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後編 |
“エクソシスト”。
魔物退治や悪魔祓いを専門とした職業である。 多くは“退魔師”や“祓魔師”と呼ばれている。 しかし、教団の“エクソシスト”は異なる。 彼等の言う“エクソシスト”とは“滅魔師”。 文字通り“魔”を“滅する”事を目的とした教団独自の名称である。 彼等の対象は“退魔師”や“祓魔師”と同じだが、そこに慈悲等ない。 ただひたすら“全ての魔物は絶対の悪である”という古来より崇拝してきた神の定義に従って対象を屠り、討伐し、駆逐し、殲滅して討ち滅ぼす。 “全ては秩序と安寧をもたらす為の“聖戦”である”と豪語している。 夜天の館。 「今宵のエクソシスト共は速いな…」 「いかがいたしますか?レティア様…」 「(奴らも本腰を上げてきたという事か…)」 俺を組み敷いていたレティアさんが離れた。 「村の状況は?」 「皆、避難いたしました」 「エクソシストの数は?」 「五名です」 「それくらいなら、わたしが蹴散らしてやろう」 レティアさんのワインレッドの眼が光る。 それは、まるで獲物を狩る時のワーキャットのように鋭い。 そして、その口からは八重歯が見えた。 レティアさんは先程、脱いだガウンを着なおす。 「エクソシスト共を片付けたら続きをやろう」 それだけを言い残し、レティアさんは広間を出て行った。 そのあとをクノイチが続いた。 「…」 その後ろ姿は優雅で美しく、そして気品に溢れていた。 暫く途方に暮れていた俺はレティアさんが出て行った扉を見ていた。 「教団のエクソシスト…か」 風の噂で聞いた事がある。 彼等は“退魔師”や“祓魔師”と違って思想が非常に過激だ。 全ての魔族を駆逐する為なら手段を選ばない。 「レティアさんは正面から…と考えているだろうが教団は思っていないだろう」 何らかの形でレティアさんの動きを封じ、動けないところを集中攻撃。 またはヴァンパイア討伐に特化したエクソシストが控えている可能性もある。 「確かにヴァンパイアは高い戦闘能力を持っているが、その分弱点も多い」 陽光の下では身体能力が一般的な人間の少女程度に低下する。 「今は深夜だから心配はないと思うが…」 教団の白い団服には十字架の装飾が施されている。 加えて前線に出るエクソシストなら銀で加工した武器は当然持っている。 それがどのような武器なのかは皆目見当つかない。 少なくとも神聖魔法は使えるだろう。 その時、ふと頭をよぎった。 「心配…だな」 何故、そう思ったのか自分でもわからない。 どうしてヴァンパイアハンターであるのにレティアさんを心配するのか。 気付けば俺は立ち上がり、レティアさんのあとを追いかけていた。 あれから、かなり経過したからすぐに追いつけるとは思っていない。 だけど胸の奥に何か違和感のようなものを覚えた。 「(エクソシストの数は本当に五人だけなのだろうか…)」 俺は駆けだした。 夜天の館から丘を下り、森を抜け、わたしは村へやってきた。 「っ!?」 そこで見た光景はあまりにも凄惨だった。 既に家々には火の手が上がり、村は火の海に包まれていた。 「全ての魔物は絶対の悪、奴らは原罪をもって生まれてきた」 炎の中、白い団服のエクソシストが大声を発していた。 「罪なき者など一人としていない、故に消えてもらわねばならない」 「そこまでだ、滅魔師《エクソシスト》」 「ようやく現れましたか」 「これ以上、我が領地の村で好き勝手やらせん!!」 わたしはエクソシストを睨み付けた。 「ならばどうすると?」 「痴れた事…貴様を砕き、引き裂き、二度と陽光を拝ませぬ!」 「単純明快ですね…“私達”も滅魔師としての仕事を果たすまでです」 わたしは一足飛びで肉薄し、手加減無用の蹴りを放った。 「っ!?」 