連載小説
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激戦と少年の勇気
「……初対面だと言うのに『叩き潰す』とは……なんとも物騒な蜘蛛だな」
「うるせぇ!俺はな、テメェをボコボコにしねぇと気がすまないんだよ!」
「危なっかしい魔物だ。早急に処分しなければなるまい」
「その前に俺がテメェを潰してやるぜ!」

教団の船にて、威圧感が込められた目で俺を睨んでるモーガン。だが、俺はそんな目に屈する事無くモーガンを睨み返した。


こいつだけは……こいつだけは許さない!
ルトを一方的に痛みつけて……奴隷扱いして……どう考えても善良な人間のやる事じゃない!
煮えたぎる怒りが収まらない!必ず……必ずぶっ飛ばしてやる!


「オメェ等!容赦すんじゃねぇぞ!全力で挑め!」
「うぉぉぉぉぉ!!」
「皆の者!魔物共を打ち滅ぼすのだ!」
「イェッサー!!」


互いのリーダーによる叫びを皮切りに、激戦の火蓋が切って落とされた!


「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」


凄まじい雄たけびが大海原に響き渡り、仲間たちが教団の兵士たちと奮闘を繰り広げる。俺の仲間たちは次々と船に乗りかかってくる敵を海に落として難なく応戦していた。
さて、こっちは美知代と武吉がいるし、ルトの身柄は武吉に任せたから心配無いだろう。
俺のターゲットは最初から決まってる。それは……!


「覚悟しろ、モーガン!!」


勢い良く教団の船に飛び移り、悠々と部下を指揮してるモーガンに突撃した。

「なに!?船長自ら飛び込んできただと!?」
「ひ、怯むな!モーガン殿をお守りするのだ!」

しかし、周りの兵士共も黙っていない。モーガンを庇うように俺の前に立ち塞がって戦闘の姿勢に入る。
……この時、心の中で一つの疑問が生じた。率いられてきた兵士の数がやけに少ない気がする。その内の数十名は俺の船に侵入して戦ってるのだろうけど、そいつらを足してもやっぱり少ない。
最初から俺たちを倒しに来た割には兵力が低すぎる。一体何故……?
だが、今はそんな事を考えてる場合じゃない。


「オメェ等、邪魔だぁ!」


ドォン!


「ぎゃあああ!!」


渾身の力を込めて鉄砕棍を一文字に振る。それだけでおよそ五人ほどの兵士を海へぶっ飛ばしてやった。


「おらおらおらぁ!!」
「うぉああああ!!」
「ちょ、近付けnぐはぁ!?」


俺は襲ってくる敵を鉄砕棍で叩き飛ばしてやった。鉄砕棍を振り回す度に兵士たちが次々と海へぶっ飛ばされていく。
教団に所属してる兵士だから多少の手応えはあるのかと思いきや、話にならない程弱い。
もう少し鍛錬しとけよ……と、戦闘中にも呑気に思ってしまった。

「くっ!流石に一筋縄ではいかないか!ならば、これでも喰らえ!」
「ん!?」

すると、兵士の一人が俺に向かって光の弾を放ってきた。一直線に弾が飛んでくるが……!

「ふんっ!」
「なに!?」

鉄砕棍を振って光の弾を打ち消した。

「甘いな!この程度の魔法、俺には効きやしねぇよ!」
「え、ちょ、嘘だろ……」
「今度はこっちの番だ!」
「ま、待て!やめtおわぁ!?」

俺はすかさず糸の塊を噴出して魔法を放った兵士とその他十名を纏めて突き飛ばした。

「とっとと沈んじまいな!」

噴出した糸でそのまま数名の敵を絡め取り、海へと放り投げてやった。
戦闘が始まってから間もないが……これで教団兵の半分以上は片付いただろう。


「ほう……中々やるな、怪物」
「……モーガン……!」
「宜しい。今度は私が相手だ」


……ここでようやく親玉が戦う気になったようだ。
倒すべき相手でもあるモーガンが自ら俺の前へ出たのだ。その右手には、丈の長い巨大な鋼鉄のハンマーが握られている。どうやら見た目に似合わずパワータイプのようだな。

