第四章 記憶
俺は出立する前にハピィから受け取った手紙の目的地にいる。
ここは都市国家ライブラから離れた『ネプトゥス』と言う小さな国。
俺はこの国の宿屋に宿泊し、酒場で依頼を受けながら資金を稼いでいる。
手紙によれば、このネプトゥスからライブラまで道のりは険しいとの事。
その為、ライブラから案内人が数日前に派遣された…しかし。
「既に一週間…か」
俺は小さく呟きながらジンジャーエールを口に含む。
この飲み物は炭酸が効いて、かなり美味だ。
「連絡は?」
「ない…」
「そうですか…」
俺の独り言は顔なじみとなった黒い燕尾服を着たマスターに聞かれた。
彼の作り出すカクテルはネプトゥスでも有名で、他にも数多くの飲み物が置いてある。
今はマスターの経営する『ミッドガルズ』にて休憩している。
正確に言うと休憩ではない。
手紙の主が、この酒場を待合場所に指定したと言った方がいいかもしれない。
「彼女もよく夫と共に私のカクテルを飲みにお越し頂くのですが…」
「だよな…仮に俺が遅れてもマスターが教えてくれる算段になってるし」
「はい…けど今はシオンと親しい間柄になれて少々嬉しいですね」
「やめてくれ…俺にそういう趣味はない」
「私にだってありませんよ、私にはきちんと妻が居ます」
俺とマスターは互いに笑いあう。
彼には妻が居るが普通の女性とは全く異なっている。
「バルぅ…」
「ネージュ、今は営業中ですよ?」
「でもぉ…」
バルとはマスターの名前であり、ネージュとは彼の奥さんだ。
しかし彼の奥さんをよく見れば白と黒の体毛が特徴的な女性である。
体毛と言っても身体全体を覆ってるわけではない。
その…何というか、はちきれんばかりの大きな胸と下半身までを覆っていると表した方がいいのだろうか。
そして他は人の女性の様に人肌をさらしている。
彼女はホルスタウロスと言う人外の女性だ。
「今は営業中だって…」
「もう、我慢できないのぉ…」
彼女はマスターに、はちきれんばかりの胸を強く押しつけた。
そして、ネージュさんは瞳で俺に目配せをする。
早く宿屋の看板を下ろせ、と…幸い今は俺以外誰も客はいない。
はいはい、わかりましたよ…今、下ろします。
俺は席を立ちあがると『OPEN』から『CLOSE』に変更した。
「シオン!」
「ね?営業なんかいいからぁ…私と『イイコト』しよぉ?」
「すみません…俺もまだ死にたくないもので…」
初めて俺がネージュさんに出会った際、今の様に巨大な胸を押しつけられた。
あれは彼女達ホルスタウロス愛情表現や親愛表現なのだけど…。
その際、一瞬だが俺の目の前に綺麗な、お花畑を垣間見た気がした。
「シオンくんに助けを求めても駄目よぉ、いっぱい発散させてもらうねぇ」
それ以降だが俺はネージュさんの言うとおりにしようと考えた。
だってさ…姉さんも見つけてないのに、まだ死にたくないからな。
けど、その際にだが彼女の巨大な胸を揉んであげれば非常に喜ばれる。
しかし彼女も人妻だ、俺は人妻…いや、それ以前に不必要にそのような不埒な行ないを女性にしない主義だ。
心に…決めた、生涯必ず守ると決めた女性を悲しませたくないからな。
「それじゃ、お代を置いておきますね」
「ありがとぉ♪あ、裏口からお帰りいただけますよぉ」
「ありがとうございます、ネージュさん」
「いやぁああああ…」
「今夜はぁ…寝かせないよぉ、溜まった分…たくさん発散させてねぇ♪」
俺はマスターの叫び声を聞きながらカウンターから裏口に向かい、扉を開けて外に出た。
この扉は内側からカギを開き、閉めると自動的にロックが掛かる仕組みになってる。
