連載小説
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少年の過去
夕方の四時頃、僕たちを乗せてる船は小さな無人島に停泊していた。奈々さんは数十分前に島に上陸して探検に行ったまま、まだ船に帰って来てない。
でも、この時こそ武吉さんと話す良い機会だと思っていた。

「すみません武吉さん。急にお邪魔してしまって……」
「気にしないで。実は僕も暇になってたところなんだ。夕方になると特にやるべき事が無くなるものでね」

武吉さんの個室にて、僕の向かい側に座ってる武吉さんは何時ものように優しく微笑んでいる。相変わらずこの人は太陽のように温かい人だ。

「それで、相談したい事って……一体どうしたんだい?」
「あ、はい……」

武吉さんは笑みを崩す事無く話を切り出した。
僕が武吉さんの下を訪れたのは、一つ相談があるからだ。
それは……奈々さんにも武吉さんにも話してない肝心な事。

「その……やっぱり奈々さんたちに話すべきなのかどうか、どうしても迷ってて……」
「……君が海にいた経緯の事だね?」
「はい……」

僕はまだ……奈々さんたちに全てを話してなかった。
何故僕は海を彷徨ってたのか、身体の痣は何なのか……肝心な事を話してない。
この船に厄介になって一週間は経ったけど、このまま有耶無耶にしたままでいるのは良くないと思ってる。でも、自分から話すのがとても怖い……。
自分自身の弱さが……本当に嫌になる……。

「そうだね……みんな気になってはいるだろうけど、無理して話す必要も無いと思うよ。って、前にも同じ事を言ってたね」
「はい。でも……やっぱり船に乗せてもらってるのに、隠したままでいるのも申し訳無くて……」
「そんなの気にしなくて良いよ。君にも色々と事情があるんだから、無理して話すのは寧ろ良い選択じゃないと思うな」
「そうですか……」

確かに……無理をして話したらそれこそ辛くなるかもしれない。実際に話そうとしたらあの辛い過去が頭の中に蘇ってしまう。
でも、隠したままでいるのも辛い。この船の人たちは本当に良い人ばかりだ。急に来た僕に対しても優しく接してくれて、本当に感謝している。その人たちに打ち明けないのは本当に申し訳ない。
特に奈々さんに黙っているのは心から辛いと思ってる。初めて会った時こそ驚いたけど……僕が船に乗った時からあの人は積極的に話しかけてくれて、挙句の果てにはお風呂まで……あれは恥ずかしかったけど、今では嬉しく思ってる。
僕はただでさえ邪魔になってるのに、何時までも奈々さんに話さないなんて……それこそ心が痛む。

「ルト君、一つだけ個人的な意見を言っても良いかな?」
「は、はい、どうぞ……」

武吉さんが優しく微笑んだまま、僕の目を真っ直ぐ見つめながら話し始めた。

「どんなに辛い過去でもさ、人に聞いてもらったら気が楽になる時ってあるんだよ。仲良くなって欲しい人に自分の事を知ってもらえるのって悪い事じゃないと思うんだ。たとえ辛い過去でもね」
「……どうしてですか?」
「あまり上手く言えないけど……自分の過去を聞いてくれるってのは、今の自分を受け入れてくれるようなものだと思うんだ。人には誰でも過去があるけど、その過去の経験があって今の自分がいるんだよ」
「今の自分……」
「そう。その今の自分を受け入れてくれると嬉しいと思わない?」
「……そうですね……」

そうか……確かにそうだ。
武吉さんの言うとおり、奈々さんたちに今の僕を受け入れてくれると思うと凄く嬉しい。
その為には僕の過去を話さなければならないけど……それで距離を縮めれるのなら……。

「……武吉さん」
「ん?」

僕にもようやく決心がついた。
奈々さんが僕の過去を知ったらどう思うのか……僕にも分からない。それでも僕は全部話そうと思う。この船にやって来た経緯を……。

「僕……全部話します!」



〜〜〜(奈々視点)〜〜〜



「大分暗くなってきたな……」

辺りが暗くなり始めてる最中、俺は仲間たちが待っている船を目指して浜辺を歩いていた。
島を散策したところ、人間も魔物も住んでいない。見つけたとしたら小さな鳥や虫ばかりで、それ以上に大きい獣の姿は何処にも見当たらなかった。島の大きさから見て誰も住んでなさそうに思えたが、どうやら本当に無人島のようだ。
まぁ、寧ろ誰も居ない方が気にする事無く船を停めれるから助かるけどな。

