第四話 伝説の海賊 『黒ひげ』
目の前に広がるのは……何も無い、闇の世界。
影の様に真っ暗で……光など微塵も感じられない。
辺りを見渡しても……やはり何も無い。
ここは……どこなんだ?俺は何故ここにいるんだ?
自分自身に問いかけても、やはり明確な答えなんて分からなかった。
『……年若き青年よ。我が声を聞け』
「!?」
突然、どこから声が聞こえた。俺は思わず周辺を見回したが、人の気配が全く感じられなかった。
『貴様にとって……失うのを恐れるものは……如何なるものぞ?』
……失うもの?何を言ってるんだ?
『貴様が失うのを恐れるのは……名誉か?財宝か?それとも…………己の命か?』
「…………」
困惑する俺に構わず、声は尚も話し続ける。だが、俺はどう答えれば良いか分からず不意にも黙りこんでしまった。
「……貴様は得ておるか?失うのを防ぐ程の力を……」
「…………ハッ!?」
ここで初めて、誰かの気配を感じ取る事が出来た。俺の勘が正しければ……そいつは……すぐ後ろにいる。
「……誰だ!?」
呼吸を整えて、瞬時に背後を振り返り、声の主の正体を見定めた。
「…………」
そこには……一人の男が立っていた。
年齢は50代後半くらいだろうか。黒い三角帽を被っており、赤地のコートを羽織っている。
鋭い目つきで、胸元までの長さがある黒い髭、右頬の傷……この顔を見た瞬間、俺は何か不思議な感情を抱いた。
この感情は……デジャブか?俺はこの男に会った事があるのか?
今初めて対面したハズなのに……何処かで見たような気がする。
「人間には……誰にでも失うのを恐れるものがある。そして人間の殆どは自らの命を失うのを恐れる。貴様は……その死を恐れるか?ましてや……命の他に失うのを恐れるものが存ずるか?」
「……命より大切なものならあるさ。それも、数え切れない程、沢山……」
髭の男の言葉を聞いた途端、俺の頭にサフィアの姿が浮かんだ。
俺にとってサフィアはかけがえの無い大切な妻だ。サフィアを失うなんて……俺には耐えられない。
だが……俺には他にも守りたいものが沢山ある。妹分のピュラ、親友のヘルム、そして俺を支えてくれる多くの仲間たちもそうだ。
俺には……守りたい人たちが多いのかもな。
「……命より守るべきものなど存在せぬ。そのようなもの、あくまで二の次に過ぎぬわ」
「そんな事は無い!俺には確かに命を掛けても守りたい人が沢山いる!それは俺だけじゃない!誰にだって大切な人は必ずしも存在する!アンタにはそういった人はいないのか!?」
男の言葉が癪に障り、俺は不覚にも声を荒げて反論した。すると、男は半ば呆れたように鼻で笑い飛ばした。
「経験浅き若人よ……『守る』とは如何様なものか……多くの経験を積み、その身を以て知るが良い……」
そう言い放つと、男の姿が徐々に闇の中へ溶け込んでいった。
……待てよ、俺……この男を見た事がある。
そうだ……俺はガキの頃にこの男を見た。
俺の記憶が正しければ……こいつは……こいつは…………!
「待ってくれ!まさかアンタは……アンタは……!」
俺の呼びかけに反応せず、男は闇の中へ完全に潜り込んだ………………。
「……ド……キッド…………キッド!」
「ぅ……うぅん……」
聞き慣れた声が俺を呼び、重い瞼が徐々に開かれた。そこは、何時もの船長室……つまり俺の部屋だった。
……あぁ、そうか……あれは夢だったのか…………。
「キッド、朝ですよ」
ベッドの上で仰向けになってる俺の顔を覗き込みながら、サフィアが温かく微笑んだ。
そう言えば、昨日の夜からサフィアと一晩中ヤリまくってたんだ。
「ああ、おはようサフィア」
重く感じる身体を起こし大きく伸びをしながらサフィアに軽く挨拶した。伸びをしたと同時に背骨がポキポキと音を鳴り、徐々に眠気が覚めて意識が戻ってきた。
……ふと、さっき見ていた夢の光景が頭に浮かんだ。
夢で会ったあの男…………俺は以前、確かにあの男を見た事がある。それもまだ俺が幼い頃に……手配書で。
だが、夢とは言ってもあの威圧感……只ならぬ者ではない。まさか夢の中で噂の男と出会うとはな……。
まぁ、所詮夢は夢。現実に会ったうちにはカウントされない。
何よりも、あの男は……もうこの世には…………。
「キッド、どうしました?もしかして……具合でも悪いのですか?」
考え事をしていると、突然サフィアに話しかけられた。何やら心配そうな表情で俺の顔を見つめている。
おっと、サフィアに余計な心配をさせちゃダメだな。下らない事考えてないで、着替えるとするか。
「心配するなよ。見ての通り元気だ。それより、速く着替えてダイニングに行こう」
「……はい!」
俺は笑いながらサフィアの頭を撫でてやった。サフィアの方も安心したらしく嬉しそうに微笑んできた。
……でも、夢とは言えただ事とは思えない。
不意にも夢で会った男の通称をポツリと呟いてしまった……。
「黒ひげ…………」
===========
あの後、身だしなみを整えた俺はサフィアを連れてダイニングへ赴き、仲間たちと一緒に朝食を食べていた。
「う〜ん♪やっぱり楓ちゃんの料理は美味しい!ね〜、ピュラちゃん!」
「うん!」
俺の向かい側に座っているメアリーは美味しそうにスクランブルエッグを頬張っている。メアリーの隣に座ってるピュラも首を縦に振って賛同の意を示した。
メアリーは昨日から船に泊めてやってるが、中々好感の持てるリリムだ。船の仕事を手伝ってくれるし、時間があればピュラと遊んでくれるし、俺の思った通り良い奴だよ。
「……しっかし、見事な食いっぷりだな。よっぽど腹が減ってたのか?」
「ううん、やっぱり沢山の人たちと一緒に食べると楽しくてね!」
俺の質問に対し、メアリーは明るい笑みを浮かべながら答えた。
……そう言えば、よくよく考えたらメアリーは独りで海賊をやってたんだよな。
てことは、やっぱり飯は独りで食べるのが殆どだったんだろうな。寂しかっただろうに…………
「……まぁ、ここまで来るのは大変だっただろ?この船で良ければゆっくり身体を休ませとけよ」
「……うん!ありがとう、キッド君!」
