第七話 ドキドキ初デート?
「はい、そうです……いきなり後ろからぶつかってきて……」
「ふむ、成程な……」
私は、泥棒の騒ぎを聞いて駆けつけた街の警備員に事情を説明していた。目の前にいる警備員のオーガは相槌を打ちながらメモを書いている。
「ムッキー!もう少しで逃げれたのに!」
「コラ!ピーピー五月蠅いわよ!いい加減に大人しくしてなさい!」
縄で縛られて取り押さえられてる怪盗の……いや、泥棒のシロップが喚いてる。そしてすぐ傍では、オーガの後輩と思われる警備員のメドゥーサがシロップを窘めていた。
「……で、そこの兄ちゃんが槍を投げて泥棒を止めたって訳かい?」
「あ、はい……彼が助けてくれました」
オーガはチラッと私の隣に立ってるバジル君へと視線を移して訊いた。バジル君の方は腕組みをして黙々と私たちの会話を聞いている。
……でも、まさかこんな所で……それもこんな形でバジル君と再会するなんて思ってなかった。そりゃ、また会いたいとは思ってたけど……まさかこんなに早く会うなんてね……。
「しっかし、槍を投げて泥棒を止めるとは大したテクニックだな」
「いや……俺は街中で武器を使ったんだ。褒められるべきではない」
オーガの称賛に対し、バジル君は鼻に掛ける素振りも見せずに答えた。
「まぁ、確かに街で凶器を投げるのは良くないし、本来なら連行するところだが……今回ばかりはちゃんとした正当防衛だ。罪には問われないよ」
「ちょい待ちんしゃい!なんでそうなりますの!?それ、差別ですわ!」
と、いきなりシロップが声を荒げた。
「大体ねぇ!わたくしだって危うく串刺しになるところだったのですわよ!これ、明らかに暴行罪ですわ!」
「アホか!本はと言えば、泥棒なんてみっともない真似したあんたが原因だろ!?人の金をふんだくるなんて恥ずかしくないのか!?」
警備員のオーガは、未だに悪あがきを続けるシロップに怒鳴った。しかし、怒られてるシロップは全くもって悪びれた様子はない。呆れると言うか、なんと言うか……。
「あら、怪盗が物を盗むのに何を恥じらう必要がありまして?」
「は?怪盗って……あんたが?」
「その通り!わたくしの名はシロップ!ウルトラ・スーパー・スペシャル・ビューティー!誰もが見惚れる美しき……」
「……リル、そいつ黙らせろ」
「はい、レイサ先輩」
レイサと呼ばれたオーガに指示され、メドゥーサのリルさんは徐にシロップと目を合わせ…………
カキンッ!!
「先輩、終わりました」
「よし、ご苦労」
シロップはたちまち石の様に固まってしまった。
改めて見ると……戦闘力の高いオーガのレイサさんに、敵を石化して動きを封じるメドゥーサのリルさん……これってある意味恐ろしい組み合わせだ。街の警備員としては良いコンビかもしれない。
「さて、アタイ等はこの変な女を取調室まで連れてくが、もう行っても良いかい?」
「あ、はい、ありがとうございました」
「おっと、礼ならそこの兄ちゃんに言ってやりな」
レイサさんはニヤリと笑みを浮かべながらバジル君へと視線を移した。
……まぁ確かに、バジル君のお陰でお財布を取り返せたんだから、ちゃんとお礼を言わないとね。
「そんじゃ、達者でな」
「もう二度と盗まれないように気を付けてね」
レイサさんは石化したシロップを肩に担ぎ、リルさんと共にその場を去って行った…………。
「……さて、一先ず泥棒の件は片付いたが、まさか被害者が貴様だったとはな……」
隣に居るバジル君が呟くように静かに言った。
驚いてるのは私も同じ。またしてもバジル君に助けられるなんて……でも、なんだか嬉しいな♪
「あ、えっと……お陰でお財布を取り返せたよ。ありがとう!」
「いや、別に……」
改めてバジル君に向き直り、ペコリと頭を下げてお礼を言うとバジル君は視線を逸らして言葉を濁らした。
でも心なしか顔がちょっと赤くなってる……照れてるのかな?なんか可愛いな……。
「……話は変わるが、貴様がここに居ると言う事は……あのキッドとか言う男も近くにいるのか?」
「あ、それは……」
そうだ……そう言えばバジル君は賞金稼ぎだった。もしもキッド君たちがこのマルアーノを訪れてると知ったら……恐らくキッド君の首を狩りに行くかもしれない。
そう考えると、私はどう答えれば良いのか分からなくなってしまった。
「……先に言っておこう。仮にも奴が近くに居るとしても戦う気は無い」
「え?そうなの?」
「たまには羽を伸ばそうと思っていたところだ。だから仕事は休み。キッドの首を狩る気も無い」
「そ、そうなんだ……」
言葉に詰まってしまった私を見かねたのか、バジル君は淡々と話し始めた。
一応、今日は海賊に手を出す気は無いみたいだね……て言うか、賞金稼ぎにも休日なんてあるんだ。でもまぁ、毎日働き詰めだったら流石に身体が持たないか。
「で、キッドたちはここに来たのか?」
「うん……多分、キッド君は船に居ると思うよ」
「そうか……」
それだけ伝えると、バジル君は少し考えた素振りを見せたが、やがて自分から口を開いた。
「それで、貴様はこんな所で何をしている?」
「あ、そうそう、ちょっと醤油を買いに来たところなんだ」
「醤油って……まさか、お使いか?」
「うん、でも何処で売ってるのか分からなくて……」
「……はぁ」
なんか、呆れたように深いため息を付いた。
いや、だって、私はこの街には初めて訪れたんだし……。
「……付いて来い」
「え?」
すると突然、バジル君が手を振って付いて来るように促すと、スタスタと前方へ歩き出した。
「ちょ、どこへ行くの?と言うか、付いて来いって……」
「醤油が安く売られてる店まで案内してやる」
「ほえ!?案内って……君が?」
突拍子もない発言に戸惑ってしまった。
バジル君が案内してくれるの?そもそも、案内すると言うことは、バジル君はこの街について色々と知ってるのだろうか?
「不満か?ならば断ってくれて構わんが?」
「え?あ……じゃあ、お願いしようかな」
「よし、こっちだ」
折角案内してくれるんだし、私自身も醤油がどこで売られてるのか全然分からなかったから、ここは一つお言葉に甘えよう。
そう思った私はバジル君と一緒に醤油が売られてるお店に向かった…………。
〜〜〜数分後〜〜〜
「バジル君の言う通りだったね!ホントに安かったよ!」
「ああ、少しは得しただろ?」
「うん!」
バジル君の案内で紹介されたお店で醤油を買った後、私はバジル君と並んでお店を出た。
バジル君の言った通り、このお店の醤油は本当に安かった。そのお陰で醤油代のお釣りが予定より多めに出てかなり得した気分になった。
「それにしても、バジル君ってこの街に詳しいんだね!もしかして、何度か訪れた事があるの?」
「たまにだが、仕事を終えた後にここを訪ねる時がある。街を歩いていると、何処に何があるのか、どんな物がどれだけの価格で売られてるのか自然と頭に入ってくるものでな」
「へぇ〜……周囲の状況に敏感なんだね」
「情報は何にも勝る武器だ。賞金稼ぎにも言える事だが、どこにどんな大物の賞金首がいるのか素早く把握するのも金を稼ぐ為のカギとなる」
「成る程……」
バジル君と並んで何気ない会話を交えながら大通りを歩き出した。
「……ん?」
ふと、道の脇に立ってる一軒のお店が視界に入った。落ち着いた色合いで、屋根には『Egg restaurant』と書かれた看板が掛けられている。
「あ!あれって、もしかして……」
あの看板を一目見た瞬間、私はあの店がどんな所か瞬時に理解できた。
ちょっと前に聞いた事がある。あれは確か卵料理専門のお店で、そこで作られるオムライスは一流シェフも絶賛する程の逸品だとか。
今思い出したけど、そのオムライスが食べられるのはあのお店だった。まさかここでお目にかかれるとは……!
「なんだ?あの店を知ってるのか?」
「うん!あのお店のオムライスはすっごく美味しいんだって!」
「ほう……」
バジル君は徐に卵のお店へと視線を移した。もうすぐ昼食の時間でもある為か、まだそれほどでも無いけど店の中がお客さんで混み始めてきてる。やっぱりそれ程人気があるみたいだね。
「……食べたいか?」
「ん?」
「あの店のオムライス……そんなに食べたいか?」
「あ、うん……食べてみたいね」
私の返答を聞くと、バジル君は少し考えて…………
「……なぁ、嫌ではなかったら……」
「ん?」
「その……奢ってやろうか?」
「……え?」
「いやだから、一緒に食べないかって聞いてるんだ」
「……えぇ!?」
これまた予想外の発言だった。
「まぁ、その……以前、怪我の手当てをしてもらったからな。ちょうど昼時でもあるし、あの時の礼と言ってはなんだが……」
「い、いやいやお礼だなんてそんな……そりゃあ、食べてみたいとは言ったけど、奢るだなんて……」
遠慮してる最中に、手に持ってるカバンが目に入った。
そうだった……この醤油を速く持って行かないと、楓ちゃんが昼食を作れない……。
でも、バジル君が奢るって言ってくれてるのに……。
「……あぁ、そうか……それを持って行かなければな……」
醤油の存在に気付いたのか、バジル君は苦笑いを浮かべてしまった。
うぅ……折角バジル君と仲良くなるチャンスなのに……。
でも醤油を届けないとキッド君たちの昼食が作れない……。
どうすれば…………あ!そうだ!
「ねぇねぇ、じゃあこうしようよ!」
「?」
咄嗟に思いついた考えをそのまま発した。
「私さ、今から急いで醤油を届けに行くからさ、バジル君はここで待っててくれないかな?」
「……待ち合わせか?」
「えっと……迷惑かな?」
「いや、俺は構わんが……貴様はそれで大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。船の人たちには何とか言って誤魔化すからさ」
キッド君や楓ちゃんには悪いけど……バジル君と一緒にお昼ご飯を食べるなんて、滅多に来ない機会を見逃す訳にはいかない。
何よりも……これを機にバジル君の事を色々と知れるかもしれないからね。
「……分かった。ここで待ってる」
「ホント!?ありがとう!」
バジル君の承諾も得た事だし、速く醤油を届けに行かなきゃ!
「それじゃ、すぐに戻ってくるから待っててね!」
私は駆け足でキッド君たちの船へと戻って行った。
……自分でも不思議に思う位に、船へ向かう足取りが軽くなってる気がした。
船に戻って、バジル君の下へとんぼ返りと言う面倒な作業なのに、一切苦に思えない。
それどころか、またバジル君に会えると思うと心が温かくなる……。
もしかして……この気持ちが……そうなのかもね…………
****************
「…………何をやってるんだ、俺は……」
あのリリムの後姿を見送りながら、自分自身に対して呆れてしまった。
昼食を食べるのに、何故あの女を誘う必要があるのか……今思うと全く理解できない。
怪我の手当ての礼ならば別の方法でやれば良い。それなのに、あろうことか最近会ったばかりの……それも海賊の女に飯を奢るとは……我ながら可笑しくて笑ってしまう。
いや、それ以前に可笑しいのは俺だ。あの女は海賊……だから賞金稼ぎである俺にとっては金儲けの獲物も同然。だが、どうしてもあの女に手を上げる気にはなれなかった。
大した理由は無いが……あの女の笑顔が見たいと思ってしまってる。
あの女の笑顔で心が温かくなってる。
「何故だろうな…………」
頭の中で色々と考えてみる……が、大した理由は見つからなかった。
「……とりあえず、準備だけでもしておくか」
このまま突っ立ってても仕方ない。俺はオムライスの店へと足を運んだ…………。
****************
「お待たせー!」
「……ああ」
愛用のバッグを肩に掛けて戻ってきた私を、バジル君はお店の前で片手を上げて出迎えてくれた。
「遅くなってごめんね……」
「別に、そんなに待ってない」
ちょっと遅れた事を謝ったけど、バジル君は軽くあしらった。
待ってないって言ってくれたけど……実際ここまで来るのに大分時間が掛かってしまった。
キッド君や楓ちゃんに怪しまれないように出かけるのは大変だったし、鏡の前で何度も身だしなみを整えたし……って、後のはちょっと余計だったかな?
