第十五章 †裁き灼熱†
火山へと近づく高原の彼方に向かって、
軍内支給されている双眼鏡を覗き込む。
緑の自然が広がる高原の世界、
その奥地より威圧的な存在感を放つ火山より
緑の世界より一際目立つ深緑をした一団の姿。
私ことザーン・シトロテアとその両側で配置につくヴィアナとシウカ。
そしてその一団より見える深緑の中に異色を放つ
白銀の鎧兵…それを確認すれば私は僅かに眉間に小じわを寄せた…。
敵の行軍陣形は外側を突撃用の騎馬聖兵で固め、
歩兵には守備力の高い聖甲兵、小回りが効く剣戦兵で固め、
中央には援護射撃用に飛射兵で固めるという本格的な陣形であった。
「……面倒な、よりによって聖甲兵までいるか」
舌打ちを零し、先ほどから物欲しそうに
双眼鏡をねだるシウカにそれを手渡した。
双眼鏡を覗いたことないのか、シウカは「おぉー!」と
関心の声を零しながら周囲を一望している。
もう少し緊張感を持って欲しいところではあるが、
逆にその興味深々にと尻尾を振るその姿に
どこか不安を和らげてくれるものがあった。
「…隊長さん、本当にこの作戦うまくいくと思う?」
そんなシウカを見ていた私の横から
ヴィアナが少し不安げな声色で訪ねてきた。
聖甲兵という強兵科に対しての不安からか…。
「サキサとキリアナがどれだけ早く合流してくるか…、
だが少なからずリゼッタたちは補給地に襲撃を成し遂げているのだ。
こちらにはエレノット将軍率いるリザードマン・ラミアを中心とした
爬虫類部隊もいる、あとはどれだけ私たちがそれをうまくサポートするかだ」
望遠鏡で確認した火山とはまた違ういい位置から立ち上る不自然な黒煙、
敵兵力分断の動きは確認済みだ、リゼッタたちは事を成し遂げ
敵部隊を迂回して私たちのところに向かっているはずだ、
時間が過ぎればそれだけこちらに余裕が出来る。
「……隊長さん」
現状を整理していた私に向かって突然ヴィアナが
どこか不安を感じさせる声色で話しかけてきた。
「以前みたいに…急に倒れたりはしないで頂戴ね?
今、この作戦では…いいえ…これまでもこれからも、
私たち第四部隊では貴方は間違いなく『要』なのだから」
「…心配するな、体調は万全だ。
それに私はお前たちの為にある、以前のような失敗は踏まんさ」
「ふふっ…、頼もしい」
(そんなこと言って…結局無茶するのが貴方なのよ隊長さん…)
「ザーンさん!」
そんなヴィアナとの会話に、エレノット将軍が
その蛇の体を引きずって現れる。その背後に一頭の黒い馬が同行していた。
「エレノット殿、用意していただけましたか」
「ええ、貴方に頼まれた通り。
部下に頼んで脚力の強い馬を一頭取り寄せたわ」
「有難うございます、では先ほど伝えた言の通り…
貴方方爬虫類部隊を中心に進軍、我が第四部隊は全面的なサポートに回り
一歩一歩確実に敵軍を押して行きましょう、焦らず確実に…。
リゼッタやサキサたちの分隊もこちらに向かっています。
相手は防御面に優れた聖甲兵、深追いせず徐々に追いやっていきましょう」
「了解したわ」
私たちは互いに敬礼を返し、
エレノット殿は自らの部隊の元へ向かい、私は用意された黒馬に跨った。
「隊長さん、乗馬での戦闘は久々じゃない?」
その私の姿を見上げながら、ヴィアナが顎に指を当ててそう呟いた。
双眼鏡で一通り眺め終えたシウカも私の姿とヴィアナの発言に
同意からかの頷きを示す。
「おお、そういやぁここ最近は見てないよなぁ…
訓練とかでなら何度か見てるけど、
実際の戦場で隊長の騎馬戦なんていつぶりだ?」
「いつでも良いだろう?お前たちも持ち場に付け、
ヴィアナが右翼、シウカは左翼からエレノット殿率いる爬虫類部隊と
足並みを揃えてカバーに回れ、私も騎馬でサポートに回る」
「なんだよ、足並み揃えろって言って隊長だけが敵陣に突っ込む気か?」
「もぉシウカったらお馬鹿さんねぇ、隊長さんは騎馬の機動力を使って、
爬虫類部隊をカバーしてる私たちをサポートしながら
部隊全体をカバーするってことよ」
「…なるほど?」
「ホントにわかってるぅ?」
どうも怪しいシウカの納得の声に、ヴィアナが首をかしげた。
「元々、アラクネとミノタウロスのお前たちでは機動性は望めない。
だが我々がカバーするのはエレノット殿を初めとしたラミアが大半の部隊だ。
足並み揃えるの簡単なことだ。わかるかシウカ?」
「う〜ん…な、なんとなく。ならなんで隊長だけ騎馬なんだ?
アタイたちのカバーに回るってのはわかるんだけどさ…」
「戦局を全体的から把握するためだ、騎馬ならば機動力はもちろん、
高い位置からの状況把握もやりやすい。それに、だ……」
私は鞘から愛用の長剣を抜き取り、目の前で少し掲げる形をとった。
「私の剣は身の丈程の長剣だ、騎乗ならその性能は発揮しやすい。
歩兵の状態で足並み揃えるとなると、
戦闘で周りに気を配らなくてはならなくなるか。
心配するな、騎馬戦はいくつか経験している。
キリアナ程ではないにしろ、うまく立ち回ってやるとしよう」
「まっ、隊長がそう言うならアタイはいいけどな。
だけどもしヤバそうになったらアタイたちを呼べよ?遠慮せず助けてやるさ」
「それは心強いことだ」
私は進軍準備を整えた魔王軍を一望できる丘の上に移動し、
その私の様子に気づき魔物たちは全員私に目を向ければ、
私は手に持った剣を掲げ声を上げた。
「全軍に伝える!
我が魔王軍はこれより敵軍を退け、
可能であればそのままヴェンガデン火山に向けて侵攻する。
しかし、その命…決して無駄にせぬ事を心に誓え!」
『おおぉーーーーー!!』
あたり周辺の魔物たちが一気に声を上げ、士気を高めた。
そして私はエレノット殿にアイコンタクトを送り、
エレノット殿は片手を掲げ、迫り来るマスカーに向けて振り下ろした。
「ぜ、全軍…攻撃開始!!」
こうして、彼女にとって第二の戦場の幕が上がった。
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《敵軍:マスカー視点》
「バダッサ隊長!敵魔王軍、進軍を開始!
真っ直ぐこちらに向かってきます!」
先頭を切っている騎馬聖兵の一人が前方の魔王軍の様子を伝えた。
「俺達聖甲兵を前に突っ込んでくるか。
舐めているのか…飛んで火にいるなんとやらだ」
「我等騎馬部隊、突撃の程は?」
「…いや、騎馬部隊はまだ動くな。
見てみろ、やつらの行軍を…なんて鈍さだ、欠伸が出るぜ」
「ラミアなどが大まかな部隊のようで。鈍いのも当然、ならば尚更!
我等騎馬隊の機動力をもってしてやつらを翻弄して…」
「まてまて焦るな。連中兵力を固めてやがる…
亀は鈍いが甲羅は硬いってやつだ、俺達もそれで行こうじゃねぇか?」
「はっ…、しかしそれでは消耗戦に…」
「…いいや、お前らは俺たちの後ろで待機、頃合を見て一気に仕掛けろ」
「了解しました、騎馬部隊後ろへ!」
騎馬部隊が後方へと移動を完了した後、
マスカー隊長バダッサを先頭に、兵たちはその足並みを早め、
向かってくる魔物たちを前にし、一歩また一歩を走り寄り
射程に入った所で手に持つ剣を振り下ろし、
その剣は相手の魔物に防御されるも、戦いの火蓋が落とされた。
「ここで功績を立てれば、再び王都防衛の任に帰り咲くのも夢ではない!
くくっ、さぁ来い魔物!俺の出世人生路の架け橋となるんだな!」
自らの剣を防いだ敵のリザードマンを巧みな剣術で退け、
続いて迫り来る数人のラミアの尻尾攻撃がバダッサを襲った。
しかし彼はその手に持つ盾で防御し、数匹のラミアの攻撃にひるむ様子もなく
盾でそれを押し返すのであった。
そのほかの聖甲兵の戦いも似たようなものであり、
後方から飛射兵や剣戦兵が援護に回りながら、
回避に聖甲兵の後ろに身を潜める立ち回りを繰り返し、
魔王軍は思いのほかマスカーを押し返すことに困難を極めていた。
しかし。
「うううぅぅぉぉぉおぉりゃぁぁあああああっ!!!」
【ドゴォーンッ】
『ごわぁーーーっ!!?』
一人のミノタウロスの強烈な一撃が、その聖甲兵の防御陣形に穴を開けた。
それどころか後方に退避していた飛射兵や剣戦兵までも巻き込み、
面白いくらいに何人もの人間が宙を舞った。
「うそぉっ!?」
その光景にバダッサは間抜けな声を零してしまうのだった。
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《ザーン視点》
「よし、敵陣系に隙が出来たぞ雪崩込め!」
兵力を一箇所に固めた状態の時ほど
シウカという強力なパワーを持つミノタウロスの心強い存在はない。
そこから出来上がった陣形の隙間に入り込むように、
リザードマンやラミアが聖甲兵の背後になど回り込み、
その聖甲兵の後方に下がっていた兵士などを次々と打ちのめしていく。
「おわわわわわっ!?あ、慌てるなぁ!い、急いで立て直せ!」
しかし、思いのほか敵の陣形の再編成が素早い、
なかなか訓練されている…侮れんようだ。しかし、それが災いだった。
一箇所の陣形の崩れに慌て、敵兵のほとんどがその崩れに向けて
警戒を強めていた。別のところでは更なる一撃があるとも知らずに…。
「ん…?う、うわっ!エ、エキドナっ!?」
「なにぃっ!?」
一人のマスカー兵がそれに気づいたがもう遅い、
エレノット殿の魔力展開は完了していた。
「ちょっと痛いかも知れないでしょうけど…男なら辛抱しなさい…ッ!!」
両手の平を敵軍に突き向けるエレノット殿から魔力エネルギーが展開され、
そこから所謂、球体にまとめ上げた衝撃波の塊が発射され、
豪快な破裂音と共に、我々は本日二度目の人間が宙に舞う光景を目にする。
【ドゥパァーーーーンッ】
『わああぁぁぁあああーーーっ!!?』
「バ、バダッサ様!敵軍の連続とした強撃に我が軍は総崩れです!」
「くそっ見誤った…!ここまでの魔物を引き連れていたとは…。
防御に転じすぎたのが仇となったか…!」
敵の指揮官は自らの爪を噛むような仕草で、
状況を見極め、今にも陣形が総崩れになり兵がバラバラになる前に
命令を下すのだった。
「ええい、戦いはじめたばかりだがしのごの言ってられんか…。
全軍撤退!!火山まで引き返せ!……この屈辱ぅ、火山にて晴らしてやる!
騎馬隊!撤退する我ら歩兵部隊を援護しろ!飛射兵はサポートに回れ!
敵を寄せ付けるな、撃て撃て撃て撃て撃て撃てぇっ!!!」
迅速な判断、それ故に効果があった。
近距離戦の状態にあった敵兵も、無数の騎馬兵による仲介。
さらにはその後方より降り注ぐ矢の雨が爬虫類部隊に襲いかかる。
《きゃぁっ!!》
ラミアやリザードマンたちがその矢を前にして頭を抱え込むが
私は即座に馬を走らせ、彼女たちの前を立ち塞ぐ形で
その矢を可能な範囲で振り払った。
「怪我はないか?」
「え…あ…!」
「だ、大丈夫…問題ないです!」
「あ、ありがとうございますシュザントの方!」
その様子を見て安堵の息を吐き、周囲の様子を確認する。
どうやら去り際に敵が放った矢による被害は思いのほか小規模のようだ、
私の他にもシウカの大斧が、ヴィアナの糸の壁が、
さらにはエレノット殿の衝撃魔法がその味方の防御に回っていたからだ。
……やはり、エレノット殿の潜在能力は大したものだ。
「隊長、追うか!?」
「火山の防衛勢力に加勢されたら面倒よ?」
「…いや、予想以上の短期戦、敵の判断指揮が思いのほか迅速だったな。
少しでも劣勢に強いられれば迷わず恥を忍んで背中を見せる…、
武人としてなら生き恥を晒すだろうが、兵を従える軍属者であるならば
あの撤退も決して無駄ではないだろう……さて、どうしたものか…」
撤退する敵軍の姿を眺め、敵もこちらへの警戒を一向に緩めず、
撤退のサポートに回っていた騎馬聖兵たちもその跡を追っていた。
確かに火山の防衛軍と合流されれば面倒ではあるが、
しかし同時にこちらにも追撃するほどの余裕はまだなかった。
本来、あの迎撃隊との戦闘中に合流する手筈であった
サキサたちの到着がまだだったからだ。
生半可な勢力で決戦に挑めば、それこそ己の首を絞めかねない。
「…リゼッタやサキサたちもまだ合流していない。
ここで彼女たちの到着を待つ、各員装備の確認!負傷者の救護にもあたれ!
気絶しているマスカー兵は一旦縛り上げてこの場で放置せよ!