メアリーはどこか嬉しそうに笑いながら言った。
何と言うか、歳は俺とそんなに変わらないように見えるんだが……どこか子供っぽい感じがするよな……。
「そう言えば、メアリーさんってどうして海賊になったのですか?」
ふと、俺の隣で紅茶を啜っていたサフィアが口を開いた。サフィアの質問に対し、メアリーは手を顎に添えて何か考える仕草を見せながら答えた。
「う〜ん、一番の理由はやっぱり海を冒険したかったから……かな?」
「冒険?」
メアリーは無邪気な笑みを浮かべながら話し始めた。
「私ってさ、子供の頃から海が大好きなんだ!お姉さんたちに海に連れてって貰って、果てしなく広くて遥か彼方まで続いてる海を目の当たりにしてから海の虜になっちゃってね。『この広い海の先には何があるんだろう?この海は何処まで続いてるのかな?』って思うようになって、自分の目で確かめたくて冒険の旅をする事に決めたんだ!」
「へぇ……なんだかロマンチックで素敵ですね」
「えへへ、そうかな?」
サフィアの言葉にメアリーは照れ臭そうに頭を掻いた。
海を冒険する為か……夢のある良い理由だ。だが、ここで一つ疑問に思う事があった。
「そりゃ結構な事だが……なんでわざわざ海賊になったんだ?冒険が理由なら、別に海賊になる必要も無いんじゃないか?」
俺の質問に対し、メアリーは何処か懐かしげに答えた。
「私、実は海賊にも憧れてたんだ。海賊って野蛮で粗悪なイメージがあるけど、中には良い人だっているし、実際に良い海賊にも会った事があるからね。どうせ海の冒険に出るなら、私もそんな人たちみたいな海賊として旅に出たいって思ったの」
「へぇ〜、成程な……」
メアリーが言ってる『良い海賊』ってのは、恐らく無闇に略奪を繰り返さない海賊の事を言ってるのだろう。
自分から言うのもアレだが、俺だってそうだ。一般市民から略奪なんて絶対にやらない。それが俺のポリシーだからな。
「……あ!そう言えばさ、今思い出したんだけど……」
突然、オレンジジュースを飲んでいたメアリーが何かを思い出したかのように声を上げた。
「キッド君、あの秘宝は手に入れたの?」
「……秘宝?」
「ほら、この島のダンジョンに眠ってる秘宝だよ」
「ああ、あれか……」
メアリーの言葉でようやく意味を理解した。メアリーが言ってるのはダンジョンにいるエキドナのアンが所有している秘宝の事か。
そう言えば、例の件について未だにアンの返答を聞いてなかったな。時間があれば、またあいつの下を訪ねに……いや、あの帰り道のトラップを二度も喰らうのは御免だ。何とか回避できないものか……。
「……で、どうなの?秘宝は見つかったの?」
「ああ、それがな………………(以下省略)……ってな訳で……」
「あら、そんな事が……」
俺はダンジョンでの出来事を事細かに説明した。メアリーの方は納得したかのように何度も頷いて相槌を打った。
「って事は、キッド君たちも未だに秘宝の正体が分かってないの?」
「ああ、残念だけどその通りだ。秘宝があるのは間違いないんだろうけど、交渉が成立しなかったら秘宝の正体は迷宮入りだな」
「……やっぱりキッド君って変わってるね」
「は?」
……変わってる?俺が?
首を傾げてる俺を微笑ましそうに見ながらメアリーは言った。
「キッド君だって海賊でしょ?力づくでもお宝を手に入れるのが普通の海賊のやり方なのに、キッド君はそうしない。相手の事を考えた上での解決法を取ってる。なんだか普通の海賊とは違う気がするなって……」
ああ、そう言う事か。確かに海賊らしくない方法だ。だが、それが俺のやり方だし、これからも変える気は無い。
「あのエキドナにだって事情があるんだ。何も悪い事はしてない。罪の無い人に手を上げるなんて真似は出来ないからな」
「……ウフフ、キッドは本当に優しいですね。流石は私の旦那様です」
「おいおい、よせよサフィア……」
隣から寄りかかって甘えて来るサフィアの頭を撫でてやった。
「……あっれ〜?なんでだろ〜な〜?急に暑くなったのは気のせいかな〜♪」
「……あ、あはははは……失礼しました……」
からかうような視線でこちらを見てるメアリーに気付き、サフィアは顔を真っ赤に染めながら慌てて姿勢を正した。
……やれやれ、なんで毎回リリムには頭が上がらないんだろうな…………。
〜〜〜数時間後〜〜〜
「はぁ……まだ決めてなかったのか……」
「そう言うなよ。思い悩んでる最中に詰め寄ったら可哀想だろ?You see?」
「まぁ、そうだよな……」
現在の時刻は午後五時半を指し、辺りがすっかり暗くなってきている。俺はオリヴィアを連れてエキドナのアンがいるダンジョンに伺い用件を済ませた後、まっすぐ船に帰って来た。
用件と言うのは、夫を探す報酬として秘宝を譲る件についてだが、アンの方は未だに結論を出していなかったようだ。
俺としては、明日には島を出る予定だから早めに決めて欲しかったんだが……まぁ、急かしても意味無いから気長に待つとするか。
「ただいま〜」
「あら、キッド、オリヴィアさん、お帰りなさい」
「あ、二人ともお帰り〜」
船の甲板に上がると、そこにはサフィアとメアリーが甲板に立っていた。
「なんだ、ピュラはどうしたんだ?さっきメアリーと遊んでたような……」
「ピュラちゃんは遊び疲れちゃってお昼寝中なんだ」
「ああ、そうか」
さっきまでメアリーと遊んでいたピュラは疲れて寝ちゃってるようだ。
まぁでも、歳が離れてるとは言え一緒に遊んでくれてピュラも嬉しいんだろうな。
「で、秘宝はどうなったの?手に入れられそう?」
「いや、それがまだ決めてないみたいなんだ」
「そっか……あ〜、見てみたいな……一度で良いから見たいな〜!」
メアリーは真っ先に秘宝について訊いてきた。
しかし、興味があるとは言え凄い執着心だな。今すぐ見たいって顔に書いてあるのがバレバレだ。
「……そんなに見たいのか?」
「だって、凄いと思わない!?あの伝説の海賊の秘宝だよ!それが見れるなんてワクワクしちゃうよ!」
「……は?」
気のせいか?今、伝説の海賊って言ったような……?