ちなみに楓ちゃんには『偶然にも親友とばったり会ったから、その人と一緒にお昼を食べて来る』なんて……我ながら酷い嘘をついてしまった。
本当にごめんね、楓ちゃん…………船に戻ったら、もっと料理のお手伝いするからね……。
「でも大分時間が経っちゃったから、お店の方も混んできたんじゃ……」
「大丈夫だ。さぁ、行こうか」
「うん!」
私はバジル君と一緒にお店の中へ入って行った。
「うわぁ……やっぱり混んでるね……」
思ってた通り、お店の中は既にお客さんで賑わってた。どこを見回しても、誰もが美味しい昼食を楽しんでる。
やっぱりもっと速く来るべきだったな……バジル君に迷惑掛けちゃった…………。
「はい、いらっしゃいませー!」
すると、可愛らしいメイド服を着たウェイトレスのレッサーサキュバスが出迎えた。
「……ああ、バジル様!お待ちしておりました!では、こちらへ……」
……え?いきなり席へ案内されちゃった……。
と言うか、お待ちしておりましたって……?
「ああ、貴様が船に戻った後、先に店に入って空席の予約をしておいた」
「あ、そうだったんだ……手際が良いね」
「何もせずに待つよりは、予め席を取っておいた方が良いだろ?」
確かに、それもそうだ。バジル君って頼りになるなぁ……。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください!」
ウェイトレスは私たちをが席に座ったのを確認すると、スタスタと厨房へ戻って行った。
「ほら、これがメニューだ」
「あ、ありがとう」
バジル君はテーブルに置かれたメニューの一覧を私に手渡してくれた。
メニューを見てみると……やはり卵料理専門店なだけあって、色んな種類のオムライスが載ってる。しかもオムライスを一つ注文すれば、サラダとデザートも付けてくれるらしい。こういうお得なサービスもお客さんを引き寄せる魅力の一つなのかもしれないな。
どれも美味しそうだけど、ここは一番シンプルなトマトケチャップのオムライスにしてみよう。
「……決まったか?」
「うん!決まったよ!」
そう告げると、バジル君は片手を上げてウェイトレスをこっちに呼んでメニューの注文を始めた。
「ご注文はお決まりになりましたか?」
「デミグラスソースのオムライス」
「私はトマトのプレーンオムライスを一つ」
「畏まりました。本日のデザートは食後で宜しいでしょうか?」
「……食後で良いか?」
「うん!食後でお願いします」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
ウェイトレスは注文を承ると厨房へ去って行った。
「……ねぇバジル君、バジル君は賞金稼ぎを始めてどれくらい経つの?」
料理が運ばれるまでこのまま無言で過ごすのも気まずいと思い、とりあえずバジル君に話を振ってみた。
「そうだな……5年位は経つ」
「へぇ、結構長いんだね……私なんか一カ月ぽっちだよ」
「キッドの部下になってからか?」
……部下?あ、もしかして勘違いされてるかもしれない……。
「え?ううん、私は別にキッド君の船の船員って訳じゃないよ。私、一人で海賊をやってるんだ」
「……は?そうなのか?奴と一緒に居たからてっきり部下なのかと……」
「部下じゃないよ。私はただ、少しの間お世話になってるだけだよ」
「そうだったのか…………」
やっぱり勘違いされてたみたいだ。でもまぁ、確かにキッド君たちと一緒に居たから部下と思われても仕方ないけどね。
「それでね、私、海賊を始めてから一カ月しか経ってないんだ。まだまだルーキーだよ」
「成程……通りで見ない顔だと思ったら、賞金も掛かってないド素人か」
「まぁね!って、今ちょっと馬鹿にしなかった!?」
「いや、気にするな」
「いや、気にするよ!」
「ククク……」
ちょっと大げさに抗議すると、バジル君は如何にも可笑しそうに小さく笑った。
マスクで口元を隠してるから分かり難いけど、バジル君が笑ってる姿なんて初めて見た。
なんだろう……ちょっと可愛いかも♪
「しかし、何故わざわざ一人で旅をしてるんだ?」
「え?なんでって……?」
「貴様はリリムだろ?魔王の娘なら、海に出る前に船とか部下とか、予めそれなりの用意も容易く出来るハズだろ?何故最初から一人で行く必要がある?」
ああ、そう言う事か。確かにその気になればそれなりの船も用意できたし、船員もある程度なら集められたけど…………。
「う〜ん、やっぱり一番の理由は……自分の力で海賊団を結成したいからかな?」
「自分の力で?」
「うん!そりゃあパパとママに頼めばそれなりの用意は出来るけど、最初から楽をするなんてつまんないでしょ?自分の力でコツコツと頑張る……これが良い海賊団を結成する一番の方法だと思うんだ!」
最初から全部用意されてるなんてつまらない。何も無い状態から旅に出て、色々と手に入れてからの旅の方が楽しいと本気で思ってる。最初の頃は確かに大変だったけど、それでも充実した旅が出来て満足している。
「そうか……その考えは悪くないな」
「でしょ!?」
私の考えを理解してくれたみたいで嬉しかった。こんな何気ない会話でも、バジル君との距離が少しずつ縮まっていくような気がして楽しくなってきた。
「失礼しま〜す!サービスのサラダでございます!」
ウエイトレスが二人分のサラダを運んできてテーブルに置き、再び厨房へと戻って行った。
前菜のサラダが来たって事は……もうすぐオムライスも来るのかな?
あ、そう言えばバジル君ってマスクしてるけど…………。
「さてと……」
……あ…………マスク、下にずらしちゃった。
「…………」
「……どうした?」
「あ、いや、その……素顔を見られるのに抵抗は無いんだね……」
「外さなければ食べられないだろ?それに、このマスクもファッションみたいなものだ」
どうやら素顔を見られても問題無いようだ。でも…………
「なんだか勿体ないよ。素顔のままでもカッコいいのに」
「……まぁその、このマスクは気に入ってるからな。着けていた方が気が楽になる」
そう言うと、バジル君はフォークを手に取ってサラダを口に運んだ。
気が楽になるか……良いと思うけど、やっぱり素顔も凛々しくて良い感じなんだけどなぁ……。
まぁ、一々気にしてても仕方ないか。
「それじゃ私も、いただきま……ウッ!!」
私もサラダを食べようとフォークを手に取って……サラダの中身を見た瞬間に背筋が凍った。
「……どうした?」
「あ、ちょっとね…………」
いや、見た目は問題ない。新鮮なレタスにプチトマト、黄色いコーンにポテトサラダと……とても美味しそうだ……一つを除いて!
「私……ブロッコリーだけはダメなのに…………」
そう……私はブロッコリーが苦手。一つだけチョコンと入ってる程度だけど……ちょっと大きめだし、マヨネーズも何にも掛かってない。
うぅ……ブロッコリーが入ってるなんて聞いてないよぉ……!
「……別に毒でも入ってる訳でもないだろ?」
「無理なのは無理だよぉ……」
「子供か、貴様は……」
地味な天敵を目前にして弱音を吐いてしまった。
「…………」
「ん?」
「…………」
「……何故見てる?何をそう、こっちを見てる?」
……よし、助けて貰おう。フォークでブロッコリーを突き刺して…………。
「はい、あ〜ん♪」
「……貴様、正気か?」
いや、そりゃ我ながら大胆な真似だけどさ、そんなにドン引きしなくても……。
「ここは私を助ける為だと思ってさ……と言う訳で、あ〜ん♪」
「何が『と言う訳』だ!なんで俺がそんな事を……!」
「無抵抗の女が目の前で虐げられてるんだよ?お願いだから助けてよ」
「虐げられてるって……ビタミンたっぷりの緑黄色野菜が貴様に何をしたんだ!?」
「私の口内が凌辱されるんだよ?何とも思わないの?」
「凌辱どころか、むしろビタミンを与えてくれて、ありがたい限りだろ!?」
「むぅ〜!お願いだから食べてよ!」
「ホントに子供だな、貴様は……」
ブロッコリーを口に運ぼうとすると、バジル君は身体を仰け反らせて拒否する。
「……そのフォークを貸せ」
「え?食べてくれるの?」
「いいから貸せ」
「う、うん……」
そう言われて、私はブロッコリーが刺さったフォークをバジル君に手渡した。
すると……!
「ほら、食え」
「ほえ!?そうきちゃいます……?」
「いいから食え」
「いや、だから無理……」
「無理でも食え」
あろうことか、手渡したフォークのブロッコリーを私に向けてきた。
「ほら、早く食え」
「うぅ……バジル君の意地悪!」
「何とでも言え。そして食え」
しかもこちらの様子などお構いなしにブロッコリーを食べさせようとしてるし……。
……いや、待てよ……ここはポジティブに考えなきゃ!
これってまさに『あ〜ん』って食べさせてもらってる状況だよね?
私は今、まさに『あ〜ん』されてる訳だよね?
恋人や夫婦の如く『あ〜ん』な食べさせ方だよね?
そうだよ!これは愛の『あ〜ん』だよね!
それならば、たとえ嫌いなブロッコリーでも……!
「あ、あ〜ん……」
パクッ
「モグモグ……ゴックン」
「食べれただろう?」
「……うん」
「不味くはないだろ?」
「……うん」
そりゃ食べれたけど……『あ〜ん』の方に集中し過ぎて味とか食感とか全然分からなかった……。
「これから立派な海賊になるんだったら、しっかり栄養を摂るんだ。病気になったら元も子も無いだろ」
保護者のような口調で言いながら私にフォークを返すと、バジル君は再びサラダを口に運び始めた。
これって……もしかして遠回しに私の身体を気遣ってくれてるのかな?だとしたら、ちょっと嬉しいかも……。
「……フフ、ありがとう」
「……何がだ?」
「今の食べさせ方、ちょっと嬉しかったよ!なんか、こう……恋人みたいでさ……」
「え!?そ、そんなつもりは……フ、フン!」
今になって自分が何をやったのか気付いたのか、バジル君はサラダを口に押し込むようにやけ食いした。
こうして見ると……バジル君って照れ隠しが下手なのかもね。
「お待たせしました!オムライスになりま〜す!」
「おぉ〜!来た来た!」
そんなやり取りを繰り返してるうちに、待望のオムライスが運ばれてきた。
私の前にはトマトケチャップのオムライス、バジル君の前にはデミグラスソースのオムライスと、注文通りのメニューが置かれた。
「食べ終わりましたらデザートをお持ちしますので、お声をお掛けください」
そう告げると、ウェイトレスは厨房へと戻って行った。
改めて目の前のオムライスを見てみると……これは美味しそうだ!
「それじゃあ、いただきま〜す!」
早速スプーンを手に取ってオムライスを一口サイズに掬って口に運んでみると……!
「……ん〜!美味しい!」
卵のトロトロの食感とケチャップで味付けされてるチキンライスとの相性が抜群で……本当に美味しい!
「はぁ……来て良かった……!こんなに美味しいオムライスは初めてだよ……」
「……フフ」
「ん?今笑った?」
ふと、バジル君が微笑ましくこちらを見ているのに気付いた。
「貴様は本当に美味そうに食べるんだな」
「いやぁ、ちょっと感動しちゃってさ……迷惑だった?」
「そんな事は無い。俺が作った訳ではないが……むしろ喜んでくれた方が、奢る身分としては気分の良いものだからな」
「そっか……それよりバジル君も食べなよ。早く食べないと冷めちゃうよ」
「分かってる」
バジル君もスプーンでデミグラスソースのオムライスを食べ始めた。
「……ふむ、これは中々だ……」
デミグラスの方も美味しいらしく、バジル君も満足気に頷いた。
あぁ、そっちのも美味しそうだなぁ……。
「……まさか、俺のも食いたいのか?」
「あ、バレちゃった?」
「顔に書いてあるぞ。全く、分かりやすい奴だな」
呆れながら言ってるけど、バジル君は自分の皿を私に寄せてきた。
あれ?これって……一口貰っても良いのかな?
「……良いの?」
「一口だけだぞ?」
「わぁ!ありがとう!それじゃ……」
お言葉に甘えて一口だけ頂くことにした。自分のスプーンでデミグラスのオムライスを掬って食べると……これも美味しい!
