第八章†反撃のシュザント 決戦はクレデンの森†
だれかがこんなことを考えたことがある。
この世界で最初に誕生したのは人間か魔物か…………。
実に不思議な考え方だった、人間は永い進化の歴史を繰り返して誕生した生物
では魔物は?
数多な種族を持つ彼女たちは一体どういった過程をもって今の姿がある。
例え、過去に人間を多く殺めた種族だとしても………、
彼女たちはその進化の過程で今の姿がある。
ならば…………それを受け入れてやるのも、
人間の進化の過程ではないのだろうか……………。
その血塗られた過去を忘れろとは言わない。
ただその恨みを彼女たちと共にこの剣で受け止めるのが
我々シュザント………魔物との共存を望む私たちなのである………。
≪主人公:ザーン視点≫
…………あちらの怪我人を………
手を回せるものはこちらに…………
……手を貸して…………
………うう、痛い…痛いよ………
………隊………………いちょう………
………隊長………!
視界が暗いが音が聞こえる、
私は今目を瞑っている。そしてこの声は………
「キリ……アナ……」
「はっ……た、隊長……ッ!」
私が瞼を開けるとそこにはキリアナが私を見下ろしていた。
この間のリゼッタのときといい、まただな。
どうやら私は体に布を被せて横になっているらしい。
「ここは………?」
「山林演習場のキャンプ場です………、隊長……よかった……
なにがあったかは……覚えていますか…?」
「ああ、覚えている…。どうやら………運よく生き残ったか……」
「はい……隊長のおかげです……、あの時、隊長がいち早くみんなの
行軍を止めていたおかげでこの程度で済んだのです」
「この程度………か……」
私は周囲の様子を見渡した。
いつの間にか夜の暗さが広がりつつあり、
魔王軍から派遣されたホーネットたちが大忙しとなっている。
怪我をしたホーネットを治療するホーネット。
怪我がひどいものは寝床で横になり傷の痛みで悶え苦しんでいる。
そしてそんなホーネットたちに紛れて治療しまわっている
第四部隊の者も何人か見かけた。
サキサにリゼッタ……ヴィアナにシウカ………
「ノーザは偵察か………?」
「はい、今のところマスカーには派手な動きはないようで………」
「向こうも、こちらの奇襲で戦力が分散されたからな………
あちらもあちらで戦力を整えているのだろう……………ところでキリアナ」
「はい?」
「私を心配して手を握ってくれるのは嬉しいが、さすがにもういいぞ?」
「え……?……あっ!い、いやこれは………その………恐縮です……///」
キリアナは顔を赤らめ私の手を握っていた両手を離した。
よほど私の事を気にかけていたのだろう、健気な娘だ………。
とりあえず私は自分の身を起こし、体に異常がないか確認した。
「骨は折れていないようだな………頭に巻いてある包帯はお前が?」
「ええ、みんなに隊長を診てやってくれと…包帯はヴィアナが……」
「そうか……、世話をかけたな……。
さっそくで悪いが状況を報告してくれ……」
「りょ、了解です!」
その後キリアナの話を聞いたところによると、
どうやらあの時、私たちはあの巨剣の一撃でほぼ全員が攻撃を受けたが
距離が離れていたおかげで致命傷を受けずに済んだらしい。
先陣をきっていた私と第四部隊の何人かはその攻撃を受けた際、
気を失ってしまったようだが、軽傷ですんだホーネットたちや
後からやってきたキリアナが私たちの体を運んで一時撤退をした。
どうも気を失って2時間ほど経っているらしく、
その間に第四部隊はみんなが目を覚まし、自らの傷を癒し、
現在は治療活動にあたっている。
私がどうも情けないことに最後の目覚めだったようだ。
「ようやくのお目覚めだなザーン隊長」
「ネルディ隊長………」
そして私の元にやってきたのは
魔王軍から派遣さてやってきたホーネットのネルディ隊長。
先の作戦では奇襲分隊を勤めていたはずだが………。
「どうやらそちらもか………」
「ああ、手酷くやられたよまったく……」
ネ々で包帯が巻かれるなどの治療した後がある。
頭にもハチマキのように包帯をしている私とはちがって
彼女は包帯を斜めに傾けてかわいらしく頭に巻きつけている。
「奇襲自体は成功していたはずだろう?」
「奇襲自体はな…………しかし途中で優れた指揮官が
現れて一気に形勢を逆転させられた……まったくたいした奴だよ…」
「隊長、ハルケギ村での戦いで私たちと対峙した奴です……」
「バンドーか………、奴め…やってくれる」
「…!その男の話は親友のキャスリンから聞いてはいたがそうか奴が…」
ネルディはバンドーのことを思い出しているのか
顔を埋めてなにかを考えているようだ。
「………そうだキリアナ、こちらの被害はどれぐらいだ?」
「はい、正直……あまり喜ばしくはありません………
私たち正面からの攻撃部隊はあの一撃で三分の一が重傷、
(第四部隊のみんなは運よく軽傷でしたが…………)
さらに奇襲部隊を務めていたネルディ隊長の分隊はバンドーの介入を悪因に
半数以上が深手を負いました、そんな状態で死者が出なかったのは幸運に
ほかならないでしょうが……………しかしいずれにしろ……」
「こちらの劣勢には変わりはないと…………」
「ええ、正直………ここで長居しているのもあまり望ましくないかと……
いつ連中がそこまでやってくるか……………」
そこでネルディが再び顔を上げた。
「しかしだからといって今下手に怪我人を動かして後退すれば
向こうの攻撃意欲を煽ることになるぞ?」
「それは私も同感だネルディ隊長、
マスカーにとって背中を見せる魔物を追いたて討つということは
兵士たちの士気を上昇させるきっかけにもにもなるだろう……
その手の追い討ちは奴らの得手だからな…………。
だがキリアナの言うことも一理にありだ、
ここで留まっていたところでいずれは………………」
「それに関しては問題はない………そうだな、時間的にそろそろ……」
「なに?」
突如ネルディの違和感ある言い回しに私は疑問を覚えた、
すると私の耳にホーネットたちのざわめいた声が届いてきた。
そしてそのざわめきの発信源に目を向ける。
マスカーたちがいる逆の方向、そこから大勢の人影が私の目に映った。
「おお……………ッ!」
「確かに私たち後退はしたが、だからといってこの美しい森一帯を
奴らに渡すなんて我慢がならないからな………、
君が気絶している間に私の部下を使いに出して呼んでおいたよ………
魔王軍からの頼もしい援軍たちをな!」
「ふふっ、また会ったわねザーン隊長!」
「キャスリン将軍……」
そう、現れたのは以前の戦いで私たちと共闘したデュラハン キャスリン将軍
そして将軍を初めとするハーピーや魔女、オークやゴブリン
さらに新たなホーネットたちなど
魔王軍から援軍として派遣されてきた大勢の魔物たちだった。
「「あのマスカー・グレンツ・クランギトーがこの森にッ!?」」
援軍で参ったデュラハンのキャスリン将軍、
そしてそんな将軍の戦友であるというホーネットのネルディ隊長。
私はその二人と自分の隊員たちを集め、キャンプ場で作戦を練ることにし、
私は先程までのいきさつを二人に説明した。
しかし今や世界的な人物であるマスカー・グレンツの名を出した瞬間、
キャンプ場全体の魔物たちがざわつき始めた。
まぁ無理もないことだ…………。
「まだ確証はない……、
しかし奴が纏っていたマスカーらしからぬ蒼白の鎧。
あれは始教帝レインケラーと近い血縁関係を表している証拠。
どちらにしろあの驚異的な一撃、我らにとって重要人物には変わりはない」
「キャスリン、マスカー・グレンツの戦場での出現歴は?」
「私が知る限りじゃあ知らないわネルディ」
「ならば奴にとってこれが初戦闘ということになる、………なるほどな。
あの円形の布陣はマスカー・グレンツ護衛の為のものだったのか……」
私は疑問を確信に変えると、後ろからサキサの声が聞こえてきた。
「初戦闘であの一撃か…………」
その言葉に第四部隊全員が身震いした。
まぁ無理もない、私だってもう二度とあんな一撃受けたくはない。
「先程から聞くけど、その一撃ってどんなものだったの?」
「それは私も気になるな、教えてくれないかザーン隊長。
みんなを最先端で引き連れていた君なら一番前で見ているはずだろう?」
魔物のなかにも視力が優れた者をいるだろうが………、
どうも彼女たちは自分の感想より隊長である私の感想を求めているらしい。
「……………一言で言えばあれは竜巻や台風のようなものだ」
「風属性の魔術ってこと?」
「それは少し違うと思いますキャスリン将軍。
確かに魔力のようなものは感じましたが、
あれはどちらかというと…………純粋に剣を振った際に起きた風圧かと…」
「ばかな、風圧であれほどの威力を!?」
再び私の後ろにいるサキサが驚きの声をあげた。
私は後ろを振り向き、今度はサキサの顔を見ながら説明した。
「恐らくあの巨剣になにか魔力補護のような細工がしてあるんだろう。
だとしたら仕組みは恐らくあの巨剣の握りや鍔の可能性が高い、
やたらと光っていただろう?」
「光っていた?」
私と向かい合っているキャスリン将軍が呟く。
「ええ、近くで見てみないと確証をありませんが
おそらく『宝玉』のような類が正体ではないかと………………」
宝玉
元は珍しい玉のことを意味するが
私たちの世界で宝玉と言うのは簡単に言えば
あらかじめ組み込んだ魔力の貯蔵、強化、蓄積など
さまざまな方法で使われる魔法具といったところだ。
この宝玉、価値としてはなかなか高額であり
ひとつの鉱山で指で数える程しか発掘されていないほどのレアアイテムだ。
「なるほど………、つまりその巨剣自体に
宝玉を使っての膨大な魔力を付加させて
その並外れた風圧の一撃を生み出したってことね?」
「さすがにものわかりがいいですな、キャスリン将軍。
宝玉を使った武具は今の時代珍しくもありませんが…………
あれだけ巨大な剣となると一体いくつの宝玉が仕組まれていることか……」
「考えたくもない話だな………始教帝の嫡子なだけあり相当な贅沢だ」
キャスリン将軍の次にネルディが最後に発言すると
キャンプ場全体に嫌な沈黙が流れた。
「………………………将軍、援軍の兵力はどれぐらいで?」
「結構連れてきたわよ、ネルディの使いの娘がとっても慌ててたから
私も連れてこれるだけの仲間たちを集めてきたわ、
数にして大体500。
大げさかなって思ったんだけど………、これなら結果オーライでしょう?」
「ええ助かります、正直………奴を前にしていくら兵力が足りるか
わかったものじゃありませんからな…………」
「ネルディ隊長!」
するとそこに、ノーザに変わって偵察をしていた
二人のホーネットが戻ってきた。彼女たちはネルディの部下で
ネルディに耳打ちするように報告した。
「キャスリン、ザーン隊長、うれしくない知らせだ。
向こうもマスカー領から新兵力を送ってきたらしい
数にしておおよそ400だそうだ」
その報告に再度みんながざわつきを始めた。
「向こうもこちらの増援に感づいていたようね」
「でしょうね、そう簡単に勝たせてはくらないようで…………
なにより『あの』マスカー・グレンツ・レインケラーの出陣を知られたと
思えばここから奴らも限度を知らずに仕掛けてくるでしょう…………
そう思えば妥当な判断です、それで向こうの主な兵科は?」
私はネルディの部下のホーネットに質問した。
私に突然声を掛けられてそのホーネットも少しびっくりしたようだが
慌てながらも正確な説明をしてくれた。
「あ……は、はい!その……最初の戦いでの騎馬聖兵や飛射兵が
多少残っていますが、援軍に現れた部隊…………
そしてあの円陣の中央にいた部隊が…………全身に重鎧を纏った兵士で…」
「聖甲兵………ッ!奴らも本気だな、
マスカーの上級兵科を仕向けてくるとは」
聖甲兵(せいこうへい)。
マスカーでも上級位の兵科で、全身にフルプレートの甲冑を纏い、
優れた良質の剣や盾を使用するエリート部隊だ。
剣術はかなりの腕前な上、ある程度の魔法まで扱える連中故
魔王軍でも非常に厄介な存在としている。
「向こうも本気?だったらこっちも本気で相手してあげるわ!
これ以上やつらに森をうろつかれたらまた火を放たれそうで
たまったもんじゃないものね!!
みんな!例え相手がどんな強敵でも絶対に負けないわよッ!!」
『オオオォォッ!』
私以外男がいない為、少女たちの可愛らしくも威勢の良い喝采が響き渡る。
キャスリン将軍もこういった兵士たちの士気向上がなかなか手際が良い。
私も隊長として尊敬するべきところだ。
「しかしキャスリン隊長、正直………今のマスカー侵攻軍と
正面から戦っても勝率は定かではありません。
先の戦いでおよそ二百ほどあった敵戦力も
我々の奇襲で半減はしたでしょうが、この聖甲兵の介入、そして我らの援軍
勢力はお互いに丁度五分五分といったところでしょう」
ホーネットの毒は解毒剤がないかぎり
およそ半日以上は効果があるゆえ、先の戦いで餌食になった者は
この戦場には復帰してこないだろう。
しかしこの聖甲兵と正面からやりあったところで
少なからず只ならぬ被害を予想しておかなければならない。
私自身、彼女たち魔物が大勢犠牲になるような戦法はご免だ。
うまく裏をかいて奴らに致命的打撃を与えられればよいのだが…………。
「そうねぇ……だったらまた奇襲攻撃を仕掛けてみる?」
「いや、私はやめたほうがいいと思うぞキャスリン。
今の奴らに同じ手が通じると到底思えない」
するとこのタイミングで意外にもノーザが手を上げた。
「どうしたノーザ、なにか提案でもあるのか?」
ノーザはブラックハーピーなだけあり、
なかなか頭がきれる、なにか良い作戦でも思いついたのか?
「あの……私を含め、飛行型の魔物もそれなりにいますし……
空翔兵による上空奇襲を仕掛けるというのは…………?」
その意見に私たち三人は一気に考え込んだ。
「確かに聖甲兵相手なら有効かもしれないわね……」
「だが飛射兵がまだ残っているのよ?それにいくら空かあの攻撃でも、
ハーピーとホーネットだけじゃあ限度が…」
「それに聖甲兵は魔法が使える、
下手に攻めえば最悪また奴の巨剣の的になるだけかと………」
最後の私の発言にみんながピタッと止まってしまう。
「そう……よね……、やっぱり一番の問題は敵の嫡子よね……」
「いや、それだけじゃないぞキャスリン。
以前お前が話した男「バンドーが来てるのッ!?」うわぁっ!?」
『ビクッ!?』
バンドーの名前が出た瞬間、将軍が異常なまでに反応し
ネルディも私もあまりにも突然の反応だったので驚いてしまった。
「え……、あっ、ごめんなさい!私ったらつい………
一度戦った男の名前が出たくらいで…………な、なんでもないわ!
そ、それでネルディ!もしかして貴方のその怪我、バンドーにやられの?」
「あ、ああ………先の奇襲で巻き返されてしまってな……??」
「そうよねぇ!だって彼とても強いんだモノ!!」
「?………しかし、バンドーはどうも隊長指揮官としての
指揮能力も高いようでして、おまけに騎馬聖兵ですから小回りも効きます」
「マスカー・グレンツ、聖甲兵、そしてバンドー…………
確かにこの集まりは今の私たちにとっては最悪ね………」
すると次にキリアナが提案をしてきた。
「ですがやはり正面衝突は避けるべきだと私は思います
接近戦では向こうが圧倒的有利です、それにハーピーやホーネットが
狙撃される可能性も…………」
「じゃあ空翔兵だけでの分隊で二組で攻めるってのはどうだよ?」
「馬鹿を言えシウカ、そんなことすればそれこそ的だ。
我々が援護で敵の飛射兵を攻撃するにも、聖甲兵がそれを許すと思うか?」
「あ、そっか………そりゃそうだよな…」
「でもやはり、聖甲兵を引き付ける役というのは必要だと私は思います」
「でもねぇ〜〜……、向こうにはそのバンドーっていうやり手の騎馬隊長が
いるんでじょう〜〜〜?下手すればネルディ隊長のときの二の舞よぉ?」
第四部隊のみんなもあーだこうだで意見し合う。
それに釣られて私たちも互いに互いでそれぞれの意見を主張しては
否定され、逆に主張されれば否定しの繰り返しを起こし
いつの間にその場にいる皆がざわつきはじめる始末となっていた。
「………………ねぇ…」【クイクイッ】
「ん?」
そんな時だ、この喧騒の嵐の中
誰かが私の軍服の裾を引っ張ってきた。
振り返るとそこには第四部隊のみんなしかいないと思ったが、
見下ろして見るとその正体がわかった。
私が川で釣り上げたサハギン スーア だった。
「スーア、大丈夫なのかここに来て?