「さて、存分に楽しませてもらおうか。わざわざ遠くから此処まで来たのだからな」
「ああ、わざわざ会いに来てくれて俺も嬉しいぜ。お陰でぶっ飛ばす手間が省けたんだからなぁ!」

余裕の表情を浮かべるモーガンに対して、俺は鉄砕棍の先を突きつけて敵意を露にした。

「……そこまで敵意を剥き出しにするとは、まさか私に怨みでもあるのか?だとしたら何かの間違いだろう。私と貴様は今日此処で初めて会ったのだよ」
「ああ、そうだ!初めて会ったさ!だがな、テメェはとても簡単には許されない罪を犯しただろ!身に憶えがないとは言わせねぇぞ!」
「……やれやれ、話にならんな。これだから魔物は低脳なのだよ」

モーガンは呆れたように首を振って挑発した。
……話しても無駄か。まぁ、こっちは元から戦う気満々だったけどな!

「……テメェの言うとおり話になんねぇな。だったら強制的にも自覚させるまでだ!」
「……良かろう」

改めて鉄砕棍を構えて戦闘の姿勢に入る。対するモーガンもハンマーを構えて何時でも戦える状態となった。

「……行くぜ!」
「ふむ」


そして……互いに睨み合い……!


「うぉぉぉぉぉぉ!!」


二人同時に突撃した!



ドカッ!



「なろがぁ!」
「ふん!」

鈍器がぶつかり合う鈍い音が辺りに響く。そのまま押し合いの状態になったが、ほぼ同じタイミングで互いに距離を取った。

「うぉんらぁあ!」

休ませる暇も与えずに素早く棍棒を振り回す。しかし、それに応じるようにモーガンもハンマーを振り回して俺の攻撃を受け流していった。
そんなにデカい武器を素早く振れるとは……どうやら実力はあるようだ。だが、此処で負ける訳にはいかない!

「喰らいな!」
「うっ!?」

俺は一瞬の隙を突いて蜘蛛の糸を噴出し、モーガンの身体を拘束しようとした。対するモーガンは咄嗟に腕を前方に出して糸を防いだが、結果的には糸が腕に絡みついた状態となった。

「猪口才な!」
「おっと!逃げんじゃねぇぞ!」
「ぬぅ!」

モーガンは咄嗟に後方へ跳んで距離を取ったが、俺はモーガンを引き寄せる為に糸を力強く引っ張った。だが、腕の筋力も相当あるのか、力を入れて引っ張ってもモーガンはビクともしない。

「……鬱陶しいのだよ!」

すると、モーガンは腕に絡み付いてる糸に手を翳した。
そして手から炎が……って、なに!?

「うぉっ!?」

モーガンの炎によって糸が千切れてしまった。
此処で力強く引っ張ってたのが仇となってしまった。急に糸が切れた事により、引っ張る力の反動の所為で後方へと退いてしまい、一瞬の隙が生じてしまった……!


「うぉらっ!」
「ごはぁ!?」


モーガンは素早く、尚且つ力強くハンマーを横に振って俺を叩き飛ばした。強い衝撃を受けた俺の身体は真横へ吹っ飛び、叩きつけるように床に倒れこんでしまった。

「いってぇ……この野郎……!」

殴られた痛みを耐えながら徐に立ち上がり、改めて戦闘の姿勢に入った。
それにしても迂闊だった。まさか炎の魔術なんて扱えるとは予想外だった。かつてルトに勇者としての教育を施してたとは聞いてたが、魔術の類まで教えてたとはな。
しかし、厄介だな。こうも簡単に俺の糸を燃やされるんじゃあ、動きも封じれない。ここは糸に頼らず、ひたすら武術で挑むしかないのか……。

「はっ!」

すると、モーガンはハンマーを上空に向かって思い切り投げ飛ばした。かなり重い筈のハンマーがクルクルと回転しながら宙を舞う。
なにやってんだ、あれは……と思ってたら!

「行けぇ!」

なんと、モーガンが叫んだ瞬間に宙を舞ってたハンマーが俺に襲い掛かってきた!