お肉の旨味たっぷりのデミグラスソースが口いっぱいに広がって、トロトロの卵と良いバランスを保ってる。中身はバターライスだけど、デミグラスソースと合って美味しい。
「……どうだ?」
「こっちも美味しいね!」
「……そうか」
バジル君は自分のお皿を引きよせて再びオムライスを食べ始めた。
デミグラスも美味しかったなぁ……あ、そうだ!一口貰ったんだから、ちゃんとお返ししないとね♪
「ねぇ、バジル君」
「ん?」
持ってるスプーンでトマトのオムライスを掬って……
「はい、あ〜ん♪」
「……だから、正気か?」
いや、だからそんなにドン引きしなくても……。
「一口分けてくれたお礼だよ♪ほら、あ〜ん♪」
「いや、いらん。お礼とかいらんから」
「そんな遠慮しないで♪こっちも美味しいから!あ〜ん♪」
「だから!なんでそんな事しなければならないんだ!」
「だって、さっきはバジル君の方から食べさせてくれたじゃん!」
「いや、あれは…………」
痛いところを突かれて視線を逸らすバジル君。それでも私は容赦なくオムライスを差しだす。
「ねぇ、食べてよ!ほら、あ〜ん♪」
「…………」
やがて観念したのか、バジル君はスプーンのオムライスを食べた。モグモグとじっくり味わってるものの、視線は斜め下に傾いて明らかに照れてる。
……はぁ、この表情も可愛いなぁ♪
「どう?美味しい?」
「……ああ」
「良かった♪」
「……本当に俺は何をやってるんだ、全く……!」
バジル君は頬を赤く染めながらも、ほぼヤケの状態でオムライスを頬張り始めた。
凄く分かりやすいけど、完全に動揺してる。
まぁ、恋人でも夫婦でもないのに食べさせ合うなんて大胆な真似をしたんだから、仕方ないとは思うけど……やっぱり必要以上に照れてる気がする。
もしかして……女の子とまともに接した事が無いのかな?それはそれで面白いかも……♪
まぁでも、これ以上からかったら本気で怒られそうだから止めておこう。
そう思いつつ、再びオムライスを食べ始めた…………。
〜〜〜数十分後〜〜〜
「……でね、この前の悪い海賊たちもみんな倒しちゃったんだ!」
「ほう……魔術に頼らず武術で戦うとは珍しいな」
「魔術もそれなりに扱えるんだけど、やっぱり身体を思いっきり動かして戦う方が気持ちいいんだよね!」
「まぁ、その気持ちは理解できるがな」
あの後、オムライスを食べ終えた私たちはデザートが運ばれるまで雑談を交えていた。
戦闘においての戦い方とか、過去の変わった体験とか、何気ない会話でもバジル君の事を知れたように思えて、結構楽しい。
「……あ!そう言えばさ……」
「ん?」
「バジル君、これからデザートを食べた後に何か予定でもある?」
「予定?特に何も無いが?」」
「やりたい事も?」
「……特に無い」
「そっか……それじゃあさ……厚かましい事言って悪いんだけど……」
私は……思い切って、この後の街巡りに誘った。
「街を歩きまわるのに付き合ってくれる?」
「……は?」
バジル君はポカンと面食らった表情でこっちを見てきた。
「私……この街に来るの初めてでさ、折角だから色々と見て回ろうと思ってたところなんだ。でも一人じゃ心細いし、この街の事を色々と知ってるバジル君が一緒に来てくれれば楽しくなるかな〜って思ってたんだけど……ダメ?」
「…………」
バジル君は顎に手を添えて考える仕草を見せた。
実のところ、一緒に来てもらいたい理由は別にあった。もしここで食事が終わったらバジル君ともお別れするかもしれない。何よりも、これ以上行動を共にする理由が無い。私としては折角ここで再会したんだから、もう少しだけでも時間を共にしたいと言うのが本当の理由でもあった。
「……どうせ暇だし、たまにはのんびりと街を歩くのも良いだろうな」
「……え!?来てくれるの!?」
「……こうなれば、とことん付き合ってやるよ」
「やったぁ!ありがとう!」
一緒に来てくれる事が決まって心が弾んだ。
すると…………。
「はい、お待たせしました!本日のデザートの自家製プリンアラモードでございます!」
ウェイトレスの人がデザートを運んで来た。
運ばれてきたデザートは……自家製のプリンに色んなフルーツが飾られたアラモードだった。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
ウェイトレスは軽く一礼するとその場を去って行った。
「しかし……オマケで付けられる物だから、正直なところ期待してなかったのだが……」
「うん……サービスが良いね」
バジル君も言ってた通り……ある意味オマケみたいな物だと思ってたけど、意外と豪華でちょっと驚いてしまった。これだけ大盤振る舞いだと、かえって店の売り上げを心配してしまうくらいだ。
「ま、とりあえず食べよう。いただきまーす!」
小さめのデザート用のスプーンでプリンを掬って食べてみた。
「……うん!甘くて美味しい!」
「……ふむ、悪くない」
プリンのまろやかな甘みが口いっぱいに伝わって美味しい!
バジル君もプリンを一口食べて美味しそうに微笑んだ。
このお店の目玉はてっきりオムライスだけかと思ってたけど、デザートの類にも一切手を抜いてないみたい。やっぱり卵料理専門のお店なだけに、プリンの様に卵を使う洋菓子にもこだわりを持ってるようだ。
「それじゃあバジル君!食べ終わった後も宜しくね!」
「……やれやれ……」
呆れ顔で見られながらも、私はゆっくりと食後のデザートを堪能した…………。
****************
「サフィアお姉ちゃん、私ちょっと疲れちゃった……」
「そうですね……少し休憩しますか?」
「うん!」
私とピュラは人気の無い砂浜で休憩を取っていた。
数時間前……昼食を食べ終えた私とピュラは船で昼食を食べ終えた後、海賊船ブラック・モンスターから出てマルアーノ周辺の海の浅層を探索している最中だった。
そこで海に住んでる魔物たちからマルアーノについて情報収集を行い、ある程度必要な情報が集まったのでピュラと共に休憩する事にした。
「どうやらマルアーノは豊かな国で色々な店が並んでるそうですね」
「そうだね。ねぇお姉ちゃん、後でお兄ちゃんと三人で街を見て回ろうよ!」
「そうですね、きっと楽しくなりますね」
と、こんな感じでピュラと会話を交えていたら…………。
「ちょっとそこのお嬢さん方……」
「え?」
いきなり誰かが背後から声を掛けてきたので、徐に後ろを振り返ってみた。
そこには……身体を黒いローブで覆ってる人が立っていた。声を聞く限り、どうやら男の人みたいだけど……なんだか怪しくて近寄りがたい雰囲気を漂わせてる。
「……何か御用ですか?」
本能的に身の危険を感じた私はピュラを抱き寄せた。しかし、男の人は構う事無く話し続けた。
「ちょいと一つ……頼みがあるんですがねぇ……」
「……頼み?」
「はい……いやなに、簡単な事ですよ……」
そう話す男の人は……ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
****************
「あ、あぁ……バジル君……そんなに力まないで……もっと優しくして……」
「分かってる……こ、こうか……」
「あ……うん、良いよ……あ、ああ!」
「よし……行くぞ……!」
「うん……来て!バジル君!」
ズポッ!!
「…………」
「…………」
「大当たり〜!!おめでとうございます!!」
「やったぁ!バジル君、すご〜い!ど真ん中に的中だよ!」
「……フゥ……」
バジル君がダーツゲームにて見事に的のど真ん中にダーツを当てて、思わずはしゃいでしまった。
私もさっき同じゲームをやったけど、真ん中どころか的にすら当たらなかった。それに比べてバジル君は凄い!たった一発で真ん中に当てちゃったんだから!
ちなみにダーツの先には安全の為に吸盤が付けられているから、子供でも安心して遊べるそうだ。
「……当たったのは良いが……」
「ん?どうしたの?」
「貴様の応援がどこか卑猥染みてると思うのは俺だけか!?」
「え?何の事?」
私、そんな声出してたかな?多分気のせいだと思うけど……。
「おめでとうございます!これは賞品です!どうぞお受け取りください!」
ダーツゲームのオーナーであるエルフがバジル君に商品を渡してきた。
「わぁ!可愛いね!」
「あ、ああ……」
その商品とは……小さくて可愛らしい熊のぬいぐるみだった。黒い瞳が魅力的で、頭にピンクのリボンを付けている。
「……ほら」
「……ほぇ?」
なんと、バジル君は賞品のぬいぐるみを渡してきた。
「これ…………やるよ」
「ほえ!?私に!?」
「……俺が持ってても、どうしようもないからな」
「……嬉しい!ありがとう!」
あまりの嬉しさにぬいぐるみをギュッと抱きしめてしまった…………。
===========
「これとか良いかな……あ、でもこっちも…………」
「……なぁ、悪いがやっぱり……」
「ダメ!こうでもしないと、私の気が済まないの!」
「そ、そうか…………」
次に私たちが訪れたのは、とてもお洒落な服屋。
さっきのダーツゲームのお店でぬいぐるみを貰った私は、そのお礼としてバジル君に服を買ってあげる事にした。
当の本人は買ってもらうのに乗り気じゃないみたいだけど……貰いっぱなしなのも悪いからね。
「あ!これとか良いかも……って、あ……」
……とは言ったものの、服の値札の額を見て固まってしまった。やっぱり服の質が良ければ良い程値段も高くなってる。
私の所持金もそんなに無いし、これからも旅を続けるつもりだから、そんなに高いのは買えない……どうしよう……。
「なぁ……これなんかどうだ?」
「ん?」
後ろから呼びかけられて振り向くと、バジル君が何かを手に持っていた。
「……それって、ハンカチ?」
「ああ、俺にはこれで十分だ」
バジル君が持っていたのは、隅の方に白い鳥のロゴマークが縫われてるシンプルなハンカチだった。値札の額を見ると、他の商品とは比べ物にならないくらい安い。
「もしかして……気遣ってる?」
「いや、俺は本当にこれが良いんだ。ちょうど新しいのが欲しいと思ってたからな。それに、俺はその気持ちだけで十分満足しているさ」
「でも…………」
「じゃあ何だ?ここで無駄に高い服を買って、自ら金に苦労する旅を始めたいのか?」
「うっ……」
よりによって気にしてた所を指摘されて言葉に詰まってしまった。そう言われると何も言い返せない……。
「……分かったよ。それが良いなら……」
「よし」
バジル君は満足気に頷いた。
本音を言うと……もう少し高いのをプレゼントしたかったけど、そこまで言われたら押しきれない。
服は又の機会に……って、又の機会なんてあるのかな?出来ればあって欲しいな…………。
===========
「もうこんな時間かぁ……一日ってこんなに短かったんだね……」
「そんな大げさな……」
「あ、ごめんね……わざわざ近くまで送って貰う事になっちゃって……」
「気にするな。この物騒なご時世、こんな時間に女一人で帰らせる訳にはいかないからな」
服屋を出てからも色々と見て回り、気付いた時には夕方になり、時計は午後五時を差していた。
船に戻る途中までバジル君が送ってくれる事になり、私たちは街の大通りを歩きながら他愛も無い話を交えている。
今日は本当に楽しかった!バジル君と一緒にご飯を食べたり、色んなお店を見て回ったり……本当に充実した一日だった。
バジル君の意外な一面も見れて嬉しかった。ちょっと素直じゃない所もあるけど……優しくて、カッコよくて、意外と可愛い所もある……とても良い人だって分かった。
バジル君にはその気は無いかもしれないけど……まるで……デートみたいだった。
尤も、今までデートなんて一度も経験が無いけどね……。ん?でもこれってデートとしてカウントされるのかな?
「……あ、ここまでで良いよ。船からも近くなったから一人でも大丈夫!」
「そうか?」
少しだけ歩き続けると、港へと通じる門まで着いた。
「バジル君……今日はありがとう!一緒に来てくれたお陰で楽しかったよ!」
「……そうか……」
私がお礼を言うと、バジル君は微笑ましそうに笑みを浮かべた。口元をマスクで覆っているから分かりにくいけど……とても温かい笑みである事は伝わった。
「……ねぇ、バジル君……」
「ん?」
「ここでお別れだけど……もしも……また会ったらさ……一緒に遊んでくれる?」
自分で気付いた時にはこう言ってた……。
寂しいけど……バジル君とはここでお別れ。また会えるかどうかは分からないけど……もし会えたら……また一緒に遊びたい。本気でそう思ってる。
すると、バジル君は視線を逸らして…………。
「……あー……参ったな……その時の為にも、もっと働かないとな……」
「え……?」
その時の為に……?
