第九章†勝利とまやかし†
戦いから見出すもの。
人によってそれは異なるだろうが、
私たちは魔王軍にとってそれは自分たちの強い『共存意志』である。
本能が人間の性を求め、血を流し死を招くことを嫌い、
共にこれからの時代を愛と共に歩んでいくという
魅惑的ながらも、意志の強い願望………、求める未来なのである。
しかしだとすると、我らの敵マスカーの嫡子。
マスカー・グレンツ・レインケラーが戦いの中で見出し、求めるものは
長き歴史で古き時代からの魔物と人間が続けてきた生き残り合いからなる
『闘争本能』なのかもしれない。
いわば、絶対武力・反魔物国家マスカーは
魔物が男の性に飢えているのと同じように…………
戦いに飢えているのかもしれない……………。
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≪主人公:ザーン視点≫
マスカー・グレンツ・レインケラー率いる聖甲兵部隊。
ゼム・バンドー率いる騎馬聖兵・飛射兵部隊。
この侵略部隊を退けた私たちは現在、
クレデンの森を後にし、山林軍事演習場の森を
魔王軍の魔物たちと共に引き上げようとしていた。
夜の闇に包まれた森をゴブリンやオーク、魔女など
が疲れた足取りで引き上げていき、
ホーネットも素早く飛ぶ気力すらもないようで、
低空をトロトロと飛行している。
傷のひどい者や歩くことがままならない者は、
あらかじめ用意していた馬車に乗せてもらっており、
その行列をホーネットのネルディが誘導している形になっている。
そんな列からはぐれないように何人かの魔物が松明を照らし、
キリアナやノーザがはぐれた魔物などがいないか列を監視しに回っていた。
ケンタウロスやハーピー種のああいった機動力は羨ましい限りである。
そしてこの列にはスーアのところのサハギンたちも含まれている。
彼女たちはこの森に住む魔物だが、戦場での戦闘支援、
今回の戦いでの作戦は彼女達のおかげで成功したようなものだ。
キャスリン将軍はその礼へと自身の拠点へとサハギンたちを招待したのだ、
はじめはサハギンたちも遠慮したが、
将軍からしてみれば、戦闘で負傷したサハギンの手当てもあれば、
彼女たちのこれからの協力関係をより深く築いていく必要がある。
そうすれば、この山林地帯演習場での
非常時のトラブルを彼女たちに助けてもらえるだろう。
そして私はその列の流れを誘導しながら、
とある『水晶』に向かって会話していた。
〔ではマスカー・グレンツ・クランギトーは取り逃がしたのか?〕
「申し訳ありませんカナリア公。ですが、
敵は我々の想像を絶する強さを持て余していました。
むしろ損害が少ないことが幸いです………」
〔貴様の意見など聞いていないぞ人間がッ!
たくっ、もしも隊の誰かが命を落としていたら
お前の命を地獄に落としているところだ………ッ!!〕
「……………………………」
私は『水晶』の向こう側にいるカナリア公の苛立った姿を見ながら
とりあえず押し黙ることにした。またなにを言われるかわかったものではない
おっと君にも説明しないとな、久しぶりに……。
私が今話しているヴァンパイアのカナリア公は水晶に映っているのだ。
この水晶と言うのが、バフォメットや魔女などが作り上げた魔道具で
離れた相手にも互いの姿を映して会話できるという優れものだ。
君の世界で言うテレビ電話などに近いだろう。
ちなみに会話したい相手を特定する方法は、
君の世界の電話番号のように、特別な詠唱を唱えることで可能とする。
発明当初こそは大変話題を呼んだが、
高価ではあるものの、今ではごく当たり前のように大陸中に普及し
マスカー含む、世界中がこの水晶を有している。
「それでなのですがカナリア公。
魔王軍はもちろん、第四部隊の隊員たちも疲れております。
一旦、キャスリン将軍が統一する魔王軍正規拠点で休養をとり
疲労や傷を癒した次第でそちらに帰還しようと思います………」
〔…なんだと……?〕
カナリア公が眉間を歪める、見るからに反感意志の塊だ。
すると水晶を覗き込む私の隣から
キャスリン将軍が割って入り、水晶を覗き込んだ。
「カナリア総隊長殿、キャスリンよ。
これは私たちからの要望でもあるのよ、今日はもう遅すぎるし、
そっちについた頃には朝になってしまうわ。
私の拠点ならここからすぐだし、
ちゃんとした休養設備もあれば移動用の転送陣だってあるわ。
そちらの人員を借りるような形になるけど、かまわないかしら?」
〔………………〕
「それに、今回の戦闘はマスカーの重要人物である敵嫡子
マスカー・グレンツ・クランギトーが現れたのよ?
私の拠点でできる限り奴の情報を集め、まとめ次第
ザーン隊長率いる第四部隊と共にそちらに渡しましょう。
これなら文句もないでしょう?」
〔…………そちらがそう言うのであれば仕方がない、私は何も言わん。
ザーンよ!隊員たちが回復し情報が纏まり次第、すぐに戻ってくるのだぞ!!
貴様にはやってもらうべきことが山ほどあるのだからな!!〕
「はっ!」
私は水晶に向けて敬礼をすると、
みるみると水晶からカナリア公の姿が消えていった。
私は手に持つ水晶を本来の持ち主である魔女に「ありがとう」と
礼言い、渡し返すとその魔女は私に一礼し、仲間のところに戻った。
「やれやれ、貴方のところのヴァンパイアさんは相変わらずのようね」
私は引き上げの行列のなか、
キャスリン将軍の提供してくれた馬に乗馬した状態で、
同じく乗馬状態の将軍の皮肉に答えた。
「…もう慣れた身です、それにシュザント拠点にいる
私のほかの人間兵にも同じ態度ですからな、
なにも特別私を嫌っているわけでもありますまい」
「それほどの人間嫌いがよく魔人連合軍(魔物+人間)の
総隊長なんて務まるわねぇ……、前からあんな感じなの?」
「ええ、私がシュザント第四部隊の隊長に着任したときからずっと………」
「?隊長に着任したときからって………、貴方一般人からの出じゃないの?」
「…………元は魔王城で働いていた身です」
「魔王城で?もしかして勇者部隊?」
「いえ、どちらかと言えば近衛兵のような役職でした
定期的に城下町をパトロールし、一日の出来事をレポートにまとめ
上に提出するような毎日でしたがな………」
すると周囲を警護していた第四部隊のみんなが
耳を大きくしているのに気付いた。
「お前たち…、話を聞くのはいいが務めを怠るなよ?」
『了解………』
みんながぶすっとした顔で警護に戻るが、
相変わらず聞く耳は立てたままだ。また機会があれば説明してやらねばな。
「第四部隊の隊員さんたちはそのことを知っているの?
えらく聞く耳をたてちゃってるけど…」
「私が魔王城に近衛兵士として務めていたのは知っています」
「そう、でもよく近衛兵みたいな役職で軍の隊長格なんかに抜擢されたわね」
「色々わけがあるのですがね、
過信しているわけではありませんが、
元々剣の腕を含め、戦場での状況判断がそれなりに扱えるので
それを上に買われた次第です、
新生マスカー対策軍部の隊長を務めてみないか 、とな……」
「確かに貴方の剣術、作戦指揮能力は私も一目置いているわ。
それ以前はなにをやっていたの?
まさか近衛兵の役職でそうそう身につく能力でもないでしょう?」
「…………………………」
この質問に私は黙り込んでしまった。
第四部隊のみんなやキャスリン将軍は興味津々のようだが、
この質問に答えるにはいささかばかり抵抗があったのだ。
「………………わけあり?」
「………………ええまぁ…」
私はキャスリン将軍の顔を見ることもできず
目線を森のほうへと外してしまった。
「そう、それなら無理に質問するのも無粋ってものね……
でもねザーン隊長………、私は別に構わないけど
貴方のところの隊員たちはわけが違うわよ?
これからも共に戦っていく一番親密な仲間たちですもの、
いつか話してあげるのも、それはそれで大切な信頼関係じゃないかしら……」
「…………その言葉、以後我が心に留めておきましょう…」
≪シュザント:サキサ視点≫
「みんな、疲れているだろうが隊列から離れていかんぞ。
隊からはぐれてはそれこそ危険だぞ。
もしも傷が痛む者や歩けない者がいればすぐに報告してくれ」
私こと、リザードマン サキサは
魔王軍からの魔物兵たちの疲れた足取りでの隊列を監視を続けていた。
皆戦いの後で相当疲れているな、
スーアたちのサハギンや魔女たちはまだマシのようだが、
オーク、ゴブリン、ホーネットはほぼ正面から敵と対峙した為、
一際その様子が強く現れている。
私か?私は盟友キリアナと連携しての戦闘だったからな、
確かに多少の疲れはあるが、これといって目立つほどのものでもない。
グレンツ・マスカーとの戦いでも、
どちらかといえばシウカを援護しての戦法だったし、
奴には力負けしたものの直接的な傷もほとんどない。
なにより今の私は自分の体よりも隊長の会話が気になっていた。
「そう、それなら無理に質問するのも無粋ってものね……
でもねザーン隊長………、私は別に構わないけど
貴方のところの隊員たちはわけが違うわよ?
これからも共に戦っていく一番親密な仲間たちですもの、
いつか話してあげるのも、それはそれで大切な信頼関係じゃないかしら……」
「…………その言葉、以後我が心に留めておきましょう…」
仲間………、そう私たちは隊長の仲間だ!
しかし、あの方にも事情があるのだろう……、
将軍殿が言うように、私たちも以前に何度か隊長の過去について
本人に質問したことがある。
しかしあの方は決して言うことはなかった。
いや、これからも当分この話がくることはないかもしれない、
しかし隊長と私たちの関係は少しずつ深まっている筈だ、
この演習だって、隊長自らが私たちと共に過ごす休日を考慮してくれたのだ、
それは確かなる深まりの進歩…………、
これからも……少しずつでいい、
少しずつ、あの方に認めてもらうよう頑張ろう………、
あの方のおかげで私たちは今日まで生きんこっているのだから………。
私は意を新たにし、魔王軍の魔物たちの誘導をつづけるのであった。
-----ぴちょん
「うひゃあっ!?」
すると尻尾を突然冷たい感覚に襲われ、
私は不覚にも奇妙な声をあげてしまった。
ああ、止めろ……そんな目で見ないでくれぇ……;////
と、とりあえず!
冷たい感覚の正体がすぐにわかった。
夜の空を見上げてみると、そこから無数の雫が降ってきたのだ!
それでいいだろ!!
「降ってきたか……、隊長!」
私は雨を確認すると、隊長のほうへと足を運んだ。
「雨が降ってきた以上、あまり無茶に行軍は控えたほうがいい」
事実、雨が降ってきたことによって
行軍を続けていた魔物たちの足が止まってしまっている。
みんなが皆で手を頭に置き雨を遮っている。
隊長もそれを確認しているのか、みんなを見渡している。
「どこか雨をしのげる所で一時休息をとるべきではないだろうか?
見ての通り、みんな疲れきっている……その上この雨では生殺しだ」
「そうだな、雨をしのげる所と言えば………」
隊長が手元にある演習場の地図を取り出し、
自分たちのいる場所を確認した。
そして森にあるとある一箇所を指差す。
「……ここだ、ここから南西の所に洞窟がある。
元はドラゴンが住まいとしていた洞窟らしいが、
そのドラゴンも夫を見つけて、旅立ったおかげで今は無人だと書かれている
ドラゴンなだけあり広さもそれなりにあるだろう」
「そうね…、10分ぐらい時間がかかるけどそうしましょザーン隊長」
「よし、サキサ。先頭にいるネルディ隊長に報告を頼む」
「了解し………ッ!?」
雨の森の中、
隊長たちとの会話のなか、私の目にとあるものが映りこんだ。
そして私は目を大きく見開いた。
隊長の後ろ、森の木の上に『人影』があり、
その人影からなにか光るものが隊長に向かって飛来したのだ!
それを見た瞬間私の動きは速かった、
腰にかけてあるブロードソードを引き抜くと、
馬に乗る隊長たちをリザードマン特有の身体能力で飛び越え、
その光るものを弾き飛ばしたのだ!なんとそれは投擲用のナイフだった!
【カキィンッ】「何者だッ!!?」
「むっ!?」「敵ッ!?」
私に反応して、その場にいた皆が視線を木の上に集まる。
着地した私も改めて見てみると、既にそこにはだれもいなかった。
しかしリザードマンの私の耳は確かに異常を察知していた。
【ガササッ】
「……!!キリアナ、あそこだっ!!」
「わかった!」
私はブロードソードで方角を指し定めると、
傍に駆けつけていたキリアナに指示をし、彼女が弓を構えた。
狙い先は森の奥、いつの間にか木から飛び降り移動していたのだ。
そしてキリアナの弓が放たれ、その矢は確実に逃走者へて目指していた。
森の暗闇へと消えていった矢だったが、
私たちはそれを見ているうちになんと信じられない物がやってきた。
キリアナが放った筈の矢が、逆にキリアナに向かって飛んできたのだ!
『なっ!?』
その場にいた全員が驚きの声をあげた、
キリアナは驚きから反応が遅れてしまったが、
しかし、彼女に命中する直前に隊長がいち早くそれを剣で防いでくれた。
「隊長!助かりました!!」
「全軍警戒態勢ッ!!」
その場にいる魔物全員が武器を抜く。
そして360度全てに警戒を強めた。
しかしやはり疲れからなのか、えらくおろそかなのが目立つ。
「ザーン隊長!今のは一体………ッ!?」
「私にもわかりません……、サキサ お前は見えたか?」
「生憎と、この暗さと雨のせいで人影が辛うじて見えたくらいだった……
そうだ隊長、怪我はないかっ!?」
「問題ない、お前のおかげで助かった」
「隊長、すぐに追わないと逃げられますよっ!」
「追うなリゼッタ!この夜の森では視界が悪すぎる。
それに雨ではお前の鼻も使えないだろう?」
「うっ……、ですが……」
「私は相手にするなとは言っておらん。
全員警戒は怠るな、まだいるかもしれん…………」
隊長が警戒しながら、馬から下りると
茂みの中を探り出すと、そこからなにかを拾い上げた。
それは私が弾き飛ばしたナイフだった、
私はそのナイフを改めてみてあることに気付いた。
「………ッ! 隊長、そのナイフはッ!!」
「ああ、これは……マスカーで普及されている投擲ナイフだ」
≪マスカー:バンドー視点≫
〔初戦闘、ご苦労様でした我らが嫡子よ〕
「ふん、魔王軍連中も口ほどにもなかったぞクランギトー。
俺の記念すべき初戦がこの程度とはぁ、興醒めもいいところだぁ……」
〔ほっはっはっ、いやはやそれはご無礼を働きましたな〕
撤退している俺たちマスカー軍は、
クレデンの森を抜け、もう少しでマスカー領へと入ろうとしていた。
そんななか、嫡子殿はお偉いさん用の豪華な馬車に乗り、
水晶を使ってクランギトー軍師殿と通話をしていた。
俺はそんな嫡子殿の隣で馬車を護衛する形で付きっきりである。
そして聞こえてくる嫡子たちの会話に俺は苛立ちを感じていた。
(興醒めだと……?糞が、てめぇの無茶な戦闘に
どれだけ犠牲になったと思ってやがる………ッ!)
