第九話 急展開!思いがけない対面
「ただいま帰りました……」
「あ!コリックさん、リシャスさん!どうでしたか!?キッドは見つかりましたか!?」
「いや、それが……街中を捜し回っても見つからなかった。待ちの住民たちも、何も知らないようだ……」
「そんな…………!」
キッドを捜しに行ってたコリックさんとリシャスさんが船に帰って来たものの、キッドは見つからず、有力な情報も手に入れられなかったようだ。
私は今までピュラと共に船を出ていたので、詳しい状況は把握できていないけど…………キッドがラスポーネルと名乗る海賊の下へ一人で向かったそうだ。
なんでも、キッドはラスポーネルに攫われた私を助ける為に、秘宝を持って一人で向かったそうだけど……。
当然ながら、私は攫われてないし、ラスポーネルなんて人には一度も会った事が無い。
つまり……キッドは騙されたと言う事になる。
嫌な予感がしたヘルムさんとオリヴィアさんは北の海岸へ向かったのだが…………そこには誰も居なかった。
その後も船の仲間たちと総出でキッドを捜し回るものの、未だにキッドは見つからず、情報も何一つ得られないでいた。
「あぁ……どうしよう……キッドに何かあったら……私……私……!」
「大丈夫よ、サフィアちゃん。船長さんならすぐに見つかるから落ち着いて」
「お姉ちゃん…………」
キッドが姿を消した後から、不安になり過ぎて平常を保てないでいる。傍に居るシャローナさんが落ち着かせてくれたり、ピュラが心配そうな表情で私を見つめるも、今はキッドの事で頭が一杯になってる。
「う〜ん……それにしても、情報が皆無と言うのも辛い……せめて目撃情報だけでも……!」
ヘルムさんがひどく困った表情で言った。
確かに……キッドが何処にいるのか誰も分からないのはキツイ状況でもある。現時点でキッドが何処にいるのかさえ分かれば…………!
バサッバサッバサッ!
「…………え?」
突然、上空から翼を羽ばたかせる音が響いた。
鳥が真上を飛んでるかと思ったけど……それにしても妙に音が大きい。
それに…………少しずつこちらに向かって来てるような…………。
「……あ!あれは……まさか!」
ヘルムさんが驚いた様子で上空を見上げてる。
その視線を追うように私も空を見てみると…………そこには…………!
「……ここに居たか…………」
巨大な隼に乗った青年がこちらを見下ろして…………って、この人は……まさか……!
「お前は…………バジル!」
ヘルムさんの発言と同時に、バジルを乗せた隼は華麗に船の甲板に着地した。
「……突然だが……今回は貴様らに用件があってここに来た」
「……用件?」
バジルは真剣な面持ちで隼から下りながら言い出した。
用件って…………まさか、キッドの首を狩る為にここまで来たの!?
「……生憎だけど、キッドなら此処には居ないよ。僕らの船長の首が欲しいのだったら、お引き取りを願うね」
ヘルムさんが警戒しながらもバジルに言い放った。しかし、バジルは鼻で笑ってから言い返した。
「言われなくても……奴が此処に居ないのは分かってる。もう既にこの島から出てってるからな」
「……出てってる!?」
一瞬だけ耳を疑ってしまった。
出てってるって事は……もうこの島にはいないの!?
と言うか……その言い方……まるでキッドがどうなってしまったのか知ってる口振りに聞こえる。
「今の、どういう事ですか!?キッドは何処にいるのですか!?あなたは……何か知ってるのですか!?」
「サフィアちゃん落ち着いて!あの男に近寄っちゃダメよ!味方って訳じゃないでしょ!」
思わず駆け寄って訊き出そうとしたら、シャローナさんに肩を掴まれた。
味方ではない事は分かってる。でも、キッドの事を想うと……身体が勝手に…………!
「気持ちは分かるが……まずは落ち着け。これから俺が知ってる事を全て話してやる」
……そうね、まずは冷静にならないと…………。
宥めるような口調で言われて冷静になると、バジルは小さく頷いて話し始めた。
「さて……奴が此処に居ない理由は…………ラスポーネルと言う海賊に騙されたのだろう?」
「え?」
「詳しく言うと……キッドはラスポーネルに騙されて、黒ひげの秘宝である黄金の髑髏を渡してしまったと…………」
「ちょ、ちょっと待て!なんでそんな事まで知ってるんだ!?」
バジルが話してる途中で、ヘルムさんが動揺した様子で口を挿んだ。
確かに……バジルがそこまで詳しく知ってるのはかなり不自然な気がする。さっきまで船に居た訳でもないのに…………。
「その理由は後で話す。問題はキッドがラスポーネルに秘宝を渡した後だ…………良いか?心して聞け……」
バジルは一呼吸置いてから……静かに、重々しく言った。
「あいつはもう此処には……マルアーノには居ない……奴らに攫われた」
「……え?今、なんて……」
「ラスポーネルに攫われたんだ。今頃、奴の海賊船の牢屋に閉じ込められてるだろうな。それと…………メアリーと言う名のリリムも一緒だ。彼女も奴らに攫われた」
「そ、そんな…………!」
キッドが…………攫われた……しかも、メアリーさんまで…………!
信じられない発言によって…………急な眩暈に襲われ……倒れそうになった…………!
「サフィアちゃん!しっかりして!」
「お姉ちゃん!」
倒れそうになった私を、シャローナさんとピュラが咄嗟に支えてくれた。
それでも頭が真っ白なのは変わらず…………立っていられるのがやっとの状態だ。
「お、おい……大丈夫か?」
バジルも心配そうな表情で私を見たが…………今は私の事なんてどうでもいい!
「……大丈夫です……私には構わず……どうか、話してください……!」
ここで滅入ってる場合じゃない!
そう自分に言い聞かせ体勢を立て直してみた。バジルも未だに心配そうな顔を浮かべてはいるが、仕方ないと言った感じで話しを続けた。
「……それで、ラスポーネルは今、とある島に向かって船を進めている」
そう言うと、バジルは懐から丸められた紙を取り出し、ヘルムさんに投げ渡した。
「……これは?」
「ラスポーネルが向かってる島までの海図だ」
そう言われて、ヘルムさんは丸められた海図を開いて見た。それは確かに海図であり、ご丁寧にも此処から島に着くまでの矢印の道標が描かれてる。
そして、その島の横には名前らしき物が書かれていた。
その名は…………。
「……アイス・グラベルド?」
「そう、此処から北に位置する無人島だ。気温がかなり低い氷の島で、そこにはラスポーネルのアジトがある。そこに行けば、キッドとメアリーにも会えるハズだ」
どうやら、その『アイス・グラベルド』と言う無人島に行けばキッドとメアリーさんに会えるらしい。
確かに、アジトを構えているならば……そこにキッドとメアリーさんが居る可能性も十分ある。
でも…………。
「あなたは……何故そこまで知ってるのですか?」
これ程までに詳しく知ってるなんて…………何かおかしい。
まるで……今までずっと見ていたように思える……。
「……思い返してみろ。俺が初めて貴様らの前に姿を現した理由は?」
「え?えっと…………」
「……黒ひげの秘宝を狙ってた……」
私の代わりにヘルムさんが答えた。
そうだった……バジルは確か、最初は黒ひげと言う伝説の海賊の秘宝を狙って来たんだった。あの時はいきなり激しい戦闘になってしまったから、バジルの本来の目的なんてすっかり忘れてた。
「そうだ……それで、その時は俺一人だったか?それとも、誰か他に来てたか?」
「……あ!あの時は確か、別の海賊も連れてきた……!」
「ああ、そうだったな……。さて、その海賊についてだが…………」
バジルは……真剣な面持ちで言った。
「その、俺が連れてきた海賊が……ラスポーネルの部下だとしたら……察しがつくんじゃないか?」
「え…………?」
あの時の海賊たちが……ラスポーネルの部下?
ラスポーネルは……部下に黒ひげの秘宝を取りに行かせたと言う事?
……待てよ……あの時、バジルが率いてきた海賊がラスポーネルの部下だと言う事は…………まさか!
「……まさか貴方…………ラスポーネルと手を組んで……!」
「……まぁ、正確には……金で雇われたと言うべきだな。あくまで一時的だがな」
…………やっぱり……そうだったのね!