お前は馬車で休んでいた筈だろうに………」
私がそう聞くとスーアは首を横にぷるぷると振った。
その際、この娘のヒレのような耳が
私の顔にビンタするように当たって痛かったが気にしない…。
「………もう平気………、それと……話…がある………」
「話?悪いが私は今、作戦会議中なのだが…………」
「それに……関係してる………もしかしたら…手伝えるかも……」
「………話してみるがいい…」
私は皆の喧騒をよそに、スーアに意識を集中させた。
そんな私に気付いたのか、先程まで騒がしかったみんなも
徐々に静まり返っていった。
「話すより………まず見せたほうが……はやいと思う………」
するとスーアは人ごみを割って出て行き、森へと入っていった。
私もそんな彼女の後を追おうとする。
「あの〜〜ザーン隊長……あのサハギン、なんて言ったの?」
「作戦に役立つものがあるからついて来いと………
やはりキャスリン将軍にも聞こえませんか………」
「え、ええ………正直全然なにしゃべってるのか……」
将軍の発言にキリアナが「やっぱり…」と呟いたが無視しよう。
私はとりあえず、魔物の兵士たち残して
第四部隊のみんなと将軍とネルディをつれて
スーアを追うことにした。
草木を振り分け、早足であの娘を追ううちに私たちはあることに気付いた。
「隊長、この道………」
「わかっているノーザ………この道は…………」
そして案の定、私たちが行き着いたのは
今朝我々が遊楽のために訪れた、スーアを釣り上げた川だった。
「一体なんのためにここに……」
ネルディが当然のような疑問を投げかける。
昼間は美しかったこの川も、夜になればどこか不気味な雰囲気が佇んでくる。
「……………………」
「スーア………?」
私は先程から黙ったままのスーアを見た。
スーアは川をジッと見つめたまま動かない、
それにつられ私も川を凝視した。
すると薄暗さに包まれていた川のなかから、
なんと無数の光が浮かび上がってきた。
「なんだ……?」
私は一瞬の警戒を構えたが、その正体はすぐにわかった…………。
光の正体は月の光の反射、なにに反射したか?
それは無数の刃といったところだ。そう、無数の銛の刃………
川から現れたのはなんと大勢のサハギンたちだった。
みながそれぞれ特徴を持ち、似たような容姿でも違いがはっきりわかる。
そのサハギンたちは川から歩き出てくると
なんとスーアと私の前までやってき、その足を止めた。
「スーア、これは………」
「私の……ともだち……みんな、あなたの力になりたいって………」
「だが、いつの間にこれだけ…?」
「あなたが…気を失ってる間……、私もみんなも…この森を取り返したい…」
「だが……危険なのは承知の上か?」
「うん、わかってる……、でも……わたしもこれ以上
あなたたちの傷つく姿を…………見たく……ない………」
「…………………………将軍」
私はシーア含むサハギンたちを見渡した後、
キャスリン将軍のほうを見た。
「作戦の上で頼みあります……我々の…反撃開始です」
≪マスカー:バンドー視点≫
勘弁してほしいぜ………
俺は今自分が跨っている馬の上で体を埋めている。
ああ、馬の毛並みがちょっと気持ちいい………でもちょっとくせぇな……。
「くぅラァッ!!馬の洗浄はちゃんとしろって言っただろぉッ!!」
「ひぃっ!?も、申し訳ありませんッ!」
俺は近くにいる関係ない部下に怒りを当り散らした。
ハルバート振り回してないだけまだ落ち着いてるほうだぜこれでも?
それでだ、なんだって俺がこれ程不機嫌かというと
ついさっき我らが嫡子殿が発令した命令にある。
援軍も加わったことだし、このまま進軍だ! だとぉ〜よ………
無茶苦茶言ってくれるぜあの野郎………、
こちとらさっきの戦闘で疲労困憊してんだぞ……。
あ、別に俺が体力ないわけじゃねぇぞ?
ホーネットの戦闘ってのは毒を警戒しねぇといけねぇから
普通の戦い以上の神経研ぎ澄ますんだ、わかるな?
一応勝っても嫌なくらい疲れるんだよ!
だがまぁ、聖甲兵ほどの上級兵科まで繰り出してるあたり
嫡子殿もとことんやるつもりだな…………、
それに今でも片手で軽々と持ってるあのばかでけぇ剣………
見たときはマジでド肝を抜いたぜ、あれが人が扱う武器かよ…、
しかもそれを片手で一振りして魔王軍を撃退したらしいじゃあねぇか……、
魔物よりよっぽど化け物じめてるぜ………、
そんな嫡子殿も今じゃあ先端きって兵士たちを引き連れている、
ちなみに俺が今いるのはその兵士たちの真ん中あたりだ、
いつでも四方八方動けるようにだってよ………
今となっちゃあ命令されることに不満があるわけじゃねぇが
イライラして仕方がねぇ………、ああ林檎齧りてぇッ!!
「おいお前ら、木を通る際は注意しろ。
ここは敵の領土だ、どっから攻撃してくるかわからねぇぞ」
「あ、りょ…了解です!」
俺は近くの新米兵士に適当な助言をしながら進軍を続けた。
そして改めて現在の俺たちの配置を確認する、
まずはこの進軍の最先端をしきっているのは
我らが嫡子殿含む聖甲兵隊だ、
そしてその後ろに飛射兵隊を配置しており、
俺たち騎馬聖兵隊はしんがりを任されている。
つまり今俺の前には飛射兵どもがとろとろと歩いて進軍してるわけだ。
しかしまぁこの配置なら確かに正面はもちろん、
ある程度の奇襲なら安全に対応できるだろうな。
なんたってあの聖甲兵がいるんだ、よほどのことがない限り………
「前方より敵軍確認ッ!!」
おいおいこのタイミングでお出ましか、
なーんかいやぁな予感してきたぞ………なんでだろうな?
「数はどれぐらいだッ!それから魔物の種類はっ!?」
「ハッ!確認されるのは多くのゴブリンやオークなどが初めとしており
先陣をリザードマンとミノタウロス、ケンタウロス
………そしてデュラハンがきってる模様!」
「かなりのパワータイプで攻めてきたな……、
嫡子殿はどうするつもりだ?」
俺は前方遠くにいる嫡子殿に目を向けると、
嫡子殿のほうから新たな伝令係が俺の元にやってきた。
「伝令!
嫡子様より 前の敵部隊は任せてそっちは気にせず周囲を警戒 とのこと!」
「了解した。(ケッ!また一人でぶっ飛ばす気かあの野郎……)」
俺は少し馬に乗った姿勢を高くし、嫡子殿のほうを見た。
見るとあの馬鹿でかい剣を片手で構えている、
どうやら最初にやった奴をやるらしいな………、
たくっ、懲りないなぁ魔王軍も………。
【ボォオオッンッ!!】
「おおぅっ!?」
すると俺は驚きの声をあげた。
いきなり前方敵部隊後ろから大量の火の玉が飛来し
嫡子殿含む聖甲兵部隊に襲い掛かりやがった!?
「グッ!……ふんっ、魔法により遠隔支援か………ッ!!」
前方の嫡子殿の口から冷静に状況を判断した大声の愚痴がこぼれる。
すると前方の魔王軍ももうそこまで迫ってきてやがる。
………そうかこれが狙いかッ!?
嫡子殿のあの一撃は破壊力は絶大らしいが
あまりに敵に接近されては隙が多すぎて放つことができないのかっ!?
しかも今回の場合は下手に撃つと味方も巻き込む可能性があるから尚更……
ってわけか……、それを考慮してんなら味な真似するぜ魔王軍めっ……。
そして一気に嫡子殿、聖甲兵部隊と敵部隊が激突した!
互いの武器と武器が激しい火花を散らすッ……!
「飛射兵部隊!!
さっきの火の玉が飛んできた位置に矢を放ちやがれッ!!」
おいおい、敵に対抗しながらも
随分無茶な命令だぜそりゃあっ……
もう移動してる可能性もあるってのに…………。
しかし飛射兵たちは仕方なしと弓とボーガンを構えるが、
「馬鹿がッ!誰がただの矢を放てって言ったッ!?
火矢を放てってこともわかんねぇのかッ!!」
「なっ……!?てめぇら……この森をハルケギ村みてぇにする気かッ!!」
嫡子殿と敵のミノタウロスの声が俺の耳に届く。
なるほどな……、森を火達磨にして炙り出すのか……。
なかなか良いアイディアじゃねぇか……、
飛射兵たちもすぐに矢じりに火を付け、弓を構えようとする。
これで隠れた敵も出てくる………
森さえ燃えればこの夜の暗闇も照らされて敵の位置も確認しやすくなるぜ。
【シュバババババババッ!!】
そしてその場に一斉に音が鳴り響いた。
俺はそれが当たり前のように飛射兵たちが矢を放った音だと思った。
しかしそれは余りの出来事にそう思わされた錯覚だった。
思考がやっとの思いで状況を理解すると、
俺の頭には『飛射兵たちに羽根やが襲い掛かっていた』という
真実が駆け巡った。
「「なにぃっ〜!?」」
俺と嫡子殿の声が重なる。
「み、右側面上空よりブラックハーピーをはじめとするホーネット部隊!!」
またかよ糞がッ!!じゃあさっきの羽根やはブラックハーピーの………、
目の前の大勢の飛射兵たちが手足を貫かれ苦しんでいるが、
まだ全滅はしてねぇっ!まだ結構無事な奴もいるぜッ!!
「お前らッ!飛射隊を援護するぞ!!
傷の浅い奴には手を回してやれ!一人でも多く矢を放たせろッ!!」
俺たち騎馬聖兵は敵の飛行部隊から護るように飛射兵隊の前に出ると
またもやブラックハーピーが大量の羽根やのウェーブを放ってきた。
なかなか派手な攻撃だが………俺からしてみりゃあなんてことはないなッ!
俺は愛用のハルバードを高速回転させ、その羽根やを次々と弾き飛ばした。
同じような動きで部下たちも羽根やを弾き飛ばす。
「くっ……やっぱり簡単にはいかないね……と私は思います…」
なんか妙な違和感を感じさせて喋るブラックハーピーに警戒しながら
俺は前方の敵を嫡子殿に任せ、敵飛行部隊に対峙した…………。
≪シュザント:シウカ視点≫
ノーザとネルディ隊長がなんとか敵の飛射部隊に不意をつけたおかげで
森を一旦火達磨にされずに済んだぜ………、
ノーザたちのほうには騎馬聖兵………バンドーだったか?
そいつの部隊とぶつかってるようだな、
新しくきたホーネット部隊も一緒なんだし
そうやすやすやられることはないと思うが………
【ガァッンッ】
でもアタイも今は他人のことを気にしてる余裕はないねぇ……。
敵の剣を大斧で防御し、すぐさまその剣を弾き飛ばすと、
アタイはその敵兵に蹴りを食らわした。
「がっ……!」
あまりの痛みに相手は悲鳴を上げることなく、
そのまま後ろの木にぶつかり木を失った。
そしてアタイはその敵兵の後ろにいた奴を見た。
マスカー・グレンツ・レインケラー
今アタイの目の前にいる、昨日隊長が話していた男。
その手にはアタイの大斧が小さく見えるほどのデカイ大剣をもち、
全身に真っ白な鎧を纏った始教帝の息子。
こいつの前に立ってみて初めてわかる………、
今まで味わったことのない緊迫感……、
アタイはこれまで色んな奴と戦ってきたけど、こんなの生まれて初めてだ。
アタイは今本能的にコイツに押されているという
認めたくないあいえない実感があった。
目の前の男が本当に人間か疑うほどに………………
だがそれが面白い……………
これ程の相手じゃないとアタイもやりがいがないってもんだっ!!
「嫡子様をお守りしろッ!」
するとアタイたちの間に聖甲兵が三人ほど立ちはだかる。
その手に立派な剣と盾を持ち、全身も鎧や兜で包まれている。
「邪魔すんじゃないよっ!」
アタイは自慢の大斧を振り下ろしたが、
相手はそれを二人がかりで盾で防ぎ、残りの一人がその隙を攻撃してきた。
さすがに噂の上級兵科、一人一人が随分とデキるね………。
だけどねぇ………
「お……ぅらぁっ!」
「な、防ぎきれな………ぃぐわぁっ!?」
アタイだって並じゃないんだぜ?
人間二人程度が盾で防いだところで、ちょっと力を入れれば
三人纏めて吹っ飛ばせる。
そえにアタイを並のミノタウロスと思わないことだねぇ、
こちとら日頃隊長の厳しい訓練に身を投じてるんだ、
簡単に勝てるだなんて思うんじゃないよッ!!
「オークとゴブリンは一人に二人以上でかかりなッ!
こいつらは生半可な実力じゃあ倒せないよッ!」
『おおっ!』
指示通りにオークやゴブリンたちは二人一組での攻撃を開始した、
数では向こうが上でも、それを補える能力を持つのが魔物であり、
アタイたちシュザントなのだ。
よし、これだけ派手にやれば連中の聖甲兵部隊もこっちに集中してくるだろう
後は隊長たちのほうに期待だね、うまくやってくれればいいけど………
「せやぁっ!」
「ハァッ!」
すぐそこでもサキサとキリアナが
薙刀とブロードソードで敵を次々と倒していっている。
あの二人は実力も高いし、何より好戦的な魔物だからね
キリアナの馬の体で敵の集団に突っ込み、その後をサキサが斬りかかる。
あのコンビネーションは並大抵の実力者じゃあまずは倒せないね、
だがアタイだってッ!
「ふぅ〜〜、ラアァッ!!」
【ズガアァンッ】
『わああぁぁぁっ!!??』
並のパワーはしちゃいないよ、
大斧を地面に強く叩きつけ、その衝撃で地面を抉り
周囲全体に強い振動を与えてやったぜ!
「こらシウカ!私たちまで巻き込むつもりか!?」
「あ、わりぃわりぃっ!」
でも味方が多い戦場ではあんまり使えないんだよなぁコレ…………くそっ…
【ズガアアァァァアアァァンッ】
「!?」
すると突然、アタイの地響きをさらに上回る巨大な地響きが
地面一帯に伝わってきた、
アタイは一瞬からだが緩んだが、なんとか体勢を立て直すと
その正体がすぐわかった………
アタイのすぐ向かいで、マスカー・グレンツが同じように
その巨剣を地面に打ち付けたのだ。
アタイはその男のほうを見ていると、
ソイツは顔を上げてアタイを見た、そして………笑った。
口元をニヤリッと釣り上げ、アタイを見たんだ。
「へっ、アタイの真似事かよ………なめんじゃないよッ!!」
「ちゃ、嫡子様ッ!?」
「お前らはよそをあたれ、コイツは俺が相手をするらしいからな…」
やっこさんもやる気満々って感じだね、
おもしれぇ………、そんだけの巨剣扱ってんだ。
パワーならアタイと良い勝負をしそうだな、
アタイは大斧を構えると
向こうも手に持つ巨剣を片手で構え、剣先をアタイに向ける。
さあどう仕掛ける…?戦場の中、思い空気の中で
アタイたち二人には沈黙の空間ができあがっていた、
そしてその沈黙を破ったのが向こうの言葉だった………、
「なぁ、ひとつ聞きたいんだが…」
「……なんだい?」
「ミノタウロスってのは……どんな血の色で俺の鎧を汚してくれんだよ?」
----ぶちぃっ…
その一言にアタイは理性をよそに、嫡子に怒りの刃を向けた。
「アタイじゃなくててめぇの血で汚してろッ!!」
≪主人公:ザーン視点≫
夜の森に流れる川音、普段は喉かなその音も
今では向こうから聞こえてくる金属同士が奏で出す戦闘音が響き
ひどく複雑なものとなっていた。
【ザッパァンッ…】
そして私たちはその夜の川から身を出した。
「向こうが攻撃を開始してそろそろ頃合だろう。
リゼッタ、スーア、それからサハギンたち、いよいよだ。準備はいいな?」
私が後ろを振り返ると、私と同じようにみんなが全身を濡らしている
そんなリゼッタやサハギンたちが私の顔を見て頷いた。
「よし、ではいくぞ。これより敵陣背後より奇襲攻撃を開始する。
くれぐれも聖甲兵が相手のときは二人以上で攻めろ」
私は少し小声でそう告げると、全員が武器を持つその手に力をいれ
私の後についてくる形で森の中へと入っていった。
君にもわかりやすいように説明しよう。
作戦内容は、一言で言えば前回と同じ奇襲だが
今回は少し手の込んだ多重奇襲である。
そしてコレを成功させるにはいくつかの手順があるのだ。
ひとつ。
まずは敵の嫡子と聖甲兵を抑える必要があり、
その為には魔女隊の援護射撃の元、
近距離戦闘タイプの魔物を一気に敵に接触させる。
コレにより嫡子のあの一撃を封じることもできる。
ふたつ。
敵の飛射兵部隊を早急に撃破、騎馬聖兵を引き付けることだ、
遠距離からの支援攻撃を封じればこちらも相当有利になる、
さらにその後、騎馬聖兵の注意を引き付けておけば
敵は立ち回りの優れた戦法ができなくなるというわけだ。
みっつ。
そして最後に肝心なのが敵の後ろを取ることだ。
いくら敵勢力を削減させたとしても今回の相手は戦闘力の高い聖甲兵部隊だ。
さらにその聖甲兵をあの嫡子が引き連れているとなると油断もできないし、
それはバンドーが率いる騎馬聖兵側も同じことである。
それらを警戒してのさらなる奇襲部隊が私たちだ、
スーアが連れて来てくれたサハギンたちの協力のもと、
私とリゼッタは川の中を彼女たちに運んでもらい、
戦闘区域の敵背後に回りこむことができたのだ!