「失せろ、エクソシスト」 躱すことも受ける事も出来ずエクソシストが横に吹き飛ぶ。 そのまま燃える家や木々をなぎ倒していく。 次に気配を背後に感じ、わたしは振り向く。 「気配が駄々漏れだ!」 「がっ」 「吹き飛べ!!」 拳を握り、渾身の一撃を放つ。 防御する間もなく二人目のエクソシストも吹き飛ばした。 今度は両サイドからエクソシスト二人が現れた。 再び一足飛びで肉薄し、それぞれに蹴りと掌底を放った。 そして、わたしが次の行動を起こそうとしたその時。 「魔封結界…展開」 「っ!?」 どこからか声が聞こえ、気付けばドーム型の結界の中にいた。 その先には今までのエクソシスト共とは比べものにならない存在。 ピリピリと全身を突き刺す圧倒的な気配。 その気配は徐々に近づき、わたしの前で立ち止まる。 「貴様が大将だな」 「その通りよ」 白いベレー帽を被り、白い団服姿をした少女。 その瞳は紫水晶と銀のオッドアイをしている。 「(あのオッドアイ…どこかで)」 左右の腰元を見れば拳銃のようなものが二丁携えられている。 「教団の命により、貴女を滅します」 その姿はまさに魔を滅する為だけに存在するエクソシストそのものである。 「貴様のような小娘に、わたしの相手が務まるのか?」 「問題ありません」 「ならば消えよ、小娘」 わたしはエクソシストに鋭い爪を振り下ろした。 しかし、その直後。 「っ!?」 全身の力が抜けた。 「な、なにをした…」 「私は何も…しいて言うなら、この魔封陣です」 気付けばわたしは異様な倦怠感に襲われた。 「この魔封陣は対ヴァンパイア仕様の魔封結界です」 「ま、魔封…結界だと?」 「ええ、陽光の力を疑似的に作り出す特殊な結界です」 左脚に激痛が走る。 「ぐっ」 ホルスターから拳銃を抜いたエクソシストが脚を撃ち抜いた。 「銀の魔力弾《シルバーマナバレット》の味はどう?」 そのままバランス感覚を失ったわたしは、よろめいた。 「あぐっ」 だが、それも束の間。 今度は両腕に激痛が走った。 ヴァンパイアに普通の武器など効果はない。 唯一、効果があるのは銀の武器のみ。 「(このわたしが小娘如きに…)うぐっ」 次に右脚を撃たれ、その場に崩れた。 「無様ね、ヴァンパイア」 四肢を撃ち抜かれ、わたしに為すすべなかった。 治癒能力が普通より速いとはいえ、ここは結界の中。 故に治癒速度も遅い。 それを知ってかエクソシストの少女は口を開いた。 「少し、昔話をしましょうか…」 「昔話だと…?」 「ええ」 エクソシストの口から語られた話に、わたしは息をのんだ。 この少女はエクソシストになる前は小さな村に住んでいた。 村の皆も優しく、何不自由ない生活を送っていた。 しかし、ある時、この村でもっとも強いある夫妻が病に倒れた。 村人にとって夫妻は村の守り神であり、決して失ってはならない人だった。 彼等は総出で治療に当たったが村人の看病も虚しく夫妻は生涯を閉じた。 「そんな時よ…“奴”が村を襲ったのは」 「奴…?」 「ええ、夫妻が生涯かけて倒そうとした真祖の吸血鬼…」 「ま、まさかっ!?」 「そうよ、ヴァンパイアの頂点に君臨する“ヴァンパイアロード”よ」 ヴァンパイアロード。 その名はヴァンパイアなら誰でも知っている。 神世の時代から存在する吸血鬼の古代種。 その正体が“男性”なのか“女性”なのか詳細は一切不明。 現存するヴァンパイアは、その血筋とも言われている。 だがヴァンパイアロードのもっとも特筆すべき点は別にある。 ヴァンパイアロードは力で人間を支配しようとしていた。 それを受け継いでかヴァンパイアは皆、一撃必殺の力を持つ。 「貴女の所為よ…貴女の所為でみんな!!」 「(我らが創造主に対する怨嗟…か)」 「私も大切な肉親を失った!!」 「(今は現魔王の影響が強いとは言え、ここまでとはな…)」 「だから撃ち滅ぼす…魔物は皆、この魔導拳銃『レギオン』で!」 