第二章
「ピュラ、速く速く!」
「待ってよ、お姉ちゃん!そんなに急がなくてもいいじゃん!」
私は今、ピュラを連れてカリバルナへ向かっている。後ろからピュラが抗議の声を上げているけど、あの場所に行けると思うとつい速く泳いでしまう。
昨日、人間の男性とネレイスの夫婦の儀式を執り行った時、ネレイスの方がカリバルナの出身である事を聞いた。そして儀式を執り行った後、ネレイスの方はお礼としてカリバルナの場所を教えてくれた。
もしかしたら、またキッドに会えるかもしれない。そう思った私は早速カリバルナに直行する事にした。
「ねぇ、お姉ちゃん。カリバルナって『海賊の国』って呼ばれてるんでしょ?本当に大丈夫なの?」
私の隣に追いついたピュラは少し心配そうな表情で訊いてきた。
「大丈夫ですよ。カリバルナの海賊は罪のない人たちを襲わない良い海賊なんです。なんたって、その海賊の船長はキッドなんですから。前にも話しましたけど、キッドは優しくて、カッコよくて、笑顔が素敵で、それで……」
「お姉ちゃん!惚気話は程々にしてよね!」
「…………ごめんなさい」
ピンク色モード全開の私にピュラの容赦無い体裁が入る。
こんなところ、キッドに見られたら笑われるよね……。
心では反省しても、あの場所に行けると思うと、つい顔がにやけてしまう。そんな私を見て、隣にいるピュラは呆れたように首を振っている。
もし、また会えたら何を話そうかな……。
泳ぐスピードを落とすことなく、私はキッドに会った時の事を考えていた。
私の事、覚えてくれているかな?
あのペンダント、大事にしてくれているかな?
もしかして、誰か別の人と結ばれたのかな?
そんな不安が頭を過る。でも、今はそんな事を思うのは止めよう。今はとにかくカリバルナに行かなきゃ。考えるのを止めて、私は泳ぐ事に専念する。
すると…………。
「キャー!」
「いやー!」
「みんな、逃げて!中層へ、速く!」
突然、女の人の悲鳴が聞こえた。突然の事で私とピュラは思わず止まり、悲鳴が聞こえた方を向いた。そこで見た思わぬ光景に私は息を呑んだ。人魚たちが、我先にと海の奥へ逃げていたのだった。海上を見上げると、ガラの悪い人間の男たちが船から人魚に向かって銃を乱射していた。
どうしてこんな事を?
私がそう思っていると、船に乗っている男たちが私たちの存在に気付いた。
「おい、あっちにもいるぞ!」
「何だ?片方はまだガキンチョじゃねぇか」
「構うもんか、人魚である事に変わりはない!」
すると、船に乗っている男が銃を向けてきた。その先には……。
「ピュラ、危ない!」
咄嗟にピュラを抱きしめるように庇った。その刹那、銃声と共に背中に鈍い痛みが走った。
「お姉ちゃん!」
ピュラの叫びが私の頭に響いた。同時に、海上から男たちの歓喜の声が聞こえた。私の腕の中でピュラが必死になって何度も私を呼んでいた。でも、その声が徐々におぼろげに聞こえ、力が自然と抜け、意識が朦朧としてきた。
「ピュ……ラ…………逃げ………………て…………」
それでも懸命に力を振り絞り、ピュラに逃げるように言う。
もう……だめ…………ピュラ……あなただけでも……逃げて……………………。
私の意識は、そこで途切れた。
******************
「野郎ども! 念願のカリバルナだ!思う存分楽しめよ!!」
「ウォォォォォォ!」
俺は故郷のカリバルナに到着した。今回の旅は一カ月の時を経たが、カリバルナは相変わらず平穏な雰囲気が出ていた。そして俺たちを温かく出迎えてくれる住民たちも相変わらず元気だった。
「海賊のみなさーん! お帰りなさーい!」
「キャー!キャプテン・キッド!こっち見てー!サインしてー!」
「かっこいいなぁ……僕もいつか、こんな海賊になるぞ!」
住民たちから黄色い声援が送られてくる。
故郷に帰る度にこんな歓迎をされるが、少し照れくさくて未だに慣れない。
「お帰り、キッド。今回の旅はどうだった?」
「おかえりなさい。長旅で疲れたでしょ?思う存分休んでね」
住民たちが見守っている中、この国の王、もとい俺の叔父さんであるルイス・スロップさんと、叔父さんの妻であり、この世界の魔王の娘、リリムでもあるアミナ・スロップさんが温かく迎え入れてくれた。
「お久しぶりです、国王様、王妃様。このような手厚い歓迎をしていただき、誠に感謝しております」
「おいおい、敬語とその国王様、王妃様と言うのは止めてくれと言ったじゃないか。私たちは家族の様なものだ。そんなに畏まる必要なんかないだろ?」
「まぁそうだが、一応叔父さんは国王だし、やっぱり挨拶はキチンと言っておかないと。何よりも……叔父さんは俺の……恩人だからな」
「……立派になったな、キッド……」
叔父さんはまるで、我が子の成長を喜ぶ親の様に優しい笑顔で俺を見ていた。
……何というか……性に合わないことを言うのってスッゲェ恥ずかしい…………。
叔父さんの優しい笑顔に気恥ずかしくなり、俺はつい視線を逸らした。
だが、俺にとって叔父さんは掛け替えのない存在。それは嘘じゃない。
この親魔物国家であるカリバルナは俺が生まれるずっと前から反魔物国家として有名な国だった。だが、当時国を治めていた教団の力による制圧に不満を持っていた住民たちも多く、その中には魔物と共に暮らしても良いのではないか?と考える人も少なくは無かった。だが、間違ってもそんなことを口走ってしまったら、教団の連中に容赦なく殺されてしまう。住民たちの誰もが教団の連中に殺されることを恐れ、教団の教授に従わざるを得なかった。
そんな時、教団に立ち向かおうと一人の男と一人の魔物が手を取り合って呼びかけた。それが元海賊であり、後にカリバルナの国王となる俺の叔父であるルイスさんと、旅の途中で出会い、叔父さんの強い意志に惹かれて妻となったリリムのアミナさんだった。叔父さんたちは、カリバルナの住民たちに自分の意思を貫く勇気を説き伏せ、共に力を合わせて教団に立ち向かい戦う決意を促した。叔父さんたちの意思に心を打たれた住民たちは、それぞれ武器を携えて共に闘う道を選んだ。突然の反乱により、教団の連中は大混乱。更には敵側に魔王の娘であるリリムが付いていると聞いた途端、教団の連中は戸惑いを隠せなかった。そして激闘の末に、教団の連中を国から追い出すことに成功。新しく親魔物国家として生まれ変わったカリバルナが誕生した。この戦いで出た犠牲者は決して少ないとは言い切れない程の数だった。だが、それでも誰もが戦う勇気を与えてくれた叔父さんたちを称え、誰もが叔父さんをカリバルナの国王に選んだ。
俺の両親も父、母共にこの戦いで戦死してしまった。両親が亡くなったと聞いた時、俺は泣いた。涙が枯れるまで泣いた。悲しんでも悲しみ切れなかった。
そんな俺を優しく抱きしめながら叔父さんはこんなことを言ってくれた。
『君の両親が亡くなったのは全て私のせいだ……許して欲しいとは言わない……償い切れないことも分かっている……だが、それでも私は君に償いたい……だから、償わせてくれ……君の両親を死なせてしまった罪を……私に…………』
その後、俺は叔父さんの下に預けられ、大切に育てられた。叔父さんはまるで自分の子供のように可愛がってくれた。時には叱られることもあったが、俺の為に叱ってくれていることが伝わってきた。
こんな俺を大切にしてくれた叔父さんには今でも心から感謝している。例え俺の両親が亡くなった原因が叔父さんだとしても、俺は叔父さんが憎いと思ったことは一度もない。