「うぉっ!おわぁっ!ちょ、なんだよこれ!勝手に動けるのかよ!」

まるで自分の意思で動いてるかのように、鋼鉄のハンマーは俺を叩き潰そうと何度も振りかかって来る。俺はなんとか鉄砕棍でハンマーの攻撃をなんとか防いだ。

「フハハハハ!踊れ踊れ!」

モーガンは余裕と言った表情で両手を不規則に動かしている。
どうやらこのハンマーもモーガンの魔術によって動かされてるらしい。だったら素手状態のモーガンを倒せば良い話だが……ハンマーがしつこ過ぎて近寄れない!

「くっ!この……しつこいんだよ!」

なんとか防いではいるが、このままやり過ごすのも時間の問題だ。
こうなったら、此処はいっちょ渾身の力を……!

「うぉらぁ!」

力いっぱい鉄砕棍を振り上げてハンマーを弾き飛ばそうとしたが……!


「……ふっ」
「!?」


その前にハンマーが自ら天高く上って俺の攻撃を避けた。更にモーガンが何かを懐から取り出して俺に迫ってくる。
あれは……警棒!?


「はっ!」
「くそっ!」


瞬時に長く伸ばされた金属製の棒が俺に襲い掛かる。俺は鉄砕棍で攻撃を防ごうとしたが……それが間違いだった。


ビリビリビリビリッ!


「ぐわぁぁぁ!!」


警棒を鉄砕棍で受け止めた瞬間、俺の鉄砕棍から身体中に強烈な電撃が伝わってきた。
普通の警棒じゃなかった……高圧電流を纏う特殊な武器だったのか!

「ぐぁ……く……」
「ふん!馬鹿者めが!」

モーガンは痺れて思うように動けなくなった俺を嘲笑いながら後方へ飛びずさる。
その瞬間、宙を浮いてたハンマーの面が……!


ドカッ!


「ガァッ!」


掬い上げるような動きでハンマーが俺の身体を浮かせる。そこへ追い討ちを仕掛けるように、ハンマーが俺に追ってきて……!


ドォン!


「ぐぉああああ!!」


船に向かって俺を叩き落した。俺の身体はたちまち船の甲板に叩きつけられて、身体全体で強い衝撃を受けてしまった。

「……ち……畜生……!」
「フハハハハ!何とも無様だな!だが、貴様にはその姿が相応しいな!」

蔑むような目つきで俺を見ながら、モーガンは宙で止まってるハンマーを手元に戻した。
余裕ぶっこきやがって……ムカつく野朗だな!

「うっせぇ、ちょび髭!口を動かしてる暇があったら掛かって来いよ!」
「まだそんな減らず口が叩けるか。呆れて何も言えぬわ」

三回も続けて強烈な攻撃を受けた為か、流石にウシオニ特有の再生能力を備えてるとは言えかなり効いた……。
身体中に痛みが走るのを必死に堪えてなんとか立ち上がろうと試みた。鉄砕棍を杖代わりにしてようやく立てたが……正直なところ痛みが大きすぎる。

「これで分かったであろう?貴様では私には勝てないのだよ。大人しく降伏したまえ」
「うっせぇ!誰がテメェなんかに!」
「……やれやれ、諦めが悪いな」

モーガンは改めてハンマーを構えてゆっくりと俺ににじり寄る。
畜生……こうなりゃ意地でも戦ってやるか……!
と、思ったら……!





「やめてぇぇぇぇぇぇ!!」




必死の叫びと同時に、小さな身体が俺の真正面に立つ。
突然の登場に戸惑うしかなかった。何故なら、そいつは……!


「ルト!?お前、なにやってんだ!危ないから逃げろ!」
「でも、奈々さんが……!」


ルトは両手を広げて俺に背を向ける形でモーガンの前に立ち塞がった。
さっきまで武吉の傍にいた筈だが……恐らく武吉の目を掻い潜って此処まで来たのだろう。


「なっ!?貴様は……ルトではないか!」


モーガンの方もルトの登場に目を見開いている。
そりゃそうか。夜中に姿を消した人間が突然目の前に現れたんだ。驚くのも無理は無い。

「あの日の夜から姿を消して、街中を探しても何処にも居なかった貴様が……何故此処に居る!?」
「…………」
「何故私の許可も無く外へ出た!?そして何故此処にいるのだ!?」
「…………」
「答えろ!この私の質問に答えられないとでも言うのか!」

怯えた表情で何も言わずに俺を庇うルトに対し、モーガンは横暴な振る舞いでルトに問い質した。
この野朗……調子に乗りやがって!


