連載小説
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私を働かせてください
日が暮れて闇が濃く広がっていく中、少女がうずくまって泣いていた。
月が明るい。さっきまでは分厚い雲が空を覆っていたが今ではきれいに風に流されたようだった、。
そんな月に照らされる彼女の纏う陰りは強く感じられた。裸足かつ、身に付けているものはおそらく寝間着。
そして、身に着けている物は所々ほつれたり、破けたりしていた。生傷だってあちこちにある。
すぐ近くの生け垣に不自然な痕ができていた。少し考えればそこを無理矢理突っ切って来ただろう事が予想できる。何か尋常ではない事があったのだろう。

「あら?大丈夫?」

そこに女性が歩み寄り、少女に声をかけた。
その声は優しく、暖かみを含んでいた。彼女はうずくまる少女と目線を合わせるようにしゃがむ。

「あ……」

思わず声のした方を少女は向いた。
顔が月の光に照らされた顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。

「あらあら」

女性は持っていた鞄を探り、ハンカチを取り出す。そして膝を抱いたままの少女の腕を優しく掴み、その手の上にそっと握らせた。ハンカチからはふわりといい香りがした。

「ほらこれで涙を拭きなさい。鼻をかんでも構いませんよ。そのままでは折角の可愛いお顔も台無しですからね」

微笑む女性。少女に向けられたその笑顔には何の打算も謀略もなく、ただただ優しさがあった。
この人は信用できる。それを感じた少女は余計に泣き出した。

「ひっく、あり、がとう、ござい、ます」

少女は貴婦人にお礼を言いながら泣き続ける。女性は少女を抱き締めた。そして、女性は少女の様子を見ながら言う。

「それにしてもひどい格好ね。泥だらけじゃない。
……そうだ、ちょっと来なさい、お風呂と着替えを用意するから」

その言葉に少女は目を丸くした後。泣きながら笑った。警戒すべき、と頭の片隅にはあれど、優しさを疑いたくない、という思いにすがってしまう。

「い、いいんです、か?あり、ありがとう、ございます」

少女の涙は止まらない。その上、自分で拭く気配も無いのだから女性はやれやれ、と少女の顔の涙と鼻水を拭った。まるで洪水のように流れるので泣き止むまで拭きっぱなしだったけれど。
そして、拭き終わってから女性は少女の頭を撫でる。

「あ、可愛いお耳と尻尾ね?」

少女は始めのうちはされるがまま撫でられていたが、ふと気づいて体を震わせた。
受けた言葉の重大さを理解した少女の顔は真っ青になっていく。

「え、あ――ああ、あああああっ!!」

自身の頭とお尻の辺りを触った後、少女の顔が歪んだ。安堵のあまり、隠していたものが飛び出てしまったみたいだ。彼女は身を縮こめて頭を抱える。震えて、震えて、少女は逃げることもせず、ただ震えた。

「ご、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。殺さないで……殺さないで、ください」

少女は泣きながらそう言った。少女のその姿は弱々しく痛々しかった。
少女は魔物だった。尻尾と耳の時点で把握せざるをえなかった。

「死にたくない!死にたく……ひっ!?」

少女の声は突然止まる。
女性が叫ぶ少女を抱き締めたからだ。
怯え、震える体を優しく包み、女性は少女の背中を軽く叩く。

「大丈夫。大丈夫だから」

「どうして…」

「どうしても何も、可愛らしい子が泣いているんですよ。当たり前じゃないですか?魔物でも人間でも変わりはありません」

涙も止まり、無言になる少女。
その目には、期待と疑念が宿っていた。

「そうですね、あなた、うちの子になりなさいな」

「どうして、そこまで」

少女は暖かい抱擁の中から女性を見上げた。

「私の家の庭に魔物が逃げ込んできたんですよ?十中八九、私も仲間かと思われてしまうので匿うのです―――とでも言えばいいんですか?
ただ、転がり込んできた子が辛そうにしていた。理由はそれだけで十分です。



あ、あと私、そろそろ娘が欲しいな〜と思っていたんですよ」

最後の一言に少女は泣きながらもくすっと笑った。

◇◆◇◆◇◆

◆◇◆◇

◇◆




やんわりと顔を照らす朝日で目が覚めた。
それは柔らかく、暖かく。昔、義母様が揺り起こしてくれたあの時のように心地好く――。
私は気づけば頭の下にあったはずの枕を抱き締めて寝ていた。ついでに上下逆さになっている気がする。……さすが私、アクロバティック!

