経緯、再会、怒り
これは、時を遡ること一週間以上前からの日々の出来事……。
〜〜〜(名も無き孤島)〜〜〜
「……そう怖がるな。一瞬で終わる」
「待ってくれ!この子達は関係ない!頼む!止めt」
「うっせぇんだよ!」
バァン!
「ひっ!」
「…………」
「…………」
「……あ……あれ?痛くない……?」
「……ま、まさか……撃たれてない?」
「ル、ルミアス君!リズさん!大丈夫かね!?」
「え、ええ……」
……あいつらみんな、撃たれると思い込んでいたのだろう。だが、それは勘違い。俺はアルグノフも、後ろのエルフ二人も撃っていない。
「おい、後ろを見ろ。危ないところだったな」
「え?」
俺はアルグノフたちの背後を指差した。
「う……うぁ……」
「な!?こ、こいつら何時の間に!?」
そこには、俺の左腕のマシンガンで撃たれて、肩口から血を流して身悶えている男がいた。その右手にはダガーナイフが握られている。憶測だが、後ろからエルフたちを襲うつもりだったのだろう。
「いや待て!どういう事だ!?何故味方を攻撃したのだ!?」
「何を誤解している。俺は船のクルーの名前と顔は全員キッチリと憶えているが、少なくともこれだけは言える。そんな奴、俺の船には乗ってない」
「なに!?それでは……味方じゃないのか!?」
「言っただろ?そこのド阿呆を片付けるってな」
俺は左腕の銃口から湧き上がる煙に息を吹きかけて消した。
「ガロ、その野郎を海に捨てろ」
「御意!」
俺の命を受けたガロは、機敏な動作で男の元へ近寄った。そして……。
「忍法!風遁螺旋昇!!」
ビュゥゥゥゥゥゥゥ!!
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
強力な竜巻が発生し、男の身体が海の彼方へと吹き飛ばされ、哀れにも頭から海へと沈んでいってしまった。
「い、今のは……!?」
「中々良いだろ?ガロは幼少時からジパングにて忍者の修行を積み重ねてきた、正真正銘の忍びだ。尤も、今はアサシンだがな」
「……恐れ入ります」
ガロは俺に向かって深々と頭を下げた。
「さて……そんな事よりも、早速だがアンタらには今すぐ俺と共に来てもらおうか」
「……何故だね?」
「アンタらを助ける為……そして、奴の作戦を阻止する為だ」
「奴?」
俺は以前、ベリアルがまた良からぬ事を企んでると聞いた。なんでも、ドクター・アルグノフとか言う医者の誘拐を目論んでるとの事。詳しくは知らないが奴らの狙いがあの爺さんならば、俺らが先にアルグノフの身柄を確保しようと思い至り、この島へ来たのだった。
「詳しい話は後だ。今は時間が無い。とにかく、ジェノバ海賊団が来る前に付いて来な」
「ジェノバ海賊団?」
「アンタらを追いかけていた野郎共のことだ。俺らにとってもあいつらは敵だ。奴らの手から逃れる為にも、一先ず俺の指示に従ってくれ」
「……君を信用しろと?」
「……約束する。アンタらに危害は加えない。だから一緒に来てくれ」
後を付いて来るように手招きすると、アルグノフは真偽を見定めるように目を細めた。その後ろにいるエルフ……確か、ルミアスとリズだったか。その二人はどうすればいいのか戸惑った様子を見せている。
面倒だな……変に疑わないで付いて来てくれると助かるってのに……。
「……ん?」
ふと、何者かの視線を感じて、反射的にその方向へ視線を移した。
そこには、島の木々の枝に身を隠している二人の男が……って、まさか!
「伏せろ!!」
「え!?」
バァン!バァン!
「きゃあ!!」
ルミアスの悲痛な叫びは二つの発砲音によって掻き消された。
「ル、ルミアス君!」
「ルミアス!!……ああ、なんて事!血が……血が……!」
「だ、大丈夫。掠っただけみたい……」
苦痛の表情を浮かべながら腕を押さえてるルミアス。その二の腕辺りから鮮血が腕を伝ってポタポタと砂浜に滴れ落ちていた。
あの出血量を見るからに、本人の言うとおり掠っただけだろう。だが、気付くのが遅すぎたのは俺の不覚……。
「テメェら……このアホ共がぁ!」
島の木々に向かって左腕のマシンガンを乱射した。
「うぁっ!」
「ぎゃあ!」
すると、一本の木から二人の男が悲鳴を上げながら落ちてきた。二人とも右腕にはライフルを持っている。
あいつらはベリアルと同盟を組んだジェノバ海賊の船員だろう。だとしたら……他の船員ももうすぐ此処まで来る!
「うぉぉぉぉ!ドクター・アルグノフを捕らえろぉ!」
「奴らに逃げ場は無い!必ず取り押さえるんだ!」
早くも予感が的中した。島の奥からジェノバ海賊団と思われる野郎共の雄叫びが聞こえてきた。
もう来たのかよ……こちとら疑い深い爺さんたちの説得に手こずってるってのに。
「くそっ!もう此処まで来たのかよ!」
「お館様!こうなれば無理にでも連れ込むしかないかと!」
「そうだな、悠長に話してる暇も無い!」
奴らがすぐそこまで近付いてるんだったら、強引にでもアルグノフたちを船に乗せるしかない。この爺さんが奴らに捕らわれたら、それこそお仕舞いだ。それだけは、何としてでも止めなければ!
「しゃあない!先ずは急いで船に戻って……」
「お〜い!おやっさ〜ん!僕だよ〜!」
突然、上空から元気な女の子の声が聞こえた。
間違いない……そいつは俺の部下の声だ!
「ラピリア!」
上空からドラゴン族の翼を羽ばたかせて、黒髪の少女が俺たちの前に降り立った。
自分の事を僕とか言ってるが、こいつは紛れも無いワイバーン。俺たちの仲間、音楽家のラピリアだ。
「お待たせ、おやっさん!僕たちの船を此処まで連れて来たよ!」
「おお、間に合ったか!」
「うん!ほら、あれ見て!」
ラピリアはワイバーンの腕を海の方角へ向けた。そこには、牙を剥き出しにした獅子の船首の海賊船がこっちに向かって進んでいた。
俺の海賊船、ゴールディ・ギガントレオ号だ。どうやら、作戦通り俺の海賊船を此処まで誘導してくれたようだ。
「よし、此処まで来てくれたらもう大丈夫だ!ラピリア、此処にいる爺さんとエルフの親子を頼んだぞ!船まで乗せて行ってやれ!」
「オッケー!」
仲間たちとも合流できたし、後は爺さんたちを避難させて、ジェノバ海賊団を壊滅すれば、作戦成功だ。
「おうアンタら、早くラピリアに俺の船まで乗せてもらえ!後の事は部下に頼んである!騒ぎが収まるまで、俺の部下に匿ってもらっとけ!」
「…………」
くっそ、まだ警戒してるのかよ。じれったいな……。
と、思った瞬間。
「……ええ、お願いします!」
「ルミアス!?」
先陣切るようにルミアスが一歩前に出た。
ほう……その目、どうやら信じてくれてるみたいだな。
「ほら、お母さんも先生も、一緒に行こう!」
「ルミアス……」
自ら手を差し伸べたルミアス。しかし、リズも爺さんも未だにどうするべきか迷っている。そんな様子を見て痺れを切らしたのか、ルミアスが声のボリュームを上げて言った。
「迷ってる場合じゃないよ!この状況で一つだけ言えるのは、何としてでも奴らから逃げなければならない事でしょ!それに、今はこの人たちに頼れば必ず助かる!こんな所でグズグズしていたら、此処まで逃げてきた意味が無くなっちゃうじゃない!」
「…………」
ルミアスの発言を聞いたリズと爺さんは、それぞれ意を決したような表情を浮かべて小さく頷いた。
「そうね……分かったわ!貴方が行くなら、私も一緒よ!」
「ああ、私もご同行願う!」
やっと付いて行く気になってくれたようだ。さて、残すところは……。
「ガロ、いっちょ気合入れて行くぞ」
「承知!」
そう……これからやってくるジェノバ海賊団の連中の掃除だ。
二度と爺さんの後を追えないように、キッチリとねじ伏せてやらないとな。
「さぁて……ぼちぼちやるか!!」
この瞬間から始まった、ジェノバ海賊団との激しい戦闘。
結果は……言うまでもなかった。
〜〜〜(ゴールディ・ギガントレオ号)〜〜〜
「う〜っし!終わったぁ!楽勝だったな!」
「お見事でございます」
「いやいや、お前らもようやってくれたよ!」
ジェノバ海賊団との戦闘は驚くほど楽勝だった。下っ端どころか、船長まで雑魚レベルだったとは、ある意味拍子抜けだ。ベリアルと手を組んだ海賊だと聞いたからどれほどの実力かと思ったら、この有様だ。
ま、あんな奴らは海賊じゃなくて海の魔物娘の夫として暮らす方が良いだろう。あんなんじゃ放っておいても自滅するのが目に見えてる。
「さてと、敵も倒した事だし、ちょいと休憩でも……」
「船長〜!ちょっと助けて〜!」
「……ん?」
すると、背後から慌てた様子でラピリアが駆け寄ってきた。
「どうした、そんなに慌てて?」
「えっとね、なんかね、ルミアスって子が泣きじゃくっちゃって、どうしたらいいか分からないんだよ〜」
そういやルミアスたちの身を任せておいたんだった。
だが泣いてるとは……一体何があったんだよ。これ以上のトラブルは御免だってのに。
「で、ルミアスはどこにいる?」
「船尾の隅の方で座り込んじゃってるよ」
「分かった。そっちへ行こうか」
とりあえず様子を見るため、俺はラピリアを連れてルミアスたちの下へと向かった。甲板から船尾への、普通の船とは比較的長い通路を歩き、船の最後尾に着いた。
「うう、ひぐっ!ふぇぇぇぇぇん!」
「よしよし……もう泣かないで」
そこで目にしたのは、ペタンとその場にへたり込んで子供みたいに泣くルミアス。慰めるようにルミアスを抱きしめるリズ。そして複雑な表情を浮かべながら二人を見守るアルグノフの姿だった。
「……おう、どうした?」
「あ、あなたは……えっと……」
「ドレークだ」
「ドレークさん、それが……」
リズは徐にルミアスへと視線を移した。
見る限りルミアスに何かあったようだが……。
「どうした?具合でも悪いのか?」
「ひくっ……うぅ……」
ルミアスの傍へ歩み寄り、目線を合わせるように片膝を付いて話しかけると、ルミアスは涙で潤んだ瞳を俺に向けて来た。
そう言えば……島で敵の海賊に腕を銃で撃たれてたな。掠っただけだと思っていたが、今になって急に痛くなってきたか?
「もしかして、腕が痛いのか?」
「…………」
ルミアスはフルフルと首を横に振ると、怖ず怖ずと右腕を差し出した。二の腕辺りには包帯が巻かれているが、その部分に弾が掠ったのだろう。
「私の……ブレスレットが……」
「ブレスレット?」
ルミアスが指差した箇所へと視線を向ける。
そこには綺麗な銀色のブレスレットが……ん?
「……あっちゃぁ……こりゃひでぇ……」
「弾の痕が……」
確かに綺麗だが……ちょっと、いやかなり酷い状態になっていた。その綺麗さを台無しにするように、ブレスレットの表面に弾痕がくっきりと残っている。
そういやあの時、敵は銃を二発撃ってた。その内の一つがブレスレットに直撃したのだろう。
「ひぐっ……大事にしてたのにぃ……うぇぇぇぇぇん!」
「ルミアス、もう泣かないで。ブレスレットは残念だけど、命が助かっただけでも良かったじゃない」
「だって、だってぇ!」
またしてもルミアスが声を上げて泣いてしまった。
この半端なく伝わる悲しさ……そんなに大事なものだったんだな。
「私の……私の恋人がくれた大切なブレスレットだったのに……ううぅ……」
「……恋人?」
こいつ、恋人なんていたのか?
「折角ヘルムが買ってくれたのにぃ!うぇぇぇぇぇぇん!」
「!?」
……ヘルム!?今、ヘルムって!?
ヘルムってまさか……あいつか!?あいつのことか!?
いや、あいつとも限らないが……にしても……。
「うう、ひぐっ!ぐすっ……!」
……ああくそっ!参ったな……目の前でこんな泣かれたら放っとけねぇじゃねぇかよ畜生……。
……しゃーない。俺が一肌脱ぐか。
「大丈夫、俺に任せろ。そんな痕、俺が直してやるよ」
「……ふぇ?」
安心させるように俺の胸をドンと叩く仕草を見せつけた。そんな俺の姿を見て、ルミアスは涙で湿った目を丸くする。
「俺ならそのブレスレットを直せる。こう見えて金属の扱いには慣れてるんだ。ひとまず、俺に預けてくれないか?」
「……直せるの?本当に?」
「ああ、本当だ。絶対に直して見せる」
ブレスレットを渡すように手を差し伸べたが、ルミアスは少々困惑した面持ちを浮かべた。
俺は金属を自由自在に操る魔術を扱える。見たところルミアスのブレスレットは特殊な金属を使用しているようだが、弾痕を消すくらい簡単にできる。
「……盗ったりしない?」
「盗らねぇよ。直ったらちゃんと返す」
「ホント?」
「ホントだ。約束する」
何度も念を押すルミアス。それに対して俺はジッとルミアスの目を見てハッキリと即答した。
「……絶対返してよね?約束だよ」
「ああ、絶対だ」
そして俺を信じる気になったのか、ルミアスは腕からブレスレットを外し、俺に手渡した。
この反応……本当に大切なものなんだな。
全く、幸せ者だよ。そのブレスレットを買ってやった野郎はな。
……つってもヘルムって言ったらあいつしか思い浮かばない。
まさか……もしかしたら……そのまさかか?