「偉そうな事言ってんじゃねぇ!ルトはテメェの非道な企みを知ってるんだよ!」


怒りを抑えられなくなり、俺はルトに代わってモーガンを怒鳴りつけた。

「テメェ……ルトを奴隷として何処かの国へ売り飛ばそうとしたんだろ!?」
「!?……き、貴様、何故それを知ってるのだ?」
「数日前にルトが偶然聞いたんだ!それで、怖くなったルトは海へ逃げ出して……俺たちと出会ったんだ!」

事情を聞いたモーガンは一瞬だけ酷く動揺したが、すぐに冷静になって顎を撫でる仕草を見せた。

「……成程。貴様がやけに私を敵対視しているのも、それが原因か……」

今になってようやく全てを察したが、悪びれた様子ではない。それどころかニヤリと意味深な笑みを浮かべてルトを見据えている。
こいつ……何か企んでやがるな?

「ルト……己の身体を盾にしてまでその怪物を庇うとは……魔物共が傷つけられるのを恐れておるのか?」
「は、はい……奈々さんたちが傷つく姿なんて、見たくない……」

モーガンの問いに対し、ルトは怯えながらも答えた。
無理しやがって……!俺だってな、ルトが傷つく姿なんて見たくないってのによぉ!

「ならば、私に一つ提案があるのだよ」
「提案?」
「そうだ。とても素晴らしい話だ」

モーガンは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら口を開いた……!




「私の下へ戻れ。そうすれば魔物共には手を出さない」



な……何言ってやがるんだ、こいつは!


「そ……それって……」
「言葉通りだ。今すぐ私の下へ帰るのであれば、これ以上そこにいる魔物共には手を出さず、大人しく引き下がろう」


提案って……ルトが戻ってくれば、俺たちと戦うのを止めるって事か?
何が素晴らしい話だ!ふざけた事言いやがって!


「今更何を言ってんだ!そんな事、絶対許さねぇぞ!」
「貴様は関係無いであろう?決定権はルトにあるのだからな」
「うるせぇ!だいたいルトがそっちに行ったら、また奴隷として売るつもりなんだろ!?」
「人聞きの悪い事を言うな。実質的な鍛錬を行わせて立派な勇者に育てやるのだよ」
「何が実質的な鍛錬だ!テメェがやってたのは紛れも無い虐待だろうが!」


モーガンは食って掛かる俺をハエでも追い払うように手であしらった。
こいつ……ルトの気持ちを利用して、面白いように迷わせて……本当に許せねぇ!
だが、仮にもルトが提案を呑んだとしても良い方向には転がらない。もしもルトがモーガンの下へ行ったら以前と同じように……いや、それ以上に酷い仕打ちを受ける筈だ。少なくともルトにとって耐え難い日々が待っているのは間違いない。
それだけは……それだけは許しちゃおけない!


「ルト!あんな奴の下には絶対行くなよ!」
「…………」
「……ルト?」


だが、ルトはどこか悲しそうに……そして何かを決めたような表情を浮かべていた。まるで、自分の気持ちを抑えているようにも見えるが……。

「……本当ですか?」

ルトは恐る恐るとモーガンを見つめながら言った。

「本当に、奈々さんたちには手を出さないのですか……?」
「勿論だ。貴様が戻ってくるのであればな」

ルトの質問に対し、モーガンは満足気な笑みを浮かべた。
おいおい……冗談だろ?まさか、本気で行くつもりじゃないだろうな……?

「おいルト、お前何を言って……」
「……ごめんなさい……」
「は?」

ルトは徐に振り返り、悲しそうな表情を浮かべながら言った。


「僕……奈々さんたちが傷つく姿なんて見たくないです。僕が大人しく言う事を聞いて、奈々さんたちが無事でいられるのなら……」
「お、おいルト……」
「奈々さん……僕、あの人の下へ戻ります……」
「なっ!?ま、待てよ!お前何考えてんだ!」


ルト……本当にモーガンの奴の言う事を聞くつもりなのか?
なんでだよ……なんでそうなるんだよ!


