第十四話 黒き海賊 VS 白き暴君
「…………」
「…………」
黒ひげさんとタイラント……二人が睨み合ってから場の空気が一気に静まり返る。何もせずに時が経つにつれ、緊張感が徐々に高まっていく。
「……メアリー、あの男は本当に黒ひげなのか?」
と、私の隣にいるバジル君が耳打ちしてきた。
まぁ、30年前に死んだと思われてた人が急に目の前に現れたのだから、信じられないのもしょうがないけどね。
「うん、信じられないかもしれないけど本当だよ。キッド君が『手配書の顔と同じだ』って言ってたし、さっき私たちが乗ってたダークネス・キング号も黒ひげさんしか操れない船だから、本物で間違いないよ」
「そうか……まさか二人もこの世に蘇るとは……」
「え?二人?」
バジル君が言ってるのは、恐らく黒ひげさんの事なのだろうけど……二人ってどういう意味?
「ねぇ、二人ってどういう事?黒ひげさん以外にも蘇った人がいるって事?」
「ああ、信じられないかもしれないが……あのタイラントとか言う女は30年前に黒ひげと決闘した勇者なんだ」
「ふ〜ん……って、えぇ!?ウソ!?あの人が!?」
「嘘じゃない。30年前に死んだと思われてたが……俺の目の前で蘇ったんだ」
バジル君の衝撃的な発言には驚かずにはいられなかった。
黒ひげさんと教団の勇者の決闘は聞いた事があるけど……あのタイラントが本当に黒ひげさんと戦った勇者!?
だとしたら、とんでもない展開になってしまった。因縁のある二人の実力者が再び対峙するなんて……。
「……貴様に一つ訊きたい事がある」
と、黒ひげさんの一言によって静寂が破られた。
「貴様……何故教団の虚け共に肩入れする?何故勇者を名乗っておるのだ?」
突拍子もない事を言いだされたにも関わらず、タイラントは鋭い視線で黒ひげさんを睨み続けている。
「私が人々を守る勇者である事に、理由などありません!私たち人間を導いてくださる主神の名の下に、悪を葬り去る!ただそれだけの事!」
「……ほう……」
「私は決して屈しない!罪無き人々が平穏に暮らせる日々を送れる為に戦う!この命に代えてでも!」
タイラントは黒ひげさんに向かって力強く宣言した。
……如何にも勇者って感じの人だ。人間を守る為なら、自らの命を犠牲にする覚悟まで見せている。こうして見ると、決して悪い人ではなさそうだけど……。
「……フッ、心にも無い綺麗事を並べおって」
「な、なんですって!?」
だが、黒ひげさんはタイラントを鼻で笑った。そんな黒ひげさんの態度に腹が立ったのか、タイラントは怒りの表情で一歩踏み出した。
「私は綺麗事なんて並べません!主神の加護の下、明日を生きようとしている人々の為にも……」
「ならば訊こう!何故教団の虚け共に手を貸しておるのだ!?」
「何故って……私と同様に人間たちを守る立場であって……」
「違う!30年前の仕打ちを受けておきながら、何故そやつらと共にいるのかを訊いておるのだ!」
黒ひげさんはタイラントの背後にいるラスポーネルと教団兵を指さして言った。
30年前の仕打ち?タイラントは何か酷い目に遭ったとでも?
「貴様、あの日の出来事を忘れたとは言わせぬぞ。なんせ我と貴様は同じ被害者であったであろう?」
「…………」
黒ひげさんが淡々と話しているが、タイラントは何も言わずに黙々と話を聞いている。
いや、でも……話が飛びすぎて事情が呑み込めない。そもそも30年前に何があったの?
「あ、あの……話に割り込んで申し訳ないんだけど……30年前に何があったの?私、ちょっと事情が分からなくて……」
恐る恐る片手を上げながら黒ひげさんに訊いてみた。こんな時に口を挿むのも恐縮だけど、このまま置いてけぼりにされるのも嫌だから……。
「30年前……我は部下を引き連れてこのアイス・グラベルドに上陸した。しかし、タイラントが先に上陸し、我が島の奥へと足を運ぶのを待ち伏せておった」
と、黒ひげさんから話を切り出した。良かった……気に障ってはいないようだ。
「その時、我はタイラントと……」
「……そこで一騎打ちが始まったんだね?」
「否、戦っておらぬ」
「へ?」
「そもそも、刃など交えておらぬわ」
「え?え?」
予想外の返答に戸惑ってしまった。
あれ?おかしいな……。黒ひげさんはタイラントと戦って、負けてしまった結果、力を振り絞ってタイラントを道連れにした……と聞いてたんだけどな。
それなのに戦ってないとか……話が変な方向へと向かってる気がする。
「当時、教団がタイラントを出向かせたのは事実であろうが……あの虚け共は最初から我のみを葬る気ではなかった」
「え?どういう事?」
だんだん話が違ってくる気がする。我のみってのは一体……まるで黒ひげさんだけではなく他にも誰かが狙われてたように聞こえる。
「教団の虚け共は……我だけではなくもう一人葬り去る気であった。そうであろう?」
そう言いながら、黒ひげさんは視線をタイラントへと向けた。
……え?ちょっと待って……もう一人って……まさか!?
「……タイラント、貴様も虚け共に嵌められた。あの時には悟ったであろう?」
「…………」
話を振られたタイラントは何も言わずに黒ひげさんを睨んでる。
でも……なんだか話がおかしい。今の話を聞いてると、まるでタイラントも黒ひげさんと同様に教団に嵌められたと思われる。
でも、タイラントは教団の勇者であるハズ。それなのに、何故味方である教団に嵌められたのか……それが分からない。
「あの時から我は知っておった。タイラント……貴様は教団内においても厄介な存在であった。貴様の凶暴さ故に、同じ教団の人間たちからも恐れられていた」
「…………」
「そして……あの虚け共は愚行を犯した。我と貴様を島の奥深くへと誘い、予め仕掛けられてた大量の爆弾で島の地面を割り…………」
……爆弾!?
この言葉で頭に嫌な考えが浮かんだ。私が聞いた話では、黒ひげさんは自らの力を全て使い、島の地面を真っ二つに割ったとの事……でも、今の話が本当だとしたら……!
「その時に黒ひげさんは……!」
「うむ……成す術もなく、氷の裂け目へと転落した」
……なんて事だ……!古くから語り継がれていた伝説は嘘だった!
30年前、本当は黒ひげさんとタイラントは戦ってない。教団の策略によってタイラントと共に罠に嵌められただけだった。
「……成程。そう言う事か」
「え?バジル君、成程って?」
突然、バジル君が納得したかのように軽く頷いた。
「教団が勇者を始末したなんて世間に広まれば……教団に対する不信感が一気に募るだろ?」
「……と言うと?」
「今思い返せば、黒ひげとタイラントとの決闘の物語を最初に広めたのは教団だった……」
「……あ!まさか!」
「……全く、頭に来る隠蔽工作だな!」
つまり……教団は故意に真実を隠し、嘘の情報を世界中にばら撒いたと言う事か!
偽りの言い伝えが世界中に広まってるなんて……なんとも歯がゆい気分だ。
「……だが、奇跡的にも我らはこうして蘇った。あの凶悪な髑髏……ソウル・スカルによってな」
「ソウル・スカル!?」
黒ひげさんの言葉を聞いて、突然バジル君が驚いた表情を見せた。この表情……何か重大な事を知ってるように見える。
「え?何?バジル君、何か知ってるの?」
「知ってるも何も……貴様もあの黄金の髑髏を知ってるだろう?」
「え?黄金の髑髏って……キッド君が手に入れてたあの髑髏?」
「そう、それこそがソウル・スカルだ」
以前キッド君が手に入れた黄金の髑髏がソウル・スカルと言う物だったようだけど……それがどう関係しているのだろうか?
「ソウル・スカル……膨大な魔力を与える事により、人間の魂を吸引する恐ろしき凶器。とある洞窟にて手に入れた物であったが……その凶器の正体を知った時、我はソウル・スカルを再び封印すると決めた」
「人の……魂?」
なんと、ソウル・スカルは人間の魂を吸い取る恐ろしい凶器だとか。あの髑髏がそんなに恐ろしい物だなんて……キッド君が知ったら驚くだろうな……。
「本はと言えば、我はそのソウル・スカルを封印する為に、このアイス・グラベルドを訪れたのだ。どれ程強大な攻撃を与えようともビクともせぬ頑丈な代物であるが故に、人の手が届かぬ場所に封印するのが最善の方法であった。しかし……」
黒ひげさんは、拳を握りながら話を続けた。
「タイラントと対峙した時、爆弾によって地面が割られると同時にタイラントが我に巨大な魔力の刃を放った。タイラントは最初から我を打ち倒す気でいたのであろうが、その魔力の刃がソウル・スカルの能力を起動させてしまった……」
「それじゃあ……その時に二人の魂が……」
「うむ……」
黒ひげさんの話を聞いてようやく全てを理解できた。
つまり……タイラントの魔力によってソウル・スカルが起動されて、黒ひげさんはタイラントと共に魂を吸い取られたと言う訳か。
でも、その時には既に教団に仕掛けられた爆弾が起爆して、魂の無い身体を地面の裂け目に落とされて……私たちに見つかるまで氷漬けにされてた。
そして魂が身体の中に戻って……今に至るって事か。
「全く、皮肉な話よ……あろう事か30年も無駄な歳月を経ておったとは……貴様もそう思うであろう?」
「…………」
黒ひげさんに話を振られても、未だにタイラントは睨み続けている。
それにしても……教団の罠に嵌り、魂を吸われ、挙句の果てには30年も身体を冷凍されて……改めて考えるとハードな経験だ。とても安易に想像出来ない……。
「……今は過ぎ去った事を振り返る時ではありません」
と、今まで黙ってたタイラントがようやく口を開いた。
「私がこうして蘇ったのも、全て主神の加護のお陰です!私は勇者として、悪の手から罪無き人間たちを……」
「……貴様、何時までそうしておるのだ?」
「……え?」
「何時まで下らぬ演技を続ける気でおるのだ?」
胸に手を当てて高らかに言うタイラントに対し、黒ひげさんは真剣な表情で見据えてる。
「貴様が何者であるか……我は既に見通しておる。貴様は……得体の知れぬものよ」
「…………」
「もういい加減に……その仮面を外したらどうだ?勇者の皮を被るのも、そろそろ止めておけ。窮屈であろう?」
得体の知れないもの……そう言われたタイラントは再び黙り込んでしまう。
なんだろう、この緊張感は……それに仮面って何の話?
「ええい!さっきから黙って聞いていれば偉そうに!タイラント君!君もボケッとしてないで早くそいつを倒したまえ!」
突然痺れを切らしたのか、さっきまでタイラントの背後にいたラスポーネルが怒鳴り散らした。
……って、偉そうなのはどっちよ!自分はさっきから何もしてないくせに!
「……あの……」
タイラントは徐に背後にいるラスポーネルへと視線を移した。まるで助けでも求めてるような瞳でラスポーネルを見つめてる。
「……こちらに来ていただけませんか?」
「へ?吾輩が?」
突然来るように言われたラスポーネルは自分を指差しながら訊き返してる。
「な、なんで吾輩がそっちに?」
「お願いです……来てください……黒ひげを倒す為にも貴方に協力して欲しいのです……」
「む……ま、まぁ、それなら……」
タイラントに懇願され、ラスポーネルは仕方なしとでも言いたげに、黒ひげを警戒しつつ恐る恐るタイラントへと歩み寄った。
「えっと……吾輩は何をすれば良いのかね?」
「…………」
「……ちょ、ちょっと……」
「…………」
ようやくラスポーネルがタイラントの近くまで寄ったが…………。
「……苦しんでください♪」
ドガッ!
「ぐほぉ!?」
なんと、タイラントはラスポーネルの懐目掛けてパンチをお見舞いした!
「ちょ、いきなり何を……」
「口答えしないでください。ウザいですから♪」
「ま、待ちたまえ……ゴボォッ!?」
ラスポーネルが痛みで前かがみになった瞬間、タイラントは乱暴にもラスポーネルの髪を鷲づかみして地面に叩き付けた!顔面を叩きつけられたラスポーネルは呻き声を上げながら痛みで身を悶えている。
ちょ、何!?なんでそんな事するの!?あの二人、現時点では味方じゃないの!?
「ラ、ラスポーネル様!」
「タイラント!貴様、なんて事を!」
目の前でラスポーネルを傷みつけられて憤慨を露にする教団兵。しかし、タイラントは無情にも……!
