連載小説
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戦闘中!
「Burning impact!」
「狐焔!」


ドォォォォン!!


「ははは!楽勝楽勝!」
「オリヴィアさん、油断しては駄目ですよ。まだ敵は残っているのですから」
「分かってるさ。この調子で行くぞ!」
「はい!」


楓と協力し合い、次々と立ちふさがる敵を倒しながら通路を駆け抜ける。
序盤から一気に攻めたお陰か、襲ってくる敵の数は、さっきと比べて少なく思えた。


「キャプテンは問題ないだろうけど……一応ここは敵のアジト。何があっても不思議じゃないな」
「そうですね。増援の方々が来てくだされば手っ取り早いのですけど……」
「ま、私らがやるべきことは変わらないし、頑張るしかないよな」


因みに今、キャプテンとは別行動を取っている。
アジトに突撃した直後から早くも30人以上は倒したが、三人で纏まって行動するより、別々に動いたほうが目的を達成しやすいとキャプテンが判断したため、二手に分かれて行動する事になった。
裏からリシャスとシルクも潜入してきてる筈だが、私たちが先に財宝やバルドを見つける可能性もある。その時はその時、目的の達成に越した事はない。


「……あ!オリヴィアさん、あの扉に何かありそうですよ」
「おお、確かに怪しいな」


そうしているうちに、前方に大きな扉が見えてきた。南京錠らしき物で固く閉ざされているのを見ると、何か大事な物が入ってると考えられる。もしかしたら、お目当ての財宝かもしれないな。

「よっし!楓、あの中に入るぞ!」
「え!?は、入ると言いましても、鍵が閉められてたらどうしようも……」
「鍵?んなもんどこにあるんだ?」
「へ?い、いや、目の前に……」

楓は走りながら前方の扉の南京錠を指差した。
……私から見れば、あんなの閉ざされてる内に入らない。

「いいか?扉を開けるのにな、鍵なんか要らないんだよ!」

私は一気に助走を付けて、両足に力を込めて……!


「Powerd crush kick!」


ドゴォン!


扉を力いっぱい蹴り飛ばした。頑丈な扉は呆気なく突き破られ、破壊音を上げながら無残に砕け散った。


「yeah!どうだ!」
「……もう、なんでもありですね」
「おいおい、忘れたのか?私たちは海賊だ。なんでも豪快にやらないと意味無いだろ?」


扉の残骸を尻尾で払いながら、背後で呆然としている楓に言い放った。
さてと、この部屋には何があるんだろうな。武器だったらホントに最高なんだが……ん?


「……これは……」
「……予想外の物でしたね」


楓と共に部屋へ入り、その中を見回して見ると、予想してなかったものが視界に入った。
財宝でも、武器でも、シルクの仲間でもない。それは……。


「虜の果実、ねぶりの果実、まといの野菜、タケリダケ……魔界の特産品ばっかりじゃないか」
「そうですね。もしかして、ここは食料庫なのでしょうか?」
「かもしれないな。だが……肉とか魚とか野菜とか、普通の食料は見当たらないな」


魔界で採れる特産品が大量に収納されていた。どれも有名な品で、魔物の間でも人気が高いものばかりだ。

「魔界の食料専用の食料庫……ではないでしょうか?」
「まさか……いや、まぁそれも考えられるか」


まさか、こんなアジトでお目に掛かるとは思わなかったな。だが……なんか引っかかる。


「……あいつら、なんでこんなものを溜め込んでるんだ?自分たちが食う訳でも無いだろうに……」


このアジトの海賊たちは、なんで魔界の特産品なんか集めてるんだろう?
此処が楓の言う通り、魔界の食料専用の食料庫だとしたら、当然ながら食べる為に保管してる。そう考えた方が自然だ。
だが、魔物ならともかく、インキュバス化してない人間が自ら魔界のものを食べるのは少し考え難い。海賊の中に魔物の船員がいるのなら合点がいくが、どうにもあの連中の中に魔物が含まれているとはとても思えないな。
……待てよ?転売が目的……ってのも考えられるが、果たして……。

「なぁ楓、あんたはどう思う?」

何気なく楓に話を振ってみたが……。


「……え?オリヴィアさん、今何か言いましたか?」
「……あんた、なにを楽しそうに虜の果実を手に取ってる」
「すみません。ここの特産品があまりにも新鮮で美味しそうでしたから、つい夢中になってしまいまして……」
「やれやれ、あんたらしいな」