てことは……!
「また……遊んでくれるの!?」
「…………」
バジル君は無言で頷いた……。
「やったぁ!絶対、絶対だよ!約束だからね!」
「分かってるから……全く、本当に無邪気だな……子供みたいに……」
「えへへ♪」
なんだろう……嬉し過ぎて……今は何を言われても気にならない!
また会えるかどうかなんて分からないけど……また遊ぶって約束しただけでも本当に嬉しい!
「あぁ、それと……今更訊くのも変だが……」
「ん〜?」
心が浮いてる最中、バジル君が気まずそうに口を開いた。
「……貴様……名前は?」
「……ほぇ?」
「いや、だから……名前だ。まだ貴様の名前を聞いてなかった」
「あ…………」
あちゃー!そうだった!私、まだ名前を教えてなかった!
「えっとね……メアリー!私の名は……メアリーだよ!」
「そうか……メアリーか……」
「うん!でも……ちょっと可笑しいよね。今になって自己紹介なんてさ!」
「そうだな……」
なんだか……場の空気が一気に和んだ気がした……。
でも悪い気はしなかった。もっとバジル君と仲良くなれた気がして……ちょっと嬉しかった。
「それじゃあバジル君、私……もうそろそろ行くけど……」
「ああ……達者でな」
「また会えたらさ……絶対に……またデートしようね!」
「ああ……って!?デートって、うぉい!?」
バジル君の声を背に、私は駆けだしてその場を去って行った。
私にとって……今日は忘れられない最高の一日となった。
初めて出会った時から気になってたバジル君と一緒に過ごせて……とても幸せだった。
また会いたいな……また遊びたいな……今度は何時遊べるかな……。
「……フフ♪」
船に戻るまで……笑顔になりっぱなしだった。
****************
「……俺は……どうなってしまったんだ……?」
あの女……メアリーが姿を消した後でも……俺は門の前で呆然と立ち尽くしていた。
本当に……俺はどうしたんだ?飯を食い終わった後でも、メアリーと行動を共にして……。
一緒に店を見て回ったり、ダーツなどのゲームで遊んだり、これではまるで…………。
「……はぁ……」
何故だろうか……急な虚無感に苛まれてしまった……。
否、これは虚無感とは言えない。俺は……寂しいと思ってるのか?
俺は……あの女に……メアリーに会いたがってるのか?
「…………」
徐に……懐からハンカチを取り出した。さっき……メアリーが俺に買ってくれたハンカチだ。
何と言うか……楽しかったと思ってる自分がいる。
メアリーと行動を共にして……楽しいと思ってる自分がいる。
ただ……一つだけ否定できない事実がある。
それは……メアリーの笑顔を見て……心が温かくなってる自分がいる事だ。
俺は……メアリーの笑顔が見たいと思ってしまってる。
メアリーの純粋な心に触れて……俺自身が癒されてる。
「何故……だろうな……」
……いや、深く考えるのは止めよう。
徐にその場を後にしようとした……その時!
「バジル殿……こんな所におられましたか」
「ん?」
急に俺を呼ぶ声が聞こえた。反射的にその場を振り返ると……黒いローブに包まれた人物が立っていた。
「……貴様、確かラスポーネルの……」
「おお、瞬時に気付きましたか。流石ですな」
ローブの顔の部分が捲られ、顔が露わになった。
その顔は……やはりラスポーネルの部下である魔術師だった。
「……で、何の用だ?」
「はい、実はですね……少しばかり同行して頂きたいと思いましてねぇ……」
魔術師はニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
こいつ……何か企んでるな。それにしてもラスポーネルの奴……今回は俺の手を借りる気は無いと言ったハズ……。
「俺は必要無いんじゃなかったのか?」
「そのハズだったのですが……念には念をと言う訳でして……いやなに、面倒な作業ではありません。バジル殿はその場を見守り、必要があれば少しだけ手を貸すだけでよろしいのです」
……見守る?手を貸す?意味が分からん……こいつは何を言ってるんだ?
「まぁ、口で説明するよりは実際に来ていただいた方がご理解頂けるかと。と言う訳で、のんびりで構いませんので、ここから北に位置する海岸までお越しください。それでは……」
それだけ説明すると、魔術師は白い煙が発すると同時にその場から姿を消した。恐らく、転移魔法で移動したのだろう。
しかし……ラスポーネルの奴は何を企んでるんだ?
それに……何だ?この胸騒ぎは?大した根拠は無いが……これからとんでもない事が起こりそうだ。
一体……何が…………?
****************
「遅いなぁ……」
船の甲板にて夕陽に染まる海を眺めながらサフィアとピュラの帰りを待っていた。二人が海に出て数時間は経つが……夕方になっても未だに戻ってこない。
あと……メアリーも未だに帰って来てないが、本人曰く『偶然にも親友とばったり会ったから、その人と一緒にお昼を食べて来る』との事。夕方になっても戻って来てないが、恐らく昼食を食べた後も、その友人とやらと遊んでるんだろう。
それは全然構わないが……問題はサフィアとピュラだ。こんな時間になっても帰って来ないとなると……妙に不安になる。
「やぁキッド、まだここに居たのかい?」
「おお、ヘルムか。いや、サフィアとピュラが帰ってくるんじゃないかって思ってな……」
ボーっと海を眺めてると、後ろからヘルムが話しかけてきた。
「もうすぐ帰ってくるさ。気持ちは分かるけど心配し過ぎだよ」
「……ハハ、そうだよな」
まぁ確かに、ちょっと帰りが遅いからって不安になるのも考えものだよな。こうしてる間にも、この船に向かってるハズだから気長に待とうか。
「そう!心配する必要は無いよ!」
「……え?」
突然、何者かの声が聞こえた。恐る恐る背後を振り向くと…………!
「ご機嫌麗しゅう!お初にお目にかかるよ!」
「なっ!?何時の間に…………だ、誰だアンタ!?」
そこには……一人の男が立っていた。
見た目からして……年齢は30代後半辺りだろうか。カールが掛かった髭が特徴的で、どこか品の漂うタキシードを身に纏い、片手にステッキを持ってる。
「うむ、まずは自己紹介から始めようではないか。吾輩の名はラスポーネル。通称『海賊紳士』さ!以後お見知りおきを」
「はぁ……って海賊だと?」
「うむ!吾輩、海賊である!」
ラスポーネルと名乗った男は誇らしげに胸を張って言った。
最近の海賊たちの間ではこんな格好が流行ってるのか?だとしたら理解し難い…………。
「……で、その海賊紳士が何の用だ?」
「あぁ、そうそう……実はだね、今日は君に話があってここに来たのだよ」
ラスポーネルは俺を指差して言った。
…………話?俺にか?
「……今日会ったばかりの人間に話とは……一体どんな用件だ?」
「うむ!単刀直入に言わせてもらおう……」
ラスポーネルは一呼吸置いてからニヤリと不敵な笑みを浮かべながら言った。
「君……持ってるのだろう……黄金の髑髏を」
「!?」
黄金の髑髏…………その言葉を聞いた途端、俺の心臓が一瞬だけ激しく鼓動した。
こいつ……なんでそんな事を知ってるんだ!?
「惚けても無駄だよ。吾輩の部下が調べ尽くしたのだよ。君が伝説の海賊『黒ひげ』の秘宝を……黄金の髑髏を手に入れたとね」
「……ほう……それで?」
「あの髑髏はねぇ……吾輩も狙ってたのだよ。どうしても必要でねぇ……」
「おい……まさか……その黄金の髑髏をよこせ……とでも言う気か?」
俺の問いかけに対し、ラスポーネルは無言でニヤ〜と不気味な笑みを浮かべた。
……成程、その通りって訳か。
「ハッ!そうだとしたら、悪いがお断りだ!アンタにどんな事情があるかは知らねぇけどな、先に手に入れたのは俺たちだ!何の意味も無くアンタに譲ってやる義務も無い!」
「…………ま、そうなるだろうねぇ。吾輩だって、タダで譲ってもらえるなんて思ってないさ」
そう言ってるラスポーネルの表情には明らかに余裕が出ていた。
何なんだ、その自身たっぷりな様子は?こいつ、油断出来ない……!
「……でも、君には吾輩に秘宝を譲らなければならない理由があるのさ」
「……はぁ?そんなのあるわけ……」
「あるとも。その証拠が…………これさ!」
パンパン!
突然、ラスポーネルが手を叩いたかと思うと、その隣に黒い渦のような物が現れた。
そして、黒い渦の中から何かが出てきた。それは…………!
「!?」
俺は……渦から出てきた者を見て言葉を失った。そこには、黒いローブに包まれた人物が一人立っている。
そして……その隣には…………!
「サフィア!」
「キッド!」
サフィアが捕まっていた!赤いクリスタル状の結界に閉じ込められており、両手を結界の壁に付けて俺を見つめている。そしてサフィアを閉じ込めているクリスタルはローブを纏った人物の手の平の上で宙に浮いている。
おそらく……あれは魔術師で、ラスポーネルの部下なのだろう。
「キッド!お願い……助けて!キッド!」
サフィアは怯えた表情で助けを求めてる。
そんな……まさか……サフィアが囚われてるなんて…………!
「いや〜、実はね……ついでに君の周辺の人物についても色々と調べさせてもらったのだよ。このシー・ビショップ……君の妻なのだろう?」
ラスポーネルは勝ち誇ったような笑みを浮かべつつ、カールの髭を撫でながら言った。
この野郎!卑怯な真似しやがって!
「成程……そう言う事か!」
「お!吾輩の言いたい事が分かったようだねぇ!いや〜、話が早くて助かったよ」
「クソ野郎が!!」
ラスポーネルが挑発的な笑みを浮かべた途端、俺の怒りが爆発した。
こいつだけは……絶対に許さねぇ!
「おおっと!まぁここは話を聞きたまえ」
怒りに震えてる俺に構わずラスポーネルは話し始めた。
「良いかい?ここで改めて用件を言おう。分かりやすく言うと……このシー・ビショップの命が欲しかったら、君たちが持ってる黒ひげの秘宝……すなわち黄金の髑髏を吾輩に譲りたまえ!ただし、ここで取引は行わない。まずはこれを見たまえ」
そう言うと、ラスポーネルは懐から丸められた紙を取り出すと、それを俺に投げ渡した。
「良いかい?それは取引場所が書かれたマルアーノの地図だよ。ここから北に位置する海岸が取引場所だ。今から一時間後までに黄金の髑髏を持って、そこまで来たまえ!」
そう言われて、たった今渡された紙を開いてみた。それは確かにマルアーノの地図で、北の海岸に○印が描かれている。ここまで来いと言う事か……!
「あぁ、そうそう!これ、一番重要な事なんだけどね……取引場所には船長である君が一人で来たまえ!」
「……なんだと?」
俺一人で来いだと?どういうつもりだ?
「だって、仮にも複数で来られたら面倒ではないか。事は出来るだけ小さく収めた方が良い。君だってそう思うだろ?」
「…………」
「まぁ、どうしても一人じゃ嫌なら、君の部下を全員引き連れても構わないよ。尤も、一人で来なかったとしたら、この女の命は……」
……無いって言いたいんだろ!言われなくても分かってる!
そう怒鳴りたかったが、変に刺激したらサフィアの身が危ない。俺は込み上げる怒りを必死に抑えた。
「さて、話は終わった。吾輩は先に行って秘宝が来るのを待っていよう。それでは、また後で会おう!」
すると、ラスポーネルは魔術師の後ろにある黒い渦の中へ入った。それに続くように魔術師もサフィアを閉じ込めたクリスタルを連れて黒い渦に入り込む。
「いやぁ!助けて、キッド!」
「サフィア!」
俺は咄嗟にサフィアの下へ駆け寄った……が、その時!魔術師の手から眩い光が放たれた。
「ぐわぁ!」
突然光が目に射し込まれ、不意にも目を覆いつつ立ち止まってしまった。
「うっ……くっ……!」
やがて刺激が弱まり、徐に瞼を開けると……そこには誰も居なかった。
ラスポーネルも、魔術師も、そして…………サフィアも……。
「キッド!大丈夫か!?」
背後からヘルムが俺の肩を叩いて来たが……今の俺には呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……ちく……しょう……畜生!」
何も出来なかった自分が情けなかった……目の前にサフィアが囚われてたのに……俺は……俺は……!
