連載小説
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第五章 集落
俺はネプトゥスの酒場『ミッドガルズ』の扉を開く。
昨日『CLOSE』の看板は『OPEN』に変わっていた。

「やぁ、シオン。こんばんわ」
「マスター、身体は大丈夫ですか?」
「最初の頃は丸一日動けなかったけど大丈夫だ」
「やほぉ〜♪シオンくん」
「ネージュさんも今日はお手伝いですか?」
「うん♪そうなのぉ〜」

隣ではネージュさんが"自分のミルク"でカクテルを作ってる。
彼女から採取できるミルクは味・栄養ともに特級品だ。
その為、需要がとても高くて活発に取引が行われている。

「あぁ、そうだ。シオン」
「ん?」
「あちらで君を待ってる方が居る」

俺はマスターの右手の先を見る。
視線を移した先、俺がよく座る席の隣に妙な客人が居た。
全身を茶色のローブで覆った栗色の髪をした女性…だろうか?
見事なまでに美しい女性特有の身体のラインが時折、覗いている。
謎の女性は俺の視線に気づき、微笑むと歩み寄ってきた。

「一つ問いたい」
「な、なんでしょう?」
「わたしはここである人物を待っている」

ローブに覆われているが彼女は間違いなく人間ではないだろう。
何故か?今、彼女は闘気を隠しているが戦士の気配がする。
それも普通の戦士とは全く違う…言うなれば人外の強さだろうか?

「その者は…わたしの夫の親友だ」
「は、はぁ…」
「わたしはずっとその者を監視…いや、試してた」

深くフードを被った切れ長の黄色い瞳をした女性は俺の顔を覗き込む。
至近距離にある女性の顔は美女と言っても過言ではないほど艶やかだ。
顔をよく見れば人で言う耳の部分には爬虫類の様なヒレがある。

「わたしの名はクレハ、お前は?」
「俺の名前はシオン…獅音と書く」
「ふふっ…そうか、お前がシオンで間違ってないな」

クレハと名乗った女性は満足に微笑む。
その微笑みは人外の女性から発せられる艶やかな笑み。

「既に気付いてると思うがわたしはリザードマンだ」

全身を覆うローブを脱ぐと、そこには佳麗な容姿をした女性がいた。
先ほど栗色の長い髪はポニーテールに束ねられ、大きな剣を背中に携える。
彼女の健康的な肌は緑の鱗で出来た強度のある鎧・籠手・脚甲で覆われている。
また、それを振る際、邪魔になりそうな大振りの胸は形が良い。
その鍛え抜かれた部分は鎧越しでも分かるほど凹凸がはっきりしてる。

「この数週間…お前の実力を見せてもらった」
「…ずっと見てたのか?」
「うむ…我が最愛の夫に相応しい親友だ」
「そりゃ、どうも」

その後、俺はクレハさんと一緒にカクテルを飲みながら語り続けた。
彼女の夫が親友のソウマである事、彼の姉がクレハさんだった事。
彼女は幼き頃、実弟に抑えきれない恋心を抱いてそれが"ある人物"に知られ、人外の姿に変えられた事など多く語ってくれた。

「さて…シオンの実力がこの数週間でわかった」

マスターオリジナルのカクテルを含むクレハさんは唐突に口を開いた。

「明日は早朝にネプトゥスを発つ」
「早くないですか?」

クレハさんは多くの戦場を見てきたような顔を俺に向けた。

「ここから何も無い筈ないと思うか?」
「え?」
「手紙に書いてなかったか?」

俺は記憶の糸を手繰り寄せる。

「わたしが何のためにシオンを試してたと思う?」
「えっと…それは…実力を測る為?」
「それもある…だが最も重大なのはライブラまでの道のりだ」
「…あの内容は本当だったのか」
「そうだ、並の冒険者等も辿り着く事は可能だが時間が掛かる」
「そうなの?」
「…普通に考えればバカバカしいと思うが事実だ」
「それってどんな?」
「その時に分かる…だから今日はゆっくり休め」

