過去:仮物に思いを込めて
「アイレン・・・・・・何故足が・・・どう、して・・・だ・・・?」
シエルの顔には、困惑と驚愕をごちゃ混ぜにしたような表情が浮かんでいた。
おそらく自分でもどんな顔をしているかなんて分かっていないだろう。
今まで見たことないくらいに、狼狽えている。
・・・流石に驚くよな。今までずっと、普通の人と同じようだったんだから。
「ただの修理屋が・・・最初からこんな非常識な修理を提案するはずがない。
・・・・・・たった五ヶ月で、こんなにスムーズに事が運ぶ訳がないんだ」
「な、何を・・・」
「・・・今から、十三年前。自分はある事故で、足を失った」
でも自分は静かに語り始める。
困る彼女などお構いなしに。まるで酒に酔った詩人のように。
自分は少しずつ話をしていく。
「君と同じ、『当たり前のようにあるべきものを失った』・・・絶望を味わった人間なんだ」
だって今は・・・彼女に伝えなければいけないと感じたから。
シエル自身が話してくれたように。
自分の『全て』を。紛れもない『過去』を。
未だに受け入れ難い『出来事』を。
ただ話したかった。
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自分はある村に住む人間夫婦の一人息子として生まれた、普通の男の子だった。
子供の頃は自分の足で外を駆け回り、気の合う親友二人と遊ぶ、無邪気な子供。
とにかく元気が取り柄の子供だったと思う。
「今日はなにしてあそぶの?」
「そうだなー・・・今日はぼうけんしゃごっこしようっ!!」
「アイレンそれすきだよね。まあいいか、やろう!」
親友は二人とも歳が少し離れていた。一つ下と二つ上。自分はその二人の真ん中だ。
一つ下の親友は、一番年下だが色々と分かっている知識を持ったやつだった。
二つ上の親友は、目の前の誰かは必ず助けるという信念を持ったやつだった。
そんな二人と、まるで兄弟のように、日が暮れるまで遊ぶ毎日が楽しかった。
「ただいまー!」
「お帰りなさい。あらあら、今日もたくさん遊んできたのね・・・
それじゃ汚れ落としてきなさい。おやつ用意してあるから」
「はーい!・・・あれ!?おとうさんがいる!」
「お帰りアイレン。今日は早く帰れたんだ。明日は休みだし・・・皆でどこかへ出かけようか」
「ホント!!?やったぁっ!!!」
両親は、絵に描いたような良い人たちだった。
そして周囲が羨むくらい、仲の良い夫婦だった。
父は仕事をこなし、時間がある休日は家族で出かけたり自分と一緒に外で遊んでくれたりした。
母は家庭を支えて、泥だらけになって帰ってきても嫌な顔一つせず、お帰りと言ってくれた。
そんな優しい両親のもと、幸せな日常を送っていたと思う。
少なくとも、十二歳になるまでは。
・・・・・
十二歳になった頃。
母が亡くなった。流行病だそうだ。
急すぎる出来事だった。発病してから亡くなるまで、時間はかからなかった。
何の思いも残せぬまま、母はこの世からいなくなった。
そしてその日から、あの優しかった父は抜け殻のようになっていた。
取り憑かれたように母の名を口にする父は、見ていて苦しかった。
でも、本当に仲の良すぎるくらいの両親だったから、この出来事で一番苦しかったのは父だろう。
そんな父の姿を見ていた自分は。
母が亡くなったというのに、泣くに泣けなかったのだ。
それから数日経った、ある夜のことだ。
焼けるような暑さで目が覚めた。
そこで見た景色は。
一面の、火の海だった。
最初は、夢かと思った。
目に映ったものが信じられなくて、何が何だか分からなかった。
自分はいつものように遊んで、ご飯を食べて、自分の部屋で寝ていたはずだ。
なのに、一面真っ赤っか。炎がメラメラと大きく揺れている。
喉が焼けるように痛み、呼吸するのも苦しかった。
でもそんな苦しさが、これが現実であることを教えてくれた。
「なんだ、これ・・・!お父さん!!おとーーさんっ!!」
父親を呼んでも返事はない。
隣の部屋にいるはずなのに、炎がそれを教えてくれない。
聞こえるのは轟々と燃える炎の音だけ。
「何で・・・どうしてぇっ!!・・・!?」
子供ながらに勇気を出して炎に包まれた扉を開けて、確認しようとしたその時。
燃え盛る本棚が自分の方へ倒れてきた。
咄嗟のことで避けることができず。
「あぁっ・・・! うわぁぁあああああああああああああああああああああ!!!」
高温で焼かれた本棚は、自分の足を焼きながら押しつぶした。
あまりの痛さに、自分の意識はそこで途切れたのだった。
・・・・・
(・・・ここは、どこ?)
