傷付けぬ手段
「うぉぉぉ!一気に攻め込めぇ!」
「いやぁ!やめて!来ないでぇ!」
「問答無用だ!」
丸腰なレッサーサキュバスを乱暴に追い掛け回す兵士の部隊。
「きゃあああ!助けて〜!……な〜んちゃって♪」
「なにっ!?って、おわぁ!な、なんだこれは!?う、動けない……!」
かと思ったら、突如と現れた魔法陣によって動きを封じられてしまい……。
「ふふ、掛かったわね!さぁみんな、早い者勝ちよ!」
「きゃあああああ!!」
「おわっ!や、やめろ!来るな!わ、あわぁぁぁぁ!!」
次々と発情した魔物娘の餌食となった。
「ヒャッハー!あたいの電撃で痺れちまいな!」
「うわあああ!サ、サンダーバード……あばばばばば!!」
「へっへへ!さぁ、ハードなライブにしようぜ!」
サンダーバードの電撃を食らい、身体が痺れて動けなくなったところを襲われる兵士。
そしてそのお零れに預かろうとする他の魔物娘。
「待ちなさ〜い」
「ぎゃああああ!!」
「く、来るなぁ!俺、ムカデだけは苦手なんだよぉ!」
「じゃあ私とシよ〜ニャ〜!」
「え、あ、しまっ……のわ!」
「ふふ、捕まえたニャ〜♪」
「よかった〜。そっちの人、ずっと前から好きだったんだ〜」
「あ、ちょ、ま、やめ、うぎゃああああ!」
大百足から必死に逃げる二人の兵士。その内の一人は待ち伏せしていたワーキャットに捕まり、もう一人の方も大百足に捕まってしまった。
どうやらあの大百足とワーキャット、グルだったようだ。
「あぁっ♥あ、はぁ!気持ち良いよぉ♥もっと、もっとぉ♥」
「はぁっはぁっ!も、もう出る!」
「うん、いいよ!あ、ひゃぁん♥いっぱい出して!大好きなあなたの赤ちゃんの素を注いで♥私を孕ませてぇ♥はぁっ、ああっ♥」
モスマンの鱗粉を浴び、思考を単純化されてひたすら騎乗位で犯されまくる兵士。そして鱗粉の効果に便乗して、兵士たちを欲のままに犯す大勢の魔物娘。
……と、見ての通り、魔物娘の勢いは衰えるどころか徐々に増していく一方だった。
「オーッホッホッホッホッホ!!」
……なんか一人あからさまに怪しいのが見えたけど見なかった事にしよう。
「ふ〜ん……」
卑猥な喘ぎ声があちこちで響き渡る街中。私ことJCは姿を消しつつ、魔物で溢れてる街の様子を眺めていた。
どこもかしこも、己の欲を満たす事で頭がいっぱいな魔物ばかり。誰もが人間の男を求めて奔走している。
でも……。
「……なんか臭うのよね……」
臭うというのは……念のために言っておくけど、決して男共の精液の臭いでも、魔物娘の愛液の臭いでも、はたまた交わりの最中に発する汗の臭いでもない。
……まぁ実際にそういう臭いは感じるけど……じゃなくて!
街にいる魔物の殆どは、元々トルマレアの国民だった人間たち。更に言えば、さっきまではみんなエオノスの術によって固められていた。
動けるようになった途端にあの団結力のある行動はどうも不自然に思えてならない。まるで……何者かの指示に従ってるように見える。
「……どこかに指導者が居るのは確かね。問題は何処に居るのやら……」
統率力のある行動を取るには、指導者は必要不可欠。各々が勝手な行動を取ったら、団結力のある行動なんて出来ない。誰かが指示を出してこそ動ける。
気になるのは肝心の指導者が何処に居るか。ついさっきまで街中を一通り見て回ったけど、どうにもそれらしき人物の姿は見当たらなかった。
強いて言えば、色鮮やかな着物を着た稲荷や、白衣を着たサキュバスが国民たちに呼びかけていた姿を見た。でも二人とも本命の指導者って訳じゃなさそうだったし……。
「……ん?」
あれこれ思考を巡らせていると、目の前に一人の女の姿が見えた。
偶然だけどその女は……たった今想像していた白衣のサキュバスだった。
「さて、報告しなきゃ……」
そう言いながら、サキュバスは白衣のポケットから何かを取り出した。
あれは……水晶玉?なんでそんな物が?
「もしもし、こちらシャローナ。頼まれた作戦は無事に成功したわ」
「そうか、よくやってくれた」
「!?」
なんと、誰かは分からないけど……その水晶玉から男の声が聞こえた。
「で、次はどうすればいい?」
「そうだね……まだ西側に張っておいたトラップが残ってるし、手持無沙汰な魔物も居るでしょ?出来るだけ多くの兵士をそこまで誘導して、まだ夫の居ない魔物と会わせるんだ」
「了解!」
サキュバスは水晶玉をポケットに戻し、背中の翼を使って西側に向かって羽ばたいて行った。
……この光景を目の当たりにした瞬間、さっきまで疑問に思った点が解決した。
「……なるほど、そういうこと♪」
指示の大元はあのサキュバスでも稲荷でもない。何処かにいる人間の男のようね。
さっきの水晶玉を利用して、遠くからサキュバスたちに指示を出して、その通りに魔物たちを動かせる。
と……そんな感じの作戦みたい。だとすれば、やるべき事が決まったわ。
「あの水晶玉に通信能力があるのなら、まだその痕跡が残ってる筈……!」
さっきのサキュバスが手にしてた水晶玉……実のところ、以前からずっと見てきた物でもあった。
あれは通信する際には自分の水晶玉と相手の水晶玉を魔力で結びつける仕組みになっている。ただし、魔力で繋がった跡がその場に残ってしまうのが玉に瑕なのだ。
とは言え、その痕跡は人間の目には見えない為か、それほど問題視されていないのが現状だった。尤も……。
「これを使えば見えちゃうけどね」
胸元のジッパーを開けて、スーツの内部ポケットから小型の杖を取り出した。そして杖の先端から青色の光を放出させて、サキュバスが居た場所を照らしてみた。
「……見えた。これね」
想定通り……白い煙の魔力が宙を浮いていた。そして太めの線状となって、何処か別の場所へと向かっているのが目視できる。
これぞ水晶玉が発する通信魔力。これを辿れば、魔物たちに指示を出してる黒幕の下に行けるわ。
「さぁて……ご挨拶に参ろうかしら」
唇を嘗め回しながら、煙の魔力を道標に足を進めた……。
〜〜〜(シルク視点)〜〜〜
「意外だな。この辺には兵士を配置してなかったようだな」
「ああ、とにかく急ぐぞ!」
キッドたちと別行動を取ってから数分後。
私は牢屋に閉じ込められている父上と姉上を救う為、リシャスと共に牢獄部屋に向かっていた。道中で洗脳された兵士と出くわすと思っていたが……意外にもここまで一人も会わなかった。まさか、兵力の殆どをキッドたちに向けているのだろうか。そうだとしたら、キッドたちには申し訳ないが楽が出来てありがたい。
「見えたぞ!あれが牢獄の扉だ!」
「どういうことだ……見張りの一人も居ないなんて」
「さぁな。だが今は好都合だ!」
そして駆け抜けるうちに、目的の牢獄部屋の扉が見えてきた。見たところ扉にも見張り番らしき兵は見当たらない。
手抜きにも程があると思ったが、むしろその方が良い。
バァン!
「父上!姉上!助けに参りました!」
扉を蹴飛ばすように開き、冷たい部屋の中に向かって大声で叫んだ。姿勢を整えて部屋を見渡してみたが、どの牢屋にも父上と姉上の姿は見当たらない。
「どこにも見当たらないな……」
「いや、もっと奥にある牢屋かもしれない。行って見よう!」
「ああ!」
何も牢屋はこれだけではない。もっと先へ進めば他にもある。
奥へ行って探して見ようと思ったら……。
「!……ね、ねぇ!今の声、もしかしてシルク!?」
部屋の奥から聞き覚えのある声が聞こえた。
今の声は……そうだ!間違いない!
「アイナお姉様!ご無事でしたか!」
「アイナ?」
「ああ、私の姉上だ!」
確かに奥の方から聞こえた。やはり奥の牢屋に閉じ込められていたか。
「待っててください!今そちらへ参ります!」
私はリシャスと共に急いで部屋の奥へと駆け出した。その最中に辺りの牢屋を隈なく見渡し、どの牢屋に姉上たちが閉じ込められているのか探し出した。
「一体どこに……?」
「シルクー!私たちはこっちよ!」
「!……あ!アイナお姉様!ユフィお姉様!」
そして部屋の一番奥に差し掛かったところで、ようやくお姉様たちの姿を見る事が出来た。よりによって出入り口から一番遠い牢屋に閉じ込められていたなんて……。
「姉上!助けに参りました!」
「シルク!ご無事でしたか!よかった……心配していたのですよ!」
「それは私の台詞です!二人とも、怪我はありませんか!?」
「ええ、私たちは大丈夫!だけど……その……」
姉上たちが閉じ込められている牢屋に駆け寄り、思わず鉄格子を掴んで姉上たちに話しかけた。
ユフィお姉様にアイナお姉様。どうやら二人とも特に怪我は負ってないようだ。
だが、何故かアイナお姉様はどこか浮かない表情を浮かべている。具合が悪い訳でもなさそうだが……一体どうしたのだろうか?
……そう言えば……父上は?
「……なぁシルク、この人たちがお前の姉上か?」
「ああ、そうだ」
「それじゃあ……その隣の牢屋にいる男は誰だ?」
「え?」
リシャスに指差された方向へと視線を移して見た。
「!?」
そこに閉じ込められている人物の姿を目の当たりにして……不意にも絶句してしまった。
「そんな……まさか……!?」
それもその筈……。
何故なら……その人は紛れも無い……!
「父上!!」
そう……トルマレアの国王を務めてる私の父上、ワトスンが仰向けに倒れていた。
だが、そのお姿はあまりにも無残だった。全身が炎で焼かれたかのように黒焦げになっており、髪も髭もボロボロ。もはや一目見ただけでは生きてるかどうかさえ判断出来ない状態に陥っていた。
「父上!どうなされましたか!?私です!シルクです!どうか返事をしてください!」
父上を閉じ込めてる牢屋に駆け寄り、鉄格子を掴みながら必死に呼びかけた。だが、父上は私の声に反応せず、返答どころか閉ざされた瞼も開く気配が無い。
どうなっているんだ……何故こんな事に……!?
「父上……一体何が……!?」
「……ベリアル……」
「え!?」
すぐ隣の牢屋の中にいるアイナお姉様が、悔しそうに歯軋りをしながら口を開いた。
「ベリアルよ!あいつが黒い雷を放って、お父様をこんな目に遭わせたのよ!」
「!……おのれ……ベリアル!」
姉上曰く、父上をこんな状態にしたのはベリアルとのこと。
あいつが父上をこんな目に!バルドの件と良い、トルマレア侵略の件と言い、どこまで憎たらしいんだ!
「おまけにお父様から指輪まで取り上げて……本当に許せない!」
「指輪?」
「ほら、お母様の形見の、あの指輪よ!『俺の計画に必要』とか、訳の分からない事を言いながら強引に……!」
「まさか!」
アイナお姉様は興奮気味に語った。
母上の形見の指輪を……取り上げた!?何故だ……なんでまたそんな真似を!?
意味が分からない……奴の真意が理解出来ない!
……ん?待てよ……計画?
「姉上、『計画に必要』だと……ベリアルは確かにそう言ったのですか?」
「え、ええ、間違いないわ!確かにそう言ってた!」
……なんだ?何か引っかかるな。
そう言えばブラック・モンスターにて、リリカからトルマレアの出来事を教えてもらった時、確かこう言ってたな……。
『確か……この国の秘密は俺のものだ!……って言ってたのを覚えています』
……この国の……トルマレア王国の秘密。
今思い返してみれば、ベリアルの目的はまさにその『秘密』だと思われていた。そして強引に取り上げられた父上の指輪。
これらに何かしらの繋がりがあるとすると……。
「その指輪とやらがベリアルの手にあるとなると、恐らく奴は着々と目的に近付いているだろうな」
私の心境を代弁するようにリシャスが言った。
「……ああ、私もそう思う。そして、あくまで仮説だが、私や姉上が知らないとしても……父上なら……」
私にはトルマレアが隠している秘密なんて全く分からない。この国に生まれて、この国に暮らしてかれこれ18年は経つが、未だに国の秘密なんて聞いたことが無い。
だが……仮の話だが、父上のみが国の秘密を知っていたとすれば、辻褄が合う。父上は私がこの世に生まれるずっと前から国王に就任していた。王宮の構造から国の歴史、更に現在のトルマレア国民の人数まで把握している父上だ。誰よりもトルマレアと共に生きてきた父上なら、この国の秘密とやらを知っていても不思議ではない。
ただ、あのベリアルが執拗に狙う程のものだ。相当まずいものには違いないのだろう。
……この国が何かを隠してるなんて……考えたくもないが……。
「あの……ところで、シルク」
思案に暮れていたところで、アイナお姉様が私に呼びかけてきた。
「その人……誰?」
そして私のすぐ傍にいるリシャスを指差した。
……そうだ、しまった。リシャスはヴァンパイア。大まかに言えば魔物娘だ。
元々トルマレアは反魔物国家であり、姉上たちも魔物は悪だと教えられてきた人間だ。今更魔物娘は悪じゃないなんて言っても理解してくれる訳でもないだろうし、どうすれば……。
「あ〜、えっと、この人はだな……」
「シルク、無理に誤魔化す必要はありません」
どう答えればいいのか迷っていると、ユフィお姉様が真剣な面持ちで口を開いた。
「私には説明されなくても分かります。そちらの方は……魔物ですね?」
「ええ!?魔物!?」
「あ、姉上……!」
しかもリシャスが魔物であることをいとも容易く見抜いてしまった。
「しかもヴァンパイア。魔物の中でも上級の立場にいる魔物ですね」
「ほう……よく分かったな」
「これでも幼少時からありとあらゆる魔術を習得していきました。あなたほどの魔物が持つ高い魔力を感じ取るくらい、容易です」
ユフィお姉様はヴァンパイアを前にしても冷静な態度を崩さなかった。
そう言えばユフィお姉様は、トルマレア王国随一の魔術師。魔物の魔力を読み取るなんて容易く出来る。確かに今更誤魔化すなんて無駄な真似だったようだ。
「ちょ、ちょっと待ってよシルク!あんた、どうして魔物と一緒にいるのよ!?しかもよりによってヴァンパイアって、高等種族じゃない!」
やけに落ち着いてるユフィお姉様とは違い、激しく動揺しているアイナお姉様。
そうなるのも無理はない。消息すら掴めていなかった妹が生きていたと思ったら、魔物を連れて目の前に現れたのだ。驚かない方がおかしい。もしも、父上が今の私たちを見たら仰天するだろうな。
「話せば長くなるのですが、どうか安心してください。こちらのリシャスは決して悪い者ではありません」
「そう言われても……」
「現にリシャスは、この国に帰還するまで私を様々な面で助けてくれました。私が姉上たちを助けに参ろうとして、自ら同行を申し出てくれたのもリシャスです」
「そ、そう?でもなぁ……」
アイナお姉様を説得するように話したが、それでも魔物に対する不信感は拭えてないようだ。
「……別に、私を信用しろとは言わない」
すると、黙って私たちの会話を聞いてたリシャスが口を挿んできた。
「だが、せめて妹の言うことだけでも信じてやってくれないか?シルクは、お前たちを騙すような女じゃないだろ?」
「リシャス……」
自分が何者かまでは言わなかったが、私だけでも信じるように言ってくれたリシャス。その言葉は何よりもありがたいものだった。
「……ええ、最初からそのつもりですよ」
ユフィお姉様がやんわりとした口調で話しかけた。
「私は貴方のことなんて全く分かりません。しかし、シルクは貴方を心から信用しています。ならば私も貴方を信じましょう」
「そう言ってくれると助かる」
少なくともユフィお姉様は信じてくれるようだ。私としても、そうしてくれるのは本当に助かる。
「……ま、まぁ、お姉様がそう言うなら……」
そしてアイナお姉様も、ほんの少しだけ気を許してくれたようだ。
何はともあれ一安心……と言いたいが、まだ胸を撫で下ろしていい状況ではないな。
「姉上、今の城内は危険です!とにかく此処から早く出ましょう!」
「そ、そうね!シルク、早くここから出して!」
「はい!と、言いたいですけど……」
「?」
早いとこ姉上たちをこんな牢屋から出して、安全な場所まで送りたい所存。
だが……。
「……牢屋の鍵、持ってないのです……」
「……え?ちょ、待ってよ……ここから出す為に来てくれたんじゃなかったの?」
「一応そうなのですが……救出することばかり考えてて、鍵のことはすっかり忘れてました……」
「うっそぉ……」
……早とちりとはまさにこのこと。牢屋に閉じ込められてると聞いた時点で、一旦鍵を取りに行くべきだった。
「で、でも!大丈夫です!今すぐ鍵を取りに行くので、それまで待っててください!牢屋の鍵の保管場所なら分かるので……」
「……あの、それなのですが……恐らく、シルクが考えているほど甘くないですよ」
牢屋の鍵を取りに行こうとしたら、ユフィお姉様が気まずそうに言った。
甘くない……どういう意味だ?