「サフィアーーーーーー!!!」
夕陽が染まる大空に向かって…………大声で叫んだ…………。
「ふむ、成程な……」
私は、泥棒の騒ぎを聞いて駆けつけた街の警備員に事情を説明していた。目の前にいる警備員のオーガは相槌を打ちながらメモを書いている。
「ムッキー!もう少しで逃げれたのに!」
「コラ!ピーピー五月蠅いわよ!いい加減に大人しくしてなさい!」
縄で縛られて取り押さえられてる怪盗の……いや、泥棒のシロップが喚いてる。そしてすぐ傍では、オーガの後輩と思われる警備員のメドゥーサがシロップを窘めていた。
「……で、そこの兄ちゃんが槍を投げて泥棒を止めたって訳かい?」
「あ、はい……彼が助けてくれました」
オーガはチラッと私の隣に立ってるバジル君へと視線を移して訊いた。バジル君の方は腕組みをして黙々と私たちの会話を聞いている。
……でも、まさかこんな所で……それもこんな形でバジル君と再会するなんて思ってなかった。そりゃ、また会いたいとは思ってたけど……まさかこんなに早く会うなんてね……。
「しっかし、槍を投げて泥棒を止めるとは大したテクニックだな」
「いや……俺は街中で武器を使ったんだ。褒められるべきではない」
オーガの称賛に対し、バジル君は鼻に掛ける素振りも見せずに答えた。
「まぁ、確かに街で凶器を投げるのは良くないし、本来なら連行するところだが……今回ばかりはちゃんとした正当防衛だ。罪には問われないよ」
「ちょい待ちんしゃい!なんでそうなりますの!?それ、差別ですわ!」
と、いきなりシロップが声を荒げた。
「大体ねぇ!わたくしだって危うく串刺しになるところだったのですわよ!これ、明らかに暴行罪ですわ!」
「アホか!本はと言えば、泥棒なんてみっともない真似したあんたが原因だろ!?人の金をふんだくるなんて恥ずかしくないのか!?」
警備員のオーガは、未だに悪あがきを続けるシロップに怒鳴った。しかし、怒られてるシロップは全くもって悪びれた様子はない。呆れると言うか、なんと言うか……。
「あら、怪盗が物を盗むのに何を恥じらう必要がありまして?」
「は?怪盗って……あんたが?」
「その通り!わたくしの名はシロップ!ウルトラ・スーパー・スペシャル・ビューティー!誰もが見惚れる美しき……」
「……リル、そいつ黙らせろ」
「はい、レイサ先輩」
レイサと呼ばれたオーガに指示され、メドゥーサのリルさんは徐にシロップと目を合わせ…………
カキンッ!!
「先輩、終わりました」
「よし、ご苦労」
シロップはたちまち石の様に固まってしまった。
改めて見ると……戦闘力の高いオーガのレイサさんに、敵を石化して動きを封じるメドゥーサのリルさん……これってある意味恐ろしい組み合わせだ。街の警備員としては良いコンビかもしれない。
「さて、アタイ等はこの変な女を取調室まで連れてくが、もう行っても良いかい?」
「あ、はい、ありがとうございました」
「おっと、礼ならそこの兄ちゃんに言ってやりな」
レイサさんはニヤリと笑みを浮かべながらバジル君へと視線を移した。
……まぁ確かに、バジル君のお陰でお財布を取り返せたんだから、ちゃんとお礼を言わないとね。
「そんじゃ、達者でな」
「もう二度と盗まれないように気を付けてね」
レイサさんは石化したシロップを肩に担ぎ、リルさんと共にその場を去って行った…………。
「……さて、一先ず泥棒の件は片付いたが、まさか被害者が貴様だったとはな……」
隣に居るバジル君が呟くように静かに言った。
驚いてるのは私も同じ。またしてもバジル君に助けられるなんて……でも、なんだか嬉しいな♪
「あ、えっと……お陰でお財布を取り返せたよ。ありがとう!」
「いや、別に……」
改めてバジル君に向き直り、ペコリと頭を下げてお礼を言うとバジル君は視線を逸らして言葉を濁らした。
でも心なしか顔がちょっと赤くなってる……照れてるのかな?なんか可愛いな……。
「……話は変わるが、貴様がここに居ると言う事は……あのキッドとか言う男も近くにいるのか?」
「あ、それは……」
そうだ……そう言えばバジル君は賞金稼ぎだった。もしもキッド君たちがこのマルアーノを訪れてると知ったら……恐らくキッド君の首を狩りに行くかもしれない。
そう考えると、私はどう答えれば良いのか分からなくなってしまった。
「……先に言っておこう。仮にも奴が近くに居るとしても戦う気は無い」
「え?そうなの?」
「たまには羽を伸ばそうと思っていたところだ。だから仕事は休み。キッドの首を狩る気も無い」
「そ、そうなんだ……」
言葉に詰まってしまった私を見かねたのか、バジル君は淡々と話し始めた。
一応、今日は海賊に手を出す気は無いみたいだね……て言うか、賞金稼ぎにも休日なんてあるんだ。でもまぁ、毎日働き詰めだったら流石に身体が持たないか。
「で、キッドたちはここに来たのか?」
「うん……多分、キッド君は船に居ると思うよ」
「そうか……」
それだけ伝えると、バジル君は少し考えた素振りを見せたが、やがて自分から口を開いた。
「それで、貴様はこんな所で何をしている?」
「あ、そうそう、ちょっと醤油を買いに来たところなんだ」
「醤油って……まさか、お使いか?」
「うん、でも何処で売ってるのか分からなくて……」
「……はぁ」
なんか、呆れたように深いため息を付いた。
いや、だって、私はこの街には初めて訪れたんだし……。
「……付いて来い」
「え?」
すると突然、バジル君が手を振って付いて来るように促すと、スタスタと前方へ歩き出した。
「ちょ、どこへ行くの?と言うか、付いて来いって……」
「醤油が安く売られてる店まで案内してやる」
「ほえ!?案内って……君が?」
突拍子もない発言に戸惑ってしまった。
バジル君が案内してくれるの?そもそも、案内すると言うことは、バジル君はこの街について色々と知ってるのだろうか?
「不満か?ならば断ってくれて構わんが?」
「え?あ……じゃあ、お願いしようかな」
「よし、こっちだ」
折角案内してくれるんだし、私自身も醤油がどこで売られてるのか全然分からなかったから、ここは一つお言葉に甘えよう。
そう思った私はバジル君と一緒に醤油が売られてるお店に向かった…………。
〜〜〜数分後〜〜〜
「バジル君の言う通りだったね!ホントに安かったよ!」
「ああ、少しは得しただろ?」
「うん!」
バジル君の案内で紹介されたお店で醤油を買った後、私はバジル君と並んでお店を出た。
バジル君の言った通り、このお店の醤油は本当に安かった。そのお陰で醤油代のお釣りが予定より多めに出てかなり得した気分になった。
「それにしても、バジル君ってこの街に詳しいんだね!もしかして、何度か訪れた事があるの?」
「たまにだが、仕事を終えた後にここを訪ねる時がある。街を歩いていると、何処に何があるのか、どんな物がどれだけの価格で売られてるのか自然と頭に入ってくるものでな」
「へぇ〜……周囲の状況に敏感なんだね」
「情報は何にも勝る武器だ。賞金稼ぎにも言える事だが、どこにどんな大物の賞金首がいるのか素早く把握するのも金を稼ぐ為のカギとなる」
「成る程……」
バジル君と並んで何気ない会話を交えながら大通りを歩き出した。
「……ん?」
ふと、道の脇に立ってる一軒のお店が視界に入った。落ち着いた色合いで、屋根には『Egg restaurant』と書かれた看板が掛けられている。
「あ!あれって、もしかして……」
あの看板を一目見た瞬間、私はあの店がどんな所か瞬時に理解できた。
ちょっと前に聞いた事がある。あれは確か卵料理専門のお店で、そこで作られるオムライスは一流シェフも絶賛する程の逸品だとか。
今思い出したけど、そのオムライスが食べられるのはあのお店だった。まさかここでお目にかかれるとは……!
「なんだ?あの店を知ってるのか?」
「うん!あのお店のオムライスはすっごく美味しいんだって!」
「ほう……」
バジル君は徐に卵のお店へと視線を移した。もうすぐ昼食の時間でもある為か、まだそれほどでも無いけど店の中がお客さんで混み始めてきてる。やっぱりそれ程人気があるみたいだね。
「……食べたいか?」
「ん?」
「あの店のオムライス……そんなに食べたいか?」
「あ、うん……食べてみたいね」
私の返答を聞くと、バジル君は少し考えて…………
「……なぁ、嫌ではなかったら……」
「ん?」
「その……奢ってやろうか?」
「……え?」
「いやだから、一緒に食べないかって聞いてるんだ」
「……えぇ!?」
これまた予想外の発言だった。
「まぁ、その……以前、怪我の手当てをしてもらったからな。ちょうど昼時でもあるし、あの時の礼と言ってはなんだが……」
「い、いやいやお礼だなんてそんな……そりゃあ、食べてみたいとは言ったけど、奢るだなんて……」
遠慮してる最中に、手に持ってるカバンが目に入った。
そうだった……この醤油を速く持って行かないと、楓ちゃんが昼食を作れない……。
でも、バジル君が奢るって言ってくれてるのに……。
「……あぁ、そうか……それを持って行かなければな……」
醤油の存在に気付いたのか、バジル君は苦笑いを浮かべてしまった。
うぅ……折角バジル君と仲良くなるチャンスなのに……。
でも醤油を届けないとキッド君たちの昼食が作れない……。
どうすれば…………あ!そうだ!
「ねぇねぇ、じゃあこうしようよ!」
「?」
咄嗟に思いついた考えをそのまま発した。
「私さ、今から急いで醤油を届けに行くからさ、バジル君はここで待っててくれないかな?」
「……待ち合わせか?」
「えっと……迷惑かな?」
「いや、俺は構わんが……貴様はそれで大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。船の人たちには何とか言って誤魔化すからさ」
キッド君や楓ちゃんには悪いけど……バジル君と一緒にお昼ご飯を食べるなんて、滅多に来ない機会を見逃す訳にはいかない。
何よりも……これを機にバジル君の事を色々と知れるかもしれないからね。
「……分かった。ここで待ってる」
「ホント!?ありがとう!」
バジル君の承諾も得た事だし、速く醤油を届けに行かなきゃ!
「それじゃ、すぐに戻ってくるから待っててね!」
私は駆け足でキッド君たちの船へと戻って行った。
……自分でも不思議に思う位に、船へ向かう足取りが軽くなってる気がした。
船に戻って、バジル君の下へとんぼ返りと言う面倒な作業なのに、一切苦に思えない。
それどころか、またバジル君に会えると思うと心が温かくなる……。
もしかして……この気持ちが……そうなのかもね…………
****************
「…………何をやってるんだ、俺は……」
あのリリムの後姿を見送りながら、自分自身に対して呆れてしまった。
昼食を食べるのに、何故あの女を誘う必要があるのか……今思うと全く理解できない。
怪我の手当ての礼ならば別の方法でやれば良い。それなのに、あろうことか最近会ったばかりの……それも海賊の女に飯を奢るとは……我ながら可笑しくて笑ってしまう。
いや、それ以前に可笑しいのは俺だ。あの女は海賊……だから賞金稼ぎである俺にとっては金儲けの獲物も同然。だが、どうしてもあの女に手を上げる気にはなれなかった。
大した理由は無いが……あの女の笑顔が見たいと思ってしまってる。
あの女の笑顔で心が温かくなってる。
「何故だろうな…………」
頭の中で色々と考えてみる……が、大した理由は見つからなかった。
「……とりあえず、準備だけでもしておくか」
このまま突っ立ってても仕方ない。俺はオムライスの店へと足を運んだ…………。
****************
「お待たせー!」
「……ああ」
愛用のバッグを肩に掛けて戻ってきた私を、バジル君はお店の前で片手を上げて出迎えてくれた。
「遅くなってごめんね……」
「別に、そんなに待ってない」
ちょっと遅れた事を謝ったけど、バジル君は軽くあしらった。
待ってないって言ってくれたけど……実際ここまで来るのに大分時間が掛かってしまった。
キッド君や楓ちゃんに怪しまれないように出かけるのは大変だったし、鏡の前で何度も身だしなみを整えたし……って、後のはちょっと余計だったかな?