目が覚めると、真っ白な部屋に、真っ白なベット。
そこは村にある病院のベットの上だった。
体には、のしかかるような重さと違和感。
何故こんなことになっているのか。体を起こして動こうとした時・・・
「・・・う、そ・・・・・・」
初めて、自分の膝から下が無くなっていることに気が付いたんだ。
「おぉ・・・!良かった、目が覚めたんだな!」
部屋に入ってきたのは、村の医者先生だった。
先生は自分の顔を見て、胸をなでおろしていた。
「せん、せ・・・・・・あ、あし、が・・・」
「あぁ・・・もう気が付いてしまったのか。・・・いいかい。
これから、君に起こったことを分かる限り話す。つらい内容もあるが・・・・・・よく聞いて欲しい」
自分は、先生から昨日起きた事のほぼ全てを聞かされた。
追いつかない思考で理解できたのは、次の通り。
どうやら自分の家は、火事にあっていたようだ。
原因は放火。犯人は不明。
自分の足は焼け焦げ、そのままでは危険なため、切り落としたこと。
そして・・・
父の姿は、どこにも発見されなかったという。
目が眩むような現実を突きつけられた。
突然のこと過ぎて、全てが信じられなかった。
でも、何でだろうな?
その時の自分は、嫌になるほど冷静だったんだ。
話が信じきれてなかったせいもあると思うが、そこで泣きじゃくりはしなかった。
それどころか先生に質問をしたんだから、今思うと驚きだ。
「・・・せんせい、じゃあなんでじぶんは助かったの・・・?」
「うむ、それはだな・・・」
先生が話そうとしたその時。
病室のドアが勢いよく開けられた。
そこには、いつも遊んでいた親友二人の姿がいて。
その親友の一人を見て、自分はさらに驚いていた。
「アイレン・・・よがっだ、いしぎ、もどっだんだなっ・・・!ぐしゅ・・・」
「アイレン!・・・良かった・・・目が覚めて・・・」
「二人とも・・・!?あ、ぁぁ・・・アグ、リィ・・・!?」
二つ年上の親友、アグリィの顔半分が包帯で隠れ、腕が片方無かったのだから。
「・・・彼が、君を助けてくれたんだよ」
「えっ・・・」
先生は、付け加えるように説明をする。
あの夜、自分の家が燃えている事件は、その場で大騒ぎになっていた。
そしてその場所には、家が近いアグリィたちもいたのだ。
彼は誰も家から出ていないことを聞くと、大人たちの制止を振り払い。
単身、燃え上がる家へ飛び込んだのだ。
すぐさま自分を見つけたのは良かったものの、自分は足を本棚に押しつぶされた状態。
だが彼は、その高温の本棚に片腕を突っ込み、たった一人で見事に持ち上げ、自分を救出したという。
にわかに信じられない話ではあるが、まさに火事場の馬鹿力というやつであろう。
しかし、火の勢いは代償として彼の顔半分とその腕一本を焼き払った。
その後は自分を抱えて窓から飛び降り、大人たちに受け止められてそのまま病院に運ばれ。
今に至る、という話だった。
「・・・ごめんな、お父さんは見つけられなかった・・・多分その時には、もう・・・」
「・・・うぅぅ・・・うぐぐぅぅ・・・!」
彼の姿と、その話を聞いて初めて。
「うわ゛ぁぁあああっぁぁぁああああぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・!」
自分は現実を認め、声を上げて泣き叫んだのだった。
・・・・・
あの事件から数日。
自分は何とか病院で過ごしていた。
何とか・・・というのは、心の問題だ。
たった数日の出来事で、自分は『家族』と『両足』を失ったのだから。
何で、自分は助かってしまったのか。アグリィが大怪我を負わずに済んだのに。
何で、自分は生きてしまっているのか。これからどうやって生きればいいかも分からないのに。
何で、何で・・・
そんなことを考えるまでに、追い詰められていた。
「失礼するよ」
先生が病室に入ってきた。回診の時間だ。
でも、今の自分は先生に挨拶をかける元気すらなかった。
