第十一話 守るべきもの
只今、海賊船の上にて教団兵との戦闘中…………。
私ことオリヴィアも次々と襲って来る教団の兵士たちを薙ぎ倒している最中であった。
「紅のドラゴンめ……覚悟しろ!」
「上等!喰らえ!Tail whip!!」
「ぎゃああ!!」
私に襲って来る教団兵を強靭な尻尾で叩き飛ばしてやった。更に飛ばされた教団兵は海へ落とされ、間もなくスキュラに連れ去られて行った。
「やれやれ……どいつもこいつも、口だけは達者だな。教団なんて、そんなもんかな?」
「油断してたら痛い目に遭うぞ」
「おっと、Sorry」
すぐ近くでレイピアを振って応戦してるリシャスに注意されてしまった。
まぁ、そう言われても……見たところ特に強そうな奴らはいなさそうだし……このまま応戦していれば、特に問題は無いだろう。
「畜生……!やはり我々だけでは無理か……!皆の者!援軍が来るまで持ちこたえるのだぁ!」
教団の親玉とも思われる男が大声を…………って、What!?援軍だと!?
「……オリヴィア、今の聞いたか?」
「ああ……こりゃ長引くだろうな……!」
リシャスもしっかりと聞き取ったらしく、私に確認してきた。
参ったな……こいつらを全員海へ落とせばそれで終わると思ってたのに……!
あ〜あ、こりゃ武器を回収する時間も無いだろうな。ちょっと楽しみにしてたのに…………。
「…………ん?」
「どうした?余所見をしてる暇は無いぞ」
「いや、それは分かってる。でも、あれは…………」
「ん?」
ふと、私たちが乗ってる海賊船の近くに在る氷の島アイス・グラベルドの海岸に…………一人の人間の女が立っていた。
金色の長い髪で、白い服の胸元には十字架のマークが描かれている。そして銀色に輝く長い刀身の剣を右手に持ち、真剣な面持ちでこちらを見据えてる。
なんだ、あの女は?まさか、こいつらと一緒に来た兵士か?いや、それにしてはあの女だけ服装が違う。教団兵の服装にしてはやたらと高価だ。ましてや、何故あんな所へ…………?
「……30年と言う長い年月を経てもなお、魔物の繁栄は止められないと言うのですね…………!」
突然、金髪の女が嘆くような口調で言った。
おいおい、急に何を言い出すんだ?30年だと?突拍子もない事を…………。
「ですが、たとえどんなに魔物が増えようと、私は屈しない!我が名はタイラント!全ての人間に希望をもたらす勇者です!」
そう叫ぶと、金髪の女……いや、タイラントは剣を縦に振る構えに入った。
そして…………!
「受けてみよ!飛来する斬撃…………ムーン・スラッシュ!」
剣を振った瞬間、刃から三日月型の魔力が飛び出て来た!
「ちょっ!?まずいぞ!船に直撃する!」
三日月型の魔力は船に向かって物凄い速さで飛んで来る。
ヤバい!このままじゃ、船に当たる…………!
「そうは問屋が卸しません!」
すると、近くで戦ってた楓が大きな魔力の壁を作り、三日月型の魔力を防いだ。
危なかった…………楓の防壁が間に合わなかったら、危うく斬られたところだった……。
「Thank you!あんたのお陰で助かったぜ!」
「いえ、ご無事で何よりです。それよりあの人、手強そうですね…………」
「ああ、ありゃ厄介な相手だな…………」
楓の言った通り、あの海岸にいる女は強そうだ。このまま見過ごしていたら、また船が狙われる。
こっちは問題なさそうだし……私はあのタイラントを倒しに行くか!
「みんな!私はあの金髪の女をぶっ飛ばしに行くから、ここは任せたぞ!」
そう言い残し、私は翼を羽ばたかせ、タイラントに向かって飛んで行った。
もうすぐ敵の援軍が来るらしいからな……!すぐに仕留めてやる!
「喰らえ!Flying kick!」
「くっ!」
勢いよく飛行したまま、金髪の女に向かってキックを繰り出した。しかし、相手も咄嗟に剣で私の蹴りを受け止めた。
「この!離れなさい!」
「うぉっと!」
今度はタイラントが剣を振って応戦したが、私も後方に飛んで斬撃をかわし、一旦地面に着地した。
しかし……今の蹴りを真正面から受け止めるとはな。華奢な身体に見えるが、相当鍛え上げられてるようだ。
「これは想定外でした。まさか、ドラゴンが海賊の一味に加わってたとは……」
「そうかい?だったら自己紹介でもしておこうか?」
「いえ、貴方の名前に興味はありません。何故なら……貴方は此処で倒されるのですから!」
「言ってくれるねぇ……!でもな、そうやって大口を叩く奴は逆にやられるのがオチなのさ!」
「私は魔物に屈しません!この聖なる剣、シャイニング・カリバーの名にかけて……私は負けない!」
そう言い放つと、タイラントは剣を構えて戦闘の姿勢に入った。
この構え……出来るな!これは久々に手応えのある輩に会えたものだ!
それに、あのシャイニング・カリバーとか言う剣……滅多にお目にかかれない代物に違いない!タイラントを倒したら…………あの剣を頂く!
「さぁ、覚悟しなさい!」
「Let's,show time!」
そして今……私とタイラントの戦いが始まった!!
***************
「ごはぁっ!がっ!……流石ですねぇ、バジル殿……ラスポーネル様が認めただけの事はありやすね……」
「あんな男に認められても嬉しくない!」
敵の数が多い事もあって多少の苦戦を強いられたものの……俺はなんとかラスポーネルの部下である魔術師の軍団に勝てた。
俺の周辺には倒された魔術師が気絶して寝転がっており、俺の目の前で横たわってるリーダー格の魔術師も、もはや虫の息であり喋るのが精一杯の状態だった。
「しかしバジル殿……あっしらに勝ったとしても、これからどうする御積もりですかい?今更ラスポーネル様の計画を止められるとは思えませんがね!」
「止めてみせる!奴の陰謀は俺が打ち砕く!」
そうだ……俺は何としてでも奴の計画を阻止してみせる!
あの男の……思い通りにはさせない!!
〜〜〜数十分前〜〜〜
「貴様……今なんて言った!?」
「だから、この世に生きる魔物どもを根絶やしにすると言ったのだよ。さっき復活させたタイラントを利用してね!」
そう切り出すラスポーネルは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた…………!
こいつ……正気か!?いくら魔物嫌いだからって、やる事の度が過ぎる!
「……貴様……何故そんな事をするんだ!?」
「え?いや、何故って……君も大体の事は察せるだろう?黒ひげを倒した程の実力を持つ勇者の力を借りれば、魔物を全滅させるのも容易く……」
「そうじゃない!貴様が魔物を滅ぼそうとする理由は何だと聞いてるんだ!」
首を傾げるラスポーネルに向かって、敵意剥き出しで怒鳴り散らした。
「貴様が魔物を毛嫌いしている事は知ってる!だが、それだけの理由で魔物を滅ぼして何の意味がある!?」
ラスポーネルが魔物を嫌ってる事は以前から知ってる。だが、それだけの理由で魔物を滅ぼそうとしてるとは考え難い。
大勢の部下を利用して、血眼になって黒ひげの秘宝を探し出し、勇者を復活させて…………!ここまで動き回って、こいつは何を企んでるんだ?
「……まぁ、君の疑問は尤もだねぇ。確かに、嫌ってるだけなんて理由としては不十分だよ」
「だったら、何故……」
「良いかい?我輩はね……大きな利益を得る為ならば、どんな苦労も厭わない紳士なのだよ」
……利益だと?魔物を滅ぼしたら何か得でもあると言うのか?そんな馬鹿な…………。
「よく考えてみたまえ。魔物が滅亡したとして、それを喜ぶ人物は我輩だけではないのだよ?」
「どういう意味だ?」
「君だって知ってるだろう?主神を信仰し、魔物から人間を守ろうとしてる組織を……」
……主神を信仰……人間を守る…………。
その言葉を聞いた途端、俺の頭にとある組織が浮かんだ。
教団。高潔に生きる事を美徳とし、魔物に対し強い敵対心を持つ団体…………。
確かに、魔物を悪の存在として見ている教団の人間なら、魔物の滅亡を望む者はかなり多い……ん?
