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第六章 邂逅
メルアさんに案内された集落の奥にある他の住居より一際大きな建物。
森の中とは思えないほど、この建物は見事に造られている。
俺は辿り着く前に彼女達とその夫達が住まう住居を見てきた。
そのどれもが美しく芸術的な造りで出来た木造の建物だった。

「立派な建物だ…」
「ここが私達アマゾネスの長『ベラトリックス=クレア』の住居よ」

比べる事はあまり良い事じゃないが長の家は違った。
違うと言うか、長の家が大和を連想させる造りになっている。
また威厳に満ち溢れ、力強く構える長の家は土に根を張る木の如し。
実際、木で造られているから強ち間違ってはいない…。

「母様を呼んでくるから待っててね」

そのままメルアさんは背丈ほどある大剣を物ともせず携えて家の中に消えた。
俺はその様子を見送り、ただ待つのも暇だと思いオカリナを手に取る。
そして適当な場所を見つけて腰を下ろし、オカリナを静かに吹き始めた。


静かな夜の集落に美しいオカリナのメロディが響き渡る。

「(この音色…)」

屋根の上から星空を見上げる私は聞き慣れない音色に耳を傾けた。
私が住むこの場所は唯一満天の夜空を見る事が出来る絶好の場所。
それに夜は昼と違って森の中は静寂に包まれてる為、とても響く。

「(優しい音色)」

私は集落に響き渡る音色に興味を持ち、不思議と歩を進めていた。
また窓の外から美しい音色が侵入して来る為、皆が耳を傾けている。
ある夫婦は夜の営みをしながら、またある夫婦は食事を食べながら…。
美しいメロディに私が近づく度、より鮮明に聞こえてくる。
私は誰よりも先に向かいたいと思って小走りになっていた。

「(胸が締め付けられる)」
「……♪〜…♪」
「(どうしてこんなに苦しいのだろう)」
「…♪〜…♪」

私が最初に音色の主の許に到着した為、周囲にはまだ誰も居なかった。
顔を覗かせればそこには端正な顔立ちをした黒髪の青年が木に背中を預けて寄りかかり、瞳を瞑って何かを口に当てて吹いていた。
青年の吹くそれは涙滴状をしており、音色は押さえてない空洞から出ている。
私達アマゾネスは狩猟をしながら暮らしている為、視力はいい。
青年は私の気配に気付いていないのか美しい旋律を変わらずに響かせる。
夜の森は既に静寂が訪れている為、青年の吹くそれは遠くに居た時よりも更に響き渡る。

「(あ、あれ…?)」

急に視界が悪くなり、私は何だろうと思った。
何かが私の頬を伝って流れている。
私が手の甲で拭ってみれば、それは涙…だった。
何も悲しくないのに何故、涙が出るか分からなかった。

「(な、何で…どうして私は泣いている?)」

留まる事無くあふれ出す涙に私は成す術がない。
以前も同じ感覚に襲われたが、こんな事は無かった。
あの時は全く興味が無かった為、こんな思いをしなかったのかもしれない。
けど今夜は違う…確実ではないけど何か大切なものを置き忘れてきた感覚…。
私の胸をかき乱す妙な違和感…これは一体何?
けど悪い気はしない、寧ろ心地よく自然と暖かいのだけど…狂おしい。

「(音色が…)」


俺がオカリナを吹き終わると視線の先に褐色の肌をした美少女が居た。
黒みを帯びた銀色の長い髪に黒曜石の様な瞳、年は俺と同じくらい。
少女の服装は猛獣の皮で作られており、殆ど下着同然の格好をしてる。
また龍の尾と爪をモチーフにした飾りを身につけている。
その背中には、これまた背丈ほどある大剣を軽々と携えていた。

「えっと…君は誰?俺の名前はシオン…獅音と書く」

オカリナを専用のポーチに収納し、もう片方のポーチの中から小型の羽ペンと羊皮紙を出して名前を書いた後、横に傍訓を書いた。
俺の名前は東方で使われている為、この大陸に住む人達にはいつもこのように名前を教える。
実際"シオン"と名乗れば問題ないが"獅音"は亡き両親が付けてくれた大事な名前だ。


私はシオンと名乗る青年から手渡された羊皮紙に目を通した。
少し癖のある書き方に私の頬が緩み思わずクスリ、と笑ってしまう。
先程までの涙が嘘の様で笑いと、そして愛おしさが込み上がってくる。
そこで私の頭に大きな疑問符が浮かび上がった。

「(どうして私は初対面のシオンが愛しいと想うのだろう…)」

私とシオンは今夜、初めて出会った。
まさか一目惚れ?そんな筈無い…私が求めるのは強い精力を持つ男だ。
虫も殺せない、不思議な楽器を吹く男は私の求める男性像ではない!
それに…まぁ、その何だ…絶倫とまではいかなくとも夜が強い方が嬉しい。
では何だと言うのだ?この胸の奥から湧き上がる気持ち…。
チラリ、と視線を移せばシオンの容姿はそれほど悪くない。
次に私の視線はシオンが左腰に携える得物へと移る。
私達アマゾネスやリザードマンなどは強い男を求める傾向がある。
その理由は強き心と力を子子孫孫、受け継いでもらう為。