そんな自分を見かねた先生は、ある『希望』を持ってきてくれた。
「アイレン、話を聞いてくれるか?」
「・・・・・・・・・」
「何度も現実を突きつけるようですまないが・・・君の足はもう戻らない」
「・・・・・・・・・」
「だが・・・君の努力次第では・・・歩けるようになるかもしれないんだ」
「・・・・・・・・・えっ」
それは、再び歩けるかもしれないという、微かな希望の光だった。
そしてその希望は、今の自分の未来を決定づけるきっかけになったのだ。
「足が無くなってしまった場合、それを補う『義足』というものがある。
それは、人間の足を擬似的に再現したものだ。
装着することで足があるように見せることができる。
そして努力次第では、義足をつけた状態で歩くことが可能な人もいるのだ。
しかし・・・問題なのは、今の技術では義足を作れる者はそういない。
それに、君は両足を失っている。
片足だけでも苦労するものだが・・・膨大なつらい時間と苦しみを味わうことになる。
だが可能性がないわけではない。医者がこんな中途半端な希望を持たせてはいけないのだがね。
でも、私としても何とかしたい。今の君を放って置く訳にはいかないんだ」
「ぎそく・・・あしを・・・『なおす』・・・なおせるの?」
「残念だが、『治す』ことはできない・・・だが君に合う義足を作り、リハビリを重ねれば・・・歩くことなら、出来るようになるかもしれない」
「ねぇ・・・それってさ。うでのもあるんだよね?」
「ん?ああ・・・勿論『義手』もある。だが、君には両腕があるぞ?一体何を・・・」
「せんせい、おねがいします。
じぶんに、それの『つくりかた』を・・・あしの『直し方』をおしえてください」
そうか。
この足はもう『治せない』んだ。
もう元の通りには戻らないんだ。
だったら、『直せばいい』。自分の手で作り出せばいい。
そして、それがうまくいったら。自分の親友の・・・
アグリィの腕も、『直して』やるんだ。
自分のせいで傷付けたのなら、自分の手でなんとかすべきだ。
それに彼は、自分の信念を貫き通したんだから。
自分にできないはずはない。
だって、自分にはまだ。
この二本の腕が残っているんだから。
・・・・・
その日から、自分は義肢についての猛勉強が始まった。
先生は快く協力してくれて、義足に関することを調べてきてくれた。
自分に様々なことを教えてくれて、一緒に学んでくれたんだ。
死にそうな顔をしていた自分が『生きがい』を持てたことを、何より喜んでくれていた。
他にも、修理に関する本は何でも読んだ。何かの役に立つかもしれなかったから。
ひたすらに本を毎日読んで読んで読み漁った。
さらに月日が経つと、先生は自分のための義足を先に用意してくれた。
どうやら遠くの地から、取り寄せてくれたらしい。
訓練用の義足だという。早く慣れるべきだという先生の配慮だった。
迷惑しかかけていないはずなのに、先生は親身になって自分を受け入れてくれた。
いつしか、自分は先生を失ったはずの『家族』のように感じていた。
最初のうちは、苦痛でしかなかった。
前に進んでいる実感が全くなかった。
知るべきことがまだたくさんあった。
いくら本を読んでも終わらなかった。
義足の訓練は止めたい程苦しかった。
激痛を伴い何度も何度も諦めたかった。
一年が経って、やっとまともに動けるようになった。
二年が経って、痛みを軽減して歩けるようになった。
三年が経って、義足の制作をし始めるようになった。
四年が経って、初めて自分用に作れるようになった。
それでも何度も何度も何度も何度も失敗して。
ここまで何度も何度も何度も何度も挫折して。
文字通り這いつくばって、よじ登って、前を向いて。
ただ前に歩きたいだけと。ただ友に償いたいだけと。
ずっとそれだけをただ一心に追い求めていた。
そして六年が経った頃。
ついに自分は、比較的楽に歩ける義足を作り。
初めて、自分の手で『修理』をしたのだった。