ちなみに楓ちゃんには『偶然にも親友とばったり会ったから、その人と一緒にお昼を食べて来る』なんて……我ながら酷い嘘をついてしまった。
本当にごめんね、楓ちゃん…………船に戻ったら、もっと料理のお手伝いするからね……。
「でも大分時間が経っちゃったから、お店の方も混んできたんじゃ……」
「大丈夫だ。さぁ、行こうか」
「うん!」
私はバジル君と一緒にお店の中へ入って行った。
「うわぁ……やっぱり混んでるね……」
思ってた通り、お店の中は既にお客さんで賑わってた。どこを見回しても、誰もが美味しい昼食を楽しんでる。
やっぱりもっと速く来るべきだったな……バジル君に迷惑掛けちゃった…………。
「はい、いらっしゃいませー!」
すると、可愛らしいメイド服を着たウェイトレスのレッサーサキュバスが出迎えた。
「……ああ、バジル様!お待ちしておりました!では、こちらへ……」
……え?いきなり席へ案内されちゃった……。
と言うか、お待ちしておりましたって……?
「ああ、貴様が船に戻った後、先に店に入って空席の予約をしておいた」
「あ、そうだったんだ……手際が良いね」
「何もせずに待つよりは、予め席を取っておいた方が良いだろ?」
確かに、それもそうだ。バジル君って頼りになるなぁ……。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください!」
ウェイトレスは私たちをが席に座ったのを確認すると、スタスタと厨房へ戻って行った。
「ほら、これがメニューだ」
「あ、ありがとう」
バジル君はテーブルに置かれたメニューの一覧を私に手渡してくれた。
メニューを見てみると……やはり卵料理専門店なだけあって、色んな種類のオムライスが載ってる。しかもオムライスを一つ注文すれば、サラダとデザートも付けてくれるらしい。こういうお得なサービスもお客さんを引き寄せる魅力の一つなのかもしれないな。
どれも美味しそうだけど、ここは一番シンプルなトマトケチャップのオムライスにしてみよう。
「……決まったか?」
「うん!決まったよ!」
そう告げると、バジル君は片手を上げてウェイトレスをこっちに呼んでメニューの注文を始めた。
「ご注文はお決まりになりましたか?」
「デミグラスソースのオムライス」
「私はトマトのプレーンオムライスを一つ」
「畏まりました。本日のデザートは食後で宜しいでしょうか?」
「……食後で良いか?」
「うん!食後でお願いします」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
ウェイトレスは注文を承ると厨房へ去って行った。
「……ねぇバジル君、バジル君は賞金稼ぎを始めてどれくらい経つの?」
料理が運ばれるまでこのまま無言で過ごすのも気まずいと思い、とりあえずバジル君に話を振ってみた。
「そうだな……5年位は経つ」
「へぇ、結構長いんだね……私なんか一カ月ぽっちだよ」
「キッドの部下になってからか?」
……部下?あ、もしかして勘違いされてるかもしれない……。
「え?ううん、私は別にキッド君の船の船員って訳じゃないよ。私、一人で海賊をやってるんだ」
「……は?そうなのか?奴と一緒に居たからてっきり部下なのかと……」
「部下じゃないよ。私はただ、少しの間お世話になってるだけだよ」
「そうだったのか…………」
やっぱり勘違いされてたみたいだ。でもまぁ、確かにキッド君たちと一緒に居たから部下と思われても仕方ないけどね。
「それでね、私、海賊を始めてから一カ月しか経ってないんだ。まだまだルーキーだよ」
「成程……通りで見ない顔だと思ったら、賞金も掛かってないド素人か」
「まぁね!って、今ちょっと馬鹿にしなかった!?」
「いや、気にするな」
「いや、気にするよ!」
「ククク……」
ちょっと大げさに抗議すると、バジル君は如何にも可笑しそうに小さく笑った。
マスクで口元を隠してるから分かり難いけど、バジル君が笑ってる姿なんて初めて見た。
なんだろう……ちょっと可愛いかも♪
「しかし、何故わざわざ一人で旅をしてるんだ?」
「え?なんでって……?」
「貴様はリリムだろ?魔王の娘なら、海に出る前に船とか部下とか、予めそれなりの用意も容易く出来るハズだろ?何故最初から一人で行く必要がある?」
ああ、そう言う事か。確かにその気になればそれなりの船も用意できたし、船員もある程度なら集められたけど…………。
「う〜ん、やっぱり一番の理由は……自分の力で海賊団を結成したいからかな?」
「自分の力で?」
「うん!そりゃあパパとママに頼めばそれなりの用意は出来るけど、最初から楽をするなんてつまんないでしょ?自分の力でコツコツと頑張る……これが良い海賊団を結成する一番の方法だと思うんだ!」
最初から全部用意されてるなんてつまらない。何も無い状態から旅に出て、色々と手に入れてからの旅の方が楽しいと本気で思ってる。最初の頃は確かに大変だったけど、それでも充実した旅が出来て満足している。
「そうか……その考えは悪くないな」
「でしょ!?」
私の考えを理解してくれたみたいで嬉しかった。こんな何気ない会話でも、バジル君との距離が少しずつ縮まっていくような気がして楽しくなってきた。
「失礼しま〜す!サービスのサラダでございます!」
ウエイトレスが二人分のサラダを運んできてテーブルに置き、再び厨房へと戻って行った。
前菜のサラダが来たって事は……もうすぐオムライスも来るのかな?
あ、そう言えばバジル君ってマスクしてるけど…………。
「さてと……」
……あ…………マスク、下にずらしちゃった。
「…………」
「……どうした?」
「あ、いや、その……素顔を見られるのに抵抗は無いんだね……」
「外さなければ食べられないだろ?それに、このマスクもファッションみたいなものだ」
どうやら素顔を見られても問題無いようだ。でも…………
「なんだか勿体ないよ。素顔のままでもカッコいいのに」
「……まぁその、このマスクは気に入ってるからな。着けていた方が気が楽になる」
そう言うと、バジル君はフォークを手に取ってサラダを口に運んだ。
気が楽になるか……良いと思うけど、やっぱり素顔も凛々しくて良い感じなんだけどなぁ……。
まぁ、一々気にしてても仕方ないか。
「それじゃ私も、いただきま……ウッ!!」
私もサラダを食べようとフォークを手に取って……サラダの中身を見た瞬間に背筋が凍った。
「……どうした?」
「あ、ちょっとね…………」
いや、見た目は問題ない。新鮮なレタスにプチトマト、黄色いコーンにポテトサラダと……とても美味しそうだ……一つを除いて!
「私……ブロッコリーだけはダメなのに…………」
そう……私はブロッコリーが苦手。一つだけチョコンと入ってる程度だけど……ちょっと大きめだし、マヨネーズも何にも掛かってない。
うぅ……ブロッコリーが入ってるなんて聞いてないよぉ……!
「……別に毒でも入ってる訳でもないだろ?」
「無理なのは無理だよぉ……」
「子供か、貴様は……」
地味な天敵を目前にして弱音を吐いてしまった。
「…………」
「ん?」
「…………」
「……何故見てる?何をそう、こっちを見てる?」
……よし、助けて貰おう。フォークでブロッコリーを突き刺して…………。
「はい、あ〜ん♪」
「……貴様、正気か?」
いや、そりゃ我ながら大胆な真似だけどさ、そんなにドン引きしなくても……。
「ここは私を助ける為だと思ってさ……と言う訳で、あ〜ん♪」
「何が『と言う訳』だ!なんで俺がそんな事を……!」
「無抵抗の女が目の前で虐げられてるんだよ?お願いだから助けてよ」
「虐げられてるって……ビタミンたっぷりの緑黄色野菜が貴様に何をしたんだ!?」
「私の口内が凌辱されるんだよ?何とも思わないの?」
「凌辱どころか、むしろビタミンを与えてくれて、ありがたい限りだろ!?」
「むぅ〜!お願いだから食べてよ!」
「ホントに子供だな、貴様は……」
ブロッコリーを口に運ぼうとすると、バジル君は身体を仰け反らせて拒否する。
「……そのフォークを貸せ」
「え?食べてくれるの?」
「いいから貸せ」
「う、うん……」
そう言われて、私はブロッコリーが刺さったフォークをバジル君に手渡した。
すると……!
「ほら、食え」
「ほえ!?そうきちゃいます……?」
「いいから食え」
「いや、だから無理……」
「無理でも食え」
あろうことか、手渡したフォークのブロッコリーを私に向けてきた。
「ほら、早く食え」
「うぅ……バジル君の意地悪!」
「何とでも言え。そして食え」
しかもこちらの様子などお構いなしにブロッコリーを食べさせようとしてるし……。
……いや、待てよ……ここはポジティブに考えなきゃ!
これってまさに『あ〜ん』って食べさせてもらってる状況だよね?
私は今、まさに『あ〜ん』されてる訳だよね?
恋人や夫婦の如く『あ〜ん』な食べさせ方だよね?
そうだよ!これは愛の『あ〜ん』だよね!
それならば、たとえ嫌いなブロッコリーでも……!
「あ、あ〜ん……」
パクッ
「モグモグ……ゴックン」
「食べれただろう?」
「……うん」
「不味くはないだろ?」
「……うん」
そりゃ食べれたけど……『あ〜ん』の方に集中し過ぎて味とか食感とか全然分からなかった……。
「これから立派な海賊になるんだったら、しっかり栄養を摂るんだ。病気になったら元も子も無いだろ」
保護者のような口調で言いながら私にフォークを返すと、バジル君は再びサラダを口に運び始めた。
これって……もしかして遠回しに私の身体を気遣ってくれてるのかな?だとしたら、ちょっと嬉しいかも……。
「……フフ、ありがとう」
「……何がだ?」
「今の食べさせ方、ちょっと嬉しかったよ!なんか、こう……恋人みたいでさ……」
「え!?そ、そんなつもりは……フ、フン!」
今になって自分が何をやったのか気付いたのか、バジル君はサラダを口に押し込むようにやけ食いした。
こうして見ると……バジル君って照れ隠しが下手なのかもね。
「お待たせしました!オムライスになりま〜す!」
「おぉ〜!来た来た!」
そんなやり取りを繰り返してるうちに、待望のオムライスが運ばれてきた。
私の前にはトマトケチャップのオムライス、バジル君の前にはデミグラスソースのオムライスと、注文通りのメニューが置かれた。
「食べ終わりましたらデザートをお持ちしますので、お声をお掛けください」
そう告げると、ウェイトレスは厨房へと戻って行った。
改めて目の前のオムライスを見てみると……これは美味しそうだ!
「それじゃあ、いただきま〜す!」
早速スプーンを手に取ってオムライスを一口サイズに掬って口に運んでみると……!
「……ん〜!美味しい!」
卵のトロトロの食感とケチャップで味付けされてるチキンライスとの相性が抜群で……本当に美味しい!
「はぁ……来て良かった……!こんなに美味しいオムライスは初めてだよ……」
「……フフ」
「ん?今笑った?」
ふと、バジル君が微笑ましくこちらを見ているのに気付いた。
「貴様は本当に美味そうに食べるんだな」
「いやぁ、ちょっと感動しちゃってさ……迷惑だった?」
「そんな事は無い。俺が作った訳ではないが……むしろ喜んでくれた方が、奢る身分としては気分の良いものだからな」
「そっか……それよりバジル君も食べなよ。早く食べないと冷めちゃうよ」
「分かってる」
バジル君もスプーンでデミグラスソースのオムライスを食べ始めた。
「……ふむ、これは中々だ……」
デミグラスの方も美味しいらしく、バジル君も満足気に頷いた。
あぁ、そっちのも美味しそうだなぁ……。
「……まさか、俺のも食いたいのか?」
「あ、バレちゃった?」
「顔に書いてあるぞ。全く、分かりやすい奴だな」
呆れながら言ってるけど、バジル君は自分の皿を私に寄せてきた。
あれ?これって……一口貰っても良いのかな?
「……良いの?」
「一口だけだぞ?」
「わぁ!ありがとう!それじゃ……」
お言葉に甘えて一口だけ頂くことにした。自分のスプーンでデミグラスのオムライスを掬って食べると……これも美味しい!