徒歩で私たちは森の中を駆け巡り、
ついに戦闘区域に辿り着いた、全員が其々互いの武器を交えての激しい乱闘。
そして我々がはじめに奇襲するのは……聖甲兵の後ろで飛射兵を護衛していた
バンドー率いる騎馬聖兵部隊だ………。
私たちは茂みに身を潜めてそう確信した。
「飛射兵が何人か残っていますね……」
私の隣でリゼッタが呟く。
「まぁそううまくいくとは思っておらんさ、
さすがだなバンドー、ノーザたちの攻撃を防御して
正確に飛射兵たちをガードしている………」
茂みに潜みながら、私はバンドーの戦いぶりに
敵ながら天晴れなものを感じたが、戦場である以上
奴も倒すべき相手だ……。少し惜しい気もするがな。
だが奴の攻撃対処は確実にノーザたちを苦しめていた、
飛射兵を攻撃したいにもバンドーたちがそれを許さず、
逆に飛射兵の攻撃が正確にノーザたちに襲い掛かっていた。
「……リゼッタ」
「はい?」
「残っている飛射兵の数は大体二十程…………頼めるか?」
「………お任せあれ♪」
「ふっ、期待しよう…スーア、お前たちサハギンは私の援護だ、いいな?」
「…………うん、わたしが…あなたをまもる…」【コクコクッ】
「頼もしい、それでは…………いくぞっ!!」
私たちは茂みから一気に駆け出し、敵の背後からの奇襲を開始した。
「なっ……!?敵襲ううぅッ!!は、背後より敵部隊を確認ッ!!」
「なんだとっ!?」
我々に気付いた敵兵の合図にバンドーが反射的にこちらに目を向ける。
「てめぇは……ッ!」
奴も私の事を覚えているようだ、
それだけを確認した私はサハギンたちと共に
バンドーたち騎馬聖兵に向かって進軍するが、そんな私たちから一人
リゼッタがワーウルフ特有の俊敏力で前に駆け出した。
そんなリゼッタに対してバンドー自らが部隊から割って入った。
「バ、バンドー隊長ッ…!?」
「お前らはほかに集中してろ!こいつは俺が……ゼラァッ!!」
バンドーが向かってくるリゼッタに対してハルバードを突き刺してくる。
しかしリゼッタはなんと大きく跳躍して、空中で体を回転させなら
なんとバンドーの上を飛び越えたのだ。
「なにっ!?……しまった、飛射兵狙いかッ!!」
リゼッタがバンドーを飛び越えて、
騎馬聖兵に守られてひとつに固まった飛射兵たちに飛び込んだ。
「う、ウワァッ!?」
「お、落ち着け!距離を取って…う、馬が邪魔ッ……【バキィッ】がっ!!」
周囲を騎馬聖兵で守っていたのが仇となったな、
距離をとろうにも騎馬聖兵の馬が邪魔でそれも叶わないとは皮肉なものよ。
そしてリゼッタの攻撃も迅速で凄まじかった、
獣のような素早い動きの格闘術で飛射兵を次から次へとあしらい、
その乱舞には美しいとまで思わされるほどだ。
「チッ、こいつが……ッ!」
だがバンドーからしてみれば面白くもないだろう、
リゼッタの周りにいる騎馬聖兵たちもリゼッタを攻撃しようとしたが
それを防ぐ為にいるのが私たちだ。
【ギィンッ】
「てめぇ………ッ!?」
「隊長っ!」
私は二人の間に割って入り、
リゼッタを攻撃しようとしたバンドーのハルバードを剣で防いだ。
それに続くかのようにスーアたちサハギンも
次々とほかの騎馬聖兵に攻撃を開始した。
するとバンドーのハルバードを握る力が強くなってきたので
私もそれを力で押し返そうとする。
「ふん、そんな細長い剣で俺の戦斧を防げると思ってんのか?
それにこっちは乗馬状態、下からじゃあ力も入れにくいだろによぉ〜〜…」
バンドーが皮肉めいた笑みを浮かべる。
だがこちらには………
「私がいることを忘れないことねッ!!」
そう、リゼッタがいる!
彼女は姿勢を低くしてジャンプし、
馬に乗ったバンドーと同じ高さで蹴りを放った。
「別に忘れちゃあいねぇさ……、
ただてめぇが加わったところでなんだってんだぁッ!!」
叫ぶような大声でバンドーは両手で持っていたハルバードを片手に持ち替え、
リゼッタの足を拳で返すように反撃した。
【ガァンッ】
足と拳からの鈍い音が響き渡る。
「ぅおっとと……、くそっ…なんつーかてぇ足だよッ!」
蹴りを拳で受け止めたバンドーだったが、
体勢を馬ごと大きく崩して後ろの下がってしまった。
私の剣から奴のハルバードが離れ、私はこの瞬間を見逃さなかった。
私は体勢を低くし、バンドーの馬に潜り込まんとする勢いで突撃した。
だが狙いはバンドーではない、奴の乗る馬であった。
馬には可哀相ではあるが、私はその馬の四本の足を切断するのであった。
「しまったッ!?………【ドッサァ】………てめぇ、俺の馬をッ!!」
バンドーが再び私に向けて戦斧を突き出す、
私は剣でそれを受け流し、回避した。
「隊長ッ!」
「下がれリゼッタ、お前はスーアたちをサポートしろ!
いくらサハギンといえど、訓練された騎馬聖兵を相手にするには限度がある
この男は、私が相手をする…………!」
「……了解しました!御武運を………」
リゼッタがすぐに私のもとを離れ、私もバンドーと距離を取った。
「………………」
「………………」
長い沈黙、バンドーも馬を失い、純粋なる白兵戦となる。
そしてその沈黙を破ったのがバンドーであった。
「おい黒服、お前名は?」
「ハルケギ村で聞かなかったか?」
「覚えてねぇな、俺頭弱いからよ」
「……ザーン・シトロテア。シュザント第四部隊隊長を務めている………
お前の名は覚えているぞゼム・バンドー………」
「そうか、それならいい。わざわざ名乗るのも面倒……シュザントだと!?」
シュザント という単語に驚いたのか、
バンドーは一瞬武器を持つその手を緩めたが、
如何せん距離があるため、私も攻撃しないことにし、警戒を続ける。
「そうかてめぇが……部下から聞いたぜ?
俺たちマスカーに対抗して作られた専門的組織だってなぁ………
なんでも何人かの隊員は人間らしいじゃねぇか………お前のようなな…」
片手でハルバードを持ち、もう片方の手は私を指差した。
バンドーはハルバードを肩にかけるようにもち、
まるで私を見下ろすような立ち方をした。
「シュザントは魔物たちと共存を意味して作られた組織だ。
お前たちマスカーのような分からず屋どもを説得するためのな………」
「けっ、魔物との共存?説得?笑わせんなよ裏切り者。
お前らはわかっちゃいないんだよ、魔物は人間を不幸にするだけの存在だ!」
「昔の話だろうに、旧魔王時代からもはや50年もの歳月が経ったのだぞ?」
「間違えんなよ、50年しかだッ!奴らが人類にしてきたことが……
たった…………たったの50年で許されてたまるかっ!!」
バンドーはそれを合図に一気に距離を詰めようとしてきた。
私もそれに応えるために、遅れて地面を蹴り、互いの剣と戦斧をぶつけ合った
ギリギリッ と武器同士がいがみ合う独特な音が鳴る。
「お前は旧魔王時代と言ったが、それも間違ってるぜ……
魔王が交代したところで変わりはしねぇんだよ、魔物がやることなんざッ!」
互いに同時に力を込め、弾かれ合う。
しかし弾かれた勢いに体を任せ、互いに体を横に回し
再びその勢いで武器をぶつけ合う。
「魔物は昔とは違い殺しを行っておらんぞっ!!」
「だが俺のおふくろは奴らに親父を奪われたッ!!そして俺がいるッ!!」
「ッ!?」
「俺のおふくろは親父を魔物に奪われ絶望した!
そんなおふくろは絶望を恨みに変えて俺を育ててくれたんだ!
魔物がはびこむこの世界の救世主としてっ!!
そしてその魔物に味方するお前ら魔物派の人間も俺の敵だァッ!!!」
バンドーが突然後ろにステップし距離を取った瞬間、
手に持つハルバードの先端槍部分で降り注ぐような突きを放ってきた。
「ソーラソラソラソラソラソラァッ!!」
ハルバード特有の長さを生かし、
バンドーは十分な距離を取っての突き攻撃を繰り出した。
(この距離では私の剣でも届かん!反撃もできんかッ!?)
私は自分の剣を使って防御に専念するしか打つ手がなかった。
刃と刃同士がぶつかり合う音が連続して響き続ける。
(なんという凄まじい猛撃………。
ハルケギ村では一瞬武器を交えただけだったが…………
この男、ここまで…………ッ!?)
私は無数の槍が飛来するなか、
この男の強さに対しての疑問を思考にはりめぐらかした。
(マスカーでもこれ程の武人はそうはいない………、
だからといってこの男が特別訓練されるような奴にも思えん……
しかもこの若さだぞ……、まさか純粋な才能…………?
……!………勇者の血筋かッ!?)
その結論に思い至った瞬間、
私はこの状況の打開策として、ハルバードを防御し、
そのまま地面に打ち付けた。
こうすれば斧部分が地面に食い込み、一時的に攻撃が止まる。
そして決まり手として、私はそのハルバードを剣で押さえつけ
力一杯引き上げようとするバンドーに力で押さえつけた。
【ギリギリッ…】「ひとつ確認したいのだが………」
【ギリギリッ…】「ああン?」
「お前、並の血筋を受け継いでおらんな………?」
私の言葉にバンドーは一瞬目を見開いたが、
次第に私を睨みつけ、口元に笑みを浮かべた。
「くっくっ鋭いじゃねぇかぁ……、そうさ…俺のおふくろは勇者なんだよ。
元々は教団に育てられた勇者だったらしいがな、
おふくろが言うには農民であった親父に一目惚れしたらしいぜっ?」
バンドーが一気にハルバードを振り上げたが、
私は一気に距離を詰めにかかり、再び互いの武器がいがみ合った。
「魔王側のお前は知らねぇだろうが、
教団の勇者ってのは貴族の子息みてぇな決まりごとがあるんだよ。
勇者っていう強力な因子を少しでも残す為に、
勇者は必ず勇者と結ばれる必要があんのさ、実に合理的だろう?」
「…………………………」
「だがおふくろはそれでも親父を愛し……教団を抜けたのさ、
おふくろは親父が住む……俺の故郷である田舎村で親父と結婚した。
当然楽な生活じゃあないわな、教団からは裏切り者と罵倒を浴び、
村人からは見下され…………、だが二人はそれでも幸せだった、
どんなにつらくても二人はそれ以上に愛し合っていた…………、
そんな苦しくも幸せな生活のなかで俺が生まれた………だがその幸せも、
魔物っていう存在に全てを奪われた………そう、お前たちになぁッ!!」
バンドーの次なる攻撃はハルバードの槍部分と斧部分
両方を巧みに利用した多彩な攻撃の数々だった。
私はそれをひとつひとつ防ぐが、正直かなり至難だった……。
その防御のさなか、奴の攻撃は確実に私の体をかすめ斬っているのだ。
「親父を奪われたとき、おふくろは既に歳で病を患っていたんだ!
病自体大したものじゃあなかった筈だった、
てめぇらがそれを悪化させやがったんだっ!!
だがおふくろは俺にすべてを託してくれた!
貴様らを皆殺しにして、俺が勇者の後を継ぐッ!!
俺はッ!死んだおふくろの無念を晴らしッ!この世界を救うッ!!」
バンドーの猛撃の勢いが激しくなる。
私からしてみれば圧倒的な追い込まれであった。
私は今、このバンドーという威圧感に完璧に押され負けしているのだ…。
ハルバードを防いでも防いでも攻撃が止まるどころかスピードを増し、
攻撃自体も確実に私の急所を狙ってきたのだ。
【キカカンッキンッガンッギギンッカンカンカギンッ…ガッギィンッ】
「なっ………!?」
「勝ったッ!死ねぇッ!!」
そしてなんと私の剣が弾き飛ばされてしまったのだ。
その瞬間、当然バンドーは見逃す筈がない。
バンドーは私の剣を弾き飛ばした姿勢から、
ハルバードの槍部分をそのまま私に向けて伸ばしてきた…………。
【ガッキィッン】
「なるほどね、君の言うことも理解できるわ………」
「お前の言う通り私たちは憎まれて当然の生き物かもしれない………」
私もバンドーも一瞬何が起きたかわからなかっただろう、
だがすぐにわかった、私は辛うじて助かった。
「だが、どれだけ私たちを恨もうが!」
「私たちはそれに向き合うわッ!人類との共存を信じてねッ!」
キャスリン将軍、ネルディ隊長の二人が攻撃を防いでくれたおかげで……。
「てめぇは……ッ!!」
「お久しぶりねバンドー、あれから少しは腕を上げたみたいじゃない」
「キャスリン将軍…なぜこちらに……?」
私の記憶が正しければキャスリン将軍は
シウカたちと一緒に聖甲兵側を当たっていたはずだ。
ノーザと共に騎馬聖兵部隊を強襲していたネルディはともかくとして………
「貴方のところのリザードマンから伝言よザーン隊長、
援護要請、例の嫡子が大暴れしているわ………」
「………………!」
「ここは私とキャスリンに任せてお前は行け、
既に粗方片付いている、コイツを倒したらすぐに我々も援護に駆けつける」
「………了解した」
デュラハンであるキャスリン将軍の剣と
ホーネットであるネルディのスピアが
バンドーのハルバードを固定している間に私はシウカたちのほうへと走った。
その際に後ろのほうから声が聞こえてくる。
「こんなに早く再会するなんて思わなかったでしょう?」
「ああまったくだぜ。だが都合が良い、まさに好都合!
