連載小説
[TOP][目次]
隠された歴史
「ベリアルが居る王の間とやらは、確かこの先だったな!」
「ああ、ようやくご対面か!」

俺はオリヴィアを連れて、ベリアルが待っているであろう王の間に向かって城内の廊下を走っていた。
シルクに教えられたとおりに進むと、巨大な金属製の赤黒い扉が見えてくるはず。その扉こそ、俺たちが目指している王の間の扉だ。



「うぉぉぉぉぉぉ!!」



「!?」
「What!?」


そして走ってる最中、突然前方から複数の叫び声が聞こえた。
……おいおい……まさか……。


「うぉぉぉぉ!今こそ好機!忍び込んだ鼠を駆逐するのだ!」
「進めー!ベリアル様の下へ行かせるなー!」


……そのまさかだった。洗脳された兵士の軍団が、真正面から俺たちに向かって突撃して来るのが見えた。
くっそ、なんてこった……まさかの待ち伏せかよ……!

「ちっ!面倒だな!しゃぁない!相手するしかないか!」
「いや、キャプテンまで戦う必要は無い」

オリヴィアは真剣な表情を浮かべながら言った。

「私はともかく、キャプテンはあの男を倒すって決めたんだろ?だったら、あんただけでもベリアルの下へ行かなきゃならない」
「オリヴィア……まさか……」
「ああ、あいつらは私が引き止める!あんな奴ら、束になって来ても私一人で十分だ!キャプテンは先に行きな!」

ニヒルに口元を吊り上げながら言ってきやがった。

「馬鹿言え!仲間を置いて行く船長が何処に居る!戦うんだったら俺も一緒だ!」
「心配してくれるのかい?嬉しいねぇ。でも、キャプテンはこんな所で足止めを食らってる場合じゃないんだよ。その手で決着を付けるんだろ?それに、部下を信じて任せるのもキャプテンとして成すべき仕事じゃないのか?」
「お前……」

こいつ……無駄にカッコつけやがって。
……良い部下を持ったな。

「……そこまで言うなら任せる。だが、絶対に無茶だけはしないでくれよ?」
「OK!私に任せな!」
「……本当に分かってるのかよ」

自信満々に胸を叩くオリヴィア。その姿はなんとも頼もしく見えた。流石はドラゴンと言ったところか。

「キャプテン、私が奴らの向こう側まで連れて行く!」

そう言ってオリヴィアは背中の翼を羽ばたかせて宙を飛び、俺の背後まで移動した。

「それじゃ行くぞ……Let's flying!」
「うぉっ!?」

そして羽交い絞めするように俺の両脇を抱えて、兵士の軍勢の頭上を羽ばたいた。

「と、飛んだ!?」
「こら!降りて来い!逃げてないで戦え!」

困惑しながらも俺たちを挑発する兵士たち。だが、あいつらが持つ武器では、宙を飛んでるオリヴィアに届きそうにもなかった。

「よし、通り抜けたぞ!」
「ああ、よくやってくれた!」

兵士の軍勢を通り抜けたところで、オリヴィアは俺を地上に降ろした。

「さて……キャプテンは先に行っててくれ。私も奴らを片付けたら、すぐにそっちへ行く!」

俺を放したところで、オリヴィアは地上に降り立ち、踵を返して兵士の軍勢と対峙した。
見たところ敵の数は多めだが……オリヴィアならなんとかやってくれるか……。

「くそっ!なんたる不覚!敵に背後を取られるとは!」
「急いで追いかけろ!なんとしてでも討ち取るのだ!」

容易く通り越されて、多少慌てながら俺たちに突撃してくる兵士たち。
だが……。


「おっと……Firewall!!」



ブォォォォォォォ!!



「ぎゃあああ!あちちちち!」


オリヴィアの口から灼熱の炎が噴出され、兵士の行く手を妨げる壁となった。突然の火炎放射に兵士は戸惑い、あまりの熱さに立ち往生するばかりだった。

「さぁ、ここから先を通りたければ、この私を倒してみろ!」
「ひぃっ!」

仁王立ちで兵士たちを威圧するオリヴィア。女とは言えやはりドラゴン。その迫力に誰もが恐怖で立ち尽くしていた。

「……な?No problem!」

オリヴィアは俺の方へ振り向き、親指を立てながらウィンクしてきた。
確かに、これなら心配無さそうだ。それでも無茶だけは勘弁だが。

「頼んだぞオリヴィア!何度も言うが、絶対に無理しないでくれよ!」
「OK!」

その場をオリヴィアに任せて、俺は王の間に向かって走り出した……。



〜〜〜数分後〜〜〜



「これだな……!」


オリヴィアと別行動を取ってから数分後、俺はようやく王の間の扉に辿り着いた。
金属製の赤黒い扉……間違いない。これが目的の部屋の扉だな。

「この中に居るんだな……」

この扉の奥に……あのベリアルが待ち構えている。緊張の所為なのか……そう思うだけで身体が震えてきた。
十年以上の時を経て、かつて故郷を……カリバルナを牛耳ってた人物とこれから戦う。今思えば凄い事だ。まさか因縁の相手と対峙する日が来るとは。
だが、何時までも昔に耽ってる場合でもない。早いとこベリアルを倒して、全てを終わらせなければならない。そうしなきゃ、ここまで来た意味が無くなるからな。


「……よし、行くぞ!」


意を決した俺は意気込みをかけて、部屋へ入ろうと扉に手を伸ばした……すると!



ゴゴゴゴゴゴゴ!!



「え!?」


突然、巨大な扉が勝手に開かれた。
なんだ?まだ触ってもないのに……。


「よう……待ってたぜ、キッド!」


そして、扉が完全に開かれたと同時に、部屋の奥から聞き覚えのある声が聞こえた。
……なるほど、そうか。


「ようこそ、我が王国へ!……なんてな」


やはり間違い無かった。その声の主は……!