「教団……?」
「そう、教団の人たちも魔物の滅亡を願ってるハズだよ…………我輩と同じようにねぇ!」
そう言うと、ラスポーネルはタキシードの上着を広げて、下地のシャツの胸元を見せた。
「なっ!?それは…………まさか……!」
そしてシャツの胸元には……十字架のマークが描かれていた。
俺は……この十字架を見たことがある!これは確か教団のシンボル……という事は…………!
「貴様…………教団の人間だったのか!?」
俺の質問に対し、ラスポーネルは不適な笑みを浮かべてから話を切り出した。
「如何にも!海賊紳士とは仮の姿!その正体は……教団所属の海軍隊長、ラスポーネル!教団一の紳士だよ!」
……そうだったのか……こいつの正体は教団の人間だったのか!
だとしたら、魔物を滅ぼそうとしてる言動にも納得できる。いや、待てよ…………。
「それじゃあ、こいつらは…………?」
俺はラスポーネルの傍にいる部下たちへと視線を向けた。しかし、ラスポーネルの部下である海賊たちはニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながらこっちを見てる。
まるで、全てを知ってたかのように……!
「うむ、実は我輩の部下も本当は海賊ではないのだよ。この者たちも我輩と同様、教団所属の兵士たちなのさ。吾輩の海賊稼業にも喜んで協力してくれてるよ」
成る程……こいつらグルだった訳か!
だが……それでも分からない事がある。何故裏で海賊として行動していたんだ……!?
「何故今まで海賊に成りすましていたんだ!?あのタイラントとか言う勇者を復活させるのに、海賊の皮を被る必要があったとは思えんがな!」
「……あ〜、その事なんだけどねぇ……実はタイラントを蘇らせたのと、吾輩が裏で海賊稼業を行ってるのは別の話なのだよ」
ラスポーネルは軽く咳払いをしてから話を切り出した。
「教団の仕事は規律とか厳しいし、上層部の人間も色々と五月蠅くてね…………ストレスが溜まる一方なのだよ」
「……それとどう関係がある?」
「実はだね、ちょっとした気まぐれで海賊稼業を始めたのだけど……これがまた思いのほか面白くてね!反魔物派だろうと、親魔物派だろうと関係なく金品を奪えるのだから、ストレス発散にちょうど良かったのだよ!オマケにある程度の金も儲けられるし、一石二鳥だよ!」
「……だが、教団側が海賊行為を許すとは思えないが?」
教団と言ったら、人間を魔物から守るのを信念としている組織だ。その守る側の人間に危害を加えるような真似が許されるとは思えない。
「確かに普通の人間に危害を加えるのはタブーだからねぇ。でも……魔物しか標的にしてないと言っておけば問題ないだろう?尤も……実際に標的としてるのは魔物とは関係ない人間も含まれてるけどね!」
「……成程な……!」
上層部の人間には魔物しか狙ってないとか言って、海賊稼業を黙認してもらってた訳か!
だがどうだ……実際には魔物と関係ない人間まで手を出してるとは……なんて奴だ!
「で、タイラントについてだけど……数週間前、たまたまこの島に立ち寄った吾輩は偶然にも氷の中で冷凍されてたタイラントを見つけてね。今からでも間に合うと思った吾輩はタイラントを氷の中から救出してやったのだよ。ところが不思議な事に……どんなに手を施しても全く目を覚まさなかったのだよ」
目を覚まさなかった理由は俺も知ってる。魂が抜かれていた為、眠りから覚める事はなかったのだろう。
「もう手遅れだったのかと諦めかけてたのだが……ある日、黒ひげの秘宝であるソウル・スカルの情報を耳にしたのだよ。人間の魂を吸い取る恐ろしい秘宝だと聞いてね……しかも、そのソウル・スカルの中にはタイラントの魂が入ってると聞いたのだよ」
「……それでソウル・スカルを狙ってたのか……!」
鋭い視線を向けてるにも関わらず、ラスポーネルは自慢げに語り始めた。
「氷漬けにされてたタイラントを目の当たりにした時は流石に驚きを隠せなかったよ。30年前に死んだと思われてた勇者が奇跡的にも生き延びていたのだからねぇ。でも……これはチャンスだと思ったのだよ」
「……魔物を根絶やしにするチャンスとでも言いたいのか?」
「まぁ、それもあるけど……実は吾輩、閃いちゃったのだよ。タイラントがいれば、苦労をせずに功績を得られるとね……!」
功績?…………そうか!そう言う事か!
「分かったぞ……!タイラントを上手く利用して、その手柄を全て横取りする気だな!?」
「ククク……彼女の手柄を吾輩の物にすれば瞬く間に昇進出来る!あっという間に贅沢し放題!裏で行ってた海賊稼業も帳消しに出来る!こんなに素晴らしい人生計画を思い浮かべる吾輩は最高だねぇ!」
そう話すラスポーネルは……勝ち誇った笑みを浮かべていた…………!
〜〜〜現在〜〜〜
そしてラスポーネルの誘いを断り、奴の部下である魔術師軍団との戦いに勝って今に至る。
「貴様……最初から奴の目的を知ってたのだな!?」
「うひひ……あっしだけじゃありやせんよ。ラスポーネル様に従ってる部下たちは最初から全部知ってやした。この計画に協力した暁には、莫大な報酬を貰えるとの事でしてねぇ……!」
瀕死の状態であるにも関わらず、リーダーの魔術師は黄ばんだ歯を見せながら不気味な笑い声を上げた。
こいつらも最初から全て知った上でラスポーネルに手を貸してた訳か。高潔を掲げる人間がこのザマとは……呆れて言葉が出ない。
「そうか……だったら教団には同情せざるを得ないな。貴様らの様な欲塗れの人間の所為で、組織の名に泥を塗らされるのだからな!」
「何とでも言いなされ……所詮、金こそが全てなんですよ!この世に生きる魔物どもだって、金儲けの為の獲物でしかないのですからねぇ!」
「っ!!……無駄話は終わりだ!」
もはやこれ以上話しても時間の無駄。そう判断した俺は右手から魔力鳥、サンダー・ホークを生成させ…………!
「此処で眠ってろ!」
「ぎゃああああ!!」
魔術師に向けて飛ばした!止めを刺された魔術師は断末魔の様な叫びを上げ、黒焦げの状態で倒れ込んだ。
…………邪魔な敵は粗方片付いた。この場に残された俺がやるべき事は…………!
「奴を……ラスポーネルを仕留めてやる!」
このまま奴の思い通りにはさせない!奴の身勝手な目的の為に……罪の無い魔物たちを犠牲にしてはならない!
だが……知らなかったとは言え、俺はその身勝手な目的に少しでも加担してしまった事は事実だ。
だから……けじめを付けなければならない!奴の計画に協力してしまった事へのけじめを!
「俺が……食い止めてやる!」
巨大な魔力の隼を生成し、その背中に乗って…………!
「行くぞ!ウィング・ファルコン!」
ラスポーネルのアジトへと向かった…………!
***************
「……ん〜、大声を上げたらスッキリしたわい!」
「………………」
「………………」
俺とメアリーは……目の前にいる伝説の海賊……黒ひげの姿を見て言葉を失っていた。天に向かって咆哮した黒ひげは満足気に首をポキポキと鳴らしている。改めて見ると、かなり身体が大きい。推測だが……身長は190cm以上はあるだろう。しかもさっきまで冷凍されてたとは思えない程生き生きとしてる。
信じられない……!30年前に死んだはずの黒ひげが復活したなんて……!