まぁ、なんだかんだ言ってマスターもネージュさんに寂しい思いをさせていた事を理解してる。
ふむ…これは夜通し続けられると思うから明日は休みだろうか。
俺は夜風に吹かれ、旅立つ前に百合さんから贈られた外套を羽織る。
百合さんとは女郎蜘蛛と言う人外の女性であり、遥か東国からやってきた。
この地にも『アラクネ』と言う女性も居るが気性や性格などが全く異なる。
「…〜♪〜♪……♪」
美しい音色が私の鼓膜を震わせる。
何だろう…わからないけど凄く懐かしい。
まだ私が『人間』だった頃、誰かに教えてた気がする。
でも…一体誰?誰に教えてた?私には過去の記憶がない。
ただ覚えているのは気付いたら私は息を切らして深い森の奥に居た。
「〜♪…〜♪…♪」
わからない…わからないけど、この音色が私の胸を締め付ける。
悪い意味ではなく、何か大事なものを忘れてる気がする。
失われた私の記憶…それに何か関係があるのだろうか。
もし関係があるのなら一体…私は何を忘れているのだろう。
「(レン、集落に戻るよ)」
レン…それが私の今の名前。
森の中で私を発見した女性が"人"だった私を案内した。
私はすぐに戦士の儀式をさせられ、彼女達の同族となった。
「(メルアは良い男が見つかった?)」
「(全然ダメ、レンは?)」
「(私も良い男が見つからない)」
「(そっか…私も貴女もいい年よね)」
「(うん)」
「(そこの二人!集落に帰るわよ)」
「「(はい)」」
胸を締め付ける音色を聞き、私は友人と一緒に闇夜に消えていった。
これが私の失われた記憶を取り戻す序章の始まりだった。
早朝の陽光が部屋に差し込み、俺は大きく伸びをするとオカリナを手に取る。
大和と異なり、宿屋の屋根は全く整備されてないが気にせず登る。
その後、バランスを保ちながら俺はオカリナを吹き始めた。
しばらくオカリナを吹いていると小柄な鳥人が舞い降りてきた。
「おはよ〜シオン♪」
「ハピィじゃないか」
ハピィは双翼を折り畳むと俺の隣に座る。
舞い散る白い羽毛が朝日に照らされ、輝いている。
「よくわかったな、俺がネプトゥスに居るって事」
「ふふ♪私の情報網を甘く見ないでよ♪」
「君達の横繋がりが半端じゃないからか?」
「よく知ってるね、うん。私達の種族は横の繋がりが特に広いからね」
彼女達の情報網は最も広大だ。
仮に彼女達と誰かが結ばれたとしよう。
そうすると破竹の勢い…とまではいかないがすぐに知らせが届く。
それだけ、ハーピー達のつながりは広い。
「シオンがここに居るって友達が教えてくれたの」
「流石だな…」
「えへへっ♪そうだ、手紙だよ」
「手紙?」
「うん♪」
ハピィはポーチから手紙を取り出して俺に渡した。
俺はその場で封を切ると白い便せんに目を通す。
「へぇ…ライカさんがね…」
「なになに?ライカさんがどうしたの?」
「何、ライカさんがユリさんと結婚したって報告だ」
「そうなんだ…ユリさんって女郎蜘蛛だっけ?」
「ああ」
「そっか、やっとライカさんと結ばれたんだね」
俺は手紙を折り畳み、ウエストポーチにしまった。
「ねぇねぇ、吹いて」
「仕事中だろうが」
「シオンのオカリナを聞かないと仕事に手をつけられないー」
「ったく…仕方ないな、一回だけだぞ?」
「わぁい♪ありがとーシオン♪大好き」
「うわっ」
俺はハピィに抱きつかれて一瞬バランスを崩してしまった。
「危ないだろう…ここはヤマトと違って整備されてないんだ」
「そっか、ごめんね」
「〜♪…♪〜…♪♪…〜♪」
俺は気を取り直してオカリナを静かに吹き始めた。
ハピィに音色を聞かせてあげるのは別に迷惑じゃない。