「ベリアル……!」


そう……因縁の敵、ベリアルが待ち構えていた。
部屋の奥に建たれている階段の最上位にある豪華な椅子に腰掛け、自分より低い位置に居る俺を見下ろしていた。
王の間の椅子って事は……あの豪華な椅子は本来この国の王が座る椅子なのだろうな。ただ、今はベリアルに奪われた模様だが。

「そんなとこで突っ立ってないで、もっとこっちに来いよ」
「…………」
「変に警戒するな。罠なんて仕掛けちゃいない」

ベリアルに手招きされて、俺は警戒心を解かず慎重に部屋の中へと入っていった。
しかし落ち着いて部屋を見回すと……流石は国王の部屋と言うべきか。天井には光り輝くシャンデリア。壁には複数の人物画や風景画。あちこちに綺麗な装飾が施されており、まさに王族の部屋らしい雰囲気を醸し出していた。
……って、妙なところに感心してる場合じゃないな。

「……よお、遠くから遥々と会いに来てやったぜ」
「そいつはご苦労。まぁ何も出せないが、ゆっくりしていけ」
「……まるで此処が自分の家であるかのような口ぶりだな」
「そりゃそうだ。この国も、城も、全て俺の物だからな」

椅子の背もたれに寄りかかり、悠々と寛ぐ様を見せびらかすベリアル。己の力を誇示しているような……そんな態度だった。

「そうかい。だが……残念ながら、アンタの国はすぐに取り返される」

尤も、ベリアルの天下もこれまでだ。こうしている内に操った部下は次々と魔物娘たちによって目を覚まし、少しずつ兵力を削がれていってる。ベリアルが孤立するのも時間の問題だ。

「アンタにとっては残念な話だが……俺らはアンタらが使う洗脳術の解き方を発見したんだ」
「ほう……それで?」
「アンタの兵力はどんどん減っていく一方さ。今頃、魔物になった国民と仲良くヤってるだろうよ」
「おお、そいつは困ったなぁ。折角良い兵力を手に入れたと思ったのによ……」

とか言ってる割には、ベリアルが被ってる仮面の下の口元から、笑みを浮かべているのが確認できた。
この反応……随分と余裕だな。兵力が削られてると知ってもこの表情。どうも引っかかる……。

「ま、そんな事はどうでもいい。それより……実はお前に聞いてほしい話があるんだ」
「……なに?」

なんだ、藪から棒に。話だと?今更何を聞くってんだ?

「俺はなぁ……是非ともお前に話したいと思っているんだ。俺が……この国を侵略した理由と、これからの真の目的をな」
「なんだと!?」

トルマレアを乗っ取った理由と、真の目的だと?
確かに……それは俺としても聞きたい話だった。今までベリアルがトルマレアを乗っ取った理由なんて全く分からなかった。その理由も含めて。だが本人の口から明かされようとは……。

「どういう風の吹き回しだ?」
「どうもなにも……言った通りだ。お前に聞いてほしい。ただそれだけの事」

そう言いながら、ベリアルは王の椅子からすっくと立ち上がった。
おっと……まさか、話すとか言っておきながら戦う気か!?

「待てよ。お前と戦う気は無い。まずは話だけ聞いてもらうつもりだ。何もしないから、武器から手を離しな」
「…………」

反射的に腰の長剣とショットガンに手を掛けたが、ベリアルは俺を宥めるように手を翳した。
……とは言え、まだ油断出来ない。一瞬の隙が生死を分ける場面は何度もある。変に警戒心を解くのはやめた方がいいな。

「……まぁいい。話を続けるが……口だけで長々と説明するより、実際に見た方が早い」

ベリアルは鎧の内側に手を入れて、何か小さな物を取り出して俺に見せてきた。
あれは……。

「……指輪?」
「そうだ。こいつはこの国の国王だった男が何時も身に付けていた指輪だ」

ベリアルが手にしているのは、赤い光りを放つルビーの指輪だった。それはトルマレアの国王……つまりシルクの父親が身に付けていたらしいが、なんでまた……?

「で、それがどうかしたか?」
「一見すると何処にでもある普通の指輪だ。だがな、こいつは非常に重要な鍵としての役目を担っているんだ」
「……鍵?」
「そうだ。この国の秘密を握る鍵だ!」
「!!」

国の秘密……やっぱり何かあったようだ。

「面白いものを見せてやる」

そう言いながらベリアルは王の椅子の座面に手をかけて……。

「そらっ!」
「!?」

なんと、座面を引き剥がしてしまった。
……いや、剥がしたと言うより、開けたと言うべきだろうか。まるで宝箱の蓋を開けるように。

「ここをよく見てみろ」

ベリアルは、剥がした座面の下側を指さした。そこには、何やら菱形になってる小さな穴が開けられていた。
なんだあれは?ただ単純な虫食いにしては随分と整った穴だな。

「……まぁ、見てろ」

ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、ベリアルは持ってる指輪の宝石の部分を見せつけてきた。
……あれ?ちょっと待て。あの指輪……よく見ると……。

「……まさか……」

指輪の宝石と椅子の穴。二つとも形が同じだ。もし、あの指輪に椅子の穴が嵌ったら……!

「くくく……」

小さく笑いながら、ベリアルは指輪を椅子の穴に入れた。
……思った通り、ピッタリと嵌った。


ゴゴゴゴゴゴ……


「!?」

その瞬間、どこからか地響きのような轟音が部屋中に響き渡った。突然の出来事に思わず周辺を見渡したが、どこも変化はなさそうに思えた。
……しかし……。


ゴゴゴゴゴゴ!


「なっ!?あ、あれは……!?」


視線を前方に移して、この地響きの原因が一体何なのか気づいた。
今まさに、俺の目で……!


「階段が……開かれてる!?」


そう、王座へと通じる階段が、左右に真っ二つとなって少しずつ開きだしていたのだった。その光景を目の当たりにしてようやく合点がいった。あの椅子と指輪……こういう仕掛けだったのか!


ドォン!


そして完全に開き終わったのか、二つに分かれた階段の動きが止まった。一体なんだったのだろうか……そう思いながら二つの階段の間を見てみた。
そこには……。


「……扉?」


そこには、黒い鋼鉄で出来た両開き式の大きな扉が見えた。表面には『Danger』などと分かりやすく書かれており、いかにも危なそうな雰囲気を出していた。
こいつは驚いた……まさか、国王の部屋の中にもう一つ部屋が隠されているとは。指輪が鍵ってのは、文字通り鍵の役目を担っていたって事だったのか。

「……なるほど……隠し部屋って奴か」
「ああ、そうだ」

ベリアルは階段の最上部から飛び降り、黒い扉の前で着地した。

「この部屋の奥には、俺が長年求めていた力が眠っている。そいつはこの国にとって、公になってはならないほどの黒い歴史でもある」
「……どういうことだ?」
「今に分かる」

求めていた力?黒い歴史?どういうことなんだ?
頭の中で様々な疑問が渦巻く。そんな俺に構わずにベリアルは扉を開いた。俺が遠くにいる所為でよく見えないが……扉の奥は暗くなってるようだ。

「キッド、もし本当にこの国の秘密と俺の目的を知りたいのなら、この扉の奥まで来い。そこで全て話してやろう」
「なに?」

あの扉の中へ……入れと?
だが、正直言ってその誘いは躊躇ってしまう。敵の挑発に乗るのはリスクが大きい。あの隠し部屋がずっと前から存在していたとしても……ベリアルの事だ。何か仕掛けを施したとしてもおかしくない。

「なに、罠なんて一つも仕掛けちゃいないさ。さっきも言っただろ?実際に見た方が早いってな」
「……本当だろうな?」
「嘘言う必要も無いだろ。お前をインチキ臭い小道具で仕留めようとは思っちゃいない」