だが、この氷の島での肌寒さは、目の前で起きた奇跡が現実の物だと伝えている。
「…………さて……」
俺たちが呆然としていると、黒ひげは徐にコートの内ポケットから何かを取りだした。
あれは……指揮棒?
「……ふむ……むぅ……」
黒ひげは取り出した指揮棒をとある方向へ向けると、何かを感じ取ってるかのように何度も頷いた。
「……フフフ……あやつめ……生きておったか……!」
すると、黒ひげがニヤリと笑みを浮かべた。
これは……喜んでるようにも見えるが……。と言うか、『あやつ』って誰の事なんだ?
でも……こいつ、俺たちの存在に気付いてるのか?
「……そこの者たちよ」
「ふぇ!?あ、は、はひ!?な、なんれひょう!?」
ふと、黒ひげは指揮棒を内ポケットに戻しながら俺とメアリーへと視線を移した。急に声を掛けられたメアリーは反応したが……緊張している為か噛みまくってる。
しかし、この黒ひげの様子からして……最初から俺たちには気付いてたみたいだな。
「今は何年、何月何日ぞ?」
「え、えっと……$$$$年、□月☆日です!」
「……何と!まさか……あれから30年も経ったのか!?」
メアリーの答えを聞いた途端、黒ひげはひどく驚愕した。
……よく考えたら…………さっきまで冷凍されてたのにかなり冷静な順応だな。
と言うか、『あれから』って……まさか、教団の勇者と戦った日の事を言ってるのか?
「むぅ……30年か…………実感が湧かぬ……否、それ以前に肌寒いな……」
そう言いながら、黒ひげは自分の両手の平を見つめたかと思うと……急に手の平を擦り始めた。
そりゃあ、此処は氷の島だから寒いのは当たり前だと思うが……。
そもそも、さっきまで氷漬けにされてたのに肌寒いだけで済むのはおかしいだろ……。
「あ、あの……」
「ん?」
すると、メアリーが肩に掛けてたバッグの中から水筒を取り出し、キャップを外して水筒の中身を注いだ。それは……アールグレイの紅茶だった。しかも湯気が出てて温かそうだ。
そうだ……あの馬鹿紳士の船から脱出する際に、キッチンから持ちだしたのをすっかり忘れてた。
「これ、よかったらどうぞ。お熱いので気を付けてください」
「おお、頂こうか」
いやいや、メアリーよ……呑気に紅茶なんて差し出してる場合かよ?そりゃ気配りは大事だろうけど…………。
「ゴクゴク……ぷはぁっ!身体が温まるわい!」
一気飲みかよ!?それ、熱いんじゃないのか!?
どうなってんだよ、こいつの温度感覚は……!?
「些細な心遣い痛み入る。貴様、名は?」
「あ、はい、メアリーです。見ての通りリリムです」
「ふむ……で、貴様は?」
黒ひげはチラッと俺の方へ視線を移した。
「俺はキッド。キッド・リスカードだ」
「ほう……良き瞳を宿した若者だな」
「そりゃどうも…………」
心なしか親しげに話してくる黒ひげに対し、俺は軽く頭を下げるしかなかった。
……いや、待てよ……こいつ、本当に黒ひげなのか?とても極悪非道の海賊には見えないんだが……。
「……なぁ、今度はアンタの名前を聞かせてくれないか?」
「うむ……我が名はティーチ・ディスパー。黒ひげとも呼ばれておったな」
「やっぱり……」
ティーチ・ディスパー……黒ひげの本名だ。どうやら本物の黒ひげである事は間違いないようだな。
「……待たれよ。貴様、『やっぱり』と申したか?まるで最初から我を知ってたような口ぶりだな……」
黒ひげは真偽を見極めるかのように表情を硬くした。
些細な言葉も一切聞き逃さないとは……この男の前では油断は禁物だな。
「アンタの名前は世界中で知られてるぜ。黒ひげとも言われてる。無限に広がる大海原を暴れ回った伝説の海賊だって、みんな言ってるぞ」
「……伝説の海賊……!?」
とりあえず伝説になってる事は伝えたが、極悪の部分だけは伏せておいた。
今のところ黒ひげに敵意は無いようだが、変に機嫌を損ねるような事を言うと、それこそ敵に回す羽目になってしまう。
「……まさか後世に名が残されるとは……。しかし……何かが足りぬ」
「……足りないって何が?」
「貴様……正直に言え。今現在の時代においても、我は極悪非道の海賊だと言われておるか?」
「え……!?」
極悪非道って……自分から言った!?まさか、自分でも悪人の自覚があるのか?
それに、『この時代においても』って……それって30年前でも極悪だと言われてたように聞こえるが…………。
……まぁ、ここは正直に言った方が良い選択だな。
「あ、ああ……そうだな……」
「……そうか……まぁ、我がどう呼ばれようと構わぬ。守るべきものが守れるのであればな……!」
俺の回答を聞いた黒ひげは、どうでもいいとでも言いたげに頭を掻いた。まるで仕方がないと素直に受け止めてるようにも見える。
……ん?今、守るべきものって言ってたような……?
「……あの、黒ひげさん……」
「ん?」
すると、今まで黙って俺と黒ひげの会話を聞いてたメアリーが恐る恐ると手を上げた。
「今、守るべきものって言ったけど……黒ひげさんにも守りたいものってあるの?」
「……何を当たり前の事を……。人には必ず心から守りたいと思うものがある。貴様らにはそれが無いのか?」
「私の……守りたいもの……?」
黒ひげに質問を返されたメアリーは首を傾げた。
守りたいものか……。俺にはその守りたいものは存在する。数え切れない程な。
でも……黒ひげの守りたいものって何なんだろうな……?
「なんだ?貴様には気に掛けてる者、はたまた傍に居てやりたいと思える人物はおらぬのか?」
「ああ!それならバジr……え、あ、何を言ってるの、私……!」
「んん?何ぞ?バジ……その後は何ぞ?答えてみよ」
「いやいや!何でもないです!ホントに!」
「ククク……若いとは良き事よのぉ……!」
顔を赤く染めながら慌てふためくメアリーをからかうように、黒ひげは口元をつり上げて笑みを浮かべた。
と言うか、『バジ』って……あいつか?あいつの事か?あの賞金稼ぎの事か?まぁ、そう考えるのが妥当だが…………。
「……で、貴様にはあるか?」
と、黒ひげは俺に視線を移して訊いた。
そりゃあ、勿論…………。
「あるさ。愛する妻のサフィアに、妹分のピュラ、親友のヘルムと……俺を支えてくれる大切な仲間もそうだ」
「ほう……貴様には守りたいと思う者が多いのだな」
「まぁな」
「……その守りたい者は……命よりも大切なものか?」
……命よりも?
なんだろう……このやり取り……以前にも似たような事が……。
……そうだ……思い出した!以前、夢の中でも守りたいものについて話した。
「……そうだな。たとえ死んでも守りたいと思ってる」
「……その考えは悪くないが……やはり青いな……」
「なに?」
……その言葉は聞き捨てならないな。一体、何が青いのか理由をしっかり聞かないと納得できない。
「何が青いんだ?守りたいものを守ろうとするのが可笑しいか?」
「我が言いたいのはそういう事ではない。命に代えてでもという思考が浅はかだ」
「どういう意味だ?」
「分からぬか?第一に守るべきものは自分の命だということだ」
……驚いたな。あの時の夢の中と同じ事を言ってるぞ。
「それじゃあなんだ?アンタは自分の命が危うければ、どんなに大切なものでも平気で見捨てるとでも言うのか?」
「そうとは言っておらぬであろう?」
「じゃあ何故一番守るべきものが自分の命になるんだ?俺は……大切な人たちが消えてしまうのは……自分の死より辛い……!」
「……では訊こう。仮にも貴様がこの場で消滅したとしたら……貴様が言う大切な人とやらはどうなる?」
「え?」
こいつは……何を言ってるんだ?俺が消えたら……サフィアたちがどうなるか?