「お前だって分かってるだろ!?あいつの下へ戻ったら、昔と同じように……いや、それ以上に辛い目に遭うんだぞ!」
「でも僕……本当に弱くて、頼りないし、一緒に居るだけで迷惑を掛けてばかりだから……」
「何言ってんだよ……!そんな事ねぇよ!」
「それに……僕が耐えれば良いだけですから……僕だけ我慢すれば良いから……」


そしてルトは俺に背を向けて、震えた声を絞り出すように言った。
ルト……その後姿を見れば俺にも分かる。本当は行きたくないのに、怖く思ってるのに無理してるな。
俺たちを想って、苦痛を強いられるのを我慢して……!


「よしよし、それで良いのだ。さぁ、早く来い」
「……はい」


手招きに応えるように、ルトは徐にモーガンの下へ歩み始めた。一歩一歩、ゆっくりと確実に……!


……このままで良いのか?このままルトを行かせて良いのか?
ここでルトだけが理不尽な目に遭って、俺たちが助かればそれで良いのか?
ルトがまた虐待を受ければ済む話なのか?


……違う!そんなの間違ってる!


「行くなぁ!!」


すぐにルトへ駆け寄り、後ろからルトを抱きしめるようにルトを食い止めた。


「奈々さん……?」
「行くな!絶対に行くな!それだけは許さないからな!」


ルトを抱きしめたままモーガンから引き離すように後ろへ下がった。もう奴の下へ行かせないように、大きく距離を取って……!


「おや、とんだ邪魔が入ったな。大人しく指を咥えながら見ていれば良いものを……」


モーガンが皮肉を言い放ったが、俺はあんな奴を無視してルトに言い聞かせた。


「お願いです……行かせてください……。僕、もう奈々さんたちに迷惑を掛けたくないし……」
「何が迷惑なんだ!誰が迷惑を掛けてるんだ!誰もそんな事言ってないだろ!俺は……俺はお前が迷惑だなんて思った事は一度も無い!」
「でも……奈々さんたちを助けるには、こうするしか……」


……助けるか……。それが一番の方法だと思ってるようだが、それは間違ってる!
俺は強引にルトと向き合わせて、その目を強く見つめながら言った。


「お前がやろうとしてた事は自己犠牲って言うんだよ!それで助かっても、ちっとも良くねぇ!お前を犠牲にして助かるくらいなら、朽ち果てるまで戦った方がマシだ!」
「でも……でも……!」
「お前だって、あいつの下へ戻るのは嫌なんだろ!?だったらそう言えば良いだろ!あんな奴のふざけた提案なんて、我慢して呑まなくて良い!」

ルトの怯えた表情を見れば俺にも分かる。ルトだって、モーガンの下へ戻るのが嫌だと思ってる筈だ。それなのに俺たちを助ける為だとか言って、自分を抑えて……。
そんなの……そんなの間違ってる!
俺は……俺はルトとは離れたくないんだ!ずっと傍に居てやりたいんだ!


「本当に俺たちを想ってくれてるんだったら、傍に居てくれよ!お前が目の前から消える方がよっぽど嫌なんだ!俺は……俺はお前と離れたくないんだ!ずっと一緒に居たいんだよ!」
「!……奈々さん……」

ルトは目を見開いて俺を見つめ返したが……今言った事は嘘じゃない。
ルトと出会ってまだそんなに経ってないが、ルトはもう俺にとって掛け替えの無い大切な人だ。ずっと守りたいと心から思ってる。
絶対に……絶対にルトは渡さない!モーガンの野朗の下へ行かせて堪るか!


「ふん!とんだ茶番だな。下らぬ戯言を抜かしおって」
「……あぁ、そう思ってりゃいいさ。少なくともテメェよりはマシだろうからな!」


卑しめの視線を送ってくるモーガン。
だが、茶番でも戯言でも勝手にそう思ってりゃいいさ。こいつには何を言っても無駄だろうからな。

「ルト、何をしておるのだ?早く戻って来い」

モーガンはルトに再び戻って来るように手招きした。
この野朗……まだ言うか。二度と減らず口が叩けないように今すぐ倒すしかないようだな……!