こうやって居ると俺にも妹が出来た様で嬉しかったりする。
今は配達の時間帯より少し早い為、ハピィは配達まで音色を聞く。
「うん♪今日も一日頑張るぞー」
「それはよかった、頑張れよ」
配達の時間帯になったハピィは満足したようだ。
「ありがと♪一週間も聞いてなかったから凄く嬉しかった」
「なら別に聞かなくてもいいじゃないか…」
「やだ!オカリナ(とシオンの顔)を見ないと元気がでないもん」
「わかったわかった、早く行ってきなさい…もう時間だろ」
「はーい、行ってくるね♪」
ハピィは、とびっきりの笑顔で大空に飛翔した。
その後、翼から白い羽毛が舞い落ちた。
「今日の酒場は思った通り…休業か」
当然と言えば当然だ。
俺は昨日の出来事を鮮明に覚えてる。
当たり前だ。その場に居たのだから。
「さて…どうしようか」
手紙の主とは『ミッドガルズ』で会う手筈になっている。
それ以外の待合場所は手紙に記されてなかった。
けど、もし手紙の主が今日、訪れたのなら『CLOSE』でわかるだろう。
もしくは夜から営業を再開し、その時に会うかもしれない。
「とりあえず昨日、酒場で受諾した依頼を終わらせるかな」
俺は独り言のようにつぶやくと依頼主の許へ向かった。
今回は商人の護衛…最近この付近に盗賊団が現れ、商人を困らせている。
ネプトゥスにも自警団はあるが今は人手が足りないという。
「よろしくお願いします」
「隣国ジュピタまで責任を持って護衛しましょう」
俺はオカリナの他に、剣術の心得もある。
外界は危険がたくさんあるという事をソウマから聞かされたからだ。
案の定、故郷から出て数日後に俺は少数の盗賊団に襲われた。
だが短い期間ではあったが雷渦さんから剣術を教わってた為、さほど苦労はしなかった。
「盗賊団…ねぇ」
「頼りにしてますよ」
それからというもの依頼を受ける度に何の因果か護衛ばかりだった。
まるで誰かが俺を試しているかのように日に日に難易度は高くなっていた。
別に護衛が嫌なわけじゃない、むしろ腕が磨かれて嬉しいのだけど…。
「その言葉…初めて受けた時から変わらないな」
「そうですか?」
「ああ…」
…と、今ではタメ口で話す間柄になった商人も居る。
では何故、俺がそれでも護衛を受けるか。
答えは単純明快、報酬がいいというわけだ。
日に日に難易度は高くなっているが、やはり報酬がいいと違う。
だが俺も報酬目当てで受けるわけじゃない。
「それじゃ、行きますかね」
「お願いします。シオン」
「あいよ」
俺が商人の護衛を受ける理由…それは少しでも姉さんの情報がほしいからだ。
外界に出て、商いをする彼らの情報網は彼女達と類似し、かなり広い。
理解してると思うが彼女達とは勿論、ハーピー達の事だ。
「盗賊団か…」
「心当たりがあるのですか?」
「ん〜…そういうわけじゃないが何か引っかかるんだよな」
そう…襲撃していくる盗賊団は一向に諦めない。
それどころか日に日に数が増えてる気がする。
青空を見上げながら考え耽っていると"聞き覚えのある声"がした。
「そこの馬車!止まれ!!」
俺は条件反射の様に腰に携えてある『雷切』に手をかける。
これは東方の島国に伝わる刀身の反った斬る事を特化にした武器。
俺の故郷では、この『刀』が最も主流に用いられている。
「"また"お前か…ザラ」
「…っ!?その声は…っ!?」
俺のよく知る気配だったが雷切の鍔に手をかけ、油断なく問う。
声の主は明らかに同様の言葉を隠せない。
「盗賊団を多く相手してきたがよくお前に出食わすな」
「く…くそっ!まさかシオン、お前が護衛とはな!」
盗賊団の首領は俺が大和から旅立った時に襲撃した相手だった。