「……」

体を起こして目を擦り、それからもう一度ベッドに体を沈める。心地よい暖かさが眠気を誘う――まさに絶好の二度寝日和!しかし、二重、三重の意味で二度寝はまずい。

これだけぐっすり眠れそうなのだ。深く深く、夢の底まで覗けてしまいそう。

それに、なにより、キキーモラとしてそんな怠惰な生活を送るわけにはいかない。
私は大きく息を吸ってから大きく反動をつけて毛布をはね飛ばした。眠気という重力よりはるかに重たい物もついでに纏めて飛ばす。

「ふんっ!はっ!せいやーー!!おっはよーございまーす!」

朝の基本は挨拶。挨拶重点。ネムケ=サンを撃退!哀れネムケ=サンは私のハリキリ・起床・ジツで爆発的四散!ごうらんがっ!
しかし、まだ眠い。撃退したのではなかったのか?いや、ねむけという奴には不特定多数な兄弟姉妹がいるから厄介なのだ!
さてさて、はっきりと起きるには、無理にでも興奮したりする必要があり、そうしろと非常にやかましく頭の中で警報が鳴る。
私が体の内から跳ね上がらせた『仕事したいエネルギー』。ファンデルワークス力ならぬギブミーワークス力により私の中に潜むファンネルがファイアし、凝縮力がギブミーワークス結合を引き起こしてしまう可能性がギブミーワークス!

…ふう、と息を吹いてまず脱力をした。

「―――体は箒で出来ている。
血潮は洗剤、心は束子。
幾たびの洗浄を越えて不敗。
だが一度の清掃もなく。
まだ一度の仕事もなし。
リュオさんは常に独り この私の仕事を奪う。
故に、メイドに意味はなく。
この体は、きっと箒で出来ていた」

……そう、私は

「アンリミテッド・ギブミーワぁぁぁクス!(制限なき求職者)

リュオさん!ギブミー!ギブミーワークス!ワ――――――――――クス!

やっはぁ〜〜!」

朝っぱらからテンションが壊れた私は愛用の箒を小脇に部屋の扉をどかんと開けた。もちろん朝一番の仕事と言えば、朝食を作り、そしてリュオさんを起こすこと!とりあえずなんでも任せてくださいー!
昨日はリュオさんに先を越されましたが、今日はキッチンで包丁をぶん回してやります!
私はドゥエドゥエと慌ただしく廊下を駆け抜け厨房へと向かう。そして、ホァイと厨房の扉を開けた。

さぁて、ぱぱっとお料理を作りましょう。
お手軽で素敵な料理教室の始まりで〜す!

さて、そう言うことでこれとこれとこれを使ったレシピで朝ごはんを作るのですが、はい、出来上がりがこちらになります!

……ん?

「リュオさん……」

扉を開けてすぐ、料理を運んでいたリュオさんと目が合った時。しかも、ちょうど作ろうと思っていたものを運んでいるのを見た時。

―一体私はどんな顔をしていたのでしょうか。



◇◆◇◆◇◆



「悔しい、でもおいしいです。はらしょー」

むぐむぐと朝食を口に詰め込む私であった。
せめてお皿を出そうと思っていたが、そこは流石のリュオさん。微塵の隙もありゃしない。
それで、お食事のお手伝いを―――と言って、あーんで食べさせようとしたら睨まれた。
うう、ああ、もう。
そう私がやきもきしているのも露知らず、リュオさんは恐るべき早さで完食。
テーブルを拭いて、お皿を片付け、洗い物をしている。
どこをどう考えても私の手番は存在しない。ああっそんなのは嫌です!せめて皿洗いだけはしたかった。私のターンをギブミー!と、狂洗士の魂が荒ぶります。

「ごちそうさまです」

「じゃ、皿をくれ。洗うからな」

「じ、自分のは自分で――」

「洗うからな」

「私が洗――」

「洗うからな」

「……はい」

リュオさんは当初の居候の契約通り、私になにもさせないつもりのよう。生殺しにもほどがありますっ!
私はそうしてまた何もできずぶらぶらする午前を過ごすことになった。



◆◇◆◇◆◇



朝食の後。私は退屈しのぎにとりあえずこの屋敷の中を探索することにしてあちこちを回っている。
掃除をしようにも、とても強力な対汚れ魔術を組み込まれている壁や廊下に死角はあんまりない。でも、でもですよ、多少塵は集めました!一応掃除ができたと言えばそうなんですよ、わぁあい!わぁい!