「……ん?」

暫く歩き続けていると、ようやく俺の船が見えてきた。
だが、その前に何やら前方で人影らしきものが……。


「う〜んしょ!うんしょ!うぅ〜!解けないよぉ〜!」


よく見ると、マーメイドの小さな女の子が砂浜に座っている。
だが、なんだか様子がおかしい。何やら必死の形相でジタバタともがいているように見えるが……よく見ると、魚の下半身に編み縄が絡み付いてる。どうやらあの縄を解こうと四苦八苦してるようだ。
……流石に素通りなんて真似はできねぇな。

「よう、お嬢ちゃん。大丈夫か?」
「え?……あ、ウシオニさんだ」

話しかけてみると、マーメイドは俺の姿を見るなり目を丸くした。
そんなにウシオニが珍しいのか?まぁ、ジパングの魔物がこんな人気の無い島に居る方が不自然だろうな。

「何やらお困りのようだが……そいつを解きたいのか?」
「うん、あのね、近くの浅層を散歩してたら、この縄が絡み付いちゃって……」
「そうかそうか。よし!俺に任せとけ!」

何もご丁寧に結び目を解く必要も無い。俺は縄の一部を掴んで……。


「ふんっ!」


ブチッ!


「うわっ!凄い!」
「へへへ!どうよ!」

千切られた所為で縄が緩くなったところで、俺はマーメイドに絡み付いてる縄を引き剥がして無造作に投げ捨ててやった。

「はぁ〜、やっと取れた!ウシオニさん、どうもありがとう!」
「たっははは!気にすんな!これくらい容易いぜ!」

マーメイドは魚の鰭で器用に立ち上がって俺にペコリと頭を下げた。
中々礼儀正しくて明るい子だな。良い教育を受けてるのが伝わってくる。

「ところで……ウシオニさんって、この島に住んでるの?この辺だとあまり見かけない気がするけど……」
「あぁ、実は俺、この広い海を旅していてな、この島には今日初めて来たんだ」
「あ、そうなんだ!私と同じだね!」
「……え?同じって?」
「うん、私も旅をしていてね、この島に寄ったのも初めてなんだ!」
「へぇ……」

マーメイドが言うには、自分もこの島を訪れたのは初めてらしい。
てっきりこの近辺に住んでるのかと思ったら……ん?待てよ?旅って……。

「なぁ、旅って……まさかお前一人で?」
「ううん、私のお兄ちゃんとその仲間たちも一緒だよ。お兄ちゃんはね、とっても大きくて強い船を持ってるんだ。それに乗せてもらってるんだよ」
「あぁ、成程な」

一人で旅をしてるんじゃないか……なんて思ったが、どうやら『お兄ちゃん』とやらと一緒らしい。
まぁ、そりゃそうか。こんなに小さい子が一人で旅なんて無理があるよな。それに自分より大きい人が一緒なら少しは安心出来るだろう。どうやら余計な心配だったようだ。

「……あ!いけない!そろそろ船に帰らなきゃ!」

マーメイドは何かを思い出したような仕草を見せて、魚の鰭でヒョコヒョコと器用に海の方へと歩み寄った。
そろそろ帰ろうとしてるようだが、そうした方が良いだろう。暗くなると色々と物騒だし、『お兄ちゃん』とやらも心配しているだろうからな。

「ウシオニさん、助けてくれてありがとう!バイバ〜イ!」
「おう!気をつけて帰るんだぞ!」

華麗に海へと跳び込み、何処かへ泳いで行ったマーメイドの後姿を俺は手を振りながら見送った。
……あ、名前聞くの忘れた。まぁいいか。

「さて、俺も帰るか」

マーメイドの姿が見えなくなるまで見送った俺は、再び船に向かって歩み始めた。
程無くして我が船の下まで着いて、甲板に上ろうとした瞬間……。


「あ、奈々!よかった……すぐ近くにいたのね」
「おう、美知代。たった今帰ってきたところだ」


船の甲板からヒョコッと美知代が顔を出した。
だが、あの様子からして俺を探していたように見えるが……何かあったのか?