俺はポケットからお金を出し、酒場のテーブルの上に置いた。
クレハさんも続いてローブのポケットから勘定を出した。
俺は煮え切れない思いを胸に秘め、クレハさんと一緒に酒場を後にした。

「あれ…?」
「ん?どうかしたのか?」
「え…あ…いや…何でクレハさんがここに?」

ここはネプトゥスの酒場から少々歩いた所にある宿屋の一室。
俺は非常に困惑してる…何故クレハさんが俺の宿泊する部屋に居るのか。

「資金の消費を抑えてるだけだが?」

俺の心を読んだ様にクレハさんは答えた。
今のクレハさんは風呂上がりの為、石鹸の香りがする。

「だ、だったら…」

口ごもる俺にクレハさんは妖しい笑みを浮かべた。
その笑みは艶やかで魅了されてしまうほど美しい魔性の輝きを放つ。

「ふふっ」

俺の寝台に腰を下ろすクレハさんは大振りな胸を右腕で持ち上げた。
そのまま誘うように挑戦的な笑みを浮かべる。
白いバスローブに身を包む今のクレハさんはとても艶めかしい。
加えて鍛え抜かれた双丘を流れる雫が更に艶めかしさをひきだたせる。

「わたしがシオンの寝込みを襲うと思ってるのか?」
「い、いや…それはない…でしょう」
「ほぅ…何故そう言い切れる?」
「クレハさんには夫が居るからです」

そのままクレハさんは何も言わず寝台で横になった。

「クレハ…さん?」
「シオンはそこのソファーだ」
「ち、ちょっと…」
「…明日は早めに宿屋を出るからな」

そのまま制止を聞かずにクレハさんは眠りについた。
俺はクレハさんを起こさないように窓を静かに開ける。
身軽な身のこなしで宿屋の整備されてない屋根に上った。
そしてオカリナを手にとって唇に当て、静かに吹き始める。
曲名は『夜風』

「…♪〜…♪〜♪」

翌朝、俺は遅くまでオカリナを吹いてたが早く目が覚めた。
寝台では白いバスローブに身を包むクレハさんが静かな寝息を立てている。
大きく伸びをした俺は宿屋のベランダから顔を出した。
今日はいつもより早い為、多くの住宅は静寂と眠りに包まれている。
当然、毎朝顔を出すハピィも今はハーピー運送屋で寝ている。
そして俺がオカリナを吹いていると威厳のある優しい声がする。

「シオンは朝、早いのか?」
「本来はもう少し寝てる」
「なら何故、今日は早いのだ?」
「…あまり寝つけれなかった」

見れば寝起き姿のクレハさんの白いバスローブが大きくはだけていた。
そこから大振りな双丘が覗き、お腹やおへそも惜しみなく顕わになっている。
悪く言えばだらしなく、良く言えば目の保養と言っても過言ではない。
俺は居た堪れない気持ちになり、視線を明け方の空に向けた。

「ふむ…まぁ良い、わたしはシャワーを浴びてくる」
「わかった」
「覗いてもいいのだぞ?」
「冗談、俺はまだ死にたくないんでね」
「つれないな…我が夫の親友だから少しだけ覗かせてやるぞ?」
「そんな事を言ってると多くの候補がでてくるんじゃないか?」
「それはない…わたしの裸体は愛する夫とシオンだけのものだ」

俺は耳を疑りたく様な甘い誘惑に頭を振る。

「はいはい、ありがとうございます」
「むっ…」
「早く浴びてきたら?今日は早く宿を出るんでしょ?」
「そうだな、今のは忘れてくれ…まだ酔いが残ってるのかもしれん」

クレハさんはそう言い残すと整備されてる浴室へ向かった。
俺は浴槽に入ったクレハさんの気配を感じ、再びオカリナを吹き始めた。
その後、宿屋の受付で料金の精算をしてから部屋を引き払った。