実質、この男護衛のために集められた俺以外の
隊長格連中はこの撤退行軍路を歩いてはいなかった………。
さらに、俺の部下たちも連続での戦闘に疲労困憊だ。
なのに馬車は聖甲兵部隊連中が独占しているっていうふざけた現状だ。
「しかしだ、てめぇが言っていたシュザントとかいう連中。
端くれの部隊だろうが、なかなか楽しませてくれたぜ……………
クランギトー、奴らは俺の鎧に傷までつけやがった。
そいつはハルケギ村にも現れた奴らしくてな、お前も見たんだろう?」
〔………ええ、やはりあの青年の率いる部隊は油断なりませんな。
シュザントはもちろん、そやつらは我らにとって脅威となりかねない〕
「バンドーが聞いた話しだと、
その部隊…………第四部隊を率いている人間の男の名は
ザーン・シトロテアというらしいぞ………?」
〔………………ほう…、それはそれは
ほっはっはっはっ!!なかなかどうして奇妙なものですなぁ…〕
?、今の軍師殿のいいように俺は違和感を覚えた。
なんなんだ今の言い回し………?
〔まぁ、どちらにしろ……その連中はあまり無碍にはできないでしょう。
なにより嫡子よ、そやつらは貴方の手の内を見ておいでだ………〕
「はん、くだらねぇ…。俺の強さを知ったところで
奴らがどうにかできるとは到底思えねぇがな…………」
〔それでも用心に越したことはありますまい。
もう既に我々は手は回しております…………〕
「………『あいつ』を動かしたのか……?」
〔ええ、身勝手ながら私の判断で動かさせていただきました、
もしもご不満なら手を出さずに引かせますが?〕
「………いやおもしれぇ、やらしてみろ…
お前が言う通り奴らが脅威なら、『奴の部隊』と戦わせて見るのも一興だ。
もしもそこで死ぬような連中なら……所詮その程度ということだ。
ふん、どっちにしろ…奴らも無事ではすまんだろうなぁ………、
あいつが……………『ダヴァドフ』が相手では……なぁ…」
それを最後に、軍師殿の声が聞こえることはなかった。
通話を終了したということだろう。
すると馬車の窓が突然開かれ、
嫡子殿が周囲を見渡すと、俺のほうに顔を向けた。(ビックリしたぁ……)
「ふん、結局残ったのはお前だけか……」
「………ご不満でもおありか?」
「そうは言っておらんわ………。どうだバンドー、
お前さえ良ければ、俺の直属の兵団に加わらんか?」
「…………なんだと?」
いきなりの勧誘、俺は当然眉を深めた。
「お前が勇者の血筋を受け継いだ人間だと言うのは聞いている、
はっきり言えば、その力を片田舎の拠点に置いておくにはいささか惜しい、
それに今回の戦いで俺自身が見てはっきりした、お前は確かなる実力者だ。
中途半端に強さを主張するようなカス共とは違う。
希望とあれば、俺直属の兵団の騎馬部隊隊長にしてやってもいい………
だが強要はしない、お前の好きなようにやればいい、
無理やり部隊に加えたんじゃあ、本力も発揮できねぇだろ?」
「……………悪いがお断りだ嫡子殿」
「……へっ、そうかい。なら仕方がねぇな………無理は言わねぇさ、
だがなぜだ?逆に興味がある、断る理由があるのか?」
俺はそっぽ向いた状態で、自分の持論を悟った。
「俺は俺なりのやり方でこの世界を救うつもりだ、
魔物どもを滅ぼす思想こそはあんたらと同じさ、
だがアンタみたいなお偉いさんの下にいたんじゃあ、
俺自身の思想がいつか忘れてしまいそうなんだよ…………、
俺はあんたらのために戦っているんじゃねぇ、俺自身のために戦ってるんだ、
まっ、気取って言っちゃいるが、ただ単に自由にやりたいだけだよ俺は…」
それからしばらく沈黙が流れたが、
次第に嫡子の口が笑みに歪んでいった。
「…………はっはっはっ!そうかそうか!
やはり俺の目に狂いはなかったな………。
それでいい、それでいいぞバンドー!
俺たちマスカーにとって大切なのは『何者にも囚われない』ことだ!
奴ら魔物にも……、血統の決まり事にも……、囚われる必要なんてない
人間は自由であるべきだ。
そうすれば、俺たちはこの世界に自由をもたらすことができる、
一昔前の教会連中は頭が固すぎたんだ、
意味のない規則、民を不安にするしかない曖昧な宗教活動。
そんなんじゃあ駄目だ、人間の強さはその『自由のなかにある本能』にある。
俺にとって、その自由からなる本能とは『闘争』………、
だからこそ人は強くなれる、お前だってそうなんじゃあないのか…?」
「………………………!」
嫡子のこの考えに俺は言葉が出なかった、
自由からなる本能という強さ、
俺のおふくろは親父を愛したが故に、教会を抜け、苦渋の自由を手に入れた。
そしてその自由から俺が生まれた…………、
ひどく……理に適っている話だった………………。
そんな複雑たる心境を俺は胸に収め、
とりあえず今は、自分の疑問を嫡子殿に聞くことにした。
疑問というのは、先程の嫡子殿と軍師殿での会話に対しての疑問だ。
「ところで嫡子殿、先程の会話………無礼ながら我が耳に届いたのだが、
軍師殿はやつらに何を仕向けたんです……?」
俺の質問に、嫡子殿は悪めいた笑みで口元を歪めるのだった………。
≪シュザント:サキサ視点≫
「ゲリラ部隊だとッ!?」
投擲用ナイフを拾い上げた隊長が言った言葉に
私は驚きの声をあげた。
ゲリラ。
簡単に言えば、奇襲 待ち伏せ 後方支援 破壊活動 を得意とし、
戦場においての攪乱(かくらん)などを主とする連中だ。
「というよりもこれは、ゲリラに近いマスカーの特殊部隊に近いだろう…
このナイフを見てみろ」
隊長が私たちにわかるようにその手に持つナイフを見せた。
私たちは警戒しながらもそのナイフを凝視すると
ナイフに何かが塗られていた、………だが私はそれを知っていた。
「これは……毒かッ!?」
「それだけじゃない、このナイフ………
確かにマスカーで普及されているナイフだが、
よく見れば少し型が違う、毒のことといい……殺しに特化しすぎている……」
私は一人、自分の手を強く握り締めた。
………卑怯なッ……戦場での奇襲は、立派な戦法として私も認めている、
しかし………今のような戦闘外において、隊長を殺そうとするなど……
我慢がならない………ッ!なんて卑劣な…………ッ!!
「でも隊長、本当にゲリラ部隊なんですか?と私は思います、
もしかしたら奴らが雇った暗殺者って可能性も………」
ノーザのその疑問に対し、隊長ではなく私が答えてやった。
「ノーザよ、暗殺を得意とする奴らが………
わざわざ軍隊の行軍途中などといった人目が
つきすぎるようなタイミングを狙うと思うか?」
「あ……そうか……と私は納得します。
でも部隊っていうのは………?」
「隊長も気付いているのだ………、
あの時、僅かだったが……逃がした奴のほかにもいくつかの気配があった…
恐らく、隊長の奇襲が成功したと同時に、キャスリン将軍や私たちにも
一斉にこのナイフを飛ばす手筈だったのだろう」
「……ゾッとします、と私は思います」
隊長を見てみると、彼は顎先に手を沿え
何か思考を張り巡らしているようだ。
「……リゼッタ、この雨が降る前にお前の鼻はなにも捉えなかったのか?」
「え……?は、はい…少なからずそんな匂いは全然…」
「森に隠れていたから、木々の匂いで気付かなかったんじゃないか?」
「そんなことありませんよサキサさん!
私、森にあるワーウルフの集落出身なんです、
だから例え森に紛れていようと、正確に匂いは捉えられるはずです!」
「リゼッタの言う通りだ、恐らく…匂い消しの魔術か、粉の類を
被っているのかもしれん………向こうはリゼッタというワーウルフの存在も
知っているはずだろうしな………………
その上、私やこの場にいる全員がまったく気付くこともできなかった
身の潜めよう………相当厄介な部隊だなコレは……」
私たちの会話を、雨がまるで嘲笑うかのように降り響く。
「それにお前たちも知っている通り、
今の私たちの兵団は、約半数が戦闘続行が不可能な状態だ、
まだ私たち含む、もう半数が残ってはいるものの
大勢の味方を守りながらの戦闘というのが一番困難だ………」
するとそこでキャスリン将軍が口をあけた。
「ザーン隊長、私はこのまま洞窟へと移動したほうがいいと思うわ。
洞窟まで移動して負傷者たちを隠すのよ。
そして洞窟前を私たちが死守して、魔王軍からの迎えを呼んで待つ………
この雨のなか、衰弱しているみんなを守りながら森を抜けるのは
いくらなんでも……【ドッゴォォオォオオオオンッ!!】 えぇっ!!?」
【ドゴォオオオオオオンンッ】
【ドォォンッ、ズドォォォンンッ】
『なにいぃっ!!!?』
その場にいる全員が、突然の音に驚きの声をあげた。
なんと森の向こうから、巨大な爆発が起こり、夜の森を明るく照らしたのだ!
「ば、爆発ッ!!?」
「………まさかっ!隊長ッ!!あの方角は………ッ!!」
私は驚きを隠せないまま、隊長のほうを見た。
彼は地図を見て考察していたが、その顔は明らかに焦っていた。
「間違いない………なんということだ、先手を取られた……ッ
やつらめ、ドラゴンの洞窟を爆破したのかッ………!!」
≪マスカー:バンドー視点≫
「『まやかし兵』………?」
俺は嫡子殿の乗る馬車と同じスピードで
自分の馬を動かしているなか、
嫡子殿の口から出た聞いたことのない兵科に疑問の声をあげた。
「聞いたことありませんぜそんな兵科……?」
「マスカーでも上の連中しか知らねぇから当たり前だな」
「ならばなぜ俺に?」
「お前の実力を見込んでの褒美とでも思えばいい………
わかっていると思うが、この話は誰にも言うなよ……?」
一瞬感じたこの男の威圧感に俺は頭を縦にしか振れなかった。
「まやかし兵はな、軍で言うところの特殊部隊なんだよ」
「特殊部隊……?」
「そうだ、やることはゲリラや暗殺者どものそれに近いが………
いやぁ……もっと質が悪く、えげつないだろうなぁ……、
あいつらの手段の選ばなさは、この俺でも感心するほどなんだからな。
まやかし兵の主な戦法は、暗殺 奇襲 爆破 罠の設置
俺たちとの戦闘の後にそんな連中に襲われたらたまんねぇだろうなぁあいつら
下手をすれば………あの森全部が焼け野原になっちまうぞ?」
俺は瞬間的に、後ろを……つまり遥か遠くのクレデンの森のほうを見た。
夜でうっすらではあるが、夜の闇をなにか……僅かな光が灯していた。
赤い光………まさか火か…っ!?
「くっくっくっ、もう行動を起こしていたか『ダヴァドフ』の奴……
クランギトーがどのような命令を出したのかは知らんが、
まやかし兵のえげつないところは、
暗殺、奇襲の際は必ずといっていいほど、人目につくところでやりやがる
なぜだかわかるか?そのほうが魔物どもの目に焼き付けられるからだよ…
まやかし兵にとって、自分たちの標的は……
敵軍に恐怖を与える為の死のメッセージに過ぎないんだよ………」
俺は自分の背中に薄ら寒いものを感じた。
(なるほど……、上の連中が隠し立てるのも納得だぜ…
マスカーは確かに武力国家ではあるが、それ以前にひとつの教団国でもある
この男や俺とは違い、今でも典型的な宗教的思想者も少なくはねぇ……。
自分たちこそが正義であると信じきっているやっこさんらが
そんな質の悪すぎる外道部隊の存在を知ったらどうなることやら…………、
恐らく嫡子殿も、上層部でもそういう奴には教えていないだろうな…)
≪シュザント:サキサ視点≫
「どうする隊長!なぁどうするのだッ!?」
「落ち着かないかサキサ、お前らしくもない!それでも私の盟友か!?」
「これを落ち着けというのかキリアナよ!
これだけの負傷者を引き連れている中、一体どうやって
この森を抜けろというのだ!?隠れる筈だった洞窟が破壊された以上、
私たちには森を抜けるしか手段はなくなった!」
私は次から次へと、予想外な出来事が連続して
冷静さを失ってしまった。
キリアナに当り散らすように声を荒げ、
さらにはその場にいるほかの魔物たちにも不安をぶつけた。
「その森の抜け道を連中が何もしてないと思うかッ!?
この敵は確実に私たちの先を読んでいる………ッ
私達は今、この森という名の狩り場に閉じ込められた獲物なんだぞ!?
絶体絶命!そんな状況を前に………一体何を落ち着けというのだ貴様はッ!」
【バキィッ】
「………………!?」
「なっ!?」
「ザ、ザーン隊長……ッ!?」
私は何があったのか、なぜ地面に倒れているのか理解できなかった、
しかし、肌に伝わるこの激痛ではっきりと理解が追いついてきた。
私は………隊長に殴られたのだ。
平手打ちでもなく、拳を握り締めてでのパンチ。
私は無意識に殴られたほうを触れると、少し触れるだけで痛みが走る。
私を見下ろす隊長に、私は震えが止まらず、目から僅かに涙が溢れた。
「………サキサよ、あえて私はなにも言わん。
だが……私がなぜ平手打ちではなく拳でお前を殴ったかわかるか?」
「………………」
「私はお前を女だと認識する以前に………、
素晴らしき戦士としてお前を知っている……………。
そこに女だろうが魔物だろうが関係ない、お前は私の自慢の部下だった…」
「………………!」
「そんなお前がここぞというべきところで
弱音を吐くとはな…………失望させてくれたな………『小娘』……」
言葉が出なかった。
私は地面に倒れこんだまま、隊長の顔を呆然と見ているだけだった。
そしてついには隊長は私から顔を逸らし、将軍たちのほうへと顔を向けた。
「…………ザーン隊長、貴方はこの状況をどんな手で打破するつもり?」
「………この敵が何者かにしろ、
少数の精鋭部隊であると見て間違いないでしょう。
手際があまりにも良すぎる上、先程の奴は相当の腕でしたからな……。
ですが……それなら勝算もあります。打って出るべきです」
「でもさっきから言っているように、
私たちも怪我人を大勢引き連れて…………!……貴方まさかっ!!」
「ええ、キャスリン将軍。貴方とネルディ隊長、スーア…………
そして第四部隊のキリアナ、ノーザ、シウカ…………そしてサキサ…
これらの人物は魔王軍の兵士たちと共に、怪我人を護衛して森を抜ける。
リゼッタ、ヴィアナ………そして私、この三人で敵を引き付けます」
隊長のその作戦にみんながざわつき始めた。
「おいおい隊長ッ!?なんでアタイを連れて行ってくれないんだよッ!?」
「お前も見ただろう、今回の敵は相当素早いタイプだ。
大雑把な攻撃しかできないミノタウロスのお前では相性が悪い」
「うっ………」
「隊長!森での戦いなら私も………ッ!」
「わ、私だって十分すぎるほど役に立てますッ!と私は思います」
「わからんか二人とも、この戦いは本質は負傷者たちを護衛して
森を抜けることだ。森さえ抜ければ連中も身を隠す場がなく撤退するはずだ
それまでの間、私たちがいない分、
ケンタウロスとブラックハーピーの機動力は生かし、
私たちの分まで頑張ってもらわぬといかんのだ、わかれ!」
『…………了解です…』
「キャスリン将軍、貴方は………」
「わかっているわザーン隊長、
ここにいる兵士たちはみんな私のところの娘たちだもん。
そんな私とネルディがこの娘たちから離れてはいけない……
そういうことでしょ?前にいるネルディにも伝えておくわ」
「ご理解感謝します……」
【クイクイッ】「わたしも………戦える……」
「だめだスーア、私は軍人としてお前たちをこれ以上巻き込めない。
いいかスーア、お友達にもよく言っておいてくれ。
この敵は、下手をすればさっきの連中よりも手強いかもしれない、
お前たちはさっきの戦いで十分過ぎるほど役に立ってくれた、
だから………ここから先は軍人に任せてくれればいい……」
「………絶対に…無事で帰って……きて…」
「………ああ、絶対だ」【なでなで】
「………………」
「………………」
「サキサ、お前は将軍と共に殿(しんがり)を務めよ………」
「………………」
隊長はわざと私を護衛側に回していた。
考えて見ればわかることだ、
リザードマンの私はキリアナほどの機動力もなければシウカほどの力もない、
しかしその分、十分な小回りなどは行えるつもりだ。
そんな私なら、この敵と相性が丁度いいはずなのに………彼はそうしない。
………………教えてくれ、隊長……こんな情けない私に何を求めているんだ。
「リゼッタ、ヴィアナ。お前たちは私と共に打って出る、異存は………」
「た、隊長ッ!?」
「隊長さんっ!?」
私はいつの間にか俯いていた顔を上げた。
すると隊長がそこで膝を突いて蹲っているのだ。
「ねぇ、ちょっと大丈夫なの隊長さんっ!?」
すぐ傍にいたヴィアナが真っ先に駆け寄った。
それにつられ皆が次から次へと………、
私は…見ているだけしかできなかった。
「問題ない……、足を……挫いただけだ」
「嘘ッ!そんなんで私の目を誤魔化せる思わないで頂戴!