「何を言って……」
「では言い方を変えよう。貴様が死したら、何処の誰が大切な人を守るのだ?ましてや、その大切な人は貴様の死を望んでおるのか?」
「あ…………」
ここでやっと……黒ひげの言ってる意味が理解できた。
そうだ……俺自身が死んでしまったら、もうサフィアを守れなくなる。いや、サフィアだけじゃない。ピュラも、ヘルムも、仲間たちも……みんな守れなくなる。
それに……俺の死を悲しむ人はいる。少なくとも……サフィアは俺の死を悲しんでくれると思う。
「気づいたであろう?自分の命が失われる事は、己の守るべきものも守れぬ。更には己の大切な人も悲しませることになる。貴様は……自ら命を絶って大切な人を悲しませたいか?」
「とんでもない!俺はそんな自分から死ぬような真似は絶対にしない!」
「左様。自らの命を絶つなど愚の極み。命が絶たれてしまったら、そこで全てが終わってしまう。分かるか?己の命を粗末にする輩は、守るべきものも守れぬのだ」
黒ひげは徐に背を向けて、果てしなく広い大空を見上げながら話した。
「貴様の考えは良きものよ。第一に他人を想う心は褒められたものだ。しかし……命を投げ捨てるような考えは愚かよ!本当に守りたいものがあれば、死ぬことを考えるな!自分の為にも、大切な者の為にも!」
……黒ひげ……この男は一体何者なんだ?
俺の知ってる黒ひげは…………極悪非道で、欲深い海賊だったハズ……。
それなのに何だ?俺は…………この男が悪人だとは思えない……。
「……黒ひげさん、私から一つ訊かせてもらっても良い?」
すると、背を向けてる黒ひげにメアリーが真剣な面持ちで話しかけてきた。
「私……貴方とはこうして初めて出会ったけど、以前から貴方の噂については色々と聞いてたよ。冷酷で、残虐で、欲深い悪の海賊だって…………」
「…………」
「でも……私、貴方がそんな悪人だとは思えない。貴方は悪人の自覚があるみたいだけど……私にはそう見えない。だって……本当に救いようのない悪人は、悪に対する意識が無いんだよ」
確かに……メアリーの言ってる事は尤もだ。本物の悪人は……自分自身が悪い人間とは思ってない。
それに……一見すると、黒ひげは命の価値を重んじてるように見える。自分に限らず、他人にまで命の価値を語るような人間が……無闇に罪の無い人々を皆殺しにするとは考え難い。
これが……極悪として有名な海賊だとは思えない……!
黒ひげは…………本当に悪人だったのか?
「黒ひげさん……貴方は本当に悪人なの?罪の無い人々を殺してきたの?貴方は…………何者なの?」
「………………」
メアリーの問いかけに対し、黒ひげは何も言わずに、ただ黙々と空を見上げ続けた。
それについては俺も知りたい。
俺は…………今まで黒ひげは悪の海賊だと思っていた。だが、本物の黒ひげを目の当たりにして……黒ひげと話してるうちに、本当に悪なのかさえ疑わしく思えてきた。
何が事実なのか、何が間違ってるのか、俺には理解出来てない。
ただ……俺は黒ひげについてもっと知りたい!
「……ふぅ……」
数秒の静寂が辺りを漂ったが、数秒も経つと黒ひげが小さくため息をつき、ゆっくりと俺たちの方へ向き直った。
「……悪人かどうかなどを決める権利は、我自身にも貴様らにも有しておらぬ。ただ…………」
ボォォォォォォン!!
「!?」
突然、凄まじい轟音が響き渡った!
俺は反射的に辺りを見回したが、視界に移るのは真っ白な雪の地面と高く聳える氷の山だけで、それ以外には何も見えない。
傍にいるメアリーと黒ひげも辺りを見回したが、何も見当たらないようだ。
だが、この音……間違いない。毎日のように聞いてるからすぐに分かった。
これは……大砲の音だ!でも、一体どこから…………?
「ふむ……あの方角か……」
すると、黒ひげがとある方向へと視線を移して静かに呟いた。
「え?黒ひげさん、今の音がどこから発せられたのか判るの?」
「うむ、音の大きさからして……そう遠くはないな」
メアリーの質問に対し、黒ひげは平然と答えたかと思うと、轟音が発せられたと思われる方向へと歩き出した。
「え?黒ひげさん……まさか、行くの?」
「行かなければ確認出来ぬであろう?嫌ならここで待っておれ」
「……黒ひげ、待ってくれ!俺も行く!」
「ふぇ!?キッド君も!?じ、じゃあ私も!」
俺たちに構わずスタスタと歩き続ける黒ひげを追うように、俺とメアリーも歩き始めた。
……こんな事をしてる場合じゃないのは分かってる。俺たちは早くこの島から脱出しなければならない。
ただ……この嫌な予感を抱えたまま島を出る気にはなれなかった…………。
〜〜〜数分後〜〜〜
「黒ひげ、崖になってて進めないぞ」
「いや、十分だ」
歩き続ける事数分……俺たちは轟音の正体を確認しに来たのだが、遠くに見える道が崖になっててこれ以上進めそうになかった。それでも黒ひげは構わずに進み続けてる。
…………気のせいか?進むにつれて騒がしくなってるような……?
「……成る程、あれか……」
一足先に崖まで足を運んだ黒ひげは、崖からとある一点を見下ろして納得したかのように頷いた。
なんだ?一体何が見えたんだ?
「黒ひげさん、何か見えたの?」
「ふむ、二隻の船が海上で戦っておるわ」
黒ひげは視線を変えることなくメアリーの質問に答えた。
二隻の船…………って、まさか!?
嫌な予感がした俺は駆け足で黒ひげの隣まで移動して、崖から下を見下ろした。
そこには…………!
「あれは…………俺の船だ!」
「えぇ!?……あ!本当だ!って、ちょっと待って!あのもう一つの船、教団の船だよ!」
なんと、俺の愛船ブラック・モンスターが教団の船と戦っていた!
「あれは…………ヘルム!それに、楓とリシャスまで!」
そしてブラック・モンスターの甲板にて、ヘルムを始めとした俺の仲間たちが教団の兵士たちと戦っていた!
マジかよ……!まさかすぐ近くで教団と出くわしてたなんて!こんな展開だけは読めなかった…………!
「……貴様、海賊であったか……」
ふと、黒ひげが俺へと視線を移した。
そういえば……黒ひげには俺が海賊である事を伝えてなかった。おそらく、船のマストに立ってる海賊旗を見て一瞬で判断したのだろう。
「……ああ!ねぇ二人とも!大変!大変だよ!」
「ああ、確かに大変だな!今すぐ助けに行かないと……!」
「そうじゃなくて!あれだよ!あれを見て!」
メアリーは何やら慌てふためきながらとある方向へと指差しているが…………。
「…………ああ!」
「………………」
メアリーが指差す方向へと視線を移した瞬間……信じられない光景を目の当たりにした。
ところが、黒ひげは何も言葉を発してないうえに驚いた様子も見せなかった。
黒ひげにとっては特に大したことないのだろうけど……俺にとっては最悪の光景だった。
「何でだよ……なんであんなのが……!?」
とある船が……俺の海賊船に向かって進んでる。
「てか……なんであんなに来てるんだよ……!?」
「分からない……」
しかも……その船は一隻だけではない。並列になって五隻もこっちに進んでる。
「最悪の状況に陥っちまったな……!」
「どうしよう……!」
なんてこった……!仲間たちに迎えに来てもらえれば後は何とかなると思ってたが……考えが甘かった。
というか……なんでだ?なんでだよ?
「なんで教団の船が五隻も来てるんだよ!?」
五隻の教団の船が…………こっちに向かって来ていた!
このままじゃ…………サフィアたちが危ない!!