準備が整い次第、我ら魔王軍は敵を追撃。火山へと挑む!」
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《マスカー視点》
ヴェンガデン火山山頂付近に構えられたとある建物の一室。
窓からは広大な景色が広がり、また別の窓からは灼熱火山がマグマを覗かせ
また違う窓からは、はるか遠くから高原の景色に蠢くように行軍する
一団の姿を映しているのだった。
その窓から一団を見定めるように見下ろし、フードで顔を隠す男
マスカー軍師ミライド・クランギトーは顎に手を当て戦局を考察していた。
「……ふむ、迎撃部隊を出したのが失敗だったか。
保険があるとは言え、出来ることなら『隠し玉』を使うことなく事を
終わらせればそれもまた良しであったが…致し方ないというものかのぉ…」
遠目ではあるものの、一部始終を眺めていたクランギトーは
こちらに着実と進軍してくる魔王軍に対し、
まるでどこか皮肉ったような物言いを零すのだった。
「失礼します」
するとその背後からヴェンガデン火山防衛隊長を務める
マスカーの飛射兵トレイトが敬礼を取りその部屋へと訪れた。
「…迎撃隊はどうも見誤ってしまったようではないか」
「はっ…申し訳ありません…」
「よいよい、戦場ではよくあることよ。魔物という存在が相手では特にのぉ
彼女たちは、常にに我等の上を行く…かつてのレスカティエの敗北を、
当時の教会思想者の誰が想像できたものか……」
「……………………」
クランギトーの虚しさを感じさせる言葉は、
トレイト自身はどこかやりきれない表情を浮かべさせていた。
相手が魔物である故に、撤退という形を彼は屈辱と感じているのだ。
「おっと、話がそれてしまった…何の用かの?」
「…はい、実は……」
「長話は済んだか?」
すると、そんなトレイトの背後より突然一人の若い男の声が
割り込むような形でトレイトを押しのけ室内へと入室した。
その男の姿を見てクランギトーはその目深に被ったフードから
僅かに覗かせる目を一瞬見開けるのであった。
「…どういうつもりかね?君には…『あの森』の管理を任せた筈だが…」
一歩一歩その若い男はクランギトーのもとへ歩み寄った。
整った顔立ち、しかしその目つきはひどく鋭く、
決して善人のそれではない…銀色の髪を覗かせるも、
その色合いはどこかギラギラと攻撃的な印象を与え、
眉に至ってはひどく釣り上がり、まるでこの世の全てを見下すような…
一体誰を信じているのか、と質問したくなるような…そんな目をしていた。
服装は黒い軍服の上にマスカー特有の深緑のマントを羽織り、
両肩には軽装ながらも上質な肩当てを装備していた。
「なぜ君がここにいる…『ケンバル・ハーベイ』殿」
その男、ケンバル・ハーベイは本来マスカーという国の要たる
軍師クランギトーを前にして高圧的な態度で鼻を鳴らした。
「ふん、なぜこの俺がわざわざお前のような老いぼれの
言いつけを丁寧に従わなければならん?」
その上、これが第一声であった。
「なっ!?ケ、ケンバル殿!失礼ながら、今貴方が口を聞いておられるのは
我らが軍師クランギトー様なのですぞ!?」
「はっ、だからなんだ?この俺に指図する気か?
ふん、クランギトー…部下の躾がなっていないようだな。
もっとも、棺桶に片足突っ込んでいるような老いぼれなど
所詮その程度ということか?悪いことは言わん、お前も軍師であり軍人…。
無様に老いて死ぬより、とっとと俺にその権限を継承させ
敵に向かって特攻でもしてきたらどうだ?名誉の戦死というやつだ。
今なら魔力性の火力爆弾をこっちで用意してやるよ、ありがたく思え?」
そして、本来であればありえもしない言葉の羅列を
その男はごく当たり前のように吐き出した。
それにはトレイトも我慢の限界に近づいてしまった。
「ケンバル殿…っ!!貴方という方は…!それ以上の無礼は許しませんぞ!」
「…ほぉ、お前如き雑兵が俺に楯突く気か?
いいだろう、魔王軍もすぐそこまで来ているんだ。
シナリオは…そうだな、魔物の軍勢を前に敵前逃亡を計り、
逃亡罪で味方に粛清を受け死亡、という情けない死に様がちょうどいいか?」
「なんだと…っ!」
トレイトは腰にかけているボーガンに手を伸ばそうと構え、
対するケンバルもそんな動きを見せるトレイトを前に
ニヤついた笑みを浮かべ未だにその高圧さを見せていた。
「双方やめよ」
今にも互いの戦いの火蓋が切れんという状況でひとつの重い声が
普段の柔らかい物腰から想像もできないような声が
クランギトーから発せられた。
「……………………」
「……………………」
「…やれやれ、トレイト殿。ここはもう良い
君は持ち場に戻り、迫り来る魔王軍に備えていなさい」
「……は…」
奥歯を強く噛み締めたような表情を浮かべながらも、
トレイトは敬礼を返しその場を静かに去っていった。
後に残った二人の間では、彼が立ち去る際に作り上げる足音が
リズムよく響き、そして遠のいていった。
「まったく、昔から君の血気盛んさは知っておったが
毎度のことながら、よくやるものだ。若さとしての其れもあるかも知れんが」
「はっ、俺は今か今かとお前の死を望んでいるのだ。
毎日の楽しみといってもいい、血の気がすこぶるのも当然のことだな」
相も変わらずの相手の口ぶりにクランギトーはため息をこぼした。
「君のそういう減らず口もここまでくれば大したものよ……
さて、では改めて聞くとしようか…何しに来たのかね?」
「くくっ、なんでも魔王軍が攻めてきたというじゃないか?
このヴェンガデン火山、マスカーが攻略して以来
何者も寄せ付けず、日々強靭な補強が施されたと聞いたが…
なるほど、大した要塞だな。老いぼれ爺にはお似合いだ」
「…………………」
「それに、聞いたぞ?なんでも大層な『隠し玉』があるそうじゃないか」
その言葉を口にした途端、フード越しにクランギトーは一瞬目を見開かせたが
すぐにそれは正常へと取り戻される。
「どこでそれを…とは聞かんでおこう。
君を相手に根掘り葉掘り訪ねてもキリがなさそうだ」
「くくくっ…今回の魔王軍がどれだけやるかは知らんが、
精々観察させてもらうとするさ。隠し玉を…ひいてはお前自身の力をな…」
ケンバルはマントを靡かせその場を立ち去ろうと背を向けた。
しかし、そこでクランギトーは口を開く。
「その言い分では、戦闘に加勢してくれる気もないようじゃが…
まぁ好きにするといい…しかし、なにも君ばかりが全てを知っているとは
思わんことだ…とだけは言わせてもらってはバチはあたらんかのぉ」
「………なんだと?」
「ワシも聞いたぞ?なんでもオヌシ最近面白いモノを手に入れたそうじゃの」
「……………………」
「先程から、部屋の外で…随分わしを見ておるようだが…
残念よのぉ、挨拶は期待できそうにないようだ…」
「…チッ、糞爺が。それで俺の上を行っていると
思ってるのならそれは大間違いだぞ、今に見ているんだな」
バタンッ、と大きな音と共に扉が締まり、
『ふたつ』の足音が徐々にその場から遠のいて行くのだった。
「くっはっはっ、ケンバル・ハーベイ…わしを目指し……
野心のみを望むその先に何が見えるのか。楽しみではあるのだがな…」
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《魔王軍:ザーン視点》
「隊長、サキサさんたちです!」
「来たか」
一足先にリゼッタとノーザが合流できたのは運がよかった。
サキサたちに先に合流され、リゼッタたちにやって来られれば
サキサたちは間違いなく私を問いただす…、
正々堂々を好むリザードマンたちのやり方に反した今回の作戦…
出来ることであればこのまま誤魔化していたいものだ。
例え、私が卑怯者と呼ばれようとも…
私は少しでも彼女たちを勝利に導き生きて帰したい、それだけのこと…。
「キリアナ、サキサ隊!只今作戦を終え合流しました!」
「ご苦労だ二人共。火山周辺を警備する巡回隊を撃破し、迎撃隊をも退けた。
これで我が軍は目標たるヴェンガデン火山攻略に集中できるというものだ」
「ザーン隊長、やったわね」
隊員を集め、それぞれの状況を確認し合う最中
エレノット殿が私の元に歩み寄り、作戦の順調具合から笑顔を見せていた。
だがまだ終わってはいない。
「ええ、しかし如何なる戦いにおいてもなにが起こるかはわかりません。
このまま順調に行くなら我らにとっては幸運。しかしあの火山……」
私が高原の先へと見える火山を眺めれば、エレノット殿に続き
隊員たちもヴェンガデン火山へと目を向けた。
距離にしてほんの数キロ、馬を走らせればあっという間の距離だ。
「魔王軍が退けられた後、マスカーによる要塞化が進んでいるとは
聞いてはいたが…まさか、自然体の塊である火山に対して
あそこまでのモノを築きあげるとは…マスカーの技術力、侮れん」
高原の先に見える真紅の山、かつて魔王軍が支配していた完全なる自然。
しかし今では、そこはまさに兵士が巣食う巣窟たる要塞へと変貌していた。
高熱に耐えられるように魔力で施されたであろう背の高い柱によって
無数の兵舎が火山の回りを囲むようにそびえ立ち、
正面では溶岩を寄せ付けぬように加工された広場、
火山の前には巨大な門が構えられ、火山周辺にも最低限の溶岩が
流れ出るように作られた特殊な外壁が構えられている。
ヴェンガデン火山は本来おとなしい部類ではない火山のはず、
しかしこの距離でもわかるようにその勢いはまるでない…
要塞化の為に火山の活動能力を何らかの方法で抑えられているのか。
少なからず、人間が火山で作り上げた要塞にしては
十分な程の代物が出来上がっているのであった。
…そして、火口付近の頂上に構えられた兵舎は一段と違っていた。
大理石で出来ているのではないかと思うような輝かしさを持つ作り、
火山の頂上にそびえ立つというのに、まるで宮殿か……
そう…そこにできていたのはもはや一種の聖域と言っても過言ではなかった。
「信じられないわね、あんなものを火山に作るだなんて…」
私の隣でエレノット殿がそう呟き、みなが内心で同意する。
しかし、我らにとってはあの作りは好都合でもあった。
「確かに、少なからず人間が生活し、戦闘の際には十分立ち回れるだけの
足場が十分すぎるほど出来上がっている。
ですが、私たちにとってもあれは都合がいいでしょう。特に…私はね…。
…行きましょうエレノット殿。この戦い、決着をつけましょう」
「……ええ、絶対に負けないわ」
私は再び馬に跨り、第四部隊のみなと共に隊列へと戻りに向かい、
その背後では火山を眺めていたエレノット殿の声を僅かにつぶやかれた。
「……みんな、無事でいて…」
「………………………………」
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《マスカー視点》
火山、正面門のすぐ裏手にて迎撃隊として出陣し
痛恨の先手を打たれ早急に退却を選んだバダッサ。
そしてそんな彼の親友であり、守備隊長であるトレイトは
先ほどの頂上宮殿であった一部始終を伝え悪態をはいていた。
「くそっ!軍師様はなぜあのような男を野放しにしておられるのか!」
「ケンバルって確かあれだろ?マスカー乗っ取りを野心にしてるっていう…」
「そうだ!かつて私が勤めていたマスカー士官学校を主席で卒業したが、
やつはバンドーと一緒で問題児だ…、実力こそはあるが野蛮さの塊だ!
学生時代、やつが模擬戦で何人の訓練生を使い物にならなくしたか…。
卒業後…地方の辺境にある『森』の管理を任されて以来は
多少大人しくしていたが…忌々しい、私はかつての教官だぞ…なのに!
奴はそれをわかって、私に向かって雑兵とまで言ったのだぞ!?」
「仕方ねぇさ、事実…今となっては降格した俺たち隊長格風情が…
地方管理を任されている将軍格であるあの小僧には逆らえないさ…
頭に来るのは同感だが……ああ、俺の人生なんだってこう……」
「くそっ、こんな屈辱…魔物に食い物にされたって味わえんわっ!!」
「トレイト隊長!バダッサ隊長!」
「「なんだッ!?」」
愚痴をこぼす二人の前に現れた兵士を睨み付けるかのように
二人は声を荒げて返すのだった。
「はっ…ま、魔王軍がすぐそこまで来ています!指示を!!」
「くっ、とうとう来たか…!正直不安で胸一杯だが、意地を見せてやるぞ!
気をつけろトレイト、今回の連中は一縄筋では行かんぞ…」
「だが、この火山で戦う以上…我々とて敗北は許されん」
「当然だ!これ以上の降格なんてあってたまるか!」
「何より今回の戦いは軍師様が加勢してくださるのだ、敗北などあるものか
…よしバダッサ、前もって軍師さまよりご教授していただいた陣形でいこう
お前は連中を門前広場にて迎えうち、私は…」
「外壁の上から援護射撃…だろ?期待してるぜ親友」
それだけ言い残すと、バダッサは急ぎ足で部下の聖甲兵部隊を引き連れ、
門を潜り広場にて陣形を整えるのであった。
「…持つべきものは、なんとやらだな。
ケンバル…あの性格だ、貴様には心を許せる友などいないだろう。
しかし、私には…悪友ではあるが、最高の理解者がいるのだ…
この戦い、友と勝利の栄光を手に我等は再び帰り咲く!」
そんな彼の様子を見たトレイトは僅かながら笑みを浮かべ
外壁への階段を上り、部下共々それぞれの射撃体勢を整えるのだった。
「「全軍!戦闘配備!!」」
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《魔王軍:ザーン視点》
「魔導兵だと?」
「はい、物資を警護していた敵隊長を含め数名……」
私はリゼッタとノーザの報告を聞いて眉間に皺を寄せた。
迎撃隊や国境砦では魔導兵の出現はなかった…、
物資を警戒しての厳重警備としては分かるが、
その出現は確かに無碍にはできない報告だった。
「…わかった、進撃の際は注意をしよう。
だが見ての通り戦いの風向きはこちらにある……我が軍の士気も上々…
できることなら祈りたいものだ、このまま順調にいくことを…」
「隊長!リザードマン騎馬部隊、配置完了しました!」
「同じく歩兵部隊も準備万端だぜ!いつでも行けるよ!」
私は前衛たる騎馬部隊より先導して待機し、後方より聞こえる
キリアナ、そしてシウカの声を聞き、剣を掲げた。
「全軍聞け!我等はこれよりこの戦いの決着をつける!
かつて我等が土地であるヴェンガデン火山を取り戻し、
勇敢にマスカーに立ち向かい、消息を絶った同胞たちを救うのだ!」
「…ザーンさん……!…」
私の言葉に後ろで歩兵隊の先導で立っていたエレノット殿が
感動したような声でつぶやくその口を手で押さえるのだった。
「前衛は我等騎馬隊が突撃を仕掛け、歩兵部隊は後続せよ!
あのような門前広場など前座に過ぎん!
目指すは頂上に聳え立つ忌まわしき宮殿!そして大将の身柄を捕獲!
皆の者!その命、決して無駄にすることなかれ…いくぞ、突撃っ!!」
『おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!』
「バダッサ隊長!敵騎馬部隊、突っ込んできます!!」
「怯むなぁっ!!先の戦いでの屈辱を晴らす時だ!!」
並行して陣形を整える聖甲兵部隊に魔王軍の騎馬が襲い掛かり、
敵の陣形を掻き分けるように突撃を開始した。
この後続にエレノット殿、シウカ、ヴィアナ含む歩兵部隊が襲い掛かり、
門前広場は激しい激戦区へと様変わりした。
「くらえ!」
【ドスッ】「きゃぁあっ!!」
「よぉし当たった!」
「いいぞ!仲間に当てぬようよく狙え!撃って撃って撃ちまくれ!!」
外壁の上より降り注ぎ矢は次々とこちらの
兵士たちに襲い掛かり、突撃の勢いを殺されつつあった…。
「隊長!外壁の上から飛射兵による攻撃!こちらの戦力が削られています!」
「ただでさえ守備陣形を突破するのに手間がかかると言うのに
あれだけの妨害か…全兵、身を屈め慎重に動け。しかし、厳しいか…
キリアナ、お前の弓であの外壁の上にいる飛射兵部隊をどうにかできんか?」
「……ッ、この位置では…」
「…となると、直接外壁へ侵入し叩くしかないか…」
「なら、私の出番じゃないかしら隊長さん?」
「…そうだな、丁度呼ぼうと思っていた所だヴィアナ」
「ふふっ、期待してくれていいわよ?