「クズが出しゃばらないでください♪ムーン・スラッシャー!」
「ぎゃあああ!!」
剣を振って三日月形の魔力を放ち、教団兵を数人ほど海へとぶっ飛ばした。
「き、君……これは一体どういうゴハァッ!?」
「あら?見て分かりませんか?目の毒になるゴミを片付けてるのですよ」
ラスポーネルが顔面強打によって出された鼻血を拭いながら抗議したが、タイラントは聞く耳持たずにラスポーネルの背中を力いっぱい踏みつけた。
これは……どういう事?口調こそ変わってないけど、なんだかさっきまでの雰囲気が一変したように見える。容赦なくラスポーネルの背中を踏みつけてる表情と言ったら……微笑んではいるものの目が笑ってない。見ているだけでゾッとする。
「これは……どういう事かね……!?まさか、敵側に寝返る気なのかね!?」
「あら、それは誤解です。私はこれからあの野蛮な海賊共も始末するつもりなのですから」
「だ、だったら……何故吾輩たちにこんな事をするのかね!?吾輩たちは味方だよ!?」
ラスポーネルは背中を踏まれたまま抗議するが、タイラントは冷たい笑みを浮かべながらラスポーネルを見下してる。
「私は別に貴方たちなんか味方とは見てません。本当なら復活した瞬間に貴方たちを苦しめるおつもりだったのですが……そう思った瞬間に海賊がやってきて面倒な事態になったから、この際利用するだけ利用してから始末する予定だったのです」
「り、利用だと!?」
「どうせならクズ同士を戦わせた方が後が楽になると思いましてね。でも……なんですか、このザマは?あれだけの船団を呼んだにも関わらず、たった一隻の船にあっさりとやられて……ホント、無様です。お蔭で全然弱ってない海賊を始末しなければならないじゃないですか。ホント、どこまで使えない捨て駒なんですの?」
「な、なんですと!?吾輩は君を蘇らせた恩人なのだよ!?それなのに、その態度hグエェ!」
タイラントは足に力を入れてラスポーネルを痛みつけてる。未だに冷たい笑みを浮かべている分、恐怖が一層増している。
「恩人?馬鹿言ってんじゃありませんよ。最初から私を利用して大手柄を横取りする気だったのでしょう?」
「ギクッ!い、い、いやいやいや!な、何を言って……」
「惚けないでくださいよ。最初から見通してました。私欲の為に人を丸め込もうとして……本当にクズですね!」
「……君ねぇ!いい加減にsガッ!?」
「と言うか、もうくたばってくれませんか?貴方なんてもう用済みですし♪」
タイラントはラスポーネルの脇腹を蹴り飛ばした。
……なんて酷い……ラスポーネルにも非があるとは言え、あんなのは見るに堪えない……!
「……タイラント……この……恩知らずの小娘がぁ!」
すると、ラスポーネルは徐に立ち上がり、持っていたステッキの先端をタイラントに向けた。すると……ステッキの先端から刃物が出てきた!
「毒が塗られた刃物だ!触れただけで全身に激しい痛みが走る!」
「あら?それを私に当てるつもりですか?」
「吾輩を侮辱した罰だ!君は徹底的に頭を冷やす必要がある!」
「お馬鹿ですね……私がそんなのを易々と受けるとでも?」
「黙れ!紳士を舐めるとどうなるのか思い知らせてやる!」
もはや怒りで周りが見えなくなったのか、ラスポーネルは怒鳴り散らしながらタイラントにステッキを向けて狙いを定めてる。
そして……!
「お仕置きだよ!」
ビュッ!
ステッキの刃物がタイラントに向けて飛ばされた……しかし!
カキィン!
「うぇ!?」
タイラントは器用にも剣を駆使して毒の刃物を上空へと弾き飛ばした。
「だから言ったのに……態度がデカいくせに脳みそは豆粒ですね」
「あ、あわわ……」
対抗手段が無くなったのか、ラスポーネルは顔を青ざめて後ずさりしてる。そこへ弾き飛ばされた毒の刃物がタイラントの目の前まで降りてきて……。
「貴方のでしょう?お返しします!」
カキィン!
「ガッ!……は……!」
タイラントの剣によって飛ばされた毒の刃物がラスポーネルの腹部に突き刺さった!刃物が刺さった腹部から血が滴れ落ち、ラスポーネルは痛みのあまりに目を見開いている。
「……あ、ぐっ!ぎゃあああ!あ、あが!ぎぃぃ!」
早くも毒が回ったのか、ラスポーネルは痛みで顔を歪め、腹部を抑えながらのた打ち回った。
あまりにも残酷な光景を目の当たりにしてしまい、思わず身を竦めてしまいそうだ……。
「…………あっははは!自分の武器で自分を苦しめるなんて……バッカみたい!」
タイラントは嘲笑いながらラスポーネル胸倉を掴み…………!
「さよなら!」
力いっぱい後方へと投げ飛ばした!女一人の手で投げたとは信じられない位の勢いでラスポーネルの身体は飛ばされていく!そして最終的には島の中央に聳え立つ氷山へ……!
ドォン!
……衝突する轟音が響き渡った。
私自身、ラスポーネルは嫌ってたけど……あまりにも酷い仕打ちだ。
「……ようやく本性を露わにしたか」
と、目の前で起きた惨劇に呆然としてると、黒ひげさんがタイラントに向けて静かに言い放った。この落ち着いた様子からして、最初からタイラントの本性が分かっていたようだ。
「あ〜あ、救世主の演技も楽じゃないわね。ホントは人間とか教団とか主神とか、そんなものどうでも良いんだよね〜♪演技とは言え、あんなクソみたいな事言っちゃって……思い出すだけで反吐が出ちゃいそう♪」
さっきまでの凛々しい態度は何処へ行ってしまったのか……口調から性格まで丸々一変してしまったタイラント。こんなのが勇者と呼ばれてたなんて信じられない。
「つーか、あんたらが手加減しなかった所為で予定が狂っちゃったじゃん。どうしてくれんのよ?」
「……予定?」
「そーよ!教団のゴミ共を甚振るつもりだったのにさぁ……なんで勝手な真似するのかな?マジで迷惑なんだけど!」
いや、甚振るって……なんでそんな惨い事を平気で言えるの?それに仲間でもある教団の人たちをゴミだなんて……!この人、もう色々とおかしいよ!
「解せんな。なぜ味方に手を出す必要がある?貴様の敵は我らであろう?」
黒ひげさんが真顔でタイラントに訊いた。
確かにその疑問は尤もだ。タイラントにとって刃を向けるべき敵は私たちのハズだ。それなのに味方に危害を加えるなんて……何故そんな事をする必要があるの?
「よく考えてみなよ。自分たちの勝利を確信した時とか、絶体絶命のピンチに追い込まれた時にさぁ……仲間に裏切られたらどう思う?」
「……何を言っておる?」
「だからぁ……」
タイラントはニヤリと悪意が込められた笑みを浮かべた…………。
「自分が信じてた仲間に裏切られた時の絶望って……最高に笑っちゃうでしょ?」
「え……!?」
ほんの一瞬だけ自分の耳を疑った。タイラントから発せられた言葉は……あまりにも酷過ぎる。
「『自分を助けてくれる』『自分を守ってくれる』そう信じてる人が自分を裏切ったら……絶望に浸った表情を浮かべるでしょ?その時の顔ときたら、もう傑作なのよねぇ!あっははははは!!」
「……なんで……なんでなの……?」
自分の中に……沸々と怒りが込み上げて来た。自分でも声が高まってるのが理解できる。
なんで……なんで……!
「なんでそんな事が言えるの!?それでも人間なの!?人の心を何だと思ってるのよ!!」
「待て!落ち着けメアリー!」
怒りに任せてタイラントに掴みかかろうとした瞬間、後ろからバジル君に羽交い絞めされた。
「バジル君、放して!あいつだけは許せない!」
「落ち着け!あの女は感情的になって倒せる相手ではないだろ!?」
バジル君の腕を引き剥がそうと暴れるけど、バジル君の力が強すぎて身動き出来ない。
バジル君の言ってる事は分かってる。でも……それでもあいつだけは許せない!あんな酷い事言うなんて……人としてあるまじき事よ!
「静かにせんか、メアリー!」
と、いきなり黒ひげさんがギロッと私を睨みつけた。あまりの迫力に不意にもピタッと動きが止まってしまう。
「こやつの相手は我ぞ!余計な手出しは無用!そこで黙って見ておれ!」
「は、はい……」
凄みを効かせた怒号にたじろいでしまった。
この様子からして、黒ひげさんは本気でタイラントとの決着をつける気なんだ……。これじゃ手を出す訳にはいかないか……。
「……貴様がどのような思考を備えておろうとも勝手だ。大して興味も無い。だが……貴様だけは此処で打ち倒すしかない」
黒ひげさんは徐にタイラントへと視線を変えて静かに言ったかと思うと、懐から何か物を取り出した。
それは…………。
「あれは……剣?」
黒ひげさんが取り出したのは剣……の、柄の部分……って、ちょっと!
「柄だけ!?刃は何処へ行っちゃったの!?」
なんとも想定外な事に、黒ひげさんが取り出したのは剣の柄の部分だけだった。
いや、刃が無い剣とか話にならないでしょ……!なんでそんな物を取り出したの?
「刃なら……今から作る」
「は?」
刃を作るって……どういう事?
そう思ってると、黒ひげさんは柄の上部にそっと手を添えた。
バシュッ!
「フッ!」
「ええ!?刃が出た!?」
黒ひげさんの柄から、大剣並みの大きさを誇る赤黒い光の刃が飛び出てきた。分厚い刀身から僅かに放たれてる黒い魔力がバチバチと音を立てている。
「これぞ我が愛用の大剣……爆砕剣【覇王門】よ!」
更に黒ひげさんは、いとも簡単に光の大剣を片手で振り回した。軽い準備体操のつもりなんだろうけど、大剣が振り回される度に風を切る音が響いて凄い迫力だ。
「……さぁ、始めようぞ」
準備体操が終わったのか、黒ひげさんは大剣の切っ先をタイラントに向けた。それに対し、タイラントはニヤリと蔑むような目で黒ひげさんを見据えながら剣を構えた。
「あんたとは良い甚振り合いゲームが出来そうね……尤も、私が一方的に甚振っちゃうけど♪」
「余裕をかますのも今の内ぞ。そのゲームが終わる時、貴様の首は刎ねられる!」
挑発をぶつけ合いつつも、互いに武器を構えつつ睨み合う黒ひげさんとタイラント。両者との間にはこれまでにない緊張感が漂ってる。
……あの二人が相当な実力者である事は間違いない。それだけは分かってる。ただ……確かな根拠こそ無いものの、一つだけ言える事がある。
もしかしたら…………勝負は一瞬で決まるかもしれない。
それこそただの想像に過ぎないのだろうけど……私にはそう思えてならなかった。
「さぁ……覚悟せよ!」
「あっははは!八つ裂きにしてあげる♪」
そして、こうしてる間にも……二人の決闘が始まった!
***************
「なぁ、サフィア……もう大丈夫だから……」
「ダメですよキッド!ちゃんと手当てしないと!ですよね、シャローナさん?」
「うふふ……そうね。念には念を入れないとね」
「……はいはい……」
ブラック・モンスターの医療室にて、甲斐甲斐しくも船長さんの手当てをしているサフィアちゃんを温かく見守っていた。
本当なら傷の手当とか身体の診察とかは船医である私の仕事なんだけど……船長さんが帰って来て嬉しそうにしてるサフィアちゃんを見てたら、どうも手を出す気になれなかった。
まぁ、何はともあれ、船長さんが帰って来てくれて良かった。なんせ、この船の船長はキッドでしか務まらないからね。
「やれやれ、過保護ってのはアレの事だよな」
「まぁ良いじゃない。サフィアちゃんも船長さんが帰って来て嬉しいのよ。今は好きにさせてあげましょう」
「まぁ、そうだな」
さっきまで私に手当てをしてもらったオリヴィアちゃんが、少し呆れ気味に船長さんとサフィアちゃんの馴れ合いを眺めている。
実はオリヴィアちゃんは、さっきまでリシャスちゃんと一緒に懸命に戦っていたのだけれど、どうにか私が隙を見つけて二人を医療室まで連れてきたばかりである。
先ほど様子を見に行ったところ、オリヴィアちゃんもリシャスちゃんも、余程激しく戦っていたのか、かなりボロボロの状態だった。怪我こそ小さいものの、体力に限界が来てると判断した私は無理にでも二人を連れ戻したのだった。
と言うわけで、今この医療室には……私と船長さんとサフィアちゃん、オリヴィアちゃんとリシャスちゃん……そしてリシャスちゃんを心配して訪ねて来たコリック君も含めて合計六人居る。
「リシャスさん、大丈夫?」
「ああ、これくらい大丈夫だ。問題無い」
「リシャスさん……あまり無理はしないでね?リシャスさんの身に何かあったら、僕……」
「コリック……全く、可愛い旦那だな!」
「うぷっ!?」
と、少し離れた所でコリック君がリシャスちゃんに抱きしめられていた。大き目のおっぱいに顔を埋められて、ジタバタと抵抗するも全く手応えが無さそうだ。
あらあら、あっちも幸せオーラが全開の夫婦が……いやぁ、全く持って羨ましい……あ、間違えた。妬ましい!
