連載小説
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お子様ランチ
 中立国にある公国のある城の、丁寧な内装を施された片隅。幼い双子は、そっと様子をうかがう。
「アルフ、どう?いけそう?」
「だいじょうぶ。いまはみはりもいないよ、マリア」
 普段『あぶないところ』には大抵いる見張りの兵隊がいないことを確認し、双子は『ぼうけん』を続けることにする。
 柔らかく小さな手を取り合い、巨大な城の西にそびえ立った塔の頂上を目指して、階段を一段一段慎重に上り始める。二人はワクワクしていた。母上から教えてもらった『魔女の住処』へと続く道。

――城の西側にある塔には魔女が住んでいるから、近づいてはダメよ。

 公国の第一王子アルフと、第一王女マリアは、幼い頃からそう聞かされて育ってきた。
 だからこそ『おべんきょう』もなく、自由に遊べるこの貴重な時間を、双子は「ぼうけん」に使うことにした。母上から近づいてはいけないと言われている、危険な場所。
 邪悪な魔女が住む部屋に、忍び込むことにしたのだ。
「あ、あったあった!」「ここかぁ・・・・・・」
 双子にとっては長い長い螺旋階段を上がりきった頂上に、それはあった。立ちふさがる古びた大きな扉。双子はそこに駆け寄り、ガチャリと開く。
「・・・・・・あれ?ふつうだね」
「うん、ふつう」
 中を覗き込んだ二人は、その光景が魔女の部屋というイメージとはかけ離れているのに首を傾げる。
 双子くらいの子供であれば、十人はねれるであろうサイズの天蓋のついたベッドや、金や銀、宝石をあしらった鏡。銀細工で飾られ、よく磨かれた木製の家具や、ベッドの脇に据えられた卓の上に置かれた宝石箱。
 これらは公国の王族たる双子にとっては見慣れたもの。
 それゆえにここは、夜にばあやが聞かせてくれたり、書庫にある騎士物語にあったような、いかにもおどろおどろしい魔女の部屋を期待していた双子には、つまらない、ありふれた寝室にしか見えなかった。
「なぁんだ。つまんない」
 ぼふりと、身体身体がそのまま沈み込みそうなくらい柔らかなベッドに、双子はつまらなそうに座り込む。
 口うるさい大臣や将軍の目を盗んで来たのに、その先がこれではつまらない。そんなことを考えながら、なんとはなしに、マリアがベットの脇に置かれた宝石箱を開けてみる。
「ひゃう⁉」
 そこから漏れ出した冷気に、思わず声を上げてマリアは手を引っ込める。
「マリア!大丈夫?」
 アルフは心配して声をかける。マリアは首を縦に振って大丈夫とゆうことを伝えてアルフは胸をなでおろし。マリアと共に彼女が開いた宝石箱を見る。
「・・・・・・くすりだ」
「ほんとだ。まじょのくすりだ」
 その中に入っていたいものに、二人は目を輝かせた。一見宝石箱に見えたそれには、宝石は入っていなかった。
 代わりに、銀の匙と硝子の瓶に入った怪しげな黄色い何かが一つだけ入っており、ひんやりと冷やされていたのだ。
「どうする?」
「うん、と・・・・・・どうしよう?」
 予想外野展開に、二人は顔を見合わせて考得る。勇気を振り絞って魔女の住処ま出来てみたはいいが、その魔女の住処で何をしたいというのは、ない。
「・・・・・・のんでみよう」
 だが、少ししてそう言いだしたのはアルフだった。ゆくゆくは父上のあとを継いで公王となるの公国の王子として、勇気を見せてやる。
 そんな気持ちから、アルフは銀色の匙と淡い黄色い何かで満たされた瓶を手に取る。
「だいじょうぶかな?」
「だいじょうぶだよ。たぶん」
 不安がるマリアに軽い調子で返しながら、瓶の封印を破り、匙を突っ込む。 しっかりと固まった『まじょのくすり』をすくい上げると、薬は匙野上でプルプルと震得る。アルフは緊張の面持ちでこくりと唾を一つ飲み
・・・・・・魔女の薬を口へと運ぶ。
「・・・・・・⁉なんだこれあまい!あまいぞ!」
 意を決し、口へと運んだ魔女の薬は、予想外に甘かった。どうやら材料は乳と卵らしい。
 その二つの味と、滑らかな食感を持つ魔女の薬が柔らかに口の中を通り、胃の中へと溶けていく。
 その感覚に、思わず再び匙を突っ込み、もう一度魔女の薬を食べようとしたところで、アルフは袖を引かれる。
「あにうえ。わたしにもちょうだい」
 その視線の先には、兄の顔を見て美味しいものを食べているのだと直感した妹の姿。
「わかった」
 妹のお願いにアルフは少し分けてやることにし、すくった分を妹の口に運んでいく。
「なにこれ⁉おいしい!」
 それを口にした妹もまた、くりくりとした大きな目を見開き、ついで笑顔になる。
 それを見てアルフも嬉しくなりながら、残り半分ほどになった魔女の薬を全部食べようとして・・・・・・
「貴方たち、ここで何をしているの?」
 後ろから掛けられた半ば驚きを含んだ言葉に、思わずビクリと肩をすくませる。

