに礼拝巡りするシアン卿よりは気が楽ですわい!」
「ああ、ホント豚だったよ・・・・。」
既に執政官からの引継ぎは済んでいる。
こういう時、私とオドアケルは私の部屋で飲み交わす事が多い。勿論結界付きで。
いつもと唯一違うこと・・・・。
その愚痴大会の最中に、彼女が乱入してきたことだった。
「あら、シアン卿。帰ってきてたのね。わたしのところに寄らないからわからなかったわ。」
「うわああ!!ててて天使様!!おはようございます!!」
いやオドアケル、もう夜だ。
「あー、安心していいぞオドアケル。彼女は事情を全て知っている。」
「なんと・・・シアン卿、よもや天使様まで味方に引き入れてしまうとは。オレは卿を見直しましたわい。」
「いや、彼女が最初から私達の味方だった、それだけだ。」
天使なんて高貴な生き物を見たこと無いのだろう。オドアケルはラキをまじまじと見ている。
「さて、こっちの収穫から報告しようか。まず、中央のボーダン枢機卿から資金援助をいただいた。金額はこれだ。」
「あのボーダンから?どうやったの?」
教団事情に疎いオドアケルはともかく、ラキには驚きだったようだ。
奴が励んでいる最中にハンコを押した書類には、これが含まれていたのだが・・・・手口をばらしたらオドアケルのアゴが外れないか心配だ。
「あとは説教ばりだったが、うちの3重帳簿や魔領へのパイプは相変わらずばれていない模様。以上。」
「さすがシアン卿だ、じゃ次はオレだな。聖槌軍は谷に入ったところ予定通り全滅。オレと督戦隊以外は全員ファルローゼンにお持ち帰りされましたわい。」
「予定通り、だな。ムコが来たと後でファルローゼンから礼金が来る。聖槌軍の編成要請は今しばらく無いだろう。」
「くはは!財布にお小遣いが入りますな!」
「ああ、これで灌漑設備を3ヶ所増設、風水車を6ヶ所増設、あとは技術開発にも投資できるな。もちろん、教団の帳簿からは外すよ。」
最後の台詞はラキ宛てである。
教団から『ウェルステラ枢機卿領は生産能力がある』と見られては困るのだ。
「夢の灌漑設備の増設だ、収穫の時期が楽しみでならんな。ははは!」
「聖槌軍もファルローゼンで魔物娘の実態に驚きつつも、今頃は幸せ絶頂でしょうな。くはは、羨ましい連中よ!」
「どの口で言うか。さて、ラキ様。私がいない間、我が領内をどこまで調べる事ができましたかな?」
見過ごしてるぞという目でラキを見る。
ラキも見過ごされる事は予想していたようだ。
「中央に来ていた報告書の3倍は豊かな土地ね。生産設備も充実し、法整備もしっかりしている。ただ領民は教団領にありがちな保守的な人間ね。」
そう、我が領民は保守的な人間で構成されている。
当然魔物など受け入れられるはずもなく、魔物に触ったというだけでその人は村八分な有様だ。
魔物との共存などほど遠い。
「それと、この城の離れにあるあの部屋は・・・・」
「ああ、招待部屋のことですね。」
私の城の離れにある、金箔と漆張りの部屋。通称招待部屋。
壁も天井も全て樹脂加工した金箔で、床は漆の重ね塗りだ。
「中央からのクソ視察官に満足して帰っていただくための設備です。何なら、神殿からあの部屋にラキ様の部屋を移してもいいんですが。」
「そんな、やめておくわ。落ち着かないし。」
ちなみに以前オドアケルをあの部屋に放り込んでみたところ、10分で『絞首刑になってもいいから出してくれ』と懇願された。
以来、これに大ウケした私が気まぐれで目に付いた者を、あの部屋で寝るよう指示している。誰の感想も『生きた心地がしない』そうだ。
「あの部屋に悠然と泊まれる視察官、ある意味凄いわね・・・」
「くはははは!違ぇねえ!!」
「とりあえず、ラキ様にもこちらの機密書類や何かは全て閲覧許可を出します。明日からもっと調べていただいて結構です。」
「随分オープンなのね?」
「数少ない協力者ですから。」
そう言って私がワインに口をつけた瞬間、鳥窓の金属が擦れる音。
「あいつからの手紙か。どれどれ?」
その手紙を読んだ私の表情は、一瞬で険しいものになる。
他の2人の顔も怪訝なものになった。
「・・・・・まったく、少しは休ませてほしいものだ。」
ぼやきたくなる私の気持ちも、少しはわかってほしい。
私は手紙の中に書かれた『敵』に対して、そう思った。
11/05/18 13:25更新 / 見習い教団魔導士
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