「……今、なんて言った?」
「え?いや、だから伝説の海賊の秘宝が見れるとなるとワクワクするって……」
「伝説の……海賊?」
まさか……俺たちが求めていたのは別の海賊の秘宝だったのか?
「……え?もしかして……今まで知らなかったの?」
「…………ああ、たった今知った……」
「あらら……私てっきり知ってたのかと……」
メアリーは苦笑いを浮かべながら言った。
……いや、しょうがないだろ。元はと言えば秘宝の海図は別の海賊から取りあげた物だったんだし………。
「と言う事は……一体誰が隠した秘宝なのかってのも……知らないかな?」
「ああ、知らんな」
メアリーの質問に対し、俺は首を横に振って答えた。
……待てよ、メアリーは知ってるのか?ダンジョンの秘宝が、どこの海賊の秘宝なのかを…………。
「アンタは知ってるのか?どんな海賊が秘宝をダンジョンに眠らせたのか……」
「うん、知ってるよ。確証は無いけど、十分信憑性はあるよ。多分名前を聞けば分かるんじゃないかな?」
名前を聞くだけで?それ程有名な海賊なのか?それは興味深い。
「で、その海賊の名前は?」
「うん、その人の名前は…………」
メアリーは一呼吸置いてから言葉を発した。
「ティーチ・ディスパー。通称『黒ひげ』だよ」
「へぇ、黒ひげか……って、えぇ!? 黒ひげ!?」
黒ひげの名前を聞いた途端、驚かずにはいられなかった。
「やっぱり知ってるみたいだね」
「そりゃ知ってるさ!数十年以上も前に大海原を暴れまわっていた海賊だろ!?」
「そうそう!壮絶な最期を迎えた事でも有名だよね!」
「ああ、海賊界において黒ひげの名前を知らない奴なんて殆どいないだろ!」
「だよね〜!」
俺とメアリーは少しばかり興奮気味に黒ひげについて語り合った。
まさか、ここでそんな大物の名前を聞くなんて思ってなかった…………。
何かの因果かな……夢で出会ったのも秘宝と関係があるのかもしれないな。
思い過ごしかもしれないけど…………。
「Please wait,黒ひげって誰なんだ?そんなに凄い人なのか?」
「私も知りたいです。キッドはご存知なのですか?」
突然、サフィアとオリヴィアが口を挟んできた。
この二人は黒ひげについて何も知らないみたいだな。よし、俺が黒ひげについて色々と話すとするか。
「黒ひげは遥か昔に実在していた伝説の海賊なんだ。それで……」
俺は徐に黒ひげについての説明を始めた…………
###########
遠い遥か昔の時代にて
かつて、全世界から恐れられていた伝説の海賊が存在していた。
その名はティーチ・ディスパー。
通称『黒ひげ』と呼ばれていた。
冷酷かつ残虐極まりない性格であり、女や子供を躊躇う事無く虐殺したり、部下や同胞を裏切ったりと、
己の欲を満たす為ならば如何なる手段も問わなかったとか。
黒ひげ自身の戦闘力も高く、あらゆる物でも容易く破壊出来る程の力を秘めていた。
その為、人間や魔物に限らず、誰もが黒ひげに恐怖を抱いていた。
黒ひげを海の悪魔と信じる者も少なくなかった。
しかし、黒ひげの海賊としての人生に幕が下ろされる事件が起きた。
それは今から約30年前のこと、
黒ひげの悪行を終わらせる為に、教団に所属していた一人の勇者が現れた。
そして海に浮かぶ一つの島にて、黒ひげと勇者の決闘が始まった。
数時間にも及ぶ長い戦いの末に、遂に決着が着いた。
その結果、教団の勇者が見事に勝利を得た。
しかし、瀕死の状態である黒ひげが最期の悪あがきに出た。
何と、自らの力を全て使い、島の地面を真っ二つに割ったのだ。
黒ひげとの戦いで満身創痍となった勇者はなす術も無く地面の割れ目に墜落してしまう。
対する黒ひげも己の死を受け入れ、奈落の底へ身投げした。
こうして、伝説の海賊と教団の勇者、
この二人の戦いは結果的には勇者が勝利を収めたものの、
最後には両者ともに命を落とす衝撃の結末となった。
黒ひげ亡き後でも、黒ひげが航海の末に手に入れた秘宝は未だに誰の手にも渡っておらず、
世界中の何処かに眠っているとの噂がある。
しかし、黒ひげ自体は実在していたものの、秘宝の真偽は定かではなく、
実際に秘宝を目にした者は誰一人として存在していなかった。
###########
「……って事だ。俺が知ってるのはこれくらいだ」
「へぇ〜!30年も前にそんな事があったのですね!」
「黒ひげかぁ……何か珍しい武器でも持ってたのかな?」
俺の話を聞いたサフィアとオリヴィアは興味深そうな素振りを見せた。
黒ひげなら実際に会った事は無いが、顔だけなら手配書で見た事がある。
幼いころに元海賊だった叔父さんから本物の黒ひげの手配書を見せて貰った事があるし、黒ひげがどういった人物なのかも聞かせて貰った事もある。
今俺が話した黒ひげの伝説も、叔父さんから聞かされたものだ。
「仮にもこの島のダンジョンの秘宝が黒ひげの秘宝だと考えたら……それだけで興奮しちゃうでしょ?」
さっきまで黙って俺の話を聞いてたメアリーが言ってきた。
確かに、あのダンジョンの秘宝が元々黒ひげの物だったとしたら希少価値の高いお宝に違いない!
ヤバいな、そう思うと余計に欲しくなってきた!
「こりゃアンからの返答が待ち遠しいな!出来れば明日の昼過ぎまでには…………」
ヒュゥゥゥゥゥ………………
「!?」
これは……人の気配!?
俺は慌てて周囲を見渡すが、船にいるのは俺とサフィア、オリヴィアとメアリー、それ以外は誰もいなかった。
……いや、待てよ……この気配、前にも感じた事がある。そうだ、確か昨日の……!