「その牢屋の鍵ですが、シルクが知ってる保管場所にはありません。実は、一人の人間が常に所有していまして……」
「え?と言うことは……」
鍵を持ってる人物を探さなければならない……と言うことか。
なんてことだ……確かに甘くなかった。これは苦労が強要されることになりそうだ。
で、肝心の鍵を持ってる人物とは一体誰なんだ?
「それで、その鍵を持ってる人間とは?」
「えっと……それが……」
「?」
私の質問に対し、ユフィお姉様が大層困った表情を浮かべながら答えた。
「鍵を持ってるのは……ベリアルなのです」
「……え?」
「……言っておくけど、マジだから。嘘じゃないから。本当だから」
「……ええっ!?」
「……なんであいつが持ってるんだ……」
私は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまい、リシャスは参ったように額に手を当てた。
ベリアル……今回のトルマレア侵略の件の首謀者。
まさか……よりによってあいつが持ってるなんて……!
「と言うことは……ベリアルを倒さない限り、姉上たちはここから出られない……」
「そ、そうね……」
今頃キッドとオリヴィアがベリアルの元へ向かっている筈だ。こうしちゃいられない。急いでキッドたちと合流しよう!
「リシャス!急いでキッドたちと合流するぞ!なんとか奴から鍵を奪い返して……」
「…………」
「……リシャス?」
リシャスは落ち着いた動作で、姉上たちを閉じ込めてる牢屋の鉄格子に触れた。その様子は、まるで鉄格子の質感を確かめているようにも見える。
「ふむ……」
そしてリシャスは、徐に腰の鞘からレイピアを抜き取った。
……まさか?いや、そんな馬鹿な……。
「いや、リシャス。この牢屋は大砲でも簡単に壊れない頑強な造りになっているんだ。いくらなんでも……」
ズバババババ!!
「……え?」
「……ふん」
……チャキン
ガラガラガラガラ!!
「…………」
「えぇ〜!?」
「……で、大砲がなんだって?」
「……あ、いや、その……何でもない……」
……鍵なんて要らなかった。
レイピアによる素早い連撃が繰り出され、鋭利な刃が鞘に収められたかと思うと、牢屋の鉄格子は無残にもバラバラに切られてただの鉄の破片と化した。
そしてこのドヤ顔……御見それしました。
「さ、早く出るんだ」
「ど、どうもありがとうございます……」
「……シルク、あんたの友達、色々とヤバいって」
「あ、あはは……」
呆気に取られながらも、大きく開かれた穴から出て来た姉上たち。そしてアイナお姉様に耳打ちされたが、私はただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
「まずは安全な場所まで連れて行かないとな」
そんな私たちを尻目に、リシャスは父上を閉じ込めてる牢屋も同様に切り刻んだ。これで、気を失ってる父上も何処かへ連れて行ける。
「とりあえず、私たちの船まで連れて行こう。運が良ければ、シャローナに国王の容体を見てもらえるかもしれない」
「そうだな。では姉上、今からご案内しますので、付いて来てください」
「ええ、お願いします!」
「さて……よっこらしょ!……お父様、こんなに重たかったっけ?また最近太ったわね……」
アイナお姉様は持ち前の運動神経を頼りに、気絶している父上を背負った。
さて、姉上たちを海賊船に案内したら、また城に戻るとしよう。
その時には……今度こそ……バルドを……!
「このまま行かせると思ったか?」
「え?」
早速この部屋から出ようとした瞬間、出入口の方から聞き覚えのある声が聞こえた。
「何やら騒がしいと思って来てみれば……こんな所にいたとはな」
闇の中から少しずつ姿を現す声の主。
その人物は……間違いない。
私が探し求めていた男だった。
「バルド!」
そう……私が助けたいと思っていた男、バルドが立ちふさがった。自慢のファルシオンを構え、獲物を捉えるような目つきで私たちを見据えている。
「ようやく会えた……!」
相手は明らかに殺意を放っている。だが、私としてはようやくバルドに会えた嬉しさで胸がいっぱいだった。
まさかここで会うとは思わなかった。だが、これも巡り合わせ。ここで会ったからには、今度こそ……!
「あの時は仕留め損ねたが、今度はそうはいかないぞ!」
だが、私の目の前の男は威圧するような口調で睨み付けてきた。
私としたことが、浮かれている場合じゃなかった。そうだ……バルドはまだ洗脳が解かれていない。今は喜んでる場合ではなかったな。
「あんた、バルドじゃない!どうしたのよ、そんな……あからさまに敵意を剥き出しにして」
「お気を付けください姉上!今のバルドは、ベリアルたちによって洗脳されているのです!」
「ええ!?それじゃああいつ、敵になっちゃってるの!?」
「なるほど……確かに、何か邪悪な魔力に憑りつかれてるようですね。普段のあの人からはあんな魔力、微塵も感じないのに……」
手短に説明すると、アイナお姉さまは驚き、ユフィお姉さまは冷静に目を細めてバルドを見据えた。
「何言ってるかさっぱり分からんが、とにかくお前たちを逃がす訳にはいかないな」
「ほう……やはりただで通す気は無いようだな」
「当然だ。俺はそこの女共なんてどうでもいいと思ってるが、ベリアル様の野望を邪魔する敵は、片っ端から斬るまでだ」
「っ!」
……何がベリアル様だ。操られてるとはいえ……憎きあの者を主呼ばわりする言い方は不愉快極まりない。
バルド……お前が従うべき主は……この私だろうが。
幼少の頃からずっと付き従い、武術の稽古に付き合い、勉学にも貢献し、今に至るまでずっと傍にいてくれた。私はお前を信頼していた。お前も私を信じていると……ずっと前に言ってくれた。
私にとって、お前との記憶は何にも代え難い宝物だった。なのに……お前にとって、私との記憶はそれっぽっちの物なのか?
……いいだろう。記憶から掠れかけてるのであれば……また再び呼び起こすまで!
「……リシャス、姉上と父上を頼む」
「頼むって……お前はどうする気なんだ?」
「バルドを……助ける!」
自ら前へ踏み出て、武器を構えるバルドと対峙した。
「お前はあの時の……剣すらまともに振らなかったお前が何の用だ?」
「もうあの時の私とは違う。堂々とお前と向き合うことにした」
あの時はバルドを傷つけてしまうのが怖くて、まともに戦えず、剣も振れなかった。
だが、今はもう違う。敵の術に掛かってしまったバルドを助ける為にも、私はどこにも逃げない。
「なんだ、あの時と比べたら随分と変わったな。どういう風の吹き回しだ?」
「私はもう決めたんだ。再びお前と相見える機会が訪れたら、その時はもう逃げも隠れもしない。真っ向からお前と向き合う。それが……私にとっても、お前にとっても良い方法だ」
「……よく分からんが、やる気になったのは結構な事だ」
自ら相手を請け負ってきたのが満足なのか、バルドは口元を吊り上げながら私を見据えてきた。
「……いいだろう。その心意気に免じて、他の連中は見逃してやる」
「それはまた……気遣い痛み入る」
「勘違いするな。此処でお前と戦うには、そこのギャラリーが邪魔なだけだ。それに、逃げたところでベリアル様の手から逃れる訳が無い。せいぜいもがき苦しむがいいさ」
「……嘆かわしい。心まですっかりベリアルに操られてるとは」
まるでベリアルを神のように崇めるその姿。
なんて嘆かわしい。なんて哀しい。なんて屈辱的。
だが……それも今日で終わりだ。私が悪夢からバルドの目を覚まさせる。
「そう言う訳だ。リシャス、先に行っててくれ!姉上たちを頼むぞ!」
「……ああ、任せろ!だが、無理はするなよ!」
「シルク、どうかご無事で!」
「バルド!いくら操られてるからって、私の妹に酷いことしたら承知しないんだからね!」
そしてリシャスと姉上たちは、気を失ってる父上を連れて出入り口に向かって走り去っていった。これで、この部屋に居るのは私とバルドのみ。
……ある意味、好都合な状況だ。
「さて、始めるとするか」
「…………」
バルドはファルシオンを構えなおし、いつでも戦える姿勢に入った。
だが……私には腰に携えている光の剣を抜き取る気など毛頭無かった。
「どうした、何故剣を抜かない?まさか、今更腰が引けたとは言わないだろうな?」
「違う。剣は必要無い」
私の言ってる意味が理解出来てないのか、バルドは武器を構えたまま怪訝そうな表情を浮かべた。
「おい、まさかとは思うが……素手で俺を倒す気じゃないだろうな。とんだ冗談だな。笑い話にもなりゃしない」
「私がお前と戦う理由は、お前を倒すことじゃない。お前を……奴の手から救う為だ」
「……なに?」
今度は首を傾げるバルド。ますます意味が分からない……と言いたげだ。
「まだ自覚していないだろうが……お前はベリアルに操られている。今回のトルマレアの侵略に献上していたとしても、お前は悪くない。悪いのは全てベリアルだ。奴だけは許し難い」
「……ベリアル様の悪口は許さんぞ」
バルドは鋭い目つきで私を睨み、ファルシオンの切っ先を私の眉間に向けた。
この反応は、ベリアルへの忠誠心の証。だが、所詮は作り物。ただ頭の中を操られただけの、架空の意思。そんなものは存在してはならない。
「とは言え……操られてるお前に刃を向けるのだけは御免だ。たとえ差し違えても、お前だけは傷付けたくない」
「くっ!まだそんな事を言うか!」
苛立ちが募ってきたのか、バルドは荒げた声で捲くし立ててきた。
バルドとしては、真面目に剣を交えないのが何よりの不満であり、屈辱でもあるのだろう。だが、これはバルドにかけられた洗脳を解く戦い。決して闘争心のままに刃を打ち合ってはならない。
「私は、お前を助けたい。だが、その為に剣で斬りかかるのは嫌だ。だから……お前を傷付けない方法を取る事にした」
「……それはどんな方法だ?」
「簡単な事だ」
バルドを傷付けずに、ベリアルの手から救う方法。
それは他でもない……。
「私は……お前が好きだ。だから、この想いを伝える。たったそれだけだ」
「……は?」
キョトンとした表情を浮かべるバルド。
首を傾げたり、怒ったり、キョトンとしたり……忙しなくさせてしまって申し訳ない。
だが、今の私には一々構うほどの余裕が無かった。
「今のお前には、私と共に過ごした日々など憶えていないだろうな。だが、それも仕方の無い事。消えかけているのなら、また思い起こせばいい」
「なにを言ってる?」
「言葉通りだ。今ここで思い出してもらう。その為に……」
徐に自分の胸に手を当てた。
「まずは……この胸のときめきを……」
手のひらから僅かな光が放たれる。
「長年培ってきた、お前への想いを……」
その光は徐々に強くなり……。
「感謝と、尊敬の意を……」
やがて私の身体を包み込む……!
「そして……何よりも……お前を愛する気持ちを、全て伝える!」
そして……私は……!
「バルド……私を見てくれ!」
手のひらの光を収めて、その姿を露にした。
「なっ!?ま、まさか……!」
今の私の姿を見たバルドは言葉を失っていた。
そうなるのも無理は無い。
「ああ……これが、新しい私だ!」
何故なら……私は今日から人間をやめたからだ!!