俺にとって叔父さんは、父親の様な存在だから。
俺が叔父さんの後を継いで海賊になるって言った時も、叔父さんは喜んでくれた。
実は俺の海賊船、ブラック・モンスターは叔父さんがカリバルナの船大工たちを集結させて、一から造ってくれたものだ。しかも叔父さんは船だけじゃなく、かつて自分が愛用していた長剣とショットガンまで俺に譲ってくれた。さらに、俺が今こうして帰ってくる度に手厚い歓迎をしてくれている。
こうした海賊への援助に精を尽くしていることから、カリバルナは『海賊の国』と呼ばれるようになった。反乱の一部始終が世界中に渡ったためか、それ以来教団の連中はカリバルナを襲おうとはしなかった。誰もが叔父さんの武勇と魔王の娘であるアミナさんの脅威に恐れをなし、自ら進んで襲う気にはなれなかった。そのおかげで、カリバルナには人間だけでなく魔物の住人まで増えてきて一層豊かな国になってきた。
俺が海賊になるきっかけも、叔父さんの影響を受けたからだったな……。
「キッド、これから行きたい所があるんだろう?」
叔父さんの言葉に、考え事をしていた俺は我に返った。
「あ、ああ……って言うか、叔父さんは分かるのか!? 俺がこれから行きたい場所がどこなのか!?」
「私を甘く見ないでくれ。何年君の成長を見てきたと思うんだ?それに君はここに帰ってきたら必ずあの場所に行くだろう?頻繁に行くところを見たら、誰だって気づくさ」
叔父さんには何でもお見通しってことか……。
そう、俺はカリバルナに帰ったら必ず『あの場所』へ行く。
忘れもしない、あの娘との思い出の場所に……。
「大広場での歓迎会までまだ時間があるから、速く行ってくるといいよ」
「ああ、ありがとよ叔父さん! 始まるまでには帰るから!」
叔父さんに礼を言った後、俺は駆け足で『あの場所』へ赴いた。
「ここも変わらないな……」
俺はぼんやりと白く光る砂浜を眺めていた。
ここは、俺にとって忘れもしない思い出の場所。あの娘と初めて会った場所だ。
ここに来るたびに、俺は5年前のあの日を思い出している……。
〜〜〜5年前〜〜〜
俺は叔父さんに頼まれて、砂浜のゴミ拾いをしていた。
ゴミと言っても、住人の人たちが捨てたものじゃなく、どこか別の国から流れてきたものばかりだ。それに大した量でもないからすぐに終わらせることができた。
そろそろ帰ろうかな……。
そんなことを思っていると、砂浜に赤い貝殻が埋まっていた。
この辺りでは珍しい色の貝殻だったから、俺は思わず貝殻を手にとって見た。
すると、貝殻に何か紐のようなものが付いていた。
これって……ペンダント?
そんな時、ふと前を向くと、砂浜に座り涙を流している女が見えた。
あれ……もしかして、あの娘……。
その女の下半身は普通の人間のものじゃなかった。エメラルド色の鱗が光り輝いている魚の下半身だった。
その時俺は、あの娘が人魚だと気付いた。
今まで人魚なんて見たことが無かったためどう接すれば良いか分からなかったが、あのまま放っておく気になれなかった俺は意を決して話しかけることにした。
「なぁ、アンタ……こんな所で何してるんだ?」
「え?あっ、あの……その…………あ……ああああ! それは!!」
突然声をかけられて口ごもっている人魚は、俺が持っているペンダントを見るなり、目を見開いて大声を上げた。
「なっ!なんだよ一体!」
「そ、それ!私のです!私のペンダントです!」
「え?これ?」
どうやら、この赤い貝殻のペンダントはこの人魚のものらしい。
つーか、いきなり大声上げるもんだからスッゲェビビった……。
っておわ!何だ!?足にしがみ付いてきた!
「お願いです!そのペンダント、返してください!それは私の大切なものなのです!」
「お、おい、ちょっと……」
「返してくれるのなら何でもします!だから、返してください!お願いします!お願いします!」
「待て!ちょっと待て!落ち着け!まずは落ち着け!って言うかとりあえず放してくれ!どこにも逃げないから!」
必死に懇願してくる人魚を俺は手のひらを前に出して宥めた。不安そうな顔を浮かべながらも、俺の足を放した彼女にペンダントを返した。
「そんなに怯えるなよ。俺は何も求めたりしない。これはアンタのだろ?」
「あ…………ありがとうございます……本当に……ありがとうございます!」
ペンダントを受け取った彼女は何度も俺に頭を下げた。
そう何度も礼を言われると、逆にこっちが申し訳ない気分になる。
「気にするなよ。次からは無くさないようにな」
「…………はいっ!」
人魚は満面の笑みを浮かべながら返事をした。心なしか、人魚の顔が赤くなった様な気がしたが……気のせいだよな、多分。
「あの……もしよければ、お名前を教えてくれませんか?」
「え?ああ……俺はキッド、キッド・リスカードだ」
「キッド……良い名前ですね。私、サフィアと申します」
これが俺と彼女との出会いだった。
話を聞くと、サフィアはシー・ビショップと呼ばれる人魚で、人間と魔物が結婚するための儀式を執り行うために各地を旅して回っているらしい。だが、このカリバルナに訪れた際、いつも首に掛けているペンダントがうっかり外れてしまい、数日に渡って無くしたペンダントを探していたとか。
何でも、幼い頃に病で倒れてそのままかえらぬ人となった母の形見らしく、辛いことや悲しいことがあった時に、ペンダントを見て幼い頃に言ってくれた母の励ましの言葉を思い出し自分自身を元気づけているらしい。
その日以来、俺は毎日のようにあの砂浜に向かいサフィアに会いに行った。
あの日、俺がサフィアのペンダントを見つけてやっと手元に戻った後も、旅に出るまで気を養うために数日の間カリバルナに残っていた。サフィアは海や世界の国々など、俺が知らないことを喜んで話してくれた。
そして、サフィアの話を聞くことが俺にとって何よりの楽しみとなった。
サフィアと過ごす時間は本当に楽しかった。
何時しか俺にとってサフィアは掛け替えのない大切な存在になっていた。
だが、そんな楽しい時間も長くは続かなかった。とうとうサフィアが旅立つ時がやってきた。
多くの人間と魔物の儀式を執り行う。それがシー・ビショップの役目。そんなことは分かっていた。
別れる時は何時か必ずやってくる。それも分かっていた。
だが、いざ別れの時が迫ってくると、今まで過ごしてきた時を思い出し、寂しいという気持ちを隠せなかった。
「あの……また会えますよね?」
「……ああ」
今にも夕陽が沈むであろう最中、俺は砂浜で隣に座っている彼女の言葉に答えた。
もうすぐ俺は彼女と離れ離れになる。
そんな想いが脳裏を過り、溢れ出そうな涙を必死に堪えた。
「これ……よかったら貰ってくれますか?」
そう言いながら彼女は俺に一つのペンダントを差し出した。
そのペンダントには青い貝殻が飾られてとても綺麗に光っていた。
「なぁ、これって……もしかして……」
〜〜〜現在〜〜〜
俺はあの日の思い出を頭に浮かべながら、首に掛けられたペンダントの青い貝殻の部分を握りしめた。
今思えば、人間と魔物は共に幸せになればいいと思うようになったのは、サフィアの影響だな。
もしかしたら、ここに来ればまたサフィアに会えるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながらも、俺は性懲りもなく何度もこの砂浜に来ていた。
と言っても情けないことに、サフィアと会った時のことなんか未だに考えてもいなかった。
海賊となった俺をサフィアはどう見るか?