「……シャローナ、今ちょっと妬みオーラが出てたような気がするんだが……」
「あらオリヴィアちゃん、そんな事ないわよ?まぁ確かに目の前でイチャイチャされるとうっとおしいけどね」
「……あんた、そんなキャラだったっけ?」
「あら、ごめんなさい。私ったら性に合わない事を……おほほほほ」
「It's fearful!目が笑ってないぞ!?」
乾いた笑みを浮かべたらオリヴィアちゃんが怖がったけど……でもやっぱり羨ましい。
はぁ……私も早く旦那が欲しい……。
「……で、シャローナ、早速だが俺も戦いに行っても大丈夫だろ?大した怪我も負ってないし、見ての通りピンピンしてるし……」
「う〜ん……まぁ確かに大丈夫ね。良いわよ、戦ってきても」
「ちょっと、シャローナさん!認めてないでドクターストップを出して下さい!」
「ごめんなさい、サフィアちゃん。本当に大した問題は無いのよ。それに、船長さんのアクセルはドクターストップで止められる程安易じゃないわ」
私が船長さんに戦いに行かせる許可を与えたら、サフィアちゃんに険しい表情で抗議された。
本音を言えば、私だって船長さんには行って欲しくないわ。でも、どんなに止めたって船長さんは素直に聞き入れてくれそうもないし、何よりも今は少しでも戦力が必要な状況だし……行かざるをえないわね。
「キャプテンが行くって事は……当然、私も行って良いだろ?」
「いや、船長さんはともかく、オリヴィアちゃんは長時間戦い続けたのだから少しは休まないと……」
「No problem!私はまだまだやれるよ!」
「またそんな意地張って……」
オリヴィアちゃんも戦う気満々だけど……オリヴィアちゃんは休んだ方が良いと思う。船長さんと比べたら疲労が溜まってるんだし、無理に身体を動かすのは医者としてお勧め出来ないわ。
「いいぞ、一緒に来ても」
「え!?ちょっと、船長さん!」
「おお!Thank you!キャプテン!」
あろう事か、船長さんは一緒に行く許可を与えた。
「船長さん、なんでそんな事言うの!?」
「そう言うなよ。仮にも行きたくないと思ってるんだったら仕方ないが、今回は本気みたいだからな。時にはやりたいようにやらせるのも良い選択だ。それに、この部屋に来てから十分休んだだろ?大した怪我も無いし、疲れも十分取れたから多少は激しく動いても問題無いだろ?」
「でも……!」
「尤も、ヤバくなったら無理にでも撤退させるがな。それで良いだろ?」
「いや、それでも……!」
「頼むよドクター!無理はしないからさぁ!」
オリヴィアちゃんが縋るような目で私を見つめる。
うぅ……そこまで言われるとなぁ……しょうがない。
「……無理しちゃダメよ?約束だからね?」
「おお!Thank you!」
私からのお許しを得た途端、オリヴィアちゃんは嬉しそうに飛び跳ねた。
ま、船長さんの言った通り、本当に危険な状態になったら無理やり連れ戻してやるけどね。
「キッド……行ってしまうのですか?」
すると、サフィアちゃんが潤んだ瞳で船長さんを見つめた。
その気持ちは分かる。今日帰ってきた夫が戦場へと再び飛び込むのだから、内心穏やかではないのだろう。
「心配するな。俺は生きて帰る。お前を残して勝手にあの世へ逝ったりしねぇよ」
「キッド……」
サフィアちゃんを安心させる為か、船長さんはサフィアちゃんの頭を優しく撫でた。対するサフィアちゃんも、船長さんの力強い瞳を見て少しだけ落ち着いたのか、頬を紅く染めながら船長さんを見つめ返してる。
「それなら……せめて船の外まで見送らせてくれますか?」
「勿論!それじゃあシャローナ、早速行って来る!」
「ええ、気をつけてね」
そして船長さんはサフィアちゃんを連れて医療室を出て行った。
また戦いに行ったのね。でもやっぱり、医者としても、仲間としても……出来れば無茶だけはしないで欲しいと思う。
「……あら、オリヴィアちゃんは行かないの?あんなにやる気満々だったのに」
「もうちょっとだけ此処で時間を潰してるよ。あの二人の邪魔をしちゃ悪いからな」
と、いつの間にかオリヴィアちゃんが医療室のベッドの上で寝転んでいた。今の発言からして、船長さんとサフィアちゃんに気を遣ったのだろう。
「……それにしても、あのタイラントとか言う女はマジで強かったな……」
「……ああ、まさに怪物クラスだな」
「ふぐっ……ぷはぁっ!あの、タイラントって誰の事?」
ベッドに寝そべりながら天井を見つめてるオリヴィアちゃんに、リシャスちゃんも同意の意を示した。すると、リシャスちゃんに抱きしめられていたコリック君が顔を上げてリシャスちゃんに訊いた。
「ああ、詳しくは知らないが……どうやら教団に所属してる勇者らしいんだ。私が今まで会った教団の人間の中でも一番強いと言っても過言ではない。悔しいが、手も足も出なかった……」
「そうか……リシャスさんでも敵わないなんて……」
「まぁ待てよ。今はもうさっきまでの厳しい状況とは違うんだ。キャプテンも帰って来たし、メアリーも助太刀してる。おまけにあの黒ひげとか言う海賊も味方のようだし……少なくとも今はこっちの方が優勢なんだ。最後まで頑張れば絶対に勝てるって!」
気落ちしてるリシャスちゃんとコリック君を励ますように、オリヴィアちゃんがベッドに寝そべりながら言った。
今の戦況なら私も大体の事は把握してる。さっきまで私たちを襲おうとした五隻の教団の船は黒ひげが操ってるダークネス・キング号によって返り討ちに遭ったし、島にいる教団兵の軍団の大半も黒ひげによって海へ飛ばされた。
後は今一番の強敵であるタイラントを抑えればどうにかなるとは思うけど……。
「タイラント…………」
「……あの、シャローナさん、どうかしましたか?」
「うん、あのね、いきなりこんな突拍子も無い事言って悪いんだけど……」
私も船の外に出たからタイラントの姿を把握してるけど……その姿を見た第一印象は……。
「タイラントってさ……人間なの?」
「え?」
『タイラントは人間なの?』それが第一印象だった。船の甲板に出てタイラントの様子を観察した時……私は最初に違和感を覚えた。
何故なら……彼女は色々とおかしい点が幾つかある。
それに……私はタイラントを初めて見た気がしなかった。まるで、以前にもどこかで見たような……。
「おいおい、人間かどうかって……あの姿はどっからどう見たって人間だろ?あれが人間じゃなかったら、一体何なんだ?」
「確かに見た目は人間よ。でも……少しだけ様子を見て一つ気づいた事があるの」
「気づいた事?」
「ええ……」
私が最初に気づいた事、それは……。
「彼女……瞬きをしていなかったわ」
「瞬き?」
そう、タイラントは瞬きを一回もしていなかった。本人に気づかれないように身を隠しながら観察したけど……やっぱり一回も目を閉じなかった。
「人間は無意識に瞬きをする生き物よ。角膜を清潔に保つ為とか、物体の像のボケを修正する為とか、役割は色々あるけど……要するに、瞬きをしない人間なんてこの世には居ないって事よ」
「成る程……」
私の説明を聞いて、オリヴィアちゃんは納得したかのように何度も頷いた。
ただ単に私が瞬きした瞬間を見逃した可能性もあるけど……タイラントはオリヴィアちゃんとの戦いで激しく動き回った。そして激しく動き回ると、目には自然と汚れが付着する。更に目に汚れが付着したら、それを洗浄する為に瞬きをするハズ。
それなにの瞬きを一回もしないなんて……なんかおかしい。
「瞬きをしない人間……」
……タイラントの姿を思い浮かべてデジャヴを感じた。
そう言えば……以前にもそんな人間について色々と聞いた気がする。確か……私がこの海賊団に入団する前の……ずっと昔……。
えっと……瞬きしない人間…………。
「……どうした、シャローナ?」
「…………」
リシャスちゃんの声が聞こえたけど、それでも私は頭の中の記憶を探り続けた。
どれくらい前だったかしら……私が医術の勉強に努めてた頃だったかな?あの頃は頑張って色んな本を読み漁って……。
……本?
「あ!まさか!」
私は咄嗟に部屋の隅に置かれてる本棚へと駆け寄り、片っ端からとある本を探し始めた。
「お、おい、どうしたんだよシャローナ?」
「……とてつもなく悪い予感がするの」
戸惑いながら訊ねてるオリヴィアちゃんを背に、私は手を休める事無く、本を探しながら話し続ける。
「もしかしたら……本当にもしかしたらの話だけど……私、タイラントを知ってるのかもしれないの」
「……え!?それって、どういう事だ!?」
「私自身、あのタイラントの姿を見たのは初めてだった。でもね、過去に瞬きをしない人なら聞いた事があるの。でもそれは……あ!」
……あった。目的の本が見つかった!
これは、私が昔から読んでいた医学書…………。
「……シャローナ、それはなんだ?」
「これはね、私が正式な医者になる前によく読んでいた医学書よ。昔からずっと持ち歩いてたから思い入れがあって、この船にも持ち込んでたのよ」
リシャスちゃんの質問に答えながら、私は目的のページまで、パラパラとページを捲る。
私の記憶が正しければ……確かあのページに挟んであったハズ……!
「……これね……」
そしてすぐに目的のページを見つけた。そしてそのページに挟まれていた薄い冊子を徐に取り出した。
それは……誰にも知られていない……否、正しくは知られてはならない極秘の情報……!
「シャローナ、それは?」
「…………」
オリヴィアちゃんに質問されたけど、私には詳しく答えれる程の心の余裕は無かった。
まさか……再びこの冊子を取り出す日が来るなんて思わなかった。今でも冊子を持ってる手が震えてる。
でも……今ここで見ない訳にはいかない!
そう決心した私は、冊子の一ページ目を読み始めた…………。
***************
キィン!
ドドドドド!
ドカァァァン!!
「ウォォォォォォ!!」
「あっははは♪さっさと血反吐でも吐いちゃいなよ!!」
戦闘が始まってから数分も経たないうちに、戦場と化した氷の島が荒れ果てていく。実力者同士の決闘は、想像を遥かに超える程の凄まじい光景であった。
「念力爆破!」
ドカァァァァァン!!
「当たる訳無いでしょ?バ〜カ♪」
大きく跳躍して黒ひげさんの爆破魔法をかわすタイラント。
今度はタイラントが上空へ跳び上がったまま…………!
「ムーン・スラッシュ!!」
「ふぅんぬ!」
三日月形の魔力を放った!
しかし、黒ひげさんは右手に持ってる大剣を盾にして魔力から身を守った。
「……あ〜あ、諦めの悪い男って見苦しいんだけど〜?」
「我は一歩たりとも譲る気は無いわ!」
華麗に着地して気に食わなさそうな表情を浮かべるタイラントに対し、黒ひげさんは大剣を構えなおしてタイラントに向かって突撃した。
「うぁらぁぁぁぁ!!」
「せぁぁぁぁぁぁ!!」
そして大剣による俊敏、なおかつ強力な連激を繰り出した。対するタイラントも応戦するかのように銀色の剣を俊敏に振る。剣と剣がぶつかり合う度に起こる衝撃波が、両者の剣の威力を物語っていた。
「……こいつはとんでもない戦いだな。あの女、かなりの実力者のようだな……」
「あ、キッド君!」
すると、さっきまでブラック・モンスターに帰ってたキッド君が私とバジル君の下まで駆け寄ってきた。
「急いで助太刀しようと思ってたんだが……あれじゃ割り込む隙も無いな」
「うん……と言うか乱入なんて止めた方が良いよ」
「そうみたいだな……」
どうやらキッド君も参戦しに来たみたいだけど……今は手を出さない方が良いと思う。いや、だって、あんな激しい戦渦に突っ込んだら間違いなく巻き添え喰らっちゃうから…………。
ドォォォン!!
と思ってる傍から凄まじい爆音が響いた。またしても黒ひげさんが爆破を起こしたらしい。
やっぱり、今は見ているしかないのかな…………。
「……あ〜!もう!マジでウザいんだけど〜!この老いぼれが!いい加減にコロッと逝っちゃえよ!」
タイラントが苛立ちを露にしながら黒ひげさんを罵倒した。
自分の思い通りにならないと気に食わないのか……なんとも分かり易い。
「……貴様、本気でそう思っておるのか?」
「はあ?」
しかし、黒ひげさんは冷静さを欠かずにいる。そして何やら真剣な表情でタイラントに言った。
「貴様は本気で我に挑んでおるのか?」
「……何言ってんの?最初から殺しにかかってるに決まってるじゃん」
「ならば……」
黒ひげさんは一呼吸置いてから言葉を発した。
「何故……それでおるのだ?」
「……は?」
「何故、真の己を見せないでおる?」
「……いや、ちょっと意味分かんないんだけど?」
タイラントは否定してるけど……あの様子は明らかにおかしかった。まるで何かを隠しているように見える。
でも……私も黒ひげさんの質問の意味が分からない。真の己って……どういう意味なの?
「では言葉を変えるとしようか。貴様は何故……本気を出しておらぬ?」
「……え!?」
黒ひげさんの言葉には驚かざるを得なかった。
タイラントは……最初から本気を出してなかったって事?なんで?
「……バッカじゃないの!?あんた如きに本気を出す必要なんて無いでしょ!あんたみたいなクズにはね、全力で挑んでやる価値も無いの!」
「……ほう……」
クズ呼ばわりされたにも関わらず、冷静さを保ってる黒ひげさん。すると、黒ひげさんは手にしている大剣を構え直した。
「ならば……我が先に本気を出すまでよ!」
そう言いながら黒ひげさんは大剣を横に振る構えに入り……!
「円盤爆破!」
大剣が横に振られた瞬間、赤黒い円の魔力がクルクルと回りながらタイラントに向かって突進した!
「あっはは♪そんなのシールドで防げちゃえば……」
すると、タイラントは片手を翳してシールドを張ろうとした…………が!
シュバッ!
「背中が空いておるわ」
「……え!?」
タイラントの背後には黒ひげさんが……って、うぇ!?何時の間に!?
「ふんっ!」
「ぎゃ!?」
黒ひげさんに背中を蹴られたタイラントはそのまま前方に飛ばされて……!
ドカァァァン!!
「ぎゃああ!!」
赤黒い円の魔力がタイラントに直撃した瞬間に爆発した!モクモクと黒い煙がタイラントの身体を包み込む。
あの円の魔力も爆発する仕組みだったんだ……!黒ひげさんって本当に爆破の魔法が得意なんだね……!
「今のは……瞬間移動か!?」
と、私の傍にいるキッド君が驚いた表情を浮かべた。
瞬間移動?それも魔術か何かの類なのかな?
「ゲホッゲホッ!ちぃ!この老いぼれがぁ!調子ぶっこいてんじゃねぇよ!」
疑問に思ってると、爆破を喰らったにも関わらず未だに動けてるタイラントが剣を振る構えに入った。
あの構え……ムーン・スラッシュとか言う魔力を放つ気だ!