首領の名は"ザラ"と言い、"黄昏の盗賊団"と言われている。
だが金品等を奪う盗賊団とは異なり、強奪した物をスラムに配布してる。
本来、このような輩には"義"とは全くの無縁だが彼は違った。
「商人を襲撃するんじゃなく、普通に働いたらどうだ?」
「うるさいわ!俺達を不義の無法者と一緒にするな!」
彼ら"黄昏の盗賊団"は別名"黄昏の義賊"とも言われてる。
まぁ、盗賊団が義賊に変わっただけなのだけどな。
「俺らは俺らの義の為に貧困層の者たちを助ける」
首領ザラは高らかに宣言した。
「その為なら、おれ達は盗賊にもなろう」
「そんな事だからギルドにも目をつけられるんだよ」
「金目当ての奴らに後れをとるか!」
ザラの合図の許、推定二十人ほどに馬車を囲まれた。
さすがの俺も、この人数を相手することは不可能だ。
「(突破…できるか?)」
「毎度毎度、お前には苦汁を嘗めさせられてるんだ」
「(無理だろう…さて、どうする)」
「今日こそ、一気にシオンを畳み掛ける!」
鬨の声を挙げた黄昏の義賊は護衛である俺を狙ってきた。
当然と言えば当然だ…戦場でも大将を討ちとれば兵は逃走する。
この場合、護衛対象を狙うのは後回しで先に俺を討とうとしてる。
しかし、これだから盗賊団の頭は空っぽなんだよな。
「あんたは俺から離れててくれ」
「しかし…」
「問題ないさ、ほら急げ」
「は、はい…では」
商人はその場から離れた。
俺は念の為、商人と馬車の周辺に電撃の球を召喚した。
「今回の任務も今日中に帰らないとならない…」
『雷切』の刀身に蒼白い光が纏われる。
「それに、この技は疲れる」
蒼白い光は徐々に大きくなり、やがて蒼い雷となる。
「『ライトニングサークル』」
次の瞬間、周囲の盗賊達は感電した。
ここは都市国家ライブラから離れた『ネプトゥス』と言う小さな国。
俺はこの国の宿屋に宿泊し、酒場で依頼を受けながら資金を稼いでいる。
手紙によれば、このネプトゥスからライブラまで道のりは険しいとの事。
その為、ライブラから案内人が数日前に派遣された…しかし。
「既に一週間…か」
俺は小さく呟きながらジンジャーエールを口に含む。
この飲み物は炭酸が効いて、かなり美味だ。
「連絡は?」
「ない…」
「そうですか…」
俺の独り言は顔なじみとなった黒い燕尾服を着たマスターに聞かれた。
彼の作り出すカクテルはネプトゥスでも有名で、他にも数多くの飲み物が置いてある。
今はマスターの経営する『ミッドガルズ』にて休憩している。
正確に言うと休憩ではない。
手紙の主が、この酒場を待合場所に指定したと言った方がいいかもしれない。
「彼女もよく夫と共に私のカクテルを飲みにお越し頂くのですが…」
「だよな…仮に俺が遅れてもマスターが教えてくれる算段になってるし」
「はい…けど今はシオンと親しい間柄になれて少々嬉しいですね」
「やめてくれ…俺にそういう趣味はない」
「私にだってありませんよ、私にはきちんと妻が居ます」
俺とマスターは互いに笑いあう。
彼には妻が居るが普通の女性とは全く異なっている。
「バルぅ…」
「ネージュ、今は営業中ですよ?」
「でもぉ…」
バルとはマスターの名前であり、ネージュとは彼の奥さんだ。
しかし彼の奥さんをよく見れば白と黒の体毛が特徴的な女性である。
体毛と言っても身体全体を覆ってるわけではない。
その…何というか、はちきれんばかりの大きな胸と下半身までを覆っていると表した方がいいのだろうか。
そして他は人の女性の様に人肌をさらしている。
彼女はホルスタウロスと言う人外の女性だ。
「今は営業中だって…」
「もう、我慢できないのぉ…」