 そう、ここは魔女の住処。ならば当然魔女がいる。そのことに思い至った双子は恐る恐る『こわいまじょ』の姿を見ようとして、その声に聞き覚えがあったことで気づく。
「おばうえ!?」「おばうえがなんで!?」
 そこに立っていたのは、恐ろしい魔女などではなく、父上が大切な人だと常々双子に言っている、紫色の髪を持つ叔母の姿。
 双子の甥と姪に子供らしい、甲高い声で話しかけられ、公国『元』第一王女ヴィリアは、はぁ、とためいきをもらす。
「・・・・・・ここは私の部屋。だから私がいるのは当然」
 幼い二人の疑問に答えてやりなにがら、ヴィリア、はなんとなく事情を察する。現公王・・・・・・二人の父親である、ヴィリアの弟は、ヴィリアを家族として愛してくれているが、その妻は、少し違う。
 中立国でも主神寄りの国の出であり、正室である双子の母親は、ヴィリアを嫌ってる。
 恐らくだが、政治に口出しこそしないが公王に家族として愛されているヴィリアが邪魔なのと、それ以上にヴィリアが魔物娘であるからだろう。実際双子の母親が嫁入りしてから城内でヴィリアが命を狙われ暗殺されかかったのも一度や二度ではないのだから。
 
 街中に魔物娘がいても魔物娘は国の要職には就くことはできないし。ヴィリアも就く気もない。
 そんなわけで、公国の城に住まいながらも公国の王族たちとは距離を置いて、城のはずれの研究室にこもっていたのだ。
「でもなんでおばうえがここに?」
「もしかして、おばうえがまじょなの?」
 恐れも何もない、幼い双子の問いかけに、ヴィリア、は笑顔を浮かべて頷く。
「そう。私は魔術師・・・・・・ダークメイジでもある」
 そう答えた後、ヴィリアは双子が食べてしまったプリンを見て、いいことを思いつく。
「明日の昼前また来て、そうしたら、私のとっておきの魔法を見せてあげる」
 明日はドヨウの日だ。少しくらい、双子の甥と姪に『ご馳走』するくらいは問題ない。はずだ。

 かくて翌日。公国の城の片隅でチリンチリンと鈴が鳴る。
「ここがいせかい・・・・・・」
「すごい・・・・・・」
 初めて訪れたその場所を、双子は興味を持って見回す。地下室にもかかわらず異様なまでの明るい部屋に、見たこともない装飾品。
 そしてばあやが話してくれた、世界のあちこちに住む様々な住人たち。その中には国内でも見たことのない魔物娘もいる。
 ここにやってくる前に通った『本当の魔女の部屋』も、双子には使い道も分からぬ道具や、難しそうな本が並んだ本棚、それからいかにも魔女らしい薬などが並んだ不思議な場所だったが、ここはそれ以上に不思議な場所だった。
「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」
「私にはカルボナーラと、普通のプリンを。それと確かこの店には『オコサマランチ』という、齢十二歳以下の子供だけが頼める料理があったと思ったけれど」
 物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回す双子を椅子に座らせて、ちょうどやってきた金髪のウェイトレスに、ヴィリアは手早く注文する。
「え?オコサマランチ、ですか?」
「そう。オコサマランチ。それをこの子たちにお願い」
 その反応も予想していたヴィリアは、冷静に注文を繰り返す。
「分かりました。少々お待ちください」
 と、頷き厨房に戻る。それから、待つことしばし。
「お待たせしました。カルボナーラと、オコサマランチです」
 ことりと。
 双子の前にお子様ランチが置かれた。