……はぁ。

そんなこんなで私はもう吹っ切れて探索に専念することにしました。
暇ですし、それに、お仕えする家の構造を分子レベルで把握しないとメイドとして満足に動けません。今までざっとしか確認してないですしね。
……分子レベルは流石に言い過ぎました。内装の把握と龍脈、霊脈といった魔力の流れ、加えて土地の属性、などなどをとりあえず確認しますか。さぁ、そういうからには!私はメイド服の中からメモ帳を取り出した。
マッピングの用意は完璧です。いざ、挑みましょう!
ダンジョンじゃああるまいし、テレポーターとかを踏んだりしないでしょうから気が楽です。


そうしてぶらつくことしばらく。


現在私はだだっ広い所にいて、これからどうしようと深刻に悩んでいた。
今いるのはリュオさん所有の結構大きな農地。場所は屋敷のすぐ裏。

そして、私は今、薬草ばかりを栽培しているスペースにいる。見渡す限り薬草。物凄い!何で生計を立てているのかな、と思っていたのですが、これだったのですね。
私は感心しながらそのスペースを眺める。
様々な種類が栽培されており、驚くことに主にジパングで取れるようなものもあったり、ここの気候に合わない薬草は暖気の魔法陣がある布張りの細長いテントのような物の中にあったりと本当に凄い。

私がそうやって薬草畑を見ていると羽音が聞こえてきた。最初はただの鳥かと思ったのだが、急に羽音が止まり、影が広がっていくと流石に私も身構える。
そして、私の目の前に赤いものが降ってきた。

「えっ、て、敵襲!?」

「敵じゃない」

「じゃあ何なんですか!?不法侵入ですよ!」

「不法侵入とは人聞きの悪――ん?
もしかしなくてもメイド?」

先程降ってきた赤い何かは2人の人物だった。申し訳なさそうに表情をしながら頭をかいている白衣の男性と、偉そうに腕組みをしている白衣を身に付け、赤いスカーフを首に巻いたちびっこだった。
赤いと感じた正体は彼女の持つスカーフだったらしい。なかなかに魔力を帯びている。
そうこう観察している間、背の低い彼女はずっと私を見ていた。
私が警戒心丸出しで相手を見ていると、少女は近づいてくる。

「彼がメイドを雇うとはね」

「彼?リュオさんのことですか?」

「それ以外に何があるんだ?とりあえず私の名前はマティア・フェリドゥ・リエンテ。よろしく」

「どうも、ヘスティー・オルタシア・カツァロキーナです。ヘスでもヘスティでも好きな様に呼んでください――じゃなくてあなたたちいったい何の用ですかっ!」

私は不審者2人組に警戒の眼差しを向けながら尋ねる。怪しい。あの2人怪しい!
少女のほうは明らかに幼く見えるけれど多分この調子だと結構な年月を生きた何かでしょうし、油断なりません。
もしかして泥棒ですかっ!?はっと思いついて私は辺りを見渡す。
確かにここには見たところ貴重な薬草も栽培されている。可能性はゼロではない。
私の脳内は警戒色で塗り潰されてとてもイエロー、末期色。
とにかく愛用の箒を構える。ジパング系の居合い抜きをするような形で下段に持ち、いつでも振り抜けるように待機。
するとマティアが横の男性を小突いた。

「え〜と、ああほら、助手、出番だ、説明」

ずっと存在感を消すようにいた青年がマティアに引っ張られ私と彼女の間に立たされる。

「えっ師匠、僕が説明ですか!?」

鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしながら青年があたふたしながら振り返ってマティアの方を向いた。マティアの方はにこやかに笑っているが、その目は『さっさとやれ』という目だった。マティアは青年によく指示を出しているのだろう。

