連載小説
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私に夕食をください
私は気がついたらベッドの上にいた。
額に触ろうとすると、氷嚢に手が当たった。私はそれを退かして上体を起こす。

「うう、頭が痛いです……」

頭がじんじんと痛む。まるで気絶するまで何か固いものに頭突きをしていたような痛みだった。
私はベッドから降り、頭をさする。

何があったか思い返してみると……非常に情けない事をしたのが記憶にあった。
恥ずかしくてまた頭突きをしたくなってきて困る。
あぁ、私のアイアンヘッドが疼きやがります。と、思ったところで頭を振った。そんなことをしてる場合ではない。

しかし、まさか、あんな人が来客とか思えないでしょう普通。
私はあの演技とは思えない黒い笑みを浮かべた神父を思いだし頭を抱えた。

神父服、ちらりと見えた主神教チックな金の十字に襲撃ともとれる科白。そして場馴れした戦闘での立ち回り。歴戦と思わせる実力。
私の独断と偏見とささやかな教団への悪意を差し引いても襲撃者でしょうよ!
私は半ば八つ当たり気味に呟く。
それから近くに立て掛けてあった愛用の箒を見つけた。誰かがわざわざ運んでくれたようだ。これは特注品で、色々とありジパングに行った時に師事した龍さんから貰った私の宝物。ずしりと持ちごたえがあり、持っていると種族柄自信が溢れてくるので大抵肌身離さず持ってたりする。

私はそれを持ち、明かりを消して部屋を出た。
私はずいぶん長く倒れていたようでもうすっかり日が暮れている。
薄暗い廊下を魔力灯が照らしていた。

ああもう、ずいぶん寝かせてくれましたね。私は心の中で文句を言う。
起きていれば、夕食を作るお手伝いとか夕食を作るお手伝いとか夕食を作るお手伝いとか夕食を作るお手伝いとかできそうだったのに!

……考えてたらお腹がすいてしまいました。私、倒れててお昼ご飯食べてないですし。

きゅう、と私のお腹が鳴る。
昔、『可愛らしいお腹の音ね』とお義母様に言われたが、私としてはこの音は憎々しい。私のお腹の音なら空気読んでくださいよ、と私はばすばすと自分のお腹を叩いた。



おそらくもうリュオさんの事ですし、夕食作り終えて食べているはずですね。向かいましょうか。

私はげんなりしながらダイニングに向かう。ダイニングの扉からは明かりが漏れているし、いい匂いがするので予想は的中、というところですかね。
私はそっとドアノブに手をかけた。

……仕事終わってて一つも無くても泣きません。
私は多分悲愴な感じになっている顔を空いている手ではたき、笑顔を作った。
そしてノック、後に思いっきりドアノブを捻る。

「リュオさ〜ん!私にも夕飯くださ〜いっ!」

「お、起きたか」

「起きたな」

「へ?」

扉を開けて私は固まった。なぜなら。

「な、なんであなたたちがいるんですかぁっ!?」

目の前にはさっきの胡散臭い神父と何を信仰してるか分からない僧侶的な何かがいたからだ。

「私はリュオの誘いで相伴にあずかっていただけだが?」

「愚僧も隣に同じく」

神父は相変わらず不敵な笑みを浮かべ僧侶的な何かは自信ありげに胸を張る。
そして私は状況がいまいち把握できず棒立ちになっていた。

「食事に誘う?あの人間不信気味なリュオさんがですか?」

「人間不信と言ってもリュオ殿が避けるのは一定の職種のみだな。よってこうして誘われたのだ」

僧侶、おそらくあの神父の妻のダークプリーストがさらりと言った。
確かに。と私は思う。リュオさんが避けるのは使用人だけだろう。それに、台所には買い物に行かないと存在しないような調味料の類いがあった。
近くにある村にちょくちょく買い物にでかけているはず。
そうすると、多少の付き合いや交友関係はあったりするはずだ。

私の知らない友人。

そう思うと私の胸が少しチクリと痛んだ。

「で、ところでリュオさんはどちらに行ったんでしょうか『お客様』?」

それをごまかすように私は言った。お客様、の単語をありったけ強調して。
私はじとっと神父を睨む。
私はどうもこの人が信用ならない。そう私の本能が告げている。

「ああ、君の愛しのご主人様なら、足元だ」
それで神父が意味深な笑みを浮かべるので私は疑問に思いながらも下を見た。
瞬間、色々考えていたことが吹っ飛ぶ。

「りっ、リュオさん!」

私は思わず床に倒れていたリュオさんに駆け寄った。まず箒を近くの壁に立て掛け両手を空ける。そして彼を仰向けにしてから上体を抱き起こした。

彼の体には力が入っておらず、ぐたりと軟体生物のようになっている。
もちろん意識はない。それもそうだ。
服の胸の辺りに赤い液体が染みを作り、口からは同じく赤い液体が垂れていたのだ。