「……キャプテン、私の気のせいじゃなかったら……」
「……ああ、誰かいるぞ……!」
「やっぱりな……どこからか視線を感じる……」
オリヴィアも気配を感じたのか、身構えて警戒している。サフィアとメアリーは戸惑いを隠せず、キョロキョロと辺りを見渡していた。
落ち着け、落ちつけ…………気を集中させて……耳を澄ませて…………!
間違いなく誰かいる!そいつは……そいつは……空!?
「そこだぁ!!」
俺はすかさず腰に携えてるショットガンを抜き取り、頭上目がけて発砲した。
そこには……間違いなく人の姿があった。
「はっ!」
人らしき影は素早く弾を避けて華麗に船の船首に着地した。
「……成程、やはり一筋縄ではいかないか」
船の船首に着地した人物は徐にその場で振り返り正体を現した。
こいつは見るからに……若い人間の男のようだな。
茶色の髪で、口元をマスクらしき物で覆っている。だが、それより一際目立つのは男の背中に掛けられてる二本のランスだった。
「どうした!?今、銃声が聞こえたような……!」
ショットガンの発砲音を聞きつけたのか、船の内部からヘルムが飛び出て来た。
「おう、ヘルム。今ちょっと変な客人が来たもんでな…………」
「変な客……ハッ!?」
ヘルムは船の船首にいる男を見ると、目を見開いてひどく驚いた様子を見せた。
なんだ?このヘルムの反応……何か知ってるのか?まさか知り合いか何かって訳じゃないだろうな?
「……誰なんだ、アンタ?こんな時間に何の用だ?」
「俺の名はバジル。賞金稼ぎだ」
一旦ショットガンを腰のホルダーに戻しつつ質問する俺に対し、バジルと名乗った男は素っ気なく答えた。
賞金稼ぎだと?なんでそんな奴が俺たちの前に現れた?
「ほう、賞金稼ぎか……まさか、俺の首を狩る為にわざわざここまで来たんじゃないだろうな?」
「まぁ、本来ならそうするところだが……貴様の首はあくまで二番目の目的だ」
「二番目?どういう意味だ?」
「一番目の目的を達成したら、ついでに貴様の首を頂くつもりだ」
おいおい、ついで呼ばわりかよ。言ってくれるじゃねぇか。
「で、一番目の目的ってのは何だ?」
「あまり気が乗らない目的だが……この島の秘宝を頂きに来た」
「……なんだと?」
このバジルとか言う賞金稼ぎも黒ひげの秘宝が目的か。
だが、なんか引っかかるな。一番の目的の割には気が乗らないって……まるで誰かに命じられてるような言い方だ。
「……次は俺から問おう。貴様がこの船の船長か?」
「ああ、そうだ」
「やはりそうか……ではもう一つ訊くが、貴様らは既に秘宝を手に入れたか?」
「……そうだと言ったら?」
俺の挑発的な返しにバジルは鼻で笑い飛ばした。
「フン!どちらでも構わん。持っていても、そうでなくても、貴様の首を狩った後でも問題無い」
そう言い放つと、バジルは大きく弧を描いて跳躍し、華麗に島に着地した。
「さぁ、来い!俺と戦え!」
バジルは挑発的にも手を振って掛かってくるよう促した。
やる気らしいな…………上等だ!
「オリヴィア!サフィアとメアリーを頼む!」
返答を待たずして俺は勢いよく船から飛び下り、バジルの前まで駆け寄って腰の長剣とショットガンを抜き取った。
「そうだ……思い出した!キッド!その男は危険だ!」
突然、背後からヘルムが大声で叫んだ。
ヘルムがあんなに警戒するなんて久しぶりだな。やっぱり何か知ってるようだな…………。
「……何が危険なんだ?」
「その男は『100人斬り』の異名を持つ実力者だ!」
……100人斬り……だと?
「今から数年前、たった一人の賞金稼ぎが100人にも及ぶ海賊の集団を一人残らず討ち取った事件が起きたんだ!今キッドの目の前にいる男こそ、その100斬りを達成した賞金稼ぎだ!」
「!?」
……成程、相当の実力者である事には間違いないって訳か。
それ程腕の立つ賞金稼ぎが俺の首を狩りに来るとは……俺も少しは名を上げたか?
って、そんな下らん事思ってる場合じゃないな。
「……フン、100人斬りなど小さい話だ。どれ程の大物を狩るかどうかが基本だ」
バジルは軽く手を振って話をあしらった。
100人斬りの話は本当らしいが、こいつにとってそんなの小話程度でしか考えてないんだろうな。
これは……骨が折れそうだ。
ドォォォン!!
「な、なんだ!?」
突然、海の方角から大砲の音が響き渡った。咄嗟に振り返ると、そこには大きめの船がこちらに向かって進んでくるのが見えた。
あれは……海賊船か!?クソッ!!なんでこんな時に!?
「……なんだ、やっと来たのか。やはり俺の鳥の方が速いな」
「なに!?まさかアンタの差し金か!?」
まさかあの海にいる海賊……バジルが率いてきたのか!?
賞金稼ぎが海賊と組むなんて、冗談にも程があるだろ!
「勘違いするな。俺は仕方なく奴らを連れてきただけだ。倒すんだったら好き勝手にやってくれて構わない」
「なんだ?やってもいいのか?」
「ああ、尤も……貴様はやられる側になる訳だがな!」
バジルは俺を睨みつつ、背中のランスを二本同時に抜き取って戦闘の構えに入った。
…………上等だ!ぶっ飛ばしてやる!
「ヘルム!俺はこいつと戦うから、お前は船を出してあの海賊たちの相手を頼む!その時の指揮は任せたぞ!」
「……分かった!」
「キッド……!」
「サフィア!怪我しないように船の中で待っててくれよ!」
船にいるヘルムに海賊の相手を任せ、更にサフィアを安心させる為に笑顔で片手を上げて余裕を見せた。そして、俺はバジルとの戦闘に挑んだ。
「貴様の首はどれ程の価値だろうな?」
「知りたいんだったら、その身を持って味わってみろ」
互いに睨みあい、辺りに静寂が漂う。
そして…………!
「ウォォォォォォ!!」
「ハァァァァァァ!!」
俺とバジル…………海賊と賞金稼ぎの戦いが始まった!!
