連載小説
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出航前夜
「お〜し、そっちは船に積み込め。ああ、それはいらねぇ。城に置いてけ」

アジト襲撃作戦が終わってから一日後、辺りはもうすっかり暗くなり始めている最中、夕食を食べ終えた俺は元敵のアジトの入り口にて仲間たちの指揮を執っていた。
明日からまた新たな目的地に向けて出発しなければならない。今はその航海に備えて食料や金品をアジトとして使われていた城からかき集めているところでもあった。

そう……次の目的地はトルマレア王国。シルクの故郷でもある、反魔物国家だ。ベリアルとバルドもそこに居る。
昨日のベリアルとの一件にて、シルクがトルマレアの第三王女だって事が明かされた。ついでに、バルドが勇者だって事も……尤も、今では洗脳されてる所為でベリアルの部下に成り下がっているが。
シルクはバルドの救出に失敗。結局、操られたバルドはベリアルと共に此処から去ってしまった。
その所為でシルクは激しく気が沈んでしまい、昨日からずっと部屋に篭りっぱなしだ。まぁ、そうなるのも無理はない。助けたいと思っていた人が手の届く距離に居たのに、結局助ける事が出来なかった。すぐ近くに居ただけに、悔しさもかなり大きいだろう。

それにしても……シルクはバルドを助けたいと思っていたのは本当らしいが、たった一人で出向いたのはどうも疑問に思う。第三とはいえ一応王女なんだし、こう言っちゃあアレだが……王族の権力でも利用すればバルドの捜索も楽だったはず。なのに何故一人で……?
……まぁ、一人で考えていても仕方ない。詳しい話は本人から聞かせてもらおうか。

「ふぅ、ざっとこんなものかな」
「おお、ヘルム、そっちは終わったか?」
「ああ、大体必要なものは運ばせたよ」

城の入り口からヘルムが出てきた。さっきまで城の中で仲間たちの指揮を執っていたけど、どうやら今しがた終わったようだ。

「それにしても……簡単に片付く仕事だと思ってたのに、なんだかとんでもない方向に向いちゃったよね。まさかこんな所でベリアルが現れるなんて……」
「そうだよな……俺としては、もう二度と関わりたくないと思ってたのに」
「僕だってそうさ。でも、カリバルナを守るためには、どうしても行かないと」
「ああ、分かってるさ……」

昨日ベリアルと再会したなんて話したら、流石のヘルムも気が動転していた。ただ、いきなり故郷を牛耳ってた元公爵が出てきたんだ。ヘルムだって俺と同じカリバルナの出身だし、あの革命の日も憶えているから無理も無い。

「あ、そう言えばさ……シルクはどうしたの?昨日から全然姿を見ないけど」
「昨日の一件からすっかり落ち込んじまってな、ずっと部屋に引きこもりっぱなしだよ」
「そうか……大丈夫なの?様子を見に行ってあげたら?」
「そうだな。聞きたい事も色々とあるし」

仲間たちの指揮も一通り終わったし、そろそろシルクの様子を見に行ってもいいだろう。
バルドを助けられなかった気持ちは分かるが、そろそろ気を取り直してくれないとトルマレアまで身が持たない。今度こそバルドを助ける為にも、元気を出してもらわないとな。