これは……





「これは――――




――――どれだけたくさんお酒を飲ませたんですか貴方たちっ!」

私は布巾をテーブルから取り、リュオさんの口元を拭く。漏れているのはおそらくワインを主とした混合液。
私はその作業をしながら未だに酒を飲む聖職者×2を睨んだ。
リュオさんからはアルコールの臭いが漂ってくる。
間違いなくあの二人に潰されたのだろう。
私も潰れるまで飲みたい。

「まあ、弱いとはしっていたがな。私たちの持ってきたワインやウィスキーを次々飲ませ、いや飲んでいるうちに倒れたのだ」

それに、こんな状態の時に君が来たら面白い事になりそうだったしな。と嗜虐的な笑みを浮かべながら神父が語る。

ウィスキーか。ワインだけでは絶対酔い潰れないはずと思っていたら、ウィスキーか。

はぁ、ウィスキー。

……飲みたい。

じゃなくて!

私はぺしぺしと頬を叩いて意識を元に戻す。いけない、私が酒気に当てられたら終わりじゃないですか。唯一素面なんですからっ!
そう思いながら私は神父を睨む。先に目を逸らした方が負けといわんばかりに視線と視線がぶつかった。

「……二人とも飲まぬのなら愚僧が全て飲んでしまうぞ」

ごちゃまぜ僧侶はそう言いながら悠々とグラスを傾ける。

「なに暢気に飲んでるんですかっ!」

私はリュオさんを片手で支えつつもう片方の手で床をばんばん叩く。
決して私の分も残して欲しいアピールではない。
リュオさんが潰れているのに飲んでいる事が頭にくるのだ。
そうです!そうであるはずです!久々に度数のキツイお酒飲みたいとか全く思ってませんから!

「う、うぅ」

私が床を叩いた音でリュオさんが唸る。しまった。むきになっている場合ではない。リュオさんをベッドに運ばなければ。

「貴方たち!私はリュオさんを部屋に運びますからその間変な事しないでくださいよ!」

私は神父に釘を刺す。
リュオさんには悪いですけど、リュオさんの友人でもあの神父は本当に信用できません。

「ふむ、ならば君が戻ってきた時なら変な事を――」

「もう、知りません!」

私はリュオさんを背負うと勢いよくダイニングから飛び出す。
すぐにリュオさんの部屋に向かった。ベッドに彼を寝かせる前にワインやらなんやらをこぼして汚れた上着を取り替える。
幸い、さほど汚れてはいなかったし上着だけだったので問題なく終わった。

「もう、あの神父は一体なんなんですか」

私は毛布をリュオさんに被せてからため息をつく。

「あれは下手すればダークエルフよりSですって」

ため息と共に悪態もついてベッドの空いたスペースに上体を預けた。
私は薄ぼんやりとしながら空中を見つめる。

「きっと真面目なリュオさんの事ですし、こんな事がない限り私に仕事なんて回ってきませんよね」

ぽつりと漏れ出た科白に思わず口を塞ぐ。
いけないいけない。私が暗くなってしまったらどうするんですか。
口角をきゅっと親指で上げながら私は自分に言い聞かせる。
従者は主人に暗い表情を見せないものですから。

私は体をひねってリュオさんを見つめる。
赤くなっていかにも出来上がっている状態でよくここまで飲んだものだと私は呆れた。

リュオさん……

そっと私は彼の頬に触れる。
アルコールでぐでんぐでんになっているせいか、リュオさんの顔は熱かった。

そのまま、無言で私は彼を見つめ続けた。

私もリュオさんの酒気に当てられたのだろうか。自分もなんだか暑くなってきた気がした。

……誰も見ていないし、リュオさんも起きてはいない。
それに起きていたとしても、記憶に残るかどうか怪しい酔い方をしている。

そんな状況が私の魔物としての本能を擽った。
いや、むしろ焦がす。焦がした。
私が彼と別れていた時間は十数年。しかし、燻っていた火種が狂おしいまでに燃え上がるにはさほど時間はかからなかった。
恋い焦がれると言う表現の通り、胸の内が熱く、苦しくなる。

キスでも―――してしまいましょうか?
今のうちに、私のモノだと印を付けてしまいましょうか?それか、いっそ階段を数段抜かしに駆け上がってしまいます?