影の様に真っ暗で……光など微塵も感じられない。
辺りを見渡しても……やはり何も無い。
ここは……どこなんだ?俺は何故ここにいるんだ?
自分自身に問いかけても、やはり明確な答えなんて分からなかった。
『……年若き青年よ。我が声を聞け』
「!?」
突然、どこから声が聞こえた。俺は思わず周辺を見回したが、人の気配が全く感じられなかった。
『貴様にとって……失うのを恐れるものは……如何なるものぞ?』
……失うもの?何を言ってるんだ?
『貴様が失うのを恐れるのは……名誉か?財宝か?それとも…………己の命か?』
「…………」
困惑する俺に構わず、声は尚も話し続ける。だが、俺はどう答えれば良いか分からず不意にも黙りこんでしまった。
「……貴様は得ておるか?失うのを防ぐ程の力を……」
「…………ハッ!?」
ここで初めて、誰かの気配を感じ取る事が出来た。俺の勘が正しければ……そいつは……すぐ後ろにいる。
「……誰だ!?」
呼吸を整えて、瞬時に背後を振り返り、声の主の正体を見定めた。
「…………」
そこには……一人の男が立っていた。
年齢は50代後半くらいだろうか。黒い三角帽を被っており、赤地のコートを羽織っている。
鋭い目つきで、胸元までの長さがある黒い髭、右頬の傷……この顔を見た瞬間、俺は何か不思議な感情を抱いた。
この感情は……デジャブか?俺はこの男に会った事があるのか?
今初めて対面したハズなのに……何処かで見たような気がする。
「人間には……誰にでも失うのを恐れるものがある。そして人間の殆どは自らの命を失うのを恐れる。貴様は……その死を恐れるか?ましてや……命の他に失うのを恐れるものが存ずるか?」
「……命より大切なものならあるさ。それも、数え切れない程、沢山……」
髭の男の言葉を聞いた途端、俺の頭にサフィアの姿が浮かんだ。
俺にとってサフィアはかけがえの無い大切な妻だ。サフィアを失うなんて……俺には耐えられない。
だが……俺には他にも守りたいものが沢山ある。妹分のピュラ、親友のヘルム、そして俺を支えてくれる多くの仲間たちもそうだ。
俺には……守りたい人たちが多いのかもな。
「……命より守るべきものなど存在せぬ。そのようなもの、あくまで二の次に過ぎぬわ」
「そんな事は無い!俺には確かに命を掛けても守りたい人が沢山いる!それは俺だけじゃない!誰にだって大切な人は必ずしも存在する!アンタにはそういった人はいないのか!?」
男の言葉が癪に障り、俺は不覚にも声を荒げて反論した。すると、男は半ば呆れたように鼻で笑い飛ばした。
「経験浅き若人よ……『守る』とは如何様なものか……多くの経験を積み、その身を以て知るが良い……」
そう言い放つと、男の姿が徐々に闇の中へ溶け込んでいった。
……待てよ、俺……この男を見た事がある。
そうだ……俺はガキの頃にこの男を見た。
俺の記憶が正しければ……こいつは……こいつは…………!
「待ってくれ!まさかアンタは……アンタは……!」
俺の呼びかけに反応せず、男は闇の中へ完全に潜り込んだ………………。
「……ド……キッド…………キッド!」
「ぅ……うぅん……」
聞き慣れた声が俺を呼び、重い瞼が徐々に開かれた。そこは、何時もの船長室……つまり俺の部屋だった。
……あぁ、そうか……あれは夢だったのか…………。
「キッド、朝ですよ」
ベッドの上で仰向けになってる俺の顔を覗き込みながら、サフィアが温かく微笑んだ。
そう言えば、昨日の夜からサフィアと一晩中ヤリまくってたんだ。
「ああ、おはようサフィア」
重く感じる身体を起こし大きく伸びをしながらサフィアに軽く挨拶した。伸びをしたと同時に背骨がポキポキと音を鳴り、徐々に眠気が覚めて意識が戻ってきた。
……ふと、さっき見ていた夢の光景が頭に浮かんだ。
夢で会ったあの男…………俺は以前、確かにあの男を見た事がある。それもまだ俺が幼い頃に……手配書で。
だが、夢とは言ってもあの威圧感……只ならぬ者ではない。まさか夢の中で噂の男と出会うとはな……。
まぁ、所詮夢は夢。現実に会ったうちにはカウントされない。
何よりも、あの男は……もうこの世には…………。
「キッド、どうしました?もしかして……具合でも悪いのですか?」
考え事をしていると、突然サフィアに話しかけられた。何やら心配そうな表情で俺の顔を見つめている。
おっと、サフィアに余計な心配をさせちゃダメだな。下らない事考えてないで、着替えるとするか。
「心配するなよ。見ての通り元気だ。それより、速く着替えてダイニングに行こう」
「……はい!」
俺は笑いながらサフィアの頭を撫でてやった。サフィアの方も安心したらしく嬉しそうに微笑んできた。
……でも、夢とは言えただ事とは思えない。
不意にも夢で会った男の通称をポツリと呟いてしまった……。
「黒ひげ…………」
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あの後、身だしなみを整えた俺はサフィアを連れてダイニングへ赴き、仲間たちと一緒に朝食を食べていた。
「う〜ん♪やっぱり楓ちゃんの料理は美味しい!ね〜、ピュラちゃん!」
「うん!」
俺の向かい側に座っているメアリーは美味しそうにスクランブルエッグを頬張っている。メアリーの隣に座ってるピュラも首を縦に振って賛同の意を示した。
メアリーは昨日から船に泊めてやってるが、中々好感の持てるリリムだ。船の仕事を手伝ってくれるし、時間があればピュラと遊んでくれるし、俺の思った通り良い奴だよ。
「……しっかし、見事な食いっぷりだな。よっぽど腹が減ってたのか?」
「ううん、やっぱり沢山の人たちと一緒に食べると楽しくてね!」
俺の質問に対し、メアリーは明るい笑みを浮かべながら答えた。
……そう言えば、よくよく考えたらメアリーは独りで海賊をやってたんだよな。
てことは、やっぱり飯は独りで食べるのが殆どだったんだろうな。寂しかっただろうに…………
「……まぁ、ここまで来るのは大変だっただろ?この船で良ければゆっくり身体を休ませとけよ」
「……うん!ありがとう、キッド君!」