私ことオリヴィアも次々と襲って来る教団の兵士たちを薙ぎ倒している最中であった。
「紅のドラゴンめ……覚悟しろ!」
「上等!喰らえ!Tail whip!!」
「ぎゃああ!!」
私に襲って来る教団兵を強靭な尻尾で叩き飛ばしてやった。更に飛ばされた教団兵は海へ落とされ、間もなくスキュラに連れ去られて行った。
「やれやれ……どいつもこいつも、口だけは達者だな。教団なんて、そんなもんかな?」
「油断してたら痛い目に遭うぞ」
「おっと、Sorry」
すぐ近くでレイピアを振って応戦してるリシャスに注意されてしまった。
まぁ、そう言われても……見たところ特に強そうな奴らはいなさそうだし……このまま応戦していれば、特に問題は無いだろう。
「畜生……!やはり我々だけでは無理か……!皆の者!援軍が来るまで持ちこたえるのだぁ!」
教団の親玉とも思われる男が大声を…………って、What!?援軍だと!?
「……オリヴィア、今の聞いたか?」
「ああ……こりゃ長引くだろうな……!」
リシャスもしっかりと聞き取ったらしく、私に確認してきた。
参ったな……こいつらを全員海へ落とせばそれで終わると思ってたのに……!
あ〜あ、こりゃ武器を回収する時間も無いだろうな。ちょっと楽しみにしてたのに…………。
「…………ん?」
「どうした?余所見をしてる暇は無いぞ」
「いや、それは分かってる。でも、あれは…………」
「ん?」
ふと、私たちが乗ってる海賊船の近くに在る氷の島アイス・グラベルドの海岸に…………一人の人間の女が立っていた。
金色の長い髪で、白い服の胸元には十字架のマークが描かれている。そして銀色に輝く長い刀身の剣を右手に持ち、真剣な面持ちでこちらを見据えてる。
なんだ、あの女は?まさか、こいつらと一緒に来た兵士か?いや、それにしてはあの女だけ服装が違う。教団兵の服装にしてはやたらと高価だ。ましてや、何故あんな所へ…………?
「……30年と言う長い年月を経てもなお、魔物の繁栄は止められないと言うのですね…………!」
突然、金髪の女が嘆くような口調で言った。
おいおい、急に何を言い出すんだ?30年だと?突拍子もない事を…………。
「ですが、たとえどんなに魔物が増えようと、私は屈しない!我が名はタイラント!全ての人間に希望をもたらす勇者です!」
そう叫ぶと、金髪の女……いや、タイラントは剣を縦に振る構えに入った。
そして…………!
「受けてみよ!飛来する斬撃…………ムーン・スラッシュ!」
剣を振った瞬間、刃から三日月型の魔力が飛び出て来た!
「ちょっ!?まずいぞ!船に直撃する!」
三日月型の魔力は船に向かって物凄い速さで飛んで来る。
ヤバい!このままじゃ、船に当たる…………!
「そうは問屋が卸しません!」
すると、近くで戦ってた楓が大きな魔力の壁を作り、三日月型の魔力を防いだ。
危なかった…………楓の防壁が間に合わなかったら、危うく斬られたところだった……。
「Thank you!あんたのお陰で助かったぜ!」
「いえ、ご無事で何よりです。それよりあの人、手強そうですね…………」
「ああ、ありゃ厄介な相手だな…………」
楓の言った通り、あの海岸にいる女は強そうだ。このまま見過ごしていたら、また船が狙われる。
こっちは問題なさそうだし……私はあのタイラントを倒しに行くか!
「みんな!私はあの金髪の女をぶっ飛ばしに行くから、ここは任せたぞ!」
そう言い残し、私は翼を羽ばたかせ、タイラントに向かって飛んで行った。
もうすぐ敵の援軍が来るらしいからな……!すぐに仕留めてやる!
「喰らえ!Flying kick!」
「くっ!」
勢いよく飛行したまま、金髪の女に向かってキックを繰り出した。しかし、相手も咄嗟に剣で私の蹴りを受け止めた。
「この!離れなさい!」
「うぉっと!」
今度はタイラントが剣を振って応戦したが、私も後方に飛んで斬撃をかわし、一旦地面に着地した。
しかし……今の蹴りを真正面から受け止めるとはな。華奢な身体に見えるが、相当鍛え上げられてるようだ。
「これは想定外でした。まさか、ドラゴンが海賊の一味に加わってたとは……」
「そうかい?だったら自己紹介でもしておこうか?」
「いえ、貴方の名前に興味はありません。何故なら……貴方は此処で倒されるのですから!」
「言ってくれるねぇ……!でもな、そうやって大口を叩く奴は逆にやられるのがオチなのさ!」
「私は魔物に屈しません!この聖なる剣、シャイニング・カリバーの名にかけて……私は負けない!」
そう言い放つと、タイラントは剣を構えて戦闘の姿勢に入った。
この構え……出来るな!これは久々に手応えのある輩に会えたものだ!
それに、あのシャイニング・カリバーとか言う剣……滅多にお目にかかれない代物に違いない!タイラントを倒したら…………あの剣を頂く!
「さぁ、覚悟しなさい!」
「Let's,show time!」
そして今……私とタイラントの戦いが始まった!!
***************
「ごはぁっ!がっ!……流石ですねぇ、バジル殿……ラスポーネル様が認めただけの事はありやすね……」
「あんな男に認められても嬉しくない!」
敵の数が多い事もあって多少の苦戦を強いられたものの……俺はなんとかラスポーネルの部下である魔術師の軍団に勝てた。
俺の周辺には倒された魔術師が気絶して寝転がっており、俺の目の前で横たわってるリーダー格の魔術師も、もはや虫の息であり喋るのが精一杯の状態だった。
「しかしバジル殿……あっしらに勝ったとしても、これからどうする御積もりですかい?今更ラスポーネル様の計画を止められるとは思えませんがね!」
「止めてみせる!奴の陰謀は俺が打ち砕く!」
そうだ……俺は何としてでも奴の計画を阻止してみせる!
あの男の……思い通りにはさせない!!
〜〜〜数十分前〜〜〜
「貴様……今なんて言った!?」
「だから、この世に生きる魔物どもを根絶やしにすると言ったのだよ。さっき復活させたタイラントを利用してね!」
そう切り出すラスポーネルは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた…………!
こいつ……正気か!?いくら魔物嫌いだからって、やる事の度が過ぎる!
「……貴様……何故そんな事をするんだ!?」
「え?いや、何故って……君も大体の事は察せるだろう?黒ひげを倒した程の実力を持つ勇者の力を借りれば、魔物を全滅させるのも容易く……」
「そうじゃない!貴様が魔物を滅ぼそうとする理由は何だと聞いてるんだ!」
首を傾げるラスポーネルに向かって、敵意剥き出しで怒鳴り散らした。
「貴様が魔物を毛嫌いしている事は知ってる!だが、それだけの理由で魔物を滅ぼして何の意味がある!?」
ラスポーネルが魔物を嫌ってる事は以前から知ってる。だが、それだけの理由で魔物を滅ぼそうとしてるとは考え難い。
大勢の部下を利用して、血眼になって黒ひげの秘宝を探し出し、勇者を復活させて…………!ここまで動き回って、こいつは何を企んでるんだ?
「……まぁ、君の疑問は尤もだねぇ。確かに、嫌ってるだけなんて理由としては不十分だよ」
「だったら、何故……」
「良いかい?我輩はね……大きな利益を得る為ならば、どんな苦労も厭わない紳士なのだよ」
……利益だと?魔物を滅ぼしたら何か得でもあると言うのか?そんな馬鹿な…………。
「よく考えてみたまえ。魔物が滅亡したとして、それを喜ぶ人物は我輩だけではないのだよ?」
「どういう意味だ?」
「君だって知ってるだろう?主神を信仰し、魔物から人間を守ろうとしてる組織を……」
……主神を信仰……人間を守る…………。
その言葉を聞いた途端、俺の頭にとある組織が浮かんだ。
教団。高潔に生きる事を美徳とし、魔物に対し強い敵対心を持つ団体…………。
確かに、魔物を悪の存在として見ている教団の人間なら、魔物の滅亡を望む者はかなり多い……ん?