ベリアルは開かれた扉へと向き直り、俺に背中を向けたまま指一本で招くジェスチャーをした。

「とにかく、俺はこの奥へ行く。お前もこんな所で茶を濁してる場合じゃないって分かってるだろ?だったら……なぁ?」

ふと、挑発的な笑みを浮かべた横顔を見せて、最後にこう言った。

「待ってるぜ」

言い終わると同時に、ベリアルは扉の奥へと進み、闇の中に姿を消して行った……。


「…………」


俺は、ゆっくりと隠し部屋の黒い扉の前まで歩き、何も言わずに扉の奥を見つめた。遠くからだと分かり辛かったが、こうして近くで見ると、石造りの道が前方へと続いているのが確認できる。壁や天井などに吊らされているランプの明かりが道標となり、まるで俺を奥へと誘っているように思えた。

「……行くっきゃないかねぇ……」

さっきまでは躊躇いを抱いていたが、隠されていた通路を目の当たりにして、次第に奥へ進まなければならない宿命を感じた。
確かにベリアルの言う通り、こんな所でボーっと突っ立ってる訳にもいかない。だいたい俺はベリアルを倒す為に此処まで来たんだ。ここで引き下がったら、仲間たちやシルクの力を借りた意味が無くなる。
ここは……覚悟を決めるしかないようだな。


「……よし、行くぞ!」


意を決した俺は、扉の奥へと進んで行った。一歩一歩踏み出す度に足音が通路に響き渡る。それだけこの通路が長い事がよく分かった。

「…………」

一歩一歩慎重に進みながら、周囲を見回してみた。通路自体は石造りって点以外は特に何もないようだ。
さて……この先に何があるのやら……。



〜〜〜(三分後)〜〜〜



「……あれ……?」


隠された通路を歩き続ける事約三分。黙々と歩いていると、前方に下方向へと伸びる下り階段が見えた。
なんだ……このまま真っ直ぐになってるだけかと思ったら、地下に続いているのか。

「……さて、どうなってるのやら……」

至る所にランプの火が灯されているとは言え、足下は暗闇で見えにくい。誤って階段を踏み外して転ばないように気を付けよう。
そう思いながら、俺は目の前の階段を降り始めた。
ここも特に変わったところは……ん?

「んん?」

通路の壁に視線を移したら、一つ変わった点が見つかり、思わず足を止めてしまった。

それは、通路の壁に描かれている絵だった。少々絵柄に癖があるが……恐らく、人間だと思われるものが、天秤のようなものを持っている絵だ。
もしやと思い、反対側の壁へ振り向いて見た。思ったとおり壁に絵が描かれていた。こっちは複数の人間が槍のような物を持って一列に並んでいる絵だ。更にその頭上には、鳥と思われる生き物が描かれている。
これは……ちょっと前に聞いた事がある。俗に言う壁画って奴だ。遺跡や洞窟の壁や天井に描かれる絵画で、一国の歴史や大昔の神話の情景を物語っていると聞いた事がある。

「……これって……もしかして……」

よもやと思い、俺は再度階段を降り始めた。その最中に左右の壁を交互に見てみた。

「……やっぱり……」

思った通り、壁画はあれだけではなかった。こうして見ると、左右の壁には通路に沿うように壁画が描かれている。
小さな木の苗を高々と掲げる人間。剣や槍などの武器を持って、大きな犬のような生き物に立ち向かう人々。太陽を取り囲むように集合している人間や虫、鳥、獣の姿。
描かれている情景は様々で、どこまで降りても壁画が途絶えない。これはあくまで俺の見解なんだが……おそらく、この通路の壁に描かれているのは、トルマレア王国の長い歴史だと思われる。
遥か大昔に生きた先住民たちは、食を学び、戦いを知り、そして命の有り難味を学んだと……そういったところか。トルマレアにも、こんなに長い歴史があったんだな……。


「……ん?」


ここで下り階段を降り終えた。そしてすぐに一つの部屋らしき場所に辿り着いたのだが……なんだか辺りが暗くて何も見えない。幸いにも階段付近ではランプの明かりのお陰で、ある程度の範囲は見渡せた。
床と壁は通路と同じように石造りのようだが……どういう訳か。実際に目には見えてないものの、この部屋はとてつもなく広い。感覚だけでそう思ってしまった……。


……もう少し奥に進んでみようか……。


ボボボボボボボ!!


「!?」


突然の出来事だった。俺が部屋の奥へ五歩ほど踏み出した瞬間、炎が燃え上がる音が響き渡り、瞬く間に広い部屋を明るくした。
思わず周囲を見渡して見ると、さっきの通路のように壁や天井など、至る所に炎が点いたランプが掛けられていているのが見えた。
ただ……照らされたのは部屋の半分ほどの範囲で、それより更に奥の範囲は暗闇のままで何も見えなかった。

「これは……!」

そして思わず釘付けになったのは、壁や天井に描かれている壁画だった。さっきの通路と同じように人間や動物、果ては植物や虫などが描かれている。
これを見て確信した。通路の壁画を思い返してみれば納得できる。どうやら此処は、トルマレアの歴史を物語る遺跡だったようだ。


「やっと来たか」
「!!」


突然、前方に何者かの声が聞こえて反射的にその方向へと視線を移した。悠々とした態度で闇の中から姿を現した人物。
そいつこそ……さっきまで王の間に居たベリアルだった。

「広いだろう?もう気付いてるとは思うが、此処はトルマレアの歴史が残された遺跡だ。王宮の真下に隠すとは、妙な真似をするもんだ。そう思うだろ?」
「……そうだな。で、此処にアンタが欲する力があると?」

ベリアルは大きく両腕を広げながら言い放ったが、俺は適当に返事を返して話の先を促した。

「ああ、そうだ。俺はこの日が来るのを待っていた。随分と長かったものだ」
「感慨深く思ってないで、さっさと話したらどうだ?」
「ふん、可愛くないガキだ」

ベリアルは鼻で笑い飛ばし、広げた両腕を閉じて、踵を返して悠々と部屋の奥の闇へと足を進めた。

「トルマレアは、独特の技術によって栽培した野菜や果物が有名となってる国だ。だがその技術は、何十世紀も前に生きた先祖たちの研究の積み重ねにより生まれた賜物だ」
「…………」
「この国の先祖たちは、他の土地で生まれ育った人間共よりも遥かに高い頭脳を持っていた。知識と科学をフル活用した技術は、時代が進むにつれて飛躍的に進化し続け、トルマレア王国の発展に大きく献上したと言える」