私ったら期待には全力で応えてあげたいタイプなのだから」
「なら期待するとしよう、そして命令する…ヴィアナ、この状況を打開しろ」
「了解隊長さん♪」
「キリアナ、事が実るまでヴィアナの援護に回るぞ。敵を近づけるな」
「はっ!」
…周りが戦の喧騒に包まれるなか、彼女はそこにいる。
まるで自分だけが別の世界にいるように、彼女の意識が集中される。
彼女の魔力が全身を渦巻き、白銀のヴェールのように、その糸は姿を現した。
両手を掲げ交わし、全身を駆け巡るような白銀の糸は
その蜘蛛の体というどこか禍々しさを感じさせる容姿を
不思議と恍惚と感じさせ、掲げた両手は標的へと向けられた。
「『魔巧技・蜘蛛標(まこうぎ・くもしるべ)』」
それは霧のようにゆっくりと空気を舞い、戦場を舞った。
空気のように宙を舞うその糸に戦闘中の兵士たちは次々と
手を止めてしまい、不思議とその糸を目で追ってしまった。
そしてそれは、外壁の上へと目指し…辿りついた。
「なんのつもりだっ!?バダッサ、そのアラクネを止めろ!!」
外壁上の男が叫んだ、だがもう遅すぎた。
糸は次々と広がっていき、それは瞬く間に厚みを増し、
いつの間にか、白銀の『糸の橋』が出来上がっていた。
「「なぁあんんだとぉおおおおおおおおっ!!?」」
敵兵隊長二人は声を揃えて悲鳴を上げた。
そう、この技の脅威なところは例え敵が防衛陣を張っていようと
それすらを飛び越えるようなアーチ状のような曲線型の橋が生まれ、
敵の主要部、敵将然り、後方支援然り、敵陣の心臓部へと
歩兵、騎馬兵を送り出すことができるのだ。
「シウカ!橋からの進行を妨害する聖甲兵を食い止めろ!
キリアナ!ヴィアナ!早急に敵弓部隊を殲滅するぞ走れえぇっ!!」
「はっ!」
「ふふっ、熱くなっちゃって♪でも弓兵さんたちの舞台はここで閉幕よ♪」
「止めろおおおぉっ!!飛射兵が叩かれてしまったら終わりだああ!!」
「おおっと!あんたらの相手はアタイだよ!」
糸橋に向かって駆け出した我々を血眼で食い止めようとする
聖甲兵部隊、しかしそれを許すまいとシウカ含む歩兵部隊が立ちはだかった。
「いいかいあんたら!隊長たちが飛射兵部隊を叩くまで
誰一人この橋を渡らすんじゃないよ!」
『おお!』
糸橋に向かって駆け出す聖甲兵部隊であったが、
それらすべてが妨害され、戦局は僅かに傾きつつあった。
「くそっ…!先の戦いといい…なんなんだこいつらの強さは!?」
そんな様子を、敵隊長は呟くのだった。
「ト、トレイト様!敵兵、ケンタウロス、アラクネ…そして人間が接近中!」
「見ればわかる!こんな手段でこの外壁に侵入してこようとするとは…!
だが我等はこの火山を防衛せし兵!たとえ外壁であろうと火山であろうと、
何者も我等が矢の前に上り詰める者なし!
この火山という高所こそ!いわば我等が建つべき場所!いわば頂点!!
底辺に這いずり回る魔物や敗北主義な人種如きに渡してなるものかぁーっ!!
撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃てぇーーーーーっ!!」
「ふむ、いかんなぁ…門での戦闘…、
旗色が確実に良からぬ方向へと傾いてきておる。
…出来ることなら『隠し玉』はもう少し、大物の魔物か大軍が来たときに
使っておきたかったが…まぁかまわん、いずれはバレることよ……」
「でやぁっ!」
「くぅっ…!!」
私が振り落ろした剣撃をぎりぎり交わした相手の弓隊長トレイト、
咄嗟に距離を取り、外壁の侵入者である我々も迎え撃とうと
すぐさま手に持つボーガンを構えた。
「ヴィアナ!」
「はいはい♪」
しかし、相手が距離を取った先には
回り込んでいたヴィアナが攻撃に移ろうとするが、
相手は弓兵とて隊長格、素早い動きでヴィアナへと対峙した。
「まさかあんな手段でこの外壁に侵入しようとは…只者ではないな?
今まで返り討ちにしてやった力任せな連中とは一味も二味も違う…
この爬虫類型の軍隊にしたってそうだ、一見やつらの成果に見せかけ…
その裏では確かなる援護が存在している……何者だ?」
「さぁ?なにも私たちのサポートがすべてじゃないわ。
貴方にはわからないでしょうけど、彼女たちだってね…必死なのよ?」
「必死か…男を犯し貪るのがか?」
「…そんな言葉しか出ない以上、貴方に答えはわからないわね…。
いいわ、せめて貴方は私の糸というお皿を用意してあげる。
大丈夫よ?ここにいる軍の娘たちはみんな良い子だもの♪」
「ほざけ虫けらが…標本にされたいか!」
私とキリアナは出来るだけヴィアナがあの弓隊長に集中できるよう
周囲に配置されている弓兵へと攻撃を仕掛けに回った。
そしてその外壁の上から地上の門前での戦局に目を向ければ、
聖甲兵は飛射兵からのサポートが絶たれたことにより、
シウカをはじめ、破壊力がある攻撃での力押しを受けていた。
そんななか、シウカのほうも聖甲兵の隊長バダッサと対峙を開始した。
「お前!あの時のミノタウロスだな!?さっきはよくもやりやがったな!!」
「あん?…ああ、あんた確かあの時の聖甲兵…」
「なにそのちょっと思い出した風な感じ!?くっそ…舐めやがって…っ!!」
「ふん!アタイは元々鎧で守備固めまくってるような奴は嫌いなんだよ!
御託は良いから、戦場なら戦場らしくさっさとかかってきな!」
「馬鹿が!戦いってのは守備を固めてからすべてが始まるんだよ!
さっきは油断したが、エリート兵科聖甲兵の意地…見せてやるぜ!」
「面白ぇ…全力でやるんだな!!」
互いの剣と斧が激しくぶつかり合う音が戦場で木霊するんのだった。
そして私は再び外壁上にいるヴィアナたちの戦いに視線を戻した、
相手のボーガンから放たれる矢は的確にヴィアナを狙うも、
彼女は蜘蛛特有の鋭い感覚から、
それらの命中箇所を蜘蛛の糸であやとりをするかのように
指先で作り上げた小型のシールドでそれを見事に回避していた。
だが相手も侮れない、ボーガンが発射されればすぐさまリロードを開始し、
予備の矢が尽きる前に周囲で倒れている部下の弓兵のストックと
素早く交換しているため、かなり連続的にその攻撃が続いていた。
ヴィアナも辛うじてその糸のシールドをジパングの手裏剣のように
投擲するが、相手もそれらすべてを素早い動きで回避していた。
「…意外にやるわね貴方、弓兵なのにまるで剣士みたい」
「そういうお前は防戦一方だ、よもやこの外壁にある
すべての矢が尽きるまで遊ぶつもりか?」
「あら…時間を掛けてしまえば、不利になるのは貴方のほうじゃなくて?」
「…いいや、これ以上時間なんぞかけん。細工は終わった…後は…」
「…なんですって…?」
すると、だ。
ヴィアナが防御して周囲に散らばった奴の発射した矢、
それらすべてがひとりでに一斉に宙に浮き、
刃先がヴィアナに向けて一点集中し動き始めたのだった。
「お前が果てるだけだぁっ!!『ボルト・プラネット』ーーーッ!!」
「そうね、これで終わりよ。ただし…貴方の敗北でね…」
「……なぜだ?なぜお前は串刺しになっていない…?
なぜお前を串刺しにするはずの私の矢が止まったままなのだっ!!?」
「へぇ…、矢を放つ際に魔力を掛けて操る技ってところかしら?
でも残念…不意を突こうとした小細工なんてね、
蜘蛛の私からすれば欠伸が出るわぁ…ふふっ、だから貴方に教えてあげる…
蜘蛛はね、見えない所でいつの間にか巣を作っちゃう生き物なのよ?」
「…なにぃ……?……!!…まさか……目に見えないほどの細い糸なんぞで
私の矢を止めているというのか…!だが、そんな隙は与えなかったはず…
……!…そうか、そうかそうかそうか……くくっ……ぬかった…!
さっき反撃で投げてきた糸のシールド!あれを張り巡らしたかぁーーっ!!」
気がつけば、足元には無数の糸の巣。
そしてその糸は外壁に立掛けられている燭台などを伝って、
ヴィアナの周囲に細い糸の結界を作り上げていた。
だが、それだけではない…足元に張られた糸はヴィアナの巧みな指の動きで
牙をむき、男の足に絡みつき始めていった。
「ぬっ……があああぁぁぁっ!!?くぅ、おのれぇえええ!!
偉大なるマスカーに…栄光あらんことをぉぉおおおおおおおっ!!!」
「そして、貴方の未来には…暗闇からの希望と愛の手を…ふふっ♪」
糸は男の手足を封じ、そして次第に糸同士が結ばれあい
トランポリンのような弾力ある床を作り上げた。
ヴィアナを男を括った糸の塊を掴み、その床向けて放り投げれば、
弾力の反動で男の体は宙高く跳ね上がり、そして叩きつけられるのだった。
「トレイト…ッ!!おのれ……許さんぞ…!
俺の親友の敗北…すなわちこれ以上にない屈辱だ!わかってるのか!?」
トレイトという飛射兵の敗北を目の当たりにし、
門前広場で戦闘を繰り広げる聖甲兵部隊の隊長バダッサは
怒りに満ちた形相で対峙するシウカを睨みつけた。
「さぁね、アタイはサキサたちとは違って勝ちには拘らないタイプだからね
それにいくら強がったって、負けるときは負けんのさ。
よく言うだろぉ?敗北を知るのも強さだって」
「黙ってろこの牛女!ベラベラしゃべりやがって!」
「なら望みどおり戦いで語り合おうかい!」
シウカの斧による一撃が相手に襲い掛かり
男のほうも装備している大盾で防御するも、
やはりミノタウロスの怪力を前に、ガードした瞬間激しく後退する。
「へっ、アタイにパワーが勝てると思ったらとんだ大間抜けって奴だね!?」
「確かにな、だが俺たち聖甲兵は何も重装備だけが取り柄じゃない」
「なんだって…?」
すると、盾で防御する手とは逆の手に装備するロングソードを振り下ろす。
シウカは攻撃から防御に転じロングソードを防ごうとするが、
剣が斧に触れた瞬間…そうその瞬間だった、
シウカの肩に『ツララ』が直撃していたのは…。
「ぐっ…!…へぇ…?意外だったねぇ…
まさか、こんな火山の目の前で、氷を拝めるだなんて…」
「今お前が味わっている冷たさ…命の灯火が消えれば、それもヌルいモノだ」
青白いツララは徐々に赤く染まっていく、
シウカはそのツララを引き抜けば地面に叩き割るのだった。
「俺たち聖甲兵は剣術、魔術の両方を使いこなすオールマイティを持つ。
だからこそ、お前みたいな力押しの奴には魔術が有効なんだろ?」
「さぁ、どうだろうね!!」
再び斧を強く持ち、強烈ななぎ払いを放つ。
バダッサこそは防御しているも周囲にいたマスカー兵たちは
その衝撃を受けただけで体勢を崩し、その隙を魔王兵に突かれてしまう。
しかし奴は防御している。その事実だけがシウカにとって厄介だった。
再び相手が剣を振り下ろせば後ろに飛んで回避するも、
その剣の軌道に添うかのように数発のツララが再び生成され降り注ぐ。
「二度目は効かないよ!」
斧で振り払うかのようにツララを退けるも、
その振り払った直後を狙うかのように、敵は剣を振り上げた。
「だから効かないって言ってんだろぉ!」
しかし、魔物の身体能力をフル活動するかのように、
シウカは力ずくで再び斧を防御に使う。
剣の刃は斧へとぶつかり、独特の金属音が木霊する…。
しかし、直後に聞いていて気分がよくなるようなものでもない音が響いた…。
…シウカの体を再び数発のツララが貫いていたからだ…。
「ぐっ…ぅ……っ!!
そう、か…剣を杖みたいに…魔術の触媒にしてるんだったな…」
「タフな女め、致命傷は避けてるとはいえまだ膝を折らないか。
…お前たちはいつもそうだ、お前たちは人間を信じている…
だが人間なんてものは下らないもんだ!志半ばで平気で諦める!
なのにお前たちなぜ膝を折らないんだ!!なぜ戦える!?なぜ手を結ぶ!?
なぜそこまでして人間との友好を重んじる!?
見てみろ俺たちを!お前たちの生態を知って尚戦う俺たちを!マスカーを!!
こんな俺たちに痛めつけられてもお前らはまだ人間を信じられるのかよ!?」
「うるっ…せぇっ!!自分の種族を馬鹿にしてたらお終いだろうがっ!!」
ツララに貫かれた体を必死で動かし、シウカは大斧を構え睨み付けた。
其処からすぐに、シウカは駆けた。しかし男は目でそれを追えていた。
そして先程の高ぶった声とは裏腹に、男は冷酷な声で言った。
「…お前は、少なからず戦いに身を置く自分を信じているようだな…、
ああ、そうだな。俺は今…転落人生だが…これで『跳ね返る』…!