……これは過労ね…ッ、隊長さん…貴方無理しすぎたのよっ!!」
「無理もねぇ……、隊長……ここ最近ロクに休んでなかったんだ…!
この間だってアタイに付き合って………その上、こう連戦続きじゃあ
ぶっ倒れて当たり前だぜ、人間なら尚更だッ!」
「こんなんじゃあ戦闘に出せないわ、馬車で休ませないと………」
「ど、どうするんですかッ!?
隊長がいてくれないと……、私たち二人だけで打って出るなんてとても…」
「…………サキサ…」
シウカの肩に支えられている隊長が私の名を口にした。
私は力なく、彼に近づいていった。
「……私の変わりにお前がリゼッタたちを連れて、
奴らを迎え撃て。この中で……戦闘力が一番高いのはお前だ…」
「だが………隊長、………だが私はっ!!」
「できないか……?ならばなぜ今のお前は震えが止まっている?」
「………………え?」
そこで私は自分の体を駆け巡っていた震えが止まっていることに気付いた。
「………それがお前の…リザードマンの本能だサキサ。
……………誇りに思えばいい、お前は戦いたがっているんだ。
戦えるというのは勇気と強さだサキサよ…………。
強さは誰かを守れる力だ………だからこそお前は私の自慢の部下だ…」
「………………!!」
「……フッ、目に迷いが消えたな…。さぁ、お前がやるべきことはなんだ?」
「卑怯にも罠を巡らす敵と対峙し、みんなを護るッ!!」
「………それでいい、さっきは…殴ってすまなかったな……」
隊長はそのままシウカに馬車へと連れて行かれた。
だが私はもう迷わない、誇り高きリザードマンの名のもとに、
皆を護ってみせるッ!!
私はブロードソードを引き抜き、意を決するんであった。
全員が準備を完了し、魔王軍たちは
キリアナたちの護衛をもとに森からの脱出を開始した。
しかし罠がいくつも仕掛けてあるだろうと予測し、
十分警戒をしながら焦らず遅れずのペースといったところだろう。
そしてその撤退部隊を先に行かせ、
私、リゼッタ、ヴィアナは素早く森に入り込み、
どこかで身を潜めているであろう敵部隊の捜索を開始した。
「ヴィアナ、頼む」
「おっけい♪」
ヴィアナが両方の手を合わせ、
その手を再び広げると、そこから大量の蜘蛛の糸が噴出し、
森の木々から茂みへと大量に糸が張り巡った。
「蜘蛛には糸から伝わる振動で獲物の位置を察知できる種類がいるわ。
敵がどこに隠れようと、少しでも動けば私が気付くわ……。
この調子でこの周囲全てを糸で張り巡らしてあげる」
そしてヴィアナは次の木へと、さらに次へと、
糸を増やしていった。
「さぁどうする!このままではそこら中に糸の結界が張り巡らされるのも
時間の問題だぞッ!!潜んでいないで出てきたらどうなんだ卑怯者めっ!!」
私が叫ぶと、森からコダマのように私の声が反響する。
そして雨が降る森の中、私の耳に雨に紛れて別の音が届いた。
【ザァァァァ……ザッ……ザアアァァ…ザッ……ザァァア…ザッザッ…】
(コレは……足音ッ!)
私は足音がする正面を見た、
それにつられてヴィアナたちも前をみる。
夜の闇に包まれた漆黒の森のなか、その森の向こうから確かなる人影が
私たちのほうへと歩いて近づいてきた。
すると、人影から赤い光が浮かび上がり、私達は一瞬警戒を強めたが、
よく見ると、それはパイプ煙草に火をつけた光だった。
そのパイプからの光で、その人影の姿がはっきりと見えてきた。
隊長とはまた違う濃い茶髪、髪は顎下ほどまで伸びたロングヘアー、
薄い顎鬚(あごひげ)を貯えたその風貌は、まさにダンディズムに相応しい。
格好は、上半身に銀色の鎧をし、その上には袖のない緑色のコートを羽織り、
両手には鎧と同じような銀色のガントレット、
ズボンも深緑色で、茶色のブーツを履いていた。
私はその緑が特徴的な服装を見て、直感的にマスカーだと理解した。
しかし妙なことに、その男は見たところ武器を持っていない。
コートにでも隠しているのか?
その男は口から煙を吐き出すと、その時初めて私たちを見た。
「卑怯者って言われてもなぁ………生憎と俺ぁはそういう兵科だから
仕方がないったら仕方がないんだぜリザードマンのお嬢ちゃんよ?」
その男の言い回しに、私たち三人は警戒を強めた。
「貴様、…………マスカーの者で間違いないな?」
「はいご名答、見て判るだろ?」
「先刻、我が部隊の人間の隊長を狙ったのは貴様か?」
「それもまたご名答だ、別に俺がやる必要もなかったんだがな。
例え奇襲でも、大将は大将が倒すってのが戦場のひとつの礼儀だろう?」
「ほう、奇襲を仕掛けた者ながら見上げた志だ。
どうやらただ臆病で身を潜めただけではないらしいな………」
「だーからさっきも言っただろう?そういう兵科なんだって!
わかるか?まやかし兵!あ、言っちまった。まぁいいや…………
ようは俺たちも一介の軍人としての職務を果たしてんだ、
自分の役目がなんであろうとそれをやるのが軍人だろう」
「ふん、戦闘後の疲労した軍隊を狙うような卑怯者がよく言う」
「まったくね、サキサ…こんな男、さっさと捕まえましょう」
「そうですよ、隊長を暗殺するような奴にこれ以上話すこともありません」
私たち三人は、各々が戦闘態勢に入った。
私がブロードソードを構え、ヴィアナが専用のクナイを手に持ち、
リゼッタが格闘のポーズをとって姿勢を低くする。
「人を呼び出しておいて、なんとまぁ勝手なお嬢ちゃんたちだぜまったく」
パイプを口にくわえたまま、男は頭をかいた。
「元より我々とお前は国からの敵対関係。
……諦めるのだな、さぁお前の仲間たちを呼んだらどうだ?
まだほかにも何人かいるのだろう?」
「いるっちゃあいるが、………生憎ともういねぇよ」
「なんですって………?どういうこと!?」
「そのまんまの意味だぜ蜘蛛のお嬢ちゃん、
俺たちは軍人で、自分の兵科に相応しい仕事を行う、
そして…………今それを遂行中、簡単なことだぜ?」
「………………まさかっ!!」
私はこの男の発言に、嫌な予想が頭をよぎった。
【ドゴォオオオオオンッ】
しかし、その予想を正解といわんばかり、
私たちの後ろ………撤退部隊のほうから爆発音が聞こえた。
私たちその方角を見てみると、夜の森が赤く照らされ
さらに黒い煙が天へと舞い上がっていた。
「そんな………みんなっ!?」
「隊長……さん……」
私たち三人は驚きを露にしたが、その後悔と怒りの矛先を
目の前の男へと向けた。
「貴様ァ……よくもっ!」
「クックックッ………言ったろ?これが仕事だ…………
俺たちをおびき寄せる為に少数で打って来たんだろうが無駄足だったな、
部下どもが任務を遂行している間に、お前らの相手は俺っていうわけだ……」
私はブロードソードを構え、その男を睨みつけた。
ヴィアナたちも、隊長たちの心配を必死で堪え、
私と同じように戦闘態勢に入った。
しかしその男はいまだにパイプ煙草を吹かしている。
余裕とでも言いたいのか?
「………私はリザードマン サキサ 。
名乗れ人間、いかなる外道といえど……
戦士としての誇りにかけて貴様を倒す!」
「なんともカッコイイねぇ〜。俺みたいな野郎に
そんな誇りや騎士道っていった固いもんは本来無縁なんだがな、
まっ………たまにはいいな、こういうのも………
俺は、『ダヴァドフ・ウォードレード』………
マスカー特殊部隊 まやかし兵隊長…………んじゃぁまぁ、やるか?」
ダヴァドフと名乗ったその男は、
手に持つパイプをポケットにしまうと、
そこから何も武器を構える気配もなく、立っているだけだった。
「貴様、構えないのか…?」
「………これでも構えてるつもりだぜ?」
「そうか……、なら遠慮はいらんな!」
一気に相手との距離をつめ、ブロードソードを振り下ろしたが、
ダヴァドフは体を横にずらし、それを交わした。
だがその交わした先にはリゼッタの飛び蹴りが待っていた。
「くらえっ!」
「オジサン、痛いのは嫌いだぜ?」【ガシッ】
「うそっ!?」
しかしその蹴りをその男は掴みとめた。
「リゼッタ、離れろ!」
「はいっ!」
足先を掴まれたリゼッタだったが、
もう片方の足で地面を強く蹴り、ダヴァドフから距離を取った。
そして私はダヴァドフの足を狙って薙ぎ払い攻撃を放った。
しかしダヴァドフは反射的にジャンプしてそれを回避した。
「空中なら身動きも取れまい、ヴィアナ今だ!」
「わかってるわよ!」
ヴィアナは専用のクナイを両手合わせて6本、
ダヴァドフに向けて投擲した。
「隊長にやろうとしたことをそのまま返すわ!」
「目には目を、投擲には投擲ってか?
生憎俺ぁこんな下手くそなナイフ投げはしねぇぜっ!」【ガギィン】
空中で身動きは取れずとも、奴は両手に装着してある
ガントレットの強度を利用し、クナイを振り払うように弾いた。
どうやら上等な材質のガントレットのようだ。傷ひとつついていない。
クナイはふさがれたが、私たちの狙いはそれじゃない。
【しゅるるっ】
(ふん、クナイはブラフで本命は木の上に網を張った糸ってわけか…)
ダヴァドフは一瞬、なにかを思案したように見えたが、
木の上に仕掛けておいたヴィアナの糸が、彼女の巧みな操作によって
ダヴァドフの両手に絡みついた。
そのまま奴は、両手を束縛され木にぶら下がっている形となった。
「これで終わりだっ!」(両手を封じれば隠し持った武器も使えまいッ!)
「殺しはしないから安心しなさいっ!」
その無防備状態の敵に、私とリゼッタは同時に
剣と脚による攻撃を仕掛けた。
しかし、私はその時 もっと不信に思い、警戒するべきだった。
この男がなぜ武器を持っていないのかと………。
≪マスカー:バンドー視点≫
「嫡子殿、先程から何度か会話に出ている
その『ダヴァドフ』というのは何者なんですか?」
「ほう、なかなか鋭いところに気付くじゃねぇか……さすがだな」
(そりゃあそんだけ名前がでりゃぁなぁ……)
心のなかのツッコミは一旦控え、俺は自分の予想をぶつけた。
「会話の流れから予測すると、そのまやかし兵を率いてる隊長格ですかい?」
「まぁ、大体そんなところだ。
ダヴァドフ・ウォードレード。確か今年で37になるオッサンだったな」
「確か嫡子殿のお歳は26でしたよね?」
「そうだが……今それを聞くか?」
「あ、いえ………なんか聞いとく必要があると思って…」
「……?まぁ話を戻すが、こいつがなかなかどうして侮れねぇ奴なんだよ、
経歴こそは俺もしらねぇが、魔王軍とマスカーの始まりである
あの戦争(マスカー殲滅大戦)にも影から参加してたらしくな、
クランギトーから聞いた話じゃあ相当上位な魔物を何匹も打ち倒したそうだ。
あいつに会えばお前も驚くぜ、なんたって見てくれはハードボイルドを
気取った間抜けそうなオヤジにしか見えねぇからな、くっくっくっくっ。
そして何より面白いのが奴の使う『エモノ』だ………」
「『エモノ』(武器)?」
「一見奴は武器を持っていないように見える…………
だがな……常に奴は潜ませてあるのさ、『その手』に…殺しの道具をな…」
≪シュザント:サキサ視点≫
【ドシュッ】
雨の中、生々しい音が聞こえた。
私は最初こそなんの音かわからなかったが………
「がっ………!?」
「えっ………!?」
隣のリゼッタの脇腹からの赤い血が目に入り、
次に私自身、背中から生暖かい感触が痛みとして込みあがってきた。
そしていつの間にか私たちが攻撃した筈のダヴァドフも
私たちの後ろに回りこんでいた。
「サキサッ、リゼッタッ!?」
「他人心配してる場合じゃないだろお前」
【ドゴォッ】
「かっ……は……ッ!?」
私は痛みを堪え、後ろを振る向いた瞬間、
ヴィアナが蹴り飛ばされていたのが目に入った。
だが私は次に目に入った『モノ』に驚きを隠せなかった。
(ガントレットから………刃がッ!?)
そう、ダヴァドフが両腕に装着していたガントレットから、
斧のような、曲状の刃が飛び出していたのだ。
そしてその刃は、私たちの血によって赤く染まっていったが、
雨によってその血もみるみると流れていった。
「仕込み………アレでヴィアナさんの糸を切断して………」
隣で蹲っているリゼッタがそう口走った。
どうやら私同様、やられた傷はなんとか大丈夫のようだ。
しかし、そのリゼッタの言葉に私はあることに気付いた。
(いや、それだけじゃない…!