 ほかほかと湯気を立てる、出来たての『オコサマランチ』を前に、双子は思わず顔を見合せた。
「へんなの」
「うん、へんだね・・・・・・でも、おいしそう」
 困惑しつつも、その香りに、思わずごくりと唾を飲む。それは、双子の知ってる料理からすると、いかにも不思議な存在であった。
 区切りがたくさんついた不思議な皿の上に、いくつもの料理が盛られている。
 上から赤黒いソースがかけられた焼いた丸い肉の塊。
 白地に赤い丸が描かれた小さな旗を立てられているのは、薄く焼いた黄色い卵の布の下に、赤とオレンジの中間の色に染まった、西大陸のコメが少しだけ見えてる料理。
 白っぽいものがかけられた、明るい茶色の棒のようなものに、シュライプのものらしき赤い尻尾が生えた、よく分からない料理。
 鮮やかな薄緑色の葉の上に置かれた、ところどころに色とりどりの粒が見え隠れする、白くて丸いボールのようなもの。
 真っ赤なソースが入った器が添えられた、細く切って揚げたダンシャクの実。
 そして・・・・・・
「あ、これプリンだ!プリンがある!」
「ほんとだ!」
 その皿の片隅に置かれた、伯母から名を教えてもらった黄色いプリンの満たされた硝子瓶を見て、双子は喜ぶ。早速とばかりに手を出そうとして、ヴィリアの手でそっと止められる。
「ダメ。プリンは最後。全部食べてから」
 その言葉は決して大きくないが、逆らい難い強さがあり、双子は渋々従う。・・・・・・だが、がっかりする必要はまるでなかった。オコサマランチに使われた料理は、どれも非常に美味しかったのだ。

 アルフが最初に手を付けたのは、皿の中心に近いところに置かれた、肉の塊であった。
 フォークとナイフを手に取り、肉の塊に向ける。。
「あ、やわらかいなこれ」
 思ってた以上に柔らかく簡単に切り分けられた。そして口元に持ってくれば焼けた肉の香ばしさとソースの良い香りが食欲を刺激し食べる。
 その肉の塊は、口の中にじゅわりと肉汁と油をこぼし、混ぜ込まれた玉ねぎと上にかけられた赤黒いソースの複雑な旨みが絡み合って、アルフに美味しさを伝えてくれる。
 それは、幼いながらも公国の王子として贅の限りを知り尽くしてるアルフをしても、初めてと思わせるほどの美味。アルフは夢中でその肉の塊を食べだすのであった。

 マリアが手を伸ばしたのは、赤い尻尾が見えている、謎の料理であった。
(なんだろ、これ?)
 公国は海から離れてマリアは見たことがないない。謎のもの。それに首を傾げながらも、マリアはナイフで端っこを小さく切り、フォークで刺して持ち上げる。
(わ、きれい)
 切り分けられた断面から覗く、ほんのりピンクが混じった透き通った白い身の美しさにマリアはちょっとだけ、ほぅっと息を漏らす。
 敬愛する伯母上に言われ、プリンの前に渋々食べるものであったはずの料理を食べるのが楽しみになる。そしてそのままパクリと口に運び、思わず顔をほころばせる。
 公国の宮廷では保存の魔法を使って腐ららぬように運び込まれた魚が出ることもあるがぬように運び込まれた魚が出ることもあるが、あしのはやいシュライプは公国では庶民の味である。
 そのためマリアにとって未知の味であったシュライプの旨みは、マリアの心を掴んだ。
(うん!これおいしい!)
 気がつけば渋々であったことなど忘れ、二人は夢中になってオコサマランチを食べる。
 最初はプリンが目当てだったはずの二人は、いつしかすべての料理を堪能すべく、一生懸命に口と手を動かしていた。普段の食事の時のような上品さはなりを潜め、口元を汚しながらも、笑顔で。

(・・・・・・私にも子供がいたら、こんな感じだったのだろうか)
 その様子を見て、乳と卵の旨みをたっぷりとまとった麺料理をたべながら、ヴィリアはうっすらと微笑む。親愛なる弟の血を引く、甥と姪。
 人間である彼らは、いずれ死ぬことになる。
 そのことを少しだけ寂しく思いながらも、ついにオコサマランチの最後のデザートであるプリンを食べる二人を、母親のように温かく見守るのであった。

「おばうえ。とてもおいしかったです」
「おばうえ。きょうはつれてきてくれてありがとう」
 満ち足りた食事を終え、顔が汚れていることに気づいた双子が、白い布で慌てて顔を拭いながら、口々に礼を告げる。
「いい。貴方たちは私にとっても大切な家族だから、気にしないで」 
 背伸びをして、言葉を紡ぐ二人に微笑みを浮かべたまま、ヴィリアは言葉を返す。
 何故だか今日の異世界食堂の料理は、いつもよりさらにおいしく感じられた。、きっとこの二人が一緒だったからだろう。
「それ、その・・・・・・」
「またいつか、ここにつれてきてもらってもいいですか?」
 それに気づいているからこそ、ヴィリアの答えは決まっている。
「もちろん。私からも、お願いする」
 その言葉はごく自然にヴィリアの口から紡がれ、双子を笑顔にするのであった。



 
20/08/25 10:58更新 / 荒廃の魔王アゼル=イヴリスの友人の魔剣バハムート継承者
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■作者メッセージ
シュライプは海老です

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