彼女はマスターに、はちきれんばかりの胸を強く押しつけた。
そして、ネージュさんは瞳で俺に目配せをする。
早く宿屋の看板を下ろせ、と…幸い今は俺以外誰も客はいない。
はいはい、わかりましたよ…今、下ろします。
俺は席を立ちあがると『OPEN』から『CLOSE』に変更した。
「シオン!」
「ね?営業なんかいいからぁ…私と『イイコト』しよぉ?」
「すみません…俺もまだ死にたくないもので…」
初めて俺がネージュさんに出会った際、今の様に巨大な胸を押しつけられた。
あれは彼女達ホルスタウロス愛情表現や親愛表現なのだけど…。
その際、一瞬だが俺の目の前に綺麗な、お花畑を垣間見た気がした。
「シオンくんに助けを求めても駄目よぉ、いっぱい発散させてもらうねぇ」
それ以降だが俺はネージュさんの言うとおりにしようと考えた。
だってさ…姉さんも見つけてないのに、まだ死にたくないからな。
けど、その際にだが彼女の巨大な胸を揉んであげれば非常に喜ばれる。
しかし彼女も人妻だ、俺は人妻…いや、それ以前に不必要にそのような不埒な行ないを女性にしない主義だ。
心に…決めた、生涯必ず守ると決めた女性を悲しませたくないからな。
「それじゃ、お代を置いておきますね」
「ありがとぉ♪あ、裏口からお帰りいただけますよぉ」
「ありがとうございます、ネージュさん」
「いやぁああああ…」
「今夜はぁ…寝かせないよぉ、溜まった分…たくさん発散させてねぇ♪」
俺はマスターの叫び声を聞きながらカウンターから裏口に向かい、扉を開けて外に出た。
この扉は内側からカギを開き、閉めると自動的にロックが掛かる仕組みになってる。
まぁ、なんだかんだ言ってマスターもネージュさんに寂しい思いをさせていた事を理解してる。
ふむ…これは夜通し続けられると思うから明日は休みだろうか。
俺は夜風に吹かれ、旅立つ前に百合さんから贈られた外套を羽織る。
百合さんとは女郎蜘蛛と言う人外の女性であり、遥か東国からやってきた。
この地にも『アラクネ』と言う女性も居るが気性や性格などが全く異なる。
「…〜♪〜♪……♪」
美しい音色が私の鼓膜を震わせる。
何だろう…わからないけど凄く懐かしい。
まだ私が『人間』だった頃、誰かに教えてた気がする。
でも…一体誰?誰に教えてた?私には過去の記憶がない。
ただ覚えているのは気付いたら私は息を切らして深い森の奥に居た。
「〜♪…〜♪…♪」
わからない…わからないけど、この音色が私の胸を締め付ける。
悪い意味ではなく、何か大事なものを忘れてる気がする。
失われた私の記憶…それに何か関係があるのだろうか。
もし関係があるのなら一体…私は何を忘れているのだろう。
「(レン、集落に戻るよ)」
レン…それが私の今の名前。
森の中で私を発見した女性が"人"だった私を案内した。
私はすぐに戦士の儀式をさせられ、彼女達の同族となった。
「(メルアは良い男が見つかった?)」
「(全然ダメ、レンは?)」
「(私も良い男が見つからない)」
「(そっか…私も貴女もいい年よね)」
「(うん)」
「(そこの二人!集落に帰るわよ)」
「「(はい)」」
胸を締め付ける音色を聞き、私は友人と一緒に闇夜に消えていった。
これが私の失われた記憶を取り戻す序章の始まりだった。
早朝の陽光が部屋に差し込み、俺は大きく伸びをするとオカリナを手に取る。
大和と異なり、宿屋の屋根は全く整備されてないが気にせず登る。
その後、バランスを保ちながら俺はオカリナを吹き始めた。
しばらくオカリナを吹いていると小柄な鳥人が舞い降りてきた。
「おはよ〜シオン♪」
「ハピィじゃないか」