「ムーン・スr」
シュバッ!
「遅いわぁ!」
ドカッ!
「ゴホッ!?」
……ほんの一瞬の事だった。タイラントがムーン・スラッシュを放つ前に、黒ひげさんが目にも留まらぬ速さでタイラントの懐を殴った。そして黒ひげさんは一瞬の隙を突いてタイラントの腕を捻って動きを封じた。
「放しなさいよ!このクズ海賊が!」
タイラントは黒ひげの手から逃れようと必死に抗うが、黒ひげさんはどんなに暴れられても微動だにしない。あの光景を見れば、どれ程の力の差があるのか歴然だった。
「……そうか……成程な……」
「え?」
ふと、キッド君が真剣な面持ちで静かに呟いた。何かを理解したように見えるけど……一体何が分かったの?
「キッド君、何か分かったの?」
「ああ、黒ひげがどうやって瞬間移動をしてるのか大体分かった」
「瞬間移動……やっぱり魔術を使ってるの?」
「いや、魔術なんか使ってない。自分の足で動いてるんだ」
「……え!?」
黒ひげさんは自分の足で瞬間移動をしているとの事……でも、なんだか信じられない。
「ほら、さっきまで黒ひげが立ってた場所に思いっきり地面を蹴ってる跡があるだろ?足の大きさからして、あれは黒ひげのもので間違いないハズだ」
「……あ!本当だ!」
キッド君が指差した地面の一箇所には、確かに思いっきり蹴られてる跡がある。普通の力ではあんなに大きな跡は残らない。
と言う事は……やっぱり黒ひげさんの瞬間移動は……!
「この!この!放しなさいよ!」
「うぉ!」
すると、タイラントは手から光を放出して黒ひげさんを怯ませ、その隙に黒ひげさんの手から逃れた。そしてすぐに黒ひげさんから離れて一定の距離を保った。
「どうした?勢いが衰えておるぞ?」
黒ひげさんは持っている大剣を地面に突き刺してからニヤリとほくそ笑んでいる。その表情には明らかに余裕が出ていた。
「ウザい!ウザい!マジでウザい!ホントに何様なの!?海賊の分際で、マジでウザったい!」
「……罵倒するだけしておいて、挑んで来ぬのは卑怯者の証よ」
「うっさいんだよ!目障りだから消えろ!」
「……ふっ……!」
怒鳴り散らしながら襲ってくるタイラント。しかし、黒ひげさんは地面に突き刺さってる大剣を抜き取り、後方に大きく跳んでその場を離れた。
すると…………!
ガチャッ!
「な、なんだ!?」
「……あっさりと引っ掛かりおって」
「……あんたね?こんな檻を仕掛けたのは……!」
「訊かなくても分かっておるであろう?」
突然、タイラントは黒い檻のような物に囲まれた。前後左右共に逃げ道を塞がれ、完全に閉じ込められてしまったようだ。
恐らく、あの檻も黒ひげさんが仕掛けた物なのだろうけど……あんな魔術まで扱えたんだ……。
「これぞ我が爆破魔法の妨害術……『爆檻』よ。敵の動きを封じる魔術であるぞ」
「……ふん!それがなんだってんの!?こんな陳腐な檻がどうしたって……」
と、タイラントが徐に檻に手を触れようとしたら……。
ドォン!
「うっ!」
なんと、触れられた部分が爆発した。しかし、爆発した部分は折れるどころか元の状態に戻ってる。
あの檻まで爆発する仕組みになってるんだ……なんて危ない……。
「迂闊に触れると爆発する仕組みになっておる。檻を登って逃れようとしても無駄な事。我が魔術を解かぬ限り、その檻が消える事はない」
黒ひげさんがそう話しているうちに、何やらタイラントの足元の地面が徐々に黒く染まっていく。
……あれ?確かあそこって……。
「タイラントが立ってる所……確か黒ひげが大剣を突き刺した所だったな?」
「そうだよね……」
バジル君も私と同じことを考えてたようだ。確かにタイラントが立ってる場所には、さっき黒ひげさんが大剣を突き刺した穴が……!
「補足すると……檻の魔術が解かれると同時に、その『爆檻』自身も粉々に爆発する仕組みになっておる」
「はぁ!?」
「更に、貴様の足元には我が仕掛けた『罠爆破』……もう分かっておろう?」
黒ひげさんの言葉を聞いた途端、タイラントは焦りの表情を浮かべた。何とか檻から脱出しようと考えているのだろうけど……。
「覚悟するが良い……貴様はもう……逃げられぬ!」
周りには触れたら爆発する檻、そして足元には罠。もはや……タイラントには逃げる術が残ってなかった!
「極刑!破滅の獄炎爆破!!」
ドカァァァァァァァァァン!!!
「きゃあ!?」
「くっ……!」
「うぐっ……!」
凄まじい轟音と共に巨大な爆炎が湧き上がった!あまりの威力に私とバジル君、そしてキッド君までもが思わず怯んでしまう。
これは……かなり強烈ね……!爆発の熱がこっちにまで伝わってくる……!
こんな凄まじい攻撃を喰らったら……流石のタイラントも……!
「……やはり耐えたか」
「え……?」
黒ひげさんの声が聞こえて、私は徐に視線をタイラントへと向けると…………!
「……う……うぅ……」
「……えぇ!?」
そこには、黒焦げになりながらも立ち尽くしてるタイラントの姿が!
あんな爆発を受けても立っていられるなんて……!
あれはもう頑丈なんてものじゃない!と言うか、普通の人間じゃ有り得ない!
「……ムカついた!もう頭にきた!あんたはガチでぶっ殺してやる!」
「……ふん……」
完全に怒り狂ってるタイラント……しかし、黒ひげさんは大剣を構えなおして再び戦闘の姿勢に入った。
再び激しい戦いが始まった…………と思ったら……!
「みんなー!!大丈夫!?」
「何やら物凄い爆音が聞こえたが……って、タイラント!?ありゃ酷い姿だな……!」
「……あれ?シャローナ?それにオリヴィアまで……」
「船長さん!大変!大変なのよ!」
背後からシャローナさんとオリヴィアちゃんが慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。そしてシャローナさんはいきなりキッド君の腕を掴んで何度も『大変』と大声で言った。
シャローナさんがこんなに慌てるなんて……一体どうしたの?
「落ち着けよシャローナ!一体何が大変なんだよ!?」
「あのタイラントなんだけど……あいつは危険よ!たった一人で敵う相手じゃない!」
「いや、それは分かってる。でもな、黒ひげが善戦してるから勝てそうで……」
「違うわよ!タイラントはまだ正体を隠してるのよ!」
「……正体?」
少しばかり慌てているシャローナさんをキッド君が宥めるが、シャローナさんは興奮を抑えられずにいる。まるで……何かを恐れているようにも見える。
そう思ってると、シャローナさんはタイラントを指差しながら興奮気味に言い放った。
「見た目こそ綺麗な女に見えるけど……あれは人間じゃないわ!」
「……人間じゃない?それって、まさか……あいつは魔物なのか!?」
「違うわ。あれは人間でも……魔物でもない!」
「お、おいシャローナ、さっきから何を言ってるんだよ……?」
キッド君の疑問は尤もだった。
人間でもなければ魔物でもないって……意味が分からない。まるでこの世のものではないと言ってるように聞こえる。
「……聞いたか?あのサキュバスは既に貴様の正体を見破ったようだな。ならばもう、隠す必要もなかろう」
「…………」
と、黒ひげさんが真剣な面持ちでタイラントに話しかけた。対するタイラントは無表情のまま何も言わずに立ち尽くしている。
「もういい加減に……暴君の正体を現すが良い!」
黒ひげさんが大声を発すると同時に、辺りが静寂に包まれる。これ程までにない緊迫した空気に支配され、迂闊に言葉を発する事が出来ないでいた。
「……あー、そう……分かった……よーく分かった。あんたたちって……そんなに死にたいんだね?」
すると、タイラントが無造作にも持っていた剣を投げ捨てて……!
メキメキッ
「え?」
私は……自分の目を疑ってしまった。今目の前で起きてる光景が……信じられなかった。
タイラントの身体が……徐々に身体が大きくなっていく!私たちが見上げてしまうほど大きく……!
しかし……それだけではなかった!
メキ……バキバキッ!
「つーか、もったいぶらずに最初からこうすれば良かったのかもね?そうすれば、余計に身体を痛めずに済んだのかもしれないね」
バキバキバキッ!!
「『手加減してどこまでやれるかな〜?』って思ってたけど……気が変わった。あんたら、マジでぶっ殺す」
バキバキバキバキバキッ!!
こちらが呆然としてるのを他所に、タイラントの変異は進んでいる!
全身の皮膚が真っ白に染まり……尚且つゴツゴツした質感に変化してる。肥大化した両手からは鋭い爪、背中からは蝙蝠のような翼、更に野太い尻尾が徐に生えてきた。
「まぁ、どっちかっつーと、こっちの方が好きなんだけどね〜♪だって……思う存分皆殺しが出来るから!」
そして……とうとう顔までもが異形に変化した!
不気味に光る真っ赤な眼、歪な形の口、そこから生えてる鎌の様に長くて鋭い牙、そして頭頂部には銀色に光る巨大な角が……!
「……なんてこった……なんて化け物だ!」
「……あれは……魔物じゃないのか!?」
「Unbelievable……私は夢でも見てるのか……!?」
キッド君、バジル君、オリヴィアちゃん……この場にいる人たち全員が驚きを隠せずにいられなかった。
無理もない。今私たちの目の前には……巨大な異形の化け物が立ちはだかってるのだから……!
「あっははは♪皆殺しパーティーが始まるよ!」
さっきまでとは違ってドスの効いた不気味な声がより一層恐怖を漂わせる。完全に異形と化したタイラントの姿を見て、私はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……あれが……殺戮生物……まさか、本当に恐れていた時が来るなんて……」
私の傍に居るシャローナさんが呆然とタイラントの姿を見ていた。
でも……『恐れていた時』ってどういう意味?タイラントの正体を知っていたような口ぶりだけど……。
そう思ってると……突然タイラントは天に向かって、我が存在を誇示するかのように咆哮を上げた……!
「ヴォォォォォォォォォォォ!!」
==========
(以下、シャローナが先程読んだ冊子の一部から抜粋)
****年×月×▽日
この冊子が書き終わる頃には、私という存在は世間から完全に消えているだろう。
しかし、何も自ら命を絶つつもりはない。
医者として、命を粗末にするような愚行だけは決して犯さない。
たとえそれが、自分の命であろうとも。
こうしている間にも、どす黒い欲望を抱えた者たちが私を捜しまわっているだろう。
しかし、私は屈しない。
あのような悪魔を再び起こしてはならない。
あの凶悪な殺戮生物を……再び生み出してはならない。
私の同僚は……とんでもない悪魔を造り上げようと恐ろしい計画を企てていた。
当時、教団に所属していた同僚は、頻繁に増え続ける魔物たちを退治する為に最強の人造生物を生み出そうとしていた。
私は止めさせようとした。魔物は敵ではない。お前は誤解していると……。
しかし……何もかもが手遅れだった。
とんでもない怪物が誕生してしまった。
その名は……『タイラント』
見た目こそ人間の女性に見えるが、その正体は恐ろしい姿をした異形生物。
姿を変える時は、自ら細胞を組み替えて変身すると思われる。
だが……恐ろしいのは外見だけではなかった。
タイラントは暴虐を好み、自分以外の生物を甚振る事を何よりの快感と自負している、極めて残虐な性格であった。
その凶暴さ故に、私の同僚はタイラントの生みの親であるのにも関わらず、タイラントによって虐殺されてしまった。
しかも最悪な事に、その怪物は教団の下へ行ってしまったのだ。
しかし、思わぬ知らせが私の耳に届いた。
なんと、タイラントがアイス・グラベルドにて命を落としたのだ。
聞いた話によると、タイラントは魔物を退治するどころか、次々と教団の勇者を甚振っては面白がっていたとか。
しかも、暴虐の矛先は教団の勇者だけではなく、なんの罪も無い人間にまで向けられたらしい。
そのあまりにも凶暴すぎた性格に業を煮やした教団は、やむを得ずタイラントを氷の島にて葬ったらしい。
その時に黒ひげと言う大物の海賊も意図的に巻き込んだらしい……。
アイス・グラベルドにてタイラントは封じられたが、まだ安心できない。
タイラントの脅威が完全に消えた訳ではない。何時の日か再びタイラントが生み出される可能性も否定出来ない。
私もタイラントの様な凶悪な人造生物を造り上げる方法を知ってる人間の一人だ。
何時の日か、私自身もタイラントと関係がある者として、タイラントを利用しようと企ててる悪人に狙われるだろう。
故に私は……すぐにこの世から姿を消そうと思ってる。
もう二度と、タイラントの様な殺戮生物を造り上げさせない為にも……。
しかし、私は敢えてこの冊子に纏める事にした。
本来ならば、このような情報は跡形もなく抹消するべきであろうが……何時かこの情報が必要になる時が来るだろう。
タイラントが再び現れた時に……この情報が役立ってくれる事を願っている。
後世に生きる者たちが、あのタイラントに打ち勝つ手段を見つけてくれると信じている。
あのタイラントに打ち勝つ日が来ると……私は信じてる。
その時の為にも……多くの命を守る為にも、この冊子を書き記そう。
そして、ここで言うのも場違いかもしれないが、最後に愛する孫へ一言……
お前だけは、どうか幸せになってくれ。
こんなに情けない私を慕ってくれてありがとう……!
我が最愛の孫…………シャローナ!