そもそも、サフィアは俺のことを覚えてくれているだろうか?
もしかしたら、どこか別の男と幸せに暮らしているんじゃないか?
そんな思案に暮れながら俺はただ海の彼方を眺めた。
……ん?あれは……?
何か海からこっちに向かって泳いでくるのが見えた。目を細めて泳いでくるのが何かよく見てみた。
そこで俺はハッキリと見えた。泳いでくるものの上半身は人間の少女、下半身は魚。そう、見た目こそ幼いが、間違いなくマーメイドだった。
「はぁ、はぁ……はぁ……はぁ……」
幼いマーメイドは砂浜に着くと、仰向けになり大の字の姿勢になった。相当無理をして来たのか、激しく息切れしていた。
「お、おい、大丈夫か?」
疲労困憊しているマーメイドを見て俺は思わず片膝立てをして声をかけた。
マーメイドは徐に顔をこっちに向けた後、俺の姿を上から下までまじまじと見た。
「はぁ、はぁ…………ん……?あ!それ……!」」
突然、マーメイドが俺のペンダントを見て息を呑んだ。
……って、え?これ?
「ね、ねぇ、あなた、この国の人?」
マーメイドは突然起き上がって訊いてきた。
「あ、ああ、そうだが……?」
「そのペンダント、どこで手に入れたの?」
「ん?これか?これは貰ったんだ」
「誰に?」
「誰って……前にここで出会った人魚に……」
「その人魚の名前は?覚えてる?」
な、なんだ……?この子……?
間髪入れずに質問してくるマーメイドに戸惑いながらも俺は答える。
「忘れてなんかいない。その人魚の名はサフィアだ」
「……! ………………あの……あなた、お名前は?フルネームは?」
「……キッド・リスカード」
「……!!」
俺の名を聞いた途端、マーメイドは息を呑んだ。そしてボロボロと涙を零しながら俺の胸に飛びついてきた。
「お、おい、どうした?」
「お願い……助けて…………助けて……」
マーメイドは震えながらも俺に『助けて』と繰り返し言った。
このままじゃ何も分からない。俺はマーメイドの頭を優しく撫でながら泣き止むまで待った。やがてマーメイドが泣き止んだところで、俺はゆっくりと距離を取るようにマーメイドを体から離した。
「なぁ、お前、名前は?」
「……ピュラ」
「そうか、じゃあピュラ、落ち着いて話してくれ。助けてって、誰かに追われてるのか?」
俺の質問にピュラは首を横に振って否定した。
「ううん、私じゃないの……お姉ちゃんが……お姉ちゃんが……海賊に攫われたの」
「お姉ちゃん……?お前のお姉ちゃんが海賊に?」
「うん……海賊船の上から人間たちが海に向かって麻酔を撃ってきたの。それで、私が撃たれそうになった時、お姉ちゃんが私を庇ったせいで、代わりに海賊に連れて行かれたの……」
ピュラはまた涙を流しながら俺に飛びついてきた。
「ねぇ、お願い! お姉ちゃんを……サフィアお姉ちゃんを助けて!」
「……!!……今、サフィアって……!」
サフィアの名を聞いた途端、俺は驚きを隠せなかった。そんな俺に、ピュラは泣きじゃくりながらも懸命に話した。
「サフィアお姉ちゃんは……ぐすっ……パパとママが死んで……ひぐっ……一人ぼっちになった私を拾って……ひぐっ……旅に連れてってくれた……大切なお姉ちゃんなの……ひっくっ……ぐすっ……お姉ちゃんは……毎日私に……あなたの話を聞かせてくれたの……ううぅ……とてもかっこよくて……優しくて……素敵な人だって……毎日言ってた……ひぐっぐすっ……」
サフィア……俺のこと覚えててくれていたのか……
「ねぇ、お姉ちゃんを助けて! お姉ちゃん、あなたに会いたがっていたの! この国に行く時のお姉ちゃん、すっごく嬉しそうだった! 私、このままお姉ちゃんと離れ離れになるなんて嫌! でも、お姉ちゃんがあなたに一生会えなくなるのだって嫌! せっかく会えそうになったのに……このままじゃお姉ちゃん、海賊に殺されちゃうよ!」
顔を上げて訴えてくるピュラ。
その願いは……言われるまでもない。俺の決意に迷いは無かった。
「……もう泣くな、ピュラ。約束する、お前のお姉ちゃんは……サフィアは俺が必ず助ける!だから泣くな!」
「…………うん」
ピュラは涙を堪えながら力強く頷いた。
よし、ピュラ、お前は強い子だな。
俺はピュラを連れて急いでヘルムを始めとした仲間たちを港へ呼び集めた。目的地に到着してまだ間もない為か、誰もが疑問と不安の表情を浮かんだ。仲間が全員集まったのを確認すると、ピュラとヘルムを隣に連れて俺は一言切り出した。
「急に呼び集めちまって悪かったな。早速だが、お前たちに聞いてもらいたいことがある。」
俺は事の始まりを全て話した。5年前に出会ったサフィアのこと、隣にいるピュラのこと、そしてサフィアが攫われたことまで洗いざらい話し語った。俺が話している最中、仲間たちは驚きの表情を隠せなかった。
「船長にもそんな過去が……」
「だから今まで嫁を娶らなかったのか」
「船長って意外と一途なのね……」
「みんな、静かに。話はまだ終わってないよ。」
ヘルムが注意を促すことにより、仲間たちは落ち着きを取り戻し再び話を聞く姿勢に戻った。
「ありがとよ、ヘルム」
ヘルムに礼を言った後、俺は再び話した。
「俺は今すぐサフィアを助けに行く!だが、詳しい事までは分からないが相手は俺たちと同じ海賊、一筋縄で敵う相手じゃない。そこでお前らに頼みがある。お前らの中には故郷への帰省を機に、海賊を辞めて嫁さんと平和に暮らす奴が数人いる。それが分かった上での頼みだ。」