「で、どうしたんだ?何かあったのか?」
「ええ、別に大騒ぎするほどでもないけど……ルト君が奈々に話があるって言ってたわ」
「……ルトが?」

俺に話だと?これまた唐突だな……。
だが……その話ってのは何なんだ?もしや、ようやく自分の過去を話す気になったのか?それとも、別の問題でも……?

「奈々、とにかくルト君に会いに行ってあげて。あの子なら貸してある部屋にいるから」
「おう、今行く!」

まぁとにかく、先ずはルトに会いに行ってやらないとな。
そう思った俺は、ルトが待っている部屋へと向かう事にした……。



===========



「ルト、俺だ。美知代に言われて来たぞ」
「あ、はい。どうぞ」

ルトの部屋のドアをノックすると、部屋の奥からルトの声が聞こえた。そして俺は言われた通り、ドアノブに手を掛けて部屋の中へと入った。


ガチャッ!


「よっ!」
「あ、奈々さん、お帰りなさい」
「おう、ただいま!」

部屋に入ると、ベッドに座ってるルトがペコリと頭を下げて出迎えてくれた。
しかし、お帰りか……自分の帰りを待ってる人がいるってのは、ありがたいもんだなぁ……。
おっと、今はそれどころじゃなかったな。

「すみません奈々さん。急に呼び出したりなんかして……」
「気にすんなよ!俺に話したい事があるんだろ?だったら何処へでも出向いてやるさ!」
「あはは、ありがとうございます」

明るい笑みを浮かべたルトを見た瞬間、こいつも変わってきたのだと実感した。
前まではこうして普通に話す事も無かったが……今思えば大した進歩だと思うよ。少しでも距離が近付いただけで何よりだ。

「……さて、早速本題に移るが……俺に話ってなんだ?」
「あ、はい……」

ルトの隣に座って話を切り出すと、ルトは緊張した面持ちで口を開いた。

「いきなりですけど……僕の過去について話したいのです。あの日……海で奈々さんに助けられる日までの事を……」

……予想通りだ。ルトの話ってのは、どうやら自分の過去の事らしい。
何がきっかけなのかは知らないが、今日になってようやく自ら話す勇気が出たようだ。

「……話す気になったのか?」
「はい」
「言っとくが、無理する必要は無いんだぞ?」
「いえ、もう覚悟を決めました。僕は……一番最初に奈々さんに聞いて欲しいのです」
「そうか……よし!しっかり聞いててやるからな!」

一番最初に聞いて欲しい……それって、俺を信頼してるって解釈してもいいだろう。
そう思うと心底嬉しく思う。

……そうだ、話を聞く前に一応見ておくか。

「すまんがルト、話す前にちょいと身体を見せてくれないか?」
「え!?な、なんで……?」
「いや、痣の方は癒えてきたかどうか気になってな……ダメか?」
「い、いえ、見たいのなら……」
「そうか。そんじゃ、失礼するぞ〜」

今思い出したが……ルトの痣の具合はどうか気になったから見てみる事にした。初めて会った時は酷い状態だったが、果たして今は……。

「……お!大分良くなってきたな!これならもうすぐ治りそうだ!」
「は、はい……」

服を捲り上げると、身体の痣はかなり癒えていた。赤黒さはすっかり消えて、元の肌色に戻ってきてる。
武吉の薬がかなり効いてるようだ。これならあと一日から三日くらいで完治できる。

「いやぁ、よかったよかった!これならすぐに治りそうだな!」
「あ、あの……」
「……あ!す、すまん!見世物じゃないよな!」

ルトが困った表情を浮かべているのに気付き、俺は慌ててルトの服から手を離した。
しまった……ジロジロと見ていいもんじゃないのに……俺の馬鹿……。

「い、いえ!その……何とも思わなかったのですか?」
「え?な、何ともって?」
「その……こんな痣だらけの身体、醜いとか、気持ち悪いとか思わないのですか?」

そう話すルトは心配そうな表情を浮かべていた。
……成程な。そう言う事か。

「何言ってんだ?お前の身体は醜くないし、気持ち悪いとも思わない。初めて見た時だって、そんな事は微塵も思わなかったよ」
「本当ですか……?」
「当たり前だろ?俺からしてみればな、お前に酷い仕打ちを与えた奴の方がよっぽど醜いさ。そいつが目の前に現れた暁には、原型が分からなくなるまでボコボコに殴ってやるぜ!」


話しているうちに自然と怒りが込み上げられてきた。ルトにむごたらしい暴力を振るった、名前も顔も知らない腐れ野郎に……!
仮にも会う機会があるんだったら、ルトへの仕打ち以上に酷い目に遭わせてやりてぇ!そうでもしないと俺の気が済まない!