「(得物を見る限りだと、ただ楽器を吹くだけの旅人ではない事は確かだ…私は戦士だから魔力等には疎いがこれだけは言える)」

彼…シオンには剣術の心得があり、そうじゃないなら一人旅はまず出来ない。
今はサキュバスの影響を受けた魔物が(性的な意味)で人(主に男)を食べる。
その為、実力が無ければ直ぐ捕食(精力を搾り取られる)されてしまう。
仮に実力があっても様々な方法で魅了され、彼女達に骨抜きにされる。
そして私達の身体無しでは生きられなくなり、互いの身体を求め合う。
私達にだって"心"があり、好きになった男は絶対に離したくない。


その時、俺は妙な違和感を目の前に立つ少女から感じ取った。
仕草、話し方は異なるけど姉さんと話している錯覚を覚える。
姉さんはいつも俺の文字を見ては今の少女の様に笑っていた。
その度に俺は姉さんから、からかわれていた。

―「ごめんね…でも変な意味で取らないで?私はシオンが好きだから…ほら、良く言うでしょ?好きな相手ほど、からかいたくなるって」―

まるで小さな子供の様な言い訳だったが実際そうだった。
才色兼備の美しさを併せ持つ姉さんも幼い面を持っていた。
しばしの沈黙が訪れ、少女は羊皮紙を俺に手渡す。
俺はそのまま羊皮紙をポーチに収納した。

「君の名前も教えてくれるか?」
「私はレン、見ての通りアマゾネスよ」

レンと名乗った少女の声はとても透き通っている。
まるで美しく奏でられたオカリナの音色の如く。

「物好きな男ね」
「どういう意味だ?」
「自ら私達の集落に足を運んでくるって事」
「ただ今夜一泊だけ宿屋に泊まりたいんだ」
「それがそもそも間違いだ、ここに宿屋は無い」
「そんな筈無いだろ?」
「はぁ…本当に何も知らないのね、襲われるわよ」

少女の言ってる事がさっぱり理解できない…襲われるとはどういう意味だ?
アマゾネスの集落とは言え、冒険者くらいは訪れるものだろう。

「本当に何も知らず訪れたわけ…ね」

褐色の美少女は呆れたように肩をすくめて言葉を紡ぐ。

「…だが今この世界の理(ことわり)が理解できれば嫌でも分かる」
「世界の理(ことわり)…か、そう答えられると返答に困る」
「ふふっ…だろうな、わざと困らせてやったんだ」
「君はサラリと酷い事を言うなぁ」
「そうか?私達にとっては、これが普通だ」

初対面にも拘らず話が自然と進む俺達の耳に声が聞こえた。

「シオンくーん」

先程、長を呼んでくると言ったメルアさんの声。その隣には威風堂堂とした美しい女傑が歩いてくる。全身から発せられる覇気は歴戦の強者を思わせる。話に聞いた集落の中で最強と呼ばれるのに相応しい堂々とした姿だ。

「ふむ…君がクレハの言ってたシオンか?」

威厳のある凛とした声に全身が震えた…恐怖からでは無い。

「私達の集落に男が一人…か、覚悟は出来ている様だな」
「何の覚悟?ただ宿屋を…っ!?」

言い終える前に大剣の気配が頭上からする。
俺は肩に立て掛けてある『雷切』を反射的に抜く。
白刃の刀身は夜の森で煌めきを放ち、大剣を見事受け止める。
だが振り下ろされた大剣は斬る事より叩き潰す事に特化されていた。
その為、刃と刃が重なりあった刹那、地面にめり込みそうになった。

「ぐぅ…っ」
「ほぅ…私の一撃を受けきるか、骨のある婿殿だ」

大剣を振り下ろしたのは長のクレアさん。
いつの間にクレアさんは大剣を背中から抜いたのだろうか?
分からない…が確かに気配はした、殺気は籠って無かったけど。
だがもし『雷切』を抜かなかったら彼女は寸前の所で刃を止めただろうか?

「合格だ、婿殿」
「へ?」

クレアさんは何を言ってるのだろう…合格?婿殿って?
様々な考えが浮かび上がったが、どれが正しいのか分からない。

「シオン、君を歓迎する」
「よかったね♪シオンくん」
「ようこそ、アマゾネスの集落へ…シオン」
「え?え??」

俺はただ呆然とするしかなかった。
13/05/01 02:27更新 / 蒼穹の翼
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■作者メッセージ
雑談質問スレにてクロスさんありがとうございます
早速試してみます

更新UPされるかな

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