俺は一呼吸間を入れてから再び話を切り出した。
「俺の個人的な問題で、お前たちを巻き込みたくない。ましてや、お前たちの幸せを壊そうだなんて微塵も思っちゃいない。だが、情けねぇかもしれないが、それでも俺にはお前らの力が必要なんだ!」
俺は一歩踏み出し、言葉の一つ一つに力を込めながら言った。
「だから……俺に力を貸してくれ!これは命令じゃない!後生の頼みだ!」
俺は深く頭を下げた。
身勝手な我がままだってことは分かっている。だが、それでも俺はこいつらについて着て欲しい。
こいつらは、本当に頼りになる最高の仲間だから。
「話は聞かせて貰ったよ」
聞き覚えのある声に反応し、俺は頭を上げた。
仲間たちに道を開けてもらいながら俺の前に現れたのは、叔父さんだった。
「叔父さん……なんで……?」
「住民たちから聞いたんだ。君が仲間たちを呼び集めているってね」
そう言うと叔父さんは俺に一切れの紙をくれた。それはカリバルナを中心とした地図だった。
「ここを見てくれ」
叔父さんが指を差した所は、ここから北の位置にある小さな島であり、島が描かれている横の部分に赤い×印が書かれていた。
「この×が書かれている島は君が話した海賊が拠点として活動している島だ。この島は食べれるものが無い為、人間どころか魔物すら住んでいない、いわゆる無人島だ。しかも土地にするにはあまりにも小さすぎる。だからどの国もこの島を欲しがらなかった。それを良い事に海賊は真っ先にこの島を占拠したらしいんだ」
叔父さんは島の部分を指差しながら説明した。
……にしても……。
「叔父さん、なんでそんな事が分かったんだ?」
「実は三日前から被害の報告を聞いてね、あらかじめ部下たちに調べさせておいたんだ。どうやら奴らは海に出る度に人魚を襲っているらしい。会議を開いて対策を練るつもりだったんだが、もうそんな必要はないみたいだね」
叔父さんは仲間たちへ向き直り、話し始めた。
「私からも頼む。このままではカリバルナの海に住む魔物たちが危ない。キッドの為にも、この国の為にも、どうか力を貸してくれ!」
「……………………………………」
長い沈黙が辺りを支配する。
「僕は行くよ」
やがてその沈黙を消したのはヘルムだった。
「船長が行くなら、副船長はどこまでもついて行く。それが海賊の理だからね」
「ヘルム……」
「第一、極度の方向音痴である君を一人で行かせる訳にはいかないからね」
「ヘルム……っておい!」
俺は思わず突っ込んだ。その緊張感の無いやり取りが周囲を和ませ、やがて次々と仲間たちから声が上がった。
「我が命は船長の下にあり!この剣の名に誓い、どこまでもお伴致しましょう!」
「夫が戦場へ赴くならば、戦士の誇りを胸に、私も共に馳せ参じましょう!」
「砲撃と肉弾戦なら任せてくだせぇ!敵を木っ端微塵にしてやります!」
「……ふふっ!ここで夫を見放すようじゃあ酒が不味くなるってもんだ!アタイも行くよ!」
「ぼ、ぼ、僕も行きます!僕も頑張ります!」
「うぅ……怖いけど……ダーリンが行くなら、あたしも行くぅ!」
「以前ドジ踏んじゃった分、取り返してみせますよ!」
「私も行くわよ。船長さんとそのシー・ビショップとの関係、興味あるし♪」
戦闘員とリザードマン、砲手とアカオニ、キャビンボーイとワーラビット、弾薬運びとダークエルフ、それぞれの一組の夫婦を始めとする仲間たちが次々と参戦の意思を示した。
仲間が……俺の為について来てくれる……
自然と目頭が熱くなってきたが、今はまだ泣いて良い時じゃない。
「ありがとよ……お前ら、ありがとよ!」
俺はすぅ〜っと息を吸い込み、腹の底からの大声を出した。
「野郎ども!戦闘の準備を整えろ! 出発ができ次第、すぐに殴り込みに行くぞ! 人魚たちを襲うクソったれ共にひと泡吹かせてやるぞ!」
「ウォォォォォォォォォォォォ!!」
勢いのいい雄叫びの返事と共に、仲間たちは俺の愛船、ブラック・モンスターに乗り込み、それぞれ出港と戦闘の準備を始めた。
俺もすぐに乗りたいが、その前に言いたい事と、やりたい事がある。
俺はピュラの手を引いて、叔父さんの下に歩み寄った。
「叔父さん、この地図ありがとな!実は、あいつらがどこにいるのか分からなくて困っていたんだ」
「ふふ……それなのに何も考えずに仲間たちを呼ぶ。君のそのせっかちな性格は相変わらずだね」
「面目ねぇ……あ、それと、頼みがあるんだ」
俺はピュラを叔父さんの前に立たせた。
「この子を預かってくれないか?さすがに連れていく訳にはいかないからな」
「ああ、任せなさい。さぁ、おいで」
叔父さんは優しい笑顔でピュラに手招きした。ピュラは魚の足で器用に叔父さんのもとへ歩いた。
「…………」
ピュラは俺の方へ向き直り、不安そうな表情を浮かべながら俺を見つめた。
この子には、余計な心配を掛けさせたくない。
「さっき約束しただろ? サフィアは俺が必ず助ける。だから、笑って待っててくれよ!」
俺は親指をグッと立てて余裕の表情を見せた。
「…………うん!」
ピュラも笑顔で親指をグッと立てた。愛らしい笑顔を見た瞬間、俺の意思は更に固いものとなった。
……何としてでも助ける! この子のためにも!
「じゃあな!叔父さん、ピュラ!ちょっくらひと暴れしてくるぜ!」
俺は駆け足でブラック・モンスターに乗り込み、叔父さんがくれた地図で島の位置を確認。その方角へ視線を移し、声も届かぬ場所に向かって心の声を発した。
待ってろよ、サフィア!必ず助けてやる!