製作者:アルグノフ
「…………」
黒ひげさんとタイラント……二人が睨み合ってから場の空気が一気に静まり返る。何もせずに時が経つにつれ、緊張感が徐々に高まっていく。
「……メアリー、あの男は本当に黒ひげなのか?」
と、私の隣にいるバジル君が耳打ちしてきた。
まぁ、30年前に死んだと思われてた人が急に目の前に現れたのだから、信じられないのもしょうがないけどね。
「うん、信じられないかもしれないけど本当だよ。キッド君が『手配書の顔と同じだ』って言ってたし、さっき私たちが乗ってたダークネス・キング号も黒ひげさんしか操れない船だから、本物で間違いないよ」
「そうか……まさか二人もこの世に蘇るとは……」
「え?二人?」
バジル君が言ってるのは、恐らく黒ひげさんの事なのだろうけど……二人ってどういう意味?
「ねぇ、二人ってどういう事?黒ひげさん以外にも蘇った人がいるって事?」
「ああ、信じられないかもしれないが……あのタイラントとか言う女は30年前に黒ひげと決闘した勇者なんだ」
「ふ〜ん……って、えぇ!?ウソ!?あの人が!?」
「嘘じゃない。30年前に死んだと思われてたが……俺の目の前で蘇ったんだ」
バジル君の衝撃的な発言には驚かずにはいられなかった。
黒ひげさんと教団の勇者の決闘は聞いた事があるけど……あのタイラントが本当に黒ひげさんと戦った勇者!?
だとしたら、とんでもない展開になってしまった。因縁のある二人の実力者が再び対峙するなんて……。
「……貴様に一つ訊きたい事がある」
と、黒ひげさんの一言によって静寂が破られた。
「貴様……何故教団の虚け共に肩入れする?何故勇者を名乗っておるのだ?」
突拍子もない事を言いだされたにも関わらず、タイラントは鋭い視線で黒ひげさんを睨み続けている。
「私が人々を守る勇者である事に、理由などありません!私たち人間を導いてくださる主神の名の下に、悪を葬り去る!ただそれだけの事!」
「……ほう……」
「私は決して屈しない!罪無き人々が平穏に暮らせる日々を送れる為に戦う!この命に代えてでも!」
タイラントは黒ひげさんに向かって力強く宣言した。
……如何にも勇者って感じの人だ。人間を守る為なら、自らの命を犠牲にする覚悟まで見せている。こうして見ると、決して悪い人ではなさそうだけど……。
「……フッ、心にも無い綺麗事を並べおって」
「な、なんですって!?」
だが、黒ひげさんはタイラントを鼻で笑った。そんな黒ひげさんの態度に腹が立ったのか、タイラントは怒りの表情で一歩踏み出した。
「私は綺麗事なんて並べません!主神の加護の下、明日を生きようとしている人々の為にも……」
「ならば訊こう!何故教団の虚け共に手を貸しておるのだ!?」
「何故って……私と同様に人間たちを守る立場であって……」
「違う!30年前の仕打ちを受けておきながら、何故そやつらと共にいるのかを訊いておるのだ!」
黒ひげさんはタイラントの背後にいるラスポーネルと教団兵を指さして言った。
30年前の仕打ち?タイラントは何か酷い目に遭ったとでも?
「貴様、あの日の出来事を忘れたとは言わせぬぞ。なんせ我と貴様は同じ被害者であったであろう?」
「…………」
黒ひげさんが淡々と話しているが、タイラントは何も言わずに黙々と話を聞いている。
いや、でも……話が飛びすぎて事情が呑み込めない。そもそも30年前に何があったの?
「あ、あの……話に割り込んで申し訳ないんだけど……30年前に何があったの?私、ちょっと事情が分からなくて……」
恐る恐る片手を上げながら黒ひげさんに訊いてみた。こんな時に口を挿むのも恐縮だけど、このまま置いてけぼりにされるのも嫌だから……。
「30年前……我は部下を引き連れてこのアイス・グラベルドに上陸した。しかし、タイラントが先に上陸し、我が島の奥へと足を運ぶのを待ち伏せておった」
と、黒ひげさんから話を切り出した。良かった……気に障ってはいないようだ。
「その時、我はタイラントと……」
「……そこで一騎打ちが始まったんだね?」
「否、戦っておらぬ」
「へ?」
「そもそも、刃など交えておらぬわ」
「え?え?」
予想外の返答に戸惑ってしまった。
あれ?おかしいな……。黒ひげさんはタイラントと戦って、負けてしまった結果、力を振り絞ってタイラントを道連れにした……と聞いてたんだけどな。
それなのに戦ってないとか……話が変な方向へと向かってる気がする。
「当時、教団がタイラントを出向かせたのは事実であろうが……あの虚け共は最初から我のみを葬る気ではなかった」
「え?どういう事?」
だんだん話が違ってくる気がする。我のみってのは一体……まるで黒ひげさんだけではなく他にも誰かが狙われてたように聞こえる。
「教団の虚け共は……我だけではなくもう一人葬り去る気であった。そうであろう?」
そう言いながら、黒ひげさんは視線をタイラントへと向けた。
……え?ちょっと待って……もう一人って……まさか!?
「……タイラント、貴様も虚け共に嵌められた。あの時には悟ったであろう?」
「…………」
話を振られたタイラントは何も言わずに黒ひげさんを睨んでる。
でも……なんだか話がおかしい。今の話を聞いてると、まるでタイラントも黒ひげさんと同様に教団に嵌められたと思われる。
でも、タイラントは教団の勇者であるハズ。それなのに、何故味方である教団に嵌められたのか……それが分からない。
「あの時から我は知っておった。タイラント……貴様は教団内においても厄介な存在であった。貴様の凶暴さ故に、同じ教団の人間たちからも恐れられていた」
「…………」
「そして……あの虚け共は愚行を犯した。我と貴様を島の奥深くへと誘い、予め仕掛けられてた大量の爆弾で島の地面を割り…………」
……爆弾!?
この言葉で頭に嫌な考えが浮かんだ。私が聞いた話では、黒ひげさんは自らの力を全て使い、島の地面を真っ二つに割ったとの事……でも、今の話が本当だとしたら……!
「その時に黒ひげさんは……!」
「うむ……成す術もなく、氷の裂け目へと転落した」
……なんて事だ……!古くから語り継がれていた伝説は嘘だった!
30年前、本当は黒ひげさんとタイラントは戦ってない。教団の策略によってタイラントと共に罠に嵌められただけだった。
「……成程。そう言う事か」
「え?バジル君、成程って?」
突然、バジル君が納得したかのように軽く頷いた。
「教団が勇者を始末したなんて世間に広まれば……教団に対する不信感が一気に募るだろ?」
「……と言うと?」
「今思い返せば、黒ひげとタイラントとの決闘の物語を最初に広めたのは教団だった……」
「……あ!まさか!」
「……全く、頭に来る隠蔽工作だな!」
つまり……教団は故意に真実を隠し、嘘の情報を世界中にばら撒いたと言う事か!
偽りの言い伝えが世界中に広まってるなんて……なんとも歯がゆい気分だ。
「……だが、奇跡的にも我らはこうして蘇った。あの凶悪な髑髏……ソウル・スカルによってな」
「ソウル・スカル!?」
黒ひげさんの言葉を聞いて、突然バジル君が驚いた表情を見せた。この表情……何か重大な事を知ってるように見える。
「え?何?バジル君、何か知ってるの?」
「知ってるも何も……貴様もあの黄金の髑髏を知ってるだろう?」
「え?黄金の髑髏って……キッド君が手に入れてたあの髑髏?」
「そう、それこそがソウル・スカルだ」
以前キッド君が手に入れた黄金の髑髏がソウル・スカルと言う物だったようだけど……それがどう関係しているのだろうか?
「ソウル・スカル……膨大な魔力を与える事により、人間の魂を吸引する恐ろしき凶器。とある洞窟にて手に入れた物であったが……その凶器の正体を知った時、我はソウル・スカルを再び封印すると決めた」
「人の……魂?」
なんと、ソウル・スカルは人間の魂を吸い取る恐ろしい凶器だとか。あの髑髏がそんなに恐ろしい物だなんて……キッド君が知ったら驚くだろうな……。
「本はと言えば、我はそのソウル・スカルを封印する為に、このアイス・グラベルドを訪れたのだ。どれ程強大な攻撃を与えようともビクともせぬ頑丈な代物であるが故に、人の手が届かぬ場所に封印するのが最善の方法であった。しかし……」
黒ひげさんは、拳を握りながら話を続けた。
「タイラントと対峙した時、爆弾によって地面が割られると同時にタイラントが我に巨大な魔力の刃を放った。タイラントは最初から我を打ち倒す気でいたのであろうが、その魔力の刃がソウル・スカルの能力を起動させてしまった……」
「それじゃあ……その時に二人の魂が……」
「うむ……」
黒ひげさんの話を聞いてようやく全てを理解できた。
つまり……タイラントの魔力によってソウル・スカルが起動されて、黒ひげさんはタイラントと共に魂を吸い取られたと言う訳か。
でも、その時には既に教団に仕掛けられた爆弾が起爆して、魂の無い身体を地面の裂け目に落とされて……私たちに見つかるまで氷漬けにされてた。
そして魂が身体の中に戻って……今に至るって事か。
「全く、皮肉な話よ……あろう事か30年も無駄な歳月を経ておったとは……貴様もそう思うであろう?」
「…………」
黒ひげさんに話を振られても、未だにタイラントは睨み続けている。
それにしても……教団の罠に嵌り、魂を吸われ、挙句の果てには30年も身体を冷凍されて……改めて考えるとハードな経験だ。とても安易に想像出来ない……。
「……今は過ぎ去った事を振り返る時ではありません」
と、今まで黙ってたタイラントがようやく口を開いた。
「私がこうして蘇ったのも、全て主神の加護のお陰です!私は勇者として、悪の手から罪無き人間たちを……」
「……貴様、何時までそうしておるのだ?」
「……え?」
「何時まで下らぬ演技を続ける気でおるのだ?」
胸に手を当てて高らかに言うタイラントに対し、黒ひげさんは真剣な表情で見据えてる。
「貴様が何者であるか……我は既に見通しておる。貴様は……得体の知れぬものよ」
「…………」
「もういい加減に……その仮面を外したらどうだ?勇者の皮を被るのも、そろそろ止めておけ。窮屈であろう?」
得体の知れないもの……そう言われたタイラントは再び黙り込んでしまう。
なんだろう、この緊張感は……それに仮面って何の話?
「ええい!さっきから黙って聞いていれば偉そうに!タイラント君!君もボケッとしてないで早くそいつを倒したまえ!」
突然痺れを切らしたのか、さっきまでタイラントの背後にいたラスポーネルが怒鳴り散らした。
……って、偉そうなのはどっちよ!自分はさっきから何もしてないくせに!
「……あの……」
タイラントは徐に背後にいるラスポーネルへと視線を移した。まるで助けでも求めてるような瞳でラスポーネルを見つめてる。
「……こちらに来ていただけませんか?」
「へ?吾輩が?」
突然来るように言われたラスポーネルは自分を指差しながら訊き返してる。
「な、なんで吾輩がそっちに?」
「お願いです……来てください……黒ひげを倒す為にも貴方に協力して欲しいのです……」
「む……ま、まぁ、それなら……」
タイラントに懇願され、ラスポーネルは仕方なしとでも言いたげに、黒ひげを警戒しつつ恐る恐るタイラントへと歩み寄った。
「えっと……吾輩は何をすれば良いのかね?」
「…………」
「……ちょ、ちょっと……」
「…………」
ようやくラスポーネルがタイラントの近くまで寄ったが…………。
「……苦しんでください♪」
ドガッ!
「ぐほぉ!?」
なんと、タイラントはラスポーネルの懐目掛けてパンチをお見舞いした!
「ちょ、いきなり何を……」
「口答えしないでください。ウザいですから♪」
「ま、待ちたまえ……ゴボォッ!?」
ラスポーネルが痛みで前かがみになった瞬間、タイラントは乱暴にもラスポーネルの髪を鷲づかみして地面に叩き付けた!顔面を叩きつけられたラスポーネルは呻き声を上げながら痛みで身を悶えている。
ちょ、何!?なんでそんな事するの!?あの二人、現時点では味方じゃないの!?
「ラ、ラスポーネル様!」
「タイラント!貴様、なんて事を!」
目の前でラスポーネルを傷みつけられて憤慨を露にする教団兵。しかし、タイラントは無情にも……!
