私に気付かないでください
「で、全く太刀打ちができずに転がされた、と」
リュオさんが私を見下ろしてため息をついた。私はあのマティアという魔物の手によりぐるぐる巻きにされていた。もちろん床に転がされている。私の扱いは悲しいかな、不審者だった。使用人嫌いのリュオさんの家にメイドがいるはずが無いと絶賛怪しまれ中。
客人だ、とリュオさんが言っても、絶賛怪しみ続行中。
というのと、リュオさんが、彼女に敬語を使ったり、さん付けしたりするので、しまった! と言う気持ちもなくはない。だが、私は警戒するのだ。
私の持っていた箒を片手に、彼女は私を見下ろす。その目には呆れと、どこか探るようなものを感じた。
あと、私、滅茶苦茶見下ろされているけれど、蔑まれているわけじゃないからね! 床に転がっているから、必然的に見下ろされちゃうんだからね!
……彼女曰く、『彼、つまりリュオ君だけれど、ようやく精神的に安定してきたんだ。すまないね、色々確認させてもらうよ』と言うことらしい。
しばらく応接間で話し合ってこの状態である。質疑応答、リュオさんの現状について、リュオさんから見ての私について、今の気持ちについて。ざくざくと聞き出していくマティアに私は警戒心剥き出しのムキムキ。そしてぐるぐる巻きのぐるぐる。
ぐるぐる巻き巻きぐるぐる。私は芋虫! 尺取虫的捕縛中移動術により、うぞうぞと動くと、マティアにチョップをされた。
「うびゃっ」
「こら、まだリュオとの話が終わっていない、動くな」
「ううううー」
縛りが容赦なく、さらには喋れないように口に余った紐をかませてあるのも口惜しい。
私はMではない! 私はキキーモラ! 私はリュオさんのメイド(予定)! たとえ芋虫になってもお傍に! ふんぬぅ! メラメラと闘志を燃やす私に気付いてか気付かずにか、マティアはまた、ため息をついた。その隣でルシオンとかいうお弟子さんは空気になっていた。そろそろ存在感が気化して空気に溶け出すころ。
「リュオ、改めて聞くけれど、これはキミのメイドかい?」
「いや、何度も言いますが、単なる客人、居候です。メイド服を着ているのは、悪い冗談だろう、と思っています」
悪い冗談!?
「だってさ」
「もごごご〜!」
だってさ、じゃない〜〜!! 私は涙目になりながら2人を睨んだ。どうやら、やはり私は認められていないらしい。ぐやじい!
床をばんばん叩きたくも、縛られているため、動けない。
「というかリュオ、キミはこういった格好すら嫌悪するくらい嫌いじゃなかったっけ、使用人」
思考が固まった。
聞きたくない。いくら、悟っていても、出来れば面と向かって言って欲しくはない。耳を塞ぎたくとも、両腕は縛られているし、何も出来ない。
……やめて。
そんな中、リュオさんは口を開く。私にできる抵抗は、ただただ目を合わせないことだけだった。
「嫌いです」
当然のような口調で彼は言い切る。
「所詮、雇われだ。忠誠なんて期待しないほうがいい」
ぼそりとした呟きで、でも、しっかりと聞こえる声が、呪詛のようであった。
「……で、そういうなら、この子を置いているのはどうしてだろうか。そんな事を思っているキミの傍にキキーモラを置いておくのは酷だと思うけれど」
「害はないと思ったからです」
「へぇ、特別なの?」
「はっきり言うなら、メイドらしくない。だから……気になりません」
2人が話をしているのを聞きながら、私は泣きそうになっていた。私は、私は、覚悟をしていたのに。知っていた、想像していた気持ちを聞いただけで、情けない。ぎりり、と歯を食いしばった。