まぁいいか。また後で確かめればいい。
=========================
「これはあいつが身に着けてたブレスレットだ。見たところ、相当の価値がありそうな逸品だがな。上手くやれば高値で売れるだろうよ」
「あいつ……ああ、なるほど。ルミアス……でしたね」
「そうだ」
「……お館様」
「ん?」
「……まさか、本気で売るつもりでは……?」
「ド阿呆!んなわけねーだろ!例えばの話だ!人さまのものを勝手に売るとか、馬鹿がやることだ!」
「……なんとも海賊らしくない発言でございます」
「まぁな」
翌日……船長室にて大きな椅子に腰かけ、広い机に足を掛けながら、ルミアスから預かったブレスレットをガロに見せていた。
そしたら売るつもりかと訊かれたが、当然ながらそんな気は一切無い。今言ったのは例えばの話で、俺は約束通りルミアスに返すつもりだ。
コンコン!
「おじさーん!いるのー!?昨日預けたブレスレット、返してほしいんだけどー!」
「お?」
ドアのノック音に続き、扉の向こう側から女の声が聞こえた。
あれは……ルミアスか。さては待ちきれなかったんだな。
「おう、開いてるから入ってきな!」
「失礼しまーす!」
「お邪魔します」
扉が開かれ、ルミアスとリズが部屋に入ってきた。やっぱりルミアスはブレスレットが待ち切れなかったようだ。入ってきた途端に物を強請るような視線を向けてきてる。
「どうもすみません。急かしてはいけないと娘に言い聞かせたのに上がりこんでしまいまして……」
「別にいいさ。寧ろ渡しに行く手間が省けた」
「渡す……ってことは、直ったの!?」
「おう、見てみろ」
弾痕を消して元通りにしたブレスレットをルミアスに見せる。その瞬間、ルミアスの表情が一気に明るくなった。
「え!?え!?嘘!ホントに直った!すごい!」
ものすごく嬉しそうな笑顔を浮かべながら迫ってくるルミアス。そしてキラキラと目を輝かせながらブレスレットを見つめた。
こんな嬉しそうな笑顔を見せられると、直した甲斐があったってもんだ。
「言っただろ?絶対に直して見せるってな。俺は絶対に約束を破らないんだよ」
「わぁ……ははっ!やったぁ!私のブレスレット!」
俺からブレスレットを返してもらったルミアスは、まるでおもちゃを買ってもらった子供みたいにピョンピョンと跳ねた。
元気になってくれて何よりだ。良いことした後は気持ちがいいな。
「ありがとう!これ、すっごく大切な宝物なの!傷ついちゃった時はどうしようかと思ったけど、直ってよかった!ありがとう!ホントにありがとう!」
「はは、役に立てて何よりだ」
「……私からもお礼を言わせてください。この度は、私と娘、そしてアルグノフ先生を助けてくれて、ありがとうございました」
「礼なら俺だけじゃなくて、他の連中にも言ってやりな」
「はい」
ルミアスは右手首にブレスレットを嵌めて、とびっきりの笑顔を浮かべながら何度も頭を下げてくる。リズもご丁寧に深々と頭を下げて感謝の意を述べてきた。
「……ところでよ、アンタに聞きたいことがあるんだ」
「ん〜?なぁに?」
俺が話を振ると、ルミアスはニコニコ顔を向けてきた。大切なブレスレットが元通りになって機嫌が良くなったのだろうか。
まぁ、俺が聞きたいことってのは……そのブレスレットに関係のあることなんだがな。
「昨日……ヘルムって言ったよな?」
「……え?ああ、うん、言ったような……」
そう……俺が聞きたいのは、昨日ルミアスの口から出てきた、ヘルムとかいう奴の名前のことだ。
もしかしたら……俺も知ってる奴のことなのかもしれない。
「そのヘルムってのは誰だ?」
「ああ、ヘルムは私の恋人なんだ!このブレスレットはね、ヘルムが買ってくれたんだよ!」
「……なぁ、もしかしたらよ……」
それで、肝心なのは、そのヘルムって奴のことだ。
「そいつさ、結構賢かったりする?」
「……え?」
「そのヘルムって奴、勉強と読書が趣味だったりするか?」
「え?え?」
戸惑い……と言うより図星だな、これは。
なんで知ってるの?と、顔に分かりやすく書いてある。
「なぁ、違うか?」
「え、その……合ってるけど……」
そうか、合ってるか。
今のところ、俺が知ってるヘルムと共通している。
「じゃあさ、そいつ、海賊だったりする?」
「へ?」
「しかも、副船長なんじゃないか?」
「へ?え、な、なんで……」
「どうだ?合ってるか?」
「う、うん……」
……やっぱり……そうか……そうなのか!
「そいつはカリバルナ出身だろ?そこで生まれ育った男なんだろ?」
「へ?え?え!?」
「そいつのフルネームは……ヘルム・ロートルだろ!?」
「……なんで知ってるの……?」
この返答……まさに肯定の証。
やっぱりそうだったのか!ルミアスにブレスレットを買ってやったのは、あのヘルムだ!
「……そうか……間違いないな……!」
こいつは驚いた……まさか、こんな形であいつの恋人と出会うことになるなんて。
当初の目的はドクター・アルグノフの身の安全の確保だったのに、なんという展開だ。
「お、おじさん!ヘルムを知ってるの!?ドレークおじさんって、ヘルムの知り合い!?」
ルミアスの方も、俺が次々とヘルムの特徴を言い当てたのに驚きを隠せないでいるようだ。
「ああ……知ってるさ。しっかしまぁ……」
「?」
懐かしいなぁ……こんな所であいつの名を聞くなんてなぁ。
元気にしてるかねぇ……。
「……ヘル坊……」
「……え?へ、ヘル坊?」
「ああ。ヘルムのヘルに、坊やの坊を付けて、ヘル坊」
ヘル坊ってのはヘルムのことで、俺が勝手にそう呼んでるだけだ。あいつが大人になった今でも、ガキだった頃の名残からそう呼んでいる。
「ヘル坊って……そう呼ぶってことは、結構知ってるの?ヘル坊……じゃなくて、ヘルムのこと」
「そうだな……ヘル坊は俺の息子の幼馴染なんだ。あいつがまだ赤ん坊だった頃からよく知っている」
「あ、赤ちゃんの頃から!?」
実のところ、ヘル坊がまだ赤ん坊だった頃から知っていた。ある意味、あの坊やとも長い付き合いだ。
「あの……息子の幼馴染と言いましたけど、あなたにも息子さんがいるのですか?」
リズが話しかけてきた。
そう、今話した通り、俺には息子がいる。その息子はヘル坊の親友で、結構長い付き合いだったりするが。
「ああ、キッドって名前でな、俺と同じように海賊をやっている」
「……え!?キッド!?」
「?」
……どういう訳か、息子の名前を聞いた瞬間、ルミアスとリズは大きく目を見開いた。
この反応……まるでキッドを知ってるかと思われるが。
「お、おじさん!おじさんって、キッドのお父さんなの!?」
「あ、ああ」
「そのキッドって、カリバルナの海賊!?」
「そうだな」
「で、船長やってるの!?」
「やってるな」
「お肉が好物!?」
「好物だな」
おいおいおい、ことごとく息子の特徴を当ててやがる。これ絶対知ってるな。
「なんだ、キッドを知ってるのか?」
「う、うん!私ね、魔物の魔力が身体に染み付いた所為でお母さんと一緒にエルフの里から追い出されたんだけど、そこを助けてくれたのがキッドだったんだよ!」
「なに?それマジか?」
「うん!その時にヘルムと初めて会ったの!それからカリバルナまで送ってもらって、その後にヘルムと仲良くなって、恋人になったんだ!」
俺の知らないところでそんな事があったのか。
……とりあえずキッド、よく助けた。
「ビックリしたぁ……まさかドレークおじさんがキッドのお父さんだったなんて……」
「俺だって驚いたよ。まさかうちの息子と面識があったなんて」
「ええ、キッドさんには色々とお世話になりました。ヘルムさんと一緒に、私たちを支えてくれたのです。里を追い出された私たちに協力してくれて、本当に感謝しています」
「はは、そうかい」
しっかしまぁ……よりによって息子と縁のある人物と出会うとはな。いや、実際に関わりが深いのはヘル坊だろうけど。
それにしても……キッドもヘル坊も、ルミアスとリズのために助力してくれたんだな。結構良い気分だ。
「ふふ……お館様、やはり若様は、お館様のように素晴らしい御仁に成長なされたようですね」
「ああ、ヘル坊もな」
先ほどまで黙って話を聞いていたガロは、仮面の下で嬉しそうに微笑んだ。
ガロが言ってる若様ってのはキッドのことだ。実を言うと、ガロはキッドがまだガキだった頃から知っていて、昔はよく俺の代わりにキッドの面倒を見てくれていた。
キッドが大人になって、海賊を始めた今でも大切に想ってくれている。ある意味、もう一人のキッドの保護者とでも言うべきだろう。
「あ!ねぇねぇ、おじさん!おじさんって、ヘルムが赤ちゃんだった頃から知ってるんでしょ!?」
「ああ、そうだな」
「よかったらさ、ヘルムが子供の頃だった話とか、聞かせてくれるかな?」
「ほう、やっぱり興味あるか?」
「うん!」
「ルミアス、ドレークさんを困らせちゃダメよ……」
「いいんだ、気にするなよ。俺もちょうど、昔話をしたいと思ってたんだ。俺が知ってることなら何でも話してやる」
「ホント!?ありがとう!」
目をキラキラと輝かせながらヘルムの話をお願いしてきたルミアス。その様子を見たリズは申し訳なさそうにしていたが、俺としては寧ろ話したいと思っている。
「うっし!じゃあ何から話そうかな……なぁ、どんなのが聞きたい?」
「どんなのって……じゃあさ、ヘルムの恥ずかしいエピソードとかは?」
「お、あるぞ。飛びっきりのがな」
「おお!それは気になるね〜!聞きたい!」
「……聞きたいか?」
「うん!」
「よし、いいだろう」
……わりぃなヘル坊、これも親睦を深めるためだ。勝手ながら暴露させてもらうぜ。
「あれは……あいつが5歳だった頃になるがな……」
「うんうん!」
……と、ここまでは割愛っと。
そんなこんだで、キッドとヘル坊の昔話によって盛り上がった。
ルミアスは物凄く興味深そうに何度も頷き、時には笑い、時には涙ぐみ、とにかく俺の話を楽しんでくれた。
リズも同様に興味を持ってくれたようだった。特にリズは親としての立場を共感してくれたのか、何度も頷いてくれた。
「えへへ……ドレークおじさんって、やっぱり良い人だったんだね!」
「おいおい、そんなあっさり信じていいのか?本当は悪いおじさんかもしれねぇぞ?」
「あら、悪い人でも構いませんよ。その……カッコいいですし」
「なんか言った?」
「へ!?い、いえいえなんでもないです!」
「……はは〜ん……お母さん、もしかして……」
「な、なんなのルミアス!そんな目で見て!」
「べっつに〜♪やっぱりお母さんも……ねぇ?」
「ねぇってなんなの!」
「……ははは!仲の良い親子だな!」
そして気付いた時には、俺たちの距離は一気に縮まった。
これもキッドとヘル坊と言う、互いに想い入れのある人物の存在が大きい。それぞれ同じ人物を慕う者同士、共感する点が多いお陰で、親しくなるのに長い時間は必要無かった。
何はともあれ、この二人とは仲良くなれそうだ……。
=========================
「ドレークおじさん……今すぐ私と勝負よ!」
「はぁ!?」
……これからべリアルの奴を抑えるためにトルマレア王国への殴りこみを始めようとしたら……。
ルミアス、お前は一体何を言い出すんだ?