この男、糸を切断して…そこから私たちの攻撃を掻い潜って
その際にリゼッタを攻撃し、回り込んだと同時に私の背中を斬り付けた…
そして最後にヴィアナに回し蹴りを入れた…………
それだけのことを一瞬で………なんて運動神経だ……ッ!!)
私たち三人は、受けた攻撃の痛みを絶え、
皆が一歩距離を取り、ダヴァドフを中心に三角形型で取り囲んだ。
「はん、痛いだろうに………お前らまだやんのかよ?」
「この程度の傷、私たち魔物からすればどうってことないわよっ!」
「健気だな、だが戦場っていう殺し合いの場所では
その健気さ、誇りも自分を殺すきっかけにしか過ぎないんだぜ?」
「私達は軍人だ、戦場で死ねばそれが本能だっ!」
「死ぬことは本能?はっ、くだらねぇ………」
「貴様などにはわかるまい!
そんな不意打ち同然の武器で攻撃するような輩ではなっ!!」
「相手の武器の場所がどこにあるかなんて簡単なことじゃねぇのさ、
実際お前らは、俺がコートのなかに武器を隠し持っていると錯覚したろ?
だが実はこのガントレットが武器だったって気付いたときにはダメージ……
これが『まやかし』なんだよ間抜けな蜥蜴のお嬢ちゃん」
ガントレットから露出した刃を
もはや隠すこともなく、ダヴァドフは構える。
手の内を見せた以上、ここからが本番というわけか………。
しかし私たちも各々が攻撃を受けた為、
三人がかりとはいえ相当不利な状況となっている。
それ以前にこの男の身体能力なら、仮に全快な私たちでも怪しいかもしれん。
しかしだからといって引き下がれない、
私はリゼッタとヴィアナにアイコンタクトを送り
私の斬り込みを合図に、続けて二人も攻撃を開始した。
リゼッタがお馴染みの格闘で、ヴィアナが指にクナイを挟んでの接近戦だ。
四方八方からの同時攻撃、いくら武器とかね合わせた格闘術といえど
三人同時なら限界がある筈だ、その限界から生まれる隙をつく!
「なるほどな、こりゃあ確かに厳しいな…………んじゃあまあ…」
すると奴は懐からなにか小袋を取り出すと、
ヴィアナに向けてそれを投げつけた。
「ヴィアナ、気をつけろっ!」
「こいつのことです、ロクなものじゃありませんよ!」
「わかってるわよ、こんな物っ!」
ヴィアナが腕から糸を噴出すると、
その小袋を糸で捉え、さらにそのまま別の糸に瞬間的に結び付けて
小袋を空中で固定させた。
「ヒューッ、さすがアラクネ。糸で巣を作るのはあっという間ってわけだ」
「余所見するなっ!」【ヒュンッ】
「おおっと、そうだったな」【ガァンッ】
ヴィアナの行動が遅れた分、
私とリゼッタで再び、同時攻撃を繰り出した。
しかし先程とは違い、ダヴァドフは両腕の刃で受け止めている。
しかし所詮は人間と魔物………、
マスカー・グレンツのような例外ならまだしも、
魔物二人がかりの力勝負ではさすがに押されるようだ。
「そんな細い体でどこにこんなパワーがあるんだよお前ら……
怪我までしてるはずなのによぉッ………
こればかりはホント理不尽だぜまったく」
ダヴァドフは一歩後ろに下がろうとしたが………
【ドスドスッ】
「ぐおぉっ!?」
「私がいることもお忘れかしら?」
ヴィアナがその隙を狙って、ダヴァドフの肩にクナイを数本突き刺した。
その瞬間、痛みからバランスが崩れ、その際生まれる最大の隙を
私は待っていた!
「リゼッタ今だッ!」
「はいっ!」
深呼吸をし、リゼッタの片足が紺色に光り出す、
そう………リゼッタの『魔闘技』だっ!!
隊長が剣なら、リゼッタは格闘、それらに魔力を帯びせることによって
初めてその技が発動する。
「『四連脚爪』ッ!!」
しれんきゃくそう。
片足に魔力を集中させ、一瞬で四度の蹴りを相手に叩き込む。
その際に脚の鋭利な爪でも攻撃する為、打撃と斬撃を同時に行う。
つまり一瞬で8つの激痛が相手を襲うというわけだ。
【ズガガガガガガガンッ】
ダヴァドフは両手でガードしたものの、
リゼッタの魔闘技をその全身に受けてしまった。
その口からみるみると血が流れ込んでくる。
「…………痛っ〜〜、クランギトーの奴から聞いちゃいたが、
なるほどな、マスカー対策組織なんて肩書きを持つだけのモンはある、
隊長ならまだしも、兵士一人一人が相当だなこいつは…………」
それだけだった。
「馬鹿なっ!?貴様なぜ立っていられるッ!?
今の攻撃………普通なら半死になっていてもおかしくないはずだぞっ!?」
「違いますサキサさん………」
私はリゼッタのほうを見た、彼女もその顔に信じられないものを浮かべている
「この男……、ただ防御してたわけじゃない………
攻撃が自分の体に当たる直前に、手で私の蹴りをずらしていたんです!
しかも…………しかも、それどころか………ッ!!」
【ブシュアアアァッ】
突然、攻撃を繰り出したリゼッタの片足から無数の切り傷が浮かび上がり、
そこから大量の血液が噴出した。
「リゼッタっ!?」(反撃までしていたのかッ!?あの一瞬でッ!?)
再びダヴァドフのほうを見ると、
なんとやつはしまった筈のパイプ煙草を再び吹かしていた。
勝利を確信したつもりかッ!?
しかし私は何とかその怒りを押さえ、
足にダメージを受け、今にも倒れそうなリゼッタを支えた。
ヴィアナも私たちに駆け寄り、リゼッタの傷を見た。
「傷自体はそう深くないわっ、でも相当な数の傷口よコレッ!
切断されなかっただけ幸運ね……毒も仕込まれていないみたいだし……」
「その気になりゃあ毒だって仕込んでやったさ…、
だがそれじゃあ、ちょっとばかしつまんねぇだろ?」
「貴様ァッ…、どこまで私たちを馬鹿にすれば………ッ!!」
「駄目よサキサッ!リゼッタの出血がひどすぎるわッ!
私の糸の包帯で応急手当をしても、ちゃんとした魔術治療じゃないと……
このままじゃあ、出血多量で死んでしまうわッ………!」
「そんなっ………!?」
「はっはっはっ、そういうことだ。
だがその魔術治療は、本隊にいる魔女たちじゃないとできない……
まぁその本隊もどうせ今頃俺の部下どもに八つ裂きにされてるだろうよ……
この勝負見えたな!お前らもこの世にアバヨをさせてやるぜっ!!」
両腕の凶刃を再び構え、奴は一歩また一歩と私たちに近づいてきた。
私とヴィアナは、半分意識を手放しているリゼッタを庇いながら、
後ろに下がっていったが、やがて大木が私たちの背中をさえぎった。
そこで私は意を決した、私はリゼッタをヴィアナに預け、
二人の前に出て、ダヴァドフに向けてブロードソードを構えた。
「サキサ………ッ!?」
「…………ヴィアナ、私がこの男を引きつける
お前はリゼッタを連れて隙を付いて逃げろ…………!」
「そんな…ッ!この男と一対一なんて危険すぎるわッ!!」
「私に構うなッ!急がないとリゼッタが……」
「……反吐が出る………」
『えっ?』
突然、ダヴァドフから放たれた 今までとはまるで違う低い声色に対し
私達は間抜けな声をあげた。
「仲間のために自己を犠牲にするだと……?魔物が……?
俺たち人間の真似事をてめぇらがしやがるとはなぁっ!!」
『!?』
瞬間、ダヴァドフが一瞬で私たちの目の前まで移動した。
私は反射的に攻撃したが、それも虚しく防がれてしまった。
そして次に、この男の膝打ちが私の腹部を襲った。
「がふッ………!!」
「サキサッ!」(さっきまでと動きがまるで違うッ!?)
ヴィアナは私を心配する声をかけながらも、
クナイをダヴァドフに向けて投擲した。
「ふんっ!」
しかし白刃取りのように両手をあわせてそれを受け止められた。
だが両手を塞いだ今がチャンス!
私は腹部の痛みで蹲った状態から、ブロードソードを一気に振り上げた。
「ハァッ!!」
「ぐおぁっ!?」
奴は一歩後ろに下がって致命傷は避けたものの、
肩から胸板にかけて傷口をつけることには成功した。
鋼の鎧を着ている為、大したダメージにはならないだろうが………
「ふぅ〜〜、いかんなぁ……俺としたことが、
ちょっとばかし熱くなりすぎたぜ、
下手に勝ちに攻め込むと足元をすくわれかねねぇからな、
『コイツ』を使うとするか…」
そう言って奴が手を伸ばした先、
それは先程、ヴィアナが糸で固定した奴の小袋だった!
「させないわよっ!」
ヴィアナがそれを阻止せんと、6本のクナイを投げつけた。
「固いこと言うなって」【ガギィン】
しかし一振り、奴は腕を一振りしただけでそれ全てを叩き払った。
そして奴は小袋に絡みついた糸を切断し、それを私たちに投げつけた。
いや、ただ投げつけたわけじゃない。投げる前に袋に切り目を入れていた!
そして投げると同時に、その切り口から『黒い粉』が舞い上がった。
「これって……ッ!」
「火薬かッ!!」
私たちがそれを認識すると同時に、
ダヴァドフは手に持つパイプの中にある
燃え広がっているパイプ用の葉を飛ばしてきた………!
「吹き飛んで死ね」
【ドゴオオオォォォォォォォンッ】
「…………………なにっ!?」
ダヴァドフはさぞ驚いたであろう、
それもそうだ、爆風が晴れるとそこには『白いドーム』が
私たちを覆っていたのだから!
「……『抱擁のホワイトドーム』……」
これこそヴィアナの扱う、防御の技。
魔剣技などの攻撃タイプとは違い、防御に特化した技であり、
『魔防御』とでも呼んだほうがいいかもしれない。
全身に黒紫のオーラを纏い、自身の糸の噴出力と固さを最大限に高め、
それを私たちを覆うように、ドーム状で結界を張るのだ。
糸は何重にも重ねられてあり、
例え大砲だろうとこの結界を破ることは容易ではない。
だが、この技には唯一の欠点がある。それは………。
「う……くっ…」【ドサッ】
「ヴィアナッ!」
ヴィアナがその場で倒れこむ。
そう、この技は魔力と糸を膨大に消費する為、
一度使えばそれで使用者は行動不能に陥ってしまうのだ。
「あーあ…、防御に特化しすぎた技ってのも考えようだな」
ダヴァドフが皮肉めいた口ぶりでそう言い放つ。
「サキサ……逃げて…」
ヴィアナが後ろでそう言うが、そんなこと私が許さない!
「まだやるつもりかお前?」
「…………来いッ…」
「光を失っていない目だな…、だからこそわからねぇ……
なぜ諦めない?この絶対的に不利な状況、理解できないわけでもあるまいに」
「私は……決して諦めない!
諦めないことを………私は隊長に教えられたッ!!
私はリザードマン!誇り高き戦闘種族だっ!
どれだけ不利な状況だろうと、私は最後まで戦い抜くッ!!」
私はもう弱音を吐かない、
例えどんな絶対的な状況でも、私は剣を持つこの手を下ろしたりはしない!
私はその手に持つ剣を強く握り、突撃した!
「誇りというのは怖いものだな、
目の前にある確実な敗北までも隠し、たとえ俺がお前を殺してやっても
お前が最後に想い描くのは『誇りのなかで死んだ』という自己満足だ…」
そしてダヴァドフも私に向けて直進した。
しかしその時だった。
なんと私たちの間に矢が突き刺さったのだ。
『!?』
私もダヴァドフもそれに反応して足を止めた。
「そこまでだ!」
すると声が聞こえた。
しかもそれは私が良く聞き慣れた親友の声だった。
「キリアナ!無事だったのか!!」
「奇襲のときに俺に矢を放ったケンタウロスか……」
「両者剣を納めよ!これ以上の戦いはもはや無意味!」
キリアナの突然の停戦宣言。
驚いた私とは違い、ダヴァドフはどこか納得した様子だった。
「…………なるほど、部下どもは奇襲に失敗したか…」
「貴様があの部隊の隊長だな?
…………この惨状を見れば納得もいく、さすがだな」
「その口ぶり、どうやら俺の部下どもの強さを堪能してくれたようだな」
「…………ああ、できれば二度と対峙したくないというのが本心だ」
「はっはっはっ……いやぁ結構結構、敵とは言え
そう言ってもらえるとなかなかうれしいものだな」
「キリアナ、隊長たちは無事なのか!?爆撃を受けたのだろう!?」
「安心しろサキサ、なんとか…無事だ………だが…
戦闘可能だった半数の魔物のうち、また半分がやられてしまった……」
「そんなっ………!」
「だがそれでも勝利は収めた、故に隊長格であるお前に交渉をしにきた!
爆発のおかげでやっと見つけることができたぞ…」
「交渉だと………?」
「そうだ人間よ、先程から言ったとおり………
お前の部下たちは私たちが退けた!
どうやら情報が行き届いていないようだな」
「ウチの部隊はそういうもんだ、任務をこなして撤退する。
俺たちまやかし兵の間に伝令なんてものは滅多にないのさ……」
「それでよく部隊が成り立つものだ、だがそれなら尚更!
武器を納め身を引くがいい、そちらが大人しく撤退すれば我々は追撃しない」
「追撃する戦力もほとんどないだろうによく言うぜ……」
「………………」
「ふん、図星か……『追撃』なんてできもしない言葉で
少しでも俺の撤退意識を煽ったつもりだったのだろうが愚策だったな」
「!?」
その言葉にキリアナは背筋に冷えるものを
感じて、弓を構えようとした。
「よせよせ、さすがに俺もこれ以上続けようなんて思わんさ、
そっちの言う通り引かせてもらうとするよ。オジサンに重労働は体に毒だ」
シャキンッ、と音を鳴らし
奴の両腕から露出していた刃が納まった。
すると奴の目は私を見た。
「次に会う時は少しは強くなっていることを願うぞ?
先の短いオジサンには楽しみなんて限られているんだからな………
そこで倒れている蜘蛛と狼のお嬢ちゃんたちにも言っておくんだな」
「………………」
私は何も言い返すことができず、
森の奥へと消えていく奴の背中を眺めるしかなかった………。
「キリアナ、本当に隊長たちは無事なのだな?」
「隊長たちはな………一般兵の被害が余りにもひどいんだ、
十数人程度の敵だったんだが、一人一人がとてつもなく強敵だった……」
「そういう部隊なのだ、あの男は自分をマスカー特殊部隊と言っていた…
そうだキリアナ!急いでリゼッタを魔女たちのところに連れて行ってくれ!
応急処置はしたが、このままじゃあ危ない!」
「!了解した!それならそちらはヴィアナを頼む!