「クズが出しゃばらないでください♪ムーン・スラッシャー!」
「ぎゃあああ!!」
剣を振って三日月形の魔力を放ち、教団兵を数人ほど海へとぶっ飛ばした。
「き、君……これは一体どういうゴハァッ!?」
「あら?見て分かりませんか?目の毒になるゴミを片付けてるのですよ」
ラスポーネルが顔面強打によって出された鼻血を拭いながら抗議したが、タイラントは聞く耳持たずにラスポーネルの背中を力いっぱい踏みつけた。
これは……どういう事?口調こそ変わってないけど、なんだかさっきまでの雰囲気が一変したように見える。容赦なくラスポーネルの背中を踏みつけてる表情と言ったら……微笑んではいるものの目が笑ってない。見ているだけでゾッとする。
「これは……どういう事かね……!?まさか、敵側に寝返る気なのかね!?」
「あら、それは誤解です。私はこれからあの野蛮な海賊共も始末するつもりなのですから」
「だ、だったら……何故吾輩たちにこんな事をするのかね!?吾輩たちは味方だよ!?」
ラスポーネルは背中を踏まれたまま抗議するが、タイラントは冷たい笑みを浮かべながらラスポーネルを見下してる。
「私は別に貴方たちなんか味方とは見てません。本当なら復活した瞬間に貴方たちを苦しめるおつもりだったのですが……そう思った瞬間に海賊がやってきて面倒な事態になったから、この際利用するだけ利用してから始末する予定だったのです」
「り、利用だと!?」
「どうせならクズ同士を戦わせた方が後が楽になると思いましてね。でも……なんですか、このザマは?あれだけの船団を呼んだにも関わらず、たった一隻の船にあっさりとやられて……ホント、無様です。お蔭で全然弱ってない海賊を始末しなければならないじゃないですか。ホント、どこまで使えない捨て駒なんですの?」
「な、なんですと!?吾輩は君を蘇らせた恩人なのだよ!?それなのに、その態度hグエェ!」
タイラントは足に力を入れてラスポーネルを痛みつけてる。未だに冷たい笑みを浮かべている分、恐怖が一層増している。
「恩人?馬鹿言ってんじゃありませんよ。最初から私を利用して大手柄を横取りする気だったのでしょう?」
「ギクッ!い、い、いやいやいや!な、何を言って……」
「惚けないでくださいよ。最初から見通してました。私欲の為に人を丸め込もうとして……本当にクズですね!」
「……君ねぇ!いい加減にsガッ!?」
「と言うか、もうくたばってくれませんか?貴方なんてもう用済みですし♪」
タイラントはラスポーネルの脇腹を蹴り飛ばした。
……なんて酷い……ラスポーネルにも非があるとは言え、あんなのは見るに堪えない……!
「……タイラント……この……恩知らずの小娘がぁ!」
すると、ラスポーネルは徐に立ち上がり、持っていたステッキの先端をタイラントに向けた。すると……ステッキの先端から刃物が出てきた!
「毒が塗られた刃物だ!触れただけで全身に激しい痛みが走る!」
「あら?それを私に当てるつもりですか?」
「吾輩を侮辱した罰だ!君は徹底的に頭を冷やす必要がある!」
「お馬鹿ですね……私がそんなのを易々と受けるとでも?」
「黙れ!紳士を舐めるとどうなるのか思い知らせてやる!」
もはや怒りで周りが見えなくなったのか、ラスポーネルは怒鳴り散らしながらタイラントにステッキを向けて狙いを定めてる。
そして……!
「お仕置きだよ!」
ビュッ!
ステッキの刃物がタイラントに向けて飛ばされた……しかし!
カキィン!
「うぇ!?」
タイラントは器用にも剣を駆使して毒の刃物を上空へと弾き飛ばした。
「だから言ったのに……態度がデカいくせに脳みそは豆粒ですね」
「あ、あわわ……」
対抗手段が無くなったのか、ラスポーネルは顔を青ざめて後ずさりしてる。そこへ弾き飛ばされた毒の刃物がタイラントの目の前まで降りてきて……。
「貴方のでしょう?お返しします!」
カキィン!
「ガッ!……は……!」
タイラントの剣によって飛ばされた毒の刃物がラスポーネルの腹部に突き刺さった!刃物が刺さった腹部から血が滴れ落ち、ラスポーネルは痛みのあまりに目を見開いている。
「……あ、ぐっ!ぎゃあああ!あ、あが!ぎぃぃ!」
早くも毒が回ったのか、ラスポーネルは痛みで顔を歪め、腹部を抑えながらのた打ち回った。
あまりにも残酷な光景を目の当たりにしてしまい、思わず身を竦めてしまいそうだ……。
「…………あっははは!自分の武器で自分を苦しめるなんて……バッカみたい!」
タイラントは嘲笑いながらラスポーネル胸倉を掴み…………!
「さよなら!」
力いっぱい後方へと投げ飛ばした!女一人の手で投げたとは信じられない位の勢いでラスポーネルの身体は飛ばされていく!そして最終的には島の中央に聳え立つ氷山へ……!
ドォン!
……衝突する轟音が響き渡った。
私自身、ラスポーネルは嫌ってたけど……あまりにも酷い仕打ちだ。
「……ようやく本性を露わにしたか」
と、目の前で起きた惨劇に呆然としてると、黒ひげさんがタイラントに向けて静かに言い放った。この落ち着いた様子からして、最初からタイラントの本性が分かっていたようだ。
「あ〜あ、救世主の演技も楽じゃないわね。ホントは人間とか教団とか主神とか、そんなものどうでも良いんだよね〜♪演技とは言え、あんなクソみたいな事言っちゃって……思い出すだけで反吐が出ちゃいそう♪」
さっきまでの凛々しい態度は何処へ行ってしまったのか……口調から性格まで丸々一変してしまったタイラント。こんなのが勇者と呼ばれてたなんて信じられない。
「つーか、あんたらが手加減しなかった所為で予定が狂っちゃったじゃん。どうしてくれんのよ?」
「……予定?」
「そーよ!教団のゴミ共を甚振るつもりだったのにさぁ……なんで勝手な真似するのかな?マジで迷惑なんだけど!」
いや、甚振るって……なんでそんな惨い事を平気で言えるの?それに仲間でもある教団の人たちをゴミだなんて……!この人、もう色々とおかしいよ!
「解せんな。なぜ味方に手を出す必要がある?貴様の敵は我らであろう?」
黒ひげさんが真顔でタイラントに訊いた。
確かにその疑問は尤もだ。タイラントにとって刃を向けるべき敵は私たちのハズだ。それなのに味方に危害を加えるなんて……何故そんな事をする必要があるの?
「よく考えてみなよ。自分たちの勝利を確信した時とか、絶体絶命のピンチに追い込まれた時にさぁ……仲間に裏切られたらどう思う?」
「……何を言っておる?」
「だからぁ……」
タイラントはニヤリと悪意が込められた笑みを浮かべた…………。
「自分が信じてた仲間に裏切られた時の絶望って……最高に笑っちゃうでしょ?」
「え……!?」
ほんの一瞬だけ自分の耳を疑った。タイラントから発せられた言葉は……あまりにも酷過ぎる。
「『自分を助けてくれる』『自分を守ってくれる』そう信じてる人が自分を裏切ったら……絶望に浸った表情を浮かべるでしょ?その時の顔ときたら、もう傑作なのよねぇ!あっははははは!!」
「……なんで……なんでなの……?」
自分の中に……沸々と怒りが込み上げて来た。自分でも声が高まってるのが理解できる。
なんで……なんで……!
「なんでそんな事が言えるの!?それでも人間なの!?人の心を何だと思ってるのよ!!」
「待て!落ち着けメアリー!」
怒りに任せてタイラントに掴みかかろうとした瞬間、後ろからバジル君に羽交い絞めされた。
「バジル君、放して!あいつだけは許せない!」
「落ち着け!あの女は感情的になって倒せる相手ではないだろ!?」
バジル君の腕を引き剥がそうと暴れるけど、バジル君の力が強すぎて身動き出来ない。
バジル君の言ってる事は分かってる。でも……それでもあいつだけは許せない!あんな酷い事言うなんて……人としてあるまじき事よ!
「静かにせんか、メアリー!」
と、いきなり黒ひげさんがギロッと私を睨みつけた。あまりの迫力に不意にもピタッと動きが止まってしまう。
「こやつの相手は我ぞ!余計な手出しは無用!そこで黙って見ておれ!」
「は、はい……」
凄みを効かせた怒号にたじろいでしまった。
この様子からして、黒ひげさんは本気でタイラントとの決着をつける気なんだ……。これじゃ手を出す訳にはいかないか……。
「……貴様がどのような思考を備えておろうとも勝手だ。大して興味も無い。だが……貴様だけは此処で打ち倒すしかない」
黒ひげさんは徐にタイラントへと視線を変えて静かに言ったかと思うと、懐から何か物を取り出した。
それは…………。
「あれは……剣?」
黒ひげさんが取り出したのは剣……の、柄の部分……って、ちょっと!
「柄だけ!?刃は何処へ行っちゃったの!?」
なんとも想定外な事に、黒ひげさんが取り出したのは剣の柄の部分だけだった。
いや、刃が無い剣とか話にならないでしょ……!なんでそんな物を取り出したの?
「刃なら……今から作る」
「は?」
刃を作るって……どういう事?
そう思ってると、黒ひげさんは柄の上部にそっと手を添えた。
バシュッ!
「フッ!」
「ええ!?刃が出た!?」
黒ひげさんの柄から、大剣並みの大きさを誇る赤黒い光の刃が飛び出てきた。分厚い刀身から僅かに放たれてる黒い魔力がバチバチと音を立てている。
「これぞ我が愛用の大剣……爆砕剣【覇王門】よ!」
更に黒ひげさんは、いとも簡単に光の大剣を片手で振り回した。軽い準備体操のつもりなんだろうけど、大剣が振り回される度に風を切る音が響いて凄い迫力だ。
「……さぁ、始めようぞ」
準備体操が終わったのか、黒ひげさんは大剣の切っ先をタイラントに向けた。それに対し、タイラントはニヤリと蔑むような目で黒ひげさんを見据えながら剣を構えた。
「あんたとは良い甚振り合いゲームが出来そうね……尤も、私が一方的に甚振っちゃうけど♪」
「余裕をかますのも今の内ぞ。そのゲームが終わる時、貴様の首は刎ねられる!」
挑発をぶつけ合いつつも、互いに武器を構えつつ睨み合う黒ひげさんとタイラント。両者との間にはこれまでにない緊張感が漂ってる。
……あの二人が相当な実力者である事は間違いない。それだけは分かってる。ただ……確かな根拠こそ無いものの、一つだけ言える事がある。
もしかしたら…………勝負は一瞬で決まるかもしれない。
それこそただの想像に過ぎないのだろうけど……私にはそう思えてならなかった。
「さぁ……覚悟せよ!」
「あっははは!八つ裂きにしてあげる♪」
そして、こうしてる間にも……二人の決闘が始まった!
***************
「なぁ、サフィア……もう大丈夫だから……」
「ダメですよキッド!ちゃんと手当てしないと!ですよね、シャローナさん?」
「うふふ……そうね。念には念を入れないとね」
「……はいはい……」
ブラック・モンスターの医療室にて、甲斐甲斐しくも船長さんの手当てをしているサフィアちゃんを温かく見守っていた。
本当なら傷の手当とか身体の診察とかは船医である私の仕事なんだけど……船長さんが帰って来て嬉しそうにしてるサフィアちゃんを見てたら、どうも手を出す気になれなかった。
まぁ、何はともあれ、船長さんが帰って来てくれて良かった。なんせ、この船の船長はキッドでしか務まらないからね。
「やれやれ、過保護ってのはアレの事だよな」
「まぁ良いじゃない。サフィアちゃんも船長さんが帰って来て嬉しいのよ。今は好きにさせてあげましょう」
「まぁ、そうだな」
さっきまで私に手当てをしてもらったオリヴィアちゃんが、少し呆れ気味に船長さんとサフィアちゃんの馴れ合いを眺めている。
実はオリヴィアちゃんは、さっきまでリシャスちゃんと一緒に懸命に戦っていたのだけれど、どうにか私が隙を見つけて二人を医療室まで連れてきたばかりである。
先ほど様子を見に行ったところ、オリヴィアちゃんもリシャスちゃんも、余程激しく戦っていたのか、かなりボロボロの状態だった。怪我こそ小さいものの、体力に限界が来てると判断した私は無理にでも二人を連れ戻したのだった。
と言うわけで、今この医療室には……私と船長さんとサフィアちゃん、オリヴィアちゃんとリシャスちゃん……そしてリシャスちゃんを心配して訪ねて来たコリック君も含めて合計六人居る。
「リシャスさん、大丈夫?」
「ああ、これくらい大丈夫だ。問題無い」
「リシャスさん……あまり無理はしないでね?リシャスさんの身に何かあったら、僕……」
「コリック……全く、可愛い旦那だな!」
「うぷっ!?」
と、少し離れた所でコリック君がリシャスちゃんに抱きしめられていた。大き目のおっぱいに顔を埋められて、ジタバタと抵抗するも全く手応えが無さそうだ。
あらあら、あっちも幸せオーラが全開の夫婦が……いやぁ、全く持って羨ましい……あ、間違えた。妬ましい!