「……だとしたら、これ程までに詳しく知ってるのも納得できるね。ラスポーネルの下にいれば、あの男の行動から目的と、一通りのことを把握できても不思議ではない……」
私の心中を代弁するかのように、ヘルムさんが鋭い視線をバジルに向けながら言った。
「そういうことだ。さっきまでラスポーネルの船に乗ってたのだが……こっそり抜け出して此処まで来たんだ。とにかく、貴様らの船長を助けたければアイス・グラベルドに行け。今すぐ行けば、明日の夕方には到着できる」
「待ってください!」
その場から立ち去ろうとしたバジルを呼び止めた。
「貴方は……何故そんなことを教えたのですか?敵の側らにいておきながら、何故…………?」
「…………言い訳がましいかもしれないが……罪滅ぼしだ」
そう話すバジルは……曇った表情を浮かべていた。
「メアリーとキッドには悪いことをしたと思ってる。せめて、貴様らがメアリーたちの下へ向かってくれれば、なんとかあの二人を助けれると思ってな……」
「…………」
「それに、俺はハッキリ言ってラスポーネルが嫌いでね。当初は金が目的だったとはいえ、今でもあんな奴に雇われたことを後悔してるくらいだ。仮にも、メアリーたちを助けるついでに奴を懲らしめるのであれば、俺は貴様らの味方になろう」
「……信じても良いのですか?」
正直なところ……バジルの言うことを素直に信じて良いのか分からなかった。
この人はラスポーネルに雇われてる身分だ。雇い主であるラスポーネルが嫌いとは言ってるけど……現在においてラスポーネルの下にいることは間違いない。
もしかしたら、この人も私たちを騙そうとしてる……そう思えてならなかった。
「疑うのも当然だな……だが、俺は貴様らを騙す気は無い。仮にもそのつもりなら、自ら奴と手を組んでることを話したりしないだろう?」
「それは…………」
「どうしても疑うのであれば、俺は自らの首を賭けてでも断言する。アイス・グラベルドに行けば、貴様らの船長に会える!」
そう話すバジルの目には強い意志のような物が込められていた。
何故だろう……確かな根拠は無いけど……この人が嘘を付いてるとは思えない…………。
「……俺が話せるのはここまでだ……健闘を祈る!」
そう言うと、バジルは巨大な魔力の隼に乗った。そしてバジルを乗せた隼は、翼を羽ばたかせて上空へ上がると、素早く何処かへ飛んで行った…………。
「……ね、ねぇ……どうするの?あの人の言う事、素直に信じちゃって良いの?」
今まで何も言わずにバジルの話を聞いてたシャローナさんが口を開いた。
確かに、このまま素直にアイス・グラベルドへ赴くのは危険かもしれない。けど…………。
「……行きましょう」
「え?」
「キッドとメアリーさんを助けに……行きましょう……アイス・グラベルドへ!」
私は……キッドを助けたい!私に出来ることなんか限られてるけど…………それでも、キッドを……大好きな夫を見捨てるなんて出来ない!
その想いが……私を突き動かした。
「……そうだね……行くしかないよね!」
私に続くように、今度はヘルムさんが口を開いた。
「こうなったら、氷の島だろうと、地獄だろうと、キッドを助ける為なら何処へでも行ってやるさ!勿論、メアリーもね!」
そう言うと、ヘルムさんは船の仲間たちに向き直って大声で叫んだ。
「全員、出航準備だ!僕らの船長とメアリーを助ける為に……今すぐアイス・グラベルドへ行くぞ!」
「ウォォォォォォォォ!!」
雄たけびが上がると同時に、船の仲間たちは大急ぎで出航の準備を進めた。
……でもヘルムさんの号令って今一物足りないなぁ。迫力も勇ましさもカッコ良さも、やっぱりキッドの方が数百倍も上ね。
……はぁ……キッドの声が聞きたい……『野郎ども!!』って勇ましく叫ぶキッドに会いたい……!
「お姉ちゃん、大丈夫だよ!お兄ちゃんは強いから絶対生きてるよ!」
「……そうですね!」
急にピュラに励まされ、暗くなりかけてた気分が晴れてきた。多分、無意識のうちに暗い表情を浮かべてしまい、ピュラに心配を掛けさせてしまったのだろう。
でも、私も落ち込んでる場合じゃない!こんな変な顔を浮かべてたら、キッドに笑われるからね!
でも……それでもやっぱり、会いたいな…………。
「……う〜ん……」
「ん?」
ふと、ヘルムさんが真剣な面持ちで考え込んでいた。
普段から頭の良い人だけど……ここまで考え込んでるのも珍しい。
「あの……ヘルムさん、どうしましたか?」
「あ、いや…………アイス・グラベルドって聞いて、ちょっと色々と深く考え込んじゃってさ……」
「え?もしかして……ヘルムさんはアイス・グラベルドを知ってるのですか?」
「うん、まぁね……」
どうやらヘルムさんは以前からアイス・グラベルドを知ってるようだった。そして、ヘルムさんは徐に話し始めた。
「えっと……サフィアさんは黒ひげって言う伝説の海賊は知ってるかな?」
「あ、知ってます。以前、キッドから色々と話を聞きました」
「そうか……そうれじゃあ、黒ひげと教団の勇者との決闘の話も聞いた?」
「はい、確か……黒ひげは勇者に負けたとか……」
「そうなんだよ……それで……実はね……たった今思い出したんだけど…………」
「……はい?」
「アイス・グラベルドは……黒ひげと勇者の決戦の舞台だったんだ」
**********************
ラスポーネルの船の牢屋に閉じ込められて十二時間以上は経つ……恐らく、時刻はもう夕方の四時を指してるだろう。俺は壁に背を預けて座りつつ、すぐ隣の牢屋に閉じ込められてるメアリーに訊いてみた。
「……どうだ、メアリー?」
「うん……もうそろそろ頃合だね」
「そうか…………」
壁の小さい穴から外の様子を覗いてるメアリー…………どうやら、そろそろ頃合のようだ。
「……あいつの言う通りだったな」
「でしょ!?やっぱりバジル君は良い人だよ!」
「ま、そうだったな……さてと…………」
俺はすっくと立ち上がり、首をポキポキと鳴らしてこれからの脱出に備えた。
まさか、あんな事まで教えてくれるとは思わなかったな…………。
〜〜〜昨日の夜十一時〜〜〜
「……はぁ……」
「……キッド君……寝てる?」
「寝てたら溜め息なんか付かねぇよ……」
「だよね……」
牢屋の中は驚くほど寝心地が悪い。湿気が多いし、床は硬いし、もう最悪だ……。
毛布が一枚だけあるが、せめて下に敷く布団が欲しい。生かす気があるんだったら、もうちょっと持て成しても良いだろうに…………。
「う〜ん……羊でも数えてみる?」
「アレ、そんなに効かねぇよ……俺なんか、12635匹数えても全然眠れなかったぞ……」
「じゃあ、これから記録更新に挑戦する?」
「絶対やだ……面倒くさい……」
「そっか…………」
こんな他愛も無い会話が交わされても、一向に眠れる気になれなかった。
ただ……それでも頭の中から離れない人物が一人いる。
「……サフィア……」
首に掛けられてる青い貝殻のペンダントを撫でながら、愛しき妻の名を呟いた。
愛用の武器は取り上げられたが……このペンダントが取られなかったのは唯一の救いだった。恐らく、金目の物とは判断されなかったらしく、特に興味も持たれなかったのだろう。
俺としては、このペンダントだけは取られたくない物だ。なんせこれは……サフィアが俺に作ってくれた大切な宝物だからな…………。
牢屋に閉じ込められてからも……ずっとサフィアが気がかりでならなかった。
サフィアはどうしてるのだろうか?ラスポーネルの野郎に捕まってなかったのは、ある意味安心したが……会えないとなると心配になる。
何時もの様に……サフィアとお話がしたい。
何時もの様に……サフィアと食事がしたい。
何時もの様に……サフィアと触れあいたい。
そんな……当たり前の様に過ごしてきた日常は……何にも代え難い大切な物だと…………改めて実感させられた。
大切な人に会えないってのは…………こんなにも辛いんだな…………。
カッカッカッカ…………
「……ん?」
ふと、足音のような物が聞こえてきた。その音は徐々に大きくなり、まるでこちらに向かって来るような…………。
「邪魔するぞ」
聞き覚えのある声と同時に、牢屋の部屋の扉が開かれた。
そこには…………!
「バジル!?」
「バジル君!?」
そこには…………バジルが立っていた。
あの時…………俺とメアリーを襲って、ラスポーネルに加担した張本人が!