将軍格のてめぇを倒せば魔王軍にも痛手を負わせるってもんだ、
その上、先の戦いで俺にやられたホーネットまでつれて来て俺に勝つ気か?」
「随分と余裕な物言いだな、ついでに私の名はネルディだ、覚えておけ!」
「卑怯かもしれないけど、こっちも手段とか選んでられないのよ
君がそれほどの使い手だとわかっているしね…………」
「卑怯なんて思わねぇよ、戦場は決闘とは違う。
生きるか死ぬかのどちらかしかない、手段なんて些細なもんだ」
「生きるか死ぬか……?確かに一昔前までの戦場ならそうだったでしょうね
でも安心しなさいバンドー、近いうちにそれも変わるわ、
私たち魔物がそんな血生臭いルールを変えてあげるッ!!」
「それはてめぇら魔物がやることじゃねぇ、てめぇらを絶滅させて
世界をこの先、平和に作り上げていく人間様がやることだァッ!!」
戦場の中を駆け抜け、
途中で襲い掛かる敵兵を返り討ちにしながら
私はひとり、頭の中で戦況を確認した。
敵は対空戦に特化した飛射兵を全滅させた為、
我が軍の空翔兵に対抗する手段はほとんど残っていない。
制空権を握る、それだけでもこの状況は我らにとって圧倒的有利である、
もしもの時を考え、後方支援にヴィアナ率いる魔女部隊も潜ませてある。
騎馬聖兵部隊も先程の我らの奇襲で大きなダメージを受けていた、
そうなると残るは間違いなく残りの嫡子率いる聖甲兵部隊だ。
私も先程から何人か返り討ちにはしたものの、やはりかなりできる。
我々シュザントは対マスカーとしての特別訓練を受け
なんとか対処はしているが、この聖甲兵を並の魔王軍の兵が相手をするには
あまりにも荷が重過ぎるだろう。
私はその足を速めながら、シウカたちが戦っていたであろう場所に辿り着いた
「随分派手にやったものだ」
その場所は既に森から荒れ果てた地と化していた。
木々は無数に倒れ、人間も魔物も大勢横たわり、
地面には無数の抉った様な穴が開いていた。
周囲を見渡してもシウカたちが見当たらない、
戦いのさなか場所を移動したのか?
「だが、この地面の地面の抉りようは………」
そんななか私は地面を抉っている穴に目をやった。
最初に私が目に入れたのは幅3メートルほどの大穴だった。
「この穴をあけたのは間違いなくシウカだろう、
彼女の力量から考えてもこれぐらいが丁度良い……、
だが、だとしたら納得いかんな………
なぜシウカがあけたその穴の隣に、さらに倍以上のでかい穴がある?」
その穴は確かにシウカがあけたであろう穴から、
さらに広く、7メートルは達してるであろう巨大な抉れ穴があいていた。
「ミノタウロスほどのパワーすらも上回るパワー……
これが………今のマスカーの『力』なのか……?」
【ズゥウ……ゥ…ンッ…】
「…! あちらかッ!」
私は荒地と化した森から離れたところで振動を感じ、
早急に足をそちらにむけて走らせた。
近づくにつれ、オークやゴブリン、聖甲兵の姿が視界に移る。
「う……うぅ……」
「死ねぇ魔物よっ! 【バスッ】 うがぁっ!?」
途中でピンチに陥っていたゴブリンやほかの魔物を助け、
私はシウカたちを探した。
するとその際に気付いたことがある、
ヴィアナに率いさせていた魔女部隊がいたのだ。
(なるほどな…、飛射兵を失った聖甲兵部隊は直接自ら
後方支援の魔女部隊を叩こうとしたのか)
「燃えるがいい!!」
すると一人の聖甲兵が腕から炎の魔術を発射し、一人のオークに攻撃した。
オークはそれを回避するも、炎はそのまま木に燃え移り、
オークは止むもなく、持ち前のパワーで木を粉砕した。
そのほかにも燃え移っていた木々は魔女が水の魔術で消火活動にあたっていた
コレが森の一部が荒地と化した正体だろう。
(魔女部隊は出るに止むもえなかったのか、
オークやゴブリンの破壊での消火活動では限度があるからな。
マスカーめ、この森までハルケギ村の二の舞にする気かッ………!)
私は剣を持つその手を強く握り締める、
「もらったぁっ!」
すると聖甲兵が一人私の後ろから攻撃してきた、
私は剣を肩に掛けるように背中を防御すると、
そのまま後ろ蹴りを放った。
「ごがっ!?」
鎧の上から受けた予想外の強い一撃に
聖甲兵は後ろに飛ばされ、そのまま別の聖甲兵にぶつかり倒れこんだ。
「シュザント第四部隊の隊員はどこか!!」
私は大声でそう告げると、手の空いていたオークがこちらに答えてくれた。
「あっちで敵の嫡子と交戦中です!」
「感謝する」
そして私が交戦場所に辿り着くと、その光景は驚愕なものだった。
先ほどの場所と同じように地面に無数の抉れ穴があり、
シウカの大斧と嫡子の巨剣がいがみ合っていた。
いや、それだけじゃない。
私が言う驚愕とは、嫡子の体のところどころにヴィアナの糸が
絡み付いて動きが制限されているにも関わらず、
嫡子はなんと片手で、シウカの大斧とその後ろで同じようにいがみ合っている
キリアナの薙刀とサキサのブロードソードにまで対抗していたのだ。
(この男、本当に人間か!?魔物四人相手に………ッ)
「ドゥウウラァアアアァァッ!!!」
『キャアぁッ!?』
「!?」
あろうことか奴は咆哮と共に糸を引きちぎり、
シウカたちを押しのけたのだ!
このままでは彼女たちが危険だと私は判断し、
シウカたちを押しのけた隙を付いて私は嫡子に攻撃を開始した。
「気付いていないとでも思ったかぁ…?」
「ッ!?」
シウカたちを見ていた目線がこちらを捕らえると
奴の拳が私の腹部に襲い掛かってきた。
「ゴ………ホォッ…!」
『隊長!?』
隊員たちの四人の声が重なり、私は地面に打ちつけられてしまった。
「弱ぁい……弱すぎる……、
クランギトーから話を聞いて期待していたが、所詮この程度か……」
口の中からの鉄の味を味わいながら、
私は地面に倒れていた体を素早く起こし、距離を取った。
腹部は痛むが、骨は何とか無事なようだ。
「ほぉう、鋼鉄すらもへこます事ができる俺の拳を受けて
尚も立っていられるとは、どうやらその服はただの服ではないらしい、
でなければただの人間が俺の拳を受けて無事なわけがない」
言葉を続けながら、マスカー・グレンツは巨剣を片手に構えだした。
「しかし無事だといっても………ほんの僅かよぉ…
寿命がほんの僅か延びただけにしか過ぎんぞ?」
口元を邪悪に歪ませた奴の姿は、
戦いの戦火によって照らされた夜の森で、私の目にはっきりと映りこんだ。
すると、奴の体に無数の糸が絡み付いてきた。
「ぬぅおぉっ!?」
「今よ隊長さん!」
距離を取ったヴィアナが腕先より放出した糸は嫡子の手足を固定し、
巨剣にも何十にして絡み付いている。
ヴィアナの糸は、彼女の魔力を纏ったアラクネ特有の糸であり
刃物であってもそう簡単に斬れたりはしない。
「感謝するぞヴィアナッ!」
私は剣を構え、レインケラーの蒼白鎧の関節部分などの
隙間を狙って攻撃に移った。
「隊長を援護するぞッ!」
キリアナの合図で、サキサやシウカも
其々が持つ武器を手にグレンツ・マスカーに向けて駆け出した。
「洒落臭ぇえええっ!!」【ブチブチィッ】
「うそっ、私の糸がッ!?」
「マジで人間かよコイツッ!?」
奴は糸を力づくで引きちぎり、
その勢いに乗せて巨剣を大きく横に振るい、回転斬りを放った。
「クッ!」【ギィンッ】
「くそッ!」【ギィンッ】
「なんのっ!」【ギィンッ】
キリアナたちは流れるような回転斬りを防御した。
しかし私は防御せず、回転斬りの上を飛んで回避し、
嫡子の後ろに回りこんだ。
「セヤァッ!」【ギャアンッ】
「ぐおぉっ!?」
ジャンプから着地する際の重力エネルギーを利用して
私は着地ザマに奴の鎧を後ろから斬りつける事に成功した。
その様にキリアナたちは「おおっ!」と声をあげたが
この手ごたえは………。
「…チッ……硬い鎧だ…ッ」
私は舌打ちすると、奴は首を後ろに向けて私を見た。
「貴様ぁ………よくも俺の鎧に傷を……」
すると、嫡子から強い魔力反応を私は感じ取り、
よく見ればその手に持つ巨剣までもが深緑色のオーラを纏い、
宝玉で飾られた握りや鍔は黄金色に光り輝きを放っていた。
まずい、あの一撃を出す気かッ!?
「貴様に朝日は拝ませんぞぉっ!
『絶対破壊のギガントインパクト』ッ!! 」
マスカー・グレンツが振り下ろしてきた巨剣は、
私の剣と似たように、深緑色の剣筋を夜の闇に描き
私に向かって振り下ろされてきた。
『隊長ッ!』
みんなの声が重なるなか、
私はその振り下ろされる巨剣を前に自らの長剣を構える。
こんな細い剣であの巨剣を防ぎきれるわけがないだろう。
普通ならそれが当たり前だ、
しかし私は、防御に構えたその剣に、『黒色のオーラ』を纏わせた。
それを見たマスカー・グレンツはその目を大きく見開かせた。
しかしその手に持つ巨剣の動きは今更止まることはない。
「 『反逆のバミューダ』ッ!! 」
【ギイイィイアアアァァッァンッ】
巨大な金属音の激突音と共に、砂煙が舞い上がった。
≪シュザント:キリアナ視点≫
舞い上がった砂煙が徐々に薄れていく、
晴れていく煙の先には二つの人影が映りこんだ。
マスカー・グレンツが巨剣をその手に振り下ろし、地面を小さく抉り
隊長の細剣が、マスカー・グレンツの頬を掠め取っていた。
「な、なにが起こったんだ………?」
私の隣でシウカが呟く。
どうやらヴィアナのほうも同じ意見らしい、
しかし私とサキサは今の流れをその目で捉えることができた。
「隊長はカウンター技を使ったんだ…」
「カウンターですって?」
シウカたちにもわかるように私は説明を開始した。
「隊長のあの技は、あの男マスカー・グレンツと同じように
自分の武器に魔力を覆って発動させているのだ、
恐らくあの巨剣に覆っていた魔力の流れを利用してのカウンターだろう」
「敵の魔力を利用した?」
「あの巨剣の魔力と奴自身の怪力。
隊長はそれすべてをあの長剣に吸収させ、
まるで流れるかのように嫡子にそのまま攻撃した。
だから地面にあいた抉れ穴もあんなに小さいんだ………
本来のパワーほとんどを隊長の剣で『受け戻されて』しまったから……!
相手の物理、魔力エネルギーを吸収し相手に返す。
それが隊長の『魔剣技』、反逆のバミューダッ……!」
「………………」
「………………」【ヒュンッ】
隊長と嫡子。
互いに長い沈黙の中、隊長は嫡子から飛び退き距離をとるが
敵は一向に動かないままだった、
しかしゆっくりと奴の目線は傷ついた自分の頬を見ていた。
「ふんっ、なるほど。カウンター技というわけか………」
その時私はひとつの疑問が浮かんだ。
(この男……、隊長の魔剣技であの強力なエネルギーを
跳ね返された筈なのに、なぜ頬をかすめているだけなんだ……?)
「とんでもない奴だな貴様は……」
「隊長?」
隊長が零した言葉に反応して私は隊長を見た。
見てみると彼の顔に冷や汗が流れている。
「キリアナ………、私はこの男を殺すつもりで攻撃したんだ……」
「なっ……!?それじゃまさか……」
「ああ、私はこの男の眉間を狙って攻撃したんだ。
にもかかわらず、コイツはあの一瞬で私の攻撃をギリギリで回避した…!」
あの一瞬でそれほどの反射神経………、
舞い上がった砂煙で視界もさえぎられていた筈なのに……
どこまで人間離れしているんだ奴はッ!?
「……………」【ガチャ】
『!?』
すると奴は手に持つ巨剣を肩に掛け、立ち直った。
それに反応して私は弓を、ほかのみんなも其々の武器を構え警戒した。
「…やめだ」
「え?」
相手のその発言に私たちの反応が遅れた。
「な、なんだと……。やめだと!?」
「そうだ、元々俺の初戦闘を試す為の侵攻だ。
これ以上無理に攻めることもない、それ以前に全体的に大打撃だ……
今回は引き上げだ…………」
「これだけやっといて逃げるだなんて、
アタイたちが許すと思ってんのかい!?」
「戦場において逃走は立派な戦術だぞ、
それは貴様らの隊長が一番良く知っていそうだがな………」
「え……?た、隊長!?」
見てみると、なんと隊長は戦闘態勢を解いていた。
「隊長!いいのかよ!?」
「我々とはちがい、この男は今だ力を持て余している………
今下手に畳み掛ければ、こちらにも大損害を受けることになる………」
隊長からしてみれば、我々魔物たちの犠牲を少しでも抑えたいんだろう。
この人はそういうお優しい方だ……。だが、しかし…………!
「今、この男をここで逃がせば更なる被害が………ッ!」
「それを防ぐのが我々シュザントの役目だキリアナ!
またマスカーが攻めてくれば攻め返す………それだけだ……」
隊長の叫ぶような物言いに私は黙るしかなかった。
「くっくっ、とんだ魔物愛に満ち溢れた甘ちゃんだな……
だが賢明だ、今日の俺は紳士的だ。大人しく何もせず引き下がるさ………」
グレンツ・マスカーが腰に下げていた角笛を取り出し
甲高い音が盛りに響き渡った。
【ブォオォーーーーーーーーッ】
≪バンドー、キャスリン、ネルディ≫
【ブォオォーーーーーーーーッ】
「ゼェ……撤退か…さすがにこれだけやられちゃあ、そうするしかねぇか…」
「ハァ……ハァ…」
「ハァ……ハァ…」
三人とも全身がぼろぼろで、呼吸もひどく上がっており、
滝のような汗を流していた。
「そういうわけだ魔物ども……ぜぇ、大人しくひかせてくれるか?」
「はぁ…どうするキャスリン?」
「はぁ…はぁ…、向こうの言う通りにさせましょうネルディ
こっちも…結構こっぴどくやられたみたいだしね……
そっちがひくと言うなら止めはしないわ……それからできれば
名前で呼んでくれると魔物として嬉しいんだけどバンドー隊長?」
「はっ、くだらねぇ……てめぇら魔物なんて
種族さえ同じならどいつもこいつも大してかわらねぇよ………
おい!新しい馬を寄越せ!!」
バンドーの元に騎馬聖兵が馬を持ってくる、
バンドーはそれに乗ると、キャスリンたちを見ることなく
自身の領土に向けて馬を走らせ帰って行った。
それに続いてマスカーの兵士たちも続々とその場を去っていったのだった。
彼らの去りようを見送ると、その場にいた魔物全員がその場に座り込んだ。
全員が全員で徒労からの荒い息を上げている。
「……ふふふっ、ねぇネルディ…
あのバンドーって人間。貴方から見たらどう思う?」
「君が言っていた通りの男だなキャスリン。
熱く苦しいまでの元気さ、魔物に引きを取らない強さ………
君が執着するのもわかる……いや、それ以上のものが沸いてきそうだぁ…♪」
「ふふっ、それはよかったわ……ゼム・バンドー…
次会うときを楽しみにしているわ……ふっふっふふ……」
夜の戦場の跡地で、デュラハンとホーネットの笑みが零れるのであった。
≪マスカー、ザーン、第四部隊≫
「………ひとつ聞かせろマスカー・グレンツ・レインケラー…」
引き上げていくマスカー兵に続いて撤退しようとした
敵嫡子を隊長が呼び止めた。
「…なんだ?」
「貴様は父親の意志を受け継ぐことに不満はないのか?
魔物を………彼女たちを滅ぼそうとする教会に対して……ッ」
「…くっくっくっ、下らなすぎる質問だシュザントの人間。
お前たちの噂は聞いているぞ?マスカー対策組織とはご苦労なことだな」
「こちらの質問に答えろ…」
「ちっ、愛想のねえ野郎だ………
俺からしてみれば、この狂った世界をぶっ壊す………
父上の意志以前にそれだけで十分なんだよ、俺の戦闘意志なんてな」
「狂った世界だとッ!?」
「かつて人間を殺し喰っていた魔物が、今となっては
男に股を広げて、人間の女は魔物と化す……
これを狂っていなくてなんて言う?
はっきり言って昔のように人間を喰っていたほうがまだ味気があったろうに
俺はなんてくだらねぇ時代に生まれて来ちまったのかねぇ……」
まるで独り言を零すかのように
マスカー・グレンツは巨剣を肩に掛け森の奥へと消えていった。
狂った世界………、
魔王様が交代して世界は変わったこの時代。
私たち魔物は人間との共存を望み、種族によっては男の虜で、女の虜……、
絶対武力国家マスカー。
今の私たち魔物にとって彼らという存在は、
旧魔王時代の姿の時であいまみえていた方が
何倍もマシだったのかもしれない…………。
この世界で最初に誕生したのは人間か魔物か…………。
実に不思議な考え方だった、人間は永い進化の歴史を繰り返して誕生した生物
では魔物は?