「……おいおい、ちょっと意味が分からんぞ。なんでいきなり勝負なんだよ?」
「私、おじさんにお願いがあるの!それを聞いてもらうために勝負するの!」
「ますます意味が分からん」
お願いがあるなら普通に言えばいいのに。
「だって、おじさんはちょっと前に言ったでしょ!?海賊に物事を要請するなら力尽くでねじ伏せてみろって!」
「……あ〜……あれか……」
ルミアスが言ってるのは、つい数日前に起きた海戦のことか。
確かにあの時の素人海賊共との戦闘で、俺はそう言った。敵がお宝とか食糧とかを寄こせなんて戯言のお返しに言い放ったんだ。
ただ……あれはただの挑発で、そんなに深い意味はない。
「ちょいと誤解してるぞ。あれは嘘だとは言わないが、何もねじ伏せる必要は無い。あれはただの挑発の意味で言ったんだ。別に海賊の世界において、そういったルールは無い」
「……え?そうなの?」
「そうだ。そもそも、お願いがあるなら最初から言えばいいじゃねぇか。何もわざわざ戦う必要なんてないだろ?」
「……よ、よかったぁ……」
ルミアスは身体中の力が一気に抜けたように、その場にペタンと座り込んだ。
どうやら、完全に俺と戦う覚悟を決めてなかったようだな。一気に安心したのだろう。俺だって、そんな理由でこの子とは戦いたくない。
「……で、そのお願いってのはなんだ?言ってみろ」
「う、うん」
ルミアスはその場からゆっくりと立ち上がった。
「あのさ、これからトルマレア王国って所へ戦いに行くんだよね?」
「そうだが?」
「そこに、ヘルムたちもいるんでしょ?」
「……何故知ってる?」
確かに俺たちは、これからトルマレア王国へ殴りこみに行く。そこにキッド率いる海賊団が居合わせているのも把握済みだ。
だが、俺はまだそのことをルミアスたちには教えていない。何故そのことを知っているんだ?
「ラピリアが教えてくれたの!そこにヘルムたちがいるって!」
「……あいつめ、余計なこと教えやがって」
どうやら、ラピリアから聞かされたようだ。俺としては、ルミアスたちに余計な不安を抱えさせないように黙っているつもりだったが。
……まぁ、俺も部下たちに、このことを黙っているように釘を刺してなかったから文句を言える立場でもないがな。
「それで私、ヘルムが危険な場所で戦っていると思うと、居ても立っても居られなくなって……」
……なるほど、大体読めてきた。恐らく、ルミアスが言う頼みってのは……。
「お願いおじさん!私も一緒に戦わせて!ヘルムを助けたいの!」
……やっぱりな。そうだと思った。
だが、そう簡単に了承できない。今回ばかりはスケールが違うんだ。一国を巻き込むほどのデカい戦いになる。ましてや相手はあのべリアルだ。本当に心から覚悟を決めないと命を落としかねない。
「気持ちは分かるが、今回の戦いはお前が思ってる以上に危険だぞ。今まで見てきた海上戦とは大違いだ」
「そんなの分かってる!一国が巻き込まれるほどの戦いなんでしょ!?普通じゃないことくらい十分理解してる!」
「それでも行くってのか?一歩間違えれば、お前だって命を落とすかもしれねぇぞ?」
「危険だってことも分かってる!それでも……」
ルミアスは、今まで見せたことも無い真剣な表情を浮かべ、まっすぐな目を向けて言い放った。
「それでもヘルムに会いたい!危険なのも覚悟の上よ!ヘルムを……大切な人を助けたいの!」
「…………」
……明るくて可愛い子だと思っていたが、こんな勇ましい一面もあったとは。
その目から感じる強い意志は紛れもない決意の証。どうやら俺は、この子を見くびっていたようだ。
「お言葉ですがルミアス殿」
と、さっきまで話を聞いてたガロが口を割ってきた。
「お気持ちは分かりますが、ここは我々にお任せいただきたい。貴女がヘルム氏を想っているのなら尚更です。仮にも貴女の身に何か起きたらヘルム氏に合わせる顔が……」
「ド阿呆が、野暮なこと言ってんじゃねぇよ!」
「お館様?」
ガロの言いたいことは分かるし、間違っちゃいない。だが、ここまで頼みこまれて突き返すのは野暮だ。
「……いいぜ。そこまで言うならがんばりな」
「ホント!?ありがとう!」
俺は、ルミアスに戦場へと赴く許可を与えた。
「お、お館様!よろしいのですか!?」
「ああ、ここまで頑なに言ってるんじゃあ、どうせ断っても無駄だろう。こうなったら寧ろ好きにさせた方がいい」
「……仰せのままに」
ガロは驚愕の反応を示したが、結果的には賛同の意を示した。
「……ただし!俺もガロも、ましてや他の野郎共も、いちいちアンタに構ってやれる余裕は無いんだ!戦いに行くのは勝手だが、自分の身は自分で守れ!それができなきゃ死ぬだけだ!それでも行くんだな!?」
「……行く!絶対に!」
揺るぎない発言。やはり今更止めようとしても無意味のようだ。
「よし!ルミアスちゃん、がんばれよ!全力でヘル坊を助けてやれ!」
「うん!」
〜〜〜(現在)〜〜〜
「おら、早くかかって来いってんだよ!」
「……おのれ……ドレーク!」
仮面の裏で怒りの表情を浮かべているであろうべリアル。だが、家族に手を出されて怒り心頭となっている俺には、脅しにも威圧にもならなかった。
「お義父様……なんてお強い……!」
「ああ、親父は強いよ。俺もガキの頃から、親父から武術を習ったんだ」
離れた位置から見守ってくれているのは、俺の息子とその嫁さん……キッドとサフィアだ。
他にも赤いドラゴンとかワイトとか人間の男とかが居るが……まぁいいや。息子と義理の娘以外の連中には興味無い。
バシュッ!
「お館様!」
「おう、ガロ!みんなやっと来たか!」
そこへ、風の音と同時にガロが姿を現した。
「たった今、我らの仲間たちが戦闘を開始しました!」
「一緒に来た連合軍の仲間はどうした!?」
「ははっ!タイガー海賊団、フォックス海賊団、そしてデイビー海賊団!三つの海賊団も上陸しました!」
「よし!」
どうやら、連合軍の海賊たちも無事に来てくれたようだな。
人虎、武田菊恵のタイガー海賊団。
妖狐、フェリスのフォックス海賊団。
クラーケン、リティアのデイビー海賊団。
魔物娘が船長を務める海賊団が来てくれるのは頼もしい限りだ。この戦いでも活躍が期待できる。
「ガ、ガロ!ガロなのか!?」
「お久しぶりでございます、若様。このガロ・ディガルーク、お館様と共に馳せ参じました」
ガロはキッドの前まで歩み寄ると、忠誠を表すように膝をついて深々と頭を下げた。
「お初にお目にかかります。貴女が、若様の奥方様ですね?」
「は、はい」
そしてガロは、キッドの隣にいるサフィアに話しかけた。
「某、ガロ・ディガルークと申します。以後お見知りおきくださいませ。……若様の奥方様ですから、若奥様とお呼びするべきでしょうか」
「はぁ……」
主である俺の家族とあらば、誰であろうと忠実な態度をとるガロ。キッドの嫁であるサフィアに対しても例外じゃないようだが、本人は若奥様なんて呼ばれ方にしっくりこないようだ。
「ガロ、早速だが一つ任務を与える」
「はは、なんなりと」
俺の呼びかけに応じるように、ガロはすっくと立ち上がり、姿勢を正して俺に向き直った。
まず優先的に、ガロにやってもらうべきこと。それはただ一つ。
「あいつをぶっ飛ばして、二度と洗脳術が使えなくなるようにしろ!」
「……え?あっし?」
俺はべリアルの部下、エオノスを指さしながら命令を下した。
あの男の洗脳術の所為で、キッドだけじゃなくて大勢の人間が洗脳の被害を受けてしまった。原理はよく分かってないが、あいつさえ仕留めて洗脳術を使えなくなるようにすれば、操られる心配も無くなる。
本音を言えば、エオノスを優先的にぶっ飛ばしたいが、べリアルを放っておく訳にはいかない。ここは俺がべリアルを抑え込んで、エオノスはガロに任せるとしよう。
「……御意!」
命令を受けたガロは、仮面の奥からエオノスを見据えながら、ローブの中から湾曲状の刃を出した。そして一歩一歩確実に、ゆっくりと獲物に向かって歩き出す。
「さて……覚悟しなさい」
「ひぃ!じょ、冗談じゃねぇ!」
エオノスは慌てて黒い煙を湧きあがらせ、その場から姿を消し去った。
「無駄な真似を……逃がさんぞ!」
その後を追うように、ガロも白い煙を湧きあがらせてその場から去って行った。
さて……あの野郎はガロに任せるとして……。
「……待たせたな。早いとこ始めようぜ」
「…………」
俺は……べリアルを倒さないとな!
〜〜〜(ヘルム視点)〜〜〜
バシッ!
「うぐぁっ!」
ドガッ!
「ごはっ!」
ドン!
「うぁあ!」
大木に背中を打ち付けられ、力なくその場に座り込んでしまった。
なんてことだ……どう足掻いても敵わない……。
「あらぁ〜、ちょっとやり過ぎちゃったかしら?でもねぇ、こんな簡単にくたばっちゃうのも考え物よ」
僕と戦っている女性……JCは勝ち誇ったような冷たい笑みを浮かべて、ボロボロになってる僕を見下ろしてきた。
「心配ないさ、まだ戦える……くっ!」
身体を起こそうとした途端、全身に強烈な痛みが走った。これでは思うように動くこともままならない。
我ながら情けない。こんなに痛めつけられておきながら、相手には攻撃の一発も当てられないなんて……どうしたものか……。
「そう言ってる割には苦しそうじゃない。無理は体に悪いわよ。大人しく降参したら?」
「そうしても見逃す気は無いんでしょ?」
「当然♪しばらく楽しませてもらうわよ♪」
JCは目を細めて舌なめずりした。その仕草を見るだけで背筋に寒気が走る。
どうやら……手短に僕を殺す気なんて微塵も無いな。こんなサディスティックな女のことだ。散々甚振った挙句、気が済んだら始末するつもりなのだろう。考えるだけで悪感だ。
「真っ平御免だね……僕はまだ、こんなところで死ぬ訳にはいかないのさ」
「呆れちゃうわねぇ、まだそんな減らず口が叩けるの?そうやって生きていて苦しむくらいなら、いっその事死んじゃえば楽になるのに」
……死ねば楽になる……か……。
なんとも酷いことを言う。
「……君さ……」
「……なによ?」
「……今まで心から人を愛したことも、愛されたことも無いんじゃないか?」
頭の中で浮かんだことをそのまま口にした。それを聞いたJCは無表情だったが、不快感を募らせているように見えた。
「……何言ってるの?愛する?ちゃんちゃらおかしいわ。ビジネスの金づるや獲物を愛する必要がどこにあるの?そんなゴミ虫から愛されたいとも思ってないわ」
「……殺し屋は怖いね。人を人と思ってないなんて。ただ、それを差し引いたとしても、君はとても可哀想な女だよ」
ここで初めてJCの表情が少しばかり険しくなった。
「……なんなの一体?何が言いたいの?」
「君と戦っている時にね……僕を殴ったり、蹴ったり、鞭で叩いたりしている君の表情を見て思ったんだ。この女は人間じゃないって」
「どういう意味よ?」
「僕を攻撃している時の君は……笑っていたよ。とても楽しそうにね」
そう……僕を甚振っているJCは笑顔を浮かべていた。楽しそうに、冷たく、狂ったような笑みを浮かべていた。
戦ってみてよく分かった。この女は、人が苦痛に身悶えている姿を見るのが何より喜ばしいのだと。
「ええ、そうね、楽しいわよ。人を痛み付けると体中が快感で震えるのよ」
「そんなんだから人を愛せないし、愛されないんだ」
「……なんですって?」
鋭い眼差しで僕を睨みつけるJC。だが、僕は構わずに言いたいことをそのままぶちまけた。
「君は自分が得られる快感のためだけに人を痛めつけたり、殺そうとする。これがどれほど残酷で惨たらしいことか、君は自覚していない」
「自覚なんてするつもりもないわね!所詮、他人は他人でしょ!?誰を傷つけようと、誰を殺そうと、私の勝手じゃない!」
「そういう思想が、自ら人を遠ざける要因になるんだ!」
苛立ちのままに大声で返されたが、僕も負けじと大声で返した。
「人の気持ちも理解しようとしないなんて、哀れな人間の証だ!僕に限らず、人は君の欲望を満たすための道具じゃない!君は人を人として見ていないんだ!だから人を愛することも、愛されることもできないんだ!」
「調子に乗るんじゃないよ、クソガキ!」
声に怒りを孕ませて、高ぶる感情のままに喚き散らした。
「愛する?愛される?そんな幼稚な思想だから、そうやって死にかけるのよ!私はね、愛なんて要らないの!人を苦しめて、人を殺して、お金を貰う!愛情なんか邪魔なだけよ!」
「……なんて寂しい生き方なんだ」
もはや彼女に対する感情は、怒りよりも哀れみの方が大きかった。
「君みたいに、とても空虚な生き方をしている女は初めて見たよ。哀れだ……本当に可哀想だ」
「……黙りなさい」
静かに放たれる威嚇。だが、僕は決して口を閉じようとはしなかった。
「君はこれからも孤独に生きていくんだ。誰からも想われず、冥土の門をくぐるまで……いや、その後もずっと独り。そんな人生を送って、儚いと思わないのかい?」
「黙れって言ってるでしょ!」
「何故黙ってほしいんだ?図星だからか?僕の言ってることに心当たりがあるからか?一言も言い返せないからか?」
「黙れ!黙れ!黙れぇ!」
金切り声が天まで響き渡る。
発狂寸前のJCに向かって、とどめの一撃を言い放った。
「孤独は死んだ後も続く!人を人と思わない君は、永遠に一人ぼっちなんだよ!」
「……許さないよこのガキ!」
「!?」
僕に向かって一直線に伸びてくる紐。
いや、紐なんかじゃない。あれは……JCの鞭!