……いくら食いしばっても、紐は切れそうに無い。一応私はウルフ属なのに。
私は、私そのものが嫌われたわけではないのだ。まだ、まだ、まだ、がんばれる。がんばらなきゃいけない。
私は気持ちを切り替える。心に無理矢理火をくべる。
「ああ、この子、ちょっと別室に連れてっていいかな。話したいことができた」
「大丈夫です」
向こうの話を聞いていたつもりが、いつの間にか自分の心と対話をしていた。私に対して言葉が向けられたのに気付けなかった。
耳に届いていたが、理解するのを保留していた言葉に耳を傾ける。そして、状況を把握しようとした、その一瞬。体が浮いた。
ひょいと軽々持ち上げられたのだ。流石に頭が真っ白になる。犯人はマティアだ。私の3分の2くらいの慎重しかないくせに、余裕で私を持ち上げたのだ。そして肩の上へ。俵でも担ぐような持ち方をされた。
……彼女が敵か味方かも分からない。何をされるのかも分からない。リュオさんに仕えることを最優先に考えるなら、危険は避けなければ。もし、彼女が、リュオさんに恋をしているならば。もし、ジパングで知った白蛇のように嫉妬深いのならば。
もやもやと危険な考えばかり頭に浮かぶ。私は必死に戒めを解こうとしたが、身をよじることさえ叶わない。逃げられないことを感じたので、そのまま何が来ても大丈夫なように覚悟をする。
ぐらっと揺れる視界に酔いそうになった。が、私はスーパーメイド。リュオさんの視界に入ったことを感じ、こらえる。
「それじゃ、助手、商談よろしく!」
「え、あ、はい」
空気だった助手さん――確かルシオンさん――を一瞥したらしく、扉の前で彼女は立ち止まり、彼らに振り返る。担がれている私は彼女と一緒ににぐるんと回る。回る回る、目が目が回る目がまわ――
「ももごもー!」
わざとでしょう! ねぇ、わざとでしょう! 多めに回って何してるんですか!
「あっはっはっはー回れ回れー」
急にぐるぐると回りだしたマティアに私は叫んだ。もしかして、見た目相応に子どもっぽい!?
私が目を回すと同時にこちらに向かって呆れたような視線が送られている。
重苦しかった空気が微妙な空気に塗り替えられていて、この後、男性2人が愚痴と言うか、苦労話で意気投合しそうな、そんなニオイがした。
リュオさんにかかる心労が少しでも減ったような気がして、ちょっとだけ気分が軽くなった。
しかし、この得体の知れない女に気を許すのとは別件であって……
「部屋だけれど、この子が使ってる部屋でいいかい?」
「大丈夫です」
ちょっと! ちょっと!! 確かに居候だけれど、私の部屋! 私の許可は? ねぇ!
「大丈夫です」
リュオさんが私をちらりと見てから、もう一度言った。……リュオさんさっきからそればっかり言ってませんか! なんですか! もしかして次の台詞は問題ない、ですかっ? それともやっぱり駄目だったよ、ですかぁっ!?
どうせ私はダメなやつですよぉっ! はっ、いけません、ネガティブになっては。
私は、スーパーメイドッ!
混乱しながらぐるぐると思考を回し、私は部屋を連れ出されたのだった。
◆◇◆◇◆◇
「さて」
扉を閉めながらマティアは無表情に私を睨んだ。……見た目上は。
私の勘と、嗅覚が彼女の内面と表情が合わないことを察する。どちらにせよ、警戒心を抱かざるを得ない。
連れてこられた先は、話していた通り私の部屋だ。少し、魔術的な改造もした。
何より、私の箒は誰が運んだのか、私のベッドの辺りに立てかけてある。万が一の時は、対処ができる。いや、無理か。だって私、ぐるぐる巻きだから!!