当の本人は玩具を貰った子供のように、目を輝かせながら魔界の特産品に魅入っていた。
これも料理人の性ってやつか?まぁ気持ちは分からんでもない。私も武器を前にしたら同じ状態になるだろうしな。


「……あの、オリヴィアさん」
「ん?」
「もしも……今回の戦闘が終わったら、これ全部頂いても宜しいのでしょうか?」

楓が上目遣いで……しかも虜の果実で鼻から口を隠しながら恥ずかしそうに言った。
……あ〜、なるほど。欲しいのか、ここにある特産品。
にしても中々可愛い仕草だな。本人にその気は無いのだろうが、容易く男を魅了できそうだ。

「あ〜、いいんじゃない?一応戦利品は私らのものになるんだし」
「そうですか?それでは、これからどんどん新しい料理を作れますね!」
「はは、楽しみだな」

とびっきり嬉しそうな笑顔を浮かべる楓を見ていると、なんだか微笑ましく思えてきた。
魔界の特産品を使った料理か……楓が作るんだろうから、よっぽど美味いんだろうな。
おっと、いけない!こんな所で呑気に雑談してる場合じゃなかった!

「おい楓!こんな所で話してる場合じゃないぞ!早く行かないと……!」

早いとこ此処から出て、奥へ進もうと振り返った。
しかし、そこには……。


「侵入者め。なんだか騒がしいと思ったら、こんな所にいやがったか」
「……Shit」


敵と思われる男三人組が、武器を構えて立ち塞がっていた。


「へっへっへ……寄り道したのが間違いだったな。テメェらも此処までって訳だ」
「……あんまり油断してると痛い目見るぞ」


舌なめずりしながら鋭い目付きで私たちを睨む、坊主頭の男。私も負けじと手をポキポキと鳴らしながら言葉に力を入れた。
とは言っても、ここは食料庫……魔界の特産品があちこち置かれてて戦いにくい。バトルのリングとしては不向きだが……なんとかするしかないか。


「オリヴィアさん、待ってください!外へ出て戦うべきです!」
「分かってる。そうした方が戦いやすいからな。だが、ここで戦ってもそんなに支障は……」
「そうじゃなくて!此処は食料庫ですよ!こんな所で戦ったら、特産品が巻き込まれてしまいます!」


それを聞いて、楓が伝えたい想いを理解出来た。
要するに、戦闘で食べ物を粗末にしたくないって事か。誰よりも食を重んじる楓らしい考えだな。
まぁ確かに、楓の言ってる事も一理ある。だったらここは、上手く敵を外へ誘導して……。

「何ゴチャゴチャくっちゃべってんだ!そっちが来ないなら、こっちから行くぜ!」
「しまった!楓、危ない!」
「え……きゃあ!」


不意を付くつもりだったのか、敵の一人が剣を構えて楓に襲い掛かってきた。しかし、私が咄嗟に楓を引き寄せる事でなんとか凌げた。


「おっとっと……ったく!危ないだろ!楓、大丈夫か?」
「は、はい、なんとか……あああ!」


楓を引き寄せながら敵との距離を置く最中、楓がとある物を見た瞬間、悲鳴に近い大声を上げた。
その視線の先には……。


「……だ、堕落の果実が……!」


さっきの敵の避けられた剣によって、粗末にされた堕落の果実が……。


「……なんてことをするのですか!」
「か、楓?」


呆然としていた楓が、怒りの眼差しを敵に向けて怒号を上げた。

「あなた……私の後ろに堕落の果実があるのを知ってて剣を振ったでしょう!?躊躇も無く食べ物まで巻き込むなんて!」
「楓……」

こんなに怒りを露にした楓は初めて見た気がする。普段はお淑やかで、人を大声で怒鳴るような性格じゃないのに。
楓にとって、食べ物を粗末にする事はそれ程罪深い事なのだろう。


「はぁ?何をそんなに怒ってんだよ?別にテメェのもんでもないだろ?大体こんな果物……どうなったって……」

すると、剣を振ってきた男が嫌味の篭った挑発を発しながら……。


「関係無いだろうが!」


グシャッ!