私は急ぎリゼッタを連れて行く!」
「ああ、任せてくれ!」
二人してそれぞれの救護者を抱え、私達はその場を後にした。
戻ってみればみなが傷だらけで疲労困憊ではあったが、
いつの間にか雨が止み、昇ってきた太陽の光がその目に入ったとき、
私は今度こそこの森での戦いが終わりを告げたことに気付いたのだった……。
人によってそれは異なるだろうが、
私たちは魔王軍にとってそれは自分たちの強い『共存意志』である。
本能が人間の性を求め、血を流し死を招くことを嫌い、
共にこれからの時代を愛と共に歩んでいくという
魅惑的ながらも、意志の強い願望………、求める未来なのである。
しかしだとすると、我らの敵マスカーの嫡子。
マスカー・グレンツ・レインケラーが戦いの中で見出し、求めるものは
長き歴史で古き時代からの魔物と人間が続けてきた生き残り合いからなる
『闘争本能』なのかもしれない。
いわば、絶対武力・反魔物国家マスカーは
魔物が男の性に飢えているのと同じように…………
戦いに飢えているのかもしれない……………。
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≪主人公:ザーン視点≫
マスカー・グレンツ・レインケラー率いる聖甲兵部隊。
ゼム・バンドー率いる騎馬聖兵・飛射兵部隊。
この侵略部隊を退けた私たちは現在、
クレデンの森を後にし、山林軍事演習場の森を
魔王軍の魔物たちと共に引き上げようとしていた。
夜の闇に包まれた森をゴブリンやオーク、魔女など
が疲れた足取りで引き上げていき、
ホーネットも素早く飛ぶ気力すらもないようで、
低空をトロトロと飛行している。
傷のひどい者や歩くことがままならない者は、
あらかじめ用意していた馬車に乗せてもらっており、
その行列をホーネットのネルディが誘導している形になっている。
そんな列からはぐれないように何人かの魔物が松明を照らし、
キリアナやノーザがはぐれた魔物などがいないか列を監視しに回っていた。
ケンタウロスやハーピー種のああいった機動力は羨ましい限りである。
そしてこの列にはスーアのところのサハギンたちも含まれている。
彼女たちはこの森に住む魔物だが、戦場での戦闘支援、
今回の戦いでの作戦は彼女達のおかげで成功したようなものだ。
キャスリン将軍はその礼へと自身の拠点へとサハギンたちを招待したのだ、
はじめはサハギンたちも遠慮したが、
将軍からしてみれば、戦闘で負傷したサハギンの手当てもあれば、
彼女たちのこれからの協力関係をより深く築いていく必要がある。
そうすれば、この山林地帯演習場での
非常時のトラブルを彼女たちに助けてもらえるだろう。
そして私はその列の流れを誘導しながら、
とある『水晶』に向かって会話していた。
〔ではマスカー・グレンツ・クランギトーは取り逃がしたのか?〕
「申し訳ありませんカナリア公。ですが、
敵は我々の想像を絶する強さを持て余していました。
むしろ損害が少ないことが幸いです………」
〔貴様の意見など聞いていないぞ人間がッ!
たくっ、もしも隊の誰かが命を落としていたら
お前の命を地獄に落としているところだ………ッ!!〕
「……………………………」
私は『水晶』の向こう側にいるカナリア公の苛立った姿を見ながら
とりあえず押し黙ることにした。またなにを言われるかわかったものではない
おっと君にも説明しないとな、久しぶりに……。
私が今話しているヴァンパイアのカナリア公は水晶に映っているのだ。
この水晶と言うのが、バフォメットや魔女などが作り上げた魔道具で
離れた相手にも互いの姿を映して会話できるという優れものだ。
君の世界で言うテレビ電話などに近いだろう。
ちなみに会話したい相手を特定する方法は、
君の世界の電話番号のように、特別な詠唱を唱えることで可能とする。
発明当初こそは大変話題を呼んだが、
高価ではあるものの、今ではごく当たり前のように大陸中に普及し
マスカー含む、世界中がこの水晶を有している。
「それでなのですがカナリア公。
魔王軍はもちろん、第四部隊の隊員たちも疲れております。
一旦、キャスリン将軍が統一する魔王軍正規拠点で休養をとり
疲労や傷を癒した次第でそちらに帰還しようと思います………」
〔…なんだと……?〕
カナリア公が眉間を歪める、見るからに反感意志の塊だ。
すると水晶を覗き込む私の隣から
キャスリン将軍が割って入り、水晶を覗き込んだ。
「カナリア総隊長殿、キャスリンよ。
これは私たちからの要望でもあるのよ、今日はもう遅すぎるし、
そっちについた頃には朝になってしまうわ。
私の拠点ならここからすぐだし、
ちゃんとした休養設備もあれば移動用の転送陣だってあるわ。
そちらの人員を借りるような形になるけど、かまわないかしら?」
〔………………〕
「それに、今回の戦闘はマスカーの重要人物である敵嫡子
マスカー・グレンツ・クランギトーが現れたのよ?
私の拠点でできる限り奴の情報を集め、まとめ次第
ザーン隊長率いる第四部隊と共にそちらに渡しましょう。
これなら文句もないでしょう?」
〔…………そちらがそう言うのであれば仕方がない、私は何も言わん。
ザーンよ!隊員たちが回復し情報が纏まり次第、すぐに戻ってくるのだぞ!!
貴様にはやってもらうべきことが山ほどあるのだからな!!〕
「はっ!」
私は水晶に向けて敬礼をすると、
みるみると水晶からカナリア公の姿が消えていった。
私は手に持つ水晶を本来の持ち主である魔女に「ありがとう」と
礼言い、渡し返すとその魔女は私に一礼し、仲間のところに戻った。
「やれやれ、貴方のところのヴァンパイアさんは相変わらずのようね」
私は引き上げの行列のなか、
キャスリン将軍の提供してくれた馬に乗馬した状態で、
同じく乗馬状態の将軍の皮肉に答えた。
「…もう慣れた身です、それにシュザント拠点にいる
私のほかの人間兵にも同じ態度ですからな、
なにも特別私を嫌っているわけでもありますまい」
「それほどの人間嫌いがよく魔人連合軍(魔物+人間)の
総隊長なんて務まるわねぇ……、前からあんな感じなの?」
「ええ、私がシュザント第四部隊の隊長に着任したときからずっと………」
「?隊長に着任したときからって………、貴方一般人からの出じゃないの?」
「…………元は魔王城で働いていた身です」
「魔王城で?もしかして勇者部隊?」
「いえ、どちらかと言えば近衛兵のような役職でした
定期的に城下町をパトロールし、一日の出来事をレポートにまとめ
上に提出するような毎日でしたがな………」
すると周囲を警護していた第四部隊のみんなが
耳を大きくしているのに気付いた。
「お前たち…、話を聞くのはいいが務めを怠るなよ?」
『了解………』
みんながぶすっとした顔で警護に戻るが、
相変わらず聞く耳は立てたままだ。また機会があれば説明してやらねばな。
「第四部隊の隊員さんたちはそのことを知っているの?
えらく聞く耳をたてちゃってるけど…」
「私が魔王城に近衛兵士として務めていたのは知っています」
「そう、でもよく近衛兵みたいな役職で軍の隊長格なんかに抜擢されたわね」
「色々わけがあるのですがね、
過信しているわけではありませんが、
元々剣の腕を含め、戦場での状況判断がそれなりに扱えるので
それを上に買われた次第です、
新生マスカー対策軍部の隊長を務めてみないか 、とな……」
「確かに貴方の剣術、作戦指揮能力は私も一目置いているわ。
それ以前はなにをやっていたの?
まさか近衛兵の役職でそうそう身につく能力でもないでしょう?」
「…………………………」
この質問に私は黙り込んでしまった。
第四部隊のみんなやキャスリン将軍は興味津々のようだが、
この質問に答えるにはいささかばかり抵抗があったのだ。
「………………わけあり?」
「………………ええまぁ…」
私はキャスリン将軍の顔を見ることもできず
目線を森のほうへと外してしまった。
「そう、それなら無理に質問するのも無粋ってものね……
でもねザーン隊長………、私は別に構わないけど
貴方のところの隊員たちはわけが違うわよ?
これからも共に戦っていく一番親密な仲間たちですもの、
いつか話してあげるのも、それはそれで大切な信頼関係じゃないかしら……」
「…………その言葉、以後我が心に留めておきましょう…」
≪シュザント:サキサ視点≫
「みんな、疲れているだろうが隊列から離れていかんぞ。
隊からはぐれてはそれこそ危険だぞ。
もしも傷が痛む者や歩けない者がいればすぐに報告してくれ」
私こと、リザードマン サキサは
魔王軍からの魔物兵たちの疲れた足取りでの隊列を監視を続けていた。
皆戦いの後で相当疲れているな、
スーアたちのサハギンや魔女たちはまだマシのようだが、
オーク、ゴブリン、ホーネットはほぼ正面から敵と対峙した為、
一際その様子が強く現れている。
私か?私は盟友キリアナと連携しての戦闘だったからな、
確かに多少の疲れはあるが、これといって目立つほどのものでもない。
グレンツ・マスカーとの戦いでも、
どちらかといえばシウカを援護しての戦法だったし、
奴には力負けしたものの直接的な傷もほとんどない。
なにより今の私は自分の体よりも隊長の会話が気になっていた。
「そう、それなら無理に質問するのも無粋ってものね……
でもねザーン隊長………、私は別に構わないけど
貴方のところの隊員たちはわけが違うわよ?
これからも共に戦っていく一番親密な仲間たちですもの、
いつか話してあげるのも、それはそれで大切な信頼関係じゃないかしら……」
「…………その言葉、以後我が心に留めておきましょう…」
仲間………、そう私たちは隊長の仲間だ!
しかし、あの方にも事情があるのだろう……、
将軍殿が言うように、私たちも以前に何度か隊長の過去について
本人に質問したことがある。
しかしあの方は決して言うことはなかった。
いや、これからも当分この話がくることはないかもしれない、
しかし隊長と私たちの関係は少しずつ深まっている筈だ、
この演習だって、隊長自らが私たちと共に過ごす休日を考慮してくれたのだ、
それは確かなる深まりの進歩…………、
これからも……少しずつでいい、
少しずつ、あの方に認めてもらうよう頑張ろう………、
あの方のおかげで私たちは今日まで生きんこっているのだから………。
私は意を新たにし、魔王軍の魔物たちの誘導をつづけるのであった。
-----ぴちょん
「うひゃあっ!?」
すると尻尾を突然冷たい感覚に襲われ、
私は不覚にも奇妙な声をあげてしまった。
ああ、止めろ……そんな目で見ないでくれぇ……;////
と、とりあえず!
冷たい感覚の正体がすぐにわかった。
夜の空を見上げてみると、そこから無数の雫が降ってきたのだ!
それでいいだろ!!
「降ってきたか……、隊長!」
私は雨を確認すると、隊長のほうへと足を運んだ。
「雨が降ってきた以上、あまり無茶に行軍は控えたほうがいい」
事実、雨が降ってきたことによって
行軍を続けていた魔物たちの足が止まってしまっている。
みんなが皆で手を頭に置き雨を遮っている。
隊長もそれを確認しているのか、みんなを見渡している。
「どこか雨をしのげる所で一時休息をとるべきではないだろうか?
見ての通り、みんな疲れきっている……その上この雨では生殺しだ」
「そうだな、雨をしのげる所と言えば………」
隊長が手元にある演習場の地図を取り出し、
自分たちのいる場所を確認した。
そして森にあるとある一箇所を指差す。
「……ここだ、ここから南西の所に洞窟がある。
元はドラゴンが住まいとしていた洞窟らしいが、
そのドラゴンも夫を見つけて、旅立ったおかげで今は無人だと書かれている
ドラゴンなだけあり広さもそれなりにあるだろう」
「そうね…、10分ぐらい時間がかかるけどそうしましょザーン隊長」
「よし、サキサ。先頭にいるネルディ隊長に報告を頼む」
「了解し………ッ!?」
雨の森の中、
隊長たちとの会話のなか、私の目にとあるものが映りこんだ。
そして私は目を大きく見開いた。
隊長の後ろ、森の木の上に『人影』があり、
その人影からなにか光るものが隊長に向かって飛来したのだ!
それを見た瞬間私の動きは速かった、
腰にかけてあるブロードソードを引き抜くと、
馬に乗る隊長たちをリザードマン特有の身体能力で飛び越え、
その光るものを弾き飛ばしたのだ!なんとそれは投擲用のナイフだった!
【カキィンッ】「何者だッ!!?」
「むっ!?」「敵ッ!?」
私に反応して、その場にいた皆が視線を木の上に集まる。
着地した私も改めて見てみると、既にそこにはだれもいなかった。
しかしリザードマンの私の耳は確かに異常を察知していた。
【ガササッ】
「……!!キリアナ、あそこだっ!!」
「わかった!」
私はブロードソードで方角を指し定めると、
傍に駆けつけていたキリアナに指示をし、彼女が弓を構えた。
狙い先は森の奥、いつの間にか木から飛び降り移動していたのだ。
そしてキリアナの弓が放たれ、その矢は確実に逃走者へて目指していた。
森の暗闇へと消えていった矢だったが、
私たちはそれを見ているうちになんと信じられない物がやってきた。
キリアナが放った筈の矢が、逆にキリアナに向かって飛んできたのだ!
『なっ!?』
その場にいた全員が驚きの声をあげた、
キリアナは驚きから反応が遅れてしまったが、
しかし、彼女に命中する直前に隊長がいち早くそれを剣で防いでくれた。
「隊長!助かりました!!」
「全軍警戒態勢ッ!!」
その場にいる魔物全員が武器を抜く。
そして360度全てに警戒を強めた。
しかしやはり疲れからなのか、えらくおろそかなのが目立つ。
「ザーン隊長!今のは一体………ッ!?」
「私にもわかりません……、サキサ お前は見えたか?」
「生憎と、この暗さと雨のせいで人影が辛うじて見えたくらいだった……
そうだ隊長、怪我はないかっ!?」
「問題ない、お前のおかげで助かった」
「隊長、すぐに追わないと逃げられますよっ!」
「追うなリゼッタ!この夜の森では視界が悪すぎる。
それに雨ではお前の鼻も使えないだろう?」
「うっ……、ですが……」
「私は相手にするなとは言っておらん。
全員警戒は怠るな、まだいるかもしれん…………」
隊長が警戒しながら、馬から下りると
茂みの中を探り出すと、そこからなにかを拾い上げた。
それは私が弾き飛ばしたナイフだった、
私はそのナイフを改めてみてあることに気付いた。
「………ッ! 隊長、そのナイフはッ!!」
「ああ、これは……マスカーで普及されている投擲ナイフだ」
≪マスカー:バンドー視点≫
〔初戦闘、ご苦労様でした我らが嫡子よ〕
「ふん、魔王軍連中も口ほどにもなかったぞクランギトー。
俺の記念すべき初戦がこの程度とはぁ、興醒めもいいところだぁ……」
〔ほっはっはっ、いやはやそれはご無礼を働きましたな〕
撤退している俺たちマスカー軍は、
クレデンの森を抜け、もう少しでマスカー領へと入ろうとしていた。
そんななか、嫡子殿はお偉いさん用の豪華な馬車に乗り、
水晶を使ってクランギトー軍師殿と通話をしていた。
俺はそんな嫡子殿の隣で馬車を護衛する形で付きっきりである。
そして聞こえてくる嫡子たちの会話に俺は苛立ちを感じていた。
(興醒めだと……?糞が、てめぇの無茶な戦闘に
どれだけ犠牲になったと思ってやがる………ッ!)