「私はワイト!不死身の王女だ!!」
〜〜〜数時間前〜〜〜
「魔物になりたいって……本気なの?」
「ああ……」
それは、我が祖国奪還作戦を決行する数時間前のこと。
キッドの愛船ブラック・モンスターの医療室にて、私はシャローナにとある話を持ちかけていた。
そう……私は、魔物に生まれ変わる為に来たのだった。
「でも、なんでまた急に?」
「国を取り返す作戦の他に、私にはもう一つ目的がある。それを果たす為だ」
「目的って……ベリアルを倒すこと?」
「違う。一人の男を……奴の手から救う為だ」
今更ながら……元々私はバルドを助ける為に国を飛び出した身だった。幾多の危険を冒し、様々な困難に立ち塞がれながらも、懸命にバルドを探し続けた。
そして……例のあの島でようやく再会出来た。
なのに……時既に遅し。バルドは洗脳によってベリアルの部下にされていた。そして、不甲斐なくもバルドを救えなかった。
あれほど悔しいと思ったことは無い。あれほど泣いた日は無い。あれほど気落ちした経験は無い。
そして……あの日改めて決心を固めた。
今度こそ、バルドを奴の手から救ってみせると……!
「元より私は……バルドを助ける為に海へ出た身分だった。なのにあの日……目の前にいたバルドを救えなかった。本当に悔しかった。何も出来なかった自分に腹が立った……」
「…………」
「そして、必ずバルドを助けるという想いはより一層強くなった。今度こそ、何としてでも救うと、そう決めたんだ。そして気付いたんだ。武力だけでは……あいつを助けるなど到底不可能だと」
「……そう……それで此処に来たのね」
「ああ……」
私がこの部屋に来て、シャローナを訪ねた理由。
それは魔物になって、バルドを救うのに必要な力を得る為だ。
真っ向からバルドに武術で挑んでも、私の実力では歯が立たない。何よりも、操られているバルドに刃を向けるなんて出来ない。それこそ以前と同じ事の繰り返しだ。
ならばどうするか……答えは一つ。
武力以外の方法で、バルドを助けるんだ。
「……こんなに愛されてるなんて、バルドって人は幸せ者ね」
聖母のような温かい笑みを浮かべながら、シャローナは落ち着いた動作で、様々な種類の医薬品が並べられている戸棚に歩み寄った。
「一つ作るのも結構大変な代物だけど、シルクちゃんに受け取って貰えるなら私も本望よ」
そして棚の戸を開き、一番奥の隅にある薬の瓶を取り出した。
毒々しい……それでいて煌びやかな光を放つ液体が瓶の中で揺らめいてる。一目見ただけでただの液体ではないことが瞬時に理解できた。
そして同時に察した。もしも、あの液体を一口でも飲めば、私の何かが変わるだろうと……。
「……それは?」
「これは魔物になる薬。あなたが求めてるものよ」
シャローナは私の目を見つめながら静かに話した。
「人には生まれつき、何かしらの素質を秘めているわ。シルクちゃんには人の上に立ち、先導者として多くの人たちを引っ張っていく素質があるわ」
「何が言いたい?」
「そんなシルクちゃんの素質を更に引き伸ばす……それがこれよ」
瓶を片手に持って私に歩み寄りながら話し続ける。
「これは……ワイトになれる薬よ。ワイトって魔物は知ってるかしら?」
「ああ、聞いたことがある。確か、上級アンデッドで、不死者の王とも呼ばれている……」
「そう、そのワイトよ」
この薬は、あのワイトになれる薬とのこと。
そんな物をどうやって作ったのか疑問に思うが……。
「ワイトは魔物の中でも上級クラスの魔物だろう?疑ってる訳ではないのだが、これ一本飲んだだけで本当になれるのか?」
そもそも、私がワイトになれるかどうかさえ疑わしい。
生まれながら王族として育ってきたが、そこまで高い質を秘めてるとは到底思えない。ユフィお姉様やアイナお姉様はともかく、私は……。
「私ね、前から思ってたの。もしもシルクちゃんが魔物化するとしたら、ワイトがピッタリだってね」
「何故そう思う?」
「大した根拠は無いけど……ほら、シルクちゃんって凛々しいし、王族としての威厳も持ってるから、ワイトになればもっと素質を引き伸ばせると思ったのよ。それに、この前リシャスちゃんも言ってたわ。シルクには貴族としての才能が十分あるって」
私はそう思わないが……シャローナやシルクから見れば、それだけ良い素質があると言うことなのだろうか。
「効果は保障するけど……飲むか飲まないかはシルクちゃんの自由よ。お望みが適うとも限らない。それでもいいと言うのなら受け取って」
「…………」
……自ら望んだと言うのに、ここまできて思い留まるとはな。
幼い頃から武術の鍛錬を積み重ねてきた。その理由は一つ。大切なものを守るための力を得る。恐れなど微塵も感じなかった。
だが、自分を変えるのにここまで迷うなんて……初めての経験だ。
「……定めか……」
……だが……そんなの一抹の思いでしかない。私はもうあの時から……愛するトルマレア王国を救うと決めた時から、既に覚悟など固めていた。
これからトルマレア王国は魔物の国に生まれ変わるだろう。その王女である私が人間のままだなんて示しがつかない。そうだ……国が生まれ変わるなら、私自身も生まれ変わるのみ。
今思えば……バルドが攫われた時から……否、私がこの世に生まれた時から決められた運命だったのかもしれない。
だが、それでいい。これで……救える力が得られるのであれば……。
私は……迷わない!!
シャローナから瓶を受け取り、蓋を開けて中の液体を口に流し込んだ。
〜〜〜(現在)〜〜〜
「お前……魔物になったのか!?」
「ああ、今日変わったばかりだがな」
ワイトとして魔物化した私の姿を見て、バルドはただ呆然とするしかなかった。
どんな反応をするか楽しみにしていたが……期待通りに驚いてくれて、まずは満足。
「アンデッドと言う事は……まさか、一度死んだのか!」
「死んだ、か……正確に言えば生きたまま変わったのだが、まぁ厳密に言えばそうなるだろうな」
ワイトやゾンビなどのアンデッドは、人間の女の死体に魔力が注がれる事により誕生する魔物だ。
だが、私が飲んだシャローナの薬は特別で、人間時の命を消さずにそのまま魔物化出来る代物。つまり、私は自ら命を絶たずにワイトとして生まれ変わったという事だ。尤も、魔物になった時点で人間としての私は消えたも同然だが。
「……そうかい。お前は俺と向かい合う為に人間をやめたってことか。だが余計分からんな。わざわざ魔物になる必要性なんて何処にも無いだろうに」
「いや、この身体でなければ意味が無いんだ」
魔物になった私を見て呆然としていたバルドだが、やがて冷静さを取り戻して鋭い目つきで私を見据えてきた。
私が魔物になる意味など無いと言ったが……それは違う。
「言った筈だ。私はお前を助ける為に、お前を傷付けない方法を選ぶと。だが、それは人間のままでは絶対に出来ない。こうして魔物になる事に意味があるんだ」
私が胸に秘めてるバルドへの想いを、包み隠さず全て伝える。それが、バルドを洗脳と言う名の悪夢から救う最善の手段。
人間のままでも出来ない事は無いかもしれない。だが、この想いを……たった一人の男への愛を表すには、人間の身体では限界がある。
この身体なら……私の胸に秘めるありったけの愛を、バルドに注ぐ事が出来る。
人間だった頃に纏わり付いていた、羞恥心、世間体、プライド……一人の男を愛するのに余分なものも、意識する必要が無くなる。
そして何よりも……味、温もり、胸の鼓動、バルドにしか持ち合わせていないものを、身体全体で味わう事が出来る。
「バルド……」
だから……私は魔物になった!
「私は、心からお前を愛している!だから、必ず目を覚まさせてやるからな!」
全ては、決着を付ける為に!
世界でたった一人しか居ない男を……この手で救う為に!
「え、あ……い、いやいやいや!本当に調子が狂う!これから決闘だってのに、いきなり愛の告白かよ!動揺を誘ってるつもりか!」
愛してる。その一言を耳にしたバルドは一瞬だけキョトンとしたが、すぐに邪念を払うかのように激しく首を振った。
「お前の狙いなんて分からんが、こっちは本気で殺すつもりで行くからな!覚悟しろ!」
そしてファルシオンを構えなおし、敵意に満ち溢れた目で私を睨みつけた。
……操られてるとは言え、こうも反発的な態度を取られるのは少々辛いものだ。いや、今はそれでもいい。
「悪いが……勝負の決着は見えたも同然だ。お前には、私を倒すことなど出来ない」
「……あぁ、そう簡単にワイトみたいな上級アンデッドを殺せるなんて思っちゃいないさ」
「そういう意味じゃない。もう既に勝負は決したと言いたいんだ」
バルドはこれから戦いが始まると思っているのだろうけど……残念ながら、もう終わっている。
「随分と余裕じゃないか。そこまで実力に自身があるんなら、実際に見せて……」
「だから言ってるだろ。もう終わったんだ」
そう……もう戦う必要など始めから無かったのだ。
何故なら……。
「ええい!話にならん!そっちが来ないのなら、俺から……」
ガシッ!
「!?」
私に斬りかかろうとした瞬間、それを阻止するかのように何かがバルドの右腕に触れた。
「だ、誰だ!?邪魔するんじゃ……え!?」
苛立ちのままに掴まれた右腕へ視線を移したバルドだが、やがてその表情は怒りから驚愕のものへと変貌した。
視線の先には……青白く光る手が浮かんでおり、バルドの右腕をしっかり掴んでいた。
「え、な、なんだこれ!?」
ガシッ!
「え、は!?え!?」
動揺しているバルドの左腕が、またしても白い手に掴まれる。
ガシッ!ガシッ!
「おわっ!?あ、足まで!?」
そして両足までもが掴まれて、完全に動けなくなってしまった。
ふふふ……我ながら好調だ。こうまで自由に……我が手の分身を作り出せるとは。
「ふふふ、言っただろ?もう終わっていると」
「ま、まさかお前!」
「……そうさ。これは、魔物になって新しく得た力だ。中々良いものだろう?」
そう……今バルドの両腕と両足を掴んでいる手は、まさに私の手の分身だった。
これぞ、私が魔物化によって新しく習得した力。
技名は……そうだな……死者の手、なんてとこだろうか。
「自分の身体の一部を霊魂の分身として創り上げる。我ながら便利な能力だな」
「くっ!小癪な真似しやがって!」
「何とでも言うがいいさ。お前を救う為なら、たとえ卑怯者と呼ばれても構わない」
「わわわ!?」
手の分身を上手く操り、バルドを後方へ倒して仰向けに寝かせた。
これでバルドは無防備状態。思うが侭に好き放題出来る……♪
「その剣は一旦手元から離してもらおう」
「なにを……って、ああ!俺のファルシオン!」
とは言え、念には念をだ。
もう一つ手の分身を創り上げて、バルドが手にしてるファルシオンを奪い取り、手の届かない距離へ投げ飛ばした。
これで思うように反撃出来なくなっただろう。後はバルドを洗脳から開放するのみ。
「ふふふ……私の言ったことは間違ってなかっただろう?もう勝負は終わっていると」
「くっ……!」
胸の奥で昂ぶる気持ちを抑えながら、倒れてるバルドに悠々と歩み寄る。その顔を見下ろした瞬間、なんとも悔しそうな表情で私を睨みつけてきた。
そんな目で睨まないでほしいな……切なくなる。
「……で、俺をどうするつもりだ?まず殺す気は無いんだろ?」
「ほう、やっと分かってくれたか」
「散々言われてきたからな」
どうやら、ようやく命を奪う気が無いことを信じてくれたようだ。尤も、敵対心は未だに解いてはくれてないが。
「なに、心配するな。痛い思いはさせない」
「じゃあどうする気だ?」
「痛みどころか……」
私はその場で肩ひざを付き、バルドの耳元にそっと囁くように言った。
「いっぱい……気持ちよくしてやるぞ♥」
「っ!!」
……ああ……私は、本当に変わってしまったな。
耳元で囁き、バルドの身体がブルッと震えたのを感じた瞬間、自分でそう思ってしまった。だが、これは自ら望み、選んだ道。後悔の念なんて全く抱いてない。
人間だった頃の私なら、今のような官能的な台詞、どんなに頼まれても吐かなかっただろう。羞恥心と変なプライドが湧き上がり、頑なに拒む自分の姿が容易に思い浮かぶ。
だが、今の私は恥じらいもプライドも捨てて、本能のままに囁いた。バルドに……愛する男に気持ちよくしてあげたいという思いが、私を突き動かしたのだろうな。
とは言え、こんな事を言う相手はバルドに限られているがな。
「さて……早速始めようか♪」
胸の鼓動を昂ぶらせながら、バルドの腹の上に乗った。
……いよいよだ……この時がやって来た……。
魔物になったとは言え、初めての性交は緊張するものだ。今でも心臓が爆発しそうなほど激しく鼓動を打っている。
「お、おい、まさか……冗談だろ!?」
「ここまで来ておいて何を言う。冗談でも、こんな事はやらないだろ?」
そっと右手を差し伸ばし、バルドの前髪を掻き分けた。
さぁて……バルドを目覚めさせるのが第一の目的だが、まずは新しい身体の能力を試してみようか。
「ふふふ……♪」
「な、なにをする!?」
「なにって……まずは触るだけだ」
左手をバルドの頬に添えて、自分なりに魔力を左手に宿し、バルドから精を吸収した。
「うぅっ!」
刹那、バルドの身体が小さく跳ね上がった。だが、その表情は決して苦痛によるものではなく、快感によって浮かぶものに思えてならなかった。
「はぁ……♥これが、精……♥」
私自身左手から、今まで感じた事の無い、蕩けるような快感が走った。
これが男の精か……左手だけでこんなにも感じるなんて、ある意味凄いものだ。
「お、お前!何をした!?」
「ただ触っているだけだ」
「触っただけで、こんな……あうっ!」
頬に添えてる左手を、そっと首まで移動する。そして首から吸精した瞬間、またしてもバルドが快感に悶えた。
「これは凄いな……触れただけで精を吸収できるなんて……」
「精って……お前、やっぱり……!」
「ああ、そうだ。ワイトは人間の身体に触れただけで精を吸収出来る、優秀な能力を持っているんだ」
これはシャローナから聞いた事だが、ワイトは人間の身体に触れるだけで精を得る事が出来るとのこと。現に今の私は、バルドの身体に触れただけで精を体内に取り込めてる。
尤も、まだこの能力は上手く使いこなせてないが。
「あぁ……感じる……感じるぞ♥♪お前の熱い精が、どんどん私に注がれる……♥」
「や、やめろ!やめ……あぁっ!」
「おっと!……ふふ、済まないな。まだ力加減が上手く出来なくてな」
そっと右手をバルドの首筋に当てて、ゆっくりと撫でるように指を這い蹲わせる。吸精の際に与える快感を大きくし過ぎたのか、バルドの身体が大きく跳ね上がりそうになった。
「済まないと思ってるなら、もう、こんな事……」
「やめろと言いたいのか?それはおかしいぞ」
私は……さっきからお尻を突っ突いてる固い物へと視線を移した。
そう……今にでもズボンを突き破りそうな勢いで盛りに盛っている、男の証。我が存在を今にでも示したいとでも言わんばかりに勃っていた。
吸精による快感の所為で、こんなに固くなったのか。私の手で感じさせたと思うと……非常に光栄だ♪
「こちらはもっと吸ってくださいと言わんばかりに荒ぶっているが?」
「ちょっ!?み、見るなぁ!」
恥ずかしい部分を見られて真っ赤な顔を背けるバルド。操られてる時でも、それなりの恥じらいはあるようだ。
「見ないでほしいか?だが……あんな狭い場所に放置したら、可哀想であろう?」
私は手の分身を二つ創り、徐にバルドのズボンの位置へ移動させた。
「ちょ、やめろ!それだけは駄目だ!」
「大丈夫だ。触る時はこっちの手で優しく慰めてやるからな」
「そういう問題じゃなくて!」
そして手早くベルトの金具を外し、一気にズボンを下着ごと下へ引き脱がし……勃起した逸物を露出させた。
「おぉ……!これがバルドの……!」
本物のバルドの性器を目の当たりにして、思わず感嘆の声を上げてしまった。
これが……男の性器か。この先端から精液が出てくると思うと……胸の高鳴りが一層増していく。
……あぁ……味わいたい。愛する男の精液を……とびっきりのご馳走を、この身に注ぎたい……♥
「見るなって言ってるだろ!今すぐ閉まってくれ!」
「……それは出来ない」
閉まってくれだと?今更中断しろと言いたいのか?