数多な種族を持つ彼女たちは一体どういった過程をもって今の姿がある。
例え、過去に人間を多く殺めた種族だとしても………、
彼女たちはその進化の過程で今の姿がある。
ならば…………それを受け入れてやるのも、
人間の進化の過程ではないのだろうか……………。
その血塗られた過去を忘れろとは言わない。
ただその恨みを彼女たちと共にこの剣で受け止めるのが
我々シュザント………魔物との共存を望む私たちなのである………。
≪主人公:ザーン視点≫
…………あちらの怪我人を………
手を回せるものはこちらに…………
……手を貸して…………
………うう、痛い…痛いよ………
………隊………………いちょう………
………隊長………!
視界が暗いが音が聞こえる、
私は今目を瞑っている。そしてこの声は………
「キリ……アナ……」
「はっ……た、隊長……ッ!」
私が瞼を開けるとそこにはキリアナが私を見下ろしていた。
この間のリゼッタのときといい、まただな。
どうやら私は体に布を被せて横になっているらしい。
「ここは………?」
「山林演習場のキャンプ場です………、隊長……よかった……
なにがあったかは……覚えていますか…?」
「ああ、覚えている…。どうやら………運よく生き残ったか……」
「はい……隊長のおかげです……、あの時、隊長がいち早くみんなの
行軍を止めていたおかげでこの程度で済んだのです」
「この程度………か……」
私は周囲の様子を見渡した。
いつの間にか夜の暗さが広がりつつあり、
魔王軍から派遣されたホーネットたちが大忙しとなっている。
怪我をしたホーネットを治療するホーネット。
怪我がひどいものは寝床で横になり傷の痛みで悶え苦しんでいる。
そしてそんなホーネットたちに紛れて治療しまわっている
第四部隊の者も何人か見かけた。
サキサにリゼッタ……ヴィアナにシウカ………
「ノーザは偵察か………?」
「はい、今のところマスカーには派手な動きはないようで………」
「向こうも、こちらの奇襲で戦力が分散されたからな………
あちらもあちらで戦力を整えているのだろう……………ところでキリアナ」
「はい?」
「私を心配して手を握ってくれるのは嬉しいが、さすがにもういいぞ?」
「え……?……あっ!い、いやこれは………その………恐縮です……///」
キリアナは顔を赤らめ私の手を握っていた両手を離した。
よほど私の事を気にかけていたのだろう、健気な娘だ………。
とりあえず私は自分の身を起こし、体に異常がないか確認した。
「骨は折れていないようだな………頭に巻いてある包帯はお前が?」
「ええ、みんなに隊長を診てやってくれと…包帯はヴィアナが……」
「そうか……、世話をかけたな……。
さっそくで悪いが状況を報告してくれ……」
「りょ、了解です!」
その後キリアナの話を聞いたところによると、
どうやらあの時、私たちはあの巨剣の一撃でほぼ全員が攻撃を受けたが
距離が離れていたおかげで致命傷を受けずに済んだらしい。
先陣をきっていた私と第四部隊の何人かはその攻撃を受けた際、
気を失ってしまったようだが、軽傷ですんだホーネットたちや
後からやってきたキリアナが私たちの体を運んで一時撤退をした。
どうも気を失って2時間ほど経っているらしく、
その間に第四部隊はみんなが目を覚まし、自らの傷を癒し、
現在は治療活動にあたっている。
私がどうも情けないことに最後の目覚めだったようだ。
「ようやくのお目覚めだなザーン隊長」
「ネルディ隊長………」
そして私の元にやってきたのは
魔王軍から派遣さてやってきたホーネットのネルディ隊長。
先の作戦では奇襲分隊を勤めていたはずだが………。
「どうやらそちらもか………」
「ああ、手酷くやられたよまったく……」
ネ々で包帯が巻かれるなどの治療した後がある。
頭にもハチマキのように包帯をしている私とはちがって
彼女は包帯を斜めに傾けてかわいらしく頭に巻きつけている。
「奇襲自体は成功していたはずだろう?」
「奇襲自体はな…………しかし途中で優れた指揮官が
現れて一気に形勢を逆転させられた……まったくたいした奴だよ…」
「隊長、ハルケギ村での戦いで私たちと対峙した奴です……」
「バンドーか………、奴め…やってくれる」
「…!その男の話は親友のキャスリンから聞いてはいたがそうか奴が…」
ネルディはバンドーのことを思い出しているのか
顔を埋めてなにかを考えているようだ。
「………そうだキリアナ、こちらの被害はどれぐらいだ?」
「はい、正直……あまり喜ばしくはありません………
私たち正面からの攻撃部隊はあの一撃で三分の一が重傷、
(第四部隊のみんなは運よく軽傷でしたが…………)
さらに奇襲部隊を務めていたネルディ隊長の分隊はバンドーの介入を悪因に
半数以上が深手を負いました、そんな状態で死者が出なかったのは幸運に
ほかならないでしょうが……………しかしいずれにしろ……」
「こちらの劣勢には変わりはないと…………」
「ええ、正直………ここで長居しているのもあまり望ましくないかと……
いつ連中がそこまでやってくるか……………」
そこでネルディが再び顔を上げた。
「しかしだからといって今下手に怪我人を動かして後退すれば
向こうの攻撃意欲を煽ることになるぞ?」
「それは私も同感だネルディ隊長、
マスカーにとって背中を見せる魔物を追いたて討つということは
兵士たちの士気を上昇させるきっかけにもにもなるだろう……
その手の追い討ちは奴らの得手だからな…………。
だがキリアナの言うことも一理にありだ、
ここで留まっていたところでいずれは………………」
「それに関しては問題はない………そうだな、時間的にそろそろ……」
「なに?」
突如ネルディの違和感ある言い回しに私は疑問を覚えた、
すると私の耳にホーネットたちのざわめいた声が届いてきた。
そしてそのざわめきの発信源に目を向ける。
マスカーたちがいる逆の方向、そこから大勢の人影が私の目に映った。
「おお……………ッ!」
「確かに私たち後退はしたが、だからといってこの美しい森一帯を
奴らに渡すなんて我慢がならないからな………、
君が気絶している間に私の部下を使いに出して呼んでおいたよ………
魔王軍からの頼もしい援軍たちをな!」
「ふふっ、また会ったわねザーン隊長!」
「キャスリン将軍……」
そう、現れたのは以前の戦いで私たちと共闘したデュラハン キャスリン将軍
そして将軍を初めとするハーピーや魔女、オークやゴブリン
さらに新たなホーネットたちなど
魔王軍から援軍として派遣されてきた大勢の魔物たちだった。
「「あのマスカー・グレンツ・クランギトーがこの森にッ!?」」
援軍で参ったデュラハンのキャスリン将軍、
そしてそんな将軍の戦友であるというホーネットのネルディ隊長。
私はその二人と自分の隊員たちを集め、キャンプ場で作戦を練ることにし、
私は先程までのいきさつを二人に説明した。
しかし今や世界的な人物であるマスカー・グレンツの名を出した瞬間、
キャンプ場全体の魔物たちがざわつき始めた。
まぁ無理もないことだ…………。
「まだ確証はない……、
しかし奴が纏っていたマスカーらしからぬ蒼白の鎧。
あれは始教帝レインケラーと近い血縁関係を表している証拠。
どちらにしろあの驚異的な一撃、我らにとって重要人物には変わりはない」
「キャスリン、マスカー・グレンツの戦場での出現歴は?」
「私が知る限りじゃあ知らないわネルディ」
「ならば奴にとってこれが初戦闘ということになる、………なるほどな。
あの円形の布陣はマスカー・グレンツ護衛の為のものだったのか……」
私は疑問を確信に変えると、後ろからサキサの声が聞こえてきた。
「初戦闘であの一撃か…………」
その言葉に第四部隊全員が身震いした。
まぁ無理もない、私だってもう二度とあんな一撃受けたくはない。
「先程から聞くけど、その一撃ってどんなものだったの?」
「それは私も気になるな、教えてくれないかザーン隊長。
みんなを最先端で引き連れていた君なら一番前で見ているはずだろう?」
魔物のなかにも視力が優れた者をいるだろうが………、
どうも彼女たちは自分の感想より隊長である私の感想を求めているらしい。
「……………一言で言えばあれは竜巻や台風のようなものだ」
「風属性の魔術ってこと?」
「それは少し違うと思いますキャスリン将軍。
確かに魔力のようなものは感じましたが、
あれはどちらかというと…………純粋に剣を振った際に起きた風圧かと…」
「ばかな、風圧であれほどの威力を!?」
再び私の後ろにいるサキサが驚きの声をあげた。
私は後ろを振り向き、今度はサキサの顔を見ながら説明した。
「恐らくあの巨剣になにか魔力補護のような細工がしてあるんだろう。
だとしたら仕組みは恐らくあの巨剣の握りや鍔の可能性が高い、
やたらと光っていただろう?」
「光っていた?」
私と向かい合っているキャスリン将軍が呟く。
「ええ、近くで見てみないと確証をありませんが
おそらく『宝玉』のような類が正体ではないかと………………」
宝玉
元は珍しい玉のことを意味するが
私たちの世界で宝玉と言うのは簡単に言えば
あらかじめ組み込んだ魔力の貯蔵、強化、蓄積など
さまざまな方法で使われる魔法具といったところだ。
この宝玉、価値としてはなかなか高額であり
ひとつの鉱山で指で数える程しか発掘されていないほどのレアアイテムだ。
「なるほど………、つまりその巨剣自体に
宝玉を使っての膨大な魔力を付加させて
その並外れた風圧の一撃を生み出したってことね?」
「さすがにものわかりがいいですな、キャスリン将軍。
宝玉を使った武具は今の時代珍しくもありませんが…………
あれだけ巨大な剣となると一体いくつの宝玉が仕組まれていることか……」
「考えたくもない話だな………始教帝の嫡子なだけあり相当な贅沢だ」
キャスリン将軍の次にネルディが最後に発言すると
キャンプ場全体に嫌な沈黙が流れた。
「………………………将軍、援軍の兵力はどれぐらいで?」
「結構連れてきたわよ、ネルディの使いの娘がとっても慌ててたから
私も連れてこれるだけの仲間たちを集めてきたわ、
数にして大体500。
大げさかなって思ったんだけど………、これなら結果オーライでしょう?」
「ええ助かります、正直………奴を前にしていくら兵力が足りるか
わかったものじゃありませんからな…………」
「ネルディ隊長!」
するとそこに、ノーザに変わって偵察をしていた
二人のホーネットが戻ってきた。彼女たちはネルディの部下で
ネルディに耳打ちするように報告した。
「キャスリン、ザーン隊長、うれしくない知らせだ。
向こうもマスカー領から新兵力を送ってきたらしい
数にしておおよそ400だそうだ」
その報告に再度みんながざわつきを始めた。
「向こうもこちらの増援に感づいていたようね」
「でしょうね、そう簡単に勝たせてはくらないようで…………
なにより『あの』マスカー・グレンツ・レインケラーの出陣を知られたと
思えばここから奴らも限度を知らずに仕掛けてくるでしょう…………
そう思えば妥当な判断です、それで向こうの主な兵科は?」
私はネルディの部下のホーネットに質問した。
私に突然声を掛けられてそのホーネットも少しびっくりしたようだが
慌てながらも正確な説明をしてくれた。
「あ……は、はい!その……最初の戦いでの騎馬聖兵や飛射兵が
多少残っていますが、援軍に現れた部隊…………
そしてあの円陣の中央にいた部隊が…………全身に重鎧を纏った兵士で…」
「聖甲兵………ッ!奴らも本気だな、
マスカーの上級兵科を仕向けてくるとは」
聖甲兵(せいこうへい)。
マスカーでも上級位の兵科で、全身にフルプレートの甲冑を纏い、
優れた良質の剣や盾を使用するエリート部隊だ。
剣術はかなりの腕前な上、ある程度の魔法まで扱える連中故
魔王軍でも非常に厄介な存在としている。
「向こうも本気?だったらこっちも本気で相手してあげるわ!
これ以上やつらに森をうろつかれたらまた火を放たれそうで
たまったもんじゃないものね!!
みんな!例え相手がどんな強敵でも絶対に負けないわよッ!!」
『オオオォォッ!』
私以外男がいない為、少女たちの可愛らしくも威勢の良い喝采が響き渡る。
キャスリン将軍もこういった兵士たちの士気向上がなかなか手際が良い。
私も隊長として尊敬するべきところだ。
「しかしキャスリン隊長、正直………今のマスカー侵攻軍と
正面から戦っても勝率は定かではありません。
先の戦いでおよそ二百ほどあった敵戦力も
我々の奇襲で半減はしたでしょうが、この聖甲兵の介入、そして我らの援軍
勢力はお互いに丁度五分五分といったところでしょう」
ホーネットの毒は解毒剤がないかぎり
およそ半日以上は効果があるゆえ、先の戦いで餌食になった者は
この戦場には復帰してこないだろう。
しかしこの聖甲兵と正面からやりあったところで
少なからず只ならぬ被害を予想しておかなければならない。
私自身、彼女たち魔物が大勢犠牲になるような戦法はご免だ。
うまく裏をかいて奴らに致命的打撃を与えられればよいのだが…………。
「そうねぇ……だったらまた奇襲攻撃を仕掛けてみる?」
「いや、私はやめたほうがいいと思うぞキャスリン。
今の奴らに同じ手が通じると到底思えない」
するとこのタイミングで意外にもノーザが手を上げた。
「どうしたノーザ、なにか提案でもあるのか?」
ノーザはブラックハーピーなだけあり、
なかなか頭がきれる、なにか良い作戦でも思いついたのか?
「あの……私を含め、飛行型の魔物もそれなりにいますし……
空翔兵による上空奇襲を仕掛けるというのは…………?」
その意見に私たち三人は一気に考え込んだ。
「確かに聖甲兵相手なら有効かもしれないわね……」
「だが飛射兵がまだ残っているのよ?それにいくら空かあの攻撃でも、
ハーピーとホーネットだけじゃあ限度が…」
「それに聖甲兵は魔法が使える、
下手に攻めえば最悪また奴の巨剣の的になるだけかと………」
最後の私の発言にみんながピタッと止まってしまう。
「そう……よね……、やっぱり一番の問題は敵の嫡子よね……」
「いや、それだけじゃないぞキャスリン。
以前お前が話した男「バンドーが来てるのッ!?」うわぁっ!?」
『ビクッ!?』
バンドーの名前が出た瞬間、将軍が異常なまでに反応し
ネルディも私もあまりにも突然の反応だったので驚いてしまった。
「え……、あっ、ごめんなさい!私ったらつい………
一度戦った男の名前が出たくらいで…………な、なんでもないわ!
そ、それでネルディ!もしかして貴方のその怪我、バンドーにやられの?」
「あ、ああ………先の奇襲で巻き返されてしまってな……??」
「そうよねぇ!だって彼とても強いんだモノ!!」
「?………しかし、バンドーはどうも隊長指揮官としての
指揮能力も高いようでして、おまけに騎馬聖兵ですから小回りも効きます」
「マスカー・グレンツ、聖甲兵、そしてバンドー…………
確かにこの集まりは今の私たちにとっては最悪ね………」
すると次にキリアナが提案をしてきた。
「ですがやはり正面衝突は避けるべきだと私は思います
接近戦では向こうが圧倒的有利です、それにハーピーやホーネットが
狙撃される可能性も…………」
「じゃあ空翔兵だけでの分隊で二組で攻めるってのはどうだよ?」
「馬鹿を言えシウカ、そんなことすればそれこそ的だ。
我々が援護で敵の飛射兵を攻撃するにも、聖甲兵がそれを許すと思うか?」
「あ、そっか………そりゃそうだよな…」
「でもやはり、聖甲兵を引き付ける役というのは必要だと私は思います」
「でもねぇ〜〜……、向こうにはそのバンドーっていうやり手の騎馬隊長が
いるんでじょう〜〜〜?下手すればネルディ隊長のときの二の舞よぉ?」
第四部隊のみんなもあーだこうだで意見し合う。
それに釣られて私たちも互いに互いでそれぞれの意見を主張しては
否定され、逆に主張されれば否定しの繰り返しを起こし
いつの間にその場にいる皆がざわつきはじめる始末となっていた。
「………………ねぇ…」【クイクイッ】
「ん?」
そんな時だ、この喧騒の嵐の中
誰かが私の軍服の裾を引っ張ってきた。
振り返るとそこには第四部隊のみんなしかいないと思ったが、
見下ろして見るとその正体がわかった。
私が川で釣り上げたサハギン スーア だった。
「スーア、大丈夫なのかここに来て?