続く
「待ってよ、お姉ちゃん!そんなに急がなくてもいいじゃん!」
私は今、ピュラを連れてカリバルナへ向かっている。後ろからピュラが抗議の声を上げているけど、あの場所に行けると思うとつい速く泳いでしまう。
昨日、人間の男性とネレイスの夫婦の儀式を執り行った時、ネレイスの方がカリバルナの出身である事を聞いた。そして儀式を執り行った後、ネレイスの方はお礼としてカリバルナの場所を教えてくれた。
もしかしたら、またキッドに会えるかもしれない。そう思った私は早速カリバルナに直行する事にした。
「ねぇ、お姉ちゃん。カリバルナって『海賊の国』って呼ばれてるんでしょ?本当に大丈夫なの?」
私の隣に追いついたピュラは少し心配そうな表情で訊いてきた。
「大丈夫ですよ。カリバルナの海賊は罪のない人たちを襲わない良い海賊なんです。なんたって、その海賊の船長はキッドなんですから。前にも話しましたけど、キッドは優しくて、カッコよくて、笑顔が素敵で、それで……」
「お姉ちゃん!惚気話は程々にしてよね!」
「…………ごめんなさい」
ピンク色モード全開の私にピュラの容赦無い体裁が入る。
こんなところ、キッドに見られたら笑われるよね……。
心では反省しても、あの場所に行けると思うと、つい顔がにやけてしまう。そんな私を見て、隣にいるピュラは呆れたように首を振っている。
もし、また会えたら何を話そうかな……。
泳ぐスピードを落とすことなく、私はキッドに会った時の事を考えていた。
私の事、覚えてくれているかな?
あのペンダント、大事にしてくれているかな?
もしかして、誰か別の人と結ばれたのかな?
そんな不安が頭を過る。でも、今はそんな事を思うのは止めよう。今はとにかくカリバルナに行かなきゃ。考えるのを止めて、私は泳ぐ事に専念する。
すると…………。
「キャー!」
「いやー!」
「みんな、逃げて!中層へ、速く!」
突然、女の人の悲鳴が聞こえた。突然の事で私とピュラは思わず止まり、悲鳴が聞こえた方を向いた。そこで見た思わぬ光景に私は息を呑んだ。人魚たちが、我先にと海の奥へ逃げていたのだった。海上を見上げると、ガラの悪い人間の男たちが船から人魚に向かって銃を乱射していた。
どうしてこんな事を?
私がそう思っていると、船に乗っている男たちが私たちの存在に気付いた。
「おい、あっちにもいるぞ!」
「何だ?片方はまだガキンチョじゃねぇか」
「構うもんか、人魚である事に変わりはない!」
すると、船に乗っている男が銃を向けてきた。その先には……。
「ピュラ、危ない!」
咄嗟にピュラを抱きしめるように庇った。その刹那、銃声と共に背中に鈍い痛みが走った。
「お姉ちゃん!」
ピュラの叫びが私の頭に響いた。同時に、海上から男たちの歓喜の声が聞こえた。私の腕の中でピュラが必死になって何度も私を呼んでいた。でも、その声が徐々におぼろげに聞こえ、力が自然と抜け、意識が朦朧としてきた。
「ピュ……ラ…………逃げ………………て…………」
それでも懸命に力を振り絞り、ピュラに逃げるように言う。
もう……だめ…………ピュラ……あなただけでも……逃げて……………………。
私の意識は、そこで途切れた。
******************
「野郎ども! 念願のカリバルナだ!思う存分楽しめよ!!」
「ウォォォォォォ!」
俺は故郷のカリバルナに到着した。今回の旅は一カ月の時を経たが、カリバルナは相変わらず平穏な雰囲気が出ていた。そして俺たちを温かく出迎えてくれる住民たちも相変わらず元気だった。
「海賊のみなさーん! お帰りなさーい!」
「キャー!キャプテン・キッド!こっち見てー!サインしてー!」
「かっこいいなぁ……僕もいつか、こんな海賊になるぞ!」
住民たちから黄色い声援が送られてくる。
故郷に帰る度にこんな歓迎をされるが、少し照れくさくて未だに慣れない。
「お帰り、キッド。今回の旅はどうだった?」
「おかえりなさい。長旅で疲れたでしょ?思う存分休んでね」
住民たちが見守っている中、この国の王、もとい俺の叔父さんであるルイス・スロップさんと、叔父さんの妻であり、この世界の魔王の娘、リリムでもあるアミナ・スロップさんが温かく迎え入れてくれた。
「お久しぶりです、国王様、王妃様。このような手厚い歓迎をしていただき、誠に感謝しております」
「おいおい、敬語とその国王様、王妃様と言うのは止めてくれと言ったじゃないか。私たちは家族の様なものだ。そんなに畏まる必要なんかないだろ?」
「まぁそうだが、一応叔父さんは国王だし、やっぱり挨拶はキチンと言っておかないと。何よりも……叔父さんは俺の……恩人だからな」
「……立派になったな、キッド……」
叔父さんはまるで、我が子の成長を喜ぶ親の様に優しい笑顔で俺を見ていた。
……何というか……性に合わないことを言うのってスッゲェ恥ずかしい…………。
叔父さんの優しい笑顔に気恥ずかしくなり、俺はつい視線を逸らした。
だが、俺にとって叔父さんは掛け替えのない存在。それは嘘じゃない。
この親魔物国家であるカリバルナは俺が生まれるずっと前から反魔物国家として有名な国だった。だが、当時国を治めていた教団の力による制圧に不満を持っていた住民たちも多く、その中には魔物と共に暮らしても良いのではないか?と考える人も少なくは無かった。だが、間違ってもそんなことを口走ってしまったら、教団の連中に容赦なく殺されてしまう。住民たちの誰もが教団の連中に殺されることを恐れ、教団の教授に従わざるを得なかった。
そんな時、教団に立ち向かおうと一人の男と一人の魔物が手を取り合って呼びかけた。それが元海賊であり、後にカリバルナの国王となる俺の叔父であるルイスさんと、旅の途中で出会い、叔父さんの強い意志に惹かれて妻となったリリムのアミナさんだった。叔父さんたちは、カリバルナの住民たちに自分の意思を貫く勇気を説き伏せ、共に力を合わせて教団に立ち向かい戦う決意を促した。叔父さんたちの意思に心を打たれた住民たちは、それぞれ武器を携えて共に闘う道を選んだ。突然の反乱により、教団の連中は大混乱。更には敵側に魔王の娘であるリリムが付いていると聞いた途端、教団の連中は戸惑いを隠せなかった。そして激闘の末に、教団の連中を国から追い出すことに成功。新しく親魔物国家として生まれ変わったカリバルナが誕生した。この戦いで出た犠牲者は決して少ないとは言い切れない程の数だった。だが、それでも誰もが戦う勇気を与えてくれた叔父さんたちを称え、誰もが叔父さんをカリバルナの国王に選んだ。
俺の両親も父、母共にこの戦いで戦死してしまった。両親が亡くなったと聞いた時、俺は泣いた。涙が枯れるまで泣いた。悲しんでも悲しみ切れなかった。
そんな俺を優しく抱きしめながら叔父さんはこんなことを言ってくれた。
『君の両親が亡くなったのは全て私のせいだ……許して欲しいとは言わない……償い切れないことも分かっている……だが、それでも私は君に償いたい……だから、償わせてくれ……君の両親を死なせてしまった罪を……私に…………』
その後、俺は叔父さんの下に預けられ、大切に育てられた。叔父さんはまるで自分の子供のように可愛がってくれた。時には叱られることもあったが、俺の為に叱ってくれていることが伝わってきた。
こんな俺を大切にしてくれた叔父さんには今でも心から感謝している。例え俺の両親が亡くなった原因が叔父さんだとしても、俺は叔父さんが憎いと思ったことは一度もない。
俺にとって叔父さんは、父親の様な存在だから。