「それじゃ、俺は先に行ってる。お前も出航に備えて早めに休んでおけよ」
「ああ、それじゃあ、また明日ね」

と言うわけで、俺はシルクの様子を見に、ブラック・モンスターへと帰っていった。



==========



「よっとぉ……よしよし、こっちも問題ないみたいだな」


ブラック・モンスターの甲板に上り、周りの様子を見渡す。仲間たちはみんなそれぞれ順調に仕事をこなし、明日の出航に備えていた。

「ようキャプテン、お疲れさん」
「おう、オリヴィアか」

すると、なんか変な形をした槍を担いでいるオリヴィアに話しかけられた。

「なんだその変な槍?」
「ああ、アジトの中で見つけてな。折角だから拾うことにしたんだ」

二ヒヒと白い歯を見せて笑いながら槍を見せ付けるオリヴィア。その姿ときたら、まさに大きなカブトムシを捕まえて自慢する少年に見えた。

「おいおい、拾うって……奪うの間違いじゃないか?」
「いいだろ別に。持ち主だっていないんだし」
「……まぁいいか」

厳密に言えば敵のアジトにあったものだから拾うとは言えないが……まぁこの際どうでもいいか。

「あ、そう言えばキャプテン。なんか、見慣れない奴が船にいるんだか……」
「見慣れない奴?」
「ほら、Who that girl?」
「ん?」

オリヴィアはとある方向へと指差した。
その先には……。


「へぇ、じゃあカリバルナまで遥々と此処まで来たのかい?そんなに可愛い顔してるのに、偉いねぇ!」
「あはは……ど、どうも……」


赤い長髪を束ねた褐色肌の女がコリックに絡んでいた。エルフのような長い耳に体の模様……恐らく、あれはアマゾネスって言う魔物だろう。水で濡れてるモップを持ってるコリックを見るところ、掃除中にあのアマゾネスにナンパされたって事か。
と言うか、あの女は誰なんだ?少なくともうちのクルーじゃないよな。いや、そもそもこの島にアマゾネスなんて居ないはず……。
……いや待てよ。俺、あいつを見たような気がする……。


「なぁ、坊やの好きな女のタイプってどんな人だい?」
「え、あの、なんで急にそんな事を……?」
「まぁまぁ、教えるだけ教えてくれよ。じゃあさ、年上と年下、どっちが好き?やっぱり大人の魅力溢れるお姉さんの方が好きかい?」
「……あの〜、僕、仕事をしなきゃいけないんですけど……」
「どうせまたすぐ汚れるんだからさ、後でやっても大丈夫だろ。あ、そうそう、坊やは大きいおっぱいと小さいおっぱい、どっちが好き?」
「いえ、あの、だから仕事が……」
「やっぱ大きい方だよな?因みにあたしのも大きいよ。これでもGはあるんだ。よかったら生で見るかい?」
「……話聞いてますか?」


困惑気味のコリックと、馴れ馴れしく話しかけるアマゾネス。やっぱりどう見てもこれ逆ナンパだ。
でも、そんな事したらあいつが黙っているわけ……。


「!……な、なんだいこの殺気は?」
「あ、リシャスさん……」


……あ、来た。コリックの嫁が。


「……おいこら貴様……人の夫に何をちょっかい出している……」
「あ、あんた……何時の間に……」


……とても言葉では言い表せない程のどす黒いオーラを放っているリシャスがアマゾネスの襟首を掴んだ。その真っ赤な目ときたらなんとも恐ろしい……。

「何時の間に……ではない!」

と怒号を上げながら、リシャスはちょっと乱暴気味にアマゾネスをコリックから引き離した。

「人の夫を誑かすとは、なんて小汚い女だ!」
「おいおい、ちょっと誤解だって。あたしはその子が既に嫁持ちだったなんて知らなかったし、最初から手篭めにする気なんて……」
「嘘付け!知ってて近寄っただろ!?」
「あれ?ばれた?」
「当たり前だろうが!いくら元人間だからって、嫁持ちかそうでないかの判別も出来ない魔物なんているか!」
「あはは……ま、まぁでも、手を出す気は無かったのは本当だよ。ほら、あたしだって人の男を寝取る趣味は無いし……」
「その割には随分と馴れ馴れしかったが?」
「いやだってあたし、その坊やみたいに小さい男の子が大好物だし、声を掛けずにはいられない性分でさ……」
「やっぱり狙ってたのか!」
「いや違うってば……」

険しい表情で尚も捲くし立てるリシャス。対するアマゾネスは対応に困り苦笑いを浮かべてばかりだった。

「む……なんだ、貴様か」
「あ!キッド船長!助かった……」
「あ、キャプテン・キッドだ」

すると、三人とも俺の存在に気付いたらしく、一斉に三つの視線が俺に集中した。気付かれたら仕方ない……俺は三人の下へ歩み寄り、会話に加わる事にした。
……あれ?今、アマゾネスが俺の名前を言ったような……?