そんなの……無理な話だ。
「こんな様を見ておいて、今更引き下がれる訳が無いだろう?」
勃起した逸物を見た時から、バルドへの愛情はより一層強くなっていた。
これほどまでに感じてくれたのなら……もっとバルドを気持ち良くさせてあげたい。
私も、もっとバルドに触れて……愛する男を感じたい。
もっと、もっと……感じ合いたい!
「今は二人しか居ないんだ。互いに曝け出そうじゃないか♥」
もはや歯止めが利かなかった。
もっと感じたい……その一心から、私は上半身の衣服を全て脱ぎ捨てた。
「あ、あわわ……」
「ふふふ……私の胸を見るのは初めてだったな。気付いてないだろうけど、前より大きくなったんだ」
バルドの視線は露になった私の胸に釘付けだった。やはりバルドも男と言う事だな。
それにしても、魔物化とは本当に驚くべきだと改めて思った。人間だった頃の私の胸はB程度だった。それがどうだ。こうしてワイトになった途端にDカップに急成長。この部分まで変化させるとは、ある意味恐ろしく思える。
「ふっ、そんなに凝視して、やはりバルドも女の胸に興味があるのか?」
「え、いや!そ、そんな事無い!」
ジッと私の胸を見つめていたバルドだが、やがて我に返り再び顔を背けてしまった。
全く、素直じゃないな。正直に言った方が楽になるのに。
「まぁいいさ。口に出さなくても、感じてくれればそれでいい」
そう言いながらバルドの衣服を捲り上げた。
流石は勇者と言うべきか。鍛え上げられてきた肉体は美しく、それでいて逞しい。見ているだけで惚れ惚れするが、やはり相手がバルドであるのが一番の原因だろう。
「さぁ、今度はこれで……たっぷり吸い取ってやる♥」
「うぁ……」
私は、バルドの逞しい身体の上に倒れこみ、自分の身体を押し付けた。
「うふふ……どうだ?私の胸は……?」
「あ、あぁ……」
そのまま上下に動いて、私の胸とバルドの身体を擦り合わせた。動く度に互いの胸の突起が触れ合って、なんだかくすぐったく感じる。
これだけでも十分良いが……まだまだ物足りない。
「あ、うわぁ!ちょ……」
「あ、はぁ……思ったとおりだ。手で触れるだけではなく、こうして……身体全体でも……あはぁっ!」
想像通り……いや、それ以上の快感だ。
互いの身体を触れ合わせながらでも精を吸収出来る。これは……一度味わったら忘れられない感覚だな。こうしているだけで、私まで喘ぎ声が……。
「あ、ああ!や、やばい……うわぁ……!」
「はぁ、あ、んぁあ……バルド……私と身体を重ねて、感じてくれてるのか……」
……ああ、なんて愛おしい表情なのだろう。
あのバルドが……私が心から愛している男が、快感で悶えている。
私と身体を重ねて……身体全体で精を吸収されて、感じてくれている。
やはり魔物化して正解だった。人間のままでは、こんな事は出来なかった。
人間だと、こんなに素敵な事は出来なかった。大好きなバルドに、こんな素晴らしい事は出来なかった。
私……魔物になって……ワイトに生まれ変わって、本当に良かった……!
「バルド……こっちも愛してやるからな♥」
もっと気持ちよくしてあげたい。その想いから、私は胸を押し付けたままバルドの逸物に触れてみた。まずは優しく、指先で竿の部分を撫でてみる。
「うっ!」
「んん?まだ触れただけなのに……敏感だな」
小さく痙攣した肉棒。今すぐ射精してもおかしくない程だ。
まだ吸精すらしてないのに、ここまで感じるとは……やはり自分で触るのと、人に触れられるのでは感覚が違うのだろうか。
「ふふふ……今度は握ってやろうか」
手のひらで肉棒を包み、上下に扱いてみた。
「うわっ、あぁ……!」
「どうだ……初めてやってみたが、気持ち良いか?」
バルドの目を見つめながら訊いてみたが、本人はまだ意地を張ってるようで、視線を合わせようとしなかった。
その反応は……肯定と見て良いのだな?ならば……。
「先に言っておくが……バルドが射精する姿を見るまで止めるつもりは無いからな」
「そ、そんな……」
逸物を握る手の強弱を時々変えながら竿を愛撫し続ける。愛でられている肉棒はとても熱くて固い。そして、その先端から透明な液体の球が姿を現した。
なるほど。これが俗に言う『ガマン汁』とやらか。口には出してないものの、やはり感じてくれているようだな。
……そうだ。いいこと思い付いた。
「なぁバルド……このままお前のモノから精を吸ったら……さぞかし気持ち良いのだろうな……」
「え……ま、まさか!?」
身体に触れるだけで精を吸収するこの能力。頬や首筋からも吸えると言う事は勿論……出来るだろうな♪
「ま、待て!それだけは……!」
「なんだ?もしかして、気持ち良くないか?」
「いや、そ、そんな事されたら、もう……!」
……そうか……よく分かった。
……もう限界なのだな♪
「ならば……尚更やめる訳にはいかないな♪」
「や、やめろ!本当にヤバイんだって!」
「良いではないか……我慢せずにいっぱい出すんだ♥」
バルドをイかせる為に、私は手コキをしながら逸物から精を吸収した。
「うあっ!あ、ああ!」
「ふふふ……本当に気持ち良さそうだな。そうだ、理性など捨ててしまえ♪」
肉棒を扱かれる刺激と、精を抜かれる脱力。同時にこみ上げられる快感は、精液を放出させるのにとびっきりのスパイスだったようだ。
だが、バルドも負けじと歯を食いしばりながら射精を堪えている。意地でもイくのを我慢するつもりでいるらしい。
「まだ我慢する気でいるのか?ならば……ん、レロォ……♥」
「ちょ、どこ舐めて……あぁ!」
「レロ、ちゅ……♥んん、エォ……♥」
その無意味な我慢を解く為、バルドの首筋に舌を這い蹲わせた。なぞるように舌を動かし、時々優しくキスをしたり、傷めないように甘噛みしたり……唇と舌で出来る限りの奉仕に興じた。
「あぁぁ!くっ!も、もう……!」
「出るのか?もう我慢出来ないか!?いいぞ、このまま私の手でイってくれ!」
これには流石に堪え切れなかったらしく、観念したかのようにバルドが腰を少しだけ上に突き上げてきた。
そして……ついに……!
「も、もう……駄目だぁ!」
「ひゃあっ!?」
ついに……我慢の限界が来たようだ。
勃起してる逸物の先端から、とてつもない量の白い液体が凄まじい勢いで噴出された。
「あ、凄い……手に掛かった……」
白い液体は、逸物を握ってる私の手に纏わり付くように降り注いだ。
「はぁ……これが精液か……♥」
肉棒から手を離し、今日始めて見る男の精液をじっくりと眺めてみた。
とても熱くて粘々している……それでいて変わった匂いだ。これが魔物のエネルギーとなるのか。
本物を見るのは初めてだが……不思議なものだ。嫌気になるどころか、寧ろこの精液まで愛おしく思えてしまう。これもやはり、心から愛してる男のものだからこそ抱ける感情なのだろうな。
「ちゅっん……はむ……」
早速手の精液を舐めてみた。
……美味しい。これが第一の感想だった。
不思議な味ではあるが、一度味わうと病み付きになってしまう。何度口に入れても飽きる気がしない。もうすっかり、精液の虜になってしまった。
……私も、立派な魔物になってしまったな。
「……シ……シ……」
「……はっ!そうだ!」
激しく呼吸をしながらも口を開こうとするバルドを見て我に返った。
そうだ……私とした事が。バルドを気持ち良くさせるのと、バルドの精液で頭がいっぱいになって、すっかり忘れかけていた。
元々私は、バルドに掛けられた洗脳を解く為に行動したのだった。肝心のバルドが操られたままでは、何の意味も……。
「……シ……シルク……様……」
「!?」
……今……確かに私の事を、シルク様って……!
「バルド!聞こえるか!?私だ!シルクだ!」
「…………」
馬乗りの状態のままバルドに呼びかけた。呆然とした表情で、ジッと私を見つめるバルド。その瞳には、もうさっきまでの敵対心も殺気も込められていなかった。
「答えてみろ!自分が誰だか分かるか!?」
「…………俺は……」
バルドは……落ち着いて口を開き、まっすぐに私の目を見つめながら言った。
「……バルド・カンヴォーカー……」
「そう、そうだ!」
名前は合っている!一番肝心なのは……!
「答えてくれ!お前が守るべき主は誰だ!?」
「…………」
バルドは……申し訳なさそうな表情を浮かべながら、ハッキリと答えた。
「……貴方を……お守りする勇者です……シルク様……」
「!!」
……そう……そうだ!その答えを、ずっと聞きたかった!
この日を待っていた……ようやく、望みが適った!
バルドが、目を覚ましたんだ!
「バルド!」
嬉しさのあまり、思わずバルドに抱き付いてしまった。
「バルド……よかった……よかった……!」
……今日は、本当に忙しない日だな。
故郷を乗っ取られて驚いたり、覚悟を決めて魔物化したり、バルドにエッチな事をしたり、嬉しさのあまり……涙を流したり……。
「シルク様……今までのご無礼、どうかお許しを……!」
バルドは抱きついてる私を引き離そうともせず、悔しさの篭った声で謝罪の意を示した。
もうそんな事はどうでもいい。バルドが……愛する男が元に戻ったんだ。それが適ったから、もういいんだ……!
「謝るな……お前は悪くない。とにかく、本当によかった……!」
そっと身体を起こし、バルドの目を見つめた。後悔が拭えてないらしく、未だに悲しそうな目で私を見つめ返してくる。
「本当に……申し訳ございません……」
「謝るなと言ってるだろ。愛してる男が戻ってきてくれた。それでいいんだ。だから、そんな悲しい顔を見せないでくれ」
「シルク様……」
……おっと、忘れるところだった。
「ずっと……こうなる日を夢見ていた……」
私は、徐に自分の顔をバルドの顔に近づけた。
そして……長年抱いていた願いを叶える事にした。
「お帰りなさい……私の旦那様♪」
そう一言添えて……初めての接吻を、大切な旦那に捧げた。
また一つ、私の夢が叶った瞬間だった。
〜〜〜(王宮内の、とある兵士たち)〜〜〜
「お、おい!大変だ!」
「なんだ、どうした!?」
「あれ見ろ!あれ!」
「んん?……え!?」
城の窓から見えるのは、海に浮かぶ海賊船。
「見えたか!?」
「ち、ちょっと待て……あれって……まさか……」
「ああ、間違いない……!」
「なんで……なんでドレーク海賊団の船が来てるんだよ!しかも、なんか他に三隻も船を連れてるし……何がどうなってるんだ!」
軍を成してるかのように、堂々と進む船隊。
「俺だって分かんねぇよ!なぁおい!とにかく、早くベリアル様に報告するぞ!」
「そうだな。よし……ん?」
「お、おい!どうしたんだよ!早く来いよ!」
そして……凄まじい勢いで城に向かってくる未確認物体。
「ま、待ってくれ!何かがこっちに向かって飛んできてるような……」
「飛んでるって……何がだ?」
「よく分からないけど……あれは……人か?」
「人!?」
それは、人間の形に見える。
「いや、違う……」
「なんだよ、脅かすなよ……」
「あれ……大砲の弾……」
「……って、なにぃ!?おい、やべぇよ!早く逃げ……」
はたまた大砲の弾。
いや……正確には……こう答えるべきだろうか。
「の……」
「の!?」
「……上に……」
「上!?」
「…………」
「…………」
「おい……まさか……」
「いや、そんな馬鹿な……」
大砲の弾に……人間が乗っていた!
ドカァァァァァァン!!
「おわぁぁぁぁ!!」
「うばぁぁぁぁ!!」
分厚い城壁を突き破り、砂煙が湧き上がる。
「いっててて……くそっ!海の上から撃ってくるなんて!」
「しかし危なかったな……回避が遅れてたら直撃だったぞ」
痛んだ身体を摩りながら、徐に立ち上がる兵士たち。
「……ほぅら、あっという間に着いた」
「え?」
「は?」
その目には、確かに砂煙に隠れている人間のシルエットが見えた。
「さて、と……」
シルエットは悠々と前方に進み、その正体を自ずと明らかにした。
「ああっ!?」
「ひぇぇ!」
姿を目にした瞬間、怯えた声を漏らした。
「……ちょうどいい。おう、テメェら」
それもその筈。
何故なら、その人物は……。
「ガリッ!シャリシャリ……ちょいと訊きたい事があるんだ」
たった今、大砲の弾に乗って城内に侵入し、余裕にもリンゴを齧ってる男は……!
「訳あって、ベリアルに会いに来た。そいつの所まで案内してもらおうかね」
海賊連合軍の総大将、ドレークだった!!