「……シャローナ、今ちょっと妬みオーラが出てたような気がするんだが……」
「あらオリヴィアちゃん、そんな事ないわよ?まぁ確かに目の前でイチャイチャされるとうっとおしいけどね」
「……あんた、そんなキャラだったっけ?」
「あら、ごめんなさい。私ったら性に合わない事を……おほほほほ」
「It's fearful!目が笑ってないぞ!?」
乾いた笑みを浮かべたらオリヴィアちゃんが怖がったけど……でもやっぱり羨ましい。
はぁ……私も早く旦那が欲しい……。
「……で、シャローナ、早速だが俺も戦いに行っても大丈夫だろ?大した怪我も負ってないし、見ての通りピンピンしてるし……」
「う〜ん……まぁ確かに大丈夫ね。良いわよ、戦ってきても」
「ちょっと、シャローナさん!認めてないでドクターストップを出して下さい!」
「ごめんなさい、サフィアちゃん。本当に大した問題は無いのよ。それに、船長さんのアクセルはドクターストップで止められる程安易じゃないわ」
私が船長さんに戦いに行かせる許可を与えたら、サフィアちゃんに険しい表情で抗議された。
本音を言えば、私だって船長さんには行って欲しくないわ。でも、どんなに止めたって船長さんは素直に聞き入れてくれそうもないし、何よりも今は少しでも戦力が必要な状況だし……行かざるをえないわね。
「キャプテンが行くって事は……当然、私も行って良いだろ?」
「いや、船長さんはともかく、オリヴィアちゃんは長時間戦い続けたのだから少しは休まないと……」
「No problem!私はまだまだやれるよ!」
「またそんな意地張って……」
オリヴィアちゃんも戦う気満々だけど……オリヴィアちゃんは休んだ方が良いと思う。船長さんと比べたら疲労が溜まってるんだし、無理に身体を動かすのは医者としてお勧め出来ないわ。
「いいぞ、一緒に来ても」
「え!?ちょっと、船長さん!」
「おお!Thank you!キャプテン!」
あろう事か、船長さんは一緒に行く許可を与えた。
「船長さん、なんでそんな事言うの!?」
「そう言うなよ。仮にも行きたくないと思ってるんだったら仕方ないが、今回は本気みたいだからな。時にはやりたいようにやらせるのも良い選択だ。それに、この部屋に来てから十分休んだだろ?大した怪我も無いし、疲れも十分取れたから多少は激しく動いても問題無いだろ?」
「でも……!」
「尤も、ヤバくなったら無理にでも撤退させるがな。それで良いだろ?」
「いや、それでも……!」
「頼むよドクター!無理はしないからさぁ!」
オリヴィアちゃんが縋るような目で私を見つめる。
うぅ……そこまで言われるとなぁ……しょうがない。
「……無理しちゃダメよ?約束だからね?」
「おお!Thank you!」
私からのお許しを得た途端、オリヴィアちゃんは嬉しそうに飛び跳ねた。
ま、船長さんの言った通り、本当に危険な状態になったら無理やり連れ戻してやるけどね。
「キッド……行ってしまうのですか?」
すると、サフィアちゃんが潤んだ瞳で船長さんを見つめた。
その気持ちは分かる。今日帰ってきた夫が戦場へと再び飛び込むのだから、内心穏やかではないのだろう。
「心配するな。俺は生きて帰る。お前を残して勝手にあの世へ逝ったりしねぇよ」
「キッド……」
サフィアちゃんを安心させる為か、船長さんはサフィアちゃんの頭を優しく撫でた。対するサフィアちゃんも、船長さんの力強い瞳を見て少しだけ落ち着いたのか、頬を紅く染めながら船長さんを見つめ返してる。
「それなら……せめて船の外まで見送らせてくれますか?」
「勿論!それじゃあシャローナ、早速行って来る!」
「ええ、気をつけてね」
そして船長さんはサフィアちゃんを連れて医療室を出て行った。
また戦いに行ったのね。でもやっぱり、医者としても、仲間としても……出来れば無茶だけはしないで欲しいと思う。
「……あら、オリヴィアちゃんは行かないの?あんなにやる気満々だったのに」
「もうちょっとだけ此処で時間を潰してるよ。あの二人の邪魔をしちゃ悪いからな」
と、いつの間にかオリヴィアちゃんが医療室のベッドの上で寝転んでいた。今の発言からして、船長さんとサフィアちゃんに気を遣ったのだろう。
「……それにしても、あのタイラントとか言う女はマジで強かったな……」
「……ああ、まさに怪物クラスだな」
「ふぐっ……ぷはぁっ!あの、タイラントって誰の事?」
ベッドに寝そべりながら天井を見つめてるオリヴィアちゃんに、リシャスちゃんも同意の意を示した。すると、リシャスちゃんに抱きしめられていたコリック君が顔を上げてリシャスちゃんに訊いた。
「ああ、詳しくは知らないが……どうやら教団に所属してる勇者らしいんだ。私が今まで会った教団の人間の中でも一番強いと言っても過言ではない。悔しいが、手も足も出なかった……」
「そうか……リシャスさんでも敵わないなんて……」
「まぁ待てよ。今はもうさっきまでの厳しい状況とは違うんだ。キャプテンも帰って来たし、メアリーも助太刀してる。おまけにあの黒ひげとか言う海賊も味方のようだし……少なくとも今はこっちの方が優勢なんだ。最後まで頑張れば絶対に勝てるって!」
気落ちしてるリシャスちゃんとコリック君を励ますように、オリヴィアちゃんがベッドに寝そべりながら言った。
今の戦況なら私も大体の事は把握してる。さっきまで私たちを襲おうとした五隻の教団の船は黒ひげが操ってるダークネス・キング号によって返り討ちに遭ったし、島にいる教団兵の軍団の大半も黒ひげによって海へ飛ばされた。
後は今一番の強敵であるタイラントを抑えればどうにかなるとは思うけど……。
「タイラント…………」
「……あの、シャローナさん、どうかしましたか?」
「うん、あのね、いきなりこんな突拍子も無い事言って悪いんだけど……」
私も船の外に出たからタイラントの姿を把握してるけど……その姿を見た第一印象は……。
「タイラントってさ……人間なの?」
「え?」
『タイラントは人間なの?』それが第一印象だった。船の甲板に出てタイラントの様子を観察した時……私は最初に違和感を覚えた。
何故なら……彼女は色々とおかしい点が幾つかある。
それに……私はタイラントを初めて見た気がしなかった。まるで、以前にもどこかで見たような……。
「おいおい、人間かどうかって……あの姿はどっからどう見たって人間だろ?あれが人間じゃなかったら、一体何なんだ?」
「確かに見た目は人間よ。でも……少しだけ様子を見て一つ気づいた事があるの」
「気づいた事?」
「ええ……」
私が最初に気づいた事、それは……。
「彼女……瞬きをしていなかったわ」
「瞬き?」
そう、タイラントは瞬きを一回もしていなかった。本人に気づかれないように身を隠しながら観察したけど……やっぱり一回も目を閉じなかった。
「人間は無意識に瞬きをする生き物よ。角膜を清潔に保つ為とか、物体の像のボケを修正する為とか、役割は色々あるけど……要するに、瞬きをしない人間なんてこの世には居ないって事よ」
「成る程……」
私の説明を聞いて、オリヴィアちゃんは納得したかのように何度も頷いた。
ただ単に私が瞬きした瞬間を見逃した可能性もあるけど……タイラントはオリヴィアちゃんとの戦いで激しく動き回った。そして激しく動き回ると、目には自然と汚れが付着する。更に目に汚れが付着したら、それを洗浄する為に瞬きをするハズ。
それなにの瞬きを一回もしないなんて……なんかおかしい。
「瞬きをしない人間……」
……タイラントの姿を思い浮かべてデジャヴを感じた。
そう言えば……以前にもそんな人間について色々と聞いた気がする。確か……私がこの海賊団に入団する前の……ずっと昔……。
えっと……瞬きしない人間…………。
「……どうした、シャローナ?」
「…………」
リシャスちゃんの声が聞こえたけど、それでも私は頭の中の記憶を探り続けた。
どれくらい前だったかしら……私が医術の勉強に努めてた頃だったかな?あの頃は頑張って色んな本を読み漁って……。
……本?
「あ!まさか!」
私は咄嗟に部屋の隅に置かれてる本棚へと駆け寄り、片っ端からとある本を探し始めた。
「お、おい、どうしたんだよシャローナ?」
「……とてつもなく悪い予感がするの」
戸惑いながら訊ねてるオリヴィアちゃんを背に、私は手を休める事無く、本を探しながら話し続ける。
「もしかしたら……本当にもしかしたらの話だけど……私、タイラントを知ってるのかもしれないの」
「……え!?それって、どういう事だ!?」
「私自身、あのタイラントの姿を見たのは初めてだった。でもね、過去に瞬きをしない人なら聞いた事があるの。でもそれは……あ!」
……あった。目的の本が見つかった!
これは、私が昔から読んでいた医学書…………。
「……シャローナ、それはなんだ?」
「これはね、私が正式な医者になる前によく読んでいた医学書よ。昔からずっと持ち歩いてたから思い入れがあって、この船にも持ち込んでたのよ」
リシャスちゃんの質問に答えながら、私は目的のページまで、パラパラとページを捲る。
私の記憶が正しければ……確かあのページに挟んであったハズ……!
「……これね……」
そしてすぐに目的のページを見つけた。そしてそのページに挟まれていた薄い冊子を徐に取り出した。
それは……誰にも知られていない……否、正しくは知られてはならない極秘の情報……!
「シャローナ、それは?」
「…………」
オリヴィアちゃんに質問されたけど、私には詳しく答えれる程の心の余裕は無かった。
まさか……再びこの冊子を取り出す日が来るなんて思わなかった。今でも冊子を持ってる手が震えてる。
でも……今ここで見ない訳にはいかない!
そう決心した私は、冊子の一ページ目を読み始めた…………。
***************
キィン!
ドドドドド!
ドカァァァン!!
「ウォォォォォォ!!」
「あっははは♪さっさと血反吐でも吐いちゃいなよ!!」
戦闘が始まってから数分も経たないうちに、戦場と化した氷の島が荒れ果てていく。実力者同士の決闘は、想像を遥かに超える程の凄まじい光景であった。
「念力爆破!」
ドカァァァァァン!!
「当たる訳無いでしょ?バ〜カ♪」
大きく跳躍して黒ひげさんの爆破魔法をかわすタイラント。
今度はタイラントが上空へ跳び上がったまま…………!
「ムーン・スラッシュ!!」
「ふぅんぬ!」
三日月形の魔力を放った!
しかし、黒ひげさんは右手に持ってる大剣を盾にして魔力から身を守った。
「……あ〜あ、諦めの悪い男って見苦しいんだけど〜?」
「我は一歩たりとも譲る気は無いわ!」
華麗に着地して気に食わなさそうな表情を浮かべるタイラントに対し、黒ひげさんは大剣を構えなおしてタイラントに向かって突撃した。
「うぁらぁぁぁぁ!!」
「せぁぁぁぁぁぁ!!」
そして大剣による俊敏、なおかつ強力な連激を繰り出した。対するタイラントも応戦するかのように銀色の剣を俊敏に振る。剣と剣がぶつかり合う度に起こる衝撃波が、両者の剣の威力を物語っていた。
「……こいつはとんでもない戦いだな。あの女、かなりの実力者のようだな……」
「あ、キッド君!」
すると、さっきまでブラック・モンスターに帰ってたキッド君が私とバジル君の下まで駆け寄ってきた。
「急いで助太刀しようと思ってたんだが……あれじゃ割り込む隙も無いな」
「うん……と言うか乱入なんて止めた方が良いよ」
「そうみたいだな……」
どうやらキッド君も参戦しに来たみたいだけど……今は手を出さない方が良いと思う。いや、だって、あんな激しい戦渦に突っ込んだら間違いなく巻き添え喰らっちゃうから…………。
ドォォォン!!
と思ってる傍から凄まじい爆音が響いた。またしても黒ひげさんが爆破を起こしたらしい。
やっぱり、今は見ているしかないのかな…………。
「……あ〜!もう!マジでウザいんだけど〜!この老いぼれが!いい加減にコロッと逝っちゃえよ!」
タイラントが苛立ちを露にしながら黒ひげさんを罵倒した。
自分の思い通りにならないと気に食わないのか……なんとも分かり易い。
「……貴様、本気でそう思っておるのか?」
「はあ?」
しかし、黒ひげさんは冷静さを欠かずにいる。そして何やら真剣な表情でタイラントに言った。
「貴様は本気で我に挑んでおるのか?」
「……何言ってんの?最初から殺しにかかってるに決まってるじゃん」
「ならば……」
黒ひげさんは一呼吸置いてから言葉を発した。
「何故……それでおるのだ?」
「……は?」
「何故、真の己を見せないでおる?」
「……いや、ちょっと意味分かんないんだけど?」
タイラントは否定してるけど……あの様子は明らかにおかしかった。まるで何かを隠しているように見える。
でも……私も黒ひげさんの質問の意味が分からない。真の己って……どういう意味なの?
「では言葉を変えるとしようか。貴様は何故……本気を出しておらぬ?」
「……え!?」
黒ひげさんの言葉には驚かざるを得なかった。
タイラントは……最初から本気を出してなかったって事?なんで?
「……バッカじゃないの!?あんた如きに本気を出す必要なんて無いでしょ!あんたみたいなクズにはね、全力で挑んでやる価値も無いの!」
「……ほう……」
クズ呼ばわりされたにも関わらず、冷静さを保ってる黒ひげさん。すると、黒ひげさんは手にしている大剣を構え直した。
「ならば……我が先に本気を出すまでよ!」
そう言いながら黒ひげさんは大剣を横に振る構えに入り……!
「円盤爆破!」
大剣が横に振られた瞬間、赤黒い円の魔力がクルクルと回りながらタイラントに向かって突進した!
「あっはは♪そんなのシールドで防げちゃえば……」
すると、タイラントは片手を翳してシールドを張ろうとした…………が!
シュバッ!
「背中が空いておるわ」
「……え!?」
タイラントの背後には黒ひげさんが……って、うぇ!?何時の間に!?
「ふんっ!」
「ぎゃ!?」
黒ひげさんに背中を蹴られたタイラントはそのまま前方に飛ばされて……!
ドカァァァン!!
「ぎゃああ!!」
赤黒い円の魔力がタイラントに直撃した瞬間に爆発した!モクモクと黒い煙がタイラントの身体を包み込む。
あの円の魔力も爆発する仕組みだったんだ……!黒ひげさんって本当に爆破の魔法が得意なんだね……!
「今のは……瞬間移動か!?」
と、私の傍にいるキッド君が驚いた表情を浮かべた。
瞬間移動?それも魔術か何かの類なのかな?
「ゲホッゲホッ!ちぃ!この老いぼれがぁ!調子ぶっこいてんじゃねぇよ!」
疑問に思ってると、爆破を喰らったにも関わらず未だに動けてるタイラントが剣を振る構えに入った。
あの構え……ムーン・スラッシュとか言う魔力を放つ気だ!