「ん?アンタ、俺を知ってるのか?」
「知ってるも何も、昨日会ったばかりじゃないか」
「え?」

アマゾネスが言うには、俺たちは昨日会ったばかりとのこと。
でも昨日はアマゾネスなんて一度も会ってないような……。
……いや待てよ、よく見たらその顔……。

「こいつはアジトの元ボスだ」
「ああ!あの時の!そうだった!」

リシャスに言われてようやく思い出した。確かによく見たら昨日会った女と顔が同じだ。

「名前は……えっと……」
「そう言えばあんたには言ってなかったな。あたしはアイーダ。見ての通りアマゾネスだが、これでも元人間だ」

このアマゾネスはアイーダと言う名前らしい。昨日と比べたら雰囲気が変わったから全然気付かなかった。まさか魔物化したなんてな……。
いやでも……なんでアマゾネスに?

「昨日の女だったか。だが、なんでまた急にアマゾネスになったんだ?」
「いや〜、昨日なんだけど、このヴァンパイアとの戦闘で負けちゃってさ。その時に呪われた装備品を強制的に付けさせられちゃって、この有様さ」
「装備品?」
「ほら、このイヤリング」

アイーダは右耳に付けられているイヤリングを指差して俺に見せてきた。確かに僅かながらアマゾネスの魔力を感じる。これが原因でアマゾネスになったのか。

「ま、最初こそ抵抗はあったけど、『ああ、こんなものか……』なんて思ってきてね。事実、外見は人間だった頃とあんまり変わってないし、無意識に受け入れるようになっちまったよ。お陰で奴の洗脳が解けたしな」
「ふ〜ん……って、なに?」

アイーダは魔物になった自分も受け入れる事が出来たようだ。
それはそれでいいことだが……最後に言った洗脳ってのが引っかかった。

「おい、今洗脳って言わなかったか?」
「ん?ああ、それもまだ言ってなかったな。実はあたし、厳密にはベリアルの部下って訳じゃないんだ」
「どういうことだ?」
「あたしさ、元々は一人で海賊をやってた身なんだけど、不覚にもベリアル率いる連中に捕まっちゃったんだよ。それで、一人の男に魔術か何かの類をかけられて……気付いたらあいつらに従っちゃってさ。どうやら操られてたみたいなんだよね」
「一人で?それじゃあ、昨日までアジトに居た男共は?アンタの部下じゃないのか?」
「全員赤の他人だよ。あいつらの内何人かは同じように洗脳された奴もいる。どういう訳か、その中からあたしを選んで、アジトのボスに仕立て上げたようなんだ。ま、実力を認められたのは満更でもないけど」

操られてた……昨日のバルドみたいに、アイーダも洗脳されてたって事か。今言った一人の男ってのは、恐らくベリアルが言ってたエオノスだろう。アイーダも男たちも、ベリアルに手を掛けられた被害者って訳か。
まぁ、昨日の男たちは全員海に放り出されたから、今頃海の魔物たちの虜になってるだろう。洗脳が解けないとしても、二度と悪行は働かないだろうな。

「でもアンタ、なんでまた急に洗脳が解けたんだ?」
「こればっかりはあたしにもよく分からなくってね……。洗脳が解けたのは魔物に変わった瞬間でさ。なんて言うか、こう……あれだよ、ほら。セックスで感じる絶頂みたいなの?あれに達したら意識が覚醒してさ、その瞬間に操り糸が切れたみたいなんだよ」
「……つまりアレか?意識が一瞬だけぶっ飛んだお陰で洗脳が解けたと?」
「まぁ、そういう事だな」

原理はよく分からないが……どうやら魔物化のお陰で正気に戻ったようだ。呆れたと言うか、なんと言うか……。

「色々とあったけどさ、あたしも自由になれて、雨降って地固まるだね。魔物ってのも悪くないし」
「……だがな、人の男に馴れ馴れしくするのは考え物だぞ」
「まだ根に持ってるのかよリシャス……」