メアリーはどこか嬉しそうに笑いながら言った。
何と言うか、歳は俺とそんなに変わらないように見えるんだが……どこか子供っぽい感じがするよな……。
「そう言えば、メアリーさんってどうして海賊になったのですか?」
ふと、俺の隣で紅茶を啜っていたサフィアが口を開いた。サフィアの質問に対し、メアリーは手を顎に添えて何か考える仕草を見せながら答えた。
「う〜ん、一番の理由はやっぱり海を冒険したかったから……かな?」
「冒険?」
メアリーは無邪気な笑みを浮かべながら話し始めた。
「私ってさ、子供の頃から海が大好きなんだ!お姉さんたちに海に連れてって貰って、果てしなく広くて遥か彼方まで続いてる海を目の当たりにしてから海の虜になっちゃってね。『この広い海の先には何があるんだろう?この海は何処まで続いてるのかな?』って思うようになって、自分の目で確かめたくて冒険の旅をする事に決めたんだ!」
「へぇ……なんだかロマンチックで素敵ですね」
「えへへ、そうかな?」
サフィアの言葉にメアリーは照れ臭そうに頭を掻いた。
海を冒険する為か……夢のある良い理由だ。だが、ここで一つ疑問に思う事があった。
「そりゃ結構な事だが……なんでわざわざ海賊になったんだ?冒険が理由なら、別に海賊になる必要も無いんじゃないか?」
俺の質問に対し、メアリーは何処か懐かしげに答えた。
「私、実は海賊にも憧れてたんだ。海賊って野蛮で粗悪なイメージがあるけど、中には良い人だっているし、実際に良い海賊にも会った事があるからね。どうせ海の冒険に出るなら、私もそんな人たちみたいな海賊として旅に出たいって思ったの」
「へぇ〜、成程な……」
メアリーが言ってる『良い海賊』ってのは、恐らく無闇に略奪を繰り返さない海賊の事を言ってるのだろう。
自分から言うのもアレだが、俺だってそうだ。一般市民から略奪なんて絶対にやらない。それが俺のポリシーだからな。
「……あ!そう言えばさ、今思い出したんだけど……」
突然、オレンジジュースを飲んでいたメアリーが何かを思い出したかのように声を上げた。
「キッド君、あの秘宝は手に入れたの?」
「……秘宝?」
「ほら、この島のダンジョンに眠ってる秘宝だよ」
「ああ、あれか……」
メアリーの言葉でようやく意味を理解した。メアリーが言ってるのはダンジョンにいるエキドナのアンが所有している秘宝の事か。
そう言えば、例の件について未だにアンの返答を聞いてなかったな。時間があれば、またあいつの下を訪ねに……いや、あの帰り道のトラップを二度も喰らうのは御免だ。何とか回避できないものか……。
「……で、どうなの?秘宝は見つかったの?」
「ああ、それがな………………(以下省略)……ってな訳で……」
「あら、そんな事が……」
俺はダンジョンでの出来事を事細かに説明した。メアリーの方は納得したかのように何度も頷いて相槌を打った。
「って事は、キッド君たちも未だに秘宝の正体が分かってないの?」
「ああ、残念だけどその通りだ。秘宝があるのは間違いないんだろうけど、交渉が成立しなかったら秘宝の正体は迷宮入りだな」
「……やっぱりキッド君って変わってるね」
「は?」
……変わってる?俺が?
首を傾げてる俺を微笑ましそうに見ながらメアリーは言った。
「キッド君だって海賊でしょ?力づくでもお宝を手に入れるのが普通の海賊のやり方なのに、キッド君はそうしない。相手の事を考えた上での解決法を取ってる。なんだか普通の海賊とは違う気がするなって……」
ああ、そう言う事か。確かに海賊らしくない方法だ。だが、それが俺のやり方だし、これからも変える気は無い。
「あのエキドナにだって事情があるんだ。何も悪い事はしてない。罪の無い人に手を上げるなんて真似は出来ないからな」
「……ウフフ、キッドは本当に優しいですね。流石は私の旦那様です」
「おいおい、よせよサフィア……」
隣から寄りかかって甘えて来るサフィアの頭を撫でてやった。
「……あっれ〜?なんでだろ〜な〜?急に暑くなったのは気のせいかな〜♪」
「……あ、あはははは……失礼しました……」
からかうような視線でこちらを見てるメアリーに気付き、サフィアは顔を真っ赤に染めながら慌てて姿勢を正した。
……やれやれ、なんで毎回リリムには頭が上がらないんだろうな…………。
〜〜〜数時間後〜〜〜
「はぁ……まだ決めてなかったのか……」
「そう言うなよ。思い悩んでる最中に詰め寄ったら可哀想だろ?You see?」
「まぁ、そうだよな……」
現在の時刻は午後五時半を指し、辺りがすっかり暗くなってきている。俺はオリヴィアを連れてエキドナのアンがいるダンジョンに伺い用件を済ませた後、まっすぐ船に帰って来た。
用件と言うのは、夫を探す報酬として秘宝を譲る件についてだが、アンの方は未だに結論を出していなかったようだ。
俺としては、明日には島を出る予定だから早めに決めて欲しかったんだが……まぁ、急かしても意味無いから気長に待つとするか。
「ただいま〜」
「あら、キッド、オリヴィアさん、お帰りなさい」
「あ、二人ともお帰り〜」
船の甲板に上がると、そこにはサフィアとメアリーが甲板に立っていた。
「なんだ、ピュラはどうしたんだ?さっきメアリーと遊んでたような……」
「ピュラちゃんは遊び疲れちゃってお昼寝中なんだ」
「ああ、そうか」
さっきまでメアリーと遊んでいたピュラは疲れて寝ちゃってるようだ。
まぁでも、歳が離れてるとは言え一緒に遊んでくれてピュラも嬉しいんだろうな。
「で、秘宝はどうなったの?手に入れられそう?」
「いや、それがまだ決めてないみたいなんだ」
「そっか……あ〜、見てみたいな……一度で良いから見たいな〜!」
メアリーは真っ先に秘宝について訊いてきた。
しかし、興味があるとは言え凄い執着心だな。今すぐ見たいって顔に書いてあるのがバレバレだ。
「……そんなに見たいのか?」
「だって、凄いと思わない!?あの伝説の海賊の秘宝だよ!それが見れるなんてワクワクしちゃうよ!」
「……は?」
気のせいか?今、伝説の海賊って言ったような……?