「あの……その人の事なんですけど……」
「……やっぱり、お前の親なのか?」


すると、ルトが怖ず怖ずと話を切り出した。
そうだ……今は怒ってる場合じゃない。ちゃんとルトの話を聞かないとな。

「いえ、僕を叩いたのは血の繋がった家族ではないのです」
「え?どういう事だ?」
「はい、僕を殴ったり蹴ったりしたのは……教会の男なんです」
「教会の男?」

ルトの答えは予想の斜め上を行くものだった。
てっきり犯人はルトの親だと思ってたが……どうやら違うようだな。
だが、話を聞いてどうも引っかかる。実際に血の繋がった両親は居ないのか?
それに、教会に勤めてる男が虐待なんて……神に仕える人間のやる事とは思えない。

「実は僕……物心が付く前から父と母が死んでしまったらしいのです」
「え?死んだらしいって……ハッキリと憶えてないのか?」
「はい、気付いた時には教団の人たちが運営してる教会で暮らしてました。本当の親の記憶も無くて……教会の人の話によると、僕の親は数年前に事故で他界したらしいのです。それで、教団の人が孤児になった僕を引き取ったと聞きました」


つまり……ルトは孤児だったって訳か。しかし、生まれてすぐに家族が亡くなるなんて……相当辛かったんだろうな……。


「そうだったのか……なぁ、教団の教会で暮らしてたって事は、ルトは反魔物領で生まれ育ったのか?」
「えっと……反魔物領とか、そういうのはよく分からないのですが、少なくとも魔物への敵対心はかなり強かったですね」
「やっぱりな」


初めて会った時のあの反応から少しは察したが、予想通り反魔物領で生まれ育ったらしい。今でこそ誤解は解けたが、その故郷で魔物の悪い噂を吹き込まれたようだ。
だが、肝心なのはここからだ。何故ルトは虐待を受けてたのか、何故海を彷徨ってたのか……そこが一番大事なところだ。


「それで、一年くらい前から……教会の男による本格的な教育が始まったのです」
「教育?勉強か何かか?」
「はい、それなんですけど、実は……その……」
「?」

どうしたものか、ルトはそれから先を話すのを躊躇っている。
これから先を知られるのを恐れてきたのか……だが、話してもらわないと分からない。

「ルト、お前の過去は全部聞いてやる。どんな事でも受け止めてやるから、怖がらずに話してみろ」
「は、はい……」


ルトの目を力強く見つめて断言してみせる。暫く質問に答えるのを躊躇ってたルトだが、やがて意を決したのかハッキリとした口調で答えた。





「実は僕……教団の勇者なんです!」




「おぉ、そうなのか……って、は?」
「だから、僕……完全ではないですけど、主神の加護を受けた勇者なんです!」


……勇者?ルトが?マジで?


「……それ、マジかよ?」
「はい!とても弱い上に魔術も使えないけど、勇者として育てられてたのです!」

一瞬だけ冗談なのかと思ったが、ルトの目は何時に無く真剣だ。それに冷静に考えてみたら、ルトがこんな事を冗談で言う訳ないか。
だが、これは予想外だな。まさかの勇者とは……失礼かもしれないが、とてもそうは見えないけどな。

「…………」
「……あ、その……とりあえず続けてくれないか?」
「は、はい」

ルトは心なしか怯えた表情で俺を見つめていたが、とりあえず話を進める為に先を促した。

「一年前……教会の男の人から何の前触れも無く『お前は魔物を打ち倒す勇者となるのだ』と言われて、とても辛い修行を強いられました。それで失敗する度に身体を蹴られたり、口答えなんてした時も殴られたり、何度も何度も……」

そう話すルトの表情は明らかに歪んでる。きっと過去の辛い日々が頭の中で蘇ってるのだろう。
だが、何度も蹴るとか殴るとか……普通の教育の過程でやる事じゃないだろ!?失敗しただけで暴力を振るうとか腹が立つ!