「いやぁ!やめて!来ないでぇ!」
「問答無用だ!」
丸腰なレッサーサキュバスを乱暴に追い掛け回す兵士の部隊。
「きゃあああ!助けて〜!……な〜んちゃって♪」
「なにっ!?って、おわぁ!な、なんだこれは!?う、動けない……!」
かと思ったら、突如と現れた魔法陣によって動きを封じられてしまい……。
「ふふ、掛かったわね!さぁみんな、早い者勝ちよ!」
「きゃあああああ!!」
「おわっ!や、やめろ!来るな!わ、あわぁぁぁぁ!!」
次々と発情した魔物娘の餌食となった。
「ヒャッハー!あたいの電撃で痺れちまいな!」
「うわあああ!サ、サンダーバード……あばばばばば!!」
「へっへへ!さぁ、ハードなライブにしようぜ!」
サンダーバードの電撃を食らい、身体が痺れて動けなくなったところを襲われる兵士。
そしてそのお零れに預かろうとする他の魔物娘。
「待ちなさ〜い」
「ぎゃああああ!!」
「く、来るなぁ!俺、ムカデだけは苦手なんだよぉ!」
「じゃあ私とシよ〜ニャ〜!」
「え、あ、しまっ……のわ!」
「ふふ、捕まえたニャ〜♪」
「よかった〜。そっちの人、ずっと前から好きだったんだ〜」
「あ、ちょ、ま、やめ、うぎゃああああ!」
大百足から必死に逃げる二人の兵士。その内の一人は待ち伏せしていたワーキャットに捕まり、もう一人の方も大百足に捕まってしまった。
どうやらあの大百足とワーキャット、グルだったようだ。
「あぁっ♥あ、はぁ!気持ち良いよぉ♥もっと、もっとぉ♥」
「はぁっはぁっ!も、もう出る!」
「うん、いいよ!あ、ひゃぁん♥いっぱい出して!大好きなあなたの赤ちゃんの素を注いで♥私を孕ませてぇ♥はぁっ、ああっ♥」
モスマンの鱗粉を浴び、思考を単純化されてひたすら騎乗位で犯されまくる兵士。そして鱗粉の効果に便乗して、兵士たちを欲のままに犯す大勢の魔物娘。
……と、見ての通り、魔物娘の勢いは衰えるどころか徐々に増していく一方だった。
「オーッホッホッホッホッホ!!」
……なんか一人あからさまに怪しいのが見えたけど見なかった事にしよう。
「ふ〜ん……」
卑猥な喘ぎ声があちこちで響き渡る街中。私ことJCは姿を消しつつ、魔物で溢れてる街の様子を眺めていた。
どこもかしこも、己の欲を満たす事で頭がいっぱいな魔物ばかり。誰もが人間の男を求めて奔走している。
でも……。
「……なんか臭うのよね……」
臭うというのは……念のために言っておくけど、決して男共の精液の臭いでも、魔物娘の愛液の臭いでも、はたまた交わりの最中に発する汗の臭いでもない。
……まぁ実際にそういう臭いは感じるけど……じゃなくて!
街にいる魔物の殆どは、元々トルマレアの国民だった人間たち。更に言えば、さっきまではみんなエオノスの術によって固められていた。
動けるようになった途端にあの団結力のある行動はどうも不自然に思えてならない。まるで……何者かの指示に従ってるように見える。
「……どこかに指導者が居るのは確かね。問題は何処に居るのやら……」
統率力のある行動を取るには、指導者は必要不可欠。各々が勝手な行動を取ったら、団結力のある行動なんて出来ない。誰かが指示を出してこそ動ける。
気になるのは肝心の指導者が何処に居るか。ついさっきまで街中を一通り見て回ったけど、どうにもそれらしき人物の姿は見当たらなかった。
強いて言えば、色鮮やかな着物を着た稲荷や、白衣を着たサキュバスが国民たちに呼びかけていた姿を見た。でも二人とも本命の指導者って訳じゃなさそうだったし……。
「……ん?」
あれこれ思考を巡らせていると、目の前に一人の女の姿が見えた。
偶然だけどその女は……たった今想像していた白衣のサキュバスだった。
「さて、報告しなきゃ……」
そう言いながら、サキュバスは白衣のポケットから何かを取り出した。
あれは……水晶玉?なんでそんな物が?
「もしもし、こちらシャローナ。頼まれた作戦は無事に成功したわ」
「そうか、よくやってくれた」
「!?」
なんと、誰かは分からないけど……その水晶玉から男の声が聞こえた。
「で、次はどうすればいい?」
「そうだね……まだ西側に張っておいたトラップが残ってるし、手持無沙汰な魔物も居るでしょ?出来るだけ多くの兵士をそこまで誘導して、まだ夫の居ない魔物と会わせるんだ」
「了解!」
サキュバスは水晶玉をポケットに戻し、背中の翼を使って西側に向かって羽ばたいて行った。
……この光景を目の当たりにした瞬間、さっきまで疑問に思った点が解決した。
「……なるほど、そういうこと♪」
指示の大元はあのサキュバスでも稲荷でもない。何処かにいる人間の男のようね。
さっきの水晶玉を利用して、遠くからサキュバスたちに指示を出して、その通りに魔物たちを動かせる。
と……そんな感じの作戦みたい。だとすれば、やるべき事が決まったわ。
「あの水晶玉に通信能力があるのなら、まだその痕跡が残ってる筈……!」
さっきのサキュバスが手にしてた水晶玉……実のところ、以前からずっと見てきた物でもあった。
あれは通信する際には自分の水晶玉と相手の水晶玉を魔力で結びつける仕組みになっている。ただし、魔力で繋がった跡がその場に残ってしまうのが玉に瑕なのだ。
とは言え、その痕跡は人間の目には見えない為か、それほど問題視されていないのが現状だった。尤も……。
「これを使えば見えちゃうけどね」
胸元のジッパーを開けて、スーツの内部ポケットから小型の杖を取り出した。そして杖の先端から青色の光を放出させて、サキュバスが居た場所を照らしてみた。
「……見えた。これね」
想定通り……白い煙の魔力が宙を浮いていた。そして太めの線状となって、何処か別の場所へと向かっているのが目視できる。
これぞ水晶玉が発する通信魔力。これを辿れば、魔物たちに指示を出してる黒幕の下に行けるわ。
「さぁて……ご挨拶に参ろうかしら」
唇を嘗め回しながら、煙の魔力を道標に足を進めた……。
〜〜〜(シルク視点)〜〜〜
「意外だな。この辺には兵士を配置してなかったようだな」
「ああ、とにかく急ぐぞ!」
キッドたちと別行動を取ってから数分後。
私は牢屋に閉じ込められている父上と姉上を救う為、リシャスと共に牢獄部屋に向かっていた。道中で洗脳された兵士と出くわすと思っていたが……意外にもここまで一人も会わなかった。まさか、兵力の殆どをキッドたちに向けているのだろうか。そうだとしたら、キッドたちには申し訳ないが楽が出来てありがたい。
「見えたぞ!あれが牢獄の扉だ!」
「どういうことだ……見張りの一人も居ないなんて」
「さぁな。だが今は好都合だ!」
そして駆け抜けるうちに、目的の牢獄部屋の扉が見えてきた。見たところ扉にも見張り番らしき兵は見当たらない。
手抜きにも程があると思ったが、むしろその方が良い。
バァン!
「父上!姉上!助けに参りました!」
扉を蹴飛ばすように開き、冷たい部屋の中に向かって大声で叫んだ。姿勢を整えて部屋を見渡してみたが、どの牢屋にも父上と姉上の姿は見当たらない。
「どこにも見当たらないな……」
「いや、もっと奥にある牢屋かもしれない。行って見よう!」
「ああ!」
何も牢屋はこれだけではない。もっと先へ進めば他にもある。
奥へ行って探して見ようと思ったら……。
「!……ね、ねぇ!今の声、もしかしてシルク!?」
部屋の奥から聞き覚えのある声が聞こえた。
今の声は……そうだ!間違いない!
「アイナお姉様!ご無事でしたか!」
「アイナ?」
「ああ、私の姉上だ!」
確かに奥の方から聞こえた。やはり奥の牢屋に閉じ込められていたか。
「待っててください!今そちらへ参ります!」
私はリシャスと共に急いで部屋の奥へと駆け出した。その最中に辺りの牢屋を隈なく見渡し、どの牢屋に姉上たちが閉じ込められているのか探し出した。
「一体どこに……?」
「シルクー!私たちはこっちよ!」
「!……あ!アイナお姉様!ユフィお姉様!」
そして部屋の一番奥に差し掛かったところで、ようやくお姉様たちの姿を見る事が出来た。よりによって出入り口から一番遠い牢屋に閉じ込められていたなんて……。
「姉上!助けに参りました!」
「シルク!ご無事でしたか!よかった……心配していたのですよ!」
「それは私の台詞です!二人とも、怪我はありませんか!?」
「ええ、私たちは大丈夫!だけど……その……」
姉上たちが閉じ込められている牢屋に駆け寄り、思わず鉄格子を掴んで姉上たちに話しかけた。
ユフィお姉様にアイナお姉様。どうやら二人とも特に怪我は負ってないようだ。
だが、何故かアイナお姉様はどこか浮かない表情を浮かべている。具合が悪い訳でもなさそうだが……一体どうしたのだろうか?
……そう言えば……父上は?
「……なぁシルク、この人たちがお前の姉上か?」
「ああ、そうだ」
「それじゃあ……その隣の牢屋にいる男は誰だ?」
「え?」
リシャスに指差された方向へと視線を移して見た。
「!?」
そこに閉じ込められている人物の姿を目の当たりにして……不意にも絶句してしまった。
「そんな……まさか……!?」
それもその筈……。
何故なら……その人は紛れも無い……!
「父上!!」
そう……トルマレアの国王を務めてる私の父上、ワトスンが仰向けに倒れていた。
だが、そのお姿はあまりにも無残だった。全身が炎で焼かれたかのように黒焦げになっており、髪も髭もボロボロ。もはや一目見ただけでは生きてるかどうかさえ判断出来ない状態に陥っていた。
「父上!どうなされましたか!?私です!シルクです!どうか返事をしてください!」
父上を閉じ込めてる牢屋に駆け寄り、鉄格子を掴みながら必死に呼びかけた。だが、父上は私の声に反応せず、返答どころか閉ざされた瞼も開く気配が無い。
どうなっているんだ……何故こんな事に……!?
「父上……一体何が……!?」
「……ベリアル……」
「え!?」
すぐ隣の牢屋の中にいるアイナお姉様が、悔しそうに歯軋りをしながら口を開いた。
「ベリアルよ!あいつが黒い雷を放って、お父様をこんな目に遭わせたのよ!」
「!……おのれ……ベリアル!」
姉上曰く、父上をこんな状態にしたのはベリアルとのこと。
あいつが父上をこんな目に!バルドの件と良い、トルマレア侵略の件と言い、どこまで憎たらしいんだ!
「おまけにお父様から指輪まで取り上げて……本当に許せない!」
「指輪?」
「ほら、お母様の形見の、あの指輪よ!『俺の計画に必要』とか、訳の分からない事を言いながら強引に……!」
「まさか!」
アイナお姉様は興奮気味に語った。
母上の形見の指輪を……取り上げた!?何故だ……なんでまたそんな真似を!?
意味が分からない……奴の真意が理解出来ない!
……ん?待てよ……計画?
「姉上、『計画に必要』だと……ベリアルは確かにそう言ったのですか?」
「え、ええ、間違いないわ!確かにそう言ってた!」
……なんだ?何か引っかかるな。
そう言えばブラック・モンスターにて、リリカからトルマレアの出来事を教えてもらった時、確かこう言ってたな……。
『確か……この国の秘密は俺のものだ!……って言ってたのを覚えています』
……この国の……トルマレア王国の秘密。
今思い返してみれば、ベリアルの目的はまさにその『秘密』だと思われていた。そして強引に取り上げられた父上の指輪。
これらに何かしらの繋がりがあるとすると……。
「その指輪とやらがベリアルの手にあるとなると、恐らく奴は着々と目的に近付いているだろうな」
私の心境を代弁するようにリシャスが言った。
「……ああ、私もそう思う。そして、あくまで仮説だが、私や姉上が知らないとしても……父上なら……」
私にはトルマレアが隠している秘密なんて全く分からない。この国に生まれて、この国に暮らしてかれこれ18年は経つが、未だに国の秘密なんて聞いたことが無い。
だが……仮の話だが、父上のみが国の秘密を知っていたとすれば、辻褄が合う。父上は私がこの世に生まれるずっと前から国王に就任していた。王宮の構造から国の歴史、更に現在のトルマレア国民の人数まで把握している父上だ。誰よりもトルマレアと共に生きてきた父上なら、この国の秘密とやらを知っていても不思議ではない。
ただ、あのベリアルが執拗に狙う程のものだ。相当まずいものには違いないのだろう。
……この国が何かを隠してるなんて……考えたくもないが……。
「あの……ところで、シルク」
思案に暮れていたところで、アイナお姉様が私に呼びかけてきた。
「その人……誰?」
そして私のすぐ傍にいるリシャスを指差した。
……そうだ、しまった。リシャスはヴァンパイア。大まかに言えば魔物娘だ。
元々トルマレアは反魔物国家であり、姉上たちも魔物は悪だと教えられてきた人間だ。今更魔物娘は悪じゃないなんて言っても理解してくれる訳でもないだろうし、どうすれば……。
「あ〜、えっと、この人はだな……」
「シルク、無理に誤魔化す必要はありません」
どう答えればいいのか迷っていると、ユフィお姉様が真剣な面持ちで口を開いた。
「私には説明されなくても分かります。そちらの方は……魔物ですね?」
「ええ!?魔物!?」
「あ、姉上……!」
しかもリシャスが魔物であることをいとも容易く見抜いてしまった。
「しかもヴァンパイア。魔物の中でも上級の立場にいる魔物ですね」
「ほう……よく分かったな」
「これでも幼少時からありとあらゆる魔術を習得していきました。あなたほどの魔物が持つ高い魔力を感じ取るくらい、容易です」
ユフィお姉様はヴァンパイアを前にしても冷静な態度を崩さなかった。
そう言えばユフィお姉様は、トルマレア王国随一の魔術師。魔物の魔力を読み取るなんて容易く出来る。確かに今更誤魔化すなんて無駄な真似だったようだ。
「ちょ、ちょっと待ってよシルク!あんた、どうして魔物と一緒にいるのよ!?しかもよりによってヴァンパイアって、高等種族じゃない!」
やけに落ち着いてるユフィお姉様とは違い、激しく動揺しているアイナお姉様。
そうなるのも無理はない。消息すら掴めていなかった妹が生きていたと思ったら、魔物を連れて目の前に現れたのだ。驚かない方がおかしい。もしも、父上が今の私たちを見たら仰天するだろうな。
「話せば長くなるのですが、どうか安心してください。こちらのリシャスは決して悪い者ではありません」
「そう言われても……」
「現にリシャスは、この国に帰還するまで私を様々な面で助けてくれました。私が姉上たちを助けに参ろうとして、自ら同行を申し出てくれたのもリシャスです」
「そ、そう?でもなぁ……」
アイナお姉様を説得するように話したが、それでも魔物に対する不信感は拭えてないようだ。
「……別に、私を信用しろとは言わない」
すると、黙って私たちの会話を聞いてたリシャスが口を挿んできた。
「だが、せめて妹の言うことだけでも信じてやってくれないか?シルクは、お前たちを騙すような女じゃないだろ?」
「リシャス……」
自分が何者かまでは言わなかったが、私だけでも信じるように言ってくれたリシャス。その言葉は何よりもありがたいものだった。
「……ええ、最初からそのつもりですよ」
ユフィお姉様がやんわりとした口調で話しかけた。
「私は貴方のことなんて全く分かりません。しかし、シルクは貴方を心から信用しています。ならば私も貴方を信じましょう」
「そう言ってくれると助かる」
少なくともユフィお姉様は信じてくれるようだ。私としても、そうしてくれるのは本当に助かる。
「……ま、まぁ、お姉様がそう言うなら……」
そしてアイナお姉様も、ほんの少しだけ気を許してくれたようだ。
何はともあれ一安心……と言いたいが、まだ胸を撫で下ろしていい状況ではないな。
「姉上、今の城内は危険です!とにかく此処から早く出ましょう!」
「そ、そうね!シルク、早くここから出して!」
「はい!と、言いたいですけど……」
「?」
早いとこ姉上たちをこんな牢屋から出して、安全な場所まで送りたい所存。
だが……。
「……牢屋の鍵、持ってないのです……」
「……え?ちょ、待ってよ……ここから出す為に来てくれたんじゃなかったの?」
「一応そうなのですが……救出することばかり考えてて、鍵のことはすっかり忘れてました……」
「うっそぉ……」
……早とちりとはまさにこのこと。牢屋に閉じ込められてると聞いた時点で、一旦鍵を取りに行くべきだった。
「で、でも!大丈夫です!今すぐ鍵を取りに行くので、それまで待っててください!牢屋の鍵の保管場所なら分かるので……」
「……あの、それなのですが……恐らく、シルクが考えているほど甘くないですよ」
牢屋の鍵を取りに行こうとしたら、ユフィお姉様が気まずそうに言った。
甘くない……どういう意味だ?