それからさらに七年。
自分は両足の改良と、親友のための腕の開発を進めている。
十三年という月日を経て。
修理屋としての現在へと、繋がっていく・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・こうして、いつしか村を出て、この街に来て・・・
修理屋として働きながらも、自分の足と友人のための腕を、修理し続けているって訳だよ」
一体どれくらいの時間が経っただろうか。
こんなに自分のことを話したのは本当に初めてだ。
これが、今まで自分の歩んできた全て。一人の男の人生の歴史。
・・・まあ他にも、アグリィがもう一人の親友のために秘薬を探しに旅に出てたり、母の墓が掘り起こされていたりなんて話もあったんだけど。
これくらいが丁度いいだろう。
「今では、これをつけていれば普通の足と変わらないくらいは歩けるつもりだ。
・・・流石に無茶な運動はできないけれど。日常生活の範囲なら大分普通に送れるよ。
こうしてシエルの翼の修理にも役立っている知識と技術にもなったし、万々歳だな」
「・・・・・・・・・」
シエルは、黙ったままだった。
自分の話を、最後まで静かに聞いていたのだ。
・・・やっぱり、少し重すぎたよなぁ。
結構壮絶な人生を送っている部類だよなぁ、自分。
それが彼女にどう伝わるかが分からなくて、正直怖かった。
だから、今の今まで隠していた。自分だって臆病者だったんだ。
・・・でも、この話をして後悔はしていない。
そうしないと、自分が納得できないと思ったから。
それでも彼女が諦めるのなら・・・これ以上は、何も言えない。
彼女の出す答えを待つだけだ。
「・・・どうやら、分かっていなかったのは私の方だったようだ」
「・・・・・・・・・」
「私は甘く見ていたのだろう。心のどこかで。アイレンが、修理屋が何とかしてくれると。
だが、結局は自分の問題だったのだ。・・・私の、覚悟が足らなかった」
「・・・あんまり、自分と比べられても困るんだけどね」
「なあ・・・一つ、聞いても良いか?」
「何だい?」
「もし、もう一度その義足がなくなってしまったら・・・お前は一体どうするのだ?」
シエルには悪いけど、ああやっぱりか、と思ってしまった。
心の内で、何を悩んでいるのかが分かっちゃったから。
彼女は、怖いんだ。
飛ぶことで。空を自由に飛べるようになることで。
それがまたできなくなったらどうしようって。
そう考えると怖いんだ。
自分の答えは、決まっていた。
「また直すよ。一回なくなったのなら、もう一度。またなくなったらもう一度。
何度でも、何度でもだ。自分は、そうやってここまで生きてきたんだから。
もし記憶とかそういうのがなくなっても・・・それでも、またきっと直すかなぁ。
たとえすぐに直せなくても・・・自分、諦めだけはすっごく悪いからさ」
「・・・そうか」
「もし、シエルの翼がなくなっても。絶対また直してあげるから。
きっと今度は、もっと早く直せるだろうからね。心配しなくていいよ」
「!・・・全く、お前は・・・///」
ああ、しまった。
こんな言い方じゃ、「悩みなんて筒抜けだぞ」って言っているようなものじゃないか。
相変わらず気の利かない男だな、自分ってやつは。
でも・・・彼女の優しげな笑みが、久しぶりに見られたから、良しとしようか。
「じゃあ一つ、提案なんだけどさ」
「・・・今度は何だ?」
「明日は、山頂まで山登りをします」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
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天気は晴れ渡る、雲一つない快晴。
雨の心配もなく、風も適度。
全くもって登山日和だ。
食べ物に飲み物、それと工具を荷物に詰めて。
自分たちはゆっくりとした歩調で山を登る。
こんなピクニックみたいな事するの、久しぶりだ。