「……今、なんて言った?」
「え?いや、だから伝説の海賊の秘宝が見れるとなるとワクワクするって……」
「伝説の……海賊?」
まさか……俺たちが求めていたのは別の海賊の秘宝だったのか?
「……え?もしかして……今まで知らなかったの?」
「…………ああ、たった今知った……」
「あらら……私てっきり知ってたのかと……」
メアリーは苦笑いを浮かべながら言った。
……いや、しょうがないだろ。元はと言えば秘宝の海図は別の海賊から取りあげた物だったんだし………。
「と言う事は……一体誰が隠した秘宝なのかってのも……知らないかな?」
「ああ、知らんな」
メアリーの質問に対し、俺は首を横に振って答えた。
……待てよ、メアリーは知ってるのか?ダンジョンの秘宝が、どこの海賊の秘宝なのかを…………。
「アンタは知ってるのか?どんな海賊が秘宝をダンジョンに眠らせたのか……」
「うん、知ってるよ。確証は無いけど、十分信憑性はあるよ。多分名前を聞けば分かるんじゃないかな?」
名前を聞くだけで?それ程有名な海賊なのか?それは興味深い。
「で、その海賊の名前は?」
「うん、その人の名前は…………」
メアリーは一呼吸置いてから言葉を発した。
「ティーチ・ディスパー。通称『黒ひげ』だよ」
「へぇ、黒ひげか……って、えぇ!? 黒ひげ!?」
黒ひげの名前を聞いた途端、驚かずにはいられなかった。
「やっぱり知ってるみたいだね」
「そりゃ知ってるさ!数十年以上も前に大海原を暴れまわっていた海賊だろ!?」
「そうそう!壮絶な最期を迎えた事でも有名だよね!」
「ああ、海賊界において黒ひげの名前を知らない奴なんて殆どいないだろ!」
「だよね〜!」
俺とメアリーは少しばかり興奮気味に黒ひげについて語り合った。
まさか、ここでそんな大物の名前を聞くなんて思ってなかった…………。
何かの因果かな……夢で出会ったのも秘宝と関係があるのかもしれないな。
思い過ごしかもしれないけど…………。
「Please wait,黒ひげって誰なんだ?そんなに凄い人なのか?」
「私も知りたいです。キッドはご存知なのですか?」
突然、サフィアとオリヴィアが口を挟んできた。
この二人は黒ひげについて何も知らないみたいだな。よし、俺が黒ひげについて色々と話すとするか。
「黒ひげは遥か昔に実在していた伝説の海賊なんだ。それで……」
俺は徐に黒ひげについての説明を始めた…………
###########
遠い遥か昔の時代にて
かつて、全世界から恐れられていた伝説の海賊が存在していた。
その名はティーチ・ディスパー。
通称『黒ひげ』と呼ばれていた。
冷酷かつ残虐極まりない性格であり、女や子供を躊躇う事無く虐殺したり、部下や同胞を裏切ったりと、
己の欲を満たす為ならば如何なる手段も問わなかったとか。
黒ひげ自身の戦闘力も高く、あらゆる物でも容易く破壊出来る程の力を秘めていた。
その為、人間や魔物に限らず、誰もが黒ひげに恐怖を抱いていた。
黒ひげを海の悪魔と信じる者も少なくなかった。
しかし、黒ひげの海賊としての人生に幕が下ろされる事件が起きた。
それは今から約30年前のこと、
黒ひげの悪行を終わらせる為に、教団に所属していた一人の勇者が現れた。
そして海に浮かぶ一つの島にて、黒ひげと勇者の決闘が始まった。
数時間にも及ぶ長い戦いの末に、遂に決着が着いた。
その結果、教団の勇者が見事に勝利を得た。
しかし、瀕死の状態である黒ひげが最期の悪あがきに出た。
何と、自らの力を全て使い、島の地面を真っ二つに割ったのだ。
黒ひげとの戦いで満身創痍となった勇者はなす術も無く地面の割れ目に墜落してしまう。
対する黒ひげも己の死を受け入れ、奈落の底へ身投げした。
こうして、伝説の海賊と教団の勇者、
この二人の戦いは結果的には勇者が勝利を収めたものの、
最後には両者ともに命を落とす衝撃の結末となった。
黒ひげ亡き後でも、黒ひげが航海の末に手に入れた秘宝は未だに誰の手にも渡っておらず、
世界中の何処かに眠っているとの噂がある。
しかし、黒ひげ自体は実在していたものの、秘宝の真偽は定かではなく、
実際に秘宝を目にした者は誰一人として存在していなかった。
###########
「……って事だ。俺が知ってるのはこれくらいだ」
「へぇ〜!30年も前にそんな事があったのですね!」
「黒ひげかぁ……何か珍しい武器でも持ってたのかな?」
俺の話を聞いたサフィアとオリヴィアは興味深そうな素振りを見せた。
黒ひげなら実際に会った事は無いが、顔だけなら手配書で見た事がある。
幼いころに元海賊だった叔父さんから本物の黒ひげの手配書を見せて貰った事があるし、黒ひげがどういった人物なのかも聞かせて貰った事もある。
今俺が話した黒ひげの伝説も、叔父さんから聞かされたものだ。
「仮にもこの島のダンジョンの秘宝が黒ひげの秘宝だと考えたら……それだけで興奮しちゃうでしょ?」
さっきまで黙って俺の話を聞いてたメアリーが言ってきた。
確かに、あのダンジョンの秘宝が元々黒ひげの物だったとしたら希少価値の高いお宝に違いない!
ヤバいな、そう思うと余計に欲しくなってきた!
「こりゃアンからの返答が待ち遠しいな!出来れば明日の昼過ぎまでには…………」
ヒュゥゥゥゥゥ………………
「!?」
これは……人の気配!?
俺は慌てて周囲を見渡すが、船にいるのは俺とサフィア、オリヴィアとメアリー、それ以外は誰もいなかった。
……いや、待てよ……この気配、前にも感じた事がある。そうだ、確か昨日の……!