お前は馬車で休んでいた筈だろうに………」
私がそう聞くとスーアは首を横にぷるぷると振った。
その際、この娘のヒレのような耳が
私の顔にビンタするように当たって痛かったが気にしない…。
「………もう平気………、それと……話…がある………」
「話?悪いが私は今、作戦会議中なのだが…………」
「それに……関係してる………もしかしたら…手伝えるかも……」
「………話してみるがいい…」
私は皆の喧騒をよそに、スーアに意識を集中させた。
そんな私に気付いたのか、先程まで騒がしかったみんなも
徐々に静まり返っていった。
「話すより………まず見せたほうが……はやいと思う………」
するとスーアは人ごみを割って出て行き、森へと入っていった。
私もそんな彼女の後を追おうとする。
「あの〜〜ザーン隊長……あのサハギン、なんて言ったの?」
「作戦に役立つものがあるからついて来いと………
やはりキャスリン将軍にも聞こえませんか………」
「え、ええ………正直全然なにしゃべってるのか……」
将軍の発言にキリアナが「やっぱり…」と呟いたが無視しよう。
私はとりあえず、魔物の兵士たち残して
第四部隊のみんなと将軍とネルディをつれて
スーアを追うことにした。
草木を振り分け、早足であの娘を追ううちに私たちはあることに気付いた。
「隊長、この道………」
「わかっているノーザ………この道は…………」
そして案の定、私たちが行き着いたのは
今朝我々が遊楽のために訪れた、スーアを釣り上げた川だった。
「一体なんのためにここに……」
ネルディが当然のような疑問を投げかける。
昼間は美しかったこの川も、夜になればどこか不気味な雰囲気が佇んでくる。
「……………………」
「スーア………?」
私は先程から黙ったままのスーアを見た。
スーアは川をジッと見つめたまま動かない、
それにつられ私も川を凝視した。
すると薄暗さに包まれていた川のなかから、
なんと無数の光が浮かび上がってきた。
「なんだ……?」
私は一瞬の警戒を構えたが、その正体はすぐにわかった…………。
光の正体は月の光の反射、なにに反射したか?
それは無数の刃といったところだ。そう、無数の銛の刃………
川から現れたのはなんと大勢のサハギンたちだった。
みながそれぞれ特徴を持ち、似たような容姿でも違いがはっきりわかる。
そのサハギンたちは川から歩き出てくると
なんとスーアと私の前までやってき、その足を止めた。
「スーア、これは………」
「私の……ともだち……みんな、あなたの力になりたいって………」
「だが、いつの間にこれだけ…?」
「あなたが…気を失ってる間……、私もみんなも…この森を取り返したい…」
「だが……危険なのは承知の上か?」
「うん、わかってる……、でも……わたしもこれ以上
あなたたちの傷つく姿を…………見たく……ない………」
「…………………………将軍」
私はシーア含むサハギンたちを見渡した後、
キャスリン将軍のほうを見た。
「作戦の上で頼みあります……我々の…反撃開始です」
≪マスカー:バンドー視点≫
勘弁してほしいぜ………
俺は今自分が跨っている馬の上で体を埋めている。
ああ、馬の毛並みがちょっと気持ちいい………でもちょっとくせぇな……。
「くぅラァッ!!馬の洗浄はちゃんとしろって言っただろぉッ!!」
「ひぃっ!?も、申し訳ありませんッ!」
俺は近くにいる関係ない部下に怒りを当り散らした。
ハルバート振り回してないだけまだ落ち着いてるほうだぜこれでも?
それでだ、なんだって俺がこれ程不機嫌かというと
ついさっき我らが嫡子殿が発令した命令にある。
援軍も加わったことだし、このまま進軍だ! だとぉ〜よ………
無茶苦茶言ってくれるぜあの野郎………、
こちとらさっきの戦闘で疲労困憊してんだぞ……。
あ、別に俺が体力ないわけじゃねぇぞ?
ホーネットの戦闘ってのは毒を警戒しねぇといけねぇから
普通の戦い以上の神経研ぎ澄ますんだ、わかるな?
一応勝っても嫌なくらい疲れるんだよ!
だがまぁ、聖甲兵ほどの上級兵科まで繰り出してるあたり
嫡子殿もとことんやるつもりだな…………、
それに今でも片手で軽々と持ってるあのばかでけぇ剣………
見たときはマジでド肝を抜いたぜ、あれが人が扱う武器かよ…、
しかもそれを片手で一振りして魔王軍を撃退したらしいじゃあねぇか……、
魔物よりよっぽど化け物じめてるぜ………、
そんな嫡子殿も今じゃあ先端きって兵士たちを引き連れている、
ちなみに俺が今いるのはその兵士たちの真ん中あたりだ、
いつでも四方八方動けるようにだってよ………
今となっちゃあ命令されることに不満があるわけじゃねぇが
イライラして仕方がねぇ………、ああ林檎齧りてぇッ!!
「おいお前ら、木を通る際は注意しろ。
ここは敵の領土だ、どっから攻撃してくるかわからねぇぞ」
「あ、りょ…了解です!」
俺は近くの新米兵士に適当な助言をしながら進軍を続けた。
そして改めて現在の俺たちの配置を確認する、
まずはこの進軍の最先端をしきっているのは
我らが嫡子殿含む聖甲兵隊だ、
そしてその後ろに飛射兵隊を配置しており、
俺たち騎馬聖兵隊はしんがりを任されている。
つまり今俺の前には飛射兵どもがとろとろと歩いて進軍してるわけだ。
しかしまぁこの配置なら確かに正面はもちろん、
ある程度の奇襲なら安全に対応できるだろうな。
なんたってあの聖甲兵がいるんだ、よほどのことがない限り………
「前方より敵軍確認ッ!!」
おいおいこのタイミングでお出ましか、
なーんかいやぁな予感してきたぞ………なんでだろうな?
「数はどれぐらいだッ!それから魔物の種類はっ!?」
「ハッ!確認されるのは多くのゴブリンやオークなどが初めとしており
先陣をリザードマンとミノタウロス、ケンタウロス
………そしてデュラハンがきってる模様!」
「かなりのパワータイプで攻めてきたな……、
嫡子殿はどうするつもりだ?」
俺は前方遠くにいる嫡子殿に目を向けると、
嫡子殿のほうから新たな伝令係が俺の元にやってきた。
「伝令!
嫡子様より 前の敵部隊は任せてそっちは気にせず周囲を警戒 とのこと!」
「了解した。(ケッ!また一人でぶっ飛ばす気かあの野郎……)」
俺は少し馬に乗った姿勢を高くし、嫡子殿のほうを見た。
見るとあの馬鹿でかい剣を片手で構えている、
どうやら最初にやった奴をやるらしいな………、
たくっ、懲りないなぁ魔王軍も………。
【ボォオオッンッ!!】
「おおぅっ!?」
すると俺は驚きの声をあげた。
いきなり前方敵部隊後ろから大量の火の玉が飛来し
嫡子殿含む聖甲兵部隊に襲い掛かりやがった!?
「グッ!……ふんっ、魔法により遠隔支援か………ッ!!」
前方の嫡子殿の口から冷静に状況を判断した大声の愚痴がこぼれる。
すると前方の魔王軍ももうそこまで迫ってきてやがる。
………そうかこれが狙いかッ!?
嫡子殿のあの一撃は破壊力は絶大らしいが
あまりに敵に接近されては隙が多すぎて放つことができないのかっ!?
しかも今回の場合は下手に撃つと味方も巻き込む可能性があるから尚更……
ってわけか……、それを考慮してんなら味な真似するぜ魔王軍めっ……。
そして一気に嫡子殿、聖甲兵部隊と敵部隊が激突した!
互いの武器と武器が激しい火花を散らすッ……!
「飛射兵部隊!!
さっきの火の玉が飛んできた位置に矢を放ちやがれッ!!」
おいおい、敵に対抗しながらも
随分無茶な命令だぜそりゃあっ……
もう移動してる可能性もあるってのに…………。
しかし飛射兵たちは仕方なしと弓とボーガンを構えるが、
「馬鹿がッ!誰がただの矢を放てって言ったッ!?
火矢を放てってこともわかんねぇのかッ!!」
「なっ……!?てめぇら……この森をハルケギ村みてぇにする気かッ!!」
嫡子殿と敵のミノタウロスの声が俺の耳に届く。
なるほどな……、森を火達磨にして炙り出すのか……。
なかなか良いアイディアじゃねぇか……、
飛射兵たちもすぐに矢じりに火を付け、弓を構えようとする。
これで隠れた敵も出てくる………
森さえ燃えればこの夜の暗闇も照らされて敵の位置も確認しやすくなるぜ。
【シュバババババババッ!!】
そしてその場に一斉に音が鳴り響いた。
俺はそれが当たり前のように飛射兵たちが矢を放った音だと思った。
しかしそれは余りの出来事にそう思わされた錯覚だった。
思考がやっとの思いで状況を理解すると、
俺の頭には『飛射兵たちに羽根やが襲い掛かっていた』という
真実が駆け巡った。
「「なにぃっ〜!?」」
俺と嫡子殿の声が重なる。
「み、右側面上空よりブラックハーピーをはじめとするホーネット部隊!!」
またかよ糞がッ!!じゃあさっきの羽根やはブラックハーピーの………、
目の前の大勢の飛射兵たちが手足を貫かれ苦しんでいるが、
まだ全滅はしてねぇっ!まだ結構無事な奴もいるぜッ!!
「お前らッ!飛射隊を援護するぞ!!
傷の浅い奴には手を回してやれ!一人でも多く矢を放たせろッ!!」
俺たち騎馬聖兵は敵の飛行部隊から護るように飛射兵隊の前に出ると
またもやブラックハーピーが大量の羽根やのウェーブを放ってきた。
なかなか派手な攻撃だが………俺からしてみりゃあなんてことはないなッ!
俺は愛用のハルバードを高速回転させ、その羽根やを次々と弾き飛ばした。
同じような動きで部下たちも羽根やを弾き飛ばす。
「くっ……やっぱり簡単にはいかないね……と私は思います…」
なんか妙な違和感を感じさせて喋るブラックハーピーに警戒しながら
俺は前方の敵を嫡子殿に任せ、敵飛行部隊に対峙した…………。
≪シュザント:シウカ視点≫
ノーザとネルディ隊長がなんとか敵の飛射部隊に不意をつけたおかげで
森を一旦火達磨にされずに済んだぜ………、
ノーザたちのほうには騎馬聖兵………バンドーだったか?
そいつの部隊とぶつかってるようだな、
新しくきたホーネット部隊も一緒なんだし
そうやすやすやられることはないと思うが………
【ガァッンッ】
でもアタイも今は他人のことを気にしてる余裕はないねぇ……。
敵の剣を大斧で防御し、すぐさまその剣を弾き飛ばすと、
アタイはその敵兵に蹴りを食らわした。
「がっ……!」
あまりの痛みに相手は悲鳴を上げることなく、
そのまま後ろの木にぶつかり木を失った。
そしてアタイはその敵兵の後ろにいた奴を見た。
マスカー・グレンツ・レインケラー
今アタイの目の前にいる、昨日隊長が話していた男。
その手にはアタイの大斧が小さく見えるほどのデカイ大剣をもち、
全身に真っ白な鎧を纏った始教帝の息子。
こいつの前に立ってみて初めてわかる………、
今まで味わったことのない緊迫感……、
アタイはこれまで色んな奴と戦ってきたけど、こんなの生まれて初めてだ。
アタイは今本能的にコイツに押されているという
認めたくないあいえない実感があった。
目の前の男が本当に人間か疑うほどに………………
だがそれが面白い……………
これ程の相手じゃないとアタイもやりがいがないってもんだっ!!
「嫡子様をお守りしろッ!」
するとアタイたちの間に聖甲兵が三人ほど立ちはだかる。
その手に立派な剣と盾を持ち、全身も鎧や兜で包まれている。
「邪魔すんじゃないよっ!」
アタイは自慢の大斧を振り下ろしたが、
相手はそれを二人がかりで盾で防ぎ、残りの一人がその隙を攻撃してきた。
さすがに噂の上級兵科、一人一人が随分とデキるね………。
だけどねぇ………
「お……ぅらぁっ!」
「な、防ぎきれな………ぃぐわぁっ!?」
アタイだって並じゃないんだぜ?
人間二人程度が盾で防いだところで、ちょっと力を入れれば
三人纏めて吹っ飛ばせる。
そえにアタイを並のミノタウロスと思わないことだねぇ、
こちとら日頃隊長の厳しい訓練に身を投じてるんだ、
簡単に勝てるだなんて思うんじゃないよッ!!
「オークとゴブリンは一人に二人以上でかかりなッ!
こいつらは生半可な実力じゃあ倒せないよッ!」
『おおっ!』
指示通りにオークやゴブリンたちは二人一組での攻撃を開始した、
数では向こうが上でも、それを補える能力を持つのが魔物であり、
アタイたちシュザントなのだ。
よし、これだけ派手にやれば連中の聖甲兵部隊もこっちに集中してくるだろう
後は隊長たちのほうに期待だね、うまくやってくれればいいけど………
「せやぁっ!」
「ハァッ!」
すぐそこでもサキサとキリアナが
薙刀とブロードソードで敵を次々と倒していっている。
あの二人は実力も高いし、何より好戦的な魔物だからね
キリアナの馬の体で敵の集団に突っ込み、その後をサキサが斬りかかる。
あのコンビネーションは並大抵の実力者じゃあまずは倒せないね、
だがアタイだってッ!
「ふぅ〜〜、ラアァッ!!」
【ズガアァンッ】
『わああぁぁぁっ!!??』
並のパワーはしちゃいないよ、
大斧を地面に強く叩きつけ、その衝撃で地面を抉り
周囲全体に強い振動を与えてやったぜ!
「こらシウカ!私たちまで巻き込むつもりか!?」
「あ、わりぃわりぃっ!」
でも味方が多い戦場ではあんまり使えないんだよなぁコレ…………くそっ…
【ズガアアァァァアアァァンッ】
「!?」
すると突然、アタイの地響きをさらに上回る巨大な地響きが
地面一帯に伝わってきた、
アタイは一瞬からだが緩んだが、なんとか体勢を立て直すと
その正体がすぐわかった………
アタイのすぐ向かいで、マスカー・グレンツが同じように
その巨剣を地面に打ち付けたのだ。
アタイはその男のほうを見ていると、
ソイツは顔を上げてアタイを見た、そして………笑った。
口元をニヤリッと釣り上げ、アタイを見たんだ。
「へっ、アタイの真似事かよ………なめんじゃないよッ!!」
「ちゃ、嫡子様ッ!?」
「お前らはよそをあたれ、コイツは俺が相手をするらしいからな…」
やっこさんもやる気満々って感じだね、
おもしれぇ………、そんだけの巨剣扱ってんだ。
パワーならアタイと良い勝負をしそうだな、
アタイは大斧を構えると
向こうも手に持つ巨剣を片手で構え、剣先をアタイに向ける。
さあどう仕掛ける…?戦場の中、思い空気の中で
アタイたち二人には沈黙の空間ができあがっていた、
そしてその沈黙を破ったのが向こうの言葉だった………、
「なぁ、ひとつ聞きたいんだが…」
「……なんだい?」
「ミノタウロスってのは……どんな血の色で俺の鎧を汚してくれんだよ?」
----ぶちぃっ…
その一言にアタイは理性をよそに、嫡子に怒りの刃を向けた。
「アタイじゃなくててめぇの血で汚してろッ!!」
≪主人公:ザーン視点≫
夜の森に流れる川音、普段は喉かなその音も
今では向こうから聞こえてくる金属同士が奏で出す戦闘音が響き
ひどく複雑なものとなっていた。
【ザッパァンッ…】
そして私たちはその夜の川から身を出した。
「向こうが攻撃を開始してそろそろ頃合だろう。
リゼッタ、スーア、それからサハギンたち、いよいよだ。準備はいいな?」
私が後ろを振り返ると、私と同じようにみんなが全身を濡らしている
そんなリゼッタやサハギンたちが私の顔を見て頷いた。
「よし、ではいくぞ。これより敵陣背後より奇襲攻撃を開始する。
くれぐれも聖甲兵が相手のときは二人以上で攻めろ」
私は少し小声でそう告げると、全員が武器を持つその手に力をいれ
私の後についてくる形で森の中へと入っていった。
君にもわかりやすいように説明しよう。
作戦内容は、一言で言えば前回と同じ奇襲だが
今回は少し手の込んだ多重奇襲である。
そしてコレを成功させるにはいくつかの手順があるのだ。
ひとつ。
まずは敵の嫡子と聖甲兵を抑える必要があり、
その為には魔女隊の援護射撃の元、
近距離戦闘タイプの魔物を一気に敵に接触させる。
コレにより嫡子のあの一撃を封じることもできる。
ふたつ。
敵の飛射兵部隊を早急に撃破、騎馬聖兵を引き付けることだ、
遠距離からの支援攻撃を封じればこちらも相当有利になる、
さらにその後、騎馬聖兵の注意を引き付けておけば
敵は立ち回りの優れた戦法ができなくなるというわけだ。
みっつ。
そして最後に肝心なのが敵の後ろを取ることだ。
いくら敵勢力を削減させたとしても今回の相手は戦闘力の高い聖甲兵部隊だ。
さらにその聖甲兵をあの嫡子が引き連れているとなると油断もできないし、
それはバンドーが率いる騎馬聖兵側も同じことである。
それらを警戒してのさらなる奇襲部隊が私たちだ、
スーアが連れて来てくれたサハギンたちの協力のもと、
私とリゼッタは川の中を彼女たちに運んでもらい、
戦闘区域の敵背後に回りこむことができたのだ!