「しかも……その暴力は修行の時だけではなかったのです。お酒を飲んで酔っ払ってた時とか、不機嫌な時なんかは理由も無く一方的に殴ってきて……僕が『止めて』って言っても、『うるさい!口答えするな!』と言われて……」
「……なんて野郎だ……!」

話を聞くうちにまたしても怒りが込み上げられてきた。
人を貶したり罵ったりするのはあまり良くない。それは分かってるが……これだけは言える。
ルトが言ってる『教会の男』は……とんでもないクソ野朗だ!!

「それでも僕は……勇者になるように頑張りました。僕さえ立派な勇者になれば、あの人も殴ったり蹴ったりするような事はしなくなると思いました。毎日頑張って、我慢して……」
「ルト……」
「でも……ある日、偶然にも聞いてしまったのです……」

話を続けるうちに……ルトの目に涙が溜まってきてるのが見えた。
ルト……本当は話すだけでも辛いのに……頑張って話してるんだな……。

「夜遅くにトイレに行ったら……あの人が個室で自分の部下と話をしているのが聞こえたのです。ダメだと分かってても、思わず耳を傾けたら……あの人は信じられない事を話してたのです」
「信じられない事?」
「はい……あの人は……」



ルトは途中で話すのを止めたが……やがて搾り出すように言葉を発した。




「僕は勇者として使えそうにもないから……奴隷として他の国に売り渡すって……!」
「はぁ!?」



……確かに信じられない……。
引き取っておいて……暴力を振るっておいて……。
奴隷だと?売り渡すだと?


ふざけんなよ!人をなんだと思ってやがる!


……怒りに任せて腹の底から叫びたかったが、そんな真似をしたらルトを困らせてしまう。
今はルトの話を最後までキチンと聞く。それがルトの為に出来る事だ。


「怖くなった僕は……あの人に気付かれないようにこっそりと教会から逃げ出しました。でも、他に行く宛ても無くて、それでも見つからないように逃げ回ってたら、最終的には浜辺に辿り着いたのです。そこで偶然にも小船を見つけて……」
「それで海へ出て……俺たちと出会ったって訳か……」
「はい……」

成程な……ようやく全部知る事が出来た。何故ルトは海を彷徨ってたのかも、身体の痣の原因も、そしてルトの正体も全部……。
だが、ルトを虐待したクソ野朗への怒りは消えない。ルトを酷い目に遭わせた男だけは……絶対に許せない!


「……う……ひっぐ、ぐす……」
「……ルト?」


突然、ルトが嗚咽し始めた。ボロボロと涙を流して、力なくうな垂れている。
まさか……過去の辛い日々を思い出して耐えられなくなったのか?


「どうした?大丈夫か?」
「うぐっ……ごめんなさい……怖くなって……」
「……思い出しちまったのか?」
「違います……僕……」

虐待を受けてた時を思い出して泣いてるのかと思ったが、どうも違うらしい。
それじゃあ、一体何故……?


「奈々さんに、ひっく……嫌われるのが怖くて……」
「……は?」


嫌われるって……俺に?


「いや、なんでそうなるんだよ?」
「だって、僕……魔物を倒す勇者だったから……奈々さんたちのような……ぐすっ……魔物を倒す修行をしてたって知られたら……嫌われると思って……ひぐ、うぅ……」
「…………」
「今まで話さなかったのも……避けられるのが嫌で……急に嫌われると思うと……話すのが怖くて……」


……そうだったのか……。
ルトは恐れていたんだ。自分の過去を話して、俺たちから忌み嫌われるのを……。
だが、ルトは俺の想像以上に辛い日々を送っていたんだ。理不尽な暴行を受けて、挙句の果てには奴隷扱い……本当に苦しかっただろうな。
……こんなに小さい身体で……抱え込んでたんだな……。


「ルト……」
「え……ひぃっ!」


手を伸ばすと、ルトは怯えた様子で身を竦めた。
殴られると思ったのだろうか。だが……俺はそんな真似は絶対にやらない。



「……よく話してくれたな……」
「え……」


俺はルトを引き寄せて……その小さな身体を抱きしめた。
離れないように強く、そして痛めないように優しく……。


「分かるぞ……話すだけでも辛かっただろ?それでも最後まで必死に耐えて……ホントによく頑張ったよ。お前は強いな……」
「ひぐ……う、ひっく……」

耳元で優しく話しながら、ルトの背中を優しく摩った。それに対してルトは抵抗もせずに抱きしめられたまま嗚咽している。

「勇者だったからなんだってんだよ?んな事どうでもいいじゃねぇか。俺はお前を嫌ったりしねぇよ」
「うぅ……奈々さん……」
「寧ろさ……その……ちょいと照れ臭いがな……」