要するに、トルマレアの人間は昔から頭が良かったって事か。そしてトルマレアの先祖が生み出した技術は後世へと受け継がれ、進化し続けて、今に至ると……。

「で、それが何の関係があるんだ?」
「問題はその技術がどういったものなのかだ。関連するものは元来から植物がメインとなっていた。事実、現在のトルマレアの最大の特徴は農作物。独特の技術で作られた食い物は昔から変わらず、世界中から絶賛されている」
「ほう……」
「だがな……今でこそ公にされてないが、大昔のトルマレアは植物の研究しかやってなかった訳じゃない。人間も含めた動物も研究の対象とされていた」
「動物も……?」
「まぁ、簡単に言えば遺伝子について研究していた……と言うべきか」

説明していてもベリアルの足は止まらなかった。あのまま遠ざかれたら話が聞こえない。そう思った俺はベリアルの後を付いて行くように慎重に足を進めた。
確かに初耳だ。トルマレアが動物の研究をしていたなんて聞いた事が無い。
とは言え、生き物の研究なんて今の時代でも行われている。ましてや、遥か昔に動物について研究していたと聞かれても、さほど驚くべき事じゃないと思うが。

「話は変わるが、トルマレアも大昔は色々と苦労してきた国だった」
「どういう事だ?」
「魔王の代替わりは知ってるだろ?今の時代は魔王の魔力の所為でサキュバスのような好色染みた魔物が湧き出てきて、性欲のままに人間を襲っている。だが遥か昔は違った。今と違って凶悪性をむき出しにした魔物が人間の血肉を貪り食う、戦慄した時代だった」

その話は俺も知ってる。魔王の代替わりの時期にて、偶然に偶然が重なり、新しい魔王の力によって魔物は人間の精を糧とする生き物に生まれ変わったとの事。
だがそれより前の時代では、今と違って凶悪な魔物たちが人間の血肉をひたすら貪り食っていた。旧魔王時代の魔物は、今の好色な魔物とはかなり違って非常に凶悪で危険な存在だと言われている。

「このトルマレアは魔王代替わり前から存在していた国だった。古い時代の魔物の餌食になった人間は数え切れないほどいるが、当然ながらトルマレアの人間たちも例外じゃなかった。食い殺す対象と見なされて、人間たちは恐怖に震えていたと……この遺跡にも記されている」

ここでベリアルは、未だに明かりが行き届いてない……ちょうど闇に差し掛かってる位置で立ち止まった。俺もそれに合わせるように足を止めてベリアルの話を聞いた。

「だが、トルマレアの人間たちも黙ってなかった。度重なる魔物の被害に業を煮やした人間たちは、魔物に対抗する手段を考えた」

ベリアルは踵を返し、再び俺と向き合った。

「どんなに凶悪な魔物でも、どんなに強い魔物でも、容易く返り討ちに出来る方法を探った。その結果、トルマレアの人間たちは自分の長所を上手く利用する方法を思いついた」
「長所って……技術か?」
「そうだ。トルマレアの技術はどこの国より先へと進んでいた。当時のトルマレアの人間たちは、最先端の技術を駆使して、魔物たちに対抗出来る兵器をこの世に生み出した」
「兵器?」
「ああ……その兵器こそ、俺が今まで求めていた力だ!」

……簡単に話を纏めると、旧魔王時代のトルマレアの人間たちは、魔物に対抗出来る兵器を生み出したと……そういうことか。そしてベリアルは、その兵器とやらを欲しているという訳だな。
だが、その兵器ってのは一体何なんだ?

「当時、その兵器はトルマレアの人間たちの希望通りの活躍を見せてくれた。もはやトルマレア史上最強の兵器とも言われたそれは……同時に、国にとって最悪の歴史となった」
「最強……最悪……?」
「驚くことに、実はその兵器はこの遺跡にある」
「……はぁ!?」

昔に作られた兵器が……この遺跡に?
何百年も前から此処に収納されてたってことか?いや、そもそも、最悪だなんて言われてた兵器なんて……どれだけヤバい代物なんだ?

「今見せてやるさ。おそらく、お前も驚いてくれるだろうよ」

そう言いながらベリアルは徐に右手を高々と上げた。
そして……!



「見るがいい!これが、トルマレアに隠された闇の歴史だ!!」



パチン!



指を鳴らす音と同時に、一気に部屋の闇の部分までもが照らされた。これで部屋全体が明るくなったが……。


「!?」


俺は……目の前の光景を目の当たりにして言葉を失った。


「……な……な……」


……今初めて、最強最悪と呼ばれていた理由が分かった。
これは……確かに危険だ……!


「はぁ……はぁ……」


心なしか……いや、間違いないだろう。俺の息遣いが荒くなってきている。恐怖によるのか、緊張によるのか、複雑な思念が胸中を渦巻いている。
ただ、今の俺はひどい驚愕に包まれている。それだけは断言できた。


「くくく……どうだ?」


そんな俺を愉快そうに眺めながら不敵に笑うベリアル。異常な光景を背後にしても平常でいられる神経が理解出来ない。


「な……なんで……」


頭の中が混乱しかけている。あんなのがこの遺跡にあるなんて……!


「どういうことだよ……」


目を凝らしてよく見てみたが、やはり間違いない。


「どう見たって……あれって……」


あれは……どう見たって……!

















「タイラントじゃねぇか!!」





俺の目の前にいるのは……あの凶悪な人造殺戮生物、タイラントだった!!


「そう……これこそ、俺が求めていた絶対的な力!トルマレアが隠し続けた暗黒の秘密だ!」


タイラント……あらゆる生き物を殺す為に造られた人造生命体。
ゴツゴツの白い皮膚に鋭い爪、背中にはコウモリのような翼に太い尻尾。歪な口から生えてる鎌のような牙。そして、頭頂部に生えてる銀色の角。
俺の記憶にあるタイラントの特徴が全て当てはまった。いや、あの姿を見れば本物としか言い様がない。
ただ、目の前にいるタイラントは遺跡の壁に掛けられている巨大な鉄の拘束器具で手足と首を縛られており、ぐったりと項垂れている。一見するとピクリとも動きそうにないが……。


「こいつは古い時代のトルマレアによって造られた殺戮生物だ。とは言え、もうとっくに死んでるから二度と目を覚ます日は来ないだろうがな。何にせよ、俺はこいつを拝む為にトルマレアを侵略したのさ」

呑気にそう言いながらベリアルはタイラントの元へ歩み寄った。
そうか……あのタイラント、もう死んでるのか……じゃあ動かないか。
って、呑気な事思ってる場合じゃない。

「おい、まさか……トルマレアが過去に作った最悪の兵器って……!」
「言っただろ?技術を駆使したってな」
「……まさか……こんなところでまた会うなんて……!」

正直、未だに驚愕の思いが拭いきれてないでいる。これも……タイラントの存在を知ってるからこそだろうか。
ここだけの話……俺は以前、アイスグラベルドと言う島でタイラントを見た事があった。実際に奴と戦い、仲間たちの協力のお陰でなんとか勝てたが、かなりの苦戦を強いられたのは記憶に新しい。
圧倒的な破壊力。凄まじい機敏さ。驚くべき再生能力。まさに殺戮兵器と呼ばれるに相応しい敵だった。
奴との縁もあれっきりだと思っていたのに……まさか、こんな形で再び会うとは……!