お前たちを八つ裂きにして、築き上げた肉塊の弾力で
俺は元の人生以上に上を目指してやろうじゃないか!!」
斧を構え直進するシウカを迎え撃とうと、男はその剣を掲げた。
「だからお前は、俺たち人間を恨んで死ね」
そして、男は歪んだ笑みを見せるのだった。
「『フロスト・アンビション』ッ!」
現れたのは、巨大な氷の剣。
男の頭上に現れた氷の剣は、男が装備している普通の剣と動きを同調させ、
男が豪快に剣を振り下ろせば、装備している剣こそは空振りするも、
頭上の巨大な氷剣は、シウカに向かって圧倒的な殺意を仕向けた。
「…恨まないよ…アタイが気に入ってる男は、人間なんだからね…!」
斧を持ったまま構え、シウカの全身から独特の赤いオーラが浮かび上がる。
地面は振るえ、腕の筋肉が震え上がり、髪がなびき上がる。
振り下ろされた氷剣が目の前に迫る直前に、ミノタウロスが叫ぶ。
「『牛突猛攻・アクスエストカーダ』っ!!」
赤いオーラから姿を現すのはオーラから魔力形成された巨大な大斧。
シウカの持つミノタウロスの斧を幾分も上回る巨大な大斧。
「こいつでぇ…てめぇは頭でも冷やしてろぉおおおおーーーーーーっ!!!」
シウカの持つ斧が振り下ろされると同調し、魔力形成の斧も振り下ろされる。
二人の技の形態はまったくといって良いほど似ていた。
【ドゴォオオオオオオオンッ】
巨大な轟音が響き渡り、空には、氷が散っていた。
その光景に周りで戦いを繰り広げた兵士たちは見惚れてしまい、
一瞬ではあるが、戦場は静寂と化していた。
そしてすぐに、氷と共に宙を舞った男が地面に叩きつけられる音が響く。
「………悪い、な…トレイト……俺の、くだらねぇ転落人生に……
お前を…巻きこん……じま……っ……て………。でも…仕方…ねぇよな…?
…こいつらよぉ……まぶしいぐらい…まっすぐ………」
「門を守護せし二人の騎士は敗北した…………
これにて魔性の乙女たちは招かれる…この灼熱の大地に………
そして、思い知ることとなる……我らマスカーの力を…ほっはっは」
「門が開いた!みなさん、一気に雪崩れ込んでください!」
『おおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!』
門を守る隊長と兵士たちは全滅し、門が開かれれば大量の魔物たちが
火山へと駆け進み上っていった。
「シウカ、ヴィアナ、大丈夫か?」
私は騎馬に乗った状態で、体に突き刺さったツララを引き抜き
負傷した箇所をアラクネの糸で治療する二人へと歩み寄った。
「はっ、これくらいで音を上げてたまるか…って言いたいけど、
はっきり言っちまえばクタクタだよ隊長、ははっ…いててっ!!」
「もぉシウカったらぁ、治療中なんだから大人しくしてなさいよぉ。
まぁ…私も正直魔力が限界かしら?結構な大技使っちゃったし」
「だがお前たちのおかげで門は突破できたのだ。よくぞやってくれた」
「ふふっ、そういう台詞はこの火山を完全に制圧してから言ったらどお?」
「ああまったくだよ隊長?まだ戦いは終わっちゃいないんよ!…あてて…」
「…無理はするな、お前たちは一時戦線を引け。後は私たちに任せておけ」
「ああ、そうさせてもらうよ。
でもまぁ、門は突破できたんだし後は楽なもんだろ?」
そのシウカの台詞はもっともだった。
戦場で油断はできないとはいえ、マスカー領側から増援が来るにしても
我々の襲撃を察知された時間から考えてまだかかるはずだ…。
それも踏まえて、形勢は明らかにこちらのもの。
…だが、私はやはり引っかかった。
「…だといいのだがな」
その言葉だけを残し、私は再び跨っている黒馬を走らせる。
すると、突撃する魔王軍の一部隊の先頭で走るキリアナ、サキサを確認した。
別の突撃部隊に目を向ければリゼッタとノーザ、
そしてエレノット殿の姿も確認する。
それぞれの部隊は火山の頂上である宮殿を目指し駆けていた。
「キリアナ」
「はっ!」
「門を突破してからの戦局はどうなっている?」
「防衛用の迎撃部隊と何度か衝突してはいますが、問題ありません。
おそらく連中からすれば門での戦いで決着をつけるつもりだったのでしょう
敵軍の動きが疎かになっています。気味が悪いぐらいに……」
キリアナも感じていた、この口に表すのが難しい感覚。
戦場特有の…勘と言ってもいい。
私は一度キリアナたちの部隊から離れエレノット殿の部隊と並行して走る。
「エレノット将軍ご無事で?」
「ザーンさん!ええ、なんとか。先の戦いでは助かったわ」
「ヴィアナたちの働きがあってこそです。
それよりも、このまま宮殿目指しての進撃……注意してください」
「…?…なにかあったの?」
「いえ…状況はこちらの優位に変わりはありません。
ですが、どうにも敵の動きが気になります。
門を突破してから…敵の防衛がどうも疎かになっています。
奴らは門での戦いで決着をつけたかったのでしょうが、
それならそれでこの疎かな防衛も気がかりなのです………」
「…どういうことかしら?」
「……まるで我々をおびき出しているかのような…」
「なんですって…!?」
【ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ】
「…!?…なんだ!?」
「地震……っ!?」
すると、突如火山全体から地響きのような揺れが発生し、
突撃していたそれぞれの部隊も動きを止めた。
「まさか、噴火…!?」
「安心なされ、この火山に噴火など二度と起きんよ」
『!!?』
振動で皆が気を取られ一瞬目を離した隙だった。
我々が進軍すべき頂上に向けての、その目の前にその男は立っていた。
全身のマスカーの魔道師特有のローブを羽織、
そして顔を隠すかのように目深にフードを被るその出で立ち。
私たちはその身に汗が流れるのを感じた。
その風貌、それは私たち第四部隊の誰もが一度目にした姿だったからだ…。
「ミライド………クランギトー…ッ!!」
「なんですって…!マスカーの魔導軍師…ッ!?」
地響きはそのまま収まっていき、
我々はその目の前の相手に目を離すことなく武器を構えた。
「ふむ、何も出会って早々急くこともなかろうて?」
『…………………』
そんな言葉などなかったかのような、緊張感がその場を支配していた。
目の前にいるのはマスカー創立より暗躍してきた魔導軍師。
数々の戦場で、この男の策で敗北した魔王軍は数知れず…
魔王軍にとっては、あのマスカー・グレンツ…その父である始教帝…
その次に数えられる程の危険人物なのだ。
警戒しないほうがどうかしている…。
(まさか魔物領との国境付近であるヴェンガデン火山を指揮していたとは…
…待て、冷静に考えろ……この男が火山にいる自体はこの際どうでもいい…
問題は、なぜ一人でこの大部隊の前に現れた……?
一人で勝てる自信がある?なんらかの時間稼ぎ?それとも……)
「ほっはっはっ、考えておるようだのぉ。そこの若いの」
「…………………」
思考が凍りつくような感覚だった、
陣形を見渡すように目を配らせていた相手が…突然なんの前触れも無く、
私のほうに目を向けてきたのだから…。
「そう怖い顔なさるな。若いのに眉間の皺が濃くなるようでは悲惨じゃぞ?
しかし、なるほどのぉ…対マスカー特別組織、名はシュザントと言ったか。
国境砦からこの火山までの電撃的進軍……、諸君らの策略を前に
我がマスカーの兵も瞬く間に堕ちていったわ、恐れ入る恐れ入る…」
「……我々を前に、こうして現れた目的は何だ」
(隊長……ッ!?)
緊迫状態が続く中、私はその男に言葉を返した。
当然周囲にいる魔物たちすべてが私に対して目を向けるなり、
注意を呼びかけようと顔で訴えたりなどの気遣いを見せてくれていた。
しかし、この緊迫した状態…相手にばかり語らせているようでは
それこそこの場を相手に飲み込ますような事態になりかねなかった。
「ほっはっはっ、ようやく口を開いてくれたのぉ。
お主ら、ワシを前に随分と気が張っているようじゃが、力を抜くといい」
「…とても、噂に名高い魔導軍師の言葉とは思えないわね」
そしてその言葉には、エレノット殿が返すことなった。
私は彼女に『警戒を解かないようにと』アイコンタクトを送ると、
彼女もそれを返すのだった。
「ほぉ、エキドナの将がいるとは聞いていたがお主のことかの?」
「ええ…まずは自己紹介でもしましょうか。
私の名はエレノット…かつて、この火山の指揮を執っていた
魔王軍の将…サラマンダー・ジィナの姉よ!!」
その言葉で、私は今やっと…彼女がこの戦いに赴いた
その硬い真意を知ることができたのだった。
「サラマンダー……そうか、確か…この火山を指揮していた
魔物がそうであったな…我がマスカーもこの火山攻略には手を焼かされた。
火山だけにのぉ…ほっはっはっはっ」
「………知ってるなら話は早いわ、…貴方に質問するわ、
彼女は…どうなったの…?」
その質問に、ならぬエレノット殿が震えていた。
この火山の地でなら、敗北しても溶岩などを利用して
魔物特有で身を潜める箇所はいくつもある。
しかし、将であるそのサラマンダーの生死はマスカーでも承知している筈だ。
ましてや…この現場指揮を勤めている魔導軍師が知らないとは考えづらい。
いわば、この相手は質問の回答者として最高の相手でもあった。
「ふぅむ、教えてやってもよいが…さて、どうしたものか」
「もったいぶらないで答えなさい!」
「…隊長、どうします?」
クランギトーと対峙するエレノット殿、
その二人の様子を伺いながら、キリアナが私に耳打ちをしてきた。
「奴が単独で我々の前に現れた事自体が何らかの策の内か……。
しかし、見てのとおりあの性格だ。なんともやりづらい……」
「気づかれないように取り囲みますか?」
「不可能だ、噂の魔導軍師がそれを見逃すとは考えにくい。
だが何らかの時間稼ぎという可能性もある、周囲警戒怠るな」
「はっ」
「安心せい、ワシが現れた意味などすぐに分かる」
『!!?』
再び、心臓を鷲掴みにされたような感覚が私とキリアナを襲った。
私たちは恐る恐る、クランギトーへと顔を向けると
奴はまっすぐと私たちの目を見ていた。
「…誰か疑問に思わなかったか?
人間に過ぎぬ我々がなぜこのような荒々しい火山などを制圧したか」
「私たち魔物の住む場所を奪うためでしょう!」
「エレノット殿!冷静に!」
「それもある、しかし…本命は違う…我々も必要であったのだ。
この火山という…強力なエネルギーが……」
「何だと…うおっ!?」
【ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ】
すると再び、火山全体が振動を起こした。
まさか…これに関係しているのか?
「この火山に一体何をした?」
「エネルギーを支配した」
「なに!?」
「言ったであろう?意味はすぐにわかる、と」
【ドゴォオオオンッ】
「なんなの!?」
突如、地面の振動はまるで地から這い上がるように勢いを増し、
火山の斜面の一角から何かが飛び出し始めた。
それもひとつだけではない、続けて次々と………
気が付けば、火山を着飾るかのように…それは均等に聳え立っていた。
「………塔?」
そう、現れたのは細長い柱のような塔だった。
塔…と呼べるほど背は高くは無い、しかし私は柱ではなく……
塔、と口から零すのだった。
「さぁ、はじめよう…諸君ら魔物にとって…新たなるマスカーの脅威伝を!」
その現れた塔を眺めながら、クランギトーはその口元を微笑ませた。
すると、火山山頂の宮殿が突如激しく輝き始め、
一筋の光が宮殿より伸び、それは私たちのすぐ傍にある
塔の先端へとたどり着いた。
「あれは…レンズ…か?」
塔の先端に設置されているもの、それは巨大なガラスのような……
しかしガラス越しの光景の不自然な屈折具合から私はレンズと判断した。
宮殿より伸びた光はそのレンズへとたどり着き、
すると光はそのレンズから反射され、火山に設置されているすべての
塔へと光が伸びていくのだった。
「理論上…この塔を完成させるためには、どうしても必要だったのだ。
強力なエネルギー…つまり、火山のマグマのような高熱……
あの宮殿はいわば橋渡し、火口よりエネルギーを吸い上げるように取り込み
それを光として塔のレンズへと導く…そして塔は塔へと光を広げる。
…さて、最終的にあの光はどこへ向かうと思う?」
「…………まさか、貴様……!!」
私はその身に不安を包み、相手が仕掛ける前に馬を駆け出し攻撃を仕掛けた。
しかし斬撃は空振り、クランギトーは余裕綽々と
ステップを踏むかのように跳躍した。
「おおっと、危ない危ない。ほっはっは、中々鋭い攻撃よな」
「これならどうっ!?」
「おぉ?」
そして回避の動きに合わせてエレノット殿が魔術攻撃を仕掛け、
その場から巨大な衝撃を発生させ、砂煙を舞い上げた。
徐々に煙が晴れるとその場には誰もいなかった。
「消えた…?いや、まさかこれは…」
「うそっ…魔術のビジョン…!?こんな高度なものを人間が………!?」
「全員走れ!あの宮殿へ全速力だ!急げ!!」
「え、ちょっ…なに!?」
私が周囲に向けて叫ぶと、
皆は戸惑いながらもキリアナやリゼッタたち第四部隊の
先導もあり急いで前進を再開した。
私も馬を駆けさせれば、その後ろからエレノット殿も
理解不能のまま付いてくるのだった。
「ねぇザーンさん!どういうことか説明して!!」
「…はじめから奴が現れた事自体が時間稼ぎ………
本体はおそらくあの山頂の宮殿、
この光を発生させているのも、おそらく奴の術によるもの」
私の言葉に周囲へも不安が駆け巡った。
クランギトーの行動…そして、この塔へと駆け巡る光へと。
「ザーンさん、この光は一体……え?」
エレノット殿が私に質問しようとしたその瞬間…
我々は呆気を取られていた、そして同時に驚愕した。
駆け巡る塔の光、そして反射と反射を繰り返し、光が集束した塔より
『光が牙を向いた』。
それぞれの塔のレンズに集束した光が我々のいる火山の斜面へと伸び、
強力な熱エネルギーが光線となって襲い掛かってきたのだ。
「レーザービーム!?」
エレノット殿がそう口にしたが、まさしくその通りでもあった。
光に当てられた地面からは焦げたような黒煙が舞い上がり、
それだけですさまじい熱エネルギーであることが分かる。
そしてあろう事か、光線は次第に進軍している我が軍へと
光の角度を徐々に変えて向かってくるのだった。
「隊長ぉ!!あの光が直撃すればひとたまりもありません!!」
顔から滝汗を流しているリゼッタが叫んだ。
いや、彼女だけではない…行軍している皆がその尋常じゃない汗を流した。
それだけあの光の危険性を本能的に察しているのだ。
「隊を分け四方から山頂を目指せ!宮殿に辿り付き術者を止めろ!」
光線は一つだけではない、
火山を着飾るように聳え立つ塔は目測で10はある。
つまり、10という数の光線が次々と襲い掛かってくのだ。
「キリアナ!サキサ!リゼッタ!ノーザ!
お前たちはそれぞれ率いている部隊を先導するんだ!
光の動きをよく見て動け!直撃すればそれだけで隊は壊滅するぞ!