実質、この男護衛のために集められた俺以外の
隊長格連中はこの撤退行軍路を歩いてはいなかった………。
さらに、俺の部下たちも連続での戦闘に疲労困憊だ。
なのに馬車は聖甲兵部隊連中が独占しているっていうふざけた現状だ。
「しかしだ、てめぇが言っていたシュザントとかいう連中。
端くれの部隊だろうが、なかなか楽しませてくれたぜ……………
クランギトー、奴らは俺の鎧に傷までつけやがった。
そいつはハルケギ村にも現れた奴らしくてな、お前も見たんだろう?」
〔………ええ、やはりあの青年の率いる部隊は油断なりませんな。
シュザントはもちろん、そやつらは我らにとって脅威となりかねない〕
「バンドーが聞いた話しだと、
その部隊…………第四部隊を率いている人間の男の名は
ザーン・シトロテアというらしいぞ………?」
〔………………ほう…、それはそれは
ほっはっはっはっ!!なかなかどうして奇妙なものですなぁ…〕
?、今の軍師殿のいいように俺は違和感を覚えた。
なんなんだ今の言い回し………?
〔まぁ、どちらにしろ……その連中はあまり無碍にはできないでしょう。
なにより嫡子よ、そやつらは貴方の手の内を見ておいでだ………〕
「はん、くだらねぇ…。俺の強さを知ったところで
奴らがどうにかできるとは到底思えねぇがな…………」
〔それでも用心に越したことはありますまい。
もう既に我々は手は回しております…………〕
「………『あいつ』を動かしたのか……?」
〔ええ、身勝手ながら私の判断で動かさせていただきました、
もしもご不満なら手を出さずに引かせますが?〕
「………いやおもしれぇ、やらしてみろ…
お前が言う通り奴らが脅威なら、『奴の部隊』と戦わせて見るのも一興だ。
もしもそこで死ぬような連中なら……所詮その程度ということだ。
ふん、どっちにしろ…奴らも無事ではすまんだろうなぁ………、
あいつが……………『ダヴァドフ』が相手では……なぁ…」
それを最後に、軍師殿の声が聞こえることはなかった。
通話を終了したということだろう。
すると馬車の窓が突然開かれ、
嫡子殿が周囲を見渡すと、俺のほうに顔を向けた。(ビックリしたぁ……)
「ふん、結局残ったのはお前だけか……」
「………ご不満でもおありか?」
「そうは言っておらんわ………。どうだバンドー、
お前さえ良ければ、俺の直属の兵団に加わらんか?」
「…………なんだと?」
いきなりの勧誘、俺は当然眉を深めた。
「お前が勇者の血筋を受け継いだ人間だと言うのは聞いている、
はっきり言えば、その力を片田舎の拠点に置いておくにはいささか惜しい、
それに今回の戦いで俺自身が見てはっきりした、お前は確かなる実力者だ。
中途半端に強さを主張するようなカス共とは違う。
希望とあれば、俺直属の兵団の騎馬部隊隊長にしてやってもいい………
だが強要はしない、お前の好きなようにやればいい、
無理やり部隊に加えたんじゃあ、本力も発揮できねぇだろ?」
「……………悪いがお断りだ嫡子殿」
「……へっ、そうかい。なら仕方がねぇな………無理は言わねぇさ、
だがなぜだ?逆に興味がある、断る理由があるのか?」
俺はそっぽ向いた状態で、自分の持論を悟った。
「俺は俺なりのやり方でこの世界を救うつもりだ、
魔物どもを滅ぼす思想こそはあんたらと同じさ、
だがアンタみたいなお偉いさんの下にいたんじゃあ、
俺自身の思想がいつか忘れてしまいそうなんだよ…………、
俺はあんたらのために戦っているんじゃねぇ、俺自身のために戦ってるんだ、
まっ、気取って言っちゃいるが、ただ単に自由にやりたいだけだよ俺は…」
それからしばらく沈黙が流れたが、
次第に嫡子の口が笑みに歪んでいった。
「…………はっはっはっ!そうかそうか!
やはり俺の目に狂いはなかったな………。
それでいい、それでいいぞバンドー!
俺たちマスカーにとって大切なのは『何者にも囚われない』ことだ!
奴ら魔物にも……、血統の決まり事にも……、囚われる必要なんてない
人間は自由であるべきだ。
そうすれば、俺たちはこの世界に自由をもたらすことができる、
一昔前の教会連中は頭が固すぎたんだ、
意味のない規則、民を不安にするしかない曖昧な宗教活動。
そんなんじゃあ駄目だ、人間の強さはその『自由のなかにある本能』にある。
俺にとって、その自由からなる本能とは『闘争』………、
だからこそ人は強くなれる、お前だってそうなんじゃあないのか…?」
「………………………!」
嫡子のこの考えに俺は言葉が出なかった、
自由からなる本能という強さ、
俺のおふくろは親父を愛したが故に、教会を抜け、苦渋の自由を手に入れた。
そしてその自由から俺が生まれた…………、
ひどく……理に適っている話だった………………。
そんな複雑たる心境を俺は胸に収め、
とりあえず今は、自分の疑問を嫡子殿に聞くことにした。
疑問というのは、先程の嫡子殿と軍師殿での会話に対しての疑問だ。
「ところで嫡子殿、先程の会話………無礼ながら我が耳に届いたのだが、
軍師殿はやつらに何を仕向けたんです……?」
俺の質問に、嫡子殿は悪めいた笑みで口元を歪めるのだった………。
≪シュザント:サキサ視点≫
「ゲリラ部隊だとッ!?」
投擲用ナイフを拾い上げた隊長が言った言葉に
私は驚きの声をあげた。
ゲリラ。
簡単に言えば、奇襲 待ち伏せ 後方支援 破壊活動 を得意とし、
戦場においての攪乱(かくらん)などを主とする連中だ。
「というよりもこれは、ゲリラに近いマスカーの特殊部隊に近いだろう…
このナイフを見てみろ」
隊長が私たちにわかるようにその手に持つナイフを見せた。
私たちは警戒しながらもそのナイフを凝視すると
ナイフに何かが塗られていた、………だが私はそれを知っていた。
「これは……毒かッ!?」
「それだけじゃない、このナイフ………
確かにマスカーで普及されているナイフだが、
よく見れば少し型が違う、毒のことといい……殺しに特化しすぎている……」
私は一人、自分の手を強く握り締めた。
………卑怯なッ……戦場での奇襲は、立派な戦法として私も認めている、
しかし………今のような戦闘外において、隊長を殺そうとするなど……
我慢がならない………ッ!なんて卑劣な…………ッ!!
「でも隊長、本当にゲリラ部隊なんですか?と私は思います、
もしかしたら奴らが雇った暗殺者って可能性も………」
ノーザのその疑問に対し、隊長ではなく私が答えてやった。
「ノーザよ、暗殺を得意とする奴らが………
わざわざ軍隊の行軍途中などといった人目が
つきすぎるようなタイミングを狙うと思うか?」
「あ……そうか……と私は納得します。
でも部隊っていうのは………?」
「隊長も気付いているのだ………、
あの時、僅かだったが……逃がした奴のほかにもいくつかの気配があった…
恐らく、隊長の奇襲が成功したと同時に、キャスリン将軍や私たちにも
一斉にこのナイフを飛ばす手筈だったのだろう」
「……ゾッとします、と私は思います」
隊長を見てみると、彼は顎先に手を沿え
何か思考を張り巡らしているようだ。
「……リゼッタ、この雨が降る前にお前の鼻はなにも捉えなかったのか?」
「え……?は、はい…少なからずそんな匂いは全然…」
「森に隠れていたから、木々の匂いで気付かなかったんじゃないか?」
「そんなことありませんよサキサさん!
私、森にあるワーウルフの集落出身なんです、
だから例え森に紛れていようと、正確に匂いは捉えられるはずです!」
「リゼッタの言う通りだ、恐らく…匂い消しの魔術か、粉の類を
被っているのかもしれん………向こうはリゼッタというワーウルフの存在も
知っているはずだろうしな………………
その上、私やこの場にいる全員がまったく気付くこともできなかった
身の潜めよう………相当厄介な部隊だなコレは……」
私たちの会話を、雨がまるで嘲笑うかのように降り響く。
「それにお前たちも知っている通り、
今の私たちの兵団は、約半数が戦闘続行が不可能な状態だ、
まだ私たち含む、もう半数が残ってはいるものの
大勢の味方を守りながらの戦闘というのが一番困難だ………」
するとそこでキャスリン将軍が口をあけた。
「ザーン隊長、私はこのまま洞窟へと移動したほうがいいと思うわ。
洞窟まで移動して負傷者たちを隠すのよ。
そして洞窟前を私たちが死守して、魔王軍からの迎えを呼んで待つ………
この雨のなか、衰弱しているみんなを守りながら森を抜けるのは
いくらなんでも……【ドッゴォォオォオオオオンッ!!】 えぇっ!!?」
【ドゴォオオオオオオンンッ】
【ドォォンッ、ズドォォォンンッ】
『なにいぃっ!!!?』
その場にいる全員が、突然の音に驚きの声をあげた。
なんと森の向こうから、巨大な爆発が起こり、夜の森を明るく照らしたのだ!
「ば、爆発ッ!!?」
「………まさかっ!隊長ッ!!あの方角は………ッ!!」
私は驚きを隠せないまま、隊長のほうを見た。
彼は地図を見て考察していたが、その顔は明らかに焦っていた。
「間違いない………なんということだ、先手を取られた……ッ
やつらめ、ドラゴンの洞窟を爆破したのかッ………!!」
≪マスカー:バンドー視点≫
「『まやかし兵』………?」
俺は嫡子殿の乗る馬車と同じスピードで
自分の馬を動かしているなか、
嫡子殿の口から出た聞いたことのない兵科に疑問の声をあげた。
「聞いたことありませんぜそんな兵科……?」
「マスカーでも上の連中しか知らねぇから当たり前だな」
「ならばなぜ俺に?」
「お前の実力を見込んでの褒美とでも思えばいい………
わかっていると思うが、この話は誰にも言うなよ……?」
一瞬感じたこの男の威圧感に俺は頭を縦にしか振れなかった。
「まやかし兵はな、軍で言うところの特殊部隊なんだよ」
「特殊部隊……?」
「そうだ、やることはゲリラや暗殺者どものそれに近いが………
いやぁ……もっと質が悪く、えげつないだろうなぁ……、
あいつらの手段の選ばなさは、この俺でも感心するほどなんだからな。
まやかし兵の主な戦法は、暗殺 奇襲 爆破 罠の設置
俺たちとの戦闘の後にそんな連中に襲われたらたまんねぇだろうなぁあいつら
下手をすれば………あの森全部が焼け野原になっちまうぞ?」
俺は瞬間的に、後ろを……つまり遥か遠くのクレデンの森のほうを見た。
夜でうっすらではあるが、夜の闇をなにか……僅かな光が灯していた。
赤い光………まさか火か…っ!?
「くっくっくっ、もう行動を起こしていたか『ダヴァドフ』の奴……
クランギトーがどのような命令を出したのかは知らんが、
まやかし兵のえげつないところは、
暗殺、奇襲の際は必ずといっていいほど、人目につくところでやりやがる
なぜだかわかるか?そのほうが魔物どもの目に焼き付けられるからだよ…
まやかし兵にとって、自分たちの標的は……
敵軍に恐怖を与える為の死のメッセージに過ぎないんだよ………」
俺は自分の背中に薄ら寒いものを感じた。
(なるほど……、上の連中が隠し立てるのも納得だぜ…
マスカーは確かに武力国家ではあるが、それ以前にひとつの教団国でもある
この男や俺とは違い、今でも典型的な宗教的思想者も少なくはねぇ……。
自分たちこそが正義であると信じきっているやっこさんらが
そんな質の悪すぎる外道部隊の存在を知ったらどうなることやら…………、
恐らく嫡子殿も、上層部でもそういう奴には教えていないだろうな…)
≪シュザント:サキサ視点≫
「どうする隊長!なぁどうするのだッ!?」
「落ち着かないかサキサ、お前らしくもない!それでも私の盟友か!?」
「これを落ち着けというのかキリアナよ!
これだけの負傷者を引き連れている中、一体どうやって
この森を抜けろというのだ!?隠れる筈だった洞窟が破壊された以上、
私たちには森を抜けるしか手段はなくなった!」
私は次から次へと、予想外な出来事が連続して
冷静さを失ってしまった。
キリアナに当り散らすように声を荒げ、
さらにはその場にいるほかの魔物たちにも不安をぶつけた。
「その森の抜け道を連中が何もしてないと思うかッ!?
この敵は確実に私たちの先を読んでいる………ッ
私達は今、この森という名の狩り場に閉じ込められた獲物なんだぞ!?
絶体絶命!そんな状況を前に………一体何を落ち着けというのだ貴様はッ!」
【バキィッ】
「………………!?」
「なっ!?」
「ザ、ザーン隊長……ッ!?」
私は何があったのか、なぜ地面に倒れているのか理解できなかった、
しかし、肌に伝わるこの激痛ではっきりと理解が追いついてきた。
私は………隊長に殴られたのだ。
平手打ちでもなく、拳を握り締めてでのパンチ。
私は無意識に殴られたほうを触れると、少し触れるだけで痛みが走る。
私を見下ろす隊長に、私は震えが止まらず、目から僅かに涙が溢れた。
「………サキサよ、あえて私はなにも言わん。
だが……私がなぜ平手打ちではなく拳でお前を殴ったかわかるか?」
「………………」
「私はお前を女だと認識する以前に………、
素晴らしき戦士としてお前を知っている……………。
そこに女だろうが魔物だろうが関係ない、お前は私の自慢の部下だった…」
「………………!」
「そんなお前がここぞというべきところで
弱音を吐くとはな…………失望させてくれたな………『小娘』……」
言葉が出なかった。
私は地面に倒れこんだまま、隊長の顔を呆然と見ているだけだった。
そしてついには隊長は私から顔を逸らし、将軍たちのほうへと顔を向けた。
「…………ザーン隊長、貴方はこの状況をどんな手で打破するつもり?」
「………この敵が何者かにしろ、
少数の精鋭部隊であると見て間違いないでしょう。
手際があまりにも良すぎる上、先程の奴は相当の腕でしたからな……。
ですが……それなら勝算もあります。打って出るべきです」
「でもさっきから言っているように、
私たちも怪我人を大勢引き連れて…………!……貴方まさかっ!!」
「ええ、キャスリン将軍。貴方とネルディ隊長、スーア…………
そして第四部隊のキリアナ、ノーザ、シウカ…………そしてサキサ…
これらの人物は魔王軍の兵士たちと共に、怪我人を護衛して森を抜ける。
リゼッタ、ヴィアナ………そして私、この三人で敵を引き付けます」
隊長のその作戦にみんながざわつき始めた。
「おいおい隊長ッ!?なんでアタイを連れて行ってくれないんだよッ!?」
「お前も見ただろう、今回の敵は相当素早いタイプだ。
大雑把な攻撃しかできないミノタウロスのお前では相性が悪い」
「うっ………」
「隊長!森での戦いなら私も………ッ!」
「わ、私だって十分すぎるほど役に立てますッ!と私は思います」
「わからんか二人とも、この戦いは本質は負傷者たちを護衛して
森を抜けることだ。森さえ抜ければ連中も身を隠す場がなく撤退するはずだ
それまでの間、私たちがいない分、
ケンタウロスとブラックハーピーの機動力は生かし、
私たちの分まで頑張ってもらわぬといかんのだ、わかれ!」
『…………了解です…』
「キャスリン将軍、貴方は………」
「わかっているわザーン隊長、
ここにいる兵士たちはみんな私のところの娘たちだもん。
そんな私とネルディがこの娘たちから離れてはいけない……
そういうことでしょ?前にいるネルディにも伝えておくわ」
「ご理解感謝します……」
【クイクイッ】「わたしも………戦える……」
「だめだスーア、私は軍人としてお前たちをこれ以上巻き込めない。
いいかスーア、お友達にもよく言っておいてくれ。
この敵は、下手をすればさっきの連中よりも手強いかもしれない、
お前たちはさっきの戦いで十分過ぎるほど役に立ってくれた、
だから………ここから先は軍人に任せてくれればいい……」
「………絶対に…無事で帰って……きて…」
「………ああ、絶対だ」【なでなで】
「………………」
「………………」
「サキサ、お前は将軍と共に殿(しんがり)を務めよ………」
「………………」
隊長はわざと私を護衛側に回していた。
考えて見ればわかることだ、
リザードマンの私はキリアナほどの機動力もなければシウカほどの力もない、
しかしその分、十分な小回りなどは行えるつもりだ。
そんな私なら、この敵と相性が丁度いいはずなのに………彼はそうしない。
………………教えてくれ、隊長……こんな情けない私に何を求めているんだ。
「リゼッタ、ヴィアナ。お前たちは私と共に打って出る、異存は………」
「た、隊長ッ!?」
「隊長さんっ!?」
私はいつの間にか俯いていた顔を上げた。
すると隊長がそこで膝を突いて蹲っているのだ。
「ねぇ、ちょっと大丈夫なの隊長さんっ!?」
すぐ傍にいたヴィアナが真っ先に駆け寄った。
それにつられ皆が次から次へと………、
私は…見ているだけしかできなかった。
「問題ない……、足を……挫いただけだ」
「嘘ッ!そんなんで私の目を誤魔化せる思わないで頂戴!