俺が叔父さんの後を継いで海賊になるって言った時も、叔父さんは喜んでくれた。
実は俺の海賊船、ブラック・モンスターは叔父さんがカリバルナの船大工たちを集結させて、一から造ってくれたものだ。しかも叔父さんは船だけじゃなく、かつて自分が愛用していた長剣とショットガンまで俺に譲ってくれた。さらに、俺が今こうして帰ってくる度に手厚い歓迎をしてくれている。
こうした海賊への援助に精を尽くしていることから、カリバルナは『海賊の国』と呼ばれるようになった。反乱の一部始終が世界中に渡ったためか、それ以来教団の連中はカリバルナを襲おうとはしなかった。誰もが叔父さんの武勇と魔王の娘であるアミナさんの脅威に恐れをなし、自ら進んで襲う気にはなれなかった。そのおかげで、カリバルナには人間だけでなく魔物の住人まで増えてきて一層豊かな国になってきた。
俺が海賊になるきっかけも、叔父さんの影響を受けたからだったな……。
「キッド、これから行きたい所があるんだろう?」
叔父さんの言葉に、考え事をしていた俺は我に返った。
「あ、ああ……って言うか、叔父さんは分かるのか!? 俺がこれから行きたい場所がどこなのか!?」
「私を甘く見ないでくれ。何年君の成長を見てきたと思うんだ?それに君はここに帰ってきたら必ずあの場所に行くだろう?頻繁に行くところを見たら、誰だって気づくさ」
叔父さんには何でもお見通しってことか……。
そう、俺はカリバルナに帰ったら必ず『あの場所』へ行く。
忘れもしない、あの娘との思い出の場所に……。
「大広場での歓迎会までまだ時間があるから、速く行ってくるといいよ」
「ああ、ありがとよ叔父さん! 始まるまでには帰るから!」
叔父さんに礼を言った後、俺は駆け足で『あの場所』へ赴いた。
「ここも変わらないな……」
俺はぼんやりと白く光る砂浜を眺めていた。
ここは、俺にとって忘れもしない思い出の場所。あの娘と初めて会った場所だ。
ここに来るたびに、俺は5年前のあの日を思い出している……。
〜〜〜5年前〜〜〜
俺は叔父さんに頼まれて、砂浜のゴミ拾いをしていた。
ゴミと言っても、住人の人たちが捨てたものじゃなく、どこか別の国から流れてきたものばかりだ。それに大した量でもないからすぐに終わらせることができた。
そろそろ帰ろうかな……。
そんなことを思っていると、砂浜に赤い貝殻が埋まっていた。
この辺りでは珍しい色の貝殻だったから、俺は思わず貝殻を手にとって見た。
すると、貝殻に何か紐のようなものが付いていた。
これって……ペンダント?
そんな時、ふと前を向くと、砂浜に座り涙を流している女が見えた。
あれ……もしかして、あの娘……。
その女の下半身は普通の人間のものじゃなかった。エメラルド色の鱗が光り輝いている魚の下半身だった。
その時俺は、あの娘が人魚だと気付いた。
今まで人魚なんて見たことが無かったためどう接すれば良いか分からなかったが、あのまま放っておく気になれなかった俺は意を決して話しかけることにした。
「なぁ、アンタ……こんな所で何してるんだ?」
「え?あっ、あの……その…………あ……ああああ! それは!!」
突然声をかけられて口ごもっている人魚は、俺が持っているペンダントを見るなり、目を見開いて大声を上げた。
「なっ!なんだよ一体!」
「そ、それ!私のです!私のペンダントです!」
「え?これ?」
どうやら、この赤い貝殻のペンダントはこの人魚のものらしい。
つーか、いきなり大声上げるもんだからスッゲェビビった……。
っておわ!何だ!?足にしがみ付いてきた!
「お願いです!そのペンダント、返してください!それは私の大切なものなのです!」
「お、おい、ちょっと……」
「返してくれるのなら何でもします!だから、返してください!お願いします!お願いします!」
「待て!ちょっと待て!落ち着け!まずは落ち着け!って言うかとりあえず放してくれ!どこにも逃げないから!」
必死に懇願してくる人魚を俺は手のひらを前に出して宥めた。不安そうな顔を浮かべながらも、俺の足を放した彼女にペンダントを返した。
「そんなに怯えるなよ。俺は何も求めたりしない。これはアンタのだろ?」
「あ…………ありがとうございます……本当に……ありがとうございます!」
ペンダントを受け取った彼女は何度も俺に頭を下げた。
そう何度も礼を言われると、逆にこっちが申し訳ない気分になる。
「気にするなよ。次からは無くさないようにな」
「…………はいっ!」
人魚は満面の笑みを浮かべながら返事をした。心なしか、人魚の顔が赤くなった様な気がしたが……気のせいだよな、多分。
「あの……もしよければ、お名前を教えてくれませんか?」
「え?ああ……俺はキッド、キッド・リスカードだ」
「キッド……良い名前ですね。私、サフィアと申します」
これが俺と彼女との出会いだった。
話を聞くと、サフィアはシー・ビショップと呼ばれる人魚で、人間と魔物が結婚するための儀式を執り行うために各地を旅して回っているらしい。だが、このカリバルナに訪れた際、いつも首に掛けているペンダントがうっかり外れてしまい、数日に渡って無くしたペンダントを探していたとか。
何でも、幼い頃に病で倒れてそのままかえらぬ人となった母の形見らしく、辛いことや悲しいことがあった時に、ペンダントを見て幼い頃に言ってくれた母の励ましの言葉を思い出し自分自身を元気づけているらしい。
その日以来、俺は毎日のようにあの砂浜に向かいサフィアに会いに行った。
あの日、俺がサフィアのペンダントを見つけてやっと手元に戻った後も、旅に出るまで気を養うために数日の間カリバルナに残っていた。サフィアは海や世界の国々など、俺が知らないことを喜んで話してくれた。
そして、サフィアの話を聞くことが俺にとって何よりの楽しみとなった。
サフィアと過ごす時間は本当に楽しかった。
何時しか俺にとってサフィアは掛け替えのない大切な存在になっていた。
だが、そんな楽しい時間も長くは続かなかった。とうとうサフィアが旅立つ時がやってきた。
多くの人間と魔物の儀式を執り行う。それがシー・ビショップの役目。そんなことは分かっていた。
別れる時は何時か必ずやってくる。それも分かっていた。
だが、いざ別れの時が迫ってくると、今まで過ごしてきた時を思い出し、寂しいという気持ちを隠せなかった。
「あの……また会えますよね?」
「……ああ」
今にも夕陽が沈むであろう最中、俺は砂浜で隣に座っている彼女の言葉に答えた。
もうすぐ俺は彼女と離れ離れになる。
そんな想いが脳裏を過り、溢れ出そうな涙を必死に堪えた。
「これ……よかったら貰ってくれますか?」
そう言いながら彼女は俺に一つのペンダントを差し出した。
そのペンダントには青い貝殻が飾られてとても綺麗に光っていた。
「なぁ、これって……もしかして……」
〜〜〜現在〜〜〜
俺はあの日の思い出を頭に浮かべながら、首に掛けられたペンダントの青い貝殻の部分を握りしめた。
今思えば、人間と魔物は共に幸せになればいいと思うようになったのは、サフィアの影響だな。
もしかしたら、ここに来ればまたサフィアに会えるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながらも、俺は性懲りもなく何度もこの砂浜に来ていた。
と言っても情けないことに、サフィアと会った時のことなんか未だに考えてもいなかった。
海賊となった俺をサフィアはどう見るか?