エレノット殿の部隊は私と共に進んで頂きたい!」
『はっ!!』
「わかったわ!」
「では散開ッ!!目指すは山頂の宮殿!!行くぞぉ!!」
「さぁ、『十裁塔(じゅうさいとう)』よ。
至高の灼熱を持ってして、我らマスカーの脅威を示せ」
軍内支給されている双眼鏡を覗き込む。
緑の自然が広がる高原の世界、
その奥地より威圧的な存在感を放つ火山より
緑の世界より一際目立つ深緑をした一団の姿。
私ことザーン・シトロテアとその両側で配置につくヴィアナとシウカ。
そしてその一団より見える深緑の中に異色を放つ
白銀の鎧兵…それを確認すれば私は僅かに眉間に小じわを寄せた…。
敵の行軍陣形は外側を突撃用の騎馬聖兵で固め、
歩兵には守備力の高い聖甲兵、小回りが効く剣戦兵で固め、
中央には援護射撃用に飛射兵で固めるという本格的な陣形であった。
「……面倒な、よりによって聖甲兵までいるか」
舌打ちを零し、先ほどから物欲しそうに
双眼鏡をねだるシウカにそれを手渡した。
双眼鏡を覗いたことないのか、シウカは「おぉー!」と
関心の声を零しながら周囲を一望している。
もう少し緊張感を持って欲しいところではあるが、
逆にその興味深々にと尻尾を振るその姿に
どこか不安を和らげてくれるものがあった。
「…隊長さん、本当にこの作戦うまくいくと思う?」
そんなシウカを見ていた私の横から
ヴィアナが少し不安げな声色で訪ねてきた。
聖甲兵という強兵科に対しての不安からか…。
「サキサとキリアナがどれだけ早く合流してくるか…、
だが少なからずリゼッタたちは補給地に襲撃を成し遂げているのだ。
こちらにはエレノット将軍率いるリザードマン・ラミアを中心とした
爬虫類部隊もいる、あとはどれだけ私たちがそれをうまくサポートするかだ」
望遠鏡で確認した火山とはまた違ういい位置から立ち上る不自然な黒煙、
敵兵力分断の動きは確認済みだ、リゼッタたちは事を成し遂げ
敵部隊を迂回して私たちのところに向かっているはずだ、
時間が過ぎればそれだけこちらに余裕が出来る。
「……隊長さん」
現状を整理していた私に向かって突然ヴィアナが
どこか不安を感じさせる声色で話しかけてきた。
「以前みたいに…急に倒れたりはしないで頂戴ね?
今、この作戦では…いいえ…これまでもこれからも、
私たち第四部隊では貴方は間違いなく『要』なのだから」
「…心配するな、体調は万全だ。
それに私はお前たちの為にある、以前のような失敗は踏まんさ」
「ふふっ…、頼もしい」
(そんなこと言って…結局無茶するのが貴方なのよ隊長さん…)
「ザーンさん!」
そんなヴィアナとの会話に、エレノット将軍が
その蛇の体を引きずって現れる。その背後に一頭の黒い馬が同行していた。
「エレノット殿、用意していただけましたか」
「ええ、貴方に頼まれた通り。
部下に頼んで脚力の強い馬を一頭取り寄せたわ」
「有難うございます、では先ほど伝えた言の通り…
貴方方爬虫類部隊を中心に進軍、我が第四部隊は全面的なサポートに回り
一歩一歩確実に敵軍を押して行きましょう、焦らず確実に…。
リゼッタやサキサたちの分隊もこちらに向かっています。
相手は防御面に優れた聖甲兵、深追いせず徐々に追いやっていきましょう」
「了解したわ」
私たちは互いに敬礼を返し、
エレノット殿は自らの部隊の元へ向かい、私は用意された黒馬に跨った。
「隊長さん、乗馬での戦闘は久々じゃない?」
その私の姿を見上げながら、ヴィアナが顎に指を当ててそう呟いた。
双眼鏡で一通り眺め終えたシウカも私の姿とヴィアナの発言に
同意からかの頷きを示す。
「おお、そういやぁここ最近は見てないよなぁ…
訓練とかでなら何度か見てるけど、
実際の戦場で隊長の騎馬戦なんていつぶりだ?」
「いつでも良いだろう?お前たちも持ち場に付け、
ヴィアナが右翼、シウカは左翼からエレノット殿率いる爬虫類部隊と
足並みを揃えてカバーに回れ、私も騎馬でサポートに回る」
「なんだよ、足並み揃えろって言って隊長だけが敵陣に突っ込む気か?」
「もぉシウカったらお馬鹿さんねぇ、隊長さんは騎馬の機動力を使って、
爬虫類部隊をカバーしてる私たちをサポートしながら
部隊全体をカバーするってことよ」
「…なるほど?」
「ホントにわかってるぅ?」
どうも怪しいシウカの納得の声に、ヴィアナが首をかしげた。
「元々、アラクネとミノタウロスのお前たちでは機動性は望めない。
だが我々がカバーするのはエレノット殿を初めとしたラミアが大半の部隊だ。
足並み揃えるの簡単なことだ。わかるかシウカ?」
「う〜ん…な、なんとなく。ならなんで隊長だけ騎馬なんだ?
アタイたちのカバーに回るってのはわかるんだけどさ…」
「戦局を全体的から把握するためだ、騎馬ならば機動力はもちろん、
高い位置からの状況把握もやりやすい。それに、だ……」
私は鞘から愛用の長剣を抜き取り、目の前で少し掲げる形をとった。
「私の剣は身の丈程の長剣だ、騎乗ならその性能は発揮しやすい。
歩兵の状態で足並み揃えるとなると、
戦闘で周りに気を配らなくてはならなくなるか。
心配するな、騎馬戦はいくつか経験している。
キリアナ程ではないにしろ、うまく立ち回ってやるとしよう」
「まっ、隊長がそう言うならアタイはいいけどな。
だけどもしヤバそうになったらアタイたちを呼べよ?遠慮せず助けてやるさ」
「それは心強いことだ」
私は進軍準備を整えた魔王軍を一望できる丘の上に移動し、
その私の様子に気づき魔物たちは全員私に目を向ければ、
私は手に持った剣を掲げ声を上げた。
「全軍に伝える!
我が魔王軍はこれより敵軍を退け、
可能であればそのままヴェンガデン火山に向けて侵攻する。
しかし、その命…決して無駄にせぬ事を心に誓え!」
『おおぉーーーーー!!』
あたり周辺の魔物たちが一気に声を上げ、士気を高めた。
そして私はエレノット殿にアイコンタクトを送り、
エレノット殿は片手を掲げ、迫り来るマスカーに向けて振り下ろした。
「ぜ、全軍…攻撃開始!!」
こうして、彼女にとって第二の戦場の幕が上がった。
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《敵軍:マスカー視点》
「バダッサ隊長!敵魔王軍、進軍を開始!
真っ直ぐこちらに向かってきます!」
先頭を切っている騎馬聖兵の一人が前方の魔王軍の様子を伝えた。
「俺達聖甲兵を前に突っ込んでくるか。
舐めているのか…飛んで火にいるなんとやらだ」
「我等騎馬部隊、突撃の程は?」
「…いや、騎馬部隊はまだ動くな。
見てみろ、やつらの行軍を…なんて鈍さだ、欠伸が出るぜ」
「ラミアなどが大まかな部隊のようで。鈍いのも当然、ならば尚更!
我等騎馬隊の機動力をもってしてやつらを翻弄して…」
「まてまて焦るな。連中兵力を固めてやがる…
亀は鈍いが甲羅は硬いってやつだ、俺達もそれで行こうじゃねぇか?」
「はっ…、しかしそれでは消耗戦に…」
「…いいや、お前らは俺たちの後ろで待機、頃合を見て一気に仕掛けろ」
「了解しました、騎馬部隊後ろへ!」
騎馬部隊が後方へと移動を完了した後、
マスカー隊長バダッサを先頭に、兵たちはその足並みを早め、
向かってくる魔物たちを前にし、一歩また一歩を走り寄り
射程に入った所で手に持つ剣を振り下ろし、
その剣は相手の魔物に防御されるも、戦いの火蓋が落とされた。
「ここで功績を立てれば、再び王都防衛の任に帰り咲くのも夢ではない!
くくっ、さぁ来い魔物!俺の出世人生路の架け橋となるんだな!」
自らの剣を防いだ敵のリザードマンを巧みな剣術で退け、
続いて迫り来る数人のラミアの尻尾攻撃がバダッサを襲った。
しかし彼はその手に持つ盾で防御し、数匹のラミアの攻撃にひるむ様子もなく
盾でそれを押し返すのであった。
そのほかの聖甲兵の戦いも似たようなものであり、
後方から飛射兵や剣戦兵が援護に回りながら、
回避に聖甲兵の後ろに身を潜める立ち回りを繰り返し、
魔王軍は思いのほかマスカーを押し返すことに困難を極めていた。
しかし。
「うううぅぅぉぉぉおぉりゃぁぁあああああっ!!!」
【ドゴォーンッ】
『ごわぁーーーっ!!?』
一人のミノタウロスの強烈な一撃が、その聖甲兵の防御陣形に穴を開けた。
それどころか後方に退避していた飛射兵や剣戦兵までも巻き込み、
面白いくらいに何人もの人間が宙を舞った。
「うそぉっ!?」
その光景にバダッサは間抜けな声を零してしまうのだった。
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《ザーン視点》
「よし、敵陣系に隙が出来たぞ雪崩込め!」
兵力を一箇所に固めた状態の時ほど
シウカという強力なパワーを持つミノタウロスの心強い存在はない。
そこから出来上がった陣形の隙間に入り込むように、
リザードマンやラミアが聖甲兵の背後になど回り込み、
その聖甲兵の後方に下がっていた兵士などを次々と打ちのめしていく。
「おわわわわわっ!?あ、慌てるなぁ!い、急いで立て直せ!」
しかし、思いのほか敵の陣形の再編成が素早い、
なかなか訓練されている…侮れんようだ。しかし、それが災いだった。
一箇所の陣形の崩れに慌て、敵兵のほとんどがその崩れに向けて
警戒を強めていた。別のところでは更なる一撃があるとも知らずに…。
「ん…?う、うわっ!エ、エキドナっ!?」
「なにぃっ!?」
一人のマスカー兵がそれに気づいたがもう遅い、
エレノット殿の魔力展開は完了していた。
「ちょっと痛いかも知れないでしょうけど…男なら辛抱しなさい…ッ!!」
両手の平を敵軍に突き向けるエレノット殿から魔力エネルギーが展開され、
そこから所謂、球体にまとめ上げた衝撃波の塊が発射され、
豪快な破裂音と共に、我々は本日二度目の人間が宙に舞う光景を目にする。
【ドゥパァーーーーンッ】
『わああぁぁぁあああーーーっ!!?』
「バ、バダッサ様!敵軍の連続とした強撃に我が軍は総崩れです!」
「くそっ見誤った…!ここまでの魔物を引き連れていたとは…。
防御に転じすぎたのが仇となったか…!」
敵の指揮官は自らの爪を噛むような仕草で、
状況を見極め、今にも陣形が総崩れになり兵がバラバラになる前に
命令を下すのだった。
「ええい、戦いはじめたばかりだがしのごの言ってられんか…。
全軍撤退!!火山まで引き返せ!……この屈辱ぅ、火山にて晴らしてやる!
騎馬隊!撤退する我ら歩兵部隊を援護しろ!飛射兵はサポートに回れ!
敵を寄せ付けるな、撃て撃て撃て撃て撃て撃てぇっ!!!」
迅速な判断、それ故に効果があった。
近距離戦の状態にあった敵兵も、無数の騎馬兵による仲介。
さらにはその後方より降り注ぐ矢の雨が爬虫類部隊に襲いかかる。
《きゃぁっ!!》
ラミアやリザードマンたちがその矢を前にして頭を抱え込むが
私は即座に馬を走らせ、彼女たちの前を立ち塞ぐ形で
その矢を可能な範囲で振り払った。
「怪我はないか?」
「え…あ…!」
「だ、大丈夫…問題ないです!」
「あ、ありがとうございますシュザントの方!」
その様子を見て安堵の息を吐き、周囲の様子を確認する。
どうやら去り際に敵が放った矢による被害は思いのほか小規模のようだ、
私の他にもシウカの大斧が、ヴィアナの糸の壁が、
さらにはエレノット殿の衝撃魔法がその味方の防御に回っていたからだ。
……やはり、エレノット殿の潜在能力は大したものだ。
「隊長、追うか!?」
「火山の防衛勢力に加勢されたら面倒よ?」
「…いや、予想以上の短期戦、敵の判断指揮が思いのほか迅速だったな。
少しでも劣勢に強いられれば迷わず恥を忍んで背中を見せる…、
武人としてなら生き恥を晒すだろうが、兵を従える軍属者であるならば
あの撤退も決して無駄ではないだろう……さて、どうしたものか…」
撤退する敵軍の姿を眺め、敵もこちらへの警戒を一向に緩めず、
撤退のサポートに回っていた騎馬聖兵たちもその跡を追っていた。
確かに火山の防衛軍と合流されれば面倒ではあるが、
しかし同時にこちらにも追撃するほどの余裕はまだなかった。
本来、あの迎撃隊との戦闘中に合流する手筈であった
サキサたちの到着がまだだったからだ。
生半可な勢力で決戦に挑めば、それこそ己の首を絞めかねない。
「…リゼッタやサキサたちもまだ合流していない。
ここで彼女たちの到着を待つ、各員装備の確認!負傷者の救護にもあたれ!
気絶しているマスカー兵は一旦縛り上げてこの場で放置せよ!