「……今更何の用だ……」
あの時の出来事が頭を過り、我ながら大人げなくも素っ気ない態度を示してしまう。警戒の意を示すと、バジルは申し訳無さそうな表情を浮かべながら俺たちの下へ歩み寄った。
「……分かってる……本当に……申し訳ない事をしたと思ってる」
「だったら……ここから出してくれても良いんじゃないか?」
「今は無理だ。明日の夕方まで待て」
「……おい……それどういう意味だ?」
俺の質問に対し、バジルはその場で胡坐を掻き、意味深な表情で話し始めた。
「先ずは色々と説明したいところだが…………メアリー……」
「ん?」
ふと、バジルは懐から何やらハンカチらしき物を取りだした。良く見ると、隅の方に鳥のロゴマークが縫われてる。
「すまない……やはりこれは受け取れない。お前を酷い目に遭わせた俺には……これを持ってる資格は無い……」
「そんな……バジル君は……」
「気休めは結構だ!良いから、受け取れ!」
メアリーは拒否しようとしたが、バジルは半ば強引にハンカチを牢屋の隙間に入れた。そしてメアリーは……どこか寂しそうな表情でハンカチを拾った。
おいおい……なんだ、この気まずい雰囲気は……。
この二人……なんかあったのかよ?
「……開いてみろ」
バジルにそう言われ、メアリーは戸惑いながらもハンカチを広げた。
すると…………。
チャリン
「……え?」
ハンカチから出てきた物を見て…………目を見開いてしまった。
「お、おいバジル!これって……!」
「まぁ落ち着け。先ずは話を聞いてくれ…………」
〜〜〜現在〜〜〜
……で、今に至ると言う訳だ。
バジルの話によると……俺の長剣とショットガンも、メアリーの愛用のバッグも、全部バジルの部屋にあるそうだ。先ずはそれを取り返さないとな。
「まずは俺の武器とメアリーのバッグを取り返すか…………」
「あ、それでさ……もし余裕があったら、ちょっとキッチンに行って何か適当に食べない?私、ちょっとお腹が空いちゃってさ……」
「そうだな。そう言えばあいつら……まともな飯を食わせてくれなかったよな。ったく、生かす気があるなら、もっと豪華な物食わせろってんだ!」
「ホントだよね〜!さっき出されたお昼ご飯も、パンとスープとお水だけで……もう嫌!お肉とお魚が食べたーい!」
「俺もだよ。あると良いな……」
愚痴を零しながら俺は…………懐から牢屋の鍵を取りだした。
そう…………先ほどバジルに渡された牢屋の鍵を…………!
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アイス・グラベルドの中央部…………氷山の中でも、比較的平らで安全な場所で俺は待機していた。凍える程の寒さの中で立ったままというのも相当辛い。だが、これ程の寒さにおいて、ラスポーネルがこれから何かをするようだが……その『何か』と言うのは未だに聞かされてない。
一つだけ分かる事は…………ラスポーネルの部下が巨大な魔方陣らしき物を描いてると言う事だ。
「…………メアリー……」
昨夜にメアリー達の下を訪れて、こっそりと持ち出した牢屋の鍵を渡したものの…………それでもあの二人が脱出出来たかどうかが不安になる。
キッドの部下たちが此処に向かってる事も伝えたし、念の為に南側に島を出る為の小舟も用意しておいたが……やはり状況を把握出来ないとなるともどかしい。
出来れば様子を見に行きたいが……出過ぎた行動を起こすと、ラスポーネルの奴らに怪しまれる。
「どれどれ……おお!思ってたより早く完成しそうだねぇ!いやぁ、感心感心!」
ふと、背後からラスポーネルが歩み寄ってきた。更にその後ろには……ラスポーネルの部下が大きな棺を運んで来てる。
そう言えば……あの棺の中はどうなってるんだ?アジトの中では見かけなかったが……まさか、死体なんて入ってないだろうな……?
「……わざわざ此処まで移動して何を始めるつもりだ?アジトの中では悪いのか?」
「ふむ、出来ればそうしたいと思ってたのだがねぇ……あそこは狭すぎて魔方陣が描けないのだよ」
「……で、これから何をするつもりだ?」
「ふむ……そうだねぇ……そろそろ教えてあげても良いだろう」
そう言うと、ラスポーネルは大げさに見える程大きな咳払いをしてから話し始めた。
「突然だけどね……君は黒ひげと勇者の戦いを知ってるかね?」
「黒ひげと勇者?確か、一騎打ちの末に双方の命が潰えたと聞いたが……」
「その通り!」
俺の答えに対し、ラスポーネルは満足気に大きく頷いた。
黒ひげと教団の勇者については俺も知ってる。激しい戦の末に勇者が勝利を収めたものの、最終的には黒ひげの悪あがきにより双方ともに死亡してしまったとか。
「それでねぇ、話がガラリと変わっちゃうんだけどねぇ…………」
「……なんだ?」
ラスポーネルは……ニタニタと不気味な笑みを浮かべながら言った。
「君は…………人間が生き返る姿を見た事はあるかね?」
「…………は?」
人間が…………生き返る?何を言ってるんだ?
「何の冗談だ?一度死んだ後に生き返るなんて有り得ない。それは人間だけではなく、他の生物にも言える事だ」
「あぁ、すまないね……ちょっと言い方が間違ってた。正確には…………魂が入れ物に帰るとでも言うべきだろうね」
「魂?入れ物?」
「うむ、実はこれなんだけどねぇ…………」
こいつはさっきから何を言ってるんだ?益々理解できなくなる…………。
そう思ってると、ラスポーネルは懐から何かを取りだした。
それは…………昨日、キッドから奪い取った黄金の髑髏だった。
「実はこの髑髏……見ての通りピカピカの髑髏なんだけどねぇ……これは普通の髑髏じゃないのだよ。一体どこが普通じゃないか……分かるかね?」
「……知らんな。どこが普通じゃないんだ?」
「この髑髏の中にはねぇ……入ってるのだよ…………魂が」
「はぁ?」
魂が……入ってる?どういう事だ?
「この髑髏の名は…………ソウル・スカル!膨大な魔力を与える事により、人間の魂を吸い取る恐ろしい髑髏なのだよ!」
「魂を……吸い取る!?まさか……そんな…………!」
俺は魂の概念なんて全く知らないが……これだけは言える。
それって……人の命を奪うのと同じような事じゃないか!まさか黒ひげは……そんな恐ろしい凶器を隠し持ってたのか!?
「実はずっと前に黒ひげの部下だった男に聞いたところ…………黒ひげは勇者との戦いにおいても、このソウル・スカルを手許に持ってたそうなのだよ。命が消える瞬間まで手放さなかったそうだ…………」
「まさか……何故……?」
「いや、何故そこまでして大事に持ってたのかは吾輩も分からないのだよ。それより……ちょっと来たまえ」
ラスポーネルは部下が運んで来た棺の前まで歩み寄ると、こっちへ来いと言わんばかりに手招きした。
「……そう言えば……それは何だ?そんな棺……今日初めて見るが…………」
棺に歩み寄ってから訊くと、ラスポーネルはまたしても不気味な笑みを浮かべながら答えた。
「君は凄くラッキーだよ…………これからとっても面白い物が見れるのだからねぇ!」
「面白い物?」
「フフフ……この中にあるのだよ。前に吾輩が言ってた…………『T』がね!」
T……だと?この中に?
「中身を見たいかね?」
「あ、ああ…………」
「よろしい!では諸君、開けたまえ!」
ラスポーネルに命令された部下たちが手際よく棺の蓋を開けた。
そこには…………!
「…………なっ!?」
「フフフ……どうだね?」
こちらは驚愕のあまりに息を呑んでるのにも関わらず、ラスポーネルは自慢げに笑みを浮かべている。
まさか…………これが……T!?
「おい……これは…………!」
「ふむ……これが『T』だよ。ちょっと想定外だったかね?」
そこには…………人間が瞳を閉じて横たわっていた。
と言うか、この人…………女の人!?
「いや、と言うか『T』って…………!」
「嘘ではないよ。この者のイニシャルは『T』だよ。それに、この者の服装……どこかの組織の物だと気付いたかい?」
金色に輝く長い髪、白く透き通った肌、綺麗に整った顔立ち……中々の美人ではある。
しかし……それより気になったのはこの女の服装だ。白を強調したデザインに、胸元には十字架のマークが描かれてる。
一見すると、まるで教団の聖剣士だ…………!
「まさか……教団の……!」
「そう!この女性は教団の勇者なのだよ!」
「教団の勇者…………ハッ!まさか!」
「……気付いたようだねぇ……!」
俺の頭に……とある考えが浮かんだ。
もし……今浮かんでる考えが正しいとなると、先ほどラスポーネルが最初に黒ひげの話を切り出したのも納得出来る。
それに良く考えると…………このアイス・グラベルドは黒ひげと勇者の決戦の舞台となった島……!
まさか…………この女は…………!