トリガーに少女の指が添えられ、彼女は躊躇なく引こうとした。 しかし痛みはなく見れば、わたしと少女の間にヴェルカがいた。 だが先程と変わって雰囲気が違い、身体中に蒼いオーラを纏っている。 「レティアさん、大丈夫か?」 「っ!?」 突然の侵入者に一番驚いたのはエクソシストの少女だった。 「ヴェルカ」 「何故、教団が俺の名前を?」 「私よ、分からないの?」 「生憎、教団に知り合いは存在しない」 「なら、これを見て」 エクソシストの少女は懐からペンダントを取り出し、ヴェルカに見せた。 ペンダントには美しい装飾が施されており、それは十字架にも見えた。 「まさか姉さん、なのか?」 「そうだよ、貴方の実姉…レオナ・クルスニク」 「死んだはずじゃ…」 「それはこっちのセリフよ」 レオナと名乗るエクソシストの少女は不意にヴェルカに抱き着いた。 「大きくなったね」 「姉さん…」 しかし、すぐにレオナはヴェルカから離れた。 「そこを退きなさい…ヴェルカ」 「どうしてだよ、姉さん」 「決まっているでしょう?このヴァンパイアを滅するのよ、滅魔師の魔封結界により弱体化し、銀の魔力弾で四肢を撃ち抜いた…あとは心臓を撃つだけ」 「待ってくれよ、姉さん!!」 「退きなさい!」 レオナの手が若干震えている。 「退いて…お願いだから…私に貴方を撃たせないで」 「いや、退かない」 「どうして?どうして姉さんの言う事を聞いてくれないの?」 「“彼女”は昔のヴァンパイアとは違う…慈愛の心を持っているんだ!」 ヴェルカの“彼女”という言葉にレオナは驚いた。 それはわたしも同じだった。 わたしを“魔物”としてでなく“人”として見てくれた。 「貴方は騙されているのよ、魔物は絶対の悪…滅ぶべき存在なのよ!」 「違う、違うよ…姉さん、きちんと向き合えば分かり合える」 「分かり合えないわ、魔物と私達は火と油…決して分かり合えはしない…退かないというならヴェルカ、私は貴方を撃つ」 レオナの言葉に迷いはなかった。 「トリガーを引くよりも先に俺が阻止するよ…姉さん」 「“その力”…ブレイヴオーラが貴方だけのものだと思っているの?」 「ブレイヴオーラ?それはどういう…」 気付けばレオナもヴェルカと同じオーラを纏っていた。 しかし、その色は美しい蒼ではなく怒りの燃える紅。 「ブレイヴオーラ『不倶戴天』…解放した魔力を自身に纏う事で戦闘力を大幅に上昇させる技能、貴方も纏えるようだけど数十分と持たないわね、その様子では…」 見ればヴェルカは肩で息をしていた。 「この力は身体に大きな負担をかけるのよ、けど引き換えにヴァンパイアと互角に戦える…修練不足の貴方ではもって数分ってところね」 私は魔導拳銃『レギオン』を構え、最後の忠告とばかりに問う。 「もう一度言うわ、そこを退きなさい…ヴェルカ」 「嫌だ…」 「そういうところは小さい頃から頑固ね、なら…」 私はトリガーに指を添えた。 「さようなら…ヴェルカ」 トリガーに力が籠められる。 「レオナ様!大変です」 「なに?」 エクソシストの一人が慌てて結界内に入ってきた。 「魔封結界の魔力供給源が襲撃を受けてます」 「どこの誰?」 「一人は大剣を持った男、もう一人は魔法剣士の男です!!」 結界の外。 「どけぇ!!エクソシスト共!」 「う、うわっ…こいつは傭兵剣士ゼルガ!?」 「今助けます!ヴェルカさん!!」 「魔法剣士のルノマもいるぞ!?」 エクソシストは応戦するが彼等をフォローするように魔物娘の姿があった。 「こ、こいつ…ドラゴンゾンビ!?」 「腐敗のブレスに気を付けろ!!」 「ま、魔法が効いていないぞ!!」 「奴はカースドソードだ、剣に触れるな!!」 徐々に教団のエクソシストの旗色が悪くなり、続々と魔物娘たちが現れた。 「なんで、こいつらがいるんだよ!!あいつだけじゃないのかよ!」 「知るか!とにかくレオナ様が戻るまで応戦しろ!!」 