準備が整い次第、我ら魔王軍は敵を追撃。火山へと挑む!」
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《マスカー視点》
ヴェンガデン火山山頂付近に構えられたとある建物の一室。
窓からは広大な景色が広がり、また別の窓からは灼熱火山がマグマを覗かせ
また違う窓からは、はるか遠くから高原の景色に蠢くように行軍する
一団の姿を映しているのだった。
その窓から一団を見定めるように見下ろし、フードで顔を隠す男
マスカー軍師ミライド・クランギトーは顎に手を当て戦局を考察していた。
「……ふむ、迎撃部隊を出したのが失敗だったか。
保険があるとは言え、出来ることなら『隠し玉』を使うことなく事を
終わらせればそれもまた良しであったが…致し方ないというものかのぉ…」
遠目ではあるものの、一部始終を眺めていたクランギトーは
こちらに着実と進軍してくる魔王軍に対し、
まるでどこか皮肉ったような物言いを零すのだった。
「失礼します」
するとその背後からヴェンガデン火山防衛隊長を務める
マスカーの飛射兵トレイトが敬礼を取りその部屋へと訪れた。
「…迎撃隊はどうも見誤ってしまったようではないか」
「はっ…申し訳ありません…」
「よいよい、戦場ではよくあることよ。魔物という存在が相手では特にのぉ
彼女たちは、常にに我等の上を行く…かつてのレスカティエの敗北を、
当時の教会思想者の誰が想像できたものか……」
「……………………」
クランギトーの虚しさを感じさせる言葉は、
トレイト自身はどこかやりきれない表情を浮かべさせていた。
相手が魔物である故に、撤退という形を彼は屈辱と感じているのだ。
「おっと、話がそれてしまった…何の用かの?」
「…はい、実は……」
「長話は済んだか?」
すると、そんなトレイトの背後より突然一人の若い男の声が
割り込むような形でトレイトを押しのけ室内へと入室した。
その男の姿を見てクランギトーはその目深に被ったフードから
僅かに覗かせる目を一瞬見開けるのであった。
「…どういうつもりかね?君には…『あの森』の管理を任せた筈だが…」
一歩一歩その若い男はクランギトーのもとへ歩み寄った。
整った顔立ち、しかしその目つきはひどく鋭く、
決して善人のそれではない…銀色の髪を覗かせるも、
その色合いはどこかギラギラと攻撃的な印象を与え、
眉に至ってはひどく釣り上がり、まるでこの世の全てを見下すような…
一体誰を信じているのか、と質問したくなるような…そんな目をしていた。
服装は黒い軍服の上にマスカー特有の深緑のマントを羽織り、
両肩には軽装ながらも上質な肩当てを装備していた。
「なぜ君がここにいる…『ケンバル・ハーベイ』殿」
その男、ケンバル・ハーベイは本来マスカーという国の要たる
軍師クランギトーを前にして高圧的な態度で鼻を鳴らした。
「ふん、なぜこの俺がわざわざお前のような老いぼれの
言いつけを丁寧に従わなければならん?」
その上、これが第一声であった。
「なっ!?ケ、ケンバル殿!失礼ながら、今貴方が口を聞いておられるのは
我らが軍師クランギトー様なのですぞ!?」
「はっ、だからなんだ?この俺に指図する気か?
ふん、クランギトー…部下の躾がなっていないようだな。
もっとも、棺桶に片足突っ込んでいるような老いぼれなど
所詮その程度ということか?悪いことは言わん、お前も軍師であり軍人…。
無様に老いて死ぬより、とっとと俺にその権限を継承させ
敵に向かって特攻でもしてきたらどうだ?名誉の戦死というやつだ。
今なら魔力性の火力爆弾をこっちで用意してやるよ、ありがたく思え?」
そして、本来であればありえもしない言葉の羅列を
その男はごく当たり前のように吐き出した。
それにはトレイトも我慢の限界に近づいてしまった。
「ケンバル殿…っ!!貴方という方は…!それ以上の無礼は許しませんぞ!」
「…ほぉ、お前如き雑兵が俺に楯突く気か?
いいだろう、魔王軍もすぐそこまで来ているんだ。
シナリオは…そうだな、魔物の軍勢を前に敵前逃亡を計り、
逃亡罪で味方に粛清を受け死亡、という情けない死に様がちょうどいいか?」
「なんだと…っ!」
トレイトは腰にかけているボーガンに手を伸ばそうと構え、
対するケンバルもそんな動きを見せるトレイトを前に
ニヤついた笑みを浮かべ未だにその高圧さを見せていた。
「双方やめよ」
今にも互いの戦いの火蓋が切れんという状況でひとつの重い声が
普段の柔らかい物腰から想像もできないような声が
クランギトーから発せられた。
「……………………」
「……………………」
「…やれやれ、トレイト殿。ここはもう良い
君は持ち場に戻り、迫り来る魔王軍に備えていなさい」
「……は…」
奥歯を強く噛み締めたような表情を浮かべながらも、
トレイトは敬礼を返しその場を静かに去っていった。
後に残った二人の間では、彼が立ち去る際に作り上げる足音が
リズムよく響き、そして遠のいていった。
「まったく、昔から君の血気盛んさは知っておったが
毎度のことながら、よくやるものだ。若さとしての其れもあるかも知れんが」
「はっ、俺は今か今かとお前の死を望んでいるのだ。
毎日の楽しみといってもいい、血の気がすこぶるのも当然のことだな」
相も変わらずの相手の口ぶりにクランギトーはため息をこぼした。
「君のそういう減らず口もここまでくれば大したものよ……
さて、では改めて聞くとしようか…何しに来たのかね?」
「くくっ、なんでも魔王軍が攻めてきたというじゃないか?
このヴェンガデン火山、マスカーが攻略して以来
何者も寄せ付けず、日々強靭な補強が施されたと聞いたが…
なるほど、大した要塞だな。老いぼれ爺にはお似合いだ」
「…………………」
「それに、聞いたぞ?なんでも大層な『隠し玉』があるそうじゃないか」
その言葉を口にした途端、フード越しにクランギトーは一瞬目を見開かせたが
すぐにそれは正常へと取り戻される。
「どこでそれを…とは聞かんでおこう。
君を相手に根掘り葉掘り訪ねてもキリがなさそうだ」
「くくくっ…今回の魔王軍がどれだけやるかは知らんが、
精々観察させてもらうとするさ。隠し玉を…ひいてはお前自身の力をな…」
ケンバルはマントを靡かせその場を立ち去ろうと背を向けた。
しかし、そこでクランギトーは口を開く。
「その言い分では、戦闘に加勢してくれる気もないようじゃが…
まぁ好きにするといい…しかし、なにも君ばかりが全てを知っているとは
思わんことだ…とだけは言わせてもらってはバチはあたらんかのぉ」
「………なんだと?」
「ワシも聞いたぞ?なんでもオヌシ最近面白いモノを手に入れたそうじゃの」
「……………………」
「先程から、部屋の外で…随分わしを見ておるようだが…
残念よのぉ、挨拶は期待できそうにないようだ…」
「…チッ、糞爺が。それで俺の上を行っていると
思ってるのならそれは大間違いだぞ、今に見ているんだな」
バタンッ、と大きな音と共に扉が締まり、
『ふたつ』の足音が徐々にその場から遠のいて行くのだった。
「くっはっはっ、ケンバル・ハーベイ…わしを目指し……
野心のみを望むその先に何が見えるのか。楽しみではあるのだがな…」
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《魔王軍:ザーン視点》
「隊長、サキサさんたちです!」
「来たか」
一足先にリゼッタとノーザが合流できたのは運がよかった。
サキサたちに先に合流され、リゼッタたちにやって来られれば
サキサたちは間違いなく私を問いただす…、
正々堂々を好むリザードマンたちのやり方に反した今回の作戦…
出来ることであればこのまま誤魔化していたいものだ。
例え、私が卑怯者と呼ばれようとも…
私は少しでも彼女たちを勝利に導き生きて帰したい、それだけのこと…。
「キリアナ、サキサ隊!只今作戦を終え合流しました!」
「ご苦労だ二人共。火山周辺を警備する巡回隊を撃破し、迎撃隊をも退けた。
これで我が軍は目標たるヴェンガデン火山攻略に集中できるというものだ」
「ザーン隊長、やったわね」
隊員を集め、それぞれの状況を確認し合う最中
エレノット殿が私の元に歩み寄り、作戦の順調具合から笑顔を見せていた。
だがまだ終わってはいない。
「ええ、しかし如何なる戦いにおいてもなにが起こるかはわかりません。
このまま順調に行くなら我らにとっては幸運。しかしあの火山……」
私が高原の先へと見える火山を眺めれば、エレノット殿に続き
隊員たちもヴェンガデン火山へと目を向けた。
距離にしてほんの数キロ、馬を走らせればあっという間の距離だ。
「魔王軍が退けられた後、マスカーによる要塞化が進んでいるとは
聞いてはいたが…まさか、自然体の塊である火山に対して
あそこまでのモノを築きあげるとは…マスカーの技術力、侮れん」
高原の先に見える真紅の山、かつて魔王軍が支配していた完全なる自然。
しかし今では、そこはまさに兵士が巣食う巣窟たる要塞へと変貌していた。
高熱に耐えられるように魔力で施されたであろう背の高い柱によって
無数の兵舎が火山の回りを囲むようにそびえ立ち、
正面では溶岩を寄せ付けぬように加工された広場、
火山の前には巨大な門が構えられ、火山周辺にも最低限の溶岩が
流れ出るように作られた特殊な外壁が構えられている。
ヴェンガデン火山は本来おとなしい部類ではない火山のはず、
しかしこの距離でもわかるようにその勢いはまるでない…
要塞化の為に火山の活動能力を何らかの方法で抑えられているのか。
少なからず、人間が火山で作り上げた要塞にしては
十分な程の代物が出来上がっているのであった。
…そして、火口付近の頂上に構えられた兵舎は一段と違っていた。
大理石で出来ているのではないかと思うような輝かしさを持つ作り、
火山の頂上にそびえ立つというのに、まるで宮殿か……
そう…そこにできていたのはもはや一種の聖域と言っても過言ではなかった。
「信じられないわね、あんなものを火山に作るだなんて…」
私の隣でエレノット殿がそう呟き、みなが内心で同意する。
しかし、我らにとってはあの作りは好都合でもあった。
「確かに、少なからず人間が生活し、戦闘の際には十分立ち回れるだけの
足場が十分すぎるほど出来上がっている。
ですが、私たちにとってもあれは都合がいいでしょう。特に…私はね…。
…行きましょうエレノット殿。この戦い、決着をつけましょう」
「……ええ、絶対に負けないわ」
私は再び馬に跨り、第四部隊のみなと共に隊列へと戻りに向かい、
その背後では火山を眺めていたエレノット殿の声を僅かにつぶやかれた。
「……みんな、無事でいて…」
「………………………………」
----------------------------------------------------------------------
《マスカー視点》
火山、正面門のすぐ裏手にて迎撃隊として出陣し
痛恨の先手を打たれ早急に退却を選んだバダッサ。
そしてそんな彼の親友であり、守備隊長であるトレイトは
先ほどの頂上宮殿であった一部始終を伝え悪態をはいていた。
「くそっ!軍師様はなぜあのような男を野放しにしておられるのか!」
「ケンバルって確かあれだろ?マスカー乗っ取りを野心にしてるっていう…」
「そうだ!かつて私が勤めていたマスカー士官学校を主席で卒業したが、
やつはバンドーと一緒で問題児だ…、実力こそはあるが野蛮さの塊だ!
学生時代、やつが模擬戦で何人の訓練生を使い物にならなくしたか…。
卒業後…地方の辺境にある『森』の管理を任されて以来は
多少大人しくしていたが…忌々しい、私はかつての教官だぞ…なのに!
奴はそれをわかって、私に向かって雑兵とまで言ったのだぞ!?」
「仕方ねぇさ、事実…今となっては降格した俺たち隊長格風情が…
地方管理を任されている将軍格であるあの小僧には逆らえないさ…
頭に来るのは同感だが……ああ、俺の人生なんだってこう……」
「くそっ、こんな屈辱…魔物に食い物にされたって味わえんわっ!!」
「トレイト隊長!バダッサ隊長!」
「「なんだッ!?」」
愚痴をこぼす二人の前に現れた兵士を睨み付けるかのように
二人は声を荒げて返すのだった。
「はっ…ま、魔王軍がすぐそこまで来ています!指示を!!」
「くっ、とうとう来たか…!正直不安で胸一杯だが、意地を見せてやるぞ!
気をつけろトレイト、今回の連中は一縄筋では行かんぞ…」
「だが、この火山で戦う以上…我々とて敗北は許されん」
「当然だ!これ以上の降格なんてあってたまるか!」
「何より今回の戦いは軍師様が加勢してくださるのだ、敗北などあるものか
…よしバダッサ、前もって軍師さまよりご教授していただいた陣形でいこう
お前は連中を門前広場にて迎えうち、私は…」
「外壁の上から援護射撃…だろ?期待してるぜ親友」
それだけ言い残すと、バダッサは急ぎ足で部下の聖甲兵部隊を引き連れ、
門を潜り広場にて陣形を整えるのであった。
「…持つべきものは、なんとやらだな。
ケンバル…あの性格だ、貴様には心を許せる友などいないだろう。
しかし、私には…悪友ではあるが、最高の理解者がいるのだ…
この戦い、友と勝利の栄光を手に我等は再び帰り咲く!」
そんな彼の様子を見たトレイトは僅かながら笑みを浮かべ
外壁への階段を上り、部下共々それぞれの射撃体勢を整えるのだった。
「「全軍!戦闘配備!!」」
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《魔王軍:ザーン視点》
「魔導兵だと?」
「はい、物資を警護していた敵隊長を含め数名……」
私はリゼッタとノーザの報告を聞いて眉間に皺を寄せた。
迎撃隊や国境砦では魔導兵の出現はなかった…、
物資を警戒しての厳重警備としては分かるが、
その出現は確かに無碍にはできない報告だった。
「…わかった、進撃の際は注意をしよう。
だが見ての通り戦いの風向きはこちらにある……我が軍の士気も上々…
できることなら祈りたいものだ、このまま順調にいくことを…」
「隊長!リザードマン騎馬部隊、配置完了しました!」
「同じく歩兵部隊も準備万端だぜ!いつでも行けるよ!」
私は前衛たる騎馬部隊より先導して待機し、後方より聞こえる
キリアナ、そしてシウカの声を聞き、剣を掲げた。
「全軍聞け!我等はこれよりこの戦いの決着をつける!
かつて我等が土地であるヴェンガデン火山を取り戻し、
勇敢にマスカーに立ち向かい、消息を絶った同胞たちを救うのだ!」
「…ザーンさん……!…」
私の言葉に後ろで歩兵隊の先導で立っていたエレノット殿が
感動したような声でつぶやくその口を手で押さえるのだった。
「前衛は我等騎馬隊が突撃を仕掛け、歩兵部隊は後続せよ!
あのような門前広場など前座に過ぎん!
目指すは頂上に聳え立つ忌まわしき宮殿!そして大将の身柄を捕獲!
皆の者!その命、決して無駄にすることなかれ…いくぞ、突撃っ!!」
『おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!』
「バダッサ隊長!敵騎馬部隊、突っ込んできます!!」
「怯むなぁっ!!先の戦いでの屈辱を晴らす時だ!!」
並行して陣形を整える聖甲兵部隊に魔王軍の騎馬が襲い掛かり、
敵の陣形を掻き分けるように突撃を開始した。
この後続にエレノット殿、シウカ、ヴィアナ含む歩兵部隊が襲い掛かり、
門前広場は激しい激戦区へと様変わりした。
「くらえ!」
【ドスッ】「きゃぁあっ!!」
「よぉし当たった!」
「いいぞ!仲間に当てぬようよく狙え!撃って撃って撃ちまくれ!!」
外壁の上より降り注ぎ矢は次々とこちらの
兵士たちに襲い掛かり、突撃の勢いを殺されつつあった…。
「隊長!外壁の上から飛射兵による攻撃!こちらの戦力が削られています!」
「ただでさえ守備陣形を突破するのに手間がかかると言うのに
あれだけの妨害か…全兵、身を屈め慎重に動け。しかし、厳しいか…
キリアナ、お前の弓であの外壁の上にいる飛射兵部隊をどうにかできんか?」
「……ッ、この位置では…」
「…となると、直接外壁へ侵入し叩くしかないか…」
「なら、私の出番じゃないかしら隊長さん?」
「…そうだな、丁度呼ぼうと思っていた所だヴィアナ」
「ふふっ、期待してくれていいわよ?