「そう!この女性こそ、あの黒ひげを撃ち破った伝説の勇者なのさ!」
そしてラスポーネルは……天を仰ぐかのように両手を広げて……この女の名前を言った。
「この勇者の名は……イニシャル『T』…………タイラント!聖剣士、タイラントだよ!!」
**********************
「うぅ……寒いよ……こんなに寒いなんて聞いてないよ……」
「全く……さっきコートだけでも持ってくるべきだったな……」
ラスポーネルの船を脱出してから数分後……私はキッド君と共に氷の島を歩いていた。足元が悪く、気を付けて歩かないと転んでしまいそうだ。
「でもキッド君の武器も、私のバッグも取り返せたし、後はキッド君の仲間たちが来てくれれば助かるね……」
「ああ、後は南の海岸に行けば脱出出来るんだけどな……」
バジル君からこっそり貰った鍵で牢屋から脱獄した後……私とキッド君は予定通り、武器とバッグをそれぞれ取り返し、ついでにキッチンでこっそり腹ごしらえをしてから船を出て行った。
「バジル君の言う通りだったね……船に人が少なかったお陰で、誰にも見つからずに脱出出来たよ」
「ああ……やっぱりあいつは悪い奴じゃなかった。今度会ったら、キチンと礼を言わないとな」
昨日の夜にバジル君が言った通りだった……と言うのも、船にラスポーネルの部下がたった数人程度しか居なかったお陰で、私たちは脱出出来たのだ。
バジル君が言うには…………何でも、今日だけは何か大仕事があるらしく、船に残ってる敵はごく僅かしか残ってないようだ。
その大仕事の内容はバジル君も分からないみたいだけど……とにかく、脱出するには今がチャンスだと言う事は教えてくれた。
そのお陰で誰にも見つからずに脱出出来た。後は南の海岸に行って、キッド君の仲間たちが迎えに来るのを待つだけだ。
「……バジル君……」
バジル君の顔が頭に浮かび、バッグのポケットに入ってるハンカチを取り出した。
昨日、バジル君から渡された鳥のハンカチ……これって元々……私がバジル君に買ってあげた物なのにな…………。
バジル君は『持ってる資格は無い』なんて言ってたけど……そこまで自分を責める程、バジル君は悪い事をしてないのに……。
バジル君は……自分を責め過ぎなんだよ。出来れば受け取って欲しかったな…………。
でも……次に会ったら、何がなんでも受け取ってもらうんだからね!
「……あっちゃぁ……行き止まりだね……」
「ヤベェな……頂上が見えない……」
暫く歩き続けてると……とても大きな岩の壁が見えてきた。壁の部分が雪で覆われてる上に、空が曇ってるせいで天辺が見えない。
「横から回り込んでも……大分時間が掛かりそうだね」
「ああ、これ結構横幅が長いぞ…………」
とりあえず壁の真正面まで来たものの……横幅が長いようで、壁の向こう側に回り込むのも時間が掛かりそうだ。
ここまで来て豪い障害物に出くわしちゃったなぁ…………。
「……こうなったら覚悟を決めて登るか?」
「え!?それ、ちょっと勘弁して欲しいな……」
「アンタは翼で飛べるから楽だろ?」
「あ、そうか…………でもキッド君は……」
「……まぁ、登るんだったら俺はやってやるぜ。ここで引き返して、あの馬鹿紳士の船の牢屋に閉じ込められるより、よっぽど良いさ」
そう言って、キッド君は岩の壁の至る所をポンポンと叩き始めた。恐らく、この壁が登れるかどうかを調べてるのだろう。
……でもまぁ、キッド君の言う事も一理ある。仮にここで引き返したら、あのラスポーネルの部下に見つかってしまい、またしても牢屋へ入れられるのは確定だろう。
相手が少人数ならどうにかなるけど…………もしかしたら、最悪の場合バジル君と戦う羽目になってしまうかもしれない。
それだけは嫌だ!私…………バジル君とは戦いたくない!
強いからとか、太刀打ち出来ないからとかではなく…………バジル君そのものと傷つけ合いたくない……!
「ん〜……登れない事は無い……かな……?」
「……ねぇ、本気で登るの?やっぱり裏側まで回った方が……」
キッド君は本気で壁を登ろうとしてるみたいだ。でも雪で覆われた壁を登るのは危険すぎる。
そう思った私は、横から回り込もうと提案したが…………。
「…………ん?」
ふと、壁を叩いてたキッド君が急に顔を顰めた。まるで何か異変に気付いたかのように…………。
「どうしたの?」
「いや、なんかさ……この部分だけ質感が違うような……?」
そう言うと、キッド君は真正面の壁の雪を両手で払い除け始めた。
雪の塊がボトボトと崩れる中、私たちが目にしたのは…………!
「……これは……!」
雪の奥に……氷の塊らしき物が見えた。そしてその中には人の手らしきものが…………って、え!?
「これ…………人の腕!?」
「だよな……!」
それは……間違いなく人間の腕だった!氷の塊の中に…………人間の腕が閉じ込められてる!?
何やら少しだけボロボロになってる黒地の服を着てるみたいだけど……見る限り手は腐敗してない。
「ねぇ、これって…………手だけじゃないよね?」
「ああ、恐らく…………人間そのものが氷漬けにされてるぞ!」
キッド君の言う通り、正確には……腕だけじゃない。身体全体は未だに雪で覆われてるから見えないけど……恐らく、誰かがこの氷の塊の中に閉じ込められてる!
「どうする……出来れば全体を見てみたいが……こうなったら全部取っ払うか?」
「よし!私に任せて!こうした方が早いよ!」
氷漬けにされてる人の正体を見たいけど……素手で払うのは遅いし、何より手が痛んでしまう。
そこで私は、魔術で両手に熱風の球を作成して…………!
「えぇい!」
壁に向かって投げ飛ばした!
熱が籠った風を受け、壁を覆ってる雪は徐々に溶け始め…………!
ボォォォン!!
「おわぁ!?」
「きゃあ!?」
もの凄い勢いで崩れた!あまりの威力に雪が飛び散り、思わず身をよじってしまった。
「……メアリー……ちょっと加減した方が良かったんじゃないか?」
「アハハ……そうだね……ごめんごめん……」
キッド君の言う通り……ちょっと力を入れ過ぎたかも。
そう思いながらも、私は姿勢を正して真正面に向き直り、氷漬けにされてる人の正体を…………。
「…………え?」
……嘘でしょ……?まさか……そんな……!
「この人……まさか…………!」
…………その人の正体を目の当たりにした瞬間……身体全体に嫌な寒気が走った。私は……この人を見た事がある。
黒い三角帽に赤地のコート。そして胸元まであろう長くて黒い髭、右頬の×印の傷…………。
間違いない……この人は…………以前夢で私を襲ったあの人だ!
まさか……夢の中の人と……現実で出会うなんて……!
「そんな……こんな事が…………!」
見たところ、目を閉じて安らかに眠ってるように見えるけど……なんだか今にでも動き出しそうだ。
でも、何故こんな所にいるの?と言うか、何故氷漬けにされてるの?
いや、そもそも…………この人は何者なの?
「おいおい……これは夢じゃないのかよ!なんで……こいつが此処にいるんだよ……!?」
一方、キッド君も私と同じ様に動揺してるようだ。
でも……この反応、まるでキッド君はこの人の事を知ってるように見える。
「キッド君……もしかして、この人の事知ってるの?」
「え!?まさかお前……知らないのか!?」
私から質問したのに、キッド君は驚いた様子で私を見返した。
いや、そう言われても……反応に困る。
「知らないも何も……私、この人の顔初めて見るし…………」
「いや、他の奴ならともかく、アンタは初めてな訳…………ん?まてよ?」
突然、キッド君は何かを考えた後、恐る恐る私に訊いた。
「突然なんだけどさ…………アンタ、黒ひげの手配書って見た事ある?」
「え?見た事無いけど……?」
「あ〜成程、だったら仕方ないか……」
私の答えを聞いた途端、キッド君は納得したかのように何度も頷いた。
何?どういう事?なんでいきなり黒ひげの話題が出て来るの?
「メアリー……黒ひげの特徴って知ってるか?」
「え?う、うん……確か黒くて長い髭を生やしてたよね?」
「ああ、ついでに言うと……右頬には×印の傷」
「うんうん」
「黒い三角帽と……」
「うんうん」
「赤いコートを愛用していた」
「ふーん…………あれ?」
心臓がバクバクと激しく鼓動を打つ最中…………恐る恐ると氷漬けにされてる人を見直してみる。
「黒くて長い髭……右頬には傷……黒い三角帽……赤いコート…………」
……黒ひげの特徴と完全に一致している…………と言うか…………まさか…………!
「……もしかして…………そんな……」
「やっと気付いたか……そうだよ。俺だって信じられないが……間違いない!」
出来れば当たって欲しくなかった…………でも……本当らしい……!
この人が……冷酷で残虐として知られてる伝説の海賊…………!