「うごぉ!」
まるでとぐろを巻く蛇のように、鞭は素早く僕の首に巻きついてきた。
そしてこの後、何をする気なのか気付いた時には……もう手遅れだった。
「殺してやる!殺してやるわ!」
「おぉ!ご……ごはっ……がぁっ……!」
力強く引かれるJCの腕。その力に呼応するかのように僕の首を締め付けてきた。
「うぉ……ご……おぁ……!」
喉を締め付けられて呼吸がままならなくなる。声も徐々に掠れて、容赦ない苦しみが僕を襲う。
「癪に障るガキね!やられっ放しの雑魚のくせに!もういいわ!散々甚振ろうと思ったけど気が変わった!お前なんかすぐに殺してやるよ!」
「うぉ、ご……ごぁあ……!」
……駄目だ……体が動かない……苦しい……!
「うごぉ……お、おば……おぁ……は……」
……声もまともに出ない……意識も……もう……
「あ……がぁ……」
……僕は……このまま死んじゃうのかな……。
悔しいな……心残りが山ほどあるのにな……。
もっとキッドたちと冒険したかったし、学びたいことも沢山あったのに……。
そして……何よりも…………彼女に会いたかったな……。
生まれて初めて……心の底から愛した女性……。
「……ルミアス……」
君に……会いたかった…………
「ヘルムーーー!!!」
…………え?
ドカッ!
「くっ!」
「ごほっ!ごほっ!はぁ、はぁ…………え?」
首から鞭が離れたような感覚がした。そして徐々に薄れていた意識が元に戻る。それと同時に首を絞めつけられる苦しみが消え失せて、まともに呼吸ができるようになった。
……なんだ?今、何が起きたんだ……?
「……!?」
徐に視線を上げてみると……そこには、鞭を手にしてこちらを睨みつけているJCが……
いや、その視線が向けられているのは僕じゃない。その先には……。
「…………」
今まさに、一人の人物がJCと対峙している。金髪のポニーテールに、エルフのような長い耳。
……なんだろう……この後ろ姿……なんだか懐かしいような……?
「あ、あの……」
思わず声をかけた瞬間、そのエルフはゆっくりと振り返った。
ここでようやく気付いた。
エルフの右手首には……銀色のブレスレットが……それも、太陽のシンボルが……!
「……ルミ……アス?」
「……ヘルム……」
……間違いない……このエルフは……僕が心から愛している女性!
……って、待てよ……。
「……あ、あはは……僕、こんな時に夢でも見てるのかな……こんな所に彼女が居るわけが……」
そうだ……ルミアスはどこか遠い島で足の病を治している最中だ。
まさか、この反魔物国家の島に……ましてやベリアルに乗っ取られている島に居るわけが……
「……夢じゃないよ……」
僕の目の前にいるルミアスは……両目から涙の珠を零しながら感極まった震え声を上げた……。
「ヘルム!!」
「うわっ!?」
そして、勢いよく僕に抱きついてきた。全身痛めつけられてる所為で、こうされただけでも相当痛むはずなのに、今は痛みすら感じる余裕も無い。
心地よくなりそうな人肌の温もり。鼻をくすぐる懐かしい香り。
これが夢だったら、こんなにハッキリと感じるものだろうか?
「えっ?ちょ、まさか、本物!?これ、現実なの!?」
「……も〜!三年ぶりの再会なのに!しっかりしてよね!」
未だに夢と現実の区別がつかない僕を見かねて、ルミアスは涙で潤った瞳で僕を見つめながら、右手首のブレスレットを見せてきた。
「このブレスレットをプレゼントしてくれたのはヘルムでしょ!?まさか……あの時の約束、忘れたなんて言わないよね!?」
「え、いや……忘れる訳ないでしょ!」
右手で光り輝いている太陽のブレスレット。間違いない……これは僕が貯金をはたいて買ったブレスレットだ。
ということは……まさか、本物のルミアス!?
「……ヘルム……会いたかった!!」
「わわ!?」
再び衝突してくる柔らかい感触。この瞬間から改めて、これは現実だということを実感した。
まさか……会いたいと思った途端に会えるなんて。
でも何故?なんでルミアスがこんな所に?
嬉しさと困惑が頭の中で混じり合い、冷静な判断ができなくなってきている。
「あ、いた!ルミアス!それに……ヘルムさん!」
「あ、お母さん!」
「……え!?リ、リズさん!?」
急な展開に戸惑っていると、それに追い打ちをかけるようにまたしても意外な人物がこちらにやってきた。
その人はルミアスの母……リズさんだった。
「よかった。ヘルムさんに会えたのね……って!やだ!ひどい怪我!大丈夫ですか!?」
「え、あ、その……だ、大丈夫じゃない……かも」
「大変!すぐに手当てしないと!」
ボロボロ状態の僕を見て、リズさんは慌てて僕に駆け寄ってきた。
いや……労わってくれるのはありがたいし、ルミアスとリズさんに会えたのは嬉しいよ。
それより事情が全然把握できてないんだけど……。
「あ、あの、どうして二人がこんな所に?」
「そうね……できればもっとヘルムとの再会の喜びを噛みしめたいし、ここまで来た経緯も説明したいけど、その前にやるべきことがあるわ」
静かにそれだけ言うと、ルミアスは振り向かずに視線だけ背後に向けた。
その先には……JCが無言で僕たちを睨んでいた。まるで、早くしろとでも言いたげな目だ。
「ヘルム……あの女にやられたのね?」
「あ、ああ……面目ない」
「謝る必要なんて無いわ」
ルミアスは僕を抱きしめている腕を離し、その場で徐に立ち上がった。
「お母さん、悪いけどヘルムをお願い。できれば怪我の手当てもしてあげて」
「え?ルミアス、貴方はどうするの?」
「どうって……そんなの、決まってるわ」
ルミアスは左手をギュッと握り……。
「あんたをぶっ飛ばしてやるのよ!」
背後へ振り返り、JCを指さしながら怒鳴り声を発した。
それは明らかに……JCへの宣戦布告だ。
「……また続々と新手が来て……これ以上迷惑かけないでくれるかしら?こっちは生意気なガキを締め上げるのに手一杯なのよ」
「うるさい!この年増女!!」
「……あ?」
殺意に満ち溢れた眼差しがルミアスに向けられる。
しかし、どんなに威圧的な態度を取られても、ルミアスは怯むどころか、その睨んでいる相手に負けじと敵意の目で睨み返した。
「あんた……よくも私の大切な人をこんなに傷つけてくれたわね!タダで済むと思ったら大間違いよ!」
「……へぇ〜、あなたたちってそういう泥臭い関係?」
「ええそうよ!泥臭いは余計だけど、そういう関係よ!何か文句あるの、おばさん!」
「……は?」
……なんでそう一々互いに挑発的になるのさ。
女って怖いよ……。
「……ふっ、恋人を傷つけられた仕返しってこと?私に挑む理由が青いわねぇ。そういうのを無鉄砲って言うのよ」
「…………」
肩を竦めて余裕を見せびらかすJCだが、ルミアスは睨んだまま何も言わなかった。
「第一、私が何者か知ってるの?」
「……なんなのよ?」
「殺し屋よ、殺し屋。文字通り、殺しのプロってところかしら。こう見えて戦闘での経験は長いのよ」
JCは挑発的に目を細め、舌舐めずりする仕草を見せつけてきた。
「あなたって見たところ、戦闘の『せ』の字も知らないド素人のようね。そんなか弱いお嬢さんが殺し屋に喧嘩を売るなんて、くだらないジョークだわ。もしかして、正義のヒロイン気取りのつもりかしらねぇ?」
明らかに挑発的な発言。これもルミアスが戦いに慣れていないと判断したためだろうか。
だが、悔しいけど事実だ。現にルミアスは、戦闘に関しては全くの素人で……
「ま、そこまで戦うって言うのなら、少しくらい手加減してあげt」
ドガッ!!
「ごほっ!?」
「……お生憎様……」
……え?蹴った?
「これでもまともに戦えるのよ!!」
ドガァン!!
「ぶぉあぁ!!」
……え?え?えぇ!?
ちょ、なにが起きたの!?なんか、JCが蹴り上げられたんだけど!?
「うぁらぁ!!」
ドン!ドン!ドガァ!
「なぁっ!?くっ!ふぬぅ!」
「……ル、ルミアス!?」
ここでようやく理解した。さっきJCがぶっ飛ばされたのは、ルミアスのキックの所為だ。
しかも、今でもルミアスは容赦無く蹴りの連撃を……って!
「誰がか弱いよ!何がジョークよ!誰がヒロイン気取りなのよ!!」
ドドドドド!
「くっ!この……うぁ!」
「これでもまだそんな事が言えるの!?どうなの、おばさん!」
……おかしいなぁ。やっぱりこれって夢なのかな?
僕の目の前にいるルミアスは、蹴り技だけで戦ってるし、圧倒的にJCを押している。
……ルミアスって……こんなに強かったっけ?
「そらぁ!」
「ちっ!」
ルミアスのキックを寸でのところで避けたJC。そして、ルミアスの足の先には大きな岩が……!
ガシャン!!
……あれ?砕けた……って!
「くっ!外しちゃった!」
いやいやいやいやいや!
なになになになになに!?
外した以前に、蹴り一発で岩が粉々って、どういうことなの!?
普通は足傷めるよね!?最悪の場合、骨が折れるよね!?
どんだけ強力なの!?て言うか、ルミアスはどうしちゃったの!?
「このっ!うっとうしい小娘だn」
「もらったぁ!!」
ドゴォン!!
「ごはぁっ!?」
相手の攻撃をしっかりと見切って、その隙を付いて強力なキックを腹部にお見舞いした……。
「くそっ!一時回避よ!」
そう言うと、JCの身体が透明になり、ルミアスの視界から消え去った。
しまった!あの能力の所為で僕は敵わなかったんだ!このままじゃルミアスが……!
「…………」
しかし、ルミアスは大して驚いた様子も見せず、落ち着いた動作で足元に転がっている石ころを数個拾った。
そして……
「それっ!」
石ころを自分の周囲に向かって投げた。すると、
「いたっ!」
そのうちの一つが何かにぶつかると同時に、そこから女の声が聞こえた。
そう……つまりそこに……!
「……透明の意味無いわね!」
口元を釣り上げ、勝ち誇ったような笑みを浮かべたルミアス。
そして……!
「猛襲!百烈脚!!」
ガガガガガガガガ!!
「うぁぁぁぁぁぁ!!」
目にも留まらぬ速さのキックラッシュがJCを襲う!強烈な猛攻を食らった瞬間、JCの透明化が解除された!
「そらぁ!」
「ごはぁっ!」
そして最後の一発が放たれた瞬間、JCの身体は凄まじく突き飛ばされ、背後に立っている木に身体を打ち付けてしまった。
……ちょっと待ってよ……本当にさぁ……!
「どうなってるの!?なんで!?どうして!?何がどうなってるの!?」
強力な蹴りの攻撃に、的確な判断。僕の知ってるルミアスは、戦いに関してこんなに冴え渡っていない。
頭の中が混乱しっ放しで、何が何だか分からない!ルミアスと会わなかった三年間、一体何があったの!?
「あの……三年前からなのですが……」
と、困惑している僕を見かねたのか、リズさんが苦笑いを浮かべながら話しかけてきた。
「ルミアスの治療を引き受けてくださったお医者様が格闘のプロでしたの。それで、病にかかってる足のリハビリとして、そのお医者様から蹴りを重点に置いた格闘技を習い始めましたの」
「……で、あんなに強くなったと?」
「はい」
どうやらあの技は、その医者とやらから受け継いだらしい。それにしても……。
「たった三年であんなに上達するのですか!?ましてや、リハビリとしてやってるなんて……」
「ええ、私も驚いてます。でも本人は早く病を治すためだと言って、張り切って修業を積み重ねたのです。そしたらあんなに逞しくなりまして……今ではすっかり、キックファイターです」
……三年であんなに強くなれるものなの?いや、もしかしたらルミアスには元から格闘の才能があったのかもしれない。それが今になって開花したのだろう。
……でも……
「……少なくとも僕より強い……ですよね?」
「……多分」
これだけは言える。
今のルミアスは、僕の数十倍以上に強くなってる。まさか、三年の間にあそこまで変わるなんて……。
……なんだかなぁ……男としての面目丸つぶれだ……。
「ほら!早くかかってきなさい!まだ終わってないわよ!」
呆気にとられている僕に気付かず、ルミアスはJCを挑発してきた。
「うぐっ!はぁ……はぁ…………見くびってたわ。意外とやるじゃないの……!」
JCはふらふらになりながらも、落ち着いて体勢を整えた。
しかし、今の攻撃が相当効いたのか、かなりダメージが溜まっているように見える。それでも降参する気は毛頭ないようだが。
「……いいわ。あなたも、あなたの彼氏も、そしてあなたの母親も……全員残らず殺してあげる!」
「やれるものなら、やってみなさい!あんたになんか負けないんだから!」
そして今……女同士の熾烈な戦いが幕を開けた。
「あんただけは……絶対に許さない!!」
〜〜〜(名も無き孤島)〜〜〜
「……そう怖がるな。一瞬で終わる」
「待ってくれ!この子達は関係ない!頼む!止めt」
「うっせぇんだよ!」
バァン!