私ったら期待には全力で応えてあげたいタイプなのだから」
「なら期待するとしよう、そして命令する…ヴィアナ、この状況を打開しろ」
「了解隊長さん♪」
「キリアナ、事が実るまでヴィアナの援護に回るぞ。敵を近づけるな」
「はっ!」
…周りが戦の喧騒に包まれるなか、彼女はそこにいる。
まるで自分だけが別の世界にいるように、彼女の意識が集中される。
彼女の魔力が全身を渦巻き、白銀のヴェールのように、その糸は姿を現した。
両手を掲げ交わし、全身を駆け巡るような白銀の糸は
その蜘蛛の体というどこか禍々しさを感じさせる容姿を
不思議と恍惚と感じさせ、掲げた両手は標的へと向けられた。
「『魔巧技・蜘蛛標(まこうぎ・くもしるべ)』」
それは霧のようにゆっくりと空気を舞い、戦場を舞った。
空気のように宙を舞うその糸に戦闘中の兵士たちは次々と
手を止めてしまい、不思議とその糸を目で追ってしまった。
そしてそれは、外壁の上へと目指し…辿りついた。
「なんのつもりだっ!?バダッサ、そのアラクネを止めろ!!」
外壁上の男が叫んだ、だがもう遅すぎた。
糸は次々と広がっていき、それは瞬く間に厚みを増し、
いつの間にか、白銀の『糸の橋』が出来上がっていた。
「「なぁあんんだとぉおおおおおおおおっ!!?」」
敵兵隊長二人は声を揃えて悲鳴を上げた。
そう、この技の脅威なところは例え敵が防衛陣を張っていようと
それすらを飛び越えるようなアーチ状のような曲線型の橋が生まれ、
敵の主要部、敵将然り、後方支援然り、敵陣の心臓部へと
歩兵、騎馬兵を送り出すことができるのだ。
「シウカ!橋からの進行を妨害する聖甲兵を食い止めろ!
キリアナ!ヴィアナ!早急に敵弓部隊を殲滅するぞ走れえぇっ!!」
「はっ!」
「ふふっ、熱くなっちゃって♪でも弓兵さんたちの舞台はここで閉幕よ♪」
「止めろおおおぉっ!!飛射兵が叩かれてしまったら終わりだああ!!」
「おおっと!あんたらの相手はアタイだよ!」
糸橋に向かって駆け出した我々を血眼で食い止めようとする
聖甲兵部隊、しかしそれを許すまいとシウカ含む歩兵部隊が立ちはだかった。
「いいかいあんたら!隊長たちが飛射兵部隊を叩くまで
誰一人この橋を渡らすんじゃないよ!」
『おお!』
糸橋に向かって駆け出す聖甲兵部隊であったが、
それらすべてが妨害され、戦局は僅かに傾きつつあった。
「くそっ…!先の戦いといい…なんなんだこいつらの強さは!?」
そんな様子を、敵隊長は呟くのだった。
「ト、トレイト様!敵兵、ケンタウロス、アラクネ…そして人間が接近中!」
「見ればわかる!こんな手段でこの外壁に侵入してこようとするとは…!
だが我等はこの火山を防衛せし兵!たとえ外壁であろうと火山であろうと、
何者も我等が矢の前に上り詰める者なし!
この火山という高所こそ!いわば我等が建つべき場所!いわば頂点!!
底辺に這いずり回る魔物や敗北主義な人種如きに渡してなるものかぁーっ!!
撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃てぇーーーーーっ!!」
「ふむ、いかんなぁ…門での戦闘…、
旗色が確実に良からぬ方向へと傾いてきておる。
…出来ることなら『隠し玉』はもう少し、大物の魔物か大軍が来たときに
使っておきたかったが…まぁかまわん、いずれはバレることよ……」
「でやぁっ!」
「くぅっ…!!」
私が振り落ろした剣撃をぎりぎり交わした相手の弓隊長トレイト、
咄嗟に距離を取り、外壁の侵入者である我々も迎え撃とうと
すぐさま手に持つボーガンを構えた。
「ヴィアナ!」
「はいはい♪」
しかし、相手が距離を取った先には
回り込んでいたヴィアナが攻撃に移ろうとするが、
相手は弓兵とて隊長格、素早い動きでヴィアナへと対峙した。
「まさかあんな手段でこの外壁に侵入しようとは…只者ではないな?
今まで返り討ちにしてやった力任せな連中とは一味も二味も違う…
この爬虫類型の軍隊にしたってそうだ、一見やつらの成果に見せかけ…
その裏では確かなる援護が存在している……何者だ?」
「さぁ?なにも私たちのサポートがすべてじゃないわ。
貴方にはわからないでしょうけど、彼女たちだってね…必死なのよ?」
「必死か…男を犯し貪るのがか?」
「…そんな言葉しか出ない以上、貴方に答えはわからないわね…。
いいわ、せめて貴方は私の糸というお皿を用意してあげる。
大丈夫よ?ここにいる軍の娘たちはみんな良い子だもの♪」
「ほざけ虫けらが…標本にされたいか!」
私とキリアナは出来るだけヴィアナがあの弓隊長に集中できるよう
周囲に配置されている弓兵へと攻撃を仕掛けに回った。
そしてその外壁の上から地上の門前での戦局に目を向ければ、
聖甲兵は飛射兵からのサポートが絶たれたことにより、
シウカをはじめ、破壊力がある攻撃での力押しを受けていた。
そんななか、シウカのほうも聖甲兵の隊長バダッサと対峙を開始した。
「お前!あの時のミノタウロスだな!?さっきはよくもやりやがったな!!」
「あん?…ああ、あんた確かあの時の聖甲兵…」
「なにそのちょっと思い出した風な感じ!?くっそ…舐めやがって…っ!!」
「ふん!アタイは元々鎧で守備固めまくってるような奴は嫌いなんだよ!
御託は良いから、戦場なら戦場らしくさっさとかかってきな!」
「馬鹿が!戦いってのは守備を固めてからすべてが始まるんだよ!
さっきは油断したが、エリート兵科聖甲兵の意地…見せてやるぜ!」
「面白ぇ…全力でやるんだな!!」
互いの剣と斧が激しくぶつかり合う音が戦場で木霊するんのだった。
そして私は再び外壁上にいるヴィアナたちの戦いに視線を戻した、
相手のボーガンから放たれる矢は的確にヴィアナを狙うも、
彼女は蜘蛛特有の鋭い感覚から、
それらの命中箇所を蜘蛛の糸であやとりをするかのように
指先で作り上げた小型のシールドでそれを見事に回避していた。
だが相手も侮れない、ボーガンが発射されればすぐさまリロードを開始し、
予備の矢が尽きる前に周囲で倒れている部下の弓兵のストックと
素早く交換しているため、かなり連続的にその攻撃が続いていた。
ヴィアナも辛うじてその糸のシールドをジパングの手裏剣のように
投擲するが、相手もそれらすべてを素早い動きで回避していた。
「…意外にやるわね貴方、弓兵なのにまるで剣士みたい」
「そういうお前は防戦一方だ、よもやこの外壁にある
すべての矢が尽きるまで遊ぶつもりか?」
「あら…時間を掛けてしまえば、不利になるのは貴方のほうじゃなくて?」
「…いいや、これ以上時間なんぞかけん。細工は終わった…後は…」
「…なんですって…?」
すると、だ。
ヴィアナが防御して周囲に散らばった奴の発射した矢、
それらすべてがひとりでに一斉に宙に浮き、
刃先がヴィアナに向けて一点集中し動き始めたのだった。
「お前が果てるだけだぁっ!!『ボルト・プラネット』ーーーッ!!」
「そうね、これで終わりよ。ただし…貴方の敗北でね…」
「……なぜだ?なぜお前は串刺しになっていない…?
なぜお前を串刺しにするはずの私の矢が止まったままなのだっ!!?」
「へぇ…、矢を放つ際に魔力を掛けて操る技ってところかしら?
でも残念…不意を突こうとした小細工なんてね、
蜘蛛の私からすれば欠伸が出るわぁ…ふふっ、だから貴方に教えてあげる…
蜘蛛はね、見えない所でいつの間にか巣を作っちゃう生き物なのよ?」
「…なにぃ……?……!!…まさか……目に見えないほどの細い糸なんぞで
私の矢を止めているというのか…!だが、そんな隙は与えなかったはず…
……!…そうか、そうかそうかそうか……くくっ……ぬかった…!
さっき反撃で投げてきた糸のシールド!あれを張り巡らしたかぁーーっ!!」
気がつけば、足元には無数の糸の巣。
そしてその糸は外壁に立掛けられている燭台などを伝って、
ヴィアナの周囲に細い糸の結界を作り上げていた。
だが、それだけではない…足元に張られた糸はヴィアナの巧みな指の動きで
牙をむき、男の足に絡みつき始めていった。
「ぬっ……があああぁぁぁっ!!?くぅ、おのれぇえええ!!
偉大なるマスカーに…栄光あらんことをぉぉおおおおおおおっ!!!」
「そして、貴方の未来には…暗闇からの希望と愛の手を…ふふっ♪」
糸は男の手足を封じ、そして次第に糸同士が結ばれあい
トランポリンのような弾力ある床を作り上げた。
ヴィアナを男を括った糸の塊を掴み、その床向けて放り投げれば、
弾力の反動で男の体は宙高く跳ね上がり、そして叩きつけられるのだった。
「トレイト…ッ!!おのれ……許さんぞ…!
俺の親友の敗北…すなわちこれ以上にない屈辱だ!わかってるのか!?」
トレイトという飛射兵の敗北を目の当たりにし、
門前広場で戦闘を繰り広げる聖甲兵部隊の隊長バダッサは
怒りに満ちた形相で対峙するシウカを睨みつけた。
「さぁね、アタイはサキサたちとは違って勝ちには拘らないタイプだからね
それにいくら強がったって、負けるときは負けんのさ。
よく言うだろぉ?敗北を知るのも強さだって」
「黙ってろこの牛女!ベラベラしゃべりやがって!」
「なら望みどおり戦いで語り合おうかい!」
シウカの斧による一撃が相手に襲い掛かり
男のほうも装備している大盾で防御するも、
やはりミノタウロスの怪力を前に、ガードした瞬間激しく後退する。
「へっ、アタイにパワーが勝てると思ったらとんだ大間抜けって奴だね!?」
「確かにな、だが俺たち聖甲兵は何も重装備だけが取り柄じゃない」
「なんだって…?」
すると、盾で防御する手とは逆の手に装備するロングソードを振り下ろす。
シウカは攻撃から防御に転じロングソードを防ごうとするが、
剣が斧に触れた瞬間…そうその瞬間だった、
シウカの肩に『ツララ』が直撃していたのは…。
「ぐっ…!…へぇ…?意外だったねぇ…
まさか、こんな火山の目の前で、氷を拝めるだなんて…」
「今お前が味わっている冷たさ…命の灯火が消えれば、それもヌルいモノだ」
青白いツララは徐々に赤く染まっていく、
シウカはそのツララを引き抜けば地面に叩き割るのだった。
「俺たち聖甲兵は剣術、魔術の両方を使いこなすオールマイティを持つ。
だからこそ、お前みたいな力押しの奴には魔術が有効なんだろ?」
「さぁ、どうだろうね!!」
再び斧を強く持ち、強烈ななぎ払いを放つ。
バダッサこそは防御しているも周囲にいたマスカー兵たちは
その衝撃を受けただけで体勢を崩し、その隙を魔王兵に突かれてしまう。
しかし奴は防御している。その事実だけがシウカにとって厄介だった。
再び相手が剣を振り下ろせば後ろに飛んで回避するも、
その剣の軌道に添うかのように数発のツララが再び生成され降り注ぐ。
「二度目は効かないよ!」
斧で振り払うかのようにツララを退けるも、
その振り払った直後を狙うかのように、敵は剣を振り上げた。
「だから効かないって言ってんだろぉ!」
しかし、魔物の身体能力をフル活動するかのように、
シウカは力ずくで再び斧を防御に使う。
剣の刃は斧へとぶつかり、独特の金属音が木霊する…。
しかし、直後に聞いていて気分がよくなるようなものでもない音が響いた…。
…シウカの体を再び数発のツララが貫いていたからだ…。
「ぐっ…ぅ……っ!!
そう、か…剣を杖みたいに…魔術の触媒にしてるんだったな…」
「タフな女め、致命傷は避けてるとはいえまだ膝を折らないか。
…お前たちはいつもそうだ、お前たちは人間を信じている…
だが人間なんてものは下らないもんだ!志半ばで平気で諦める!
なのにお前たちなぜ膝を折らないんだ!!なぜ戦える!?なぜ手を結ぶ!?
なぜそこまでして人間との友好を重んじる!?
見てみろ俺たちを!お前たちの生態を知って尚戦う俺たちを!マスカーを!!
こんな俺たちに痛めつけられてもお前らはまだ人間を信じられるのかよ!?」
「うるっ…せぇっ!!自分の種族を馬鹿にしてたらお終いだろうがっ!!」
ツララに貫かれた体を必死で動かし、シウカは大斧を構え睨み付けた。
其処からすぐに、シウカは駆けた。しかし男は目でそれを追えていた。
そして先程の高ぶった声とは裏腹に、男は冷酷な声で言った。
「…お前は、少なからず戦いに身を置く自分を信じているようだな…、
ああ、そうだな。俺は今…転落人生だが…これで『跳ね返る』…!
お前たちを八つ裂きにして、築き上げた肉塊の弾力で
俺は元の人生以上に上を目指してやろうじゃないか!!」
斧を構え直進するシウカを迎え撃とうと、男はその剣を掲げた。
「だからお前は、俺たち人間を恨んで死ね」
そして、男は歪んだ笑みを見せるのだった。
「『フロスト・アンビション』ッ!」
現れたのは、巨大な氷の剣。
男の頭上に現れた氷の剣は、男が装備している普通の剣と動きを同調させ、
男が豪快に剣を振り下ろせば、装備している剣こそは空振りするも、
頭上の巨大な氷剣は、シウカに向かって圧倒的な殺意を仕向けた。
「…恨まないよ…アタイが気に入ってる男は、人間なんだからね…!」
斧を持ったまま構え、シウカの全身から独特の赤いオーラが浮かび上がる。
地面は振るえ、腕の筋肉が震え上がり、髪がなびき上がる。
振り下ろされた氷剣が目の前に迫る直前に、ミノタウロスが叫ぶ。
「『牛突猛攻・アクスエストカーダ』っ!!」
赤いオーラから姿を現すのはオーラから魔力形成された巨大な大斧。
シウカの持つミノタウロスの斧を幾分も上回る巨大な大斧。
「こいつでぇ…てめぇは頭でも冷やしてろぉおおおおーーーーーーっ!!!」
シウカの持つ斧が振り下ろされると同調し、魔力形成の斧も振り下ろされる。
二人の技の形態はまったくといって良いほど似ていた。
【ドゴォオオオオオオオンッ】
巨大な轟音が響き渡り、空には、氷が散っていた。
その光景に周りで戦いを繰り広げた兵士たちは見惚れてしまい、
一瞬ではあるが、戦場は静寂と化していた。
そしてすぐに、氷と共に宙を舞った男が地面に叩きつけられる音が響く。
「………悪い、な…トレイト……俺の、くだらねぇ転落人生に……
お前を…巻きこん……じま……っ……て………。でも…仕方…ねぇよな…?