「教団……?」
「そう、教団の人たちも魔物の滅亡を願ってるハズだよ…………我輩と同じようにねぇ!」
そう言うと、ラスポーネルはタキシードの上着を広げて、下地のシャツの胸元を見せた。
「なっ!?それは…………まさか……!」
そしてシャツの胸元には……十字架のマークが描かれていた。
俺は……この十字架を見たことがある!これは確か教団のシンボル……という事は…………!
「貴様…………教団の人間だったのか!?」
俺の質問に対し、ラスポーネルは不適な笑みを浮かべてから話を切り出した。
「如何にも!海賊紳士とは仮の姿!その正体は……教団所属の海軍隊長、ラスポーネル!教団一の紳士だよ!」
……そうだったのか……こいつの正体は教団の人間だったのか!
だとしたら、魔物を滅ぼそうとしてる言動にも納得できる。いや、待てよ…………。
「それじゃあ、こいつらは…………?」
俺はラスポーネルの傍にいる部下たちへと視線を向けた。しかし、ラスポーネルの部下である海賊たちはニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながらこっちを見てる。
まるで、全てを知ってたかのように……!
「うむ、実は我輩の部下も本当は海賊ではないのだよ。この者たちも我輩と同様、教団所属の兵士たちなのさ。吾輩の海賊稼業にも喜んで協力してくれてるよ」
成る程……こいつらグルだった訳か!
だが……それでも分からない事がある。何故裏で海賊として行動していたんだ……!?
「何故今まで海賊に成りすましていたんだ!?あのタイラントとか言う勇者を復活させるのに、海賊の皮を被る必要があったとは思えんがな!」
「……あ〜、その事なんだけどねぇ……実はタイラントを蘇らせたのと、吾輩が裏で海賊稼業を行ってるのは別の話なのだよ」
ラスポーネルは軽く咳払いをしてから話を切り出した。
「教団の仕事は規律とか厳しいし、上層部の人間も色々と五月蠅くてね…………ストレスが溜まる一方なのだよ」
「……それとどう関係がある?」
「実はだね、ちょっとした気まぐれで海賊稼業を始めたのだけど……これがまた思いのほか面白くてね!反魔物派だろうと、親魔物派だろうと関係なく金品を奪えるのだから、ストレス発散にちょうど良かったのだよ!オマケにある程度の金も儲けられるし、一石二鳥だよ!」
「……だが、教団側が海賊行為を許すとは思えないが?」
教団と言ったら、人間を魔物から守るのを信念としている組織だ。その守る側の人間に危害を加えるような真似が許されるとは思えない。
「確かに普通の人間に危害を加えるのはタブーだからねぇ。でも……魔物しか標的にしてないと言っておけば問題ないだろう?尤も……実際に標的としてるのは魔物とは関係ない人間も含まれてるけどね!」
「……成程な……!」
上層部の人間には魔物しか狙ってないとか言って、海賊稼業を黙認してもらってた訳か!
だがどうだ……実際には魔物と関係ない人間まで手を出してるとは……なんて奴だ!
「で、タイラントについてだけど……数週間前、たまたまこの島に立ち寄った吾輩は偶然にも氷の中で冷凍されてたタイラントを見つけてね。今からでも間に合うと思った吾輩はタイラントを氷の中から救出してやったのだよ。ところが不思議な事に……どんなに手を施しても全く目を覚まさなかったのだよ」
目を覚まさなかった理由は俺も知ってる。魂が抜かれていた為、眠りから覚める事はなかったのだろう。
「もう手遅れだったのかと諦めかけてたのだが……ある日、黒ひげの秘宝であるソウル・スカルの情報を耳にしたのだよ。人間の魂を吸い取る恐ろしい秘宝だと聞いてね……しかも、そのソウル・スカルの中にはタイラントの魂が入ってると聞いたのだよ」
「……それでソウル・スカルを狙ってたのか……!」
鋭い視線を向けてるにも関わらず、ラスポーネルは自慢げに語り始めた。
「氷漬けにされてたタイラントを目の当たりにした時は流石に驚きを隠せなかったよ。30年前に死んだと思われてた勇者が奇跡的にも生き延びていたのだからねぇ。でも……これはチャンスだと思ったのだよ」
「……魔物を根絶やしにするチャンスとでも言いたいのか?」
「まぁ、それもあるけど……実は吾輩、閃いちゃったのだよ。タイラントがいれば、苦労をせずに功績を得られるとね……!」
功績?…………そうか!そう言う事か!
「分かったぞ……!タイラントを上手く利用して、その手柄を全て横取りする気だな!?」
「ククク……彼女の手柄を吾輩の物にすれば瞬く間に昇進出来る!あっという間に贅沢し放題!裏で行ってた海賊稼業も帳消しに出来る!こんなに素晴らしい人生計画を思い浮かべる吾輩は最高だねぇ!」
そう話すラスポーネルは……勝ち誇った笑みを浮かべていた…………!
〜〜〜現在〜〜〜
そしてラスポーネルの誘いを断り、奴の部下である魔術師軍団との戦いに勝って今に至る。
「貴様……最初から奴の目的を知ってたのだな!?」
「うひひ……あっしだけじゃありやせんよ。ラスポーネル様に従ってる部下たちは最初から全部知ってやした。この計画に協力した暁には、莫大な報酬を貰えるとの事でしてねぇ……!」
瀕死の状態であるにも関わらず、リーダーの魔術師は黄ばんだ歯を見せながら不気味な笑い声を上げた。
こいつらも最初から全て知った上でラスポーネルに手を貸してた訳か。高潔を掲げる人間がこのザマとは……呆れて言葉が出ない。
「そうか……だったら教団には同情せざるを得ないな。貴様らの様な欲塗れの人間の所為で、組織の名に泥を塗らされるのだからな!」
「何とでも言いなされ……所詮、金こそが全てなんですよ!この世に生きる魔物どもだって、金儲けの為の獲物でしかないのですからねぇ!」
「っ!!……無駄話は終わりだ!」
もはやこれ以上話しても時間の無駄。そう判断した俺は右手から魔力鳥、サンダー・ホークを生成させ…………!
「此処で眠ってろ!」
「ぎゃああああ!!」
魔術師に向けて飛ばした!止めを刺された魔術師は断末魔の様な叫びを上げ、黒焦げの状態で倒れ込んだ。
…………邪魔な敵は粗方片付いた。この場に残された俺がやるべき事は…………!
「奴を……ラスポーネルを仕留めてやる!」
このまま奴の思い通りにはさせない!奴の身勝手な目的の為に……罪の無い魔物たちを犠牲にしてはならない!
だが……知らなかったとは言え、俺はその身勝手な目的に少しでも加担してしまった事は事実だ。
だから……けじめを付けなければならない!奴の計画に協力してしまった事へのけじめを!
「俺が……食い止めてやる!」
巨大な魔力の隼を生成し、その背中に乗って…………!
「行くぞ!ウィング・ファルコン!」
ラスポーネルのアジトへと向かった…………!
***************
「……ん〜、大声を上げたらスッキリしたわい!」
「………………」
「………………」
俺とメアリーは……目の前にいる伝説の海賊……黒ひげの姿を見て言葉を失っていた。天に向かって咆哮した黒ひげは満足気に首をポキポキと鳴らしている。改めて見ると、かなり身体が大きい。推測だが……身長は190cm以上はあるだろう。しかもさっきまで冷凍されてたとは思えない程生き生きとしてる。
信じられない……!30年前に死んだはずの黒ひげが復活したなんて……!