「!!」


剣の腹で粗末になった堕落の果実を押し潰してしまった。その祖業を目の当たりにして、またしても楓は驚いた表情を浮かべた。


「さぁ、次はテメェがこうなる番だぜ?狐のお嬢ちゃん。へっへっへ……」


滴れ落ちる果汁を見せびらかすように、男は果汁まみれの剣の切っ先を楓に向けた。それも……悪意を包み隠さずに。
なんとも癪に障る野郎だ……。こんな悪態を付かれたら、流石の楓も……。


「……楓?」
「…………」


怒ると思ったら……なんだか様子がおかしい。
一言も発さずに、ただ俯いてばかり。


「……おい、楓、どうしたんだよ?」
「…………」


不安になって呼びかけたが、楓は反応せず俯いたままで何も言わない。
急にどうしたんだ?まさか、こんな時に具合でも悪くなったなんてことは……。


「おいおい、どうしちまったんだぁ?今更腰が引けたか?」


剣を持ってる敵の男が、下種な笑みを浮かべながらゆっくりと楓に歩み寄ってきた。


「容赦なくぶっ殺す……と言いたいが、よく見れば上玉だし、良い身体してんじゃねぇか。ひひひ……」


男の挑発にも反応しない楓。
一体どうしたんだよ……。


「なんだったらよ、俺の女になるってんなら命だけは見逃してやっても……」



ガシッ!



「!?」


……急な出来事に言葉を失ってしまった。
さっきまで黙り込んでいた楓が、近寄ってきた男の額を片手で掴んだ……俯いたまま。



メキッ!


……え?メキッ?


メキメキメキメキ!


「ひ、ひぎゃぁっ!イデデデデデデ!!」
「……え?え?え?」


急になにか……骨にヒビが入るような痛ましい音が食料庫の中に響き渡った。
……気のせいかと思ったが……間違いない。この音の源は、楓に掴まれている男の額だ。


……あ、思い出した。確かあれって、アイアンクローって言う一種の技……。




メキメキメキメキメキメキメキメキ!




「んぎゃぁぁぁぁあああぁぁぁ!!」


断末魔のような叫びがおぞましい位に響かれる。痛ましい音はより一層ボリュームが上がっている。
それだけじゃない。額を掴んでる手が高く上げられた事により、男の身体が宙へ浮く状態となった。


「ちょ、や、止めろ!止めてくれぇ!」
「あ……あわ……あわわ……」
「え、ちょ、なにこれ?なんだこれ?え?」


あまりの痛みに、男の手に握られていた剣が滑り落ちた。宙に浮かべられている男は楓の手から逃れようと必死に抵抗するが、楓の手はビクともしない。
ふと視線を移して見ると、さっきまでの成り行きを傍観していた別の敵二人が、顔面を真っ青にして身体を震わせていた。


……て言うか……楓って、こんなにパワフルなキャラだったっけ……?


「………よ……」
「ぎゅぁあ!……え?」
「……なよ……」


今まで一言も発しなかった楓が、ようやく口を開いた……。
だが……心なしか、何時もの楓より声が低くなってるような……。


……そう思った刹那!









































「ふざけてんじゃねぇぞ!クソ馬鹿恩知らずがごるぁぁぁぁぁ!!!」











ドゴォン!!



「ごわぁぁぁ!!」



怒りの篭った鉄拳が繰り出され、男の身体が壁に向かって盛大にぶっ飛ばされた!
……って、あれ?今の、楓が言ったのか?いや、まさかそんな……。


「こぉんのすっとこどっこいがぁ!なぁにを愚かな事言っちょるんかおらぁ!」
「……え?」
「わしゃ怒り満タンじゃボケェ!ようわしの前で食い物を粗末にしちょってくれたのぉ!」
「……え?ええ!?えええええええ!!?」


……なに!?え!?なんだ!?
あまりにも急展開過ぎて訳が分からんぞ!
これ、楓なのか!?あのお淑やかな楓なのか!?
それにしたって変わりすぎだろうが!口調も雰囲気も一変したし、何よりも……!


「おどれがぁ!タダで済むと思うんじゃねぇぞごらぁぁぁ!!」



……そう……何よりも……!



恐い!


「ちょ、どうなってんだ!?この女、急に雰囲気が……」
「覚悟しぃやぁ!」
「え、早ぐわぁぁぁ!!」


これまた一瞬だ。
楓は驚くべき素早さで男に近づき、腹部を蹴り上げた。
……恐るべきなのは雰囲気だけじゃない。スピードもパワーも……何時もの楓と比べて飛躍的に上昇している。
……いや、それよりも……!


「逃がしゃせんぞボケゴルァ!」
「ぐわぁ!いや、ちょ、まっ……!」



恐い!!