「当時のトルマレアの人間は、自分たちの技術を活用して、魔物より強い生物を造り上げる計画を立てた。その結果がこいつだ」
「嘘だろ……タイラントって、一体だけじゃなかったのか……!?」
「信じられないか?だが事実だ」


ベリアルは、ただの骸となってるタイラントの身体を叩きながら言った。
以前にシャローナから聞いた話だが、タイラントは一人の医者によって造られたらしい。俺はてっきりタイラントなんて、その医者に造られたのが最初で最後の個体だと思っていた。
だが、あれを見せ付けられたらもう疑う余地もない。
タイラントは……あいつだけじゃなかったのか!


「魔物より強い生物を造ると決めた人間たちは、その材料として魔物たちの細胞を利用する事にしたんだ」
「細胞?」
「ドラゴンの強靭な肉体、オーガとミノタウロスの圧縮された筋力、バフォメットとエキドナの高魔力、そしてスライムの再生能力。タイラントは、ありとあらゆる魔物の長所を上手く掛け合わせて造られた人造生物だ」


……様々な魔物の長所……。
言われてみれば、思い当たる節がある。あのパワーとスピード、強力な魔術と再生能力。あれらの元が魔物のものだったと聞けば納得してしまう。


「人間たちの努力は報われた。望み通り多くの魔物を骸にしてきたが……こいつはあまりにも凶暴すぎた。魔物の虐殺に飽きたタイラントは、あろう事か自分を造ったトルマレアの人間たちを貪り食い始めた」
「…………」
「慌てたトルマレアの人間たちは、急いでタイラントを仕留める強力な毒薬を作り出した。そして、なんとかタイラントに飲ませる事に成功したが、ここで予期せぬ事態へと発展した」
「?」
「命の灯火を消されても、タイラントの再生能力は正常に機能したままだった。バラバラに切断するも、瞬く間に再生する。炎で焼き尽くそうとも、焦げた痕すら付けられない。タフな身体に手を焼いた人間たちは苦渋の選択をしたのだった」
「……それで……この遺跡に?」
「ああ……」

つまり……トルマレアの人間たちによって造られたタイラントは、皮肉な事にトルマレアの人間たちに仕留められたって事か。
そしてその遺体が、俺の目の前にある。こいつは死しても尚、こんな遺跡の中に閉じ込められていたと言うのか……。

「なぁキッド……こいつは人間によって造られ、生きる理由を与えられたってのに、あろう事か人間によって殺された。あまりにも悲惨だと思わないか?」

ベリアルはタイラントから手を離し、三歩ほど俺に歩み寄って話し始めた。

「こいつだって生き物だったんだ。人間の下らないエゴで命を絶たれるってのはかなりおこがましい」
「……何が言いたい?」
「俺は……タイラントが動いている姿をこの目で見たいんだ。本能のままに弱者を殺し、返り血を浴びながらも歓喜の咆哮を上げる。それこそタイラントの生き甲斐だからな。俺はタイラントを造って、その勇姿を見届けたい」
「お前!何を言ってるんだ!そんな事……はっ!?」

馬鹿げた事を言ってるベリアルに怒鳴ろうとしたが……造ると聞いた刹那、悪い予感が頭の中を過ぎった。


思い出したのは数日前……廃墟となった城で久々にベリアルと再会した日の事だった。
当時、ベリアルは去り際に気になる発言を残していた。



『ドクター・アルグノフを攫って、俺の下へ来るんだよ!』



ドクター・アルグノフ……今やタイラントの製造方法を知ってしまったが故に、自ら行方を晦ました医者だ。
その人はシャローナの祖父でもあるが、今までベリアルがアルグノフを執拗に狙っていた理由が分からなかった。
だが、アルグノフは唯一、タイラントを生み出す方法を知ってる人間。もしも、ベリアルの目的にアルグノフとタイラントが関係するのだったら……!


「まさか……アルグノフと関係が!?」
「察しがいいな。そうとも……あの爺はタイラントを生み出す方法を知ってる人物。そして此処には、新たなタイラントの材料が揃っている」
「材料だと!?」
「こいつだ」

ベリアルは、親指でタイラントの遺体を差しながら言った。

「何かを造るには材料が必要だ。タイラントを造るにも、そいつに見合った細胞が要る。そして、こいつ一体の細胞さえあれば新しいタイラントを生み出す事が出来るのさ」

不気味な笑みを浮かべるベリアル。
ちょっと待て…‥生み出すって事は……再びあの凶悪な殺戮生物が誕生するって事だよな。アルグノフならそれが出来る。
……まさか……ベリアルの計画って……!


「どうだ?もう気づいたんじゃねぇか?俺の計画に……」


その不敵な笑み……やっぱりそうか!


「お前……無理矢理アルグノフにタイラントを造らせる気だな!」
「……惜しいな」
「は!?」


惜しいって……何が!?


「タイラントじゃない。タイラントたちだ」
「たち……!?」


たちって……一体だけに使う言葉じゃないよな……!?


「一体だけじゃ満足できねぇんだよ……数は何にも勝る力だ」


ベリアルは……不敵な笑みを浮かべながら堂々と言い放った。



「十数体のタイラントを造らせて、恐怖の殺戮軍団を結成させる!」
「!?」


十数体って……あのタイラントを!?あの凶悪な生き物を一体以上増やす気かよ!
ますます馬鹿げている!自分が何を言ってるのかわかってるのか!?


「殺戮生物でも、一体だけじゃ心許ない!俺はなぁ、この国が生んだ最強最悪の生物兵器による軍団を結成させるんだ!そして、全世界で暴れさせて、下劣な人間や魔物共を皆殺しにするんだよぉ!!」


天を仰ぐように両手を広げて宣言した。
軍団だと……皆殺しだと!?


「ふざけんな!そんな真似を許すとでも思っているのか!」


怒号を上げながら、腰に携えてる長剣とショットガンを抜き取り戦闘の姿勢に入った。
ベリアルの目的は分かった。タイラントを生み出して、世界の人間や魔物たちを殺す気のようだ。
だが……そんな勝手な真似は許さない!カリバルナの件と言い、つくづく野放しに出来なくなった!
こいつの野望は……俺が何としてでも止めてやる!

「まぁ待てよ、お前と戦う気は無いって言っただろ?」
「お前にその気が無くても、こっちはアンタをぶっ飛ばす気満々なんだよ!」
「落ち着けって。まだ話は終わってねぇよ」

こちとら全力で戦う気満々だってのに、ベリアルは片手を翳して宥めてきた。
この期に及んで戦わないだと?何を企んでいるんだ?