「ひっ!」
「…………」
「…………」
「……あ……あれ?痛くない……?」
「……ま、まさか……撃たれてない?」
「ル、ルミアス君!リズさん!大丈夫かね!?」
「え、ええ……」
……あいつらみんな、撃たれると思い込んでいたのだろう。だが、それは勘違い。俺はアルグノフも、後ろのエルフ二人も撃っていない。
「おい、後ろを見ろ。危ないところだったな」
「え?」
俺はアルグノフたちの背後を指差した。
「う……うぁ……」
「な!?こ、こいつら何時の間に!?」
そこには、俺の左腕のマシンガンで撃たれて、肩口から血を流して身悶えている男がいた。その右手にはダガーナイフが握られている。憶測だが、後ろからエルフたちを襲うつもりだったのだろう。
「いや待て!どういう事だ!?何故味方を攻撃したのだ!?」
「何を誤解している。俺は船のクルーの名前と顔は全員キッチリと憶えているが、少なくともこれだけは言える。そんな奴、俺の船には乗ってない」
「なに!?それでは……味方じゃないのか!?」
「言っただろ?そこのド阿呆を片付けるってな」
俺は左腕の銃口から湧き上がる煙に息を吹きかけて消した。
「ガロ、その野郎を海に捨てろ」
「御意!」
俺の命を受けたガロは、機敏な動作で男の元へ近寄った。そして……。
「忍法!風遁螺旋昇!!」
ビュゥゥゥゥゥゥゥ!!
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
強力な竜巻が発生し、男の身体が海の彼方へと吹き飛ばされ、哀れにも頭から海へと沈んでいってしまった。
「い、今のは……!?」
「中々良いだろ?ガロは幼少時からジパングにて忍者の修行を積み重ねてきた、正真正銘の忍びだ。尤も、今はアサシンだがな」
「……恐れ入ります」
ガロは俺に向かって深々と頭を下げた。
「さて……そんな事よりも、早速だがアンタらには今すぐ俺と共に来てもらおうか」
「……何故だね?」
「アンタらを助ける為……そして、奴の作戦を阻止する為だ」
「奴?」
俺は以前、ベリアルがまた良からぬ事を企んでると聞いた。なんでも、ドクター・アルグノフとか言う医者の誘拐を目論んでるとの事。詳しくは知らないが奴らの狙いがあの爺さんならば、俺らが先にアルグノフの身柄を確保しようと思い至り、この島へ来たのだった。
「詳しい話は後だ。今は時間が無い。とにかく、ジェノバ海賊団が来る前に付いて来な」
「ジェノバ海賊団?」
「アンタらを追いかけていた野郎共のことだ。俺らにとってもあいつらは敵だ。奴らの手から逃れる為にも、一先ず俺の指示に従ってくれ」
「……君を信用しろと?」
「……約束する。アンタらに危害は加えない。だから一緒に来てくれ」
後を付いて来るように手招きすると、アルグノフは真偽を見定めるように目を細めた。その後ろにいるエルフ……確か、ルミアスとリズだったか。その二人はどうすればいいのか戸惑った様子を見せている。
面倒だな……変に疑わないで付いて来てくれると助かるってのに……。
「……ん?」
ふと、何者かの視線を感じて、反射的にその方向へ視線を移した。
そこには、島の木々の枝に身を隠している二人の男が……って、まさか!
「伏せろ!!」
「え!?」
バァン!バァン!
「きゃあ!!」
ルミアスの悲痛な叫びは二つの発砲音によって掻き消された。
「ル、ルミアス君!」
「ルミアス!!……ああ、なんて事!血が……血が……!」
「だ、大丈夫。掠っただけみたい……」
苦痛の表情を浮かべながら腕を押さえてるルミアス。その二の腕辺りから鮮血が腕を伝ってポタポタと砂浜に滴れ落ちていた。
あの出血量を見るからに、本人の言うとおり掠っただけだろう。だが、気付くのが遅すぎたのは俺の不覚……。
「テメェら……このアホ共がぁ!」
島の木々に向かって左腕のマシンガンを乱射した。
「うぁっ!」
「ぎゃあ!」
すると、一本の木から二人の男が悲鳴を上げながら落ちてきた。二人とも右腕にはライフルを持っている。
あいつらはベリアルと同盟を組んだジェノバ海賊の船員だろう。だとしたら……他の船員ももうすぐ此処まで来る!
「うぉぉぉぉ!ドクター・アルグノフを捕らえろぉ!」
「奴らに逃げ場は無い!必ず取り押さえるんだ!」
早くも予感が的中した。島の奥からジェノバ海賊団と思われる野郎共の雄叫びが聞こえてきた。
もう来たのかよ……こちとら疑い深い爺さんたちの説得に手こずってるってのに。
「くそっ!もう此処まで来たのかよ!」
「お館様!こうなれば無理にでも連れ込むしかないかと!」
「そうだな、悠長に話してる暇も無い!」
奴らがすぐそこまで近付いてるんだったら、強引にでもアルグノフたちを船に乗せるしかない。この爺さんが奴らに捕らわれたら、それこそお仕舞いだ。それだけは、何としてでも止めなければ!
「しゃあない!先ずは急いで船に戻って……」
「お〜い!おやっさ〜ん!僕だよ〜!」
突然、上空から元気な女の子の声が聞こえた。
間違いない……そいつは俺の部下の声だ!
「ラピリア!」
上空からドラゴン族の翼を羽ばたかせて、黒髪の少女が俺たちの前に降り立った。
自分の事を僕とか言ってるが、こいつは紛れも無いワイバーン。俺たちの仲間、音楽家のラピリアだ。
「お待たせ、おやっさん!僕たちの船を此処まで連れて来たよ!」
「おお、間に合ったか!」
「うん!ほら、あれ見て!」
ラピリアはワイバーンの腕を海の方角へ向けた。そこには、牙を剥き出しにした獅子の船首の海賊船がこっちに向かって進んでいた。
俺の海賊船、ゴールディ・ギガントレオ号だ。どうやら、作戦通り俺の海賊船を此処まで誘導してくれたようだ。
「よし、此処まで来てくれたらもう大丈夫だ!ラピリア、此処にいる爺さんとエルフの親子を頼んだぞ!船まで乗せて行ってやれ!」
「オッケー!」
仲間たちとも合流できたし、後は爺さんたちを避難させて、ジェノバ海賊団を壊滅すれば、作戦成功だ。
「おうアンタら、早くラピリアに俺の船まで乗せてもらえ!後の事は部下に頼んである!騒ぎが収まるまで、俺の部下に匿ってもらっとけ!」
「…………」
くっそ、まだ警戒してるのかよ。じれったいな……。
と、思った瞬間。
「……ええ、お願いします!」
「ルミアス!?」
先陣切るようにルミアスが一歩前に出た。
ほう……その目、どうやら信じてくれてるみたいだな。
「ほら、お母さんも先生も、一緒に行こう!」
「ルミアス……」
自ら手を差し伸べたルミアス。しかし、リズも爺さんも未だにどうするべきか迷っている。そんな様子を見て痺れを切らしたのか、ルミアスが声のボリュームを上げて言った。
「迷ってる場合じゃないよ!この状況で一つだけ言えるのは、何としてでも奴らから逃げなければならない事でしょ!それに、今はこの人たちに頼れば必ず助かる!こんな所でグズグズしていたら、此処まで逃げてきた意味が無くなっちゃうじゃない!」
「…………」
ルミアスの発言を聞いたリズと爺さんは、それぞれ意を決したような表情を浮かべて小さく頷いた。
「そうね……分かったわ!貴方が行くなら、私も一緒よ!」
「ああ、私もご同行願う!」
やっと付いて行く気になってくれたようだ。さて、残すところは……。
「ガロ、いっちょ気合入れて行くぞ」
「承知!」
そう……これからやってくるジェノバ海賊団の連中の掃除だ。
二度と爺さんの後を追えないように、キッチリとねじ伏せてやらないとな。
「さぁて……ぼちぼちやるか!!」
この瞬間から始まった、ジェノバ海賊団との激しい戦闘。
結果は……言うまでもなかった。
〜〜〜(ゴールディ・ギガントレオ号)〜〜〜
「う〜っし!終わったぁ!楽勝だったな!」
「お見事でございます」
「いやいや、お前らもようやってくれたよ!」
ジェノバ海賊団との戦闘は驚くほど楽勝だった。下っ端どころか、船長まで雑魚レベルだったとは、ある意味拍子抜けだ。ベリアルと手を組んだ海賊だと聞いたからどれほどの実力かと思ったら、この有様だ。
ま、あんな奴らは海賊じゃなくて海の魔物娘の夫として暮らす方が良いだろう。あんなんじゃ放っておいても自滅するのが目に見えてる。
「さてと、敵も倒した事だし、ちょいと休憩でも……」
「船長〜!ちょっと助けて〜!」
「……ん?」
すると、背後から慌てた様子でラピリアが駆け寄ってきた。
「どうした、そんなに慌てて?」
「えっとね、なんかね、ルミアスって子が泣きじゃくっちゃって、どうしたらいいか分からないんだよ〜」
そういやルミアスたちの身を任せておいたんだった。
だが泣いてるとは……一体何があったんだよ。これ以上のトラブルは御免だってのに。
「で、ルミアスはどこにいる?」
「船尾の隅の方で座り込んじゃってるよ」
「分かった。そっちへ行こうか」
とりあえず様子を見るため、俺はラピリアを連れてルミアスたちの下へと向かった。甲板から船尾への、普通の船とは比較的長い通路を歩き、船の最後尾に着いた。
「うう、ひぐっ!ふぇぇぇぇぇん!」
「よしよし……もう泣かないで」
そこで目にしたのは、ペタンとその場にへたり込んで子供みたいに泣くルミアス。慰めるようにルミアスを抱きしめるリズ。そして複雑な表情を浮かべながら二人を見守るアルグノフの姿だった。
「……おう、どうした?」
「あ、あなたは……えっと……」
「ドレークだ」
「ドレークさん、それが……」
リズは徐にルミアスへと視線を移した。
見る限りルミアスに何かあったようだが……。
「どうした?具合でも悪いのか?」
「ひくっ……うぅ……」
ルミアスの傍へ歩み寄り、目線を合わせるように片膝を付いて話しかけると、ルミアスは涙で潤んだ瞳を俺に向けて来た。
そう言えば……島で敵の海賊に腕を銃で撃たれてたな。掠っただけだと思っていたが、今になって急に痛くなってきたか?
「もしかして、腕が痛いのか?」
「…………」
ルミアスはフルフルと首を横に振ると、怖ず怖ずと右腕を差し出した。二の腕辺りには包帯が巻かれているが、その部分に弾が掠ったのだろう。
「私の……ブレスレットが……」
「ブレスレット?」
ルミアスが指差した箇所へと視線を向ける。
そこには綺麗な銀色のブレスレットが……ん?
「……あっちゃぁ……こりゃひでぇ……」
「弾の痕が……」
確かに綺麗だが……ちょっと、いやかなり酷い状態になっていた。その綺麗さを台無しにするように、ブレスレットの表面に弾痕がくっきりと残っている。
そういやあの時、敵は銃を二発撃ってた。その内の一つがブレスレットに直撃したのだろう。
「ひぐっ……大事にしてたのにぃ……うぇぇぇぇぇん!」
「ルミアス、もう泣かないで。ブレスレットは残念だけど、命が助かっただけでも良かったじゃない」
「だって、だってぇ!」
またしてもルミアスが声を上げて泣いてしまった。
この半端なく伝わる悲しさ……そんなに大事なものだったんだな。
「私の……私の恋人がくれた大切なブレスレットだったのに……ううぅ……」
「……恋人?」
こいつ、恋人なんていたのか?
「折角ヘルムが買ってくれたのにぃ!うぇぇぇぇぇぇん!」
「!?」
……ヘルム!?今、ヘルムって!?
ヘルムってまさか……あいつか!?あいつのことか!?
いや、あいつとも限らないが……にしても……。
「うう、ひぐっ!ぐすっ……!」
……ああくそっ!参ったな……目の前でこんな泣かれたら放っとけねぇじゃねぇかよ畜生……。
……しゃーない。俺が一肌脱ぐか。
「大丈夫、俺に任せろ。そんな痕、俺が直してやるよ」
「……ふぇ?」
安心させるように俺の胸をドンと叩く仕草を見せつけた。そんな俺の姿を見て、ルミアスは涙で湿った目を丸くする。
「俺ならそのブレスレットを直せる。こう見えて金属の扱いには慣れてるんだ。ひとまず、俺に預けてくれないか?」
「……直せるの?本当に?」
「ああ、本当だ。絶対に直して見せる」
ブレスレットを渡すように手を差し伸べたが、ルミアスは少々困惑した面持ちを浮かべた。
俺は金属を自由自在に操る魔術を扱える。見たところルミアスのブレスレットは特殊な金属を使用しているようだが、弾痕を消すくらい簡単にできる。
「……盗ったりしない?」
「盗らねぇよ。直ったらちゃんと返す」
「ホント?」
「ホントだ。約束する」
何度も念を押すルミアス。それに対して俺はジッとルミアスの目を見てハッキリと即答した。
「……絶対返してよね?約束だよ」
「ああ、絶対だ」
そして俺を信じる気になったのか、ルミアスは腕からブレスレットを外し、俺に手渡した。
この反応……本当に大切なものなんだな。
全く、幸せ者だよ。そのブレスレットを買ってやった野郎はな。
……つってもヘルムって言ったらあいつしか思い浮かばない。
まさか……もしかしたら……そのまさかか?