「自室なら、もうちょっと警戒心を緩めてくれると思ったんだけれど、逆効果だったか。むしろ、リュオがいた方が大人しかったか」
紅い瞳がこちらを見る。やはり、事情聴取というか、私に聞きたいことがあったらしい。一番関わるであろうリュオさんすら除いた状態なのだ。よほど言えない事か、重要な事か。万が一があった時、逃げられるように私もぎらぎらと目を光らせて相手を観察する。
金色の髪に紅い瞳。10代前半で時を止めてしまったような、幼さが前面に出る姿。身を包む白衣はところどころ緑色の染みができており、薬草に関わることをしていると言うのは間違いないだろうと思う。
そして、その匂いは、扱いが難しい類の薬草のものであるだろう。薬師として、そうとう腕が立つようだ。
縛られているからといって、私を侮るような色もなく、見下すような様子でもない。それが、心をざわつかせる。油断ならない、と警報が鳴る。
「とりあえず、縛られたままでは苦しいだろうし、解くよ」
しかし、警戒していても、縛られたままの私はなされるがままだ。私はぽーんと私のベッドに放られ、ふかふかのベッドの上で弾んだ。
目を白黒させているうちに、マティルは慣れた手つきであっという間に私のぐるぐる巻きを解いてしまった。あっという間の出来事で私は呆然とする。
疑っているのでしょう? なぜこんなことを。
上体を起こしながらそう思っていると、彼女は私の額をつんと突いた。
「あだっ」
大して痛くはないが、反射で言葉が漏れ、起こした体がまたベッドに沈む。ここまで相手からは悪意が伝わってこず、複雑な気持ちがもやもやと溜まる。
そんなことを考えていることが伝わったのか、くすりと笑われた。
「あっはっはっはっは! もうダメ」
それが堤防を崩すきっかけになったのか、マティアは笑い出した。
私の頭を軽く叩いて、抱き締めて、開放して、ぐにぐにと私のほっぺたを揉む。
「だー!! 何やってくれるんですか!!」
嵐のようにスキンシップをされて私はおもいっきり後ろに下がる。アレですか、女の子もいけるってやつですか!?
まー、今の魔物の方々、皆さんサキュバスの性質を持っているので、いけても不思議ではないのですが――
じゃなくてっ!
「少しは心がほぐれた?」
「……貴女への警戒度は少し上がりましたけど」
私は、相手が何をしようとしていたのか察して心を静めた。心に殻を纏いすぎていたのだ。
よく相手を見てみれば、リュオさんに気がないことも、リュオさんを心配していることも今までにしっかりと納得できていたはずなのに。
「申し訳ありません」
私は居住まいを正して、マティアに頭を下げた。それを見て、彼女はぷっと吹き出した。
「今回は壁に頭を打ち付けないのかい?」
今度は私が吹き出す番であった。
「そ、そんなことしないですよ」
「言葉遣いが若干おかしくなってるよ」
そう言われて私はばばっと口を押さえた。
「ねえ、キミ」
「はい?」
急に声のトーンを変えた彼女に、首を傾げながら返事を返した。深紅の瞳が私を覗く。それに、私の師のような深く強い引力を感じて、身構える。
敵ではなさそうけれど、強大な存在で、私に有無を言わせない何かを持っていて――
「どこからどこまでが演技なのかな?」
――敵わないと思った。
はふ、とため息が口から漏れる。
「ほとんど、素ですよ」
私は体の心が冷めていくような感じを振り払いながら、言う。
「でも、多少、オーバーにしているところもありますね。
でも、そうでもしないと――ダメだったんですよ。空元気という、やつですかね?」
乾いた笑いが私から零れ落ちた。
◆◇◆◇◆◇
「今回も、質の良い薬草ですね」
「いくらで買う?」
「え? ええっと」
「冗談だ」
薬草の束を乗せた机を挟んで俺とルシオンは商談をしていた。
彼らが、ヘスティを拘束しながら訪れたことに多少驚きはしたが、そういえば、そろそろ来る時期だった、と慌てることはなかった。
「ふう、息苦しかった」
「あははは、リュオさん、師匠が苦手ですからね」
俺がほっとしていると、ルシオンが苦笑いをした。
彼とは、使用人嫌いの件や、生計を立てるために薬草を栽培している件で、関わっているうちに、いつの間にか、親しくなっていた気がする。
使用人嫌いの件については、その心の傷を和らげよう、と苦心してくれていた。
ところで、ヘスティが簀巻きになっていたのは、好戦的な番犬のように戦闘を吹っかけていた今までを思えば、想像に難くない。侵入者!? と言いながら箒を構える姿が目に浮かぶようだった。