「……キャプテン、私の気のせいじゃなかったら……」
「……ああ、誰かいるぞ……!」
「やっぱりな……どこからか視線を感じる……」
オリヴィアも気配を感じたのか、身構えて警戒している。サフィアとメアリーは戸惑いを隠せず、キョロキョロと辺りを見渡していた。
落ち着け、落ちつけ…………気を集中させて……耳を澄ませて…………!
間違いなく誰かいる!そいつは……そいつは……空!?
「そこだぁ!!」
俺はすかさず腰に携えてるショットガンを抜き取り、頭上目がけて発砲した。
そこには……間違いなく人の姿があった。
「はっ!」
人らしき影は素早く弾を避けて華麗に船の船首に着地した。
「……成程、やはり一筋縄ではいかないか」
船の船首に着地した人物は徐にその場で振り返り正体を現した。
こいつは見るからに……若い人間の男のようだな。
茶色の髪で、口元をマスクらしき物で覆っている。だが、それより一際目立つのは男の背中に掛けられてる二本のランスだった。
「どうした!?今、銃声が聞こえたような……!」
ショットガンの発砲音を聞きつけたのか、船の内部からヘルムが飛び出て来た。
「おう、ヘルム。今ちょっと変な客人が来たもんでな…………」
「変な客……ハッ!?」
ヘルムは船の船首にいる男を見ると、目を見開いてひどく驚いた様子を見せた。
なんだ?このヘルムの反応……何か知ってるのか?まさか知り合いか何かって訳じゃないだろうな?
「……誰なんだ、アンタ?こんな時間に何の用だ?」
「俺の名はバジル。賞金稼ぎだ」
一旦ショットガンを腰のホルダーに戻しつつ質問する俺に対し、バジルと名乗った男は素っ気なく答えた。
賞金稼ぎだと?なんでそんな奴が俺たちの前に現れた?
「ほう、賞金稼ぎか……まさか、俺の首を狩る為にわざわざここまで来たんじゃないだろうな?」
「まぁ、本来ならそうするところだが……貴様の首はあくまで二番目の目的だ」
「二番目?どういう意味だ?」
「一番目の目的を達成したら、ついでに貴様の首を頂くつもりだ」
おいおい、ついで呼ばわりかよ。言ってくれるじゃねぇか。
「で、一番目の目的ってのは何だ?」
「あまり気が乗らない目的だが……この島の秘宝を頂きに来た」
「……なんだと?」
このバジルとか言う賞金稼ぎも黒ひげの秘宝が目的か。
だが、なんか引っかかるな。一番の目的の割には気が乗らないって……まるで誰かに命じられてるような言い方だ。
「……次は俺から問おう。貴様がこの船の船長か?」
「ああ、そうだ」
「やはりそうか……ではもう一つ訊くが、貴様らは既に秘宝を手に入れたか?」
「……そうだと言ったら?」
俺の挑発的な返しにバジルは鼻で笑い飛ばした。
「フン!どちらでも構わん。持っていても、そうでなくても、貴様の首を狩った後でも問題無い」
そう言い放つと、バジルは大きく弧を描いて跳躍し、華麗に島に着地した。
「さぁ、来い!俺と戦え!」
バジルは挑発的にも手を振って掛かってくるよう促した。
やる気らしいな…………上等だ!
「オリヴィア!サフィアとメアリーを頼む!」
返答を待たずして俺は勢いよく船から飛び下り、バジルの前まで駆け寄って腰の長剣とショットガンを抜き取った。
「そうだ……思い出した!キッド!その男は危険だ!」
突然、背後からヘルムが大声で叫んだ。
ヘルムがあんなに警戒するなんて久しぶりだな。やっぱり何か知ってるようだな…………。
「……何が危険なんだ?」
「その男は『100人斬り』の異名を持つ実力者だ!」
……100人斬り……だと?
「今から数年前、たった一人の賞金稼ぎが100人にも及ぶ海賊の集団を一人残らず討ち取った事件が起きたんだ!今キッドの目の前にいる男こそ、その100斬りを達成した賞金稼ぎだ!」
「!?」
……成程、相当の実力者である事には間違いないって訳か。
それ程腕の立つ賞金稼ぎが俺の首を狩りに来るとは……俺も少しは名を上げたか?
って、そんな下らん事思ってる場合じゃないな。
「……フン、100人斬りなど小さい話だ。どれ程の大物を狩るかどうかが基本だ」
バジルは軽く手を振って話をあしらった。
100人斬りの話は本当らしいが、こいつにとってそんなの小話程度でしか考えてないんだろうな。
これは……骨が折れそうだ。
ドォォォン!!
「な、なんだ!?」
突然、海の方角から大砲の音が響き渡った。咄嗟に振り返ると、そこには大きめの船がこちらに向かって進んでくるのが見えた。
あれは……海賊船か!?クソッ!!なんでこんな時に!?
「……なんだ、やっと来たのか。やはり俺の鳥の方が速いな」
「なに!?まさかアンタの差し金か!?」
まさかあの海にいる海賊……バジルが率いてきたのか!?
賞金稼ぎが海賊と組むなんて、冗談にも程があるだろ!
「勘違いするな。俺は仕方なく奴らを連れてきただけだ。倒すんだったら好き勝手にやってくれて構わない」
「なんだ?やってもいいのか?」
「ああ、尤も……貴様はやられる側になる訳だがな!」
バジルは俺を睨みつつ、背中のランスを二本同時に抜き取って戦闘の構えに入った。
…………上等だ!ぶっ飛ばしてやる!
「ヘルム!俺はこいつと戦うから、お前は船を出してあの海賊たちの相手を頼む!その時の指揮は任せたぞ!」
「……分かった!」
「キッド……!」
「サフィア!怪我しないように船の中で待っててくれよ!」
船にいるヘルムに海賊の相手を任せ、更にサフィアを安心させる為に笑顔で片手を上げて余裕を見せた。そして、俺はバジルとの戦闘に挑んだ。
「貴様の首はどれ程の価値だろうな?」
「知りたいんだったら、その身を持って味わってみろ」
互いに睨みあい、辺りに静寂が漂う。
そして…………!
「ウォォォォォォ!!」
「ハァァァァァァ!!」
俺とバジル…………海賊と賞金稼ぎの戦いが始まった!!
12/09/19 00:57更新 / シャークドン
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