アイーダに敵意を露にした眼差しを向けるリシャス。自分の夫が他の女に話しかけられるのがよっぽど気に食わないのか。こいつもやけに嫉妬深いな。

「いや、だから寝取る気は無かったんだって。本当だよ。ただ、あまりにも可愛い坊やだったからつい……」
「『つい』で済むか!」
「ふむっ!?」

リシャスは俺たちの目の前で、コリックの顔を自分の胸に埋めさせた。腕の力が強いのか、コリックは持ってたモップを落としてしまった。

「魅力的に思うのは同意だが、コリックの妻は私だけだ!奪う気が無かったとしても、気軽く話しかけるのは癇に障る!男なら他を当たれ!」
「む、むむぅ!んぅっ!」
「ほら、行くぞコリック。他の女が近寄ってこないように、しっかりと私の匂いをこびり付かせなければな……」
「んぅ!?ん、んむむぅ!」

そしてコリックを抱きしめたまま、リシャスは船内へと去って行った。
匂いを付かせるって……そういう意味か。と言うか、まだ掃除の途中だったんだが?って言っても聞く耳持たないか。

「あ〜あ〜、あんなに愛しちゃって、羨ましいねぇ」

言葉通り、アイーダは歩き去るリシャスの後姿を羨ましそうに見つめていた。

「ところでアンタ、確か元々一人で行動してたんだろ?これからどうする気なんだ?」
「ん?ああ、そうだね……本音を言えばベリアルを殴ってやりたいところだけど、悔しい事にあたしじゃあいつに勝てそうもないからね。操られた怒りは胸にしまい込んで、また一人で海賊稼業を続けるとするよ」
「そうかい」

どうやらアイーダは一人で海賊を続けるようだ。ベリアルに仕返ししたいと思ってるらしいが、その気持ちは胸にしまっておくようだ。
まぁ、本人がそうしたいのなら、それでいいか。アイーダの分も俺が変わりにやっておけばいいだけだし。

「あ!そうだ、キャプテン・キッド。ちょっとあんたにお願いがあるんだけどさぁ……」
「ん?」

すると、アイーダは俺に両手の平を合わせて頼み込む仕草を見せた。

「あんたんとこのクルーでさ、さっきの坊やみたいに、背が低くて可愛い男の子が居たら紹介してくれない?」
「……は?」
「いや、あたしも晴れて魔物になった訳だし、早いとこ旦那様を見つけなきゃいけないでしょ?だからさぁ……ね?」

そう言ってパチリとウィンクをしたアイーダ。
要するに俺んとこの仲間を一人譲って欲しいって事か。そりゃあ旦那が欲しいのは分かる。
だが……。

「……もう一回聞くが、アンタのご所望の男はどんなタイプだ?」
「えっと……背が低くて、年下の可愛い男の子だね。これは第一条件!」
「いや、ちょ、アンタ……年下好きかよ」
「違うね。あたしはねぇ……ショタコンなんだよ!

……そんな堂々と胸を張って言う事か?

「……自分で言ってりゃ世話ねぇよ。て言うか、年下好きもショタコンも似たようなもんだろ」
「似てないよ!いいかい?年下は自分よりも一つや二つくらい若い人も範囲に含まれるけど、ショタは違う!自分よりも年齢が遥かに下回っている子供みたいなもんさ!あのあどけなさと言うか、微笑ましさと言うか、身体的にも精神的にも発展途上であるが故の初々しさが堪らないんだよ!まだ完全に熟れてない果実を汚しちゃうドキドキみたいなの?あの感じと言ったら普通じゃ味わえない至極のh」
調子ぶっこいてると蹴り飛ばすぞ?
「こわっ!」

こっちから止めないと終わりそうもないので、途中からバッサリと切り捨ててやった。
……魔物にも色々な趣味を持ったのがいるけど、ここまで熱く語ったら寧ろ感心物だな。
推測だが、魔物化の所為で内に秘める欲とか性癖とかが膨れ上がったのかもしれないな。