「ムーン・スr」
シュバッ!
「遅いわぁ!」
ドカッ!
「ゴホッ!?」
……ほんの一瞬の事だった。タイラントがムーン・スラッシュを放つ前に、黒ひげさんが目にも留まらぬ速さでタイラントの懐を殴った。そして黒ひげさんは一瞬の隙を突いてタイラントの腕を捻って動きを封じた。
「放しなさいよ!このクズ海賊が!」
タイラントは黒ひげの手から逃れようと必死に抗うが、黒ひげさんはどんなに暴れられても微動だにしない。あの光景を見れば、どれ程の力の差があるのか歴然だった。
「……そうか……成程な……」
「え?」
ふと、キッド君が真剣な面持ちで静かに呟いた。何かを理解したように見えるけど……一体何が分かったの?
「キッド君、何か分かったの?」
「ああ、黒ひげがどうやって瞬間移動をしてるのか大体分かった」
「瞬間移動……やっぱり魔術を使ってるの?」
「いや、魔術なんか使ってない。自分の足で動いてるんだ」
「……え!?」
黒ひげさんは自分の足で瞬間移動をしているとの事……でも、なんだか信じられない。
「ほら、さっきまで黒ひげが立ってた場所に思いっきり地面を蹴ってる跡があるだろ?足の大きさからして、あれは黒ひげのもので間違いないハズだ」
「……あ!本当だ!」
キッド君が指差した地面の一箇所には、確かに思いっきり蹴られてる跡がある。普通の力ではあんなに大きな跡は残らない。
と言う事は……やっぱり黒ひげさんの瞬間移動は……!
「この!この!放しなさいよ!」
「うぉ!」
すると、タイラントは手から光を放出して黒ひげさんを怯ませ、その隙に黒ひげさんの手から逃れた。そしてすぐに黒ひげさんから離れて一定の距離を保った。
「どうした?勢いが衰えておるぞ?」
黒ひげさんは持っている大剣を地面に突き刺してからニヤリとほくそ笑んでいる。その表情には明らかに余裕が出ていた。
「ウザい!ウザい!マジでウザい!ホントに何様なの!?海賊の分際で、マジでウザったい!」
「……罵倒するだけしておいて、挑んで来ぬのは卑怯者の証よ」
「うっさいんだよ!目障りだから消えろ!」
「……ふっ……!」
怒鳴り散らしながら襲ってくるタイラント。しかし、黒ひげさんは地面に突き刺さってる大剣を抜き取り、後方に大きく跳んでその場を離れた。
すると…………!
ガチャッ!
「な、なんだ!?」
「……あっさりと引っ掛かりおって」
「……あんたね?こんな檻を仕掛けたのは……!」
「訊かなくても分かっておるであろう?」
突然、タイラントは黒い檻のような物に囲まれた。前後左右共に逃げ道を塞がれ、完全に閉じ込められてしまったようだ。
恐らく、あの檻も黒ひげさんが仕掛けた物なのだろうけど……あんな魔術まで扱えたんだ……。
「これぞ我が爆破魔法の妨害術……『爆檻』よ。敵の動きを封じる魔術であるぞ」
「……ふん!それがなんだってんの!?こんな陳腐な檻がどうしたって……」
と、タイラントが徐に檻に手を触れようとしたら……。
ドォン!
「うっ!」
なんと、触れられた部分が爆発した。しかし、爆発した部分は折れるどころか元の状態に戻ってる。
あの檻まで爆発する仕組みになってるんだ……なんて危ない……。
「迂闊に触れると爆発する仕組みになっておる。檻を登って逃れようとしても無駄な事。我が魔術を解かぬ限り、その檻が消える事はない」
黒ひげさんがそう話しているうちに、何やらタイラントの足元の地面が徐々に黒く染まっていく。
……あれ?確かあそこって……。
「タイラントが立ってる所……確か黒ひげが大剣を突き刺した所だったな?」
「そうだよね……」
バジル君も私と同じことを考えてたようだ。確かにタイラントが立ってる場所には、さっき黒ひげさんが大剣を突き刺した穴が……!
「補足すると……檻の魔術が解かれると同時に、その『爆檻』自身も粉々に爆発する仕組みになっておる」
「はぁ!?」
「更に、貴様の足元には我が仕掛けた『罠爆破』……もう分かっておろう?」
黒ひげさんの言葉を聞いた途端、タイラントは焦りの表情を浮かべた。何とか檻から脱出しようと考えているのだろうけど……。
「覚悟するが良い……貴様はもう……逃げられぬ!」
周りには触れたら爆発する檻、そして足元には罠。もはや……タイラントには逃げる術が残ってなかった!
「極刑!破滅の獄炎爆破!!」
ドカァァァァァァァァァン!!!
「きゃあ!?」
「くっ……!」
「うぐっ……!」
凄まじい轟音と共に巨大な爆炎が湧き上がった!あまりの威力に私とバジル君、そしてキッド君までもが思わず怯んでしまう。
これは……かなり強烈ね……!爆発の熱がこっちにまで伝わってくる……!
こんな凄まじい攻撃を喰らったら……流石のタイラントも……!
「……やはり耐えたか」
「え……?」
黒ひげさんの声が聞こえて、私は徐に視線をタイラントへと向けると…………!
「……う……うぅ……」
「……えぇ!?」
そこには、黒焦げになりながらも立ち尽くしてるタイラントの姿が!
あんな爆発を受けても立っていられるなんて……!
あれはもう頑丈なんてものじゃない!と言うか、普通の人間じゃ有り得ない!
「……ムカついた!もう頭にきた!あんたはガチでぶっ殺してやる!」
「……ふん……」
完全に怒り狂ってるタイラント……しかし、黒ひげさんは大剣を構えなおして再び戦闘の姿勢に入った。
再び激しい戦いが始まった…………と思ったら……!
「みんなー!!大丈夫!?」
「何やら物凄い爆音が聞こえたが……って、タイラント!?ありゃ酷い姿だな……!」
「……あれ?シャローナ?それにオリヴィアまで……」
「船長さん!大変!大変なのよ!」
背後からシャローナさんとオリヴィアちゃんが慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。そしてシャローナさんはいきなりキッド君の腕を掴んで何度も『大変』と大声で言った。
シャローナさんがこんなに慌てるなんて……一体どうしたの?
「落ち着けよシャローナ!一体何が大変なんだよ!?」
「あのタイラントなんだけど……あいつは危険よ!たった一人で敵う相手じゃない!」
「いや、それは分かってる。でもな、黒ひげが善戦してるから勝てそうで……」
「違うわよ!タイラントはまだ正体を隠してるのよ!」
「……正体?」
少しばかり慌てているシャローナさんをキッド君が宥めるが、シャローナさんは興奮を抑えられずにいる。まるで……何かを恐れているようにも見える。
そう思ってると、シャローナさんはタイラントを指差しながら興奮気味に言い放った。
「見た目こそ綺麗な女に見えるけど……あれは人間じゃないわ!」
「……人間じゃない?それって、まさか……あいつは魔物なのか!?」
「違うわ。あれは人間でも……魔物でもない!」
「お、おいシャローナ、さっきから何を言ってるんだよ……?」
キッド君の疑問は尤もだった。
人間でもなければ魔物でもないって……意味が分からない。まるでこの世のものではないと言ってるように聞こえる。
「……聞いたか?あのサキュバスは既に貴様の正体を見破ったようだな。ならばもう、隠す必要もなかろう」
「…………」
と、黒ひげさんが真剣な面持ちでタイラントに話しかけた。対するタイラントは無表情のまま何も言わずに立ち尽くしている。
「もういい加減に……暴君の正体を現すが良い!」
黒ひげさんが大声を発すると同時に、辺りが静寂に包まれる。これ程までにない緊迫した空気に支配され、迂闊に言葉を発する事が出来ないでいた。
「……あー、そう……分かった……よーく分かった。あんたたちって……そんなに死にたいんだね?」
すると、タイラントが無造作にも持っていた剣を投げ捨てて……!
メキメキッ
「え?」
私は……自分の目を疑ってしまった。今目の前で起きてる光景が……信じられなかった。
タイラントの身体が……徐々に身体が大きくなっていく!私たちが見上げてしまうほど大きく……!
しかし……それだけではなかった!
メキ……バキバキッ!
「つーか、もったいぶらずに最初からこうすれば良かったのかもね?そうすれば、余計に身体を痛めずに済んだのかもしれないね」
バキバキバキッ!!
「『手加減してどこまでやれるかな〜?』って思ってたけど……気が変わった。あんたら、マジでぶっ殺す」
バキバキバキバキバキッ!!
こちらが呆然としてるのを他所に、タイラントの変異は進んでいる!
全身の皮膚が真っ白に染まり……尚且つゴツゴツした質感に変化してる。肥大化した両手からは鋭い爪、背中からは蝙蝠のような翼、更に野太い尻尾が徐に生えてきた。
「まぁ、どっちかっつーと、こっちの方が好きなんだけどね〜♪だって……思う存分皆殺しが出来るから!」
そして……とうとう顔までもが異形に変化した!
不気味に光る真っ赤な眼、歪な形の口、そこから生えてる鎌の様に長くて鋭い牙、そして頭頂部には銀色に光る巨大な角が……!
「……なんてこった……なんて化け物だ!」
「……あれは……魔物じゃないのか!?」
「Unbelievable……私は夢でも見てるのか……!?」
キッド君、バジル君、オリヴィアちゃん……この場にいる人たち全員が驚きを隠せずにいられなかった。
無理もない。今私たちの目の前には……巨大な異形の化け物が立ちはだかってるのだから……!
「あっははは♪皆殺しパーティーが始まるよ!」
さっきまでとは違ってドスの効いた不気味な声がより一層恐怖を漂わせる。完全に異形と化したタイラントの姿を見て、私はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……あれが……殺戮生物……まさか、本当に恐れていた時が来るなんて……」
私の傍に居るシャローナさんが呆然とタイラントの姿を見ていた。
でも……『恐れていた時』ってどういう意味?タイラントの正体を知っていたような口ぶりだけど……。
そう思ってると……突然タイラントは天に向かって、我が存在を誇示するかのように咆哮を上げた……!
「ヴォォォォォォォォォォォ!!」
==========
(以下、シャローナが先程読んだ冊子の一部から抜粋)
****年×月×▽日
この冊子が書き終わる頃には、私という存在は世間から完全に消えているだろう。
しかし、何も自ら命を絶つつもりはない。
医者として、命を粗末にするような愚行だけは決して犯さない。
たとえそれが、自分の命であろうとも。
こうしている間にも、どす黒い欲望を抱えた者たちが私を捜しまわっているだろう。
しかし、私は屈しない。
あのような悪魔を再び起こしてはならない。
あの凶悪な殺戮生物を……再び生み出してはならない。
私の同僚は……とんでもない悪魔を造り上げようと恐ろしい計画を企てていた。
当時、教団に所属していた同僚は、頻繁に増え続ける魔物たちを退治する為に最強の人造生物を生み出そうとしていた。
私は止めさせようとした。魔物は敵ではない。お前は誤解していると……。
しかし……何もかもが手遅れだった。
とんでもない怪物が誕生してしまった。
その名は……『タイラント』
見た目こそ人間の女性に見えるが、その正体は恐ろしい姿をした異形生物。
姿を変える時は、自ら細胞を組み替えて変身すると思われる。
だが……恐ろしいのは外見だけではなかった。
タイラントは暴虐を好み、自分以外の生物を甚振る事を何よりの快感と自負している、極めて残虐な性格であった。
その凶暴さ故に、私の同僚はタイラントの生みの親であるのにも関わらず、タイラントによって虐殺されてしまった。
しかも最悪な事に、その怪物は教団の下へ行ってしまったのだ。
しかし、思わぬ知らせが私の耳に届いた。
なんと、タイラントがアイス・グラベルドにて命を落としたのだ。
聞いた話によると、タイラントは魔物を退治するどころか、次々と教団の勇者を甚振っては面白がっていたとか。
しかも、暴虐の矛先は教団の勇者だけではなく、なんの罪も無い人間にまで向けられたらしい。
そのあまりにも凶暴すぎた性格に業を煮やした教団は、やむを得ずタイラントを氷の島にて葬ったらしい。
その時に黒ひげと言う大物の海賊も意図的に巻き込んだらしい……。
アイス・グラベルドにてタイラントは封じられたが、まだ安心できない。
タイラントの脅威が完全に消えた訳ではない。何時の日か再びタイラントが生み出される可能性も否定出来ない。
私もタイラントの様な凶悪な人造生物を造り上げる方法を知ってる人間の一人だ。
何時の日か、私自身もタイラントと関係がある者として、タイラントを利用しようと企ててる悪人に狙われるだろう。
故に私は……すぐにこの世から姿を消そうと思ってる。
もう二度と、タイラントの様な殺戮生物を造り上げさせない為にも……。
しかし、私は敢えてこの冊子に纏める事にした。
本来ならば、このような情報は跡形もなく抹消するべきであろうが……何時かこの情報が必要になる時が来るだろう。
タイラントが再び現れた時に……この情報が役立ってくれる事を願っている。
後世に生きる者たちが、あのタイラントに打ち勝つ手段を見つけてくれると信じている。
あのタイラントに打ち勝つ日が来ると……私は信じてる。
その時の為にも……多くの命を守る為にも、この冊子を書き記そう。
そして、ここで言うのも場違いかもしれないが、最後に愛する孫へ一言……
お前だけは、どうか幸せになってくれ。
こんなに情けない私を慕ってくれてありがとう……!
我が最愛の孫…………シャローナ!
製作者:アルグノフ
12/11/10 22:39更新 / シャークドン
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