「おら立たんかわれぇ!」

怒りのオーラを発しつつ、楓は片手で男の胸倉を掴み上げて壁に押し付けた。お陰で男の身体はまたしても宙に浮かび、思うように抵抗が出来なくなった。



「ひぃぃ!ま、待て!俺が悪かった!止めt」


ドスッ!


「ゴホッ!」
「今更……!」


男が動けないのをいいことに、楓は男の鳩尾を下から突き上げるように殴った。
無論ながら、たった一発では終わらない!


ドスッ!


「グハッ!」
「その場凌ぎの……!」


ドスッ!


「ぐわぁ!」
「弁を述べたって……!」


ドスッ!


「ゴハッ!」
「許さんっちゅう話だ、おんどりゃああああ!」



ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!



「ぎゃああああああああああ!!」




「……何時もの楓じゃない……」



……休む暇も与えず、容赦ない連続殴打を繰り出す楓を見て、改めて思った……。




マジ恐い!!!



「ひ、ひぃぃぃ!駄目だ!恐いし強いし、勝てる訳ねぇよ!逃げるぞ!」
「ふぇぇぇん!母ちゃんよりコエーよ〜!」
「……あ、あいつら逃げた。まぁいいか」


蚊帳の外にされてた残りの敵は、怯え上がりながらその場を去って行った。


「おどれがぁ!よく聞けごるぁ!」


すると、楓は拳を男の腹……ちょうど胃がある部分に押し付けて、睨みを効かせながら口を開いた。


「人ってぇのはなぁ!生きるために他の生き物を食うんじゃい!おどれが今生きちょるのはなぁ、今まで他の命を腹に入れとるお陰なんじゃ!」


グリグリと胃の部分を圧迫し続けながら楓は話し続ける。


「肉も魚も野菜も穀物も!みんな元は命のある生き物!わしらはその命を食うて生きとるんじゃ!おどれにはその命の有り難味ってのが分からんのかボケナスがおんどれぁ!」


……楓の言いたい事も十分分かる。確かに食べ物は大切にするべきだ。


……でもさぁ……なんつーかさぁ……。




ジョーク抜きでメッチャクチャ圧倒的に恐過ぎるっつー話だよ!!!




「……わ、分かり……ました……。俺、が……悪かっ……た。だから、もう、許して……」



容赦ない殴打の連続に、流石の男も戦意を失ったようだ。恐怖のあまりに半泣き状態で、必死の眼差しを向けながら許しを希う。
しかし……。


「本当に許して欲しいんだったら……!」


楓の開いてる拳に、徐々に覇気が纏われていく。
この光景を見て、これから起こる出来事を容易に理解出来た……。


……こりゃ駄目だ。楓、完全に許す気無いよ。


「お天道様の下へ行って、土下座してこいやぁ!」


覇気に包まれた拳が、男に襲い掛かる!



「怒りの地獄火鉄拳アッパー!!」



ボカァァァァァン!



「うぎゃああああああ!!」


悲鳴と共に男の身体が天井に向かって殴り飛ばされた。あまりの威力に男の身体は天井を突き破り、遥か彼方……お天道様とやらがいるであろう大空へと飛んで行った……。
……おかしいなぁ……楓って、こんなパワフルなスタイルだったっけ……?


「はぁ、はぁ、はぁ……」


少しは落ち着いたのか、パラパラと天井の欠片が降り注がれる中、楓は激しく肩で呼吸をしている。

……なんて声を掛ければいいんだ。
そう言えば、今更気付いたんだが、この状況……楓と一緒にされて……一番大変なの私じゃない!?


「……オリヴィアさん……」
「ふぇ!?は、はい!なんでしょう!?」


突然名を呼ばれて、不意にも敬語で応えてしまった。楓はゆっくりと踵を返し……。


「食べ物は大切にしましょうね♪」
「……は、はい!」


とびっきり明るい笑顔を見せてくれた。
……よかった……何時もの楓に戻ってくれた……。
……それにしても……。


「恐かったぁ〜……マジでdangerousだよ!」
「あら……なんの事ですかね?」


……私は、誰も知らない楓のもう一つの顔を見てしまった。
これで当分、楓には逆らえそうにもない。いや、逆らいたくない。だって恐いし。


「ささ、オリヴィアさん、早く先を急ぎましょう」
「……なんでそんな何事も無かったかのように……」
「なにか言いました?」
「い、いやいやなんでもない!ほら、早く行こう!そうしよう!」
「あらあら……おかしなオリヴィアさん♪」