「その牢屋の鍵ですが、シルクが知ってる保管場所にはありません。実は、一人の人間が常に所有していまして……」
「え?と言うことは……」
鍵を持ってる人物を探さなければならない……と言うことか。
なんてことだ……確かに甘くなかった。これは苦労が強要されることになりそうだ。
で、肝心の鍵を持ってる人物とは一体誰なんだ?
「それで、その鍵を持ってる人間とは?」
「えっと……それが……」
「?」
私の質問に対し、ユフィお姉様が大層困った表情を浮かべながら答えた。
「鍵を持ってるのは……ベリアルなのです」
「……え?」
「……言っておくけど、マジだから。嘘じゃないから。本当だから」
「……ええっ!?」
「……なんであいつが持ってるんだ……」
私は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまい、リシャスは参ったように額に手を当てた。
ベリアル……今回のトルマレア侵略の件の首謀者。
まさか……よりによってあいつが持ってるなんて……!
「と言うことは……ベリアルを倒さない限り、姉上たちはここから出られない……」
「そ、そうね……」
今頃キッドとオリヴィアがベリアルの元へ向かっている筈だ。こうしちゃいられない。急いでキッドたちと合流しよう!
「リシャス!急いでキッドたちと合流するぞ!なんとか奴から鍵を奪い返して……」
「…………」
「……リシャス?」
リシャスは落ち着いた動作で、姉上たちを閉じ込めてる牢屋の鉄格子に触れた。その様子は、まるで鉄格子の質感を確かめているようにも見える。
「ふむ……」
そしてリシャスは、徐に腰の鞘からレイピアを抜き取った。
……まさか?いや、そんな馬鹿な……。
「いや、リシャス。この牢屋は大砲でも簡単に壊れない頑強な造りになっているんだ。いくらなんでも……」
ズバババババ!!
「……え?」
「……ふん」
……チャキン
ガラガラガラガラ!!
「…………」
「えぇ〜!?」
「……で、大砲がなんだって?」
「……あ、いや、その……何でもない……」
……鍵なんて要らなかった。
レイピアによる素早い連撃が繰り出され、鋭利な刃が鞘に収められたかと思うと、牢屋の鉄格子は無残にもバラバラに切られてただの鉄の破片と化した。
そしてこのドヤ顔……御見それしました。
「さ、早く出るんだ」
「ど、どうもありがとうございます……」
「……シルク、あんたの友達、色々とヤバいって」
「あ、あはは……」
呆気に取られながらも、大きく開かれた穴から出て来た姉上たち。そしてアイナお姉様に耳打ちされたが、私はただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
「まずは安全な場所まで連れて行かないとな」
そんな私たちを尻目に、リシャスは父上を閉じ込めてる牢屋も同様に切り刻んだ。これで、気を失ってる父上も何処かへ連れて行ける。
「とりあえず、私たちの船まで連れて行こう。運が良ければ、シャローナに国王の容体を見てもらえるかもしれない」
「そうだな。では姉上、今からご案内しますので、付いて来てください」
「ええ、お願いします!」
「さて……よっこらしょ!……お父様、こんなに重たかったっけ?また最近太ったわね……」
アイナお姉様は持ち前の運動神経を頼りに、気絶している父上を背負った。
さて、姉上たちを海賊船に案内したら、また城に戻るとしよう。
その時には……今度こそ……バルドを……!
「このまま行かせると思ったか?」
「え?」
早速この部屋から出ようとした瞬間、出入口の方から聞き覚えのある声が聞こえた。
「何やら騒がしいと思って来てみれば……こんな所にいたとはな」
闇の中から少しずつ姿を現す声の主。
その人物は……間違いない。
私が探し求めていた男だった。
「バルド!」
そう……私が助けたいと思っていた男、バルドが立ちふさがった。自慢のファルシオンを構え、獲物を捉えるような目つきで私たちを見据えている。
「ようやく会えた……!」
相手は明らかに殺意を放っている。だが、私としてはようやくバルドに会えた嬉しさで胸がいっぱいだった。
まさかここで会うとは思わなかった。だが、これも巡り合わせ。ここで会ったからには、今度こそ……!
「あの時は仕留め損ねたが、今度はそうはいかないぞ!」
だが、私の目の前の男は威圧するような口調で睨み付けてきた。
私としたことが、浮かれている場合じゃなかった。そうだ……バルドはまだ洗脳が解かれていない。今は喜んでる場合ではなかったな。
「あんた、バルドじゃない!どうしたのよ、そんな……あからさまに敵意を剥き出しにして」
「お気を付けください姉上!今のバルドは、ベリアルたちによって洗脳されているのです!」
「ええ!?それじゃああいつ、敵になっちゃってるの!?」
「なるほど……確かに、何か邪悪な魔力に憑りつかれてるようですね。普段のあの人からはあんな魔力、微塵も感じないのに……」
手短に説明すると、アイナお姉さまは驚き、ユフィお姉さまは冷静に目を細めてバルドを見据えた。
「何言ってるかさっぱり分からんが、とにかくお前たちを逃がす訳にはいかないな」
「ほう……やはりただで通す気は無いようだな」
「当然だ。俺はそこの女共なんてどうでもいいと思ってるが、ベリアル様の野望を邪魔する敵は、片っ端から斬るまでだ」
「っ!」
……何がベリアル様だ。操られてるとはいえ……憎きあの者を主呼ばわりする言い方は不愉快極まりない。
バルド……お前が従うべき主は……この私だろうが。
幼少の頃からずっと付き従い、武術の稽古に付き合い、勉学にも貢献し、今に至るまでずっと傍にいてくれた。私はお前を信頼していた。お前も私を信じていると……ずっと前に言ってくれた。
私にとって、お前との記憶は何にも代え難い宝物だった。なのに……お前にとって、私との記憶はそれっぽっちの物なのか?
……いいだろう。記憶から掠れかけてるのであれば……また再び呼び起こすまで!
「……リシャス、姉上と父上を頼む」
「頼むって……お前はどうする気なんだ?」
「バルドを……助ける!」
自ら前へ踏み出て、武器を構えるバルドと対峙した。
「お前はあの時の……剣すらまともに振らなかったお前が何の用だ?」
「もうあの時の私とは違う。堂々とお前と向き合うことにした」
あの時はバルドを傷つけてしまうのが怖くて、まともに戦えず、剣も振れなかった。
だが、今はもう違う。敵の術に掛かってしまったバルドを助ける為にも、私はどこにも逃げない。
「なんだ、あの時と比べたら随分と変わったな。どういう風の吹き回しだ?」
「私はもう決めたんだ。再びお前と相見える機会が訪れたら、その時はもう逃げも隠れもしない。真っ向からお前と向き合う。それが……私にとっても、お前にとっても良い方法だ」
「……よく分からんが、やる気になったのは結構な事だ」
自ら相手を請け負ってきたのが満足なのか、バルドは口元を吊り上げながら私を見据えてきた。
「……いいだろう。その心意気に免じて、他の連中は見逃してやる」
「それはまた……気遣い痛み入る」
「勘違いするな。此処でお前と戦うには、そこのギャラリーが邪魔なだけだ。それに、逃げたところでベリアル様の手から逃れる訳が無い。せいぜいもがき苦しむがいいさ」
「……嘆かわしい。心まですっかりベリアルに操られてるとは」
まるでベリアルを神のように崇めるその姿。
なんて嘆かわしい。なんて哀しい。なんて屈辱的。
だが……それも今日で終わりだ。私が悪夢からバルドの目を覚まさせる。
「そう言う訳だ。リシャス、先に行っててくれ!姉上たちを頼むぞ!」
「……ああ、任せろ!だが、無理はするなよ!」
「シルク、どうかご無事で!」
「バルド!いくら操られてるからって、私の妹に酷いことしたら承知しないんだからね!」
そしてリシャスと姉上たちは、気を失ってる父上を連れて出入り口に向かって走り去っていった。これで、この部屋に居るのは私とバルドのみ。
……ある意味、好都合な状況だ。
「さて、始めるとするか」
「…………」
バルドはファルシオンを構えなおし、いつでも戦える姿勢に入った。
だが……私には腰に携えている光の剣を抜き取る気など毛頭無かった。
「どうした、何故剣を抜かない?まさか、今更腰が引けたとは言わないだろうな?」
「違う。剣は必要無い」
私の言ってる意味が理解出来てないのか、バルドは武器を構えたまま怪訝そうな表情を浮かべた。
「おい、まさかとは思うが……素手で俺を倒す気じゃないだろうな。とんだ冗談だな。笑い話にもなりゃしない」
「私がお前と戦う理由は、お前を倒すことじゃない。お前を……奴の手から救う為だ」
「……なに?」
今度は首を傾げるバルド。ますます意味が分からない……と言いたげだ。
「まだ自覚していないだろうが……お前はベリアルに操られている。今回のトルマレアの侵略に献上していたとしても、お前は悪くない。悪いのは全てベリアルだ。奴だけは許し難い」
「……ベリアル様の悪口は許さんぞ」
バルドは鋭い目つきで私を睨み、ファルシオンの切っ先を私の眉間に向けた。
この反応は、ベリアルへの忠誠心の証。だが、所詮は作り物。ただ頭の中を操られただけの、架空の意思。そんなものは存在してはならない。
「とは言え……操られてるお前に刃を向けるのだけは御免だ。たとえ差し違えても、お前だけは傷付けたくない」
「くっ!まだそんな事を言うか!」
苛立ちが募ってきたのか、バルドは荒げた声で捲くし立ててきた。
バルドとしては、真面目に剣を交えないのが何よりの不満であり、屈辱でもあるのだろう。だが、これはバルドにかけられた洗脳を解く戦い。決して闘争心のままに刃を打ち合ってはならない。
「私は、お前を助けたい。だが、その為に剣で斬りかかるのは嫌だ。だから……お前を傷付けない方法を取る事にした」
「……それはどんな方法だ?」
「簡単な事だ」
バルドを傷付けずに、ベリアルの手から救う方法。
それは他でもない……。
「私は……お前が好きだ。だから、この想いを伝える。たったそれだけだ」
「……は?」
キョトンとした表情を浮かべるバルド。
首を傾げたり、怒ったり、キョトンとしたり……忙しなくさせてしまって申し訳ない。
だが、今の私には一々構うほどの余裕が無かった。
「今のお前には、私と共に過ごした日々など憶えていないだろうな。だが、それも仕方の無い事。消えかけているのなら、また思い起こせばいい」
「なにを言ってる?」
「言葉通りだ。今ここで思い出してもらう。その為に……」
徐に自分の胸に手を当てた。
「まずは……この胸のときめきを……」
手のひらから僅かな光が放たれる。
「長年培ってきた、お前への想いを……」
その光は徐々に強くなり……。
「感謝と、尊敬の意を……」
やがて私の身体を包み込む……!
「そして……何よりも……お前を愛する気持ちを、全て伝える!」
そして……私は……!
「バルド……私を見てくれ!」
手のひらの光を収めて、その姿を露にした。
「なっ!?ま、まさか……!」
今の私の姿を見たバルドは言葉を失っていた。
そうなるのも無理は無い。
「ああ……これが、新しい私だ!」
何故なら……私は今日から人間をやめたからだ!!