お肉の旨味たっぷりのデミグラスソースが口いっぱいに広がって、トロトロの卵と良いバランスを保ってる。中身はバターライスだけど、デミグラスソースと合って美味しい。
「……どうだ?」
「こっちも美味しいね!」
「……そうか」
バジル君は自分のお皿を引きよせて再びオムライスを食べ始めた。
デミグラスも美味しかったなぁ……あ、そうだ!一口貰ったんだから、ちゃんとお返ししないとね♪
「ねぇ、バジル君」
「ん?」
持ってるスプーンでトマトのオムライスを掬って……
「はい、あ〜ん♪」
「……だから、正気か?」
いや、だからそんなにドン引きしなくても……。
「一口分けてくれたお礼だよ♪ほら、あ〜ん♪」
「いや、いらん。お礼とかいらんから」
「そんな遠慮しないで♪こっちも美味しいから!あ〜ん♪」
「だから!なんでそんな事しなければならないんだ!」
「だって、さっきはバジル君の方から食べさせてくれたじゃん!」
「いや、あれは…………」
痛いところを突かれて視線を逸らすバジル君。それでも私は容赦なくオムライスを差しだす。
「ねぇ、食べてよ!ほら、あ〜ん♪」
「…………」
やがて観念したのか、バジル君はスプーンのオムライスを食べた。モグモグとじっくり味わってるものの、視線は斜め下に傾いて明らかに照れてる。
……はぁ、この表情も可愛いなぁ♪
「どう?美味しい?」
「……ああ」
「良かった♪」
「……本当に俺は何をやってるんだ、全く……!」
バジル君は頬を赤く染めながらも、ほぼヤケの状態でオムライスを頬張り始めた。
凄く分かりやすいけど、完全に動揺してる。
まぁ、恋人でも夫婦でもないのに食べさせ合うなんて大胆な真似をしたんだから、仕方ないとは思うけど……やっぱり必要以上に照れてる気がする。
もしかして……女の子とまともに接した事が無いのかな?それはそれで面白いかも……♪
まぁでも、これ以上からかったら本気で怒られそうだから止めておこう。
そう思いつつ、再びオムライスを食べ始めた…………。
〜〜〜数十分後〜〜〜
「……でね、この前の悪い海賊たちもみんな倒しちゃったんだ!」
「ほう……魔術に頼らず武術で戦うとは珍しいな」
「魔術もそれなりに扱えるんだけど、やっぱり身体を思いっきり動かして戦う方が気持ちいいんだよね!」
「まぁ、その気持ちは理解できるがな」
あの後、オムライスを食べ終えた私たちはデザートが運ばれるまで雑談を交えていた。
戦闘においての戦い方とか、過去の変わった体験とか、何気ない会話でもバジル君の事を知れたように思えて、結構楽しい。
「……あ!そう言えばさ……」
「ん?」
「バジル君、これからデザートを食べた後に何か予定でもある?」
「予定?特に何も無いが?」」
「やりたい事も?」
「……特に無い」
「そっか……それじゃあさ……厚かましい事言って悪いんだけど……」
私は……思い切って、この後の街巡りに誘った。
「街を歩きまわるのに付き合ってくれる?」
「……は?」
バジル君はポカンと面食らった表情でこっちを見てきた。
「私……この街に来るの初めてでさ、折角だから色々と見て回ろうと思ってたところなんだ。でも一人じゃ心細いし、この街の事を色々と知ってるバジル君が一緒に来てくれれば楽しくなるかな〜って思ってたんだけど……ダメ?」
「…………」
バジル君は顎に手を添えて考える仕草を見せた。
実のところ、一緒に来てもらいたい理由は別にあった。もしここで食事が終わったらバジル君ともお別れするかもしれない。何よりも、これ以上行動を共にする理由が無い。私としては折角ここで再会したんだから、もう少しだけでも時間を共にしたいと言うのが本当の理由でもあった。
「……どうせ暇だし、たまにはのんびりと街を歩くのも良いだろうな」
「……え!?来てくれるの!?」
「……こうなれば、とことん付き合ってやるよ」
「やったぁ!ありがとう!」
一緒に来てくれる事が決まって心が弾んだ。
すると…………。
「はい、お待たせしました!本日のデザートの自家製プリンアラモードでございます!」
ウェイトレスの人がデザートを運んで来た。
運ばれてきたデザートは……自家製のプリンに色んなフルーツが飾られたアラモードだった。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
ウェイトレスは軽く一礼するとその場を去って行った。
「しかし……オマケで付けられる物だから、正直なところ期待してなかったのだが……」
「うん……サービスが良いね」
バジル君も言ってた通り……ある意味オマケみたいな物だと思ってたけど、意外と豪華でちょっと驚いてしまった。これだけ大盤振る舞いだと、かえって店の売り上げを心配してしまうくらいだ。
「ま、とりあえず食べよう。いただきまーす!」
小さめのデザート用のスプーンでプリンを掬って食べてみた。
「……うん!甘くて美味しい!」
「……ふむ、悪くない」
プリンのまろやかな甘みが口いっぱいに伝わって美味しい!
バジル君もプリンを一口食べて美味しそうに微笑んだ。
このお店の目玉はてっきりオムライスだけかと思ってたけど、デザートの類にも一切手を抜いてないみたい。やっぱり卵料理専門のお店なだけに、プリンの様に卵を使う洋菓子にもこだわりを持ってるようだ。
「それじゃあバジル君!食べ終わった後も宜しくね!」
「……やれやれ……」
呆れ顔で見られながらも、私はゆっくりと食後のデザートを堪能した…………。
****************
「サフィアお姉ちゃん、私ちょっと疲れちゃった……」
「そうですね……少し休憩しますか?」
「うん!」
私とピュラは人気の無い砂浜で休憩を取っていた。
数時間前……昼食を食べ終えた私とピュラは船で昼食を食べ終えた後、海賊船ブラック・モンスターから出てマルアーノ周辺の海の浅層を探索している最中だった。
そこで海に住んでる魔物たちからマルアーノについて情報収集を行い、ある程度必要な情報が集まったのでピュラと共に休憩する事にした。
「どうやらマルアーノは豊かな国で色々な店が並んでるそうですね」
「そうだね。ねぇお姉ちゃん、後でお兄ちゃんと三人で街を見て回ろうよ!」
「そうですね、きっと楽しくなりますね」
と、こんな感じでピュラと会話を交えていたら…………。
「ちょっとそこのお嬢さん方……」
「え?」
いきなり誰かが背後から声を掛けてきたので、徐に後ろを振り返ってみた。
そこには……身体を黒いローブで覆ってる人が立っていた。声を聞く限り、どうやら男の人みたいだけど……なんだか怪しくて近寄りがたい雰囲気を漂わせてる。
「……何か御用ですか?」
本能的に身の危険を感じた私はピュラを抱き寄せた。しかし、男の人は構う事無く話し続けた。
「ちょいと一つ……頼みがあるんですがねぇ……」
「……頼み?」
「はい……いやなに、簡単な事ですよ……」
そう話す男の人は……ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
****************
「あ、あぁ……バジル君……そんなに力まないで……もっと優しくして……」
「分かってる……こ、こうか……」
「あ……うん、良いよ……あ、ああ!」
「よし……行くぞ……!」
「うん……来て!バジル君!」
ズポッ!!
「…………」
「…………」
「大当たり〜!!おめでとうございます!!」
「やったぁ!バジル君、すご〜い!ど真ん中に的中だよ!」
「……フゥ……」
バジル君がダーツゲームにて見事に的のど真ん中にダーツを当てて、思わずはしゃいでしまった。
私もさっき同じゲームをやったけど、真ん中どころか的にすら当たらなかった。それに比べてバジル君は凄い!たった一発で真ん中に当てちゃったんだから!
ちなみにダーツの先には安全の為に吸盤が付けられているから、子供でも安心して遊べるそうだ。
「……当たったのは良いが……」
「ん?どうしたの?」
「貴様の応援がどこか卑猥染みてると思うのは俺だけか!?」
「え?何の事?」
私、そんな声出してたかな?多分気のせいだと思うけど……。
「おめでとうございます!これは賞品です!どうぞお受け取りください!」
ダーツゲームのオーナーであるエルフがバジル君に商品を渡してきた。
「わぁ!可愛いね!」
「あ、ああ……」
その商品とは……小さくて可愛らしい熊のぬいぐるみだった。黒い瞳が魅力的で、頭にピンクのリボンを付けている。
「……ほら」
「……ほぇ?」
なんと、バジル君は賞品のぬいぐるみを渡してきた。
「これ…………やるよ」
「ほえ!?私に!?」
「……俺が持ってても、どうしようもないからな」
「……嬉しい!ありがとう!」
あまりの嬉しさにぬいぐるみをギュッと抱きしめてしまった…………。
===========
「これとか良いかな……あ、でもこっちも…………」
「……なぁ、悪いがやっぱり……」
「ダメ!こうでもしないと、私の気が済まないの!」
「そ、そうか…………」
次に私たちが訪れたのは、とてもお洒落な服屋。
さっきのダーツゲームのお店でぬいぐるみを貰った私は、そのお礼としてバジル君に服を買ってあげる事にした。
当の本人は買ってもらうのに乗り気じゃないみたいだけど……貰いっぱなしなのも悪いからね。
「あ!これとか良いかも……って、あ……」
……とは言ったものの、服の値札の額を見て固まってしまった。やっぱり服の質が良ければ良い程値段も高くなってる。
私の所持金もそんなに無いし、これからも旅を続けるつもりだから、そんなに高いのは買えない……どうしよう……。
「なぁ……これなんかどうだ?」
「ん?」
後ろから呼びかけられて振り向くと、バジル君が何かを手に持っていた。
「……それって、ハンカチ?」
「ああ、俺にはこれで十分だ」
バジル君が持っていたのは、隅の方に白い鳥のロゴマークが縫われてるシンプルなハンカチだった。値札の額を見ると、他の商品とは比べ物にならないくらい安い。
「もしかして……気遣ってる?」
「いや、俺は本当にこれが良いんだ。ちょうど新しいのが欲しいと思ってたからな。それに、俺はその気持ちだけで十分満足しているさ」
「でも…………」
「じゃあ何だ?ここで無駄に高い服を買って、自ら金に苦労する旅を始めたいのか?」
「うっ……」
よりによって気にしてた所を指摘されて言葉に詰まってしまった。そう言われると何も言い返せない……。
「……分かったよ。それが良いなら……」
「よし」
バジル君は満足気に頷いた。
本音を言うと……もう少し高いのをプレゼントしたかったけど、そこまで言われたら押しきれない。
服は又の機会に……って、又の機会なんてあるのかな?出来ればあって欲しいな…………。
===========
「もうこんな時間かぁ……一日ってこんなに短かったんだね……」
「そんな大げさな……」
「あ、ごめんね……わざわざ近くまで送って貰う事になっちゃって……」
「気にするな。この物騒なご時世、こんな時間に女一人で帰らせる訳にはいかないからな」
服屋を出てからも色々と見て回り、気付いた時には夕方になり、時計は午後五時を差していた。
船に戻る途中までバジル君が送ってくれる事になり、私たちは街の大通りを歩きながら他愛も無い話を交えている。
今日は本当に楽しかった!バジル君と一緒にご飯を食べたり、色んなお店を見て回ったり……本当に充実した一日だった。
バジル君の意外な一面も見れて嬉しかった。ちょっと素直じゃない所もあるけど……優しくて、カッコよくて、意外と可愛い所もある……とても良い人だって分かった。
バジル君にはその気は無いかもしれないけど……まるで……デートみたいだった。
尤も、今までデートなんて一度も経験が無いけどね……。ん?でもこれってデートとしてカウントされるのかな?
「……あ、ここまでで良いよ。船からも近くなったから一人でも大丈夫!」
「そうか?」
少しだけ歩き続けると、港へと通じる門まで着いた。
「バジル君……今日はありがとう!一緒に来てくれたお陰で楽しかったよ!」
「……そうか……」
私がお礼を言うと、バジル君は微笑ましそうに笑みを浮かべた。口元をマスクで覆っているから分かりにくいけど……とても温かい笑みである事は伝わった。
「……ねぇ、バジル君……」
「ん?」
「ここでお別れだけど……もしも……また会ったらさ……一緒に遊んでくれる?」
自分で気付いた時にはこう言ってた……。
寂しいけど……バジル君とはここでお別れ。また会えるかどうかは分からないけど……もし会えたら……また一緒に遊びたい。本気でそう思ってる。
すると、バジル君は視線を逸らして…………。
「……あー……参ったな……その時の為にも、もっと働かないとな……」
「え……?」
その時の為に……?
てことは……!