「こいつが…………こいつがあの伝説の海賊……『黒ひげ』なんだ!!」
「あ!コリックさん、リシャスさん!どうでしたか!?キッドは見つかりましたか!?」
「いや、それが……街中を捜し回っても見つからなかった。待ちの住民たちも、何も知らないようだ……」
「そんな…………!」
キッドを捜しに行ってたコリックさんとリシャスさんが船に帰って来たものの、キッドは見つからず、有力な情報も手に入れられなかったようだ。
私は今までピュラと共に船を出ていたので、詳しい状況は把握できていないけど…………キッドがラスポーネルと名乗る海賊の下へ一人で向かったそうだ。
なんでも、キッドはラスポーネルに攫われた私を助ける為に、秘宝を持って一人で向かったそうだけど……。
当然ながら、私は攫われてないし、ラスポーネルなんて人には一度も会った事が無い。
つまり……キッドは騙されたと言う事になる。
嫌な予感がしたヘルムさんとオリヴィアさんは北の海岸へ向かったのだが…………そこには誰も居なかった。
その後も船の仲間たちと総出でキッドを捜し回るものの、未だにキッドは見つからず、情報も何一つ得られないでいた。
「あぁ……どうしよう……キッドに何かあったら……私……私……!」
「大丈夫よ、サフィアちゃん。船長さんならすぐに見つかるから落ち着いて」
「お姉ちゃん…………」
キッドが姿を消した後から、不安になり過ぎて平常を保てないでいる。傍に居るシャローナさんが落ち着かせてくれたり、ピュラが心配そうな表情で私を見つめるも、今はキッドの事で頭が一杯になってる。
「う〜ん……それにしても、情報が皆無と言うのも辛い……せめて目撃情報だけでも……!」
ヘルムさんがひどく困った表情で言った。
確かに……キッドが何処にいるのか誰も分からないのはキツイ状況でもある。現時点でキッドが何処にいるのかさえ分かれば…………!
バサッバサッバサッ!
「…………え?」
突然、上空から翼を羽ばたかせる音が響いた。
鳥が真上を飛んでるかと思ったけど……それにしても妙に音が大きい。
それに…………少しずつこちらに向かって来てるような…………。
「……あ!あれは……まさか!」
ヘルムさんが驚いた様子で上空を見上げてる。
その視線を追うように私も空を見てみると…………そこには…………!
「……ここに居たか…………」
巨大な隼に乗った青年がこちらを見下ろして…………って、この人は……まさか……!
「お前は…………バジル!」
ヘルムさんの発言と同時に、バジルを乗せた隼は華麗に船の甲板に着地した。
「……突然だが……今回は貴様らに用件があってここに来た」
「……用件?」
バジルは真剣な面持ちで隼から下りながら言い出した。
用件って…………まさか、キッドの首を狩る為にここまで来たの!?
「……生憎だけど、キッドなら此処には居ないよ。僕らの船長の首が欲しいのだったら、お引き取りを願うね」
ヘルムさんが警戒しながらもバジルに言い放った。しかし、バジルは鼻で笑ってから言い返した。
「言われなくても……奴が此処に居ないのは分かってる。もう既にこの島から出てってるからな」
「……出てってる!?」
一瞬だけ耳を疑ってしまった。
出てってるって事は……もうこの島にはいないの!?
と言うか……その言い方……まるでキッドがどうなってしまったのか知ってる口振りに聞こえる。
「今の、どういう事ですか!?キッドは何処にいるのですか!?あなたは……何か知ってるのですか!?」
「サフィアちゃん落ち着いて!あの男に近寄っちゃダメよ!味方って訳じゃないでしょ!」
思わず駆け寄って訊き出そうとしたら、シャローナさんに肩を掴まれた。
味方ではない事は分かってる。でも、キッドの事を想うと……身体が勝手に…………!
「気持ちは分かるが……まずは落ち着け。これから俺が知ってる事を全て話してやる」
……そうね、まずは冷静にならないと…………。
宥めるような口調で言われて冷静になると、バジルは小さく頷いて話し始めた。
「さて……奴が此処に居ない理由は…………ラスポーネルと言う海賊に騙されたのだろう?」
「え?」
「詳しく言うと……キッドはラスポーネルに騙されて、黒ひげの秘宝である黄金の髑髏を渡してしまったと…………」
「ちょ、ちょっと待て!なんでそんな事まで知ってるんだ!?」
バジルが話してる途中で、ヘルムさんが動揺した様子で口を挿んだ。
確かに……バジルがそこまで詳しく知ってるのはかなり不自然な気がする。さっきまで船に居た訳でもないのに…………。
「その理由は後で話す。問題はキッドがラスポーネルに秘宝を渡した後だ…………良いか?心して聞け……」
バジルは一呼吸置いてから……静かに、重々しく言った。
「あいつはもう此処には……マルアーノには居ない……奴らに攫われた」
「……え?今、なんて……」
「ラスポーネルに攫われたんだ。今頃、奴の海賊船の牢屋に閉じ込められてるだろうな。それと…………メアリーと言う名のリリムも一緒だ。彼女も奴らに攫われた」
「そ、そんな…………!」
キッドが…………攫われた……しかも、メアリーさんまで…………!
信じられない発言によって…………急な眩暈に襲われ……倒れそうになった…………!
「サフィアちゃん!しっかりして!」
「お姉ちゃん!」
倒れそうになった私を、シャローナさんとピュラが咄嗟に支えてくれた。
それでも頭が真っ白なのは変わらず…………立っていられるのがやっとの状態だ。
「お、おい……大丈夫か?」
バジルも心配そうな表情で私を見たが…………今は私の事なんてどうでもいい!
「……大丈夫です……私には構わず……どうか、話してください……!」
ここで滅入ってる場合じゃない!
そう自分に言い聞かせ体勢を立て直してみた。バジルも未だに心配そうな顔を浮かべてはいるが、仕方ないと言った感じで話しを続けた。
「……それで、ラスポーネルは今、とある島に向かって船を進めている」
そう言うと、バジルは懐から丸められた紙を取り出し、ヘルムさんに投げ渡した。
「……これは?」
「ラスポーネルが向かってる島までの海図だ」
そう言われて、ヘルムさんは丸められた海図を開いて見た。それは確かに海図であり、ご丁寧にも此処から島に着くまでの矢印の道標が描かれてる。
そして、その島の横には名前らしき物が書かれていた。
その名は…………。
「……アイス・グラベルド?」
「そう、此処から北に位置する無人島だ。気温がかなり低い氷の島で、そこにはラスポーネルのアジトがある。そこに行けば、キッドとメアリーにも会えるハズだ」
どうやら、その『アイス・グラベルド』と言う無人島に行けばキッドとメアリーさんに会えるらしい。
確かに、アジトを構えているならば……そこにキッドとメアリーさんが居る可能性も十分ある。
でも…………。
「あなたは……何故そこまで知ってるのですか?」
これ程までに詳しく知ってるなんて…………何かおかしい。
まるで……今までずっと見ていたように思える……。
「……思い返してみろ。俺が初めて貴様らの前に姿を現した理由は?」
「え?えっと…………」
「……黒ひげの秘宝を狙ってた……」
私の代わりにヘルムさんが答えた。
そうだった……バジルは確か、最初は黒ひげと言う伝説の海賊の秘宝を狙って来たんだった。あの時はいきなり激しい戦闘になってしまったから、バジルの本来の目的なんてすっかり忘れてた。
「そうだ……それで、その時は俺一人だったか?それとも、誰か他に来てたか?」
「……あ!あの時は確か、別の海賊も連れてきた……!」
「ああ、そうだったな……。さて、その海賊についてだが…………」
バジルは……真剣な面持ちで言った。
「その、俺が連れてきた海賊が……ラスポーネルの部下だとしたら……察しがつくんじゃないか?」
「え…………?」
あの時の海賊たちが……ラスポーネルの部下?
ラスポーネルは……部下に黒ひげの秘宝を取りに行かせたと言う事?
……待てよ……あの時、バジルが率いてきた海賊がラスポーネルの部下だと言う事は…………まさか!
「……まさか貴方…………ラスポーネルと手を組んで……!」
「……まぁ、正確には……金で雇われたと言うべきだな。あくまで一時的だがな」
…………やっぱり……そうだったのね!