まぁいいか。また後で確かめればいい。
=========================
「これはあいつが身に着けてたブレスレットだ。見たところ、相当の価値がありそうな逸品だがな。上手くやれば高値で売れるだろうよ」
「あいつ……ああ、なるほど。ルミアス……でしたね」
「そうだ」
「……お館様」
「ん?」
「……まさか、本気で売るつもりでは……?」
「ド阿呆!んなわけねーだろ!例えばの話だ!人さまのものを勝手に売るとか、馬鹿がやることだ!」
「……なんとも海賊らしくない発言でございます」
「まぁな」
翌日……船長室にて大きな椅子に腰かけ、広い机に足を掛けながら、ルミアスから預かったブレスレットをガロに見せていた。
そしたら売るつもりかと訊かれたが、当然ながらそんな気は一切無い。今言ったのは例えばの話で、俺は約束通りルミアスに返すつもりだ。
コンコン!
「おじさーん!いるのー!?昨日預けたブレスレット、返してほしいんだけどー!」
「お?」
ドアのノック音に続き、扉の向こう側から女の声が聞こえた。
あれは……ルミアスか。さては待ちきれなかったんだな。
「おう、開いてるから入ってきな!」
「失礼しまーす!」
「お邪魔します」
扉が開かれ、ルミアスとリズが部屋に入ってきた。やっぱりルミアスはブレスレットが待ち切れなかったようだ。入ってきた途端に物を強請るような視線を向けてきてる。
「どうもすみません。急かしてはいけないと娘に言い聞かせたのに上がりこんでしまいまして……」
「別にいいさ。寧ろ渡しに行く手間が省けた」
「渡す……ってことは、直ったの!?」
「おう、見てみろ」
弾痕を消して元通りにしたブレスレットをルミアスに見せる。その瞬間、ルミアスの表情が一気に明るくなった。
「え!?え!?嘘!ホントに直った!すごい!」
ものすごく嬉しそうな笑顔を浮かべながら迫ってくるルミアス。そしてキラキラと目を輝かせながらブレスレットを見つめた。
こんな嬉しそうな笑顔を見せられると、直した甲斐があったってもんだ。
「言っただろ?絶対に直して見せるってな。俺は絶対に約束を破らないんだよ」
「わぁ……ははっ!やったぁ!私のブレスレット!」
俺からブレスレットを返してもらったルミアスは、まるでおもちゃを買ってもらった子供みたいにピョンピョンと跳ねた。
元気になってくれて何よりだ。良いことした後は気持ちがいいな。
「ありがとう!これ、すっごく大切な宝物なの!傷ついちゃった時はどうしようかと思ったけど、直ってよかった!ありがとう!ホントにありがとう!」
「はは、役に立てて何よりだ」
「……私からもお礼を言わせてください。この度は、私と娘、そしてアルグノフ先生を助けてくれて、ありがとうございました」
「礼なら俺だけじゃなくて、他の連中にも言ってやりな」
「はい」
ルミアスは右手首にブレスレットを嵌めて、とびっきりの笑顔を浮かべながら何度も頭を下げてくる。リズもご丁寧に深々と頭を下げて感謝の意を述べてきた。
「……ところでよ、アンタに聞きたいことがあるんだ」
「ん〜?なぁに?」
俺が話を振ると、ルミアスはニコニコ顔を向けてきた。大切なブレスレットが元通りになって機嫌が良くなったのだろうか。
まぁ、俺が聞きたいことってのは……そのブレスレットに関係のあることなんだがな。
「昨日……ヘルムって言ったよな?」
「……え?ああ、うん、言ったような……」
そう……俺が聞きたいのは、昨日ルミアスの口から出てきた、ヘルムとかいう奴の名前のことだ。
もしかしたら……俺も知ってる奴のことなのかもしれない。
「そのヘルムってのは誰だ?」
「ああ、ヘルムは私の恋人なんだ!このブレスレットはね、ヘルムが買ってくれたんだよ!」
「……なぁ、もしかしたらよ……」
それで、肝心なのは、そのヘルムって奴のことだ。
「そいつさ、結構賢かったりする?」
「……え?」
「そのヘルムって奴、勉強と読書が趣味だったりするか?」
「え?え?」
戸惑い……と言うより図星だな、これは。
なんで知ってるの?と、顔に分かりやすく書いてある。
「なぁ、違うか?」
「え、その……合ってるけど……」
そうか、合ってるか。
今のところ、俺が知ってるヘルムと共通している。
「じゃあさ、そいつ、海賊だったりする?」
「へ?」
「しかも、副船長なんじゃないか?」
「へ?え、な、なんで……」
「どうだ?合ってるか?」
「う、うん……」
……やっぱり……そうか……そうなのか!
「そいつはカリバルナ出身だろ?そこで生まれ育った男なんだろ?」
「へ?え?え!?」
「そいつのフルネームは……ヘルム・ロートルだろ!?」
「……なんで知ってるの……?」
この返答……まさに肯定の証。
やっぱりそうだったのか!ルミアスにブレスレットを買ってやったのは、あのヘルムだ!
「……そうか……間違いないな……!」
こいつは驚いた……まさか、こんな形であいつの恋人と出会うことになるなんて。
当初の目的はドクター・アルグノフの身の安全の確保だったのに、なんという展開だ。
「お、おじさん!ヘルムを知ってるの!?ドレークおじさんって、ヘルムの知り合い!?」
ルミアスの方も、俺が次々とヘルムの特徴を言い当てたのに驚きを隠せないでいるようだ。
「ああ……知ってるさ。しっかしまぁ……」
「?」
懐かしいなぁ……こんな所であいつの名を聞くなんてなぁ。
元気にしてるかねぇ……。
「……ヘル坊……」
「……え?へ、ヘル坊?」
「ああ。ヘルムのヘルに、坊やの坊を付けて、ヘル坊」
ヘル坊ってのはヘルムのことで、俺が勝手にそう呼んでるだけだ。あいつが大人になった今でも、ガキだった頃の名残からそう呼んでいる。
「ヘル坊って……そう呼ぶってことは、結構知ってるの?ヘル坊……じゃなくて、ヘルムのこと」
「そうだな……ヘル坊は俺の息子の幼馴染なんだ。あいつがまだ赤ん坊だった頃からよく知っている」
「あ、赤ちゃんの頃から!?」
実のところ、ヘル坊がまだ赤ん坊だった頃から知っていた。ある意味、あの坊やとも長い付き合いだ。
「あの……息子の幼馴染と言いましたけど、あなたにも息子さんがいるのですか?」
リズが話しかけてきた。
そう、今話した通り、俺には息子がいる。その息子はヘル坊の親友で、結構長い付き合いだったりするが。
「ああ、キッドって名前でな、俺と同じように海賊をやっている」
「……え!?キッド!?」
「?」
……どういう訳か、息子の名前を聞いた瞬間、ルミアスとリズは大きく目を見開いた。
この反応……まるでキッドを知ってるかと思われるが。
「お、おじさん!おじさんって、キッドのお父さんなの!?」
「あ、ああ」
「そのキッドって、カリバルナの海賊!?」
「そうだな」
「で、船長やってるの!?」
「やってるな」
「お肉が好物!?」
「好物だな」
おいおいおい、ことごとく息子の特徴を当ててやがる。これ絶対知ってるな。
「なんだ、キッドを知ってるのか?」
「う、うん!私ね、魔物の魔力が身体に染み付いた所為でお母さんと一緒にエルフの里から追い出されたんだけど、そこを助けてくれたのがキッドだったんだよ!」
「なに?それマジか?」
「うん!その時にヘルムと初めて会ったの!それからカリバルナまで送ってもらって、その後にヘルムと仲良くなって、恋人になったんだ!」
俺の知らないところでそんな事があったのか。
……とりあえずキッド、よく助けた。
「ビックリしたぁ……まさかドレークおじさんがキッドのお父さんだったなんて……」
「俺だって驚いたよ。まさかうちの息子と面識があったなんて」
「ええ、キッドさんには色々とお世話になりました。ヘルムさんと一緒に、私たちを支えてくれたのです。里を追い出された私たちに協力してくれて、本当に感謝しています」
「はは、そうかい」
しっかしまぁ……よりによって息子と縁のある人物と出会うとはな。いや、実際に関わりが深いのはヘル坊だろうけど。
それにしても……キッドもヘル坊も、ルミアスとリズのために助力してくれたんだな。結構良い気分だ。
「ふふ……お館様、やはり若様は、お館様のように素晴らしい御仁に成長なされたようですね」
「ああ、ヘル坊もな」
先ほどまで黙って話を聞いていたガロは、仮面の下で嬉しそうに微笑んだ。
ガロが言ってる若様ってのはキッドのことだ。実を言うと、ガロはキッドがまだガキだった頃から知っていて、昔はよく俺の代わりにキッドの面倒を見てくれていた。
キッドが大人になって、海賊を始めた今でも大切に想ってくれている。ある意味、もう一人のキッドの保護者とでも言うべきだろう。
「あ!ねぇねぇ、おじさん!おじさんって、ヘルムが赤ちゃんだった頃から知ってるんでしょ!?」
「ああ、そうだな」
「よかったらさ、ヘルムが子供の頃だった話とか、聞かせてくれるかな?」
「ほう、やっぱり興味あるか?」
「うん!」
「ルミアス、ドレークさんを困らせちゃダメよ……」
「いいんだ、気にするなよ。俺もちょうど、昔話をしたいと思ってたんだ。俺が知ってることなら何でも話してやる」
「ホント!?ありがとう!」
目をキラキラと輝かせながらヘルムの話をお願いしてきたルミアス。その様子を見たリズは申し訳なさそうにしていたが、俺としては寧ろ話したいと思っている。
「うっし!じゃあ何から話そうかな……なぁ、どんなのが聞きたい?」
「どんなのって……じゃあさ、ヘルムの恥ずかしいエピソードとかは?」
「お、あるぞ。飛びっきりのがな」
「おお!それは気になるね〜!聞きたい!」
「……聞きたいか?」
「うん!」
「よし、いいだろう」
……わりぃなヘル坊、これも親睦を深めるためだ。勝手ながら暴露させてもらうぜ。
「あれは……あいつが5歳だった頃になるがな……」
「うんうん!」
……と、ここまでは割愛っと。
そんなこんだで、キッドとヘル坊の昔話によって盛り上がった。
ルミアスは物凄く興味深そうに何度も頷き、時には笑い、時には涙ぐみ、とにかく俺の話を楽しんでくれた。
リズも同様に興味を持ってくれたようだった。特にリズは親としての立場を共感してくれたのか、何度も頷いてくれた。
「えへへ……ドレークおじさんって、やっぱり良い人だったんだね!」
「おいおい、そんなあっさり信じていいのか?本当は悪いおじさんかもしれねぇぞ?」
「あら、悪い人でも構いませんよ。その……カッコいいですし」
「なんか言った?」
「へ!?い、いえいえなんでもないです!」
「……はは〜ん……お母さん、もしかして……」
「な、なんなのルミアス!そんな目で見て!」
「べっつに〜♪やっぱりお母さんも……ねぇ?」
「ねぇってなんなの!」
「……ははは!仲の良い親子だな!」
そして気付いた時には、俺たちの距離は一気に縮まった。
これもキッドとヘル坊と言う、互いに想い入れのある人物の存在が大きい。それぞれ同じ人物を慕う者同士、共感する点が多いお陰で、親しくなるのに長い時間は必要無かった。
何はともあれ、この二人とは仲良くなれそうだ……。
=========================
「ドレークおじさん……今すぐ私と勝負よ!」
「はぁ!?」
……これからべリアルの奴を抑えるためにトルマレア王国への殴りこみを始めようとしたら……。
ルミアス、お前は一体何を言い出すんだ?