「……嫌だ……」
「ん?」


すると、ルトは俯いたままモーガンへ向き直り、ギュッと拳を握って小さく言った。


「……嫌だ……やっぱり嫌だ……」


その声は少しずつ大きくなり、やがて俯いてた顔をモーガンに向けてハッキリと言い放った。


「やっぱり嫌だ!戻りたくない!」
「……なに?」


反抗されたのが気に食わないのか、ルトの言葉を聞いたモーガンは眉間に皺を寄せた。
ルト……自分の気持ちを素直に言えたな。よくやったな!


「貴様……戻って来いと言ってるだろ!?そこの魔物たちに手を出しても良いのか!?」
「それは……それは嫌だけど……僕だって戻るのは嫌なんだ!」
「ルト……そうだ!それで良いんだ!もっと言ってやれ!」


ルトは怯えた表情を浮かべているが……それでも腹の底から大きな声でモーガンに逆らっている。
本当は怖いと思ってるのに……ルト、お前は本当に勇気のある男だよ。

「貴様!この私への恩を忘れたのか!?貧弱で役立たずの貴様を勇者として育てようとしたのは私だぞ!?」
「僕、勇者になんかなりたくない!魔物を倒すなんて、絶対にやりたくない!」
「なんだと!?貴様は人間の敵である魔物の……悪の味方になる気か!」
「魔物は悪なんかじゃない!敵でもない!」
「……これが最後の警告だ!そこの魔物たちに手を出して欲しくないのであれば、今すぐ戻って来い!」

モーガンは両目に威圧を込めながら言ったが、対するルトが放ったのは勇気を振り絞った返答だった。



「僕は……僕はお前の言いなりになんかならない!お前の言う事なんか聞くもんか!!」



ルトの表情にはもう迷いなんてものは無かった。今まで以上に固い決心をした……俺にはそう見える。
俺も嬉しいぜ。勇気を出して自分の気持ちを言ってくれたんだからな!


「……好きに言わせておけば、このガキ……調子に乗りおって!」


モーガンは不快と怒りを顔に表し、目の前にいるルトを鋭く睨みつけた。
自分との縁をこの場で切られて気に食わないのだろうが……それで良い。
こんな奴の下へ行かせる訳にはいかない!俺がそんな真似させない!


「良かろう!そんなに死を望むのであれば、今此処で始末してやる!」


そう言うとモーガンは懐から何か小さなものを取り出した。
あれは……ホイッスル?


「兵士たちよ!そろそろ出番だ!魔物共を打ち倒すのだ!」



ピィィィィィ!


モーガンがホイッスルを吹き、辺りに高い音が響き渡る。
そして……!


「うぉぉぉぉぉぉ!」
「なっ!?」


船の奥にある扉から大勢の兵士たちがゾロゾロと列を成して現れた。その数はさっきまで戦ってた兵士たちの数倍は居る。
まだこんなに居たとは……!船の内部に隠れていたのかよ!


「なんだよこれ……まだこんなに居たのかよ!」
「フハハハハ!最初から居た兵士は、貴様らの体力を少しでも減らす為の前衛よ!少ない戦力で敵の気力を削ぎ落としたところを総出で叩き潰す!それが私のやり方だ!」
「……テメェ……まるで捨て駒みたいな言い方だな!」

通りで少ないと思ってたら、そう言う事か!だが、こいつも部下を捨て駒扱いする性格のようだな……!
自分の部下を道具みたいに扱いやがって!情けなくて言葉が出ない……!


「見たところ貴様の部下は疲弊してるようだな。数においてもこちらの方が圧倒的に有利。どう考えても貴様らに勝ち目は無い!勝負あったな!」


勝利を確信しているのか、モーガンは不敵な笑みを浮かべながらハンマーの丈の部分で肩を叩く仕草を見せた。俺は舌打ちをしながらもチラッと背後に視線を移して仲間たちの様子を確認してみた。
既に敵の兵士は一人残らず姿を消していた。誰一人として怪我もしてない。
と言う事は、なんとか勝てたようだが……俺の仲間たちはかなりの体力を消耗したようだ。
流石に今まで戦ってきた同業者とは違って少しばかり実力のある連中だった為か、俺の仲間たちは兵士たちとの戦闘で疲弊してる。あの状態で更に戦わせるのは流石に残酷だな……。
俺はまだやれるが……あれだけの数を一人で相手をするのは……正直言ってキツイな。


参ったな……どうする……?