純真な笑顔も、今の私から見れば恐い事この上ない。
これからもっと楓の料理は有難く食べよう…………。



〜〜〜(リシャス視点)〜〜〜



「ここは……違うか」
「そっちはどうだ!?」
「何も無い。空き部屋だ」
「はぁ……バルド……一体どこへ……」


シルクと探索を始めてから数十分は経つが……未だに財宝もバルドも見つかってない。
こうして片っ端から部屋を覗いてみたが、お目当てのものは一向に見つかってなかった。
そろそろキッドたちによって敵も減ってきてる筈だが、目的のものを見つけないと意味が無い。そろそろ急がないと……。


ガチャッ


「ここか?……ん?」
「どうした?なにかあったか……ん?」


一つの部屋の扉を開けてみると……そこには首輪、イヤリング、ブレスレットなどのアクセサリー。
他にも鎧や斧などの武器などが数え切れないほど並べられていた。

これはまさか……いや、だとしても、私たちが求めているものと少し違う。

「これは……まさか、財宝か!?」
「いや、財宝にしては想像と違うような……」

シルクはこの品々こそ財宝なのかと思ったようだが、私は違うとしか思えなかった。
確かにそれなりの価値はありそうだが、金品と比べたらどうにも。それに……。


「……魔力を感じる……」
「え?魔力?」
「ああ、ここに収納されている物全てに、魔物の魔力を感じる……」
「魔物の魔力……まさか、これは全部呪われた装備品なのか!?」
「ん?ああ、人間たちの間ではそのように呼ばれているのだったな」


ここにあるアクセサリーや防具、武器には全て魔物の魔力を感じる。サキュバス、ワーウルフ、デュラハン……その種族は多種多様。
どうやらここは、人間の女を魔物化するための装備品を収納する倉庫のようなものらしい。

「……だが、何故またそんなものがこのアジトに?」
「さぁな。だが少なくとも、これらは全てアジトの海賊たちが集めたものだと確信できる。これ程多くの装備品が、遥か昔から収納されていたとは考え難いしな」
「確かに……」

装備品の真新しい状態から考えて、つい近日まで集めていたと考えるのが妥当だ。
だが、問題は何故こんな所に魔物の装備品があるかだ。海賊たちは何故こんな物を集めていたんだ?

「……まぁとにかく、こんな所で油を売ってる暇は無い。呪われた装備品は気になるが、今はバルドを助けるのが最優先だ!」
「……ああ、そうだな」

シルクの言う通り、こんな所で立ち止まってる場合じゃない。今は私たちの目的を達成するべきだ。装備品の事は後で考えよう。
そう思いながら、部屋の外へ出て先へ進もうと思ったら……!


「なるほど!そういうことかい!」
「!?」
「なんだ!?」


突如、どこからともなく何者かの声が聞こえた。思わずシルクと共に辺りを見回したら……。

「いきなりとんだ襲撃に巻き込まれたと思ったら……こりゃ面白くなってきたねぇ!」
「……あ!居たぞ!上だ!」

その声の主は私たちの頭上に居た。大きな照明器具にぶら下がり、私たちを見下ろしている。
あれは……人間の女?

「あらよっと!」

声の主と思われる人間の女は、機敏な動作で飛び降りて、私たちの前に立ち塞がった。

「久々に良い退屈しのぎになりそうだよ!」

女は愉快そうな笑みを浮かべながら、両手にサーベルを持って戦闘体勢に入った。
相手の女は褐色肌で、赤色の長髪をポニーテールにして纏めている。動きやすさを重視しているのか、比較的軽装で、下半身は長ズボンだが、上半身は下着に近い露出の多いデザインとなってる。
恐らく、この女もアジトの海賊だと思われるが……。

「貴様……何者だ?」
「あたしはアイーダ。ここの海賊のボスを務めているのさ!」
「ボス!?」

なんと、このアイーダはアジトのボスだとか。
てっきりガラの悪い大男かと思ったが、まさか女がボスだったとは予想外だ。
しかし……まさかこんな所で親玉と出くわすとはな。

「なんだい?女が親玉をやってるのがそんなに以外かい?」
「いや、以外なのは、ここでバッタリと出会った事さ」
「はは、だろうねぇ!あたしもここで出会うとは思わなかったよ!ま、ここで遭遇したからには、タダで済ませる訳にもいかないけどね」

全く……思わぬ落とし穴だ。
このアジトのボスはキッドかオリヴィアが倒してくれると踏んでいたが、よりによって私が引き受ける事になるとは……!