「また……遊んでくれるの!?」
「…………」
バジル君は無言で頷いた……。
「やったぁ!絶対、絶対だよ!約束だからね!」
「分かってるから……全く、本当に無邪気だな……子供みたいに……」
「えへへ♪」
なんだろう……嬉し過ぎて……今は何を言われても気にならない!
また会えるかどうかなんて分からないけど……また遊ぶって約束しただけでも本当に嬉しい!
「あぁ、それと……今更訊くのも変だが……」
「ん〜?」
心が浮いてる最中、バジル君が気まずそうに口を開いた。
「……貴様……名前は?」
「……ほぇ?」
「いや、だから……名前だ。まだ貴様の名前を聞いてなかった」
「あ…………」
あちゃー!そうだった!私、まだ名前を教えてなかった!
「えっとね……メアリー!私の名は……メアリーだよ!」
「そうか……メアリーか……」
「うん!でも……ちょっと可笑しいよね。今になって自己紹介なんてさ!」
「そうだな……」
なんだか……場の空気が一気に和んだ気がした……。
でも悪い気はしなかった。もっとバジル君と仲良くなれた気がして……ちょっと嬉しかった。
「それじゃあバジル君、私……もうそろそろ行くけど……」
「ああ……達者でな」
「また会えたらさ……絶対に……またデートしようね!」
「ああ……って!?デートって、うぉい!?」
バジル君の声を背に、私は駆けだしてその場を去って行った。
私にとって……今日は忘れられない最高の一日となった。
初めて出会った時から気になってたバジル君と一緒に過ごせて……とても幸せだった。
また会いたいな……また遊びたいな……今度は何時遊べるかな……。
「……フフ♪」
船に戻るまで……笑顔になりっぱなしだった。
****************
「……俺は……どうなってしまったんだ……?」
あの女……メアリーが姿を消した後でも……俺は門の前で呆然と立ち尽くしていた。
本当に……俺はどうしたんだ?飯を食い終わった後でも、メアリーと行動を共にして……。
一緒に店を見て回ったり、ダーツなどのゲームで遊んだり、これではまるで…………。
「……はぁ……」
何故だろうか……急な虚無感に苛まれてしまった……。
否、これは虚無感とは言えない。俺は……寂しいと思ってるのか?
俺は……あの女に……メアリーに会いたがってるのか?
「…………」
徐に……懐からハンカチを取り出した。さっき……メアリーが俺に買ってくれたハンカチだ。
何と言うか……楽しかったと思ってる自分がいる。
メアリーと行動を共にして……楽しいと思ってる自分がいる。
ただ……一つだけ否定できない事実がある。
それは……メアリーの笑顔を見て……心が温かくなってる自分がいる事だ。
俺は……メアリーの笑顔が見たいと思ってしまってる。
メアリーの純粋な心に触れて……俺自身が癒されてる。
「何故……だろうな……」
……いや、深く考えるのは止めよう。
徐にその場を後にしようとした……その時!
「バジル殿……こんな所におられましたか」
「ん?」
急に俺を呼ぶ声が聞こえた。反射的にその場を振り返ると……黒いローブに包まれた人物が立っていた。
「……貴様、確かラスポーネルの……」
「おお、瞬時に気付きましたか。流石ですな」
ローブの顔の部分が捲られ、顔が露わになった。
その顔は……やはりラスポーネルの部下である魔術師だった。
「……で、何の用だ?」
「はい、実はですね……少しばかり同行して頂きたいと思いましてねぇ……」
魔術師はニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
こいつ……何か企んでるな。それにしてもラスポーネルの奴……今回は俺の手を借りる気は無いと言ったハズ……。
「俺は必要無いんじゃなかったのか?」
「そのハズだったのですが……念には念をと言う訳でして……いやなに、面倒な作業ではありません。バジル殿はその場を見守り、必要があれば少しだけ手を貸すだけでよろしいのです」
……見守る?手を貸す?意味が分からん……こいつは何を言ってるんだ?
「まぁ、口で説明するよりは実際に来ていただいた方がご理解頂けるかと。と言う訳で、のんびりで構いませんので、ここから北に位置する海岸までお越しください。それでは……」
それだけ説明すると、魔術師は白い煙が発すると同時にその場から姿を消した。恐らく、転移魔法で移動したのだろう。
しかし……ラスポーネルの奴は何を企んでるんだ?
それに……何だ?この胸騒ぎは?大した根拠は無いが……これからとんでもない事が起こりそうだ。
一体……何が…………?
****************
「遅いなぁ……」
船の甲板にて夕陽に染まる海を眺めながらサフィアとピュラの帰りを待っていた。二人が海に出て数時間は経つが……夕方になっても未だに戻ってこない。
あと……メアリーも未だに帰って来てないが、本人曰く『偶然にも親友とばったり会ったから、その人と一緒にお昼を食べて来る』との事。夕方になっても戻って来てないが、恐らく昼食を食べた後も、その友人とやらと遊んでるんだろう。
それは全然構わないが……問題はサフィアとピュラだ。こんな時間になっても帰って来ないとなると……妙に不安になる。
「やぁキッド、まだここに居たのかい?」
「おお、ヘルムか。いや、サフィアとピュラが帰ってくるんじゃないかって思ってな……」
ボーっと海を眺めてると、後ろからヘルムが話しかけてきた。
「もうすぐ帰ってくるさ。気持ちは分かるけど心配し過ぎだよ」
「……ハハ、そうだよな」
まぁ確かに、ちょっと帰りが遅いからって不安になるのも考えものだよな。こうしてる間にも、この船に向かってるハズだから気長に待とうか。
「そう!心配する必要は無いよ!」
「……え?」
突然、何者かの声が聞こえた。恐る恐る背後を振り向くと…………!
「ご機嫌麗しゅう!お初にお目にかかるよ!」
「なっ!?何時の間に…………だ、誰だアンタ!?」
そこには……一人の男が立っていた。
見た目からして……年齢は30代後半辺りだろうか。カールが掛かった髭が特徴的で、どこか品の漂うタキシードを身に纏い、片手にステッキを持ってる。
「うむ、まずは自己紹介から始めようではないか。吾輩の名はラスポーネル。通称『海賊紳士』さ!以後お見知りおきを」
「はぁ……って海賊だと?」
「うむ!吾輩、海賊である!」
ラスポーネルと名乗った男は誇らしげに胸を張って言った。
最近の海賊たちの間ではこんな格好が流行ってるのか?だとしたら理解し難い…………。
「……で、その海賊紳士が何の用だ?」
「あぁ、そうそう……実はだね、今日は君に話があってここに来たのだよ」
ラスポーネルは俺を指差して言った。
…………話?俺にか?
「……今日会ったばかりの人間に話とは……一体どんな用件だ?」
「うむ!単刀直入に言わせてもらおう……」
ラスポーネルは一呼吸置いてからニヤリと不敵な笑みを浮かべながら言った。
「君……持ってるのだろう……黄金の髑髏を」
「!?」
黄金の髑髏…………その言葉を聞いた途端、俺の心臓が一瞬だけ激しく鼓動した。
こいつ……なんでそんな事を知ってるんだ!?
「惚けても無駄だよ。吾輩の部下が調べ尽くしたのだよ。君が伝説の海賊『黒ひげ』の秘宝を……黄金の髑髏を手に入れたとね」
「……ほう……それで?」
「あの髑髏はねぇ……吾輩も狙ってたのだよ。どうしても必要でねぇ……」
「おい……まさか……その黄金の髑髏をよこせ……とでも言う気か?」
俺の問いかけに対し、ラスポーネルは無言でニヤ〜と不気味な笑みを浮かべた。
……成程、その通りって訳か。
「ハッ!そうだとしたら、悪いがお断りだ!アンタにどんな事情があるかは知らねぇけどな、先に手に入れたのは俺たちだ!何の意味も無くアンタに譲ってやる義務も無い!」
「…………ま、そうなるだろうねぇ。吾輩だって、タダで譲ってもらえるなんて思ってないさ」
そう言ってるラスポーネルの表情には明らかに余裕が出ていた。
何なんだ、その自身たっぷりな様子は?こいつ、油断出来ない……!
「……でも、君には吾輩に秘宝を譲らなければならない理由があるのさ」
「……はぁ?そんなのあるわけ……」
「あるとも。その証拠が…………これさ!」
パンパン!
突然、ラスポーネルが手を叩いたかと思うと、その隣に黒い渦のような物が現れた。
そして、黒い渦の中から何かが出てきた。それは…………!
「!?」
俺は……渦から出てきた者を見て言葉を失った。そこには、黒いローブに包まれた人物が一人立っている。
そして……その隣には…………!
「サフィア!」
「キッド!」
サフィアが捕まっていた!赤いクリスタル状の結界に閉じ込められており、両手を結界の壁に付けて俺を見つめている。そしてサフィアを閉じ込めているクリスタルはローブを纏った人物の手の平の上で宙に浮いている。
おそらく……あれは魔術師で、ラスポーネルの部下なのだろう。
「キッド!お願い……助けて!キッド!」
サフィアは怯えた表情で助けを求めてる。
そんな……まさか……サフィアが囚われてるなんて…………!
「いや〜、実はね……ついでに君の周辺の人物についても色々と調べさせてもらったのだよ。このシー・ビショップ……君の妻なのだろう?」
ラスポーネルは勝ち誇ったような笑みを浮かべつつ、カールの髭を撫でながら言った。
この野郎!卑怯な真似しやがって!
「成程……そう言う事か!」
「お!吾輩の言いたい事が分かったようだねぇ!いや〜、話が早くて助かったよ」
「クソ野郎が!!」
ラスポーネルが挑発的な笑みを浮かべた途端、俺の怒りが爆発した。
こいつだけは……絶対に許さねぇ!
「おおっと!まぁここは話を聞きたまえ」
怒りに震えてる俺に構わずラスポーネルは話し始めた。
「良いかい?ここで改めて用件を言おう。分かりやすく言うと……このシー・ビショップの命が欲しかったら、君たちが持ってる黒ひげの秘宝……すなわち黄金の髑髏を吾輩に譲りたまえ!ただし、ここで取引は行わない。まずはこれを見たまえ」
そう言うと、ラスポーネルは懐から丸められた紙を取り出すと、それを俺に投げ渡した。
「良いかい?それは取引場所が書かれたマルアーノの地図だよ。ここから北に位置する海岸が取引場所だ。今から一時間後までに黄金の髑髏を持って、そこまで来たまえ!」
そう言われて、たった今渡された紙を開いてみた。それは確かにマルアーノの地図で、北の海岸に○印が描かれている。ここまで来いと言う事か……!
「あぁ、そうそう!これ、一番重要な事なんだけどね……取引場所には船長である君が一人で来たまえ!」
「……なんだと?」
俺一人で来いだと?どういうつもりだ?
「だって、仮にも複数で来られたら面倒ではないか。事は出来るだけ小さく収めた方が良い。君だってそう思うだろ?」
「…………」
「まぁ、どうしても一人じゃ嫌なら、君の部下を全員引き連れても構わないよ。尤も、一人で来なかったとしたら、この女の命は……」
……無いって言いたいんだろ!言われなくても分かってる!
そう怒鳴りたかったが、変に刺激したらサフィアの身が危ない。俺は込み上げる怒りを必死に抑えた。
「さて、話は終わった。吾輩は先に行って秘宝が来るのを待っていよう。それでは、また後で会おう!」
すると、ラスポーネルは魔術師の後ろにある黒い渦の中へ入った。それに続くように魔術師もサフィアを閉じ込めたクリスタルを連れて黒い渦に入り込む。
「いやぁ!助けて、キッド!」
「サフィア!」
俺は咄嗟にサフィアの下へ駆け寄った……が、その時!魔術師の手から眩い光が放たれた。
「ぐわぁ!」
突然光が目に射し込まれ、不意にも目を覆いつつ立ち止まってしまった。
「うっ……くっ……!」
やがて刺激が弱まり、徐に瞼を開けると……そこには誰も居なかった。
ラスポーネルも、魔術師も、そして…………サフィアも……。
「キッド!大丈夫か!?」
背後からヘルムが俺の肩を叩いて来たが……今の俺には呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……ちく……しょう……畜生!」
何も出来なかった自分が情けなかった……目の前にサフィアが囚われてたのに……俺は……俺は……!
「サフィアーーーーーー!!!」
夕陽が染まる大空に向かって…………大声で叫んだ…………。
12/09/07 23:05更新 / シャークドン
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