徒歩で私たちは森の中を駆け巡り、
ついに戦闘区域に辿り着いた、全員が其々互いの武器を交えての激しい乱闘。
そして我々がはじめに奇襲するのは……聖甲兵の後ろで飛射兵を護衛していた
バンドー率いる騎馬聖兵部隊だ………。
私たちは茂みに身を潜めてそう確信した。
「飛射兵が何人か残っていますね……」
私の隣でリゼッタが呟く。
「まぁそううまくいくとは思っておらんさ、
さすがだなバンドー、ノーザたちの攻撃を防御して
正確に飛射兵たちをガードしている………」
茂みに潜みながら、私はバンドーの戦いぶりに
敵ながら天晴れなものを感じたが、戦場である以上
奴も倒すべき相手だ……。少し惜しい気もするがな。
だが奴の攻撃対処は確実にノーザたちを苦しめていた、
飛射兵を攻撃したいにもバンドーたちがそれを許さず、
逆に飛射兵の攻撃が正確にノーザたちに襲い掛かっていた。
「……リゼッタ」
「はい?」
「残っている飛射兵の数は大体二十程…………頼めるか?」
「………お任せあれ♪」
「ふっ、期待しよう…スーア、お前たちサハギンは私の援護だ、いいな?」
「…………うん、わたしが…あなたをまもる…」【コクコクッ】
「頼もしい、それでは…………いくぞっ!!」
私たちは茂みから一気に駆け出し、敵の背後からの奇襲を開始した。
「なっ……!?敵襲ううぅッ!!は、背後より敵部隊を確認ッ!!」
「なんだとっ!?」
我々に気付いた敵兵の合図にバンドーが反射的にこちらに目を向ける。
「てめぇは……ッ!」
奴も私の事を覚えているようだ、
それだけを確認した私はサハギンたちと共に
バンドーたち騎馬聖兵に向かって進軍するが、そんな私たちから一人
リゼッタがワーウルフ特有の俊敏力で前に駆け出した。
そんなリゼッタに対してバンドー自らが部隊から割って入った。
「バ、バンドー隊長ッ…!?」
「お前らはほかに集中してろ!こいつは俺が……ゼラァッ!!」
バンドーが向かってくるリゼッタに対してハルバードを突き刺してくる。
しかしリゼッタはなんと大きく跳躍して、空中で体を回転させなら
なんとバンドーの上を飛び越えたのだ。
「なにっ!?……しまった、飛射兵狙いかッ!!」
リゼッタがバンドーを飛び越えて、
騎馬聖兵に守られてひとつに固まった飛射兵たちに飛び込んだ。
「う、ウワァッ!?」
「お、落ち着け!距離を取って…う、馬が邪魔ッ……【バキィッ】がっ!!」
周囲を騎馬聖兵で守っていたのが仇となったな、
距離をとろうにも騎馬聖兵の馬が邪魔でそれも叶わないとは皮肉なものよ。
そしてリゼッタの攻撃も迅速で凄まじかった、
獣のような素早い動きの格闘術で飛射兵を次から次へとあしらい、
その乱舞には美しいとまで思わされるほどだ。
「チッ、こいつが……ッ!」
だがバンドーからしてみれば面白くもないだろう、
リゼッタの周りにいる騎馬聖兵たちもリゼッタを攻撃しようとしたが
それを防ぐ為にいるのが私たちだ。
【ギィンッ】
「てめぇ………ッ!?」
「隊長っ!」
私は二人の間に割って入り、
リゼッタを攻撃しようとしたバンドーのハルバードを剣で防いだ。
それに続くかのようにスーアたちサハギンも
次々とほかの騎馬聖兵に攻撃を開始した。
するとバンドーのハルバードを握る力が強くなってきたので
私もそれを力で押し返そうとする。
「ふん、そんな細長い剣で俺の戦斧を防げると思ってんのか?
それにこっちは乗馬状態、下からじゃあ力も入れにくいだろによぉ〜〜…」
バンドーが皮肉めいた笑みを浮かべる。
だがこちらには………
「私がいることを忘れないことねッ!!」
そう、リゼッタがいる!
彼女は姿勢を低くしてジャンプし、
馬に乗ったバンドーと同じ高さで蹴りを放った。
「別に忘れちゃあいねぇさ……、
ただてめぇが加わったところでなんだってんだぁッ!!」
叫ぶような大声でバンドーは両手で持っていたハルバードを片手に持ち替え、
リゼッタの足を拳で返すように反撃した。
【ガァンッ】
足と拳からの鈍い音が響き渡る。
「ぅおっとと……、くそっ…なんつーかてぇ足だよッ!」
蹴りを拳で受け止めたバンドーだったが、
体勢を馬ごと大きく崩して後ろの下がってしまった。
私の剣から奴のハルバードが離れ、私はこの瞬間を見逃さなかった。
私は体勢を低くし、バンドーの馬に潜り込まんとする勢いで突撃した。
だが狙いはバンドーではない、奴の乗る馬であった。
馬には可哀相ではあるが、私はその馬の四本の足を切断するのであった。
「しまったッ!?………【ドッサァ】………てめぇ、俺の馬をッ!!」
バンドーが再び私に向けて戦斧を突き出す、
私は剣でそれを受け流し、回避した。
「隊長ッ!」
「下がれリゼッタ、お前はスーアたちをサポートしろ!
いくらサハギンといえど、訓練された騎馬聖兵を相手にするには限度がある
この男は、私が相手をする…………!」
「……了解しました!御武運を………」
リゼッタがすぐに私のもとを離れ、私もバンドーと距離を取った。
「………………」
「………………」
長い沈黙、バンドーも馬を失い、純粋なる白兵戦となる。
そしてその沈黙を破ったのがバンドーであった。
「おい黒服、お前名は?」
「ハルケギ村で聞かなかったか?」
「覚えてねぇな、俺頭弱いからよ」
「……ザーン・シトロテア。シュザント第四部隊隊長を務めている………
お前の名は覚えているぞゼム・バンドー………」
「そうか、それならいい。わざわざ名乗るのも面倒……シュザントだと!?」
シュザント という単語に驚いたのか、
バンドーは一瞬武器を持つその手を緩めたが、
如何せん距離があるため、私も攻撃しないことにし、警戒を続ける。
「そうかてめぇが……部下から聞いたぜ?
俺たちマスカーに対抗して作られた専門的組織だってなぁ………
なんでも何人かの隊員は人間らしいじゃねぇか………お前のようなな…」
片手でハルバードを持ち、もう片方の手は私を指差した。
バンドーはハルバードを肩にかけるようにもち、
まるで私を見下ろすような立ち方をした。
「シュザントは魔物たちと共存を意味して作られた組織だ。
お前たちマスカーのような分からず屋どもを説得するためのな………」
「けっ、魔物との共存?説得?笑わせんなよ裏切り者。
お前らはわかっちゃいないんだよ、魔物は人間を不幸にするだけの存在だ!」
「昔の話だろうに、旧魔王時代からもはや50年もの歳月が経ったのだぞ?」
「間違えんなよ、50年しかだッ!奴らが人類にしてきたことが……
たった…………たったの50年で許されてたまるかっ!!」
バンドーはそれを合図に一気に距離を詰めようとしてきた。
私もそれに応えるために、遅れて地面を蹴り、互いの剣と戦斧をぶつけ合った
ギリギリッ と武器同士がいがみ合う独特な音が鳴る。
「お前は旧魔王時代と言ったが、それも間違ってるぜ……
魔王が交代したところで変わりはしねぇんだよ、魔物がやることなんざッ!」
互いに同時に力を込め、弾かれ合う。
しかし弾かれた勢いに体を任せ、互いに体を横に回し
再びその勢いで武器をぶつけ合う。
「魔物は昔とは違い殺しを行っておらんぞっ!!」
「だが俺のおふくろは奴らに親父を奪われたッ!!そして俺がいるッ!!」
「ッ!?」
「俺のおふくろは親父を魔物に奪われ絶望した!
そんなおふくろは絶望を恨みに変えて俺を育ててくれたんだ!
魔物がはびこむこの世界の救世主としてっ!!
そしてその魔物に味方するお前ら魔物派の人間も俺の敵だァッ!!!」
バンドーが突然後ろにステップし距離を取った瞬間、
手に持つハルバードの先端槍部分で降り注ぐような突きを放ってきた。
「ソーラソラソラソラソラソラァッ!!」
ハルバード特有の長さを生かし、
バンドーは十分な距離を取っての突き攻撃を繰り出した。
(この距離では私の剣でも届かん!反撃もできんかッ!?)
私は自分の剣を使って防御に専念するしか打つ手がなかった。
刃と刃同士がぶつかり合う音が連続して響き続ける。
(なんという凄まじい猛撃………。
ハルケギ村では一瞬武器を交えただけだったが…………
この男、ここまで…………ッ!?)
私は無数の槍が飛来するなか、
この男の強さに対しての疑問を思考にはりめぐらかした。
(マスカーでもこれ程の武人はそうはいない………、
だからといってこの男が特別訓練されるような奴にも思えん……
しかもこの若さだぞ……、まさか純粋な才能…………?
……!………勇者の血筋かッ!?)
その結論に思い至った瞬間、
私はこの状況の打開策として、ハルバードを防御し、
そのまま地面に打ち付けた。
こうすれば斧部分が地面に食い込み、一時的に攻撃が止まる。
そして決まり手として、私はそのハルバードを剣で押さえつけ
力一杯引き上げようとするバンドーに力で押さえつけた。
【ギリギリッ…】「ひとつ確認したいのだが………」
【ギリギリッ…】「ああン?」
「お前、並の血筋を受け継いでおらんな………?」
私の言葉にバンドーは一瞬目を見開いたが、
次第に私を睨みつけ、口元に笑みを浮かべた。
「くっくっ鋭いじゃねぇかぁ……、そうさ…俺のおふくろは勇者なんだよ。
元々は教団に育てられた勇者だったらしいがな、
おふくろが言うには農民であった親父に一目惚れしたらしいぜっ?」
バンドーが一気にハルバードを振り上げたが、
私は一気に距離を詰めにかかり、再び互いの武器がいがみ合った。
「魔王側のお前は知らねぇだろうが、
教団の勇者ってのは貴族の子息みてぇな決まりごとがあるんだよ。
勇者っていう強力な因子を少しでも残す為に、
勇者は必ず勇者と結ばれる必要があんのさ、実に合理的だろう?」
「…………………………」
「だがおふくろはそれでも親父を愛し……教団を抜けたのさ、
おふくろは親父が住む……俺の故郷である田舎村で親父と結婚した。
当然楽な生活じゃあないわな、教団からは裏切り者と罵倒を浴び、
村人からは見下され…………、だが二人はそれでも幸せだった、
どんなにつらくても二人はそれ以上に愛し合っていた…………、
そんな苦しくも幸せな生活のなかで俺が生まれた………だがその幸せも、
魔物っていう存在に全てを奪われた………そう、お前たちになぁッ!!」
バンドーの次なる攻撃はハルバードの槍部分と斧部分
両方を巧みに利用した多彩な攻撃の数々だった。
私はそれをひとつひとつ防ぐが、正直かなり至難だった……。
その防御のさなか、奴の攻撃は確実に私の体をかすめ斬っているのだ。
「親父を奪われたとき、おふくろは既に歳で病を患っていたんだ!
病自体大したものじゃあなかった筈だった、
てめぇらがそれを悪化させやがったんだっ!!
だがおふくろは俺にすべてを託してくれた!
貴様らを皆殺しにして、俺が勇者の後を継ぐッ!!
俺はッ!死んだおふくろの無念を晴らしッ!この世界を救うッ!!」
バンドーの猛撃の勢いが激しくなる。
私からしてみれば圧倒的な追い込まれであった。
私は今、このバンドーという威圧感に完璧に押され負けしているのだ…。
ハルバードを防いでも防いでも攻撃が止まるどころかスピードを増し、
攻撃自体も確実に私の急所を狙ってきたのだ。
【キカカンッキンッガンッギギンッカンカンカギンッ…ガッギィンッ】
「なっ………!?」
「勝ったッ!死ねぇッ!!」
そしてなんと私の剣が弾き飛ばされてしまったのだ。
その瞬間、当然バンドーは見逃す筈がない。
バンドーは私の剣を弾き飛ばした姿勢から、
ハルバードの槍部分をそのまま私に向けて伸ばしてきた…………。
【ガッキィッン】
「なるほどね、君の言うことも理解できるわ………」
「お前の言う通り私たちは憎まれて当然の生き物かもしれない………」
私もバンドーも一瞬何が起きたかわからなかっただろう、
だがすぐにわかった、私は辛うじて助かった。
「だが、どれだけ私たちを恨もうが!」
「私たちはそれに向き合うわッ!人類との共存を信じてねッ!」
キャスリン将軍、ネルディ隊長の二人が攻撃を防いでくれたおかげで……。
「てめぇは……ッ!!」
「お久しぶりねバンドー、あれから少しは腕を上げたみたいじゃない」
「キャスリン将軍…なぜこちらに……?」
私の記憶が正しければキャスリン将軍は
シウカたちと一緒に聖甲兵側を当たっていたはずだ。
ノーザと共に騎馬聖兵部隊を強襲していたネルディはともかくとして………
「貴方のところのリザードマンから伝言よザーン隊長、
援護要請、例の嫡子が大暴れしているわ………」
「………………!」
「ここは私とキャスリンに任せてお前は行け、
既に粗方片付いている、コイツを倒したらすぐに我々も援護に駆けつける」
「………了解した」
デュラハンであるキャスリン将軍の剣と
ホーネットであるネルディのスピアが
バンドーのハルバードを固定している間に私はシウカたちのほうへと走った。
その際に後ろのほうから声が聞こえてくる。
「こんなに早く再会するなんて思わなかったでしょう?」
「ああまったくだぜ。だが都合が良い、まさに好都合!