そもそも、サフィアは俺のことを覚えてくれているだろうか?
もしかしたら、どこか別の男と幸せに暮らしているんじゃないか?
そんな思案に暮れながら俺はただ海の彼方を眺めた。
……ん?あれは……?
何か海からこっちに向かって泳いでくるのが見えた。目を細めて泳いでくるのが何かよく見てみた。
そこで俺はハッキリと見えた。泳いでくるものの上半身は人間の少女、下半身は魚。そう、見た目こそ幼いが、間違いなくマーメイドだった。
「はぁ、はぁ……はぁ……はぁ……」
幼いマーメイドは砂浜に着くと、仰向けになり大の字の姿勢になった。相当無理をして来たのか、激しく息切れしていた。
「お、おい、大丈夫か?」
疲労困憊しているマーメイドを見て俺は思わず片膝立てをして声をかけた。
マーメイドは徐に顔をこっちに向けた後、俺の姿を上から下までまじまじと見た。
「はぁ、はぁ…………ん……?あ!それ……!」」
突然、マーメイドが俺のペンダントを見て息を呑んだ。
……って、え?これ?
「ね、ねぇ、あなた、この国の人?」
マーメイドは突然起き上がって訊いてきた。
「あ、ああ、そうだが……?」
「そのペンダント、どこで手に入れたの?」
「ん?これか?これは貰ったんだ」
「誰に?」
「誰って……前にここで出会った人魚に……」
「その人魚の名前は?覚えてる?」
な、なんだ……?この子……?
間髪入れずに質問してくるマーメイドに戸惑いながらも俺は答える。
「忘れてなんかいない。その人魚の名はサフィアだ」
「……! ………………あの……あなた、お名前は?フルネームは?」
「……キッド・リスカード」
「……!!」
俺の名を聞いた途端、マーメイドは息を呑んだ。そしてボロボロと涙を零しながら俺の胸に飛びついてきた。
「お、おい、どうした?」
「お願い……助けて…………助けて……」
マーメイドは震えながらも俺に『助けて』と繰り返し言った。
このままじゃ何も分からない。俺はマーメイドの頭を優しく撫でながら泣き止むまで待った。やがてマーメイドが泣き止んだところで、俺はゆっくりと距離を取るようにマーメイドを体から離した。
「なぁ、お前、名前は?」
「……ピュラ」
「そうか、じゃあピュラ、落ち着いて話してくれ。助けてって、誰かに追われてるのか?」
俺の質問にピュラは首を横に振って否定した。
「ううん、私じゃないの……お姉ちゃんが……お姉ちゃんが……海賊に攫われたの」
「お姉ちゃん……?お前のお姉ちゃんが海賊に?」
「うん……海賊船の上から人間たちが海に向かって麻酔を撃ってきたの。それで、私が撃たれそうになった時、お姉ちゃんが私を庇ったせいで、代わりに海賊に連れて行かれたの……」
ピュラはまた涙を流しながら俺に飛びついてきた。
「ねぇ、お願い! お姉ちゃんを……サフィアお姉ちゃんを助けて!」
「……!!……今、サフィアって……!」
サフィアの名を聞いた途端、俺は驚きを隠せなかった。そんな俺に、ピュラは泣きじゃくりながらも懸命に話した。
「サフィアお姉ちゃんは……ぐすっ……パパとママが死んで……ひぐっ……一人ぼっちになった私を拾って……ひぐっ……旅に連れてってくれた……大切なお姉ちゃんなの……ひっくっ……ぐすっ……お姉ちゃんは……毎日私に……あなたの話を聞かせてくれたの……ううぅ……とてもかっこよくて……優しくて……素敵な人だって……毎日言ってた……ひぐっぐすっ……」
サフィア……俺のこと覚えててくれていたのか……
「ねぇ、お姉ちゃんを助けて! お姉ちゃん、あなたに会いたがっていたの! この国に行く時のお姉ちゃん、すっごく嬉しそうだった! 私、このままお姉ちゃんと離れ離れになるなんて嫌! でも、お姉ちゃんがあなたに一生会えなくなるのだって嫌! せっかく会えそうになったのに……このままじゃお姉ちゃん、海賊に殺されちゃうよ!」
顔を上げて訴えてくるピュラ。
その願いは……言われるまでもない。俺の決意に迷いは無かった。
「……もう泣くな、ピュラ。約束する、お前のお姉ちゃんは……サフィアは俺が必ず助ける!だから泣くな!」
「…………うん」
ピュラは涙を堪えながら力強く頷いた。
よし、ピュラ、お前は強い子だな。
俺はピュラを連れて急いでヘルムを始めとした仲間たちを港へ呼び集めた。目的地に到着してまだ間もない為か、誰もが疑問と不安の表情を浮かんだ。仲間が全員集まったのを確認すると、ピュラとヘルムを隣に連れて俺は一言切り出した。
「急に呼び集めちまって悪かったな。早速だが、お前たちに聞いてもらいたいことがある。」
俺は事の始まりを全て話した。5年前に出会ったサフィアのこと、隣にいるピュラのこと、そしてサフィアが攫われたことまで洗いざらい話し語った。俺が話している最中、仲間たちは驚きの表情を隠せなかった。
「船長にもそんな過去が……」
「だから今まで嫁を娶らなかったのか」
「船長って意外と一途なのね……」
「みんな、静かに。話はまだ終わってないよ。」
ヘルムが注意を促すことにより、仲間たちは落ち着きを取り戻し再び話を聞く姿勢に戻った。
「ありがとよ、ヘルム」
ヘルムに礼を言った後、俺は再び話した。
「俺は今すぐサフィアを助けに行く!だが、詳しい事までは分からないが相手は俺たちと同じ海賊、一筋縄で敵う相手じゃない。そこでお前らに頼みがある。お前らの中には故郷への帰省を機に、海賊を辞めて嫁さんと平和に暮らす奴が数人いる。それが分かった上での頼みだ。」
俺は一呼吸間を入れてから再び話を切り出した。