「いつも僕たちはここで薬草をリュオさんから買っているんです。あの人は薬草の栽培が得意ですし、また、ここは森の中なので、あちこちから摘んできてもらっているんですよ」

青年は慌てながらもしっかり私に説明をする。丁寧で好感を持てたが――

「本当にですか?」

言われてすぐに、はいそうですか〜と納得するわけがない。私はリュオさんの健康とかその他諸々を守る(予定)メイドサーヴァント(予定)!
そして特に今回はリュオさんの財産がかかっているのだ、すぐに引き下がるわけにはいかない。まだあの人たちが凄く念入りに準備をした盗賊という可能性が無くなったわけではないのですから。
疑って疑いますよ!目からビームが出るくらい警戒します!超ビームっ!
私がそう目を光らせたところでマティアが笑いながら紙を取り出した。
一見ただの紙だったが、彼女が指を回すと魔力の光と共に文字が現れる。

「相変わらず説明も上手くなく、説得力もない助手だ。回りくどくて申し訳ない。名乗るのをすっかり忘れているこいつはルシオン、私の助手だ。そして、さっきのルシオンの説明の裏付けはこれで大丈夫かな」

マティアがそれを手渡してきた。
紙の材質は魔界の樹木を利用したもので、魔力に反応して炙り出しのような事が出来る物だった。その性質から、魔力が本人の物でなければ警告文が出る証明書などが作られている。
渡された書類はその類いで、彼女の魔力により契約を示す文章が確かに現れている。
残りの空欄にリュオさんが魔力を流し、リュオさんの印が現れた場合、彼女らの潔白は証明される。
が、しかし。
ここにリュオさんはいないので、すぐに証明することは出来ない。
私が確認しにリュオさんの元へいく間に盗犯、工作、そのたもろもろの良くないことをされる恐れが――
リュオさんを呼ぶにしても手段がありませんし――

「あれ、もしかしてキミ、使用人として雇われているのに私との関係を聞かされてない?後はこういった確認のためのリュオの魔力を込めた物とか持ってないの」

「あ〜もう!どうせ私は雇われていませんよ!」

向こうの言葉が心にぐさぐさ刺さる。どうせ私はまだリュオさんに信用してもらえていませんよ、どーせ。私は頬を膨らませながら言い返した。
するとマティ――もうちびっこでいいやちびっこ!
そのちびっこの雰囲気が変わった。

「ふむ、となるとキミの方が私としては怪しいんだけれど」

「は?」

突然ちびっこが警戒モードに入ったみたいで空気がピリピリし始める。私の全身の毛が逆立つ。

「まあ、リュオのことだし、メイドを雇うなんてまさかとは思ったけれど、ね」

彼女が先日のうさんくさい神父並みの圧力を持つ視線で私を貫く。
アレ?これちょっとやばい?
ちびっこが見た目年齢に不相応な強さの魔力を湯気のように発散しているのがよく分かる。
これは、確実にあの変な神父以上の強さだし、下手をすれば先生くらい強いかも。
私は走馬灯の如くジパングで修行をしていた時代を思い出す。そして首を振る。
いけない、万が一あのちびっこが泥棒だったら――どうするんですかっ!!

私は箒を構えた。

「よし、できるだけ痛くないように捕縛するから」

「やれるものならやってみてくださいっ!」

証書の方は一旦服の中に入れて――多分問題ない。
ふ、ふふ。不審者撃退、という仕事(?)を手に入れた私――仕事を手に入れたキキーモラは最強ですよっ!私ったらサイキョーねってやつです!仕事とキキーモラが合わさり最強に見える。
これは確定的明らかに負けませんね!リアルではメイドタイプの私が見事倒してやります!

ルシオンとかいう青年はとばっちりを受けないように頭を抱えながらかがみ、小さくなる。その横で私たちはバチバチと火花を散らしたのだった。
16/07/04 12:11更新 / 夜想剣
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■作者メッセージ
お久しぶりです夜想剣です。
ヘスティーを書いているとどんどんテンションが上がっていく気がしますね!
彼女を書くのはとても楽しいです。色々と。
さて、偶然今日はバレンタインですが、この話、チョコ要素ゼロですね。
画面の右端の文章送りをするバーが茶色なのでそれがチョコ要素と言うことでお願いします。チョコバーですね。

ここまで読んでいただきありがとうございました!

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