俺はルトと目を合わせて、やんわりと……尚且つハッキリと言った。


「俺の下に現れてくれて……勇気を出して話してくれて……ありがとう!」
「……奈々さん……う、ひぐ……ぐす……ひ、うぅ……」


我慢出来なくなってきたのか、大量の涙を流し続けている。そんな状態のルトを、俺は再び優しく抱きしめた。


「泣いてもいいぞ……我慢なんかするな……」


俺の一言を皮切りに、ルトは俺を抱き返して咽び泣き始めた。
何も言葉を発さず、涙を流し続けて……。


「うぁあ!う、うぅっ!ぐすっ!」
「……お前は偉いよ。よくやったな……」


……泣き止むまで待とう。
そう思いながら、俺はルトの頭を優しく撫でた…………。



〜〜〜数分後〜〜〜



「……落ち着いたか?」
「……はい……ごめんなさい……」
「謝らなくていいさ」

思いっきり泣いてようやく落ち着いたようだ。目が真っ赤になったものの、涙は流れてこなくなった。
まぁ、何はともあれルトの過去について色々と知れてよかったよ。ルトの方もやっと全てを話せて、肩の荷が下りただろうな。
とりあえずルトは暫くこの船に居た方が良いか。一人で知らない国へ置いて行く真似も出来ないし。
……いや、寧ろずっと船に居させるのもいいか。正直、ルトと離れるのは物凄く寂しいし……。

「ま、暫くはこの船に居ればいいさ。なんだったら、このまま俺らの仲間になっても……」
「……あの、奈々さん……」
「ん?」

……と思ったら、ルトはまた何か言いたい事でもありそうな様子を見せた。顔を俯かせたまま気まずそうにしている。

「えっと、その……僕……」
「なんだよ?遠慮しないで言ってみろよ」
「は、はい……」

とりあえず話を促してみると、ルトは恥ずかしそうに顔を赤く染めながら俺を見つめて口を開いた。

「実は、その……」

……てか、なんだよこの雰囲気は?
よく考えたら、今はルトと二人っきりだよな?しかもルトのこの表情……まるで……。

「ぼ、僕……実は……」
「あ、あぁ……」


リンゴの様に顔を真っ赤に染めたまま、ルトは徐に口を開き……。



ドォン!



「奈々!大変よ!」


……と、雰囲気をぶち壊すようにドアが開かれて美知代が乱入してきた。


「……あのな、部屋に入る時はノックくらいしろよ。常識だろーが」
「分かってるけど、今はそれどころじゃないのよ!」


何時も冷静さを保ってる美知代がここまで慌てるとは……どうやら緊急事態発生って奴か?

「そんなに慌ててどうしたんだよ?」
「それが、教団の船がこっちに近付いてるのよ!きっちりと武装までして、私たちを打ち倒す気よ!」
「……ほう……」

それで慌てて俺に知らせに来たのか。
これまでに幾多の同業者たちと海上で戦ってきたが、教団が挑んでくるのは初めてだ。とうとう俺らもそれなりに危険視されてきたのかもしれないな。

「これからどうする……って、聞くのは野暮よね」
「当たり前だ。逃亡なんて無意味だ。速攻で返り討ちにしてやるよ」
「そう言うと思ったわ。それじゃあ私は先に行って、船を島から離陸させるよう仲間たちに指示を出しておくわ」
「おう、頼んだぞ!」

美知代は駆け足で部屋を出て行き、そのまま船の外へと走り出した。
しかし、教団か……今まで戦ってきた海賊共とは明らかに違う。気を引き締めて戦わないとな。

「よし!ルト、戦闘が終わるまで此処で待ってろ!」
「あ、待ってください!」

一旦武器を取りに行こうと自室へ向かう俺をルトが呼び止めた。

「あの……せめて見送らせてくれますか?」
「え……?」
「僕……本当に弱くて、戦場に出ても足手まといになるけど……せめて奈々さんの背中を見送りたいんです!」

そう話すルトは真剣な表情を浮かべていた。
この顔……本気で言ってるようだな。俺としては危険な場所に居させたくはないんだが……その意思を無碍には出来ない。

「……分かった、付いて来い。だが、危なくなったらすぐに隠れろよ」
「はい!」

そして俺とルトは駆け足で部屋を出て行った……。



===========



自室に置いてあった鉄砕棍を取りに行った後、俺とルトは船の外に出て美知代と武吉の下へ着いた。どうやら美知代が仲間たちに指示を出してくれたお陰で、船は既に無人島から離れたようだ。