「俺の個人的な問題で、お前たちを巻き込みたくない。ましてや、お前たちの幸せを壊そうだなんて微塵も思っちゃいない。だが、情けねぇかもしれないが、それでも俺にはお前らの力が必要なんだ!」
俺は一歩踏み出し、言葉の一つ一つに力を込めながら言った。
「だから……俺に力を貸してくれ!これは命令じゃない!後生の頼みだ!」
俺は深く頭を下げた。
身勝手な我がままだってことは分かっている。だが、それでも俺はこいつらについて着て欲しい。
こいつらは、本当に頼りになる最高の仲間だから。
「話は聞かせて貰ったよ」
聞き覚えのある声に反応し、俺は頭を上げた。
仲間たちに道を開けてもらいながら俺の前に現れたのは、叔父さんだった。
「叔父さん……なんで……?」
「住民たちから聞いたんだ。君が仲間たちを呼び集めているってね」
そう言うと叔父さんは俺に一切れの紙をくれた。それはカリバルナを中心とした地図だった。
「ここを見てくれ」
叔父さんが指を差した所は、ここから北の位置にある小さな島であり、島が描かれている横の部分に赤い×印が書かれていた。
「この×が書かれている島は君が話した海賊が拠点として活動している島だ。この島は食べれるものが無い為、人間どころか魔物すら住んでいない、いわゆる無人島だ。しかも土地にするにはあまりにも小さすぎる。だからどの国もこの島を欲しがらなかった。それを良い事に海賊は真っ先にこの島を占拠したらしいんだ」
叔父さんは島の部分を指差しながら説明した。
……にしても……。
「叔父さん、なんでそんな事が分かったんだ?」
「実は三日前から被害の報告を聞いてね、あらかじめ部下たちに調べさせておいたんだ。どうやら奴らは海に出る度に人魚を襲っているらしい。会議を開いて対策を練るつもりだったんだが、もうそんな必要はないみたいだね」
叔父さんは仲間たちへ向き直り、話し始めた。
「私からも頼む。このままではカリバルナの海に住む魔物たちが危ない。キッドの為にも、この国の為にも、どうか力を貸してくれ!」
「……………………………………」
長い沈黙が辺りを支配する。
「僕は行くよ」
やがてその沈黙を消したのはヘルムだった。
「船長が行くなら、副船長はどこまでもついて行く。それが海賊の理だからね」
「ヘルム……」
「第一、極度の方向音痴である君を一人で行かせる訳にはいかないからね」
「ヘルム……っておい!」
俺は思わず突っ込んだ。その緊張感の無いやり取りが周囲を和ませ、やがて次々と仲間たちから声が上がった。
「我が命は船長の下にあり!この剣の名に誓い、どこまでもお伴致しましょう!」
「夫が戦場へ赴くならば、戦士の誇りを胸に、私も共に馳せ参じましょう!」
「砲撃と肉弾戦なら任せてくだせぇ!敵を木っ端微塵にしてやります!」
「……ふふっ!ここで夫を見放すようじゃあ酒が不味くなるってもんだ!アタイも行くよ!」
「ぼ、ぼ、僕も行きます!僕も頑張ります!」
「うぅ……怖いけど……ダーリンが行くなら、あたしも行くぅ!」
「以前ドジ踏んじゃった分、取り返してみせますよ!」
「私も行くわよ。船長さんとそのシー・ビショップとの関係、興味あるし♪」
戦闘員とリザードマン、砲手とアカオニ、キャビンボーイとワーラビット、弾薬運びとダークエルフ、それぞれの一組の夫婦を始めとする仲間たちが次々と参戦の意思を示した。
仲間が……俺の為について来てくれる……
自然と目頭が熱くなってきたが、今はまだ泣いて良い時じゃない。
「ありがとよ……お前ら、ありがとよ!」
俺はすぅ〜っと息を吸い込み、腹の底からの大声を出した。
「野郎ども!戦闘の準備を整えろ! 出発ができ次第、すぐに殴り込みに行くぞ! 人魚たちを襲うクソったれ共にひと泡吹かせてやるぞ!」
「ウォォォォォォォォォォォォ!!」
勢いのいい雄叫びの返事と共に、仲間たちは俺の愛船、ブラック・モンスターに乗り込み、それぞれ出港と戦闘の準備を始めた。
俺もすぐに乗りたいが、その前に言いたい事と、やりたい事がある。
俺はピュラの手を引いて、叔父さんの下に歩み寄った。
「叔父さん、この地図ありがとな!実は、あいつらがどこにいるのか分からなくて困っていたんだ」
「ふふ……それなのに何も考えずに仲間たちを呼ぶ。君のそのせっかちな性格は相変わらずだね」
「面目ねぇ……あ、それと、頼みがあるんだ」
俺はピュラを叔父さんの前に立たせた。
「この子を預かってくれないか?さすがに連れていく訳にはいかないからな」
「ああ、任せなさい。さぁ、おいで」
叔父さんは優しい笑顔でピュラに手招きした。ピュラは魚の足で器用に叔父さんのもとへ歩いた。
「…………」
ピュラは俺の方へ向き直り、不安そうな表情を浮かべながら俺を見つめた。
この子には、余計な心配を掛けさせたくない。
「さっき約束しただろ? サフィアは俺が必ず助ける。だから、笑って待っててくれよ!」
俺は親指をグッと立てて余裕の表情を見せた。
「…………うん!」
ピュラも笑顔で親指をグッと立てた。愛らしい笑顔を見た瞬間、俺の意思は更に固いものとなった。
……何としてでも助ける! この子のためにも!
「じゃあな!叔父さん、ピュラ!ちょっくらひと暴れしてくるぜ!」
俺は駆け足でブラック・モンスターに乗り込み、叔父さんがくれた地図で島の位置を確認。その方角へ視線を移し、声も届かぬ場所に向かって心の声を発した。
待ってろよ、サフィア!必ず助けてやる!
続く
12/06/11 20:38更新 / シャークドン
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