「俺はタイラント軍団を手に入れたら、早速下等な生き物共を惨殺する為に進撃を開始しようと思っている。こんな醜い世界を滅ぼすのが、俺の最終目的だ。ただ……」

ベリアルは、仮面の奥の瞳で俺を見据えながら話し続けた。

「皆殺しとは言ってもな……キッド、お前は否応なしに死ぬには惜しい男だ」
「あん?」
「お前は優秀な男だ。個人の戦闘力に秀でているし、人の上に立つ人物として必要なスキルもだいたい揃っている。その若い命が命尽きるにはあまりにも勿体無いと思ってな」
「……お前にそんな事言われても嬉しくねぇよ」

急に人を褒めるなんて……全くもって読めない奴だ。

「なぁキッド……」

ベリアルは、ニンマリと悪い笑みを浮かべながら静かに言った。


「お前……今日から俺の部下になれ」
「……はぁ?」


こいつ……いきなり何を寝ぼけた事を言い出すんだ?


「俺は、お前のような男が欲しい。生半可な実力の兵士なんかよりもよっぽど頼れるし信用出来る。タイラントに加えてお前が俺の傘下に入れば、もう恐れるものは無い」


ベリアルは、俺を誘うかのようにそっと右手を差し出した。

「キッド……俺と共に世界の崩壊を見届けようじゃないか。お前だって死ぬのは怖いだろう?俺に従えば、お前だけでも特別に生かしてやる。悪い話じゃないだろ」

……こいつ……本気で言ってるのか……。
全く、ますます分からない奴だよ。俺の口から吐かれる答えを予測出来ない訳でもないだろうに……。

「……アンタ、返ってくる答えを分かっておいて言ってるのか?」
「予想しているが、直接聞かないと分からんだろ?」
「そうかい……」


ハッキリしないと分からないのかよ。
だったら……お望み通り答えてやるさ!


「これが答えだ!!」



バンバンバァン!



「……ふん、分かりやすい返答だな」


ショットガンをベリアルに向けて発砲した。これこそ俺の答え……拒否の証だ。
だが、ベリアルは素早く身を翻して弾を全て避け切った。流石に、こんな攻撃を甘んじて受けてくれる訳ないか。

「……まぁ、断られるのは予測出来てたさ」
「当たり前だ!誰がアンタの野望に協力するものか!俺は死んでもアンタになんか従わないからな!」

当然の答えだ。皆殺しとか滅ぼすとか……そんな事は絶対に許さない。ましてや、ベリアルの部下になるなんて真っ平御免だ!

「……そうかい。だがなぁ、どの道お前は俺に従うしかないんだよ」
「なんだと?」

まるでもう俺には選択の余地は無いとでも思わせる口ぶり。その自信の根拠は一体……?


「仮にお前を武力でねじ伏せたとしても、お前の事だ。例えボロボロになるまでやられても、首を縦に振ってくれるとは思えない」

そりゃそうだ。言葉通り、死んでも従う気は毛頭ない。


「だったら、別の方法を選ぶまでだ……こいつを見ろ!」


パチン!


指を鳴らす音と同時に、ベリアルの頭上の闇から紫色のクリスタルが降りてきた……!


「!?」


そして、そのクリスタルの中を見た瞬間、思わず目を見開いてしまった。
それもその筈。何故なら、クリスタルには……!




「サフィア!?」



そう……ブラック・モンスターに居る筈だったサフィアが閉じ込められていた!


「……キッド?キッド!キッドォ!!」


俺の存在に気づいたサフィアは怯えた表情で何度も俺の名前を読んできた。
そんな……どうしてサフィアがこんなところに!?船で待機してたんじゃなかったのか!?

「なんでこんな所に?って顔してるな」

戸惑っている俺を愉快そうに眺めながらベリアルが口を開いた。

「いやなに、実はな……お前が王の間に来るまでに簡単な下準備を済ませておいたのさ。転移魔法でお前の船まで移動すれば、あとはこの女を攫うだけ。どうせ部下になれって言っても聞く耳持たないのなら、何かしらの弱みでも握っておけば万事解決だと思ってなぁ!」
「クソが!!」

俺の胸中で、ベリアルに対する怒りがグツグツと煮えたぎってきた。
この野郎……よりによって俺の妻を巻き込むなんて!
もう頭にきた!こいつだけは……許さない!!

「そう睨むな。無駄な抵抗はやめてもらおうか。さもなくば……」


ゴロゴロゴロゴロ……!


突然、サフィアの頭上にドス黒い雲が発生した。その雲から、何やら雷の音が轟いてくる。
そう言えば……ベリアルは冥界の雷を自由に扱える能力を持っている。という事は……まさか!

「お、おい!何をする気だ!?やめろ!」
「だったら大人しくするんだな」

雷がサフィアの頭上に降り注がれる。そう思った俺は慌ててやめるように言ったら、ベリアルは勝ち誇ったような笑みを見せてきた。
……くそっ!大人しく降参しろってか!

「キッド!私の事はいいから、早く逃げて!」
「サフィア……そんな事、出来るわけないだろ……!」

サフィアは怯えながらも逃げるように訴えた。だが、サフィアを置いて逃げるなんて絶対に出来ない。

「キッド!お願いです!逃げて!」
「……無理言うなよ……」

懸命にその場を去るように呼びかけるサフィア。
俺は……何を言われようとも尻尾巻いて逃げる気は無い。


「愛する女を見捨てて逃げたら、男に生まれた意味が無いだろ!!」
「キッド……!」


だから俺は逃げない!
悔しいが……ここはサフィアの為に大人しくしよう。


「ああ、待て。武器は持ったままでいい。お前は言葉通り大人しくしていればいいんだ」
「……あ?」


無抵抗の意を示す為に長剣とショットガンを鞘に収めようとしたら、ベリアルに呼び止められてしまった。
大人しくしろとか言ってるのに、武器は閉まうななんて……どうも矛盾しているな。


「武器を持たないと……戦えないだろ?」


戦うだと?今更何言ってる?あれほど散々戦う気は無いとか言ってたのに……。


「よし……エオノス!」
「へい!」
「!?」


突然、ちょうど俺の目の前に黒いモヤモヤのようなものが現れたかと思うと、その中から一人の男が出てきた。
紫色のローブを纏った、痩せこけた男だが……今確かにエオノスって言ってたような……。

「さぁて……何度も言うが、大人しくしてろよ?エオノス、やっちまいな!」
「面白くなってきやしたぜ!なぁ……キャプテン・キッド!」

すると、エオノスは両手の指をグニャグニャと動かしながらジッと俺の目を見つめてきた。
なんだ、これは……一体何をやって……。

「キッド!ダメ!その人から離れて!」
「!?」

サフィアに呼びかけられたが……遅かった。気付いた時には身体の自由が利かなくなり、抵抗出来なくなってきている。

「イッヒヒヒヒヒ……!」

そしてエオノスの腕の隙間から、モクモクと黒い煙が湧き出てきて、瞬く間に俺の身体を包み込んできた。
なんだ、これは……動けないし……息苦しい……!