よりにもよって、マティルさんに飛び掛ったのは、運が悪かったとしか言いようがない。
あの猪突猛進な性格も間違いなく悪いのだろうが。
「それで、大丈夫ですか?」
ルシオンが緑の瞳で俺を見つめた。気弱な彼であるが、今の目には力を感じた。流石に弟子と言うことか。
「今に至るまで問題はない」
ルシオンは気が抜けたようにすとんと椅子の背もたれに身を預けた。
「全く、オーバーな」
顔をしかめながら言うと、ルシオンは困ったように笑った。
「オーバーじゃないですよ。ここに来たばかりのリュオさんを僕は知っているんですから」
薬草の対価を取り出しながら、彼は言う。
確かに、家を失い、野に放り出された果てにようやくたどり着いた先は、マティア師弟の住処だった。俺の口から語らずとも、彼らは、知っているのだ。俺が使用人を苦手としているというか、見るのが耐えられないくらいのトラウマになっていることを。
思えば、長い付き合いだ。
「本当に大丈夫なんですか? 我慢していませんか?」
「心配するな、心の方は良くなってはきている。いまさら使用人を見たところで、動揺しない」
言葉が尖りそうになり、それを紛らわすために、笑いながら言葉を返した。
心が弱いみたいに思われているわけではないが、少しむっとしてしまう。我ながら、どうしようもない。
それでも、これも含めて、まだ心配してくれる彼らは得がたい、と常々思う。
「心配してくれているのは分かった。そうだな、大丈夫な理由があるとすれば、あいつは、メイドらしくない」
『リュオさん!』
ヘスティの声が聞こえた気がした。同時に、頭の中に、彼女の姿が浮かび上がる。
真っ黒な毛並みは、しっかり手入れをされていて、さらさらと風に流れ、腕の羽は黒が下地で、毛先にかけ、だんだんと白が混ざっていく。
頭の中で再生される彼女は、メイド服に身を包み、それを自慢するようにくるくると回る。そして、こちらを向き、にぃっと笑みを浮かべる。
子どもっぽい笑顔で、明るくて、それはなにかを照らした気がした。
「だから、それほど気にならない。むしろ――」
……むしろ?
「むしろ、何ですか?」
ルシオンが興味深そうに俺の話を聞く。俺にとって、あいつは俺のトラウマを踏むか踏まないか怪しいところをうろちょろしている魔物だ。
俺を心配して、また、医者の弟子として俺の状態を良くするため、気になるのはわかる。
だけれど、だけれど。
「――とにかく、大丈夫なんだ」
俺は、今、何て思ったんだ?
やけに高かった気がするヘスティの声が頭に残るくらいで、胸につっかえていた物は溶けてしまった。
詰まっているわけでもなく、壁を探っているように、めぼしい引っかかりもない。俺は言葉を濁し、話を切った。
「何かあったら、師匠を頼るように」
深く追求せず、ルシオンはそう言った。
「善処する」
俺はあの人が、苦手なんだよな。白衣に身を包んだちんちくりんを想像して、今は別室にいるんだった、と胸を撫で下ろす。
どうも、俺が見た目相当の年しか生きていない、ただの人間のためか、あの見た目と実際のギャップについていけないのだ。
まだまだ時間がかかるだろうか。そう思い席を立った。
「茶を淹れる。前回お前が持ってきてくれて栽培するようになった植物を使った茶だ。なかなかおいしいぞ」
「それは、楽しみです」
期待のこもった言葉を背に、キッチンへと向かう。
戸棚を開け、やや甘い香りのする瓶を取り出した。出来上がる頃には、戻ってくるだろうか。
多めに作ってもいいのかもしれないが、冷めたり、味が変わると嫌なので、結局、2人分の茶葉をポットに入れた。
もし、戻ってきたマティルさんが
……たまには、仕事をやらせてもいいんじゃないか、なんて思わないでもなかった。
リュオさんが私を見下ろしてため息をついた。私はあのマティアという魔物の手によりぐるぐる巻きにされていた。もちろん床に転がされている。私の扱いは悲しいかな、不審者だった。使用人嫌いのリュオさんの家にメイドがいるはずが無いと絶賛怪しまれ中。
客人だ、とリュオさんが言っても、絶賛怪しみ続行中。
というのと、リュオさんが、彼女に敬語を使ったり、さん付けしたりするので、しまった! と言う気持ちもなくはない。だが、私は警戒するのだ。
私の持っていた箒を片手に、彼女は私を見下ろす。その目には呆れと、どこか探るようなものを感じた。
あと、私、滅茶苦茶見下ろされているけれど、蔑まれているわけじゃないからね! 床に転がっているから、必然的に見下ろされちゃうんだからね!