「さぁ…ライブラへ向かうとしよう」
「それは構いませんが何故、ライブラまで危険なのですか?」
「シオンは魔王が世代交代をしたのを知ってるな?」
「まぁ…俺の故郷にもクレハさんの様な女性が居ますし…」

大和は人と魔が寄り添い、愛しみ合いながら暮らして来た。
これは東方の島国からこの地に渡って来た先祖の影響だ。
その為、魔王が世代交代する以前から女性の魔が居たと言う説もある。

「生命の危険は無いが"連れ"が居ないと別(貞操)の危険性がある」
「は?な、なに?最後が上手く聞き取れなかった…」
「気にする事じゃない…わたしの傍を離れなければ大丈夫だ」

クレハさんは我が子に言い聞かせるように注意してくれた。
しばらく歩いていると所々から発せられる視線が妙に痛い…。
何だろう殺気…では無いのだが背筋に嫌な汗が流れる。
例えるなら現役の美人アイドルと一緒に町を歩いてる時の感覚だろうか?
だがそれならもっとこう…何て言うのか別の殺気の様なものを感じる。
上手く表現できないが、つまりはそう言う事だ。
俺は『雷切』をいつでも抜く事が出来るよう鍔に親指を添える。
考えが間違っていなければ、この視線は恐らく女性…しかも人ではない。
世代交代した現魔王…サキュバスの影響に干渉した者たちだ。
なるほど…クレハさんの言う別の危険はそういう意味か…。
勘弁してくれよ…俺は所帯を持つ気は全くないぞ。

「クレハさん」
「どうした?」
「妙に視線が痛い」
「気にするな」

彼女達は子孫を残す為、全身全霊をかけて自分の色に染めて精を得る。
他にも本能のまま交わったり等で男性に宿る生命の源…精力を摂取する。
またこの男性が持つ精力が曲者であり、彼女達にとっては最高の食事らしい。
人間の女性も持っているが如何せん、男性の方が美味で精力が高い。

「気楽な事を言わないで下さいよ」
「だからわたしの傍を離れなければ安全だ」

しかし、この状況…クレハさんの傍を離れれば色々な意味で確かに危険だ。
俺も腕に自信はあるがそれは物理的な意味である。
精神的な意味で考えれば年頃の男性も含め、男と言うものは美しい女性(魔物も含めて)に誘惑されれば断るに断れないだろう…俺もその一人だ。
また人外の女性は全てにおいて人の女性を遥かに色々上回ってるらしい。
まぁ…これは極端な例だけどな。
大和に居た頃、旅の武芸者や冒険者等の隣には、ほぼ確実に彼女達が居た。
稀に人間同士の男女ペアも訪れた事もあったが一か月にあるか無いかだった。
今は昔と違い人と魔…相容れぬ存在者同士が幸せな家庭を築いてる。
クレハさんもその内の一人だ…俺もその一人になるのだろうか?

「わたしも任務を受けながら時々シオンを観察してたが見事な腕だった」
「そう?」
「うむ…見事なまでに鮮やかな剣舞だったぞ!」
「そんな大げさな…」
「何を言う」

クレハさんは綺麗に整った小顔を近づけてきた。
俺の背丈の方が高く…ってクレハさん!顔が近い!近いって!
クレハさんは俺の狼狽を余所に口づけ寸前まで顔を接近させてくる。
もしこれで彼女がフリーなら全く問題ないが今は歴とした美しい人妻だ。

「わたしが独り身だったなら間違いなく仕合を申し込む」

これは同じ戦士としての好奇心からであり、俺の剣術に興味があるのだろう。
彼女達はあらゆる武具を使いこなし、世界各地へ修行の旅に出ると大和に居た頃、冒険者に付き従うリザードマンから話を聞いた記憶がある。