そんな考えが頭をよぎる。
流されてたまるか。私はキキーモラだ。自分の都合で心に決めた人を襲い倒す淫魔じゃない。私は私の種族に誇りがある。

―――酔いすぎているから、どうせリュオさんは明日には忘れているでしょうし、それに今なら、無抵抗ですよ。
この人が小さくないトラウマ、抱えてるの知ってるでしょう?このままだと数ヶ月、いや、数年生殺しでしょうね。
同居ってだけで喜んでいたちょろい貴方はいつまでちょろいままでいられますか?
どうせ我慢出来ず押し倒してしまうのなら、さっさと堕ちてしまった方が早くありません?

私が私を誘う、誑かす。
嫌がる私に、キキーモラとして恋をして純粋に彼に使えたい私の耳に、魔物として彼を愛して止まない私が甘露を垂らす。

―――そうです、いいタイミングじゃないですか。
彼は動けない。ここは誰も見ていない。
それに、彼は今、いかにも『だらしない怠け者』のような雰囲気ですよ。
私が誇りに思うキキーモラの習性―――怠け者は食べてしまう―――ですね。
それにぴたりと当てはまるじゃないですか。ほら、躊躇う余地なんてありません。無いですよね?




ああ、そうです。




ついでにこのままリュオさんを縛り上げてしまうなんてどうです?
このままだとどうせお手伝いや奉仕なんてさせてくれないでしょうし、そうしましょうよ。
そうすれば、何から何までの世話、奉仕、お手伝い。何でもできますよ。

違う。違うっ!
それは絶対に違う!
私は首を横に振ったが、リュオさんの頬に触れている手が離せない。
手が鉛にでもなったかのように。
やはりこの声は私の望みのようで、抗いがたく、抗えない。

―――ふふ、それでいいんですよ。
結局私も魔物。メイドの意地だとか理想の使用人だとか完璧で瀟洒なキキーモラだとか、そう言う以前に、ね。
欲望に忠実に、願望の忠犬に、野望の忠僕になってしまえば楽ですよ。
そうすれば新しく展望が開けますから。
これは、堕落の一つのカタチです。
ほら、今いるお客様に堕落神に仕えているような神父さんいるじゃないですか。
あの人たちもきっと祝福して―――



―――お客様?



私ははっと我に帰る。
リュオさんの唇に近づいていた自分の顔を殴りつけて強引に離した。

私はキキーモラの使用人としての矜持をフルに使用して魔物の本能を駆逐しにかかる。

そうでした、私はお客様を待たせているじゃないですか。
私は戻ってくるまで変な事をするなと釘を刺したじゃないですか。
そう言った以上、いくら苦手なお客様とはいえ、待たせるのはいけません。
私はキキーモラです。何より私はリュオさんの力になることを望んでいます。
リュオさんの事を支えられるキキーモラになるために色んな所で修行したじゃないですか。
その努力を無駄にするわけにはいきません。
自分で自分の行為に泥を塗るだけでなく、私が師事した方々にも失礼です。

という訳で接客に戻りましょう!

それに不謹慎ですが、リュオが酔って倒れたお陰で―――

―――皿洗いとか後片付けとかお仕事出来るじゃないですかやったーっ!


私は無理やり頭の中で色々と展開し魔物的な欲求とは別の欲求で心を満たした。
副作用でふんすふんすと鼻息を荒げながら部屋を飛び出す。
さっきまでお腹が空いていた事はもう頭の外に飛んでいって今はお仕事しか考えられない。

まず、さっき剥ぎ取った汚れている上着をどうにかしないといけなかったのですが、とりあえず水入りの桶につけて放置。
それで待たせているあの人たちの所へと直行した。

「只今戻りましたっ!」

「お、戻ったか」

「戻ったな」

「へ?」

扉を開けて私は固まった。なぜなら。

「な、なんで貴方たちがお片付けしてるんですかぁっ!!」

目の前にはあの胡散臭い神父と変わり者のダークプリーストが片付けをしている光景が映ったからだ。しかも、もう完全に片付いたテーブルの上を拭いている状態で。
あれだけ飲んでいたにも関わらず、微塵も酔った様子は無い。
私は泣きたくなってへたりこんだ。
それを見て神父が愉快そうに言う。

「ふむ、かれこれ二時間も戻って来ないものだからよろしく向こうでやっているのかと思ったのだが。どうして片付けているのか、それはだな、そろそろ帰らねばならないからだ。立つ鳥は後を濁さないものだ」

きっと、この人は全力で私をからかっている。そうとしか思えない。私が仕事を楽しむキキーモラと知っていながらっ!