ハピィは双翼を折り畳むと俺の隣に座る。
舞い散る白い羽毛が朝日に照らされ、輝いている。
「よくわかったな、俺がネプトゥスに居るって事」
「ふふ♪私の情報網を甘く見ないでよ♪」
「君達の横繋がりが半端じゃないからか?」
「よく知ってるね、うん。私達の種族は横の繋がりが特に広いからね」
彼女達の情報網は最も広大だ。
仮に彼女達と誰かが結ばれたとしよう。
そうすると破竹の勢い…とまではいかないがすぐに知らせが届く。
それだけ、ハーピー達のつながりは広い。
「シオンがここに居るって友達が教えてくれたの」
「流石だな…」
「えへへっ♪そうだ、手紙だよ」
「手紙?」
「うん♪」
ハピィはポーチから手紙を取り出して俺に渡した。
俺はその場で封を切ると白い便せんに目を通す。
「へぇ…ライカさんがね…」
「なになに?ライカさんがどうしたの?」
「何、ライカさんがユリさんと結婚したって報告だ」
「そうなんだ…ユリさんって女郎蜘蛛だっけ?」
「ああ」
「そっか、やっとライカさんと結ばれたんだね」
俺は手紙を折り畳み、ウエストポーチにしまった。
「ねぇねぇ、吹いて」
「仕事中だろうが」
「シオンのオカリナを聞かないと仕事に手をつけられないー」
「ったく…仕方ないな、一回だけだぞ?」
「わぁい♪ありがとーシオン♪大好き」
「うわっ」
俺はハピィに抱きつかれて一瞬バランスを崩してしまった。
「危ないだろう…ここはヤマトと違って整備されてないんだ」
「そっか、ごめんね」
「〜♪…♪〜…♪♪…〜♪」
俺は気を取り直してオカリナを静かに吹き始めた。
ハピィに音色を聞かせてあげるのは別に迷惑じゃない。
こうやって居ると俺にも妹が出来た様で嬉しかったりする。
今は配達の時間帯より少し早い為、ハピィは配達まで音色を聞く。
「うん♪今日も一日頑張るぞー」
「それはよかった、頑張れよ」
配達の時間帯になったハピィは満足したようだ。
「ありがと♪一週間も聞いてなかったから凄く嬉しかった」
「なら別に聞かなくてもいいじゃないか…」
「やだ!オカリナ(とシオンの顔)を見ないと元気がでないもん」
「わかったわかった、早く行ってきなさい…もう時間だろ」
「はーい、行ってくるね♪」
ハピィは、とびっきりの笑顔で大空に飛翔した。
その後、翼から白い羽毛が舞い落ちた。
「今日の酒場は思った通り…休業か」
当然と言えば当然だ。
俺は昨日の出来事を鮮明に覚えてる。
当たり前だ。その場に居たのだから。
「さて…どうしようか」
手紙の主とは『ミッドガルズ』で会う手筈になっている。
それ以外の待合場所は手紙に記されてなかった。
けど、もし手紙の主が今日、訪れたのなら『CLOSE』でわかるだろう。
もしくは夜から営業を再開し、その時に会うかもしれない。
「とりあえず昨日、酒場で受諾した依頼を終わらせるかな」
俺は独り言のようにつぶやくと依頼主の許へ向かった。
今回は商人の護衛…最近この付近に盗賊団が現れ、商人を困らせている。
ネプトゥスにも自警団はあるが今は人手が足りないという。
「よろしくお願いします」
「隣国ジュピタまで責任を持って護衛しましょう」
俺はオカリナの他に、剣術の心得もある。
外界は危険がたくさんあるという事をソウマから聞かされたからだ。
案の定、故郷から出て数日後に俺は少数の盗賊団に襲われた。
だが短い期間ではあったが雷渦さんから剣術を教わってた為、さほど苦労はしなかった。
「盗賊団…ねぇ」
「頼りにしてますよ」
それからというもの依頼を受ける度に何の因果か護衛ばかりだった。
まるで誰かが俺を試しているかのように日に日に難易度は高くなっていた。