「……話を戻すが、残念ながらうちのクルーの中に、お望みの少年はコリックしか居ないぞ。第一、大切な仲間を易々と引き渡す気は毛頭無いんでね」
「あらら、そいつは残念。それじゃ、自力で探すしかないかね」
「是非ともそうしてくれ」

今言った通り、俺は何があっても自分の仲間を引き渡す真似はしない。クルーだって大切な宝なんだ。そう簡単に譲るほど、俺は薄情じゃない。

「さてと……俺はそろそろ部屋に戻るわ。ついでにシルクの様子も見に行かなきゃならないし……」
「ちょっと待ちな。あんた、あの女のところへ行くのかい?」
「ああ、そうだが」

話もそこそこにして、船の中へ進もうとした瞬間、アイーダに呼び止められた。

「なぁ……昨日、あの女はどんな様子だった?」
「どんなって……まぁ、少なくとも激しく気落ちしてたな」
「そうか……そりゃそうだよな。あいつ、バルドとか言う男を助けたがってたし……」

操られてる時の記憶なんて申し訳程度でしか残ってないと思ってたが、案外そうでもないようだ。シルクがバルドを助けようとしていた事まで憶えているらしい。

「なんだ?あいつの事が気がかりなのか?」
「まぁね。なんていうか……操られてたとはいえ、ちょっとばかりあいつの邪魔をしちゃったし、なんだか申し訳なく思ってね……」
「別にその事はあいつも気にしてないんじゃないか?事実、そんなに関係無いし」
「そう言ってくれるのは有難いね。まぁ、少しでも元気を出してくれればいいんだけど……」

どうやら昨日の事について罪悪感を感じているようだ。とは言え、バルドがベリアルと共に去って行ったのはアイーダと全く関係無いんだが。
まぁ少なくとも悪い女じゃなさそうだ。

「さて、あたしはアジトに行ってるよ。あたしも島を出る準備をしなきゃいけないからね。また明日会おうじゃないか」
「ああ、じゃあまたな」

そして俺はシルクの様子を見るために船の中へと足を進めた。

「なぁなぁあんた、ちょっとそのサーベル見せてくれないか?」
「ん?この剣がどうかしたかい?」
「いや、ちょっと興味があってね。なぁ、一本だけでいいから」
「悪いけどあたしは疲れてるんだ。明日にしてくれないかい?」
「えぇ〜?明日でなきゃ駄目なの〜?今見せてよ〜。Plese!」
「……なんだ、このドラゴン……」

……オリヴィアの事すっかり忘れてた。まぁいいか。



==========



カンテラの薄い明かりが船内の通路を照らす。静まり返ってる細長い空間を歩き、シルクに貸している部屋を目指していた。

「……ん?」

そして目的の部屋の扉が見えてきたところで、その扉の前に佇んでいる二人の人物が見えた。

「サフィア、ピュラ……」
「え?あ、キッド……」
「お兄ちゃん……」

俺の妻と妹……サフィアとピュラだ。

「二人ともどうしたんだよ、こんなところで?」
「シルクさんがまだ完全に元気を取り戻してないようでして……」
「ご飯もあんまり食べてなかったみたいだから、楓さんが作ってくれたおにぎりを渡しに来たの」
「そうか……」

二人もシルクが心配になって様子を見に来たそうだ。そう言えば、二人ともシルクと仲良く接していたからな。昨日から落ち込み続けてるシルクが気になってたんだろう。

「それで、シルクの方はどうだ?」
「少しだけ元気は出たようですけど、まだちょっと落ち込んでるようでして……一応おにぎりは渡しておきましたけど……」

どうやら少しくらいは気力が戻ってきたらしい。それでもまだ気に病んでるようだが。
まぁ、その気持ちは分からんでもない。手の届く距離に助けたい人が居たのに、触れる事すら出来なかった。相当悔しかったに違いない。

「それで、キッドはどうして此処に?」
「ああ。俺もシルクの様子を見に来たんだ。昨日からずっと沈みっぱなしだったし……」
「そうでしたか。しかし、今は入らない方が……」
「……そうか……」