「私はワイト!不死身の王女だ!!」
〜〜〜数時間前〜〜〜
「魔物になりたいって……本気なの?」
「ああ……」
それは、我が祖国奪還作戦を決行する数時間前のこと。
キッドの愛船ブラック・モンスターの医療室にて、私はシャローナにとある話を持ちかけていた。
そう……私は、魔物に生まれ変わる為に来たのだった。
「でも、なんでまた急に?」
「国を取り返す作戦の他に、私にはもう一つ目的がある。それを果たす為だ」
「目的って……ベリアルを倒すこと?」
「違う。一人の男を……奴の手から救う為だ」
今更ながら……元々私はバルドを助ける為に国を飛び出した身だった。幾多の危険を冒し、様々な困難に立ち塞がれながらも、懸命にバルドを探し続けた。
そして……例のあの島でようやく再会出来た。
なのに……時既に遅し。バルドは洗脳によってベリアルの部下にされていた。そして、不甲斐なくもバルドを救えなかった。
あれほど悔しいと思ったことは無い。あれほど泣いた日は無い。あれほど気落ちした経験は無い。
そして……あの日改めて決心を固めた。
今度こそ、バルドを奴の手から救ってみせると……!
「元より私は……バルドを助ける為に海へ出た身分だった。なのにあの日……目の前にいたバルドを救えなかった。本当に悔しかった。何も出来なかった自分に腹が立った……」
「…………」
「そして、必ずバルドを助けるという想いはより一層強くなった。今度こそ、何としてでも救うと、そう決めたんだ。そして気付いたんだ。武力だけでは……あいつを助けるなど到底不可能だと」
「……そう……それで此処に来たのね」
「ああ……」
私がこの部屋に来て、シャローナを訪ねた理由。
それは魔物になって、バルドを救うのに必要な力を得る為だ。
真っ向からバルドに武術で挑んでも、私の実力では歯が立たない。何よりも、操られているバルドに刃を向けるなんて出来ない。それこそ以前と同じ事の繰り返しだ。
ならばどうするか……答えは一つ。
武力以外の方法で、バルドを助けるんだ。
「……こんなに愛されてるなんて、バルドって人は幸せ者ね」
聖母のような温かい笑みを浮かべながら、シャローナは落ち着いた動作で、様々な種類の医薬品が並べられている戸棚に歩み寄った。
「一つ作るのも結構大変な代物だけど、シルクちゃんに受け取って貰えるなら私も本望よ」
そして棚の戸を開き、一番奥の隅にある薬の瓶を取り出した。
毒々しい……それでいて煌びやかな光を放つ液体が瓶の中で揺らめいてる。一目見ただけでただの液体ではないことが瞬時に理解できた。
そして同時に察した。もしも、あの液体を一口でも飲めば、私の何かが変わるだろうと……。
「……それは?」
「これは魔物になる薬。あなたが求めてるものよ」
シャローナは私の目を見つめながら静かに話した。
「人には生まれつき、何かしらの素質を秘めているわ。シルクちゃんには人の上に立ち、先導者として多くの人たちを引っ張っていく素質があるわ」
「何が言いたい?」
「そんなシルクちゃんの素質を更に引き伸ばす……それがこれよ」
瓶を片手に持って私に歩み寄りながら話し続ける。
「これは……ワイトになれる薬よ。ワイトって魔物は知ってるかしら?」
「ああ、聞いたことがある。確か、上級アンデッドで、不死者の王とも呼ばれている……」
「そう、そのワイトよ」
この薬は、あのワイトになれる薬とのこと。
そんな物をどうやって作ったのか疑問に思うが……。
「ワイトは魔物の中でも上級クラスの魔物だろう?疑ってる訳ではないのだが、これ一本飲んだだけで本当になれるのか?」
そもそも、私がワイトになれるかどうかさえ疑わしい。
生まれながら王族として育ってきたが、そこまで高い質を秘めてるとは到底思えない。ユフィお姉様やアイナお姉様はともかく、私は……。
「私ね、前から思ってたの。もしもシルクちゃんが魔物化するとしたら、ワイトがピッタリだってね」
「何故そう思う?」
「大した根拠は無いけど……ほら、シルクちゃんって凛々しいし、王族としての威厳も持ってるから、ワイトになればもっと素質を引き伸ばせると思ったのよ。それに、この前リシャスちゃんも言ってたわ。シルクには貴族としての才能が十分あるって」
私はそう思わないが……シャローナやシルクから見れば、それだけ良い素質があると言うことなのだろうか。
「効果は保障するけど……飲むか飲まないかはシルクちゃんの自由よ。お望みが適うとも限らない。それでもいいと言うのなら受け取って」
「…………」
……自ら望んだと言うのに、ここまできて思い留まるとはな。
幼い頃から武術の鍛錬を積み重ねてきた。その理由は一つ。大切なものを守るための力を得る。恐れなど微塵も感じなかった。
だが、自分を変えるのにここまで迷うなんて……初めての経験だ。
「……定めか……」
……だが……そんなの一抹の思いでしかない。私はもうあの時から……愛するトルマレア王国を救うと決めた時から、既に覚悟など固めていた。
これからトルマレア王国は魔物の国に生まれ変わるだろう。その王女である私が人間のままだなんて示しがつかない。そうだ……国が生まれ変わるなら、私自身も生まれ変わるのみ。
今思えば……バルドが攫われた時から……否、私がこの世に生まれた時から決められた運命だったのかもしれない。
だが、それでいい。これで……救える力が得られるのであれば……。
私は……迷わない!!
シャローナから瓶を受け取り、蓋を開けて中の液体を口に流し込んだ。
〜〜〜(現在)〜〜〜
「お前……魔物になったのか!?」
「ああ、今日変わったばかりだがな」
ワイトとして魔物化した私の姿を見て、バルドはただ呆然とするしかなかった。
どんな反応をするか楽しみにしていたが……期待通りに驚いてくれて、まずは満足。
「アンデッドと言う事は……まさか、一度死んだのか!」
「死んだ、か……正確に言えば生きたまま変わったのだが、まぁ厳密に言えばそうなるだろうな」
ワイトやゾンビなどのアンデッドは、人間の女の死体に魔力が注がれる事により誕生する魔物だ。
だが、私が飲んだシャローナの薬は特別で、人間時の命を消さずにそのまま魔物化出来る代物。つまり、私は自ら命を絶たずにワイトとして生まれ変わったという事だ。尤も、魔物になった時点で人間としての私は消えたも同然だが。
「……そうかい。お前は俺と向かい合う為に人間をやめたってことか。だが余計分からんな。わざわざ魔物になる必要性なんて何処にも無いだろうに」
「いや、この身体でなければ意味が無いんだ」
魔物になった私を見て呆然としていたバルドだが、やがて冷静さを取り戻して鋭い目つきで私を見据えてきた。
私が魔物になる意味など無いと言ったが……それは違う。
「言った筈だ。私はお前を助ける為に、お前を傷付けない方法を選ぶと。だが、それは人間のままでは絶対に出来ない。こうして魔物になる事に意味があるんだ」
私が胸に秘めてるバルドへの想いを、包み隠さず全て伝える。それが、バルドを洗脳と言う名の悪夢から救う最善の手段。
人間のままでも出来ない事は無いかもしれない。だが、この想いを……たった一人の男への愛を表すには、人間の身体では限界がある。
この身体なら……私の胸に秘めるありったけの愛を、バルドに注ぐ事が出来る。
人間だった頃に纏わり付いていた、羞恥心、世間体、プライド……一人の男を愛するのに余分なものも、意識する必要が無くなる。
そして何よりも……味、温もり、胸の鼓動、バルドにしか持ち合わせていないものを、身体全体で味わう事が出来る。
「バルド……」
だから……私は魔物になった!
「私は、心からお前を愛している!だから、必ず目を覚まさせてやるからな!」
全ては、決着を付ける為に!
世界でたった一人しか居ない男を……この手で救う為に!
「え、あ……い、いやいやいや!本当に調子が狂う!これから決闘だってのに、いきなり愛の告白かよ!動揺を誘ってるつもりか!」
愛してる。その一言を耳にしたバルドは一瞬だけキョトンとしたが、すぐに邪念を払うかのように激しく首を振った。
「お前の狙いなんて分からんが、こっちは本気で殺すつもりで行くからな!覚悟しろ!」
そしてファルシオンを構えなおし、敵意に満ち溢れた目で私を睨みつけた。
……操られてるとは言え、こうも反発的な態度を取られるのは少々辛いものだ。いや、今はそれでもいい。
「悪いが……勝負の決着は見えたも同然だ。お前には、私を倒すことなど出来ない」
「……あぁ、そう簡単にワイトみたいな上級アンデッドを殺せるなんて思っちゃいないさ」
「そういう意味じゃない。もう既に勝負は決したと言いたいんだ」
バルドはこれから戦いが始まると思っているのだろうけど……残念ながら、もう終わっている。
「随分と余裕じゃないか。そこまで実力に自身があるんなら、実際に見せて……」
「だから言ってるだろ。もう終わったんだ」
そう……もう戦う必要など始めから無かったのだ。
何故なら……。
「ええい!話にならん!そっちが来ないのなら、俺から……」
ガシッ!
「!?」
私に斬りかかろうとした瞬間、それを阻止するかのように何かがバルドの右腕に触れた。
「だ、誰だ!?邪魔するんじゃ……え!?」
苛立ちのままに掴まれた右腕へ視線を移したバルドだが、やがてその表情は怒りから驚愕のものへと変貌した。
視線の先には……青白く光る手が浮かんでおり、バルドの右腕をしっかり掴んでいた。
「え、な、なんだこれ!?」
ガシッ!
「え、は!?え!?」
動揺しているバルドの左腕が、またしても白い手に掴まれる。
ガシッ!ガシッ!
「おわっ!?あ、足まで!?」
そして両足までもが掴まれて、完全に動けなくなってしまった。
ふふふ……我ながら好調だ。こうまで自由に……我が手の分身を作り出せるとは。
「ふふふ、言っただろ?もう終わっていると」
「ま、まさかお前!」
「……そうさ。これは、魔物になって新しく得た力だ。中々良いものだろう?」
そう……今バルドの両腕と両足を掴んでいる手は、まさに私の手の分身だった。
これぞ、私が魔物化によって新しく習得した力。
技名は……そうだな……死者の手、なんてとこだろうか。
「自分の身体の一部を霊魂の分身として創り上げる。我ながら便利な能力だな」
「くっ!小癪な真似しやがって!」
「何とでも言うがいいさ。お前を救う為なら、たとえ卑怯者と呼ばれても構わない」
「わわわ!?」
手の分身を上手く操り、バルドを後方へ倒して仰向けに寝かせた。
これでバルドは無防備状態。思うが侭に好き放題出来る……♪
「その剣は一旦手元から離してもらおう」
「なにを……って、ああ!俺のファルシオン!」
とは言え、念には念をだ。
もう一つ手の分身を創り上げて、バルドが手にしてるファルシオンを奪い取り、手の届かない距離へ投げ飛ばした。
これで思うように反撃出来なくなっただろう。後はバルドを洗脳から開放するのみ。
「ふふふ……私の言ったことは間違ってなかっただろう?もう勝負は終わっていると」
「くっ……!」
胸の奥で昂ぶる気持ちを抑えながら、倒れてるバルドに悠々と歩み寄る。その顔を見下ろした瞬間、なんとも悔しそうな表情で私を睨みつけてきた。
そんな目で睨まないでほしいな……切なくなる。
「……で、俺をどうするつもりだ?まず殺す気は無いんだろ?」
「ほう、やっと分かってくれたか」
「散々言われてきたからな」
どうやら、ようやく命を奪う気が無いことを信じてくれたようだ。尤も、敵対心は未だに解いてはくれてないが。
「なに、心配するな。痛い思いはさせない」
「じゃあどうする気だ?」
「痛みどころか……」
私はその場で肩ひざを付き、バルドの耳元にそっと囁くように言った。
「いっぱい……気持ちよくしてやるぞ♥」
「っ!!」
……ああ……私は、本当に変わってしまったな。
耳元で囁き、バルドの身体がブルッと震えたのを感じた瞬間、自分でそう思ってしまった。だが、これは自ら望み、選んだ道。後悔の念なんて全く抱いてない。
人間だった頃の私なら、今のような官能的な台詞、どんなに頼まれても吐かなかっただろう。羞恥心と変なプライドが湧き上がり、頑なに拒む自分の姿が容易に思い浮かぶ。
だが、今の私は恥じらいもプライドも捨てて、本能のままに囁いた。バルドに……愛する男に気持ちよくしてあげたいという思いが、私を突き動かしたのだろうな。
とは言え、こんな事を言う相手はバルドに限られているがな。
「さて……早速始めようか♪」
胸の鼓動を昂ぶらせながら、バルドの腹の上に乗った。
……いよいよだ……この時がやって来た……。
魔物になったとは言え、初めての性交は緊張するものだ。今でも心臓が爆発しそうなほど激しく鼓動を打っている。
「お、おい、まさか……冗談だろ!?」
「ここまで来ておいて何を言う。冗談でも、こんな事はやらないだろ?」
そっと右手を差し伸ばし、バルドの前髪を掻き分けた。
さぁて……バルドを目覚めさせるのが第一の目的だが、まずは新しい身体の能力を試してみようか。
「ふふふ……♪」
「な、なにをする!?」
「なにって……まずは触るだけだ」
左手をバルドの頬に添えて、自分なりに魔力を左手に宿し、バルドから精を吸収した。
「うぅっ!」
刹那、バルドの身体が小さく跳ね上がった。だが、その表情は決して苦痛によるものではなく、快感によって浮かぶものに思えてならなかった。
「はぁ……♥これが、精……♥」
私自身左手から、今まで感じた事の無い、蕩けるような快感が走った。
これが男の精か……左手だけでこんなにも感じるなんて、ある意味凄いものだ。
「お、お前!何をした!?」
「ただ触っているだけだ」
「触っただけで、こんな……あうっ!」
頬に添えてる左手を、そっと首まで移動する。そして首から吸精した瞬間、またしてもバルドが快感に悶えた。
「これは凄いな……触れただけで精を吸収できるなんて……」
「精って……お前、やっぱり……!」
「ああ、そうだ。ワイトは人間の身体に触れただけで精を吸収出来る、優秀な能力を持っているんだ」
これはシャローナから聞いた事だが、ワイトは人間の身体に触れるだけで精を得る事が出来るとのこと。現に今の私は、バルドの身体に触れただけで精を体内に取り込めてる。
尤も、まだこの能力は上手く使いこなせてないが。
「あぁ……感じる……感じるぞ♥♪お前の熱い精が、どんどん私に注がれる……♥」
「や、やめろ!やめ……あぁっ!」
「おっと!……ふふ、済まないな。まだ力加減が上手く出来なくてな」
そっと右手をバルドの首筋に当てて、ゆっくりと撫でるように指を這い蹲わせる。吸精の際に与える快感を大きくし過ぎたのか、バルドの身体が大きく跳ね上がりそうになった。
「済まないと思ってるなら、もう、こんな事……」
「やめろと言いたいのか?それはおかしいぞ」
私は……さっきからお尻を突っ突いてる固い物へと視線を移した。
そう……今にでもズボンを突き破りそうな勢いで盛りに盛っている、男の証。我が存在を今にでも示したいとでも言わんばかりに勃っていた。
吸精による快感の所為で、こんなに固くなったのか。私の手で感じさせたと思うと……非常に光栄だ♪
「こちらはもっと吸ってくださいと言わんばかりに荒ぶっているが?」
「ちょっ!?み、見るなぁ!」
恥ずかしい部分を見られて真っ赤な顔を背けるバルド。操られてる時でも、それなりの恥じらいはあるようだ。
「見ないでほしいか?だが……あんな狭い場所に放置したら、可哀想であろう?」
私は手の分身を二つ創り、徐にバルドのズボンの位置へ移動させた。
「ちょ、やめろ!それだけは駄目だ!」
「大丈夫だ。触る時はこっちの手で優しく慰めてやるからな」
「そういう問題じゃなくて!」
そして手早くベルトの金具を外し、一気にズボンを下着ごと下へ引き脱がし……勃起した逸物を露出させた。
「おぉ……!これがバルドの……!」
本物のバルドの性器を目の当たりにして、思わず感嘆の声を上げてしまった。
これが……男の性器か。この先端から精液が出てくると思うと……胸の高鳴りが一層増していく。
……あぁ……味わいたい。愛する男の精液を……とびっきりのご馳走を、この身に注ぎたい……♥
「見るなって言ってるだろ!今すぐ閉まってくれ!」
「……それは出来ない」
閉まってくれだと?今更中断しろと言いたいのか?