「・・・・・・本当に大丈夫なのだろうな?アイレン」
本日何回目になるか分からないシエルのこの台詞。
昨日の自分語りを聞いてからというもの、この山登りに心配してばかりだ。
この心配の対象は自分。義足での山道は普通に大変だ。
今まで全く気にしていなかった負い目もあるのかもしれない。
自分からしたら今更だし、そこまで気にしないでもらえると助かるが。
いきなりというのは、難しいだろう。彼女だって気遣われることはあっても、気遣ったことは多くないだろうし。
まあ心から心配しているんだろうって分かるから、邪険にはできないよな。
「大丈夫だよって。自分の体力は、そんなにやわじゃない」
「まあ・・・それなら良いのだが・・・」
きっと体力じゃなくて、足の方を心配しているんだろうけど。
ストレートに返しても、シエルの気分が下がるかもしれないから誤魔化しておく。
ひたすらに積み重ねてきた技術と経験は、山道の傾斜なんてものともしていない。
無いとは思うけど、急斜面を走るとかしなければ全くの無問題だ。
坂道を勢いよく下るのは生身に部分に負荷がかかるからねぇ・・・
それよりも・・・ここまで自分のことを心配するなんてな。
今までこんなに分かりやすい反応はしなかったのに。
それに、距離もなんだか近いような気がする。
そんなことを考えていると、もうすでに山頂付近だった。
結構な時間登っていたからね。それ程高すぎる山でもないし、妥当な時間だろう。
何のアクシデントもなくたどり着けて良かった。
「しかし・・・そろそろ教えてくれ。何故急にこんなことを」
「そうだね。もう着いたし、じゃあ教えてあげよう」
今回の山登りには目的がある。
別に自分がピクニックしたかったわけじゃあない。
ちゃんと、彼女のための目的だ。
「この山登りで、慣れてもらおうと思って」
「慣れる?」
「そう。この際はっきり言っちゃうけれど・・・
シエルは怖がってるんだ。これ以上高く飛ぶことを。
空を自由に飛ぶことで、それをまた失うことを怖がっている。
だからこうやって高い所に来て、それに慣れていけば・・・
少しは気が楽になるんじゃないかと思ってさ」
「・・・怖がっている、か」
「意識してなのか、無意識なのかはシエルがよく分かっていると思う。
自分で抑制しちゃってて、自分で出来る限界を決めてしまっている。
こればっかりは、シエルにどうしても克服してもらうしかないんだ」
そんな説明をしながら、山頂から見える崖の下を覗いてみる。
やっぱり高いなぁ。そして怖い。
崖の近くというのは、どうしても足が竦む。
もし落ちたらひとたまりもないだろう。
ドラゴンなら軽傷だとしても、翼には傷がつく。
下手をすると、きっと壊れてしまう。
「己に打ち勝つ・・・ということか」
「翼が壊れてしまうことを、恐れないで。
大丈夫、それは『仮物ノ翼』なんだから。
壊れても問題がないように、自分がいるんだから。
・・・少しは、『自分のこと』を信じてみたらどうかな」
「自分を・・・信じる?」
「うん。二つの意味で。
修理屋である自分の腕と、そして君自身の『勇気』を」
「・・・『勇気』」
彼女の勇気は、自分が保証する。
己を奮い立たせ、敵地で誰かを守ろうとした彼女の勇気は。
彼女が臆病者じゃないってことを、証明してくれている。
恐れながらも前に進んだ彼女なら。
一人でも前に進んでいた彼女なら。
絶対に、また前に進めるって、信じているから。
「だからシエル。君ならきっと・・・」
一陣の風が吹き、足元から嫌な音がした。
ばきっ、と一つ。何かが崩れる音がした。
「!? 離れろ!!アイレンっ!!!」
叫ぶ彼女の言葉も虚しく。
伸ばす彼女の腕も届かず。
その音は・・・自分の体を奈落の空へと引きずり落としたんだ。
13/09/10 04:08更新 / 群青さん
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