俺も様子を見に此処まで来たんだが……サフィアの表情からして、部屋には入らない方がいいのかもしれない。
出来ればシルクがトレジャー・ハンターを名乗ってた理由とか、国を出た経緯とか詳しく聞きたかったが、今は控えるべきなのだろう。
……とは言え、俺はアイーダから伝言を預かってる身だ。それだけでも伝えておかなければならない。

「私とピュラはダイニングに行ってますけど、キッドはどうします?」
「俺は……少しだけ此処に残る。どうしてもあいつに言っておかなきゃならない事があるんでな。なに、強引な真似はしないさ」
「分かりました。では、また後で会いましょう」
「お兄ちゃん、お休み〜」
「ああ、お休み」

サフィアとピュラは二人揃ってダイニングへと向かって行った。

「……さて、どうしたものか……」

一人残った俺は扉の前で佇んだ。
サフィアの話からして、迂闊に中へ入らない方がいいだろうし……。
……よし、それなら……。


「……シルク、聞こえるか?」


俺は扉の左側の壁に背を預け、部屋の中に居るシルクに話しかけた。

「……なんだ?」

部屋の中から返答が聞こえた。間違いなくシルクの声だが……妙に生気が感じられない。

「どうだ?調子の方は?」
「……良いとは言えない……」
「……そうか……」

返ってきたのは曖昧な答え。あの様子じゃ聞きたい事も聞けそうにないな。

「……言いたい事はそれだけか?だったら……」
「まぁ待て。気持ちは分かるけどよ、言いたい事だけでも聞いてくれよ」

シルクは少しでも一人になる時間が欲しかったのだろうけど、そういう訳にもいかない。
俺はシルクの言葉を遮って自ら口を開いた。

「……俺さ、昨日お前がトルマレアの王女だって聞いた時は本当に驚いたよ。まさか王族の人間が部下も引き連れずに、たった一人の人間の為に海へ出るなんて、信じ難い話だ」
「……王女とは言え第三の立場なんだ。権力なんてほぼ無いに等しい。たった一人の勇者に多数の兵士が出向いてくれる訳が無いだろう」

素っ気無い返答が来た。
言われて見れば確かにそうか。勇者一人助けるのに国が本気を出す訳無い。心の中でちょっと納得してしまった。

「お世辞とか気休めとか関係無しに……俺はアンタのこと、心の底からスゲェと思ってるぞ。たった一人で危険を顧みず、自分より立場が下の人間を助けようとする。そういうの、カッコいいと思うぜ」
「…………」

今度は無言の返答。お世辞なんて要らないとでも言いたいのだろうか。
だが、今言った通りお世辞でも気休めでもない。俺はシルクのこと、本当に凄い女だと思ってる。身分なんて関係なく、一人の人間を自分の力で助けようだなんて大したもんだ。一歩間違えれば命を落とすかもしれないのに……勇敢なものだよ。

「そんなアンタが一人の人間すら救えないなんて有り得ないだろ。身分に囚われずに行動したんだ。最後まで全力出さなきゃ後悔するんじゃないの?」
「…………」
「ウジウジしてたって何も変わらない。あいつは、お前が助けてくれるのを待ってる筈だ。そのお前が凹んでどうすんだよ」
「…………」
「本気でバルドを助けたいと思ってるんなら……その意思だけは絶対に揺らせるな。あいつを助ける事が出来るのは、お前しかいないんだよ。お前が動かなかったら、あの男は一生ベリアルの部下のままだぞ。それでもいいのか?」
「!……そんなの……そんなの嫌だ!」

ここで初めて、生気溢れるシルクの返答が出てきた。
……ちょっと良い感じになってきた。もう少しだな……。
俺はここで、ちょっとばかり声に力を入れて言葉を発した。

「だったら気をしっかり持て!お前はただ呑気に散歩する為に外へ出たのか?」
「違う!バルドを助ける為だ!」
「そうだろ?それならまずはお前がしっかりしなきゃ意味無い!」