「おいお前!バルドはどこにいるんだ!?」

すると、シルクがアイーダを睨みつけながら言ってきた。

「んん?バルド……ああ、あの黒髪の男か。確かにあいつならこのアジトに居るよ」
「なに!?本当か!?一体どこにいる!?」

勢い任せのシルクの質問に対し、アイーダは右手のサーベルを自分の後方へと向けた。

「この通路を真っ直ぐ進むと、突き当たりに地下へと繋がっている階段がある。その階段を下りると、すぐに牢獄部屋に着くのさ。あんたらが探してるバルドとやらも、そこに居る」
「そこにバルドが……!」

アイーダの話によると、バルドは地下の牢獄に居るらしい。この奥を進めば着くのだろうが……。

「……で、素直に通してくれと言ったら……どうする?」
「通りたきゃ勝手に通りな。尤も、好きにはさせないけどね」
「だろうな」

やはりアイーダもここから先へと通す気は無いらしい。

「そこをどけ!私はバルドを助けに来たんだ!」
「ほう、威勢が良いね!まぁ私としては、あんな男はどうでもいいけどね。かと言って、侵入者であるあんたらを見逃す訳にもいかないな」
「あくまで邪魔をする気か。それなら、力ずくで通してもらう!」
「上等!二人まとめて斬り刻んでやるよ!」

シルクは光の剣を抜き取り、アイーダと戦う姿勢に入った。
だが、何時までもこの女に足止めを食らってる場合でもない。
それに……バルドを助けるのは、シルクの役目!

「シルク、この女は私に任せろ。お前は先に進んで、バルドを助けるんだ」
「え!?」

だから私は、シルクに先へ行くように促した。
私がここに残れば、アイーダを食い止めてバルドを救出出来る。それに私なら、少なくともアイーダの足止めくらいなら容易にできるだろう。

「リシャス……だが、お前を置いて行くなんて……」
「甘く見るな。私はヴァンパイア。人間ごときに負けやしない。それにな……」
「?」


私は、シルクの目を見つめて強い声で言い放った。


「バルドを助ける事が出来るのはお前しかいないんだ!お前はここで立ち止まってる場合じゃない!早く行け!バルドがお前を待っているぞ!」
「……リシャス……」


バルドを助けるべきなのは、私でも、キッドでも、他の者でもない。誰よりもバルドを想っているシルクが助ける事に意味がある。
こんな所で止まってる場合ではない。シルクは地を這ってでも行くべきなんだ。大切な人の下へ!

「ほう、そこのヴァンパイア、中々筋が良いねぇ。よし、お望み通り相手をしてやるよ!」

アイーダも私と戦う事を承諾してくれたようだ。サーベルの切っ先を私に向けて、挑発的な笑みを浮かべた。
相手もその気になってくれたのなら好都合だ。

「そう言う訳だ。シルク、お前は先に行け!」
「……ありがとう!」

シルクは感謝の言葉を告げて、アイーダの傍を通り過ぎ、そのまま奥へと走り去っていった。

「……お嬢さん、せいぜい頑張りな」
「?」

アイーダは走り去っていくシルクの後姿を、不敵な笑みを浮かべながら見送った。
てっきり妨害してくるのかと思ったら、すんなりと通してしまった。どういう風の吹き回しだ?

「……意外とあっさり通すのだな。何を考えている?」
「別に。一人くらい通したって問題無いから通した。それだけだよ」
「……本当に理由はそれだけか?」

普通ならあの段階で行く手を阻む行動くらい取ってもおかしくない。だが、アイーダは素直にシルクを行かせた。何か企んでいるとしか考えられないが……。

「ああ、それだけさ。何か都合が悪かったとしたら、全力で二人纏めて倒すだろ」
「……せっかく捕らえたのに、すんなりと返す気なのか?」
「誰も返すとは言ってないだろ」
「だったら……」
「何故行かせたか?簡単な事だ。あのお嬢さんには、バルドを助ける術が無いのさ」
「なんだと……?」

助ける術がない……どういう事だ?