……彼女曰く、『彼、つまりリュオ君だけれど、ようやく精神的に安定してきたんだ。すまないね、色々確認させてもらうよ』と言うことらしい。
しばらく応接間で話し合ってこの状態である。質疑応答、リュオさんの現状について、リュオさんから見ての私について、今の気持ちについて。ざくざくと聞き出していくマティアに私は警戒心剥き出しのムキムキ。そしてぐるぐる巻きのぐるぐる。
ぐるぐる巻き巻きぐるぐる。私は芋虫! 尺取虫的捕縛中移動術により、うぞうぞと動くと、マティアにチョップをされた。
「うびゃっ」
「こら、まだリュオとの話が終わっていない、動くな」
「ううううー」
縛りが容赦なく、さらには喋れないように口に余った紐をかませてあるのも口惜しい。
私はMではない! 私はキキーモラ! 私はリュオさんのメイド(予定)! たとえ芋虫になってもお傍に! ふんぬぅ! メラメラと闘志を燃やす私に気付いてか気付かずにか、マティアはまた、ため息をついた。その隣でルシオンとかいうお弟子さんは空気になっていた。そろそろ存在感が気化して空気に溶け出すころ。
「リュオ、改めて聞くけれど、これはキミのメイドかい?」
「いや、何度も言いますが、単なる客人、居候です。メイド服を着ているのは、悪い冗談だろう、と思っています」
悪い冗談!?
「だってさ」
「もごごご〜!」
だってさ、じゃない〜〜!! 私は涙目になりながら2人を睨んだ。どうやら、やはり私は認められていないらしい。ぐやじい!
床をばんばん叩きたくも、縛られているため、動けない。
「というかリュオ、キミはこういった格好すら嫌悪するくらい嫌いじゃなかったっけ、使用人」
思考が固まった。
聞きたくない。いくら、悟っていても、出来れば面と向かって言って欲しくはない。耳を塞ぎたくとも、両腕は縛られているし、何も出来ない。
……やめて。
そんな中、リュオさんは口を開く。私にできる抵抗は、ただただ目を合わせないことだけだった。
「嫌いです」
当然のような口調で彼は言い切る。
「所詮、雇われだ。忠誠なんて期待しないほうがいい」
ぼそりとした呟きで、でも、しっかりと聞こえる声が、呪詛のようであった。
「……で、そういうなら、この子を置いているのはどうしてだろうか。そんな事を思っているキミの傍にキキーモラを置いておくのは酷だと思うけれど」
「害はないと思ったからです」
「へぇ、特別なの?」
「はっきり言うなら、メイドらしくない。だから……気になりません」
2人が話をしているのを聞きながら、私は泣きそうになっていた。私は、私は、覚悟をしていたのに。知っていた、想像していた気持ちを聞いただけで、情けない。ぎりり、と歯を食いしばった。
……いくら食いしばっても、紐は切れそうに無い。一応私はウルフ属なのに。
私は、私そのものが嫌われたわけではないのだ。まだ、まだ、まだ、がんばれる。がんばらなきゃいけない。
私は気持ちを切り替える。心に無理矢理火をくべる。
「ああ、この子、ちょっと別室に連れてっていいかな。話したいことができた」
「大丈夫です」