「……だとしたら、これ程までに詳しく知ってるのも納得できるね。ラスポーネルの下にいれば、あの男の行動から目的と、一通りのことを把握できても不思議ではない……」
私の心中を代弁するかのように、ヘルムさんが鋭い視線をバジルに向けながら言った。
「そういうことだ。さっきまでラスポーネルの船に乗ってたのだが……こっそり抜け出して此処まで来たんだ。とにかく、貴様らの船長を助けたければアイス・グラベルドに行け。今すぐ行けば、明日の夕方には到着できる」
「待ってください!」
その場から立ち去ろうとしたバジルを呼び止めた。
「貴方は……何故そんなことを教えたのですか?敵の側らにいておきながら、何故…………?」
「…………言い訳がましいかもしれないが……罪滅ぼしだ」
そう話すバジルは……曇った表情を浮かべていた。
「メアリーとキッドには悪いことをしたと思ってる。せめて、貴様らがメアリーたちの下へ向かってくれれば、なんとかあの二人を助けれると思ってな……」
「…………」
「それに、俺はハッキリ言ってラスポーネルが嫌いでね。当初は金が目的だったとはいえ、今でもあんな奴に雇われたことを後悔してるくらいだ。仮にも、メアリーたちを助けるついでに奴を懲らしめるのであれば、俺は貴様らの味方になろう」
「……信じても良いのですか?」
正直なところ……バジルの言うことを素直に信じて良いのか分からなかった。
この人はラスポーネルに雇われてる身分だ。雇い主であるラスポーネルが嫌いとは言ってるけど……現在においてラスポーネルの下にいることは間違いない。
もしかしたら、この人も私たちを騙そうとしてる……そう思えてならなかった。
「疑うのも当然だな……だが、俺は貴様らを騙す気は無い。仮にもそのつもりなら、自ら奴と手を組んでることを話したりしないだろう?」
「それは…………」
「どうしても疑うのであれば、俺は自らの首を賭けてでも断言する。アイス・グラベルドに行けば、貴様らの船長に会える!」
そう話すバジルの目には強い意志のような物が込められていた。
何故だろう……確かな根拠は無いけど……この人が嘘を付いてるとは思えない…………。
「……俺が話せるのはここまでだ……健闘を祈る!」
そう言うと、バジルは巨大な魔力の隼に乗った。そしてバジルを乗せた隼は、翼を羽ばたかせて上空へ上がると、素早く何処かへ飛んで行った…………。
「……ね、ねぇ……どうするの?あの人の言う事、素直に信じちゃって良いの?」
今まで何も言わずにバジルの話を聞いてたシャローナさんが口を開いた。
確かに、このまま素直にアイス・グラベルドへ赴くのは危険かもしれない。けど…………。
「……行きましょう」
「え?」
「キッドとメアリーさんを助けに……行きましょう……アイス・グラベルドへ!」
私は……キッドを助けたい!私に出来ることなんか限られてるけど…………それでも、キッドを……大好きな夫を見捨てるなんて出来ない!
その想いが……私を突き動かした。
「……そうだね……行くしかないよね!」
私に続くように、今度はヘルムさんが口を開いた。
「こうなったら、氷の島だろうと、地獄だろうと、キッドを助ける為なら何処へでも行ってやるさ!勿論、メアリーもね!」
そう言うと、ヘルムさんは船の仲間たちに向き直って大声で叫んだ。
「全員、出航準備だ!僕らの船長とメアリーを助ける為に……今すぐアイス・グラベルドへ行くぞ!」
「ウォォォォォォォォ!!」
雄たけびが上がると同時に、船の仲間たちは大急ぎで出航の準備を進めた。
……でもヘルムさんの号令って今一物足りないなぁ。迫力も勇ましさもカッコ良さも、やっぱりキッドの方が数百倍も上ね。
……はぁ……キッドの声が聞きたい……『野郎ども!!』って勇ましく叫ぶキッドに会いたい……!
「お姉ちゃん、大丈夫だよ!お兄ちゃんは強いから絶対生きてるよ!」
「……そうですね!」
急にピュラに励まされ、暗くなりかけてた気分が晴れてきた。多分、無意識のうちに暗い表情を浮かべてしまい、ピュラに心配を掛けさせてしまったのだろう。
でも、私も落ち込んでる場合じゃない!こんな変な顔を浮かべてたら、キッドに笑われるからね!
でも……それでもやっぱり、会いたいな…………。
「……う〜ん……」
「ん?」
ふと、ヘルムさんが真剣な面持ちで考え込んでいた。
普段から頭の良い人だけど……ここまで考え込んでるのも珍しい。
「あの……ヘルムさん、どうしましたか?」
「あ、いや…………アイス・グラベルドって聞いて、ちょっと色々と深く考え込んじゃってさ……」
「え?もしかして……ヘルムさんはアイス・グラベルドを知ってるのですか?」
「うん、まぁね……」
どうやらヘルムさんは以前からアイス・グラベルドを知ってるようだった。そして、ヘルムさんは徐に話し始めた。
「えっと……サフィアさんは黒ひげって言う伝説の海賊は知ってるかな?」
「あ、知ってます。以前、キッドから色々と話を聞きました」
「そうか……そうれじゃあ、黒ひげと教団の勇者との決闘の話も聞いた?」
「はい、確か……黒ひげは勇者に負けたとか……」
「そうなんだよ……それで……実はね……たった今思い出したんだけど…………」
「……はい?」
「アイス・グラベルドは……黒ひげと勇者の決戦の舞台だったんだ」
**********************
ラスポーネルの船の牢屋に閉じ込められて十二時間以上は経つ……恐らく、時刻はもう夕方の四時を指してるだろう。俺は壁に背を預けて座りつつ、すぐ隣の牢屋に閉じ込められてるメアリーに訊いてみた。
「……どうだ、メアリー?」
「うん……もうそろそろ頃合だね」
「そうか…………」
壁の小さい穴から外の様子を覗いてるメアリー…………どうやら、そろそろ頃合のようだ。
「……あいつの言う通りだったな」
「でしょ!?やっぱりバジル君は良い人だよ!」
「ま、そうだったな……さてと…………」
俺はすっくと立ち上がり、首をポキポキと鳴らしてこれからの脱出に備えた。
まさか、あんな事まで教えてくれるとは思わなかったな…………。
〜〜〜昨日の夜十一時〜〜〜
「……はぁ……」
「……キッド君……寝てる?」
「寝てたら溜め息なんか付かねぇよ……」
「だよね……」
牢屋の中は驚くほど寝心地が悪い。湿気が多いし、床は硬いし、もう最悪だ……。
毛布が一枚だけあるが、せめて下に敷く布団が欲しい。生かす気があるんだったら、もうちょっと持て成しても良いだろうに…………。
「う〜ん……羊でも数えてみる?」
「アレ、そんなに効かねぇよ……俺なんか、12635匹数えても全然眠れなかったぞ……」
「じゃあ、これから記録更新に挑戦する?」
「絶対やだ……面倒くさい……」
「そっか…………」
こんな他愛も無い会話が交わされても、一向に眠れる気になれなかった。
ただ……それでも頭の中から離れない人物が一人いる。
「……サフィア……」
首に掛けられてる青い貝殻のペンダントを撫でながら、愛しき妻の名を呟いた。
愛用の武器は取り上げられたが……このペンダントが取られなかったのは唯一の救いだった。恐らく、金目の物とは判断されなかったらしく、特に興味も持たれなかったのだろう。
俺としては、このペンダントだけは取られたくない物だ。なんせこれは……サフィアが俺に作ってくれた大切な宝物だからな…………。
牢屋に閉じ込められてからも……ずっとサフィアが気がかりでならなかった。
サフィアはどうしてるのだろうか?ラスポーネルの野郎に捕まってなかったのは、ある意味安心したが……会えないとなると心配になる。
何時もの様に……サフィアとお話がしたい。
何時もの様に……サフィアと食事がしたい。
何時もの様に……サフィアと触れあいたい。
そんな……当たり前の様に過ごしてきた日常は……何にも代え難い大切な物だと…………改めて実感させられた。
大切な人に会えないってのは…………こんなにも辛いんだな…………。
カッカッカッカ…………
「……ん?」
ふと、足音のような物が聞こえてきた。その音は徐々に大きくなり、まるでこちらに向かって来るような…………。
「邪魔するぞ」
聞き覚えのある声と同時に、牢屋の部屋の扉が開かれた。
そこには…………!
「バジル!?」
「バジル君!?」
そこには…………バジルが立っていた。
あの時…………俺とメアリーを襲って、ラスポーネルに加担した張本人が!