酔った家主の代わりに後始末をし、帰るというのは非常に良いこてなのだが・・・
くうぅ、と悶える私に作業を終えたダークプリーストが声をかけてくる。

「何か悩み事があるのか?あるならば愚僧修行中の身であるが助言いたそう。もし、色々と人に言えない事を吐き出したいならば我が教会にはしっかりした懺悔室があるぞ」

と力説。
彼女の目はダークプリーストにしてはキラキラとして澄んでいた。
普段ならば、その聖人君子のような雰囲気に流されてしまうのだろうが今はもう、

「余計なお世話ですっ!」

と言い返す事くらいしか頭に浮かばなかった。

神父が丁寧に布巾を畳んだ時にはもう、無気力と憂鬱が私を覆っていた。

それでも最後の気力を振り絞りこの二人を玄関まで見送る。

夜空は満点の星だった。ぼんやり見ていると私を罵倒する文字列が星座として浮かび上がってきそうだった。

放心状態の私に今日はありがとうとリュオに伝えてくれ、と神父が言ってからはっとその存在を思い出す。

「私はレグリル・ワードリッジだ。式を上げる時は是非我が教会で」

「拙僧は大陸ではルマト=マルルと名乗っているぞ。ヘスティー殿」

二人は綺麗なお辞儀をしてから夜の闇の中に消えていった。
……私の名前を知っているのはきっとリュオさんが話したからでしょうか。

はあ、と私はため息を漏らした。

それから懐中時計を開く。

ザ・夜中であった。

私はとぼとぼとダイニングに戻る。
非常に綺麗に片付けられたそこは私でも手の施しようが無いほど整理されていた。
ケチのつけようのない家事テクニックを目に私は歯噛みする。

お皿っ!お皿は洗われていないかも。

と厨房に入るが、絶望した。
食器、調理器具全てが洗われて水気を拭き取られて元あったと思われる場所に片付けられた後。

「ぎ、ぎぶみーわぁーくすっ!
わぁーくすっ!」

嘆くが仕事は出てこない。

こきゅるるる。

腹の虫はしゃしゃり出る。

まさに悪夢だ。ナイトメアさんに冤罪だと言われてもいいからクレームをつけに行きたい気分になった。

そう言えばまだ夕飯食べていない。
私はそう思ったが、もう夜遅い。もし食べてしまったら明日の朝食を食べられなくなりそうだ。

私は丁寧に残してある私の分の夕飯に蓋を乗せ、隅に置いてあった魔力式冷蔵庫に入れる。

それから黙れ!私のお腹の虫っ!
と私はお腹を少し強めに叩いて悶絶。
本当にすることがないので、そのまま私は自室に入り寝ることした。

明日は何か手伝えますように。
14/02/09 10:40更新 / 夜想剣
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■作者メッセージ
さて、夜想剣です。
今回もお読みいただきありがとうございます。
今回は何時もより少し短めでした。

最近上手く集中できずぼけっとしてしまうのでなかなか執筆ができないんですよねぇ。

さて、それはさておき

ヘスティー、結構暴走しっぱなしで大変な事になってたりします。

初めはキキーモラさんの画像を見て

1・絶対にこの箒の中に何かある。

となり

2・真面目なメイドさん書ける気がしないから明るく軽い感じでいこう。

となり

1+2=3・じゃあ、割烹着着ててマジカルでアンバーなあの人を少しイメージして書こう



あ あ な っ た。


どうしましょうか。
なかなかに暴走してくれますよあのキキーモラ。

わりと設定と性格を与えてしまえば、キャラって作者の手を離れて勝手に動き出す物ですが……

本当に暴走してくれますよあのキキーモラ。どうしてくれようかってくらい。書いてて最高に楽しいからいいのですが。

初期設定ではもう少しテンション控えめだったのに。
いっそのこと、このままネタキャラと化してしまえばいいのか!そうか!

と。思っていたり。






今まで小説は携帯で書いてメールでタブレット端末に移して投稿していたのですが

その携帯が現在壊れそうでやばかったりします。
もし壊れてしまったら更新かなり送れるかもしれません。

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