だが次々に教団のエクソシストは腐敗のブレスにより、邪魔な理性や抵抗の感情が腐り堕ち、魔物娘たちと交わっている。 「む、無理よ…あぁっ!?」 「こんな…あぁっ!?」 更に腐敗のブレスを浴びた女性のエクソシストは理性と共に魔物化に対する抵抗力が剥がれ堕ちて腐り、気付けば半分がアンデッドと化している。 「何て光景なの…」 結界の外に出てきたレオナは驚きを隠せない。 過半数のエクソシストが白い団服姿から全裸で抱き合っていた。 そのほとんどが実戦経験の乏しいエクソシストの新米だった。 「レオナ様、ここは危険です!」 「エクソシストの支部へ戻りましょう、レオナ様!」 レオナは決断した。 既にエクソシストが劣勢である。 「滅魔師団、支部へ撤退します!!」 魔封結界が解かれ、そこからレティアとヴェルカが現れた。 「姉さん!!」 レオナは足を止め、振り向く。 ヴェルカが切なくも悲しい顔をしていた。 二人の紫水晶と銀のオッドアイが交差する。 「レオナ様…」 「大丈夫よ、カトレア」 レオナは腹心のカトレアに優しく告げた。 そして、ヴェルカを見据えたまま口を開く。 「ヴェルカ、私は魔物を許さない…決して」 「姉さん…」 レオナはホルスターからレギオンを抜き、銃口を向ける。 「ヴェルカ…貴方が私の前に立ちふさがるなら容赦しない」 「待ってよ、姉さん」 歩み寄ろうとしたヴェルカにレオナは告げた。 「決別よ、ヴェルカ・クルスニク」 「っ!?」 「今後一切、私を“姉さん”と呼ぶ事を禁ずる」 それは死の宣告とも言える。 ヴェルカにとってレオナは最後の肉親である。 レオナにとっても、それは同じ事。 故に“決別”は、あまりにも過酷な言葉だった。 「今回は“姉”としての情が滅魔師団をここまで追いやってしまった…だから私はもう迷わない」 トリガーを引き、ヴェルカの頬を銀の魔力弾が掠めた。 「貴方と袂を分かち、次は“弟”ではなく“敵”と認識する」 レギオンの銃口がヴェルカの心臓を狙っていた。 「そして今後、私の前に現れるなら確実に排除する」 その言葉に迷いはなかった。 「さようなら…ヴェルカ、貴方とはもっと別の形で出逢いたかった」 レオナはレギオンをホルスターに収め、カトレアと共に夜の闇へ消えた。 俺はレオナ姉さんの後ろ姿を黙ってみていた。 ―決別よ― 頭に響くレオナ姉さんの言葉が胸の奥をかきむしる。 知らず知らずの内に胸を押さえていた。 「決別…か」 俺たち姉弟は、ついに道を違えてしまった。 一方は親魔物派として、もう一方は反魔物派として。 「もうあの頃には戻れないのか…」 全ての歯車が狂ってしまった。 誰かが悪いわけでも誰かの所為でもない。 過去を“許せる”か“許せない”か。 過去に“囚われる”か“囚われない”か。 ただそれだけの事。 「俺は許せても、レオナ姉さんは許せなかった」 俺は涙を流した。 私はカトレアと駆けていた。 「泣いていらっしゃいますか?」 「えっ、どうして?」 不意にカトレアが口を開いた。 「やっと見つけた最後の肉親なのでしょう?」 「大丈夫、もう過ぎた事よ」 私は気丈に振る舞った。 弱音を吐いている暇はない。 今の私は滅魔師団を束ねる団長なのだから。 「ならいいのですが…」 「そんな顔をしないでカトレア」 私はカトレアに微笑む。 失意のどん底の私を救ってくれたのが同期のカトレアだった。 当時、滅魔師団の見習いで色々と相談に乗ってくれた。 今では私の方が団長だけど彼女には感謝している。 カトレアのお蔭で今の私がある。 「急いで戻りましょう、練兵等やることは残っているのだから」 「はい」 私はカトレア共に支部へ帰還した。 暫くするとゼルガとルノマが現れた。 「お疲れ、ヴェルカ」 「ヴェルカさん、お疲れ様です」 二人の顔を見れば何やら依然と雰囲気が違う。 垢抜けたというか、何というか。 遂に何かを成し遂げた歴戦の兵のようだ。 