……これは過労ね…ッ、隊長さん…貴方無理しすぎたのよっ!!」
「無理もねぇ……、隊長……ここ最近ロクに休んでなかったんだ…!
この間だってアタイに付き合って………その上、こう連戦続きじゃあ
ぶっ倒れて当たり前だぜ、人間なら尚更だッ!」
「こんなんじゃあ戦闘に出せないわ、馬車で休ませないと………」
「ど、どうするんですかッ!?
隊長がいてくれないと……、私たち二人だけで打って出るなんてとても…」
「…………サキサ…」
シウカの肩に支えられている隊長が私の名を口にした。
私は力なく、彼に近づいていった。
「……私の変わりにお前がリゼッタたちを連れて、
奴らを迎え撃て。この中で……戦闘力が一番高いのはお前だ…」
「だが………隊長、………だが私はっ!!」
「できないか……?ならばなぜ今のお前は震えが止まっている?」
「………………え?」
そこで私は自分の体を駆け巡っていた震えが止まっていることに気付いた。
「………それがお前の…リザードマンの本能だサキサ。
……………誇りに思えばいい、お前は戦いたがっているんだ。
戦えるというのは勇気と強さだサキサよ…………。
強さは誰かを守れる力だ………だからこそお前は私の自慢の部下だ…」
「………………!!」
「……フッ、目に迷いが消えたな…。さぁ、お前がやるべきことはなんだ?」
「卑怯にも罠を巡らす敵と対峙し、みんなを護るッ!!」
「………それでいい、さっきは…殴ってすまなかったな……」
隊長はそのままシウカに馬車へと連れて行かれた。
だが私はもう迷わない、誇り高きリザードマンの名のもとに、
皆を護ってみせるッ!!
私はブロードソードを引き抜き、意を決するんであった。
全員が準備を完了し、魔王軍たちは
キリアナたちの護衛をもとに森からの脱出を開始した。
しかし罠がいくつも仕掛けてあるだろうと予測し、
十分警戒をしながら焦らず遅れずのペースといったところだろう。
そしてその撤退部隊を先に行かせ、
私、リゼッタ、ヴィアナは素早く森に入り込み、
どこかで身を潜めているであろう敵部隊の捜索を開始した。
「ヴィアナ、頼む」
「おっけい♪」
ヴィアナが両方の手を合わせ、
その手を再び広げると、そこから大量の蜘蛛の糸が噴出し、
森の木々から茂みへと大量に糸が張り巡った。
「蜘蛛には糸から伝わる振動で獲物の位置を察知できる種類がいるわ。
敵がどこに隠れようと、少しでも動けば私が気付くわ……。
この調子でこの周囲全てを糸で張り巡らしてあげる」
そしてヴィアナは次の木へと、さらに次へと、
糸を増やしていった。
「さぁどうする!このままではそこら中に糸の結界が張り巡らされるのも
時間の問題だぞッ!!潜んでいないで出てきたらどうなんだ卑怯者めっ!!」
私が叫ぶと、森からコダマのように私の声が反響する。
そして雨が降る森の中、私の耳に雨に紛れて別の音が届いた。
【ザァァァァ……ザッ……ザアアァァ…ザッ……ザァァア…ザッザッ…】
(コレは……足音ッ!)
私は足音がする正面を見た、
それにつられてヴィアナたちも前をみる。
夜の闇に包まれた漆黒の森のなか、その森の向こうから確かなる人影が
私たちのほうへと歩いて近づいてきた。
すると、人影から赤い光が浮かび上がり、私達は一瞬警戒を強めたが、
よく見ると、それはパイプ煙草に火をつけた光だった。
そのパイプからの光で、その人影の姿がはっきりと見えてきた。
隊長とはまた違う濃い茶髪、髪は顎下ほどまで伸びたロングヘアー、
薄い顎鬚(あごひげ)を貯えたその風貌は、まさにダンディズムに相応しい。
格好は、上半身に銀色の鎧をし、その上には袖のない緑色のコートを羽織り、
両手には鎧と同じような銀色のガントレット、
ズボンも深緑色で、茶色のブーツを履いていた。
私はその緑が特徴的な服装を見て、直感的にマスカーだと理解した。
しかし妙なことに、その男は見たところ武器を持っていない。
コートにでも隠しているのか?
その男は口から煙を吐き出すと、その時初めて私たちを見た。
「卑怯者って言われてもなぁ………生憎と俺ぁはそういう兵科だから
仕方がないったら仕方がないんだぜリザードマンのお嬢ちゃんよ?」
その男の言い回しに、私たち三人は警戒を強めた。
「貴様、…………マスカーの者で間違いないな?」
「はいご名答、見て判るだろ?」
「先刻、我が部隊の人間の隊長を狙ったのは貴様か?」
「それもまたご名答だ、別に俺がやる必要もなかったんだがな。
例え奇襲でも、大将は大将が倒すってのが戦場のひとつの礼儀だろう?」
「ほう、奇襲を仕掛けた者ながら見上げた志だ。
どうやらただ臆病で身を潜めただけではないらしいな………」
「だーからさっきも言っただろう?そういう兵科なんだって!
わかるか?まやかし兵!あ、言っちまった。まぁいいや…………
ようは俺たちも一介の軍人としての職務を果たしてんだ、
自分の役目がなんであろうとそれをやるのが軍人だろう」
「ふん、戦闘後の疲労した軍隊を狙うような卑怯者がよく言う」
「まったくね、サキサ…こんな男、さっさと捕まえましょう」
「そうですよ、隊長を暗殺するような奴にこれ以上話すこともありません」
私たち三人は、各々が戦闘態勢に入った。
私がブロードソードを構え、ヴィアナが専用のクナイを手に持ち、
リゼッタが格闘のポーズをとって姿勢を低くする。
「人を呼び出しておいて、なんとまぁ勝手なお嬢ちゃんたちだぜまったく」
パイプを口にくわえたまま、男は頭をかいた。
「元より我々とお前は国からの敵対関係。
……諦めるのだな、さぁお前の仲間たちを呼んだらどうだ?
まだほかにも何人かいるのだろう?」
「いるっちゃあいるが、………生憎ともういねぇよ」
「なんですって………?どういうこと!?」
「そのまんまの意味だぜ蜘蛛のお嬢ちゃん、
俺たちは軍人で、自分の兵科に相応しい仕事を行う、
そして…………今それを遂行中、簡単なことだぜ?」
「………………まさかっ!!」
私はこの男の発言に、嫌な予想が頭をよぎった。
【ドゴォオオオオオンッ】
しかし、その予想を正解といわんばかり、
私たちの後ろ………撤退部隊のほうから爆発音が聞こえた。
私たちその方角を見てみると、夜の森が赤く照らされ
さらに黒い煙が天へと舞い上がっていた。
「そんな………みんなっ!?」
「隊長……さん……」
私たち三人は驚きを露にしたが、その後悔と怒りの矛先を
目の前の男へと向けた。
「貴様ァ……よくもっ!」
「クックックッ………言ったろ?これが仕事だ…………
俺たちをおびき寄せる為に少数で打って来たんだろうが無駄足だったな、
部下どもが任務を遂行している間に、お前らの相手は俺っていうわけだ……」
私はブロードソードを構え、その男を睨みつけた。
ヴィアナたちも、隊長たちの心配を必死で堪え、
私と同じように戦闘態勢に入った。
しかしその男はいまだにパイプ煙草を吹かしている。
余裕とでも言いたいのか?
「………私はリザードマン サキサ 。
名乗れ人間、いかなる外道といえど……
戦士としての誇りにかけて貴様を倒す!」
「なんともカッコイイねぇ〜。俺みたいな野郎に
そんな誇りや騎士道っていった固いもんは本来無縁なんだがな、
まっ………たまにはいいな、こういうのも………
俺は、『ダヴァドフ・ウォードレード』………
マスカー特殊部隊 まやかし兵隊長…………んじゃぁまぁ、やるか?」
ダヴァドフと名乗ったその男は、
手に持つパイプをポケットにしまうと、
そこから何も武器を構える気配もなく、立っているだけだった。
「貴様、構えないのか…?」
「………これでも構えてるつもりだぜ?」
「そうか……、なら遠慮はいらんな!」
一気に相手との距離をつめ、ブロードソードを振り下ろしたが、
ダヴァドフは体を横にずらし、それを交わした。
だがその交わした先にはリゼッタの飛び蹴りが待っていた。
「くらえっ!」
「オジサン、痛いのは嫌いだぜ?」【ガシッ】
「うそっ!?」
しかしその蹴りをその男は掴みとめた。
「リゼッタ、離れろ!」
「はいっ!」
足先を掴まれたリゼッタだったが、
もう片方の足で地面を強く蹴り、ダヴァドフから距離を取った。
そして私はダヴァドフの足を狙って薙ぎ払い攻撃を放った。
しかしダヴァドフは反射的にジャンプしてそれを回避した。
「空中なら身動きも取れまい、ヴィアナ今だ!」
「わかってるわよ!」
ヴィアナは専用のクナイを両手合わせて6本、
ダヴァドフに向けて投擲した。
「隊長にやろうとしたことをそのまま返すわ!」
「目には目を、投擲には投擲ってか?
生憎俺ぁこんな下手くそなナイフ投げはしねぇぜっ!」【ガギィン】
空中で身動きは取れずとも、奴は両手に装着してある
ガントレットの強度を利用し、クナイを振り払うように弾いた。
どうやら上等な材質のガントレットのようだ。傷ひとつついていない。
クナイはふさがれたが、私たちの狙いはそれじゃない。
【しゅるるっ】
(ふん、クナイはブラフで本命は木の上に網を張った糸ってわけか…)
ダヴァドフは一瞬、なにかを思案したように見えたが、
木の上に仕掛けておいたヴィアナの糸が、彼女の巧みな操作によって
ダヴァドフの両手に絡みついた。
そのまま奴は、両手を束縛され木にぶら下がっている形となった。
「これで終わりだっ!」(両手を封じれば隠し持った武器も使えまいッ!)
「殺しはしないから安心しなさいっ!」
その無防備状態の敵に、私とリゼッタは同時に
剣と脚による攻撃を仕掛けた。
しかし、私はその時 もっと不信に思い、警戒するべきだった。
この男がなぜ武器を持っていないのかと………。
≪マスカー:バンドー視点≫
「嫡子殿、先程から何度か会話に出ている
その『ダヴァドフ』というのは何者なんですか?」
「ほう、なかなか鋭いところに気付くじゃねぇか……さすがだな」
(そりゃあそんだけ名前がでりゃぁなぁ……)
心のなかのツッコミは一旦控え、俺は自分の予想をぶつけた。
「会話の流れから予測すると、そのまやかし兵を率いてる隊長格ですかい?」
「まぁ、大体そんなところだ。
ダヴァドフ・ウォードレード。確か今年で37になるオッサンだったな」
「確か嫡子殿のお歳は26でしたよね?」
「そうだが……今それを聞くか?」
「あ、いえ………なんか聞いとく必要があると思って…」
「……?まぁ話を戻すが、こいつがなかなかどうして侮れねぇ奴なんだよ、
経歴こそは俺もしらねぇが、魔王軍とマスカーの始まりである
あの戦争(マスカー殲滅大戦)にも影から参加してたらしくな、
クランギトーから聞いた話じゃあ相当上位な魔物を何匹も打ち倒したそうだ。
あいつに会えばお前も驚くぜ、なんたって見てくれはハードボイルドを
気取った間抜けそうなオヤジにしか見えねぇからな、くっくっくっくっ。
そして何より面白いのが奴の使う『エモノ』だ………」
「『エモノ』(武器)?」
「一見奴は武器を持っていないように見える…………
だがな……常に奴は潜ませてあるのさ、『その手』に…殺しの道具をな…」
≪シュザント:サキサ視点≫
【ドシュッ】
雨の中、生々しい音が聞こえた。
私は最初こそなんの音かわからなかったが………
「がっ………!?」
「えっ………!?」
隣のリゼッタの脇腹からの赤い血が目に入り、
次に私自身、背中から生暖かい感触が痛みとして込みあがってきた。
そしていつの間にか私たちが攻撃した筈のダヴァドフも
私たちの後ろに回りこんでいた。
「サキサッ、リゼッタッ!?」
「他人心配してる場合じゃないだろお前」
【ドゴォッ】
「かっ……は……ッ!?」
私は痛みを堪え、後ろを振る向いた瞬間、
ヴィアナが蹴り飛ばされていたのが目に入った。
だが私は次に目に入った『モノ』に驚きを隠せなかった。
(ガントレットから………刃がッ!?)
そう、ダヴァドフが両腕に装着していたガントレットから、
斧のような、曲状の刃が飛び出していたのだ。
そしてその刃は、私たちの血によって赤く染まっていったが、
雨によってその血もみるみると流れていった。
「仕込み………アレでヴィアナさんの糸を切断して………」
隣で蹲っているリゼッタがそう口走った。
どうやら私同様、やられた傷はなんとか大丈夫のようだ。
しかし、そのリゼッタの言葉に私はあることに気付いた。
(いや、それだけじゃない…!