向こうの話を聞いていたつもりが、いつの間にか自分の心と対話をしていた。私に対して言葉が向けられたのに気付けなかった。
耳に届いていたが、理解するのを保留していた言葉に耳を傾ける。そして、状況を把握しようとした、その一瞬。体が浮いた。
ひょいと軽々持ち上げられたのだ。流石に頭が真っ白になる。犯人はマティアだ。私の3分の2くらいの慎重しかないくせに、余裕で私を持ち上げたのだ。そして肩の上へ。俵でも担ぐような持ち方をされた。
……彼女が敵か味方かも分からない。何をされるのかも分からない。リュオさんに仕えることを最優先に考えるなら、危険は避けなければ。もし、彼女が、リュオさんに恋をしているならば。もし、ジパングで知った白蛇のように嫉妬深いのならば。
もやもやと危険な考えばかり頭に浮かぶ。私は必死に戒めを解こうとしたが、身をよじることさえ叶わない。逃げられないことを感じたので、そのまま何が来ても大丈夫なように覚悟をする。
ぐらっと揺れる視界に酔いそうになった。が、私はスーパーメイド。リュオさんの視界に入ったことを感じ、こらえる。
「それじゃ、助手、商談よろしく!」
「え、あ、はい」
空気だった助手さん――確かルシオンさん――を一瞥したらしく、扉の前で彼女は立ち止まり、彼らに振り返る。担がれている私は彼女と一緒ににぐるんと回る。回る回る、目が目が回る目がまわ――
「ももごもー!」
わざとでしょう! ねぇ、わざとでしょう! 多めに回って何してるんですか!
「あっはっはっはー回れ回れー」
急にぐるぐると回りだしたマティアに私は叫んだ。もしかして、見た目相応に子どもっぽい!?
私が目を回すと同時にこちらに向かって呆れたような視線が送られている。
重苦しかった空気が微妙な空気に塗り替えられていて、この後、男性2人が愚痴と言うか、苦労話で意気投合しそうな、そんなニオイがした。
リュオさんにかかる心労が少しでも減ったような気がして、ちょっとだけ気分が軽くなった。
しかし、この得体の知れない女に気を許すのとは別件であって……
「部屋だけれど、この子が使ってる部屋でいいかい?」
「大丈夫です」
ちょっと! ちょっと!! 確かに居候だけれど、私の部屋! 私の許可は? ねぇ!
「大丈夫です」
リュオさんが私をちらりと見てから、もう一度言った。……リュオさんさっきからそればっかり言ってませんか! なんですか! もしかして次の台詞は問題ない、ですかっ? それともやっぱり駄目だったよ、ですかぁっ!?
どうせ私はダメなやつですよぉっ! はっ、いけません、ネガティブになっては。
私は、スーパーメイドッ!
混乱しながらぐるぐると思考を回し、私は部屋を連れ出されたのだった。
◆◇◆◇◆◇
「さて」
扉を閉めながらマティアは無表情に私を睨んだ。……見た目上は。
私の勘と、嗅覚が彼女の内面と表情が合わないことを察する。どちらにせよ、警戒心を抱かざるを得ない。
連れてこられた先は、話していた通り私の部屋だ。少し、魔術的な改造もした。
何より、私の箒は誰が運んだのか、私のベッドの辺りに立てかけてある。万が一の時は、対処ができる。いや、無理か。だって私、ぐるぐる巻きだから!!