「今に分かるさ。バルドは絶対に、あのお嬢さんの下へは帰らない!」


その発言には、溢れるほどの自信に満ち溢れていた。
この女がはったりを吐くとは思えない。確かに都合が悪かったら、シルクを全力で倒そうとした筈だ。
だとしたら……一体……。

「……説明してもらおうか」
「ああ、いいとも。あたしに勝てたらね!」

とにかく、今はこの女に勝とう。
そう思いながら、腰に携えているレイピアを抜き取り、その切っ先をアイーダに向けた。

「へぇ……レイピアか。そいつを使うって事は、けん制技が得意だね?」
「さぁ、どうだろうな」

アイーダも両手のサーベルを構えて、何時でも戦える姿勢に入った。
さぁ……やるか!



ドカァン!



「!?」
「な、なんだ!?」


戦闘を始めようとしたその瞬間、背後から爆音が響き渡った。
何事かと思い、思わず背後を振り返って見る。


「ぎゃあああ!だ、駄目だ!こいつ、強すぎるボガァ!」
「喋ってる暇があるんなら、とっとと掛かって来やがれ!」


……聞き覚えのある声だ……と思ったら!


「何人来ようと同じだぁ!……って、あれ?リシャス?」
「キッド!?」


そこには……敵の海賊を一人で一掃しているキッドの姿があった。



〜〜〜(シルク視点)〜〜〜



「ここか……思ったより広いな」

アイーダの相手をリシャスに任せ、急いで地下牢へと向かった私。アイーダが言った通り、階段を降りたらすぐに牢獄の部屋に着いた。
牢獄にさえ着けばすぐにバルドに会えると思っていたが……部屋の中は想像以上に広い。設置されている牢屋も多い……元とは言え、流石は城とでも言うべきか。

「バルドー!私だ!シルクだ!聞こえたら返事をしてくれー!」

ここにバルドが居るのは間違いない。牢獄ならば、バルドも牢屋の中に閉じ込められている筈だ。
そう判断した私は、バルドの名前を呼びながら部屋の中を歩き始めた。

「バルドー!シルクだ!助けに来たぞ!」

しかし、何度呼びかけても返答が来ない。部屋中を見回しても、どこにもバルドの姿は見当たらなかった。
おかしいな……どこにも居ない。部屋が広いのは確かだが、少なくとも声は聞こえていると思うが……。

「バルドー!バルドー!」


それでも私は懸命にバルドを探し続けた。何度も名を呼び、辺りを隈なく見回して……。


「バルド……頼む、返事をしてくれ!私の名を呼んでくれー!バルドー!」


ここまで来たからには……なんとしてでも助けてみせる!
そのためにここまで来たんだ!危険を顧みずに海賊のアジトを回り、徹底的に情報を集め、何度も悪者たちと戦って……!

バルドは……私にとって大切な人なんだ!幾度も私を支えてくれた恩人なんだ!
危ない目に遭った時には、何度も助けてくれて。
挫けそうになった時は、手を差し伸べてくれて。
泣きそうになった時は、優しく肩を抱き寄せてくれて……!

そんな……そんな掛け替えのない大切な人を、私は絶対に見捨てない!
ここまで来たのだ……故郷を飛び出してまで来たのだ!
私は、諦めない!


コツッコツッコツッ……


「!?」


突然、足音のようなものが聞こえた。何か硬い物を……石造りの階段を下りるような、乾いた音。
誰かが近づいて来る。一体誰が……?
リシャスか?アイーダか?それとも、他の誰か?
何れにせよ、少しずつこちらに進んでくるのは間違いない。

「……誰だ?」

この部屋には隠れる場所などどこにも無い。近づいて来る者とは堂々と対面するしかないようだ。
覚悟を決めた私は、開かれた扉に向き直り、近づいて来る人物に呼びかけた。


「…………」


呼びかけに応じるように、歩み寄ってきた人物は扉から姿を現した……。

「はっ!」

その姿を見て……私は思わず息を呑んだ。
その人物は、私がよく知ってる人物……いや……。

「……無事だったのか……」

正確には……私がずっと探していた人だった。



「バルド!」


短めの黒髪に、藍色の瞳。灰色のシャツに、その上から纏っている銀色の鎧。そして、右手に握られているファルシオン。
間違いない……バルドだ。私が探していた人だ!


「よかった!ようやく会えた!ずっと……ずっと探していたんだ!」


再会できた喜びを抑えきれず、私はバルドに向かって走り出した。
牢屋に閉じ込められていると思ってたが、牢屋の外に居るということは、なんとか自力で脱出したようだ。
よかった……本当によかった!


「バルド!今すぐ此処から出よう!このアジトから脱出して、私たちの故郷へ帰ろう!」


会いたかった……会えてよかった!
心の奥が温かくなる。雪解けのような安堵が広がっていく……!