「待たせたな!今来たぞ!」
「あ、奈々!ほら、あれよ!」
「ほう……あれか……」

美知代が指差した先には、俺たちの船と同じくらいの大きさを誇る船がこっちに向かって進んでいた。白と青を強調してるデザインに、マストの先には十字架の旗……いかにも教団らしい船だ。



「ふはははは!魔物共!貴様らの悪事もそこまでだぁ!賊行為を働く下種者はこのモーガン・ギルフが成敗してくれる!」



そして教団の船の甲板には、ちょび髭を生やした黒髪の男が立っていた。その傍らには兵士と思われる男がズラリと並んでいる。完全に戦闘の準備を整えて来たようだ。

「教団本部からの報告によると、貴様らがここら一帯で暴れまわってると聞いた!わざわざ遠い国から船を出して来たからには、貴様らには此処で沈んでもらうからな!」

あのちょび髭の男はモーガンと言うらしいが……どうやらあいつが敵の親玉みたいだな。見た感じ戦闘には慣れていそうな風貌だが、実力は果たして……。
おっと、それよりルトを安全な場所へ行かせないとな。


「よし、ルト。此処まで見送ってくれれば大丈夫……」
「あ……あ……」

ルトの方へ振向くと、なんだかルトの様子がおかしい事に気付いた。顔を真っ青に染めて怯えた表情を浮かべているし、身体まで小刻みに震えてる。
どうしたんだ……?敵を目の当たりにして急に怖くなったのか?

「ルト、どうしたんだよ?」
「う……うぁあ!」
「おっと!?」

ルトの肩を軽く叩いて呼びかけると、ルトは突然俺の衣服にしがみ付いてきた。
……この反応……尋常じゃないな。一体どうしたってんだ?

「なぁ、どうした?具合が悪くなったか?」
「…………あの……」
「ん?」
「…………あの人……」

ルトは俺にしがみ付いたまま震えた手でとある人物を指差した。
その先には、敵船の甲板に立ってるモーガンが……。

「……あの人……です……」
「え?」
「あの人なんです……」
「いや、何が?どうしたんだよ?」


ルトは……怯えた表情で俺を見上げて言った。




「あのモーガンって人が……僕を殴ったり蹴ったり、他の国へ売り飛ばそうとした人です!」




「な、なんだって!?」


驚きを隠せないでいた俺は思わず敵船に居るモーガンへと振向いた。

「あいつが……!」

モーガンの顔を見た瞬間に、己の内から怒りがグツグツと煮えたぎってきた。
さっき部屋でルトが話してた『教会の男の人』ってのは、あいつの事だったのか!
ルトに暴力を振るったのも、奴隷として売り飛ばそうとしたのも、全部……あいつが……!

……話を聞いた時にはぶん殴りたいと思ったが、まさか自ら此処まで来るとはなぁ!
良いタイミングだ!此処で成敗してくれる!

「……武吉、ルトを頼む」

武吉にルトを託し、仲間たちの群れを掻い潜って自ら前へ歩み出る。そして俺はモーガンに向かって大声で怒鳴った。


「おうコラ!そこのクソ野朗!」
「……む?」


モーガンはしかめっ面を浮かべたまま俺を睨み返したが、俺はモーガンに向かって……怒りのままに怒号と飛ばした。



「テメェのその面……俺が叩き潰してやる!!」
13/02/23 22:43更新 / シャークドン
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■作者メッセージ
と言う訳でルトの正体は勇者でした(なりかけだけど)
泣きじゃくる少年を優しく抱きしめる姉御肌の姐さん……一度書いてみたかったシチュエーションでもありますw

そして次回はモーガンとの決戦!ルトを守る為に奈々が大暴れ!の予定です。
では、読んでくださってありがとうございました!

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33