だが、この氷の島での肌寒さは、目の前で起きた奇跡が現実の物だと伝えている。
「…………さて……」
俺たちが呆然としていると、黒ひげは徐にコートの内ポケットから何かを取りだした。
あれは……指揮棒?
「……ふむ……むぅ……」
黒ひげは取り出した指揮棒をとある方向へ向けると、何かを感じ取ってるかのように何度も頷いた。
「……フフフ……あやつめ……生きておったか……!」
すると、黒ひげがニヤリと笑みを浮かべた。
これは……喜んでるようにも見えるが……。と言うか、『あやつ』って誰の事なんだ?
でも……こいつ、俺たちの存在に気付いてるのか?
「……そこの者たちよ」
「ふぇ!?あ、は、はひ!?な、なんれひょう!?」
ふと、黒ひげは指揮棒を内ポケットに戻しながら俺とメアリーへと視線を移した。急に声を掛けられたメアリーは反応したが……緊張している為か噛みまくってる。
しかし、この黒ひげの様子からして……最初から俺たちには気付いてたみたいだな。
「今は何年、何月何日ぞ?」
「え、えっと……$$$$年、□月☆日です!」
「……何と!まさか……あれから30年も経ったのか!?」
メアリーの答えを聞いた途端、黒ひげはひどく驚愕した。
……よく考えたら…………さっきまで冷凍されてたのにかなり冷静な順応だな。
と言うか、『あれから』って……まさか、教団の勇者と戦った日の事を言ってるのか?
「むぅ……30年か…………実感が湧かぬ……否、それ以前に肌寒いな……」
そう言いながら、黒ひげは自分の両手の平を見つめたかと思うと……急に手の平を擦り始めた。
そりゃあ、此処は氷の島だから寒いのは当たり前だと思うが……。
そもそも、さっきまで氷漬けにされてたのに肌寒いだけで済むのはおかしいだろ……。
「あ、あの……」
「ん?」
すると、メアリーが肩に掛けてたバッグの中から水筒を取り出し、キャップを外して水筒の中身を注いだ。それは……アールグレイの紅茶だった。しかも湯気が出てて温かそうだ。
そうだ……あの馬鹿紳士の船から脱出する際に、キッチンから持ちだしたのをすっかり忘れてた。
「これ、よかったらどうぞ。お熱いので気を付けてください」
「おお、頂こうか」
いやいや、メアリーよ……呑気に紅茶なんて差し出してる場合かよ?そりゃ気配りは大事だろうけど…………。
「ゴクゴク……ぷはぁっ!身体が温まるわい!」
一気飲みかよ!?それ、熱いんじゃないのか!?
どうなってんだよ、こいつの温度感覚は……!?
「些細な心遣い痛み入る。貴様、名は?」
「あ、はい、メアリーです。見ての通りリリムです」
「ふむ……で、貴様は?」
黒ひげはチラッと俺の方へ視線を移した。
「俺はキッド。キッド・リスカードだ」
「ほう……良き瞳を宿した若者だな」
「そりゃどうも…………」
心なしか親しげに話してくる黒ひげに対し、俺は軽く頭を下げるしかなかった。
……いや、待てよ……こいつ、本当に黒ひげなのか?とても極悪非道の海賊には見えないんだが……。
「……なぁ、今度はアンタの名前を聞かせてくれないか?」
「うむ……我が名はティーチ・ディスパー。黒ひげとも呼ばれておったな」
「やっぱり……」
ティーチ・ディスパー……黒ひげの本名だ。どうやら本物の黒ひげである事は間違いないようだな。
「……待たれよ。貴様、『やっぱり』と申したか?まるで最初から我を知ってたような口ぶりだな……」
黒ひげは真偽を見極めるかのように表情を硬くした。
些細な言葉も一切聞き逃さないとは……この男の前では油断は禁物だな。
「アンタの名前は世界中で知られてるぜ。黒ひげとも言われてる。無限に広がる大海原を暴れ回った伝説の海賊だって、みんな言ってるぞ」
「……伝説の海賊……!?」
とりあえず伝説になってる事は伝えたが、極悪の部分だけは伏せておいた。
今のところ黒ひげに敵意は無いようだが、変に機嫌を損ねるような事を言うと、それこそ敵に回す羽目になってしまう。
「……まさか後世に名が残されるとは……。しかし……何かが足りぬ」
「……足りないって何が?」
「貴様……正直に言え。今現在の時代においても、我は極悪非道の海賊だと言われておるか?」
「え……!?」
極悪非道って……自分から言った!?まさか、自分でも悪人の自覚があるのか?
それに、『この時代においても』って……それって30年前でも極悪だと言われてたように聞こえるが…………。
……まぁ、ここは正直に言った方が良い選択だな。
「あ、ああ……そうだな……」
「……そうか……まぁ、我がどう呼ばれようと構わぬ。守るべきものが守れるのであればな……!」
俺の回答を聞いた黒ひげは、どうでもいいとでも言いたげに頭を掻いた。まるで仕方がないと素直に受け止めてるようにも見える。
……ん?今、守るべきものって言ってたような……?
「……あの、黒ひげさん……」
「ん?」
すると、今まで黙って俺と黒ひげの会話を聞いてたメアリーが恐る恐ると手を上げた。
「今、守るべきものって言ったけど……黒ひげさんにも守りたいものってあるの?」
「……何を当たり前の事を……。人には必ず心から守りたいと思うものがある。貴様らにはそれが無いのか?」
「私の……守りたいもの……?」
黒ひげに質問を返されたメアリーは首を傾げた。
守りたいものか……。俺にはその守りたいものは存在する。数え切れない程な。
でも……黒ひげの守りたいものって何なんだろうな……?
「なんだ?貴様には気に掛けてる者、はたまた傍に居てやりたいと思える人物はおらぬのか?」
「ああ!それならバジr……え、あ、何を言ってるの、私……!」
「んん?何ぞ?バジ……その後は何ぞ?答えてみよ」
「いやいや!何でもないです!ホントに!」
「ククク……若いとは良き事よのぉ……!」
顔を赤く染めながら慌てふためくメアリーをからかうように、黒ひげは口元をつり上げて笑みを浮かべた。
と言うか、『バジ』って……あいつか?あいつの事か?あの賞金稼ぎの事か?まぁ、そう考えるのが妥当だが…………。
「……で、貴様にはあるか?」
と、黒ひげは俺に視線を移して訊いた。
そりゃあ、勿論…………。
「あるさ。愛する妻のサフィアに、妹分のピュラ、親友のヘルムと……俺を支えてくれる大切な仲間もそうだ」
「ほう……貴様には守りたいと思う者が多いのだな」
「まぁな」
「……その守りたい者は……命よりも大切なものか?」
……命よりも?
なんだろう……このやり取り……以前にも似たような事が……。
……そうだ……思い出した!以前、夢の中でも守りたいものについて話した。
「……そうだな。たとえ死んでも守りたいと思ってる」
「……その考えは悪くないが……やはり青いな……」
「なに?」
……その言葉は聞き捨てならないな。一体、何が青いのか理由をしっかり聞かないと納得できない。
「何が青いんだ?守りたいものを守ろうとするのが可笑しいか?」
「我が言いたいのはそういう事ではない。命に代えてでもという思考が浅はかだ」
「どういう意味だ?」
「分からぬか?第一に守るべきものは自分の命だということだ」
……驚いたな。あの時の夢の中と同じ事を言ってるぞ。
「それじゃあなんだ?アンタは自分の命が危うければ、どんなに大切なものでも平気で見捨てるとでも言うのか?」
「そうとは言っておらぬであろう?」
「じゃあ何故一番守るべきものが自分の命になるんだ?俺は……大切な人たちが消えてしまうのは……自分の死より辛い……!」
「……では訊こう。仮にも貴様がこの場で消滅したとしたら……貴様が言う大切な人とやらはどうなる?」
「え?」
こいつは……何を言ってるんだ?俺が消えたら……サフィアたちがどうなるか?