男としての自身と余裕に満ちている。 「何かあった?」 「特にはない」 「右に同じです」 洞察力は平均並みだが俺の目は誤魔化せない。 「(絶対何かあったな)」 それは間接的な事ではなく、もっと直接的な何か…。 ふと俺はレティアさんの方を見る。 その左右でドラゴンゾンビとカースドソードが心配な顔をしている。 最初、対面した時よりも二人が艶めいているのは気のせいか。 「(そういえば銀の魔力弾を四肢に撃たれて…)」 俺は急いで駆けだした。 「大丈夫か?レティアさん」 「問題ない…これくらいの傷、すぐに…っ!?」 気丈に振る舞っているが受けたのは普通の魔力弾じゃない。 ヴァンパイアにとって、もっとも致命的な銀の魔力弾だ。 俺はその場にしゃがみ込むとレティアさんを抱き上げる。 「い、いきなり何をする!?」 「何って、抱っこだよ」 「それは分かっておる!」 「じゃ、何が問題なんだ?」 「問題大ありだ!!」 おんぶでもよかったが、それをすると俺の理性が危うい。 レティアさんの魅力的で大きな胸が背中に当たるからだ。 正直に言えば張りと弾力のある彼女の胸を堪能したい。 「こんな…こんな格好、貴族として恥ずかしいわ!!」 「大丈夫だって見ている者は俺たち以外居ない」 「そういう問題ではない!」 「こうでもしないと動けないだろ?」 「そ、それはそうなのだが…」 恥ずかし気にレティアさんは俺の服を掴む。 「こ、このような格好…貴族のわたしにさせて」 俺は抱き上げたまま歩きだす。 そのあとを四人が続いた。 「(責任…とってもらうからな)」 「何か言った?」 「何でもないわ!」 そのまま夜天の館に向かった。 「あ、あぁっ…いいっ」 「貴方のパトス…沢山、注いでぇえっ」 「あはっ、ふあぁっ…あぁんっ」 「もっと…もっと来てぇえっ」 「あんっ、ああっ…ふぁんっ」 「こ、こんな気持ちいいなんてぇっ」 その道中、そこかしこから嬌声が響いた。 「これはどうするんだ?」 「暫く放っておいて問題ない」 「問題ないって…」 「無粋だぞ」 「分かりましたよ」 「それでよい」 「(耳に残るな…)」 俺はレティアさんをお姫様抱っこしたまま歩く。 後ろでは何やら男女四人がイチャイチャしてる。 軽い公害だが俺は話題を変えようと口を開く。 「そう言えばレティアさん」 「なんだ?」 「再戦の続きだが、その身体では無理だよな」 「それはもうよい…」 思いもよらない返答に俺は困惑した。 「それはどういう…?」 「わたしが良いと言えば良いのだ、分かったな?」 「分かりましたよ、レティアさん」 それ以降、追及はしなかった。 わたしはヴェルカに抱きかかえられながら、これからの事を考えていた。 「(あのような状況、あのような状態でヴェルカが助けに来てくれた…わたしはそれだけで満足だ、それに粗削りだが、いずれ強くなるだろう…そういえばあの不思議なオーラ、エクソシストの小娘は確か…)」 ―ブレイヴオーラ『不倶戴天』― 「(あの現象は恐らくヴェルカとレオナという小娘に流れるヴァンパイアハンターの血が関係している…現に二人の瞳は同じ銀色、銀は我等アンデッドの天敵…あの力が本当の意味で覚醒した時こそ我等の脅威となる)」 ならばヴェルカをわたしの眷属として迎え入れるか? そうすると“力”だけが必要と捉えられて軽蔑されるかもしれない。 昔のわたしなら迷わず、そうしただろう…けど今は違う。 認めたくないがわたしはヴェルカに恋をした。 「(違うな…この胸の高鳴り、熱い衝動、火照った身体…)」 恋では到底片づけられない。 ヴェルカの吐息、ヴェルカの表情…その全てが狂おしいほど愛おしい。 「(わたしはヴェルカを愛した)」 三日月の美しい夜の出来事だった。 |
17/01/08 13:48 蒼穹の翼
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