「……おいおい、ちょっと意味が分からんぞ。なんでいきなり勝負なんだよ?」
「私、おじさんにお願いがあるの!それを聞いてもらうために勝負するの!」
「ますます意味が分からん」
お願いがあるなら普通に言えばいいのに。
「だって、おじさんはちょっと前に言ったでしょ!?海賊に物事を要請するなら力尽くでねじ伏せてみろって!」
「……あ〜……あれか……」
ルミアスが言ってるのは、つい数日前に起きた海戦のことか。
確かにあの時の素人海賊共との戦闘で、俺はそう言った。敵がお宝とか食糧とかを寄こせなんて戯言のお返しに言い放ったんだ。
ただ……あれはただの挑発で、そんなに深い意味はない。
「ちょいと誤解してるぞ。あれは嘘だとは言わないが、何もねじ伏せる必要は無い。あれはただの挑発の意味で言ったんだ。別に海賊の世界において、そういったルールは無い」
「……え?そうなの?」
「そうだ。そもそも、お願いがあるなら最初から言えばいいじゃねぇか。何もわざわざ戦う必要なんてないだろ?」
「……よ、よかったぁ……」
ルミアスは身体中の力が一気に抜けたように、その場にペタンと座り込んだ。
どうやら、完全に俺と戦う覚悟を決めてなかったようだな。一気に安心したのだろう。俺だって、そんな理由でこの子とは戦いたくない。
「……で、そのお願いってのはなんだ?言ってみろ」
「う、うん」
ルミアスはその場からゆっくりと立ち上がった。
「あのさ、これからトルマレア王国って所へ戦いに行くんだよね?」
「そうだが?」
「そこに、ヘルムたちもいるんでしょ?」
「……何故知ってる?」
確かに俺たちは、これからトルマレア王国へ殴りこみに行く。そこにキッド率いる海賊団が居合わせているのも把握済みだ。
だが、俺はまだそのことをルミアスたちには教えていない。何故そのことを知っているんだ?
「ラピリアが教えてくれたの!そこにヘルムたちがいるって!」
「……あいつめ、余計なこと教えやがって」
どうやら、ラピリアから聞かされたようだ。俺としては、ルミアスたちに余計な不安を抱えさせないように黙っているつもりだったが。
……まぁ、俺も部下たちに、このことを黙っているように釘を刺してなかったから文句を言える立場でもないがな。
「それで私、ヘルムが危険な場所で戦っていると思うと、居ても立っても居られなくなって……」
……なるほど、大体読めてきた。恐らく、ルミアスが言う頼みってのは……。
「お願いおじさん!私も一緒に戦わせて!ヘルムを助けたいの!」
……やっぱりな。そうだと思った。
だが、そう簡単に了承できない。今回ばかりはスケールが違うんだ。一国を巻き込むほどのデカい戦いになる。ましてや相手はあのべリアルだ。本当に心から覚悟を決めないと命を落としかねない。
「気持ちは分かるが、今回の戦いはお前が思ってる以上に危険だぞ。今まで見てきた海上戦とは大違いだ」
「そんなの分かってる!一国が巻き込まれるほどの戦いなんでしょ!?普通じゃないことくらい十分理解してる!」
「それでも行くってのか?一歩間違えれば、お前だって命を落とすかもしれねぇぞ?」
「危険だってことも分かってる!それでも……」
ルミアスは、今まで見せたことも無い真剣な表情を浮かべ、まっすぐな目を向けて言い放った。
「それでもヘルムに会いたい!危険なのも覚悟の上よ!ヘルムを……大切な人を助けたいの!」
「…………」
……明るくて可愛い子だと思っていたが、こんな勇ましい一面もあったとは。
その目から感じる強い意志は紛れもない決意の証。どうやら俺は、この子を見くびっていたようだ。
「お言葉ですがルミアス殿」
と、さっきまで話を聞いてたガロが口を割ってきた。
「お気持ちは分かりますが、ここは我々にお任せいただきたい。貴女がヘルム氏を想っているのなら尚更です。仮にも貴女の身に何か起きたらヘルム氏に合わせる顔が……」
「ド阿呆が、野暮なこと言ってんじゃねぇよ!」
「お館様?」
ガロの言いたいことは分かるし、間違っちゃいない。だが、ここまで頼みこまれて突き返すのは野暮だ。
「……いいぜ。そこまで言うならがんばりな」
「ホント!?ありがとう!」
俺は、ルミアスに戦場へと赴く許可を与えた。
「お、お館様!よろしいのですか!?」
「ああ、ここまで頑なに言ってるんじゃあ、どうせ断っても無駄だろう。こうなったら寧ろ好きにさせた方がいい」
「……仰せのままに」
ガロは驚愕の反応を示したが、結果的には賛同の意を示した。
「……ただし!俺もガロも、ましてや他の野郎共も、いちいちアンタに構ってやれる余裕は無いんだ!戦いに行くのは勝手だが、自分の身は自分で守れ!それができなきゃ死ぬだけだ!それでも行くんだな!?」
「……行く!絶対に!」
揺るぎない発言。やはり今更止めようとしても無意味のようだ。
「よし!ルミアスちゃん、がんばれよ!全力でヘル坊を助けてやれ!」
「うん!」
〜〜〜(現在)〜〜〜
「おら、早くかかって来いってんだよ!」
「……おのれ……ドレーク!」
仮面の裏で怒りの表情を浮かべているであろうべリアル。だが、家族に手を出されて怒り心頭となっている俺には、脅しにも威圧にもならなかった。
「お義父様……なんてお強い……!」
「ああ、親父は強いよ。俺もガキの頃から、親父から武術を習ったんだ」
離れた位置から見守ってくれているのは、俺の息子とその嫁さん……キッドとサフィアだ。
他にも赤いドラゴンとかワイトとか人間の男とかが居るが……まぁいいや。息子と義理の娘以外の連中には興味無い。
バシュッ!
「お館様!」
「おう、ガロ!みんなやっと来たか!」
そこへ、風の音と同時にガロが姿を現した。
「たった今、我らの仲間たちが戦闘を開始しました!」
「一緒に来た連合軍の仲間はどうした!?」
「ははっ!タイガー海賊団、フォックス海賊団、そしてデイビー海賊団!三つの海賊団も上陸しました!」
「よし!」
どうやら、連合軍の海賊たちも無事に来てくれたようだな。
人虎、武田菊恵のタイガー海賊団。
妖狐、フェリスのフォックス海賊団。
クラーケン、リティアのデイビー海賊団。
魔物娘が船長を務める海賊団が来てくれるのは頼もしい限りだ。この戦いでも活躍が期待できる。
「ガ、ガロ!ガロなのか!?」
「お久しぶりでございます、若様。このガロ・ディガルーク、お館様と共に馳せ参じました」
ガロはキッドの前まで歩み寄ると、忠誠を表すように膝をついて深々と頭を下げた。
「お初にお目にかかります。貴女が、若様の奥方様ですね?」
「は、はい」
そしてガロは、キッドの隣にいるサフィアに話しかけた。
「某、ガロ・ディガルークと申します。以後お見知りおきくださいませ。……若様の奥方様ですから、若奥様とお呼びするべきでしょうか」
「はぁ……」
主である俺の家族とあらば、誰であろうと忠実な態度をとるガロ。キッドの嫁であるサフィアに対しても例外じゃないようだが、本人は若奥様なんて呼ばれ方にしっくりこないようだ。
「ガロ、早速だが一つ任務を与える」
「はは、なんなりと」
俺の呼びかけに応じるように、ガロはすっくと立ち上がり、姿勢を正して俺に向き直った。
まず優先的に、ガロにやってもらうべきこと。それはただ一つ。
「あいつをぶっ飛ばして、二度と洗脳術が使えなくなるようにしろ!」
「……え?あっし?」
俺はべリアルの部下、エオノスを指さしながら命令を下した。
あの男の洗脳術の所為で、キッドだけじゃなくて大勢の人間が洗脳の被害を受けてしまった。原理はよく分かってないが、あいつさえ仕留めて洗脳術を使えなくなるようにすれば、操られる心配も無くなる。
本音を言えば、エオノスを優先的にぶっ飛ばしたいが、べリアルを放っておく訳にはいかない。ここは俺がべリアルを抑え込んで、エオノスはガロに任せるとしよう。
「……御意!」
命令を受けたガロは、仮面の奥からエオノスを見据えながら、ローブの中から湾曲状の刃を出した。そして一歩一歩確実に、ゆっくりと獲物に向かって歩き出す。
「さて……覚悟しなさい」
「ひぃ!じょ、冗談じゃねぇ!」
エオノスは慌てて黒い煙を湧きあがらせ、その場から姿を消し去った。
「無駄な真似を……逃がさんぞ!」
その後を追うように、ガロも白い煙を湧きあがらせてその場から去って行った。
さて……あの野郎はガロに任せるとして……。
「……待たせたな。早いとこ始めようぜ」
「…………」
俺は……べリアルを倒さないとな!
〜〜〜(ヘルム視点)〜〜〜
バシッ!
「うぐぁっ!」
ドガッ!
「ごはっ!」
ドン!
「うぁあ!」
大木に背中を打ち付けられ、力なくその場に座り込んでしまった。
なんてことだ……どう足掻いても敵わない……。
「あらぁ〜、ちょっとやり過ぎちゃったかしら?でもねぇ、こんな簡単にくたばっちゃうのも考え物よ」
僕と戦っている女性……JCは勝ち誇ったような冷たい笑みを浮かべて、ボロボロになってる僕を見下ろしてきた。
「心配ないさ、まだ戦える……くっ!」
身体を起こそうとした途端、全身に強烈な痛みが走った。これでは思うように動くこともままならない。
我ながら情けない。こんなに痛めつけられておきながら、相手には攻撃の一発も当てられないなんて……どうしたものか……。
「そう言ってる割には苦しそうじゃない。無理は体に悪いわよ。大人しく降参したら?」
「そうしても見逃す気は無いんでしょ?」
「当然♪しばらく楽しませてもらうわよ♪」
JCは目を細めて舌なめずりした。その仕草を見るだけで背筋に寒気が走る。
どうやら……手短に僕を殺す気なんて微塵も無いな。こんなサディスティックな女のことだ。散々甚振った挙句、気が済んだら始末するつもりなのだろう。考えるだけで悪感だ。
「真っ平御免だね……僕はまだ、こんなところで死ぬ訳にはいかないのさ」
「呆れちゃうわねぇ、まだそんな減らず口が叩けるの?そうやって生きていて苦しむくらいなら、いっその事死んじゃえば楽になるのに」
……死ねば楽になる……か……。
なんとも酷いことを言う。
「……君さ……」
「……なによ?」
「……今まで心から人を愛したことも、愛されたことも無いんじゃないか?」
頭の中で浮かんだことをそのまま口にした。それを聞いたJCは無表情だったが、不快感を募らせているように見えた。
「……何言ってるの?愛する?ちゃんちゃらおかしいわ。ビジネスの金づるや獲物を愛する必要がどこにあるの?そんなゴミ虫から愛されたいとも思ってないわ」
「……殺し屋は怖いね。人を人と思ってないなんて。ただ、それを差し引いたとしても、君はとても可哀想な女だよ」
ここで初めてJCの表情が少しばかり険しくなった。
「……なんなの一体?何が言いたいの?」
「君と戦っている時にね……僕を殴ったり、蹴ったり、鞭で叩いたりしている君の表情を見て思ったんだ。この女は人間じゃないって」
「どういう意味よ?」
「僕を攻撃している時の君は……笑っていたよ。とても楽しそうにね」
そう……僕を甚振っているJCは笑顔を浮かべていた。楽しそうに、冷たく、狂ったような笑みを浮かべていた。
戦ってみてよく分かった。この女は、人が苦痛に身悶えている姿を見るのが何より喜ばしいのだと。
「ええ、そうね、楽しいわよ。人を痛み付けると体中が快感で震えるのよ」
「そんなんだから人を愛せないし、愛されないんだ」
「……なんですって?」
鋭い眼差しで僕を睨みつけるJC。だが、僕は構わずに言いたいことをそのままぶちまけた。
「君は自分が得られる快感のためだけに人を痛めつけたり、殺そうとする。これがどれほど残酷で惨たらしいことか、君は自覚していない」
「自覚なんてするつもりもないわね!所詮、他人は他人でしょ!?誰を傷つけようと、誰を殺そうと、私の勝手じゃない!」
「そういう思想が、自ら人を遠ざける要因になるんだ!」
苛立ちのままに大声で返されたが、僕も負けじと大声で返した。
「人の気持ちも理解しようとしないなんて、哀れな人間の証だ!僕に限らず、人は君の欲望を満たすための道具じゃない!君は人を人として見ていないんだ!だから人を愛することも、愛されることもできないんだ!」
「調子に乗るんじゃないよ、クソガキ!」
声に怒りを孕ませて、高ぶる感情のままに喚き散らした。
「愛する?愛される?そんな幼稚な思想だから、そうやって死にかけるのよ!私はね、愛なんて要らないの!人を苦しめて、人を殺して、お金を貰う!愛情なんか邪魔なだけよ!」
「……なんて寂しい生き方なんだ」
もはや彼女に対する感情は、怒りよりも哀れみの方が大きかった。
「君みたいに、とても空虚な生き方をしている女は初めて見たよ。哀れだ……本当に可哀想だ」
「……黙りなさい」
静かに放たれる威嚇。だが、僕は決して口を閉じようとはしなかった。
「君はこれからも孤独に生きていくんだ。誰からも想われず、冥土の門をくぐるまで……いや、その後もずっと独り。そんな人生を送って、儚いと思わないのかい?」
「黙れって言ってるでしょ!」
「何故黙ってほしいんだ?図星だからか?僕の言ってることに心当たりがあるからか?一言も言い返せないからか?」
「黙れ!黙れ!黙れぇ!」
金切り声が天まで響き渡る。
発狂寸前のJCに向かって、とどめの一撃を言い放った。
「孤独は死んだ後も続く!人を人と思わない君は、永遠に一人ぼっちなんだよ!」
「……許さないよこのガキ!」
「!?」
僕に向かって一直線に伸びてくる紐。
いや、紐なんかじゃない。あれは……JCの鞭!