「自室なら、もうちょっと警戒心を緩めてくれると思ったんだけれど、逆効果だったか。むしろ、リュオがいた方が大人しかったか」
紅い瞳がこちらを見る。やはり、事情聴取というか、私に聞きたいことがあったらしい。一番関わるであろうリュオさんすら除いた状態なのだ。よほど言えない事か、重要な事か。万が一があった時、逃げられるように私もぎらぎらと目を光らせて相手を観察する。
金色の髪に紅い瞳。10代前半で時を止めてしまったような、幼さが前面に出る姿。身を包む白衣はところどころ緑色の染みができており、薬草に関わることをしていると言うのは間違いないだろうと思う。
そして、その匂いは、扱いが難しい類の薬草のものであるだろう。薬師として、そうとう腕が立つようだ。
縛られているからといって、私を侮るような色もなく、見下すような様子でもない。それが、心をざわつかせる。油断ならない、と警報が鳴る。
「とりあえず、縛られたままでは苦しいだろうし、解くよ」
しかし、警戒していても、縛られたままの私はなされるがままだ。私はぽーんと私のベッドに放られ、ふかふかのベッドの上で弾んだ。
目を白黒させているうちに、マティルは慣れた手つきであっという間に私のぐるぐる巻きを解いてしまった。あっという間の出来事で私は呆然とする。
疑っているのでしょう? なぜこんなことを。
上体を起こしながらそう思っていると、彼女は私の額をつんと突いた。
「あだっ」
大して痛くはないが、反射で言葉が漏れ、起こした体がまたベッドに沈む。ここまで相手からは悪意が伝わってこず、複雑な気持ちがもやもやと溜まる。
そんなことを考えていることが伝わったのか、くすりと笑われた。
「あっはっはっはっは! もうダメ」
それが堤防を崩すきっかけになったのか、マティアは笑い出した。
私の頭を軽く叩いて、抱き締めて、開放して、ぐにぐにと私のほっぺたを揉む。
「だー!! 何やってくれるんですか!!」
嵐のようにスキンシップをされて私はおもいっきり後ろに下がる。アレですか、女の子もいけるってやつですか!?
まー、今の魔物の方々、皆さんサキュバスの性質を持っているので、いけても不思議ではないのですが――
じゃなくてっ!
「少しは心がほぐれた?」
「……貴女への警戒度は少し上がりましたけど」
私は、相手が何をしようとしていたのか察して心を静めた。心に殻を纏いすぎていたのだ。
よく相手を見てみれば、リュオさんに気がないことも、リュオさんを心配していることも今までにしっかりと納得できていたはずなのに。
「申し訳ありません」
私は居住まいを正して、マティアに頭を下げた。それを見て、彼女はぷっと吹き出した。
「今回は壁に頭を打ち付けないのかい?」
今度は私が吹き出す番であった。
「そ、そんなことしないですよ」
「言葉遣いが若干おかしくなってるよ」
そう言われて私はばばっと口を押さえた。
「ねえ、キミ」
「はい?」
急に声のトーンを変えた彼女に、首を傾げながら返事を返した。深紅の瞳が私を覗く。それに、私の師のような深く強い引力を感じて、身構える。
敵ではなさそうけれど、強大な存在で、私に有無を言わせない何かを持っていて――
「どこからどこまでが演技なのかな?」
――敵わないと思った。
はふ、とため息が口から漏れる。
「ほとんど、素ですよ」
私は体の心が冷めていくような感じを振り払いながら、言う。
「でも、多少、オーバーにしているところもありますね。
でも、そうでもしないと――ダメだったんですよ。空元気という、やつですかね?」
乾いた笑いが私から零れ落ちた。
◆◇◆◇◆◇
「今回も、質の良い薬草ですね」
「いくらで買う?」
「え? ええっと」
「冗談だ」
薬草の束を乗せた机を挟んで俺とルシオンは商談をしていた。
彼らが、ヘスティを拘束しながら訪れたことに多少驚きはしたが、そういえば、そろそろ来る時期だった、と慌てることはなかった。
「ふう、息苦しかった」
「あははは、リュオさん、師匠が苦手ですからね」
俺がほっとしていると、ルシオンが苦笑いをした。
彼とは、使用人嫌いの件や、生計を立てるために薬草を栽培している件で、関わっているうちに、いつの間にか、親しくなっていた気がする。