この男、糸を切断して…そこから私たちの攻撃を掻い潜って
その際にリゼッタを攻撃し、回り込んだと同時に私の背中を斬り付けた…
そして最後にヴィアナに回し蹴りを入れた…………
それだけのことを一瞬で………なんて運動神経だ……ッ!!)
私たち三人は、受けた攻撃の痛みを絶え、
皆が一歩距離を取り、ダヴァドフを中心に三角形型で取り囲んだ。
「はん、痛いだろうに………お前らまだやんのかよ?」
「この程度の傷、私たち魔物からすればどうってことないわよっ!」
「健気だな、だが戦場っていう殺し合いの場所では
その健気さ、誇りも自分を殺すきっかけにしか過ぎないんだぜ?」
「私達は軍人だ、戦場で死ねばそれが本能だっ!」
「死ぬことは本能?はっ、くだらねぇ………」
「貴様などにはわかるまい!
そんな不意打ち同然の武器で攻撃するような輩ではなっ!!」
「相手の武器の場所がどこにあるかなんて簡単なことじゃねぇのさ、
実際お前らは、俺がコートのなかに武器を隠し持っていると錯覚したろ?
だが実はこのガントレットが武器だったって気付いたときにはダメージ……
これが『まやかし』なんだよ間抜けな蜥蜴のお嬢ちゃん」
ガントレットから露出した刃を
もはや隠すこともなく、ダヴァドフは構える。
手の内を見せた以上、ここからが本番というわけか………。
しかし私たちも各々が攻撃を受けた為、
三人がかりとはいえ相当不利な状況となっている。
それ以前にこの男の身体能力なら、仮に全快な私たちでも怪しいかもしれん。
しかしだからといって引き下がれない、
私はリゼッタとヴィアナにアイコンタクトを送り
私の斬り込みを合図に、続けて二人も攻撃を開始した。
リゼッタがお馴染みの格闘で、ヴィアナが指にクナイを挟んでの接近戦だ。
四方八方からの同時攻撃、いくら武器とかね合わせた格闘術といえど
三人同時なら限界がある筈だ、その限界から生まれる隙をつく!
「なるほどな、こりゃあ確かに厳しいな…………んじゃあまあ…」
すると奴は懐からなにか小袋を取り出すと、
ヴィアナに向けてそれを投げつけた。
「ヴィアナ、気をつけろっ!」
「こいつのことです、ロクなものじゃありませんよ!」
「わかってるわよ、こんな物っ!」
ヴィアナが腕から糸を噴出すると、
その小袋を糸で捉え、さらにそのまま別の糸に瞬間的に結び付けて
小袋を空中で固定させた。
「ヒューッ、さすがアラクネ。糸で巣を作るのはあっという間ってわけだ」
「余所見するなっ!」【ヒュンッ】
「おおっと、そうだったな」【ガァンッ】
ヴィアナの行動が遅れた分、
私とリゼッタで再び、同時攻撃を繰り出した。
しかし先程とは違い、ダヴァドフは両腕の刃で受け止めている。
しかし所詮は人間と魔物………、
マスカー・グレンツのような例外ならまだしも、
魔物二人がかりの力勝負ではさすがに押されるようだ。
「そんな細い体でどこにこんなパワーがあるんだよお前ら……
怪我までしてるはずなのによぉッ………
こればかりはホント理不尽だぜまったく」
ダヴァドフは一歩後ろに下がろうとしたが………
【ドスドスッ】
「ぐおぉっ!?」
「私がいることもお忘れかしら?」
ヴィアナがその隙を狙って、ダヴァドフの肩にクナイを数本突き刺した。
その瞬間、痛みからバランスが崩れ、その際生まれる最大の隙を
私は待っていた!
「リゼッタ今だッ!」
「はいっ!」
深呼吸をし、リゼッタの片足が紺色に光り出す、
そう………リゼッタの『魔闘技』だっ!!
隊長が剣なら、リゼッタは格闘、それらに魔力を帯びせることによって
初めてその技が発動する。
「『四連脚爪』ッ!!」
しれんきゃくそう。
片足に魔力を集中させ、一瞬で四度の蹴りを相手に叩き込む。
その際に脚の鋭利な爪でも攻撃する為、打撃と斬撃を同時に行う。
つまり一瞬で8つの激痛が相手を襲うというわけだ。
【ズガガガガガガガンッ】
ダヴァドフは両手でガードしたものの、
リゼッタの魔闘技をその全身に受けてしまった。
その口からみるみると血が流れ込んでくる。
「…………痛っ〜〜、クランギトーの奴から聞いちゃいたが、
なるほどな、マスカー対策組織なんて肩書きを持つだけのモンはある、
隊長ならまだしも、兵士一人一人が相当だなこいつは…………」
それだけだった。
「馬鹿なっ!?貴様なぜ立っていられるッ!?
今の攻撃………普通なら半死になっていてもおかしくないはずだぞっ!?」
「違いますサキサさん………」
私はリゼッタのほうを見た、彼女もその顔に信じられないものを浮かべている
「この男……、ただ防御してたわけじゃない………
攻撃が自分の体に当たる直前に、手で私の蹴りをずらしていたんです!
しかも…………しかも、それどころか………ッ!!」
【ブシュアアアァッ】
突然、攻撃を繰り出したリゼッタの片足から無数の切り傷が浮かび上がり、
そこから大量の血液が噴出した。
「リゼッタっ!?」(反撃までしていたのかッ!?あの一瞬でッ!?)
再びダヴァドフのほうを見ると、
なんとやつはしまった筈のパイプ煙草を再び吹かしていた。
勝利を確信したつもりかッ!?
しかし私は何とかその怒りを押さえ、
足にダメージを受け、今にも倒れそうなリゼッタを支えた。
ヴィアナも私たちに駆け寄り、リゼッタの傷を見た。
「傷自体はそう深くないわっ、でも相当な数の傷口よコレッ!
切断されなかっただけ幸運ね……毒も仕込まれていないみたいだし……」
「その気になりゃあ毒だって仕込んでやったさ…、
だがそれじゃあ、ちょっとばかしつまんねぇだろ?」
「貴様ァッ…、どこまで私たちを馬鹿にすれば………ッ!!」
「駄目よサキサッ!リゼッタの出血がひどすぎるわッ!
私の糸の包帯で応急手当をしても、ちゃんとした魔術治療じゃないと……
このままじゃあ、出血多量で死んでしまうわッ………!」
「そんなっ………!?」
「はっはっはっ、そういうことだ。
だがその魔術治療は、本隊にいる魔女たちじゃないとできない……
まぁその本隊もどうせ今頃俺の部下どもに八つ裂きにされてるだろうよ……
この勝負見えたな!お前らもこの世にアバヨをさせてやるぜっ!!」
両腕の凶刃を再び構え、奴は一歩また一歩と私たちに近づいてきた。
私とヴィアナは、半分意識を手放しているリゼッタを庇いながら、
後ろに下がっていったが、やがて大木が私たちの背中をさえぎった。
そこで私は意を決した、私はリゼッタをヴィアナに預け、
二人の前に出て、ダヴァドフに向けてブロードソードを構えた。
「サキサ………ッ!?」
「…………ヴィアナ、私がこの男を引きつける
お前はリゼッタを連れて隙を付いて逃げろ…………!」
「そんな…ッ!この男と一対一なんて危険すぎるわッ!!」
「私に構うなッ!急がないとリゼッタが……」
「……反吐が出る………」
『えっ?』
突然、ダヴァドフから放たれた 今までとはまるで違う低い声色に対し
私達は間抜けな声をあげた。
「仲間のために自己を犠牲にするだと……?魔物が……?
俺たち人間の真似事をてめぇらがしやがるとはなぁっ!!」
『!?』
瞬間、ダヴァドフが一瞬で私たちの目の前まで移動した。
私は反射的に攻撃したが、それも虚しく防がれてしまった。
そして次に、この男の膝打ちが私の腹部を襲った。
「がふッ………!!」
「サキサッ!」(さっきまでと動きがまるで違うッ!?)
ヴィアナは私を心配する声をかけながらも、
クナイをダヴァドフに向けて投擲した。
「ふんっ!」
しかし白刃取りのように両手をあわせてそれを受け止められた。
だが両手を塞いだ今がチャンス!
私は腹部の痛みで蹲った状態から、ブロードソードを一気に振り上げた。
「ハァッ!!」
「ぐおぁっ!?」
奴は一歩後ろに下がって致命傷は避けたものの、
肩から胸板にかけて傷口をつけることには成功した。
鋼の鎧を着ている為、大したダメージにはならないだろうが………
「ふぅ〜〜、いかんなぁ……俺としたことが、
ちょっとばかし熱くなりすぎたぜ、
下手に勝ちに攻め込むと足元をすくわれかねねぇからな、
『コイツ』を使うとするか…」
そう言って奴が手を伸ばした先、
それは先程、ヴィアナが糸で固定した奴の小袋だった!
「させないわよっ!」
ヴィアナがそれを阻止せんと、6本のクナイを投げつけた。
「固いこと言うなって」【ガギィン】
しかし一振り、奴は腕を一振りしただけでそれ全てを叩き払った。
そして奴は小袋に絡みついた糸を切断し、それを私たちに投げつけた。
いや、ただ投げつけたわけじゃない。投げる前に袋に切り目を入れていた!
そして投げると同時に、その切り口から『黒い粉』が舞い上がった。
「これって……ッ!」
「火薬かッ!!」
私たちがそれを認識すると同時に、
ダヴァドフは手に持つパイプの中にある
燃え広がっているパイプ用の葉を飛ばしてきた………!
「吹き飛んで死ね」
【ドゴオオオォォォォォォォンッ】
「…………………なにっ!?」
ダヴァドフはさぞ驚いたであろう、
それもそうだ、爆風が晴れるとそこには『白いドーム』が
私たちを覆っていたのだから!
「……『抱擁のホワイトドーム』……」
これこそヴィアナの扱う、防御の技。
魔剣技などの攻撃タイプとは違い、防御に特化した技であり、
『魔防御』とでも呼んだほうがいいかもしれない。
全身に黒紫のオーラを纏い、自身の糸の噴出力と固さを最大限に高め、
それを私たちを覆うように、ドーム状で結界を張るのだ。
糸は何重にも重ねられてあり、
例え大砲だろうとこの結界を破ることは容易ではない。
だが、この技には唯一の欠点がある。それは………。
「う……くっ…」【ドサッ】
「ヴィアナッ!」
ヴィアナがその場で倒れこむ。
そう、この技は魔力と糸を膨大に消費する為、
一度使えばそれで使用者は行動不能に陥ってしまうのだ。
「あーあ…、防御に特化しすぎた技ってのも考えようだな」
ダヴァドフが皮肉めいた口ぶりでそう言い放つ。
「サキサ……逃げて…」
ヴィアナが後ろでそう言うが、そんなこと私が許さない!
「まだやるつもりかお前?」
「…………来いッ…」
「光を失っていない目だな…、だからこそわからねぇ……
なぜ諦めない?この絶対的に不利な状況、理解できないわけでもあるまいに」
「私は……決して諦めない!
諦めないことを………私は隊長に教えられたッ!!
私はリザードマン!誇り高き戦闘種族だっ!
どれだけ不利な状況だろうと、私は最後まで戦い抜くッ!!」
私はもう弱音を吐かない、
例えどんな絶対的な状況でも、私は剣を持つこの手を下ろしたりはしない!
私はその手に持つ剣を強く握り、突撃した!
「誇りというのは怖いものだな、
目の前にある確実な敗北までも隠し、たとえ俺がお前を殺してやっても
お前が最後に想い描くのは『誇りのなかで死んだ』という自己満足だ…」
そしてダヴァドフも私に向けて直進した。
しかしその時だった。
なんと私たちの間に矢が突き刺さったのだ。
『!?』
私もダヴァドフもそれに反応して足を止めた。
「そこまでだ!」
すると声が聞こえた。
しかもそれは私が良く聞き慣れた親友の声だった。
「キリアナ!無事だったのか!!」
「奇襲のときに俺に矢を放ったケンタウロスか……」
「両者剣を納めよ!これ以上の戦いはもはや無意味!」
キリアナの突然の停戦宣言。
驚いた私とは違い、ダヴァドフはどこか納得した様子だった。
「…………なるほど、部下どもは奇襲に失敗したか…」
「貴様があの部隊の隊長だな?
…………この惨状を見れば納得もいく、さすがだな」
「その口ぶり、どうやら俺の部下どもの強さを堪能してくれたようだな」
「…………ああ、できれば二度と対峙したくないというのが本心だ」
「はっはっはっ……いやぁ結構結構、敵とは言え
そう言ってもらえるとなかなかうれしいものだな」
「キリアナ、隊長たちは無事なのか!?爆撃を受けたのだろう!?」
「安心しろサキサ、なんとか…無事だ………だが…
戦闘可能だった半数の魔物のうち、また半分がやられてしまった……」
「そんなっ………!」
「だがそれでも勝利は収めた、故に隊長格であるお前に交渉をしにきた!
爆発のおかげでやっと見つけることができたぞ…」
「交渉だと………?」
「そうだ人間よ、先程から言ったとおり………
お前の部下たちは私たちが退けた!
どうやら情報が行き届いていないようだな」
「ウチの部隊はそういうもんだ、任務をこなして撤退する。
俺たちまやかし兵の間に伝令なんてものは滅多にないのさ……」
「それでよく部隊が成り立つものだ、だがそれなら尚更!
武器を納め身を引くがいい、そちらが大人しく撤退すれば我々は追撃しない」
「追撃する戦力もほとんどないだろうによく言うぜ……」
「………………」
「ふん、図星か……『追撃』なんてできもしない言葉で
少しでも俺の撤退意識を煽ったつもりだったのだろうが愚策だったな」
「!?」
その言葉にキリアナは背筋に冷えるものを
感じて、弓を構えようとした。
「よせよせ、さすがに俺もこれ以上続けようなんて思わんさ、
そっちの言う通り引かせてもらうとするよ。オジサンに重労働は体に毒だ」
シャキンッ、と音を鳴らし
奴の両腕から露出していた刃が納まった。
すると奴の目は私を見た。
「次に会う時は少しは強くなっていることを願うぞ?
先の短いオジサンには楽しみなんて限られているんだからな………
そこで倒れている蜘蛛と狼のお嬢ちゃんたちにも言っておくんだな」
「………………」
私は何も言い返すことができず、
森の奥へと消えていく奴の背中を眺めるしかなかった………。
「キリアナ、本当に隊長たちは無事なのだな?」
「隊長たちはな………一般兵の被害が余りにもひどいんだ、
十数人程度の敵だったんだが、一人一人がとてつもなく強敵だった……」
「そういう部隊なのだ、あの男は自分をマスカー特殊部隊と言っていた…
そうだキリアナ!急いでリゼッタを魔女たちのところに連れて行ってくれ!
応急処置はしたが、このままじゃあ危ない!」
「!了解した!それならそちらはヴィアナを頼む!
私は急ぎリゼッタを連れて行く!」
「ああ、任せてくれ!」
二人してそれぞれの救護者を抱え、私達はその場を後にした。
戻ってみればみなが傷だらけで疲労困憊ではあったが、
いつの間にか雨が止み、昇ってきた太陽の光がその目に入ったとき、
私は今度こそこの森での戦いが終わりを告げたことに気付いたのだった……。
11/12/23 01:37更新 / 修羅咎人
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