俺はここで壁から離れて、扉と真正面から対峙して、部屋の中に居るシルクに向かって大声で叫んだ。



「頭の中を操られたとしても、人の心は絶対に操れない!人間ってのはなぁ、完全に支配されるほど軟に出来てないんだよ!バルドだって十分強い!必ず元に戻る!だから気張れ!助けるまで気張れ!気張って気張って、最後までずっと気張りまくれ!!」
「…………」


部屋の中から返答が来ない。だが、少なくとも俺が言いたい事は届いただろう。これで用は済んだ。


「……お前を故郷へ帰す為にも、明日になったらトルマレア王国へ出航する。バルドもベリアルと一緒に居るだろうからな。お前もバルドを助けたかったら、それまで気をしっかり持てよ」

それだけ伝えると、俺はその場から去る為に足を進めた。
その途中で……。


「キッド!」


急に俺を呼ぶ声が聞こえて、思わず背後を振り返って見た。
そこには……部屋から飛び出てきたシルクが立っていた。
髪はボサボサで目は充血。そんな姿で……。


「……ありがとう」


生気が戻ったかのように、温かく微笑みながら礼を言ってきた。
……よかった。キチンと伝わったようだな。


ギュルルルルル〜……


「…………」
「あっ!いや、これは、その……」
「……腹減ったか?」
「……うん」


腹の音を聞かれて、頬を赤く染めて恥ずかしそうに俯くシルク。
昨日からまともに食事も取ってなかったらしいからな。気が緩んだ途端に胃袋も力が抜けたんだろうよ。

「ちょうど良かったじゃねぇか。さっきおにぎり貰ったんだろ?」
「……そうだな。腹が減っては戦は出来ない!」

シルクは何か決意を固めたような強い目つきを見せた。

「キッド……私はやるぞ!絶対バルドを助け出してみせる!」
「ほう……だいぶ活力が漲ってきたようだな」
「ああ!キッドの言う通り、危険を冒してまで此処まで来たんだ!諦めたりしない!だからキッド、すまないがあと少しだけ力を貸してくれ!」
「言われるまでもねぇよ。どうせ目的地は同じなんだ。最後の最後まで付き合ってやる!」
「……恩に着る!」

ベリアルとバルド、この二人はトルマレアに居るんだ。俺はベリアルを倒し、シルクはバルドを助ける。目的の人間が同じ場所に居るなら、協力し合うのみ。
それにトルマレアはシルクの故郷でもあるんだ。第三とは言え王女なんだから、心強い助っ人になってくれるだろう。

「キッド、また明日からよろしく頼む!では、お休み!」
「ああ、また明日な」

部屋に戻るシルクの姿を見送り、俺は再び歩き始めた。
さて、シルクも元気を出してくれたし、これで事前準備は済んだかな。

「……トルマレアか……」

今まで行った事の無い国だが、どんな所なんだろうか?
ベリアルが何故そこに居るのかも未だに分からない。だがあいつのことだ。何か良からぬことを企んでるのは確実だろうよ。
何にせよ、そこに倒すべき宿敵が居るのであれば赴くまでだ。ベリアルは強い……だが、俺の故郷を狙っているのなら無視出来ない。たとえ敵わなくても全力で挑む!


「……今行くからな……ベリアル!!」


決戦の舞台はトルマレア!そこで片を付けてやる!


ベリアル……首を洗って待ってろよ!!
13/08/29 22:47更新 / シャークドン
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■作者メッセージ
ど〜も、最近色々とあってSS書く時間も読む時間も無くなってました(泣)
ようやっと時間が取れましたよ。これでSS読める……ふぅ……。

そんな事は置いといて、今回はトルマレアへ出航……の前夜での出来事でした。実はアマゾネスになったアイーダがショタコンだったりシルクが気を取り戻したりと色々ありましたが、これでアジト編は終わりとなります。

そして次回からはトルマレア王国編スタート!
……と言っても次の話はトルマレアに向けて航海中のお話。
あのキャラの意外な素顔が……の予定です。

では、読んでくださってありがとうございました!

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