私は、嬉しさのあまりバルドを抱きしめようとした。
大切な人の……愛する人の身体を、力いっぱい……!






「……くたばれ」
「……え?」


バルドのファルシオンが、私の頭上に……!


「うわぁっ!」


間一髪のところで後方へ飛び退き、なんとか斬撃を避けた。

「ちっ!上手く避けたか」

舌打ちをしながら私を睨むバルド。その目はまるで、滅するべき敵を見据えているような目だった。
……何故だ?何故こんな事をするんだ?冗談にも程がある。
いや、少なくとも冗談などの類ではない。今の一撃には全く躊躇いが無かった。明らかに私を殺す気だった……。

「何をするんだ、バルド!?こんな時に悪ふざけはよせ!」
「悪ふざけで剣を振るとでも思ってるのか?おめでたい女だ」

バルドはファルシオンの切っ先を私に向けて、威圧的な態度を示した。

「どこの馬の骨かは知らないが、よくこのアジトへ入ったものだ。お前の目的は分からないが、これ以上好きにはさせないからな」
「バルド……?」

……訳が分からない。何がどうなってるんだ?
今のバルドの発言……私を知らないという意味に聞こえる。今までずっと傍に居たのに、知らないなんておかしい。

「バルド!私が分からないのか!?私はシルク!シルク・トルマレアだ!」
「……知らんな。初めて聞く名前だ。いや、それよりお前……何故俺の名を知っている?」
「何を言ってるんだ!?十年以上も前から出会い、共に生きてきた仲だろ!?」
「十年前なんて知るか!そもそも、お前との記憶なんか一欠けらも無いんだよ!」
「そんな……なんで……!?」

私との記憶が無いと……そう言うのか!?
何故だ……何故なんだ!?

「……記憶が無い?」

今確かに……バルドはそう言った。
それを聞いて私の脳裏に一つの記憶が過ぎった。
脳に強い衝撃を与えると、人の記憶は一時的に消滅してしまう……そのような文章が書かれている本を、以前読んだ事がある。
当時は信じがたいと思っていたが、あの本に書かれていた事が本当だとしたら……。

バルドは……記憶を失ってしまったのか!?
私と出会い、共に生きた記憶が……消えてしまったとでも言うのか!?
だとしたら何故!?一体何が原因で……!?


「お喋りは終わりだ。生け捕りにするのも面倒だから、ここで始末してやろう」
「なっ!?ま、待ってくれ!お前とは戦いたくない!」


バルドは徐にファルシオンを構えなおし、私と戦う姿勢に入った。
だが、私はバルドと戦いたくない。大切な人に剣を向けるなんて、本気で殺しあうなんて……私には出来ない!


「そっちの意思なんて聞きたくもない。勝手に侵入しておいて、無傷で済むと思うなよ。言っておくが俺は女でも容赦なく刃を向けるんで、今すぐ覚悟を決めろ」
「待ってくれ、バルド!私たちは共に苦難を乗り越えてきたじゃないか!厳しい剣の修行も、長い遠征も、全て共に経験したじゃないか!思い出すんだ!あの日々を!辛さと共に楽しさを味わった日々を!」
「ゴチャゴチャうるさいぞ!訳の分からない作り話を述べて、その場を凌ぐつもりか!?俺はお前なんか知らないんだよ!何度も言わせるな!」


必死に呼びかけても、バルドの戦意は変わらない。
そんな……バルド……!
せっかく会えたのに、ようやく助けれると思ったのに。


ここまで来て……なんで……こんな事に……。


「さぁ……覚悟しろ!」


ファルシオンを構えて、バルドが私に襲い掛かってきた!


「ま、待て!やめろ!やめてくれ!バルドォォォォォ!!」


どうすればいいんだ……どうすれば!
13/07/18 21:44更新 / シャークドン
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■作者メッセージ
……まずは一言。
楓のイメージぶっ壊してすいません!
……閃いた。今度からマジギレした楓さんは、『ブラック楓』と名付けよう(反省してない)

嘘くさいかもしれませんが、これ、ずっと前からあった設定なのですよ?
何故今まで出さなかったのかと?単純な話、出す機会が無かったのです、本当に……。

それはまぁとにかく、次回は後編。
リシャスとアイーダの対決の行方は?そして記憶を失ったバルドに対し、シルクはどう動くのか……の予定です。

では、読んでくださってありがとうございました!

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