「うごぉ!」
まるでとぐろを巻く蛇のように、鞭は素早く僕の首に巻きついてきた。
そしてこの後、何をする気なのか気付いた時には……もう手遅れだった。
「殺してやる!殺してやるわ!」
「おぉ!ご……ごはっ……がぁっ……!」
力強く引かれるJCの腕。その力に呼応するかのように僕の首を締め付けてきた。
「うぉ……ご……おぁ……!」
喉を締め付けられて呼吸がままならなくなる。声も徐々に掠れて、容赦ない苦しみが僕を襲う。
「癪に障るガキね!やられっ放しの雑魚のくせに!もういいわ!散々甚振ろうと思ったけど気が変わった!お前なんかすぐに殺してやるよ!」
「うぉ、ご……ごぁあ……!」
……駄目だ……体が動かない……苦しい……!
「うごぉ……お、おば……おぁ……は……」
……声もまともに出ない……意識も……もう……
「あ……がぁ……」
……僕は……このまま死んじゃうのかな……。
悔しいな……心残りが山ほどあるのにな……。
もっとキッドたちと冒険したかったし、学びたいことも沢山あったのに……。
そして……何よりも…………彼女に会いたかったな……。
生まれて初めて……心の底から愛した女性……。
「……ルミアス……」
君に……会いたかった…………
「ヘルムーーー!!!」
…………え?
ドカッ!
「くっ!」
「ごほっ!ごほっ!はぁ、はぁ…………え?」
首から鞭が離れたような感覚がした。そして徐々に薄れていた意識が元に戻る。それと同時に首を絞めつけられる苦しみが消え失せて、まともに呼吸ができるようになった。
……なんだ?今、何が起きたんだ……?
「……!?」
徐に視線を上げてみると……そこには、鞭を手にしてこちらを睨みつけているJCが……
いや、その視線が向けられているのは僕じゃない。その先には……。
「…………」
今まさに、一人の人物がJCと対峙している。金髪のポニーテールに、エルフのような長い耳。
……なんだろう……この後ろ姿……なんだか懐かしいような……?
「あ、あの……」
思わず声をかけた瞬間、そのエルフはゆっくりと振り返った。
ここでようやく気付いた。
エルフの右手首には……銀色のブレスレットが……それも、太陽のシンボルが……!
「……ルミ……アス?」
「……ヘルム……」
……間違いない……このエルフは……僕が心から愛している女性!
……って、待てよ……。
「……あ、あはは……僕、こんな時に夢でも見てるのかな……こんな所に彼女が居るわけが……」
そうだ……ルミアスはどこか遠い島で足の病を治している最中だ。
まさか、この反魔物国家の島に……ましてやベリアルに乗っ取られている島に居るわけが……
「……夢じゃないよ……」
僕の目の前にいるルミアスは……両目から涙の珠を零しながら感極まった震え声を上げた……。
「ヘルム!!」
「うわっ!?」
そして、勢いよく僕に抱きついてきた。全身痛めつけられてる所為で、こうされただけでも相当痛むはずなのに、今は痛みすら感じる余裕も無い。
心地よくなりそうな人肌の温もり。鼻をくすぐる懐かしい香り。
これが夢だったら、こんなにハッキリと感じるものだろうか?
「えっ?ちょ、まさか、本物!?これ、現実なの!?」
「……も〜!三年ぶりの再会なのに!しっかりしてよね!」
未だに夢と現実の区別がつかない僕を見かねて、ルミアスは涙で潤った瞳で僕を見つめながら、右手首のブレスレットを見せてきた。
「このブレスレットをプレゼントしてくれたのはヘルムでしょ!?まさか……あの時の約束、忘れたなんて言わないよね!?」
「え、いや……忘れる訳ないでしょ!」
右手で光り輝いている太陽のブレスレット。間違いない……これは僕が貯金をはたいて買ったブレスレットだ。
ということは……まさか、本物のルミアス!?
「……ヘルム……会いたかった!!」
「わわ!?」
再び衝突してくる柔らかい感触。この瞬間から改めて、これは現実だということを実感した。
まさか……会いたいと思った途端に会えるなんて。
でも何故?なんでルミアスがこんな所に?
嬉しさと困惑が頭の中で混じり合い、冷静な判断ができなくなってきている。
「あ、いた!ルミアス!それに……ヘルムさん!」
「あ、お母さん!」
「……え!?リ、リズさん!?」
急な展開に戸惑っていると、それに追い打ちをかけるようにまたしても意外な人物がこちらにやってきた。
その人はルミアスの母……リズさんだった。
「よかった。ヘルムさんに会えたのね……って!やだ!ひどい怪我!大丈夫ですか!?」
「え、あ、その……だ、大丈夫じゃない……かも」
「大変!すぐに手当てしないと!」
ボロボロ状態の僕を見て、リズさんは慌てて僕に駆け寄ってきた。
いや……労わってくれるのはありがたいし、ルミアスとリズさんに会えたのは嬉しいよ。
それより事情が全然把握できてないんだけど……。
「あ、あの、どうして二人がこんな所に?」
「そうね……できればもっとヘルムとの再会の喜びを噛みしめたいし、ここまで来た経緯も説明したいけど、その前にやるべきことがあるわ」
静かにそれだけ言うと、ルミアスは振り向かずに視線だけ背後に向けた。
その先には……JCが無言で僕たちを睨んでいた。まるで、早くしろとでも言いたげな目だ。
「ヘルム……あの女にやられたのね?」
「あ、ああ……面目ない」
「謝る必要なんて無いわ」
ルミアスは僕を抱きしめている腕を離し、その場で徐に立ち上がった。
「お母さん、悪いけどヘルムをお願い。できれば怪我の手当てもしてあげて」
「え?ルミアス、貴方はどうするの?」
「どうって……そんなの、決まってるわ」
ルミアスは左手をギュッと握り……。
「あんたをぶっ飛ばしてやるのよ!」
背後へ振り返り、JCを指さしながら怒鳴り声を発した。
それは明らかに……JCへの宣戦布告だ。
「……また続々と新手が来て……これ以上迷惑かけないでくれるかしら?こっちは生意気なガキを締め上げるのに手一杯なのよ」
「うるさい!この年増女!!」
「……あ?」
殺意に満ち溢れた眼差しがルミアスに向けられる。
しかし、どんなに威圧的な態度を取られても、ルミアスは怯むどころか、その睨んでいる相手に負けじと敵意の目で睨み返した。
「あんた……よくも私の大切な人をこんなに傷つけてくれたわね!タダで済むと思ったら大間違いよ!」
「……へぇ〜、あなたたちってそういう泥臭い関係?」
「ええそうよ!泥臭いは余計だけど、そういう関係よ!何か文句あるの、おばさん!」
「……は?」
……なんでそう一々互いに挑発的になるのさ。
女って怖いよ……。
「……ふっ、恋人を傷つけられた仕返しってこと?私に挑む理由が青いわねぇ。そういうのを無鉄砲って言うのよ」
「…………」
肩を竦めて余裕を見せびらかすJCだが、ルミアスは睨んだまま何も言わなかった。
「第一、私が何者か知ってるの?」
「……なんなのよ?」
「殺し屋よ、殺し屋。文字通り、殺しのプロってところかしら。こう見えて戦闘での経験は長いのよ」
JCは挑発的に目を細め、舌舐めずりする仕草を見せつけてきた。
「あなたって見たところ、戦闘の『せ』の字も知らないド素人のようね。そんなか弱いお嬢さんが殺し屋に喧嘩を売るなんて、くだらないジョークだわ。もしかして、正義のヒロイン気取りのつもりかしらねぇ?」
明らかに挑発的な発言。これもルミアスが戦いに慣れていないと判断したためだろうか。
だが、悔しいけど事実だ。現にルミアスは、戦闘に関しては全くの素人で……
「ま、そこまで戦うって言うのなら、少しくらい手加減してあげt」
ドガッ!!
「ごほっ!?」
「……お生憎様……」
……え?蹴った?
「これでもまともに戦えるのよ!!」
ドガァン!!
「ぶぉあぁ!!」
……え?え?えぇ!?
ちょ、なにが起きたの!?なんか、JCが蹴り上げられたんだけど!?
「うぁらぁ!!」
ドン!ドン!ドガァ!
「なぁっ!?くっ!ふぬぅ!」
「……ル、ルミアス!?」
ここでようやく理解した。さっきJCがぶっ飛ばされたのは、ルミアスのキックの所為だ。
しかも、今でもルミアスは容赦無く蹴りの連撃を……って!
「誰がか弱いよ!何がジョークよ!誰がヒロイン気取りなのよ!!」
ドドドドド!
「くっ!この……うぁ!」
「これでもまだそんな事が言えるの!?どうなの、おばさん!」
……おかしいなぁ。やっぱりこれって夢なのかな?
僕の目の前にいるルミアスは、蹴り技だけで戦ってるし、圧倒的にJCを押している。
……ルミアスって……こんなに強かったっけ?
「そらぁ!」
「ちっ!」
ルミアスのキックを寸でのところで避けたJC。そして、ルミアスの足の先には大きな岩が……!
ガシャン!!
……あれ?砕けた……って!
「くっ!外しちゃった!」
いやいやいやいやいや!
なになになになになに!?
外した以前に、蹴り一発で岩が粉々って、どういうことなの!?
普通は足傷めるよね!?最悪の場合、骨が折れるよね!?
どんだけ強力なの!?て言うか、ルミアスはどうしちゃったの!?
「このっ!うっとうしい小娘だn」
「もらったぁ!!」
ドゴォン!!
「ごはぁっ!?」
相手の攻撃をしっかりと見切って、その隙を付いて強力なキックを腹部にお見舞いした……。
「くそっ!一時回避よ!」
そう言うと、JCの身体が透明になり、ルミアスの視界から消え去った。
しまった!あの能力の所為で僕は敵わなかったんだ!このままじゃルミアスが……!
「…………」
しかし、ルミアスは大して驚いた様子も見せず、落ち着いた動作で足元に転がっている石ころを数個拾った。
そして……
「それっ!」
石ころを自分の周囲に向かって投げた。すると、
「いたっ!」
そのうちの一つが何かにぶつかると同時に、そこから女の声が聞こえた。
そう……つまりそこに……!
「……透明の意味無いわね!」
口元を釣り上げ、勝ち誇ったような笑みを浮かべたルミアス。
そして……!
「猛襲!百烈脚!!」
ガガガガガガガガ!!
「うぁぁぁぁぁぁ!!」
目にも留まらぬ速さのキックラッシュがJCを襲う!強烈な猛攻を食らった瞬間、JCの透明化が解除された!
「そらぁ!」
「ごはぁっ!」
そして最後の一発が放たれた瞬間、JCの身体は凄まじく突き飛ばされ、背後に立っている木に身体を打ち付けてしまった。
……ちょっと待ってよ……本当にさぁ……!
「どうなってるの!?なんで!?どうして!?何がどうなってるの!?」
強力な蹴りの攻撃に、的確な判断。僕の知ってるルミアスは、戦いに関してこんなに冴え渡っていない。
頭の中が混乱しっ放しで、何が何だか分からない!ルミアスと会わなかった三年間、一体何があったの!?
「あの……三年前からなのですが……」
と、困惑している僕を見かねたのか、リズさんが苦笑いを浮かべながら話しかけてきた。
「ルミアスの治療を引き受けてくださったお医者様が格闘のプロでしたの。それで、病にかかってる足のリハビリとして、そのお医者様から蹴りを重点に置いた格闘技を習い始めましたの」
「……で、あんなに強くなったと?」
「はい」
どうやらあの技は、その医者とやらから受け継いだらしい。それにしても……。
「たった三年であんなに上達するのですか!?ましてや、リハビリとしてやってるなんて……」
「ええ、私も驚いてます。でも本人は早く病を治すためだと言って、張り切って修業を積み重ねたのです。そしたらあんなに逞しくなりまして……今ではすっかり、キックファイターです」
……三年であんなに強くなれるものなの?いや、もしかしたらルミアスには元から格闘の才能があったのかもしれない。それが今になって開花したのだろう。
……でも……
「……少なくとも僕より強い……ですよね?」
「……多分」
これだけは言える。
今のルミアスは、僕の数十倍以上に強くなってる。まさか、三年の間にあそこまで変わるなんて……。
……なんだかなぁ……男としての面目丸つぶれだ……。
「ほら!早くかかってきなさい!まだ終わってないわよ!」
呆気にとられている僕に気付かず、ルミアスはJCを挑発してきた。
「うぐっ!はぁ……はぁ…………見くびってたわ。意外とやるじゃないの……!」
JCはふらふらになりながらも、落ち着いて体勢を整えた。
しかし、今の攻撃が相当効いたのか、かなりダメージが溜まっているように見える。それでも降参する気は毛頭ないようだが。
「……いいわ。あなたも、あなたの彼氏も、そしてあなたの母親も……全員残らず殺してあげる!」
「やれるものなら、やってみなさい!あんたになんか負けないんだから!」
そして今……女同士の熾烈な戦いが幕を開けた。
「あんただけは……絶対に許さない!!」
14/02/24 22:11更新 / シャークドン
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