「……今更何の用だ……」
あの時の出来事が頭を過り、我ながら大人げなくも素っ気ない態度を示してしまう。警戒の意を示すと、バジルは申し訳無さそうな表情を浮かべながら俺たちの下へ歩み寄った。
「……分かってる……本当に……申し訳ない事をしたと思ってる」
「だったら……ここから出してくれても良いんじゃないか?」
「今は無理だ。明日の夕方まで待て」
「……おい……それどういう意味だ?」
俺の質問に対し、バジルはその場で胡坐を掻き、意味深な表情で話し始めた。
「先ずは色々と説明したいところだが…………メアリー……」
「ん?」
ふと、バジルは懐から何やらハンカチらしき物を取りだした。良く見ると、隅の方に鳥のロゴマークが縫われてる。
「すまない……やはりこれは受け取れない。お前を酷い目に遭わせた俺には……これを持ってる資格は無い……」
「そんな……バジル君は……」
「気休めは結構だ!良いから、受け取れ!」
メアリーは拒否しようとしたが、バジルは半ば強引にハンカチを牢屋の隙間に入れた。そしてメアリーは……どこか寂しそうな表情でハンカチを拾った。
おいおい……なんだ、この気まずい雰囲気は……。
この二人……なんかあったのかよ?
「……開いてみろ」
バジルにそう言われ、メアリーは戸惑いながらもハンカチを広げた。
すると…………。
チャリン
「……え?」
ハンカチから出てきた物を見て…………目を見開いてしまった。
「お、おいバジル!これって……!」
「まぁ落ち着け。先ずは話を聞いてくれ…………」
〜〜〜現在〜〜〜
……で、今に至ると言う訳だ。
バジルの話によると……俺の長剣とショットガンも、メアリーの愛用のバッグも、全部バジルの部屋にあるそうだ。先ずはそれを取り返さないとな。
「まずは俺の武器とメアリーのバッグを取り返すか…………」
「あ、それでさ……もし余裕があったら、ちょっとキッチンに行って何か適当に食べない?私、ちょっとお腹が空いちゃってさ……」
「そうだな。そう言えばあいつら……まともな飯を食わせてくれなかったよな。ったく、生かす気があるなら、もっと豪華な物食わせろってんだ!」
「ホントだよね〜!さっき出されたお昼ご飯も、パンとスープとお水だけで……もう嫌!お肉とお魚が食べたーい!」
「俺もだよ。あると良いな……」
愚痴を零しながら俺は…………懐から牢屋の鍵を取りだした。
そう…………先ほどバジルに渡された牢屋の鍵を…………!
**********************
アイス・グラベルドの中央部…………氷山の中でも、比較的平らで安全な場所で俺は待機していた。凍える程の寒さの中で立ったままというのも相当辛い。だが、これ程の寒さにおいて、ラスポーネルがこれから何かをするようだが……その『何か』と言うのは未だに聞かされてない。
一つだけ分かる事は…………ラスポーネルの部下が巨大な魔方陣らしき物を描いてると言う事だ。
「…………メアリー……」
昨夜にメアリー達の下を訪れて、こっそりと持ち出した牢屋の鍵を渡したものの…………それでもあの二人が脱出出来たかどうかが不安になる。
キッドの部下たちが此処に向かってる事も伝えたし、念の為に南側に島を出る為の小舟も用意しておいたが……やはり状況を把握出来ないとなるともどかしい。
出来れば様子を見に行きたいが……出過ぎた行動を起こすと、ラスポーネルの奴らに怪しまれる。
「どれどれ……おお!思ってたより早く完成しそうだねぇ!いやぁ、感心感心!」
ふと、背後からラスポーネルが歩み寄ってきた。更にその後ろには……ラスポーネルの部下が大きな棺を運んで来てる。
そう言えば……あの棺の中はどうなってるんだ?アジトの中では見かけなかったが……まさか、死体なんて入ってないだろうな……?
「……わざわざ此処まで移動して何を始めるつもりだ?アジトの中では悪いのか?」
「ふむ、出来ればそうしたいと思ってたのだがねぇ……あそこは狭すぎて魔方陣が描けないのだよ」
「……で、これから何をするつもりだ?」
「ふむ……そうだねぇ……そろそろ教えてあげても良いだろう」
そう言うと、ラスポーネルは大げさに見える程大きな咳払いをしてから話し始めた。
「突然だけどね……君は黒ひげと勇者の戦いを知ってるかね?」
「黒ひげと勇者?確か、一騎打ちの末に双方の命が潰えたと聞いたが……」
「その通り!」
俺の答えに対し、ラスポーネルは満足気に大きく頷いた。
黒ひげと教団の勇者については俺も知ってる。激しい戦の末に勇者が勝利を収めたものの、最終的には黒ひげの悪あがきにより双方ともに死亡してしまったとか。
「それでねぇ、話がガラリと変わっちゃうんだけどねぇ…………」
「……なんだ?」
ラスポーネルは……ニタニタと不気味な笑みを浮かべながら言った。
「君は…………人間が生き返る姿を見た事はあるかね?」
「…………は?」
人間が…………生き返る?何を言ってるんだ?
「何の冗談だ?一度死んだ後に生き返るなんて有り得ない。それは人間だけではなく、他の生物にも言える事だ」
「あぁ、すまないね……ちょっと言い方が間違ってた。正確には…………魂が入れ物に帰るとでも言うべきだろうね」
「魂?入れ物?」
「うむ、実はこれなんだけどねぇ…………」
こいつはさっきから何を言ってるんだ?益々理解できなくなる…………。
そう思ってると、ラスポーネルは懐から何かを取りだした。
それは…………昨日、キッドから奪い取った黄金の髑髏だった。
「実はこの髑髏……見ての通りピカピカの髑髏なんだけどねぇ……これは普通の髑髏じゃないのだよ。一体どこが普通じゃないか……分かるかね?」
「……知らんな。どこが普通じゃないんだ?」
「この髑髏の中にはねぇ……入ってるのだよ…………魂が」
「はぁ?」
魂が……入ってる?どういう事だ?
「この髑髏の名は…………ソウル・スカル!膨大な魔力を与える事により、人間の魂を吸い取る恐ろしい髑髏なのだよ!」
「魂を……吸い取る!?まさか……そんな…………!」
俺は魂の概念なんて全く知らないが……これだけは言える。
それって……人の命を奪うのと同じような事じゃないか!まさか黒ひげは……そんな恐ろしい凶器を隠し持ってたのか!?
「実はずっと前に黒ひげの部下だった男に聞いたところ…………黒ひげは勇者との戦いにおいても、このソウル・スカルを手許に持ってたそうなのだよ。命が消える瞬間まで手放さなかったそうだ…………」
「まさか……何故……?」
「いや、何故そこまでして大事に持ってたのかは吾輩も分からないのだよ。それより……ちょっと来たまえ」
ラスポーネルは部下が運んで来た棺の前まで歩み寄ると、こっちへ来いと言わんばかりに手招きした。
「……そう言えば……それは何だ?そんな棺……今日初めて見るが…………」
棺に歩み寄ってから訊くと、ラスポーネルはまたしても不気味な笑みを浮かべながら答えた。
「君は凄くラッキーだよ…………これからとっても面白い物が見れるのだからねぇ!」
「面白い物?」
「フフフ……この中にあるのだよ。前に吾輩が言ってた…………『T』がね!」
T……だと?この中に?
「中身を見たいかね?」
「あ、ああ…………」
「よろしい!では諸君、開けたまえ!」
ラスポーネルに命令された部下たちが手際よく棺の蓋を開けた。
そこには…………!
「…………なっ!?」
「フフフ……どうだね?」
こちらは驚愕のあまりに息を呑んでるのにも関わらず、ラスポーネルは自慢げに笑みを浮かべている。
まさか…………これが……T!?
「おい……これは…………!」
「ふむ……これが『T』だよ。ちょっと想定外だったかね?」
そこには…………人間が瞳を閉じて横たわっていた。
と言うか、この人…………女の人!?
「いや、と言うか『T』って…………!」
「嘘ではないよ。この者のイニシャルは『T』だよ。それに、この者の服装……どこかの組織の物だと気付いたかい?」
金色に輝く長い髪、白く透き通った肌、綺麗に整った顔立ち……中々の美人ではある。
しかし……それより気になったのはこの女の服装だ。白を強調したデザインに、胸元には十字架のマークが描かれてる。
一見すると、まるで教団の聖剣士だ…………!
「まさか……教団の……!」
「そう!この女性は教団の勇者なのだよ!」
「教団の勇者…………ハッ!まさか!」
「……気付いたようだねぇ……!」
俺の頭に……とある考えが浮かんだ。
もし……今浮かんでる考えが正しいとなると、先ほどラスポーネルが最初に黒ひげの話を切り出したのも納得出来る。
それに良く考えると…………このアイス・グラベルドは黒ひげと勇者の決戦の舞台となった島……!
まさか…………この女は…………!