将軍格のてめぇを倒せば魔王軍にも痛手を負わせるってもんだ、
その上、先の戦いで俺にやられたホーネットまでつれて来て俺に勝つ気か?」
「随分と余裕な物言いだな、ついでに私の名はネルディだ、覚えておけ!」
「卑怯かもしれないけど、こっちも手段とか選んでられないのよ
君がそれほどの使い手だとわかっているしね…………」
「卑怯なんて思わねぇよ、戦場は決闘とは違う。
生きるか死ぬかのどちらかしかない、手段なんて些細なもんだ」
「生きるか死ぬか……?確かに一昔前までの戦場ならそうだったでしょうね
でも安心しなさいバンドー、近いうちにそれも変わるわ、
私たち魔物がそんな血生臭いルールを変えてあげるッ!!」
「それはてめぇら魔物がやることじゃねぇ、てめぇらを絶滅させて
世界をこの先、平和に作り上げていく人間様がやることだァッ!!」
戦場の中を駆け抜け、
途中で襲い掛かる敵兵を返り討ちにしながら
私はひとり、頭の中で戦況を確認した。
敵は対空戦に特化した飛射兵を全滅させた為、
我が軍の空翔兵に対抗する手段はほとんど残っていない。
制空権を握る、それだけでもこの状況は我らにとって圧倒的有利である、
もしもの時を考え、後方支援にヴィアナ率いる魔女部隊も潜ませてある。
騎馬聖兵部隊も先程の我らの奇襲で大きなダメージを受けていた、
そうなると残るは間違いなく残りの嫡子率いる聖甲兵部隊だ。
私も先程から何人か返り討ちにはしたものの、やはりかなりできる。
我々シュザントは対マスカーとしての特別訓練を受け
なんとか対処はしているが、この聖甲兵を並の魔王軍の兵が相手をするには
あまりにも荷が重過ぎるだろう。
私はその足を速めながら、シウカたちが戦っていたであろう場所に辿り着いた
「随分派手にやったものだ」
その場所は既に森から荒れ果てた地と化していた。
木々は無数に倒れ、人間も魔物も大勢横たわり、
地面には無数の抉った様な穴が開いていた。
周囲を見渡してもシウカたちが見当たらない、
戦いのさなか場所を移動したのか?
「だが、この地面の地面の抉りようは………」
そんななか私は地面を抉っている穴に目をやった。
最初に私が目に入れたのは幅3メートルほどの大穴だった。
「この穴をあけたのは間違いなくシウカだろう、
彼女の力量から考えてもこれぐらいが丁度良い……、
だが、だとしたら納得いかんな………
なぜシウカがあけたその穴の隣に、さらに倍以上のでかい穴がある?」
その穴は確かにシウカがあけたであろう穴から、
さらに広く、7メートルは達してるであろう巨大な抉れ穴があいていた。
「ミノタウロスほどのパワーすらも上回るパワー……
これが………今のマスカーの『力』なのか……?」
【ズゥウ……ゥ…ンッ…】
「…! あちらかッ!」
私は荒地と化した森から離れたところで振動を感じ、
早急に足をそちらにむけて走らせた。
近づくにつれ、オークやゴブリン、聖甲兵の姿が視界に移る。
「う……うぅ……」
「死ねぇ魔物よっ! 【バスッ】 うがぁっ!?」
途中でピンチに陥っていたゴブリンやほかの魔物を助け、
私はシウカたちを探した。
するとその際に気付いたことがある、
ヴィアナに率いさせていた魔女部隊がいたのだ。
(なるほどな…、飛射兵を失った聖甲兵部隊は直接自ら
後方支援の魔女部隊を叩こうとしたのか)
「燃えるがいい!!」
すると一人の聖甲兵が腕から炎の魔術を発射し、一人のオークに攻撃した。
オークはそれを回避するも、炎はそのまま木に燃え移り、
オークは止むもなく、持ち前のパワーで木を粉砕した。
そのほかにも燃え移っていた木々は魔女が水の魔術で消火活動にあたっていた
コレが森の一部が荒地と化した正体だろう。
(魔女部隊は出るに止むもえなかったのか、
オークやゴブリンの破壊での消火活動では限度があるからな。
マスカーめ、この森までハルケギ村の二の舞にする気かッ………!)
私は剣を持つその手を強く握り締める、
「もらったぁっ!」
すると聖甲兵が一人私の後ろから攻撃してきた、
私は剣を肩に掛けるように背中を防御すると、
そのまま後ろ蹴りを放った。
「ごがっ!?」
鎧の上から受けた予想外の強い一撃に
聖甲兵は後ろに飛ばされ、そのまま別の聖甲兵にぶつかり倒れこんだ。
「シュザント第四部隊の隊員はどこか!!」
私は大声でそう告げると、手の空いていたオークがこちらに答えてくれた。
「あっちで敵の嫡子と交戦中です!」
「感謝する」
そして私が交戦場所に辿り着くと、その光景は驚愕なものだった。
先ほどの場所と同じように地面に無数の抉れ穴があり、
シウカの大斧と嫡子の巨剣がいがみ合っていた。
いや、それだけじゃない。
私が言う驚愕とは、嫡子の体のところどころにヴィアナの糸が
絡み付いて動きが制限されているにも関わらず、
嫡子はなんと片手で、シウカの大斧とその後ろで同じようにいがみ合っている
キリアナの薙刀とサキサのブロードソードにまで対抗していたのだ。
(この男、本当に人間か!?魔物四人相手に………ッ)
「ドゥウウラァアアアァァッ!!!」
『キャアぁッ!?』
「!?」
あろうことか奴は咆哮と共に糸を引きちぎり、
シウカたちを押しのけたのだ!
このままでは彼女たちが危険だと私は判断し、
シウカたちを押しのけた隙を付いて私は嫡子に攻撃を開始した。
「気付いていないとでも思ったかぁ…?」
「ッ!?」
シウカたちを見ていた目線がこちらを捕らえると
奴の拳が私の腹部に襲い掛かってきた。
「ゴ………ホォッ…!」
『隊長!?』
隊員たちの四人の声が重なり、私は地面に打ちつけられてしまった。
「弱ぁい……弱すぎる……、
クランギトーから話を聞いて期待していたが、所詮この程度か……」
口の中からの鉄の味を味わいながら、
私は地面に倒れていた体を素早く起こし、距離を取った。
腹部は痛むが、骨は何とか無事なようだ。
「ほぉう、鋼鉄すらもへこます事ができる俺の拳を受けて
尚も立っていられるとは、どうやらその服はただの服ではないらしい、
でなければただの人間が俺の拳を受けて無事なわけがない」
言葉を続けながら、マスカー・グレンツは巨剣を片手に構えだした。
「しかし無事だといっても………ほんの僅かよぉ…
寿命がほんの僅か延びただけにしか過ぎんぞ?」
口元を邪悪に歪ませた奴の姿は、
戦いの戦火によって照らされた夜の森で、私の目にはっきりと映りこんだ。
すると、奴の体に無数の糸が絡み付いてきた。
「ぬぅおぉっ!?」
「今よ隊長さん!」
距離を取ったヴィアナが腕先より放出した糸は嫡子の手足を固定し、
巨剣にも何十にして絡み付いている。
ヴィアナの糸は、彼女の魔力を纏ったアラクネ特有の糸であり
刃物であってもそう簡単に斬れたりはしない。
「感謝するぞヴィアナッ!」
私は剣を構え、レインケラーの蒼白鎧の関節部分などの
隙間を狙って攻撃に移った。
「隊長を援護するぞッ!」
キリアナの合図で、サキサやシウカも
其々が持つ武器を手にグレンツ・マスカーに向けて駆け出した。
「洒落臭ぇえええっ!!」【ブチブチィッ】
「うそっ、私の糸がッ!?」
「マジで人間かよコイツッ!?」
奴は糸を力づくで引きちぎり、
その勢いに乗せて巨剣を大きく横に振るい、回転斬りを放った。
「クッ!」【ギィンッ】
「くそッ!」【ギィンッ】
「なんのっ!」【ギィンッ】
キリアナたちは流れるような回転斬りを防御した。
しかし私は防御せず、回転斬りの上を飛んで回避し、
嫡子の後ろに回りこんだ。
「セヤァッ!」【ギャアンッ】
「ぐおぉっ!?」
ジャンプから着地する際の重力エネルギーを利用して
私は着地ザマに奴の鎧を後ろから斬りつける事に成功した。
その様にキリアナたちは「おおっ!」と声をあげたが
この手ごたえは………。
「…チッ……硬い鎧だ…ッ」
私は舌打ちすると、奴は首を後ろに向けて私を見た。
「貴様ぁ………よくも俺の鎧に傷を……」
すると、嫡子から強い魔力反応を私は感じ取り、
よく見ればその手に持つ巨剣までもが深緑色のオーラを纏い、
宝玉で飾られた握りや鍔は黄金色に光り輝きを放っていた。
まずい、あの一撃を出す気かッ!?
「貴様に朝日は拝ませんぞぉっ!
『絶対破壊のギガントインパクト』ッ!! 」
マスカー・グレンツが振り下ろしてきた巨剣は、
私の剣と似たように、深緑色の剣筋を夜の闇に描き
私に向かって振り下ろされてきた。
『隊長ッ!』
みんなの声が重なるなか、
私はその振り下ろされる巨剣を前に自らの長剣を構える。
こんな細い剣であの巨剣を防ぎきれるわけがないだろう。
普通ならそれが当たり前だ、
しかし私は、防御に構えたその剣に、『黒色のオーラ』を纏わせた。
それを見たマスカー・グレンツはその目を大きく見開かせた。
しかしその手に持つ巨剣の動きは今更止まることはない。
「 『反逆のバミューダ』ッ!! 」
【ギイイィイアアアァァッァンッ】
巨大な金属音の激突音と共に、砂煙が舞い上がった。
≪シュザント:キリアナ視点≫
舞い上がった砂煙が徐々に薄れていく、
晴れていく煙の先には二つの人影が映りこんだ。
マスカー・グレンツが巨剣をその手に振り下ろし、地面を小さく抉り
隊長の細剣が、マスカー・グレンツの頬を掠め取っていた。
「な、なにが起こったんだ………?」
私の隣でシウカが呟く。
どうやらヴィアナのほうも同じ意見らしい、
しかし私とサキサは今の流れをその目で捉えることができた。
「隊長はカウンター技を使ったんだ…」
「カウンターですって?」
シウカたちにもわかるように私は説明を開始した。
「隊長のあの技は、あの男マスカー・グレンツと同じように
自分の武器に魔力を覆って発動させているのだ、
恐らくあの巨剣に覆っていた魔力の流れを利用してのカウンターだろう」
「敵の魔力を利用した?」
「あの巨剣の魔力と奴自身の怪力。
隊長はそれすべてをあの長剣に吸収させ、
まるで流れるかのように嫡子にそのまま攻撃した。
だから地面にあいた抉れ穴もあんなに小さいんだ………
本来のパワーほとんどを隊長の剣で『受け戻されて』しまったから……!
相手の物理、魔力エネルギーを吸収し相手に返す。
それが隊長の『魔剣技』、反逆のバミューダッ……!」
「………………」
「………………」【ヒュンッ】
隊長と嫡子。
互いに長い沈黙の中、隊長は嫡子から飛び退き距離をとるが
敵は一向に動かないままだった、
しかしゆっくりと奴の目線は傷ついた自分の頬を見ていた。
「ふんっ、なるほど。カウンター技というわけか………」
その時私はひとつの疑問が浮かんだ。
(この男……、隊長の魔剣技であの強力なエネルギーを
跳ね返された筈なのに、なぜ頬をかすめているだけなんだ……?)
「とんでもない奴だな貴様は……」
「隊長?」
隊長が零した言葉に反応して私は隊長を見た。
見てみると彼の顔に冷や汗が流れている。
「キリアナ………、私はこの男を殺すつもりで攻撃したんだ……」
「なっ……!?それじゃまさか……」
「ああ、私はこの男の眉間を狙って攻撃したんだ。
にもかかわらず、コイツはあの一瞬で私の攻撃をギリギリで回避した…!」
あの一瞬でそれほどの反射神経………、
舞い上がった砂煙で視界もさえぎられていた筈なのに……
どこまで人間離れしているんだ奴はッ!?
「……………」【ガチャ】
『!?』
すると奴は手に持つ巨剣を肩に掛け、立ち直った。
それに反応して私は弓を、ほかのみんなも其々の武器を構え警戒した。
「…やめだ」
「え?」
相手のその発言に私たちの反応が遅れた。
「な、なんだと……。やめだと!?」
「そうだ、元々俺の初戦闘を試す為の侵攻だ。
これ以上無理に攻めることもない、それ以前に全体的に大打撃だ……
今回は引き上げだ…………」
「これだけやっといて逃げるだなんて、
アタイたちが許すと思ってんのかい!?」
「戦場において逃走は立派な戦術だぞ、
それは貴様らの隊長が一番良く知っていそうだがな………」
「え……?た、隊長!?」
見てみると、なんと隊長は戦闘態勢を解いていた。
「隊長!いいのかよ!?」
「我々とはちがい、この男は今だ力を持て余している………
今下手に畳み掛ければ、こちらにも大損害を受けることになる………」
隊長からしてみれば、我々魔物たちの犠牲を少しでも抑えたいんだろう。
この人はそういうお優しい方だ……。だが、しかし…………!
「今、この男をここで逃がせば更なる被害が………ッ!」
「それを防ぐのが我々シュザントの役目だキリアナ!
またマスカーが攻めてくれば攻め返す………それだけだ……」
隊長の叫ぶような物言いに私は黙るしかなかった。
「くっくっ、とんだ魔物愛に満ち溢れた甘ちゃんだな……
だが賢明だ、今日の俺は紳士的だ。大人しく何もせず引き下がるさ………」
グレンツ・マスカーが腰に下げていた角笛を取り出し
甲高い音が盛りに響き渡った。
【ブォオォーーーーーーーーッ】
≪バンドー、キャスリン、ネルディ≫
【ブォオォーーーーーーーーッ】
「ゼェ……撤退か…さすがにこれだけやられちゃあ、そうするしかねぇか…」
「ハァ……ハァ…」
「ハァ……ハァ…」
三人とも全身がぼろぼろで、呼吸もひどく上がっており、
滝のような汗を流していた。
「そういうわけだ魔物ども……ぜぇ、大人しくひかせてくれるか?」
「はぁ…どうするキャスリン?」
「はぁ…はぁ…、向こうの言う通りにさせましょうネルディ
こっちも…結構こっぴどくやられたみたいだしね……
そっちがひくと言うなら止めはしないわ……それからできれば
名前で呼んでくれると魔物として嬉しいんだけどバンドー隊長?」
「はっ、くだらねぇ……てめぇら魔物なんて
種族さえ同じならどいつもこいつも大してかわらねぇよ………
おい!新しい馬を寄越せ!!」
バンドーの元に騎馬聖兵が馬を持ってくる、
バンドーはそれに乗ると、キャスリンたちを見ることなく
自身の領土に向けて馬を走らせ帰って行った。
それに続いてマスカーの兵士たちも続々とその場を去っていったのだった。
彼らの去りようを見送ると、その場にいた魔物全員がその場に座り込んだ。
全員が全員で徒労からの荒い息を上げている。
「……ふふふっ、ねぇネルディ…
あのバンドーって人間。貴方から見たらどう思う?」
「君が言っていた通りの男だなキャスリン。
熱く苦しいまでの元気さ、魔物に引きを取らない強さ………
君が執着するのもわかる……いや、それ以上のものが沸いてきそうだぁ…♪」
「ふふっ、それはよかったわ……ゼム・バンドー…
次会うときを楽しみにしているわ……ふっふっふふ……」
夜の戦場の跡地で、デュラハンとホーネットの笑みが零れるのであった。
≪マスカー、ザーン、第四部隊≫
「………ひとつ聞かせろマスカー・グレンツ・レインケラー…」
引き上げていくマスカー兵に続いて撤退しようとした
敵嫡子を隊長が呼び止めた。
「…なんだ?」
「貴様は父親の意志を受け継ぐことに不満はないのか?
魔物を………彼女たちを滅ぼそうとする教会に対して……ッ」
「…くっくっくっ、下らなすぎる質問だシュザントの人間。
お前たちの噂は聞いているぞ?マスカー対策組織とはご苦労なことだな」
「こちらの質問に答えろ…」
「ちっ、愛想のねえ野郎だ………
俺からしてみれば、この狂った世界をぶっ壊す………
父上の意志以前にそれだけで十分なんだよ、俺の戦闘意志なんてな」
「狂った世界だとッ!?」
「かつて人間を殺し喰っていた魔物が、今となっては
男に股を広げて、人間の女は魔物と化す……
これを狂っていなくてなんて言う?
はっきり言って昔のように人間を喰っていたほうがまだ味気があったろうに
俺はなんてくだらねぇ時代に生まれて来ちまったのかねぇ……」
まるで独り言を零すかのように
マスカー・グレンツは巨剣を肩に掛け森の奥へと消えていった。
狂った世界………、
魔王様が交代して世界は変わったこの時代。
私たち魔物は人間との共存を望み、種族によっては男の虜で、女の虜……、
絶対武力国家マスカー。
今の私たち魔物にとって彼らという存在は、
旧魔王時代の姿の時であいまみえていた方が
何倍もマシだったのかもしれない…………。
11/11/10 10:01更新 / 修羅咎人
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