「……ルト、俺が戦ってる間に早く船に戻れ!」


ルトを此処に居させる訳にはいかない。そう思った俺はルトに戻るように呼びかけたが……。


「…………」
「……ルト?おい、どうしたんだよ?」


ルトはピクリとも動かずに、モーガンたちを睨んだまま仁王立ちしている。まるで強大な敵に立ち向かうような、覚悟を決めたような表情を浮かべていた。

「……僕は逃げない……弱くても……敵わなくても……絶対に逃げない!」
「お、おい!何を言い出すんだよ!早く逃げろって!」

ルトは両手を広げて俺を庇う姿勢に入った。
ルト……なんで逃げないんだよ!敵わないって分かってる筈なのに!

「奈々さんを置いて逃げるなんて嫌だ!僕は絶対に、奈々さんを見捨てない!」
「俺は大丈夫だから逃げろよ!」
「嫌です!僕は逃げない!奈々さんを護るんだ!」


そう話すルトの瞳に迷いなんてものは生じてなかった。
なんでだよ……なんで……そこまでして……!


「弱くても護るんだ……敵わなくても護るんだ……僕が……僕が奈々さんを護るんだ!」
「……ルト……」


あんなに勇ましいルトは初めて見た。
だが、目には薄っすらと涙が浮かんでるのが見える。何時死んでしまってもおかしくないこの戦場に立って、自分より大きい身体の大人を前にして……ルトだって本当は怖いのだろう。
それでも果敢に立ち向かって……お前って奴は……!


……護るか……。
まさか俺がそんな事を言われるとはな……。
だが、不思議なものだ。そう言われて満更でもないとはな……。


「フハハハハ!貴様のような貧弱なガキが護るだと!?笑止千万とはこの事だな!」
「……うるせぇ!テメェにルトを馬鹿にする資格は無い!」
「……話にならんな。そろそろ終わりにしてやろう」

モーガンは勝ち誇った笑みを浮かべながら徐に片手を上げた。
そして……!


「行けぇぇぇぇ!!」
「うぉぉぉぉぉぉ!」


上げた手を勢い良く振り下ろし、俺たちを指差した瞬間に兵士の軍団が突撃してきた。
畜生……やるしかないのかよ!



「フハハハハ!この勝負は終わったも同然なのだ!」



















「あぁ、終わりだ。それもアンタらの負けでな!」



ドカァァァァァァン!!



「ぎゃああああああ!!」
「!?」

何者かの声と同時に大爆発が起きた。爆発に巻き込まれた兵士の軍団は足を止めて、その内の数名の兵士はそのまま海へと飛ばされた。
なんだ、今のは!?あの爆発……少なくとも俺の船の砲撃じゃないよな……?


「な、何事だ!?今のは一体……!?」
「新しく開発した弾を一発だけ試し撃ちさせてもらったが……こいつぁ中々使い勝手が良いな。採用するか」
「ん……あ!あれは……!」

モーガンの奴も流石に驚きながら辺りを見渡したが、上空から声が聞こえてきたからそっちへ視線を移した。俺もつられるように上空を見上げてみる。


「……あれは……」


そこには……上手くバランスを取って教団の船のヤードに立ってる人物が見えた。ショットガンを兵士たちに向けて不敵な笑みを浮かべている。
そいつの姿を見た瞬間、俺は目を疑いそうになってしまった。
今まで直接会った事は無かったが、まさかこんな所で実際に見るなんて……。


「おい……嘘だろ……!」
「なんで……なんであいつが居るんだよ!?」


兵士たちもそいつの姿を見てかなり驚いている。その中には腰を抜かしている兵士も見れた。
だが……驚くのも無理は無い。何故なら……。


「まさか……まさか……!」


そいつは……その男は……!