…こいつらよぉ……まぶしいぐらい…まっすぐ………」
「門を守護せし二人の騎士は敗北した…………
これにて魔性の乙女たちは招かれる…この灼熱の大地に………
そして、思い知ることとなる……我らマスカーの力を…ほっはっは」
「門が開いた!みなさん、一気に雪崩れ込んでください!」
『おおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!』
門を守る隊長と兵士たちは全滅し、門が開かれれば大量の魔物たちが
火山へと駆け進み上っていった。
「シウカ、ヴィアナ、大丈夫か?」
私は騎馬に乗った状態で、体に突き刺さったツララを引き抜き
負傷した箇所をアラクネの糸で治療する二人へと歩み寄った。
「はっ、これくらいで音を上げてたまるか…って言いたいけど、
はっきり言っちまえばクタクタだよ隊長、ははっ…いててっ!!」
「もぉシウカったらぁ、治療中なんだから大人しくしてなさいよぉ。
まぁ…私も正直魔力が限界かしら?結構な大技使っちゃったし」
「だがお前たちのおかげで門は突破できたのだ。よくぞやってくれた」
「ふふっ、そういう台詞はこの火山を完全に制圧してから言ったらどお?」
「ああまったくだよ隊長?まだ戦いは終わっちゃいないんよ!…あてて…」
「…無理はするな、お前たちは一時戦線を引け。後は私たちに任せておけ」
「ああ、そうさせてもらうよ。
でもまぁ、門は突破できたんだし後は楽なもんだろ?」
そのシウカの台詞はもっともだった。
戦場で油断はできないとはいえ、マスカー領側から増援が来るにしても
我々の襲撃を察知された時間から考えてまだかかるはずだ…。
それも踏まえて、形勢は明らかにこちらのもの。
…だが、私はやはり引っかかった。
「…だといいのだがな」
その言葉だけを残し、私は再び跨っている黒馬を走らせる。
すると、突撃する魔王軍の一部隊の先頭で走るキリアナ、サキサを確認した。
別の突撃部隊に目を向ければリゼッタとノーザ、
そしてエレノット殿の姿も確認する。
それぞれの部隊は火山の頂上である宮殿を目指し駆けていた。
「キリアナ」
「はっ!」
「門を突破してからの戦局はどうなっている?」
「防衛用の迎撃部隊と何度か衝突してはいますが、問題ありません。
おそらく連中からすれば門での戦いで決着をつけるつもりだったのでしょう
敵軍の動きが疎かになっています。気味が悪いぐらいに……」
キリアナも感じていた、この口に表すのが難しい感覚。
戦場特有の…勘と言ってもいい。
私は一度キリアナたちの部隊から離れエレノット殿の部隊と並行して走る。
「エレノット将軍ご無事で?」
「ザーンさん!ええ、なんとか。先の戦いでは助かったわ」
「ヴィアナたちの働きがあってこそです。
それよりも、このまま宮殿目指しての進撃……注意してください」
「…?…なにかあったの?」
「いえ…状況はこちらの優位に変わりはありません。
ですが、どうにも敵の動きが気になります。
門を突破してから…敵の防衛がどうも疎かになっています。
奴らは門での戦いで決着をつけたかったのでしょうが、
それならそれでこの疎かな防衛も気がかりなのです………」
「…どういうことかしら?」
「……まるで我々をおびき出しているかのような…」
「なんですって…!?」
【ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ】
「…!?…なんだ!?」
「地震……っ!?」
すると、突如火山全体から地響きのような揺れが発生し、
突撃していたそれぞれの部隊も動きを止めた。
「まさか、噴火…!?」
「安心なされ、この火山に噴火など二度と起きんよ」
『!!?』
振動で皆が気を取られ一瞬目を離した隙だった。
我々が進軍すべき頂上に向けての、その目の前にその男は立っていた。
全身のマスカーの魔道師特有のローブを羽織、
そして顔を隠すかのように目深にフードを被るその出で立ち。
私たちはその身に汗が流れるのを感じた。
その風貌、それは私たち第四部隊の誰もが一度目にした姿だったからだ…。
「ミライド………クランギトー…ッ!!」
「なんですって…!マスカーの魔導軍師…ッ!?」
地響きはそのまま収まっていき、
我々はその目の前の相手に目を離すことなく武器を構えた。
「ふむ、何も出会って早々急くこともなかろうて?」
『…………………』
そんな言葉などなかったかのような、緊張感がその場を支配していた。
目の前にいるのはマスカー創立より暗躍してきた魔導軍師。
数々の戦場で、この男の策で敗北した魔王軍は数知れず…
魔王軍にとっては、あのマスカー・グレンツ…その父である始教帝…
その次に数えられる程の危険人物なのだ。
警戒しないほうがどうかしている…。
(まさか魔物領との国境付近であるヴェンガデン火山を指揮していたとは…
…待て、冷静に考えろ……この男が火山にいる自体はこの際どうでもいい…
問題は、なぜ一人でこの大部隊の前に現れた……?
一人で勝てる自信がある?なんらかの時間稼ぎ?それとも……)
「ほっはっはっ、考えておるようだのぉ。そこの若いの」
「…………………」
思考が凍りつくような感覚だった、
陣形を見渡すように目を配らせていた相手が…突然なんの前触れも無く、
私のほうに目を向けてきたのだから…。
「そう怖い顔なさるな。若いのに眉間の皺が濃くなるようでは悲惨じゃぞ?
しかし、なるほどのぉ…対マスカー特別組織、名はシュザントと言ったか。
国境砦からこの火山までの電撃的進軍……、諸君らの策略を前に
我がマスカーの兵も瞬く間に堕ちていったわ、恐れ入る恐れ入る…」
「……我々を前に、こうして現れた目的は何だ」
(隊長……ッ!?)
緊迫状態が続く中、私はその男に言葉を返した。
当然周囲にいる魔物たちすべてが私に対して目を向けるなり、
注意を呼びかけようと顔で訴えたりなどの気遣いを見せてくれていた。
しかし、この緊迫した状態…相手にばかり語らせているようでは
それこそこの場を相手に飲み込ますような事態になりかねなかった。
「ほっはっはっ、ようやく口を開いてくれたのぉ。
お主ら、ワシを前に随分と気が張っているようじゃが、力を抜くといい」
「…とても、噂に名高い魔導軍師の言葉とは思えないわね」
そしてその言葉には、エレノット殿が返すことなった。
私は彼女に『警戒を解かないようにと』アイコンタクトを送ると、
彼女もそれを返すのだった。
「ほぉ、エキドナの将がいるとは聞いていたがお主のことかの?」
「ええ…まずは自己紹介でもしましょうか。
私の名はエレノット…かつて、この火山の指揮を執っていた
魔王軍の将…サラマンダー・ジィナの姉よ!!」
その言葉で、私は今やっと…彼女がこの戦いに赴いた
その硬い真意を知ることができたのだった。
「サラマンダー……そうか、確か…この火山を指揮していた
魔物がそうであったな…我がマスカーもこの火山攻略には手を焼かされた。
火山だけにのぉ…ほっはっはっはっ」
「………知ってるなら話は早いわ、…貴方に質問するわ、
彼女は…どうなったの…?」
その質問に、ならぬエレノット殿が震えていた。
この火山の地でなら、敗北しても溶岩などを利用して
魔物特有で身を潜める箇所はいくつもある。
しかし、将であるそのサラマンダーの生死はマスカーでも承知している筈だ。
ましてや…この現場指揮を勤めている魔導軍師が知らないとは考えづらい。
いわば、この相手は質問の回答者として最高の相手でもあった。
「ふぅむ、教えてやってもよいが…さて、どうしたものか」
「もったいぶらないで答えなさい!」
「…隊長、どうします?」
クランギトーと対峙するエレノット殿、
その二人の様子を伺いながら、キリアナが私に耳打ちをしてきた。
「奴が単独で我々の前に現れた事自体が何らかの策の内か……。
しかし、見てのとおりあの性格だ。なんともやりづらい……」
「気づかれないように取り囲みますか?」
「不可能だ、噂の魔導軍師がそれを見逃すとは考えにくい。
だが何らかの時間稼ぎという可能性もある、周囲警戒怠るな」
「はっ」
「安心せい、ワシが現れた意味などすぐに分かる」
『!!?』
再び、心臓を鷲掴みにされたような感覚が私とキリアナを襲った。
私たちは恐る恐る、クランギトーへと顔を向けると
奴はまっすぐと私たちの目を見ていた。
「…誰か疑問に思わなかったか?
人間に過ぎぬ我々がなぜこのような荒々しい火山などを制圧したか」
「私たち魔物の住む場所を奪うためでしょう!」
「エレノット殿!冷静に!」
「それもある、しかし…本命は違う…我々も必要であったのだ。
この火山という…強力なエネルギーが……」
「何だと…うおっ!?」
【ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ】
すると再び、火山全体が振動を起こした。
まさか…これに関係しているのか?
「この火山に一体何をした?」
「エネルギーを支配した」
「なに!?」
「言ったであろう?意味はすぐにわかる、と」
【ドゴォオオオンッ】
「なんなの!?」
突如、地面の振動はまるで地から這い上がるように勢いを増し、
火山の斜面の一角から何かが飛び出し始めた。
それもひとつだけではない、続けて次々と………
気が付けば、火山を着飾るかのように…それは均等に聳え立っていた。
「………塔?」
そう、現れたのは細長い柱のような塔だった。
塔…と呼べるほど背は高くは無い、しかし私は柱ではなく……
塔、と口から零すのだった。
「さぁ、はじめよう…諸君ら魔物にとって…新たなるマスカーの脅威伝を!」
その現れた塔を眺めながら、クランギトーはその口元を微笑ませた。
すると、火山山頂の宮殿が突如激しく輝き始め、
一筋の光が宮殿より伸び、それは私たちのすぐ傍にある
塔の先端へとたどり着いた。
「あれは…レンズ…か?」
塔の先端に設置されているもの、それは巨大なガラスのような……
しかしガラス越しの光景の不自然な屈折具合から私はレンズと判断した。
宮殿より伸びた光はそのレンズへとたどり着き、
すると光はそのレンズから反射され、火山に設置されているすべての
塔へと光が伸びていくのだった。
「理論上…この塔を完成させるためには、どうしても必要だったのだ。
強力なエネルギー…つまり、火山のマグマのような高熱……
あの宮殿はいわば橋渡し、火口よりエネルギーを吸い上げるように取り込み
それを光として塔のレンズへと導く…そして塔は塔へと光を広げる。
…さて、最終的にあの光はどこへ向かうと思う?」
「…………まさか、貴様……!!」
私はその身に不安を包み、相手が仕掛ける前に馬を駆け出し攻撃を仕掛けた。
しかし斬撃は空振り、クランギトーは余裕綽々と
ステップを踏むかのように跳躍した。
「おおっと、危ない危ない。ほっはっは、中々鋭い攻撃よな」
「これならどうっ!?」
「おぉ?」
そして回避の動きに合わせてエレノット殿が魔術攻撃を仕掛け、
その場から巨大な衝撃を発生させ、砂煙を舞い上げた。
徐々に煙が晴れるとその場には誰もいなかった。
「消えた…?いや、まさかこれは…」
「うそっ…魔術のビジョン…!?こんな高度なものを人間が………!?」
「全員走れ!あの宮殿へ全速力だ!急げ!!」
「え、ちょっ…なに!?」
私が周囲に向けて叫ぶと、
皆は戸惑いながらもキリアナやリゼッタたち第四部隊の
先導もあり急いで前進を再開した。
私も馬を駆けさせれば、その後ろからエレノット殿も
理解不能のまま付いてくるのだった。
「ねぇザーンさん!どういうことか説明して!!」
「…はじめから奴が現れた事自体が時間稼ぎ………
本体はおそらくあの山頂の宮殿、
この光を発生させているのも、おそらく奴の術によるもの」
私の言葉に周囲へも不安が駆け巡った。
クランギトーの行動…そして、この塔へと駆け巡る光へと。
「ザーンさん、この光は一体……え?」
エレノット殿が私に質問しようとしたその瞬間…
我々は呆気を取られていた、そして同時に驚愕した。
駆け巡る塔の光、そして反射と反射を繰り返し、光が集束した塔より
『光が牙を向いた』。
それぞれの塔のレンズに集束した光が我々のいる火山の斜面へと伸び、
強力な熱エネルギーが光線となって襲い掛かってきたのだ。
「レーザービーム!?」
エレノット殿がそう口にしたが、まさしくその通りでもあった。
光に当てられた地面からは焦げたような黒煙が舞い上がり、
それだけですさまじい熱エネルギーであることが分かる。
そしてあろう事か、光線は次第に進軍している我が軍へと
光の角度を徐々に変えて向かってくるのだった。
「隊長ぉ!!あの光が直撃すればひとたまりもありません!!」
顔から滝汗を流しているリゼッタが叫んだ。
いや、彼女だけではない…行軍している皆がその尋常じゃない汗を流した。
それだけあの光の危険性を本能的に察しているのだ。
「隊を分け四方から山頂を目指せ!宮殿に辿り付き術者を止めろ!」
光線は一つだけではない、
火山を着飾るように聳え立つ塔は目測で10はある。
つまり、10という数の光線が次々と襲い掛かってくのだ。
「キリアナ!サキサ!リゼッタ!ノーザ!
お前たちはそれぞれ率いている部隊を先導するんだ!
光の動きをよく見て動け!直撃すればそれだけで隊は壊滅するぞ!
エレノット殿の部隊は私と共に進んで頂きたい!」
『はっ!!』
「わかったわ!」
「では散開ッ!!目指すは山頂の宮殿!!行くぞぉ!!」
「さぁ、『十裁塔(じゅうさいとう)』よ。
至高の灼熱を持ってして、我らマスカーの脅威を示せ」
14/01/12 23:14更新 / 修羅咎人
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