「何を言って……」
「では言い方を変えよう。貴様が死したら、何処の誰が大切な人を守るのだ?ましてや、その大切な人は貴様の死を望んでおるのか?」
「あ…………」
ここでやっと……黒ひげの言ってる意味が理解できた。
そうだ……俺自身が死んでしまったら、もうサフィアを守れなくなる。いや、サフィアだけじゃない。ピュラも、ヘルムも、仲間たちも……みんな守れなくなる。
それに……俺の死を悲しむ人はいる。少なくとも……サフィアは俺の死を悲しんでくれると思う。
「気づいたであろう?自分の命が失われる事は、己の守るべきものも守れぬ。更には己の大切な人も悲しませることになる。貴様は……自ら命を絶って大切な人を悲しませたいか?」
「とんでもない!俺はそんな自分から死ぬような真似は絶対にしない!」
「左様。自らの命を絶つなど愚の極み。命が絶たれてしまったら、そこで全てが終わってしまう。分かるか?己の命を粗末にする輩は、守るべきものも守れぬのだ」
黒ひげは徐に背を向けて、果てしなく広い大空を見上げながら話した。
「貴様の考えは良きものよ。第一に他人を想う心は褒められたものだ。しかし……命を投げ捨てるような考えは愚かよ!本当に守りたいものがあれば、死ぬことを考えるな!自分の為にも、大切な者の為にも!」
……黒ひげ……この男は一体何者なんだ?
俺の知ってる黒ひげは…………極悪非道で、欲深い海賊だったハズ……。
それなのに何だ?俺は…………この男が悪人だとは思えない……。
「……黒ひげさん、私から一つ訊かせてもらっても良い?」
すると、背を向けてる黒ひげにメアリーが真剣な面持ちで話しかけてきた。
「私……貴方とはこうして初めて出会ったけど、以前から貴方の噂については色々と聞いてたよ。冷酷で、残虐で、欲深い悪の海賊だって…………」
「…………」
「でも……私、貴方がそんな悪人だとは思えない。貴方は悪人の自覚があるみたいだけど……私にはそう見えない。だって……本当に救いようのない悪人は、悪に対する意識が無いんだよ」
確かに……メアリーの言ってる事は尤もだ。本物の悪人は……自分自身が悪い人間とは思ってない。
それに……一見すると、黒ひげは命の価値を重んじてるように見える。自分に限らず、他人にまで命の価値を語るような人間が……無闇に罪の無い人々を皆殺しにするとは考え難い。
これが……極悪として有名な海賊だとは思えない……!
黒ひげは…………本当に悪人だったのか?
「黒ひげさん……貴方は本当に悪人なの?罪の無い人々を殺してきたの?貴方は…………何者なの?」
「………………」
メアリーの問いかけに対し、黒ひげは何も言わずに、ただ黙々と空を見上げ続けた。
それについては俺も知りたい。
俺は…………今まで黒ひげは悪の海賊だと思っていた。だが、本物の黒ひげを目の当たりにして……黒ひげと話してるうちに、本当に悪なのかさえ疑わしく思えてきた。
何が事実なのか、何が間違ってるのか、俺には理解出来てない。
ただ……俺は黒ひげについてもっと知りたい!
「……ふぅ……」
数秒の静寂が辺りを漂ったが、数秒も経つと黒ひげが小さくため息をつき、ゆっくりと俺たちの方へ向き直った。
「……悪人かどうかなどを決める権利は、我自身にも貴様らにも有しておらぬ。ただ…………」
ボォォォォォォン!!
「!?」
突然、凄まじい轟音が響き渡った!
俺は反射的に辺りを見回したが、視界に移るのは真っ白な雪の地面と高く聳える氷の山だけで、それ以外には何も見えない。
傍にいるメアリーと黒ひげも辺りを見回したが、何も見当たらないようだ。
だが、この音……間違いない。毎日のように聞いてるからすぐに分かった。
これは……大砲の音だ!でも、一体どこから…………?
「ふむ……あの方角か……」
すると、黒ひげがとある方向へと視線を移して静かに呟いた。
「え?黒ひげさん、今の音がどこから発せられたのか判るの?」
「うむ、音の大きさからして……そう遠くはないな」
メアリーの質問に対し、黒ひげは平然と答えたかと思うと、轟音が発せられたと思われる方向へと歩き出した。
「え?黒ひげさん……まさか、行くの?」
「行かなければ確認出来ぬであろう?嫌ならここで待っておれ」
「……黒ひげ、待ってくれ!俺も行く!」
「ふぇ!?キッド君も!?じ、じゃあ私も!」
俺たちに構わずスタスタと歩き続ける黒ひげを追うように、俺とメアリーも歩き始めた。
……こんな事をしてる場合じゃないのは分かってる。俺たちは早くこの島から脱出しなければならない。
ただ……この嫌な予感を抱えたまま島を出る気にはなれなかった…………。
〜〜〜数分後〜〜〜
「黒ひげ、崖になってて進めないぞ」
「いや、十分だ」
歩き続ける事数分……俺たちは轟音の正体を確認しに来たのだが、遠くに見える道が崖になっててこれ以上進めそうになかった。それでも黒ひげは構わずに進み続けてる。
…………気のせいか?進むにつれて騒がしくなってるような……?
「……成る程、あれか……」
一足先に崖まで足を運んだ黒ひげは、崖からとある一点を見下ろして納得したかのように頷いた。
なんだ?一体何が見えたんだ?
「黒ひげさん、何か見えたの?」
「ふむ、二隻の船が海上で戦っておるわ」
黒ひげは視線を変えることなくメアリーの質問に答えた。
二隻の船…………って、まさか!?
嫌な予感がした俺は駆け足で黒ひげの隣まで移動して、崖から下を見下ろした。
そこには…………!
「あれは…………俺の船だ!」
「えぇ!?……あ!本当だ!って、ちょっと待って!あのもう一つの船、教団の船だよ!」
なんと、俺の愛船ブラック・モンスターが教団の船と戦っていた!
「あれは…………ヘルム!それに、楓とリシャスまで!」
そしてブラック・モンスターの甲板にて、ヘルムを始めとした俺の仲間たちが教団の兵士たちと戦っていた!
マジかよ……!まさかすぐ近くで教団と出くわしてたなんて!こんな展開だけは読めなかった…………!
「……貴様、海賊であったか……」
ふと、黒ひげが俺へと視線を移した。
そういえば……黒ひげには俺が海賊である事を伝えてなかった。おそらく、船のマストに立ってる海賊旗を見て一瞬で判断したのだろう。
「……ああ!ねぇ二人とも!大変!大変だよ!」
「ああ、確かに大変だな!今すぐ助けに行かないと……!」
「そうじゃなくて!あれだよ!あれを見て!」
メアリーは何やら慌てふためきながらとある方向へと指差しているが…………。
「…………ああ!」
「………………」
メアリーが指差す方向へと視線を移した瞬間……信じられない光景を目の当たりにした。
ところが、黒ひげは何も言葉を発してないうえに驚いた様子も見せなかった。
黒ひげにとっては特に大したことないのだろうけど……俺にとっては最悪の光景だった。
「何でだよ……なんであんなのが……!?」
とある船が……俺の海賊船に向かって進んでる。
「てか……なんであんなに来てるんだよ……!?」
「分からない……」
しかも……その船は一隻だけではない。並列になって五隻もこっちに進んでる。
「最悪の状況に陥っちまったな……!」
「どうしよう……!」
なんてこった……!仲間たちに迎えに来てもらえれば後は何とかなると思ってたが……考えが甘かった。
というか……なんでだ?なんでだよ?
「なんで教団の船が五隻も来てるんだよ!?」
五隻の教団の船が…………こっちに向かって来ていた!
このままじゃ…………サフィアたちが危ない!!
12/10/04 21:55更新 / シャークドン
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