「そう!この女性こそ、あの黒ひげを撃ち破った伝説の勇者なのさ!」
そしてラスポーネルは……天を仰ぐかのように両手を広げて……この女の名前を言った。
「この勇者の名は……イニシャル『T』…………タイラント!聖剣士、タイラントだよ!!」
**********************
「うぅ……寒いよ……こんなに寒いなんて聞いてないよ……」
「全く……さっきコートだけでも持ってくるべきだったな……」
ラスポーネルの船を脱出してから数分後……私はキッド君と共に氷の島を歩いていた。足元が悪く、気を付けて歩かないと転んでしまいそうだ。
「でもキッド君の武器も、私のバッグも取り返せたし、後はキッド君の仲間たちが来てくれれば助かるね……」
「ああ、後は南の海岸に行けば脱出出来るんだけどな……」
バジル君からこっそり貰った鍵で牢屋から脱獄した後……私とキッド君は予定通り、武器とバッグをそれぞれ取り返し、ついでにキッチンでこっそり腹ごしらえをしてから船を出て行った。
「バジル君の言う通りだったね……船に人が少なかったお陰で、誰にも見つからずに脱出出来たよ」
「ああ……やっぱりあいつは悪い奴じゃなかった。今度会ったら、キチンと礼を言わないとな」
昨日の夜にバジル君が言った通りだった……と言うのも、船にラスポーネルの部下がたった数人程度しか居なかったお陰で、私たちは脱出出来たのだ。
バジル君が言うには…………何でも、今日だけは何か大仕事があるらしく、船に残ってる敵はごく僅かしか残ってないようだ。
その大仕事の内容はバジル君も分からないみたいだけど……とにかく、脱出するには今がチャンスだと言う事は教えてくれた。
そのお陰で誰にも見つからずに脱出出来た。後は南の海岸に行って、キッド君の仲間たちが迎えに来るのを待つだけだ。
「……バジル君……」
バジル君の顔が頭に浮かび、バッグのポケットに入ってるハンカチを取り出した。
昨日、バジル君から渡された鳥のハンカチ……これって元々……私がバジル君に買ってあげた物なのにな…………。
バジル君は『持ってる資格は無い』なんて言ってたけど……そこまで自分を責める程、バジル君は悪い事をしてないのに……。
バジル君は……自分を責め過ぎなんだよ。出来れば受け取って欲しかったな…………。
でも……次に会ったら、何がなんでも受け取ってもらうんだからね!
「……あっちゃぁ……行き止まりだね……」
「ヤベェな……頂上が見えない……」
暫く歩き続けてると……とても大きな岩の壁が見えてきた。壁の部分が雪で覆われてる上に、空が曇ってるせいで天辺が見えない。
「横から回り込んでも……大分時間が掛かりそうだね」
「ああ、これ結構横幅が長いぞ…………」
とりあえず壁の真正面まで来たものの……横幅が長いようで、壁の向こう側に回り込むのも時間が掛かりそうだ。
ここまで来て豪い障害物に出くわしちゃったなぁ…………。
「……こうなったら覚悟を決めて登るか?」
「え!?それ、ちょっと勘弁して欲しいな……」
「アンタは翼で飛べるから楽だろ?」
「あ、そうか…………でもキッド君は……」
「……まぁ、登るんだったら俺はやってやるぜ。ここで引き返して、あの馬鹿紳士の船の牢屋に閉じ込められるより、よっぽど良いさ」
そう言って、キッド君は岩の壁の至る所をポンポンと叩き始めた。恐らく、この壁が登れるかどうかを調べてるのだろう。
……でもまぁ、キッド君の言う事も一理ある。仮にここで引き返したら、あのラスポーネルの部下に見つかってしまい、またしても牢屋へ入れられるのは確定だろう。
相手が少人数ならどうにかなるけど…………もしかしたら、最悪の場合バジル君と戦う羽目になってしまうかもしれない。
それだけは嫌だ!私…………バジル君とは戦いたくない!
強いからとか、太刀打ち出来ないからとかではなく…………バジル君そのものと傷つけ合いたくない……!
「ん〜……登れない事は無い……かな……?」
「……ねぇ、本気で登るの?やっぱり裏側まで回った方が……」
キッド君は本気で壁を登ろうとしてるみたいだ。でも雪で覆われた壁を登るのは危険すぎる。
そう思った私は、横から回り込もうと提案したが…………。
「…………ん?」
ふと、壁を叩いてたキッド君が急に顔を顰めた。まるで何か異変に気付いたかのように…………。
「どうしたの?」
「いや、なんかさ……この部分だけ質感が違うような……?」
そう言うと、キッド君は真正面の壁の雪を両手で払い除け始めた。
雪の塊がボトボトと崩れる中、私たちが目にしたのは…………!
「……これは……!」
雪の奥に……氷の塊らしき物が見えた。そしてその中には人の手らしきものが…………って、え!?
「これ…………人の腕!?」
「だよな……!」
それは……間違いなく人間の腕だった!氷の塊の中に…………人間の腕が閉じ込められてる!?
何やら少しだけボロボロになってる黒地の服を着てるみたいだけど……見る限り手は腐敗してない。
「ねぇ、これって…………手だけじゃないよね?」
「ああ、恐らく…………人間そのものが氷漬けにされてるぞ!」
キッド君の言う通り、正確には……腕だけじゃない。身体全体は未だに雪で覆われてるから見えないけど……恐らく、誰かがこの氷の塊の中に閉じ込められてる!
「どうする……出来れば全体を見てみたいが……こうなったら全部取っ払うか?」
「よし!私に任せて!こうした方が早いよ!」
氷漬けにされてる人の正体を見たいけど……素手で払うのは遅いし、何より手が痛んでしまう。
そこで私は、魔術で両手に熱風の球を作成して…………!
「えぇい!」
壁に向かって投げ飛ばした!
熱が籠った風を受け、壁を覆ってる雪は徐々に溶け始め…………!
ボォォォン!!
「おわぁ!?」
「きゃあ!?」
もの凄い勢いで崩れた!あまりの威力に雪が飛び散り、思わず身をよじってしまった。
「……メアリー……ちょっと加減した方が良かったんじゃないか?」
「アハハ……そうだね……ごめんごめん……」
キッド君の言う通り……ちょっと力を入れ過ぎたかも。
そう思いながらも、私は姿勢を正して真正面に向き直り、氷漬けにされてる人の正体を…………。
「…………え?」
……嘘でしょ……?まさか……そんな……!
「この人……まさか…………!」
…………その人の正体を目の当たりにした瞬間……身体全体に嫌な寒気が走った。私は……この人を見た事がある。
黒い三角帽に赤地のコート。そして胸元まであろう長くて黒い髭、右頬の×印の傷…………。
間違いない……この人は…………以前夢で私を襲ったあの人だ!
まさか……夢の中の人と……現実で出会うなんて……!
「そんな……こんな事が…………!」
見たところ、目を閉じて安らかに眠ってるように見えるけど……なんだか今にでも動き出しそうだ。
でも、何故こんな所にいるの?と言うか、何故氷漬けにされてるの?
いや、そもそも…………この人は何者なの?
「おいおい……これは夢じゃないのかよ!なんで……こいつが此処にいるんだよ……!?」
一方、キッド君も私と同じ様に動揺してるようだ。
でも……この反応、まるでキッド君はこの人の事を知ってるように見える。
「キッド君……もしかして、この人の事知ってるの?」
「え!?まさかお前……知らないのか!?」
私から質問したのに、キッド君は驚いた様子で私を見返した。
いや、そう言われても……反応に困る。
「知らないも何も……私、この人の顔初めて見るし…………」
「いや、他の奴ならともかく、アンタは初めてな訳…………ん?まてよ?」
突然、キッド君は何かを考えた後、恐る恐る私に訊いた。
「突然なんだけどさ…………アンタ、黒ひげの手配書って見た事ある?」
「え?見た事無いけど……?」
「あ〜成程、だったら仕方ないか……」
私の答えを聞いた途端、キッド君は納得したかのように何度も頷いた。
何?どういう事?なんでいきなり黒ひげの話題が出て来るの?
「メアリー……黒ひげの特徴って知ってるか?」
「え?う、うん……確か黒くて長い髭を生やしてたよね?」
「ああ、ついでに言うと……右頬には×印の傷」
「うんうん」
「黒い三角帽と……」
「うんうん」
「赤いコートを愛用していた」
「ふーん…………あれ?」
心臓がバクバクと激しく鼓動を打つ最中…………恐る恐ると氷漬けにされてる人を見直してみる。
「黒くて長い髭……右頬には傷……黒い三角帽……赤いコート…………」
……黒ひげの特徴と完全に一致している…………と言うか…………まさか…………!
「……もしかして…………そんな……」
「やっと気付いたか……そうだよ。俺だって信じられないが……間違いない!」
出来れば当たって欲しくなかった…………でも……本当らしい……!
この人が……冷酷で残虐として知られてる伝説の海賊…………!
「こいつが…………こいつがあの伝説の海賊……『黒ひげ』なんだ!!」
12/09/19 21:33更新 / シャークドン
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