「キ……キャプテン・キッドだぁぁぁぁぁ!!」






「ほう……俺を知ってるようだな。自己紹介の手間が省けたぜ」


そう……その男とは、今や教団からも恐れられてる海賊……!
キッド・リスカード……通称、キャプテン・キッドだ!!


「よっとぉ!」


キッドは船のヤードを蹴って跳び上がり、空中を一回転してから華麗に俺とルトの傍に着地した。


「よぉ、どうにか間に合ったようだな」
「え、あ……あんた、もしかしてキッドか?」
「そうだ。アンタと同じ海賊だが案ずるな。俺はアンタらの味方さ。ちょっとした訳があって、救援に来たんだ」
「味方って……なんでまた……?」
「まぁ、ちゃんと話しておいた方が良いんだろうが……詳しい話は後だ。今はこいつらを片付けようぜ!」

キッドが言うには、俺たちを救援する為に此処まで来たようだが……なんでそんな展開になるんだ?
俺、今までキッドとは何の関わりも無かったし、ましてや救援してもらうような事は何も……。

「あぁ、言っておくが、救援に来たのは俺一人だけじゃないぜ。ほら、アレを見ろ」
「え……ま、まさか……!」
「あぁ、俺の愛船、ブラック・モンスターだ!もうすぐこっちに来るぞ!」

キッドが指差した方向へと視線を移すと、巨大な船がこっちに向かって進んでいるのが見えた。
立派な大砲がズラリと並んでて、マストの天辺にある旗には髑髏のマークと、その下に長剣とショットガンが交差するように描かれてる。
あれがキャプテン・キッドの船か……!


ドォン!


「どわぁぁぁ!なんだ、こいつら!?」


すると、教団兵たちの悲痛な叫びが辺りに響いた。


「Let's party!派手にやろうぜ!」
「コリックに手を出させる前に……潰す!」


視線を移すと、そこには赤い鱗を身に纏ってるドラゴンと、貴族を思わせる高貴な服を着ているヴァンパイアが兵士たちに立ちはだかっていた。

「お、オリヴィアとリシャスも頑張ってるようだな」
「え?まさかあの二人、あんたの部下か?」
「あぁ、うちの海賊団が誇る戦闘員だ。俺も一緒に一足早く駆けつける為に、オリヴィアに此処まで運んでもらったのさ」

あの二人……オリヴィアとリシャスはキッドの海賊団の一員らしい。
しかし、ドラゴンにヴァンパイア……上級の魔物が二人も傘下にいるとは……。
敵に回すと恐ろしいが、味方になってくれるとなると心強い!


「ぐぬぬ……おのれ……!」

モーガンは悔しそうに歯軋りしながらキッドを睨みつけている。
さっきまで余裕だった分、悔しさも数倍に膨れ上がってるようだ……良い気味だな!

「ほら、アンタもまだやれるだろ?一緒に戦おうぜ!」
「……そうだな!まだ終わっちゃいない!」

俺は改めて鉄砕棍を構えなおし、再びモーガンと戦う姿勢に入った。
キッドの言う通り、俺はまだ戦える!これくらいで終わるほど、柔な鍛え方はしてないさ!
ルトを護る為に……全てにケリを付ける為に……本気で行ってやる!


「覚悟しろよ、オッサン……アンタが主役のゲームはバットエンドで終わる!」


そしてキッドは徐に腰に携えてる長剣を抜き取り、その切っ先をモーガンに向けて言い放った!


「海上ステージでのクライマックス、その身体に味わわせてやるぜ!!」
13/03/03 16:54更新 / シャークドン
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■作者メッセージ
はい、と言う訳で今回は決戦の始まり!そしてキッド参戦でした!
今回はルトも頑張ってくれましたが……え?無謀?
ええ、確かに無謀に見えますが……彼は彼なりに奈々を護りたいと思ったのです。それ故の行動なのです。

そしてキッドが駆けつけましたが……何故来たか?
ええ、それは次回で話されますが……まぁ、前回の話を読めば察せられるとは思います……。

次回は奈々とキッド……二人の船長がモーガンと対決!そして決着の時……の予定です。
では、読んでくださってありがとうございました!

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