そんなの……無理な話だ。
「こんな様を見ておいて、今更引き下がれる訳が無いだろう?」
勃起した逸物を見た時から、バルドへの愛情はより一層強くなっていた。
これほどまでに感じてくれたのなら……もっとバルドを気持ち良くさせてあげたい。
私も、もっとバルドに触れて……愛する男を感じたい。
もっと、もっと……感じ合いたい!
「今は二人しか居ないんだ。互いに曝け出そうじゃないか♥」
もはや歯止めが利かなかった。
もっと感じたい……その一心から、私は上半身の衣服を全て脱ぎ捨てた。
「あ、あわわ……」
「ふふふ……私の胸を見るのは初めてだったな。気付いてないだろうけど、前より大きくなったんだ」
バルドの視線は露になった私の胸に釘付けだった。やはりバルドも男と言う事だな。
それにしても、魔物化とは本当に驚くべきだと改めて思った。人間だった頃の私の胸はB程度だった。それがどうだ。こうしてワイトになった途端にDカップに急成長。この部分まで変化させるとは、ある意味恐ろしく思える。
「ふっ、そんなに凝視して、やはりバルドも女の胸に興味があるのか?」
「え、いや!そ、そんな事無い!」
ジッと私の胸を見つめていたバルドだが、やがて我に返り再び顔を背けてしまった。
全く、素直じゃないな。正直に言った方が楽になるのに。
「まぁいいさ。口に出さなくても、感じてくれればそれでいい」
そう言いながらバルドの衣服を捲り上げた。
流石は勇者と言うべきか。鍛え上げられてきた肉体は美しく、それでいて逞しい。見ているだけで惚れ惚れするが、やはり相手がバルドであるのが一番の原因だろう。
「さぁ、今度はこれで……たっぷり吸い取ってやる♥」
「うぁ……」
私は、バルドの逞しい身体の上に倒れこみ、自分の身体を押し付けた。
「うふふ……どうだ?私の胸は……?」
「あ、あぁ……」
そのまま上下に動いて、私の胸とバルドの身体を擦り合わせた。動く度に互いの胸の突起が触れ合って、なんだかくすぐったく感じる。
これだけでも十分良いが……まだまだ物足りない。
「あ、うわぁ!ちょ……」
「あ、はぁ……思ったとおりだ。手で触れるだけではなく、こうして……身体全体でも……あはぁっ!」
想像通り……いや、それ以上の快感だ。
互いの身体を触れ合わせながらでも精を吸収出来る。これは……一度味わったら忘れられない感覚だな。こうしているだけで、私まで喘ぎ声が……。
「あ、ああ!や、やばい……うわぁ……!」
「はぁ、あ、んぁあ……バルド……私と身体を重ねて、感じてくれてるのか……」
……ああ、なんて愛おしい表情なのだろう。
あのバルドが……私が心から愛している男が、快感で悶えている。
私と身体を重ねて……身体全体で精を吸収されて、感じてくれている。
やはり魔物化して正解だった。人間のままでは、こんな事は出来なかった。
人間だと、こんなに素敵な事は出来なかった。大好きなバルドに、こんな素晴らしい事は出来なかった。
私……魔物になって……ワイトに生まれ変わって、本当に良かった……!
「バルド……こっちも愛してやるからな♥」
もっと気持ちよくしてあげたい。その想いから、私は胸を押し付けたままバルドの逸物に触れてみた。まずは優しく、指先で竿の部分を撫でてみる。
「うっ!」
「んん?まだ触れただけなのに……敏感だな」
小さく痙攣した肉棒。今すぐ射精してもおかしくない程だ。
まだ吸精すらしてないのに、ここまで感じるとは……やはり自分で触るのと、人に触れられるのでは感覚が違うのだろうか。
「ふふふ……今度は握ってやろうか」
手のひらで肉棒を包み、上下に扱いてみた。
「うわっ、あぁ……!」
「どうだ……初めてやってみたが、気持ち良いか?」
バルドの目を見つめながら訊いてみたが、本人はまだ意地を張ってるようで、視線を合わせようとしなかった。
その反応は……肯定と見て良いのだな?ならば……。
「先に言っておくが……バルドが射精する姿を見るまで止めるつもりは無いからな」
「そ、そんな……」
逸物を握る手の強弱を時々変えながら竿を愛撫し続ける。愛でられている肉棒はとても熱くて固い。そして、その先端から透明な液体の球が姿を現した。
なるほど。これが俗に言う『ガマン汁』とやらか。口には出してないものの、やはり感じてくれているようだな。
……そうだ。いいこと思い付いた。
「なぁバルド……このままお前のモノから精を吸ったら……さぞかし気持ち良いのだろうな……」
「え……ま、まさか!?」
身体に触れるだけで精を吸収するこの能力。頬や首筋からも吸えると言う事は勿論……出来るだろうな♪
「ま、待て!それだけは……!」
「なんだ?もしかして、気持ち良くないか?」
「いや、そ、そんな事されたら、もう……!」
……そうか……よく分かった。
……もう限界なのだな♪
「ならば……尚更やめる訳にはいかないな♪」
「や、やめろ!本当にヤバイんだって!」
「良いではないか……我慢せずにいっぱい出すんだ♥」
バルドをイかせる為に、私は手コキをしながら逸物から精を吸収した。
「うあっ!あ、ああ!」
「ふふふ……本当に気持ち良さそうだな。そうだ、理性など捨ててしまえ♪」
肉棒を扱かれる刺激と、精を抜かれる脱力。同時にこみ上げられる快感は、精液を放出させるのにとびっきりのスパイスだったようだ。
だが、バルドも負けじと歯を食いしばりながら射精を堪えている。意地でもイくのを我慢するつもりでいるらしい。
「まだ我慢する気でいるのか?ならば……ん、レロォ……♥」
「ちょ、どこ舐めて……あぁ!」
「レロ、ちゅ……♥んん、エォ……♥」
その無意味な我慢を解く為、バルドの首筋に舌を這い蹲わせた。なぞるように舌を動かし、時々優しくキスをしたり、傷めないように甘噛みしたり……唇と舌で出来る限りの奉仕に興じた。
「あぁぁ!くっ!も、もう……!」
「出るのか?もう我慢出来ないか!?いいぞ、このまま私の手でイってくれ!」
これには流石に堪え切れなかったらしく、観念したかのようにバルドが腰を少しだけ上に突き上げてきた。
そして……ついに……!
「も、もう……駄目だぁ!」
「ひゃあっ!?」
ついに……我慢の限界が来たようだ。
勃起してる逸物の先端から、とてつもない量の白い液体が凄まじい勢いで噴出された。
「あ、凄い……手に掛かった……」
白い液体は、逸物を握ってる私の手に纏わり付くように降り注いだ。
「はぁ……これが精液か……♥」
肉棒から手を離し、今日始めて見る男の精液をじっくりと眺めてみた。
とても熱くて粘々している……それでいて変わった匂いだ。これが魔物のエネルギーとなるのか。
本物を見るのは初めてだが……不思議なものだ。嫌気になるどころか、寧ろこの精液まで愛おしく思えてしまう。これもやはり、心から愛してる男のものだからこそ抱ける感情なのだろうな。
「ちゅっん……はむ……」
早速手の精液を舐めてみた。
……美味しい。これが第一の感想だった。
不思議な味ではあるが、一度味わうと病み付きになってしまう。何度口に入れても飽きる気がしない。もうすっかり、精液の虜になってしまった。
……私も、立派な魔物になってしまったな。
「……シ……シ……」
「……はっ!そうだ!」
激しく呼吸をしながらも口を開こうとするバルドを見て我に返った。
そうだ……私とした事が。バルドを気持ち良くさせるのと、バルドの精液で頭がいっぱいになって、すっかり忘れかけていた。
元々私は、バルドに掛けられた洗脳を解く為に行動したのだった。肝心のバルドが操られたままでは、何の意味も……。
「……シ……シルク……様……」
「!?」
……今……確かに私の事を、シルク様って……!
「バルド!聞こえるか!?私だ!シルクだ!」
「…………」
馬乗りの状態のままバルドに呼びかけた。呆然とした表情で、ジッと私を見つめるバルド。その瞳には、もうさっきまでの敵対心も殺気も込められていなかった。
「答えてみろ!自分が誰だか分かるか!?」
「…………俺は……」
バルドは……落ち着いて口を開き、まっすぐに私の目を見つめながら言った。
「……バルド・カンヴォーカー……」
「そう、そうだ!」
名前は合っている!一番肝心なのは……!
「答えてくれ!お前が守るべき主は誰だ!?」
「…………」
バルドは……申し訳なさそうな表情を浮かべながら、ハッキリと答えた。
「……貴方を……お守りする勇者です……シルク様……」
「!!」
……そう……そうだ!その答えを、ずっと聞きたかった!
この日を待っていた……ようやく、望みが適った!
バルドが、目を覚ましたんだ!
「バルド!」
嬉しさのあまり、思わずバルドに抱き付いてしまった。
「バルド……よかった……よかった……!」
……今日は、本当に忙しない日だな。
故郷を乗っ取られて驚いたり、覚悟を決めて魔物化したり、バルドにエッチな事をしたり、嬉しさのあまり……涙を流したり……。
「シルク様……今までのご無礼、どうかお許しを……!」
バルドは抱きついてる私を引き離そうともせず、悔しさの篭った声で謝罪の意を示した。
もうそんな事はどうでもいい。バルドが……愛する男が元に戻ったんだ。それが適ったから、もういいんだ……!
「謝るな……お前は悪くない。とにかく、本当によかった……!」
そっと身体を起こし、バルドの目を見つめた。後悔が拭えてないらしく、未だに悲しそうな目で私を見つめ返してくる。
「本当に……申し訳ございません……」
「謝るなと言ってるだろ。愛してる男が戻ってきてくれた。それでいいんだ。だから、そんな悲しい顔を見せないでくれ」
「シルク様……」
……おっと、忘れるところだった。
「ずっと……こうなる日を夢見ていた……」
私は、徐に自分の顔をバルドの顔に近づけた。
そして……長年抱いていた願いを叶える事にした。
「お帰りなさい……私の旦那様♪」
そう一言添えて……初めての接吻を、大切な旦那に捧げた。
また一つ、私の夢が叶った瞬間だった。
〜〜〜(王宮内の、とある兵士たち)〜〜〜
「お、おい!大変だ!」
「なんだ、どうした!?」
「あれ見ろ!あれ!」
「んん?……え!?」
城の窓から見えるのは、海に浮かぶ海賊船。
「見えたか!?」
「ち、ちょっと待て……あれって……まさか……」
「ああ、間違いない……!」
「なんで……なんでドレーク海賊団の船が来てるんだよ!しかも、なんか他に三隻も船を連れてるし……何がどうなってるんだ!」
軍を成してるかのように、堂々と進む船隊。
「俺だって分かんねぇよ!なぁおい!とにかく、早くベリアル様に報告するぞ!」
「そうだな。よし……ん?」
「お、おい!どうしたんだよ!早く来いよ!」
そして……凄まじい勢いで城に向かってくる未確認物体。
「ま、待ってくれ!何かがこっちに向かって飛んできてるような……」
「飛んでるって……何がだ?」
「よく分からないけど……あれは……人か?」
「人!?」
それは、人間の形に見える。
「いや、違う……」
「なんだよ、脅かすなよ……」
「あれ……大砲の弾……」
「……って、なにぃ!?おい、やべぇよ!早く逃げ……」
はたまた大砲の弾。
いや……正確には……こう答えるべきだろうか。
「の……」
「の!?」
「……上に……」
「上!?」
「…………」
「…………」
「おい……まさか……」
「いや、そんな馬鹿な……」
大砲の弾に……人間が乗っていた!
ドカァァァァァァン!!
「おわぁぁぁぁ!!」
「うばぁぁぁぁ!!」
分厚い城壁を突き破り、砂煙が湧き上がる。
「いっててて……くそっ!海の上から撃ってくるなんて!」
「しかし危なかったな……回避が遅れてたら直撃だったぞ」
痛んだ身体を摩りながら、徐に立ち上がる兵士たち。
「……ほぅら、あっという間に着いた」
「え?」
「は?」
その目には、確かに砂煙に隠れている人間のシルエットが見えた。
「さて、と……」
シルエットは悠々と前方に進み、その正体を自ずと明らかにした。
「ああっ!?」
「ひぇぇ!」
姿を目にした瞬間、怯えた声を漏らした。
「……ちょうどいい。おう、テメェら」
それもその筈。
何故なら、その人物は……。
「ガリッ!シャリシャリ……ちょいと訊きたい事があるんだ」
たった今、大砲の弾に乗って城内に侵入し、余裕にもリンゴを齧ってる男は……!
「訳あって、ベリアルに会いに来た。そいつの所まで案内してもらおうかね」
海賊連合軍の総大将、ドレークだった!!
13/12/17 22:10更新 / シャークドン
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