「悪く思うなよ。俺はなぁ……欲するものは、力で奪うのさ!!」

俺は……どうなるんだ……。
ヤバい……意識が……ちょ……ま……ず…………い……。



〜〜〜(ドレーク視点)〜〜〜



「いでででででで!!」
「おい!次はどっちだ!?」
「ひ、左です!」
「よし!」
「あ、あの、あとはもう真っ直ぐ進むだけだからもう離して!」
「騙してないかどうかハッキリさせるために、王の間に着くまでは付いて来てもらうぞ!」
「騙すつもりなんてないから!マジで勘弁して!髪の毛抜けちゃうから!割とガチで痛いから!!」


トルマレアの王宮に突入してから数十分後、俺はこの国の兵士の案内を頼りに王の間へと向かっていた。
さっきから痛いとか離してとかギャーギャー五月蝿いが……俺が兵士の髪の毛を鷲掴みにして引っ張ってるから仕方ないか。とは言え、まだこいつを信用した訳じゃない。ちゃんと王の間に着くまで強引に来て貰うがな。

「……お、あれか!」

そして暫く走り続けていると、ようやく目的の部屋と思われる扉が見えてきた。
見たところ開きっぱなしだな……中に誰か居るのか?

「到着っと……ん?」

早速扉まで来て、部屋の中を見てみた。そして部屋の様子を見た瞬間、俺の頭にクエスチョンマークが浮かんだ。
それもその筈……。

「……おい、これ本当に王の間か?」
「ほ、本当です!なんか、コーディネートがガラリと変わっちゃってますけど!」
「いや、コーディネートとは違うだろ……」

確かに豪華な装飾だし、奥には王座と思われる椅子があるが……なにかおかしい。
部屋の奥には王座を高々と誇示させる階段があるが、何故か二つに分かれている。しかも……。

「なんだ、あれ?」

その階段の間に黒い扉が姿を現していた。
俺は今日始めてトルマレアの王の間を訪ねたが……初見でもこれはかなり不自然な光景だと判断出来る。なんで国王の部屋にあんな陳腐な扉があるんだよ?


「ねぇねぇ、おじさま♪」
「ん?」


背後から女の声が聞こえたので振り返って見ると、そこには妖艶な目付きを浮かべているレッドスライムが居た。
トルマレアって確か反魔物国家だった筈じゃあ……ああ、そうか。こいつ、元は人間だった国民か。大方、誰かに魔物化されたんだろう。

「そこのお兄さん、私が貰っちゃってもいい?結構好みのタイプなんだよね〜♪」
「え?ああ、こいつか」

レッドスライムは、乱暴に髪を掴まれている兵士をいやらしい目付きで見つめている。まさに獲物を見つけた獣のようだ。
とは言え、俺もこいつにはもう用が無くなった。

「ああ、煮るなり焼くなり好きにしな」
「うぉわ!?」

俺は力任せに兵士をレッドスライムに向かって投げ飛ばした。

「やったぁ!ありがと、おじさま♪それじゃ……いただきま〜す♪」
「わわわ!ちょ、なにするんだ!来るなぁ!」
「あらら、恥ずかしがっちゃって、可愛いなぁもう♪」

レッドスライムのトロトロの身体が、慌てふためく兵士の身体を呑み込んでいく。ありゃもう堕ちるのは時間の問題だろう。
さて……こいつらは置いといて。

「どうしたものか……」

俺は王の間の中へと慎重に足を進めた。
此処にベリアルが居るって聞いたから特急で来たってのに、本人は何処にも見当たらない。姿どころか気配すら感じられないな。
まさか……別の場所に居るのか?

「ところでおじさま〜、あの部屋に何か用でもあったの?」

と、俺の背後からレッドスライムが呑気な口調で呼びかけてきた。

「ああ、ちょいと会いたい奴がいてな」
「ふ〜ん……あ、そう言えば……」

ふと背後を振り返ると、早くもレッドスライムの身体は兵士の首から足下まで包み込んでいた。兵士の方も身動きが取れず、呼吸するだけで精一杯な状態だった。

「おじさまが会いたがってる人かどうかは分かんないけど、鉄の仮面を被ってる赤髪の男の人が、あの黒い扉の奥へ進んで行ったのを見たよ」
「なに!?本当か!?」
「うん」

鉄の仮面に赤い髪……間違いない……あいつだ!

「あ、あとね……」

レッドスライムは、何かを思い出したような素振りを見せながら言った。

「なんかね、その仮面の人の後を追うように、もう一人若い男の人が扉の奥へ進んで行ったのを見たよ」
「若い男?」
「えっと……確か……」

少しだけ間が空いた後、レッドスライムはポンと手を叩いてから言った。


「思い出した!確かその若い人、キッドって名前だったよ!」
「!!」


……なんだと……まさか……!


「おい、それ本当か!?」
「間違いないよ。仮面の人が、若い人の事を確かにキッドって呼んでたよ」
「……!!」


……なんてこった……遅れを取っていたか!
こうしちゃいられない!早く行かねぇと!


「色々と教えてくれて助かったぜ!それじゃ、あばよ!」
「え?あ、うん……あばよ!」


俺は急いで部屋の奥の扉へと駆け出した……。



〜〜〜(オリヴィア視点)〜〜〜



「しかし、国王の部屋にこんな隠し通路があったなんて……本当に知らなかったのか?」
「ああ、長年住んでいるが、こんな通路があったなんて初めて知ったぞ!」
「俺も知らなかったよ。でも、なんでまたこんな道が……?」


城内の廊下で複数の兵士を相手にしてる最中の事だった。
一人一人では私の足元にも及ばないとは言え、流石に数が多すぎてうんざりしていた時にシルクとバルドが駆けつけてくれたのだ。そして二人の協力を得て兵士の軍団をひれ伏せさせて、その場を未婚の魔物娘たちに任せて、二人と共に王の間へと向かっていたら……この隠し通路を見つけたと言う事だ。


「おっとと……」
「シルク様、どうなされましたか!?」
「ああ、いや、その……快感の余韻が……まだアソコがキュンキュンしていて……」
「シルク様……」
「おいおい、気持ちは分かるけどしっかりしてくれよな?」
「面目ない……」

ちなみにシルクはいつの間にかワイトへと魔物化していた。そして操られていたバルドを見つけて、自慢の能力を駆使してなんとか洗脳を解く事が出来たらしい。元に戻ったバルドはベリアルを倒すために、自ら協力を申し出てくれたのだった。
余談だが……どうやらシルクは勢いでバルドに処女を捧げた上に中出しまでしてもらったとのこと。お陰で魔力を大幅に回復できたようだ。

「おっと、なんだここは!?」
「これは……一体なんだ!?トルマレアにこんな場所があったなんて……!」
「遺跡……のようだけど……?」

隠し通路の階段を下り終えたところで、私たちはかなり広い部屋にたどり着いた。
壁には通路と同じように絵が描かれているが、どことなく遺跡のような雰囲気を漂わせている。いや、これどう見ても遺跡だとしか思えない。

「……あ!おい、あれ……え!?」
「キッド!……え!?何故サフィアが!?」
「ベリアル……!」
「……あ!オリヴィアさん!シルクさん!」

そして前方に、キャプテン・キッドとサフィアと、あと二人知らない男が居た。ただ、バルドの発言からすると、その内の一人はベリアル……今回の敵の親玉らしい。
だが……見たところヤバい状況なのかもしれない。サフィアはクリスタルのような物の中に閉じ込められてるし、キャプテンは二人の男と対峙しているように見える。
そして何よりも……!