別に護衛が嫌なわけじゃない、むしろ腕が磨かれて嬉しいのだけど…。
「その言葉…初めて受けた時から変わらないな」
「そうですか?」
「ああ…」
…と、今ではタメ口で話す間柄になった商人も居る。
では何故、俺がそれでも護衛を受けるか。
答えは単純明快、報酬がいいというわけだ。
日に日に難易度は高くなっているが、やはり報酬がいいと違う。
だが俺も報酬目当てで受けるわけじゃない。
「それじゃ、行きますかね」
「お願いします。シオン」
「あいよ」
俺が商人の護衛を受ける理由…それは少しでも姉さんの情報がほしいからだ。
外界に出て、商いをする彼らの情報網は彼女達と類似し、かなり広い。
理解してると思うが彼女達とは勿論、ハーピー達の事だ。
「盗賊団か…」
「心当たりがあるのですか?」
「ん〜…そういうわけじゃないが何か引っかかるんだよな」
そう…襲撃していくる盗賊団は一向に諦めない。
それどころか日に日に数が増えてる気がする。
青空を見上げながら考え耽っていると"聞き覚えのある声"がした。
「そこの馬車!止まれ!!」
俺は条件反射の様に腰に携えてある『雷切』に手をかける。
これは東方の島国に伝わる刀身の反った斬る事を特化にした武器。
俺の故郷では、この『刀』が最も主流に用いられている。
「"また"お前か…ザラ」
「…っ!?その声は…っ!?」
俺のよく知る気配だったが雷切の鍔に手をかけ、油断なく問う。
声の主は明らかに同様の言葉を隠せない。
「盗賊団を多く相手してきたがよくお前に出食わすな」
「く…くそっ!まさかシオン、お前が護衛とはな!」
盗賊団の首領は俺が大和から旅立った時に襲撃した相手だった。
首領の名は"ザラ"と言い、"黄昏の盗賊団"と言われている。
だが金品等を奪う盗賊団とは異なり、強奪した物をスラムに配布してる。
本来、このような輩には"義"とは全くの無縁だが彼は違った。
「商人を襲撃するんじゃなく、普通に働いたらどうだ?」
「うるさいわ!俺達を不義の無法者と一緒にするな!」
彼ら"黄昏の盗賊団"は別名"黄昏の義賊"とも言われてる。
まぁ、盗賊団が義賊に変わっただけなのだけどな。
「俺らは俺らの義の為に貧困層の者たちを助ける」
首領ザラは高らかに宣言した。
「その為なら、おれ達は盗賊にもなろう」
「そんな事だからギルドにも目をつけられるんだよ」
「金目当ての奴らに後れをとるか!」
ザラの合図の許、推定二十人ほどに馬車を囲まれた。
さすがの俺も、この人数を相手することは不可能だ。
「(突破…できるか?)」
「毎度毎度、お前には苦汁を嘗めさせられてるんだ」
「(無理だろう…さて、どうする)」
「今日こそ、一気にシオンを畳み掛ける!」
鬨の声を挙げた黄昏の義賊は護衛である俺を狙ってきた。
当然と言えば当然だ…戦場でも大将を討ちとれば兵は逃走する。
この場合、護衛対象を狙うのは後回しで先に俺を討とうとしてる。
しかし、これだから盗賊団の頭は空っぽなんだよな。
「あんたは俺から離れててくれ」
「しかし…」
「問題ないさ、ほら急げ」
「は、はい…では」
商人はその場から離れた。
俺は念の為、商人と馬車の周辺に電撃の球を召喚した。
「今回の任務も今日中に帰らないとならない…」
『雷切』の刀身に蒼白い光が纏われる。
「それに、この技は疲れる」
蒼白い光は徐々に大きくなり、やがて蒼い雷となる。
「『ライトニングサークル』」
次の瞬間、周囲の盗賊達は感電した。
13/05/01 02:03更新 / 蒼穹の翼
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