「そしてお前を娶る為、生半可ではなく本気で刃を交えたいと思う」
「もしそうなったのなら俺に拒否権は?」
「そんなものは無い」
「やっぱり…」
「ふふっ」

間近にあったクレハさんの綺麗な顔が俺から離れた。
さすが人妻であり、また人外と言う事もあって心臓が早鐘を打ってる。
サキュバスほど色香は薄いが一つ一つの動作に魅了される。
もしクレハさんの様な女性と結ばれる日が来れば刺激的な毎日だろうか。
また本能なのか、あっちの方も夜が最も激しい…と聞いた覚えがある。
って俺はいったい何を考えている?変な妄想は控えよう…。

「…この調子で行けば一晩だけ野宿すればライブラか」
「野宿…?」
「うむ」

冗談じゃない…彼女達(魔物娘)は夜が最も危険だ。
周囲に気を配っても寝込みを襲われ、組み敷かれれば身動きが取れなくなる。
彼女達は腕力や筋力強く、また他にも粘着性の高い身体や蔓等を駆使する。
そこで捕まってしまえば後は捕食(性交)され、彼女達が満足するまで続く。

「この辺りに村とかは?」
「残念だが見ての通り、ここは森に包まれている」
「そんな…」
「人里は存在するが…」
「反魔物派の村なのか?」
「そうではない…空を見てみよ」

俺は言われた通り、木の間から見える空を見上げた。
見れば太陽は西に沈み、暗闇が辺りを覆い始めている。

「今から向かっても間に合わない」
「ならどうする?」
「心配無用だ、付いて来い」

森が完全に夜の闇に包まれる前に俺はクレハさんの後を追った。
草木をかき分けて進んで行った先に見えたもの…それは大きな集落だった。

「こんな森の奥深くに集落?」
「聞いた事があると思う、ここはアマゾネスの集落だ」

アマゾネス…大和に居た頃に聞いた記憶の糸を辿る。
彼女達は元々『アマゾネス』と言う人間の女性だけの部族だった。
けど世代交代の際にサキュバスの侵攻を受け、全ての女性が突然変異した。
その影響で今は魔物の一種として扱われるようになったとか…。

「シオン付いて来い、ここで暮らすアマゾネス達の中にわたしの知り合いも居るが今は婿を探している者達が殆どだから狙われるぞ、まだ所帯を持つ気はないのだろ?」

クレハさんは一切の迷いも見せず、松明の隣で控える女守衛の所に向かった。
俺はクレハさんの後に続き、集落に近づくと遠くから見た外観と全く違った。
辺りを見渡す為の物見櫓、高床式の倉庫等が木造建築で造られており独特の香りがする。
その後、話をつけて来たクレハさんが女の守衛と一緒に戻ってきた。

「シオン、彼女がお前を村の長に会わせてくれる」
「君がシオンね、私は長の娘『メルア』よろしくね」

褐色の肌をしたメルアと名乗る女性は美少女と言っても過言ではない。
彼女は腰まで長い紫を帯びた銀髪に凍てつくような灰色の瞳をし、龍の尾をモチーフにした飾り、猛獣の皮で作られた下着を身に付け、背中には背丈ほどの大剣を携えていた。

「ど、どうも…よろしく」

その姿に見惚れてた俺は半ば遅れ気味に挨拶を交わした。

「(容姿は悪くない…剣の腕も中々…でもあっちの方はどうだろう…)」

何やらメルアさんが呟き始めた。
これでは埒が明かないと思い、助け船をクレハさんに出してもらった。

「ほらほら、メルア。シオンを村長に会わせてやってくれ」
「あ!ごめんなさい…案内するね」
「わたしは友人の家に居るから"何かあったら"シオン知らせてくれ」
「わかりました」

クレハさんは来る時と同じ、迷わずに木造建築の一軒家に向かった。

「それじゃ、付いてきて」
「わかった」

俺はメルアさんと一緒に集落の奥に構える大きな木造建物に向かった。
13/05/01 02:13更新 / 蒼穹の翼
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■作者メッセージ
久しぶりの投稿はアマゾネスさんの登場です
また本来なら二人は野宿の予定だったのですがこうなりました(汗
加えてアマゾネスさんの集落もこのような形ではなかったのです
覆水盆に返らず…これはこれで良い展開に持っていけるように頑張ります

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