使用人嫌いの件については、その心の傷を和らげよう、と苦心してくれていた。
ところで、ヘスティが簀巻きになっていたのは、好戦的な番犬のように戦闘を吹っかけていた今までを思えば、想像に難くない。侵入者!? と言いながら箒を構える姿が目に浮かぶようだった。
よりにもよって、マティルさんに飛び掛ったのは、運が悪かったとしか言いようがない。
あの猪突猛進な性格も間違いなく悪いのだろうが。
「それで、大丈夫ですか?」
ルシオンが緑の瞳で俺を見つめた。気弱な彼であるが、今の目には力を感じた。流石に弟子と言うことか。
「今に至るまで問題はない」
ルシオンは気が抜けたようにすとんと椅子の背もたれに身を預けた。
「全く、オーバーな」
顔をしかめながら言うと、ルシオンは困ったように笑った。
「オーバーじゃないですよ。ここに来たばかりのリュオさんを僕は知っているんですから」
薬草の対価を取り出しながら、彼は言う。
確かに、家を失い、野に放り出された果てにようやくたどり着いた先は、マティア師弟の住処だった。俺の口から語らずとも、彼らは、知っているのだ。俺が使用人を苦手としているというか、見るのが耐えられないくらいのトラウマになっていることを。
思えば、長い付き合いだ。
「本当に大丈夫なんですか? 我慢していませんか?」
「心配するな、心の方は良くなってはきている。いまさら使用人を見たところで、動揺しない」
言葉が尖りそうになり、それを紛らわすために、笑いながら言葉を返した。
心が弱いみたいに思われているわけではないが、少しむっとしてしまう。我ながら、どうしようもない。
それでも、これも含めて、まだ心配してくれる彼らは得がたい、と常々思う。
「心配してくれているのは分かった。そうだな、大丈夫な理由があるとすれば、あいつは、メイドらしくない」
『リュオさん!』
ヘスティの声が聞こえた気がした。同時に、頭の中に、彼女の姿が浮かび上がる。
真っ黒な毛並みは、しっかり手入れをされていて、さらさらと風に流れ、腕の羽は黒が下地で、毛先にかけ、だんだんと白が混ざっていく。
頭の中で再生される彼女は、メイド服に身を包み、それを自慢するようにくるくると回る。そして、こちらを向き、にぃっと笑みを浮かべる。
子どもっぽい笑顔で、明るくて、それはなにかを照らした気がした。
「だから、それほど気にならない。むしろ――」
……むしろ?
「むしろ、何ですか?」
ルシオンが興味深そうに俺の話を聞く。俺にとって、あいつは俺のトラウマを踏むか踏まないか怪しいところをうろちょろしている魔物だ。
俺を心配して、また、医者の弟子として俺の状態を良くするため、気になるのはわかる。
だけれど、だけれど。
「――とにかく、大丈夫なんだ」
俺は、今、何て思ったんだ?
やけに高かった気がするヘスティの声が頭に残るくらいで、胸につっかえていた物は溶けてしまった。
詰まっているわけでもなく、壁を探っているように、めぼしい引っかかりもない。俺は言葉を濁し、話を切った。
「何かあったら、師匠を頼るように」
深く追求せず、ルシオンはそう言った。
「善処する」
俺はあの人が、苦手なんだよな。白衣に身を包んだちんちくりんを想像して、今は別室にいるんだった、と胸を撫で下ろす。
どうも、俺が見た目相当の年しか生きていない、ただの人間のためか、あの見た目と実際のギャップについていけないのだ。
まだまだ時間がかかるだろうか。そう思い席を立った。
「茶を淹れる。前回お前が持ってきてくれて栽培するようになった植物を使った茶だ。なかなかおいしいぞ」
「それは、楽しみです」
期待のこもった言葉を背に、キッチンへと向かう。
戸棚を開け、やや甘い香りのする瓶を取り出した。出来上がる頃には、戻ってくるだろうか。
多めに作ってもいいのかもしれないが、冷めたり、味が変わると嫌なので、結局、2人分の茶葉をポットに入れた。
もし、戻ってきたマティルさんが
……たまには、仕事をやらせてもいいんじゃないか、なんて思わないでもなかった。
16/09/18 22:57更新 / 夜想剣
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