「なっ!?なんだあれは!?」
「あのデカいの、生き物なのか!?」
「おいおい……なんでタイラントが此処にいるんだよ!?」

部屋の奥にいるタイラントを目の当たりにして驚きを隠せないでいた。
あのおぞましい姿……間違いなくタイラントだ。でもあいつはアイス・グラベルドにてキャプテンが止めを刺した筈。なのになんでこんな所にいるんだ!?

「おうおう、続々とお出ましだなぁおい」
「……ベリアル!」

私たちに気付いた鉄の仮面を被った男が、口元を吊り上げながら挑発的に言った。シルクは敵意をむき出しにした眼差しで男を睨みつけたが……どうやらあいつがベリアルのようだ。

「ベリアル!貴様、よくも俺を操ってくれたな!タダで済むと思うなよ!」

と、威勢の良い怒号を上げながらバルドがファルシオンを構えた。

「んん?なんだお前、元に戻ってるじゃねぇか」
「私がこの手で洗脳を解いたんだ!」
「なんだよ、つまんねぇ真似しやがって。もう少しだけ駒として存分に使う予定だったのによ」
「貴様ぁ!」

ベリアルの勝手な物言いに、バルドの堪忍袋の緒が切れたようだ。額に青筋が浮かび上がり、鋭い目つきでベリアルを睨んでいる。

「これ以上貴様の思い通りにはさせん!覚悟しろベリアル!!ウォォォォォォ!!」

そして雄叫びを上げながら、ベリアルに向かって凄まじい勢いで突撃して行った。

「バルド……!よし、私も行くぞ!」
「OK!Let's go!!」

その後に続くように、私もシルクと一緒に駆け出した……!


「……やれ!」


バァン!


「うぉっ!?」
「!?」


部屋の中に銃声が響き渡り、その音に怯んだバルドは立ち止まってしまった。

「バ、バルド!大丈夫か!?」
「あ、ああ……鎧にカスっただけだ」

私とシルクは慌ててバルドの元へ駆け寄ったが、どうやら怪我は負ってないようだ。
だが……一番の問題は、その銃を撃った人物だ。
どうして……!


「危ないだろ、キャプテン!」


そう、今の銃声はキャプテンによるものだった。振り返らずに左腕のショットガンをバルドに向けて撃ったようだ。その証拠に、ショットガンの銃口からは煙が出てきている。

「キッド!バルドならもう敵じゃない!私が洗脳を解いたんだ!だから戦う必要は無い!」
「…………」
「……キッド?」

振り向かず……一言も発しないキャプテンの背中を見て、何故か違和感を覚えた。
なんだろう……キャプテンであることは間違いないのだろうけど、なんだか……雰囲気が変わってるような……?

「みんな!早く逃げて!」
「サフィア?」
「今のキッドは……」

必死の形相でサフィアが叫んだ……その瞬間!


カキィン!


頭上に振り下ろされた長剣を右手の爪で受け止めた。言うまでもなく……長剣を降ったのはキャプテンだった。

「おい、何するんだよキャプテン!こんな時に冗談は……やめろよ!」

力任せに腕を振り、飛びかかっていきたキャプテンを押し返した。対するキャプテンは姿勢を正すと、その俯いた顔を徐に上げた。
そして……その目は……!

「な!?キャプテン……その目は!?」
「…………」

キャプテンの目は……鮮血のように真っ赤に染まっていた!
あの目を見た瞬間に確信した。今のキャプテンは、普通のキャプテンじゃない!

「ふはははは!いい具合に洗脳が効いてるようだな!」

ベリアルが楽しそうに笑い声を上げながら言った。
洗脳だと!?そう言えば、ベリアル側には人を洗脳する能力を持ってる人間がいるって聞いた。
という事は……まさか!

「こいつだけは手放したくないんでな、簡単に解けないように通常より強めに洗脳してやったのさ!もうイカせただけじゃ目を覚まさない!こいつは今日から、俺の下僕になったのさぁ!」

……そんな……まさか、こんな事って……!

「なんて事だ……まさかキッドまで……!」
「あいつ、俺と同じ目に遭ってるのか!?」
「くっ……キャプテン!目を覚ましてくれよ!」
「…………」

キャプテンは首をポキポキと鳴らしながら、とてつもない殺気を私たちに向けた。そして一歩一歩、確実にゆっくりと私たちに向けて歩み寄ってくる。
ダメだ……今のキャプテンは、私たちすら認識できていない!

「キッド!お願いだからやめて!目を覚ましてください!キッド!キッド!!」
「…………」

必死に呼びかけるサフィアだが、操られてる赤目のキャプテンは一瞥もくれなかった。
サフィアの声にも反応しないなんて……あんなに大切に想ってた妻まで記憶から消えたのかよ!?これって大ピンチじゃないか!
本当に……どうすればいいんだよ……!

「さて……タイラント作戦の前座にはちょうどいいだろう」

ベリアルは、勝ち誇った笑みを浮かべながら言った。


「まずはお友達同士……仲良く殺し合いでも始めちまいな!!」


その一言が……これからの惨劇が始まる合図となった!


「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」



「キッドォォォォォォ!!」



サフィアの悲痛な叫びは……私たちに襲いかかったキッドに届かなかった……!!
13/12/23 22:36更新 / シャークドン
戻る 次へ

■作者メッセージ
今回はベリアルの目的が明かされた話でした。
トルマレアで造られた最凶最悪の生物兵器タイラント。ベリアルは、再びタイラントを数十体も誕生させて軍団を作り、全世界を滅亡させようと目論んでいる……そう言う事です。
そもそもタイラントって何ぞや?と思ってる方は、私の『Legend of pirate 〜幻の大秘宝〜』の登場人物紹介を読んでみてください。

そして次回は……ベリアルの策略に嵌まり洗脳されてしまったキッド。好き勝手に操られ、仲間たちに襲いかかってしまうが、果たして元に戻るのか……の予定です。
では、ここまで読んでくださってありがとうございました!

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33